(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-05
(45)【発行日】2022-08-16
(54)【発明の名称】医薬用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/675 20060101AFI20220808BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20220808BHJP
A61P 13/02 20060101ALI20220808BHJP
【FI】
A61K31/675
A61P13/12
A61P13/02
(21)【出願番号】P 2017244533
(22)【出願日】2017-12-20
【審査請求日】2020-09-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)第35回日本骨代謝学会学術集会のプログラム抄録集、平成29年6月25日、(2)ASBMR 2017 Annual Meeting Abstract Book、平成29年8月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】513001606
【氏名又は名称】EAファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100108578
【氏名又は名称】高橋 詔男
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 敦詞
【審査官】鈴木 理文
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-514119(JP,A)
【文献】Int. J. Endocrinol.,2019年,Vol.2019,pp.1-10
【文献】J. Bone Miner. Res.,2015年,Vol.30 Suppl.1,SU0345-S304
【文献】日薬理誌,2008年,Vol.132,No.2,p.96-99
【文献】北里医学,2016年,Vol.46,p.1-12
【文献】日本内科学会雑誌,2011年,Vol.100,No.1,p.179-181
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/663
A61P 13/12
A61P 13/02
A61K 31/675
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リセドロン酸若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有し、高リン負荷により増加した尿蛋白の低減のために服用されることを特徴とする、医薬用組成物。
【請求項2】
リセドロン酸若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有し、高リン負荷による腎臓の糸球体基底膜の肥厚の改善のために服用されることを特徴とする、医薬用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎機能の改善又は腎障害の予防のために服用される医薬用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
無機リン酸(Pi)はATP合成の基質であり、細胞質膜上のリン酸トランスポーターによって細胞内に取り込まれる。一方で、細胞外液中の過剰な無機リン酸は、細胞にとってストレスである。例えば、高リン状態により、アポトーシスが誘導されたり、体内の各所で石灰化が生じることにより、動脈硬化、心筋梗塞、関節炎等が引き起こされることがある。腎機能が低下すると、リンの排泄が正常に行われなくなる結果、血中のリン濃度が高くなる。このため、高リン血症は、慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)に伴う骨ミネラル代謝異常の予後規定因子の1つとなることが知られている。
【0003】
本発明者らは、リン酸トランスポーターのうち、III型ナトリウム依存性Piトランスポーター(Pit-1)を過剰発現させたラットを作製し、骨代謝に対する影響を調べたところ、このPit-1過剰発現ラットでは、血清中の無機リン濃度の増大と骨密度の低下が観察された(非特許文献1参照。)。また、このPit-1過剰発現ラットでは、尿蛋白の増加が認められた(非特許文献2参照。)。さらに、Pit-1過剰発現ラットの糸球体上皮細胞、特にポドサイト(足細胞)では、リン酸取込みが亢進しており、足突起の数が減少しており、糸球体基底膜が肥厚していた(非特許文献2参照。)。これらの症状から、Pit-1過剰発現動物は、ネフローゼ症候群の病理学的モデルの一つと考えられる。
【0004】
一方で、ビスホスホネートは、骨吸収抑制薬として骨粗鬆症の治療薬として用いられている。ただし、腎障害が進行した症例では、排泄が遅延する恐れがあるため、禁忌又は慎重投与とされている(非特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Suzuki, et al., Journal of Bone and Mineral Metabolism, 2010, vol.28(2), p.139-48.
【文献】Sekiguchi, et al., American Journal of Physiology-Renal Physiology, 2011, vol.300(4), F848-F856 DOI: 10.1152/ajprenal.00334.2010
【文献】販売名:アクトネル(登録商標)錠(2.5mg)、一般名:リセドロン酸ナトリウム錠の添付文書(2016年5月改訂(第22版))、EAファーマ株式会社及びエーザイ株式会社
【文献】Matheny, et al., Bone, 2013, vol.57(1), p.277-283.
【文献】Osawa et al., American Journal of Clinical Pathology, 1966, vol.45(1), p.7-20.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、腎機能の改善又は腎障害の予防のために服用される医薬用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、Pit-1過剰発現動物で観察される尿蛋白の増大と糸球体基底膜の肥厚が、ビスホスホネート投与により改善されることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明の実施態様は、以下の[1]~[6]に関する。
[1] ビスホスホネート若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有し、腎機能の改善又は腎障害の予防のために服用されることを特徴とする、医薬用組成物。
[2] 前記ビスホスホネートが、リセドロン酸、アレンドロン酸、エチドロン酸、ミノドロン酸、ゾレドロン酸、及びパミドロン酸からなる群より選択される1種以上である、前記[1]の医薬用組成物。
[3] 糸球体基底膜の機能を改善するために服用される、前記[1]又は[2]の医薬用組成物。
[4] 尿蛋白量の低減を目的として服用される、前記[1]又は[2]の医薬用組成物。
[5] ネフローゼ症候群の患者に投与される、前記[1]~[4]のいずれかの医薬用組成物。
[6] 慢性腎臓病の患者に投与される、前記[1]~[4]のいずれかの医薬用組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る医薬用組成物は、高リン負荷により生じた尿蛋白の増大と糸球体基底膜の肥厚を改善し、糸球体基底膜の機能を改善することができる。このため、本発明に係る医薬用組成物は、腎機能を改善したり、腎障害を予防するための医薬の有効成分として優れている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1において、各群のラットの体重(g)の測定結果を示した図である。
【
図2】実施例1において、各群のラットの血中アルブミン量(g/dL)の測定結果を示した図である。
【
図3】実施例1において、各群のラットの血清クレアチニン量(mg/dL)の測定結果を示した図である。
【
図4】実施例1において、各群のラットの血清カルシウム量(mg/dL)の測定結果を示した図である。
【
図5】実施例1において、各群のラットの血清リン酸量(mg/dL)の測定結果を示した図である。
【
図6】実施例1において、各群のラットの尿中カルシウム量(mg/日)の測定結果を示した図である。
【
図7】実施例1において、各群のラットの尿中リン酸量(mg/dL)の測定結果を示した図である。
【
図8】実施例1において、各群のラットのTmP/GFR(mg/dL)の測定結果を示した図である。
【
図9】実施例1において、各群のラットの尿蛋白量(mg/日)の測定結果を示した図である。
【
図10】実施例1において、各群のラットの腎臓の糸球体基底膜の透過型電子顕微鏡写真である。
【
図11】実施例1において、各群のラットの糸球体基底膜の厚み(nm)の測定結果を示した図である。
【
図12】実施例1において、各群のラットの緻密層の厚み(nm)の測定結果を示した図である。
【
図13】実施例2において、各群のラットの糸球体基底膜を抗connexin43抗体と抗ZO-1抗体で共蛍光染色した画像における糸球体1個当たりの抗connexin43抗体蛍光強度(× 1000 count)の測定結果を示した図である。
【
図14】実施例2において、各群のラットの糸球体基底膜を抗desmin抗体と抗laminin抗体で共蛍光染色した画像における糸球体1個当たりの抗desmin抗体蛍光強度(× 1000 count)の測定結果を示した図である。
【
図15】実施例2において、各群のラットの糸球体基底膜を抗nephrin抗体と抗laminin抗体で共蛍光染色した画像における糸球体1個当たりの抗nephrin抗体蛍光強度(× 1000 count)の測定結果を示した図である。
【
図16】実施例3において、尿の微量アルブミン陽性である2型糖尿病患者21症例の、ビスホスホネート投与前(図中、「投与前」)及び投与後(図中、「投与後」)の尿微量アルブミン量(mg/g Cr)の平均値の結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施形態を示して本発明を詳細に説明する。本実施形態に係る医薬用組成物は、ビスホスホネート若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有し、腎機能の改善又は腎障害の予防のために服用される。ビスホスホネートは、高リン負荷により生じた腎機能を改善することができる。ビスホスホネートにより腎機能が改善される作用機序の詳細は解明されていないが、ビスホスホネート投与により高リン負荷により生じたネフローゼ(尿蛋白の増大)が改善され、糸球体基底膜の肥厚も改善される。このことから、ビスホスホネートは糸球体基底膜の機能を改善する、特に高リン負荷による糸球体基底膜への負荷を減弱させる作用があると考えらえる。ビスホスホネートは、骨吸収抑制薬として広く使用されているが、腎障害を発症している患者への投与は避けられるべきとされている。にもかかわらず、ビスホスホネート自体に、腎機能を改善する作用効果があることは、驚くべきことである。
【0012】
本実施形態に係る医薬用組成物の有効成分であるビスホスホネートとしては、リセドロン酸、エチドロン酸、アレンドロン酸、ミノドロン酸、ゾレドロン酸、パミドロン酸、チルドロン酸、モニドロン酸、ネリドロン酸、オルパドロン酸、クロドロン酸、イバンドロン酸等が挙げられる。本実施形態に係る医薬用組成物の有効成分としては、リセドロン酸、エチドロン酸、アレンドロン酸、ミノドロン酸、ゾレドロン酸、又はパミドロン酸が好ましい。なお、本実施形態に係る医薬用組成物の有効成分としては、1種類のビスホスホネートを含有していてもよく、2種類以上のビスホスホネートを含有していてもよい。
【0013】
本実施形態に係る医薬用組成物の有効成分としては、ビスホスホネートの薬理学的に許容される塩であってもよく、ビスホスホネート又はその薬理学的に許容される塩の溶媒和物であってもよい。ビスホスホネートの薬理学的に許容される塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩;アルミニウム塩;トリメチルアミン塩、トリエチルアミン塩、ジシクロヘキシルアミン塩、ジベンジルアミン塩、フェネチルベンジルアミン塩、プロカイン塩、モルホリン塩、ピリジン塩、ピペリジン塩、N-エチルピペリジン塩等のアミン塩;アンモニウム塩;リジン塩、アルギニン塩等の塩基性アミノ酸塩;等が挙げられる。ビスホスホネート又はその塩の溶媒和物を構成する溶媒としては、水、エタノール等のアルコール類等が挙げられる。本実施形態に係る医薬用組成物の有効成分としては、ビスホスホネートのアルカリ金属塩、ビスホスホネートのアルカリ金属塩の水和物、又はビスホスホネートの水和物が好ましく、ビスホスホネートのナトリウム塩、ビスホスホネートのナトリウム塩の水和物、又はビスホスホネートの水和物がより好ましい。以下、ビスホスホネート、ビスホスホネートの薬学的に許容される塩、及びビスホスホネート又はその薬理学的に許容される塩の溶媒和物を、まとめて単に「ビスホスホネート」と称する場合がある。
【0014】
中でも、本実施形態に係る医薬用組成物の有効成分としては、リセドロン酸ナトリウム水和物、アレンドロン酸ナトリウム水和物、エチドロン酸二ナトリウム、ミノドロン酸水和物、ゾレドロン酸水和物、又はパミドロン酸二ナトリウム水和物が好ましい。本実施形態に係る医薬用組成物の有効成分としては、市販されているビスホスホネート系薬剤を使用することもできる。
【0015】
ビスホスホネートは、腎機能の改善又は腎障害の予防に有効である。このため、本実施形態に係る医薬用組成物は、慢性腎臓病の治療薬や予防薬として有効であり、腎機能の低下が発症や増悪の原因となる各種疾患の治療薬や予防薬としても有効である。腎機能の低下が発症や増悪の原因となる疾患としては、例えば、慢性腎臓病に伴う骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD)、糖尿病性腎症、ネフローゼ症候群、慢性腎炎、IgA腎症、腎硬化症等が挙げられる。
【0016】
本実施形態に係る医薬用組成物を、ヒトをはじめとする動物に投与する場合、その投与形態は、経口投与及び非経口投与のいずれでもよく、その剤形としては、経口投与剤であれば、例えば散剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル剤等の固形剤;溶液剤、シロップ剤等の液剤が挙げられ、また、非経口投与剤であれば、例えば注射剤、輸液剤、経鼻・経肺用スプレー剤等が挙げられる。本実施形態に係る医薬用組成物は、通常の方法によって、これらの剤型の医薬に製剤化することができる。
【0017】
患者への負担を軽減する観点から、本実施形態に係る医薬用組成物は対象者に対して経口投与することが好ましい。経口投与する場合の剤形は、錠剤が好ましい。一方、経口投与が困難な対象者に対しては、本実施形態に係る医薬用組成物を輸液として経静脈又は動脈投与することができる。また、本実施形態に係る医薬用組成物は、製剤上の必要に応じて、適宜の薬学的に許容され得る各種添加剤を含有していてもよい。当該添加剤としては、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、溶剤、崩壊剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、矯味矯臭剤、着色剤等が挙げられる。
【0018】
賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、D-マンニトール等の糖類、デンプン類、結晶セルロース等のセルロース類等の有機系賦形剤;炭酸カルシウム、カオリン、酸化チタン等の無機系賦形剤;等が挙げられる。結合剤としては、α化デンプン、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、D-マンニトール、トレハロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等が挙げられる。滑沢剤としては、ステアリン酸、ステアリン酸塩等の脂肪酸塩、タルク、珪酸塩類等が挙げられる。溶剤としては、精製水、生理的食塩水等が挙げられる。崩壊剤としては、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、化学修飾されたセルロースやデンプン類等が挙げられる。溶解補助剤としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、酢酸ナトリウム等が挙げられる。懸濁化剤或いは乳化剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、アラビアゴム、ゼラチン、レシチン、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム等のセルロース類、ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等が挙げられる。等張化剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリン、尿素等が挙げられる。安定化剤としては、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、その他のアミノ酸類等が挙げられる。無痛化剤としては、ブドウ糖、グルコン酸カルシウム、塩酸プロカイン等が挙げられる。防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等が挙げられる。抗酸化剤としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸等が挙げられる。矯味矯臭剤としては挙げられる。医薬及び食品分野において通常に使用される甘味料、香料等が挙げられる。着色剤としては、医薬及び食品分野において通常に使用される着色料が挙げられる。
【0019】
本実施形態に係る医薬用組成物の投与量は、対象者の腎機能の状態、年齢、体重、腎臓以外の組織の病態、投与方法、投与間隔等によって異なり、通常、有効成分のビスホスホネートの臨床用量を考慮して適宜設定することができる。例えば、経口投与の場合、成人1人あたり1日量としてビスホスホネートとして0.01~50mg、好ましくは0.1~10mg、特に好ましくは0.5~5mgを1回又は数回に分けて投与することができる。また、1週間~1年間に1回又は数回に分けて、成人1人あたりビスホスホネートとして1~100mg、好ましくは5~100mg、特に好ましくは10~100mgを投与することができる。非経口投与の場合、例えば、1週間~1年間に1回又は数回に分けて、成人1人あたりビスホスホネートとして0.0001~10mg、好ましくは0.001~10mg、特に好ましくは0.01~5mgを、静脈内注射する、又は24時間までの範囲で静脈内に持続投与することができる。
【実施例】
【0020】
次に実施例等を示して本実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0021】
[実施例1]
Pit-1過剰発現動物では、リン酸の過負荷によって腎臓のポドサイトが傷つき、糸球体基底膜が肥厚し、最終的にはネフローゼ症候群となる。
そこで、リンと競合作用のあるビスホスホネートの投与によって、ネフローゼ症候群の病理学的モデルの一つであるPit-1過剰発現ラットの尿蛋白量及び糸球体基底膜肥厚の改善がみられるかどうかを検討した。ビスホスホネートとしては、リセドロン酸ナトリウムを用いた。また、Pit-1過剰発現ラットは、非特許文献1に記載の方法で作製した物を用いた。
【0022】
<リセドロン酸ナトリウムの投与>
第5週齢のPit-1過剰発現ラット及び対照ラット(Wister系統ラット)を、C-C群:リセドロン酸ナトリウムを投与しなかった対照ラット群(n=4)、C-R群:リセドロン酸ナトリウムを投与した対照ラット群(n=5)、TG-C群:リセドロン酸ナトリウムを投与しなかったPit-1過剰発現ラット群(n=3)、TG-R群:リセドロン酸ナトリウムを投与したPit-1過剰発現ラット群(n=3)、の計4群に分けた。Mathenyらの方法(非特許文献4参照。)に準じて、C-R群及びTG-R群には、リセドロン酸ナトリウム5μg/kg 体重を週2回、皮下注射した。C-C群及びTG-C群には、C-R群及びTG-R群と同じタイミングで、等量の生理食塩水を週2回、皮下注射した。
【0023】
<血液及び尿の採取と成分分析、並びに体重の測定>
血液及び尿の採取、並びに体重の測定は、第5週齢(リセドロン酸ナトリウム投与前)、第8週齢、及び第12週齢で行った。血液は尾静脈より採取した。蓄尿は12時間の絶食後、24時間の尿を採取した。
血中アルブミン量(g/dL)、血清クレアチニン量(mg/dL)、血清カルシウム量(mg/dL)、血清リン酸量(mg/dL)、尿中カルシウム量(mg/日)、尿中リン酸量(mg/dL)、腎近位尿細管リン再吸収閾値(TmP/GFR)(mg/dL)、及び尿蛋白量(mg/日)を常法により測定した。
【0024】
体重(g)の測定結果を
図1に、血中アルブミン量(g/dL)の測定結果を
図2に、血清クレアチニン量(mg/dL)の測定結果を
図3に、血清カルシウム量(mg/dL)の測定結果を
図4に、血清リン酸量(mg/dL)の測定結果を
図5に、尿中カルシウム量(mg/日)の測定結果を
図6に、尿中リン酸量(mg/dL)の測定結果を
図7に、TmP/GFR(mg/dL)の測定結果を
図8に、尿蛋白量(mg/日)の測定結果を
図9に、それぞれ示す。図中、「Pit-1TG」が「-」、「Risedronate」が「-」のカラムはC-C群の結果を、「Pit-1TG」が「-」、「Risedronate」が「+」のカラムはC-R群の結果を、「Pit-1TG」が「+」、「Risedronate」が「-」のカラムはTG-C群の結果を、「Pit-1TG」が「+」、「Risedronate」が「+」のカラムはTG-R群の結果を、それぞれ示す。各測定値は全て平均値±SE(標準誤差)であり、「*」は、「p<0.05」を意味する。この結果、第8週齢時と第12週齢時には、体重増加率、血清カルシウム量、血清リン量、アルブミン量の群間差は認められなかった。一方で、尿蛋白量は、第12週齢で、TG-C群(42.2±27.0mg/日)はC-C群(7.1±3.6mg/日)に比較して明らかに増大していた(p=0.037)。TG-R群の尿蛋白排泄量の減少は、TG-C群に比較して統計学的に有意ではなかったが、C-C群との有意差は消失していた。
【0025】
<糸球体基底膜の観察>
腎臓組織は、同じ条件で飼育した第8週齢のラットから採取した。非特許文献2に記載の方法と同様にして、採取された腎臓の糸球体基底膜を透過型電子顕微鏡(製品名:JEM-1010、JEOL社製)で観察した。
また、糸球体基底膜の厚みは、Osawaらの方法(非特許文献5参照。)に準じて、上皮細胞足突起の細胞膜直下より内皮細胞直下までを測定した。
【0026】
各群のラットから採取された腎臓の糸球体基底膜の透過型電子顕微鏡写真を
図10に、糸球体基底膜の厚みの測定結果を
図11に、緻密層(lamina densa)の厚みの測定結果を
図12に、それぞれ示す。図中、「Pit-1TG」が「-」、「Risedronate」が「-」のカラムはC-C群の結果を、「Pit-1TG」が「-」、「Risedronate」が「+」のカラムはC-R群の結果を、「Pit-1TG」が「+」、「Risedronate」が「-」のカラムはTG-C群の結果を、「Pit-1TG」が「+」、「Risedronate」が「+」のカラムはTG-R群の結果を、それぞれ示す。各測定値は全て平均値±SEであり、「*」は、「p<0.05」を意味する。
図11に示すように、糸球体基底膜の厚みは、TG-R群は206.1±75.1mm、TG-C群は221.1±88.4mmであった(p=0.016)。すなわち、
図10に示すように、第8週齢のTG-C群では、糸球体基底膜の肥厚が認められたが、TG-R群ではTG-C群に比べて肥厚の程度が軽度であった。
【0027】
これらの結果から、リセドロン酸等のビスホスホネートは、Pit-1過剰発現ラットにおける尿蛋白増大と糸球体基底膜肥厚の両方を改善できること、ビスホスホネートは、高リン負荷による腎臓の糸球体基底膜への負荷を減弱させられる可能性があることが示された。また、Pit-1過剰発現ラットにおいて、リセドロン酸投与により血清リン酸量が影響を受けなかったことから、ビスホスホネートによる高リン負荷の減弱効果は、骨代謝阻害による効果ではなく、ポドサイトに直接的に作用する効果であることが示唆された。
【0028】
骨ミネラル代謝異常の初期には血清リン量は性状であっても、わずかなリン負荷に反応し、PTH(パラトルモン)やFGF23(線維芽細胞増殖因子23)などの分泌が亢進する。これらは骨密度の低下や、活性型ビタミンDの減少につながり、骨ミネラル代謝異常を増悪させる要因の一つとなる。糸球体基底膜は、腎蛋白濾過障壁としての重要性が再評価され、その生理的機能を維持する治療介入は、骨ミネラル代謝異常の進行を遅らせる可能性がある。
【0029】
[実施例2]
実施例1と同様にして、第5週齢のPit-1過剰発現ラットと対照ラット(Wister系統ラット)に、リセドロン酸ナトリウムを投与し、第12週齢の時点における腎臓の糸球体基底膜の障害の状態を免疫染色により評価した。リセドロン酸ナトリウムと生理食塩水の投与は実施例1と同様にして行った。
【0030】
第12週齢のラットから採取した腎臓の糸球体基底膜の切片を、抗connexin43抗体と抗ZO-1抗体の共蛍光染色、抗desmin抗体と抗laminin抗体の共蛍光染色、又は抗nephrin抗体と抗laminin抗体の共蛍光染色を行った。connexin43とdesminとnephrinは、糸球体上皮細胞の構成成分である。また、ZO-1はタイトジャンクションを構成する分子であり、lamininは細胞外マトリックスの基底膜を構成する分子である。
【0031】
各種細胞外マトリックス(connexin43、laminin、nephrin)の免疫染色による定量結果を示した。
図13に抗connexin43抗体と抗ZO-1抗体の共蛍光染色の画像から測定された糸球体1個当たりの抗connexin43抗体蛍光強度(× 1000 count)を、
図14に抗desmin抗体と抗laminin抗体の共蛍光染色の画像から測定された糸球体1個当たりの抗desmin抗体蛍光強度(× 1000 count)を、
図15に抗nephrin抗体と抗laminin抗体の共蛍光染色の画像から測定された糸球体1個当たりの抗nephrin抗体蛍光強度(× 1000 count)を、それぞれ示した。図中、「Pit-1TG」が「-」、「Risedronate」が「-」のカラムはC-C群の結果を、「Pit-1TG」が「-」、「Risedronate」が「+」のカラムはC-R群の結果を、「Pit-1TG」が「+」、「Risedronate」が「-」のカラムはTG-C群の結果を、「Pit-1TG」が「+」、「Risedronate」が「+」のカラムはTG-R群の結果を、それぞれ示す。この結果、
図13及び14に示すように、C-C群と比較して、C-R群は特に差は観察されなかったが、TG-C群では糸球体基底膜におけるconnexin43及びdesminの発現が亢進しており、この変化は、Risedronate投与により抑制されることが示された。また、
図15に示すように、抗nephrin抗体の蛍光強度には、群間差は観察されなかった。すなわち、TG-C群では糸球体の上皮細胞傷害が最も強く、TG-R群では上皮細胞傷害は観察されるものの、その程度はTG-C群よりも軽減されていた。C-C群とC-R群では上皮細胞傷害は観察されなかった。
【0032】
[実施例3]
2型糖尿病患者のうち、腎移植症例、糖尿病性腎症4及び5期の患者以外であって、尿の微量アルブミン陽性の患者21症例に対して、ビスホスホネートを投与し、尿微量アルブミン量に対する影響を調べた。
【0033】
具体的には、9症例(女性7症例、男性2症例)にリセドロン酸ナトリウム、7症例(女性7症例)にアレンドロン酸ナトリウム水和物、5症例(男性5症例)にミノドロン酸水和物を投与した。投与期間は1週間から18カ月であった。
【0034】
図16に、全21症例の、ビスホスホネート投与前(図中、「投与前」)及び投与後(図中、「投与後」)の尿微量アルブミン量(mg/g Cr)の平均値±SEの結果を示す。この21症例の尿微量アルブミン量の平均値は、ビスホスホネート投与前が52.7mg/g Crであったのに対して、ビスホスホネート投与後では39.1mg/g Crであり、明らかに低減していた(p=0.016)。より詳細には、21症例中、16症例において、ビスホスホネート投与により尿微量アルブミン量の低下が観察された。この16症例の尿微量アルブミン量の低下率(100-[投与後の尿微量アルブミン量]/[投与前の尿微量アルブミン量]×100)(%)は0.7~77.2%であり、16症例の平均値は37.1%であった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明に係る医薬用組成物は、尿蛋白量を減少させたり、糸球体基底膜の肥厚を改善させることができる。このため、本発明に係る医薬用組成物は、腎機能の改善や腎障害の予防のための医薬として特に有効である。