(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-05
(45)【発行日】2022-08-16
(54)【発明の名称】製造方法、情報処理装置、関係式算出装置、および、製造システム
(51)【国際特許分類】
C22F 1/04 20060101AFI20220808BHJP
G05B 19/418 20060101ALI20220808BHJP
G06Q 50/04 20120101ALI20220808BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220808BHJP
【FI】
C22F1/04 A
G05B19/418 Z
C22F1/04 M
G06Q50/04
C22F1/00 623
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686Z
(21)【出願番号】P 2018062594
(22)【出願日】2018-03-28
【審査請求日】2020-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】山本 佑樹
(72)【発明者】
【氏名】梅谷 真史
【審査官】櫛引 明佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-120640(JP,A)
【文献】特開2014-038595(JP,A)
【文献】特開2003-277832(JP,A)
【文献】特開昭61-279630(JP,A)
【文献】特開平08-199314(JP,A)
【文献】特開2003-226927(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22F 1/00-1/18
C22C 21/00-21/18
G05B 19/418
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム板材の製造方法であって、
前記アルミニウム板材の材料または中間製造物に含まれている、該材料または該中間製造物の主成分でなく、かつ該材料または該中間製造物に意図的に添加していない成分である不純物の濃度を測定する濃度測定ステップと、
前記不純物の濃度に基づいて、前記アルミニウム板材の機械特性値が所定の機械特性値の範囲を満たすための焼鈍温度を算出する温度算出ステップと、
前記焼鈍温度で焼鈍を実行する焼鈍ステップと、
前記焼鈍の対象となる中間製造物を製造するまでの、少なくとも1工程における加工条件を示す情報を取得する加工条件取得ステップと、を含み、
前記温度算出ステップでは、
前記不純物の濃度と、前記加工条件とに応じて前記焼鈍温度を算出し、かつ、
複数の焼鈍温度のそれぞれについて、前記中間製造物の焼鈍を実行した場合の、前記不純物の濃度および前記加工条件と、焼鈍後のアルミニウム板材の機械特性値とを対応付けた実績データに基づいて、前記焼鈍温度を算出し、かつ、
前記実績データに基づいて決定される、前記不純物の濃度と、前記加工条件と、前記機械特性値と、前記焼鈍温度との相関関係に基づいて、前記焼鈍温度を算出し、
前記実績データに含まれる前記不純物の濃度の、取り得る値の範囲を区切ることで、該不純物の濃度についての複数のクラスが予め定められており、
前記相関関係を示す関係式が前記クラスごとに設定されており、
前記製造方法は、前記不純物の濃度が、前記複数のクラスのいずれに属しているかを特定するクラス特定ステップをさらに含み、
前記温度算出ステップでは、前記クラス特定ステップが特定した前記クラスに応じた前記関係式を用いて、前記焼鈍温度を算出することを特徴とする、製造方法。
【請求項2】
前記相関関係は、前記実績データに含まれる前記不純物の濃度および前記加工条件を説明変数として主成分分析した後、焼鈍により得られた機械特性値を前記説明変数に対する目的変数として重回帰分析を実施することにより算出される回帰式を用いて算出される関係式で示されることを特徴とする、請求項
1に記載の製造方法。
【請求項3】
アルミニウム板材の製造方法における焼鈍温度を算出する情報処理装置であって、
アルミニウム板材の製造における材料または中間製造物の、主成分でなく、かつ該材料または該中間製造物に意図的に添加していない成分である不純物の濃度を示す情報を取得する不純物濃度取得部と、
前記不純物の濃度に基づいて、アルミニウム板材の機械特性値が所定の機械特性値の範囲を満たすための焼鈍温度を算出する温度算出部と、
焼鈍の対象となる中間製造物を製造するまでの、少なくとも1工程における加工条件を示す情報を取得する情報取得部と、を備え、
前記温度算出部は、
前記不純物の濃度と、前記加工条件とに応じて前記焼鈍温度を算出し、かつ、
複数の焼鈍温度のそれぞれについて、前記中間製造物の焼鈍を実行した場合の、前記不純物の濃度および前記加工条件と、焼鈍後のアルミニウム板材の機械特性値とを対応付けた実績データに基づいて、前記焼鈍温度を算出し、かつ、
前記実績データに基づいて決定される、前記不純物の濃度と、前記加工条件と、前記機械特性値と、前記焼鈍温度との相関関係に基づいて、前記焼鈍温度を算出し、
前記実績データに含まれる前記不純物の濃度の、取り得る値の範囲を区切ることで、該不純物の濃度についての複数のクラスが予め定められており、
前記相関関係を示す関係式が前記クラスごとに設定されており、
前記情報処理装置は、前記不純物の濃度が、前記複数のクラスのいずれに属しているかを特定するクラス特定部をさらに備え、
前記温度算出部は、前記クラス特定部が特定した前記クラスに応じた前記関係式を用いて、前記焼鈍温度を算出することを特徴とする、情報処理装置。
【請求項4】
複数の焼鈍温度のそれぞれについて、アルミニウム板材の製造における中間製造物の焼鈍を実行した場合の、不純物の濃度と、前記中間製造物を製造するまでの少なくとも1工程における加工条件と、焼鈍後のアルミニウム板材の機械特性値とを対応付けた実績データを取得する実績データ取得部と、
前記実績データに基づいて、前記不純物の濃度と、前記加工条件と、前記機械特性値と、前記焼鈍温度との相関関係を示す関係式を算出する関係式算出部と、を備え、
前記不純物は、前記アルミニウム板材の材料または中間製造物に含まれている、該材料または該中間製造物の主成分でなく、かつ該材料または該中間製造物に意図的に添加していない成分であ
り、
前記関係式算出部は、前記実績データに含まれる前記不純物の濃度を値に応じてクラス分類し、分類したクラスごとに前記関係式を算出することを特徴とする、関係式算出装置。
【請求項5】
請求項
3に記載の情報処理装置と、
前記情報処理装置の前記温度算出部が算出した焼鈍温度で焼鈍を実行する焼鈍設備と、を含むことを特徴とする、アルミニウム板材の製造システム。
【請求項6】
請求項
4に記載の関係式算出装置を含み、
前記情報処理装置の前記温度算出部は、前記関係式算出装置が算出した前記関係式を用いて、前記焼鈍温度を算出することを特徴とする、請求項
5に記載のアルミニウム板材の製造システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム板材を製造するための製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
金属板材の製造プロセスでは、発注元の指定した機械特性値(機械試験で測定できる特性値)の範囲を満たした最終製品を製造する必要がある。そのため、製造時の諸条件から機械特性値を算出する技術が開発されている。例えば、特許文献1には、鋼材の品質特性値を予測する方法であって、鋼材の過去の製造条件と、該条件で得られた品質特性値とを保存した品質データベースを用いて、品質特性値を予測する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2007-257621号公報(2007年10月4日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、アルミニウム板材の製造プロセスには、焼鈍工程が含まれる。アルミニウム板材の機械特性値は、この焼鈍時の焼鈍温度によって変化することが分かっている。
【0005】
しかしながら、アルミニウム板材の製造では、同じ温度で焼鈍を実行した場合でも、製造ロットによって、最終的に製造されるアルミニウム板材の機械特性値に、ばらつきが生じる。ばらつきの要因は種々考えられるが、どのような因子がどのように機械特性値に影響しているかは不明であった。
【0006】
また、製造プロセスのスケールおよび工程の詳細(例えば、加熱および冷却の過程)をラボ試験で再現することも困難であるため、ラボ試験の結果から前記因子を特定すること、および、機械特性値を算出することは困難であった。
【0007】
そのため、従来の製造方法では、例えば最終工程として焼鈍工程を実施する場合、焼鈍の直前の中間製造物に対して予備試験を行って、その後、オペレータが、該予備試験の結果を考慮して経験則で焼鈍温度を決定していた。
【0008】
本発明の一態様は、所望の機械特性を有するアルミニウム板材を得るための焼鈍温度を算出することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る製造方法は、アルミニウム板材の製造方法であって、前記アルミニウム板材の材料または中間製造物に含まれている、該材料または該中間製造物の主成分でなく、かつ該材料または該中間製造物に意図的に添加していない成分である不純物の濃度を測定する濃度測定ステップと、前記不純物の濃度に基づいて、前記アルミニウム板材の機械特性値が所定の機械特性値の範囲を満たすための焼鈍温度を算出する温度算出ステップと、前記焼鈍温度で焼鈍を実行する焼鈍ステップと、を含む。
【0010】
アルミニウム板材は、製造ロットによって不純物の濃度にばらつきがある。このばらつきは、材料の段階で、または製造プロセスのいずれかの段階で生じるものである。発明者らは、この不純物の濃度が、最終製造物であるアルミニウム板材の機械特性値に影響することを見出した。
【0011】
前記の製造方法によれば、アルミニウム板材を製造する際の、材料または中間製造物に含まれている不純物の濃度を測定しておき、該不純物の濃度と、得たい機械特性値(所定の機械特性値)とから、焼鈍温度を算出することができる。したがって、前記の製造方法は、所望の機械特性を有するアルミニウム板材を得るための焼鈍温度を算出することができる。
【0012】
前記製造方法は、前記焼鈍の対象となる中間製造物を製造するまでの、少なくとも1工程における加工条件を示す情報を取得する加工条件取得ステップを含んでいてもよく、前記温度算出ステップでは、前記不純物の濃度と、前記加工条件とに応じて前記焼鈍温度を算出してもよい。
【0013】
焼鈍までの工程における加工条件は、アルミニウム板材の機械特性値に影響すると考えられる。前記の製造方法によれば、アルミニウム板材の機械特性値が所定の機械特性値の範囲を満たすための焼鈍温度を、加工条件に応じて算出することができる。したがって、前記の製造方法によれば、焼鈍温度をより正確に算出することができる。
【0014】
前記製造方法の前記温度算出ステップでは、複数の焼鈍温度のそれぞれについて、前記中間製造物の焼鈍を実行した場合の、前記不純物の濃度および前記加工条件と、焼鈍後のアルミニウム板材の機械特性値とを対応付けた実績データに基づいて、前記焼鈍温度を算出してもよい。
【0015】
前記の製造方法によれば、所定の不純物の濃度および所定の加工条件で製造された中間製造物を、所定の焼鈍温度で焼鈍した場合に実際に得られた機械特性値から、これから焼鈍を実行する中間製造物の焼鈍温度を算出することができる。
【0016】
また、前記の製造方法によれば、異なる焼鈍温度での実績データに基づいて焼鈍温度を算出する。そのため、例えば線形補間等を用いて、焼鈍温度が変化した場合の、機械特性値の変化を予測することができる。したがって、前記の製造方法によれば、焼鈍温度をより正確に算出することができる。
【0017】
前記製造方法の前記温度算出ステップでは、前記実績データに基づいて決定される、前記不純物の濃度と、前記加工条件と、前記機械特性値と、前記焼鈍温度との相関関係に基づいて、前記焼鈍温度を算出してもよい。
【0018】
不純物の濃度は濃度測定ステップにおいて測定される。また、加工条件は加工条件取得ステップにおいて取得される情報から特定される。したがって、前記の製造方法によれば、上述のように測定および特定された、不純物の濃度および加工条件と、得たい機械特性値との相関関係から、焼鈍温度を特定することができる。
【0019】
したがって、前記の製造方法は、所望の機械特性を有するアルミニウム板材を得るための焼鈍温度を算出することができる。また、予め決定された相関関係から焼鈍温度を算出するため、温度算出ステップにおいて都度実績データを収集して分析する必要が無い。したがって、前記の製造方法によれば、焼鈍温度の算出を迅速に行うことができる。
【0020】
前記製造方法では、前記実績データに含まれる前記不純物の濃度の、取り得る値の範囲を区切ることで、該不純物の濃度についての複数のクラスが予め定められていてもよく、前記相関関係を示す関係式が前記クラスごとに設定されていてもよく、前記不純物の濃度が、前記複数のクラスのいずれに属しているかを特定するクラス特定ステップを含んでいてもよく、前記温度算出ステップでは、前記クラス特定ステップが特定した前記クラスに応じた前記関係式を用いて、前記焼鈍温度を算出してもよい。
【0021】
上述のように、不純物の濃度はアルミニウム板材の機械特性値に影響する。前記製造方法によれば、不純物の濃度を複数のクラスに区切り、クラスごとに関係式を定めている。これにより、例えば、クラスごとに異なった、最適な関係式を用いて焼鈍温度を算出することができる。したがって、前記の製造方法によれば、より正確に焼鈍温度を算出することができる。
【0022】
前記製造方法における前記相関関係は、前記実績データに含まれる前記不純物の濃度および前記加工条件を説明変数として主成分分析した後、焼鈍により得られた機械特性値を前記説明変数に対する目的変数として重回帰分析を実施することにより算出される回帰式を用いて算出される関係式で示されてもよい。
【0023】
前記の構成によれば、主成分分析を実施することによって、機械特性値に影響する要因である不純物の濃度および加工条件のうち、固有値が所定値以下である要因を、関係式から排除することができる。そして、それぞれ相関が少ない要因を説明変数として重回帰分析を実施して得られた回帰式を基に、関係式を算出する。したがって、前記の製造方法によれば、焼鈍温度をより正確に算出することが可能な関係式を算出することができる。
【0024】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る情報処理装置は、アルミニウム板材の製造における材料または中間製造物の、主成分でなく、かつ該材料または該中間製造物に意図的に添加していない成分である不純物の濃度を示す情報を取得する不純物濃度取得部と、前記不純物の濃度に基づいて、アルミニウム板材の機械特性値が所定の機械特性値の範囲を満たすための焼鈍温度を算出する温度算出部と、を備える。
【0025】
前記の構成によれば、アルミニウム板材を製造する際の、材料または中間製造物に含まれている不純物の濃度を測定しておき、該不純物の濃度と、得たい機械特性値(所定の機械特性値)とから、焼鈍温度を算出することができる。したがって、前記の構成によれば、所望の機械特性を有するアルミニウム板材を得るための焼鈍温度を算出することができる。
【0026】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る関係式算出装置は、複数の焼鈍温度のそれぞれについて、アルミニウム板材の製造における中間製造物の焼鈍を実行した場合の、不純物の濃度と、前記中間製造物を製造するまでの少なくとも1工程における加工条件と、焼鈍後のアルミニウム板材の機械特性値とを対応付けた実績データを取得する実績データ取得部と、前記実績データに基づいて、前記不純物の濃度と、前記加工条件と、前記機械特性値と、前記焼鈍温度との関係式を算出する関係式算出部と、を備え、前記不純物は、前記アルミニウム板材の材料または中間製造物に含まれている、該材料または該中間製造物の主成分でなく、かつ該材料または該中間製造物に意図的に添加していない成分である。
【0027】
前記の構成によれば、不純物の濃度および加工条件と、得たい機械特性値とを代入することによって、焼鈍温度を算出することが可能な関係式を算出できる。換言すると、所望の機械特性を有するアルミニウム板材を得るための焼鈍温度を算出することが可能な関係式を算出することができる。
【0028】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る製造システムは、アルミニウム板材の製造システムであって、前記情報処理装置と、前記情報処理装置の前記温度算出部が算出した焼鈍温度で焼鈍を実行する焼鈍設備と、を含む。
【0029】
前記の製造システムによれば、不純物の濃度を測定しておき、該不純物の濃度と、得たい機械特性値(所定の機械特性値)とから、焼鈍温度を算出することができる。そして、算出された焼鈍温度で焼鈍を実行することができる。したがって、前記の製造システムによれば、例えば予備試験を実施せずとも、所望の機械特性を有するアルミニウム板材を製造することができる。
【0030】
前記製造システムは、前記関係式算出装置を含んでいてもよく、前記製造システムにおいて、前記情報処理装置の前記温度算出部は、前記関係式算出装置が算出した前記関係式を用いて、前記焼鈍温度を算出してもよい。
【0031】
前記の製造システムによれば、不純物の濃度および加工条件と、得たい機械特性値とを関係式に代入することによって、焼鈍温度を算出することができる。したがって、前記の製造システムによれば、所望の機械特性を有するアルミニウム板材を得るための焼鈍温度を算出することができる。また、予め算出された関係式を用いて焼鈍温度を算出するため、焼鈍温度の算出を迅速に行うことができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明の一態様によれば、所望の機械特性を有するアルミニウム板材を得るための焼鈍温度を予備試験等に頼らずに算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本発明の実施形態1に係る製造システムにおける処理の流れを示す図である。
【
図2】H2nアルミニウム板材の製造フローを示す図である。
【
図3】実施形態1に係る製造システムの要部構成を示す図である。
【
図4】製造条件情報のデータ構造の一例を示す図である。
【
図5】本発明の実施形態2に係る製造システムの要部構成を示す図である。
【
図6】実績データのデータ構造の一例を示す図である。
【
図7】本発明の実施形態2に係る製造システムにおける処理の流れを示す図である。
【
図8】実施例1における、供試材の不純物濃度の分布を示す図である。
【
図9】実施例2における、機械特性値の比較結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明は、アルミニウム板材を製造する際に使用可能な製造方法、製造システム、および各種装置等に関する。製造するアルミニウム板材の種類は特に限定されないが、例えばH2nアルミニウム板材が挙げられる。
【0035】
まず始めに、アルミニウム板材の製造フローの特徴について説明する。
図2は、H2nアルミニウム板材の製造フローを示す図である。H2nアルミニウム板材は、材料を鋳造した後、ソーキング、熱間圧延(熱延)、冷間圧延(冷延)、および焼鈍の加工処理を、この順序で施すことで製造される。
【0036】
なお、アルミニウム板材の製造フローは、該板材の種類によって異なる。本発明は、途中工程の少なくとも1工程において焼鈍を実施するような製造フローを採用している製造システムに対して、適用することができる。
【0037】
例えば、本発明に係る製造システムが採用する製造フローは、
図2に示すように最終工程として1回だけ焼鈍(最終焼鈍)を行うような製造フローであってもよい。また例えば、本発明に係る製造システムが採用する製造フローは、途中工程で1回以上の焼鈍(中間焼鈍)を行い、さらに最終焼鈍を行うような製造フローであってもよい。また例えば、本発明に係る製造システムが採用する製造フローは、最終焼鈍は実行せず、途中工程で1回以上の中間焼鈍を行うような製造フローであってもよい。
【0038】
最終製品であるアルミニウム板材の機械特性値は、焼鈍温度によって変化することが分かっている。また、詳しくは後述するが、焼鈍温度以外にも、機械特性値を変化させ得る要因が種々存在する。
【0039】
本発明の発明者らは、アルミニウム板材の機械特性値を変化させ得る種々の要因を見出した。そして、発明者らは、該要因が機械特性値に与える影響を考慮して焼鈍温度を算出する方法を見出した。以下、本発明の一実施の形態について説明する。
【0040】
〔実施形態1〕
≪製造システムの要部構成≫
以下、本発明の第1の実施形態(実施形態1)について、
図1~4を用いて説明する。
図3は、本実施形態に係る製造システム100の要部構成を示す図である。製造システム100は、図示の通り、設備3(設備3A~3D)と、製造条件データベース(DB)2と、情報処理装置1と、焼鈍設備4とを含む。
【0041】
(設備3A~3
D)
設備3A~3
Dは、
図2に示したアルミニウム板材の製造フローの各ステップを実行するものである。鋳造設備3Aは、アルミニウム板材の材料(以降、単に材料と称する)を鋳造するための設備である。ソーキング設備3Bは、中間製造物にソーキング処理を施すための設備である。熱延設備3Cは、中間製造物に熱延処理を施すための設備である。冷延設備3Dは、中間製造物に冷延処理を施すための設備である。設備3A~3Dはそれぞれ、自設備にて加工処理を実施した時の各種パラメータを加工条件として測定し、該加工条件の数値を製造条件DB2に送信する。
【0042】
加工条件は、数値で示されるものであれば、その種類は特に限定されない。例えば、鋳造設備3Aは、加工条件として、鋳造温度および鋳造時間を測定して製造条件DB2に送信してもよい。なお、本実施形態において、「加工条件」とは、設備3A~3Dに対し他の制御装置等から設定されたパラメータの値ではなく、設備3A~3Dが実際に稼働したときの、パラメータの実測値である。
【0043】
(不純物濃度の測定)
本実施形態に係る製造システム100において、アルミニウム板材の材料は、最終製品になるまでのいずれかのタイミングで、該材料に含まれている不純物の濃度(不純物濃度)が測定される。例えば、材料の段階、鋳造設備3Aの鋳造処理が完了した段階、または冷延設備3Dの冷延処理が完了した段階等で、不純物濃度を測定してよい。
【0044】
本実施形態において、「不純物」とは、アルミニウム板材の材料または中間製造物に含まれている、該材料または該中間製造物の主成分でなく、かつ該材料または該中間製造物に意図的に添加していない成分を意味している。
【0045】
例えば、H2nアルミニウム板材を製造する場合、アルミニウム板材の材料または中間製造物に不純物として含まれ得るのは、Si、Mg、Zn、Cu、Cr等である。製造システム100では、材料または中間製造物におけるこれらの元素それぞれの単位量当たりの含有量を測定する。なお、後述するクラス特定においては、これらの元素の単位量当たりの含有量の合計値を用いる。
【0046】
なお、アルミニウムと別の金属との合金の板材を製造する場合等では、アルミニウム以外の金属を意図的に添加することがある。このような場合、合金を得るため意図的に添加した金属(例えばMg)は、前記不純物に含まれない。
【0047】
鋳造設備3Aの鋳造処理が完了した段階で不純物濃度を測定する場合を例にとり、具体的に説明する。鋳造設備3Aにおいて鋳造処理が完了すると、材料は、アルミニウムのインゴットに成型された状態になる。このインゴットを、製造ラインとは別の試験場に運び、該試験場で不純物濃度を測定する。測定方法は特に限定されない。測定された不純物濃度の値は、試験者等の人の手で、または測定に用いた機器から自動的に、PC5に入力される。PC5は入力された不純物濃度の値を、製造条件DB2に送信する。
【0048】
なお、不純物濃度の測定と、測定した不純物濃度の製造条件DB2への送信とを自動化してもよい。例えば、不純物濃度を自動的に測定する装置(不純物濃度測定装置)を、製造システム100の製造ラインの設備3A~3Dの前後いずれかの位置に配置し、該装置で不純物濃度を測定してもよい。そして、不純物濃度測定装置は、測定した不純物濃度を製造条件DB2に送信してもよい。これにより、中間製造物の不純物濃度を測定する場合、該中間製造物を製造ラインから一旦取り除いて、不純物濃度の測定試験を行わなくても良くなる。そのため、製造システム100におけるアルミニウム板材の製造スピードを上昇させることができる。
【0049】
(製造条件DB2)
製造条件DB2は、製造条件情報を作成して記憶する。製造条件DB2は、設備3A~3Dから加工条件の値を順次受信する。また、製造条件DB2は、PC5から不純物濃度の値を受信する。製造条件DB2は、ある製造ロットについての不純物濃度の値と、収集すべき加工条件の値とを全て受信したら、製造ロットの識別子(例えば、ロット番号)に、不純物濃度の値および各種加工条件の値を対応付けた製造条件情報21を生成する。製造条件DB2は、生成した製造条件情報21を記憶する。
【0050】
図4は、製造条件情報21のデータ構造の一例を示す図である。同図では、設備3A~3Dがそれぞれ2種類ずつの加工条件の値を取得した場合の、製造条件情報21の一例を示している。製造条件情報21は、図示の通り、「ロット番号」列と、「不純物濃度」列と、複数の「加工条件」列(加工条件A~Hの列)とを含む。製造条件情報21は、「ロット番号」列の情報に、他の列の情報が対応付けられたデータである。なお、図示の例では具体的な数値は記載していないが、各レコードの加工条件A~Hの列にはそれぞれ、加工条件の実測値が格納される。
【0051】
「ロット番号」列には、製造ロットの識別子であるロット番号が格納される。「不純物濃度」列には、「ロット番号」列のロット番号に対応する材料または中間製造物の不純物濃度の値が格納される。「加工条件」列にはそれぞれ、設備3A~3Dにおける「ロット番号」列のロット番号に対応する加工条件の値が格納される。
【0052】
換言すると、製造条件情報21の1レコードは、ある製造ロットの材料、または該材料に由来する中間製造物に含まれる不純物の濃度を示す情報である。また、製造条件情報21は、ある製造ロットの焼鈍の対象となる中間製造物を製造するまでの、少なくとも1工程における加工条件を示す情報である。
【0053】
なお、製造システム100の設備3A~3Dの全設備において加工条件を測定および送信する必要はない。例えば、加工条件がほとんど変動しない工程を実行する設備は、加工条件の測定および送信を行わなくてもよい。製造システム100では、設備3A~3Dの少なくとも1設備において、少なくとも1種類の加工条件の数値が測定され、製造条件DB2に送信されればよい。また、図示の例と異なり、本発明に係る製造システムが中間焼鈍を行う場合は、該中間焼鈍より前の工程を実行する設備のうち少なくとも1設備において、1種類以上の加工条件を測定して、製造条件DBに送信する。
【0054】
ここで、「製造ロット」とは、鋳造設備3Aによる1回の鋳造処理で鋳造されるインゴット(またはインゴット群)を示す。なお、製造条件DB2が製造ロットを取得する方法は特に限定されない。例えば鋳造処理が完了した際に、オペレータがロット番号をPC5等に入力し、該PC5が該ロット番号を不純物濃度と対応付けて製造条件DB2に送信してもよい。また、鋳造設備3Aが、自己の鋳造処理が完了した際にロット番号を自動採番し、該ロット番号を加工条件と対応付けて製造条件DB2に送信してもよい。
【0055】
また、製造ロットと、不純物濃度の値と、各種加工条件の値との対応付けの方法も特に限定されない。例えば、製造条件DB2はPC5から製造ロットの識別子を取得してから所定時間内に受信した加工条件の値については、該識別子に対応付けることにしてもよい。また例えば、製造条件DB2は設備3Aから製造ロットの識別子を取得してから所定時間内に受信した不純物濃度の値および加工条件の値については、該識別子に対応付けることにしてもよい。
【0056】
また例えば、オペレータがPC5に入力した製造ロットの識別子は、設備3A~3Dに送信されてもよい。この場合、設備3A~3Dは、受信した製造ロットの識別子に測定した加工条件の値を対応付けた状態で製造条件DB2に送信する。なお、この場合、製造条件DB2は予め製造ロットの識別子を受信しておく必要は無い。
【0057】
また例えば、設備3Aが採番した製造ロットの識別子をPC5および設備3B~3Dに送信してもよい。この場合、PC5は受信した製造ロットの識別子に、不純物濃度の値を対応付けた状態で製造条件DB2に送信する。設備3B~3Dは、受信した製造ロットの識別子に測定した加工条件の値を対応付けた状態で製造条件DB2に送信する。この場合も、製造条件DB2は予め製造ロットの識別子を受信しておく必要は無い。
【0058】
(情報処理装置1)
情報処理装置1は、焼鈍温度を算出する装置である。情報処理装置1は、入力部11と、表示部12と、情報取得部(不純物濃度取得部)13と、制御部10と、記憶部14とを含む。情報処理装置1は、例えばPC、タブレットPC、スマートフォン等の電子機器で実現される。
【0059】
入力部11は、ユーザの入力操作を受け付けて、入力内容を制御部10に送る。例えば、入力部11は、ユーザの製造ロットを指定する操作、および、機械特性値を入力する操作を受け付ける。表示部12は、後述する算出部(温度算出部)101が算出した焼鈍温度を表示する。なお、入力部11と表示部12は、一体に形成されたタッチパネルであってもよい。また、表示部12は必須の構成ではない。また、製造ロットの指定および機械特性値の入力が必要ない場合(例えば、予め製造ロットと、目標となる機械特性値が定められている場合)は、入力部11は設けられなくてもよい。
【0060】
情報取得部13は、制御部10が指定する製造ロットに対応する製造条件情報21のレコードが示す情報を、製造条件DB2から取得する。情報取得部13は取得した情報を制御部10に送る。
【0061】
制御部10は、特定の製造ロットの不純物濃度の値、加工条件の値、および得たい機械特性値に基づいて、焼鈍温度を算出する。また、制御部10は、算出した焼鈍温度で焼鈍を実行するように、焼鈍設備4を制御する。制御部10は、より詳しくは、クラス特定部102と、算出部101とを含む。
【0062】
クラス特定部102は、算出部101の指示に従って、ある製造ロットの不純物濃度の値がいずれのクラスに属しているかを特定する(クラス特定)。クラス特定部102は特定したクラス分類を算出部101に伝える。
【0063】
ここで、「クラス」とは、アルミニウム板材の材料または中間製造物の、不純物濃度の取り得る値の範囲を区切ったものである。不純物濃度の取り得る値の範囲は、アルミニウム板材を製造した際の製造実績を示すデータ(実績データ、後述)から定められてよい。
【0064】
なお、不純物濃度の値をどの範囲で、いくつに区切るかについては特に限定されないが、これも実績データに基づいて定められることが望ましい。本実施形態では、不純物濃度として、Si、Mg、Zn、Cu、Crの元素それぞれの単位量当たりの含有量(質量パーセント)の合計値を用いる。また、本実施形態では、クラス特定部102は、不純物濃度の閾値を0.06とし、不純物濃度の値が該閾値より大きい場合は、不純物濃度のクラスをクラスAと特定し、閾値以下である場合は、不純物濃度のクラスをクラスBと特定する。
【0065】
算出部101は、ある製造ロットにおける焼鈍温度を算出する。算出部101は、クラス特定部102が特定したクラスに応じた関係式に、入力された機械特性値と、不純物濃度と、加工条件とを代入することで、焼鈍温度を算出する。ここで、関係式とは、不純物濃度と、加工条件と、機械特性値と、焼鈍温度との相関関係を示す式である。したがって、例えば不純物濃度と、加工条件と、機械特性値とを関係式に代入することで、焼鈍温度を求めることができる。
【0066】
具体的には、算出部101は、入力部11において製造ロットおよび機械特性値を入力する操作がなされた場合、該入力内容を取得し、該入力内容から、焼鈍温度の算出対象となる製造ロットの識別子と、該製造ロットで製造するアルミニウム板材の機械特性の目標値とを特定する。
【0067】
算出部101は特定した製造ロットの識別子に応じた製造条件情報21のレコードを取得するよう、情報取得部13に指示する。情報取得部13から製造条件情報21のレコードを取得すると、算出部101は、クラス特定部102に該レコードが示す製造ロットの不純物濃度が属しているクラスを特定させる。クラス特定部102から特定したクラスが伝えられると、算出部101は、該クラスに応じた関係式141を、記憶部14から読み出す。
【0068】
そして、算出部101は、読み出した関係式に、特定した機械特性の目標値と、不純物濃度の値と、加工条件の値とを代入することで、焼鈍温度を算出する。算出部101は、算出した焼鈍温度を表示部12に送り、該温度を表示部12に表示させる。
【0069】
記憶部14は、関係式141を記憶する。関係式141は、クラス分類に応じた分だけ準備される。関係式141は、製造システム100の稼働時までに、予め算出されて記憶部14に格納されている。関係式141の算出方法は後で詳述する。
【0070】
(焼鈍設備4)
焼鈍設備4は、中間製造物に焼鈍を施すための設備である。焼鈍設備4は、情報処理装置1の制御部10からの制御指示を受けて、該制御部10の算出部101が算出した焼鈍温度で焼鈍を実行する。
【0071】
なお、本実施形態では情報処理装置1が焼鈍設備4に制御指示を出すこととしたが、本発明の実施形態はこれに限られない。例えば、情報処理装置1の制御部10は、焼鈍設備4に焼鈍温度を送信し、焼鈍設備4が該焼鈍温度で焼鈍を自律して実行してもよい。もしくは、制御部10は、焼鈍設備4を制御している制御装置(図示せず)に焼鈍温度を送信し、制御装置が焼鈍設備4を、該焼鈍温度で焼鈍を実行するように制御してもよい。
【0072】
(製造システムの変形例)
なお、製造するアルミニウム板材の種類、および、得たい機械特性値等に応じて、
図2に示した製造フローは適宜変更可能である。例えば、ソーキング、熱延、および冷延いずれかの工程の前後に焼鈍(中間焼鈍)工程が追加されてもよい。また、所望の機械特性を有するアルミニウム板材が得られるのであれば、少なくとも1回(1工程)の焼鈍以外の各種工程は省いてもよい。例えば、冷延工程を省いてもよい。そのため、
図3に示す製造システム100の設備3も、前記製造フローに応じて適宜追加または省略されてよい。
【0073】
≪処理の流れ≫
次に、本実施形態に係る製造システム100が、ある製造ロットについての焼鈍温度を決定して、焼鈍を実行する製造方法について
図1を用いて説明する。
図1は、製造システム100の処理の流れを示すフローチャートである。なお、以下の説明では、鋳造処理の直後にロット番号の採番および不純物濃度の測定が行われることとする。
【0074】
製造システム100の製造ラインの稼働が開始すると、材料は鋳造設備3Aで鋳造され、インゴットに成型される。なお、鋳造設備3Aは鋳造時の加工条件を測定し、製造条件DB2に送信してもよい。
【0075】
製造システム100において、成型されたインゴットは順次試験場に運ばれて、ロット番号の採番と不純物濃度の測定が行われる(S102、濃度測定ステップ)。ロット番号および不純物濃度はPC5に入力または取得される。PC5はロット番号と、不純物濃度の値とを対応付けて製造条件DB2に送信する。
【0076】
不純物濃度が測定されたインゴットは再び製造ラインに戻され、設備3B~3Dの加工処理を受ける。設備3B~3Dは、各々の担う加工処理を実行する際に加工条件を測定し(S104)、加工処理が完了すると、該加工条件を製造条件DB2に送信する。
【0077】
製造条件DB2は、受信したロット番号と、不純物濃度の値と、各種加工条件の値とを対応付けて製造条件情報21のレコードを作成する(S106)。作成されたレコードは製造条件DB2に記憶される。
【0078】
情報処理装置1は、入力部11を介して、ユーザのロット番号および機械特性値の入力を受け付ける。ユーザは、所望する機械特性値(アルミニウム板材の機械特性値)を、入力部11を介し入力する。情報処理装置1の制御部10は、該ロット番号および該機械特性値を取得する(S108)。
【0079】
制御部10は、取得したロット番号に応じた製造条件情報21のレコードを取得するよう、情報取得部13に指示する。情報取得部13は、製造条件情報21のレコードを取得する(S110、加工条件取得ステップ)。クラス特定部102は、該レコードに記載の不純物濃度が属しているクラスを特定する。例えば、クラス特定部102は、不純物濃度が閾値(0.06質量パーセント)より大きい場合(S112でNO)、不純物濃度のクラスをクラスAと判定する(S114、クラス特定ステップ)。一方、不純物濃度が閾値(0.06質量パーセント)以下である場合(S112でYES)、不純物濃度のクラスをクラスBと判定する(S116、クラス特定ステップ)。
【0080】
算出部101は、クラス特定部102が特定したクラスに応じた関係式を用いて、焼鈍温度を算出する。例えば、焼鈍温度の算出対象となる製造ロットの不純物濃度のクラスがクラスAである場合、算出部101は第1関係式を用いて焼鈍温度を算出する(S118、温度算出ステップ)。一方、不純物濃度のクラスがクラスBである場合、算出部101は第2関係式を用いて焼鈍温度を算出する(S120、温度算出ステップ)。制御部10は、算出した焼鈍温度を表示部12に表示させるとともに、焼鈍設備4に該温度で焼鈍を実行するよう指示する。焼鈍設備4は、制御部10からの制御に従って、算出部101が算出した焼鈍温度で、焼鈍を実行する(S122、焼鈍ステップ)。
【0081】
アルミニウム板材は、製造ロットによって不純物の濃度にばらつきがある。このばらつきは、材料の段階で、または製造プロセスのいずれかの段階で生じるものである。発明者らは、この不純物の濃度が、最終製造物であるアルミニウム板材の機械特性値に影響することを見出した。
【0082】
前記の製造方法によれば、アルミニウム板材を製造する際の、材料または中間製造物に含まれている不純物の濃度を測定しておき、該不純物の濃度と、得たい機械特性値(所定の機械特性値)とから、焼鈍温度を算出することができる。したがって、前記の製造方法は、所望の機械特性を有するアルミニウム板材を得るための焼鈍温度を算出することができる。
【0083】
焼鈍までの工程における加工条件は、アルミニウム板材の機械特性値に影響すると考えられる。前記の製造方法によれば、アルミニウム板材の機械特性値が所定の機械特性値の範囲を満たすための焼鈍温度を、加工条件に応じて算出することができる。したがって、前記の製造方法によれば、焼鈍温度をより正確に算出することができる。
【0084】
また、前記製造方法によれば、不純物の濃度を複数のクラスに区切り、クラスごとに関係式を定めている。これにより、例えば、クラスごとに異なった、最適な関係式を用いて焼鈍温度を算出することができる。したがって、前記の製造方法によれば、より正確に焼鈍温度を算出することができる。
【0085】
本実施形態では、関係式から焼鈍温度を算出する場合について説明した。しかしながら、関係式は、不純物濃度と、加工条件と、機械特性値と、焼鈍温度との相関関係を示す式である。したがって、不純物濃度と、加工条件と、焼鈍温度とを定めることにより、関係式から機械特性値を算出することもできる。
【0086】
例えば、本実施形態に係る製造システム100の算出部101は、焼鈍温度(実測値ではなく、焼鈍の際の予定温度)を入力部11に対する入力等から取得し、該焼鈍温度と、取得した不純物濃度および加工条件を、クラスごとの関係式に代入する。これにより、算出部101は、機械特性値を算出することができる。なお、算出部101は、算出した機械特性値を表示部12に表示させてもよい。
【0087】
〔実施形態2〕
本発明の第2の実施形態(実施形態2)について、以下に説明する。なお、説明の便宜上、前記実施形態にて説明した部材と同じ機能を有する部材については、同じ符号を付記し、その説明を繰り返さない。
【0088】
本実施形態では、実施形態1に記載の製造システム100において、情報処理装置1の記憶部14に格納されていた関係式を算出するためのシステム(製造システム200)と、該関係式の算出方法について、
図5~7を用いて説明する。
【0089】
図5は、本実施形態に係る製造システム200の要部構成を示す図である。製造システム200は、設備3A~3Dと、PC5と、実績DB6と、関係式算出装置7とを含む。
【0090】
設備3A~3Dは
図3に示すものと同様の機能を備えている。設備3A~3Dは、各々の加工処理の際に加工条件を測定し、測定した加工条件の値を実績DB6に送信する。
【0091】
PC5は、入力された、または取得した不純物濃度の値を実績DB6に送信する。焼鈍設備4は、所定の焼鈍温度で焼鈍を実行する。焼鈍の実行後、焼鈍設備4は、焼鈍温度の値を実績DB6に送信する。
【0092】
実績DB6は、実績データを作成して記憶する。実績DB6は、設備3A~3Dから加工条件の値を順次受信する。また、実績DB6は、PC5から不純物濃度の値を受信する。また、実績DB6は、焼鈍設備4から焼鈍温度を受信する。実績DB6は、ある製造ロットについての不純物濃度の値と、収集すべき加工条件の値と、焼鈍温度とを全て受信したら、製造ロットの識別子(例えば、ロット番号)に、不純物濃度の値と、各種加工条件の値と、焼鈍温度とを対応付けた実績データ61を作成する。実績DB6は、作製した実績データ61を記憶する。
【0093】
図6は、実績データ61のデータ構造の一例を示す図である。同図では、設備3A~3Dがそれぞれ2種類ずつの加工条件の値を取得した場合の実績データ61の一例を示している。実績データ61には、複数(図示の例では3通り)の焼鈍温度で焼鈍を行った場合のデータが含まれている。
【0094】
実績データ61は、図示の通り、「ロット番号」列と、「不純物濃度」列と、複数の「加工条件」列(加工条件A~Hの列)と、「焼鈍温度」列の情報を含む。このうち、「焼鈍温度」列以外の列には、実施形態1にて説明した製造条件情報21と同様の情報が格納される。「焼鈍温度」列には、焼鈍温度の数値が格納される。
図6の例では、焼鈍温度の具体的な数値は記載していないが、各レコードの「焼鈍温度」列には、「ロット番号」列のロット番号に対応する中間製造物が焼鈍設備4で焼鈍された際の、焼鈍温度の実測値がそれぞれ格納される。
【0095】
関係式算出装置7は、実績データ61を用いて関係式を算出する。関係式算出装置7は、実績データ取得部71と、関係式算出部72と、を含む。
【0096】
実績データ取得部71は、実績DB6から実績データ61を取得する。ここで、実績データ取得部71は、実施形態1に示す情報取得部13と異なり、実績データ61の1レコードではなく、実績データ61の全データを取得する。なお、実績データ61のレコードのうち、後述する関係式の算出に用いないレコードが指定されている場合は、実績データ取得部71は該指定されているレコード以外の実績データ61を取得する。
【0097】
なお、実績データ61の取得タイミングは特に限定されない。例えば、製造システム200における製造ラインが停止した際に、実績データ61を一括取得すればよい。実績データ取得部71は取得したデータを関係式算出部72に送る。
【0098】
関係式算出部72は、実績データ61に基づいて関係式を算出する。算出された関係式は、関係式算出装置7の記憶部(図示せず)に記憶されてもよいし、実施形態1にて説明した情報処理装置1に送信され、情報処理装置1によって記憶部14に格納されてもよい。
【0099】
(関係式の算出方法)
図7は、関係式を算出するための処理(関係式算出処理)の流れを示すフローチャートである。関係式算出部72は実績データ61を取得すると(S202)、実績データ61の各レコードを、該レコードに記録されている不純物濃度の値に応じてクラス分類する(S204)。このクラス分類はクラス特定部102と同様の処理を行えばよい。そして、関係式算出部72は、分類したクラスごとに、関係式の算出を行う。以降の処理は、特段の記載が無い限り、クラスごとに行われるものである。
【0100】
具体的には、関係式算出部72はまず、クラスごとに、不純物濃度および加工条件を説明変数として、実績データの主成分分析を行う(S206)。これにより、説明変数同士を無相関化(直交化)させる。その後、関係式算出部72は、実績データ61の各レコードについて、焼鈍温度ごとに、得られた機械特性を目的変数として重回帰分析を実施する。これにより、クラスごと、および焼鈍温度ごとの回帰式を得ることができる(S208)。
【0101】
目標とする機械特性値に対する最適焼鈍温度を推定するには、不純物濃度および加工条件と、機械特性値とをつなぐ回帰係数の、焼鈍温度への依存性を決める必要がある。そのため、関係式算出部72は、同じクラスの、複数の焼鈍温度についての複数の回帰式を用いて、焼鈍温度の値を線形補間する。これにより、クラスごとの、不純物濃度と、加工条件と、機械特性値と、焼鈍温度との相関関係を示す関係式が得られる(S210)。
【0102】
具体的に説明すると、例えば説明変数xiと目的変数yが下式により表現されるとする。なお、式中aは回帰係数、bは定数、添字iは説明変数種を示す。
【0103】
【0104】
aおよびbの焼鈍温度への依存性を、焼鈍温度の領域毎に下式のように定めることで、焼鈍温度がt1~t3の場合の式中の各値を線形補間する。なお、式中tは焼鈍温度を示す。下式は、一例としてt=193℃と209℃の2点間、および209℃と220℃の2点間を線形補間する場合の式を示している。
【0105】
【0106】
これらの関係により、製造条件x
i
と焼鈍温度tとから、機械特性値yを算出することができる。所望の機械特性値に対する最適なtは、tを走査したとき各温度に対して決まる。aiおよびbiに関して絶対誤差
【0107】
【0108】
が最小となるtを、焼鈍温度として決定すればよい。
【0109】
なお、実施例においては製造時の実績データに対して主成分分析と重回帰分析を組み合わせた主成分回帰による回帰式推定を行っているが、クラス分類後の回帰式推定法は、主成分回帰に限られるものではない。例えば主成分分析ではなく、ニューラルネットワーク回帰、サポートベクター回帰、ランダムフォレスト回帰、ベイズ回帰等を用いて途中式を算出し、該途中式から関係式を算出することもできる。
【0110】
〔ソフトウェアによる実現例〕
情報処理装置1、製造条件DB2、PC5、実績DB6、および関係式算出装置7等、製造システム100および200に含まれる各装置における制御ブロックは、集積回路(ICチップ)等に形成された論理回路(ハードウェア)によって実現してもよいし、ソフトウェアによって実現してもよい。
【0111】
後者の場合、前記各装置は、各機能を実現するソフトウェアであるプログラムの命令を実行するコンピュータを備えている。このコンピュータは、例えば1つ以上のプロセッサを備えていると共に、前記プログラムを記憶したコンピュータ読み取り可能な記録媒体を備えている。そして、前記コンピュータにおいて、前記プロセッサが前記プログラムを前記記録媒体から読み取って実行することにより、本発明の目的が達成される。前記プロセッサとしては、例えばCPU(Central Processing Unit)を用いることができる。前記記録媒体としては、「一時的でない有形の媒体」、例えば、ROM(Read Only Memory)等の他、テープ、ディスク、カード、半導体メモリ、プログラマブルな論理回路などを用いることができる。また、前記プログラムを展開するRAM(Random Access Memory)などをさらに備えていてもよい。また、前記プログラムは、該プログラムを伝送可能な任意の伝送媒体(通信ネットワークや放送波等)を介して前記コンピュータに供給されてもよい。なお、本発明の一態様は、前記プログラムが電子的な伝送によって具現化された、搬送波に埋め込まれたデータ信号の形態でも実現され得る。
【0112】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例1】
【0113】
実施形態1では、不純物濃度の閾値を、不純物元素の濃度の総和で0.06質量パーセントとした。この不純物濃度の閾値が適切か否かを試験した。
【0114】
供試材として、
図2に示した一般的なH2n製造フローで作製されたA1200アルミニウム板材を用意した。供試材における不純物元素Si、Mg、Zn、Cu、およびCrの濃度をそれぞれ測定し、該濃度の合計値を算出した。算出した合計値についてヒストグラムを作成した。
【0115】
図8は、供試材の不純物濃度の分布を示す図である。
図8について、混合正規分布モデルを仮定しEMアルゴリズムを適用すると、図中の破線で示す通りに、供試材の不純物濃度は、不純物濃度の高い分布と、低い分布との2つのクラスタに分類できた。
【0116】
低濃度のクラスタは平均値μ=0.0523、標準偏差σ=0.0025、高濃度側のクラスタは平均値μ=0.0692、標準偏差σ=0.0044であった。これらの値から、例えば、低濃度側のクラスタを基準として、平均値+3σ=0.06程度の値を、不純物濃度の閾値として設定し、該閾値以下か否かでクラス分類を行うことが適当であることが分かる。
【0117】
なお、図示の通り、低濃度側のクラスタの頻度の頂点と、高濃度側のクラスタの頻度の頂点とは比較的分かれている。したがって、閾値は、低濃度側のクラスタと高頻度側のクラスタとの境界の範囲内であれば、0.06質量パーセント以外の値に定められても良い。例えば、閾値は、0.057~0.06質量パーセントの範囲内で、適宜定められてもよい。
【実施例2】
【0118】
実施形態1では、不純物濃度のクラスに応じた関係式を用いて焼鈍温度または機械特性値を算出する。また、実施形態2では、クラスごとに分けて関係式を作成する。このように、クラス分類を行って関係式を作成し、そしてクラスごとの関係式を用いて焼鈍温度または機械特性値を算出することの有用性を検証するために、試験を行った。
【0119】
以下、試験の手順を説明する。
図2に示した一般的なH2n製造フローで、A1200アルミニウム板材を作製した。その際、該板材の材料の鋳造後の不純物濃度、該板材の製造までの加工条件、焼鈍温度、および、作製したA1200アルミニウム板材で得られた機械特性値(引張強さおよび耐力)の実測値を記録しておいた。
【0120】
なお、A1200アルミニウム板材の焼鈍温度は、所定の温度h1、h2、およびh3の3通りであった。温度h1、h2、およびh3はそれぞれ異なる温度である。また、温度h1、h2、およびh3は、H2n製造フローでA1200アルミニウム板材を製造する際に、一般的に設定し得る焼鈍温度の範囲内の温度である。
【0121】
そして、下記(1)と(2)との比較、ならびに(1)と(3)との比較結果を、標準偏差として算出した。
(1)機械特性値の実測値
(2)実施形態2で示した方法で準備した関係式を用いて算出した機械特性値。より詳しくは、該機械特性値は、不純物濃度の実測値に基づいて、実施形態1で示した方法でクラス分類を行い、該クラスに応じた関係式を用いて算出された。なお、関係式に代入する不純物濃度、加工条件、および焼鈍温度の値は、実測値を用いた。
(3)製造システム200と同様の方法であるが、クラス分類を行わない回帰分析により算出された関係式を用いて算出した機械特性値。関係式に代入する不純物濃度、加工条件、および焼鈍温度の値は、(2)と同様、実測値を用いた。
【0122】
図9は、上記(1)~(3)の機械特性値の比較結果を示す図である。「機械特性」列には機械特性の種類が示されている。「焼鈍温度」列は焼鈍温度を示す。「クラス」列は不純物濃度に応じて分類されるクラスの名称を示す。上述のように、本実施例におけるクラス分類の方法は、実施形態1におけるクラス分類の方法と同一である。「クラス分類なし」列は、(1)と(3)とを比較した場合の平均二乗誤差の値を示す。「クラス分類あり」列は、(1)と(2)とを比較した場合の平均二乗誤差の値を示す。
【0123】
図示の通り、(1)と(2)とを比較した場合の平均二乗誤差の値は、(1)と(3)とを比較した場合の平均二乗誤差の値よりも小さいことが分かった。換言すると、クラス分類に応じた関係式を用いて機械特性値を算出した場合、クラスに関わらず同じ関係式を用いて機械特性値を算出した場合よりも、実測値との誤差が少なかった。特にクラスB(すなわち、不純物濃度が低い場合)における(2)と(3)との予測性能の差が大きかった。
【0124】
図9で示されたように、クラス分類を行って、クラスごとの関係式を用いて機械特性値を算出することで、より正確に機械特性値を予測することができる。なお、本実施例では機械特性値の算出について例示したが、関係式は、不純物濃度と、加工条件と、機械特性値と、焼鈍温度との相関関係を示す式である。したがって、焼鈍温度の算出についても機械特性値の算出と同様に、クラスごとの関係式を用いて算出することで、より正確な値が算出できるといえる。
【符号の説明】
【0125】
1 情報処理装置
11 入力部
12 表示部
13 情報取得部(不純物濃度取得部)
14 記憶部
141 関係式
10 制御部
101 算出部(温度算出部)
102 クラス特定部
2 製造条件DB
21 製造条件情報
3A~3D 設備
4 焼鈍設備
5 PC
6 実績DB
61 実績データ
7 関係式算出装置
71 実績データ取得部
72 関係式算出部