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特許7118949安定性改良型免疫グロブリン結合性ペプチド
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  • 特許-安定性改良型免疫グロブリン結合性ペプチド 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-05
(45)【発行日】2022-08-16
(54)【発明の名称】安定性改良型免疫グロブリン結合性ペプチド
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/31 20060101AFI20220808BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20220808BHJP
   C07K 14/315 20060101ALI20220808BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20220808BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20220808BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220808BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220808BHJP
   B01J 20/281 20060101ALI20220808BHJP
   B01D 15/38 20060101ALI20220808BHJP
   C07K 1/22 20060101ALI20220808BHJP
【FI】
C12N15/31 ZNA
C12N15/63 Z
C07K14/315
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
B01J20/22 D
B01D15/38
C07K1/22
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019509058
(86)(22)【出願日】2018-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2018008050
(87)【国際公開番号】W WO2018180204
(87)【国際公開日】2018-10-04
【審査請求日】2021-01-29
(31)【優先権主張番号】P 2017071908
(32)【優先日】2017-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業」「国際基準に適合した次世代抗体医薬等の製造技術」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 慎一
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-079153(JP,A)
【文献】国際公開第2016/136910(WO,A1)
【文献】Biophysical Journal,2006年,Vol.90,p.2911-2921
【文献】Journal of Biotechnology,2008年,Vol.134,p.222-230
【文献】Protein Engineering,2002年,Vol.15, No.10,p.835-842
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/31
C07K 14/315
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)~(3)のいずれかの改変型免疫グロブリン結合性ペプチド。
(1) 配列番号1~5のいずれかのアミノ酸配列において、第8位のアミノ酸残基がIle、Lys、LeuまたはValに置換されているアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチド;
(2) 上記(1)に規定されるアミノ酸配列において、上記第8位を除く領域中で1個または個のアミノ酸がさらに欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチド;
(3) 上記(1)に規定されるアミノ酸配列に対して95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチド(但し、上記(1)に規定されるアミノ酸配列における第8位の置換アミノ酸残基は、(3)においてさらに変異しないものとする);
上記(2)および(3)において、変異位置が、第6位、第7位、第13位、第15位、第18位、第19位、第21位、第24位、第28位、第29位、第30位、第31位、第33位、第35位、第39位、第40位、第42位および第47位から必須的になる群より選択される1以上の部位である
【請求項2】
上記(1)に規定されるアミノ酸配列において、第8位がIle、LeuまたはLysに置換されている請求項1に記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチドを2個以上連結した複数ドメインを有することを特徴とする改変型免疫グロブリン結合性ペプチド多量体。
【請求項4】
請求項1または2に記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチドまたは請求項に記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド多量体と水不溶性担体を含み、該改変型免疫グロブリン結合性ペプチドまたは該改変型免疫グロブリン結合性ペプチド多量体がリガンドとして水不溶性担体に固定化されていることを特徴とするアフィニティー分離マトリックス。
【請求項5】
免疫グロブリンのFc領域および/またはFab領域を含むタンパク質を製造する方法であって、
請求項に記載のアフィニティー分離マトリックスと、該タンパク質を含む液体試料とを接触させる工程と
アフィニティー分離マトリックスに結合した該タンパク質を、アフィニティー分離マトリックスから分離する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1または2に記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド、または請求項に記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド多量体をコードすることを特徴とするDNA。
【請求項7】
請求項に記載のDNAを含むことを特徴とするベクター。
【請求項8】
請求項に記載のベクターにより形質転換されたものであることを特徴とする形質転換体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ溶液に対する化学的安定性が改良された免疫グロブリン結合性ペプチド、当該ペプチドをリガンドとして有するアフィニティ分離マトリックス、当該アフィニティ分離マトリックスを用いる抗体または抗体断片の製造方法、当該ペプチドをコードするDNA、当該DNAを含むベクター、および、当該ベクターにより形質転換された形質転換体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の重要な機能の一つとして、特定の分子に特異的に結合する機能が挙げられる。この機能は、生体内における免疫反応やシグナル伝達に重要な役割を果たす。この機能を有用物質の分離精製に利用する技術開発も盛んになされている。実際に産業的に利用されている一例として、抗体医薬を動物細胞培養物から一度に高い純度で精製(キャプチャリング)するために利用される、プロテインAアフィニティー分離マトリックス(以下、プロテインAを「SpA」と省略する場合がある)が挙げられる(非特許文献1,2)。抗体医薬として開発されているのは基本的にモノクローナル抗体であり、組換え培養細胞技術等を用いて大量に生産されている。「モノクローナル抗体」とは、単一の抗体産生細胞に由来するクローンから得られた抗体を指す。現在上市されている抗体医薬のほとんどは、分子構造的には免疫グロブリンG(IgG)サブクラスである。
【0003】
グループGの連鎖球菌(Streptococcus sp.)より見出されたプロテインGと呼ばれるタンパク質(以下、プロテインGを「SpG」と略記する場合がある)も、IgGに結合する性質を有し、このSpGをリガンドとして固定化したSpGアフィニティー分離マトリックス製品もある(GEヘルスケア社製,製品名「Protein-G Sepharose 4 Fast Flow」,特許文献1)。SpGはIgGのFc領域に強く結合し、かつ、SpAよりも広い動物種のIgGに強く結合するという特徴を示す。さらに、Fab領域にも弱いながら結合することが分かっており(非特許文献3,4)、Fab領域への結合力を向上する取組みもなされている(特許文献2~4,非特許文献5)。
【0004】
しかし、SpAアフィニティー分離マトリックスの方が、抗体医薬の精製に広く利用されており、その理由の1つとして、アルカリ溶液に対する安定性が、SpAの方がSpGよりも高いことが挙げられる(非特許文献1)。アルカリに対する安定性が高いと、アフィニティ分離マトリックスを、洗浄・殺菌効果が高く安価な水酸化ナトリウム水溶液で洗浄することで再生し、繰り返し利用することができる。アフィニティ分離マトリックスのタンパク質性リガンドのアルカリに対する安定性を上げる方法としては、アミノ酸変異を導入するなどのタンパク質工学の手法などがある。具体的には、アルカリ性条件下で脱アミド化反応を受け易いことが知られるアスパラギン残基、および、アスパラギン残基の後ろのグリシン残基へのアミノ酸置換変異が化学的安定性の向上に効果がある(非特許文献1)。しかし、SpA中の全てのアスパラギン残基に関し、このような変異が向上効果を示すわけではない(非特許文献1,6)。同じように、SpGについても、アスパラギン残基に変異を導入する検討がなされてきたが(特許文献5、非特許文献7,8)、SpAの場合と同様に全ての変異に効果があるわけではなく、また、SpAに匹敵するようなアルカリに対する安定性には達していないため、改良の余地が残っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭63-503032号公報
【文献】特開2009-195184号公報
【文献】国際公開第2015/030094号パンフレット
【文献】国際公開第2016/061427号パンフレット
【文献】特開2016-079153号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hober S.ら,J.Chromatogr.B,2007,848巻,40-47頁
【文献】Shukla A.A.ら,Trends Biotechnol.,2010,28巻,253-261頁
【文献】Bouvet P.J.ら,Int.J.Immunopharmac.,1994,16巻,419-424頁
【文献】Derrick J.P.ら,Nature,1992,359巻,752-754頁
【文献】Bailey L.J.ら,J.Immunol.Methods,2014,415巻,24-30頁
【文献】Linhult M.ら,PROTEINS,2004,55巻,407-416頁
【文献】Gulich S.ら,Protein Eng.,2002,15巻,835-842頁
【文献】Palmer B.ら,J.Biotechnol.,2008,134巻,222-230頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
免疫グロブリンのFc領域やFab領域に結合性を示し、アルカリ溶液に対する化学的安定性に優れた、新規な改変型プロテインG、および、当該改変型プロテインGをリガンドとして有するアフィニティ分離マトリックス、および当該アフィニティ分離マトリックスを用いた抗体または抗体断片の製造方法を提供することが、本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために、SpGのIgG結合ドメインの変異体を分子設計し、タンパク質工学的手法および遺伝子工学的手法を用いて該変異体を形質転換細胞から取得し、取得した該変異体の物性を比較する検討を行った。
以下、本発明を示す。
【0009】
[1] 下記(1)~(3)のいずれかの改変型免疫グロブリン結合性ペプチド。
(1) 配列番号1~5のいずれかのアミノ酸配列において、第8位のアミノ酸残基がAsp、Glu、His、Ile、Lys、LeuまたはValに置換されているアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチド;
(2) 上記(1)に規定されるアミノ酸配列において、上記第8位を除く領域中で1個または数個のアミノ酸がさらに欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチド;
(3) 上記(1)に規定されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチド(但し、上記(1)に規定されるアミノ酸配列における第8位の置換アミノ酸残基は、(3)においてさらに変異しないものとする)。
【0010】
[2] 上記(1)に規定されるアミノ酸配列において、第8位がIle、LeuまたはLysに置換されている上記[1]に記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド。
【0011】
[3] 上記(2)に規定されるアミノ酸配列において、上記欠失、置換および/または付加されるアミノ酸の部位が、第6位、第7位、第13位、第15位、第18位、第19位、第21位、第24位、第28位、第29位、第30位、第31位、第33位、第35位、第39位、第40位、第42位および第47位から必須的になる群より選択される1以上の部位である上記[1]~[2]のいずれかに記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド。
【0012】
[4] 上記(2)に規定されるアミノ酸配列において、上記欠失、置換および/または付加されるアミノ酸の部位がN末端および/またはC末端である上記[1]~[3]のいずれかに記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド。
【0013】
[5] 上記[1]~[4]のいずれかに記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチドを2個以上連結した複数ドメインを有することを特徴とする改変型免疫グロブリン結合性ペプチド多量体。
【0014】
[6] 上記[1]~[4]のいずれかに記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチドまたは上記[5]に記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド多量体と水不溶性担体を含み、該改変型免疫グロブリン結合性ペプチドまたは該改変型免疫グロブリン結合性ペプチドがリガンドとして水不溶性担体に固定化されていることを特徴とするアフィニティー分離マトリックス。
【0015】
[7] 免疫グロブリンのFc領域および/またはFab領域を含むタンパク質を製造する方法であって、
上記[6]に記載のアフィニティー分離マトリックスと、該タンパク質を含む液体試料とを接触させる工程と
アフィニティー分離マトリックスに結合した該タンパク質を、アフィニティー分離マトリックスから分離する工程を含むことを特徴とする方法。
【0016】
[8] 上記[1]~[4]のいずれかに記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド、または上記[5]に記載の改変型免疫グロブリン結合性ペプチド多量体をコードすることを特徴とするDNA。
【0017】
[9] 上記[8]に記載のDNAを含むことを特徴とするベクター。
【0018】
[10] 上記[9]に記載のベクターにより形質転換されたものであることを特徴とする形質転換体。
【発明の効果】
【0019】
本発明で得られた改変型SpGを固定化したアフィニティ精製用クロマトグラフィ担体は、アルカリ処理のダメージによる免疫グロブリン結合活性の低下が少ない。よって、繰返し使用に際して、高濃度または長時間での水酸化ナトリウム水溶液を用いた洗浄が可能である。
【0020】
特にSpGのIgG結合ドメインの第8位については、非特許文献7(文献中の第7位に相当)では、Alaに変異したSpG変異体ではアルカリ耐性の向上はほとんど見られず、また、非特許文献8では、GlyおよびThrに変異したSpG変異体が高いアルカリ耐性を示すデータが報告されているが、本発明においてそれらを上回るアルカリ耐性向上が見られた。
【0021】
このように先行文献が多数出ている中で、さらにアルカリ耐性が顕著に向上するアミノ酸置換変異があると想定するのは、決して容易なことでは無い。本発明によって、分岐鎖アミノ酸、酸性アミノ酸、および、塩基性アミノ酸への置換が効果的であることが示されたが、このような傾向は一般的では無い。SpGのIgG結合ドメインの第8位の立体構造上の位置、IgG結合への関与、および、アルカリに対する感受性が複合的に係ったために想定しない効果が得られたと考えられる。芳香族アミノ酸やヒドロキシアミノ酸については、このような効果が得られないことも確かめており、この発明によって、単なる最適化の枠を超えた、アルカリに対する化学的安定性を向上するための新たな手法論が見出されたと言える。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の実施例2に係る、各種GB1-N08Xの各濃度におけるFc結合レスポンスをプロットしたグラフである。
図2】本発明の実施例2に係る、各種GB1-N08Xのアルカリ耐性を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドは、下記(1)~(3)のいずれかのものである。
(1) 配列番号1~5のいずれかのアミノ酸配列において、第8位のアミノ酸残基がAsp、Glu、His、Ile、Lys、LeuまたはValに置換されているアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチド;
(2) 上記(1)に規定されるアミノ酸配列において、上記第8位を除く領域中で1個または数個のアミノ酸がさらに欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチド;
(3) 上記(1)に規定されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチド(但し、上記(1)に規定されるアミノ酸配列における第8位の置換アミノ酸残基は、(3)においてさらに変異しないものとする)。
【0024】
「免疫グロブリン(IgG)」は、リンパ球のB細胞が産生する糖タンパク質であり、特定のタンパク質などの分子を認識して結合する働きを持つ。免疫グロブリンは、抗原と呼ばれる特定の分子に特異的に結合する機能と、他の生体分子や細胞と協同して抗原を有する因子を無毒化・除去する機能を有する。免疫グロブリンは、一般的に「抗体」と呼ばれるが、それはこのような機能に着目した名称である。全ての免疫グロブリンは、基本的には同じ分子構造からなり、それぞれ2本ずつの軽鎖と重鎖のポリペプチドから構成されている4本鎖“Y”字型構造を基本構造としている。軽鎖(L鎖)には、λ鎖とκ鎖の2種類があり、すべての免疫グロブリンはこのどちらかを持つ。重鎖(H鎖)には、γ鎖、μ鎖、α鎖、δ鎖、ε鎖という構造の異なる5種類があり、この重鎖の違いによって免疫グロブリンの種類(アイソタイプ)が変わる。免疫グロブリンG(IgG)は、単量体型の免疫グロブリンで、2本の重鎖(γ鎖)と2本の軽鎖から構成され、2箇所の抗原結合部位を持っている。
【0025】
免疫グロブリンの“Y”字の下半分の縦棒部分にあたる場所をFc領域と呼び、上半分の“V”字の部分をFab領域と呼ぶ。Fc領域は抗体が抗原に結合した後の反応を惹起するエフェクター機能を有し、Fab領域は抗原と結合する機能を有する。重鎖のFab領域とFc領域はヒンジ部でつながっており、パパイヤに含まれるタンパク分解酵素パパインは、このヒンジ部を分解して2つのFab領域と1つのFc領域に切断する。Fab領域のうち“Y”字の先端に近い部分のドメインは、多様な抗原に結合できるように、アミノ酸配列に多彩な変化が見られるため、可変領域(V領域)と呼ばれている。軽鎖の可変領域をVL領域、重鎖の可変領域をVH領域と呼ぶ。V領域以外のFab領域とFc領域は、比較的変化の少ない領域であり、定常領域(C領域)と呼ばれる。軽鎖の定常領域をCL領域と呼び、重鎖の定常領域をCH領域と呼ぶが、CH領域はさらにCH1~CH3の3つに分けられる。重鎖のFab領域はVH領域とCH1からなり、重鎖のFc領域はCH2とCH3からなる。ヒンジ部はCH1とCH2の間に位置する。
【0026】
本発明において「ペプチド」とは、ポリペプチド構造を有するあらゆる分子を含むものであって、いわゆるタンパク質のみならず、断片化されたものや、ペプチド結合によって他のペプチドが連結されたものも包含されるものとする。「ドメイン」とは、タンパク質の高次構造上の単位であり、数十から数百のアミノ酸残基配列から構成され、なんらかの物理化学的または生物化学的な機能を発現するに十分なタンパク質の単位をいう。タンパク質やペプチドの「変異体」は、野生型のタンパク質やペプチドの配列に対し、アミノ酸レベルで、少なくとも1つ以上の置換、付加または欠失が導入されたタンパク質またはペプチドをいう。アミノ酸を置換する変異の表記について、置換位置の番号の前に、野生型または非変異型のアミノ酸を付し、置換位置の番号の後に、変異したアミノ酸を付して表記する。例えば、第8位のAsnをAlaに置換する変異は、N08Aと記載する。
【0027】
「プロテインG(SpG)」は、グループGの連鎖球菌(Streptococcus sp.)の細胞壁に由来するタンパク質である。SpGは、ほとんどの哺乳類の免疫グロブリンG(IgG)と結合する能力を有しており、IgGのFc領域に強く結合し、IgGのFab領域にも弱く結合する。より詳細には、Fc領域に関しては、CH2とCH3に跨る形で結合し、Fab領域に関しては、CH1領域(CH1γ)を中心に結合し、一部はCL領域にも結合する(非特許文献3,4)。例えば、Fab領域に対する結合力が強化されたSpG変異体も開発されており(特許文献2~4,非特許文献5)、それらの変異体に対しても本発明は適用可能である。
【0028】
SpGのIgG結合性を示す機能ドメインは、βドメイン(SpG-β)と呼ばれる。なお、β(B)ドメインと呼ぶ場合と、Cドメインと呼ぶ場合の2通りがあり(Akerstrom et al.,J.Biol.Chem.,1987,28,13388-,Fig.5参照)、本明細書では、Fahnestockらの定義に従ってβドメインと呼ぶ(Fahnestock et al.,J.Bacteriol.,1986167,870-)。
【0029】
本発明に係る免疫グロブリン結合性ペプチドは、免疫グロブリンのFc領域およびFab領域に結合する。本発明ペプチドが結合すべき免疫グロブリンは、Fc領域またはFab領域を含むものであれば特に制限されず、Fab領域とFc領域を不足なく含有する免疫グロブリンG(IgG)であってもよいし、IgGの誘導体であってもよい。例えば、免疫グロブリンGのFc領域またはFab領域のみに断片化されたフラグメント、IgGの一部のドメインを他生物種のIgGのドメインに置き換えて融合させたキメラ型IgG、Fc領域の糖鎖に分子改変を加えたIgG、薬剤を共有結合したIgG、およびFc領域やFab領域をタグとして付加した融合タンパク質などを挙げることができる。
【0030】
上記免疫グロブリン結合性ペプチド(1)に規定されるアミノ酸配列は、基本的にSpG-βとしての構造・機能を有するアミノ酸配列である。本発明は、野生型SpG-βに変異を導入した配列を有するペプチドに関するが、その変異導入前のアミノ酸配列は、野生型SpG-β1(配列番号1)および野生型SpG-β2(配列番号2)が挙げられる。なお、野生型SpG-β1のN末端はAspだが、配列番号1のN末端は他のドメインと同様にThrとしている。文献によっては(例えば非特許文献7では)、このN末端はドメインに含めておらず、基本的にどのアミノ酸でも違いはない。最終的に得られるペプチドが本発明範囲に含まれるものであれば、それら以外のアミノ酸配列であっても適用可能である。例えば、グループGの連鎖球菌であるG148株またはGX7805株由来のSpGに含まれる3個のIgG結合性ドメインのN末端側から2番目のドメインであっても、同様の効果が得られるのは自明である。当該ドメインは、野生型SpGβ-1(配列番号1)のアミノ酸配列に対し、第6位がIleからValに、第7位がLeuからIleに置換された配列を有し、同等の機能を示し、本発明が適用できるのは明らかである。熱安定性に優れたプロテインGの変異体も多数知られており、例えば、変異型SpG-β2(配列番号3)のような、国際公開第97/26930号公報、特開2003-88381号公報などに記載のアミノ酸配列が挙げられる。また、特許文献2~4に記載の、Fab結合力が向上したSpG-β変異体も本発明の適用対象として好ましく、例えば、配列番号4~5のいずれかで示されるアミノ酸配列を有するSpG-β変異体のさらなる変異体が、Fab結合性ペプチドとして好ましい。
【0031】
本発明における改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(1)は、上述の第8位のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列を有する。配列番号1~5のアミノ酸配列において、第8位はAsnである。
【0032】
本発明においてペプチドが「(特定の)アミノ酸配列を有する」とは、そのペプチドのアミノ酸配列が特定されたアミノ酸配列を含んでいればよく、且つ、そのペプチドの機能が維持されていることを意味する。ペプチドにおいて特定されたアミノ酸配列以外の配列としては、ヒスチジンタグや固定化のためのリンカー配列の他、-S-S-結合などの架橋構造などが挙げられる。
【0033】
例えばN末端にペプチドが付加されたような場合であっても、配列同一性を基準に、配列番号1~5のアミノ酸配列の第8位に相当する位置を同定することは、当業者であれば容易に可能である。例えば、遺伝情報処理ソフトウエアであるGENETYX(https://www.genetyx.co.jp/)のアライメント機能を使って位置を特定することが可能である。
【0034】
変異後のアミノ酸、即ち配列番号1~5のアミノ酸配列における第8位のAsnに置き換わるアミノ酸の種類は、非タンパク質構成アミノ酸や非天然アミノ酸への置換を含め、特に限定されるものではないが、遺伝子工学的生産の観点から、天然型アミノ酸を好適に用いることができ、アルカリ耐性向上の観点から、Asp、Glu、His、Ile、Lys、LeuまたはValが好ましい。さらにVal、LeuまたはLysがより好ましく、さらにLysがより好ましい。また、天然型アミノ酸は、中性アミノ酸;AspとGluの酸性アミノ酸;Lys、Arg、Hisの塩基性アミノ酸に分類される。中性アミノ酸は、脂肪族アミノ酸;Proのイミノ酸;Phe、Tyr、Trpの芳香族アミノ酸に分類される。脂肪族アミノ酸は、Gly、Alaの小型アミノ酸;Val、Leu、Ileの分枝アミノ酸;Ser、Thrのヒドロキシアミノ酸;Cys、Metの含硫アミノ酸;Asn、Glnの酸アミドアミノ酸に分類される。また、Tyrはフェノール性水酸基を有することから、芳香族アミノ酸のみでなくヒドロキシアミノ酸に分類してもよい。さらに、別の観点からは、天然アミノ酸を、Gly、Ala、Val、Leu、Ile、Trp、Cys、Met、Pro、Pheの疎水性の高い非極性アミノ酸;Asn、Gln、Ser、Thr、Tyrの中性の極性アミノ酸;Asp、Gluの酸性の極性アミノ酸;Lys、Arg、Hisの塩基性の極性アミノ酸に分類することもできる。これらの観点から、本発明で置換するアミノ酸は、分岐アミノ酸、酸性アミノ酸または塩基性アミノ酸が好ましく、さらに、分岐アミノ酸または塩基性アミノ酸がより好ましい。
【0035】
本発明における改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(2)は、上記(1)のアミノ酸配列において、上記第8位を除く領域中で、1個または数個のアミノ酸残基が、欠失、置換および付加から選択される1以上の変異を付与されたアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチドである。
【0036】
本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(2)に関し、「1個から数個」の範囲とは、欠失などを有する改変型免疫グロブリン結合性ペプチドが免疫グロブリンへの高い結合力を有する限り特に限定されるものではない。上記「1個から数個」の範囲は、例えば30個以下とすることができ、好ましくは20個以下、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは7個以下、一層好ましくは5個以下、特に好ましくは3個以下、1個以上または2個以下、1個程度であることができる。
【0037】
1個または数個の変異位置は、第8位以外であれば、どの部位でも問題ない。例えば、配列番号1~5の第6位、第7位、第19位、第24位、第28位、第29位、第31位、第35位、第40位、第42位および第47位から必須的になる群より選択される1以上の部位が変異位置として好ましい。これら部位は、配列番号1~3の間でアミノ酸の種類が異なる部位である。また、配列番号1~5の第13位、第15位、第18位、第19位、第21位、第28位、第30位、第33位および第39位から必須的になる群より選択される1以上の部位が変異位置として好ましい。これら部位は、配列番号1、4および5の間でアミノ酸の種類が異なる部位である。
【0038】
さらに、アミノ酸残基の欠失、置換および/または付加の位置としては、例えば、N末端および/またはC末端を挙げることができる。これら部位は、特に欠失および/または付加の部位として好ましい。付加するアミノ酸配列の実施形態としては、該ペプチドをマトリックスに固定化する際に有用な、LysやCysを含むアミノ酸配列をC末端側に付加することが挙げられる。
【0039】
なお、上記の欠失や付加が加わってアミノ酸数が変化した場合であっても、変異導入前におけるアミノ酸残基の位置に対応する変異導入後におけるアミノ酸残基の位置は、変異導入前後のアミノ酸配列のアライメント解析を行えば容易に検索可能である。このようなアライメント解析の手法は、改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(1)に関して説明したとおり、当業者に広く知られている。
【0040】
本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(3)に関し、配列同一性としては、80%以上または85%以上が好ましく、90%以上、95%以上または98%以上がより好ましく、99.5%以上または99.8%以上がよりさらに好ましい。上記配列同一性は、改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(1)に関して説明したとおり、アミノ酸配列多重アライメント用プログラムであるClustal(http://www.clustal.org/omega/)などを使って測定することができる。
【0041】
但し、上記(1)に規定されるアミノ酸配列における第8位の置換アミノ酸残基は、(3)においてさらに変異しないものとする。変異導入前のアミノ酸配列のアミノ酸数が異なる場合においても、配列同一性が80%以上ある場合に、配列番号1の第8位に相当する位置を同定することは、当業者であれば容易に可能である。
【0042】
本発明は、アミノ酸置換変異を導入することによって、アルカリ性水溶液に対する化学的安定性が、変異導入前に比べて向上していることを特徴とする変異体を創製する技術である。改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(1)は、後記の実施例において確かめられている通り、アルカリ性水溶液で処理してもアルカリによるダメージがより少なく、免疫グロブリン結合性能を高いレベルで維持している。また、改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(2),(3)も、化学的安定性に優れる。具体的には、改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(2),(3)のアルカリ性水溶液に対する化学的安定性は、配列番号1~5のいずれかのアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチドの化学的安定性より優れていることが好ましく、また、配列番号1~5の第8位における同様の変異を有する改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(1)の化学的安定性と同等またはより優れていることがより好ましい。また、改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(2),(3)のFc領域および/またはFab領域に対する結合活性も、配列番号1~5のいずれかのアミノ酸配列を有する免疫グロブリン結合性ペプチドの結合性より優れていることが好ましく、また、改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(1)の結合性と同等またはより優れていることがより好ましい。
【0043】
「アルカリ性水溶液」とは、洗浄または殺菌の目的を達成し得る程度のアルカリ性を指す。より具体的には、0.01M以上1.0M以下または0.01N以上1.0N以下の水酸化ナトリウム水溶液などが該当するが、これに限定されるものではない。水酸化ナトリウムを例とした場合、その濃度の下限は、10mMが好ましく、15mMがより好ましく、20mMがより好ましく、25mMがさらにより好ましい。一方、水酸化ナトリウムの濃度の上限は、1.0Mが好ましく、0.5Mがより好ましく、0.3Mがさらにより好ましく、0.2Mがさらにより好ましく、0.1Mがさらにより好ましい。アルカリ性水溶液としては、水酸化ナトリウム水溶液である必要はないが、そのpHは12以上14以下が好ましい。pHの下限に関し、12.0以上が好ましく、12.5以上がより好ましい。pHの上限に関し、14以下が好ましく、13.5以下がさらにより好ましく、13.0以下がさらにより好ましい。
【0044】
「化学的安定性」とは、ペプチドがアミノ酸残基の化学変化などの化学修飾、および、アミド結合の転移や切断などの化学変性に対して、ペプチドの機能を保持する性質を指す。本発明においては、ペプチドの機能保持とは、免疫グロブリンへの結合活性を指す。本発明において「免疫グロブリンへの結合活性」とは、化学変性を受けずに抗体またはその断片に対する親和性を保持しているポリペプチドの割合をいう。すなわち、「化学的安定性」が高い程、アルカリ性水溶液への浸漬処理の後も、免疫グロブリンへの結合活性が低下する度合いが小さい。なお、本明細書中における「アルカリ耐性」という用語も、「アルカリ性条件下における化学的安定性」と同義である。
【0045】
ペプチドをアルカリに浸漬する時間は、アルカリの濃度や浸漬時の温度によってペプチドの受けるダメージは大きく異なるので、特に限定はされない。例えば、水酸化ナトリウムの濃度が15mMで、浸漬時の温度が室温の場合、アルカリに浸漬する時間の下限は、30分が好ましく、1時間がより好ましく、2時間がより好ましく、4時間がより好ましく、10時間がより好ましく、20時間がより好ましいが、特に限定はされない。
【0046】
抗体またはその断片に対する結合活性は、表面プラズモン共鳴原理を用いたBiacoreシステム(GEヘルスケア社)などのバイオセンサーによって試験することができるが、これに限定されるものではない。測定条件としては、本発明のペプチドが抗体またはその断片に結合した時の結合シグナルが検出できればよい。測定条件としては、温度は20℃以上40℃以下の一定温度にし、結合状態を見るときのpHは5以上8以下程度の中性条件にすることが好ましい。緩衝液の成分としては、中性の場合には、リン酸、トリス、ビストリスなどが挙げられるが、これらに限定されない。緩衝液の塩化ナトリウム濃度は、特に限定はされないが、0M以上0.15M以下程度が好ましい。
【0047】
抗体またはその断片に結合していることを示すパラメータとしては、例えば、親和定数(KA)や解離定数(KD)を用いることができる(永田他 著,「生体物質相互作用のリアルタイム解析実験法」,シュプリンガー・フェアラーク東京,1998年,41頁)。本発明のペプチドの抗体またはその断片に対する親和定数は、Biacoreシステムを利用して、センサーチップにヒトIgGまたはその断片を固定化して、温度25℃、pH7.4の条件下にて、各ドメイン変異体を流路添加する実験系で求めることができる。本発明に係るタンパク質について、ヒト免疫グロブリンへの親和定数(KA)が1×105(M-1)以上、より好ましくは1×106(M-1)以上であることが好ましい。しかし、親和定数は、免疫グロブリンの種類や、免疫グロブリン結合ペプチドのドメイン数によっても変わるので、これに限定されない。
【0048】
ただし、アルカリ処理後の残存結合活性を求める場合には、結合パラメータとして、KAやKDは不適切である。アルカリ処理によって、抗体またはその断片に結合できる分子の比率が変化しても、ペプチド1分子の抗体またはその断片に対する結合能は変化しない場合には、パラメータとしては変化が見られないからである。ペプチドの残存結合活性を求める場合には、例えば、抗体またはその断片をセンサーチップに固定化し、ペプチドを化学処理する前と後で、同一濃度の抗体またはその断片を添加したときの、結合シグナルの大きさ、または、理論的最大結合容量(Rmax)という、結合レスポンスの大きさを示すレゾナンスユニット(RU)を単位とする結合パラメータを用いるのが好ましいが、これに限定されるものではない。例えば、ペプチドを固定化し、固定化したチップをアルカリ処理する前と後で同じ濃度の抗体またはその断片を添加して結合シグナルの大きさを比較してもよい。
【0049】
残存結合活性は、アルカリ処理前後の比較なので、基本的には、アルカリ処理前の結合活性を分母とし、アルカリ処理後の結合活性を分子とする比率(パーセンテージ)で表すことができる。その数値は、同じ条件でアルカリ処理した本発明の変異が導入されていないペプチドと比較して高ければ、特に限定はされないが、その比率が10%以上であるのが好ましく、20%以上であるのがより好ましく、30%以上であるのがさらにより好ましく、40%以上であるのがさらにより好ましく、50%以上であるのがさらにより好ましい。
【0050】
この際に重要なことは、比較対照とするサンプルは、本発明の変異が含まれていないという点だけが異なり、それ以外のアミノ酸配列は同じであり、かつ、アルカリ処理および残存結合活性の測定の条件を全て一緒にすることである。また、本発明のペプチドは、アルカリ性水溶液中では免疫グロブリン結合性は示さないので、アルカリ処理の後で酸による中和によってpHを中性にするなどの適切な処理が必要である。
【0051】
プロテインGは、免疫グロブリン結合性ドメインを2個または3個タンデムに並んだ形で含むタンパク質である。本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドも、実施形態の1つとして、単量体または単ドメインである当該改変型免疫グロブリン結合性ペプチドが2個以上、好ましくは3個以上、より好ましくは4個以上、より好ましくは5個以上連結された複数ドメインの多量体であってもよい。連結されるドメイン数の上限は、例えば10個、好ましくは8個、より好ましくは6個である。これらの多量体は、単一の改変型免疫グロブリン結合性ペプチドの連結体であるホモダイマーやホモトリマー等のホモポリマーであってもよいし、複数種類の改変型免疫グロブリン結合性ペプチドの連結体であるヘテロダイマーやヘテロトリマー等のヘテロポリマーであってもよい。
【0052】
本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドの連結のされ方としては、1個または複数個のアミノ酸残基で連結する方法、および、アミノ酸残基を挟まず直接連結する方法が挙げられるが、これらの方法に限定されるものではない。連結するアミノ酸残基数に特に制限は無いが、好ましくは1残基以上20残基以下であり、より好ましくは15残基以下であり、さらにより好ましくは10残基以下であり、さらにより好ましくは5残基以下であり、さらにより好ましくは2残基以下である。好ましくは、野生型SpGのβ1とβ2の間、または、β2とβ3の間を連結している配列を利用するのがよい。また、別の観点からは、単量体改変型免疫グロブリン結合性ペプチドの3次元立体構造を不安定化しないものが好ましい。
【0053】
また、本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドは、改変型免疫グロブリン結合性ペプチド(1)~(3)で規定するアミノ酸配列を有するものであればよく、他のペプチドや化合物などが結合していてもよいものとする。例えば、本発明の実施形態の1つとして、本発明により得られる改変型免疫グロブリン結合性ペプチド、または、当該ペプチドが2個以上連結された多量体が、1つの構成成分として、機能の異なる他のペプチドと融合されていることを特徴とする融合ペプチドが挙げられる。融合ペプチドの例としては、アルブミンやGST(グルタチオンS-トランスフェラーゼ)が融合したペプチドを例として挙げることができるが、これに限定されるものではない。また、DNAアプタマーなどの核酸、抗生物質などの薬物、PEG(ポリエチレングリコール)などの高分子が融合されている場合も、本発明で得られたペプチドの有用性を利用するものであれば、本発明に包含される。
【0054】
本発明は、上記の本発明ペプチドを、免疫グロブリンや、Fc断片およびFab断片などその断片に親和性を有することを特徴とするアフィニティーリガンドとして利用することも、実施形態の1つとして包含する。同様に、当該リガンドを水不溶性担体に固定化したことを特徴とするアフィニティー分離マトリックスも、実施形態の1つとして包含する。ここで「アフィニティーリガンド」とは、抗原と抗体の結合に代表される特異的な分子間の親和力に基づいて、ある分子の集合から目的の分子を選択的に結合して捕集する物質や官能基を指す用語であり、本発明においては、免疫グロブリンおよびその断片に対して特異的に結合するペプチドを指す。本発明においては、単に「リガンド」と表記した場合も、「アフィニティーリガンド」と同義である。
【0055】
本発明で用いる水不溶性担体としては、ガラスビーズ、シリカゲルなどの無機担体;有機担体;さらにはこれらの組み合わせによって得られる有機-有機、有機-無機などの複合担体などが挙げられる。有機担体としては、架橋ポリビニルアルコール、架橋ポリアクリレート、架橋ポリアクリルアミド、架橋ポリスチレンなどの合成高分子担体や、結晶性セルロース、架橋セルロース、架橋アガロース、架橋デキストランなどの多糖類担体を挙げることができる。市販品としては、多孔質セルロースゲルであるGCL2000、アリルデキストランとメチレンビスアクリルアミドを共有結合で架橋したSephacrylS-1000、アクリレート系の担体であるToyopearl、アガロース系の架橋担体であるSepharose CL4B、および、セルロース系の架橋担体であるCellufineなどを例示することができる。但し、本発明における水不溶性担体は、例示したこれらの担体のみに限定されるものではない。
【0056】
また、本発明に用いる水不溶性担体は、本発明のアフィニティー分離マトリックスの使用目的および方法からみて表面積が大きいことが望ましく、適当な大きさの細孔を多数有する多孔質であることが好ましい。担体の形態としては、ビーズ状、モノリス状、繊維状、膜状(中空糸を含む)などいずれも可能であり、任意の形態を選ぶことができる。
【0057】
リガンドの固定化方法については、例えば、リガンドに存在するアミノ基、カルボキシ基またはチオール基を利用した従来のカップリング法で担体に結合してよい。カップリング法としては、臭化シアン、エピクロロヒドリン、ジグリシジルエーテル、トシルクロライド、トレシルクロライド、ヒドラジンまたは過ヨウ素酸ナトリウムなどと担体とを反応させて担体を活性化するか、或いは担体表面に反応性官能基を導入し、リガンドとして固定化する化合物とカップリング反応を行い固定化する方法、また、担体とリガンドとして固定化する化合物が存在する系にカルボジイミドのような縮合試薬、または、グルタルアルデヒドのように分子中に複数の官能基を持つ試薬を加えて縮合、架橋することによる固定化方法が挙げられる。
【0058】
また、リガンドと担体の間に複数の原子からなるスペーサー分子を導入してもよいし、担体にリガンドを直接固定化してもよい。従って、固定化のために、本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドを化学修飾してもよいし、固定化に有用なアミノ酸残基を加えてもよい。固定化に有用なアミノ酸としては、側鎖に固定化の化学反応に有用な官能基を有しているアミノ酸が挙げられ、例えば、側鎖にアミノ基を含むLysや、側鎖にチオール基を含むCysが挙げられる。本発明の本質は、本発明においてペプチドに付与した免疫グロブリン結合性が、当該ペプチドをリガンドとして固定化したマトリックスにおいても同様に付与されることにあり、固定化のためにいかように修飾・改変しても、本発明の範囲に含まれる。
【0059】
本発明のアフィニティー分離マトリックスを利用して、免疫グロブリンのFc領域および/またはFab領域を含むタンパク質をアフィニティーカラム・クロマトグラフィー精製法により分離精製することが可能となる。これらのタンパク質精製法は、免疫グロブリンのアフィニティーカラム・クロマトグラフィー精製法に準じる手順により達成することができる(非特許文献1)。即ち、上記タンパク質を含有する緩衝液を調製(pHは中性付近)した後、当該溶液を本発明のアフィニティー分離マトリックスを充填したアフィニティーカラムに通過させるなどして接触させ、上記タンパク質を選択的に吸着させる。次いで、アフィニティーカラムに純粋な緩衝液を適量通過させ、カラム内部を洗浄する。この時点では所望の上記タンパク質は、カラム内の本発明に係るアフィニティー分離マトリックスに吸着されている。そして、本発明ペプチドをリガンドとして固定化したアフィニティー分離マトリックスは、このサンプル添加の工程からマトリックス洗浄の工程において、目的とする上記タンパク質を吸着保持する性能に優れる。次いで、適切なpHに調整した酸性緩衝液をカラムに通液し、所望の上記タンパク質を溶出することにより、高純度な精製が達成される。溶出に用いる酸性緩衝液には、マトリックスからの解離を促進する物質を添加してもよい。なお、上記タンパク質は、免疫グロブリン自体であってもよいし、Fc断片およびFab断片などの抗体断片であってもよい。
【0060】
本発明のアフィニティー分離マトリックスは、リガンド化合物や担体の基材が完全に機能を損なわない程度の、適当な強酸性または強アルカリ性の純粋な緩衝液を通過させて洗浄することにより、再利用が可能である。上記の再生用緩衝液には、適当な変性剤や有機溶剤を配合してもよい。本発明のアフィニティ分離マトリックスは、特にアルカリ性水溶液に対する化学的安定性に優れるので、強アルカリの純粋な緩衝液を通過させて洗浄することで再利用することが好ましい。しかし、強アルカリの純粋な緩衝液で再生する操作をするタイミングは、使用後に毎回である必要は無く、例えば、5回に1回や10回に1回でも構わない。
【0061】
本発明は、本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドをコードするDNAにも関する。本発明ペプチドをコードするDNAは、その塩基配列を翻訳したアミノ酸配列が本発明ペプチドを構成するものであればいかなるものでもよい。そのような塩基配列は、通常用いられる公知の方法、例えば、ポリメラーゼ・チェーン・リアクション(以下、「PCR」と略記する)法を利用して取得できる。また、公知の化学合成法で合成することも可能であり、さらに、DNAライブラリーから得ることもできる。当該塩基配列は、コドンが縮重コドンで置換されていてもよく、翻訳されたときに同一のアミノ酸をコードしている限り、本来の塩基配列と同一である必要性は無い。当該塩基配列を一つ又はそれ以上有する組換えDNA、または、当該組換えDNAを含むプラスミドおよびファージなどのベクター、さらには、当該DNAを有するベクターにより形質転換された形質転換体、当該DNAを導入した遺伝子改変生物、および、当該DNAを転写の鋳型DNAとする無細胞タンパク質合成系を得ることができる。
【0062】
また、本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドは、タンパク質発現を補助する作用または精製を容易にするという利点がある公知のタンパク質との融合ペプチドとして取得することができる。即ち、本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドを含む融合ペプチドをコードする組換えDNAを少なくとも一つ含有する微生物または細胞を得ることができる。上記タンパク質の例としては、マルトース結合タンパク質(MBP)、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)等が挙げられるが、それらのタンパク質に限定されるものではない。
【0063】
本発明のペプチドをコードするDNAを改変するための部位特異的な変異の導入は、以下のように、組換えDNA技術、PCR法などを用いて行うことができる。即ち、組換えDNA技術による変異の導入は、例えば、本発明ペプチドをコードする遺伝子中において、変異導入を希望する目的の部位の両側に適当な制限酵素認識配列が存在する場合に、それら制限酵素認識配列部分を前記制限酵素で切断し、変異導入を希望する部位を含む領域を除去した後、化学合成などによって目的の部位のみに変異導入したDNA断片を挿入するカセット変異法によって行うことができる。
【0064】
また、PCRによる部位特異的変異の導入は、例えば、本発明ペプチドをコードする二本鎖プラスミドを鋳型として、+鎖および-鎖に相補的な変異を含む2種の合成オリゴプライマーを用いてPCRを行うダブルプライマー法により行うことができる。また、本発明の単量体ペプチド(1つのドメイン)をコードするDNAを、意図する数だけ直列に連結することにより、多量体ペプチドをコードするDNAを作製することもできる。例えば、多量体ペプチドをコードするDNAの連結方法に関して、DNA配列に適当な制限酵素部位を導入し、制限酵素で断片化した2本鎖DNAをDNAリガーゼで連結することができる。制限酵素部位は1種類でもよいが、複数の異なる種類の制限酵素部位を導入することもできる。また、多量体ペプチドをコードするDNAにおいて、各々の単量体ペプチドをコードする塩基配列が同一の場合には、宿主にて相同組み換えを誘発する可能性があるので、連結されている単量体ペプチドをコードするDNAの塩基配列間の配列同一性が90%以下、好ましくは85%以下、より好ましくは80%以下、さらにより好ましくは75%以下であることが好ましい。なお、塩基配列の同一性も、アミノ酸配列と同様に、常法により決定することが可能である。
【0065】
本発明の「発現ベクター」は、前述した本発明ペプチドまたはその部分アミノ酸配列をコードする塩基配列、およびその塩基配列に作動可能に連結された宿主で機能しうるプロモーターを含む。通常は、本発明ペプチドをコードする遺伝子を、適当なベクターに連結もしくは挿入することにより得ることができ、遺伝子を挿入するためのベクターは、宿主中で自律複製可能なものであれば特に限定されず、プラスミドDNAやファージDNAをベクターとして用いることができる。例えば、大腸菌を宿主として用いる場合には、pQE系ベクター(キアゲン社)、pET系ベクター(メルク社)およびpGEX系ベクター(GEヘルスケアバイオサイエンス社)のベクターなどが挙げられる。
【0066】
本発明の形質転換体は、宿主となる細胞へ本発明の組換えベクターを導入することにより得ることができる。宿主への組換え体DNAの導入方法としては、例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法、アグロバクテリウム感染法、パーティクルガン法およびポリエチレングリコール法などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、得られた遺伝子の機能を宿主で発現する方法としては、本発明で得られた遺伝子をゲノム(染色体)に組み込む方法なども挙げられる。宿主となる細胞については特に限定されるものではないが、安価に大量生産する上では、大腸菌、枯草菌、ブレビバチルス属、スタフィロコッカス属、ストレプトコッカス属、ストレプトマイセス属(Streptomyces)、コリネバクテリウム属(Corynebacterium)等のバクテリア(真正細菌)を好適に使用しうる。
【0067】
本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドは、前記した形質転換体を培地で培養し、培養体中(菌体ぺリプラズム領域中も含む)または培養液中(細胞外)に本発明のペプチドを生成蓄積させ、該培養物から所望のペプチドを採取することにより製造することができる。また、本発明ペプチドは、前記した形質転換細胞を培地で培養し、培養体中(菌体ぺリプラズム領域中も含む)または培養液中(細胞外)に、本発明ペプチドを含む融合タンパク質を生成蓄積させ、当該培養物から当該融合ペプチドを採取し、当該融合ペプチドを適切なプロテアーゼによって切断し、所望のペプチドを採取することにより製造することができる。
【0068】
本発明の形質転換体を培地で培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。得られた形質転換体の培養に用いる培地は、本発明ペプチドを高効率、高収量で生産できるものであれば特に制限は無い。具体的には、グルコース、蔗糖、グリセロール、ポリペプトン、肉エキス、酵母エキス、カザミノ酸などの炭素源や窒素源を使用することができる。その他、カリウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、マンガン塩、亜鉛塩、鉄塩などの無機塩類が必要に応じて添加される。栄養要求性の宿主細胞を用いる場合は、生育に要求される栄養物質を添加すればよい。また、必要であればペニシリン、エリスロマイシン、クロラムフェニコール、ネオマイシンなどの抗生物質が添加されてもよい。
【0069】
さらに、形質転換体内外に存在する宿主由来のプロテアーゼによる当該目的ペプチドの分解を抑えるために、公知の各種プロテアーゼ阻害剤、即ち、Phenylmethane sulfonyl fluoride(PMSF)、Benzamidine、4-(2-aminoethyl)-benzenesulfonyl fluoride(AEBSF)、Antipain、Chymostatin、Leupeptin、Pepstatin A、Phosphoramidon、Aprotinin、Ethylenediaminetetra acetic acid(EDTA)および/またはその他市販されているプロテアーゼ阻害剤を適当な濃度で添加してもよい。
【0070】
さらに、本発明に係る改変型免疫グロブリン結合性ペプチドを正しくフォールディングさせるために、例えば、GroEL/ES、Hsp70/DnaK、Hsp90、Hsp104/ClpBなどの分子シャペロンを利用してもよい。かかる分子シャペロンは、例えば、共発現または融合タンパク質化などの手法で、本発明のペプチドと共存させる。なお、本発明ペプチドの正しいフォールディングを目的とする場合には、正しいフォールディングを助長する添加剤を培地中に加える手法や低温にて培養するなどの手法もあるが、これらに限定されるものではない。
【0071】
大腸菌を宿主として得られた形質転換細胞を培養する培地としては、LB培地(トリプトン1%,酵母エキス0.5%,NaCl1%)、または、2×YT培地(トリプトン1.6%,酵母エキス1.0%,NaCl0.5%)等が挙げられる。また、培養温度は、例えば15~42℃、好ましくは20~37℃で、通気攪拌条件で好気的に数時間~数日培養することにより、本発明ペプチドを培養細胞内(ぺリプラズム領域内を含む)または培養溶液(細胞外)に蓄積させて回収する。場合によっては、通気を遮断し嫌気的に培養してもよい。組換えペプチドが分泌生産される場合には、培養終了後に、遠心分離、ろ過などの一般的な分離方法で、培養細胞と分泌生産されたペプチドを含む上清を分離することにより生産された組換えペプチドを回収することができる。また、培養細胞内(ぺリプラズム領域内を含む)に蓄積される場合にも、例えば、培養液から遠心分離、ろ過などの方法により菌体を採取し、次いで、この菌体を超音波破砕法、フレンチプレス法などにより破砕し、および/または、界面活性剤等を添加して可溶化することにより、細胞内に蓄積生産されたペプチドを回収することができる。
【0072】
本発明に係るペプチドの精製はアフィニティークロマトグラフィー、陽イオンまたは陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー等を単独でまたは適宜組み合わせることによって行うことができる。得られた精製物質が目的のタンパク質であることの確認は、通常の方法、例えばSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動、N末端アミノ酸配列分析、ウエスタンブロッティング等により行うことができる。
【0073】
本願は、2017年3月31日に出願された日本国特許出願第2017-71908号に基づく優先権の利益を主張するものである。2017年3月31日に出願された日本国特許出願第2017-71908号の明細書の全内容が、本願に参考のため援用される。
【実施例
【0074】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0075】
以下の実施例で取得した改変型ペプチドは「ドメイン-導入した変異」の形で表記し、置換変異導入前のペプチドは、「ドメイン-Cont」の形で表記する。例えば、配列番号1のアミノ酸配列を有する野生型SpG-β1は「GB1-Cont」、配列番号1のアミノ酸配列に対し第8位のAsnをAlaに置換した変異N08Aを導入したSpG-β1変異体は「GB1-N08A」と表記する。複数の変異を同時に導入した変異体の変異は、スラッシュを用いて併記する。例えば、変異N08AおよびD36Vを導入したSpG-β1変異体は、「GB1-N08A/D36V」と表記する。また、第8位が変異した変異体各種を総称して「N08X」と表記する。なお、以下では「野生型SpG-β1」を単に「SpG-β1」と表記する場合がある。
【0076】
また、単ドメインを複数連結したペプチドについては、ピリオドに続けて連結した数に「d」をつけて併記する。例えば、変異N08Aを導入したSpG-β1変異体を2連結したペプチドは、「GB1-N08A.2d」と表記する。さらに、例えば、水不溶性基材にペプチドを固定化するために、C末端に固定化用官能基を有するCys残基(C)を導入した場合、「d」の後ろに導入したアミノ酸の1文字表記を付与する。例えば、変異N08Aを導入したSpG-β1変異体を2連結してC末端にCysを付与したSpG-β1変異体は、「GB1-N08A.2dC」と表記する。
【0077】
実施例1: 各種GB1-N08Xの調製
(1) 各種GB1-N08Xの発現プラスミド調製
各種GB1-N08Xのアミノ酸配列から逆翻訳を行い、当該ペプチドをコードするDNA配列を設計した。コードDNAは、3種の一本鎖オリゴDNA(f31/f32/f33)を用いたPCRを行い、その後制限酵素BamHI/EcoRIで消化して、同じ制限酵素で処理した発現ベクターpGEX-6P-1のマルチクローニングサイトに組み込んだ。コードDNA調製時のPCRでは、まず少量のf32(0.2μM、リーディング)とf33(10μM、ラギング)とがオーバーラップPCRで伸張され、次に、f31(10μM、リーディング)と先の反応で伸張したf33(ラギング)とのオーバーラップPCRによって形成される二本鎖DNAが、制限酵素サイトを両端に有したコードDNA配列となる。f31とf32のオーバーラップPCRが起点となる場合もあるが、最終産物は一緒である。各々のGB1-N08Xのf31~f33に該当する各種オリゴDNA配列をこのような反応が進むよう設計し、ユーロフィン社への外注によって合成した。具体的な実験操作については、ポリメラーゼとしてBlendTaq Plus(TOYOBO社)を用い、PCR反応を行い、アガロース電気泳動にかけ、目的のバンドを切り出すことで抽出した二本鎖DNAを、制限酵素BamHIとEcoRI(タカラバイオ社)により切断した。次に、プラスミドベクターpGEX-6P-1(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)も、同様にBamHI/EcoRI処理し、次に脱リン酸化酵素CIAP(タカラバイオ社)による脱リン酸化処理を行った後で、Ligation high(TOYOBO社)を用いたライゲーション反応を行った。
【0078】
GB1-N08X変異体をコードするDNAは、f32(配列番号6)、f33(配列番号7)は共通であり、f31のみ配列が異なるオリゴDNAを用いて調製した。用いたf31、f32、f33のオリゴDNA配列、コードDNA配列、および、アミノ酸配列の配列番号を、変異体の種類ごとに表1にまとめた。
【0079】
【表1】
【0080】
また、Fab結合力を強化したGB1#-Cont(配列番号4)に変異N08Kを導入した変異体GB1#-N08Kも同じく調製した。この変異体は、一本鎖オリゴDNAf31(配列番号29)、f32(配列番号30)、f33(配列番号7)を用いて、上記と同様の手法で調製した。コードDNA配列を配列番号31で、アミノ酸配列を配列番号32として示す(表1に追記)。
【0081】
上記プラスミドベクターpGEX-6P-1を用いて、コンピテント細胞(タカラバイオ社「大腸菌HB101」)の形質転換を、本コンピテント細胞製品に付属のプロトコルに従って行った。上記プラスミドベクターpGEX-6P-1を用いれば、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(以下、「GST」と略記する)が融合したGB1-N08X.1dを産生することができる。次いで、プラスミド精製キット(プロメガ社製「WizardPlus SV Minipreps DNA Purification System」)を用い、キット付属の標準プロトコルに従って、プラスミドDNAを増幅し、抽出した。発現プラスミドのコードDNAの塩基配列確認は、DNAシークエンサー(Applied Biosystems社製「3130xl Genetic Analyzer」)を用いて行った。遺伝子解析キット(Applied Biosystems社製「BigDye Terminatorv.1.1 Cycle Sequencing Kit」)と、プラスミドベクターpGEX-6P-1のシークエンシング用DNAプライマー(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を用いて、添付のプロトコルに従いシークエンシングPCR反応を行った。そのシークエンシング産物を、プラスミド精製キットApplied Biosystems社製「BigDye XTerminator Purification Kit」)を用いて、添付のプロトコルに従い精製し、塩基配列解析に用いた。
【0082】
(2) 各種GB1-N08Xの調製
上記(1)で得られた、各種GB1-N08X遺伝子またはGB1#-N08X遺伝子を導入した各形質転換細胞を、アンピシリン含有2×YT培地にて、37℃で終夜培養した。これらの培養液を、100倍量程度のアンピシリン含有2×YT培地に接種し、37℃で約1時間、その後25℃で約1時間培養した後で、終濃度0.1mMになるようイソプロピル1-チオ-β-D-ガラクシド(IPTG)を添加し、さらに25℃にて約18時間培養した。
【0083】
培養終了後、遠心にて集菌し、PBS緩衝液5mLに再懸濁した。超音波破砕にて細胞を破砕し、遠心分離して上清画分(無細胞抽出液)と不溶性画分に分画した。pGEX-6P-1ベクターのマルチクローニングサイトに目的の遺伝子を導入すると、GSTがN末端に付与した融合ペプチドとして発現される。それぞれの画分をSDS電気泳動により分析したところ、各々の形質転換細胞培養液から調製した各種無細胞抽出液のすべてについて、分子量約25,000以上の位置にIPTGにより誘導されたと考えられるペプチドのバンドを確認した。なお、分子量はほぼ同様であるが、変異体の種類によってバンドの位置は違った。
【0084】
GST融合ペプチドを含む各々の無細胞抽出液から、GSTに対して親和性のあるGSTrap FFカラム(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を用いたアフィニティークロマトグラフィーにて、GST融合ペプチドを粗精製した。各々の無細胞抽出液をGSTrap FFカラムに添加し、標準緩衝液(20mM NaH2PO4-Na2HPO4,150mM NaCl,pH7.4)にてカラムを洗浄し、続いて溶出用緩衝液(50mM Tris-HCl,20mMグルタチオン,pH8.0)にて目的のGST融合ペプチドを溶出した。後の実施例で、GSTを融合したままでアッセイに利用したサンプルとしては、この溶出液を遠心式フィルターユニットであるアミコン(メルクミリポア社)を用いて、濃縮しつつ溶出用緩衝液を標準緩衝液に置換したペプチド溶液を用いた。
【0085】
pGEX-6P-1ベクターのマルチクローニングサイトに遺伝子を導入すると、配列特異的プロテアーゼPreScission Protease(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)でGSTを切断することが可能なアミノ酸配列が、GSTと目的ペプチドの間に導入される。PreScission Proteaseを用いて、添付プロトコルに従いGST切断反応を行った。このようにGSTを切断したサンプルから、Superdex 75 10/300 GLカラム(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにて、目的のペプチドを精製した。標準緩衝液にて平衡化したSuperdex 75 10/300 GLカラムに、各々の反応溶液を添加し、目的のペプチドを、切断したGSTやPreScission Proteaseから分離精製した。なお、以上のカラムを用いたクロマトグラフィーによるペプチド精製は、全てAKTAprime plusシステム(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を利用して実施した。また、本実施例で得られるGST切断後の各々のペプチドは、N末端側にベクターpGEX-6P-1由来のGly-Pro-Leu-Gly-SerがN末端側に付加されたアミノ酸配列を有する。
【0086】
実施例2: 各種GB1-N08Xのアルカリ耐性評価
(1) Fabフラグメント/Fcフラグメントの調製
ヒト化モノクローナルIgG製剤をパパインによってFabフラグメントとFcフラグメントに断片化し、FcフラグメントとFabフラグメントを分離精製した(以下、各フラグメントを単にそれぞれ「Fc」および「Fab」と略す)。具体的には、抗ヒトTNFαモノクローナルIgG製剤(一般名「インフリキシマブ」,製品名「レミケード」,田辺三菱製薬)を、パパイン消化用緩衝液(0.1M AcOH-AcONa,2mM EDTA,1mMシステイン,pH5.5)に溶解し、Papain Agarose from papaya latexパパイン固定化アガロース(SIGMA社)を添加し、ローテーターで混和させながら、37℃で約8時間インキュベートした。パパイン固定化アガロースから分離した反応溶液(FabとFcが混在)から、KanCapA(カネカ)を利用したアフィニティークロマトグラフィーにより、素通り画分でFabを回収することでFcと分離精製した。カラムに吸着したFcは、0.05M 酢酸/酢酸ナトリウム緩衝液(pH3.5)で溶出し、即座に0.1M Tris-塩酸緩衝液(pH8.0)で中和した。Fabを含む溶液およびFcを含む溶液を、Superdex 75 10/300 GLカラム(GEヘルスケア社)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにて精製(平衡化および分離には標準緩衝液を使用)し、FabおよびFcの溶液を得た。なお、実施例1と同様に、クロマトグラフィーによるペプチド精製は、AKTAprime plusシステムを利用して実施した。
【0087】
(2) 各種GB1-N08Xのアルカリ処理
超純水を用いて透析した各種GB1-N08Xを濃度調整し、20μM水溶液を得た。当該水溶液0.2mLに半量の45mM水酸化ナトリウム水溶液0.1mLを添加し、25℃で2時間インキュベ―トした後、50mM酢酸(pH3.0)0.1mLで中和した。中和されていることをpH試験紙にて確認し、標準緩衝液で5倍希釈した。
【0088】
(3) 各種GB1-N08Xの免疫グロブリン類結合レスポンスの観測
表面プラズモン共鳴を利用したバイオセンサーBiacore 3000(GEヘルスケア・バイオサイエンス社)を用いて、実施例1(2)で取得した各種GB1-N08X変異体のFcに対する結合レスポンスを観測した。本実施例では、実施例2(1)で取得したFcをセンサーチップに固定化し、各種GB1-N08X変異体をチップ上に流して、両者の相互作用を検出した。FcのセンサーチップCM5への固定化は、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)およびN-エチル-N’-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)を用いたアミンカップリング法にて行い、ブロッキングにはエタノールアミンを用いた。センサーチップや固定化用試薬は、全てGEヘルスケアバイオサイエンス社製のものを用いた。Fc溶液は、固定化用緩衝液(10mM CH3COOH-CH3COONa,pH4.5)を用いて10倍程度に希釈し、Biacore 3000付属のプロトコルに従い、センサーチップへ固定化した。また、チップ上の別のフローセルに対して、EDC/NHSにより活性化した後にエタノールアミンのみを固定化する処理を行うことで、ネガティブ・コントロールとなるリファレンスセルも用意した。固定化されたFcの量は5000RU程であった。なお、固定化量を5000RU以上と高くし、流速を遅くすることで、検出感度およびアナライト濃度への依存度が向上する。すなわち、マストランスポート・リミテッドがかかっている環境下では、結合レスポンスの親和性への依存度が低下し、相対的に濃度への依存度が上がる。
【0089】
アルカリ処理前の各種GB1-N08Xを、ランニング緩衝液(20mM NaH2PO4-Na2HPO4,150mM NaCl,0.005% P-20,pH7.4)を用い、50nM、100nMまたは200nMに濃度を調整したタンパク質溶液を、流速10μL/minで2分間センサーチップに添加した。測定温度25℃にて、添加時(結合相,2分間)および添加終了後(解離相,2分間)の結合反応曲線を順次観測した。各々の観測終了後に、約20mM NaOHを添加して洗浄した。添加1分後の結合レスポンス(結合反応曲線のレゾナンスユニット値)を縦軸に、そのときの添加アナライト濃度を横軸にプロットしたグラフを図1に示す。このように、この評価系では、この濃度範囲において、結合レスポンスはアナライト濃度にある程度比例する。図1の通り、このアナライト濃度に対する結合レスポンスの上がり方は、変異体によって異なる。この評価系では、単純にアルカリ処理前後のレスポンスの比で評価するのではなく、濃度に換算する補正を行った上で、結合残存活性を算出した。
【0090】
(4) 各種GB1-N08Xのアルカリ処理後のFc結合残存活性
アルカリ処理後の各種GB1-N08X変異体も、ランニング緩衝液で10倍希釈して濃度を200nMに調整し、同様に流速10μL/minで2分間センサーチップに添加し、添加1分後のFc結合レスポンスを求めた。先に求めたアルカリ処理前の200nMの結合レスポンス値と図1のプロットで求めた傾きから、アルカリ処理後の結合レスポンスに対応するアナライト濃度を算出した。そして、その濃度を、結合活性を維持した変異体濃度とし、処理前(100%)に対する濃度比率を結合残存活性として算出し、その値をグラフとして図2(1)に示した。
【0091】
比較対象(比較例を参照)として、GB1-N08A(非特許文献7、文献では本発明の変異位置に相当する位置を第7位と定義)、および、GB1-N08G(非特許文献8、文献中、最も効果があった単残基変異)を示したが、それらに比べて有意に高いアルカリ耐性を示す変異を複数見出すことができた。GB1-N08Gのアルカリ耐性が高くなかった理由は不明であるが、Glyへの変異は基本的に主鎖構造を不安定化するため、本実験の結果は妥当であると考える。
【0092】
次に、同様の方法にて、N=4で再評価した際の結果も図2(2)に示した。数値にバラつきは見られるが、アルカリによる非特異的なダメージを評価しており、かつ、そのダメージに鋭敏な評価系である為、この程度のバラつきが生じるのは自然であり、平均値において明確な有意差があることは再現している点から、結果の信頼度は高いと考える。また、この評価系では、通常のアフィニティー精製が、リガンド(SpG)と精製対象(免疫グロブリン)が濃度としてmM前後であるのに対し、この評価系ではμM以下であるため、より過酷な条件での評価となる。そのような評価で、全ての変異体がGB1-N08Aに対し10%以上のアルカリ耐性の向上を示したことは、驚くべき結果と考える。
【0093】
(5) GB1#-N08Kのアルカリ処理後のFab結合残存活性
実施例2(2)~(4)と同様の手法にて、GB1#-N08KのFabに対する結合残存活性を評価すると、GB1#-N08Aが68%(N=4)であったのに対し、GB1#-N08Kは80%(N=4)であった。以上の結果より、ベースとなるSpGの配列が異なる場合にも、同様の効果が期待できることが確認できた。
【0094】
比較例
本実施例の比較対照として用いたGB1-N08A、GB1-N08G、および、GB1#-N08Aについては、表2に示す配列番号のオリゴDNAf31~f33を用いて、実施例1(1)と同様の方法で発現プラスミドを調製した。そして、実施例1(2)と同様の方法でタンパク質サンプルを調製し、実施例2(2)と同様の方法で、本発明で得られた変異体と同時にアルカリ耐性を評価した。
【0095】
【表2】
図1
図2
【配列表】
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