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特許7118972非常に良好な成形性を有する焼戻しされた被覆鋼板及びこの鋼板を製造する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-05
(45)【発行日】2022-08-16
(54)【発明の名称】非常に良好な成形性を有する焼戻しされた被覆鋼板及びこの鋼板を製造する方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220808BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20220808BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20220808BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20220808BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C22C38/38
C21D9/46 J
C23C2/06
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019533538
(86)(22)【出願日】2017-12-19
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-03-26
(86)【国際出願番号】 IB2017058115
(87)【国際公開番号】W WO2018122679
(87)【国際公開日】2018-07-05
【審査請求日】2019-08-07
(31)【優先権主張番号】PCT/IB2016/057906
(32)【優先日】2016-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】IB
(73)【特許権者】
【識別番号】515214729
【氏名又は名称】アルセロールミタル
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ピパール,ジャン-マルク
(72)【発明者】
【氏名】テノ,マルク・オリビエ
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/047821(WO,A1)
【文献】特開2003-171736(JP,A)
【文献】特表2017-528592(JP,A)
【文献】特表2017-527690(JP,A)
【文献】特表2017-526819(JP,A)
【文献】特表2014-514459(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0170439(US,A1)
【文献】特表2016-532775(JP,A)
【文献】国際公開第2015/115059(WO,A1)
【文献】特開2015-117403(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105829563(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/38
C21D 9/46
C23C 2/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量百分率として表される次の元素
0.17%≦炭素≦0.25%、
1.8%≦マンガン≦2.3%、
0.5%≦ケイ素≦2.0%、
0.03%≦アルミニウム≦1.2%、
硫黄≦0.03%、
リン≦0.03%
を含み、
次の任意選択的な元素
クロム≦0.4%、
モリブデン≦0.3%、
ニオブ≦0.04%、
チタン≦0.1%
の一種以上を含有してもよい、
組成を有する、焼戻しされた被覆鋼板であって、
残りの組成が、鉄及び処理によって生じた不可避的な不純物から構成され、前記鋼板のミクロ組織が、面積の割合により、3~20%の残留オーステナイト、少なくとも15%のフェライト、40~85%の焼戻しベイナイト及び最低5%の焼戻しマルテンサイトからなり、焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトの合計量が、10~30%であり、残留オーステナイト、フェライト、焼戻しベイナイト及び焼戻しマルテンサイトの合計量が100%である、
焼戻しされた被覆鋼板。
【請求項2】
前記組成が、0.6%~1.8%のケイ素を含む、請求項1に記載の焼戻しされた被覆鋼板。
【請求項3】
前記組成が、0.03%~0.6%のアルミニウムを含む、請求項1又は2に記載の焼戻しされた被覆鋼板。
【請求項4】
焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトの合計量が、10%~25%である、請求項1から3のいずれか一項に記載の焼戻しされた被覆鋼板。
【請求項5】
焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトの合計量が、15%以上であり、焼戻しマルテンサイトの百分率が、10%より高い、請求項1から4のいずれか一項に記載の焼戻しされた被覆鋼板。
【請求項6】
残留オーステナイトの炭素含量が、0.9~1.1%である、請求項1から5のいずれか一項に記載の焼戻しされた被覆鋼板。
【請求項7】
900Mpa超の極限引張強さ、18%超の穴伸び率及び17%超の全伸びを有する、請求項1から6のいずれか一項に記載の焼戻しされた被覆鋼板。
【請求項8】
1000Mpa~1100Mpaの極限引張強さ及び20%超の穴広げ率を有する、請求項7に記載の焼戻しされた被覆鋼板。
【請求項9】
次の連続するステップ
請求項1から3のいずれか一項に記載の鋼組成物を用意するステップ、
Ac3超の温度に半製品を再加熱するステップ、
熱間圧延仕上げ温度を750℃~1050℃にすべきオーステナイト域で前記半製品を圧延して、熱間圧延鋼板を得るステップ、
20~150℃/秒の冷却速度で前記鋼板を600℃以下のコイル化温度に冷却し、及び前記熱間圧延鋼板をコイル化するステップ、
前記熱間圧延鋼板を室温に冷却するステップ、
任意選択的に、前記熱間圧延鋼板にスケール除去工程を実施するステップ、
400℃~750℃の温度でアニーリングを熱間圧延鋼板に実施するステップ、
任意選択的に、前記アニーリングされた熱間圧延鋼板にスケール除去工程を実施するステップ、
30~80%の圧延率によって前記アニーリングされた熱間圧延鋼板を冷間圧延して、冷間圧延鋼板を得るステップ、
次いで、1~20℃/秒の速度で前記冷間圧延鋼板をAe1~Ae3のソーキング温度に加熱し、600秒未満の間保持するステップ、
次いで、5℃/秒超の速度で前記板をMs超で475℃未満の温度に冷却し、20~400秒の間このような温度に前記冷間圧延鋼板を保持するステップ、
次いで、200℃/秒以下の冷却速度で前記鋼板を室温に冷却するステップ、
次いで、1℃/秒~20℃/秒の速度で前記アニーリングされた鋼板を440℃~600℃のソーキング温度に再加熱し、100秒未満の間保持し、次いで、焼戻し及び被覆のための浴による亜鉛又は亜鉛合金被覆のときに前記鋼板を溶融めっきするステップ、
1℃/秒~20℃/秒の冷却速度で前記焼戻しされた被覆鋼板を室温に冷却するステップ
を含む、焼戻しされた被覆鋼板の製造の方法であって、
焼戻しされた被覆鋼板が、900Mpa超の極限引張強さ、18%超の穴伸び率及び17%超の全伸びを有する、方法
【請求項10】
コイル化温度が、400℃超である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
車両の構造部品又は安全部品の製造のための、請求項1から8のいずれか一項に記載の鋼板又は請求項9若しくは10に記載の方法によって製造された鋼板の使用
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の製造における使用に適した非常に良好な機械的特性を有する焼戻しされた被覆鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
多大な研究及び開発の努力が、車に使う材料の量を、材料の強度向上によって低減することに費やされている。逆に言えば、鋼板の強度を向上させると、成形性が低下することになるため、高い強度と高い成形性との両方を有する材料の開発が要求されている。
【0003】
このため、TRIP鋼等、非常に良好な成形性を有する数多くの高強度鋼が開発されてきた。最近、高い強度及び高い成形性等の特性を有するTRIP鋼を開発しようとする多大な尽力がなされているが、理由として、TRIP鋼は、延性が高い成分であるフェライト、マルテンサイトと大部分が残留オーステナイトからなるオーステナイトとからできた島状組織(MA)等のより硬い成分、及び最後に、フェライトと島状MAとの中間の機械的強度及び延性を有するベイニティックフェライトマトリックスを含む、TRIP鋼の複雑な組織のため、機械的強度と成形性との間でうまく折り合いをつけたものであるという点がある。
【0004】
TRIP鋼は非常に高い圧密能を有し、これにより、衝突時の変形又は自動車部品の成形中の変形をうまく分配することが可能である。したがって、従来の鋼から製造された部品と同じくらい複雑であるが、改善された機械的特性を有し、これにより、機械的性能に関する同一の機能的仕様に適合するように当該部品の厚さを薄くすることができる、部品を製造することができる。したがって、これらの鋼は、車両の重量低減及び安全性向上の要求に対する効果的な解決策である。熱間圧延鋼板又は冷間圧延鋼板の分野において、この種類の鋼は、特に自動車用の構造部品及び安全部品向けの用途を有する。
【0005】
これらの特性は、単独の又は互いに組み合わさったフェライト、ベイナイト又はマルテンサイトを含み得るが、残留オーステナイト等の他のミクロ組織成分が存在してもよい、マトリックス相からなるこのような鋼の組織と関連付けられている。残留オーステナイトは、ケイ素又はアルミニウムの添加によって安定化されるが、これらの元素は、炭化物の析出を抑制する。残留オーステナイトの存在は、部品への成形前の鋼板に高い延性を与える。後で変形の影響を受けたとき、例えば、1つの軸方向に沿って応力を受けたとき、TRIP鋼製の板材の残留オーステナイトが次第にマルテンサイトに変態していき、実質的な硬化が起こり、ネッキングの出現を遅延させる。
【0006】
800~1000MPa超の引張強さを達成するために、主にベイナイト組織を有する多相鋼が開発されてきた。自動車産業又は一般産業において、このような鋼は、バンパー、クロスメンバ、ピラー、様々な補強材及び耐被削性摩耗部品等の構造部品のために有利に使用される。しかしながら、これらの部品の成形性は、10%超の十分なレベルの全伸びも同時に必要とする。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これらのすべての鋼板は、抵抗と延性との比較的良好なバランスを提示するが、特に被覆鋼板に関しては、現在製造されている鋼を上回る降伏強度及び穴広げ性能の改善が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の目的は、
・900Mpa以上、好ましくは1000Mpa超の極限引張強さと、
・17%以上の全伸びと、
・18%以上の穴広げ率と
を同時に有する鋼板を利用可能にすることによって、課題を解決することである。
【0009】
好ましくは、このような鋼は、成形、特に圧延に対する良好な適性及び良好な溶接性も有し得る。
【0010】
本発明の別の目的は、製造パラメータの変更に対して頑健でありながら従来の工業用途と適合もする、これらの鋼板の製造のための方法を利用可能にすることである。
【0011】
この目的は、請求項1に記載の鋼板を提供することによって達成される。鋼板は、請求項2~8の特徴をさらに含むことができる。別の目的は、請求項9又は10に記載の方法を提供することによって達成される。別の態様は、請求項11~13に記載の部品又は車両を提供することによって達成される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に関する他の特徴及び利点は、本発明に関する下記の詳細な記述から明らかになる。
【0013】
炭素は、0.17%~0.25%の含量で本発明による鋼中に存在する。炭素はガンマ形成元素(gamma-former element)であり、オーステナイトの安定化を促進する。さらに、炭素は、フェライトを硬化させる析出物の形成に関与し得る。好ましくは、炭素含量は、残留オーステナイトによるTRIP効果を得るために少なくとも0.18%であり、溶接性を損なうことがないようにするために最大で0.25%である。有利には、炭素含量は、高い強度と伸び特性との両方を最適化するために、上限と下限を含めて0.18~0.23%である。
【0014】
マンガンは、1.8%~2.3%の含量で本発明による鋼中に存在する。マンガンは、フェライト中の置換型固溶体によって硬化をもたらす元素である。所望の引張強さを得るためには、1.8重量%の最低含量が、必要である。しかしながら、2.3%超のマンガンは、ベイナイトの形成を抑制し、オーステナイトの形成をさらに増進し、後の段階で鋼の機械的特性にとって不都合なマルテンサイトに変態することになる炭素の百分率が低下する。
【0015】
ケイ素は、0.5%~2.0%の含量で本発明による鋼中に存在する。ケイ素は、炭化物の析出を緩やかにし、これにより、残留オーステナイトの安定化のために残留オーステナイト中の炭素の濃縮を可能にすることによって、ミクロ組織の形成において重要な役割を担う。ケイ素は、アルミニウムの役割と相まって、効果的な役割を担うが、これによる最良の結果は、指定の特性に関して、0.5%超の含量レベルのときに得られる。ケイ素含量は、溶融めっき被覆適性を改善するために、2.0重量%に限定されなければならない。ケイ素含量は、好ましくは0.6~1.8%であり、理由として1.8%超の場合、マンガンと組み合わせたケイ素がベイナイトではなく脆いマルテンサイトを形成し得るという点がある。1.8%以下の含量は、溶接に対する非常に良好な適性と、良好な被覆適性とを同時にもたらす。
【0016】
アルミニウムは、0.03%~1.2%、好ましくは0.03%~0.6%の含量で本発明による鋼中に存在する。アルミニウムは、炭化物の析出を大幅に緩やかにすることによって、本発明において重要な役割を担うが、アルミニウムの効果は、ケイ素の効果と相まって、炭化物の析出を十分に抑制し、残留オーステナイトを安定化する。この効果は、アルミニウム含量が0.03%超で1.2%未満である場合に得られる。アルミニウム含量は、好ましくは、0.6%以下である。高いレベルのアルミニウムが耐火材の浸食、及び、圧延の上流側における鋼のキャスティング中にノズルが閉塞する危険性を増進することも、一般に考えられる。過剰な量の場合、アルミニウムは熱間延性を低下させ、連続キャスティング中に欠陥が出現する危険性を高める。キャスティング条件を慎重に制御しない場合、ミクロ偏析及びマクロ偏析による欠陥により、最終的には、アニーリングされた鋼板に中心偏析が起きる。この中心にある帯状組織は、周囲のマトリックスより硬く、材料の成型性に悪影響する。
【0017】
硫黄も残留元素であり、硫黄の含量は可能な限り低く保つべきである。したがって、本発明において、硫黄の含量は、0.03%に限定される。0.03%以上の硫黄含量は、鋼の加工性を低下させるMnS(硫化マンガン)等の硫化物が過剰に存在するため、延性を低下させるが、割れの開始の原因でもある。
【0018】
リンは、最大0.03%の含量で存在することが可能であるが、リンは、固溶体中で硬化するが、特に粒界偏析しやすいこと又はマンガンと共偏析しやすいことを理由にして、スポット溶接及び熱間延性に対する適性を著しく低下させる、元素である。これらの理由のため、リンの含量は、スポット溶接に対する良好な適性及び良好な熱間延性を得るために、0.03%に限定されなければならない。リンも残留元素であり、リンの含量は限定すべきである。
【0019】
任意選択的に、クロムが、最大0.4%の含量、好ましくは0.05%~0.4%の含量で本発明による鋼中に存在してもよい。マンガンと同様に、クロムも、マルテンサイトの形成を促進することにおいて、硬化能を増大させる。この元素は、0.05%超の含量で存在する場合、最小の引張強さを達成するために有用である。クロムが0.4%超である場合、ベイナイトの形成は、オーステナイトが炭素に十分に富化されることがないように遅延される。実際、このオーステナイトは、室温への冷却中に概ね完全にマルテンサイトに変態するであろうし、全伸びは低すぎるであろう。
【0020】
モリブデンは任意選択的な元素であり、最大0.3%まで本発明による鋼に添加することができる。モリブデンは、硬化能及び硬度を設定するときに効果的な役割を担い、ベイナイトの出現を遅延させ、ベイナイト中に炭化物が析出しないようにする。しかしながら、モリブデンの添加は、合金元素の添加のコストを過度に上昇させ、この結果、経済的な理由のため、モリブデンの含量は0.3%に限定される。
【0021】
ニオブは、最大0.04%の含量で鋼中に添加され得る。ニオブは、析出硬化によって本発明による鋼に強度を付与するための炭窒化物の形成に適した元素である。ニオブが加熱中の再結晶を遅延させるため、アニーリングの終了時に形成されるミクロ組織はより微細になり、製品の硬化が起きる。しかしながら、ニオブ含量が0.04%超の場合、炭窒化物の量が多すぎ、これにより、鋼の延性が低下する可能性がある。
【0022】
チタンは、最大0.1%の含量、好ましくは0.005%~0.1%の含量で本発明の鋼中に添加されてもよい、任意選択的な元素である。ニオブと同様に、チタンも、炭窒化物に関与し、したがって、硬化においてある役割を担う。しかしながら、チタンは、キャスティングされた製品の固化中に出現するTiNの形成にも関与する。したがって、Tiの量は、穴広げにとって不都合な粗大なTiNをなくすために、0.1%に限定される。チタン含量が0.005%未満である場合は、このチタン含量により、本発明の鋼にいかなる効果ももたらされることはない。
【0023】
本発明による鋼は、面積の割合により、3~20%の残留オーステナイト、少なくとも15%のフェライト、40~85%のベイナイト及び最低5%の焼戻しマルテンサイトを含み、焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトの合計量が、10~30%である、ミクロ組織を提示する。
【0024】
フェライト成分は、向上した伸びを本発明による鋼に付与する。要求レベルの全伸びを確実に達成するために、フェライトは、900MPa以上の引張強さと、少なくとも17%の全伸び及び18%以上の穴広げ率とを有するように、面積の割合により15%の最低レベルで存在する。フェライトは、加熱段階及び保持段階におけるアニーリング工程段階中に形成され、又はアニーリング後の冷却中に形成される。このようなフェライトは、固溶体中への1種以上の元素の導入によって硬化させることができる。ケイ素及び/又はマンガンは通常、このような鋼に添加され、又は、チタン、ニオブ及びバナジウム等の析出物を形成する元素の導入によって添加される。このような硬化は通常、冷間圧延鋼板のアニーリング中に起きるものであり、したがって、焼戻しステップ前に効果的であるが、加工性を損なうことがない。
【0025】
焼戻しマルテンサイトは、面積の割合により、5%の最低レベル、好ましくは10%で本発明による鋼中に存在する。マルテンサイトは、アニーリング中及びベイナイト変態用の保持工程後の最後の冷却中に形成された不安定なオーステナイトから、ソーキング後の冷却中に形成される。このようなマルテンサイトは、最後の焼戻しステップ中に、焼戻しされた状態になる。このような焼戻しの効果の1つは、マルテンサイトの炭素含量を低下させることであり、したがって、マルテンサイトは、硬さ及び脆さが減じている。焼戻しマルテンサイトは、一次オーステナイトグレーン(grain)に由来した各グレーンの内部で一方向に引き延ばされた微細なラスから構成され、長さが50~200nmの微細な炭化鉄棒状組織が、<111>方向に沿ってラスどうしの間に析出する。このマルテンサイトの焼戻しは、マルテンサイト相とフェライト相又はベイナイト相との硬度のずれを減少させることによって、降伏強度を向上することもできる。
【0026】
焼戻しベイナイトは本発明による鋼中に存在し、このような鋼に強度を付与する。焼戻しベイナイトは、面積の割合により40~85%で鋼中に存在する。ベイナイトは、アニーリングの後でベイナイト変態温度に保持している間に形成される。このようなベイナイトは、粒状ベイナイト、上部ベイナイト及び下部ベイナイトを含み得る。このベイナイトは、焼戻しベイナイトを製造するための最後の焼戻しステップ中に、焼戻しされた状態になる。
【0027】
残留オーステナイトは、TRIP効果を確保するため、及び延性をもたらすために必須の成分である。残留オーステナイトは、単独で含有されてもよいし、又は、マルテンサイト及びオーステナイトからできた島状組織(島状MA)として含有されてもよい。本発明の残留オーステナイトは、面積の割合により3~20%の量で存在し、好ましくは、0.9~1.1%の炭素の百分率を有する。炭素に富んだ残留オーステナイトは、ベイナイトの形成に寄与し、さらには、ベイナイト中における炭化物の形成も抑制する。したがって、残留オーステナイトの含量は、本発明の鋼が、好ましくは17%超の全伸びを有するように十分に延性が高いものであるのに十分なほど高いことが好ましいに違いなく、残留オーステナイトの含量は、20%超の残留オーステナイトの含量が機械的特性の値を低下させるため、20%を超えないようにすべきである。
【0028】
残留オーステナイトは、他の相が強磁性であるのとは逆に常磁性であるオーステナイトを不安定化する熱処理の前後において、鋼の磁気モーメントを測定することからなる、シグマメトリー(sigmametry)と呼ばれる磁気的な方法によって測定される。
【0029】
ミクロ組織の各元素の個別の比率に加えて、焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイトの合計量も、特に焼戻しマルテンサイトの量が10%超の場合において、面積の割合により10~30%、好ましくは10~25%、さらには15%以上でなければならない。これにより、目標の特性が確実に達成される。
【0030】
本発明による鋼板は、任意の適切な製造方法によって製造可能であり、当業者ならば、この製造方法を定めることができる。しかしながら、次の連続するステップ
・本発明による鋼組成物を用意するステップ、
・半製品をAc3超の温度に再加熱するステップ、
・熱間圧延仕上げ温度を750℃~1050℃にすべきオーステナイト域で前記半製品を圧延して、熱間圧延鋼板を得るステップ、
・20~150℃/秒の冷却速度で前記板を600℃以下の冷却温度に冷却し、前記熱間圧延板をコイル化するステップ、
・前記熱間圧延板を室温に冷却するステップ、
・任意選択的に、前記熱間圧延鋼板にスケール除去工程を実施するステップ、
・400℃~750℃の温度でアニーリングを熱間圧延鋼板に実施するステップ、
・任意選択的に、前記アニーリングされた熱間圧延鋼板にスケール除去工程を実施するステップ、
・30~80%の圧延率によって前記アニーリングされた熱間圧延鋼板を冷間圧延して、冷間圧延鋼板を得るステップ、
・次いで、1~20℃/秒の速度で前記冷間圧延鋼板をAe1~Ae3のソーキング温度に加熱し、600秒未満の間保持するステップ、
・次いで、5℃/秒超の速度で前記板をMs超で475℃未満の温度に冷却し、20~400秒の間保持するステップ、
・次いで、200℃/秒以下の冷却速度で前記鋼板を室温に冷却するステップ、
・次いで、1℃/秒~20℃/秒の速度でアニーリングされた鋼板を440℃~600℃のソーキング温度に再加熱し、100秒未満の間保持し、次いで、焼戻し及び被覆のための浴による亜鉛又は亜鉛合金被覆のときに前記鋼板を溶融めっきするステップ、
・1℃/秒~20℃/秒の冷却速度で焼戻しされた被覆鋼板を室温に冷却するステップ
を含む、本発明による方法を使用することが好ましい。
【0031】
特に、本発明者らは、本発明による鋼板の溶融めっきコーティングの前及び最中に最後の焼戻しステップを実施することにより、前記鋼板の他の特性に著しい影響を与えることなく、成形性が向上することを見出した。このような焼戻しステップは、フェライト等の軟質相と、マルテンサイト及びベイナイト等の硬質相との硬度のずれを減少させる。この硬度のずれの低減は、穴広げ及び成形性に関する特性を改善する。さらに、この硬度のずれのさらなる低減は、ケイ素及びマンガンの添加並びに/又はアニーリング中における炭化物の析出により、フェライトの硬度を高めることによって達成される。制御された軟質相の硬化及び硬質相の軟化によって、このような鋼の強度を減少させることなく、成形性の著しい向上が達成される。
【0032】
本発明による方法は、上述した本発明の範囲の化学組成を有する半製品としてキャスティング鋼を用意することを含む。キャスティングは、インゴットになるように実施することもできるし、又は、スラブ若しくはストリップの形態、すなわち、スラブの場合における約220mmからストリップの場合における数十ミリメートルまでの範囲の厚さを有する形態になるように連続的に実施することもできる。例えば、連続キャスティングによって上記化学組成を有するスラブを製造し、熱間圧延に供する。ここで、スラブは、連続キャスティングを用いてインライン方式で直接圧延することもできるし、又は、最初に室温に冷却した後で、Ac3超に再加熱してもよい。
【0033】
熱間圧延を施されるスラブの温度は、一般に1000℃超であるが、1300℃未満でなければならない。本明細書において言及された温度は、スラブにあるすべての箇所がオーステナイト域に確実に到達するように規定されている。スラブの温度が1000℃より低い場合、過剰な荷重が圧延ミルに課される。さらに、スラブの温度は、オーステナイトグレーンの不利益な成長により、粗大なフェライトグレーンが生じ、この結果、これらのグレーンが熱間圧延中に再結晶することが可能な度合いが低下する危険性をなくすために、1300℃を超えないようにしなければならない。さらに、1300℃超の温度は、不都合な厚い層状酸化物が熱間圧延中に形成する危険性を増大させる。仕上げ圧延温度は、熱間圧延が完全にオーステナイト域で実施されることを確実にするために、750℃~1050℃でなければならない。
【0034】
次いで、このようにして得られた熱間圧延鋼板は、20~150℃/秒の速度で600℃未満の温度に冷却される。次いで、鋼板は、600℃の温度より高い場合は粒間酸化の危険性があるため600℃未満のコイル化温度でコイル化される。本発明の熱間圧延鋼板のための好ましいコイル化温度は、400~500℃である。続いて、熱間圧延鋼板が室温に冷却される。
【0035】
必要に応じて、本発明による熱間圧延鋼板は、酸洗い、ブラシによる除去又はスクラビング等、熱間圧延鋼板を対象にする任意の適切な方法によって、スケール除去ステップを施される。
【0036】
スケールの除去が実施された後、鋼板は、コイル中における硬度の均一性を確保するために、400~750℃の温度でのアニーリングステップを施される。このアニーリングは、例えば、12分~150時間継続することができる。アニーリングされた熱間圧延鋼板は、必要に応じてこのようなアニーリング後にスケールを除去するために、任意選択的なスケール除去工程を施されてもよい。その後、アニーリングされた熱間圧延板は、厚さが30~80%薄くなるように冷間圧延される。
【0037】
次いで、冷間圧延鋼板は、アニーリングステップを施されるが、ここで冷間圧延鋼板は、二相間ドメイン(intercritical domain)において、1~20℃/秒の加熱速度、好ましくは2℃/秒超の加熱速度でAe1~Ae3のソーキング温度に加熱され、オーステナイト変態のための疑平衡を確保するために10秒超で600秒未満間保持される。
【0038】
次いで、鋼板は、5℃/秒より高い速度、好ましくは30℃/秒より高い速度において、Ms超で475℃未満の温度に冷却され、20~400秒の間、好ましくは30~380秒の間保持される。このMs~475℃への保持は、ベイナイトを形成するため、マルテンサイトが早期に形成された場合にマルテンサイトを焼戻しするため、及び、炭素中のオーステナイトの富化を容易にするために実施される。20秒未満の間冷間圧延鋼板を保持することは、少なすぎる量のベイナイトをもたらし、十分ではないオーステナイトの富化を起こし、4%より低い量の残留オーステナイトが生じる。一方、400秒超の間冷間圧延鋼板を保持することにより、ベイナイト中に炭化物が析出し、これにより、オーステナイト中の炭素含量が低下し、オーステナイトの安定性が低下する。
【0039】
次いで、鋼板は、200℃/秒以下の冷却速度で室温に冷却される。この冷却中に、不安定な残留オーステナイトは、島状MAの形態のフレッシュマルテンサイトに変態し、目標の引張強さのレベルを本発明の鋼に付与する。
【0040】
次いで、アニーリングされた冷間圧延鋼板は、ストリップの温度を均一化及び安定化すると共に、同時に、ミクロ組織の焼戻しも開始するために、100秒未満の間、1℃/秒~20℃/秒、好ましくは2℃/秒超の加熱速度において、440~600℃、好ましくは440~550℃のソーキング温度に加熱される。
【0041】
次いで、アニーリングされた冷間圧延鋼板は、焼戻し工程が進行している間に液体状のZnの浴に送り込むことにより、亜鉛又は亜鉛合金によって被覆される。Zn浴の温度は通常、440~475℃である。この後、焼戻しされた被覆鋼板が得られる。この焼戻し工程は、ベイナイト相及びマルテンサイト相の焼戻しを確実にするが、炭素の拡散によって最終的な残留オーステナイト含量及びマルテンサイト含量を設定するためにも用いられる。
【0042】
この後、焼戻しされた被覆鋼板は、1~20℃/秒、好ましくは5~15℃/秒の冷却速度で室温に冷却される。
【実施例
【0043】
本明細書において提供されている下記の試験及び例は、本質的に制限を加えるものではなく、例示を目的としたものにすぎないと考えなければならず、本発明の有利な特徴を提示し、広範囲にわたる実験後に本発明者らによって選択されたパラメータの有意性を解説し、さらには、本発明による鋼によって達成され得る特性も確定させる。
【0044】
表1にまとめられている組成並びに表2及び表3にまとめられている加工パラメータを有する、本発明による鋼板及びいくつかの比較用グレードによる鋼板の試料を調製した。これらの鋼板に対応するミクロ組織は表4にまとめられており、特性は表5にまとめた。
【0045】
表1:試行の組成
【0046】
【表1】
【0047】
表2及び表3:試行の工程パラメータ
アニーリング処理を実施する前に、すべての本発明の鋼及び基準品を1000℃~1280℃の温度に再加熱し、次いで、850℃超の仕上げ圧延温度によって熱間圧延を施した後、580℃未満の温度でコイル化した。次いで、熱間圧延コイルを上述のように加工した後、厚さが30~80%薄くなるように冷間圧延した。次いで、これらの冷間圧延鋼板を、下記に示すアニーリングステップ及び焼戻しステップに供した。
【0048】
【表2】
【0049】
表3:試行の焼戻し工程パラメータ
【0050】
【表3】
【0051】
表4:試料のミクロ組織
すべての試料の最終的なミクロ組織は、通常の規格に従って実施される試験を用いて、走査型電子顕微鏡等の相異なる顕微鏡によって判定された。結果は、下記にまとめられている。
【0052】
【表4】
【0053】
表5:試料の機械的特性
すべての本発明の鋼及び比較用の鋼に関する下記の機械的特性を判定した。
【0054】
YS:降伏強度
UTS:極限引張強さ
Tel:全伸び
HER:穴広げ率
【0055】
【表5】
【0056】
これらの例は、本発明による鋼板のみが、特定の組成及びミクロ組織により、目標とするすべての特性を示すものであることを示している。