(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-08
(45)【発行日】2022-08-17
(54)【発明の名称】誘電体膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/475 20060101AFI20220809BHJP
C01G 29/00 20060101ALI20220809BHJP
C04B 35/462 20060101ALI20220809BHJP
【FI】
C04B35/475
C01G29/00
C04B35/462
(21)【出願番号】P 2018149084
(22)【出願日】2018-08-08
【審査請求日】2021-03-26
(31)【優先権主張番号】P 2018006162
(32)【優先日】2018-01-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【氏名又は名称】須田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100129229
【氏名又は名称】村澤 彰
(72)【発明者】
【氏名】土井 利浩
(72)【発明者】
【氏名】曽山 信幸
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-136487(JP,A)
【文献】特開平09-069614(JP,A)
【文献】特開2007-084408(JP,A)
【文献】特開2011-238710(JP,A)
【文献】特開2016-187019(JP,A)
【文献】特開2007-099618(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/475
C01G 29/00
C04B 35/462
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Bi、K及びTiを少なくとも含む液組成物を基板上に塗布した塗膜を仮焼成して仮焼成膜を作製しこの仮焼成膜を焼成することにより金属酸化物からなる誘電体膜を製造する方法であって、
Sr及びZrを更に含み、
前記Biの原料が2-エチルヘキサン酸ビスマスであり、
前記仮焼成膜の焼成時に500℃から600℃までの昇温速度を30℃/秒以上にする
ことを特徴とする誘電体膜の製造方法。
【請求項2】
Naを更に含む請求項1記載の誘電体膜の製造方法。
【請求項3】
前記液組成物が一般式:y(Bi
tK
sTiO
3)-(1-y)(Sr
mZr
nO
3)又はy(Bi
t(Na、K)
sTiO
3)-(1-y)(Sr
mZr
nO
3)(但し、0.9≦y≦1、0.4≦t≦0.6、0.4≦s≦0.6、0.9≦m≦1.1、0.9≦n≦1.1)で示される化合物である請求項
1又は2記載の誘電体膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Pbを含まず、Bi、K及びTiを少なくとも含む液組成物を用いてボイドのない緻密な誘電体膜を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、(1-x)Bi0.5Na0.5TiO3-xBi0.5K0.5TiO3[BNT-BKT]薄膜を、ゾルゲル法及び急速アニールにより基板上に堆積する、鉛フリーの強誘電体薄膜の合成方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照。)。この強誘電体薄膜を合成するために、(1-x)Bi0.5Na0.5TiO3-xBi0.5K0.5TiO3のxが0から0.2まで変化する薄膜(BNT-BKT)を、ゾルゲル法及び急速アニールにより合成した。具体的には、先ず、空気中70℃で、99.5%の硝酸ビスマス[Bi(NO3)3・5H2O]と、99.5%の硝酸ナトリウム[NaNO3]と、99%の硝酸カリウム[KNO3]を酢酸に適量溶解することにより、前駆体溶液を準備した。次いで、空気中の水分による加水分解を防ぐために、アセチルアセトン(99%)をチタンイソプロポキシド[Ti(OC3H7)4](98%、スチームケミカルズ)に添加して安定な溶液を形成した。次に、化学量論量のチタンイソプロポキシド溶液を硝酸塩の溶液に室温で添加した。そして、0.25モル/dm3の極性濃度を有する透明で安定な黄色前駆体溶液が得られるまで、混合物を絶えず攪拌した。更に、上記前駆体溶液を、Si基板上にSiO2膜及びTi膜を介して形成されたPt膜上に3000rpmの回転速度で20秒間スピンコートして塗膜を形成した後、塗膜を空気中のホットプレート上で250℃に5分間保持して乾燥させた後、酸素雰囲気の急速熱処理装置(RTP)中で700℃に5分間保持して急速アニールした。このプロセス、即ち上記スピンコート、乾燥及び急速アニールを6回繰り返して、厚さ約600nmの厚膜を得た。
【0003】
このように合成された強誘電体薄膜は、Pt電極上に良好に堆積され、Bi0.5Na0.5TiO3とBi0.5K0.5TiO3との間のモルフォトロピック相境界(MPB)がx=約0.15で決定され、更にMPBの近くにおいて、薄膜の粒度が最大となり、薄膜の誘電率εが360と最大値を示し、薄膜の分極値Prが13.8μC/cm2と最大値を示した。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】T. Yu, K. W. Kwok, H. L. W. Chan, "The synthesis of lead-free ferroelectric Bi0.5Na0.5TiO3-Bi0.5K0.5TiO3 thin films by sol-gel method", material letters 61 (2007) 2117-2120
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記従来の非特許文献1に示された強誘電体薄膜の合成方法では、Bi原料として硝酸ビスマスを用いているため、強誘電体薄膜は緻密であるけれども、前駆体溶液の濡れ性が悪く、強誘電体薄膜に欠陥が発生し易い不具合があった。このため、前駆体溶液の大面積基板へのスピンコーティングによる塗布は困難となる問題点があった。
【0006】
本発明の目的は、液組成物の基板への濡れ性が良好であり、かつ緻密で欠陥のない誘電体膜が得られる、誘電体膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、2-エチルヘキサン酸ビスマスとカリウム原料を反応させると、熱分解性の悪い液組成物(ゾルゲル液)になる、即ち誘電体膜中にKが含まれていると、500℃前後に加熱したときに炭酸塩が生成し易く、炭素鎖も除去され難いことを赤外分光法により確認した。これらの現象は、速度論的に説明が可能であり、安定で熱分解し難い炭酸塩やその他の異相が、ペロブスカイト相の形成前に生成することが主要因であると推測し、昇温速度を変化させる試験を実施したところ、2-エチルヘキサン酸ビスマスを用いて調製した液組成物では、焼成時における500℃から600℃までの温度帯を30℃/秒未満の速度で昇温すると、誘電体膜中に炭酸塩が形成され、ボイドの生成や結晶性の悪化につながることを見出した。換言すると、上記液組成物を用いて緻密で結晶性の良好な誘電体膜を得るには上記温度帯を30℃/秒以上の速度で昇温することが必要であることを知見して、本発明をなすに至った。
【0008】
本発明の第1の観点は、Bi、K及びTiを少なくとも含む液組成物を基板上に塗布した塗膜を仮焼成して仮焼成膜を作製しこの仮焼成膜を焼成することにより金属酸化物からなる誘電体膜を製造する方法であって、Sr及びZrを更に含み、Biの原料が2-エチルヘキサン酸ビスマスであり、前記仮焼成膜の焼成時に500℃から600℃までの昇温速度を30℃/秒以上にすることを特徴とする。
【0010】
本発明の第2の観点は、第1の観点に基づく発明であって、更にNaを更に含むことを特徴とする。
【0012】
本発明の第3の観点は、第1又は第2の観点に基づく発明であって、更に液組成物が一般式:y(BitKsTiO3)-(1-y)(SrmZrnO3)又はy(Bit(Na、K)sTiO3)-(1-y)(SrmZrnO3)(但し、0.9≦y≦1、0.4≦t≦0.6、0.4≦s≦0.6、0.9≦m≦1.1、0.9≦n≦1.1)で示される化合物であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の第1の観点の誘電体膜の製造方法では、Biの原料として2-エチルヘキサン酸ビスマスを用いたので、液組成物の基板への濡れ性が良好である。また、仮焼成膜の焼成時に500℃から600℃までの昇温速度を30℃/秒以上にしたので、安定で熱分解し難い炭酸塩やその他の異相が、ペロブスカイト相の形成前に生成しない。この結果、誘電体膜中に炭酸塩が形成されないので、誘電体膜中にボイドが生成されず、誘電体膜の結晶性が良好になり、緻密で欠陥のない誘電体膜が得られる。
また、本発明の第1の観点の誘電体膜の製造方法では、Sr及びZrを更に含むので、より高い圧電特性を得ることができるという特長がある。
【0015】
本発明の第2の観点の誘電体膜の製造方法では、Naを更に含むので、より高い圧電特性を得ることができるという特長がある。
【0017】
本発明の第3の観点の誘電体膜の製造方法では、液組成物が一般式:y(BitKsTiO3)-(1-y)(SrmZrnO3)又はy(Bit(Na、K)sTiO3)-(1-y)(SrmZrnO3)(但し、0.9≦y≦1、0.4≦t≦0.6、0.4≦s≦0.6、0.9≦m≦1.1、0.9≦n≦1.1)で示される化合物であり、非鉛であるので、鉛系材料の誘電体膜と比較して環境負荷が小さいという特長がある。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に本発明を実施するための形態を説明する。本実施の形態の誘電体膜を製造するための液組成物は、Bi、K及びTiを少なくとも含む。この液組成物は、一般式:BixK1-xTiO3(0.4≦x≦0.6)で示される化合物であることが好ましい。ここで、上記一般式において、xを0.4≦x≦0.6の範囲内に限定したのは、0.4未満では化学量論比からのずれが大き過ぎるため十分な電気特性が得られず、0.6を超えると十分な電気特性が得られないからである。また、上記金属元素の他にNaを更に含んでもよい。更に、上記金属元素の他に、Naとともに、Sr及びZrを更に含んでもよく、或いはNaを含まずに、Sr及びZrを更に含んでもよい。ここで、Naを更に含むと、より高い圧電特性が得られるという利点があり、Sr及びZrを更に含むと、より高い圧電特性が得られるという利点がある。Naを更に含む液組成物は、一般式:Bix(NayK1-y)1-xTiO3(0.4≦x≦0.6、0.1≦y≦0.9)で示される化合物であることが好ましい。ここで、xを0.4≦x≦0.6の範囲内に限定したのは、0.4未満では化学量論比からのずれが大き過ぎるため十分な電気特性が得られず、0.6を超えると十分な電気特性が得られないからである。また、yを0.1≦y≦0.9の範囲内に限定したのは、0.1未満又は0.9を超えると十分な圧電特性が得られないからである。一方、Naとともに、Sr及びZrを更に含む液組成物は、一般式:y(BitKsTiO3)-(1-y)(SrmZrnO3)又はy(Bit(Na、K)sTiO3)-(1-y)(SrmZrnO3)(但し、0.9≦y≦1、0.4≦t≦0.6、0.4≦s≦0.6、0.9≦m≦1.1、0.9≦n≦1.1)で示される化合物であることが好ましい。ここで、y、t、s、m、nを0.9≦y≦1、0.4≦t≦0.6、0.4≦s≦0.6、0.9≦m≦1.1、0.9≦n≦1.1の範囲内に限定したのは、十分な圧電定数を得るにはこの範囲内の組成で膜を形成する必要があるからである。
【0019】
Biの原料としては、2-エチルヘキサン酸ビスマスが用いられる。ここで、Biの原料として2-エチルヘキサン酸ビスマスを用いたのは、液組成物の基板への濡れ性を良好にするためである。Kの原料としては、酢酸カリウム、2-エチルヘキサン酸カリウム、カリウムエトキシド、カリウムターシャリーブトキシド等が挙げられる。また、Ti原料としては、チタンテトラエトキシド:Ti(OEt)4、チタンテトライソプロポキシド:Ti(OiPr)4、チタンテトラn-ブトキシド:Ti(OiBu)4、チタンテトライソブトキシド:Ti(OiBu)4、チタンテトラt-ブトキシド:Ti(OtBu)4、チタンジメトキシジイソプロポキシド:Ti(OMe)2(OiPr)2等が挙げられる。更に、Na原料としては、ナトリウムメトキシド:Na2(OMe)、ナトリウムエトキシド:Na2(OEt)、ナトリウムt-ブトキシド:Na2(OtBu)等が挙げられる。
【0020】
このように構成された液組成物の調製方法を説明する。
(1) Bi、K及びTiを含む誘電体膜、又はBi、Na、K及びTiを含む誘電体膜を作製する場合
Bi、K及びTiを含む誘電体膜、又はBi、Na、K及びTiを含む誘電体膜を作製するために、液組成物の調製プロセス中の揮発分を補填して、即ちBi及びK、又はBi、Na及びKをある程度過剰に添加して液組成物を合成する。先ず、Ti原料とアセチルアセトン、エタノール、1-ブタノール等の溶媒を所定の割合で混合し、80℃~160℃で30分間~180分間還流を行って第1混合液を調製する。次いで、この第1混合液に、エタノール、1-ブタノール、酢酸等の溶媒と、酢酸カリウム(K原料)と、ナトリウムエトキシド(Na原料)を混合し、80℃~160℃で30分間~180分間還流を行って第2混合液を調製する。次に、この第2混合液に2-エチルヘキサン酸ビスマス(Bi原料)を加え、80℃~160℃で30分間~180分間還流を行って第3混合液を調製した後、この第3混合液を80℃~160℃で加熱しながら減圧を行い、第3混合液中の溶媒を半分程度除去する。更に、この第3混合液を1-プロパノール、エタノール、1-ブタノール等の溶媒で希釈し、酸化物濃度で5質量%~10質量%まで希釈して液組成物を得る。ここで、酸化物濃度とは、液組成物に含まれている金属元素が全て安定な酸化物になったと仮定したときの濃度である。即ち、液組成物中に存在する金属元素Bi、Na、K及びTiが、それぞれBi2O3、Na2O、K2O、TiO2であると仮定したときの濃度である。
【0021】
(2) Bi、Na、K及びTiに、Sr及びZrを更に含む誘電体膜を作製する場合
先ず、ナトリウムエトキシド、ナトリウムターシャリーブトキシド等のNa原料と、カリウムエトキシド、カリウムターシャリーブトキシド等のK原料と、エタノール、メタノール等の溶媒とを所定の割合で混合して、室温で30分間~60分間撹拌することにより懸濁液を調製する。次いで、この懸濁液に、テトラチタンイソプロポキシド、テトラチタンブトキシド等のTi原料と、ジルコニウムブトキシド等のZr原料とを添加し、30分間~60分間還流を行って第1混合液を調製する。この第1混合液に、2-エチルヘキサン酸ビスマス等のBi原料と、酢酸ストロンチウム0.5水和物、硝酸ストロンチウム等のSr原料と、プロピレングリコール、エチレングリコール等のジオールを添加し、30分間~60分間還流を行って第2混合液を調製する。次に、この第2混合液にアセチルアセトン等の安定化剤を添加し、30分間~60分間還流を行って第3混合液を調製する。この第3混合液から溶媒を脱離して、エタノール等の溶媒及び反応副生成物を除去した後、プロピレングリコール、エチレングリコール等のジオールを添加し、酸化物換算で8質量%~12質量%まで希釈する。更に、この希釈した液に、2-ジメチルアミノエタノール、1-エタノールアミン等の安定化剤を、Ti:安定化剤がモル比で1:1となるように添加し、続けて1-ブタノール、エタノール等で液を酸化物換算で4質量%~10質量%まで希釈した後、得られた液をフィルタでろ過することによりゴミを取除いて、液組成物を得る。
【0022】
一方、上記液組成物を塗布するために、例えばPt電極付きシリコンウェーハを用意する。具体的には、先ず、シリコンウェーハ表面に厚さ100nm~500nmの熱酸化膜を形成する。次に、この熱酸化膜上にスパッタリング法により厚さ10nm~30nmのTi膜を形成した後、酸素雰囲気中で赤外線急速加熱装置(RTA)により700℃~800℃の温度に1分間~3分間保持して焼成することによりTiOx膜を形成する。更に、TiOx膜上に厚さ100nm~200nmのPt電極を形成して、Pt電極付きシリコンウェーハを得る。
【0023】
上記液組成物を用いてPt電極付きシリコンウェーハ上に誘電体膜を作製する方法を説明する。先ず、液組成物をメンブレンフィルタでろ過した後、この液組成物を2000rpm~3000rpmの速度でスピンコーティングを行って、Pt電極付きウェーハ上に塗膜を形成する。ここで、液組成物のBiの原料として2-エチルヘキサン酸ビスマスを用いたので、液組成物の基板への濡れ性が良好である。次に、この塗膜をホットプレート等の加熱装置により300℃~400℃の温度に3分間~10分間保持して仮焼成することにより、厚さ約50nm~100nmの仮焼成膜を作製する。この操作を複数回繰り返して厚さ100nm~200nmの仮焼成膜を得る。ここで、塗膜の仮焼成温度を300℃~400℃の範囲内に限定したのは、300℃未満では脱脂が不十分であり誘電体膜中に炭素が残り易く、400℃を超えると精密な温度制御が難しく均質な誘電体膜を得ることが困難になるからである。塗膜の仮焼成時間を3分間~10分間の範囲内に限定したのは、3分間未満では脱脂が不十分であり誘電体膜中に炭素が残り易く、10分間を超えると生産性が悪いからである。また、1回の仮焼成により形成された仮焼成膜の厚さを50nm~100nmの範囲内に限定したのは、50nm未満では生産性が悪く、100nmを超えるとクラックが発生し易くなるからである。更に、複数回の仮焼成を繰り返した後の仮焼成膜の厚さを100nm~200nmの範囲内に限定したのは、100nm未満では生産性が悪いという不具合があり、200nmを超えるとクラックが発生し易いという不具合があるからである。
【0024】
更に、表面に仮焼成膜が形成されたウェーハを酸素雰囲気中でRTAにより室温から650℃~800℃の範囲内の所定温度まで昇温して、この温度に所定時間保持する。詳しくは、室温から500℃まで10℃/秒~100℃/秒の速度で昇温し、本発明の特徴ある温度範囲である500℃から600℃まで30℃/秒以上の速度で昇温した後、600℃から650℃~800℃の範囲内の所定温度まで10℃/秒~100℃/秒の速度で昇温し、650℃~800℃の範囲内の所定温度に1分間~10分間の範囲内の所定時間保持することにより、ウェーハ表面に誘電体膜を作製する。ここで、仮焼成膜の焼成時の昇温速度のうち500℃から600℃までの昇温速度を30℃/秒以上に限定したのは、30℃/秒未満では速度論的に炭酸塩の生成が優勢になり、誘電体膜がポーラスになってしまうからである。500℃から600℃までの昇温速度は、速ければ速いほど良いが、100℃/秒以上の出力を有するRTAでは、装置コストが高くなるため、100℃/秒以下であることが好ましい。また、室温から500℃までの昇温速度を10℃/秒~100℃/秒の範囲内に広く設定し、600℃から650℃~800℃の範囲内の所定温度までの昇温速度を10℃/秒~100℃/秒の範囲内に広く設定したのは、特に限定する必要がないためであり、昇温速度の制御性等を考慮すると、本発明の特徴ある温度範囲である500℃から600℃までの昇温速度と同一にした方が好ましい。また、仮焼成膜の焼成温度を650℃~800℃の範囲内の所定温度に限定したのは、650℃未満では十分に結晶化が進行せず、800℃を超えると下部電極が劣化してしまうからである。更に、仮焼成膜の焼成時間を3分間~10分間の範囲内の所定時間に限定したのは、3分間未満では十分な脱脂を行うことができず誘電体膜中に炭素が残り易く、10分間を超えると生産性が悪いからである。
【0025】
このように作製された誘電体膜では、仮焼成膜の焼成時に500℃から600℃までの昇温速度を30℃/秒以上にしたので、安定で熱分解し難い炭酸塩やその他の異相が、ペロブスカイト相の形成前に生成しない。この結果、誘電体膜中に炭酸塩が形成されないので、誘電体膜中にボイドが生成されず、誘電体膜の結晶性が良好になり、緻密で欠陥のない誘電体膜が得られる。
【実施例】
【0026】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0027】
<実施例1>
Bi、Na、K及びTiを含む誘電体膜を作製するために、プロセス中の揮発分を補填して、即ちBiを8質量%、Na及びKを16質量%過剰に添加して、Bi0.54(Na0.8K0.2)0.58TiO3となるように液組成物を合成した。具体的には、先ず、チタンイソプロポキシド(Ti原料)とアセチルアセトンをモル比で1:2として混合し、150℃で30分間還流を行って第1混合液を調製した。次いで、この第1混合液に、エタノール、酢酸カリウム(K原料)及びナトリウムエトキシド(Na原料)を混合し、150℃で30分間還流を行って第2混合液を調製した。次に、この第2混合液に2-エチルヘキサン酸ビスマス(Bi原料)を加え、150℃で30分間還流を行って第3混合液を調製した後、この第3混合液を150℃で加熱しながら減圧を行い、第3混合液中のエタノールを半分除去した。更に、この第3混合液を1-プロパノールで希釈し、酸化物濃度で8質量%まで希釈して液組成物を得た。ここで、酸化物濃度とは、液組成物に含まれている金属元素が全て安定な酸化物になったと仮定したときの濃度である。即ち、液組成物中に存在する金属元素Bi、Na、K及びTiが、それぞれBi2O3、Na2O、K2O、TiO2であると仮定したときの濃度である。
【0028】
一方、上記液組成物を塗布するためのPt電極付きシリコンウェーハを用意した。具体的には、先ず、直径4インチのシリコンウェーハ表面に厚さ500nmの熱酸化膜を形成した。次に、この熱酸化膜上にスパッタリング法により厚さ20nmのTi膜を形成した後、酸素雰囲気中で赤外線急速加熱装置(RTA)により700℃の温度に1分間保持して焼成することによりTiO2膜を形成した。更に、TiO2膜上に厚さ200nmのPt電極を形成して、Pt電極付きシリコンウェーハを得た。
【0029】
そして、上記液組成物をメンブレンフィルタでろ過した後、この液組成物を3000rpmの速度でスピンコーティングを行って、Pt電極付きウェーハ上に塗膜を形成した。スピンコーティング時の滴下時間は30秒とした。次に、この塗膜をホットプレートにより350℃の温度に5分間保持して仮焼成することにより、厚さ約67nmの仮焼成膜を作製した。この操作を3回繰り返して厚さ約200nmの仮焼成膜を得た。更に、表面に仮焼成膜が形成されたウェーハを酸素雰囲気中でRTAにより室温から700℃まで50℃/秒の速度で昇温した後、700℃に1分間保持することにより、ウェーハ表面に誘電体膜を作製した。この誘電体膜を実施例1とした。
【0030】
<実施例2~7及び比較例1~5>
実施例2~7及び比較例1~5は、Bi原料として表1に示す原料を用い、Bi、Na、K及びTiの金属原子比が表1に示す金属原子比になるように各原料を配合して、液組成物をそれぞれ調製し、仮焼成膜の焼成時の昇温速度を表1に示す値としたこと以外は、実施例1と同様にして誘電体膜を作製した。
【0031】
<実施例8>
先ず、フラスコに、エタノール(溶媒)と、ナトリウムエトキシド(Na原料)と、カリウムエトキシド(K原料)とを入れ、室温で30分間撹拌することにより赤褐色の懸濁液を得た。次いで、この懸濁液にテトラチタンイソプロポキシド(Ti原料)と、ジルコニウムブトキシド(Zr原料)とを添加し、30分間還流を行って第1混合液を調製した。この第1混合液に、2-エチルヘキサン酸ビスマス(Bi原料)と、酢酸ストロンチウム0.5水和物(Sr原料)と、プロピレングリコール(ジオール)とを添加し、30分間還流を行って第2混合液を調製した。次に、この第2混合液にアセチルアセトン(安定化剤)を添加し、30分間還流を行って第3混合液を調製した。この第3混合液から溶媒を脱離して、エタノール(溶媒)及び反応副生成物を除去した後、プロピレングリコール(ジオール)を添加し、酸化物換算で15質量%まで希釈した。更に、この希釈した液に安定化剤として2-ジメチルアミノエタノールを、Ti:安定化剤がモル比で1:1となるように添加し、続けて1-ブタノールで液を酸化物換算で8質量%まで希釈した後、得られた液をフィルタでろ過することによりゴミを取除いて、液組成物を得た。そして、この液組成物を用いて、実施例1と同様の方法で誘電体膜を作製した。この誘電体膜を実施例8とした。
【0032】
<実施例9~12、比較例6及び比較例7>
実施例9~12、比較例6及び比較例7は、金属原子比を表1に示す金属原子比になるように原料を配合して、液組成物を調製するか(実施例11及び実施例12)、仮焼成膜の焼成時の昇温速度を表1に示す値に変更した(実施例9~12、比較例6及び比較例7)こと以外は、実施例1と同様にして誘電体膜を作製した。
【0033】
<比較試験1及び評価>
実施例1~12及び比較例1~7の誘電体膜のボイド率及びピンホールの有無を調べた。上記ボイド率は、誘電体膜の断面をSEM(走査型電子顕微鏡:Scanning Electron Microscope)により観察し、その断面像を画像解析することにより膜部分の画像面積及び膜中のボイド部分の画像面積を算出し、[(ボイド部分の画像面積)/(膜部分の画像面積)]×100という計算を行うことにより、ボイド率(%)を算出した。また、ピンホールの有無は、誘電体膜の表面を目視により観察し、ピンホールが全く無いものを『無し』とし、ピンホールが1個以上あるものを『有り』とした。その結果を表1に示す。なお、表1のBi原料の欄において、『A』は2-エチルヘキサン酸ビスマスを示し、『B』は硝酸ビスマス五水和物を示す。また、誘電体膜のBi、Na、K、Ti、Sr及びZrの金属原子比を、液組成物のBi、Na、K、Ti、Sr及びZrの金属原子比とともに、表2に示した。更に、誘電体膜の金属原子比は蛍光X線装置(リガク社製、型式名:Primus III+)によって測定した。
【0034】
【0035】
【0036】
表1から明らかなように、焼成時の昇温速度が10~25℃/秒と適切な範囲(30℃/秒以上)より小さい比較例1~3、6及び7の誘電体膜では、ピンホールは無かったけれども、ボイド率が19~32%と大きくなったのに対し、焼成時の昇温速度が30~100℃/秒と適切な範囲(30℃/秒以上)内である実施例1~12では、ピンホールは無く、かつボイド率も2~12%と小さくなった。また、液組成物のBi、Na、K、Ti、Sr及びZrの金属原子比が0.54:0.464:0.116:1:0:0であり、かつ液組成物のBi原料として硝酸ビスマス五水和物を用いた比較例4及び5の誘電体膜では、焼成時の昇温速度の大きさに拘らず、ボイド率が8%及び9%と小さくなったけれども、ピンホールが発生した。これらに対し、液組成物のBi、Na、K、Ti、Sr及びZrの金属原子比が0.54:0.464:0.116:1:0:0であり、かつ液組成物のBi原料として2-エチルヘキサン酸ビスマスを用いた実施例1~3の誘電体膜では、焼成時の昇温速度が30~100℃/秒と適切な範囲(30℃/秒以上)内であるときに、ピンホールが無く、かつボイド率も4~12%と小さくなった。これらのことから、Bi原料が2エチルヘキサン酸ビスマスであるときのみ、誘電体膜の緻密化に30℃/秒以上の昇温速度が必要であることを確認できた。
【0037】
また、液組成物のBi、Na、K、Ti、Sr及びZrの金属原子比が0.54:0:0.58:1:0:0であり、かつ焼成時の昇温速度が25℃/秒と適切な範囲(30℃/秒以上)より小さい比較例3の誘電体膜では、ピンホールは無かったけれども、ボイド率が19%と大きくなったのに対し、液組成物のBi、Na、K、Ti、Sr及びZrの金属原子比が0.54:0:0.58:1:0:0であり、かつ焼成時の昇温速度が50℃/秒と適切な範囲(30℃/秒以上)内である実施例7では、ピンホールは無く、かつボイド率も2%と極めて小さくなった。このことから、昇温速度を30℃/秒以上にしなければ、誘電体膜の緻密化が進行しないことを確認できた。
【0038】
更に、表1及び表2から明らかなように、液組成物がSr及びZrを含み、液組成物のBi、Na、K、Ti、Sr及びZrの金属原子比が0.54:0.464:0.116:0.975:0.025:0.025であり、かつ焼成時の昇温速度が25℃/秒と適切な範囲(30℃/秒以上)より小さい比較例6及び7の誘電体膜では、誘電体膜のBiの金属原子比が0.490~0.499と液組成物のBiの金属原子比0.54からの低下率が大きかったのに対し、液組成物がSr及びZrを含み、液組成物のBi、Na、K、Ti、Sr及びZrの金属原子比が0.54:0.464:0.116:0.975:0.025:0.025であり、かつ焼成時の昇温速度が30℃/秒~100℃/秒と適切な範囲(30℃/秒以上)内である実施例8~12の誘電体膜では、これらの誘電体膜のBiの金属原子比が0.502~0.508と液組成物のBiの金属原子比0.54からの低下率は小さくなった。これは、Sr及びZrを添加することにより結晶化速度が速くなったことが要因であると考えられる。
【0039】
なお、実施例1~12の仮焼成膜の焼成時において、室温から500℃までの昇温速度を15℃/秒とし、500℃から600℃までの昇温速度を表1に記載された昇温速度とし、600℃から700℃までの昇温速度を15℃/秒としたとき、誘電体膜のボイド率は、表1に記載された実施例1~12の値とほぼ同一であり、ピンホールは無かった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の誘電体膜の製造方法は、キャパシタ、インクジェットヘッド、ミラーデバイス、オートフォーカス、ジャイロセンサ、マイクロポンプなどのMEMS(Microelectromechanical Systems)アプリケーション用の誘電体膜を製造するために利用できる。