(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-08
(45)【発行日】2022-08-17
(54)【発明の名称】銅合金粉末
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20220101AFI20220809BHJP
B22F 1/16 20220101ALI20220809BHJP
B22F 1/17 20220101ALI20220809BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20220809BHJP
B22F 10/34 20210101ALI20220809BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20220809BHJP
C22C 1/04 20060101ALI20220809BHJP
C22C 9/04 20060101ALI20220809BHJP
C22C 9/06 20060101ALI20220809BHJP
【FI】
B22F1/00 L
B22F1/16
B22F1/17
B22F10/28
B22F10/34
B33Y70/00
C22C1/04 A
C22C9/04
C22C9/06
(21)【出願番号】P 2020187490
(22)【出願日】2020-11-10
【審査請求日】2022-06-17
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 優樹
(72)【発明者】
【氏名】加藤 純
(72)【発明者】
【氏名】長友 義幸
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/199110(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/062527(WO,A1)
【文献】特開2019-522730(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-12/90
C22C 1/04- 1/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Znを14質量%以上42質量%以下含有し、Niを
8質量%以上50質量%以下含有する銅合金からなることを特徴とする銅合金粉末。
【請求項2】
前記銅合金粉末におけるCuの含有量が45質量%以上95質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の銅合金粉末。
【請求項3】
Mnを7質量%以下含有することを特徴とする
請求項1または請求項2に記載の銅合金粉末。
【請求項4】
粉末表面のXPS分析におけるCuとOのピークから求めたそれぞれの元素の存在比率Cu/Oが0.10以上であることを特徴とする
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項5】
粉末表面のXPS分析におけるCuのピークのうち、CuとCu
2Oの合計(Cu+Cu
2O)とCuOの比率(Cu+Cu
2O)/CuOが1以上であることを特徴とする
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項6】
粉末表面のXPS分析におけるCuのピークのうちCuOの比率が40%以下であることを特徴とする
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項7】
表面に形成された表面酸化生成物皮膜の厚みが3μm以下であることを特徴とする
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項8】
体積平均粒径が10μm以上150μm以下であることを特徴とする
請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項9】
粉末ゆるみかさ密度Da、粉末真密度Dtの比、Da/Dtが0.4以上であることを特徴とする
請求項1から請求項8のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項10】
積層造形用であることを特徴とする
請求項1から請求項9のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項11】
抗菌性を有することを特徴とする
請求項1から請求項10のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅合金粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、銅及び銅合金の抗菌作用に注目が集まっているなかで、様々な立体形状を有する製品の造形や、既存部品へのコーティングを容易にするために、抗菌作用を有する銅及び銅合金の金属AM(Additive Manufactuaring)への適用が期待されている。この金属AMのうち、レーザーを用いたSLM(セレクティブレーザーメルティング)法が広く用いられている。
【0003】
例えば、以下の特許文献1に開示されているような、クロムと珪素のいずれかを有する銅合金粉末、特許文献2に開示されているような、CrとZrを有する銅合金粉末を用いて、金属AMによる積層造形物を作成する技術が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-211062号公報
【文献】特開2019-70169号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1や特許文献2に記載の技術による積層造形物には銅の酸化を防ぐことのできる元素は含まれていない。このため、例えば抗菌作用が求められるドアノブとして利用した場合には、積層造形時の酸化反応、大気との反応や使用者の皮脂や水分との接触により、ドアノブが容易に変色するという問題を抱えている。
更に、酸化しやすい場合は大気との反応等により粉末自体の変色(酸化皮膜形成)が起きてしまうことが懸念される。その際、レーザー溶融式の積層造形を行う場合に、酸化被膜の有無や形態、厚さによりレーザーの吸収性が粉末間で変動してしまい、溶融挙動が安定せず、安定した品質の造形物を得られないという問題点があった。また、粉末床溶融結合方式(PBF)においては、銅粉末の耐酸化性が低い場合、未溶融の銅粉末も溶融部からの伝熱によって大気と反応して酸化してしまうという問題があり、未溶融粉末のリサイクル性を低下させる一因となっている。
そのため、耐酸化性に優れている、つまり、表面酸化生成物皮膜の状態が安定していることが、レーザー溶融式の積層造形を行う上ではレーザーによる溶融挙動を安定化できるという観点、および、粉末のリサイクル性を向上させるという観点で求められている。
【0006】
本発明は前記の問題に鑑み創案されたものであり、その目的の1つは、耐酸化性に優れた銅合金粉末を提供することにある。また、本発明の他の目的の1つは、耐酸化性に優れるとともに金属AMに好適な積層造形物を製造可能な銅合金粉末を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記目的を達成するために本発明の一形態に係る銅合金粉末は、Znを14質量%以上42質量%以下含有し、Niを8質量%以上50質量%以下含有する銅合金からなることを特徴とする。
【0008】
適切な量のNiを含有することで耐酸化性に優れた銅合金粉末を提供でき、容易に酸化しないことにより積層造形物を形成する場合のレーザーの照射時に酸化反応に起因するレーザー吸収性の変動を引き起こさない。このため、レーザーの照射に伴い、安定した状態で発熱を得ることができ、溶融挙動の安定した状態で積層造形物を製造可能とする。つまり、Niを上述の範囲含む銅合金粉末は、レーザー吸収率の変化率が少なく、積層造形などの用途に望ましい。
また、積層造形物が使用者の手に触れる物、使用者の目視可能な物である場合、表面にCuの酸化反応に起因して生成される変色相が存在すると意匠性が著しく低下し、酸化の程度によっては手触り性も低下するので、Niを上述の範囲含有することが望ましい。
ZnはCuに対し固溶範囲が広く、Cuの置き換えとして比較的多くのZnを含有させたとして本形態の目的を達成できる銅合金粉末を得やすい。また、Niを上述の範囲含んでいる銅合金に対し上述の範囲のZnを添加しても耐酸化性に対し大きな悪影響はない。
また、NiとともにZnを上述の範囲含むことでレーザー吸収性についても良好となり、大きな悪影響となる問題はない。
【0009】
(2)本発明の一形態に係る銅合金粉末において、前記Cuを45質量%以上95質量%以下含有することが好ましい。
【0010】
Cuを45質量%以上含有することで積層造形物とした場合に積層造形物の表面に充分な量のCuを含む相を露出する事が可能となり、Cuが本来有する抗菌作用により抗菌性に優れた積層造形物を提供できる。
【0013】
(4)本発明に係る一形態に係る銅合金粉末において、Mnを7質量%以下含有してもよい。
【0014】
MnはNiとともにCuに対し広い範囲で固溶する元素であり、上述の範囲添加することに問題はない。Cuが本来有する抗菌性を損なわず、Niを上述の範囲含有することにより得られる耐酸化性を損なうことなくMnを添加する場合、上述の範囲添加することができる。
【0015】
(5)本発明に係る一形態に係る銅合金粉末において、粉末表面のXPS分析におけるCuとOのピークから求めたそれぞれの元素の存在比率Cu/Oが0.10以上であることが好ましい。
XPS分析によるCuとOのピークから求めた元素の存在比率Cu/Oが0.10以上であるならば、表面酸化の程度の低い銅合金粉末を提供でき、積層造形用途とした場合に酸化の程度の低い積層造形物を提供できる。
【0016】
(6)本発明に係る一形態に係る銅合金粉末において、粉末表面のXPS分析におけるCuのピークのうち、CuとCu2Oの合計(Cu+Cu2O)とCuOの比率(Cu+Cu2O)/CuOが1以上であることが好ましい。
XPS分析によるCuのピークのうち、(Cu+Cu2O)/CuOが1以上であるならば、表面酸化の程度の低い銅合金粉末を提供でき、積層造形用途とした場合に酸化の程度の低い積層造形物を提供できる。
【0017】
(7)本発明に係る一形態に係る銅合金粉末において、粉末表面のXPS分析におけるCuのピークのうちCuOの比率が40%以下であることが好ましい。
XPS分析によるCuのピークのうち、CuOの比率が40%以下であるならば、表面酸化の割合の少ない銅合金粉末を提供でき、積層造形用途とした場合に酸化の割合の少ない積層造形物を提供できる。
【0018】
(8)本発明に係る一形態に係る銅合金粉末において、表面に形成された表面酸化生成物皮膜の厚みが3μm以下であることが好ましい。
表面酸化生成物皮膜の厚みが3μm以下であるならば、表面酸化生成物皮膜の厚みが少ないので積層造形用途とした場合に酸化物の割合の少ない積層造形物を提供できる。
表面酸化生成物皮膜は、FIB(Focused Ion Beam)法を用いて粉末の断面を観察用に加工し、その後断面をSEMにて観察し、酸化生成物の皮膜の厚みを確認した。
【0019】
(9)本発明に係る一形態に係る銅合金粉末において、体積平均粒径が10μm以上150μm以下であることが好ましい。
体積平均粒径が上述の範囲であれば、積層造形用途とした場合に粉末凝集が生じ難く、流動性の低下を生じ難い。また、粉末粒径が適切な大きさであるため、均一な粉末積層が可能となり、造形不良を生じない。
【0020】
(10)本発明に係る一形態に係る銅合金粉末において、粉末ゆるみかさ密度Da、粉末真密度Dtの比、Da/Dtが0.4以上であることが好ましい。
Da/Dtを0.4以上にすることにより、粉末積層時の空隙を小さくすることができ、レーザーによる溶融後において積層造形物の密度低下を防止できる。
【0021】
(11)本発明に係る一形態に係る銅合金粉末において、積層造形用であることが好ましい。
(12)本発明に係る一形態に係る銅合金粉末において、抗菌性を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の一形態に係る銅合金粉末によれば、適切な量のNiを含有することで耐酸化性に優れたCu合金粉末を提供でき、容易に酸化しないことにより積層造形物を形成する場合のレーザーの照射時に酸化に起因するレーザー吸収性の変動を引き起こさない。また、Niを上述の範囲含む銅合金粉末は、耐熱試験後のレーザー吸収率の変化率が少なく、積層造形などの用途に望ましい。
このため、レーザーの照射に伴い、安定した状態で発熱を得ることができ、溶融挙動の安定した状態で積層造形物を製造可能な銅合金粉末を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は第1実施形態に係る積層造形用銅合金粉末の一例を示す部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に本発明を詳細に説明するが、本発明は以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
図1は本発明に係る第1実施形態の積層造形用銅合金粉末の一部を破断して示した側面図である。
本実施形態の銅合金粉末1は銅合金からなる粉末本体2の外周面に表面酸化生成物皮膜3が形成されてなる。本実施形態の銅合金粉末1は一例として球形状あるいはそれに類似する形状の粉末本体2とその外周面全体を薄く覆っている表面酸化生成物皮膜3を有する。なお、表面酸化生成物皮膜3については備えてない構造が望ましいが、形成されていたとして、できる限り薄いことが望ましく、後述する膜厚範囲程度とすることが望ましい。
【0025】
粉末本体2を構成する銅合金の組成は一例として、Niを5質量%以上50質量%以下含有する銅合金からなる。例えば、Niを5質量%以上50質量%以下含有し、残部Cuと不可避不純物の組成を有する銅合金であっても良い。
以下に各成分の限定理由について説明する。
「Ni:5質量%以上50質量%以下」
NiはCuに含有させて銅合金とした場合、銅合金粉末1の耐酸化性の向上に寄与する元素である。上述の範囲の適切な量のNiを含有することで銅合金粉末を提供できる。容易に酸化しないことにより積層造形物を形成する場合のレーザーの照射時に酸化に起因するレーザー吸収性の変化を引き起こさない。このため、レーザーの照射に伴い、安定した状態で発熱を得ることができ、溶融挙動の安定した状態で積層造形物を製造可能とする。また、Niを上述の範囲含む銅合金粉末は、耐熱試験後のレーザー吸収率の変化率が少ないことからも、積層造形などの用途に望ましいことが分かる。
積層造形物が使用者の手に触れる物、使用者の目視可能な物である場合、表面にCuの酸化反応に起因する生成物相が存在すると意匠性が著しく低下し、手触り性も低下するので、Niを上述の範囲、含有することが望ましい。なお、Niは銅合金粉末1に含有させる元素の中では高価な元素であり、粉末の低コスト化のためにNi含有量は低い方が望ましい。Niの含有量を低く抑える場合、以下に説明するZnを銅合金粉末1に比較的多く含有させることができる。Ni含有量に関し、5質量%以上45質量%以下の範囲が好ましく、7質量%以上40質量%以下の範囲がより好ましい。
【0026】
粉末本体2を構成する銅合金において、Cuを45質量%以上含有することができる。なお、Cuの含有量の上限は95質量%である。また、粉末本体2を構成する銅合金の組成として、前記NiとCuに加え、Znを1質量%以上42質量%以下含有することができる。また、粉末本体2を構成する銅合金の組成として、前記NiとCuに加え、あるいは、前記NiとCuとZnに加え、Mnを7質量%以下含有することができる。
【0027】
「Cu:45質量%以上」
Cuは主成分であり、銅合金粉末1の抗菌性を確保するためには45質量%以上含有することが望ましく、耐酸化性を発現するために必要なNi含有量の下限を考慮し、95質量%以下含有することが望ましい。Cuを45質量%以上含有することで積層造形物とした場合に積層造形物の表面に充分な量のCuを含む相を露出する事が可能となり、Cuが本来有する抗菌作用により抗菌性に優れた積層造形物を提供できる。
【0028】
「Zn:1質量%以上42質量%以下」
Znは、Cuに対し固溶範囲が広く、Cuの置き換えとして比較的多くのZnを含有させたとして本形態の目的を達成できる銅合金粉末を得やすい。また、Niを上述の範囲含んでいる銅合金に対し上述の範囲のZnを添加しても耐酸化性に対し大きな悪影響はない。また、NiとともにZnを上述の範囲含むことでレーザー吸収性についても良好となり、大きな悪影響となる問題はない。このため、銅合金粉末1をできるだけ低コスト化するためにもNiの含有量を少なくしてZnを適量含有させることが望ましい。Zn含有量に関し、5質量%以上40質量%以下の範囲がより好ましい。
【0029】
「Mn:7質量%以下」
MnはNiとともにCuに対し広い範囲で固溶する元素であり、上述の範囲添加することに問題はない。Cuが本体有する抗菌性を損なわず、Niを上述の範囲含有することにより得られる耐酸化性を損なうことなくMnを添加する場合、上述の範囲添加することができる。Mn含有量として、0.5質量%以上7質量%以下の範囲を選択することができる。Mn含有量に関し、0.7質量%以上5.5質量%以下の範囲がより好ましい。
【0030】
「その他の元素」
本形態の銅合金粉末1には、その他の元素としてFe、Al、Si、Sn、Pを1種または2種以上、0.1質量%以上10質量%以下程度含有していても良い。
また、その他の不純物元素は、0.1質量%以下程度、不純物として含有していても良い。本形態の合金を溶製から製造する場合、原料に不可避不純物として混入することがある、Ag、Sなどの元素を上述の範囲不純物として含有していても差し支えない。勿論、その他の不純物元素を上述の範囲含有していても差し支えない。
【0031】
「銅合金粉末のメディアン径」
銅合金粉末1のメディアン径(体積基準の50%平均粒子径)は積層造形用途とした場合、10μm以上、150μm以下であることが好ましい。銅合金粉末1のメディアン径が10μm未満では、粉末の凝集により流動性が低下し、積層造形用原料粉末として不適になる可能性がある。銅合金粉末1のメディアン径が150μmを超える範囲では、銅合金粉末1の径が大き過ぎるため、均一な粉末積層や供給が出来なくなり、造形不良等の原因となる恐れがある。より好ましい銅合金粉末のメディアン径は、積層造形の手法や装置構成によって異なるが、PBF方式(Powder Bed Fusion)においては10μm以上、60μm以下、DED方式(Directed Energy Deposition)においては50μm以上、150μm以下程度である。
【0032】
「銅合金粉末のゆるみかさ密度と真密度の比」
銅合金粉末1は積層造形用途とした場合、粉末ゆるみかさ密度Da、粉末真密度Dtの比、Da/Dtが0.4以上であることが好ましい。
銅合金粉末1のDa/Dtが0.4未満では粉末積層時の空隙が多くなり、レーザー溶融後の積層造形物において造形物の密度が低下するおそれがある。また、Da/Dtを0.4以上にすることにより、粉末積層時の空隙を小さくすることができ、レーザーによる溶融後において積層造形物の密度低下を防止できる。
さらに好ましくは、銅合金粉末1のDa/Dtが0.5以上である。
【0033】
「銅合金粉末表面の表面酸化生成物皮膜」
本形態の銅合金粉末1の表面には表面酸化生成物皮膜3が形成されていないことが望ましいが、膜厚3μm以下の薄い表面酸化生成物皮膜3であれば形成されていても良い。また、この表面酸化生成物皮膜3について以下の状態であることが望ましい。
銅合金粉末1の表面のXPS分析(表面酸化生成物皮膜3のXPS分析)において、CuとOのピークから求めたそれぞれの元素の存在比率Cu/Oが0.10以上であることが好ましい。
XPS分析によるCuとOのピークから求めた元素の存在比率Cu/Oが0.10以上であるならば、表面酸化の割合の少ない銅合金粉末を提供でき、積層造形用途とした場合に酸化の割合の少ない積層造形物を提供できる。
【0034】
銅合金粉末1の表面のXPS分析(表面酸化生成物皮膜3のXPS分析)において、Cuのピークのうち、CuとCu2Oの合計(Cu+Cu2O)とCuOの比率(Cu+Cu2O)/CuOが1以上であることが好ましい。
XPS分析によるCuのピークのうち、(Cu+Cu2O)/CuOが1以上であるならば、表面酸化の割合の少ない銅合金粉末を提供でき、積層造形用途とした場合に酸化の割合の少ない積層造形物を提供できる。
銅合金粉末1の表面のXPS分析(表面酸化生成物皮膜3のXPS分析)において、CuのピークのうちCuOの比率が40%以下であることが好ましい。
XPS分析によるCuのピークのうち、CuOの比率が40%以下であるならば、表面酸化の割合の少ない銅合金粉末を提供でき、積層造形用途とした場合に酸化の割合の少ない積層造形物を提供できる。
【0035】
「銅合金粉末の製造方法」
本実施形態の銅合金粉末1の製造方法は、一例として、銅合金母材を溶解して得た銅合金溶湯を用い、高圧ガス噴霧により球状または球状に類似する形状の粉末を得る手法として知られているガスアトマイズ法を採用できる。
ここで用いる銅合金母材として、前述の組成の銅合金母材を用いるか、前述の成分元素が前述の組成比となるように複数の母材を用いて合金溶湯とすることができる。また、合金母材には不可避不純物が前述の範囲含まれていても良い。
また、銅合金母材の基となる高純度銅として、純度99.99質量%以上99.9999質量%未満の高純度銅を用い、この高純度銅に必要量の単体金属あるいは合金を添加して溶解することにより上述の組成比の銅合金溶湯を得ることもできる。
銅合金粉末1におけるこれら微量元素の含有量測定は、高周波誘導プラズマ発光分析法などにより実施することができる。
【0036】
本実施形態においては、銅合金粉末1の製造方法について、ガスアトマイズ法を用いた例を説明したが、粉末製造方法については、この他、水アトマイズ法や遠心力アトマイズ法、誘導結合プラズマ法やプラズマアトマイズ法などによって、銅合金粉末を製造してもよい。あるいは、その他一般的に知られている積層造形用粉末の製造方法を適用しても良い。上述のように得られた銅合金粉末1に対し、適宜熱処理を施して組織の安定化などを図ってもよい。
【0037】
上述のように得られた銅合金粉末1の流動調整及び凝集分離を行うために、銅合金粉末1のメディアン径が、10μm以上、150μm以下となるように、分級工程を行うことが望ましい。分級工程には、篩分法や重力分級、遠心分級などを利用することが出来る。
【0038】
上述のように得られた銅合金粉末1を用い、例えば、EOS社のM280(ドイツ、エレクトロオプティカルシステムズ(EOS)社商品名)を用いて積層造形を実施できる。
この積層造形物において、適切な粒径とかさ密度の銅合金粉末1を用いるならば、形成精度に優れ、緻密な積層造形物を提供できる。
【0039】
上述の銅合金粉末1は、所定量のNiを含有し、耐酸化性に優れているので、高温多湿環境などに保管しておいたとして、酸化や変色を生じ難い。また、200℃などの高温に加熱した後、レーザー吸収率の変化も少ない。このため、レーザーを照射して積層造形物を形成したとして、銅合金粉末1から安定した発熱を得ることができ、積層造形物を製造する際に安定した発熱と溶融状態を得ることができ、目的の形状と形成精度で積層造形物を製造することができる。
【0040】
また、上述の銅合金粉末1は、45質量%以上のCuを含んでいるので、Cuが本来有する抗菌性に基づき、抗菌性に優れる。このため、積層造形物がドアノブ等の使用者に触れる造形物であった場合でも、優れた抗菌性を具備するドアノブなどの造形物を提供できる。また、積層造形物として耐変色性に優れるので、積層造形物がドアノブ等の使用者により目視される積層造形物であったとして、表面に変色を生じ難い積層造形物を提供できる。
【実施例】
【0041】
純度(99.999)質量%の高純度銅に必要量の母合金を添加して溶解炉に投入し、銅合金溶湯を作製し、この銅合金溶湯からガスアトマイズ法により各銅合金粉末を作成した。得られた各銅合金粉末は、粗大な粉末や亜鉛ヒュームなどからなる微細な粉末を篩分けで除去したうえ、必要に応じて目的粒度に応じた篩分けを実施することで、表1に示す本発明例1~本発明例25の銅合金粉末と比較例1~3の銅合金粉末を得た。
表1に本発明例1~25の銅合金粉末と比較例1~3の銅合金粉末の組成を示す。
【0042】
それぞれの組成比の銅合金粉末について、平均粒径とゆるみかさ密度を求めた結果を表1に示す。各銅合金粉末の平均粒径、ゆるみかさ密度の測定を以下に説明する方法で実施した。
【0043】
「銅合金粉末の平均粒径測定」
銅合金粉末の平均粒径測定は、マイクロトラック社製 MT3300EXIIを用い、湿式による粒子径分布の測定を行い、得られた結果の50%累積粒径を平均粒径とした。
「銅合金粉末のゆるみかさ密度と真密度の比」
銅合金粉末のゆるみかさ密度は、日本粉体工業技術協会規格 SAP05-98:2013に準じて、ホソカワミクロン社製パウダテスターPT-Xを用い、粉体を、50メッシュのふるいを通して自然落下させて容器に充填させたときのゆるみかさ密度を測定した。粉末のゆるみかさ密度の算出においては3回の測定の単純平均値を用いた。
銅合金粉末の真密度は、QURNTACHROME INSTRUMENTS社製 ウルトラピクノメータ 1000型を用い、気体置換法のよって真密度を測定した。
得られた粉末ゆるみかさ密度(Da)と粉末真密度(Dt)の値から粉末ゆるみかさ密度と粉末真密度の比を算出した。
【0044】
「積層造形物の作製」
次に、銅合金粉末試料(本発明例1~25と比較例1~3)を用い、EOS社のM280(3Dプリンタ)を用いて、10mm角キューブ状の積層造形物を作製した。
得られた積層造形物について、抗菌作用の測定、耐変色性の測定について以下に説明する方法で求めた。
【0045】
「XPSによる表面分析」
対象の試料のうち本発明例1と本発明例4に対し、XPS(X線光電分光法)にて表面φ200μmの領域に対して分析を行った。XPSの測定結果を表2に示す。
なお、XPSの測定結果は、同一組成の試料について、複数回測定した時の最小値と最大値を記載した。
表面のCuおよびOのピークについてそれぞれ積分強度値を取得し、相対感度係数法による濃度換算を実施し、CuとOの存在比率を求めて、Cu/Oの比率を算出した。
表面のCu、Cu2O、CuOの比率については、Cuのピークを用い、化学状態分離をして求めた。具体的には、まずCu2p3/2ピークについて、CuO由来の933.7eV、およびCuまたはCu2O由来の932.5~932.7eVの二つのピークに分離した。そして各ピークの積分強度値の比をそれぞれの存在量比とした。なお、CuとCu2Oは932.5~932.7eVのエネルギー帯にそれぞれにピークを持ち、原理的にピーク分離が難しいため、CuとCu2Oを合わせた形での存在量として算出した。また、CuのピークのうちCuOの比率は、CuO/(Cu+Cu2O+CuO)の値とした。
【0046】
「抗菌性の評価方法」
抗菌性評価に用いる簡易抗菌性試験法はJIS Z 2801に倣い、フィルム法にて試料上に菌を播種し積層造形物に対して試験を行った。積層造形物は、銅合金粉末試料を用い、EOS社のM280(3Dプリンタ)を用いて、50×50mm、厚み1mmの積層造形物を作製した。試験時間は10、20、30、40、50、60、70、80、90、100minの条件で試験を行い、それぞれ一定時間経過後、菌を回収し、生菌数を測定した。菌種としてはJIS指定の大腸菌(ATCC8739株)を用いた。
その結果から菌数が1/10になる時間(T1/10)の測定を行った。なおそれぞれの測定点でn5の結果から平均値を求め、値を導出している。
T1/10が10分以下の場合に抗菌性「◎」、10分超え20分以下の場合に「○」、20分超え100分以下の場合に「△」、100分超えで1/10にならなかった場合に「×」と評価した。なお、積層造形物と同じ組成である粒子にも同等の抗菌性があると考えられる。
【0047】
「耐湿試験による耐変色性の試験方法」
銅合金粉末の耐変色性を評価する耐変色性試験は、銅合金粉末試料を用い、EOS社のM280(3Dプリンタ)を用いて作成した、10mm角キューブ状の積層造形物に対して、表面をエメリー紙#1000にて研磨を行った後に、研磨面を上部となる様に配置し、恒温恒湿槽を用いて温度60℃、相対湿度95%の雰囲気中に各サンプルを暴露した。試験時間は24時間とし、試験後に試料を取り出し、研磨面である上部の面の外観の変化を確認した。
耐変色性評価として外観上の変化が全面にわたって確認されないものを「◎」、外観の変色が全面の半分以下にのみ発生した場合を「○」、全面の半分以上にわたって外観の変色が見られた場合を「×」と判断し、表1に記載した。
ここでいう外観の変色は、コニカミノルタ製の分光測色計「CM-700d」を使用し、SCI(正反射光込み)方式でJIS 8781-4に従い色差ΔEで示される色差5以上を基準とした。色差は試験前後でのそれぞれの変化を表し、色差が5以上では目視で十分に変色していることを確認できる。
【0048】
「レーザー吸収率の変化率」
各試料について、波長1064nmのレーザーに対する耐久試験前後のレーザー吸収率の変化率について求めた。耐久試験とは、大気雰囲気中において200℃に加熱し、60分間保持する試験を行うことである。
耐久試験前後のレーザー吸収率の変化率が±50%以下のものが好ましく、±20%以下のものがより好ましい。
以上の測定結果をまとめて以下の表1に記載する。
【0049】
【0050】
【0051】
表1に結果を示すように、本発明例1~25は、耐熱試験による耐変色性に優れ、恒温恒湿槽による耐変色性に優れ、レーザー吸収率の変化率も少ない。勿論、本発明例1~25は、抗菌性にも優れている。
本発明例1~25は、粉末ゆるみかさ密度Da、粉末真密度Dtの比、Da/Dtが0.4以上であった。
これらの結果から、本発明に係る銅合金粉末であれば、耐変色性と抗菌性に優れ、200℃高温加熱後のレーザー吸収率の変化も少ない銅合金粉末を提供できることが明らかである。
【0052】
これらに対し、純銅粉末の比較例1は、抗菌性には優れるものの、耐熱試験による耐変色性に問題を有し、恒温恒湿槽による耐変色性に問題を有し、レーザー吸収率の変化率も大きいという問題がある。
Niが70質量%でCuが30質量%の比較例2は、Niの割合が多いため、耐変色性には優れ、レーザー吸収率の変化率にも優れているものの、やや抗菌性に劣ると共にNiの含有量が70質量%と多いため高コストとなり、量産には適さない。
Niが3質量%でCuが97質量%の比較例3は、Niの割合が小さいため、耐変色性に劣り、レーザー吸収率の変化率にも劣る。
また、表2に示すように本発明例1、4では、XPS分析におけるCuとOのピークから求めたそれぞれの元素の存在比率Cu/Oが0.10以上、具体的には0.14~0.37であった。
表2に示すように本発明例1、4では、XPS分析におけるCuのピークのうち、CuとCu2Oの合計(Cu+Cu2O)とCuOの比率(Cu+Cu2O)/CuOが1以上、具体的には、1.50~8.25であった。
表2に示すように本発明例1、4では、XPS分析におけるCuのピークのうちCuOの比率が40%以下、具体的には、11~40%であった。
【符号の説明】
【0053】
1…銅合金粉末、2…粉末本体、3…表面酸化生成物皮膜。