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特許7120547物質固定化剤、及び当該物質固定化剤を用いた物質固定化方法
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  • 特許-物質固定化剤、及び当該物質固定化剤を用いた物質固定化方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-08
(45)【発行日】2022-08-17
(54)【発明の名称】物質固定化剤、及び当該物質固定化剤を用いた物質固定化方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/543 20060101AFI20220809BHJP
   C08G 65/22 20060101ALI20220809BHJP
【FI】
G01N33/543 525E
C08G65/22
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019030901
(22)【出願日】2019-02-22
(65)【公開番号】P2020132803
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2022-02-16
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】519063738
【氏名又は名称】アール・ナノバイオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 嘉浩
(72)【発明者】
【氏名】小布施 聖
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-198062(JP,A)
【文献】特開2007-139587(JP,A)
【文献】特開2007-309725(JP,A)
【文献】特開2013-205159(JP,A)
【文献】特開2018-119136(JP,A)
【文献】特開2005-181154(JP,A)
【文献】特表2011-516885(JP,A)
【文献】特開2010-237086(JP,A)
【文献】特開2013-186070(JP,A)
【文献】特表2014-506671(JP,A)
【文献】特表2019-506180(JP,A)
【文献】特表2019-534994(JP,A)
【文献】特表2019-505808(JP,A)
【文献】特開2018-004476(JP,A)
【文献】国際公開第2018/008596(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0306079(US,A1)
【文献】米国特許第06444318(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/543
C08G 65/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体上に物質を固定化するための水溶性ポリマーを含む物質固定化剤であって、
前記水溶性ポリマーが、ポリオキシエチレン構造を含む主鎖を有し、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有し、
前記水溶性ポリマーは、繰り返し単位として、式(1)に示す構造、及び、式(2)に示す構造を含んでいる、物質固定化剤。
-(CH -CHR -O)-・・・・(1)
-(CH -CHR -O)-・・・・(2)
式(1)において、R は、光反応性基を含む基であり、
式(2)において、R は、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基、及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子であり、
式(1)及び(2)中に示す主鎖を構成する炭素原子に結合した水素原子は互いに独立して、ハロゲン原子、炭素数1~4のアルキル基、および炭素数1~4のハロアルキル基から成る群から選択される置換基で置換されていてもよい。
【請求項2】
は-Rであり、
は主鎖に炭素原子を含むリンカーであり、
はアジド基またはジアジリニル基である、請求項に記載の物質固定化剤。
【請求項3】
は主鎖に炭素原子と複素原子とを含むリンカーである、請求項に記載の物質固定化剤。
【請求項4】
は、エーテル基、アミド基、アルキレン基、及び、これらの組合せを含む化学構造を有するリンカーである、請求項に記載の物質固定化剤。
【請求項5】
は、式(2-1)に示す構造、又は、式(2-2)に示す構造を含んでいる、請求項のいずれか1項に記載の物質固定化剤。
-C(O)-R・・・(2-1)
-C(O)-OR・・・(2-2)
式(2-1)及び(2-2)において、Rは、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基である。
【請求項6】
前記水溶性ポリマーの分子量が500以上500万以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の物質固定化剤。
【請求項7】
基体に固定化する物質が、ポリペプチド、多糖類、核酸、脂質並びに細胞及びその構成要素から成る群から選ばれる、請求項1~のいずれか1項に記載の物質固定化剤。
【請求項8】
基体に固定化すべき物質と、請求項1~のいずれか1項に記載の物質固定化剤とを含む水溶液又は水懸濁液を前記基体に塗布し、光照射することを含む、基体上への物質の固定化方法。
【請求項9】
基体に固定化する物質が、ポリペプチド、多糖類、核酸、脂質並びに細胞及びその構成要素から成る群から選ばれる、請求項に記載の方法。
【請求項10】
請求項1~のいずれか1項に記載の物質固定化剤が塗布された基体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリペプチド、核酸、脂質等の所望の物質を基体上に固定化するための物質固定化剤、当該物質固定化剤を用いた物質固定化方法、及び当該物質固定化剤を用いた基体に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体又は抗原をプレート上に固定化した、免疫測定のためのイムノプレートや、核酸をチップ上に固定化したDNAチップ等が広く用いられている。
基体上にタンパク質や核酸を固定化する方法の1つとして、特許文献1に記載の物質固定化剤を用いた基体上への物質の固定化方法が知られている。
特許文献1には、有機分子、生体分子、ウイルス、及び細菌等の基体に固定化すべき物質と、物質固定化剤と、を含む水溶液又は水懸濁液を基体に塗布して光照射することによって、当該物質と物質固定化剤とが共有結合し、当該物質が基体上に固定化されることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2004/088319号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1には、物質固定化剤として、ビニル基をラジカル重合した主鎖と、フェニルアジド基等の光反応性基とを持つ水溶性のポリマーを含むものが具体的に記載されている。この水溶性ポリマーが有する光反応性基の量が増すと(例えばポリマー1分子において5モル%程度以上になると)、当該ポリマーの水溶性は大きく低下する。すなわち、水や親水性溶媒に溶解して用いる前提では、物質固定化剤に含まれ得る光反応性基の量(濃度)は、比較的低めに制限されうる。その結果、固定化すべき物質の基体への固定化が不十分になる可能性が考えられ、さらなる改善の余地を残している。
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その課題は、光反応性基を有しかつより水溶性の高いポリマーを含む新規物質固定化剤、及び、当該物質固定化剤を用いた物質固定化方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために、本発明は、以下に示す態様を含む。
1) 基体上に物質を固定化するための水溶性ポリマーを含む物質固定化剤であって、
前記水溶性ポリマーが、ポリオキシエチレン構造を含む主鎖を有し、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する、物質固定化剤。
2) 上記水溶性ポリマーは、繰り返し単位として、式(1)に示す構造、及び、式(2)に示す構造を含んでいる、1)に記載の物質固定化剤。
-(CH-CHR-O)-・・・・(1)
-(CH-CHR-O)-・・・・(2)
式(1)において、Rは、光反応性基を含む基であり、式(2)において、Rは、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子であり、式(1)及び(2)中に示す主鎖を構成する炭素原子に結合した水素原子は互いに独立して、ハロゲン原子、炭素数1~4のアルキル基、および炭素数1~4のハロアルキル基から成る群から選択される置換基で置換されていてもよい。
3) Rは-Rであり、Rは主鎖に炭素原子を含むリンカーであり、Rはアジド基またはジアジリニル基である、2)に記載の物質固定化剤。
4) Rは主鎖に炭素原子と複素原子とを含むリンカーである、3)に記載の物質固定化剤。
5) Rは、エーテル基、アミド基、アルキレン基、及び、これらの組合せを含む化学構造を有するリンカーである、3)に記載の物質固定化剤。
6) Rは、式(2-1)に示す構造、又は、式(2-2)に示す構造を含んでいる、2)~5)のいずれかに記載の物質固定化剤。
-C(O)-R・・・(2-1)
-C(O)-OR・・・(2-2)
式(2-1)及び(2-2)において、Rは、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基である。
7) 前記水溶性ポリマーの分子量が500以上500万以下である、1)~6)のいずれかに記載の物質固定化剤。
8) 基体に固定化する物質が、ポリペプチド、多糖類、核酸、脂質並びに細胞及びその構成要素から成る群から選ばれる、1)~7)のいずれかに記載の物質固定化剤。
9) 基体に固定化すべき物質と、1)~8)のいずれかに記載の物質固定化剤とを含む水溶液又は水懸濁液を前記基体に塗布し、光照射することを含む、基体上への物質の固定化方法。
10) 基体に固定化する物質が、ポリペプチド、多糖類、核酸、脂質並びに細胞及びその構成要素から成る群から選ばれる、9)に記載の方法。
11) 1)~8)のいずれかに記載の物質固定化剤が塗布された基体。
【発明の効果】
【0006】
本発明の一態様によれば、光反応性基を有しかつより水溶性の高いポリマーを含む新規物質固定化剤、及び当該物質固定化剤を用いた物質固定化方法等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】4-ヒドロキシメチルアジドベンゼンのHNMRによる測定結果を示す図である。
図2】4-グリシジルオキシアジドベンゼンのHNMRによる測定結果を示す図である。
図3】CAP値と発光量の相関関係を示すグラフである。
図4】4種類の不活性化ウイルス(麻疹ウイルス、ムンプスウイルス、風疹ウイルス及び水痘ウイルス)をマイクロアレイした基材(基板)の模式図である。
図5図4のマイクロアレイした基材(基板)に血清を加え、発光処理後の基材(基板)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
〔1.物質固定化剤〕
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤は、基体上に物質を固定化するための水溶性ポリマーを含む物質固定化剤であって、前記水溶性ポリマーが、ポリオキシエチレン構造を含む主鎖を有し、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する。一例として、前記水溶性ポリマーが分子全体として電気的に中性なポリマーから成る。
本明細書において、「分子全体として電気的に中性」とは、中性付近のpH(pH6~8)の水溶液中で電離してイオンになる基を有さないか、又は有していても陽イオンになるものと陰イオンになるものを有していて、その電荷の合計が実質的に0になることを意味する。ここで「実質的に」とは、電荷の合計が0になるか、又は0にはならないとしても本発明の効果に悪影響を与えない程度に小さいことを意味する。
【0009】
(水溶性ポリマー)
水溶性ポリマー1分子当りの光反応性基の数は、2個以上であれば、特に限定されるものではないが、水溶性ポリマー全体に対して光反応性基の含有量は、10モル%以上が好ましく、10モル%を超えることがより好ましく、15モル%以上がより好ましく、20モル%以上がさらに好ましい。本明細書において、「水溶性ポリマー全体に対する光反応性基の含有量(モル%)」は、水溶性ポリマーを構成する繰り返し単位の総数に対する、光反応性基を有する繰り返し単位の数の割合を百分率で示したものである。光反応性基は、水溶性ポリマーの主鎖に直接結合していてもよいが、任意のスペーサー構造を介して水溶性ポリマーの主鎖に結合されていてもよく、通常、後者の方が、製造が容易である等の観点で好ましい。
【0010】
水溶性ポリマーの主鎖がポリオキシエチレン構造(-C-C-O-の繰り返し構造)を含むことによって、水溶性ポリマーの主鎖は親水性である。親水性の主鎖を有することによって、疎水性の光反応基を、従来の水溶性ポリマーよりも多く持つ場合でもその水溶性の性質は保たれる。そのため、この水溶性ポリマーを水や親水性溶媒(例えば、メタノールやエタノール等の低級アルコール)に溶解して物質固定化剤として用いれば、当該物質固定化剤に含まれ得る光反応性基の量(濃度)を比較的高くすることができる。水溶性ポリマーが光反応性基をより多く持つことによって、固定化すべき物質と共有結合可能な箇所(架橋点)を増やすことができる。よって、固定化すべき物質をより強固に基体に固定化することができ、当該物質の検出感度を高めることができる。
【0011】
また、本発明の一実施形態に係る物質固定化剤は、複数種類の物質を固定することができる。例えば、複数種類のタンパク質を固定することができ、ポリクローナル抗体も固定することができる。
【0012】
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤は、水溶性であり、水に対する溶解度(水100gに溶解するグラム数)は、好ましくは5以上である。
【0013】
(水溶性ポリマー)
上記水溶性ポリマーの主鎖は、繰り返し単位として、式(1)に示す構造、及び、式(2)に示す構造を含んでいることが好ましい。
-(CH-CHR-O)-・・・・(1)
-(CH-CHR-O)-・・・・(2)
式(1)において、Rは、光反応性基を含む基であり、
式(2)において、Rは、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子であり、
式(1)及び(2)中に示す主鎖を構成する炭素原子に結合した水素原子は互いに独立して、ハロゲン原子(例えばフッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、炭素数1~4のアルキル基、及び炭素数1~4のハロアルキル基(ハロゲン原子の例示は上記と同じ)からなる群から選択される置換基で置換されていてもよい。
なお、以下で、ハロゲン原子、及び、炭素数1~4のハロアルキル基は、特に断りの無い限り、同じ定義である。
【0014】
(Rについて)
式(1)において、Rは、光反応性基を含む基である。光反応性基としては、例えば、アジド基、アセチル基、ベンゾイル基、ジアゾ基、ジアジリン基、ケトン基、及びキノン基等が挙げられる。Rとしては、アセチル基、ベンゾイル基、アジド基(-Nを有する基)及びジアリジニル基(ジアジリン基:二重結合した2つの窒素原子に1つの炭素原子が結合して形成された三員環構造を有し、当該炭素原子が結合の腕を持つ基。)から選択される光反応性基を含む基が好ましく、アジド基及びジアリジニル基から選択される光反応性基を含む基がより好ましく、芳香族アジド基及び芳香族ジアリジニル基から選択される光反応性基を含む基がより好ましい。芳香族アジド基及び芳香族ジアリジニル基としては、例えば、置換又は非置換のフェニルアジド基、及び、置換又は非置換のフェニルジアリジニル基が挙げられる。上記の通り、式(1)中の水素原子(Rが有する水素原子であってもよい)は、置換基で置換されていてもよい。置換基の例として、ハロゲン原子、炭素数1~4のアルキル基、及び炭素数1~4のハロアルキル基が挙げられる。
【0015】
一態様において、Rは、-Rであり、Rは主鎖に炭素原子を含むリンカーであり、Rはアジド基またはジアジリニル基である。別の一態様において、Rは、主鎖に炭素原子と複素原子とを含むリンカーである。Rに複素原子を含むことは、例えば、1)親水性の向上と、2)生物由来試料等の非特異的な吸着の抑制と、に寄与し得る。リンカーの主鎖を構成する原子の数は特に限定されないが、例えば、1~20であり、好ましくは1~10であり、例えば、1~6である。複素原子の例として、酸素原子、窒素原子、硫黄原子、ケイ素原子、及びリン原子等が挙げられ、酸素原子及び窒素原子から選択されることが好ましい。リンカーの主鎖に複素原子が含まれる場合、複素原子の数は特に限定されないが、例えば1~3であり、1~2である。
より具体的な一例では、Rは、エーテル基(-(CH)n1-O-(CH)n2-)、アミド基(-NH-C(O)-)、アルキレン基、及び、これらの組合せを含む化学構造を有するリンカーである。Rは、例えば、*-NH-C(O)-;*-C(O)-NH-(CH)n-NH-C(O)-;*-(CH)n1-O-(CH)n2-;等が挙げられる。なお、*はRとの結合である。ここで、n、n1、及びn2は互いに独立に、例えば1~5の整数であり、1~3又は1~2の整数である。水素原子は互いに独立して、ハロゲン原子、炭素数1~4のアルキル基、及び炭素数1~4のハロアルキル基からなる群から選択される置換基で置換されていてもよい。
【0016】
の具体例として、以下に示す基が挙げられる。なお、以下の基において、フッ素原子を他のハロゲン原子に置換したもの、ベンゼン環上の水素原子の少なくとも一部(1~4個)をハロゲン原子に置換したもの等も好適な基の一例である。
【0017】
【化1】
【0018】
(Rについて)
は、両性イオン性基、アミド基(-NH-C(O)-)、ポリオキシアルキレン基(好ましくはポリオキシエチレン基)、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子である。式(2)中の水素原子(R2が有する水素原子であってもよい)は、置換基で置換されていてもよい。置換基の例として、ハロゲン原子、炭素数1~4のアルキル基、及び炭素数1~4のハロアルキル基が挙げられる。なお、上記のアミド基がラクタム環の一部を構成しており、当該ラクタム環がその窒素原子において式(2)中の炭素原子と結合している場合は、アミド基の水素原子は存在しない。これらの基は、1)親水性の向上と、2)生物由来試料等の非特異的な吸着の抑制と、に寄与し得る。水溶性官能基の例として、スルホン酸基、カルボキシル基、ヒドロキシル基等が挙げられる。
(非特異相互作用抑制基)は、水溶性ポリマーの主鎖に直接結合していてもよいが、任意のスペーサー構造を介して水溶性ポリマーの主鎖に結合されていてもよく、通常、後者の方が、製造が容易である等の観点で好ましい。
【0019】
生物由来試料等の非特異的吸着を抑制する点で、両性イオン性基として、スルホベタイン構造、ホスホベタイン構造、又はイミダゾールベタイン構造を有することが好ましい。
【0020】
スルホベタイン構造とは典型的には、-SO と、正電荷を持つ原子とを有し、これらは両性イオン性基の中で隣り合う位置になく(すなわち他の原子を介しており)、正電荷を持つ原子には乖離可能な水素原子が結合していない構造を指す。正電荷を持つ原子は、例えば、四級アンモニウムの構造をとる窒素原子である。スルホベタイン構造の一例は、-(CH-N(R)-(CH-SO であり、式中のRは互いに独立に炭素数1~4のアルキル基であり、nは互いに独立に1~5(好ましくは1~3)の整数である。
【0021】
ホスホベタイン構造とは典型的には、ホスホジエステル結合(一つの酸素原子が負電荷を持つ)と、正電荷を持つ原子とを有し、これらは両性イオン性基の中で隣り合う位置になく(すなわち他の原子を介しており)、正電荷を持つ原子には乖離可能な水素原子が結合していない構造を指す。正電荷を持つ原子は、例えば、四級アンモニウムの構造をとる窒素原子である。ホスホベタイン構造の一例は、-(CH-PO -(CH-N(R)3であり、式中のRは互いに独立に炭素数1~4のアルキル基であり、nは互いに独立に1~5(好ましくは1~3)の整数である。-PO -は、ホスホジエステル結合を示す。
【0022】
イミダゾールベタイン構造とは典型的には、負電荷を持つ原子と、正電荷を持つ1つの窒素原子を持つイミダゾール環とを有し、これらは両性イオン性基の中で隣り合う位置になく(すなわち他の原子を介しており)、正電荷を持つ窒素原子には乖離可能な水素原子が結合していない構造を指す。負電荷を持つ原子は、例えば、カルボキシル基の構造をとる酸素原子である。イミダゾールベタイン構造の一例は、-(C-HC(COO)-(CH-(IM)であり、式中の(Cは(CHであるがn個のうちの一つが(NH)であってもよく、nは互いに独立に1~5(好ましくは1~3)の整数である。式中の(IM)は、正電荷を持つ1つの窒素原子を持つイミダゾール環であり、イミダゾール環上の炭素原子において(CH-と結合している。
は、窒素を含む複素環構造を含んでいてもよい。窒素を含む複素環構造としては、例えば、イミダゾール環、ピロリドン環、ピロール環、ピリジン環、ピリミジン環、及び、ラクタム環(γラクタム環、δラクタム環等)等が挙げられる。
【0023】
また、Rは、式(2-1)又は(2-2)に示す構造を含んでいることが好ましい。
-C(O)-R・・・(2-1)
-C(O)-OR・・・(2-2)
式(2-1)及び(2-2)において、Rは、上記した両性イオン性基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、又は、水溶性官能基である。ポリオキシアルキレン基は特に好ましくはポリオキシエチレン基(-(CO)-H)である。nは、例えば、1以上の整数であり、好ましくは10~1000、分子量で数百~数万である。
【0024】
の具体例として、以下に示す基が挙げられる。なお、式中のnは例えば、1以上であり、好ましくは10~1000、分子量で数百~数万である。
【0025】
【化2】
【0026】
(式(1)に示す構造と式(2)に示す構造の好ましい組合せの例示)
・組合せの例示<1>: 式(1)において、Rは-Rであり、Rは主鎖に炭素原子を含むリンカーであり、Rはアジド基またはジアジリニル基であり、式(2)において、Rは、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子である。
・組合せの例示<2>: 式(1)において、Rは-Rであり、Rは主鎖に炭素原子を含むリンカーであり、Rはアジド基またはジアジリニル基であり、式(2)において、Rは、式(2-1)に示す構造、又は、式(2-2)に示す構造を含み、Rは、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基である。
・組合せの例示<3>: 式(1)において、Rは-Rであり、Rは主鎖に炭素原子と複素原子とを含むリンカーであり、式(2)において、Rは、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子である。
・組合せの例示<4>: 式(1)において、Rは-Rであり、Rは主鎖に炭素原子と複素原子とを含むリンカーであり、式(2)において、Rは、式(2-1)に示す構造、又は、式(2-2)に示す構造を含み、Rは、両性イオン性基、イミダゾール基、アミド基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基である。
・組合せの例示<5>: 式(1)において、Rは-Rであり、Rはエーテル基、アミド基、アルキレン基、及び、これらの組合せを含む化学構造を有するリンカーであり、式(2)において、Rは、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子である。
・組合せの例示<6>: 式(1)において、Rは-Rであり、Rはエーテル基、アミド基、アルキレン基、及び、これらの組合せを含む化学構造を有するリンカーであり、式(2)において、Rは、式(2-1)に示す構造、又は、式(2-2)に示す構造を含み、Rは、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基である。
【0027】
好ましい水溶性ポリマーの例として、以下の式(4)に示す構造を含んでいる水溶性ポリマーが挙げられる。
【0028】
【化3】
式(4)において、mは10以上1000以下の整数であり、nは10以上1000以下の整数である。
【0029】
(繰り返し単位の数)
式(2)に示す構造の繰り返し単位の数は、式(1)に示す構造の繰り返し単位の数よりも大きいことが好ましい。非特異吸着が効果的に防止できる点で、式(1)に示す構造の繰り返し単位の数は、5~50が好ましく、10~40がより好ましく、20~30がさらに好ましい。また、式(2)に示す構造の繰り返し単位の数は、50~200が好ましく、75~175がより好ましく、100~150がさらに好ましい。
【0030】
物質固定化剤に含まれる水溶性ポリマーの分子量は、5×10~5×10であることが好ましく、7×10~1×10であることがより好ましく、1×10~5×10であることがさらに好ましい。
【0031】
水溶性ポリマーは、例えば、親水性溶媒に溶解した状態で物質固定化剤として用いられる。親水性溶媒としては、水、メタノール、エタノール、アセトン、およびこれらの混合溶媒が挙げられる。水溶性ポリマーの濃度は特に限定されないが、例えば、0.005%~10%程度であり、好ましくは0.05%~5%程度である。
【0032】
(物質固定化剤に用いる水溶性ポリマーの製造方法)
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤に用いる水溶性ポリマーは、例えば、以下の方法によって製造することができる。
【化4】
【化5】
式(5)に示すモノマーと式(6)に示すモノマーとをエポキシ開環重合によって重合することによって、物質固定化剤に用いる水溶性ポリマーを得ることができる。なお、式(5)中のR21は、式(1)におけるRと同じ基であり、式(6)中のR22は、式(2)におけるRと同じ基である。なお、式(5)及び(6)中に示す炭素原子に結合した水素原子は互いに独立して、ハロゲン原子(例えばフッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、炭素数1~4のアルキル基、及び炭素数1~4のハロアルキル基(ハロゲン原子の例示は上記と同じ)からなる群から選択される置換基で置換されていてもよい。
用いる反応溶媒、反応触媒、反応温度、及び、反応時間等、水溶性ポリマーの製造方法に関しては、実施例の記載、及び、エポキシ開環重合の一般的な条件等も参照することができる。
【0033】
(固定化対象の物質)
本発明の一実施形態に係るに係る物質固定化剤を用いて固定化される物質は、特に限定されないが、ポリペプチド(糖タンパク質及びリポタンパク質を包含する)、多糖類、核酸、脂質並びに細胞(動物細胞、植物細胞、微生物細胞等)及びその構成要素(核、ミトコンドリア等の細胞内小器官、細胞膜や単位膜等の膜等を包含する)を例示することができる。また、当該物質として、アレルゲン、自己抗原等の抗原、ウイルス等を例示できる。本発明の一実施形態に係るに係る物質固定化剤に含まれる光反応性基は、光を照射することにより窒素分子が離脱すると共に窒素ラジカルが生じ、この窒素ラジカルは、アミノ基やカルボキシル基等の官能基のみならず、有機化合物を構成する炭素原子とも結合することが可能であるので、ほとんどの有機物を配向性なく固定化することが可能である。
【0034】
(基体)
基体としては、少なくともその表面が、上記光反応性基と結合し得る物質から成るものであれば特に限定されず、マイクロプレート等で広く用いられているポリスチレンをはじめ、ポリエチレンテレフタレート、ABS樹脂、ポリカーボネートやポリプロピレン等の有機物から成るものを例示することができる。ガラス板にシランカップリング剤をコーティングしたもの等も用いることができる。また、基体の形態は何ら限定されるものではなく、マイクロアレイ用基板のような板状のものや、ビーズ状、繊維状のもの等を用いることができる。さらに、板に設けられた穴や溝、例えば、マイクロプレートのウェル等も用いることができる。本発明の一実施形態に係る物質固定化剤は、これらのうち、特にマイクロアレイ用に適している。
【0035】
〔2.物質の固定化方法〕
本発明の一実施形態に係る物質の固定化方法(以下、「物質固定化方法」と略記する場合がある)は、基体に固定化すべき物質と、上記水溶性ポリマー又は上記物質固定化剤とを含む水溶液又は水懸濁液を基体に塗布し、光照射することを含む。
水溶液又は水懸濁液中の水溶性ポリマーの濃度(重量基準)は、特に限定されないが、例えば、0.005%~10%程度であり、好ましくは0.05%~5%程度である。また、固定化すべき物質の濃度(重量基準)は、通常、用いる水溶性ポリマーの10倍~200倍程度であり、好ましくは20倍~100倍程度である。
【0036】
次に、塗布した液を好ましくは乾燥した後、光を照射する。光は、用いる光反応性基がラジカルを生じさせることができる光であり、光反応性基としてアジド基及び/又はジアジリニル基を用いる場合には、紫外線が好ましい。照射する光線の線量は、特に限定されないが、通常、1cm当たり1mW~100mW程度である。
【0037】
光を照射することにより、ポリマー中の光反応性基がラジカルを生じ、ポリマーが基体及び固定化すべき物質の双方と共有結合する。その結果、固定化すべき物質がポリマーを介して基体に固定化される。特に、光反応性基として用いられるアジド基及び/又はジアジリニル基は、光を照射することにより窒素分子が離脱すると共に窒素ラジカルが生じる。この窒素ラジカルは、アミノ基やカルボキシル基等の官能基のみならず、有機化合物を構成する炭素原子とも結合することが可能であるので、ほとんどの有機物を固定化することが可能である。
物質固定化方法では、光反応性基により生じるラジカルを利用して結合反応を行うので、固定化すべき物質の特定の部位と結合するのではなく、ランダムな部位と結合する。したがって、活性部位が結合に供されて活性を喪失する分子も当然出てくると考えられる。一方、活性部位に影響を与えない部位で結合する分子も当然存在するので、物質固定化方法によれば、従来、適当な置換基が活性部位又はその近傍にあるために、共有結合で固定化することが困難であった物質であっても、全体として活性を喪失させることなく、共有結合により基体に固定化することができる。
【0038】
光が照射されなかった部分では、光反応性基が基体及び物質に結合しないので、洗浄すればポリマーも物質も除去される。従って、フォトマスク等を介して選択露光を行うことにより、任意のパターンで物質を固定化することができる。したがって、選択露光により、マイクロアレイ等の任意の種々の形状に物質を固定化することができるので、非常に有利である。
【0039】
または、物質固定化方法において、本発明の一実施形態に係る物質固定化剤又は上記水溶性ポリマーと、固定化すべき物質の混合物を基体上にマイクロスポッティングし、基体の全面を光照射してもよい。マイクロスポッティングは、液を基体上に非常に狭い領域に塗布する手法であり、DNAチップ等の作製に常用されており、そのための装置も市販されているので、市販の装置を用いて容易に行うことができる。または、先ず、基体上に本発明の一実施形態に係る物質固定化剤を全面にコーティングし、その上に固定化すべき物質をマイクロスポッティングし、次いで基体の全面に光照射してもよい。この場合、固定化すべき物質のスポットが、物質固定化剤の層の上に形成され、物質固定化剤を介して基体に共有結合で固定化される物質の割合が高くなる。さらに、基体上に本発明の一実施形態に係る物質固定化剤をマイクロスポッティングし、その上に固定化すべき物質をマイクロスポッティングし、次いで基体の全面に光照射してもよい。この場合にも固定化すべき物質のスポットが、物質固定化剤の層(それぞれ分離したスポット)の上に形成され、物質固定化剤を介して基体に共有結合で固定化される物質の割合が高くなる。
【0040】
物質固定化方法は、抗体若しくはその抗原結合性断片又は抗原を固定化した免疫測定用プレートの作製、DNAやRNAを基板上に固定化した核酸チップ、マイクロアレイ等の作製に好適に用いることができるが、これらに限定されるものではなく、例えば、細胞全体やその構成要素の固定化等にも適用することができる。
【0041】
〔3.物質固定化剤が塗布された基体〕
本発明の一実施形態に係る基体は、上記物質固定化剤が塗布されている。塗布された物質固定化剤上に固定化すべき物質を配置し、光照射することによって、固定化すべき物質を基体に固定化することができる。
【0042】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例
【0043】
〔材料〕
アジ化ナトリウム、4-(ヒドロキシメチル)フェニルボロン酸、エピクロロヒドリン、酢酸エチル、メタノール、炭酸水素ナトリウム、ベンゼン、50wt%水酸化ナトリウム、及び硫酸銅(II)は、富士フイルム和光純薬株式会社から購入した。エチレンオキシド(1.2mol/Lトルエン溶液)は、受領した物を使用した。
【0044】
〔実施例1〕物質固定化剤の製造
(1)4-ヒドロキシメチルアジドベンゼンの合成
アジ化ナトリウム(3.9g、60mmol)、4-(ヒドロキシメチル)フェニルボロン酸(7.6g、50mmol)、及び硫酸銅(II)(800mg、5mmol)に、メタノール(300mL)を加えて、室温において24時間攪拌した。反応後、固形物をろ過による除去後、メタノールを減圧留去した。酢酸エチルと炭酸水素ナトリウム溶液で抽出し、有機層を回収した。有機層を無水硫酸マグネシウムで脱水後、溶媒を完全に除去し、薄黄色の固体を得た(収率:40%)。4-ヒドロキシメチルアジドベンゼンの合成スキームを以下に示す。また、得られた4-ヒドロキシメチルアジドベンゼンのH NMRによる測定結果を図1に示す。
【0045】
【化6】
【0046】
(2)4-グリシジルオキシアジドベンゼンの合成
エピクロロヒドリン(3.7g、40mmol)、4-ヒドロキシメチルアジドベンゼン(3.0g、15mmol)を50wt%水酸化ナトリウム(10mL)とベンゼン(10mL)に溶解した。溶液を4℃に冷却後、層間移動触媒としてテトラブチルアンモニウムブロミド(4mmol)を添加し、室温で72時間撹拌した。反応後、酢酸エチルと炭酸水素ナトリウム溶液で抽出し、有機層を回収した。有機層を無水硫酸マグネシウムで脱水後、溶媒を完全に除去し、黄褐色の液体を得た(収率:76%)。4-グリシジルオキシアジドベンゼンの合成スキームを以下に示す。また、得られた4-グリシジルオキシアジドベンゼンのH NMRによる測定結果を図2に示す。
【0047】
【化7】
【0048】
(3)ポリ(4-アジドフェニルグリシジルエーテル-エチレンオキシド)共重合体の合成
4-グリシジルオキシアジドベンゼン(20mg、0.1mmol)、メチルトリフェニルホスホニウムブロミド(18mg、0.05mmol)を30mLのナスフラスコで6時間減圧乾燥した。乾燥後、フラスコ内をアルゴン雰囲気に置換した。ナスフラスコを-50℃のメタノールに静置し、ガスタイトシリンジを利用して、エチレンオキシド(EO)(1.2mol/Lトルエン溶液)を5mL添加した。続いて、トリイソブチルアルミニウム(1.0mol/Lトルエン溶液)をガスタイトシリンジで500μL添加した。添加後、フラスコを室温に戻し、遮光下で18時間撹拌した。反応後、トルエンを除去し、アセトンに溶解した。この溶液を大過剰量のヘキサンに滴下して、沈殿精製により固体を回収した(150mg)。ポリ(4-アジドフェニルグリシジルエーテル-エチレンオキシド)共重合体の合成スキームを以下に示す。なお、右側に示す反応生成物中のCO(イタリック体)とは、その左側に示す繰り返し単位と、右側に示す繰り返し単位とからなる共重合体を意味する。
【0049】
【化8】
【0050】
また、4-グリシジルオキシアジドベンゼンとエチレンオキシドとの仕込み比を変えて、水溶性ポリマーに含まれる光反応性基であるフェニルアジド基の量を変化させた。重合した水溶性ポリマーのMn、Mw及び水溶性ポリマー中のEO(エチレンオキシド)とAzPhe(フェニルアジド)の割合を測定した。結果を表1に示す。表1中、「AzPhe(フェニルアジド)/EO(エチレンオキシド)仕込み比」は、水溶性ポリマーを構成する繰り返し単位の総数に対する、光反応性基であるフェニルアジド基を有する繰り返し単位の数の割合(mol%)である。Mn(数平均分子量)とMw(重量平均分子量)はゲル・パーミエイション・クロマトグラフィー(GPC)で測定した。PDIは分子量分布を示す。
【0051】
【表1】
【0052】
〔評価例1〕物質固定化剤の水溶性の比較
上記で作成した水溶性ポリマーの水溶性を、従来のポリマー(特許第4630817号の実施例8に開示されるポリマー)と比較した。従来のポリマーは、ビニル基をラジカル重合した主鎖と、フェニルアジド基等の光反応性基とを持つ。比較結果を表2に示す。
表2中、「○」はポリマーが水に溶解したことを示し、「△」は一部のポリマーが溶けずに残ったことを示し、「×」はポリマーが水に溶けなかったことを示す。表2中、「フェニルアジド基仕込み量」は、水溶性ポリマーを構成する繰り返し単位の総数に対する、光反応性基であるフェニルアジド基を有する繰り返し単位の数の割合(mol%)である。
【0053】
【表2】
【0054】
ビニル基をラジカル重合した主鎖を有する従来のポリマーは、光反応性基であるフェニルアジド基の含有量が10mol%であると水に溶け難くなった。また、フェニルアジド基の含有量が15mol%であると、水に溶けなくなった。
エポキシ基を開環重合した主鎖を有する実施例のポリマーは、フェニルアジド基の含有量が10mol%にしても水に溶解し、15mol%にしても水に溶解した。また、フェニルアジド基の含有量が20mol%でもポリマーの一部が水に溶解した。
【0055】
評価例1の結果から、実施例1で得られた、エポキシ基を開環重合した主鎖を有するポリマーを、水や親水性溶媒に溶解して物質固定化剤として用いれば、当該物質固定化剤に含まれ得る光反応性基の量(濃度)を比較的高くすることができることが分かった。また、実施例1で得られた水溶性ポリマーは光反応性基をより多く有するので、固定化すべき物質と共有結合可能な箇所(架橋点)を増やすことができる。よって、固定化すべき物質をより強固に基体に固定化することができ、当該物質の検出感度を高めることができることが示唆された。
【0056】
〔評価例2〕物質固定化剤の評価(アレルゲン)
(1)基板の調製
実施例1で得られた水溶性ポリマー(フェニルアジド基の仕込み量は15mol%)をプラスチック基材にコーティングした。比較例として、ガラス基板や、Arrayit社のエポキシ型基板SME2(市販品)をそのまま用いた。次に、アレルゲンとなるヤケヒョウヒダニ、ミルク、ネコ、エビの抽出物(1.5mg/mL)をPBSに溶解し、1.0wt%でポリマーをコーティングした基材にマイクロアレイした。乾燥後、光照射し、固定化することによって基板を調製した。
【0057】
(2)発光量の測定
アレルギー陽性血清(100μL)を加え、8分間浸漬した。PBSで6回洗浄し、その後アルカリフォスファターゼ結合抗体を加え、4分間浸漬した。浸漬後洗浄し、ダイナライト(化学発光基質、Molecular Probes社)を加え、60秒後に撮影した。得られた画像を解析ソフトにより数値化することによって、発光量を測定した。測定結果を表3に示す。表3は、従来のアレルギー検査で用いられるCAP法で得られた値(CAP値)と発光量を示す。また、図3は、CAP値と発光量との相関関係を示すグラフである。表3及び図3中、「ポリマー被覆基材」は、実施例1で得られたポリマー(フェニルアジド基の仕込み量は15mol%)を被覆した基材である。
【0058】
【表3】
【0059】
表3及び図3に示すように、実施例1で得られた水溶性ポリマーでコーティングした基材は、比較例のガラス及びSME2に比べて、従来のアレルギー検査で用いられるCAP法で得られた値と高い相関性があることが分かった。ガラスやSME2上にはヤケヒョウヒダニ抽出物の固定化効率は非常に低く十分な信号が得られなかった。したがって、実施例1で得られた水溶性ポリマーで基材をコーティングすることによって、種類の異なるアレルゲンを均等に固定化していることが分かった。
【0060】
〔評価例3〕物質固定化剤の評価(ウイルス)
(1)基板の調製
実施例1で得られたポリマー(フェニルアジド基の仕込み量は15mol%)をプラスチック基材にコーティングした。比較例として、ガラス基板や、Arrayit社のエポキシ型基板SME2(市販品)をそのまま用いた。次に、不活性化した麻疹、風疹、ムンプス、水痘のウイルス(1.5mg/mL)をPBSに溶解し、コーティングした基材に図4のようにマイクロアレイした。乾燥後、光照射し、固定化することによって基板を調製した。
【0061】
(2)発光量の測定
血清(100μL)を加え、8分間浸漬した。PBSで6回洗浄し、その後ストレプトアビジン結合アルカリフォスファターゼ(Promega社)を加え、3分間浸漬した。浸漬後洗浄し、ダイナライト(化学発光基質、Molecular Probes社)を加え、60秒後に撮影した。得られた画像を解析ソフトにより数値化することによって、発光量を測定した。測定結果を図5に示す。
図5の(A)は、実施例1で得られたポリマーを被覆した基材、(B)はガラス基板、(C)はSME2基板を使用したときの結果を示す。
【0062】
図5の(B)及び(C)に示すように、ガラス基板上やSME2基板上には、血清中のタンパク質が非特異的に吸着し、抗体のシグナルが得られなかった。一方、図5の(A)に示すように、実施例1で得られた水溶性ポリマーは、非特異的吸着によるバックグランドがなく、4種類のウイルスに対する抗ウイルス抗体のシグナルを得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、例えば、臨床検体の分析及び測定することができ、ライフサイエンス研究及び医療用途等に利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5