(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-08
(45)【発行日】2022-08-17
(54)【発明の名称】U9-1iクラスター検出用プライマー、ならびに、当該プライマーを利用した検出方法、定量方法、および、マンガン酸化細菌の核酸抽出方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20220809BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20220809BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20220809BHJP
C12Q 1/689 20180101ALI20220809BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20220809BHJP
C12Q 1/6876 20180101ALI20220809BHJP
【FI】
C12N15/09 Z ZNA
C12Q1/04
C12Q1/06
C12Q1/689 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/6876 Z
(21)【出願番号】P 2017143942
(22)【出願日】2017-07-25
【審査請求日】2020-06-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】306024148
【氏名又は名称】公立大学法人秋田県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】宮田 直幸
(72)【発明者】
【氏名】岡野 邦宏
(72)【発明者】
【氏名】瀧 寛則
(72)【発明者】
【氏名】根岸 昌範
【審査官】市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】宮田直幸、他,微生物混合培養系で増殖するマンガン酸化細菌の分離と環境試料からの検出,環境バイオテクノロジー学会 2010年度大会 プログラム講演要旨集,p.22, O-04
【文献】Genome Announc.,2016年,Vol.6, Issue 6,e01309-16
【文献】J. Biosci. Bioeng.,2007年,Vol.103, No.5,pp.432-439
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号3~6のいずれかに記載の配列、またはその相補配列からなるプライマーであって、
U9-1iクラスターに属する菌のうち、16S rRNA遺伝子に配列番号3~6のいずれかに記載の配列を有する菌の16S rRNA遺伝子の増幅用であり、
真正細菌の16S rRNA遺伝子に特異的なユニバーサルプライマーとともに用いられることを特徴とするプライマー。
【請求項2】
配列番号3に記載の配列、またはその相補配列からなるプライマーであることを特徴とする、請求項
1に記載のプライマー。
【請求項3】
請求項1
または2に記載のプライマーを用いたPCR法による増幅産物を検出することを特徴とするU9-1iクラスターに属する菌の検出方法。
【請求項4】
請求項1
または2に記載のプライマーを用いたPCR法により、試料中のU9-1iクラスターに属する菌を定量することを特徴とする定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マンガン酸化細菌であるU9-1i株、および、U9-1iクラスターに属する菌に特異的な16S rRNA遺伝子を増幅するためのプライマーと、当該プライマーを利用したU9-1iクラスターに属する菌の検出方法、定量方法に関する。
【0002】
また、本発明は、マンガン酸化細菌の核酸抽出方法に関する。
【背景技術】
【0003】
廃棄物や自然土壌中には、鉛や水銀、カドミウムといった有害な重金属が含まれている場合がある。これらの有害な重金属は、雨水の浸透等による洗い出しに伴って浸出水中に溶出して環境を汚染する。このような環境汚染対策、すなわち重金属対策には、キレート剤、カルシウム化合物、硫化物、鉄粉等の薬剤を用いた不溶化、セメント固化による土壌からの溶出抑制など様々な方法が知られている。
重金属対策のなかでも、重金属吸着剤を利用する方法が知られている。ここで、微生物が産生する微結晶性のマンガン酸化物(以下、微生物産生マンガン酸化物という)は、カドミウム、亜鉛等の金属陽イオンの吸着能力が大きく、重金属吸着剤として機能する。一方で、微生物産生マンガン酸化物は、ヒ酸や亜ヒ酸のように陰イオンとして存在する金属に対する吸着能力は一般的に高くないが、酸化剤として機能するため、毒性の高い亜ヒ酸を毒性が低いヒ酸に速やかに酸化することができる。
【0004】
本発明者らは、非特許文献1において、U9-1i株が、α-プロテオバクテリア綱に属する新規のマンガン酸化細菌であり、液体培地や寒天培地を用いた単独での培養時には増殖は遅く難培養性であるが、種々の真菌や細菌類等を共存させると容易に増殖できることを報告している。非特許文献2においては、U9-1i株の16S rRNA遺伝子の特定領域を増幅できるプライマーセット655F-1492Rを用いることにより、河川床生物膜等の環境試料中にU9-1iクラスターに属する細菌類が広く分布すること報告している。また、本発明者らは、特許文献1、2において、U9-1i株等の微生物産生酸化マンガンを利用した重金属吸着剤を提案している。
【0005】
マンガン酸化細菌が産生する微生物産生マンガン酸化物を重金属吸着剤として利用するためには、マンガン酸化細菌を大量に培養し、安定的に大量の微生物産生マンガン酸化物を得る必要がある。これまで、U9-1i株およびその近縁種であるU9-1iクラスターに属するマンガン酸化細菌の検出、定量に適したプライマーは報告されていない。非特許文献2ではプライマー655Fを設計して用いたが、非特異的なPCR増幅が見られたため、精度よく検出、定量できるプライマーの設計が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-187795号公報
【文献】特開2016-187801号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】宮田直幸、齊藤和之、山口天聡、岡野邦宏、尾▲崎▼保夫:難培養性マンガン酸化細菌の分離とその増殖特性、日本水処理生物学会誌別巻第29号、p14(2009)
【文献】宮田直幸、山口天聡、岡野邦宏、尾▲崎▼保夫:微生物混合培養系で増殖するマンガン酸化細菌の分離と環境試料からの検出、環境バイオテクノロジー学会2010 年度大会(仙台市)(2010年6月21日)、
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、U9-1iクラスターに属する菌の16S rRNA遺伝子を特異的に増幅することのできるプライマー、ならびにこのプライマーを利用したU9-1iクラスターに属する菌の検出方法、定量方法、およびマンガン酸化細菌の核酸検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の課題を解決するための手段は、以下のとおりである。
1.配列番号3に記載の配列、またはその相補配列からなる、U9-1iクラスターに属する菌の16S rRNA遺伝子の増幅用であることを特徴とするプライマー。
2.配列番号4~6のいずれかに記載の配列、またはその相補配列からなる、U9-1iクラスターに属する菌の16S rRNA遺伝子の増幅用であることを特徴とするプライマー。
3.1.または2.に記載のプライマーを用いたPCR法による増幅産物を検出することを特徴とするU9-1iクラスターに属する菌の検出方法。
4.1.または2.に記載のプライマーを用いたPCR法により、試料中のU9-1iクラスターに属する菌を定量することを特徴とする定量方法。
5.マンガン酸化物を還元可能な水溶液を用いて、マンガン酸化細菌が備える酸化マンガンを溶解した後に、DNA、またはRNAの抽出を行うことを特徴とする核酸抽出方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のプライマーは、U9-1i株、およびU9-1iクラスターに属する菌に特異的な配列を増幅することができ、これらの菌を正確に検出することができる。本発明のプライマーを用いたPCR法により、U9-1i株、およびU9-1iクラスターに属する菌を検出、定量することができる。
【0011】
U9-1i株等のマンガン酸化細菌は、その細胞表層が微生物産生マンガン酸化物で覆われている。そのため、通常の処理では核酸を抽出できない場合があるが、予めマンガン酸化物を還元可能な水溶液でマンガン酸化物を溶解することにより、容易に核酸を抽出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】U9-1i株の16S rRNA遺伝子配列。
【
図2】U9-1i株の16S rRNA遺伝子配列に基づいて近隣結合法で作成した系統樹。
【
図3】U9-1i株、および
図2に示す細菌の一部について、U9-1i株の配列1270Fに相当する領域の塩基配列を示す図。
【
図4】U9-1i株の、配列655Fを含むプライマー(
図4A)と、配列1270Fを含むプライマー(
図4B)を用いたリアルタイムPCRの結果を示す図。
【
図5】砕石バイオフィルム中のU9-1i株と全細菌の、PCR法による定量結果を示す図。
【
図6】砕石バイオフィルム中の真正細菌叢解析結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
「U9-1i株」
U9-1i株は、河川床生物膜から調製したマンガン酸化汚泥(集積培養系)から単離されたマンガン酸化細菌である(非特許文献1)。U9-1i株は、微結晶性であるマンガン酸化物を産生し、この微生物産生マンガン酸化物は、U9-1i株の細胞表層を覆うように蓄積される。微生物産生マンガン酸化物の生成と蓄積は、他のマンガン酸化細菌でも共通である。
【0014】
U9-1i株は、受託番号NITE P-02459として、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8(郵便番号292-0818))に、2017年4月21日付で寄託されている。
【0015】
U9-1i株の16S rRNA遺伝子配列(部分配列:配列番号1)を
図1に示す。なお、U9-1i株のゲノム中には、16S rRNA遺伝子が1コピー存在する。
16S rRNA遺伝子に基づく分子系統解析の結果、U9-1i株は、α-プロテオバクテリア綱に属する新規な細菌である。16S rRNA遺伝子配列に基づいて近隣結合法で作成した系統樹を
図2に示す。
【0016】
「U9-1iクラスターに属する菌」
本明細書において、U9-1iクラスターに属する菌とは、U9-1i株と遺伝子的に近縁種である、16S rRNA遺伝子全長1406bpとクエリーカバー率(Query cover)99%以上(1406bpのうち1392bp以上)において相同性97%以上を示し、かつ近隣結合法で作成した分子系統樹においてU9-1i株、OTSz A272株とともに1つのクレードを形成する細菌群を意味する。
【0017】
「プライマー」
本発明のプライマーは、U9-1i株の16S rRNA遺伝子の特異的な領域から設計された。すなわち、本発明のプライマーは、配列番号1に示される16S rRNA遺伝子の1187~1204位の領域、すなわち、配列番号3に示す塩基配列1270F(5’-CGGTGACAGAGGGATAAT-3’)、またはその相補配列を含む。
【0018】
ここで、U9-1i株、および、
図2に示す系統樹に記載されている細菌の一部について、U9-1i株の配列1270Fに相当する領域の塩基配列を
図3に示す。
図3に示すように、U9-1iクラスターに属する菌は、U9-1i株の配列1270Fに相当する領域において配列番号4~6に示す塩基配列1270F familyを有する。配列1270F familyは、配列1270Fの18bpの塩基配列に対して17bp以上が一致しており、94.4%以上(=17bp/18bp)の非常に高い相同性を有する。それに対し、U9-1iクラスターに属さない菌の当該領域における配列1270Fとの相同性は低く、遺伝子データベースに登録されている全真正細菌の約350万の配列のうち、配列1270Fと一致するものは僅か200配列程度である(表1)。同様に、配列1270F familyと一致するものも同程度と僅かである。さらに
図3に示すように、U9-1iクラスターに属さない比較的近縁の菌では83.4%以下(18bpに対して15bp以下)の一致度であることがほとんどである。したがって、配列番号4~6に示される配列である1270F family、またはその相補配列からなるプライマーにより、U9-1iクラスターに属する菌の16S rRNA遺伝子を、特異的に増幅することができる。
【0019】
「PCR法」
配列番号3~6に示される配列、またはその相補配列からなるプライマーを用いたPCR法により、U9-1iクラスターに属する菌の16S rRNA遺伝子に特異的な領域が増幅されるため、このPCR法により、U9-1iクラスターに属する菌を検出、定量することができる。
PCR法の際には、上記した配列番号3~6に示される配列またはその相補配列からなるプライマーと、リバースプライマーまたはその相補配列からなるプライマーとを組み合わせて使用する。リバースプライマーとしては特に制限されず、真正細菌の16S rRNA遺伝子に特異的なユニバーサルプライマーを用いることができる。
【0020】
PCR法としては、MPN-PCR法、競合的PCR法、リアルタイムPCR法のいずれを用いてもよいが、迅速に高精度な結果が得られることから、リアルタイムPCR法が好ましい。リアルタイムPCR法は、増幅産物を蛍光によって検出する。検出方法としては、蛍光を発する色素をインターカレートするインターカレーター法や蛍光色素を結合させる蛍光プローブ法等を特に制限することなく利用することができる。
【0021】
ここで、リアルタイムPCR法は、PCRによるDNA断片の増幅量をリアルタイムでモニタリングして解析する手法である。リアルタイムPCR法により、サンプルに含まれる特定の塩基配列を有するDNAの濃度の定量分析を行うことができる。
リアルタイムPCR法により、特定のDNAが増幅され、蛍光検出可能な量に達すると、急激な蛍光強度の増加が観察される。このときのサイクル数をThreshold Cycle(以下、Ct値という。)という。PCR法では1サイクルごとにDNAが2倍となり、DNAは指数関数的に増幅する。サンプル中に含まれる当初DNA量が多いほど、少ないサイクル数で蛍光検出可能な量に達するため、Ct値は小さくなる。
【0022】
Ct値と当初DNA量の常用対数との間には直線関係があり、これを基に検量線を作成することができる。すなわち、異なるDNA濃度を有する複数個のサンプルのリアルタイムPCR法でCt値を測定し、Ct値を縦軸に、PCR開始前の当初DNA量を横軸にプロットすることで、検量線を作成できる。この検量線は、試料のDNA濃度とCt値との関係を表し、濃度未知のサンプルのCt値をリアルタイムPCR法により測定することにより、サンプルに含まれるDNA量を定量することができる。
そして、定量された16S rRNA遺伝子量とU9-1iクラスターに属する菌の菌体量との間には直線関係がある。そのため、リアルタイムPCR法で定量された16S rRNA遺伝子量から、サンプル中のU9-1iクラスターの菌体量を定量することができる。例えば、U9-1i株のゲノム中には、16S rRNA遺伝子が1コピー存在するため、U9-1i株の菌体数は、16S rRNA遺伝子数と略等しい。
【0023】
・核酸抽出方法
U9-1i株は、マンガン酸化細菌であり、二価マンガンイオン存在下で微生物産生マンガン酸化物を細胞表面に蓄積する。そのため、微生物産生マンガン酸化物を蓄積したU9-1i株から、PCR用の核酸を抽出するには、マンガン酸化物を還元可能な水溶液を用いて、酸化マンガンを溶解した後に行うことが好ましい。マンガン酸化物を還元可能な水溶液としては、アスコルビン酸、クエン酸、シュウ酸、ヒドロキシアルキルアミン等が挙げられ、アスコルビン酸、クエン酸、シュウ酸、ヒドロキシアルキルアミンが、核酸への影響が少ないため好ましい。なお、このマンガン酸化物を還元可能な水溶液による前処理は、他のマンガン酸化細菌の核酸を抽出する際にも適用できる。
【実施例】
【0024】
「プライマーの選定」
U9-1i株の16S rRNA遺伝子の配列の中から、U9-1i株に特異的な配列、即ち、既知の菌株の配列と相同性が低い配列を探索した。具体的には遺伝子データベースGenBankでのBLAST検索で近縁種の配列と相同性の低い領域を抽出し、さらにRibosomal Database Project(RDP)のProbe Matchプログラム(http://rdp.cme.msu.edu/probematch/search.jsp)で抽出配列の特異性を調べた。
【0025】
GenBankでのBLAST検索により、特異性が高い2つの領域を、配列655F(配列番号2、576~592位)、配列1270F(配列番号3、1187~1204位)として抽出した。さらに、RDPにて、登録されている全真正細菌の配列(単離株、環境クローンを含む)を対象として、それぞれの配列とマッチする配列数(細菌数)を調査した。その結果を表1に示す。また、配列1270F familyについても、調査結果を示す。
【0026】
【0027】
配列655Fと同一の配列は、登録されている全真正細菌の配列である約350万の内、僅か85であった。このうち78配列は、U9-1i株と関連性のあるα-プロテオバクテリア綱であったが、この内、分離された既知の株はWoodsholea maritima OTSz_A_272株の1株のみであり、残りは未分離のクローン配列であった。このことから、U9-1i株の近縁種は、ほとんど単離されていないことが確認できた。また、配列655Fをオリゴヌクレオチドプローブとして用いることにより、U9-1i株とその近縁種を特異的に検出できる可能性が示された。
【0028】
配列1270Fについても配列655Fと同様、マッチする配列は非常に少なく、約350万の配列数のうち224配列のみであった。また、これらの配列のほとんどはα-プロテオバクテリア綱であったが、やはり分離された既知の株は、Marinicauda pacifica p-1km-3株の僅か1株のみであった。
【0029】
配列1270F familyについても、マッチする配列は、約350万の配列数のうち274配列のみであり、そのほとんど(264配列)が、α-プロテオバクテリア綱であった。
【0030】
以上の結果から、配列655F、1270F、1270F family、またはその相補配列をオリゴヌクレオチドプローブとしたPCR法を適用することにより、U9-1iクラスターに属する菌を特異的かつ高感度で検出できることが示唆された。
【0031】
「U9-1i株のろ床培養」
・U9-1i株
U9-1i株は、Leptothrix培地(表2)を用いて室温で約1週間振とう培養し、フルグロースさせた菌株を用いた。
【0032】
【0033】
・培養方法
プラスチック製コンテナに、容積が計60Lとなるように砕石(7号砕石)を投入し、循環液20L、循環速度0.25L/分にて、培地をコンテナ上部から散水し、下部から回収して循環させた。培地は、表3で示した組成の培地を適宜濃縮、希釈し、さらに硫酸マンガン(5~450mg-Mn/L)を添加したものを用いた。培地は、24時間循環させる毎に新たな培地に交換し、実験初期より徐々にマンガン濃度(mg-Mn/L)を上昇させた。これに、上記で培養しておいたU9-1i株の培養液を、培養0日目に250mL、培養21日目に200mL植菌した。なお、コンテナ、及び、砕石は滅菌処理を行っていない。
【0034】
【0035】
「リアルタイムPCR」
配列655F、または配列1270Fからなるオリゴヌクレオチドプローブと、真正細菌特異的なユニバーサルプライマー(806R、1492R)とのプライマーセットを用いて、下記表4に示す条件でSYBR Green法によるリアルタイムPCRを行った。
【0036】
【0037】
サンプルには、上記ろ床培養の砕石から採取した試料のDNA、スタンダード(U9-1i株の16S rRNA遺伝子を組み込んだプラスミドDNA)と同じコピー数に調製したネガティブコントロール(βプロテオバクテリアGJ-E10株の16S rRNA遺伝子を組み込んだプラスミドDNA)を用いた。なお、砕石から採取した試料は、アスコルビン酸でマンガン酸化物を溶解してから、核酸を抽出した。リアルタイムPCRの結果を
図4に示す。
【0038】
655Fプライマーセットでは、サンプル(砕石試料DNA)の増幅効率が低く、環境試料中に混在するPCR阻害物質の影響を受けやすいことが明らかとなった。さらに、サンプルよりもネガティブコントロールの増幅効率が高かったことから、U9-1i株の特異的なPCRに使用できないことが明らかとなった。
一方、1270Fプライマーセットでは、サンプル(砕石試料DNA)のPCR増幅は良好であった。ネガティブコントロールの増幅が反応の後半で見られるものの、十分に小さい上、濃度非依存的に起こる非特異的な増幅であり、標的DNAの定量に影響を与えないことが確認された。
すなわち、配列1270F、またはその相補配列をプライマーとして用いることにより、U9-1i株を特異的に検出できることが確認できた。
【0039】
・U9-1i株の定量
ろ床培養の砕石表面からバイオフィルムを約0.5g測り採った後、100mMアスコルビン酸溶液を200μL添加し、ボルテックスで5分間撹拌してMn酸化物を溶解した。Mn酸化物溶解後の試料全量を土壌DNA抽出キット(株式会社ニッポン・ジーン製、商品名:ISOIL for Beads Beating)を用いてDNAを抽出した。なお、DNA抽出は付属のマニュアルに従った。
抽出したDNAを分光光度計(Thermo Fisher Scientific社製、装置名:NanoDrop 1000)により定量後、10~100倍に希釈して定量PCRに用いた。
【0040】
定量PCRは、上記表4に示す「1270F」を用いたプライマーセットを用いてSYBR Green法で行った。反応にはFastStart Essential DNA Green Master(Roche社製)を用い、マニュアルで推奨された反応液組成およびプライマー濃度で反応させた。なお、DNAの定量はリアルタイムPCRシステム(Roche社製、装置名:LightCycler Nanoシステム)により、上記表4のサーマルサイクル反応で解析した。また、U9-1i株の16S rRNA遺伝子を用いてスタンダードを作成し、絶対検量線法で定量した。
鋳型DNAを段階希釈して実験を行い、最も増幅効率の高かった結果をDNAのコピー数とした。その結果を
図5に示す。
【0041】
40日までは配列1270Fは検出されたがコピー数の増加は確認できなかった。しかし、全細菌の16S rRNA遺伝子コピー数がほぼ一定(108/g担体)に達した50日以後に配列1270Fのコピー数が増加し、その後培養100日目からは106~107コピー/g担体の範囲で安定的に維持されていることが確認できた。U9-1i株のゲノム中には、16S rRNA遺伝子が1コピー存在するため、100日目以後は、担体1g当たり106~107細胞のU9-1i株が保持されていることになる。
一方、それぞれプライマーが異なるため、単純な割り算で存在比を求めることは難しいが、16S rRNA遺伝子数を目安として全細菌に占めるU9-1i株の存在比(U9-1i 16S rRNA遺伝子コピー数/全細菌16S rRNA遺伝子コピー数×100)を見積もった。その結果、培養開始直後から40日後までの存在比は1%から0.1%程度と低かったが、その後増加し、配列1270Fのコピー数がほぼ一定に維持された100日以後は数%~10%程度で推移していた。
【0042】
・砕石バイオフィルムの真正細菌叢解析
ろ床培養の砕石表面のバイオフィルムについて、次世代シーケンサーMiSeq(Illumina社製)用のアダプター配列を連結した真正細菌に特異的なプライマーセット(http://www.earthmicrobiome.org)(515F:5’-GTGCCAGCMGCCGCGGTAA-3’、806R:5’-GGACTACHVGGGTWTCTAAT-3’)によりPCR増幅を行った。PCRは、DNAポリメラーゼ(タカラバイオ株式会社製、商品名:Ex Taq)を用いてサーマルサイクラー(ThermoFisher Scientific社製、装置名:SimpliAmp Thermal Cycler)により行った。反応液の総量は40μLとし、組成はEx Taq付属のマニュアルに従った。
【0043】
PCR産物をDNA精製試薬(Beckman Coulter社製、商品名:AMPure XP)で精製後、フルオロメーター(ThermoFisher Scientific社製、装置名:Qubit)で定量後に各サンプルを同濃度で混合した。混合したPCR産物は、自動DNA断片ゲル抽出装置(Sage Science社製、装置名:BluePippin)で再度精製してアンプリコン解析用のライブラリーとした。
調製したライブラリーはシーケンサー(Illumina社製、装置名:MiSeq)により配列を決定した。得られた配列は、Claident v0.2(https://www.claident.org)を用いて分子系統学的に分類した。結果を
図6に示す。
【0044】
運転開始直後にAcidobacteria門、Firmicutes門および未同定細菌群の急激な増加が確認された。運転約60日目、Bacteroidetes門の増加とともにFirmicutes門は減少し、その後細菌叢は安定した。加えて、Proteobacteria門は運転期間中増減を繰り返しながら常に優占した。
U9-1i株は、培養直後は1%以下に減少したが、培養60日目以降でU9-1i株の増加が確認され、定量PCRの結果と一致した。U9-1i株の増加は試験終了時まで持続しており、他の細菌の存在下でもU9-1i株を安定的に培養できることが確かめられた。
【配列表】