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特許7120794筆記具用インキ組成物、およびそれを用いた筆記具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-08
(45)【発行日】2022-08-17
(54)【発明の名称】筆記具用インキ組成物、およびそれを用いた筆記具
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/16 20140101AFI20220809BHJP
   B43K 7/00 20060101ALI20220809BHJP
   B43K 8/00 20060101ALI20220809BHJP
   B43K 1/02 20060101ALI20220809BHJP
【FI】
C09D11/16
B43K7/00
B43K8/00
B43K1/02
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018082732
(22)【出願日】2018-04-24
(65)【公開番号】P2018193545
(43)【公開日】2018-12-06
【審査請求日】2021-02-03
(31)【優先権主張番号】P 2017095385
(32)【優先日】2017-05-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】303022891
【氏名又は名称】株式会社パイロットコーポレーション
(72)【発明者】
【氏名】西川 知明
【審査官】桜田 政美
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-064668(JP,A)
【文献】特開平11-043637(JP,A)
【文献】特開2016-151003(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 11/16
B43K 7/00
B43K 8/00
B43K 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多糖類-ステロール誘導体と、カーボンブラックと、溶媒と、を含んでなることを特徴とする、筆記具用インキ組成物(香料を含むインキ組成物を除く)
【請求項2】
多糖類-ステロール誘導体と、顔料と、トリメチルグリシンと、溶媒と、を含んでなることを特徴とする、筆記具用インキ組成物。
【請求項3】
前記多糖類-ステロール誘導体の含有量が、前記筆記具用インキ組成物の総質量を基準として0.001質量%~10質量%である、請求項1または請求項2に記載の筆記具用インキ組成物。
【請求項4】
前記多糖類-ステロール誘導体が、プルラン-コレステロール誘導体である、請求項1~3のいずれか一項に記載の筆記具用インキ組成物。
【請求項5】
N,N ,N-トリアルキルアミノ酸を更に含んでなる、請求項に記載の筆記具用インキ組成物。
【請求項6】
前記溶媒が水である、請求項1~5のいずれか一項に記載の筆記具用インキ組成物。
【請求項7】
デキストリンを更に含んでなる、請求項1~6のいずれか一項に記載の筆記具用インキ組成物。
【請求項8】
請求項1~のいずれか一項に記載の筆記具用インキ組成物を収容してなることを特徴とする、筆記具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筆記具用インキ組成物、およびそれを用いた筆記具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
筆記具は、暫くペン先が大気中に晒された状態にあると、充填されているインキ中の溶媒などがペン先より蒸発し、インキが乾燥固化して、筆跡がかすれたり、筆記ができなくなったりするなど、筆記具として満足に利用できなくなることがあった。このため、筆記具用インキ組成物およびそれを用いた筆記具において、インキの乾燥を防ぎ、良好な耐ドライアップ性能を得ることは課題である。そこで上記課題を解決するため、インキ中に保湿剤として、エチレングリコール、プロピレングリコールやグリセリンなどの多価アルコール溶剤や、尿素または尿素誘導体を添加し、耐ドライアップ性能を向上させたインキ組成物が提案されている。(特許文献1など)
しかしながら、前記多価アルコール溶剤や、尿素または尿素誘導体は、耐ドライアップ性能の向上に効果はあるものの、良好な耐ドライアップ性能が得られる程度にインキ組成物中に添加すると、インキ粘度は上昇し、ボテや線割れ、トギレやカスレが発生したり、インキの追従性が悪化して書き味が悪くなったり、さらには、筆跡の耐水性が悪化したり、筆跡が長時間乾かず、筆跡がこすれた際に汚れてしまうなどの問題を抱えている。
そこで、更なる耐ドライアップ性能の向上を図るため、特許文献2では、HC=CH-O-CO-NH-(CH)n-CHの一般式で表される化合物を含んでなるインキ組成物が開示されている。
しかしながら、耐ドライアップ性能の向上は見られるものの、前記インキ組成物を、マーキングペンや万年筆などに用いた場合には、インキの追従性が劣り、良好な筆跡を得ることは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平8-127746号公報
【文献】特開2011-178973号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、耐ドライアップ性能および筆記性能に優れた筆記具用インキ組成物を提供するものであり、さらに、それを用いた筆記具を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の筆記具用インキ組成物は、多糖類-ステロール誘導体と、着色剤と、溶媒と、を含んでなることを特徴とするものである。
【0006】
また、本発明の筆記具は、前記筆記具用インキ組成物を収容してなることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、耐ドライアップ性能に優れ、書き味が滑らかで、さらに、発色良好で優れた耐水性を有した筆跡が得られる、筆記性能に優れた筆記具用インキ組成物および、それを用いた筆記具を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
<筆記具用インキ組成物>
本発明による筆記具用インキ組成物(以下、場合により、インキ組成物と表す。)は、多糖類-ステロール誘導体と、着色剤と、溶媒と、を含んでなることを第一の特徴とする。以下、本発明によるインキ組成物を構成する各成分について説明する。
【0009】
<多糖類-ステロール誘導体>
本発明のインキ組成物は、多糖類-ステロール誘導体を含んでなる。
前記多糖類-ステロール誘導体は、多糖類にステロールを化学結合により導入してなる化合物である。
前記多糖類は、グリコースがポリグリコシル化した高分子化合物であれば特に限定されず、例えば、プルラン、アミロース、キシログルカン、アミロペクチン、デキストラン、デキストリン、シクロデキストリン、マンナン、ヒドロキシデキストラン、マンナン、レバン、イヌリン、キチン、キトサンおよび水溶性セルロースなどが挙げられる。多糖類は、天然由来のものであっても、化学合成品であっても良い。
前記ステロールとしては、シクロペンタノペルヒドロフェナントレン骨格、コレステロール骨格、これらの誘導体、またはこれらの骨格と密接に関連した構造をもつアルコールであれば特に限定されず、例えば、コレステロール、スチグマステロール、シトステロール、ラノステロール、およびエルゴステロールなどが挙げられる。
【0010】
前記多糖類-ステロール誘導体は、高い被膜形成能を有する。このため、前記多糖類-ステロール誘導体を含んでなる本発明のインキ組成物は、ペン先に被膜を形成し、ペン先からのインキ中の溶媒の蒸発を防ぐことができる。よって、本発明のインキ組成物は、前記多糖類-ステロール誘導体が優れた保湿剤として働き、ペン先が大気に暫く晒された状態においても良好な筆跡を得ることができ、優れた耐ドライアップ性能を有するものとなる。
これは、前記多糖類-ステロール誘導体は、多糖類由来の、溶媒蒸発抑制に優れた被膜形成能力をもつ他、ステロール由来の、金属や合成樹脂などに吸着しやすい性質を併せもつ。このため、金属や合成樹脂などの素材のペン先に良好な被膜を形成しやすく、ペン先からの溶媒蒸発を効果的に抑制することができる。さらに、形成される被膜は、適度な柔軟性を有することから、筆記時には容易に破壊され、書き出し時にも優れたインキ吐出性が得られる。このため、良好な筆跡を残すことができる。よって、前記多糖類-ステロール誘導体は、インキ組成物に優れた耐ドライアップ性能を与えることができると考える。さらに、前記多糖類-ステロール誘導体は、前述の通り、金属や合成樹脂などに吸着しやすい性質をもつことから、経時的に安定な被膜をペン先に形成することができ、よって、長期に渡り、優れた耐ドライアップ性能をもたらすことができると考える。
【0011】
また、前記多糖類-ステロール誘導体は、極少量の添加でも高い耐ドライアップ性能を付与することができるため、インキ組成物がもつ物性に大きな影響を与えることなく、優れた耐ドライアップ性能を与えることができる。すなわち、極少量の添加でも耐ドライアップ性能を顕著に向上させることができることから、インキ粘度を上昇させにくくすることができる。このため、優れた耐ドライアップ性能を維持しながらも、良好なインキ追従性も維持することができ、トギレやカスレが改善された良好な筆跡をもたらすことができる。
【0012】
また、前記多糖類-ステロール誘導体は、ステロール由来による光沢性、潤滑性、耐水性をインキ組成物に付与することができる。このため、前記多糖類-ステロール誘導体を含んでなる本発明のインキ組成物は、発色良好な筆跡、優れた耐水性を有する筆跡、また、滑らかな書き味をもたらすことが可能である。
これは、得られた筆跡の表面に被膜が形成され、該被膜により着色剤などが筆記面にしっかりと定着する上、さらに該被膜により筆跡に光沢感が付与されることから、筆跡は濃く優れた発色性を示すと考える。また、該被膜により筆跡に耐水性が付与され、筆跡に後から水滴が付着するなどした場合でも着色剤の流出が防止されることから、筆跡滲みを効果的に防止できるためと考える。
また、前記多糖類-ステロール誘導体は、インキ組成物に含ませることで、潤滑油のように働き、筆記面とペン先のひっかかりを抑制することができるため、滑らかな書き味をもたらすことができると考える。
以上より、前記多糖類-ステロール誘導体は、多糖類由来の性質とステロール由来の性質の両方を付与できるため、前記多糖類-ステロール誘導体をインキ組成物に含ませることで、上述のような種々の効果を得ることができる。
よって、前記多糖類-ステロール誘導体を含んでなる本発明のインキ組成物は、ペン先が大気に暫く晒された状態においても、書き出し性に優れ、良好な筆跡をもたらしながらも、得られた筆跡は、水滴などが後から付着した場合でも、滲むことなく、良好な色調を維持することができるため、優れた耐ドライアップ性能と、筆跡の高耐水性の維持という、相反する性能を有した極めて優れたインキ組成物であるといえる。
【0013】
本発明において、インキ組成物の耐ドライアップ性能、書き味の向上を考慮すると、前記多糖類-ステロール誘導体は、ステロールが導入される多糖類にプルランを用いた化合物であることが好ましい。
多糖類にプルランを用いた多糖類-ステロール誘導体は、溶媒蒸発を十分に抑制しながらも、筆記時の衝撃により破壊されやすく良好なインキ吐出性を維持することができる好適な被膜を形成できるためと推察される。
尚、前記プルランは、入手が可能であるならば分子量などはいかなるものであっても良いが、重量平均分子量が10000~500000であるプルランを用いることが好ましく、優れた耐ドライアップ性能と筆記時の被膜破壊の容易性による優れたインキ吐出性能の両性能を満たすことを考慮すると、重量平均分子量が100000~300000であるプルランを用いることがより好ましい。
【0014】
また、本発明において、多糖類-ステロール誘導体は、多糖類に導入されるステロールが、コレステロール骨格を有する化合物であることが好ましく、本発明において、前記多糖類-ステロール誘導体は、プルランにコレステロールを化学結合により導入してなる化合物である、プルラン-コレステロール誘導体であることが好ましい。これは、金属や合成樹脂などに吸着しやすく、ペン先に良好な被膜を形成しやすいためであり、さらには、筆跡に耐水性をもたらしやすいためである。
また、入手の容易さや、化合物の経時安定性を考慮すると、本発明に用いる前記多糖類-ステロール誘導体は、多糖類に、コレステロールをジイソシアネート化合物で付加した化合物であることが好ましい。
前記ジイソシアネート化合物は、OCN-R1-NCOで表される化合物が好ましく、例えば、R1がエチレン基であるエチレンジイソシアネート、ブチレン基であるブチレンイソシアネート、ヘキサメチレン基であるヘキサメチレンジイソシアネート、ジフェニルメタン基であるジフェニルメタンジイソシアネートなどが挙げられ、溶媒への溶解性などを考慮すると、特にブチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネートが好ましく用いられる。
【0015】
特に、本発明の多糖類-ステロール誘導体は、前述の通り、プルラン-コレステロール誘導体であることが好ましく、さらに好ましくは、前記プルラン-コレステロール誘導体は、プルランにコレステロールをヘキサメチレンジイソシアネートで付加した化合物であるヘキシルジカルバミン酸コレステリルプルラン(コレステロールプルラン)であることが好ましい。前記へキシルジカルバミン酸コレステリルプルランとしては、下記式(1)のように示される化合物が挙げられる。本発明において、前記へキシルジカルバミン酸コレステリルプルランを用いることで、さらに、良好な耐ドライアップ性能と、良好な書き味と、発色性、耐水性に優れた筆跡をもたらすインキ組成物を得ることができる。
【0016】
【化1】
【0017】
前記へキシルジカルバミン酸コレステリルプルラン(コレステロールプルラン)を含んでなる市販品の一例としては、Meduseedsシリーズ(日油(株)製)等が挙げられ、具体的には、Meduseeds -C1やMeduseeds-CP等が挙げられる。尚、Meduseeds-CPは、へキシルジカルバミン酸コレステリルプルラン、水、ブチレングリコール、メチルパラベン、フェノキシエタノールを含む。
【0018】
本発明のインキ組成物における、前記多糖類-ステロール誘導体の含有量は、インキ組成物の総質量を基準として、0.001~10質量%であることが好ましく、0.005~5質量%であることがより好ましい。
前記多糖類-ステロール誘導体の含有量が上記数値範囲内であれば、前記多糖類-ステロール誘導体の保湿剤としての効果を十分に得ることができ、耐ドライアップ性能を十分に向上させることができ、また、得られる筆跡に十分な耐水性を付与することができる。さらに、書き味の向上や、インキ吐出性の向上を考慮すると、0.005~1質量%であることがより好ましい。尚、前記多糖類-ステロール誘導体は、1種または、2種以上の混合物として使用することが可能である。
【0019】
<着色剤>
本発明で用いる着色剤は、特に限定されないが、筆記具用インキ組成物に用いられる顔料、染料などを使用することができる。
【0020】
顔料としては、溶媒に分散可能であれば特に制限されるものではない。例えば、無機、有機、加工顔料などが挙げられるが、具体的にはカーボンブラック、アニリンブラック、群青、黄鉛、酸化チタン、酸化鉄、フタロシアニン系、アゾ系、キナクリドン系、キノフタロン系、スレン系、トリフェニルメタン系、ペリノン系、ペリレン系、ジオキサジン系、アルミ顔料、パール顔料、蛍光顔料、蓄光顔料等が挙げられる。その他、染料などで樹脂粒子を着色したような着色樹脂粒子や、色材を媒体中に分散させてなる着色体を公知のマイクロカプセル化法などにより樹脂壁膜形成物質からなる殻体に内包または固溶化させたマイクロカプセル顔料を用いても良い。
尚、顔料は、予め顔料分散剤を用いて微細に安定的に水媒体中に分散された水分散顔料製品等を用いてもよい。該顔料分散剤としては、水溶性樹脂、ノニオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤などが挙げられる。
染料としては、溶媒に溶解可能であれば特に制限されるものではない。例えば、直接染料、酸性染料、塩基性染料、含金染料、および各種造塩タイプ染料等が採用可能である。
これらの顔料および染料は、1種または、2種以上の混合物として使用してもかまわない。
【0021】
前記着色剤の中でも、耐水性、耐光性に優れ、良好な発色性を示す筆跡を得ることを考慮すると、顔料を用いることが好ましい。
また、顔料は染料とは異なり、インキ中において不溶状態で分散していることから、着色剤に顔料を用いた場合、一度、インキが乾燥固化して、インキ流路などが詰まってしまうと、後から追従されるインキにより、この詰まりを解消することは難しく、インキの残量はあるものの、再び筆記できなくなる可能性が高い。よって、耐ドライアップ性の向上は、顔料を用いたインキにおいてはより大きな課題である。本発明に用いられる前記多糖類-ステロール誘導体は、前述の通り、高い保湿効果をもつことから、顔料を用いた場合にも、優れた耐ドライアップ性能をもたらすことが可能であり、顔料と多糖類-ステロール誘導体と併用することは、特に効果的である。
また、顔料と多糖類-ステロール誘導体と併用することは、筆跡の耐水性の向上という点からも効果的である。
【0022】
本発明のインキ組成物における着色剤の含有量は、インキ組成物の総質量を基準として、0.1~30質量%であることが好ましい。
【0023】
<溶媒>
本発明に用いる溶媒は、従来の筆記具用水性インキ組成物や筆記具用油性インキ組成物に用いられる溶媒を使用することができる。
具体的には水が挙げられ、水としては特に制限なく、例えば、水道水、イオン交換水、限外ろ過水または蒸溜水などが挙げられる。
また、ポリエチレングリコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ブチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール等の多価アルコール溶剤や、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノフェニルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノフェニルエーテル等のグリコールエーテル溶剤、さらには、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ベンジルアルコール等のアルコール溶剤なども挙げられる。
これらを1種または、2種以上の混合物として使用することが可能である。
【0024】
中でも、本発明においては、水または、水と水に溶解可能な有機溶剤(水溶性有機溶剤)からなる混合溶媒を用いることが好ましく、前記多糖類-ステロール誘導体の分散安定性や、耐ドライアップ性能の効果を効率良く得ることを考慮すると、本発明のインキ組成物は、筆記具用水性インキ組成物として調整することが好ましい。
さらに、耐ドライアップ性能の向上を考慮すると、前記水溶性有機溶剤の中でも、多価アルコール溶剤を選択して用いることが好ましい。これは、前記多価アルコール溶剤を用いることで、多価アルコール溶剤の吸湿効果をインキ組成物に付与することができるためである。よって、本発明のインキ組成物において、前記多糖類-ステロール誘導体の被膜形成による溶媒蒸発抑制効果と、多価アルコール溶剤の吸湿効果により、相乗的に保湿力が向上し、優れた耐ドライアップ性能が得られ、長期間、または乾燥状態が強い環境においてペン先が大気に晒された状態にあっても、良好な筆跡を得ることができる。
【0025】
特に、本発明においては、前記多価アルコール溶剤の中でも、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ブチレングリコール、グリセリンの中から1種以上を選択して用いることが好ましい。
特には、前記多糖類-ステロール誘導体のインキ組成物中での分散安定性や、保湿剤としての効果を効率良く得ることを考慮すると、本発明のインキ組成物は、ブチレングリコールを用いることが好ましい。ブチレングリコールには、それ自体にも保湿効果があるため、多糖類-ステロール誘導体と併用することで、多糖類-ステロール誘導体を分散安定させて、その保湿効果を効率良く得ると共に、ブチレングリコール自体の保湿効果が相乗的に働き、その結果として優れた耐ドライアップ性能を得ることができる。
さらに、ブチレングリコール以外に、他の多価アルコール溶剤を併用して用いることが好ましい。具体的には、エチレングリコールやジエチレングリコールを用いた場合には、インキ粘度の上昇をさらに抑えながら、優れた耐ドライアップ性能を得ることができることから、マーキングペンや万年筆などのようなインキ粘度を特段に考慮する必要がある筆記具に好適に用いることができる。また、グリセリンを用いた場合には、グリセリンの高い吸湿性により、さらに優れた耐ドライアップ性を得ることができることから、着色剤に顔料を用いた場合や、出没式筆記具のような特段に耐ドライアップ性能を考慮する必要がある筆記具に充填して用いる場合に、好適に用いることができる。
【0026】
インキ組成物における溶媒の含有量は、インキ組成物の総質量を基準として、10~99質量%であることが好ましい。
尚、前記多価アルコール溶剤を用いる場合、前記多糖類-ステロール誘導体と、前記多価アルコール溶剤の総含有量は、トギレやカスレが改善された良好な筆跡が得られることや、耐ドライアップ性能の向上および、筆跡の耐水性の向上を考慮すると、0.1~30質量%であることが好ましく、0.5~10質量%であることが好ましい。
【0027】
また、本発明のインキ組成物は、多糖類(多糖類-ステロール誘導体を除く)を更に含んでいてもかまわない。
前記多糖類としては、プルラン、アミロース、キシログルカン、アミロペクチン、デキストラン、デキストリン、シクロデキストリン、マンナン、ヒドロキシデキストラン、マンナン、レバン、イヌリン、キチン、キトサンおよび水溶性セルロースなどが挙げられる。これらの多糖類は、1種または、2種以上の混合物として使用してもかまわない。
本発明において、前記多糖類自体の被膜形成による耐ドライアップ性能の向上や前記多糖類-ステロール誘導体との相溶性を考慮すると、前記多糖類(多糖類-ステロール誘導体を除く)は、デキストリンを用いることが好ましく、ボールペン用インキ組成物として好適に用いることができる。
【0028】
前記多糖類にデキストリンを用いる場合には、前記デキストリンの重量平均分子量については、5000~120000であることが好ましい。120000以上であると、ペン先に形成される被膜が硬く、ドライアップ時の書き出しにおいて、筆跡がカスレやすくなる傾向があり、一方、5000未満だとデキストリンの吸湿性が高くなりやすく、ペン先に生ずる被膜が柔らかくなりやすく、ペン先で安定して維持しにくく、インキ中の溶媒の蒸発が抑制しにくい傾向にあるためである。さらに、重量平均分子量が20000より小さいと、被膜は薄くなりやすい傾向にあるため、重量平均分子量が、20000~100000であることが最も好ましい。
【0029】
前記多糖類(多糖類-ステロール誘導体を除く)の含有量は、インキ組成物の総質量を基準として、0.1~5質量%が好ましい。これは、0.1質量%より少ないと、耐ドライアップ性能の向上効果が十分得られない傾向にあり、5質量%を越えると、インキ中で溶解しづらい傾向があるためである。よりインキ中の溶解安定性を考慮すれば、0.1~3質量%が好ましく、より耐ドライアップ性能の向上を考慮すれば、1~3質量%が、最も好ましい。
【0030】
更に、本発明においては、必要に応じて剪断減粘性付与剤を添加し、インキに適当な粘性を与えて実用に供することができる。用いられる剪断減粘性付与剤は従来公知のものから適宜選択することができ、その具体例としては、キサンタンガム、サクシノグリカン、カラギーナン等の多糖類、ポリアクリル酸、架橋型アクリル酸、ポリビニルアセトアミド、非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、会合性ウレタンエマルジョン等が挙げられ、1種または、2種以上の混合物として使用することが可能である。
中でも、本発明のように、多糖類-ステロール誘導体を用いる場合には、前記剪断減粘性付与剤として多糖類を用いることが好ましい。これは、ともに多糖類骨格を有することから、インキ中で安定して存在することが可能であり、本発明のインキ組成物がもたらす効果を得られやすいためである。
【0031】
また、本発明のインキ組成物は、インキ物性や機能を向上させる目的で、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、キレート剤、保湿剤などの各種添加剤を含んでいてもよい。
【0032】
pH調整剤としては、アンモニア、炭酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの塩基性無機化合物、酢酸ナトリウム、トリエタノールアミン、ジエタノールアミンなどの塩基性有機化合物、乳酸およびクエン酸などが挙げられ、インキ組成物の経時安定性を考慮すれば、塩基性有機化合物を用いることが好ましく、より考慮すれば、弱塩基性であるトリエタノールアミンを用いることが好ましい。これらのpH調整剤は1種または、2種以上の混合物として使用してもかまわない。
【0033】
防錆剤としては、ベンゾトリアゾールおよびその誘導体、トリルトリアゾール、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、チオ硫酸ナトリウム、サポニン、またはジアルキルチオ尿素などが挙げられる。
【0034】
防腐剤としては、フェノール、フェノキシエタノール、メチルパラベン、安息香酸ナトリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、ソルビン酸カリウム、パラオキシ安息香酸プロピル、2,3,5,6-テトラクロロ-4-(メチルスルフォニル)ピリジン、2-ピリジンチオール-1-オキシドナトリウム、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オンなどが挙げられる。
【0035】
キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(GEDTA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)、ジヒドロキシエチルグリシン(DHEG)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)、トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA)およびそれらのアルカリ金属塩、アンモニウム塩またはアミン塩などが挙げられる。
【0036】
保湿剤としては、前記多糖類-ステロール誘導体や前記多価アルコール溶剤の他に、尿素、またはソルビット、N,N,N-トリアルキルアミノ酸などがあげられる。特に、本発明においては、N,N,N-トリアルキルアミノ酸を更に含んでなることが好ましい。N,N,N-トリアルキルアミノ酸は、高い吸湿性能を備えるため、本発明に用いられる多糖類-ステロール誘導体と併用することで、さらに高い保湿効果が得られ、耐ドライアップ性能を向上させることができる。また、優れた耐ドライアップ性能を維持しながら、後述するような低粘度インキ組成物として調整しやすく、さらに筆跡乾燥性をも向上しやすいため、本発明において、N,N,N-トリアルキルアミノ酸を更に含んでなることは、特に効果的である。
【0037】
前記N,N,N-トリアルキルアミノ酸は、下記式(2)で表せるものである。
【化2】
【0038】
式(2)中のR1~R3としては、直鎖または分岐鎖のアルキル基を広く用いることができる。すなわち、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基等が例示される。なおR1~R3は同一であっても異なっていてもよい。
具体的には、n=1のトリメチルグリシン、トリエチルグリシン、トリプロピルグリシン、トリイソプロピルグリシン、n=2のトリメチル-β-アラニン、n=3のトリメチル-γ-アミノ酪酸等が挙げられる。
耐ドライアップ性能の向上やインキ組成物の保存安定性の向上などを考慮すると、トリメチルグリシンを選択して用いることが好ましい。
【0039】
さらに、樹脂エマルジョンとして、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、スチレン-ブタジエン系樹脂、ポリエステル系樹脂、酢酸ビニル系樹脂など含むエマルジョンを添加することができる。
【0040】
さらには、各種界面活性剤を含んでも良い。ノニオン系、アニオン系、カチオン系界面活性剤などが挙げられ、アセチレン結合を構造中に有した界面活性剤、シリコーン系界面活性剤、フッ素系界面活性剤などが挙げられる。
【0041】
また、本発明のインキ組成物をボールペンに用いる場合、潤滑剤を用いることが好ましい。
潤滑剤は、ボールペンが有するボールとボールペンチップの間の潤滑性を向上して、ボールの回転をスムーズにすることで、ボール座の摩耗を抑制し、書き味を向上するものであり、本発明においては、リン酸エステル系界面活性剤や脂肪酸を用いることが好ましい。
【0042】
中でも、本発明においては、リン酸基を有するリン酸エステル系界面活性剤を用いることがより好ましい。これは、リン酸基は金属に吸着しやすい性質にあることから、潤滑性を向上させ、ボール座の摩耗抑制や書き味を向上させやすいためである。
前記リン酸エステル系界面活性剤の種類としては、直鎖アルコール系、スチレン化フェノール系、ノニルフェノール系、オクチルフェノール系等が挙げられる。この中でも、フェニル骨格を有すると立体障害により潤滑性に影響が出やすいことから、フェニル骨格を有さないリン酸エステル系界面活性剤を用いることが、好ましい。これらは、1種または、2種以上の混合物として使用してもかまわない。
【0043】
前述の通り、前記多糖類-ステロール誘導体自体も潤滑剤として働き、潤滑性を向上させる傾向にあることから、本発明において、多糖類-ステロール誘導体と、前記リン酸エステル系界面活性剤と併用することは、書き味を向上させる点からもさらに効果的であり、本発明において、前記多糖類-ステロール誘導体と、前記リン酸エステル系界面活性剤とを併用することにより、耐ドライアップ性と、筆記性と、潤滑性をさらに向上させることができ、耐ドライアップ性能を維持しながらも、良好な書き味とトギレやかすれのない良好な筆跡を得ることができるため、より効果的である。
【0044】
前記リン酸エステル系界面活性剤の具体例としては、プライサーフシリーズ(第一工業製薬(株)製)の中から、プライサーフA212C、同A208B、同A213B、同A208F、同A215C、同A219B、同A208N等が挙げられる。
また、前記脂肪酸の具体例としては、OSソープ、NSソープ、FR-14、FR-25(花王(株)製)等が挙げられる。
これらのリン酸エステル系界面活性剤、脂肪酸は、1種または、2種以上の混合物として使用してもかまわない。
【0045】
<インキ組成物の製造方法>
本発明によるインキ組成物は、従来知られている任意の方法により製造することができる。具体的には、前記各成分を必要量配合し、プロペラ攪拌機、ホモディスパー、またはホモミキサーなどの各種攪拌機やビーズミルなどの各種分散機などにて混合し、製造することができる。
【0046】
<筆記具>
本発明の筆記具用インキ組成物を充填する筆記具自体の構造、形状は特に限定されるものではなく、従来から汎用のものが適用でき、繊維チップ、フェルトチップ、プラスチックチップをペン先としたマーキングペン(サインペン)や、ボールペンチップなどをペン先としたボールペン、さらに、金属製のペン先を用いた万年筆など、各種筆記具に用いることができる。
筆記具のペン先の材質としては、ボールペンや万年筆においては、超硬合金、ステンレス、金などの金属や炭化珪素のなどのセラミックスが挙げられ、マーキングペン(サインペン)においては、ポリエステル、ナイロン、ポリウレタン、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリルなどの合成樹脂が挙げられるが、本発明のインキ組成物は、多糖類-ステロール誘導体を含んでなることから金属や合成樹脂に対し吸着しやすく、溶媒蒸発を抑制する好適な被膜を形成し、長期にわたり維持しやすい傾向にあるため、ペン先の材質が金属や合成樹脂である筆記具に好適に用いることができる。
さらに、ボールペンや万年筆においては、耐ドライアップ性能の向上効果を考慮すれば、ペン先の材質がステンレス、金メッキしたステンレス、14金、18金、22金であるものに好適に用いることができる。また、マーキングペン(サインペン)においては、ペン先が大気に接する面積が大きく、ペン先からの溶媒の蒸発抑制を特に考慮する必要があるため、本発明のインキ組成物との相性が良い繊維収束体、例えば、共重合ポリエステル繊維等のポリエステル繊維、ナイロン6、ナイロン6,6等のナイロン繊維、ポリアクリロニトリル等のアクリル繊維、ポリエチレンテレフタレート繊維、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン繊維、塩化ビニル繊維等の単繊維を、ポリウレタンを主剤とし、ポリイソシアネートを硬化剤としたウレタン系接着剤、フェノール系接着剤、メラニン系接着剤などの樹脂で収束一体化した繊維収束体をペン先としたものに好適に用いることができ、中でも、ポリエステル繊維、ナイロン繊維、アクリル繊維からなる繊維収束体をペン先としたものに、より好適に用いることができる。
【0047】
また、本発明のインキ組成物を用いることができる筆記具としては、インキ組成物を直に充填する構成のものであってもよく、インキ組成物を充填することのできる、インキ収容体またはインキ吸蔵体を備えるものであってもよい。また、前記インキ収容体またはインキ吸蔵体が、筆記具本体に着脱自在に交換可能な構造をもつインキカートリッジ式筆記具およびコンバーター式筆記具であってもよい。
【0048】
また、本発明のインキ組成物を用いることができる筆記具は、ペン先を覆うキャップを備えたキャップ式筆記具や、ノック式、回転式およびスライド式などの軸筒内にペン先を収容可能な出没式筆記具が挙げられる。
前記多糖類-ステロール誘導体を含んでなる本発明のインキ組成物は、耐ドライアップ性能に優れることから、常にペン先が大気に晒されているような状況となる、ペン先を収容可能な出没式筆記具に、好適に用いることができる。
【0049】
また、本発明のインキ組成物を用いることができる筆記具の供給機構についても特に限定されるものではなく、例えば、(機構1)繊維収束体などからなるインキ誘導部をインキ流量調節部材として備え、インキ組成物をペン先に供給する機構、(機構2)くし溝状のインキ流量調節部材を備え、これを介在させ、インキ組成物をペン先に供給する機構、(機構3)弁機構によるインキ流量調節部材を備え、インキ組成物をペン先に供給する機構、および(機構4)インキ流量調節部材なしに直接、インキ組成物をペン先に供給する機構などを挙げることができる。
前記多糖類-ステロール誘導体を含んでなる本発明のインキ組成物は、優れた耐ドライアップ性能を維持しながら、インキ粘度を、剪断速度380sec-1において50mPa・s以下であるような低粘度インキ組成物はもとより、剪断速度380sec-1において2mPa・s以下であるような超低粘度インキ組成物にも調整することが可能なため、供給機構の特性から、インキ粘度が前記低粘度インキ組成物の範囲内であるインキ組成物を主に充填して用いるような前記(機構1)、(機構2)、(機構3)の供給機構を備える筆記具に好適に用いることができる。また、本発明のインキ組成物は、剪断減粘性付与剤を含んでなる場合、前記(機構4)の供給機構を備える筆記具にも、好適に用いることができる。
【実施例
【0050】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0051】
着色剤に染料を用いたインキ組成物(染料系インキ)に関する実施例
【0052】
<実施例1>
下記の配合組成および方法により、筆記具用インキ組成物を得た。
・多糖類-ステロール誘導体 10.0質量%
(プルラン-コレステロール誘導体(ヘキシルジカルバミン酸コレステリルプルラン(コレステロールプルラン))の1.0%水分散体)
・着色剤 2.0質量%
(染料、C.I.ダイレクトブラック19)
・pH調整剤 1.0質量%
(トリエタノールアミン)
・防腐剤 0.05質量%
(1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン)
・水溶性有機溶剤 2.0質量%
(ジエチレングリコール)
・水 残部

多糖類-ステロール誘導体、pH調整剤、防腐剤、水溶性有機溶剤、水をプロペラ攪拌により、混合してベース液を得た。その後、該ベース液に着色剤を添加し、プロペラ攪拌により混合して、筆記具用インキ組成物を得た。
【0053】
<実施例2~実施例4、比較例1~比較例4>
実施例2~実施例4および比較例1~比較例4は、インキ組成物に含まれる成分の種類や配合量を表1において表される組成に変更した以外は、実施例1と同じ方法で筆記具用インキ組成物を得た。比較例2~比較例4で添加した多糖類(プルラン、(株)林原製)は、プロペラ攪拌により水と混合して、1.0%水溶液としたものを使用した。
【0054】
【表1】
【0055】
<試験用筆記具(万年筆)の作製>
実施例1~実施例4および比較例1~比較例4の筆記具用インキ組成物を、ポリエチレン製のインキカートリッジに注入し、金メッキしたステンレス製のペン先を有し、くし溝状のインキ流量調節部材を備えたノック式の出没式筆記具((株)パイロットコーポレーション製万年筆、FCN-1MR-BM)に装着し、万年筆を得た。得られた万年筆を試験用筆記具(万年筆)とした。
【0056】
<試験用筆記具(マーキングペン(サインペン))の作製>
実施例1~実施例4および比較例1~比較例4の筆記具用インキ組成物を、ポリエチレン製のインキカートリッジに注入し、ポリエステル製の繊維収束体からなるペン先と、該ペン先の後端をインキ収容体まで延長させたインキ誘導部をインキ流量調節部材とし、インキ組成物をペン先に供給する機構を備えた筆記具((株)パイロットコーポレーション製スペアー式サインペン、SK-100R-B)に装着し、マーキングペン(サインペン)を得た。得られたマーキングペン(サインペン)を試験用筆記具(マーキングペン(サインペン))とした。
【0057】
上記、試験用筆記具(万年筆)および、試験用筆記具(マーキングペン(サインペン))を用いて、耐ドライアップ性能試験、筆記性能試験を行い評価した。
また、試験用筆記具(マーキングペン(サインペン))においては、耐ドライアップ経時性能試験を行い評価した。
【0058】
<耐ドライアップ性能試験A>
実施例1~実施例4および比較例1~比較例4のインキ組成物を用いた試験用筆記具(万年筆)のペン先を繰り出して、ペン先を大気に晒し、横置きにした状態で、20℃、65%RHの条件下で24時間放置した後、試験用紙(日本製紙(株)製の上質紙(しらおい4/6T)に、「V」という文字(文字の大きさは、縦横約8mm)を連続筆記し、筆跡が認識できる程度に復帰したまでの文字数を数え、下記の評価基準に従って評価した。得られた評価結果を表2にまとめた。
◎:復帰したまでの文字数が、25文字未満であった。
○:復帰したまでの文字数が、25文字以上50文字未満であった。
△:復帰したまでの文字数が、50文字以上75文字未満であった。
×:復帰したまでの文字数が、75文字以上100文字未満であった。
××:100文字筆記しても、筆跡は復帰できなかった。
【0059】
<耐ドライアップ性能試験B>
実施例1~実施例4および比較例1~比較例4のインキ組成物を用いた試験用筆記具(マーキングペン(サインペン))のキャップを外して、ペン先を大気に晒し、横置きにした状態で、20℃、65%RHの条件下で7日間放置した後、試験用紙(日本製紙(株)製の上質紙(しらおい4/6T)に、「永」という文字(文字の大きさは、縦横約8mm)を10文字連続筆記し、筆跡のカスレの程度を目視にて確認し、下記の評価基準に従って評価した。得られた評価結果を表2にまとめた。
◎:カスレが生じなかった。
○:カスレが生じたが、実用上問題のないレベルであった。
×:カスレが生じ、実用上懸念が残るレベルであった。
××:筆跡が得られなかった。
【0060】
下記表2は、実施例1~実施例4、比較例1~比較例4のインキ組成物中の多糖類-ステロール誘導体(プルラン-コレステロール誘導体)、N,N,N-トリアルキルアミノ酸(トリメチルグリシン)、および多糖類(プルラン)の有効成分含有量(インキ組成物の総質量を基準とする)と、耐ドライアップ性能試験A、Bの評価結果を表す。
【表2】
【0061】
<筆記性能試験>
実施例1~実施例4および比較例1~比較例4のインキ組成物を用いた試験用筆記具(万年筆)においては耐ドライアップ性能試験Aの直後に、実施例1~実施例4および比較例1~比較例4のインキ組成物を用いた試験用筆記具(マーキングペン(サインペン))においては耐ドライアップ性能試験Bの後、暫く筆記を続けてカスレのない筆跡が得られるようになった後に、試験用紙(日本製紙(株)製の上質紙(しらおい4/6T))に手書きで螺旋状の丸を連続筆記し、書き味において官能試験を行い、さらに、得られた筆跡の発色性を目視にて確認した。この結果、多糖類-ステロール誘導体を含んでなる実施例1~実施例4のインキ組成物を用いた試験用筆記具(万年筆)および試験用筆記具(マーキングペン(サインペン))では、多糖類-ステロール誘導体を含んでない比較例1~比較例4のインキ組成物を用いた試験用筆記具(万年筆)および試験用筆記具(マーキングペン(サインペン))に比べ、紙面に対してひっかかりが少なく、滑らかな書き味であり、得られた筆跡は、濃くはっきりとした発色性に優れたものであった。
【0062】
<耐ドライアップ経時性能試験>
実施例1~実施例4および比較例1のインキ組成物を用いた試験用筆記具(マーキングペン(サインペン))において、筆記性能試験後、再びキャップをして、ペン先を上向きにした状態で、20℃、65%RHの条件下で、1ヶ月間放置した後、試験用紙(日本製紙(株)製の上質紙(しらおい4/6T)に、「永」という文字(文字の大きさは、縦横約8mm)を10文字連続筆記し、筆跡のカスレの程度を目視にて確認し、下記の評価基準に従って評価した。得られた評価結果を表3にまとめた。
◎:カスレが生じなかった。
○:カスレが生じたが、実用上問題のないレベルであった。
×:カスレが生じ、実用上懸念が残るレベルであった。
××:筆跡が得られなかった。
【0063】
下記表3は、実施例1~実施例4、比較例1のインキ組成物中の多糖類-ステロール誘導体(プルラン-コレステロール誘導体)、N,N,N-トリアルキルアミノ酸の有効成分含有量(インキ組成物の総質量を基準とする)と、耐ドライアップ経時性能試験の評価結果を表す。
【表3】
【0064】
耐ドライアップ性能試験の結果(表2)から、実施例1~実施例4のインキ組成物は、比較例1~比較例4のインキ組成物に比べて、サインペン、万年筆で用いた場合ともに、少ない文字数で筆跡が復帰し、耐ドライアップ性能に優れることが明らかとなった。
また、筆記性能試験の結果から、実施例1~実施例4のインキ組成物は、比較例1~比較例4のインキ組成物に比べて、サインペン、万年筆で用いた場合ともに、滑らかな書き味と、濃く発色性に優れた筆跡が得られ、筆記性能に優れていることがわかった。
さらに、耐ドライアップ性能経時試験の結果(表3)から、実施例1~実施例4のインキ組成物は、比較例1のインキ組成物に比べて、長期的にも優れた耐ドライアップ性能を有することがわかった。
よって、多糖類-ステロール誘導体を含んでなる実施例1~4のインキ組成物は、耐ドライアップ性能、耐ドライアップ経時性能、筆記性能に優れていることがわかった。
【0065】
着色剤に顔料を用いたインキ組成物(顔料系インキ)に関する実施例
【0066】
<実施例201>
下記の配合組成および方法により、筆記具用インキ組成物を得た。
・多糖類-ステロール誘導体 1.0質量%
(プルラン-コレステロール誘導体(ヘキシルジカルバミン酸コレステリルプルラン(コレステロールプルラン))の1.0%水分散体)
・着色剤 26.6質量%
(カーボンブラックの15%水分散体)
・pH調整剤 1.0質量%
(トリエタノールアミン)
・防腐剤 0.1質量%
(1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン)
・水 残部

多糖類-ステロール誘導体、pH調整剤、防腐剤、水をプロペラ攪拌により、混合してベース液を得た。その後、該ベース液に着色剤を添加し、プロペラ攪拌により混合して、筆記具用インキ組成物を得た。
【0067】
<実施例202~実施例207、比較例201~204>
実施例202~実施例207および比較例201~204は、インキ組成物に含まれる成分の種類や配合量を表4において表される組成に変更した以外は、実施例201と同じ方法で筆記具用インキ組成物を得た。
【0068】
【表4】
【0069】
<試験用筆記具(万年筆)の作製>
実施例201~実施例207および比較例201~比較例204の筆記具用インキ組成物を、ポリエチレン製のインキカートリッジに注入し、金メッキしたステンレス製のペン先を有し、くし溝状のインキ流量調節部材を備えたノック式の出没式筆記具((株)パイロットコーポレーション製万年筆、FCN-1MR-BM)に装着し、万年筆を得た。得られた万年筆を試験用筆記具(万年筆)とした。
【0070】
<耐ドライアップ性能試験C>
実施例201~実施例207および比較例201のインキ組成物を用いた試験用筆記具(万年筆)のペン先を繰り出して、ペン先を大気に晒し、横置きにした状態で、20℃、65%RHの条件下で0.5時間放置した後、試験用紙(日本製紙(株)製の上質紙(しらおい4/6T)に、「V」という文字(文字の大きさは、縦横約8mm)を連続筆記し、筆跡が認識できる程度に復帰したまでの文字数を数え、下記の評価基準に従って評価した。得られた評価結果を表5にまとめた。
◎◎:復帰したまでの文字数が、0文字であった。(初筆よりかすれのない筆跡が得られた)
◎:復帰したまでの文字数が、0文字より多く、10文字未満であった。
○:復帰したまでの文字数が、10文字以上、20文字未満であった。
×:復帰したまでの文字数が、20文字以上、50文字未満であった。
××:50文字筆記しても、筆跡は復帰できなかった。
【0071】
下記表5は、実施例201~実施例207、比較例201のインキ組成物中の多糖類-ステロール誘導体(プルラン-コレステロール誘導体)、N,N,N-トリアルキルアミノ酸、グリセリン、ジエチレングリコールの有効成分含有量(インキ組成物の総質量を基準とする)と、耐ドライアップ性能試験Cの評価結果を表す。
【表5】
【0072】
<浸漬耐水性能試験>
実施例205~実施例207および比較例202~比較例204のインキ組成物を用いた試験用筆記具(万年筆)を用いて、試験用紙(日本製紙(株)製の上質紙(しらおい4/6T))に手書きで螺旋状の丸を連続筆記した後、試験用紙を蒸留水に浸漬し、1時間後に筆跡の状態を目視で観察し、下記の評価基準に従って評価した。得られた評価結果を表6にまとめた。
◎:筆跡ににじみや色調の変化が見られなかった。
○:わずかに筆跡のにじみや色調の変化が観察されたが、実用可能なレベルであった。
△:筆跡のにじみや色調の変化が観察され、実用上懸念が残るレベルであった。
×:筆跡のにじみや色調に大きな変化が観察された。
【0073】
<スポット耐水性能試験>
実施例205~実施例207および比較例202~比較例204のインキ組成物を用いた試験用筆記具(万年筆)を用いて、試験用紙(日本製紙(株)製の上質紙(しらおい4/6T))に永という文字を筆記した後、筆跡上にスポイトで蒸留水を1滴垂らした後、5時間後の筆跡の状態を目視で観察し、下記の評価基準に従って評価した。得られた評価結果を表6にまとめた。
◎:筆跡ににじみや色調の変化が見られなかった。
○:わずかに筆跡のにじみや色調の変化が観察されたが、実用可能なレベルであった。
△:筆跡のにじみや色調の変化が観察され、実用上懸念が残るレベルであった。
×:筆跡のにじみや色調に大きな変化が観察された。
【0074】
下記表6は、実施例205~実施例207、比較例202~比較例204のインキ組成物中の多糖類-ステロール誘導体(プルラン-コレステロール誘導体)、N,N,N-トリアルキルアミノ酸、グリセリン、ジエチレングリコールの有効成分含有量(インキ組成物の総質量を基準とする)と、浸漬耐水性能試験、スポット耐水性能試験の評価結果を表す。
【表6】
【0075】
耐ドライアップ性能試験の結果(表5)から、実施例201~実施例207のインキ組成物は、比較例201に比べて少ない文字数で筆跡が復帰し、耐ドライアップ性能に優れており、多糖類-ステロール誘導体を用いることにより、優れた耐ドライアップ性能を有するインキ組成物が得られることがわかった。また、N,N,N-トリアルキルアミノ酸、グリセリン、ジエチレングリコールなどと併用することで、さらに優れた耐ドライアップ性能を付与できることがわかった。
また、浸漬耐水性能試験、スポット耐水性能試験の結果(表6)から、実施例205~実施例207のインキ組成物は、比較例202~比較例204のインキ組成物に比べて、筆跡の耐水性が優れおり、多糖類-ステロール誘導体を用いることにより、筆跡に耐水性が付与されることが明らかとなった。
よって、多糖類-ステロール誘導体を含んでなるインキ組成物は、耐ドライアップ性能に優れ、得られる筆跡は耐水性に優れるものであり、耐ドライアップ性能と耐水性の相反する性能を両立させることができる優れたインキ組成物であることがわかった。
【0076】
<実施例301>
下記の配合組成および方法により筆記具用インキ組成物を得た。
・多糖類-ステロール誘導体 10.0質量%
(プルラン-コレステロール誘導体(ヘキシルジカルバミン酸コレステリルプルラン(コレステロールプルラン))の1.0%水分散体)
・着色剤 30.0質量%
(カーボンブラック20%水分散体)
・剪断減粘度付与剤 0.3質量%
(サクシノグリカン)
・潤滑剤 1.0質量%
(リン酸エステル系界面活性剤(直鎖アルコール系))
・多糖類 1.0質量%
(デキストリン)
・pH調整剤 2.0質量%
(トリエタノールアミン)
・キレート剤 0.5質量%
(エチレンジアミン四酢酸)
・防錆剤 0.5質量%
(ベンゾトリアゾール)
・水 残部

多糖類-ステロール誘導体、着色剤、潤滑剤、多糖類、pH調整剤、キレート剤、防錆剤、水をマグネットホットスターラーで加温攪拌などして、ベースインキを作製した。
その後、上記作製したベースインキを加温しながら、剪断減粘性付与剤を投入してホモジナイザー攪拌機を用いて均一な状態となるまで充分に混合攪拌した後、濾紙を用いて濾過を行い、実施例301の筆記具用インキ組成物を得た。
【0077】
<比較例301>
比較例301は、実施例301の配合組成のうち、多糖類-ステロール誘導体を用いなかった以外は、実施例301と同じ方法で筆記具用インキ組成物を得た。
【0078】
<試験用筆記具(ボールペン)の作製>
実施例301、比較例301の筆記具用インキ組成物(1.0g)を、インキ収容体の先端にボール(ボール径:0.7mm)を回転自在に抱持したステンレス製のボールペンチップをチップホルダーに介して具備したインキ収容体内(ポリプロピレン製)に充填したレフィルを(株)パイロットコーポレーション製のノック式の出没式ゲルインキボールペン(LG-20F-B)の外装に組み、ボールペンを得た。得られたボールペンを試験用筆記具(ボールペン)とした。
【0079】
得られた試験用筆記具(ボールペン)のペン先を繰り出して、ペン先を大気に晒し、横置きにした状態で、50℃、全乾の条件下で1日間放置した後、試験用紙(JIS P3201、筆記用紙A)に、「V」という文字(文字の大きさは、縦横約8mm)を連続筆記し、筆跡が認識できる程度に復帰したまでの文字数を数えたところ、多糖類-ステロール誘導体を含んでない比較例301のインキ組成物を用いた試験用筆記具(ボールペン)よりも、多糖類-ステロール誘導体を含んでなる実施例301のインキ組成物を用いた試験用筆記具(ボールペン)の方が、復帰するまでの文字数は少なく、実施例301の筆記具用インキ組成物は、耐ドライアップ性能に優れていることがわかった。
その後、試験用筆記具(ボールペン)を用いて、試験用紙に手書きで螺旋状の丸を連続筆記し、書き味において官能試験を行ったところ、多糖類-ステロール誘導体を含んでなる実施例301のインキ組成物を用いた試験用筆記具(ボールペン)の方が、多糖類-ステロール誘導体を含んでない比較例301のインキ組成物を用いた試験用筆記具(ボールペン)よりも、筆記面に対するひっかかりが少なく、滑らかな書き味を有した。さらに、実施例301のインキ組成物を用いた試験用筆記具(ボールペン)によって得られた筆跡は、比較例301の筆記具用インキ組成物を用いた試験用筆記具(ボールペン)によって得られた筆跡に比べて、濃くはっきりとして発色性に優れるものであった。
その後、筆跡を有した試験用紙を蒸留水に浸漬し1時間後の筆跡の状態と、筆跡上にスポイトで蒸留水を1滴垂らした後の5時間後の筆跡の状態を目視で観察したところ、ともに、実施例301のインキ組成物を用いた試験用筆記具(ボールペン)によって得られた筆跡は、比較例301のインキ組成物を用いた試験用筆記具(ボールペン)によって得られた筆跡に比べて、筆跡のにじみや色調の変化が少なく、得られる筆跡は耐水性に優れるものであった。
【0080】
以上より、多糖類-ステロール誘導体と、着色剤と、溶媒と、を含んでなる筆記具用インキ組成物は、耐ドライアップ性能に優れており、ペン先が暫く大気に晒された状態においても良好な筆跡をもたらし、さらに、滑らかな書き味であり、得られる筆跡は耐水性に優れ、また濃く発色性に優れていることがわかった。また、耐ドライアップ経時性能試験から、多糖類-ステロール誘導体と、着色剤と、溶媒と、を含んでなる筆記具用インキ組成物は、長期的にも優れた耐ドライアップ性能を有することがわかった。よって、本発明の筆記具用インキ組成物は、耐ドライアップ性能に優れ、滑らかな書き味と、発色性、耐水性が良好な筆跡をもたらすものであり、前記筆記具用インキ組成物を用いた筆記具は、筆記具として優れたものであることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明のインキ組成物は、マーキングペン(サインペン)、ボールペン、万年筆、筆ペン、カリグラフィー用のペンなどの各種筆記具に用いることができ、該インキ組成物が収容されてなる筆記具は、耐ドライアップ性能に優れ、滑らかな書き味を有し、発色良好で優れた耐水性を有する筆跡をもたらすなど、筆記具として優れたものである。