(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-08
(45)【発行日】2022-08-17
(54)【発明の名称】グリース組成物、それを用いた摺動部材および低周波数の騒音低減方法
(51)【国際特許分類】
C10M 169/00 20060101AFI20220809BHJP
C10N 10/02 20060101ALN20220809BHJP
C10N 20/00 20060101ALN20220809BHJP
C10N 20/02 20060101ALN20220809BHJP
C10M 107/02 20060101ALN20220809BHJP
C10M 117/00 20060101ALN20220809BHJP
C10M 143/10 20060101ALN20220809BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20220809BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20220809BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20220809BHJP
【FI】
C10M169/00
C10N10:02
C10N20:00 A
C10N20:02
C10M107/02
C10M117/00
C10M143/10
C10N30:00 Z
C10N30:06
C10N40:02
(21)【出願番号】P 2019530970
(86)(22)【出願日】2018-07-09
(86)【国際出願番号】 JP2018025878
(87)【国際公開番号】W WO2019017227
(87)【国際公開日】2019-01-24
【審査請求日】2021-06-24
(31)【優先権主張番号】P 2017141511
(32)【優先日】2017-07-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000110077
【氏名又は名称】デュポン・東レ・スペシャルティ・マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊東 洋
【審査官】松原 宜史
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-141763(JP,A)
【文献】特開2016-006154(JP,A)
【文献】特開2007-297422(JP,A)
【文献】特開2004-339447(JP,A)
【文献】特開2002-327188(JP,A)
【文献】特開2018-090681(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N 10/00- 80/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ポリアルファオレフィン(PAO)を含む基油、
(B)リチウム石鹸を含む増稠剤、
(C1)ガラス転移点(Tg)が-20℃未満のスチレン系ブロック共重合体、および
(C2)ガラス転移点(Tg)が-20℃以上のスチレン系ブロック共重合体
を含有してなる、グリース組成物。
【請求項2】
上記の成分(C1)のガラス転移点(Tg)が-40℃未満の範囲内であり、
上記の成分(C2)のガラス転移点(Tg)が-20℃~10℃の範囲内であり、
成分(C2)の含有量が組成物全体の0.5~2.5質量%の範囲である、請求項1のグリース組成物。
【請求項3】
組成物全体における、成分(C2)の含有量が成分(C1)の含有量の1/2以下の量(質量%)である、請求項1または請求項2に記載のグリース組成物。
【請求項4】
前記の成分(A)が100℃における動粘度が10mm
2/s以下となる1種類または2種類以上のポリアルファオレフィン(PAO)からなる基油である、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のグリース組成物。
【請求項5】
前記の成分(B)が、炭素数が10~24の脂肪酸のリチウム金属塩よりなり、成分(A)100質量部に対して、成分(B)の含有量が1~20質量部の範囲である、請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のグリース組成物。
【請求項6】
さらに、(D)固体粒子、増粘剤、粘着性向上剤、酸化防止剤、極圧剤、油性剤、防錆剤、腐食防止剤、金属不活性剤、染料、色相安定剤、粘度指数向上剤、および構造安定剤から選ばれる1種類以上の添加剤を含有する、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載のグリース組成物。
【請求項7】
上記の成分(D)として、(D1)オレフィン系樹脂粉末を含む固体潤滑剤を、成分(A)100質量部に対して、1~25質量部の範囲で含む、請求項6に記載のグリース組成物。
【請求項8】
混和ちょう度が250~400の範囲である、請求項1~請求項7のいずれか1項に記載のグリース組成物。
【請求項9】
消音潤滑グリース組成物である、請求項1~請求項8のいずれか1項に記載のグリース組成物。
【請求項10】
請求項1~請求項8のいずれか1項に記載のグリース組成物を用いることを特徴とする、周波数100~500Hzの範囲における騒音低減方法。
【請求項11】
騒音の発生源がモーターを備えた機械装置または駆動装置である、請求項10の騒音低減方法。
【請求項12】
摺動面に請求項1~請求項8のいずれか1項に記載のグリース組成物が塗布された摺動部材。
【請求項13】
金属部材、樹脂部材またはこれらの組み合わせからなり、その摺動面に請求項1~請求項8のいずれか1項に記載のグリース組成物からなる潤滑被膜を備えた回転摺動部材である、請求項12の摺動部材。
【請求項14】
自動車または産業機械の部品として用いられる、請求項12または請求項13に記載の摺動部材。
【請求項15】
モーターの部品である、請求項12または請求項13に記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低周波数(100~500Hzの領域)における騒音低減効果に優れるグリース組成物、それを用いた摺動部材、および騒音低減方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車、電気機器、情報機器、建設機械、産業機械、工作機械などの各種機械の可動部における摺動個所には潤滑剤を適用することが必要であり、特に注油することが困難な個所には、一般にグリースが潤滑剤として用いられている。かかるグリースは、基本的に、ポリアルファオレフィン(PAO)等の基油と増稠剤とよりなるものであり、PAO系のグリースはその潤滑性および耐摩耗性に優れるものである(例えば、特許文献1)。また、これらのグリースに増粘剤または増稠剤としてスチレン系ブロック共重合体を用いることも提案されている(特許文献2または特許文献3)。特に、特許文献2においては、作動音低減を目的として1種類のスチレン・イソプレンブロック共重合体を含むPAO系の消音性潤滑グリース組成物(特許文献2の実施例1~6)が提案されている。しかしながら、これらの文献に具体的に開示されたスチレン系ブロック共重合体は、いずれも1種類だけであり、ガラス転移点(Tg)が-20℃未満のスチレン系ブロック共重合体の使用しか使用されていない。
【0003】
一方、ガラス転移点(Tg)が-20℃以上のスチレン系ブロック共重合体(例えば、クラレ社製のハイブラー(登録商標)系:SHVIS(ハイブラー7125、クラレ社製),SVIS(ハイブラー5125、クラレ社製))も公知であるが、このようなスチレン系ブロック共重合体は、液状のグリースとは技術的分野の異なる、制振性等を目的としたエラストマー固体材料に用いられる樹脂添加剤であって、これらをグリースに配合することやそれに伴う技術的利益は記載も示唆もされていない(例えば、特許文献4)。
【0004】
一方、近年、自動車のトレンドが従来のエンジン駆動タイプのガソリン車から電気自動車またはハイブリッド車に移行した結果、自動車部品の小型化と軽量化が進み、かつ、自動車室内の静寂性を高める観点から、自動車の内部構造は、遮音性が高くなるような設計がなされ、自動車部品の作動音を遮断することが行われている。この結果、従来のエンジン由来の騒音低減の要求に変わって、モーター軸に接続されたウォームギアとウォームホイールのあたり音に代表される減速ギア音、ホイールギア音等の比較的低周波数(100~500Hzの領域)における騒音低減が求められてきている。しかしながら、従来のスチレン・イソプレンブロック共重合体を含むPAO系の消音性潤滑グリース組成物では、このような低周波数領域の騒音を十分低減することができず、潤滑剤としてのグリースの性能を損なうことなく、これらの低周波数領域の騒音を低減可能なグリース組成物が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2003-3186号公報
【文献】特開2016-141763号公報
【文献】特開2007-297422号公報
【文献】特開2005-105209号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、ポリアルファオレフィン(PAO)系グリースの潤滑性および耐摩耗性を実質的に損なうことなく、モーター駆動等に由来する低周波数(100~500Hzの領域)における騒音低減効果に優れるグリース組成物、それを用いた摺動部材、および騒音低減方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決すべく、鋭意検討の結果、本発明者らは、ポリアルファオレフィン(PAO)系グリース組成物において、ガラス転移点(Tg)の異なる2種類のスチレン系ブロック共重合体を併用することにより上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明の第一の態様は、(A)ポリアルファオレフィン(PAO)を含む基油、(B)リチウム石鹸を含む増稠剤、(C1)ガラス転移点(Tg)が-20℃未満のスチレン系ブロック共重合体、および(C2)ガラス転移点(Tg)が-20℃以上のスチレン系ブロック共重合体を含有してなる、グリース組成物(好適には、消音潤滑グリース組成物)である。
【0009】
また、本発明の第二の態様は、上記のグリース組成物を用いることを特徴とする、周波数100~500Hzの範囲における騒音低減方法である。
【0010】
さらに、本発明の第三の態様は、摺動面に上記のグリース組成物が塗布された摺動部材であり、これは、回転摺動部材、自動車または産業機械の部品、特にモーターの部品を含む。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ポリアルファオレフィン(PAO)系グリースの潤滑性および耐摩耗性を実質的に損なうことなく、モーター駆動等に由来する低周波数(100~500Hzの領域)における騒音低減効果に優れるグリース組成物、それを用いた摺動部材、および騒音低減方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の第1の態様は、(A)ポリアルファオレフィン(PAO)を含む基油、(B)リチウム石鹸を含む増稠剤、(C1)ガラス転移点(Tg)が-20℃未満のスチレン系ブロック共重合体、および(C2)ガラス転移点(Tg)が-20℃以上のスチレン系ブロック共重合体を含有してなり、かつ、任意で(D)その他の添加剤を含んでもよいグリース組成物である。以下、当該技術的特徴について説明する。
【0013】
[(A)ポリアルファオレフィン(PAO)を含む基油]
本発明に用いられる基油は、ポリアルファオレフィンを含有するものであり、実質的にポリアルファオレフィンのみからなる基油であってもよく、通常のグリース組成物に使用されるその他の鉱油や合成油、シリコーン油との混合油の形態であってもよい。具体的には、成分(A)である基油はポリアルファオレフィンを50質量%以上、80質量%以上、または90質量%以上含む基油であり、実質的に、ポリアルファオレフィンのみからなる基油であることが特に好ましい。
【0014】
ポリアルファオレフィンは、アルファオレフィンの重合体である。モノマーであるアルファオレフィンの炭素数としては、粘度指数や蒸発性の観点から、炭素数6~20程度のものが好ましく、炭素数8~16程度のものがより好ましく、炭素数10~14程度のものがさらに好ましく、1-オクテンオリゴマー、1-デセンオリゴマー、エチレン-プロピレンオリゴマー及びその水素化物が例示できる。また、ポリアルファオレフィンとしては、低蒸発性及び省エネルギーの観点から、アルファオレフィンの2量体~5量体までのものが好ましい。なお、目的とする性状に合わせて、モノマーの炭素数、配合比、重合度を調節することができる。
【0015】
アルファオレフィンの重合触媒としては、メタロセン触媒、AlCl3触媒、チーグラー型触媒等が使用可能であり、特に、メタロセン触媒により重合させることが好ましい。メタロセン触媒を使用して重合したポリアルファオレフィンは、安価であるとともに、低分子量成分が少なく分子量分布が狭い範囲となる。そのため、引火しにくい。
【0016】
成分(A)である基油は、静音性の見地から、40℃の条件下における動粘度が20mm2/s以下であることが好ましい。特に、自動車部品用途の消音潤滑グリース組成物の基油として、100℃における動粘度が10mm2/s以下、1.0~8.0mm2/sの範囲または1.5~6.0mm2/sの範囲であるポリアルファオレフィンまたはそれを含む混合基油であってよい。動粘度が前記上限以下、または前記範囲内のポリアルファオレフィンを含有するグリース組成物は、軸又は摺動部に適用した場合に、潤滑性および耐摩耗性に加え、一般的な静音化を実現できる利点がある。
【0017】
[(B)リチウム石鹸を含む増稠剤]
増稠剤は、ポリアルファオレフィンを含む基油を半固体または半流動状にする増稠作用を有するものであり、本発明においては、脂肪酸のリチウム金属塩であるリチウム石鹸を含むことが必要である。リチウム石鹸としては、単独・複合を問わず、あらゆるリチウム石鹸が使用可能であり、例えば、モノカルボキシル脂肪酸またはヒドロキシモノカルボシル脂肪酸のリチウム塩およびリチウム石けんの製造に使用される種子油等の植物油、動物油またはこれらから誘導される脂肪酸類のリチウム塩等が挙げられる。
【0018】
好適には、脂肪酸としては、炭素数が10~24の脂肪酸が好ましく用いられ、脂肪酸は、モノカルボキシル脂肪酸またはヒドロキシモノカルボキシル脂肪酸のリチウム塩であってよい。さらに具体的には、モノカルボキシル脂肪酸のリチウム塩として、ラウリン酸、ミチスチン酸、パルチミン酸、ステアリン酸、ベヘン酸、ミリストオレイン酸、パルミトレイン酸、オレイン酸およびリノレン酸のリチウム塩が例示され、ヒドロキシモノカルボキシル脂肪酸のリチウム塩として、12-ヒドロキシステアリン酸、14-ヒドロキシステアリン酸、16-ヒドロキシステアリン酸、6-ヒドロキシステアリン酸、9,10-ヒドロキシステアリン酸のリチウム塩が例示される。さらに、金属製部材を含む潤滑部に対する耐久性に優れる直鎖状モノカルボキシル脂肪酸または直鎖状ヒドロキシモノカルボキシル脂肪酸が好ましく、更に具体的には、ステアリン酸リチウム、ベヘン酸リチウムまたは12-ヒドロキシステアリン酸リチウムを用いることが好ましい。
【0019】
なお、本発明の増稠剤は、上記のリチウム石鹸のみであってもよく、カルシウム、バリウム、カリウム、ストロンチウム、ナトリウム、アルミニウムなどのその他の金属石鹸を含んでもよく、ジウレアに代表されるウレア系増稠剤、有機化クレイやシリカに代表される無機系増稠剤、ポリテトラフルオロエチレン、及びメラミンシアヌレートに代表される有機系増稠剤等をさらに含んでもよい。しかしながら、本発明の技術的効果の見地から、成分(B)である増稠剤はリチウム石鹸を50質量%以上、80質量%以上、または90質量%以上含む増稠剤であり、実質的に、リチウム石鹸のみからなる増稠剤であることが特に好ましい。
【0020】
本発明の成分(B)の含有量は特に限定されないが、得られるグリースのちょう度がJIS K2220に規定されるちょう度が混和ちょう度で250~400の範囲となるものであり、好適には、グリース組成物の混和ちょう度が260~380の範囲となることが好ましい。本発明のグリース組成物は、当該範囲のちょう度を有するグリースを提供することができ、柔らかく、摺動面からのグリース組成物のたれ落ち、飛散を防止し、その適用範囲が広く、低周波数領域だけでなく、高周波数領域での騒音防止を実現できる点で汎用性に優れたものである。
【0021】
具体的には、成分(B)は、用いられる成分(A)および成分(B)の種類またはその組み合わせによって異なるが、グリース全量基準で1~20質量%が好ましく、成分(A)100質量部に対して成分(B)が1~20質量部の範囲が好ましく、2~15質量部の範囲がより好ましい。
【0022】
[(C)スチレン系ブロック共重合体]
本発明のグリース組成物は、ガラス転移点(Tg)の異なる少なくとも2種のスチレン系ブロック共重合体を含有する。これらのスチレン系ブロック共重合体は、騒音防止において異なる役割を果たす成分であり、一方のスチレン系ブロック共重合体だけを使用しても低周波数(100~500Hzの領域)における騒音低減効果は達成できない。
【0023】
スチレン系ブロック共重合体はスチレンモノマーとそれ以外の構成モノマーとの共重合物である。スチレンモノマー以外の構成モノマーとしては、アルケン又はアルカジエンが挙げられる。これらの例として、ポリスチレン-水素添加ポリブタジエンブロック共重合体(ポリスチレン-ポリエチレンブロック共重合体を含む)、ポリスチレン-ポリイソブチレンブロック共重合体、ポリスチレン-水素添加ポリイソプレンブロック共重合体、ポリスチレン-水素添加ポリブタジエン-水素添加ポリイソプレンブロック共重合体、ポリスチレン-水素添加ポリブタジエン-ポリスチレンブロック共重合体(水素添加SBS)、ポリスチレン-ポリイソプレン-ポリスチレンブロック共重合体(SIS)、ポリスチレン-ポリブタジエン-ポリスチレンブロック共重合体(SBS)、ポリスチレン-ポリイソブチレン-ポリスチレンブロック共重合体(SIBS)、ポリスチレン-水素添加ポリイソプレン-ポリスチレンブロック共重合体〔ポリスチレン-(ポリエチレン-ポリプロピレン)-ポリスチレンブロック共重合体(SEPS)を含む〕、ポリスチレン-水素添加ポリブタジエン-ポリイソプレン-ポリスチレン共重合体が例示される。
【0024】
本発明においては、技術的効果の達成のため、ガラス転移点(Tg)の異なる少なくとも2種のスチレン系ブロック共重合体を含有するものであり、スチレン単位の含有量、およびスチレン単位とその他の構成モノマー単位の比率、スチレン系ブロック共重合体の重量平均分子量は各々のTgを満たす範囲で選択可能である。
【0025】
[(C1)低Tgのスチレン系ブロック共重合体]
成分(C1)は、そのガラス転移点(Tg)が-20℃未満のスチレン系ブロック共重合体であり、成分(C2)に対して、低いTgを有する。このようなスチレン系ブロック共重合体は、グリース組成物の増粘剤または増稠剤としても機能する成分であり、主として周波数が500Hzを超える領域における騒音を低減する成分としても有用である。このような成分(C1)のTgは、-40℃未満であり、-45℃未満であることが特に好ましい。スチレン単位の含有量は10重量%以上40重量%未満である。
【0026】
上記スチレン系ブロック共重合体(C1)は、市販品を用いることもでき、具体的には、クラレ社製のセプトン(登録商標)(SEPタイプ、SEPSタイプ、SEBS(ランダムコポリマー)タイプ、SEEPS(ランダムコポリマー)タイプ)が挙げられる。より具体的には、セプトン1020(クラレ社製、スチレン量36質量%、水添率100%)、セプトン1001(クラレ社製、スチレン量35質量%、水添率100%)が例示できる。
【0027】
[(C2)高Tgのスチレン系ブロック共重合体]
成分(C2)は、本発明の特徴的な成分であり、ガラス転移点(Tg)が-20℃以上、好適には、そのTgが-20℃~10℃の範囲内、より好適には、そのTgが-20℃~5℃の範囲内にあるスチレン系ブロック共重合体である。成分(C2)は、成分(C1)に対して高いTgを有し、本グリースに配合することによって、周波数が100~500Hzの領域における騒音を低減する成分として機能する。
【0028】
上記スチレン系ブロック共重合体(C2)は、市販品を用いることもでき、具体的には、クラレ社製のハイブラー(登録商標)(ビニルSISタイプ、ビニルSEPSタイプ)が挙げられ、より具体的には、ハイブラー5125(クラレ社製、スチレン量20質量%)、ハイブラー5127(クラレ社製、スチレン量20質量%)、ハイブラー7125(クラレ社製、スチレン量20質量%)、ハイブラー7135(クラレ社製、スチレン量33質量%)が例示できる。
【0029】
上記の成分(C1)と成分(C2)の配合量は、特に制限されるものではないが、上記の混和ちょう度および柔らかいグリース組成物を実現する見地から、成分(C2)の含有量が組成物全体の0.5~2.5質量%の範囲であることが好ましく、成分(C2)の含有量が組成物全体の1.0~2.0質量%の範囲である場合、最も好適である。仮に成分(C2)を大量に配合すると、グリース組成物が硬い性状を呈するようになり、一般的なグリース組成物の混和ちょう度の範囲を超え、その汎用性および潤滑性能が損なわれる場合がある。
【0030】
また、同様に上記の混和ちょう度および柔らかいグリース組成物を実現する見地から、成分(C2)の含有量が成分(C1)の含有量の1/2以下の量(質量%)であることが好ましい。具体的には、成分(C1)の含有量は、成分(C2)の含有量の2倍以上であって、組成物全体の3.5~8.5質量%の範囲であることが好ましい。
【0031】
本発明のグリース組成物の潤滑性、耐摩耗性および低周波数領域を含む騒音低減効果の見地から、成分(C2)の含有量が組成物全体の1.0~2.0質量%の範囲であり、かつ、成分(C1)の含有量が組成物全体の4.0~8.0質量%の範囲であることが最も好ましい。当該範囲で2種のスチレン系ブロック共重合体を併用することで、低周波数(100~500Hzの領域、好適には100~350Hzの領域における騒音低減効果が最も好適に実現可能である。
【0032】
[(D)その他の添加剤]
上記各成分のほか、従来より公知の他の成分、例えば固体粒子、増粘剤、粘着性向上剤、酸化防止剤、防錆剤、腐食防止剤、極圧剤、油性剤、基油拡散防止剤、腐食防止剤、金属不活性剤、染料、色相安定剤、増粘剤、構造安定剤等の添加剤を必要に応じて添加することができる。また、それら通常の添加剤以外に、合成、再生、天然の各種繊維物や、ゴムダスト、カシューダスト等の粘着物質を加えることもできる。
【0033】
固体粒子としては、本発明にかかるグリース組成物に所望の機能を付与する成分である。固体粒子の種類は特に制限されるものではないが、補強性充填剤;増稠剤;耐摩耗剤;顔料;色材;紫外線吸収剤;熱伝導性充填剤;導電性充填剤;絶縁材等の機能性粒子が例示される。なお、一部の粒子は、複数の機能性粒子として配合することができる。
【0034】
固体粒子の一部は、固体潤滑剤であってもよい。その種類は、特に限定されるものではないが、通常のグリース組成物に使用するものが挙げられる。固体潤滑剤としては、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ステアリン酸カルシウム、マイカ、黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、メラミンシアヌレート、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンその他の潤滑性樹脂及び酸素欠陥ペロブスカイト構造を持つ複合酸化物(SrxCa1-xCuOy等)等が挙げられる。その他、炭酸塩(Na2CO3、CaCO3、MgCO3等のアルカリ金属又はアルカリ土類金属の炭酸塩等)、ケイ酸塩(MxOySiO2〔M:アルカリ金属、アルカリ土類金属〕等)、金属酸化物(典型金属元素の酸化物、遷移金属元素の酸化物、及びそれらの金属元素を含む複合酸化物〔Al2O3/MgO等〕等)、硫化物(PbS等)、フッ化物(CaF2、BaF2等)、炭化物(SiC、TiC)、窒化物(TiN、BN、AlN、Si3N4等)、クラスターダイヤモンド、及びフラーレンC60又はC60とC70との混合物のように、摩擦係数を極端に低下させることなく金属間の直接接触を抑制して、焼付防止作用が期待できる微粒子等も挙げられる。上記典型金属元素の酸化物としては、例えば、Al2O3、CaO、ZnO、SnO、SnO2、CdO、PbO、Bi2O3、Li2O、K2O、Na2O、B2O3、SiO2、MgO及びIn2O3等が挙げられる。これらのなかでも、典型金属元素がアルカリ土類金属、アルミニウム、亜鉛であるものが好ましい。上記遷移金属元素の酸化物としては、例えば、TiO2、NiO、Cr2O3、MnO2、Mn3O4、ZrO2、Fe2O3、Fe3O4、Y2O3、CeO2、CuO、MoO3、Nd2O3等の酸化物が挙げられる。
【0035】
汎用される固体潤滑剤として、例えば、フッ素樹脂(特に、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレンヘキサフルオロプロピレンコポリマー等)、ポリエチレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂等からなる有機化合物の微粒子、メラミンシアヌレート、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、二硫化モリブデン、グラファイト、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化亜鉛等の無機化合物の微粒子、鉛等の金属の微粒子、並びに、これらの混合物が挙げられる。
【0036】
[(D1)オレフィン系樹脂粉末]
特に、本発明においては、騒音防止の見地から、(D1)オレフィン系樹脂粉末を含有していることが好ましい。オレフィン系樹脂粉末は固体潤滑剤として機能する成分であり、上記の成分(A)および成分(C)を含む、スチレン系ブロック共重合体を含むPAO系グリース組成物に対する分散性が良好であり、これらのオレフィン系樹脂粉末を摺動面に均一に介在させることで、騒音の発生を有効に抑えることができる。このようなオレフィン系樹脂粉末は特に限定されるものではないが、好ましくは平均粒径5~170μm、特に好ましくは汎用性の見地から、平均粒径5~30μmの範囲にあるポリエチレンパウダー等が利用可能である。ポリエチレンは、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレンが好適に使用できる。
【0037】
(D1)オレフィン系樹脂粉末の含有量は、特に制限されるものではないが、成分(A)100質量部に対して、1~25質量部の範囲であり、2~20質量部の範囲であってよい。
【0038】
酸化防止剤としては、例えば2,6-ジ第3ブチル-4-メチルフェノール、4,4'-メチレンビス(2,6-ジ第3ブチルフェノール)等のフェノール系酸化防止剤、アルキルジフェニルアミン、トリフェニルアミン、フェニル-α-ナフチルアミン、フェノチアジン、アルキル化-α-ナフチルアミン、アルキル化フェニチアジン等のアミン系酸化防止剤が挙げられる。
防錆剤としては、例えば脂肪酸、脂肪酸アミン、アルキルスルホン酸金属塩、アルキルスルホン酸アミン塩、酸化パラフィン、ポリオキシエチレンアルキルエーテル等が挙げられ、腐食防止剤としては、例えばベンゾトリアゾール、ベンゾイミダゾール、チアジアゾール等が挙げられる。
【0039】
極圧剤としては、例えばリン酸エステル、亜リン酸エステル、リン酸エステルアミン塩等のリン系化合物、スルフィド類、ジスルフィド類等の硫黄系化合物、ジアルキルジチオリン酸金属塩、ジアルキルジチオカルバミン酸金属塩等が挙げられる。
【0040】
油性剤としては、例えば脂肪酸またはそのエステル、高級アルコール、多価アルコールまたはこれらのエステル、脂肪族アミン、脂肪酸モノグリセライド等が挙げられる。
【0041】
防錆剤としては、例えば脂肪酸、脂肪酸アミン、アルキルスルホン酸金属塩、アルキルスルホン酸アミン塩、酸化パラフィン、ポリオキシエチレンアルキルエーテル等が挙げられ、腐食防止剤としては、例えばベンゾトリアゾール、ベンゾイミダゾール、チアジアゾール等が挙げられる。
【0042】
基油拡散防止剤としては、シリコーン油、フッ素系シラン化合物、末端をアルコール、エステルなどで変性したパーフルオロポリエーテル油、アクリル系ブロック共重合体等が挙げられる。
【0043】
粘着性向上剤としては、ポリイソブチレンまたはポリイソブチレンの鉱油溶液等が挙げられる。
【0044】
[離油度]
本発明のグリース組成物は、100℃、24時間後の離油度(JISK2220・11に準拠)が1.0%以下であり、0.5%以下に設計可能である。すなわち、本発明のグリース組成物は、離油度が低いグリース組成物を実現することができ、汎用性、潤滑性能、耐久性および保存安定性に特に優れるものである。
【0045】
[製造方法]
本発明のグリース組成物は上記の組成及び物性面の特徴を満たす限り、その製造方法において制限されるものではないが、上記各成分を機械力を用いて均一に混合する工程を有する製造法により得ることが簡便かつ好ましい。混合は、機械力を用いた攪拌、ロール、分散など所望の方法で行うことができる。好適には、本発明のグリース組成物は各成分を直接混合し、ロールミルを通したミル仕上げすることによって容易に製造することができる。
【0046】
なお、上記のグリース組成物において成分(A)と、成分(B)を形成するための脂肪酸よりなる成分(B1)と、成分(B1)をケン化させるためのリチウム金属イオン成分を含有する化合物よりなる成分(たとえば、水酸化リチウム)と混合し、成分(B1)をケン化したあとに成分(C)を添加することにより製造することもできる。
【0047】
[潤滑皮膜の形成]
本発明のグリース組成物は、ゴム部材、樹脂部材、金属部材セラミックス等からなる摺動部材の表面(摺動面)に塗布することで潤滑皮膜を形成することができる。
【0048】
なお、本発明のグリース組成物は、上記の摺動部材のほか、転がり軸受け、すべり軸受け、滑り面、歯車等の潤滑箇所をはじめ、グリースが適用できるあらゆる潤滑箇所に使用することができる。なお、本発明のグリース組成物の塗布・適用方法は特に制限されるものではない。
【0049】
後述する騒音低減効果を考慮して、好適なグリース組成物の油膜厚さは所望により設計可能であり、任意の厚みで使用してよい。たとえば、実用上、0.1μm以上としてよい。グリース組成物の油膜厚さは、特開2009-007562号公報に記載されているように、EHL試験機を用い、光干渉法等によって測定することができる。
【0050】
[騒音低減方法]
本発明のグリース組成物は、摺動面に適用することにより、当該摺動面から発生する作動(騒音)を低減することができる。特に、本発明のグリース組成物は、成分(C1)に由来する高周波数の騒音低減効果に加えて、少量の成分(C2)を含むことで、低周波数領域(周波数100~500Hz)の騒音を大幅に低減可能であり、例えば、周波数250~350Hz付近の騒音を数dB単位で低減することが可能である。
【0051】
[摺動部材]
本発明のグリース組成物を塗布した摺動部材は、当該部材を有する、駆動部品、摺動部品または搬送部品である部品として有効に用いることができる。特に、当該摺動部材は自動車または産業機械の部品として有用であり、自動車、複写機または印刷機である機械装置において、本発明のグリース組成物は好適に用いることができる。ここで、その摺動面に形成されるグリース組成物の適用量(油膜厚さ)および潤滑被膜の好適な厚さ等は、上記のとおりである。
【0052】
摺動部材の材質としては、金属、樹脂(プラスチックまたはゴム)及びこれらの組み合わせがある。プラスチック製摺動部材としては、ドアパネル、インストルメントパネル、ドアロック、ギア、ベルトテンショナー、定着ベルト、加圧ベルト、パッド、その他自動車用、複写機用、プリンター用等の摺動部材;タイミングベルト、コンベアベルト、サンルーフ用ボディシール、グラスラン、ウェザーストリップ、オイルシール、パッキン、ワイパーブレード、ドクターブレード、帯電ローラー、現像ローラー、トナー供給ローラー、転写ローラー、ヒートローラー、加圧ローラー、クリーニングブレード、給紙ローラー、搬送ローラー、ドクターブレード、中間転写ベルト、中間転写ドラム、ヒートベルト等が例示される。金属製摺動部材としてはクランクシャフト、コンプレッサーシャフト、スライドベアリング、ギア、オイルポンプギア、ピストン、ピストンリング、ピストンピン、ガスケット、ドアロック、ガイドレール、シートベルトバックル、ブレーキパッド、ブレーキパッドクリップ、ブレーキシム、ブレーキインシュレーター、ヒンジ、ネジ、加圧パッド、その他自動車用、複写機用、プリンター用等の摺動部材等が例示される。ゴム製摺動部材としてはタイミングベルト、コンベアベルト、サンルーフ用ボディシール、グラスラン、ウェザーストリップ、オイルシール、パッキン、ワイパーブレード、ドクターブレード、帯電ローラー、現像ローラー、トナー供給ローラー、転写ローラー、ヒートローラー、加圧ローラー、クリーニングブレード、給紙ローラー、搬送ローラー、ドクターブレード、中間転写ベルト、中間転写ドラム、ヒートベルト、その他自動車用、複写機用、プリンター用等の駆動部材、摺動部材、搬送部等が例示される。摺動部材の形態も特に限定されるものではなく、例えば、繊維状のもの又は繊維を含有するものであってもよい。繊維状摺動部材又は繊維を含有する摺動部材としては、例えば、車両用シート、カーペット、タイヤコード、シートベルト等が挙げられる。
【0053】
本発明のグリース組成物は、特に、低周波数領域(周波数100~500Hz)の騒音を大幅に低減可能であるから、かかる周波数領域での作動音を発生しやすいモーターを備えた機械装置または駆動装置の静音化に極めて有用である。すなわち、本発明のグリース組成物は、その摺動面に上記の膜厚等の潤滑被膜を形成した回転摺動部材について低周波数領域(周波数100~500Hz)の騒音を低減する目的で特に有用性が高く、モーター駆動する駆動部材、摺動部材、搬送部等に適用することで、当該適用面から発生する作動音(騒音)を数dB単位で低減した車両や機械装置を提供可能である。
【0054】
本発明のグリース組成物を適用した部材の用途としては、何ら制約はなく、例えば、家電、船舶、鉄道、航空機、機械、構造物、自動車補修、自動車、建築、建材、繊維、皮革、文房具、木工、家具、雑貨、鋼板、缶、電子基板、電子部品、印刷等の用途に用いることができる。これらの中でも、本発明のグリース組成物は、その性質から特に自動車および産業機械の用途に有用である。
【実施例】
【0055】
以下、本発明に関して実施例を挙げて説明するが、本発明は、これらによって限定されるものではない。
【0056】
[実施例1及び比較例C1]
以下の各成分を表1~表2に示す割合(質量部)で、成分(A)、(B)、(C)およびその他の成分を均一に混合し、三本ロールミルで処理した。なお、基油およびリチウム石けんからなるベースグリース組成物に、スチレン系添加剤を使用する場合には、予め基油に均一分散させておいたスチレン系添加剤と基油の混合物と、添加剤とを加えて撹拌し、潤滑グリース組成物を調製した。
・基油a:ポリアルファオレフィン(100℃の条件下で動粘度4mm2/s)。
・リチウム石けん:12ヒドロキシステアリン酸リチウム。
・オレフィン系樹脂粉末:超高分子量ポリエチレンパウダー(平均粒径25μm)。
・スチレン系添加剤(C1):水添スチレン・イソプレンブロック共重合体(スチレン含有量36wt%)クラレ製、セプトン(R)1020(Tg=-50℃以下)
・スチレン系添加剤(C2):水添スチレン・イソプレンブロック共重合体(スチレン含有量36wt%)クラレ製、ハイブラー(R)7125(Tg=-15℃)
・酸化防止剤:ADEKA社製アデカスタブ(R)QL。
・腐食防止剤:BASF社製イルガメット(R)39。
【0057】
表1および表2における基油粘度、ちょう度、リチウム石けん割合は、次のようにして測定または計算された値である。
・基油粘度:JIS K 2283に従って測定した100℃における動粘度。
・ちょう度:JIS K 2220に従って測定した混和ちょう度。
・リチウム石けん割合:基油とリチウム石けんの総重量に対するリチウム石けんの割合(質量%)
【0058】
実施例1および比較例1のグリース組成物による騒音低減効果は、以下の方法により評価した。
市販のモーターと減速機のセット(型番:TOYOTA 69820-14180)のモーターに12V印加して駆動し、15秒間に装置全体から発生している騒音を騒音計(リオン(株)製 精密騒音計NA-28)を使用して測定し、1/3オクターブ解析を行い、315Hzの騒音を算出した。騒音を測定した部屋の暗騒音は315Hzが約21dBであった。
【0059】
各実施例および比較例について、上記の方法によりグリース組成物の性能評価を行い、結果を表1~2に併せて示す。
【0060】
【0061】
実施例1および比較例1の比較実験で示す通り、スチレン系添加剤(C2)を少量配合した実施例においては、比較例に対して6dBの騒音(315Hz)の低減が確認された。また、当該グリース組成物は実用上で十分な潤滑性を備えるものである。