(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-09
(45)【発行日】2022-08-18
(54)【発明の名称】抗炎症組成物の調製方法
(51)【国際特許分類】
C07C 67/56 20060101AFI20220810BHJP
C07C 67/58 20060101ALI20220810BHJP
A61K 31/216 20060101ALI20220810BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20220810BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220810BHJP
A61K 36/88 20060101ALI20220810BHJP
C07C 69/732 20060101ALI20220810BHJP
【FI】
C07C67/56
C07C67/58
A61K31/216
A61P29/00
A61P43/00 112
A61K36/88
C07C69/732 Z CSP
(21)【出願番号】P 2020150689
(22)【出願日】2020-09-08
【審査請求日】2020-09-09
(32)【優先日】2020-07-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】TW
(73)【特許権者】
【識別番号】520347719
【氏名又は名称】嘉年生化▲産▼品有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100093779
【氏名又は名称】服部 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】林 景▲寛▼
(72)【発明者】
【氏名】林 一帆
(72)【発明者】
【氏名】郭 賓崇
(72)【発明者】
【氏名】陳 品宏
(72)【発明者】
【氏名】曾 志正
【審査官】高森 ひとみ
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-506310(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0333511(US,A1)
【文献】特開2005-001998(JP,A)
【文献】特開平07-300469(JP,A)
【文献】KARGUTKAR, S. and BRIJESH, S.,Anti-inflammatory evaluation and characterization of leaf extract of Ananas comosus,Inflammopharmacol,2018年,Vol.26,pp.469-477,DOI:10.1007/s10787-017-0379-3
【文献】HALE, L. P. et al.,Treatment with oral bromelain decreases colonic inflammation in the IL-10-deficient murine model of inflammatory bowel disease,Clinical Immunology,2005年,Vol.116,pp.135-142,DOI:10.1016/j.clim.2005.04.011
【文献】Registry(STN)[online],2008年12月12日,CAS登録番号:1083193-12-7
【文献】DIFONZO, G. et al.,Characterisation and classification of pineapple (Ananas comosus [L.] Merr.) juice from pulp and peel,Food Control,2019年,Vol.96,pp.260-270,DOI:10.1016/j.foodcont.2018.09.015
【文献】HAUCK, B. et al.,Soluble Phenolic Compounds in Fresh and Ensiled Orchard Grass (Dactylis glomerata L.), a Common Species in Permanent Pastures with Potential as a Biomass Feedstock,J. Agric. Food Chem.,2014年,Vol.62,pp.468-475,DOI:10.1021/jf4040749
【文献】MASIKE, K. et al.,Highlighting mass spectrometric fragmentation differences and similarities between hydroxycinnamoyl-quinic acids and hydroxycinnamoyl-isocitric acids,Chemistry Central Journal,2017年,Vol.11, Article No.29,pp.1-7,DOI:10.1186/s13065-017-0262-8
【文献】ZAMAN, Hadi Ud,Pineapple: A rich source of nutritional and pharmacological value for health benefits,Medicinal Plants,2019年,Vol.11, No.3,pp.233-236,DOI:10.5958/0975-6892.2019.00031.5
【文献】KARGUTKAR, S. and BRIJESH, S.,Anti-rheumatic activity of Ananas comosus fruit peel extract in a complete Freund’s adjuvant rat model,PHARMACEUTICAL BIOLOGY,2016年,Vol.54, No.11,pp.2616-2622,DOI:10.3109/13880209.2016.1173066
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式(I)の抗炎症化合物、またはその薬学的に許容可能な塩
、水和物、および薬学的に許容可能な担体、賦形剤または希釈剤を含む抗炎症組成物の調製方法であって、
【化1】
式中のR
1、R
2およびR
3はすべてHであり、
パイナップル植物から果汁を搾り出し、粗ろ過により残渣を除去してパイナップルの水抽出物を分離するステップと、
前記水抽出物をジクロロメタン及び酢酸エチルで分配抽出するステップと、
得られた有機層を
ゲルろ過クロマトグラフィ用架橋デキストラン樹脂カラムで精製及び単離するステップと、
を含む抗炎症組成物の調製方法。
【請求項2】
前記
パイナップルの水抽出物は、パイナップル植物から果汁を搾り出し、粗ろ過により残渣を除去して得ら
れるステップをさらに含む請求項
1に記載の
抗炎症組成物の調製方法。
【請求項3】
前記化学式(I)の化合物がプロスタグランジンE2受容体への結合能力を有する請求項
1に記載の抗炎症組成物
の調製方法。
【請求項4】
前記化学式(I)の化合物が炎症応答を抑制するために使用される請求項
1に記載の抗炎症組成物
の調製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、果実抽出物から単離された抗炎症化合物に関する。本発明は、特にパイナップル抽出物から単離されたプロスタグランジンE2類似体に関する。
【背景技術】
【0002】
シクロオキシゲナーゼ(COX)はプロスタグランジンファミリーの合成に関与する酵素である。1990年以降、多くの細胞がCOX-1とCOX-2と命名された2種類のCOXを含むことが判明した。COX-1は消化管毛細血管の完全性を維持し、胃粘膜に対して保護作用を有する。トロンボキサンA2を合成して血小板凝集を調節し、腎血管抵抗、血流量、ナトリウムイオン排泄およびADH拮抗を調節することにより、腎の血流を制御する機能を発揮する可能性がある。
【0003】
COX-2は炎症により誘導される酵素であり、正常細胞ではほとんど検出されない。炎症性刺激またはサイトカインによって誘導され、アラキドン酸をプロスタグランジンE2(以下、PGE2)、PGF2α、トロンボキサンおよび他のプロスタグランジンに変換する、といった疾患状態で産生されるに過ぎない。PGE2は炎症誘発因子であり、オートクリンやパラクリンにより様々な組織に作用する。PGE2は炎症応答における重要な分子の1つことが知られている。したがってPGE2の形成または機能の抑制は炎症の症状(すなわち、発赤、腫脹、熱および疼痛)を軽減する可能性があることが、研究により示唆されている。
【0004】
マクロファージは細菌によって活性化されると免疫応答および炎症を起こすように誘導され、さらに細胞内一酸化窒素合成酵素(iNOS)が一酸化窒素(NO)を放出するようになる。人体中の適切な一酸化窒素(NO)は外来細菌を破壊する作用を有する一方、NOの過剰産生は組織の急性炎症または慢性炎症を引き起こす。その受容体タンパク質EP2を活性化すると、PGE2はcAMP/PKA/Ca2+シグナル伝達経路を調節することによってiNOSの発現およびNOの産生を改善するということが報告されている(非特許文献1)。
【0005】
キウイ、パイナップル、グリーンパパイヤ、バナナ、ブドウ、クランベリー、トマトおよびブロッコリーを含む多くの果物および野菜は、抗炎症効果を有することが知られている。さらにクルクミンは抗酸化機能を示し、肝臓の解毒を助け、炎症を減少させる。緑茶はカテキンの含有量が多いため、細胞の傷害や炎症を軽減することができる。パイナップルにはユニークなパイナップル酵素が含まれており、細胞質要素の産生を刺激することにより炎症を予防し、疼痛や炎症を効果的に緩和することができると一般に考えられている。
【0006】
実際、一般に知られているブロメライン(パイナップル酵素として知られている)は、単一の物質ではなく、パイナップル植物のジュースおよび茎に見られる様々なタンパク質消化酵素の組み合わせである。ブロメラインは、胃の酸性環境および小腸のアルカリ性環境の両方において活性であるため、消化を助けるのに有効であり、消化不良の状況を改善するのに適している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Tzeng SF et al., Glia.15; 55(2): 214-223,2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ブロメラインは消化を助けるだけでなく、スポーツ外傷や手術からの回復、副鼻腔炎や静脈炎の症状の緩和にもよく使われている。しかしながら、手術後の炎症および腫脹におけるブロメラインの効果に関する現在の研究結果は一貫していない。
【0009】
商業的に入手可能なブロメラインは破砕され、パイナップル茎が絞られ、次いで遠心分離され、限外ろ過され、そして凍結乾燥されて黄色がかった粉末となる。通常、粉末包、錠剤またはカプセルの形態で販売される。市販のブロメラインは基本的に組成が不明瞭な混合物質である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
ブロメラインはパイナップル酵素が組み合わさった一種のタンパク質であるため、加熱されると容易に破壊されて活性を失う。したがって、本発明は最初に、パイナップルの水抽出物から抗炎症効果を有する単一の活性化合物を単離および精製することを試みる。分子同定により、化合物がクマロイルおよびイソクエン酸部分を含有することが見出された。実験の結果、抗炎症化合物がマクロファージにおいてLPSにより誘導される一酸化窒素の産生およびiNOSおよびNFκB蛋白質の発現を効果的に阻害できることが示された。さらに、抗炎症化合物は分子構造がPGE2に類似しており、PGE2受容体(プロスタグランジンE2受容体)EP4に結合する能力も有する。
【0011】
従って、第一実施形態において、本発明は、化学式(I)の抗炎症化合物、またはその薬学的に許容可能な塩、水和物、および薬学的に許容可能な担体、賦形剤または希釈剤を含む抗炎症組成物の調製方法に関する。
【化1】
式中、R
1、R
2およびR
3はすべてHであり、
パイナップル植物から果汁を搾り出し、粗ろ過により残渣を除去してパイナップルの水抽出物を分離するステップと、
前記水抽出物をジクロロメタン及び酢酸エチルで分配抽出するステップと、
得られた有機層を
ゲルろ過クロマトグラフィ用架橋デキストラン樹脂カラムで精製及び単離するステップとを含む。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】実施例1によるパイナップル抽出物から化学式(I)の化合物を分離精製するための本発明の方法を示すフローチャート。
【
図2】LC-MS/MS分析によって得られたパイナップル抽出物の320nmスペクトル。
【
図3】化学式(I)の化合物パイナップリンPL6の320nmスペクトル(
図3a)およびUV-Visスペクトル(
図3b)。
【
図4】分子式C
15H
14O
9および分子量338.27のパイナップリンPL6について同定された分子構造。
【
図5】RAW264.7における細胞生存率に対するパイナップリンPL6(
図5a)およびパイナップル抽出物(
図5b)の効果。データは3つの独立実験について平均値±標準偏差で表す。***p<0.001は対照群a、ブランクサンプルからの統計的有意差を示す。
【
図6】RAW264.7マクロファージ細胞におけるLPS誘導NO産生の減少に対するパイナップリンPL6の効果。データは4つの独立実験について平均値±標準偏差で表す。**p<0.01、***p<0.001はLPS単独処理からの統計的有意差があることを示す。
【
図7】RAW264.7マクロファージ細胞におけるLPS誘発iNOS表現に対するパイナップリンPL6の効果。データは4つの独立実験について平均値±標準偏差で表す。*p<0.05はLPS単独処理からの統計的有意差を示す。
【
図8】RAW264.7マクロファージ細胞において、LPS誘発NFκB表現に対するパイナップリンPL6の阻害効果。データは4つの独立実験について平均値±標準偏差で表す。*p<0.05はLPS単独処理からの統計的有意差を示す。
【
図9a】EP4モデルの結合部位において結果として生じる相互作用力およびPGE2の結合タイプ。
【
図9b】分子シミュレーションソフトウェアDiscovery Studioによってシミュレートされた、EP4モデルの結合部位において結果として生じる相互作用力およびパイナップリンPL6の結合タイプ。
【
図10】PGE2の分子ドッキング形態(
図10a)およびPE6の分子ドッキング形態(
図10b)をEP4分子中の重要な残基と共に示す。アルキル相互作用、従来の相互作用、炭素相互作用、負-負相互作用、および電荷-電荷相互作用は、それぞれ横に名前を付けた点線によってマークされている。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、化学式(I)の抗炎症化合物、およびその誘導体を提供する。
【0019】
【0020】
ここで、R1、R2およびR3は、独立に、H(水素)、ハロ、アルキル、アルケニル、アルキニル、シクリル、ヘテロシクリル、アルコキシ、アリール、ヘテロアリール、アルキルアリールおよびCF3を含む一群の置換基から選択される。
【0021】
本明細書中で使用される場合、用語「ハロ」は、フッ素、塩素、臭素またはヨウ素を意味する。
【0022】
本明細書中で使用される場合、用語「置換された」は官能基上の水素原子が1つ以上の置換基によって置換されていることをいい、これは同じであっても異なっていてもよい。置換基としては特に限定されないが、例えばハロゲン、シアノ、ニトロ、ヒドロキシ、アミノ、メルカプト、アルキル、アルケニル、アルキニル、アリール、ヘテロアリール、シクロアルキル、ヘテロシクリル、アルキルオキシ、アリールオキシ、アルキルスルホニル、アリールスルホニル、アルキルアミノ、アリールアミノ、ジアリールアミノ、ジアリールアミノ、アルキルカルボニル、アリールカルボニル、ヘテロアリールカルボキシ、アルキルカルボキシ、ヘテロアリールカルボキシ、アルキルオキシカルボニル、ヘテロアリールオキシカルボニル、ヘテロアリールオキシカルボニル、アルキルカルボニル、アルキルアミノメタニル、アリールカルボキサミド、アミノカルボキサミド等が挙げられる。アルキル、アルケニル、アリール、ヘテロアリール、シクロアルキルおよび複素環基の各々は任意にハロゲン、シアノ、ニトロ、ヒドロキシ、アミノ、メルカプト、アルキル、アリール、ヘテロアリール、アルキルオキシ、アリールオキシ、アルキルカルボニル、アリールカルボニル、アリールカルボキシ、アルキルオキシカルボニルまたはアリールオキシカルボニルの置換基を有していてもよい。
【0023】
本明細書中で使用される場合、用語「アルキル」または用語「C1-10アルキル」は1~10個の炭素原子を含む直鎖または分枝飽和炭化水素の置換基または非置換基を指す。好ましくはアルキル基はC1-6アルキル基の置換基または非置換基である。これにはメチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、第二ブチル、第三ブチル、n-ペンチル、イソペンチル、n-ヘキシルなどの置換基または非置換基が含まれるが、これらに限定されない。
【0024】
本明細書中で使用される場合、用語「アルケニル」または用語「アルキニル」は2~10個の炭素原子および少なくとも1つの二重結合または三重結合を含有する置換または非置換の直鎖または分岐不飽和炭化水素基をいう。好ましくはアルケニル基が置換または非置換のC2-6アルケニル基であり、ビニル、アリル、ブテニル、およびペンテニル、1,4-ヘキサジエニルなどの置換基または非置換基が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくはアルキニル基がエチニル、プロピニル、ブチニルなどの置換基または非置換基を含む(がこれらに限定されない)、C2-6アルキニル基の置換基または非置換基である。
【0025】
本明細書中で使用される場合、用語「シクロアルキル」は4~14個の炭素原子を含有する部分的にまたは完全に飽和した単環式または二環式環系を指す。好ましくはシクロアルキル基がC4-8シクロアルキル基の置換基または非置換基である。これにはシクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシルなどの置換基または非置換基が含まれるが、これらに限定されない。
【0026】
本明細書中で使用される場合、用語「ヘテロシクリル」は環系の一部として1つ以上のヘテロ原子(例えばO、N、またはS)を含み、残りが炭素原子である環状官能基をいう。複素環基の例としては置換または非置換アゼチジニル、ヘキサヒドロピリジニル、テトラヒドロピロリル、テトラヒドロフラニル、アゼパニル、1,4-オキサゼパンなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0027】
本明細書中で使用される場合、用語「アルコキシ」はC1-10アルキル基の置換基または非置換基を酸素原子で連結することによって形成される基をいう。好ましくは、C1-6アルコキシ基が置換または非置換メトキシ(-OCH3)、エトキシ、プロポキシ、ブトキシ、ペントキシ、ヘキシルオキシなどを含む(がこれらに限定されない)、C1-6アルコキシ基の置換基または非置換基である。
【0028】
本明細書中で使用される場合、用語「アリール」は少なくとも1つの芳香族環系を有する環式炭化水素基をいい、単環式または二環式であり得る。アリール基の例としてはフェニル、ナフチル、アントリル、ピレニルなどの置換基または非置換基が挙げられるが、これらに限定されない。
【0029】
本明細書中で使用される場合、用語「ヘテロアリール」は少なくとも1つの芳香環系を有する環状炭化水素基を指し、単環式、二環式または縮合環系であり得、また芳香環は環系の一部である少なくとも1つのヘテロ原子(例えばO、NまたはS)を含み、残りは炭素原子である。ヘテロアリール基の例としてはフリル、ピロリル、チエニル、オキサゾリル、イミダゾリル、ピラゾリル、ピリジル、ピリミジニル、チアゾリル、フリル、インドリルなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0030】
本明細書中で使用される場合、用語「薬学的に受容可能」は合理的な医学的判断の範囲内で、過剰な毒性、刺激、アレルギー反応または他の合併症を引き起こすことなく、ヒト組織または動物組織との接触に適切であるものをいう。
【0031】
本明細書中で使用される場合、用語「薬学的に許容可能な塩、エステル、水和物」は、化学式(I)の化合物の酸性基を塩基またはアルコールと反応させることによって形成される塩またはエステル、または官能基を配位によって水に会合させることによって形成される水和物をいう。例えば薬学的に許容可能な塩としてはアルカリ金属塩(ナトリウム塩、カリウム塩など)、アルカリ土類金属塩(カルシウム塩、マグネシウム塩など)、アンモニウム塩、および有機塩基塩(シクロヘキシルアミン、N-メチル-D-グルコサミンなどで形成される塩など)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0032】
本発明はまた、化学式(I)の化合物またはその塩、エステルまたは水和物、および薬学的に許容可能な担体、賦形剤または希釈剤を含む抗炎症組成物を提供する。本明細書中で使用される場合、用語「薬学的に許容可能な担体、賦形剤または希釈剤」は本発明の有効成分を輸送し、投与対象において有効成分がその機能を果たすように作用する、薬学的に許容可能な材料、基材(例えば液体、固体充填剤、安定剤、分散剤、懸濁剤、増粘剤、溶媒または封入材料)を指す。担体は化学式(I)の化合物を含み、投与対象に悪影響を及ぼさないように本発明の組成物中の各製剤成分との適合性を有するものでなければならない。
【0033】
薬学的に許容可能な担体としてはラクトース、グルコースおよびスクロースなどの糖、トウモロコシデンプンおよびジャガイモデンプンなどのデンプン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、エチルセルロースおよび酢酸セルロースなどのセルロース、粉末トラガント、モルト、ゼラチン、タルクなどが挙げられる。薬学的に許容可能な賦形剤または希釈剤としてはココアバターおよび坐剤ワックス、落花生油、綿実油、ベニバナ油、ゴマ油、オリーブ油、トウモロコシ油、および大豆油などの油、プロピレングリコールなどのグリコール、グリセリン、ソルビトール、マンニトールおよびポリエチレングリコールなどのポリオール、オレイン酸エチルおよびラウリン酸エチルなどのエステル、寒天、水酸化マグネシウムおよび水酸化アルミニウムなどの緩衝液、界面活性剤、アルギン酸、発熱物質を含まない水、等張食塩水、リンゲル液、エタノール、リン酸緩衝液、および他の非毒性の薬学的適合性物質が挙げられる。
【0034】
本明細書中で使用される場合、用語「抗炎症」は炎症応答の症状および発生を阻害または減少させるための物質または処置の効果をいい、用語「炎症応答」は血管系を有する生きた組織による、炎症因子および局所損傷(発赤、腫脹、発熱、疼痛などの症状を含む)に対する防御応答をいう。炎症は急性炎症と慢性炎症に分けられる。急性炎症は有害な刺激に対する生体の最初の反応である。さらに、多くの形質細胞や白血球、特に顆粒球が血液から損傷を受けた組織へ移動する。慢性炎症は炎症部位の細胞種の変化につながり、組織の破壊と修復が同時に進行する。現在、リポ多糖類(LPS)を用いてマクロファージを誘導し、一酸化窒素(NO)、誘導型一酸化窒素シンターゼ(iNOS)、プロスタグランジンE2(PGE2)、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)、NFκB蛋白質の発現などの炎症性物質産生に対する抑制作用を評価することにより、抗炎症作用が検討されている。
【0035】
本発明の他の特徴および利点は、以下の実施例においてさらに例示され、記載される。本明細書に記載される実施例は例示のために使用されるものであり、本発明を限定するために使用されるものではない。
なお、
図5a~
図8について、Cell viabilityは細胞生存率、Treatment concentrationは処理濃度、NO concentrationは一酸化窒素濃度、relative expressionは相対発現量である。
【0036】
(実施例1:パイナップル抽出物からの分離による抗炎症化合物の調製)
この実施例では、単一の化合物PL6を、ジクロロメタンおよび酢酸エチルでの分配抽出、次いで有機層のSephadex
(登録商標)LH-20(30cm×3cm id)カラム上での単離によって、パイナップルの水抽出物から精製した。フローチャートについては
図1を参照されたい。詳細な調製方法および分離条件は、以下の通りである。
【0037】
パイナップル植物から搾汁し、粗ろ過により残渣を除去した後、パイナップル水抽出液を得、得られた水抽出液を凍結乾燥してパイナップル抽出粉末を得た。HPLCによるパイナップル抽出物の組成分析は、パイナップル抽出物粉末を水で200mg/mlの最終濃度に再溶解し、分析されるべきサンプルを0.45μmフィルタ膜(0.45μm PP膜を有する13mmシリンジフィルタ、PALL)でろ過し、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)で分析するためにサンプルボトルに適切な容量を添加した。分析条件は、カラムクロマトグラフィ、Mightysil RP-18 GP(4.6mm×250mm、粒径:5μm)で、注入容量が20μl、流速が0.8ml/分、検出波長が320nm、溶液Aは100%アセトニトリル、溶液Bは1%(v/v)ギ酸水溶液、抽出条件は95~70%B(50分)、70~50%B(60分)、50~95%B(70分)とした。
【0038】
その結果、パイナップル抽出物中の主なポリフェノールの吸収ピークは280nmであった。320nmに強い吸収シグナルがみられるので、320nmの波長を分析のために選択した。パイナップル抽出物では、滞留時間が17、20.5、24.5、28、34.8、41、および42.8分のときに明らかなピークがある(
図2)。これらは最初にPE1、PE2、PE3、PE4、PE5、PL6、およびPE7と命名された。
【0039】
パイナップル化合物の分配抽出では、凍結乾燥パイナップル抽出粉末60gを二重蒸留水300mlに再溶解し、分配抽出のためジクロロメタン600mlを加えた。二次抽出のため、600mlの酢酸エチルを水層に添加した。有機層を収集して真空濃縮器中でさらに濃縮し、次いで4℃で保存した。
【0040】
パイナップル抽出物のカラムクロマトグラフィでは、有機層をSephadex(登録商標)LH-20(30cm×3cm id)によってさらに精製し、カラム容量の2倍で抽出した。抽出勾配は純水、および20%(v/v)メタノール:水であり、チューブ当たり10mlで収集し、HPLCによって標的化合物を確認した。HPLC分析条件は、溶液Aが100%アセトニトリル、溶液Bが1%(v/v)ギ酸を含有する水であり、溶出条件は、95~70%溶液B(50分)、70~50%溶液B(60分)、50~95%溶液B(70分)とした。
【0041】
質量分析機を連結した液体クロマトグラフィーによるパイナップル抽出物の分析では、液体クロマトグラフィーの条件は、HPLC分析条件について上記したものと同じである。イオン化温度300℃、噴霧電圧4.5kVでのESI陰イオン法を質量分析計に用いた。シースガス、補助ガスおよび掃引ガスのガス流量は、それぞれ50、13および3の任意の単位である。データ依存取得(DDA)は最適スクリーニング条件のために使用され、MSnスキャンにおける100~1500m/zでのシグナルはデータ依存様式で得られた。
【0042】
ジクロロメタンおよび酢酸エチルでパイナップル抽出物を分配抽出した後、化合物PL6およびPE7を一群の化合物PE1~PE5から大まかに分離することができた。次いで、Sephadex
(登録商標)LH-20クロマトグラフィーによるPL6を含む有機層をさらに精製すると、最終的に分析サンプル中の主要シグナルでパイナップリンPL6と名付けられた本発明の活性化合物が得られた(
図3a)。質量スペクトルデータから予測される構造から、化合物が抗炎症活性を有する可能性があることが推測される。精製された化合物は、さらに実施したHPLC-PDAクロマトグラムにおいて313nmおよび230nmに吸収ピークを有することが示された(
図3b)。
【0043】
パイナップル抽出物から精製した化合物の核磁気共鳴分光法(NMR)分析では、13Cおよび2D NMR分光法にはBruker AV-400MHz NMR分光計を使用し、1H NMR分光法にはJeol JNM-ECA 600 NMR分光計を使用した。テトラメチルシランを内部標準として使用し、δ値(百万分率、ppm)に基づいて化学シフトを記録した。
【0044】
精製パイナップリンPL6は淡黄色の粉末となる。1H-NMR分光法によれば、ベンゼン環上の水素原子のシグナルはδ6.80(2H、d、J=9.0Hz)およびδ7.48(2H、d、J=9.0Hz)、アルケン基上の水素原子のシグナルはδ6.39(1H、d、J=16.2Hz)およびδ7.67(1H、d、J=16.2Hz)、他の水素原子のシグナルはδ2.59(1H、dd、J=17.4、5.4Hz)、δ2.81(1H、dd、J=17.4、9.0Hz)および3.55(1H、m)であった。これは、3つのカルボキシル基が存在することを示している。
【0045】
そして
13C-NMRスペクトルによりカーボンのシグナルをさらに確認した。相関分光法Y(COSY)、核オーバーハウザー効果分光法(NOESY)、およびヘテロ核多重結合相関(HMBC)を使用し、水素原子間の相互作用および炭素原子と水素原子との間の相互作用を確認した。確認の結果、精製化合物パイナップリンPL6は1、2、3-トリカルボン酸-プロピル-3-ヒドロキシフェノールアクリレートの化学名を有するとわかり、その分子式はC
15H
14O
9であり、分子量は338.27であった(
図4)。
【0046】
(実施例2:パイナップリンPL6の細胞毒性試験)
RAW264.7細胞を、10%ウシ胎仔血清、0.2%重炭酸ナトリウムおよび1%ペニシリン/ストレプトマイシンを含むRPMI培地中、および5%CO2、37℃インキュベータ中で培養した。70~80%のコンフルエンシーに達したときに、細胞を継代培養した。RAW264.7細胞を96ウェルプレートに4×104細胞/ウェル/ウェルの濃度で接種した。細胞を一晩付着させた後、異なる濃度(25、50、100、200、400および800μM)のパイナップリンPL6またはパイナップル抽出物(3、6、12mg/ml)を、各ウェルに添加した。ブランク対照群には薬物を添加しなかった。24時間のインキュベーション後、Alamar blueを使用し、薬物の細胞毒性を試験した。培地を除去し、PBSで2回洗浄し、FBSを含まない培地中でAlamar blue試薬で10回希釈した。暗所で6時間反応させた後、ELISAリーダを用いて波長570nmにおける吸光度の変化を測定した。
【0047】
図5aの結果が示すように、パイナップリンPL6は、試験した濃度ではRAW264.7細胞に対する明らかな細胞毒性を有しない。パイナップル抽出物中のパイナップリンPL6の含有量は約0.1%であるため、パイナップル抽出物の細胞毒性試験では濃度が拡大する。パイナップル抽出物を水に再溶解した後、濃度を3、6および12mg/mlに増加させ、次いでAlamar blueを使用して細胞毒性試験を実施した。パイナップル抽出物の濃度を12mg/mlに増加させると、有意な細胞毒性を示すことが見出された(
図5b)。
【0048】
(実施例3:パイナップリンPL6はLPSにより誘導される細胞の炎症反応を阻害する)
【0049】
(LPS誘発NO産生に対する効果)
RAW264.7細胞を96ウェルプレートに4×105細胞/ウェルの濃度で接種した。細胞を一晩付着させた後、200ng/mlのLPSを添加し、また空の対照群にはLPSを添加せず、5%CO2および37℃で24時間インキュベートした。2日目に、異なる濃度(50、100、200および400μM)のパイナップリンPL6をウェルに添加した。ブランク対照群はLPSを含まない培地で処理し、陰性対照群は薬物を含まないLPS培地で処理した。次に5%CO2および37℃の条件下で細胞を培養した。24時間のインキュベーション後、各群について150μlの培地を収集する。
【0050】
5%リン酸に溶解した1%p-アミノベンゼンスルホン酸の溶液を調製し、次いで0.1%N-(1-ナフチル)エチレンジアミンジヒドロクロリドと1:1の比で混合して、Griess試薬を形成した。標準曲線を作成するために、1.5625μM~100μMの濃度の亜硝酸ナトリウムの水溶液を調製した。150回収した培地μlをGriess試薬50μlと混合し、暗環境下で30分間反応させた。ELISAリーダを使用して、555nmの波長での吸光度の変化を測定した。
【0051】
その結果、パイナップリンPL6は200μMおよび400μMの濃度でRAW264.7マクロファージにおいてLPSにより誘導される一酸化窒素の産生を有意に減少させることが示され(
図6)、パイナップリンPL6が外部刺激により産生される免疫応答を阻害する作用を示すことが示された。
【0052】
(LPS誘発iNOS発現に対する作用)
LPS誘発iNOS発現に対するパイナップリンPL6の効果をRAW264.7マクロファージ細胞で試験する。iNOS/β-アクチン比は、iNOSとβ-アクチンタンパク質の相対的な発現量である。iNOSの発現量が多いほど、炎症反応が多かった(炎症指標として)。RAW264.7マクロファージ細胞を、LPS(200ng/ml)で24時間前処理し、次いで、種々の濃度(50、100、200および400μM)のPL6と共に、5%CO2および37℃で24時間インキュベートした。(-)対照群をLPSを含まない培地で処理し、(+)対照群を薬物を含まないLPS培地で処理した。各群の細胞培養上清を回収し、次いでタンパク質濃度を計算し、タンパク質ゲル電気泳動のために各群から30μgの総タンパク質を採取した。タンパク質の固体支持膜への転移が完了した後、一次抗体抗iNOS抗体(1:1000に希釈)および二次抗体抗ウサギIgG(1:5000に希釈)をウェスタンブロット分析に使用した。PBSTで洗浄した後、現像主薬(Western Chemiluminescent HRP Substrate)を添加し、ルミネセンス蛍光デジタル分析システム(ImageQuant LAS 400mini、GE Healthcare Life Sciences)をルミネセンス発色に使用した。
【0053】
図7に示すデータはiNOSタンパク質のβ-アクチンに対する相対的発現であり、これは走査光学濃度法を用いて発光カラーフィルムから得られた値に基づいてコンピューターにより計算され、β-アクチンタンパク質に標準化された。より高い値は、より高いレベルの炎症応答が生じたことを示す。またiNOS蛋白発現を阻害した結果から、パイナップリンPL6には炎症抑制効果があることが示された。
【0054】
(LPS誘発NFκB発現に対する作用)
この実施例ではLPS誘導NFκB発現に対するパイナップリンPL6の効果をRAW264.7マクロファージ細胞についてさらに試験した。p-p65/p65の値はNFκBタンパク質の相対的発現レベルである。NFκBの発現量が多いほど炎症反応が多かった(炎症指標として)。RAW264.7マクロファージ細胞をLPS(200ng/ml)で24時間前処理し、次いで、種々の濃度(50、100、200および400μM)のPL6と共に、5%CO2および37℃の条件で24時間インキュベートした。(-)対照群をLPSを含まない培地で処理し、(+)対照群を薬物を含まないLPS培地で処理した。各群の細胞培養上清を回収し、次いでタンパク質濃度を計算し、タンパク質ゲル電気泳動のために各群から30μgの総タンパク質を採取した。ゲルから固体支持膜へのタンパク質の移動が完了した後、一次抗体抗ホスホ-NFκB p65および抗NFκB p65(1:1000に希釈)、ならびに二次抗体抗ウサギIgG(1:5000に希釈)をウェスタンブロット分析に使用した。PBSTで洗浄した後、現像主薬(Western Chemiluminescent HRP Substrate)を添加し、ルミネセンス蛍光デジタル分析システム(ImageQuant LAS 400mini、GE Healthcare Life Sciences)をルミネセンス発色に使用した。
【0055】
図7に示すデータはNFκBタンパク質p-p65/p65の相対発現である。これは、走査光学濃度法を用いて発光カラーフィルムから得られた値に基づいてコンピューターにより計算され、β-アクチンタンパク質に標準化された。より高い値は、より高いレベルの炎症応答が生じたことを示す。またNFκB蛋白発現を阻害した結果から、パイナップリンPL6には炎症抑制効果があることが示された。
【0056】
(実施例3:パイナップリンPL6とプロスタグランジンE2受容体EP4の分子ドッキングのシミュレーション計算)
実施例1に記載されたパイナップリンPL6は構造的にPGE2と類似しており、PGE2類似体については抗炎症活性を有する可能性が報告されているため、分子シミュレーションソフトウェアGEMDOCKの計算により、PGE2の活性中心標的としてプロスタグランジンE2(PGE2)受容体EP4を使用して、PL6およびPGE2のEP4への結合能力および結合エネルギーと受容体との結合エネルギーを比較した。
【0057】
以下の表1に示す計算結果は、PGE2に必要な化学エネルギーが-104.7kJmol(-1ファンデルワールス力 -83.3kJmol-1、水素結合 -20.9kJmol-1、静電気力 -0.6kJmol-1を含む)であり、PL6に必要な化学エネルギーが-108.1kJmol(-1ファンデルワールス力 -82.5kJmol-1、水素結合 -21.9kJmol-1、静電気力 -3.0kJmol-1を含む)であることを示している。
【0058】
【0059】
分子シミュレーションソフトウェアDiscovery Studioを使用してこれらの2つの化合物とEP4結合部位との間に生成されたPGE2およびPL6の結合力、ならびに結合の種類および強度を比較すると、
図9の結果によれば、PGE2(
図9aに示される)およびPL6(
図9bに示される)の両方がEP4の結合部位に入り得ることが示された。
【0060】
PGE2とEP4との間には、アルキル相互作用、水素結合(通常の結合)、非古典的水素結合、および電荷-電荷相互作用の4つの主な分子間力がある。
図10aの分子ドッキングモデルに示すように、PGE2とEP4の間にはアルキル基力があり、PGE2の炭素鎖とEP4分子のMET27の間にはアルキル基力が形成されている。2つの水素結合および1つの電荷-電荷相互作用を含む3つの力が、EP4のARG316およびPGE2のカルボン酸基上に形成される。さらに、PGE2のカルボン酸基はまたEP4のTYR80と水素結合を形成する。PGE2環上の水酸基とEP4のCYS170との間に水素結合が形成され、PGE2の他端の炭素鎖はEP4のSER319と非古典的水素結合を形成する。
【0061】
また、PL6とEP4の間には、
図10bの分子ドッキングモデルに示すように、π-アルキル相互作用、水素結合(通常の結合)、非古典的水素結合、および負-負相互作用の4つの主な分子間力がある。π-アルキル相互作用は、PL6のベンゼン環とEP4の2つのアミノ酸MET27およびVAL72との間で形成される。PL6のベンゼン環上の水酸基は、EP4のTHR69と水素結合を形成する。PL6の炭素鎖上のカルボキシル基はTHR76、THR79およびCYS170と4つの水素結合を形成し、EP4のSER95と1つの非古典的水素結合を形成する。
【0062】
以上、本発明の実施を例示するため、限られた数の実施形態を記載したが、当業者であれば、これらの記載に従って修正または変更を行うことができる。したがって、本発明の範囲は特許請求の範囲によってのみ限定されるべきであり、上記の実施例に限定されるべきではない。