IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱マテリアル株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-表面被覆切削工具 図1
  • 特許-表面被覆切削工具 図2
  • 特許-表面被覆切削工具 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-10
(45)【発行日】2022-08-19
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220812BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20220812BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220812BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/34
C23C14/06 N
C23C14/06 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018245946
(22)【出願日】2018-12-27
(65)【公開番号】P2020104224
(43)【公開日】2020-07-09
【審査請求日】2021-09-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】小林 真帆
(72)【発明者】
【氏名】引田 和宏
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-290861(JP,A)
【文献】特開平4-214855(JP,A)
【文献】特開2018-164962(JP,A)
【文献】特開2002-190212(JP,A)
【文献】特開2018-24038(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
C23C 16/34
C23C 14/06
B23P 15/28
B23C 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC基超硬合金、TiCN基サーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のいずれかからなる工具基体表面に接して表面被覆層を有し、前記表面被覆層は、工具基体表面側より、順に硬質膜層と保護層とを有する表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質膜層は、TiAl複合窒化物層であって、平均層厚zは、
0.5μm≦z≦3.0μmであり、
(b)前記保護層は、六方晶構造を有するTi層と、立方晶構造を有するTiC層と
からなり、前記硬質膜層に対して、前記Ti層、前記TiC層の順にて積層さ
れ、
(b-1)前記Ti層の平均層厚yは、0.5μm≦y≦4.0μmであり、
(b-2)前記TiC層の平均層厚xは、0.2μm≦x≦1.0μmであり、
(b-3)前記保護層の平均層厚(x+y)は、
0.7μm≦(x+y)≦5.0μm、かつ、2x≦yの関係を満たし、
(c)前記硬質膜層と前記保護層との平均合計層厚(x+y+z)は、
1.2μm≦(x+y+z)≦8.0μmであることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
WC基超硬合金、TiCN基サーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のいずれかからなる工具基体表面に接して表面被覆層を有し、前記表面被覆層は、工具基体表面側より、順に硬質膜層と保護層とを有する表面被覆切削工具において、
(d)前記硬質膜層は、TiAl複合窒化物層であって、平均層厚zは、
0.5μm≦z≦2.0μmであり、
(e)前記保護層は、六方晶構造を有する第1のTi層と第2のTi層、および、立
方晶構造を有する第1のTiC層と第2のTiC層とからなり、前記硬質膜層
に対して、第1のTi層、第1のTiC層、第2のTi層、および、第2の
TiC層の順にて積層され、
(e-1)前記第1のTi層の平均層厚y、および、前記第2のTi層の平均層厚
は、それぞれ、0.5μm≦y≦2.0μm、
0.5μm≦y≦2.0μmであり、
(e-2)前記第1のTiC層の平均層厚x、および、前記第2のTiC層の平均
層厚xは、それぞれ、0.2μm≦x≦1.0μm、
0.2μm≦x≦1.0μmであり、
(e-3)前記保護層の平均層厚(x+y+x+y)は、
1.4μm≦(x+y+x+y)≦6.0μm、かつ、
2x≦yおよび2x≦yの関係を満たし、
(f)前記硬質膜層と前記保護層との平均合計層厚(x+y+x+y+z
は、1.9μm≦(x+y+x+y+z)≦8.0μm
であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、前記TiAl複合窒化物層におけるTiAl複合
窒化物は、組成式:(TiaAl1-a)Nにて表した場合に、0.30≦a≦0.60
(但し、aは、原子であり、TiとAlの含有割合を示す)を満足するTiとAlとの複合窒化物であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、Ti基合金などの難削材のミーリング等の切削加工において、基体からの表面被覆層の剥離を抑制し、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具として、各種鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップ、前記被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、前記被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるエンドミル、前記被削材の歯形の歯切加工などに用いられるソリッドホブ、ピニオンカッタなどが知られている。
そして、被覆工具の切削性能改善を目的として、従来から、数多くの提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1に示すように、超硬合金、サーメットまたは高速度工具鋼の表面に、物理蒸着により、金属チタン被覆層を介して、炭化チタンの下層、炭窒化チタンの中間層、窒化チタンの上層を有する硬質被覆層を形成することにより、硬質被覆層の基体に対する付着強度を高め、硬質被覆層の剥離がなく、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を示す表面被覆切削工具が提案されており、SNCM鋼や高速度鋼(SKH鋼)等の切削加工において、すぐれた耐摩耗性を示すことが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、母材が鉄系材料で構成される切削加工用工具において、前記工具の表面に物理蒸着法を用い、Ti層を介し高温耐熱性にすぐれるTiAlN層の被膜を順次形成することにより、母材とTiAlN層との付着力にすぐれ、過酷な使用条件によってもTiAlN層が剥離することなく切削可能な切削加工用工具が提案されており、高速切削や超硬度被削材の切削において長寿命にてすぐれた加工性能を有することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭62-208803号公報
【文献】特開平7-204907号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工はますます高速化・高能率化する傾向にあるとともに、できるだけ多くの材種の被削材の切削加工が可能となるような汎用性のある切削工具が求められる傾向にある。
前記特許文献1、2にて提案されている従来被覆工具において、これを、炭素鋼や合金鋼などの通常の切削条件での切削加工に用いた場合には、特段の問題は生じないものの、Ti基合金などの難削材の高能率切削加工に用いた場合には、切削時の発熱によって被削材および切粉が高温に加熱される結果、粘性が増大し、これに伴い、被覆工具の表面被覆層表面と被削材由来の付着物との間で溶着性が急激に増し、その強い付着力によって、表面被覆層が基体から剥離し、切削の初期段階において基体が破壊され、これが原因となり比較的短時間にて使用寿命に至るとの問題を有していた。
【0007】
そこで、本発明は、Ti基合金などの難削材の高熱発生をともなう高能率切削加工において、溶着の発生に起因する表面被覆層の剥離等の発生の問題を抑制し、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上述の観点より、基体上の層構造について鋭意検討を行った結果、少なくとも基体とは接しない領域、例えば、表面被覆層において、基体と接する硬質膜層よりも上層にTi溶着物を模擬したTi層を形成させることにより、切削の初期段階での硬質膜層の剥離による使用寿命の短命化の問題を解決できることを知見した。
すなわち、切削中にはTi溶着物を模擬したTi層上において、積極的なTi溶着物の形成と剥離が繰り返される結果、常に硬質被覆層において、基体と接する硬質膜層の上層には保護層として一定量のTi溶着物からなるTi層が存在することにより、基体および硬質膜層にはなんら影響を及ぼすことがなく長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する被覆工具が得られることを見出した。
【0009】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)WC基超硬合金、TiCN基サーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のいずれかからなる工具基体表面に接して表面被覆層を有し、前記表面被覆層は工具基体表面側より順に硬質膜層と保護層とを有する表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質膜層は、TiAl複合窒化物層であって、平均層厚zは、
0.5μm≦z≦3.0μmであり、
(b)前記保護層は、六方晶構造を有するTi層と、立方晶構造を有するTiC層と
からなり、前記硬質膜層に対して、前記Ti層、前記TiC層の順にて積層さ
れ、
(b-1)前記Ti層の平均層厚yは、0.5μm≦y≦4.0μmであり、
(b-2)前記TiC層の平均層厚xは、0.2μm≦x≦1.0μmであり、
(b-3)前記保護層の平均層厚(x+y)は、
0.7μm≦(x+y)≦5.0μm、かつ、2x≦yの関係を満たし、
(c)前記硬質膜層と前記保護層との平均合計層厚(x+y+z)は、
1.2μm≦(x+y+z)≦8.0μmであることを特徴とする表面
被覆切削工具。
(2)WC基超硬合金、TiCN基サーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のいずれかからなる工具基体表面に接して表面被覆層を有し、前記表面被覆層は工具基体表面側より順に硬質膜層と保護層とを有する表面被覆切削工具において、
(d)前記硬質膜層は、TiAl複合窒化物層であって、平均層厚zは、
0.5μm≦z≦2.0μmであり、
(e)前記保護層は、六方晶構造を有する第1のTi層と第2のTi層、および、立
方晶構造を有する第1のTiC層と第2のTiC層とからなり、前記硬質膜層
に対して、第1のTi層、第1のTiC層、第2のTi層、および、第2の
TiC層の順にて積層され、
(e-1)前記第1のTi層の平均層厚y、および、前記第2のTi層の平均層厚
は、それぞれ、0.5μm≦y≦2.0μm、
および、0.5μm≦y≦2.0μmであり、
(e-2)前記第1のTiC層の平均層厚x、および、前記第2のTiC層の平均
層厚xは、それぞれ、0.2μm≦x≦1.0μm、
0.2μm≦x≦1.0μmであり、
(e-3)前記保護層の平均層厚(x+y+x+y)は、
1.4μm≦(x+y+x+y)≦6.0μm、かつ、
2x≦yおよび2x≦yの関係を満たし、
(f)前記硬質膜層と前記保護層との平均合計層厚(x+y+x+y+z
は、1.9μm≦(x+y+x+y+z)≦8.0μm
であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(3) (1)または(2)において、前記TiAl複合窒化物層におけるTiAl複合
窒化物は、組成式:(TiaAl1-a)Nにて表した場合に、0.30≦a≦0.60
(但し、aは、原子比によるTiの含有割合を示す)を満足するTiとAlとの複合
窒化物であることを特徴とする(1)または(2)に記載された表面被覆切削工具。
」とするものである。
なお、本明細書中において、数値範囲を示す際に「~」、あるいは、「-」を用いる場合は、その数値範囲の下限および上限を含むことを意味する。
【0010】
本発明の被覆工具について、以下に詳述する。
【0011】
表面被覆層;
本発明に係る表面被覆層は、工具基体側より、TiAl複合窒化物層からなる硬質膜層と、前記硬質膜層に対し、Ti層およびTiC層の順にて積層された保護層(以下、「保護層1」ともいう)またはTi層およびTiC層の順を二回繰り返して積層された保護層(以下、「保護層2」という)を有するものである。
そして、前記保護層1を有する表面被覆層では、その合計平均層厚が、1.2μm未満では、長期にわたり耐摩耗性を十分に発揮することはできず、また、8.0μmを超えるとチッピングや欠損等の異常損傷が発生し易くなるため、1.2μm~8.0μmと規定した。
また、前記保護層2を有する表面被覆層では、その合計平均層厚が、1.9μm未満では、長期にわたり耐摩耗性を十分に発揮することはできず、8.0μmを超えるとチッピングや欠損等の異常損傷が発生し易くなるため、1.9μm以上8.0μm以下と規定した。
本発明に係る前記硬質膜層および前記保護層を有する表面被覆層は、例えば、物理蒸着法の一種であるアークイオンプレーティング(以下、「AIP」で示す。)装置を用いて製造条件を調整することにより成膜することができる。
前記硬質膜層および前記保護層を構成するTi層、TiC層、ならびに、表面被覆層の合計平均層厚は、走査型電子顕微鏡(SEM)、または、透過型電子顕微鏡(TEM)を用い、例えば、工具基体に対し膜厚方向に対する垂直断面にて、倍率5000倍にて観察視野内の5点の層厚の平均値として求めることができる。
【0012】
硬質膜層;
工具基体上に成膜された硬質膜層は、TiAl複合窒化物からなり、十分な耐摩耗性にすぐれた特性を有するものである。
しかしながら、前記硬質膜層の平均層厚が、0.5μm未満の場合には、長期の使用にわたって十分な耐摩耗性を発揮することができない。他方、上層として保護層1を設ける際に、硬質膜層の平均層厚が3.0μmを超えた場合、および、上層として保護層2を設ける際に、硬質膜層の平均層厚が2.0μmを超えた場合には、チッピング、欠損等の異常損傷を発生するおそれがある。
したがって、十分な耐摩耗性を発揮し、耐チッピング、耐欠損性にすぐれた硬質被覆層を得るためには、硬質膜層の層厚は、保護層1を設ける場合には、0.5μm以上3.0μm以下とし、保護層2を設ける場合は0.5μm以上2.0μm以下とする。
また、前記硬質膜層は、TiAl複合窒化物からなるが、好ましくは、軟質な六方晶AlNが生成しにくく、高硬度にて、耐摩耗性にすぐれた硬質膜が得られる、例えば、組成式:(TiaAl1-a)Nにて表した場合、Tiの含有割合aが、0.30≦a≦0.60を満足する平均組成を有する範囲のTiAl複合窒化物を用いることが好ましい。
【0013】
保護層;
保護層は、前記硬質膜層上において、工具基体側よりTi層およびTiC層の順にて積層された保護層1または工具基体側よりTi層およびTiC層の順を二回繰り返し、Ti層、TiC層、Ti層およびTiC層の順にて積層された保護層2とし、被削材からのTi溶着物形成と被削材の擦過によるTi溶着物の摩耗をバランスさせ、また、基体と硬質膜層との間での剥離やチッピング欠損等の異常損傷を防止することにより、切削中における潤滑性の維持を図るものである。
すなわち、保護層のTi層の平均層厚については、少なくともTi合金等の切削時に繰り返し生じる溶着と摩耗のバランスを図り、所望の厚みを確保するとの観点より層厚の下限を規定し、一方、チッピング、欠損等による異常損傷を防止するとの観点より上限を規定する。
具体的には、保護層1においては、Ti層の平均層厚は0.5μm以上4.0μm以下と規定した。また、保護層2においては、各Ti層の平均層厚を0.5μm以上2.0μm以下と規定したので、二層のTi層の合計平均層厚は、1.0μm以上4.0μm以下となる。
また、TiC層の平均層厚については、切削中における潤滑性維持の観点から、一層につき、0.2μm以上1.0μm以下と規定したので、保護層1においては、0.2μm以上1.0μm以下、保護層2については、二層の合計で0.4μm以上2.0μm以下となる。
以上より、保護層1の全平均層厚は、0.7μm以上5.0μm以下、保護層2の全平均層厚は、1.4μm以上6.0μm以下となる。
Ti層は、硬質膜層との親和性が高いことが好ましく、例えば、Ti層は、六方晶構造のαチタンであることが好ましい。
Ti層中のTiには、炭素を4.5原子%以下にて、また、窒素を7.0原子%以下にて含有することができ、その含有量は、EPMAによる組成分析により測定することができる。
また、TiC層は、高硬度であることが好ましく、立方晶構造を有することが好ましい。成分組成としては、組成式:Ti1-bにて表した場合、EPMAによる組成分析により、0.45≦b≦0.55の組成範囲のものが好ましい。
なお、前記Tiの六方晶構造およびTiCの立方晶構造については、XRD法により確認することができる。
【0014】
硬質被覆層の形成方法;
図2に本発明に係る保護層1を有する表面被覆層を備えた被覆工具の断面図の模式図を示す。本発明の保護層1に係る前記硬質膜層、前記Ti層(保護層1)および前記TiC層(保護層1)を積層してなる表面被覆層は、例えば、物理蒸着法の一種であるイオンプレーティング法やスパッタ法等を用い、成膜することができる。
以下では、具体的にアークイオンプレーティング(以下、「AIP」で示す。)装置を用いて工具基体に前記硬質膜層およびTi層とTiC層とからなる保護層を成膜し、所望の表面被覆層を製造する方法について説明を行う。
図1(a)、(b)に本発明の表面被覆層を成膜するための、アークイオンプレーティング装置の概略図を示す。
図1(a)、(b)に示すアークイオンプレーティング装置は、装置中央部に基体装着用の回転テーブルを設け、前記回転テーブルを挟んで、一方側にカソード電極(蒸着源)として所定の組成を有する表面被覆層成膜用のTi-Al合金ターゲットを、他方側に同じくカソード電極(蒸着源)として、保護層1のTi層およびTiC層成膜用のTiターゲットを配置し、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化硼素焼結体のいずれかで構成された工具基体を前記回転テーブル上に基体自体の自転も可能となるよう配置し、工具基体にボンバード前処理、および、工具基体の温度、導入されるNガス、アルゴンガス、CHガスの圧力、成膜時のバイアス電圧、アーク電流値を調整し、窒素ガス雰囲気、Arガス雰囲気、または、メタンガス雰囲気にてアーク放電を発生させることにより、成膜を行なうことができる。
成膜は、まず、窒素ガス雰囲気にて、硬質膜層成膜用のTi-Al合金ターゲットとアノード電極との間にてアーク放電を発生させ、前記工具基体表面に、硬質膜層としてTiAlN層を蒸着し、ついで、前記アーク放電を停止し、同装置内の雰囲気をArガス雰囲気とし、Tiターゲットとアノード電極との間にてアーク放電を発生させ、TiAlN層の上にTi層を蒸着させ、ついで、前記アーク放電を停止し、同装置内の雰囲気をメタンガスとArガスの混合雰囲気とし、Tiターゲットとアノード電極との間にてアーク放電を発生させ、Ti層の上にTiC層を蒸着することにより行われる。
また、図3の本発明に係る保護層2を有する表面被覆層を備えた被覆工具の断面図の模式図に示されるように、本発明の保護層2に係る前記硬質膜層、前記Ti層(保護層2)、前記TiC層(保護層2)、前記Ti層(保護層2)および前記TiC層(保護層2)を積層してなる表面被覆層は、前記硬質膜層(TiAlN層)の上にTi層(保護層2)およびTiC層(保護層2)を成膜した工程を繰り返すことにより、所望の硬質被覆層を備えた表面被覆切削工具を得ることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の被覆工具は、あらかじめ硬質膜層の上にTi溶着物を模擬した層を形成させておくことにより、かかる模擬層に切削中に積極的にTi溶着物が付着するとともに摩耗することで、常に一定幅の厚みを有する保護層が表面被覆層上に存在し、自己保護の効果を発揮でき、また、被削材の擦過によるTi溶着物の剥離を模擬層上にて繰り返すことで、表面被覆層および基体に何らの損傷も与えることがないため、溶着や剥離等の発生を抑制でき、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明被覆工具の表面被覆層を成膜するアークイオンプレーティング装置の概略説明図を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図を示す。
図2】本発明に係る保護層1を有する表面被覆層を備えた被覆工具の断面図の模式図を示す。
図3】本発明に係る保護層2を有する表面被覆層を備えた被覆工具の断面図の模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
以下の実施例では、本発明の被覆工具をフライス加工で使用した場合について説明するが、旋削加工、ドリル加工等で用いることを何ら排除するものではない。
また、工具基体としては、WC基超硬合金を用いた場合について説明するが、TiCN基サーメット、または、立方晶窒化硼素焼結体を工具基体として用いた場合であっても同様の効果が得られる。
【実施例
【0018】
工具基体の作製;
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、Cr32粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉成形体にプレス成形し、これらの圧粉成形体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFENのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体1を製造した。
【0019】
【表1】

【0020】
表面被覆工具の製造;
(a)保護層1を含んだ表面被覆層を有する表面被覆工具の製造においては、前記工具基体1をアセトン中にて超音波洗浄し、乾燥後、アークイオンプレーティング用の所定組成のTi-Al合金カソード電極(ターゲット)およびTiカソード電極(ターゲット)が配置されたアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着した。
(b)まず、装置内を排気して10-2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、0.5~2.0PaのArガス雰囲気に設定し、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に-400~-1000Vの直流バイアス電圧を印加し、工具基体表面をアルゴンイオンによって5~30分間ボンバード処理を行った。
(c)次いで、装置内のアルゴンガスを窒素ガスにより置換し、表2に示す3.0Paの窒素ガス雰囲気とし、ヒーターにて工具基体温度を表2に示す540℃~580℃の温度に維持し、装置内に配置した所定組成のTi-Al合金からなるカソード電極(ターゲット)とアノード電極との間に、表2に示す、アーク電流値を90~110Aの条件にてアーク放電を発生させ、一方、前記工具基体には、表2に示す-150~-250Vのバイアス電圧を印加した条件にて蒸着することにより、前記工具基体の表面に、硬質膜層として、AlTiN層を形成した。
(d)次いで、アーク放電を停止し、装置内の窒素ガスをアルゴンガスにて置換した後、
Tiターゲットとアノード電極の間にて、表2に示す、アーク電流値を100~150A の条件にてアーク放電を発生させ、一方、前記工具基体には、表2に示す-90~-110Vのバイアス電圧を印加した条件にて蒸着することにより、前記工具基体の表面に、Ti層を形成した。
(e)次いで、アーク放電を停止し、装置内のアルゴンガスにメタンガスを混合した後、
Tiターゲットとアノード電極の間にて、表2に示す、アーク電流値を90~110Aの条件にてアーク放電を発生させ、一方、前記工具基体には、表2に示す-100~-300Vのバイアス電圧を印加した条件にて蒸着することにより、前記工具基体の表面に、TiC層を形成した。
上記工程(a)~(e)により、硬質膜層および保護層1を備えた表4に示す本発明被覆工具1~6を作製した。
また、保護層2を含んだ硬質被覆層を有する表面被覆工具の製造においては、上記工程(a)~(e)に引き続き、装置内のメタンガスをアルゴンガスにて置換して、再度、工程(d)および工程(e)を繰り返すことにより、硬質膜層および保護層2を備えた表4に示す本発明被覆工具7~9を作製した。
【0021】
前記本発明工具1~9の硬質被覆層、保護層について、工具基体表面に垂直な各層断面の組成分析を、透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光分析(TEM-EDS)を用いて行った。
即ち、本発明工具1~9の硬質被覆層、保護層について、工具基体表面と平行方向に20μmの観察範囲において、上部層縦断面に対して0.01μm以下の空間分解能の元素マッピングを行い、硬質被覆層および保護層の組成を測定した。
さらに、硬質被覆層および保護層の平均層厚を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて測定し、表4にこれらの測定値を示す。
本発明工具1~6は、硬質被覆層と保護層1とから成るものであるが、いずれの実施例においても、硬質膜層の成分組成および平均膜厚、ならびに、保護層1のTi層の成分組成および平均膜厚、TiC層の成分組成および平均膜厚について、請求項1発明の要件を満足するものであった。
また、本発明工具7~9は、硬質被覆層と保護層2とから成るものであるが、いずれの実施例においても、硬質膜層の成分組成および平均膜厚、ならびに、保護層2の第1層におけるTi層の成分組成および平均膜厚、TiC層の成分組成および平均膜厚、および、保護層2の第2層におけるTi層の成分組成および平均膜厚、TiC層の成分組成および平均膜厚について、請求項2発明の要件を満足するものであった。
【0022】
次に、比較の目的で、前記アークイオンプレーティング装置を用い、工具基体の表面に、表3に示す条件にて前記実施例の前記工程(a)~(e)と同様の手順により、硬質膜層のみ、または、硬質膜層および保護層1を蒸着形成することにより、比較被覆工具(以下、比較工具という)1~2および比較工具3~7を作製し、また、前記工程(a)~(e)に引き続き、再度、工程(d)および工程(e)を繰り返すことにより、硬質膜層および保護層2を備えた比較工具8~10を作製した。
さらに、前記実施例と同様に比較工具1~2では、硬質膜層について、比較工具3~7では、硬質膜層および保護層1について、比較工具8~10では、硬質膜層および保護層2について、組成分析および平均層厚の測定を行い、表5に示す。
【0023】
比較工具1および2は、硬質膜層のみを有するものであるので、すでに、請求項1発明および請求項2発明の要件を満たすものではなく、しかも、硬質膜層の平均層厚においても請求項1発明および請求項2発明の要件を満たすものではなかった。
比較工具3~7は、硬質膜層および保護層1を有するものであるが、比較工具3は、硬質膜層が薄く、平均層厚条件を満たしておらず、また、比較工具4は、Ti層の平均層厚が薄いため、所望の保護層厚が確保できず、いずれも、請求項1発明の要件を満たすものではなかった。また、比較工具5は、保護層1において、Ti層の平均層厚が、TiC層の平均層厚の2倍以上の厚みを有していないため、請求項1発明の要件を満たしておらず、比較工具6および7は、保護層1のTi層の平均層厚、同じく保護層1のTiC層の平均層厚、および、保護層1の合計層厚において、請求項1発明の要件を満たすものではなかった。加えて、比較工具7では、硬質膜層の平均層厚においても請求項1発明の要件を満たしていなかった。
比較工具8~10は、硬質膜層および保護層2を有するものであるが、比較工具8は、硬質膜層の平均層厚が、請求項2発明の要件を満たしておらず、また、比較工具9では、硬質膜層の平均層厚、保護層2の第1層のTiC層および第1層の全層厚、ならびに、保護層2の第2層のTi層および第2層の全層厚のすべてにおいて、それらの上限値を超えており、加えて、保護層2の第1層において、Ti層の平均層厚が、TiC層の平均層厚の2倍以上の厚みを有していないため、請求項2発明の要件を満たすものではなかった。
また、比較工具10は、保護層2の第1層の全層厚および第2層の全層厚において、請求項2発明の要件を満たすものの、保護層2の第1層および第2層のいずれの層においても、Ti層の層厚は、TiC層の層厚との関係において2倍以上の膜厚を有するものとはなっておらず、しかも、硬質膜層の層厚も規定の範囲を超えるものであるから、請求項2発明の要件を満たすものではなかった。
【0024】
【表2】
【0025】
【表3】

【0026】
【表4】

【0027】
【表5】

【0028】
ついで、前記本発明工具1~9、比較工具1~10を、高速断続切削の一種である湿式正面フライス、センターカット切削加工試験に供し、切れ刃の損傷状況を観察した。
切削試験 :湿式正面フライス、センターカット切削加工、
被削材 :JIS・Ti-6Al-4V合金(60種) ブロック材
幅60mm、長さ250mm、
カッタ径 :85mm、
切削速度 :78m/min.、
切り込み :3.0mm、
一刃送り量:0.3mm/rev.、
切削時間 :10分、
表6に、前記切削試験の結果を示す。
【0029】
【表6】





【0030】
表6に示される結果によれば、本発明工具1~9では、Ti溶着物模擬層の保護効果により、逃げ面摩耗幅が大幅に減少しており、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮するものであることが明らかとなった。
他方、比較工具1~6、8では、Ti溶着物模擬層の保護効果は十分ではなく、比較工具1~6、8では、本発明工具に対して、逃げ面摩耗幅が大きかった。さらに、比較工具7、9、10においては、いずれも、7分以内に欠損が発生し、使用寿命に至った。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の被覆工具は、Ti溶着物模擬層の保護効果により、Ti基合金などの難削材の高能率高送り切削加工においてすぐれた切削性能を発揮することにより、使用寿命の延命化を可能とするものであり、他の被削材の切削加工、他の条件での切削加工で使用することも可能である。
図1
図2
図3