(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-10
(45)【発行日】2022-08-19
(54)【発明の名称】熱電材料および熱電材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 35/20 20060101AFI20220812BHJP
H01L 35/34 20060101ALI20220812BHJP
C22C 30/00 20060101ALN20220812BHJP
【FI】
H01L35/20
H01L35/34
C22C30/00
(21)【出願番号】P 2017074104
(22)【出願日】2017-04-04
【審査請求日】2020-03-25
(32)【優先日】2017-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】P 2016145712
(32)【優先日】2016-07-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・発行者名 :公益社団法人 応用物理学会 刊行物名 :2017年 第64回応用物理学会春季学術講演会[講演予稿集] 発行年月日:2017年(平成29年)3月1日 ・集 会 名:第64回 応用物理学会春季学術講演会 開 催 日:2017年(平成29年)3月14日~3月17日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発/熱電変換材料の技術シーズ発掘小規模研究開発/階層的構造制御によるチムニーラダー型熱電変換材料の高性能化」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100143834
【氏名又は名称】楠 修二
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 讓
(72)【発明者】
【氏名】林 慶
(72)【発明者】
【氏名】湯葢 邦夫
(72)【発明者】
【氏名】濱田 陽紀
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 美嘉
【審査官】田邊 顕人
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-042963(JP,A)
【文献】国際公開第2013/027749(WO,A1)
【文献】特開2013-026334(JP,A)
【文献】特開2003-306380(JP,A)
【文献】国際公開第2006/129459(WO,A1)
【文献】特開2001-284662(JP,A)
【文献】特開平07-097206(JP,A)
【文献】特開2008-021982(JP,A)
【文献】特開2014-049737(JP,A)
【文献】宮崎 譲,外4名,金属ケイ化物の微細組織制御と熱電特性,平成26年度東北大学金属材料研究所新素材共同研究開発センター共同利用研究報告書,日本,東北大学金属材料研究所附属新素材共同研究開発センター,2015年06月,p. 103-104
【文献】齊藤 祥二 ,外4名,(Mn1-xCox)Siγ(γ~1.7)固溶相の合成と熱電特性,2010年秋季第71回応用物理学会学術講演会講演予稿集,日本,公益社団法人応用物理学会,2010年,p. 09-065,講演番号 15p-P7-5
【文献】Yuzuru Miyazaki,外4名,Preparation and Thermoelectric Properties of a Chimney-Ladder (Mn1-xFex)Siγ (γ~1.7) Solid Solution,Japanese Journal of Applied Physics,日本,The Japan Society of Applied Physics,2011年,Vol. 50,p. 035804-1 - 035804-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 35/20
H01L 35/34
C22C 30/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(Mn
1-xM
x)Si
γ (ここで
、MはVから成る元素、
0.015≦x≦
0.040、1.7≦γ≦1.8)
から成り、800K~900Kにおける無次元性能指数ZT(ここで、Zは性能指数、Tは絶対温度である)が0.55以上、300K~1000Kにおける無次元性能指数ZTが0.15以上であることを特徴とする熱電材料。
【請求項2】
(Mn
1-xM
x)Si
γ (ここでMは、VおよびFeから成り、M
xはV
x1Fe
x2であり、x1+x2=x、
x1=0.03、
0<x2≦
0.04、1.7≦γ≦1.8)
から成り、800K~900Kにおける無次元性能指数ZT(ここで、Zは性能指数、Tは絶対温度である)が0.55以上、300K~1000Kにおける無次元性能指数ZTが0.15以上であることを特徴とする熱電材料。
【請求項3】
700K~900Kにおける出力因子S
2σ(ここで、Sはゼーベック係数、σは電気伝導度である)が1.8mW/K
2m以上、300K~1000Kにおける出力因子S
2σが1.2mW/K
2m以上であることを特徴とする請求項1または2記載の熱電材料。
【請求項4】
700K~900Kにおける出力因子S
2σが2.2mW/K
2m以上、300K~1000Kにおける出力因子S
2σが1.4mW/K
2m以上であることを特徴とする請求項1または2記載の熱電材料。
【請求項5】
(Mn
1-x
M
x
)Si
γ
(ここで、MはCoから成る元素、x=0.03、1.7≦γ≦1.8)から成り、550K~850Kにおける出力因子S
2
σが2.2mW/K
2
m以上、300K~1000Kにおける出力因子S
2
σが1.5mW/K
2
m以上であることを特徴とする熱電材料。
【請求項6】
請求項1乃至
5のいずれか1項に記載の熱電材料の製造方法であって、
前記熱電材料の組成となるよう配合されたMnとSiとMとを含む原料を均一に溶解する溶解工程と、
溶解した前記原料を、13K/hour以下の冷却速度で凝固させる凝固工程とを、
有することを特徴とする熱電材料の製造方法。
【請求項7】
前記冷却速度は、1.5K/hour以下であることを特徴とする請求項
6記載の熱電材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電材料および熱電材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のマンガンケイ化物系の熱電材料MnSiγ (ここで、1.7≦γ≦1.8)として、各結晶粒のab面が一方向に配向しており、Si元素の一部がIIIb族元素、IVb族元素、ランタノイド元素から選ばれる少なくとも1種類の元素で置換されているものや、さらに、Mn元素の一部がVa族元素、VIa族元素、VIIa族元素、VIIIa族元素、ランタノイド元素から選ばれる少なくとも1種類の元素で置換されているものがある(例えば、特許文献1または2参照)。これらの熱電材料は、熱電特性や耐熱衝撃性に優れており、例えば、熱電特性の一つである出力因子S2σ(ここで、Sはゼーベック係数、σは電気伝導度)として、最大で、500℃のとき、2.22mW/K2mが得られている。
【0003】
これらの熱電材料は、原料をアーク溶解等で溶解してから凝固させ、さらに必要に応じてプラズマ焼結法(SPS)等により焼結を行うことにより製造されており、材料中にMnSi(マンガンモノシリサイド)が、MnSiγのc軸方向に数十ミクロン周期で層状に析出している。このマンガンモノシリサイドMnSiは、金属的な特性を持つP型良導体であり、電気伝導度σは高いが、ゼーベック係数Sが低く、また界面で原子配列が不連続となるため、材料の性能指数Z(出力因子S2σを熱伝導度κで割ったもの)を低下させる原因となっている。
【0004】
そこで、MnSiが層状に析出していない熱電材料として、Si元素の0.5~1.0at%をGeで部分置換した熱電材料Mn(Si1-xGex)γ (ここで、0.005≦x≦0.01)が開発されている(例えば、非特許文献1または特許文献3参照)。この熱電材料は、母材のMnSiγの化学量論的組成を満たすMnおよびSiと、xに相当する量のGeとを溶融し、1.5℃/分以下の冷却速度で冷却して結晶成長させることにより製造される。この熱電材料では、最大で、約1.6mW/K2mの出力因子S2σが得られている。
【0005】
なお、本発明者等により、熱電材料MnSiγのMn元素の一部を、Mnよりも価電子数が少ない元素(例えば、クロム)で部分置換することにより、ホールがドープされて導電性が向上し、出力因子S2σが増加することが報告されている(例えば、非特許文献2参照)。また、熱電材料MnSiγは、正方晶のa-b軸を共有し、c軸長の異なる2種類の部分構造[Mn]および[Si]からなる非整合複合結晶である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-231638号公報
【文献】特開2007-42963号公報
【文献】特開2007-235083号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】I. Aoyama et al, “Effects of Ge Doping on Micromorphology of MnSi in MnSi~1.7 and on Their Thermoelectric Transport Properties”, Japanese Journal of Applied Physics, 2005, 44, 8562
【文献】Y. Kikuchi et al, “Enhanced Thermoelectric Performance of a Chimney-Ladder (Mn1-xCrx)Siγ (γ~1.7) Solid Solution”, Japanese Journal of Applied Physics, 2012, 51, 085801
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1または2に記載の熱電材料は、MnSiが層状に析出しているため、その影響により、熱電特性が低下してしまうという課題があった。また、非特許文献1または特許文献3に記載の熱電材料は、MnSiの層状析出がなく、それによる性能指数Zの低下は抑制されているが、Geの置換量に限界があるため、さらなる熱電特性の向上を期待することはできないという課題があった。
【0009】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、より熱電特性に優れた熱電材料および熱電材料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、Si元素を部分置換するのではなく、Mn元素の一部を他の元素で置換することによってMnSiの層状析出を抑制できることをはじめて見出し、本発明に至った。
【0011】
すなわち、本発明に係る熱電材料は、(Mn1-xMx)Siγ (ここで、MはVまたはCoから成る元素、0.012≦x≦0.045、1.7≦γ≦1.8)を含み、800K~900Kにおける無次元性能指数ZT(ここで、Zは性能指数、Tは絶対温度である)が0.55以上、300K~1000Kにおける無次元性能指数ZTが0.15以上であることを特徴とする。
【0012】
本発明に係る熱電材料は、Mn元素の一部を、原子半径がMnよりも少し大きいV(バナジウム)やMo(モリブデン),Nb(ニオブ),Ta(タンタル),W(タングステン),Fe(鉄),Co(コバルト)で置換することにより、MnSiの層状析出を抑制することができる。このため、その層状析出による性能指数Zの低下を抑制し、熱電特性を向上させることができる。また、V,Mo,Nb,Ta,Wは、Mnよりも価電子数が少ないため、例えば1.2~4.5at%程度の微量置換であっても、ホールキャリアを充分に導入することができる。Fe,Coは、Mnよりも価電子数が大きいため、若干の電子ドープになり、ゼーベック係数Sを大きくすることができる。このため、Mn元素の一部をこれらの原子で置換することにより、出力因子S2σを増加することができ、熱電特性をさらに向上させることができる。このように、本発明に係る熱電材料は、Si元素ではなく、Mn元素のみを部分置換することにより、より熱電特性を高めることができる。
【0013】
本発明に係る熱電材料は、(Mn
1-x
M
x
)Si
γ
(ここで、MはVおよびFeから成り、M
x
はV
x1
Fe
x2
であり、x1+x2=x、0.025≦x1≦0.045、0.01≦x2≦0.045)を含み、800K~900Kにおける無次元性能指数ZT(ここで、Zは性能指数、Tは絶対温度である)が0.55以上、300K~1000Kにおける無次元性能指数ZTが0.15以上であってもよい。この場合、MnSiの層状析出が消えるまでMn元素の一部をVで置換すると、ホールキャリアが過剰となることがあり、そのときには、電気伝導度σは向上するものの、ゼーベック係数Sが低下してしまう。そこで、Feを添加して、Mnの元素の一部を、Mnよりも価電子数が1大きいFeで置換することにより、電子をドープしてホールキャリアの増加を抑制することができる。これにより、ゼーベック係数Sを高めて、出力因子S2σを増加することができ、熱電特性を向上させることができる。
【0014】
本発明に係る熱電材料は、700K~900Kにおける出力因子S2σが1.8mW/K2m以上、300K~1000Kにおける出力因子S2σが1.2mW/K2m以上であることが好ましい。また、700K~900Kにおける出力因子S2σが2.2mW/K2m以上、300K~1000Kにおける出力因子S2σが1.4mW/K2m以上であることが、より好ましい。これらの場合、特に熱電特性に優れている。
【0015】
本発明に係る熱電材料の製造方法は、前記熱電材料の組成となるよう配合されたMnとSiとMとを含む原料を均一に溶解する溶解工程と、溶解した前記原料を、13K/hour以下の冷却速度で凝固させる凝固工程とを、有することを特徴とする。
【0016】
本発明に係る熱電材料の製造方法は、本発明に係る熱電材料を好適に製造することができる。本発明に係る熱電材料の製造方法は、MnとSiとMとを有する溶解した原料を、13K/hour以下の冷却速度で凝固させることにより、MnSiが層状に析出するのを抑制することができる。また、Mnを部分置換することにより、ホールキャリアを導入したり、電子ドープにしたりすることもできる。このため、より熱電特性に優れた熱電材料を得ることができる。特に、冷却速度は、1.5K/hour以下であることが好ましく、この場合、さらに優れた熱電特性を得ることができる。なお、ここでの冷却速度は、溶解した原料を凝固させるときの冷却速度であり、具体的には、凝固温度を含む所定の温度範囲での冷却速度である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、より熱電特性に優れた熱電材料および熱電材料の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施の形態の(Mn
1-xV
x)Si
γの熱電材料の、xの値を0~0.060の範囲で変えたときの、各組成でのXRDパターンである。
【
図2】本発明の実施の形態の(Mn
1-xV
x)Si
γの熱電材料の、製造時の冷却時間が8時間(冷却速度:12.5K/hour)、24時間(冷却速度:4.2K/hour)、100時間(冷却速度:1K/hour)で、x=0.020の組成の試料のXRDパターンである。
【
図3】本発明の実施の形態の(Mn
1-xV
x)Si
γの熱電材料の、製造時の冷却時間が100時間(冷却速度:1K/hour)で、x=0の組成の試料の(a)SEM(走査型電子顕微鏡)写真、(b)MnのEDS(エネルギー分散型X線分析)マップ、(c)SiのEDSマップ、および、x=0.020の組成の試料の(d)SEM写真、(e)MnのEDSマップ、(f)SiのEDSマップである。
【
図4】本発明の実施の形態の(Mn
1-xV
x)Si
γの熱電材料の、製造時の冷却時間が8時間(冷却速度:12.5K/hour)で、x=0.020の組成の試料のSEM写真である。
【
図5】本発明の実施の形態の(Mn
1-xV
x)Si
γの熱電材料の、製造時の冷却時間が100時間(冷却速度:1K/hour)で、x=0およびx=0.020の組成の試料(melt grown)、ならびに、プラズマ焼結法(SPS)を使用して作製した、x=0およびx=0.020の組成の比較試料(SPS)の、(a)ゼーベック係数S、(b)電気伝導度σ、(c)出力因子S
2σ、(d)無次元性能指数ZTの温度依存性を示すグラフである。
【
図6】本発明の実施の形態の(Mn
1-xV
x)Si
γの熱電材料の、製造時の冷却時間が8時間(冷却速度:12.5K/hour)で、x=0.020の組成の試料(8 h)、ならびに、製造時の冷却時間が100時間(冷却速度:1K/hour)で、x=0.020の組成の試料(100 h)の、(a)ゼーベック係数S、(b)電気伝導度σ、(c)出力因子S
2σの温度依存性を示すグラフである。
【
図7】本発明の実施の形態の(Mn
0.97-x2V
0.03Fe
x2)Si
1.7の熱電材料の、x2の値を0~0.05の範囲で変えたときの出力因子S
2σの温度依存性を示すグラフである。
【
図8】本発明の実施の形態の(Mn
0.97Co
0.03)Si
γおよび(Mn
0.98V
0.02)Si
γの熱電材料の、出力因子S
2σの温度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面に基づいて、本発明の実施の形態について説明する。
図1乃至
図6は、本発明の実施の形態の熱電材料を示している。
本発明の実施の形態の熱電材料は、本発明の実施の形態の熱電材料の製造方法により製造され、(Mn
1-xM
x)Si
γ (ここで、MはV,Mo,Nb,Ta,W,Fe,およびCoのうちの1種または2種以上の元素、0.012≦x≦0.105、1.7≦γ≦1.8)を含んでいる。
【0020】
本発明の実施の形態の熱電材料の製造方法は、まず、所望の組成となるよう配合されたMnとSiとMとを含む原料を均一に溶解する。次に、その溶解した原料を、13K/hour以下の冷却速度で凝固させる。これにより、本発明の実施の形態の熱電材料を得ることができる。
【0021】
次に、作用について説明する。
本発明の実施の形態の熱電材料の製造方法によれば、MnとSiとMとを有する溶解した原料を、13K/hour以下の冷却速度で徐冷して凝固させ、Mn元素の一部を、原子半径がMnよりも少し大きいVやMo,Nb,Ta,W,Fe,Coで置換することにより、MnSiの層状析出を抑制することができる。このため、その層状析出による性能指数Zの低下を抑制し、熱電特性を向上させることができる。
【0022】
また、V,Mo,Nb,Ta,Wは、Mnよりも価電子数が少ないため、微量置換であっても、ホールキャリアを充分に導入することができる。Fe,Coは、Mnよりも価電子数が大きいため、若干の電子ドープになり、ゼーベック係数Sを大きくすることができる。このため、Mn元素の一部をこれらの原子で置換することにより、出力因子S2σを増加することができ、熱電特性をさらに向上させることができる。このように、Si元素ではなく、Mn元素のみを部分置換することにより、より熱電特性に優れた、本発明の実施の形態の熱電材料を得ることができる。
【実施例1】
【0023】
(Mn1-xVx)Siγ の組成を有する熱電材料を製造し、結晶構造や微細構造、熱電特性を調べた。原料として、純度99.99%、粒径2~5mmの粒状のMnと、純度99.999%、粒径2~5mmの粒状のSiと、純度99.9%、粒径300μmの粉末状のVとを使用した。熱電材料の試料は、以下のようにして製造した。
【0024】
まず、所定の配合量で各原料を配合し、アーク溶解により溶解と凝固とを繰り返しながら、固体の均質体を得た。次に、得られた均質体を粒状に粉砕して、石英管の中に密封し、1200℃(1473K)まで加熱して溶かした。1200℃で8時間維持した後、8~100時間かけて1100℃(1373K)まで冷却し(冷却速度:12.5~1K/hour)、凝固させた。その後、24時間で室温(RT)まで冷却した。こうして、γ=1.740、x=0~0.060の塊状の熱電材料の試料(以下、「melt grown」と呼ぶ)を製造した。
【0025】
なお、比較のため、原料をアーク溶解で溶かしてから凝固させ、粉末状に粉砕した後、プラズマ焼結法(SPS)で圧縮することにより、比較試料(以下、「SPS」と呼ぶ)を製造した。比較試料は、γ=1.740、x=0および0.020である。
【0026】
[X線回折]
melt grownの冷却時間が100時間(冷却速度:1K/hour)の試料について、xの値を0~0.060の範囲で変えて、X線回折法を用いて結晶構造解析を行った。X線回折(XRD)では、ブルカー エイエックスエス(Bruker AXS)株式会社製「D8 ADVANCE」により、CuKα線を用いて測定を行った。得られたXRDパターンを、
図1に示す。
【0027】
図1に示すように、Mn部分構造に由来するピーク(211、220、112のピーク)、Si部分構造に由来するピーク(111のピーク)、サテライトピーク(2111、2221のピーク)が確認された。これらのピークのうち、Si部分構造に由来するピークおよびサテライトピークが、x=0.015以上になると、低角度側に寄るとともに、鋭いピークを有することが確認された。また、x=0および0.010のときには、MnSiに対応するピークが認められるが、x=0.015以上になると、そのピークが消滅し、全く認められなくなることが確認された。また、x=0.050および0.060のときには、VSi
2に対応するピークが認められるが、x=0.040以下になると、そのピークが消滅し、全く認められなくなることが確認された。このことから、x=0.012~0.045のとき、MnSiの層状析出やVSi
2の析出を抑制し、(Mn
1-xV
x)Si
γ単相のみの組成とすることができるといえる。
【0028】
次に、melt grownのx=0.020の試料について、1200℃(1473K)から1100℃(1373K)までの冷却時間を8時間(冷却速度:12.5K/hour)、24時間(冷却速度:4.2K/hour)、100時間(冷却速度:1K/hour)と変化させて、
図1の場合と同様にX線回折法を用いて結晶構造解析を行った。得られたXRDパターンを、
図2に示す。
【0029】
図2に示すように、いずれの冷却時間であっても、MnSiの層状析出やVSi
2の析出は認められず、(Mn
1-xV
x)Si
γ単相のみの組成であることが確認された。
【0030】
[走査型電子顕微鏡観察およびエネルギー分散型X線分析]
melt grownの冷却時間が100時間(冷却速度:1K/hour)で、x=0およびx=0.020の試料について、走査型電子顕微鏡(SEM)での観察、およびエネルギー分散型X線分析(EDS)を行った。また、melt grownの冷却時間が8時間(冷却速度:12.5K/hour)で、x=0.020の試料について、SEM観察を行った。SEM観察およびEDSの測定には、日立ハイテクノロジーズ株式会社製の走査電子顕微鏡「SU-8100」を用いた。得られた各試料のSEM写真および各EDSマップを、
図3および
図4に示す。
【0031】
図3(a)~(c)に示すように、冷却速度が1K/hourで、x=0、すなわちMnSi
1.740 のとき、MnSiから成る複数の線が確認された。このMnSiは、約500nmの厚さを有し、数十ミクロン周期で層状に析出している。これに対し、
図3(d)~(f)に示すように、冷却速度が1K/hourで、x=0.020、すなわち(Mn
0.980V
0.020)Si
1.740 のとき、均質な元素分布を示しており、MnSiの層状析出は確認されなかった。
【0032】
また、
図4に示すように、冷却速度が12.5K/hourで、x=0.020、すなわち(Mn
0.980V
0.020)Si
1.740 のとき、線状のクラック(
図4の左上)が発生しているが、均質な元素分布を示しており、MnSiの層状析出は確認されなかった。以上の
図1乃至
図4の結果から、Mn元素の一部をVで置換することにより、MnSiの層状析出を抑制できるといえる。
【0033】
[熱電特性]
melt grownの冷却時間が100時間(冷却速度:1K/hour)の試料およびSPSの試料で、x=0およびx=0.020のものについて、ゼーベック係数、電気伝導度および熱伝導度について測定を行った。ゼーベック係数および電気伝導度の測定には、アドバンス理工株式会社製の熱電特性評価装置「ZEM-3」を用いた。また、熱伝導度の測定には、アドバンス理工株式会社製のレーザフラッシュ法熱定数測定装置「TC-7000H」を用いた。また、これらの各熱電特性の測定では、SPSの試料については、SPSによる圧縮方向、melt grownの試料については、対応するSPSの試料の圧縮方向と同じ方向に沿って測定を行った。
【0034】
各熱電特性の測定により得られた各試料のゼーベック係数S、電気伝導度σ、出力因子S
2σ、および無次元性能指数ZT(Z=S
2σ/κ、ここで、Zは性能指数、κは熱伝導度、Tは絶対温度)の温度依存性を、それぞれ
図5(a)~(d)に示す。
図5(a)に示すように、melt grownの試料およびSPSの試料ともに、x=0とx=0.020とを比較すると、Mn元素の一部をVで置換することによりゼーベック係数Sがわずかに低下することが確認された。また、xの値が同じとき、melt grownの試料の方が、SPSの試料よりもゼーベック係数Sがわずかに小さいことが確認された。
【0035】
図5(b)に示すように、melt grownの試料およびSPSの試料ともに、x=0.020の方が、x=0よりも電気伝導度σが大きいことが確認された。これは、Mn元素の一部をVで置換することにより、ホールキャリアが導入されたためであると考えられる。また、x=0のとき、melt grownの試料とSPSの試料とは電気伝導度σがほぼ同じ値であるが、x=0.020のとき、melt grownの試料の方が、SPSの試料よりも電気伝導度σが大きいことが確認された。これは、徐冷により凝固させて、Mn元素の一部をV(バナジウム)で置換することにより、MnSiの層状析出を効果的に抑制できるためであると考えられる。
【0036】
図5(c)に示すように、出力因子S
2σは、melt grownのx=0.020の試料が、最も大きくなることが確認された。これは、ゼーベック係数Sと比べて、Vによる置換の有無や製造方法による電気伝導度σ(
図5(b)参照)の差異が大きいためであると考えられる。このことから、徐冷により凝固させて、Mn元素の一部をVで置換することにより、出力因子S
2σも大きくなるといえる。ただし、Vの添加量を増やしすぎると、ホールキャリアが過剰に導入されるため、出力因子S
2σが低下してしまうと考えられる。なお、
図5(c)に示すmelt grownのx=0.020の試料の出力因子S
2σは、800Kで最大値2.4mW/K
2mであり、700K~900Kで2.2mW/K
2m以上、300K~1000Kで1.4mW/K
2m以上である。
【0037】
図5(d)に示すように、無次元性能指数ZTも、出力因子S
2σと同様に、melt grownのx=0.020の試料が、最も大きくなることが確認された。このことから、徐冷により凝固させて、Mn元素の一部をVで置換することにより、無次元性能指数ZTも大きくなるといえる。なお、このときの無次元性能指数ZTは、melt grownのx=0の試料の2倍以上となっており、800K~900Kで最大値0.59であり、700K~1000Kで約0.50以上、300K~1000Kで0.15以上である。
【0038】
次に、melt grownの冷却時間が8時間(冷却速度:12.5K/hour)で、x=0.020の試料についても、
図5の場合と同様にゼーベック係数、電気伝導度および熱伝導度について測定を行った。測定により得られたゼーベック係数S、電気伝導度σ、および出力因子S
2σの温度依存性を、それぞれ
図6(a)~(c)に示す。なお、
図6には、比較のため、
図5に示すmelt grownの冷却時間が100時間(冷却速度:1K/hour)で、x=0.020の試料の結果も示している。
【0039】
図6(a)に示すように、ゼーベック係数Sは、冷却時間(冷却速度)を変えても、ほぼ同じ値を示すことが確認された。
図6(b)に示すように、電気伝導度σは、冷却時間が長い(冷却速度が遅い)方が高くなっていることが確認された。冷却時間が8時間(冷却速度:12.5K/hour)の試料は、
図4に示すように、クラックが発生しているため、電気伝導度σが低下したものと考えられる。
図6(c)に示すように、出力因子S
2σは、電気伝導度σ(
図6(b)参照)の差異が大きいため、冷却時間が長い(冷却速度が遅い)方が高くなっていることが確認された。
【0040】
図2、
図4および
図6の結果から、冷却時間が8時間(冷却速度:12.5K/hour)であっても、MnSiの層状析出を抑制することはできるが、クラックやボイドなどの欠陥が生成しやすくなるため、熱電特性を高めるためには、冷却時間を長く(冷却速度を遅く)する方がよいといえる。
【0041】
なお、
図6(c)に示す冷却時間が8時間(冷却速度:12.5K/hour)の試料の出力因子S
2σは、800Kで最大値約2.0mW/K
2mであり、700K~900Kで1.8mW/K
2m以上、300K~1000Kで1.2mW/K
2m以上である。
【実施例2】
【0042】
(Mn0.97-x2V0.03Fex2)Siγ (x=x1+x2、x1=0.03、γ=1.7)の組成を有する熱電材料を製造し、熱電特性を調べた。原料として、純度99.99%、粒径2~5mmの粒状のMnと、純度99.999%、粒径2~5mmの粒状のSiと、純度99.9%、粒径300μmの粉末状のVと、純度99.9%、粒径0.1~1.7mmの粉末状のFeとを使用した。熱電材料の試料は、実施例1と同様にして製造した。冷却時間は、100時間(冷却速度:1K/hour)とした。試料として、x2=0、0.02、0.03、0.04、0.05のものを製造した。
【0043】
各試料について、実施例1と同様にして、ゼーベック係数および電気伝導度の測定を行った。また、比較のため、MnSi
1.7の試料も製造し、同様に測定を行った。測定により得られた各試料の出力因子S
2σの温度依存性を、
図7に示す。
図7に示すように、出力因子S
2σは、x2=0~0.04のとき、大きくなっていることが確認された。特に、x2=0.01~0.04のとき、
図5(c)のmelt grownのx=0.020の試料よりもやや大きくなっていることが確認された。
【0044】
これは以下のように解釈することができる。まず、本実施例では、MnSiの層状析出を抑制するために、
図5(c)のmelt grownのx=0.020の試料よりもVを増やした分、Vによるホールキャリアが過剰となったと考えられる。そこで、Feを添加し、Mnの一部をFeで置換して電子をドープすることにより、ホールキャリアの増加が抑制され、x2=0.01~0.04の結果に示すように、出力因子S
2σが大きくなったと考えられる。x2=0.01~0.04のときには、Vの増加によるMnSiの層状析出抑制効果が高くなる分、
図5(c)のmelt grownのx=0.020の試料よりも、出力因子S
2σがやや大きくなっていると考えられる。Feを添加しないとき(x2=0のとき)には、ホールキャリアが過剰となった状態であるため、x2=0.01~0.04のときよりも、出力因子S
2σがやや低くなったと考えられる。また、Feを多く添加したとき(x2=0.05のとき)には、電子のドープが多くなってホールキャリアが不足するため、x2=0.01~0.04のときよりも、出力因子S
2σが低くなったと考えられる。
【実施例3】
【0045】
(Mn0.97Co0.03)Siγ (x=0.03)の組成を有する熱電材料を製造し、熱電特性を調べた。原料として、純度99.99%、粒径2~5mmの粒状のMnと、純度99.999%、粒径2~5mmの粒状のSiと、純度99.9%、粒径3~5mmの粒状のCoとを使用した。熱電材料の試料は、実施例1と同様にして製造した。冷却時間は、100時間(冷却速度:1K/hour)とした。
【0046】
製造した試料について、実施例1と同様にして、ゼーベック係数および電気伝導度の測定を行い、出力因子S
2σを求めた。その温度依存性を、
図8に示す。なお、
図8には、比較のため、
図5(c)のmelt grownの(Mn
0.98V
0.02)Si
γ(x=0.02)の結果も示す。
図8に示すように、(Mn
0.97Co
0.03)Si
γの出力因子S
2σは、約800Kより低い温度で、(Mn
0.98V
0.02)Si
γの値よりも大きくなっていることが確認された。Coは、Mnよりも価電子数が大きいため、Mn元素の一部をCoで置換することにより、若干の電子ドープになり、ゼーベック係数Sが大きくなって出力因子S
2σが大きくなったと考えられる。なお、(Mn
0.97Co
0.03)Si
γの出力因子S
2σは、750Kで最大値2.4mW/K
2m以上となり、550K~850Kで2.2mW/K
2m以上、300K~1000Kで1.5mW/K
2m以上である。