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特許7122008物質遠隔特定装置および物質遠隔特定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-10
(45)【発行日】2022-08-19
(54)【発明の名称】物質遠隔特定装置および物質遠隔特定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20220812BHJP
【FI】
G01N21/65
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2019545607
(86)(22)【出願日】2018-09-27
(86)【国際出願番号】 JP2018035906
(87)【国際公開番号】W WO2019065828
(87)【国際公開日】2019-04-04
【審査請求日】2021-07-15
(31)【優先権主張番号】P 2017189580
(32)【優先日】2017-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000144991
【氏名又は名称】株式会社四国総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(72)【発明者】
【氏名】朝日 一平
(72)【発明者】
【氏名】杉本 幸代
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第103076310(CN,A)
【文献】米国特許第9116243(US,B1)
【文献】佐久間純,波長変換によるレーザーの使い方,OPTRONICS,2003年,No.9,PP.155-160
【文献】WILLITSFORD, Adam,Resonance Raman measurements utilizing a deep UV source,PROCEEDINGS OF SPIE,2008年,Vol.6950,PP.69500A-1 - 69500A-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/65
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定波長のレーザー光を出射する発振器を備えたレーザー装置と、
屋内または屋外の被照射空間からの共鳴ラマン散乱光を集光および検出する集光検出装置と、
前記集光検出装置による検出結果に基づいて、被照射空間に存在する被照射物を同定する処理装置と、を備え、
前記レーザー装置から出射されたレーザー光の波長を複数の異なる波長に変換し、被照射空間に出射する波長変換装置を備え、
前記発振器は、紫外領域よりも長い波長域のレーザー光を発振する発振器であり、
前記波長変換装置は、前記発振器により発振されたレーザー光を短波長のレーザー光に変換して出射する第1出射系と、第1出射系から出射されたレーザー光の波長を紫外領域の短波長に変換して出射する第2出射系とを備え、
前記処理装置は、第2出射系からのレーザー光に起因する共鳴ラマン散乱光に基づき被照射物を同定することができる物質遠隔特定装置。
【請求項3】
さらに、前記波長変換装置からの出射光を前記被照射空間内に走査させる走査装置を備え、
前記処理装置は、前記集光検出装置による検出結果に基づいて、前記被照射物の位置も計測する、請求項1または2に記載の物質遠隔特定装置。
【請求項5】
前記第1出射系は、前記回転装置を備え、前記発振器により発振されたレーザー光を短波長のレーザー光に変換して出射する第1光パラメトリック発振器であり、
前記第2出射系は、第1光パラメトリック発振器から出射されたレーザー光を倍周波へと変換して出射する第2光パラメトリック発振器であり、
さらに、第1光パラメトリック発振器から出射されたレーザー光が、420nm以上である場合には透過し、420nm未満である場合には第2光パラメトリック発振器に入射するミラーを備えて構成される請求項4に記載の物質遠隔特定装置。
【請求項6】
前記波長変換装置は、前記発振器により発振されたレーザー光を第2高調波に変換して出射する第2高調波発生素子と、前記第2高調波発生素子より出射されたレーザー光を第3高調波に変換して出射する第3高調波発生素子と、前記第3高調波発生素子より出射されたレーザー光を第4高調波に変換して出射する第4高調波発生素子と、を備え、
前記第3高調波発生素子が前記第1出射系を構成し、前記第4高調波発生素子が前記第2出射系を構成する、請求項1ないし4のいずれかに記載の物質遠隔特定装置。
【請求項7】
前記波長変換装置は、前記第4高調波発生素子より出射されたレーザー光を第5高調波に変換して前記被照射空間に出射する第5高調波発生素子と、を備え、
前記第5高調波発生素子が第3出射系を構成し、前記処理装置は、第1ないし第3出射系からのレーザー光に起因する共鳴ラマン散乱光に基づき被照射物を同定する、請求項6に記載の物質遠隔特定装置。
【請求項9】
前記処理装置は、物質ごとに各励起波長での共鳴ラマン散乱光の特徴パターンを示す励起プロファイルを予め記憶する記憶装置をさらに有し、
前記処理装置は、前記集光検出装置により検出された検出結果と前記励起プロファイルとを比較することで、混合物である被照射物中の各物質を分離して同定する、請求項1ないし8のいずれかに記載の物質遠隔特定装置。
【請求項10】
前記集光検出装置は、第1の波長域のみを透過させる第1の光学フィルタおよび第1の波長域と中心波長が異なる第2の波長域のみを透過させる第2の光学フィルタとを有し、
前記処理装置は、前記各光学フィルタが透過する波長域と、前記被照射物ごとに生じる共鳴ラマン散乱光の波長との対応関係から被照射物を同定する、請求項1ないし9のいずれかに記載の物質遠隔特定装置。
【請求項14】
レーザー光を屋内または屋外の被照射空間に照射し、被照射空間に存在する被照射物からの共鳴ラマン散乱光を集光および検出し、前記共鳴ラマン散乱光に基づいて被照射物の位置を算出する物質遠隔特定方法において、
異なる波長のレーザー光を出射し、異なる波長のレーザー光で検出された共鳴ラマン散乱光の検出結果に基づいて、混合物である被照射物質中の各物質を分離して同定することを特徴とする物質遠隔特定方法。
【請求項15】
前記被照射空間が、屋外空間であり、
前記被照射空間内で前記レーザー光を走査させることにより被照射空間内に存在する被照射物の位置および濃度を検出する請求項14に記載の物質遠隔特定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共鳴ラマン散乱を利用して、有害物質などの不特定の物質を遠隔から特定する物質遠隔特定装置および物質遠隔特定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、遠隔地から可燃性ガスなどの有害物質を特定する技術が求められている。このような物質を特定する方法として、ラマン散乱分光法(レーザーラマン法)が知られている。ラマン散乱は、単色光を分子に照射したときに、散乱光の周波数が分子に固有の振動周波数だけ変移する現象であり、この散乱光の周波数変移量は、物質に固有の量となる。そのため、所定の波長のレーザー光を測定対象の物質に照射すると、レーザー光が照射された物質から、レーザー光の波長とは異なる波長のラマン散乱光が発生し、このラマン散乱光を分析することで、目的とする物質が存在するか特定することができる。また、そのラマン散乱光の強度は、その物質の密度に比例することが知られているため、検出したラマン散乱光の強度から、その物質の濃度を測定することができる。更に、レーザー波長が物質固有の共鳴励起波長に一致する場合、共鳴効果により、通常のラマン散乱光(非共鳴ラマン散乱光)よりも著しく強度の高いラマン散乱光(以下、「共鳴ラマン散乱光」という場合がある。)が発生することが知られている。
【0003】
上述のラマン散乱光を利用して、特定の物質を遠隔地から監視する方法が知られている。たとえば、特許文献1では、監視対象空間にレーザー光を照射し、計測対象ガスに応じた波長のラマン散乱光を集光し、集光したラマン散乱光の空間強度分布を画像化することで、漏洩ガスを可視化するガス漏洩監視方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第3783019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来技術では、計測対象である物質に応じたラマン散乱光を集光することで、計測対象である物質が存在するか、また、計測対象である物質の濃度を測定することはできるが、不特定の物質を遠隔地から同定することができなかった。
【0006】
本発明は、有害物質などの不特定の物質を遠隔地から同定することが可能な物質遠隔特定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る物質遠隔特定装置は、特定波長のレーザー光を出射する発振器を備えたレーザー装置と、被照射空間からの共鳴ラマン散乱光を集光および検出する集光検出装置と、前記集光検出装置による検出結果に基づいて、被照射空間に存在する被照射物を同定する処理装置と、を備え、前記レーザー装置から出射されたレーザー光の波長を複数の異なる波長に変換し、被照射空間に出射する波長変換装置を備える。
前記発振器は、紫外領域よりも高い波長域のレーザー光を発振する発振器であり、前記波長変換装置は、前記発振器により発振されたレーザー光の波長を紫外領域の励起波長に変換するように構成してもよい。
さらに、前記波長変換装置からの出射光を前記被照射空間内に走査させる走査装置を備え、前記処理装置は、前記集光検出装置による検出結果に基づいて、前記被照射物の位置も計測するように構成してもよい。
【0008】
前記波長変換装置は、前記発振器により発振されたレーザー光が入射される波長変換素子と、波長変換素子の光軸に対する傾斜角度を連続的にまたは不連続で段階的に変換する回転装置を備えるように構成してもよい。
前記波長変換装置は、前記発振器により発振されたレーザー光を第2高調波に変換して出射する第2高調波発生素子と、前記第2高調波発生素子より出射されたレーザー光を第3高調波に変換して出射する第3高調波発生素子と、前記第3高調波発生素子より出射されたレーザー光を第4高調波に変換して出射する第4高調波発生素子と、を備えるように構成してもよい。
前記波長変換装置は、前記第4高調波発生素子より出射されたレーザー光を第5高調波に変換して出射する第5高調波発生素子と、を備えるように構成してもよい。
前記レーザー装置および波長変換装置からなる照射系統を複数備え、各照射系統からそれぞれ波長が重ならないレーザー光を照射するように構成してもよい。
前記処理装置は、物質ごとに各励起波長での共鳴ラマン散乱光の特徴パターンを示す励起プロファイルを予め記憶する記憶装置をさらに有し、前記処理装置は、前記集光検出装置により検出された検出結果と前記励起プロファイルとを比較することで、被照射物を同定するように構成してもよい。
前記集光検出装置は、第1の波長域のみを透過させる第1の光学フィルタおよび第1の波長域と中心波長が異なる第2の波長域のみを透過させる第2の光学フィルタとを有し、前記処理装置は、前記各光学フィルタが透過する波長域と、前記被照射物ごとに生じる共鳴ラマン散乱光の波長との対応関係から被照射物を同定するように構成してもよい。
前記処理装置は、検出した被照射物のラマン散乱光の強度に基づいて、被照射物の濃度を測定するように構成してもよい。
前記被照射物が、気体状態の有害物質、液体状態の有害物質、固体状態の有害物質、または有害微生物であるように構成してもよい。
【0009】
本発明に係る物質遠隔特定方法は、レーザー光を被照射空間に照射し、被照射空間に存在する被照射物からの共鳴ラマン散乱光を集光および検出し、前記共鳴ラマン散乱光に基づいて被照射物の位置を算出する物質遠隔特定方法において、異なる波長のレーザー光を出射し、異なる波長のレーザー光で検出された共鳴ラマン散乱光の検出結果に基づいて、被照射物質を同定することを特徴とする物質遠隔特定方法である。
前記被照射空間が、屋外空間であり、前記被照射空間内で前記レーザー光を走査させることにより被照射空間内に存在する被照射物の位置および濃度を検出するように構成してもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、有害物質などの不特定の物質を遠隔地から特定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態に係る物質遠隔特定装置の斜視図である。
図2】本実施形態に係る物質遠隔特定装置を構成するレーザー装置および波長変換装置の詳細を示すブロック図である。
図3】大気汚染物質や神経剤の紫外吸収特性を示すグラフである。
図4】アセフェートおよびリン酸の紫外-可視光吸収特性を示すグラフである。
図5】アセフェートおよびリン酸の共鳴スペクトルを示すグラフである。
図6】本実施形態に係る物質遠隔特定装置による物質遠隔特定方法を説明するための図である。
図7】(A)混合物Aの励起プロファイルと、(B)混合物Bの励起プロファイルである。
図8】(A)SOの共鳴ラマン励起プロファイルと、(B)NHの共鳴ラマン励起プロファイルである。
図9】共鳴ラマンスペクトルの時間波形を示すグラフである。
図10】第1変形例に係るレーザー装置および波長変換装置の構成図である。
図11】第2変形例に係るレーザー装置および波長変換装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る物質遠隔特定装置は、有害物質を遠隔地から検出し、その物質の同定と濃度の計測とを行う(以下、単に特定ともいう)ものである。本発明に係る物質遠隔特定装置で特定できる有害物質の一例としては、(1)SOx,NOxなどの大気汚染物質、(2)水素、メタン、プロパン、ガソリンなどの可燃性物質、(3)アンモニア、硫化水素などの臭気成分、(4)アセフェート、ラマチオンなどの殺虫・農薬成分、(5)VX、タブン、サリンなどの神経剤、(6)シアン化塩素、シアン化水素などの血液剤、ホスゲンなどの窒息剤、(7)サルファマスタード、ルイサイトなどのビラン剤、(8)TNT、HNIWなどの爆発物、(9)炭疽菌、エボラウィルス、天然痘ウィルスなどの有害微生物を含む。また、本発明に係る物質遠隔特定装置では、有害物質の状態(気体、液体、固体)や、生物・無生物に関わらず、幅広い有害物質の特定に利用することができる。
【0013】
図1は、本実施形態に係る物質遠隔特定装置1の斜視図である。図1に示すように、本実施形態に係る物質遠隔特定装置1は、レーザー装置10、波長変換装置20、集光光学系30、分光装置40、光検出装置50、処理装置60、表示装置70を有する。物質遠隔特定装置1は、図1に示すように、レーザー装置10により発振したパルスレーザー光を、波長変換装置20で所定の紫外線波長に変換した後、被照射物に照射し、生じた共鳴ラマン散乱光を、集光光学系30で集光し、分光装置40および光検出装置50で検知し、処理装置60で分析し、その結果を表示装置70に表示するものである。本実施形態において、物質遠隔特定装置1は、周辺空間をセンシングするLIDAR(Light Detection and Ranging)としての機能を有する。以下に、各構成について説明する。
【0014】
レーザー装置10は、被照射物に照射するためのレーザー光を発振し、照射する。本実施形態では、レーザー装置10として、パルスレーザー光源であるNd:YAGレーザーを使用するが、レーザー装置はこれに限定されない。Nd:YAGレーザーは、基本波である1064nmのパルスレーザー光を、数ns~数十nsのパルス幅、且つ、10Hz~数kHzの繰り返し周波数で出力する。レーザー装置10から照射されたレーザー光は、波長変換装置20へと入射される。
【0015】
波長変換装置20は、被照射物(空間)に照射するレーザー光の波長を変換する。本実施形態では、波長変換装置20により、基本波であるレーザー光の波長を変換し、被照射物に複数の異なる波長のレーザー光を順次照射することで、各波長のレーザー光で発生したラマン散乱光に基づいて、被照射物の特定を行うことが可能となる。波長変換装置20は、図2に示すように、LBO結晶21,22、第1光パラメトリック発振器23,全反射ミラー24、第2光パラメトリック発振器25を有している。
【0016】
レーザー装置10から出射された波長1064nmのレーザー光は、まず、LBO結晶21に入射され、532nmのレーザー光に変換(周波数逓倍)される。さらに、LBO結晶21を透過した1064nmおよび532nmのレーザー光は、LBO結晶22に入射され、355nmのレーザー光に変換(周波数逓倍)される。そして、LBO結晶22を透過した1064nm、532nm、355nmのレーザー光が、第1光パラメトリック発振器23に入射される。
【0017】
第1光パラメトリック発振器23は、ダイクロイック凹面ミラー231と、全反射ミラー232,233と、凹面出力ミラー234と、BBO結晶235とを主な構成として有する。
【0018】
第1光パラメトリック発振器23に入射されたレーザー光は、ダイクロイック凹面ミラー231により、355nmのレーザー光のみが透過される。ダイクロイック凹面ミラー231を透過した355nmのレーザー光は、BBO結晶235に入射され、波長変換が行われる。BBO結晶235は回転装置(図示せず)に保持されており、処理装置60の制御によって回転し、レーザー光の光軸に対する傾斜角度を連続的にまたは不連続で段階的に変えることで、355nmのレーザー光を異なる波長のレーザー光に連続的にまたは不連続で段階的に変更することができる。
【0019】
また、BBO結晶235を透過したレーザー光は、凹面出力ミラー234へ照射される。凹面出力ミラー234は、全反射ミラーではなく、特定波長のレーザー光を透過するとともに、残りのレーザー光を反射する。凹面出力ミラー234により反射されたレーザー光は、全反射ミラー232,233で反射された後、ダイクロイック凹面ミラー231でも反射され、BBO結晶235を透過して再度凹面出力ミラー234へ照射される。その結果、第1光パラメトリック発振器23に入射されたレーザー光は、増幅され、第1光パラメトリック発振器23から出射されることとなる。
【0020】
本実施形態では、第1光パラメトリック発振器23は、355nmのレーザー光を、420nm以上の波長のレーザー光に変更して出射する。そのため、目標とするレーザー光の波長が420nm以上の場合には、レーザー光は、図2に示すように、第1光パラメトリック発振器23から出射され、そのまま波長変換装置20から出射される。一方、目標とするレーザー光の波長が420nm未満である場合には、第1光パラメトリック発振器23から出射されたレーザー光は、全反射ミラー24により全反射され、第2光パラメトリック発振器25に入射される。
【0021】
第2光パラメトリック発振器25は、図2に示すように、全反射ミラー251、BBO結晶252,253、出力ミラー254を有する。第2光パラメトリック発振器25では、第1光パラメトリック発振器23で変換されたレーザー光の波長を倍周波へと変換する。たとえば、第1光パラメトリック発振器23で変換されたレーザー光の波長が420nmである場合に、第2光パラメトリック発振器25から出射されるレーザー光の波長は210nmとなる。また、第2光パラメトリック発振器25から出射されるレーザー光の波長を300nmとする場合には、第1光パラメトリック発振器23においてレーザー光の波長を600nmとすればよい。なお、第2光パラメトリック発振器25から出射されたレーザー光は、波長変換装置20から出射され、図1に示すように、被照射物(空間)へと照射される。
【0022】
ここで、波長変換装置20から出射されたレーザー光の波長が、被照射物と共鳴ラマン散乱を生じる波長である場合に、非共鳴ラマン散乱よりも著しく強度の高い共鳴ラマン散乱光を生じる。非共鳴ラマン散乱は、単原子分を除くほぼ全ての分子において生じるが、散乱光強度は極め微弱である。これに対して、共鳴ラマン散乱は、非共鳴ラマン散乱に対して、論理上、散乱断面積(散乱の確率を示す値、分子ごとの散乱強度の指標とされる)の増大率は10~10倍となり、共鳴ラマン散乱光は、非共鳴ラマン散乱光よりも著しく高い強度で得られる。本実施形態では、共鳴ラマン散乱光を検出することで、被照射物を高い精度で検出することを可能としている。
【0023】
レーザー光を照射することにより遠隔地で生じた共鳴ラマン散乱光は、図1に示すように、集光光学系(望遠鏡)30により、高い効率で集光され、分光装置40に入射される。
分光装置40は、たとえば回折格子式またはプリズム式の分光器を備えてなり、特定の範囲の波長を分光し、光検出装置50に入射する。
光検出装置50は、波長毎の光強度を検出する光センサを備えている。この光センサは、一つの光センサから構成されたもの(例えば、アバランシェフォトダイオードまたは光電子倍増管)であってもよいし、複数の光センサによって構成されたマルチチャンネル型センサ(たとえば、CCDセンサまたはCMOSセンサ)であってもよい。
【0024】
処理装置60は、後述する有害物質ごとの共鳴ラマンデータおよび解析プログラムが格納された記憶装置と、解析プログラムを実行する動作回路としてのCPU(Central Processing Unit)とを備える。処理装置60は、分光装置40および光検出装置50から求めた被照射物である有害物質(混合物)の励起プロファイルと、記憶装置に予め記憶された有害物質ごとの励起プロファイルとを比較することで、有害物質の特定を行う。なお、有害物質の特定方法の詳細については後述する。また、処理装置60は、レーザー装置10によるレーザーの発振や、波長変換装置20により変換するレーザー光の波長なども制御する。図1では、有線ケーブルにより接続されたパーソナルコンピュータにより処理装置60を構成する態様を例示しているが、処理装置60の構成態様はこれに限定されず、例えば、ネットワーク(インターネット及び無線通信網を含む)を介して通信可能に接続された遠隔地のコンピュータにより構成してもよいし、処理装置60の機能を複数のコンピュータに分散実装してもよい。
【0025】
表示装置70は、処理装置60による有害物質の特定情報(同定した有害物質の名称、共鳴ラマンスペクトル、濃度など)を表示するモニター(表示画面)を備えて構成される。表示装置70による表示方法は特に限定されないが、カメラにより撮像された撮像画像に、有害物質が存在する位置や濃度を画像情報として重ね合わせることで(たとえば、有害物質が存在する場所に対応する撮像画像の部分を、有害物質およびその濃度に応じた色を着色することで)、使用者が直感的に有害物質の情報を把握できるように、有害物質の情報を表示することができる。なお、このような撮像画像に有害物質の情報を重ね合わせる方法は、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。
【0026】
検出対象となる有害物質の特定方法について説明する。下記の表1は、各種有害物質ごとの共鳴ラマン散乱光を生じる波長を示す表である。たとえば、表1に示すように、麻酔剤のクロロホルムであれば、210~220nmの波長のレーザー光を照射することで、共鳴ラマン散乱光を生じる。
【0027】
【表1】
【0028】
被照射物にラマン効果の共鳴による増強が生じるか否は、被照射物の紫外-可視光吸収特性を観測することで予測することができる。図3(A)は、代表的な大気汚染物質等の紫外吸収特性を示すグラフである。紫外-可視光域における光吸収は、物質に固有の電子遷移エネルギーの分布を示す。すなわち、アンモニア(NH)を例に説明すると、200~230nmの領域において複数のピークを有する電子遷移エネルギーの分布を有する。そのため、アンモニア(NH)を200~230nmの領域のレーザー光で励起することで、アンモニア(NH)のラマン散乱に、共鳴による増強が生じることとなる。
【0029】
また、図3(B)は、神経剤の紫外吸収特性を示すグラフであり、グラフ中、GAはタブン、GBはサリン、GDはソマン、GFはシクロサリン、DIMPは擬剤を表す。図3(B)に示すように、グラフに挙げた神経剤は、いずれも250nm以下の深紫外波長域に光吸収を有する。そのため、これら神経剤を250nm以下の深紫外波長域のレーザー光で励起することで、ラマン散乱に共鳴による増強が生じる。
【0030】
このように、多くの有害物質が紫外-可視域に光吸収、すなわち、電子準位間遷移を生じることから、紫外-可視域において、共鳴ラマン効果によるラマン散乱の増強が生じる。たとえば、図3(B)においては、GA(タブン)のラマン散乱断面積と波長との関係を示している。通常、一般則であるν規則では、散乱光強度は励起波長の4乗分の1に比例して増強するが、GA(タブン)では、250nm程度の深紫外波長域からラマン散乱に共鳴による増強が生じるため、図3(B)に示すように、ラマン散乱光(共鳴ラマン散乱光)に著しい増強を示す。このように、本実施形態では、共鳴ラマン散乱光を検出することで、幅広い有害物質を対象として、ラマン散乱の増強による高感度計測が可能となる。
【0031】
発明者は、神経剤の擬剤として用いられる殺虫剤成分としてアセフェート、および化学構造の観点から殺虫成分のコアとなるP-O結合のみに注目してリン酸を選定し、これらの共鳴ラマン散乱を観察することとした。ここで、図4は、観察の結果得られた、アセフェートおよびリン酸の紫外-可視光吸収特性を示すグラフである。
【0032】
図4に示すように、アセフェートおよびリン酸は、紫外域に吸収スペクトルを有していることが分かる。これは、アセフェートおよびリン酸では、紫外域において電子準位間遷移が存在することを意味している。具体的には、アセフェートの吸収スペクトルは250nm付近から短波長側に急峻に立ち上り、240nm付近をピークとして急速に減衰する特徴を有している。一方、リン酸は、250nm付近から長波長側において徐々に吸光度が増加し、500nm付近まで、比較的ブロードな分布を示している。このような特徴から、アセフェートおよびリン酸について、比較的吸光度が高い波長で励起することにより、共鳴ラマン効果、すなわち、ラマン散乱断面積の著しい増強が生じると考えた。
【0033】
そこで、発明者は、Nd:YAGレーザーの第3高調波(355nm)と第4高調波(266nm)、および、エキシマレーザーによる248nmの紫外領域における3つの波長を用いて、アセフェートおよびリン酸を励起し、その結果を比較した。図5(A)はアセフェートの共鳴ラマンスペクトルを示すグラフであり、図5(B)はリン酸の共鳴ラマンスペクトルを示すグラフである。なお、これら共鳴スペクトルでは、ラマン散乱断面積のν規則に従う増強の影響を除外するため、共鳴による増強分のみを表示している。
【0034】
図5(A)に示すように、アセフェートにおいて、ラマンシフト700cm-1付近のピークが248nmのレーザー光による励起において著しく増強されていることが分かる。また、図5(B)に示す例では、リン酸において、ラマンシフト900cm-1付近のピークが266nmのレーザー光による励起において著しく増強されていることが分かる。よって、発明者が予め想定したように、紫外-可視域に光吸収、すなわち電子準位間遷移を生じる波長(たとえば、アセフェートでは248nm、リン酸では266nm)のレーザー光の励起により、ラマン散乱光が著しく増強されることが分かった。なお、これら共鳴ラマンスペクトルでは、論理上の増強倍率(10倍以上)までは至っていないが、これは、実験した波長では、アセフェートおよびリン酸は前期共鳴の状態であり、アセフェートおよびリン酸が真正共鳴していないためであると考えられる。よって、アセフェートおよびリン酸が真正共鳴する波長のレーザー光で励起することで、より増強されたピークを得られることができると考えられる。
【0035】
このように、有害物質の紫外-可視光吸収特性から、有害物質のラマン散乱光が増強されるレーザー光の波長を予め特定し、どのような波長でどのような共鳴ラマンスペクトルを得られるかのデータを蓄積することで、所定の波長のレーザー光を照射した場合に得られた共鳴ラマンスペクトルのデータから、有害物質を特定することができる。
【0036】
また、図6は、物質遠隔特定装置1の利用方法を説明する図である。物質遠隔特定装置1が利用される場所は、屋内、屋外に限定されないが、図6に示す図では、屋外において、大気汚染物質や化学剤や農薬を含む有害物質を検出、特定する場面を例示している。物質遠隔特定装置1は、図示しない走査装置の上に載置されており、処理装置60の制御に従って走査装置によりレーザー光の照射方向を変更して被照射空間内を走査(縦・横、或いは水平・煽り)することが可能となっている。物質遠隔特定装置1は、被照射空間の第1の方向(X1,Y1)で異なる波長のレーザー光を規定回数出射し、次いで第1の方向と連続する第2の方向(X1,Y2またはX2,Y1)で異なる波長のレーザー光を規定回数出射し、同様に従前と異なる第3以降の方向で異なる波長のレーザー光を規定回数出射する作業を繰り返し実施する。これにより、物質遠隔特定装置1は、被照射空間内の有害物質の位置および濃度を特定することができる。これとは異なり、第1の波長のレーザー光で被照射空間内を走査し、第1の波長と異なる第2の波長のレーザー光で被照射空間内を走査し、同様に従前と異なる第3の波長以降のレーザー光で被照射空間内を走査する作業を繰り返し実施するようにしてもよい。
【0037】
たとえば、物質遠隔特定装置1は、ある方位において、レーザー装置10からの出射光を、波長変換装置20により異なる複数の紫外線領域の波長のレーザー光に連続的に変換して被照射空間に照射する。また、照射したレーザー光の励起により生じた共鳴ラマン散乱光を、集光光学系30で集光し、分光装置40および光検出装置50により検知し、処理装置60により検知した共鳴ラマン散乱光に基づいて、共鳴ラマンスペクトルを作成する。ここで、被照射空間に存在する物質が何であるかについてある程度見当がついている場合には、特定範囲の波長を照射することが効率的であるため、レーザー光の波長を複数の異なる波長に不連続で段階的に変換して照射し、有害物質を同定する構成を採用してもよい。また、レーザー装置10および波長変換装置20からなる照射系統を複数設け、各照射系統から異なる波長のレーザー光を出射することにより、物質特定に要する時間を短縮してもよい。
【0038】
被照射空間に存在する物質の大部分が単一成分からなる場合は、共鳴ラマン散乱光のピーク波長を特定することにより物質を特定することができる。
被照射空間に存在する物質が混合物からなる場合は、励起プロファイルを作成し、混合物を特定する。有害物質が複数混合しており、互いに干渉している場合には、共鳴ラマンスペクトルは、各有害物質の共鳴ラマンスペクトルを加算したものとなる。
非共鳴ラマンを観測する手法では、2次元のラマンスペクトルにより混合物を同定する必要があったため、化学構造が類似する物質同士では非常に近いスペクトル波形となり、両者の区別が困難であった。この点、励起波長の変化に伴うラマン散乱光の増強特性が追加された3次元データからなる励起プロファイルによれば、化学構造が類似する物質であっても、区別可能な励起プロファイルが得られる。
図7(A)は、混合物Aの励起プロファイルであり、図7(B)は、混合物Aと化学構造が類似する混合物Bの励起プロファイルである。図8(A)は、SOの共鳴ラマン励起プロファイルであり、図8(B)は、NHの共鳴ラマン励起プロファイルである。
処理装置60は、記憶装置に予め記憶した混合物の励起プロファイルのデータとの一致度合いを判定することで、検出した混合物を特定することができる。本実施形態では、処理装置60は、多変量解析を行い、予め記憶した励起プロファイルのデータと検出結果に基づき作成した励起プロファイルを比較することで、各有害物質を分離し特定することを可能としている。
【0039】
有害物質の位置と濃度の特定方法について説明する。ここで、図9は、有害物質の共鳴スペクトルの時間波形(ライダエコー)を示すグラフである。なお、図9においては、単一の波長で励起した場合に得られる共鳴ラマンスペクトルの時間波形であり、時間軸は、光源のパルス発振の瞬間を起点とする経過時間となっている。パルス発振から共鳴ラマン散乱光の受光までの時間を、光速により距離に変換することで、有害物質までの距離、すなわち、有害物質が存在する位置を得ることができる。さらに、同じ物質に同じ波長のレーザー光を照射した場合には、共鳴ラマン散乱光の強度が高いほど、被照射物の濃度も高くなる関係にあるため、共鳴ラマン散乱光の強度に基づいて、被照射物の濃度を計測することができる。被照射物の位置および濃度を計測する場合には、図9(A)に示すように、複数の共鳴ラマンシフトのピーク全ての時間波形を見る必要はなく、たとえば図9(B)に示すように、最も高感度に取得できる単一ピークの時間波形を取得して、位置と濃度とを計測するようにしてもよい。
【0040】
以上のように、本実施形態に係る物質遠隔特定装置1は、紫外領域の波長のレーザー光を被照射物に照射するレーザー装置10および波長変換装置20と、被照射物からの共鳴ラマン散乱による共鳴ラマン散乱光を検出する集光光学系30、分光装置40および光検出装置50と、共鳴ラマン散乱光の検出結果に基づいて、被照射物を同定する処理装置60とを備える。上述したように、有害物質の多くは、紫外領域において、電子準位間遷移を生じ、ラマン散乱の共鳴による増強が得られる。そのため、本実施形態のように、紫外領域の波長のレーザー光を被照射物に照射し、その共鳴ラマン散乱光を検知することで、有害物質(混合物)を、遠隔地からも高い精度で同定することができる。一例を上げると、図6に示すように、物質遠隔特定装置1を使用した場合、論理上、数十~数百メートルの範囲において、数十ppm以下の微量の有害物質を検出することが可能になる。さらに、本実施形態では、紫外領域の波長のレーザー光を用いることで、ソーラブラインドエリア(背景光として太陽光の影響を受けない波長域)となり、昼間の屋外においても高い精度で、有害物質を特定することができる。
【0041】
また、本実施形態に係る物質遠隔特定装置1は、紫外領域よりも長い波長域のレーザー光を発振するレーザー装置10と、レーザー装置10により出射されたレーザー光の波長を紫外領域の波長に変換する波長変換装置20と、を有する。これにより、本実施形態では、物質遠隔特定装置1により種々の波長のレーザー光を照射することができ、波長ごとに、共鳴ラマン散乱による共鳴ラマン散乱光を検出することで、より高い精度で、有害物質を特定することができる。
また、レーザー光を異なる複数の励起波長に変換して被照射物に照射し、励起波長ごとの共鳴ラマン散乱光の検出結果を得ることで、図7に示すように、励起波長、ラマンシフト、共鳴ラマン散乱光の光強度の3次元共鳴ラマンスペクトル(励起プロファイル)を得ることができ、これにより、有害物質が混合物である場合でも、高い精度で同定することができる。
【0042】
さらに、本実施形態に係る物質遠隔特定装置1は、処理装置60は、複数種類の3次元共鳴ラマンスペクトル(励起プロファイル)を予め記憶装置に記憶しており、分析装置40および光検出装置50は、検出された被照射物の共鳴ラマン散乱の共鳴ラマンスペクトルを3次元共鳴ラマンスペクトル(励起プロファイル)と比較することで、被照射物を同定する。このように、各物質の共鳴ラマン散乱光の特徴を示す3次元共鳴ラマンスペクトル(励起プロファイル)と比較することで、同一空間内に化学構造が類似する物質が存在する場合においても、被照射物を高い精度で同定することができる。
【0043】
加えて、本実施形態に係る物質遠隔特定装置1では、検出した被照射物の共鳴ラマン散乱光の強度に基づいて、被照射物の濃度を測定する。ここで、同じ物質に同じ波長のレーザー光を照射した場合には、共鳴ラマン散乱光の強度が高いほど、被照射物の濃度も高くなる関係にあるため、共鳴ラマン散乱光の強度に基づいて、被照射物の濃度を適切に計測することができる。
【0044】
また、本実施形態に係る物質遠隔特定装置1では、紫外領域の波長のレーザー光を照射して生じた共鳴ラマン散乱光を検出する。上述したように、多種多様の有害物質は、紫外領域において、電子準位間遷移を生じ、ラマン散乱の共鳴による増強が得られるため、このように、紫外領域の波長のレーザー光を照射して生じた共鳴ラマン散乱光を検出することで、多種多様の有害物質を検出することができる。また、ラマン散乱分光法は、気体、液体、固体を問わずに幅広い物質に適用できるようことが知られており、本実施形態に係る物質遠隔特定装置1も、気体の有害物質に加えて、液体状態の有害物質、固体状態の有害物質、有害微生物を特定することができる。
【0045】
以上、本発明の好ましい実施形態例について説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施形態の記載に限定されるものではない。上記実施形態例には様々な変更・改良を加えることが可能であり、そのような変更または改良を加えた形態のものも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0046】
たとえば、上述した実施形態では、予め記憶した各有害物質の共鳴ラマンスペクトルと、検出した被照射物の共鳴ラマンスペクトルとを比較することで、被照射物を特定する構成を例示したが、被照射物の同定方法は、この構成に限定されず、たとえば、次のように、同定する構成とすることもできる。すなわち、被照射物が比較的単純な構造であり、また、干渉成分の少ない環境である場合には、共鳴ラマンスペクトルは単一のピークのみを生じる。そのため、各有害物質の共鳴ラマン散乱光のピーク波長のみを透過する光学フィルタを数個ないし数十個用意し、各光学フィルタを透過した共鳴ラマン散乱光の検知を行う。そして、各光学フィルタを透過した共鳴ラマン散乱光を検知した場合には、当該光学フィルタに対応する有害物質であると同定する構成とすることができる。
【0047】
また、上述した実施形態では、図7に示すように、励起波長、ラマンシフトおよび光強度の3次元の共鳴ラマンスペクトルデータを用いて、混合物を特定している。しかしながら、紫外線領域における所定の励起波長における、ラマンシフトと光強度との2次元の共鳴ラマンスペクトルデータを用いて、混合物を特定する構成としてもよい。この場合、3次元の共鳴ラマンスペクトルデータを用いる場合と比べて、混合物の特定精度は低下するが、予め記憶しておく参照用データ量や、処理に用いるデータ量が少なくなるため、処理速度の向上を図ることができる。
【0048】
さらに、上述した実施形態では、物質遠隔特定装置1が210nm以上の波長のレーザー光を照射する構成を例示して説明したが、この構成に限定されず、物質遠隔特定装置1が210nm未満の波長を照射する構成としてもよい。この場合、水素などの200nm未満の波長により共鳴ラマン散乱光を生じる物質の特定も行うことができる。
【0049】
加えて、上述した実施形態では、波長変換のための非線形光学結晶として、それぞれLBO結晶21,22、およびBBO結晶235,252,253を例示したが、この構成に限定されず、他の非線形光学結晶を用いてもよい。また、レーザー光の波長を紫外領域の波長に掃引できるのであれば、公知の方法を用いることもできる。
【0050】
図10は、第1変形例に係るレーザー装置110および波長変換装置120の構成図である。
レーザー装置110は、励起光源111a,111bと、レーザー媒質112と、共振器(113,114)とを備えて構成される。波長変換装置120は、第2高調波発生素子(Second-harmonic generator)121と、第3高調波発生素子(Third-harmonic generator)122と、第4高調波発生素子(Fourth-harmonic generator)123と、第5高調波発生素子(Fifth-harmonic generator)124とを備えて構成される。
【0051】
第1変形例に係るレーザー装置110は、励起光源111a,111bとしてフラッシュランプを採用している。レーザー媒質112は励起光が照射されることによって光を放出する固体のレーザロッドであり、第1変形例では、Nd:YAG結晶が用いられている。共振器は、出力ミラー113とリアミラー114とを備えており、それらの間にレーザー媒質112が配置されている。なお、励起光源111は例示の構成に限定されず、半導体レーザー等の他のエネルギー源を用いてもよい。
【0052】
レーザー媒質112からの直接出力された基本波(1064nm)は、第2ないし第5高調波発生素子(121~124)により順次波長変換され、目的の波長のレーザー光に変換されて出射される。高調波発生素子(121~124)は、入力波を偏波面の方向やエネルギー等特定の条件下において変換して入力波と異なる波長のレーザー光を発生させる非線形光学結晶(例えば、LBO結晶、BBO結晶、KDP結晶)であり、レーザー媒質や用途に応じ最適な結晶が使用される。
第2高調波発生素子121は、レーザー媒質112から出力された基本波(1064nm)の和周波発生により第2高調波(532nm)に変換して出射する。
第3高調波発生素子122は、第2高調波発生素子121から出力された基本波(1064nm)と第2高調波(532nm)の和周波発生により第3高調波(355nm)を出射する。
第4高調波発生素子123は、第2高調波発生素子121から出力された第2高調波(532nm)の和周波発生により第4高調波(266nm)に変換して出射する。
第5高調波発生素子124は、第4高調波発生素子123から出力された第4高調波(266nm)とミラー光学系により分岐された基本波(1064nm)の和周波発生により第5高調波(213nm)を出射する。
【0053】
レーザー媒質112としては、表2に例示するレーザー結晶または光ファイバーを採用することができ、特定対象物質に応じて最適な媒質を選定することで共鳴励起が可能となる。表2において、No.1~8は所定の条件下で励起すると単一波長の基本波を生成するものであり、No.9~10は発振波長を変化させることができる波長可変レーザー結晶である。No.9~10については、波長変換結晶を駆動して出力の波長を変化させる光パラメトリック発振器を用いた波長可変方式ではなく、シード光のレーザー波長を変化させることで、出力の波長を変化させることができる。
【0054】
【表2】
【0055】
以上に説明した第1変形例に係るレーザー装置110および波長変換装置120は、 上述の集光光学系30、分光装置40、光検出装置50および処理装置60に接続することで、物質遠隔特定装置を構成することができる。第1変形例によれば、1台のレーザー装置により紫外域における3つの波長(355nm、266nmおよび213nm)を出力することが可能となる。
【0056】
図11は、第2変形例に係るレーザー装置110,130および波長変換装置120,140の構成図である。第2変形例は、2系統のレーザー装置および波長変換装置を設けることにより、6つの波長のレーザー光を出力可能としている。
レーザー装置110および波長変換装置120の構成は、第1変形例と実質的に同一である。
レーザー装置130は、レーザー媒質132としてNd:ガラスを用いている点でレーザー装置110と相違するが、その他の構成はと同一である。高調波発生素子(141~144)は、入力波と異なる波長のレーザー光を発生させる非線形光学結晶(例えば、LBO結晶、BBO結晶、KDP結晶)である。
第2高調波発生素子141は、レーザー媒質112から出力された基本波(1054nm)の和周波発生により第2高調波(527nm)に変換して出射する。
第3高調波発生素子142は、第2高調波発生素子141から出力された基本波(1064nm)と第2高調波(527nm)の和周波発生により第3高調波(351nm)を出射する。
第4高調波発生素子143は、第2高調波発生素子141から出力された第2高調波(527nm)の和周波発生により第4高調波(264nm)に変換して出射する。
第5高調波発生素子144は、第4高調波発生素子143から出力された第4高調波(264nm)とミラー光学系により分岐された基本波(1054nm)の和周波発生により第5高調波(211nm)を出射する。
【0057】
以上に説明した第2変形例に係るレーザー装置130および波長変換装置140は、 上述の集光光学系30、分光装置40、光検出装置50および処理装置60に接続することで、物質遠隔特定装置の第2照射系統を構成することができる。ここで、集光光学系30、分光装置40、光検出装置50および処理装置60は、単一のものを複数の照射系統で共用することが可能である。第2変形例によれば、第1変形例で出力可能な3つの波長に加え、紫外域において波長の異なる3つの波長(351nm、264nmおよび211nm)を出力することが可能となる。上述の表2に示したレーザー結晶等を使用した系統を増設することで、発振波長数を更に増加させること(すなわち、第3系統以降を設けること)も可能である。
【符号の説明】
【0058】
1…物質遠隔特定装置
10…レーザー装置
20…波長変換装置
21,22…LBO結晶
30…集光光学系
40…分光装置
50…光検出装置
60…処理装置
70…表示装置
110…(第1変形例の)レーザー装置
120…(第1変形例の)波長変換装置
130…(第2変形例の)レーザー装置
140…(第2変形例の)波長変換装置


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11