IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 北海道公立大学法人 札幌医科大学の特許一覧

特許7122016グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物
<>
  • 特許-グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物 図1
  • 特許-グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物 図2
  • 特許-グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物 図3
  • 特許-グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物 図4
  • 特許-グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物 図5
  • 特許-グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物 図6
  • 特許-グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物 図7
  • 特許-グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物 図8
  • 特許-グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-10
(45)【発行日】2022-08-19
(54)【発明の名称】グリオーマの予後、遠隔部再発リスク及び浸潤を判定する方法及びキット並びにグリオーマを処置するための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7088 20060101AFI20220812BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20220812BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20220812BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20220812BHJP
   A61K 31/713 20060101ALI20220812BHJP
【FI】
A61K31/7088
A61K48/00
A61P35/00
A61K31/7105
A61K31/713
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020205003
(22)【出願日】2020-12-10
(62)【分割の表示】P 2017532552の分割
【原出願日】2016-07-28
(65)【公開番号】P2021038270
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2021-01-08
(31)【優先権主張番号】P 2015151838
(32)【優先日】2015-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】307014555
【氏名又は名称】北海道公立大学法人 札幌医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】特許業務法人IPアシスト特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本望 修
(72)【発明者】
【氏名】鰐渕 昌彦
(72)【発明者】
【氏名】大瀧 隼也
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 祐典
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 優子
(72)【発明者】
【氏名】三國 信啓
【審査官】石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/064702(WO,A1)
【文献】特表2013-500018(JP,A)
【文献】特表2013-526852(JP,A)
【文献】特表2013-512000(JP,A)
【文献】特表2013-528804(JP,A)
【文献】VIGNESWARAN K et al.,Beyond the World Health Organization grading of infiltrating gliomas: advances in the molecular gene,Ann Transl Med.,2015年,3(7),95
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61K 48/00
A61K 45/00-45/08
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ACTC1タンパク質をコードする遺伝子に対する阻害性核酸を含む、グリオーマを処置するための医薬組成物。
【請求項2】
阻害性核酸がsiRNA、shRNA又はマイクロRNAである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
阻害性核酸を発現可能な組換えウイルスを含む、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリオーマの予後、グリオーマの遠隔部再発リスク、グリオーマ細胞の浸潤能又は試料中の浸潤能の高いグリオーマの存在を判定する方法、当該判定方法に用いるためのキット及びグリオーマを処置するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
グリオーマ(神経膠腫)は脳に発生する悪性腫瘍であり、脳腫瘍の多くを占めている。グリオーマは世界保健機関(WHO)の基準に従って4つのグレード(グレードI~IV)に分類される。グレードIII及びIVのグリオーマは高悪性度グリオーマと呼ばれ、高い増殖能、浸潤能を持つ。高悪性度グリオーマのうち、最も悪性度が高いのは、グレードIVに分類されるグリオブラストーマ(多形性膠芽腫、GBM)であり、その5年生存率はわずか10%前後である。
【0003】
グリオーマは、腫瘍細胞が脳に浸み込むように浸潤し正常組織との境界が不鮮明であること、また腫瘍の発生位置によっては手術による摘出が困難であることから、手術による完全摘出が困難な疾患である。したがって、グリオーマ、特に高悪性度グリオーマ及びグリオブラストーマの治療としては、手術により可能な限り腫瘍を摘出した後、再発を予防又は遅延させるために放射線療法及びテモゾロマイドによる化学療法を行うことが標準的である。しかしながら、これらの治療を適切に行った場合であっても、グリオブラストーマはその高い浸潤能のために原発部位から離れた遠隔部での再発が頻繁に生じ易く、これがグリオブラストーマの予後不良の原因の一つとなっている。したがって、グリオーマが高悪性度グリオーマさらにはグリオブラストーマであるかどうかに関する情報、及びグリオーマが高悪性度グリオーマさらにはグリオブラストーマへと進展しやすいか否かに関する情報は、グリオーマ患者の治療方針の策定において有益である。
【0004】
グリオーマの予後に関連する因子として、多くの遺伝因子、例えばPTEN、p16INK4a欠失、MDM2、EGFR、TP53などが報告されている。特にIDH変異は高悪性度グリオーマの予後良好因子であり、MGMTプロモーターのメチル化はテモゾロマイド応答性の予測因子であると考えられている。これらの他、さらなるグリオーママーカーについて研究が進められている(例えば非特許文献1など)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Vigneswaran K1ら、Ann Transl Med. 2015;3(7):95
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、グリオーマの予後や遠隔部再発のリスク、グリオーマ細胞の浸潤能などを発見時若しくは治療の早期段階で知ることができる、又はグリオーマの摘出手術の際にオンサイト診断に利用することができる新規バイオマーカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、細胞の運動に関与するアクチンファミリーの一つであるactin,alpha cardiac muscle 1(ACTC1)に着目して研究を進めた結果、ACTC1タンパク質をコードするmRNAの発現が検出されたグリオーマではそれが検出されないグリオーマに比べて予後が不良であることを見出し、下記の各発明を完成させた。
【0008】
(1)患者から採取したグリオーマを含む試料中のACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する工程、並びに
前記工程においてACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAが検出された場合、前記グリオーマは予後不良であると判定する工程
を含む、グリオーマの予後を判定する方法。
(2)患者から採取したグリオーマを含む試料中のACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する工程、並びに
前記工程においてACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAが検出された場合、前記グリオーマは遠隔部再発のリスクが高いと判定する工程
を含む、グリオーマの遠隔部再発リスクを判定する方法。
(3)グリオーマ細胞を含む試料中のACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する工程、並びに
前記工程においてACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAが検出された場合、前記グリオーマ細胞は浸潤能が高いと判定する工程
を含む、グリオーマ細胞の浸潤能を判定する方法。
(4)患者のグリオーマ病変部又はその近傍から採取した試料中のACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する工程、並びに
前記工程においてACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAが検出された場合、前記試料には浸潤能の高いグリオーマが含まれると判定する工程
を含む、前記試料中の浸潤能の高いグリオーマの存在を判定する方法。
(5)患者から採取したグリオーマを含む試料中のACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する手段を含む、グリオーマの予後及び/又は遠隔部再発リスクを判定するためのキット。
(6)グリオーマ細胞を含む試料中のACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する手段を含む、グリオーマ細胞の浸潤能を判定するためのキット。
(7)患者のグリオーマ病変部又はその近傍から採取した試料中のACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する手段を含む、前記試料中の浸潤能の高いグリオーマの存在を判定するためのキット。
(8)ACTC1タンパク質を検出するための特異抗体又はACTC1をコードするmRNAを検出するためのプライマー核酸若しくはプローブ核酸のいずれかを少なくとも含む、(5)から(7)のいずれかに記載のキット。
(9)ACTC1タンパク質の発現及び/又は機能を抑制する物質を含む、グリオーマを処置するための医薬組成物。
(10)ACTC1タンパク質の発現及び/又は機能を抑制する物質が、ACTC1タンパク質をコードする遺伝子に対する阻害性核酸である、(9)に記載の医薬組成物。
(11)ACTC1タンパク質をコードする遺伝子に対する阻害性核酸を発現可能な組換えウイルスである、(9)又は(10)に記載の医薬組成物。
(12)ACTC1タンパク質の発現及び/又は機能を抑制する物質が、ACTC1タンパク質に対する中和抗体である、(9)に記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAという新規なバイオマーカーを利用することで、グリオーマの予後、遠隔部再発リスク、グリオーマ細胞の浸潤能などの判定を行うことができる。また、開頭手術の際に、視認可能な病変部又はその近傍において本発明にかかるバイオマーカーの発現を確認することにより、浸潤能の高いグリオーマの疑いがある部位を残すことのない、適切な範囲での切除が可能となる。さらに、ACTC1タンパク質はグリオーマ特に悪性度の高いグリオーマの治療ターゲットであり、その発現及び/又は機能を抑制する物質はグリオーマの処置のための医薬として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】グリオーマ組織中のACTC1の発現率(図1A)及び発現量(図1B)をWHOグレード毎に示すグラフである。図1Bにおいて、エラーバーは平均値の標準誤差を、縦軸は相対的発現量(倍率変化、FC)を示す。
図2】グリオーマ組織中のACTC1-mRNA相対的発現量(倍率変化、FC)と全生存期間との関係を示す散布図である。上段はグレードIを除く全グリオーマを、下段はグレードIVのグリオーマを対象としている。
図3】ACTC1陽性又は陰性のグリオーマ患者についての全生存期間(図3A及びC)及び無増悪生存期間(図3B及びD)のカプランマイヤー曲線を示すグラフである。上段のA及びBはグレードIを除く全グリオーマを、下段のC及びDはグレードIVのグリオーマを対象としている。図中、実線はACTC1陽性群、破線はACTC1陰性群を示す。
図4】ACTC1陽性グリオブラストーマ(図4A~C)及びACTC1陰性グリオブラストーマ(図4D~F)の診断時の代表的MRI所見を示す造影T1強調画像である。
図5】ACTC1陽性グリオブラストーマ(図5A~D)及びACTC1陰性グリオブラストーマ(図5E~H)の再発時の代表的MRI所見を示す画像である。図中、上段のA、C、E、GはFLAIR画像、下段のB、D、F、Hは造影T1強調画像である。
図6】ACTC1-mRNA相対的発現量(倍率変化、FC)と患者年齢(図6A)、カルノフスキー活動指標(KPS)(図6B)及びMIB-1インデックス(図6C)との関係を示す散布図である。
図7】グリオブラストーマ組織におけるACTC1タンパク質の発現を表す免疫染色写真である。左図は核、中央の図はACTC1を染色した写真であり、右図はそれらを融合したものである。
図8】グリオブラストーマ細胞株U87におけるACTC1タンパク質の発現を表す免疫染色写真である。左図は核、中央の図はACTC1を染色した写真であり、右図はそれらを融合したものである。
図9】siRNA処理したグリオブラストーマ細胞株U87におけるACTC1-mRNAの発現量(図9A)、及び同細胞の遊走能(図9B)を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の第一の態様である方法は、グリオーマの予後若しくは遠隔部再発リスク、グリオーマ細胞の浸潤能又はグリオーマ病変部若しくはその近傍から採取した試料中の浸潤能の高いグリオーマの存在を判定する方法に関するものであり、これらはそれぞれ、患者から採取したグリオーマを含む試料、グリオーマ細胞を含む試料又は患者のグリオーマ病変部若しくはその近傍から採取した試料中のACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する工程を含む。
【0012】
以下、本発明において、ACTC1タンパク質及びこれをコードするmRNAを検出対象となるバイオマーカーの意味で表すときは「本バイオマーカー」と記し、タンパク質及びmRNAの意味で表すときは「ACTC1タンパク質」「ACTC1-mRNA」とそれぞれ記すこととする。
【0013】
ACTC1タンパク質は、骨格筋で発現するαアクチンのアイソフォームタンパク質であり、心筋節(cardiac sarcomeres)において発現し、心臓の拍動における筋収縮に関与することが知られている。ヒトのACTC1のアミノ酸配列及びこれをコードするcDNAの塩基配列は、それぞれGenBankにアクセッション番号AAH09978及びBC009978として登録されている。これまで、ACTC1タンパク質は心筋における発現及び機能に着目した研究が行われているが、脳における発現、特にグリオーマの悪性度とACTC1タンパク質の発現との関連性は知られていない。
【0014】
本発明の第一の態様は、ACTC1タンパク質及び/又はACTC1-mRNAを、グリオーマの予後若しくは遠隔部再発リスク、グリオーマ細胞の浸潤能又はグリオーマ病変部若しくはその近傍から採取した試料中の浸潤能の高いグリオーマの存在の各判定のためのバイオマーカーとして利用するものである。具体的には、患者から採取したグリオーマを含む試料、グリオーマ細胞を含む試料、又は患者のグリオーマ病変部若しくはその近傍から採取した試料における本バイオマーカーの発現の有無を、それぞれグリオーマの予後若しくは遠隔部再発リスク、グリオーマ細胞の浸潤能又はグリオーマ病変部若しくはその近傍から採取した試料中の浸潤能の高いグリオーマの存在の判定のための指標とするものである。
【0015】
本発明において検出対象とされるACTC1タンパク質のアミノ酸配列及びACTC1-mRNAの塩基配列は、前記アクセッション番号AAH09978及びBC009978として登録されているアミノ酸配列及び塩基配列には限定されず、例えば一塩基置換(Single Nucleotide Polymorphism、SNP)を有する塩基配列からなるmRNA及びかかる塩基置換によって生じ得るアミノ酸残基の置換を有するアミノ酸配列からなるACTC1タンパク質も検出対象に包含される。
【0016】
本バイオマーカーは、患者から採取したグリオーマを含む試料、グリオーマ細胞を含む試料又は患者から採取したグリオーマ病変部若しくはその近傍から採取された試料を対象にして検出される。これらの試料は、患者から採取したそのままの状態若しくは細胞そのままの状態で検出対象として用いてもよく、タンパク質若しくはmRNAの検出を目的とした一般的な処置を施した後に用いてもよく、又はホルマリン固定などの一般的な保存方法によって処置した後に用いてもよい。
【0017】
本発明に係る本バイオマーカーの検出は、ACTC1タンパク質又はACTC1-mRNAのいずれか一方のみを検出しても、又は両方を検出してもよい。
【0018】
試料中の本バイオマーカーは、公知の方法によって検出することができる。例えば、ACTC1タンパク質の場合は、これに特異的な抗体を用い、直接競合法、間接競合法、サンドイッチ法等のELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法、RIA(radioimmunoassay)法、インサイツハイブリダイゼーション、イムノブロット解析、ウエスタンブロット解析、及び組織アレイ解析等の周知の方法によってACTCT1タンパク質を検出してもよい。この場合、特異抗体は由来する動物種により制限されず、またポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体のいずれでもよく、免疫グロブリン全長からなる抗体又はFab断片若しくはF(ab’)2断片などの部分断片などでもよい。
【0019】
ACTC1タンパク質に対する特異抗体は、蛍光物質(例えば、FITC、ローダミン、ファロイジン等)、金等のコロイド粒子、Luminex(登録商標、ルミネックス社)等の蛍光マイクロビーズ、重金属(例えば、金、白金等)、色素タンパク質(例えば、フィコエリトリン、フィコシアニン等)、放射性同位体(例えば、H、14C、32P、35S、125I、131I等)、酵素等(例えば、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等)、ビオチン、ストレプトアビジンその他の標識化合物によって標識されていてもよい。
【0020】
ACTC1-mRNAの検出は、その塩基配列を基に設計される適当な塩基配列からなるプライマー核酸を用いたPCR法、ACTC1-mRNAの塩基配列にストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る塩基配列からなるプローブ核酸を用いたハイブリダイゼーション法、ACTC1-mRNAの塩基配列にハイブリダイズし得る塩基配列からなる核酸が固定化されたチップを用いたマイクロアレイ法その他の、mRNAの発現を検出することができる公知の方法により行うことができる。前記核酸は、用いられる方法に応じて、蛍光物質、放射性同位体、酵素、ビオチン、ストレプトアビジンその他の標識化合物によって標識されていてもよい。
【0021】
本発明の第一の態様である方法は、グリオーマの予後若しくは遠隔部再発リスク、グリオーマ細胞の浸潤能又はグリオーマ病変部若しくはその近傍から採取した試料中の浸潤能の高いグリオーマの存在をそれぞれ判定する方法にかかるものであり、試料中で本バイオマーカーが検出された場合、グリオーマの予後が不良である若しくは遠隔部再発リスクが高い、グリオーマ細胞の浸潤能が高い又は当該試料中に浸潤能の高いグリオーマが存在すると判定する工程をそれぞれ含む。なお、本発明の第一の態様である方法は、グリオーマの予後若しくは遠隔部再発リスク、グリオーマ細胞の浸潤能又はグリオーマ病変部若しくはその近傍から採取した試料中の浸潤能の高いグリオーマの存在をそれぞれ判定するための、あるいは判定に供するための、試料中のACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAの発現に関するデータを収集又は提供する方法と表すこともできる。
【0022】
後の実施例に示されるように、WHOグレードIからIVと診断されたグリオーマ患者計50人の病理組織における本バイオマーカーの発現の有無の確認と、各患者の処置後の生存期間、遠隔部再発の有無、及び診断時のMRI所見による浸潤の程度に関する記録との相関が解析された。その結果、本バイオマーカーの発現が、短い生存期間、遠隔部の再発及び高度の浸潤と統計学的に有意な正の相関を示すことが確認された。
【0023】
このことから、グリオーマ患者において本バイオマーカーの発現の有無を確認することによって、医師がそのグリオーマの悪性度を知り、その影響を予測することが可能となる。また、本バイオマーカーが検出された患者については、グリオーマが悪性であることを前提とした治療方針の策定及び実行を医師が講ずることが可能となる。また、グリオーマの切除を目的とした開頭手術の際に、視認可能な病変部又はその近傍において本バイオマーカーの発現を確認することによって、病変部又はその近傍に浸潤能の高いグリオーマが存在するか否かを知ることができる。これにより、かかる浸潤能の高いグリオーマが存在するときはその病変部又はその近傍は切除すべき領域であると決定する、いわゆるオンサイト診断が可能となり、その結果手術後のグリオーマの再発のリスクを低減することができる。
【0024】
また、同じく後の実施例に示されるように、WHOグレードが上昇するにつれて本バイオマーカーの発現率は上昇するが、グレードIVであっても発現率は過半数に留まることから、本バイオマーカーとWHOグレードとは、密接に相関するものではないと考えられる。したがって、本発明の第一の態様である方法は、悪性度の高いWHOグレードIII及びIVのグリオーマ(高悪性度グリオーマ)、グリオブラストーマのみならず、全てのグレードのグリオーマを対象とする。なお、本明細書では、用語「グリオーマ」は単独で用いられたときは、全てのグレードのグリオーマ、高悪性度グリオーマ及びグリオブラストーマを包含するものとする。
【0025】
なお、本発明における判定は本バイオマーカーの発現の有無を検出できれば足りる。発現の有無は、用いた検出方法毎の検出感度において本バイオマーカーが発現しているとは事実上認められないか又は検出限界以下であった場合に発現無し又は陰性と判定し、かかる程度を越える場合に発現有り又は陽性と判定すればよい。
【0026】
本バイオマーカーの発現が事実上認められないとは、本バイオマーカーの検出自体は可能であるものの、その定量値が一定のカットオフ値を下回ることを指す。かかるカットオフ値は、例えば、ACTC1を発現しないことが知られている試料におけるACTC1の発現量に基づいて設定することができる。
【0027】
具体的には、ACTC1を発現しないことが知られている正常なグリア細胞又はグリオーマに罹患していない正常な脳組織などを基準試料として用いてACTC1の発現量を測定し、得られた値をカットオフ値として設定する。次いで、判定対象試料におけるACTC1の発現量を同じ方法で測定し、得られた値を前記カットオフ値と比較して、前記カットオフ値未満の値であれば発現無し又は陰性と、前記カットオフ値以上の値であれば発現有り又は陽性と判定することができる。
【0028】
本バイオマーカーの発現は、リアルタイムPCRにおいて比較Ct法(ΔΔCt法、サイクル比較法とも呼ばれる)により定量することもできる。具体的には、ACTC1を発現しないことが知られている正常なグリア細胞又はグリオーマに罹患していない正常な脳組織などに由来するmRNAをキャリブレータとして用い、これと判定対象試料由来のmRNAとをそれぞれリアルタイムPCRに供し、ACTC1遺伝子及び内在性コントロール遺伝子の増幅曲線から対応するCt値を得る。次いで、判定対象試料、キャリブレータのそれぞれについて、ACTC1遺伝子のCt値と内在性コントロール遺伝子のCt値との差としてΔCtを算出する。判定対象試料のΔCtとキャリブレータのΔCtとの差として求められるΔΔCtから、ACTC1遺伝子の相対的発現量であるFC=2-ΔΔCtを算出する。算出されたFCをカットオフ値と比較して、FCがカットオフ値未満の値であれば発現無し又は陰性と、カットオフ値以上の値であれば発現有り又は陽性と判定することができる。
【0029】
FCのカットオフ値は、特に好ましくは1である。FC=1は、判定対象試料のΔCtとキャリブレータのΔCtとの差が0であること、すなわち判定対象試料中のACTC1-mRNAとキャリブレータ中のACTC1-mRNAの量に差がないことを意味する。
【0030】
また、後の実施例に示すように、本バイオマーカーの発現量とグリオーマのグレードとの間にも一定の相関があることから、本バイオマーカーの定量的な発現量を判定の判断材料として補助的に使用してもよい。
【0031】
本発明の第二の態様は、患者から採取したグリオーマを含む試料中の本バイオマーカーであるACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する手段を含む、グリオーマの予後及び/又は遠隔部再発リスクを判定するためのキットに関する。
【0032】
本発明の第三の態様は、グリオーマ細胞を含む試料中の本バイオマーカーであるACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する手段を含む、グリオーマ細胞の浸潤能を判定するためのキットに関する。本態様のキットは、患者から採取された試料に含まれるグリオーマ細胞の他に、株化されたグリオーマ細胞の浸潤能の判定にも用いることができる。
【0033】
本発明の第四の態様は、患者のグリオーマ病変部若しくはその近傍から採取した試料中の本バイオマーカーであるACTC1タンパク質及び/又はこれをコードするmRNAを検出する手段を含む、当該試料中の浸潤能の高いグリオーマの存在を判定するためのキットに関する。本態様のキットは、前述のオンサイト診断に有用である。
【0034】
前記第二から第四の態様のキットは、いずれも前記第一の態様において用いることができる。これらの態様のキットは、本バイオマーカーの検出に利用可能な物質、例えばACTC1タンパク質に対する特異抗体又はACTC1-mRNAを検出するためのプライマー核酸若しくはプローブ核酸などのいずれかを少なくとも含むことが好ましく、また免疫学的反応又はPCR反応等を行う際に用いられる緩衝液、発色試薬、dNTPその他の任意の試薬類を含んでいてもよい。
【0035】
本発明の第五の態様は、ACTC1タンパク質の発現及び/又は機能を抑制する物質を含む、グリオーマを処置するための医薬組成物に関する。
【0036】
アクチンは細胞の運動及び形状の制御に関与する分子であることが知られており、がん細胞では特に浸潤能又は転移に関与することが報告されている。グリオーマに関しても、その浸潤及び遠隔部再発の原因の1つは、アクチンフィラメント、微小管及び中間径フィラメントの3つの主要構成成分からなる細胞骨格フィラメントによりもたらされる細胞運動の亢進であると考えられる。したがって、グリオーマの予後不良、遠隔部再発及び高浸潤能とその発現とが正の相関関係にあるACTC1タンパク質は、グリオーマの予後不良、遠隔部再発及び高浸潤能をもたらし得る分子である可能性が高く、ACTC1タンパク質の発現及び/又は機能を抑制する物質及び又はこれを含む組成物は、グリオーマの遠隔部再発及び浸潤能を抑制することができ、ひいてはグリオーマを処置するための医薬又は医薬組成物として利用することができると期待される。
【0037】
ACTC1タンパク質の発現及び/又は機能を抑制する物質の例としては、ACTC1タンパク質に対する中和抗体、ACTC1タンパク質に結合してその機能を阻害する化合物、ACTC1タンパク質をコードする遺伝子からの転写又は翻訳を阻害し得るsiRNA、shRNA又はマイクロRNAなどの阻害性核酸などを挙げることができる。
【0038】
本発明にかかる医薬組成物は、ACTC1タンパク質の発現及び/又は機能を抑制する物質を単独で含んでいても複数種含んでいてもよく、さらに他の医薬成分及び/又は薬学的に許容される任意の賦形剤その他の成分を含んでいてもよい。
【0039】
本発明にかかる医薬組成物は、経口製剤又は非経口製剤のいずれの形態であってもよいが、注射剤、点滴剤などの非経口製剤の形態で用いるのが好ましい。非経口製剤に用いることができる担体としては、例えば、生理食塩水や、ブドウ糖、D-ソルビトールなどを含む等張液といった細胞製剤において通常用いられる水性担体が挙げられる。
【0040】
また、本発明にかかる医薬組成物は、高分子ミセル、リポソーム、エマルジョン、マイクロスフェア及びナノスフェアなどの適切なDDSに封入及び/又は固定されていてもよい。
【0041】
さらに、本発明にかかる医薬組成物が阻害性核酸を含む場合、任意の既知の細胞導入手法、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、超音波導入法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、ウイルスベクター(例えば、ヘルペスウイルス、アデノウイルス又はレトロウイルス等)を利用する方法、又はマイクロインジェクション法等を用いることによって、グリオーマ細胞内に導入することができる。
【0042】
ウイルスベクターを利用する場合、すなわち医薬組成物がACTC1タンパク質をコードする遺伝子に対する阻害性核酸を発現可能な組換えウイルスを含む場合、その用量範囲は、例えば、ヒト対象1人あたり、1×10~1×1014、好ましくは1×10~1×1012、より好ましくは1×10~1×1011、最も好ましくは1×10~1×1010のプラーク形成単位(p.f.u.)である。
【0043】
本発明にかかる医薬組成物の投与方法は、特に制限されないが、非経口製剤である場合は、例えば血管内投与(好ましくは静脈内投与)、腹腔内投与、腸管内投与、腫瘍内又はその近傍への局所投与などを挙げることができる。好ましい態様の一つにおいて、本発明にかかる医薬組成物は、静脈内投与又は腫瘍内若しくはその近傍への局所投与により対象に投与される。
【0044】
本発明にかかる医薬組成物は、グリオーマ、好ましくは浸潤能の高いグリオーマ、より好ましくは高悪性度グリオーマの処置のために用いられる。本発明にかかる医薬組成物は、グリオーマを処置するための他の医薬又は医薬組成物と組み合わせて用いてもよい。
【0045】
本明細書において用いられる「処置」は、疾患の治癒、一時的寛解又は予防などを目的とする医学的に許容される全てのタイプの予防的及び/又は治療的介入を包含する。すなわちグリオーマの処置とは、グリオーマの進行の遅延又は停止、病変の退縮又は消失、発症の予防又は再発の防止などを含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0046】
さらに、本発明にかかるACTC1タンパク質の発現及び/若しくは機能を抑制する物質又は該物質を含む医薬組成物をグリオーマ患者に投与することにより、グリオーマを処置することができることが期待される。このように、本発明は、ACTC1タンパク質の発現及び/若しくは機能を抑制する物質又は該物質を含む医薬組成物の有効量をグリオーマ患者に投与することによる、グリオーマを処置する方法も提供する。ここで「有効量」とは、グリオーマを処置するのに効果的な量を意味し、かかる量はグリオーマの悪性度、処置の内容、患者その他の医学的要因によって適宜調節される。
【0047】
本発明はさらに、試料中のグリオーマの存否を判定するための本バイオマーカーの使用を提供する。ACTC1は正常なグリア細胞では発現がほとんど認められないことが知られており、したがって本バイオマーカーはグリオーマの検出に有用である。
【0048】
本発明はさらに、生体外部から検出可能なシグナルを発する物質で標識されたACTC1に対して特異的に結合し得る化合物、例えば蛍光物質で標識された抗ACTC1抗体などを生体に投与して、前記シグナルを検出することによる、グリオーマの有無、位置、病変部の拡がり等を画像的に確認するグリオーマの画像診断方法も提供する。
【0049】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例
【0050】
1.材料と方法
(1-1)患者及び組織
臨床研究は、札幌医科大学の治験審査委員会の承認を受けて実施した。札幌医科大学付属病院でWHOグレードIからIVのグリオーマと診断された2歳から84歳の患者を本研究の適格とし、各患者から施設の倫理指針に従って同意文書を取得した。全ての腫瘍は神経機能を保った範囲で最大限に摘除し、高悪性度グリオーマの場合はその後に放射線化学療法を実施した。2006年10月から2014年10月までの期間に手術室で採取したグリオーマ組織を緩衝ホルマリン液中で固定し、WHOグレードIの4例、グレードIIの13例、グレードIIIの7例、グレードIVの26例、合計50のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織試料について、以下の手順でACTC1の発現を解析した。
【0051】
(1-2)ACTC1の発現解析
A.遺伝子発現解析
FFPE試料をミクロトームを用いて薄片に切り分け、2mLのマイクロチューブ内に回収した。Deparaffinization Solution(QIAGEN)及びRNeasy FFPE Kit(QIAGEN)を用いて、製造業者のプロトコールに従ってRNA抽出を行った。全RNA濃度及びA260/A280比は、NanoDrop Lite分光光度計(Thermo Fisher Scientific Inc.)を用いて測定した。A260/A280比が1.8未満の試料を除外した。RNA濃度が40ng/μL未満の試料を、遠心濃縮機を用いて調製した。QuantiTect Reverse Transcription Kit(Qiagen)を用いて、500ngの全RNAを逆転写した。2μLのcDNAを1:5に希釈して10μLのPCR反応液を調製した。TaqMan Universal Master Mix II with UNG及びグリセルアルデヒド 3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH;Hs02758991_g1)、ACTC1(Hs00606316_m1)用のTaqMan Gene Expression Assaysは、Thermo Fisher Scientific Inc.から購入した。qRT-PCRは、PRISM7500(Thermo Fisher Scientific Inc.)を用いて2連で行った。PCR条件は、50℃で2分間、95℃で10分間、その後に95℃で15秒間及び60℃で1分間を60サイクルであった。発現量の定量は、比較Ct法により行った。すなわち目的遺伝子のCt値を内在性コントロールGAPDHのCt値と比較してΔCt値を算出した後、各試料の倍率変化(FC)をキャリブレータに対する相対値として式2^(-ΔΔCt)を用いて決定した。キャリブレータとしては、グリオーマに罹患していない正常な脳組織(n=5)から抽出されたmRNAをプールしたpooled normal mRNAにおけるΔCt値を平均化した数値を用いた。以下にFCを算出する式を表す。
【数1】
上記式により算出されたFCがカットオフ値である1.0未満である場合はACTC1-mRNAの発現を陰性と判定し、1.0以上の場合は陽性と判定した。
【0052】
B.タンパク質発現解析
グリオブラストーマの1症例のFFPE試料を薄片に切り分け、脱パラフィンした後、一次抗体として抗ACTC1抗体(alpha Cardiac Muscle Actin antibody, GeneTex)を,二次抗体として蛍光抗体(goat anti-rabbit IgG, Alexa Fluor 488 conjugate, Thermo Fisher Scientific)を用いて免疫組織染色を行った。DAPIを用いて細胞核を染色した後、共焦点顕微鏡で観察した。また、ATCCより購入したグリオブラストーマ細胞株であるU87についても、同様に免疫染色を行ってATCT1タンパク質の発現を解析した。
【0053】
(1-3)患者のサーベイランス及び追跡
患者の全生存期間(OS)及び無増悪生存期間(PFS)をカプランマイヤー法により解析した。腫瘍の進行は、腫瘍サイズ、新たな腫瘍領域又は明瞭な神経変質の増加により定義した。全ての患者を最長15.4年まで追跡した。
【0054】
(1-4)MIB-1インデックスの測定
FFPEブロックをスライド上に薄片に切り分け、脱パラフィンした。BGX-Ki67(BioGenex)を製造業者の説明書に従って用いて、抗-Ki67モノクローナル抗体により切片を免疫染色した。高度に免疫染色された領域における陽性染色腫瘍細胞核のパーセンテージとしてMIB-1インデックスを算出した。
【0055】
(1-5)ACTC1のノックダウン
ACTC1-mRNAの発現を抑制するようデザインされたsiRNA(Stealth siRNAs, Thermo Fisher Scientific)を、Lipofectamine(登録商標) RNAiMAX Transfection Reagent(Thermo Fisher Scientific)を用いてグリオブラストーマ細胞株U87に導入し、ACTC1-mRNAを(1-2)A.と同様の方法で測定して、siRNAによる発現抑制を確認した。
【0056】
(1-6)Migration assay
siRNAによりACTC1-mRNAの発現を抑制したU87の遊走能を評価するため、CytoSelect(登録商標) 24-Well Cell Migration Aasay Kit(CELL BIOLABS, INC.)を用いて、製造業者の説明書に従ってMigration assayを行った。培地を分注したアッセイプレートの各ウェルにポリカーボネート膜の底部を持つチャンバーを設置し、チャンバー内に細胞懸濁液を入れ、6時間静置して細胞を遊走させた。膜を透過した遊走細胞をCell Staining Solutionで染色し、560nmの波長における吸光度を測定した。
【0057】
(1-7)統計解析
群間の差は、Kruskal-Wallis検定、Mann-Whitney U検定及びSpearman検定を用いて評価した。全ての統計解析は、SPSS(バージョン22)(International Business Machines Corporation)を用いて行った。p<0.05である場合に統計的に有意な差であると判定した。生存率の比較は、log-rank検定により行った。
【0058】
2.結果
(2-1)ACTC1の発現解析
遺伝子発現解析の結果を図1及び図2に示す。定性的評価としてのACTC1-mRNA発現率は、WHOグレードが上がるにつれて上昇した(図1A)。ACTC1-mRNAが検出された症例を対象とした定量的評価としてのACTC1-mRNAの発現量は、低悪性度グリオーマ(グレードI及びII)に比べて高悪性度グリオーマ(グレードIII及びIV)で有意に上昇していた(図1B、p=0.024)。さらに、ACTC1-mRNAが検出された症例を対象として、ACTC1-mRNA発現量と予後との関連性を評価した(図2)。グレードIを除くグリオーマ(グレードII~IV)、グレードIVのグリオーマのいずれにおいても、ACTC-mRNAの発現量と全生存期間(OS)との間に相関は認められなかったことから、ACTC1は、その発現量の多寡ではなく、発現の有無が予後に関係するものと考えられる。
【0059】
タンパク質発現解析の結果を図7及び図8に示す。グリオブラストーマ組織、グリオブラストーマ細胞株のいずれにおいても、ACTC1タンパク質の発現が観察された。
【0060】
(2-2)カプランマイヤー法による全生存期間(OS)及び無増悪生存期間(PFS)の解析
患者の全生存期間(OS)及び無増悪生存期間(PFS)のカプランマイヤー曲線を図3に、これらの中央値についてCox比例ハザードモデルへの当てはめによりハザード比を解析した結果を表1に示す。
【表1】
【0061】
グレードIを除くグリオーマ、グリオブラストーマのいずれについても、ACTC1陽性群のmOS及びmPFSは、ACTC1陰性群のそれらよりも統計的に有意に短かった。このことは、ACTC1がグリオーマの予後不良因子であることを示している。
【0062】
なお、本研究において腫瘍を最大限摘出した後にテモゾロマイドを用いて化学放射療法を施したグリオブラストーマのmOSは、近年の報告と同程度の18.4月(1.53年)であった。さらに、既知の予後良好因子として知られるIDH変異による生存ベネフィットは、16月(1.33年)と報告されている(Yan Hら(2009)、N.Engl.J.Med.360(8):765-773)。本研究におけるACTC1陰性による生存ベネフィットは、これらの化学療法又はIDH変異による生存ベネフィットよりも長いことが示された。
【0063】
(2-3)診断時のMRI所見
診断時、ACTC1陽性グリオブラストーマの31.6%で対側大脳半球への浸潤が認められた一方、ACTC1陰性グリオブラストーマでは浸潤は観察されなかった(p=0.020)。診断時のACTC1陽性グリオブラストーマの代表的なMRI所見を図4A~Cに示す。深在性及び対側大脳半球への浸潤が観察され、典型的な浸潤パターンは脳梁を介した進行であった。頭痛及び悪心の症状を有する60歳女性患者(図4A)及びてんかん発作の症状を有する53歳男性患者(図4B)の両方において、脳梁膝及び脳梁前部の1/3を介して対側の大脳半球に向けて浸潤した腫瘍が認められた。頭痛の症状を有する71歳女性患者のMRIは、脳梁膨大部を介したグリオブラストーマの浸潤を示した(図4C)。
【0064】
診断時のACTC陰性グリオブラストーマの代表的なMRI所見を図4D~Fに示す。腫瘍は皮質表面近くで発生し、組織分布的に均一であった。進行性感覚性失語症の症状を有する19歳女性患者の腫瘍の最大径は62mmであったが、浸潤は観察されなかった(図4D)。感覚性失語症の症状を有する63歳女性患者(図4E)、左半側麻痺の症状を有する61歳女性(図4F)の腫瘍も同様の所見であった。
【0065】
(2-4)グリオブラストーマ再発時のMRI所見
再発時、高悪性度グリオーマでは、ACTC1陽性症例の90.9%で遠隔部再発が観察されたが、ACTC陰性症例では遠位再発は示されなかった(p=0.000)。グレードIIIグリオーマの場合、再発は71.4%の症例で観察され、ACTC1陽性症例は全て遠隔部再発を示したが、ACTC1陰性症例では再発は全て局部領域にとどまった(p=0.025)。グリオブラストーマの場合、ACTC1陽性症例の87.5%で遠隔部再発を示したが、ACTC1陰性症例では遠隔部再発は観察されなかった(p=0.007)。
【0066】
再発時のACTC陽性グリオブラストーマの代表的なMRI所見を図5左側に示す。診断時、左半身の感覚障害の症状があった57歳男性患者の腫瘍は、左被殻から発生し、周囲脳浮腫を伴って不均一な環状増強効果(リング・エンハンスメント)を呈していた(図5A及びB)。同症例における再発は、最初の外科手術から20.3月後に右側頭葉で観察された(図5C及びD)。原発巣の対側に再発性病変が生じており、交連神経路を介した腫瘍の拡散が推定された。
【0067】
再発時のACTC陰性グリオブラストーマの代表的なMRI所見を図5右側に示す。診断時、進行性感覚性失語症の症状があった19歳女性患者の腫瘍は、後部側頭葉において周囲脳浮腫を伴って生じていた(図5E及びF)。本症例においては腫瘍が表在位置にとどまったため、強調された腫瘍の全摘出が行われた。初回の処置から13.3月後、多脳葉に対する浸潤又は遠隔部再発を伴わない局所再発のみが観察された(図5G及びH)。
【0068】
(2-5)ACTC1発現と患者の年齢、カルノフスキー活動指標(Karnofsky performance status:KPS)及びMIB-1インデックスとの関連性
グレードIからIVまでの全グリオーマ症例を対象として、グリオーマの予後因子として知られる患者年齢及びKPS、細胞増殖能の指標であるMIB-1インデックスのそれぞれと、ACTC1発現との関連を評価した。結果を図6に示す。ACTC1-mRNA発現量と患者年齢(図6A)、KPS(図6B)及びMIB-1インデックス(図6C)との間に相関は認められなかった。
【0069】
(2-6)ACTC1-mRNA発現抑制が細胞遊走能に及ぼす影響の評価
グリオブラストーマ細胞株U87を用いて、ACTC1-mRNAの発現抑制が細胞遊走能に及ぼす影響を評価した。siRNAは、U87におけるACTC1-mRNAの発現を顕著に抑制した(図9A)。Migration assayの結果、siRNA処理していないU87の遊走能と比べて、siRNA処理によりACTC1-mRNAの発現が抑制されたU87に遊走能は大きく低下していることが見出された(図9B)。
【0070】
(2-1)~(2-5)の結果から、ACTC1は患者年齢及びKPSから独立したグリオーマの予後因子であることが示された。さらに、ACTC1とMIB-1インデックスとの間に相関が認められなかったことから、ACTC1陽性グリオブラストーマの予後不良は、細胞増殖によるものではなく、神経線維に沿った腫瘍細胞の浸潤によるものであると推測された。ACTC1は増殖から独立した浸潤マーカーであると考えられる。
【0071】
また、(2-6)の結果から、ACTC1の発現を抑制することによりグリオーマ細胞の遊走が阻害されること、すなわちグリオーマの浸潤及び遠隔部再発を抑制し得ることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9