(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-10
(45)【発行日】2022-08-19
(54)【発明の名称】新規β-ガラクトシダーゼ
(51)【国際特許分類】
C12N 15/55 20060101AFI20220812BHJP
C12N 9/38 20060101ALI20220812BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20220812BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20220812BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20220812BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220812BHJP
C12P 19/04 20060101ALI20220812BHJP
C12P 19/14 20060101ALI20220812BHJP
C12P 19/00 20060101ALI20220812BHJP
C12N 15/54 20060101ALN20220812BHJP
【FI】
C12N15/55 ZNA
C12N9/38
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P19/04 Z
C12P19/14 Z
C12P19/00
C12N15/54
(21)【出願番号】P 2017559227
(86)(22)【出願日】2016-12-27
(86)【国際出願番号】 JP2016089001
(87)【国際公開番号】W WO2017115826
(87)【国際公開日】2017-07-06
【審査請求日】2019-10-16
(31)【優先権主張番号】P 2015257705
(32)【優先日】2015-12-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-02177
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-02178
(73)【特許権者】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】星 由紀子
(72)【発明者】
【氏名】岡田 正通
(72)【発明者】
【氏名】堀井 晃夫
(72)【発明者】
【氏名】北條 真之
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特公平06-002057(JP,B2)
【文献】特開平03-216185(JP,A)
【文献】特開平05-236981(JP,A)
【文献】特開昭63-185373(JP,A)
【文献】特開平07-236480(JP,A)
【文献】特開2003-325166(JP,A)
【文献】特開昭60-251896(JP,A)
【文献】特開平08-256730(JP,A)
【文献】PLOS ONE,2014年,Vol.9, No.9, e108633,p.1-16
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 9/38
C12P 19/00-19/64
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
SwissProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と90%以上同一のアミノ酸配列を含む、β-ガラクトシダーゼであって、53%ラクトース溶液にラクトース1gあたり1U添加し、65℃で24時間作用させた場合に得られる3糖オリゴ糖の75%以上が直鎖オリゴ糖(O-β-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-O-β-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-D-グルコース)となる、β-ガラクトシダーゼ。
【請求項2】
配列番号1の配列の長さを超えない長さのアミノ酸配列からなる、請求項1記載のβ-ガラクトシダーゼ。
【請求項3】
クリプトコッカス・テレストリス由来である、請求項1又は2に記載のβ-ガラクトシダーゼ。
【請求項4】
クリプトコッカス・テレストリスがMM13-F2171株(受託番号:NITE BP-02177)又はAPC-6431株(受託番号:NITE BP-02178)である、請求項3に記載のβ-ガラクトシダーゼ。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼを有効成分とする酵素剤。
【請求項6】
以下の(a)~(c)からなる群より選択されるいずれかのDNAからなるβ-ガラクトシダーゼ遺伝子:
(a)配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列をコードするDNA;
(b)配列番号5~8、16いずれかの塩基配列からなるDNA;
(c)配列番号5~8、16のいずれかの塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列を有し、且つ
配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列と90%以上同一のアミノ酸配列からなり、53%ラクトース溶液にラクトース1gあたり1U添加し、65℃で24時間作用させた場合に得られる3糖オリゴ糖の75%以上が直鎖オリゴ糖(O-β-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-O-β-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-D-グルコース)となるβ-ガラクトシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項7】
請求項6に記載のβ-ガラクトシダーゼ遺伝子を含む組換えDNA。
【請求項8】
請求項7に記載の組換えDNAを保有する、組換えβ-ガラクトシダーゼを産生する形質転換宿主微生物。
【請求項9】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載のβ-ガラクトシダーゼの製造法:
(1)クリプトコッカス・テレストリスを培養するステップ;
(2)培養後の培養液及び/又は菌体より、β-ガラクトシダーゼを回収するステップ。
【請求項10】
以下のステップ(i)及び(ii)を含む、β-ガラクトシダーゼの製造法:
(i)請求項8に記載の微生物を、前記遺伝子がコードするタンパク質が産生される条件下で培養するステップ;
(ii)産生された前記タンパク質を回収するステップ。
【請求項11】
β-1,3結合、β-1,4結合及びβ-1,6結合の中の少なくとも一つを有する、二糖、オリゴ糖又は多糖に対して、請求項1~4のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼを作用させるステップを含む、オリゴ糖の製造方法。
【請求項12】
ラクトースに対して、請求項1~4のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼを作用させるステップを含む、オリゴ糖の製造方法。
【請求項13】
前記ステップの反応温度が30℃~75℃である、請求項11又は12に記載の製造方法。
【請求項14】
オリゴ糖の製造のための、請求項1~4のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規β-ガラクトシダーゼに関する。本発明のβ-ガラクトシダーゼは、例えば、腸内ビフィズス菌増殖因子として知られるガラクトオリゴ糖の製造に利用される。本出願は、2015年12月29日に出願された日本国特許出願第2015-257705号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
β-ガラクトシダーゼ(EC3.2.1.23)は、β-D-ガラクトシド結合を加水分解してD-ガラクトースを遊離する酵素であり、一般に微生物および動植物中に広く存在している。β-ガラクトシダーゼは別名ラクターゼとも呼ばれ、乳糖不耐症用の低乳糖牛乳やチーズ製造時に副産する乳清からのホエーシロップの製造用の酵素として、或いは乳糖不耐症患者用の医薬やサプリメントの有効成分として用いられている。また、β-ガラクトシダーゼはガラクトース残基をβ結合で転移させる能力をも有しており、この能力を利用してガラクトオリゴ糖(ガラクトース残基を有するオリゴ糖)を製造する方法が知られている。これらの用途に用いられるβ-ガラクトシダーゼを生産する微生物として、麹菌アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、酵母スポロボロマイセス・シングラリス(Sporobolomyces singularis)、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)、クリプトコッカス・ローレンティ(Cryptococcus laurentii)、細菌バチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)、ステリグマトマイセス・エリビアエ(Sterigmatomyces elviae)などが知られている(例えば、特許文献1~3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平3-216185号公報
【文献】特公平6-2057号公報
【文献】特開平7-236480号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
既知のβ-ガラクトシダーゼの多くは、耐熱性やpH安定性等の点から産業上の利用に適さない。そこで本発明は、産業上の利用、特にオリゴ糖の製造において有用な新規β-ガラクトシダーゼ及びその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決すべく本発明者は、広範な種類の微生物を対象にスクリーニングを実施した。その結果、至適温度が高く且つ耐熱性に優れ、更には、糖転移活性にも優れたβ-ガラクトシダーゼを産生するクリプトコッカス属微生物(野生株)を見出すことに成功した。当該菌株の産生するβ-ガラクトシダーゼを精製し、その特徴を詳細に調べたところ、更に優位な特性として、酸性pH域で安定性があること、ラクトースを基質として作用させた場合、腸内ビフィズス菌増殖因子としての有用性が特に高いとされる直鎖オリゴ糖を効率的に生成すること等が判明した。一方、当該β-ガラクトシダーゼは外分泌されるものであり、その生産の点からも有利であった。このように、鋭意検討の結果、オリゴ糖の製造用の酵素としての利用価値が極めて高い新規β-ガラクトシダーゼ(便宜上、「野生株酵素」と呼ぶ)を取得することに成功した。また、野生株酵素の遺伝子配列を決定することにも成功した。一方、β-ガラクトシダーゼの生産性向上等を目指し、上記微生物(野生株)のUV処理による変異及びそれに続くスクリーニングを繰り返した結果、有用な変異株の作出に成功した。得られた変異株の特性を検討する中で、二種類の変異株から合計3種類のβ-ガラクトシダーゼ(変異株酵素)が見出された。更に検討を進め、これら変異株酵素のアミノ酸配を特定することに成功した。これらの酵素は、いずれも野生株酵素の断片(一部)であり、天然には存在しないものであった。より具体的には、野生株酵素のN末端アミノ酸配列が一部欠損した変異型の酵素であり、野生株酵素に比べて安定性(pH、温度)が向上しているものであった。
以下の発明は上記の成果に基づき完成されたものである。
[1]配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と80%以上同一のアミノ酸配列を含む、β-ガラクトシダーゼ。
[2]アミノ酸配列が、配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列と85%以上同一のアミノ酸配列である、[1]に記載のβ-ガラクトシダーゼ。
[3]アミノ酸配列が、配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列と90%以上同一のアミノ酸配列である、[1]に記載のβ-ガラクトシダーゼ。
[4]配列番号1の配列の長さを超えない長さのアミノ酸配列からなる、[1]~[3]のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼ。
[5]下記の酵素化学的性質を有するβ-ガラクトシダーゼ、
(1)作用:ラクトース分解活性とガラクトシル転移活性を有し、β-1,6結合、β-1,3結合又はβ-1,2結合への転移活性よりもβ-1,4結合への転移活性が優位である、
(2)至適温度:70℃、
(3)糖鎖を含まない場合の分子量:約104 kDa、約64 kDa、又は約61 kDa(SDS-PAGEによる)。
[6]下記の酵素化学的性質を更に有する、[5]に記載のβ-ガラクトシダーゼ、
(4)至適pH:4~5、
(5)pH安定性:pH2~8の範囲で安定(40℃、30分間)、
(6)温度安定性:30℃~60℃の範囲で安定(pH6.0、30分間)。
[7]下記の酵素化学的性質を更に有する、[5]に記載のβ-ガラクトシダーゼ、
(4)至適pH:4~5、
(5)pH安定性:pH2~9の範囲で安定(40℃、30分間)、
(6)温度安定性:30℃~65℃の範囲で安定(pH6.0、30分間)。
[8]クリプトコッカス・テレストリス由来である、[1]~[7]のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼ。
[9]クリプトコッカス・テレストリスがMM13-F2171株(受託番号:NITE BP-02177)又はAPC-6431株(受託番号:NITE BP-02178)である、[8]に記載のβ-ガラクトシダーゼ。
[10][1]~[9]のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼを有効成分とする酵素剤。
[11]以下の(a)~(c)からなる群より選択されるいずれかのDNAからなるβ-ガラクトシダーゼ遺伝子:
(a)配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列をコードするDNA;
(b)配列番号5~8、16いずれかの塩基配列からなるDNA;
(c)配列番号5~8、16のいずれかの塩基配列と等価な塩基配列を有し、且つβ-ガラクトシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
[12][11]に記載のβ-ガラクトシダーゼ遺伝子を含む組換えDNA。
[13][12]に記載の組換えDNAを保有する微生物。
[14]以下のステップ(1)及び(2)を含む、β-ガラクトシダーゼの製造法:
(1)クリプトコッカス・テレストリスを培養するステップ;
(2)培養後の培養液及び/又は菌体より、β-ガラクトシダーゼを回収するステップ。
[15]クリプトコッカス・テレストリスがMM13-F2171株又はその変異株である、[14]に記載の製造法。
[16]以下のステップ(i)及び(ii)を含む、β-ガラクトシダーゼの製造法:
(i)[13]に記載の微生物を、前記遺伝子がコードするタンパク質が産生される条件下で培養するステップ;
(ii)産生された前記タンパク質を回収するステップ。
[17]β-1,3結合、β-1,4結合及びβ-1,6結合の中の少なくとも一つを有する、二糖、オリゴ糖又は多糖に対して、[1]~[9]のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼを作用させるステップを含む、オリゴ糖の製造方法。
[18]ラクトースに対して、[1]~[9]のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼを作用させるステップを含む、オリゴ糖の製造方法。
[19]前記ステップの反応温度が30℃~75℃である、[17]又は[18]に記載の製造方法。
[20][17]~[19]のいずれか一項に記載の製造方法で得られたオリゴ糖。
[21]含有する3糖オリゴ糖の65%以上が直鎖オリゴ糖である、[20]に記載のオリゴ糖。
[22]オリゴ糖の製造のための、[1]~[9]のいずれか一項に記載のβ-ガラクトシダーゼの使用。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】クリプトコッカス・テレストリス(Cryptococcus terrestris)MM13-F2171株由来の野生株酵素(β-ガラクトシダーゼ)の分子量の測定結果(SDS-PAGE)。M:分子量マーカー、レーン1:無処理、レーン2:O-グリコシダーゼ/ノイラミニダーゼ処理、レーン3:PNGase F処理、レーン4:O-グリコシダーゼ/ノイラミニダーゼ/PNGase F処理。尚、糖鎖処理に使用した酵素の分子量はO-グリコシダーゼが147 kDa、ノイラミニダーゼが43 kDa、PNGase Fが36 kDaである。
【
図7】精製酵素(野生株酵素)のオリゴ糖生成能。ラクトースを基質として、MM13-F2171株由来の精製酵素(野生株酵素)を反応させた。ガラクトオリゴ糖(GOS)生成量が約50%となったときのGOSの重合度を既知のβ-ガラクトシダーゼと比較した(上段)。また、3糖中の直鎖オリゴ糖及び分岐鎖オリゴ糖の比率を既知のβ-ガラクトシダーゼと比較した(下段)。
【
図8】クリプトコッカス・テレストリスM2株由来の変異株酵素、クリプトコッカス・テレストリスM6株由来の変異株酵素の分子量の測定結果(SDS-PAGE)。レーン1~4はM2株由来の変異株酵素の結果である。M:分子量マーカー、レーン1:無処理、レーン2:O-グリコシダーゼ/ノイラミニダーゼ処理、レーン3:PNGase F処理、レーン4:O-グリコシダーゼ/ノイラミニダーゼ/PNGase F処理。レーン5~8はM6株由来の変異株酵素の結果である。レーン5:無処理、レーン6:O-グリコシダーゼ/ノイラミニダーゼ処理、レーン7:PNGase F処理、レーン8:O-グリコシダーゼ/ノイラミニダーゼ/PNGase F処理。
【
図9】精製酵素(変異株酵素3)のオリゴ糖生成能。
【
図10】精製酵素(変異株酵素)のオリゴ糖生成能。ラクトースを基質として、クリプトコッカス・テレストリスM2株由来の精製酵素(変異株酵素1)、クリプトコッカス・テレストリスM6株由来の精製酵素(変異株酵素3)を反応させた。ガラクトオリゴ糖(GOS)生成量が約50%となったときのGOSの重合度を既知のβ-ガラクトシダーゼと比較した(上段)。また、3糖中の直鎖オリゴ糖及び分岐鎖オリゴ糖の比率を既知のβ-ガラクトシダーゼと比較した(下段)。
【発明を実施するための形態】
【0007】
1.用語
本明細書において用語「単離された」は「精製された」と交換可能に使用される。用語「単離された」は、天然の状態、即ち、自然界において存在している状態のものと区別するために使用される。単離するという人為的操作によって、天然の状態とは異なる状態である、「単離された状態」となる。単離されたものは、天然物自体と明確且つ決定的に相違する。
【0008】
単離された酵素の純度は特に限定されない。但し、純度の高いことが要求される用途への適用が予定されるのであれば、単離された酵素の純度は高いことが好ましい。
【0009】
β-ガラクトシダーゼは一般にラクトース分解活性(β-1,4結合に作用してラクトースを分解する活性)とガラクトシル転移活性(ガラクトースを転移する活性)を示す。そこで、本発明における「β-ガラクトシダーゼ活性」は当該二つの活性を含むものとする。ラクトース分解活性は実施例に示した活性測定法(ラクトース法)によって測定することができる。また、ガラクトシル転移活性は実施例に示したオリゴ糖生成能の重合度の測定法によって評価することができる。
【0010】
2.β-ガラクトシダーゼ及びその生産菌
本発明の第1の局面はβ-ガラクトシダーゼ及びその生産菌を提供する。上記の通り、本発明者らは、クリプトコッカス属微生物(野生株)から有用性の高いβ-ガラクトシダーゼ(説明の便宜上、「野生株酵素」と呼ぶ)を取得することに成功するとともにその遺伝子配列を特定した。一方で、変異株が産生する3種類のβ-ガラクトシダーゼ(変異株酵素1、2、3)を同定し、そのアミノ酸配列を特定した。これら3種類のβ-ガラクトシダーゼは、野生株酵素の遺伝子配列から推定した全長アミノ酸配列(配列番号1)の一部であった。具体的には、全長アミノ酸配列(配列番号1)のN末端側130アミノ酸残基が欠損したもの(説明の便宜上、「変異株酵素1」と呼ぶ)、全長アミノ酸配列(配列番号1)のN末端側136アミノ酸残基が欠損したもの(説明の便宜上、「変異株酵素2」と呼ぶ)、全長アミノ酸配列(配列番号1)のN末端側141アミノ酸残基が欠損したもの(説明の便宜上、「変異株酵素3」と呼ぶ)であった。これらの成果及び知見に基づき、本発明のβ-ガラクトシダーゼ(以下、「本酵素」ともいう)は、配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列、又は当該アミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を含むという、特徴を備える。配列番号2のアミノ酸配列は変異株酵素1のアミノ酸配列に相当し、配列番号3のアミノ酸配列は変異株酵素2のアミノ酸配列に相当し、配列番号4のアミノ酸配列は変異株酵素3のアミノ酸配列に相当する。
【0011】
ここでの「等価なアミノ酸配列」とは、基準となる配列(配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列)と一部で相違するが、当該相違がタンパク質の機能(ここではβ-ガラクトシダーゼ活性)に実質的な影響を与えていないアミノ酸配列のことをいう。従って、等価なアミノ酸配列からなるポリペプチド鎖を有する酵素はβ-ガラクトシダーゼを示す。活性の程度は、β-ガラクトシダーゼとしての機能を発揮できる限り特に限定されない。但し、基準となる配列からなるポリペプチド鎖を有する酵素と同程度又はそれよりも高いことが好ましい。好ましくは、等価なアミノ酸配列は、配列番号1の配列の長さを超えない長さのアミノ酸配列からなる。
【0012】
「アミノ酸配列の一部の相違」とは、典型的には、アミノ酸配列を構成する1~数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1~数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。ここでのアミノ酸配列の相違はβ-ガラクトシダーゼが保持される限り許容される(活性の多少の変動があってもよい)。この条件を満たす限りアミノ酸配列が相違する位置は特に限定されず、また複数の位置で相違が生じていてもよい。ここでの「複数」とは例えば全アミノ酸の約20%未満に相当する数であり、好ましくは約15%未満に相当する数であり、さらに好ましくは約10%未満に相当する数であり、より一層好ましくは約5%未満に相当する数であり、最も好ましくは約1%未満に相当する数である。即ち等価タンパク質は、基準となる配列と例えば約80%以上、好ましくは約85%以上、さらに好ましくは約90%以上、一層好ましくは約95%以上、より一層好ましくは約97%以上、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する。尚、アミノ酸配列の相違は複数の位置で生じていてもよい。
【0013】
好ましくは、β-ガラクトシダーゼに必須でないアミノ酸残基において保存的アミノ酸置換を生じさせることによって等価なアミノ酸配列が得られる。ここでの「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリシン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。
【0014】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの核酸配列(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。
【0015】
二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0016】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの核酸配列の相同度を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0017】
本酵素が、より大きいタンパク質(例えば融合タンパク質)の一部であってもよい。融合タンパク質において付加される配列としては、例えば多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、組換え生産の際の安定性を確保する付加配列等が挙げられる。
【0018】
上記アミノ酸配列を有する本酵素は、遺伝子工学的手法によって容易に調製することができる。例えば、本酵素をコードするDNAで適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより調製することができる。回収されたタンパク質は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として本酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる本酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0019】
ところで、本発明者らは取得に成功した新規β-ガラクトシダーゼの酵素化学的特性も特定することに成功した(後述の実施例を参照)。そこで、本酵素を以下の酵素化学的性質(1)~(3)で特徴付けることもできる。
【0020】
(1)作用
本酵素はラクトース分解活性とガラクトシル転移活性を有し、β-1,6結合、β-1,3結合又はβ-1,2結合への転移活性よりもβ-1,4結合への転移活性が優位である。即ち、本酵素はβ-1,4結合への転移活性に優れる。従って、本酵素によれば、転移した糖がβ-1,4結合で結合した生成物を効率的に得ることができる。例えば、本酵素をラクトース(基質)に作用させると、直鎖オリゴ糖に富む3糖オリゴ糖が得られる。直鎖オリゴ糖は構成単糖がβ-1,4グリコシド結合で連なった構造のオリゴ糖であり、分岐鎖オリゴ糖(β-1,6グリコシド結合やβ-1,2グリコシド結合等を有する)と対照をなす。後述の実施例に示した反応条件(オリゴ糖生成能の検討1の欄)の下、ラクトースを基質として本酵素を作用させた場合に得られる3糖オリゴ糖では、65%以上、好ましくは70%以上、更に好ましくは72%以上、一層好ましくは73%以上、より一層好ましくは75%以上が直鎖オリゴ糖(O-β-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-O-β-D-ガラクトピラノシル-(1→4)-D-グルコース)である。尚、本酵素が生成する直鎖オリゴ糖はガラクトオリゴ糖である。一般に、ガラクトオリゴ糖はGal-(Gal)n-Glc(nは0~5程度)で表される(Gal:ガラクトース残基、Glc:グルコース残基)。結合様式にはβ-1,4、β-1,6、β-1,3、β-1,2の他、α-1,3、α-1,6などがある。但し本発明では、ラクトースはガラクトオリゴ糖に該当しないこととする。従って、本明細書において「ガラクトオリゴ糖(GOS)」とは、ラクトースを除いた、重合度が2糖以上のガラクトオリゴ糖のことを意味する。
【0021】
本酵素は糖転移活性に優れる。後述の実施例に示した反応条件(オリゴ糖生成能の検討の欄)の下、ラクトースを基質として本酵素を作用させると、反応温度条件によって変動するものの、反応後の全糖中の45%以上(至適温度付近で反応させた場合には50%以上)をガラクトオリゴ糖が占めることになる。
【0022】
(2)至適温度
本酵素の至適温度は70℃である。このように至適温度が高いことは、オリゴ糖の製造用の酵素として有利である。オリゴ糖の製造に本酵素を利用した場合、処理温度(反応温度)を高く設定できる。処理温度を上げることで基質の溶解度が増し、高濃度仕込みが可能となる。その結果、反応液量あたりのガラクトオリゴ糖の生成量(収量)の増加を期待できる。また、濃縮コストの低減も図られる。更には、汚染のリスクの低減も可能となる。尚、至適温度は、酢酸緩衝液(pH6.0)を用い、ラクトースを基質とした測定法によって評価することができる。
【0023】
(3)分子量
本酵素に該当する野生株酵素、変異株酵素1~3はいずれも糖鎖を含み、N型糖鎖とO型糖鎖を除去した後にSDS-PAGEで分子量を測定すると、104 kDa(野生株酵素)、64 kDa(変異株酵素1)、61 kDa(変異株酵素2)、61 kDa(変異株酵素3)であった。この事実に基づき、本酵素の一態様は、糖鎖を含まない場合の分子量(SDS-PAGEによる)が104 kDaである。別の態様では同分子量が64 kDaである。更に別の態様では同分子量が61 kDaである。尚、糖鎖の除去処理をしない場合の分子量(SDS-PAGEによる)は、120 kDa(野生株酵素)、71 kDa(変異株酵素1)、66 kDa変異株酵素2)、66 kDa(変異株酵素3)であった。
【0024】
本酵素を以下の酵素学的性質(4)~(6)で更に特徴付けることができる。
(4)至適pH
至適pHは4~5である。至適pHは、例えば、pH2~3のpH域では0.1Mグリシン緩衝液、pH3~6のpH域では0.1Mクエン酸緩衝液、pH5~6のpH域では0.1M酢酸緩衝液、pH7~8のpH域では0.1Mリン酸緩衝、pH9~10のpH域では0.1M炭酸ナトリウム緩衝液中で測定した結果を基に判断される。
【0025】
(5)pH安定性
一態様の酵素ではpH2~8のpH域、別の態様の酵素ではpH2~9のpH域で安定した活性を示す。即ち、処理に供する酵素溶液のpHがこの範囲内にあれば、40℃、30分の処理後、最大活性の80%以上の活性を示す。pH安定性は、例えば、pH2~3のpH域では0.1Mグリシン緩衝液、pH3~6のpH域では0.1Mクエン酸緩衝液、pH5~6のpH域では0.1M酢酸緩衝液、pH7~8のpH域では0.1Mリン酸緩衝、pH9~10のpH域では0.1M炭酸ナトリウム緩衝液中で測定した結果を基に判断される。
【0026】
(6)温度安定性
一態様の酵素は酢酸緩衝液(pH6.0)中、30℃~60℃の条件で30分間処理しても80%以上の活性を維持する。別の態様の酵素は酢酸緩衝液(pH6.0)中、30℃~65℃の条件で30分間処理しても80%以上の活性を維持する。
【0027】
本酵素は好ましくはクリプトコッカス・テレストリス(Cryptococcus terrestris)に由来するβ-ガラクトシダーゼである。ここでの「クリプトコッカス・テレストリスに由来するβ-ガラクトシダーゼ」とは、クリプトコッカス・テレストリスに分類される微生物(野生株であっても変異株であってもよい)が生産するβ-ガラクトシダーゼ、或いはクリプトコッカス・テレストリス(野生株であっても変異株であってもよい)のβ-ガラクトシダーゼ遺伝子を利用して遺伝子工学的手法によって得られたβ-ガラクトシダーゼであることを意味する。従って、クリプトコッカス・テレストリスより取得したβ-ガラクトシダーゼ遺伝子(又は当該遺伝子を改変した遺伝子)を導入した宿主微生物によって生産された組み換え体も、「クリプトコッカス・テレストリスに由来するβ-ガラクトシダーゼ」に該当する。
【0028】
本酵素がそれに由来することになるクリプトコッカス・テレストリスのことを、説明の便宜上、本酵素の生産菌という。
【0029】
後述の実施例に示す通り、本発明者らはクリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株及びその変異株(M2株、M6株)から上記性質を備えるβ-ガラクトシダーゼを単離・精製することに成功した。尚、クリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株及びM2株は以下の通り所定の寄託機関に寄託されており、容易に入手可能である。
<クリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株>
寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)
識別の表示:Cryptococcus terrestris MM13-F2171
寄託日:2015年12月10日
受託番号:NITE BP-02177
【0030】
<クリプトコッカス・テレストリスM2株>
寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)
識別の表示:Cryptococcus terrestris APC-6431
寄託日:2015年12月10日
受託番号:NITE BP-02178
【0031】
3.β-ガラクトシダーゼをコードする遺伝子、組換えDNA、形質転換体
本発明の第2の局面は本酵素をコードする遺伝子に関する。一態様において本発明の遺伝子は、配列番号1~4のいずれかのアミノ酸配列をコードするDNAを含む。当該態様の具体例は、配列番号5の塩基配列からなるcDNA(配列番号1のアミノ酸配列をコードする)、配列番号6の塩基配列からなるcDNA(配列番号2のアミノ酸配列をコードする)、配列番号7の塩基配列からなるcDNA(配列番号3のアミノ酸配列をコードする)、及び配列番号8の塩基配列からなるcDNA(配列番号4のアミノ酸配列をコードする)である。更なる具体例は、配列番号16の塩基配列からなるゲノムDNAである。当該ゲノムDNAは配列番号5のcDNAに対応する。
【0032】
本酵素をコードする遺伝子は典型的には本酵素の調製に利用される。本酵素をコードする遺伝子を用いた遺伝子工学的調製法によれば、より均質な状態の本酵素を得ることが可能である。また、当該方法は大量の本酵素を調製する場合にも好適な方法といえる。尚、本酵素をコードする遺伝子の用途は本酵素の調製に限られない。例えば、本酵素の作用機構の解明などを目的とした実験用のツールとして、或いは本酵素の変異体(改変体)をデザイン又は作製するためのツールとして、当該遺伝子を利用することもできる。
【0033】
本明細書において「本酵素をコードする遺伝子」とは、それを発現させた場合に本酵素が得られる核酸のことをいい、本酵素のアミノ酸配列に対応する塩基配列を有する核酸は勿論のこと、そのような核酸にアミノ酸配列をコードしない配列が付加されてなる核酸をも含む。また、コドンの縮重も考慮される。
【0034】
本発明の遺伝子は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法、化学合成、PCR法(例えばオーバーラップPCR)或いはこれらの組合せによって、単離された状態に調製することができる。
【0035】
一般に、あるタンパク質をコードするDNAの一部に改変を施した場合において、改変後のDNAがコードするタンパク質が、改変前のDNAがコードするタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちDNA配列の改変が、コードするタンパク質の機能に実質的に影響を与えず、コードするタンパク質の機能が改変前後において維持されることがある。そこで本発明は他の態様として、基準となる塩基配列(配列番号5~8、16のいずれかの配列)と等価な塩基配列を有し、β-ガラクトシダーゼ活性をもつタンパク質をコードするDNA(以下、「等価DNA」ともいう)を提供する。ここでの「等価な塩基配列」とは基準となる塩基配列に示す核酸と一部で相違するが、当該相違によってそれがコードするタンパク質の機能(ここではβ-ガラクトシダーゼ活性)が実質的な影響を受けていない塩基配列のことをいう。
【0036】
等価DNAの具体例は、基準となる塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAである。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0037】
等価DNAの他の具体例として、基準となる塩基配列に対して1若しくは複数(好ましくは1~数個)の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、β-ガラクトシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該DNAがコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2~40塩基、好ましくは2~20塩基、より好ましくは2~10塩基である。等価核酸は、基準となる塩基配列に対して、例えば60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、より一層好ましくは85%以上、さらに好ましくは約90%以上、更に一層好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する。以上のような等価DNAは例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などを利用して、塩基の置換、欠失、挿入、付加、及び/又は逆位を含むように、基準となる塩基配列を有するDNAを改変することによって得ることができる。また、紫外線照射など他の方法によっても等価DNAを得ることができる。等価DNAの更に他の例として、SNP(一塩基多型)に代表される多型に起因して上記のごとき塩基の相違が認められるDNAを挙げることができる。
【0038】
本発明の他の態様は、本発明の本酵素をコードする遺伝子の塩基配列に対して相補的な塩基配列を有する核酸に関する。本発明の更に他の態様は、本発明の本酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列に対して少なくとも約60%、70%、80%、85%、90%、95%、98%、99%又は99.9%同一な塩基配列を有する核酸を提供する。
【0039】
本発明のさらに他の局面は、本発明の遺伝子(本酵素をコードする遺伝子)を含む組換えDNAに関する。本発明の組換えDNAは例えばベクターの形態で提供される。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいう。
【0040】
使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。大腸菌を宿主とするベクターとしてはM13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)等、酵母を宿主とするベクターとしてはpYepSec1、pMFa、pYES2等、昆虫細胞を宿主とするベクターとしてはpAc、pVL等、哺乳類細胞を宿主とするベクターとしてはpCDM8、pMT2PC等を例示することができる。
【0041】
本発明のベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や、発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には、選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0042】
DNAのベクターへの挿入、選択マーカー遺伝子の挿入(必要な場合)、プロモーターの挿入(必要な場合)等は標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を用いて行うことができる。
【0043】
本発明は更に、本発明の組換えDNA(本発明の遺伝子を含む)が導入された宿主細胞(形質転換体)に関する。本発明の形質転換体では、本発明の組換えDNAが外来性の分子として存在することになる。本発明の形質転換体は、好ましくは、上記本発明のベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって調製される。トランスフェクション、トランスフォーメーションはリン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter, H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))、マイクロインジェクション(Graessmann, M. & Graessmann,A., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 73,366-370(1976))、Hanahanの方法(Hanahan, D., J. Mol. Biol. 166, 557-580(1983))、酢酸リチウム法(Schiestl, R.H. et al., Curr. Genet. 16, 339-346(1989))、プロトプラスト-ポリエチレングリコール法(Yelton, M.M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 81, 1470-1474(1984))等によって実施することができる。
【0044】
宿主細胞は、本酵素が発現する限りにおいて特に限定されず、例えばBacillus subtilis、Bacillus licheniformis、Bacillus circulansなどのBacillus属細菌、Lactococcus、Lactobacillus、Streptococcus、Leuconostoc、Bifidobacteriumなどの乳酸菌、Escherichia、Streptomycesなどのその他の細菌、Saccharomyces、Kluyveromyces、Candida、Torula、Torulopsis、Pichia、Schizosaccharomycesなどの酵母、Aspergillus oryzae、Aspergillus nigerなどのAspergillus属、Penicillium属、Trichoderma属、Fusarium属などの糸状菌(真菌)などより選択される。
【0045】
4.β-ガラクトシダーゼの製造方法
本発明の第2の局面はβ-ガラクトシダーゼの製造方法を提供する。本発明の製造方法の一態様では、クリプトコッカス・テレストリスを培養するステップ(ステップ(1))と培養後の培養液及び/又は菌体よりβ-ガラクトシダーゼを回収するステップ(ステップ(2))を行う。好ましくは、クリプトコッカス・テレストリスとして、MM13-F2171株又はその変異株(例えば、クリプトコッカス・テレストリスAPC-6431(M2株)や当該株の更なる変異株)を用いる。培養条件や培養法は、本酵素が生産されるものである限り特に限定されない。即ち、本酵素が生産されることを条件として、使用する微生物の培養に適合した方法や培養条件を適宜設定できる。培養法としては液体培養、固体培養のいずれでも良いが、好ましくは液体培養が利用される。液体培養を例にとり、その培養条件を説明する。
【0046】
培地としては、使用する微生物が生育可能な培地であれば、特に限定されない。例えば、グルコース、シュクロース、ゲンチオビオース、可溶性デンプン、グリセリン、デキストリン、糖蜜、有機酸等の炭素源、更に硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、あるいは、ペプトン、酵母エキス、コーンスティープリカー、カゼイン加水分解物、ふすま、肉エキス等の窒素源、更にカリウム塩、マグネシウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マンガン塩、鉄塩、亜鉛塩等の無機塩を添加したものを用いることができる。使用する形質転換体の生育を促進するためにビタミン、アミノ酸などを培地に添加してもよい。培地のpHは例えば約3~8、好ましくは約4~7程度に調整し、培養温度は通常約20~40℃、好ましくは約25~35℃程度で、1~10日間、好ましくは3~6日間程度好気的条件下で培養する。培養法としては例えば振盪培養法、ジャー・ファーメンターによる好気的深部培養法が利用できる。
【0047】
以上の条件で培養した後、培養液又は菌体より目的の酵素を回収する(ステップ(2))。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理等することによって不溶物を除去した後、限外ろ過膜による濃縮、硫安沈殿等の塩析、透析、イオン交換樹脂等の各種クロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて分離、精製を行うことにより本酵素を得ることができる。他方、菌体内から回収する場合には、例えば菌体を加圧処理、超音波処理などによって破砕した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより目的のタンパク質を得ることができる。尚、ろ過、遠心処理などによって予め培養液から菌体を回収した後、上記一連の工程(菌体の破砕、分離、精製)を行ってもよい。
【0048】
本発明の他の態様では、上記の形質転換体を用いてβ-ガラクトシダーゼを製造する。この態様の製造法ではまず、それに導入された遺伝子によってコードされるタンパク質が産生される条件下で上記の形質転換体を培養する(ステップ(i))。様々なベクター宿主系に関して形質転換体の培養条件が公知であり、当業者であれば適切な培養条件を容易に設定することができる。培養ステップに続き、産生されたタンパク質(即ち、β-ガラクトシダーゼ)を回収する(ステップ(ii))。回収及びその後の精製については、上記態様の場合と同様に行えばよい。
【0049】
β-ガラクトシダーゼの精製度は特に限定されない。最終的な形態は液体状であっても固体状(粉体状を含む)であってもよい。
【0050】
上記のようにして得られた精製酵素を、例えば凍結乾燥や真空乾燥或いはスプレードライなどにより粉末化して提供することも可能である。その際、精製酵素を予め酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液、トリス塩酸緩衝液やGOODの緩衝液に溶解させておいてもよい。好ましくは、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液を使用することができる。尚、ここでGOODの緩衝液としてはPIPES、MES又はMOPSが挙げられる。
【0051】
5.酵素剤
本酵素は例えば酵素剤の形態で提供される。本酵素剤は、有効成分(即ち、本酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。有効成分である本酵素の精製度は特に問わない。即ち、粗酵素であっても精製酵素であってもよい。賦形剤としては乳糖、ソルビトール、D-マンニトール、マルトデキストリン、白糖、食塩等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0052】
6.β-ガラクトシダーゼの用途
本発明の更なる局面は本酵素又は本酵素剤の用途を提供する。用途の例は、ガラクトオリゴ糖の製造、低乳糖牛乳の製造、或いは乳糖不耐症患者のための医薬やサプリメントの製造である。ガラクトオリゴ糖は、例えば腸内ビフィズス菌増殖因子として利用される。本酵素又は本酵素剤はガラクトオリゴ糖の製造において特に有用である。本酵素又は本酵素剤によれば、ラクトースを原料として、直鎖オリゴ糖に富む(即ち、分岐鎖オリゴ糖に比較して直鎖オリゴ糖の割合が多い)ガラクトオリゴ糖を製造することができる。ガラクトオリゴ糖を製造する場合には、例えば、予め加熱溶解させた30%~65%ラクトース液(pH 5.0)1 Lに75 U~5000 Uの本酵素を加え、30℃~75℃、15時間~50時間、反応させ、ガラクトオリゴ糖を生成させる。本酵素は至適温度が高いことから、処理温度(反応温度)を高く(例えば40℃~75℃、好ましくは50℃~75℃、更に好ましくは60℃~75℃、一層好ましくは65℃~75℃)設定できる。処理温度を上げることで基質の溶解度が増し、高濃度仕込みが可能となる。本酵素又は本酵素剤を用いてオリゴ糖を製造する際の原料(基質)はラクトースが好ましいが、これに限定されるものではない。β-1,3結合、β-1,4結合及びβ-1,6結合の中の少なくとも一つを有する、二糖、オリゴ糖又は多糖を原料として採用することが可能である。
【実施例】
【0053】
1.新規β-ガラクトシダーゼの取得
ガラクトオリゴ糖の製造に適したβ-ガラクトシダーゼの取得を目指し、広範な種類の微生物を対象にスクリーニングした。その結果、独立行政法人製品評価技術基盤機構による「アジア地域における生物遺伝資源の保全と持続可能な利用に関する共同事業」にて2013年10月にミャンマーのHeho空港近くで採取した土壌試料に含まれていたクリプトコッカス・テレストリスが有望な産生菌であることが判明した。そこで、当該菌株(クリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株)からβ-ガラクトシダーゼの精製を試みた。尚、クリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株はCryptococcus terrestris MM13-F2171の名称で2015年12月10日に独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE BP-02177が付与された。
【0054】
(1)ラクトース分解活性の測定方法
12% ラクトースを含む0.1 M酢酸緩衝液(pH 6.0) 5.0 mLを量り、40℃で10分間予温する。サンプル1 mLを添加し、40℃で10分間放置した後、1.5 M水酸化ナトリウム1.0 mLを加え、さらに、40℃で5分間放置し反応を停止する。この溶液を氷水槽中で冷やした後、1.5 M塩酸1.0 mLを添加し中和させた。この反応液100μlについてグルコスタット法(和光純薬工業 グルコースキット グルコースCII-テストワコー)を用いて反応液中のグルコース量を測定した。1分間当たり、1μmolに相当するグルコースを生成する酵素量を1Uとした。
【0055】
(2)精製操作と結果
液体培地(2.0% ラクトース、2.0% Yeast Extract、0.1% KH2PO4、0.05% MgSO4・7H2O、pH 5.0)でクリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株を30℃、4日間振とう培養(200 回転/分)した。培養後、遠心分離により上清を約3L回収し、限外ろ過膜(AIP-1013D 膜内径0.8mm(旭化成ケミカルズ株式会社))を用いて濃縮・脱塩処理を行った。脱塩処理の際には、20mM酢酸緩衝液pH6.0を用いた。
【0056】
この濃縮液を、20mM酢酸緩衝液pH6.0で平衡化した陰イオン交換カラムHiTrap DEAE FF(GEヘルスケアバイオサイエンス)に供した。吸着成分を1M NaClを含む20mM酢酸緩衝液pH6.0のグラジエントで溶出し、酵素活性を確認した。
【0057】
酵素活性が確認された画分を集めて、1.8M硫酸アンモニウムを含む20mM酢酸緩衝液pH6.0で透析を行った。
【0058】
得られた酵素活性画分を、1.8M硫酸アンモニウムを含む20mM酢酸緩衝液pH6.0で平衡化した疎水カラムHiTrap Phenyl HP(GEヘルスケアバイオサイエンス)に供した。吸着成分を20mM酢酸緩衝液pH6.0のグラジエントで溶出し、酵素活性を確認した。酵素活性が確認された画分を集めて、0.2M NaClを含む20mM酢酸緩衝液pH6.0で透析を行った。
【0059】
得られた酵素活性画分を、0.2M NaClを含む20mM酢酸緩衝液pH6.0で平衡化したゲルろ過カラムHiLoad Superdex 200 prep grade(GEヘルスケアバイオサイエンス)に供し、酵素活性を示す画分を回収した。HiLoad Superdex 200 prep gradeを用いたゲルろ過法で測定した結果、分子量は約266 kDaであった。SDS-PAGEの結果(下記)と併せて考察すると、2量体を形成していると思われる。
【0060】
次に、野生株酵素の分子量をSDS-PAGEで測定した。まず、野生株酵素を変性処理(変性バッファー中、沸騰水浴、10分間)した後、O型糖鎖除去処理(O-グリコシダーゼとノイラミニダーゼの同時処理)(O-Glycosidase & Neuraminidase Bundle、New England Biolabs社))及び/又はN型糖鎖除去処理(PNGase F(New England Biolabs社)による処理)に供した。処理条件は酵素に添付のプロトコールに従った。処理後、SDS-PAGEで分子量を測定した。SDS-PAGEの結果を
図1に示す。無処理の場合(レーン1)の分子量は120 kDa、O型糖鎖を除去した場合(レーン2)の分子量は106 kDa、N型糖鎖を除去した場合(レーン3)の分子量は104 kDa、O型糖鎖とN型糖鎖を除去した場合(レーン4)の分子量は104 kDa、であった。
【0061】
2.精製酵素の内部アミノ酸配列
精製酵素のアミノ酸配列を解析した結果、以下の配列が含まれていることが判明した。
GVQYVDYNSPT(配列番号9)
FLFGWATAAQQ(配列番号10)
QAYQIGIFAEPIYNT(配列番号11)
PSIWDWAS(配列番号12)
EEPPFAYVPE(配列番号13)
【0062】
3.遺伝子配列の決定
クリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株が産生するβ-ガラクトシダーゼをコードする遺伝子配列の同定を試みた。液体培地(2.0% ラクトース、2.0% Yeast Extract、0.1% KH2PO4、0.05% MgSO4・7H2O、pH 5.0)でクリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株を30℃、24時間振とう培養(200 回転/分)した。培養後、集菌した。RNeasy Mini Kit (QIAGEN) の酵母からのRNA抽出(機械による菌体破砕)のプロトコールに従って全RNAを調製した。得られた全RNAから、SMARTer RACE 5'/ 3' kit (TaKaRa)を用いてcDNAを合成し、5'及び3'RACE PCRを実施した。5'RACE用GSPプライマーにはGATTACGCCAAGCTTgcaaagatcccgatctggtacgcctg(配列番号14)、3'RACE用GSPプライマーにはGATTACGCCAAGCTTttcctgtttggctgggcgaccgcc(配列番号15)を用いた。得られたRACE PCR産物の塩基配列を解析し、全長cDNA配列(配列番号5)を決定した。なお、全長cDNA配列によってコードされる推定アミノ酸配列を配列番号1に示す。
【0063】
更なる検討の結果、クリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株が産生するβ-ガラクトシダーゼをコードするゲノムDNA配列(配列番号16)の決定に成功した。
【0064】
4.精製酵素の性質の検討
(1)至適pHとpH安定性
ラクトース分解活性を指標として、精製酵素の至適pHとpH安定性を検討した。至適pH検討には、pH2~3のpH域では0.1Mグリシン緩衝液、pH3~6のpH域では0.1Mクエン酸緩衝液、pH5~6のpH域では0.1M酢酸緩衝液、pH7~8のpH域では0.1Mリン酸緩衝、pH9~10のpH域では0.1M炭酸ナトリウム緩衝液を使用した。測定結果を
図2に示す。精製酵素の至適pHは4~5であった。
【0065】
各pHの緩衝液(上記緩衝液を使用)中、40℃で30分間加温した後、残存活性を測定することにより、pH安定性を検討した。結果を
図3に示す。精製酵素はpH2~8のpH域で安定した活性を示した。
【0066】
(2)至適温度と温度安定性
至適温度を検討するため、酢酸緩衝液(pH6.0)を用い、各温度でのラクトース分解活性を測定した。結果を
図4に示す。至適温度は70℃であった。温度安定性を検討するため、酢酸緩衝液(pH6.0)中、各温度で30分間加熱後、ラクトース分解活性を測定した。結果を
図5に示す。30℃~60℃で安定であり、活性は80%以上保持されていた。
【0067】
5.オリゴ糖生成能の検討1
(1)方法
精製酵素のオリゴ糖生成能を検討した。反応温度に予温した53%ラクトース溶液に野生株酵素をラクトース1gあたり1U添加し、各温度で24時間反応させた。HPLCで分析し(以下の条件)、反応後の溶液に含まれる糖の組成を調べた。尚、糖組成の測定結果から、転移活性を評価することができる。
【0068】
精製酵素(野生株酵素)におけるガラクトオリゴ糖(GOS)生成量が約50%となったときのGOSの重合度と3糖の分岐度を調べた。上記の条件に準じて実施し、精製酵素(Cryptococcus terrestris)においてGOS生成量が約50%となる条件として65℃で24時間反応させた。比較のために、既知のβ-ガラクトシダーゼ産生菌Cryptococcus laurentii(特公平6-2057号公報)及びSporobolomyces singularis(特開平3-216185号公報)のオリゴ糖生成能も測定した。Cryptococcus laurentii由来の酵素とSporobolomyces singularis由来の酵素においてもGOS生成量が約50%となるように反応させた。
【0069】
<重合度の測定>
使用カラム:MCITMGEL CK04S(三菱化学)
溶出液:H2O
流速:0.4 ml/分
検出器:RI
カラム温度:80℃
【0070】
<分岐度の測定>
使用カラム:Shodex(登録商標) Asahipak NH2P-40 3E(昭和電工株式会社)
溶出液:MeCN:H2O=75:25 (vol:vol)
流速:0.35 ml/分
検出器:RI
カラム温度:25℃
【0071】
(2)結果
測定結果から、反応温度毎、反応液に含まれる糖(全糖)に占めるガラクトオリゴ糖(GOS)の割合(%)とGOS中の重合度の比率(%)を算出した(
図6)。精製酵素(野生株酵素)はGOS生成能に優れることがわかる。また、高温条件下で高い転移活性を示し、オリゴ糖の製造に有用といえる。
【0072】
測定結果から、GOS中の重合度の比率(%)を算出した。精製酵素(野生株酵素)を使用した場合の重合度の結果(代表的な結果)を
図7上段に示す。野生株酵素(Cryptococcus terrestris)はGOS生成能に優れ、特に3糖以上のオリゴ糖を効率的に生成することがわかる。
【0073】
測定結果から、生成した3糖中の直鎖オリゴ糖及び分岐鎖オリゴ糖の割合(%)を算出し、分岐鎖の比率(分岐度)を各酵素で比較した。精製酵素(野生株酵素)を使用した場合の分岐度の結果を
図7下段に示す。野生株酵素(Cryptococcus terrestris)は主として直鎖オリゴ糖を生成することがわかる。即ち、β-1,4グリコシド結合特異的な転移活性を有し、特にβ-1,6グリコシド結合を形成するようには糖転移し難いことが明らかとなった。
【0074】
6.変異株が産生するβ-ガラクトシダーゼの取得、アミノ酸配列の同定、分子量の測定
クリプトコッカス・テレストリスMM13-F2171株から、UV処理による変異によって2種類の変異株(M2株とM6株)を得た。これら変異株の産生するβ-ガラクトシダーゼを上記1.(2)と同様の手順で精製した。M2株とM6株はいずれも変異株酵素1~3の産生能を有するが、M2株は変異株酵素1の産生能が特に高く、M6株は変異株酵素2及び変異株酵素3の産生能が特に高い。尚、クリプトコッカス・テレストリスM2株は、Cryptococcus terrestris APC-6431の名称で2015年12月10日に独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE BP-02178が付与された。
【0075】
得られた精製酵素、即ち、変異株M2由来の酵素(変異株酵素1)、変異株M6由来の2種類の酵素(変異株酵素2、変異株酵素3)のアミノ酸配列を決定した。まず、プロテインシークエンサー(PPSQ-31A 島津製作所)を用い、変異株酵素1~3のN末端アミノ酸配列を決定した。次に、野生株酵素のcDNA配列(配列番号5)の中から各変異株酵素のN末端アミノ酸配列に対応する塩基配列を見つけ出し、各変異株酵素をコードするcDNA配列を特定した。変異株酵素1のアミノ酸配列(配列番号2)は野生株酵素のcDNA配列(配列番号5)から推定した全長アミノ酸配列(配列番号1)のN末端側130アミノ酸残基が欠損したものに相当する。同様に、変異株酵素2のアミノ酸配列(配列番号3)は全長アミノ酸配列(配列番号1)のN末端側136アミノ酸残基が欠損したものに相当、変異株酵素3のアミノ酸配列(配列番号4)は、全長アミノ酸配列(配列番号1)のN末端側141アミノ酸残基が欠損したものに相当する。
【0076】
次に、各変異株酵素の分子量をSDS-PAGEで測定した。糖鎖処理の操作・条件は上記1.(2)に準じた。SDS-PAGEの結果を
図8に示す。無処理の場合、N型糖鎖を除去した場合、O型糖鎖を除去した場合、O型糖鎖とN型糖鎖を除去した場合の各変異株酵素の分子量は以下の通りであった。尚、SDS-PAGEの結果から、M2株は、変異株酵素1の他、変異株酵素2と変異株酵素3も産生していることが確認できる。
<無処理の場合>
変異株酵素1(レーン1、5):71 kDa
変異株酵素2(レーン1、5):66 kDa
変異株酵素3(レーン1、5):66 kDa
<O型糖鎖を除去した場合>
変異株酵素1(レーン2、6):65 kDa
変異株酵素2(レーン2、6):63 kDa
変異株酵素3(レーン2、6):62 kDa
<N型糖鎖を除去した場合>
変異株酵素1(レーン3、7):64 kDa
変異株酵素2(レーン3、7):61 kDa
変異株酵素3(レーン3、7):61 kDa
<O型糖鎖とN型糖鎖を除去した場合>
変異株酵素1(レーン4、8):64 kDa
変異株酵素2(レーン4、8):61 kDa
変異株酵素3(レーン4、8):61 kDa
【0077】
7.オリゴ糖生成能の検討2
(1)方法
ラクトース溶液にM2株由来の精製酵素(変異株酵素1)又はM6株由来の精製酵素(変異株酵素3)を添加して反応させ、反応後の溶液に含まれる糖の重合度及び分岐度を調べた。反応条件、重合度及び分岐度の測定は上記5.に準じた。
【0078】
(2)結果
測定結果から、反応温度毎、反応液に含まれる糖(全糖)に占めるGOSの割合(%)とGOS中の重合度の比率(%)を算出した(
図9)。精製酵素(変異株酵素)はGOS生成能に優れることがわかる。また、高温条件下で高い転移活性を示し、オリゴ糖の製造に有用といえる。また、野生株酵素と変異株酵素のGOS生成能に差がないことがわかる。
【0079】
測定結果から、GOS中の重合度の比率(%)を算出した。M2株由来の精製酵素(変異株酵素1)、M6株由来の精製酵素(変異株酵素3)を使用した場合の結果(代表的な結果)を
図10上段に示す。変異株酵素はGOS生成能に優れ、特に3糖以上のオリゴ糖を効率的に生成することがわかる。また、野生株酵素と変異株酵素のGOS生成能に差がないことがわかる。
【0080】
測定結果から、生成した3糖中の直鎖オリゴ糖及び分岐鎖オリゴ糖の割合(%)を算出し、分岐鎖の比率(分岐度)を各酵素で比較した(
図10下段)。変異株酵素(Cryptococcus terrestris)は主として直鎖オリゴ糖を生成することがわかる。即ち、β-1,4グリコシド結合特異的な転移活性を有し、特にβ-1,6グリコシド結合を形成するようには糖転移し難いことが明らかとなった。また、野生株酵素と各変異株酵素が同等のGOS生成能を示し、β-ガラクトシダーゼとしての特性上、これらの酵素の間に実質的な差がないことが確認された。変異株酵素2は、変異株酵素1よりもN末端側が6アミノ酸残基短く、変異株酵素3よりもN末端側が5アミノ酸残基長い酵素である。N末端領域のアミノ酸配列が酵素の特性に影響していないことは上記結果から明らかであるため、変異株酵素2も変異株酵素1、3と同等の特性を有していると推察される。
【0081】
8.変異株酵素1及び変異株酵素3の性質の検討
精製酵素(上記6.を参照)を用い、変異株酵素1及び変異株酵素3の性質を確認した。実験方法は野生株酵素の場合(上記4.を参照)と同様とした。
(1)至適pHとpH安定性
至適pHに関する測定結果を
図11(変異株酵素1)と
図12(変異株酵素3)に示す。変異株酵素1及び変異株酵素3の至適pHはいずれも4~5であった。一方、pH安定性に関する測定結果を
図13(変異株酵素1)と
図14(変異株酵素3)に示す。変異株酵素1及び変異株酵素3はいずれもpH2~9のpH域で安定した活性を示した。
【0082】
(2)至適温度と温度安定性
至適温度に関する測定結果を
図15(変異株酵素1)と
図16(変異株酵素3)に示す。変異株酵素1及び変異株酵素3の至適温度はいずれも70℃であった。一方、温度安定性に関する測定結果を
図17(変異株酵素1)と
図18(変異株酵素3)に示す。変異株酵素1及び変異株酵素3はいずれも30℃~65℃で安定であり、活性は80%以上保持されていた。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は特にオリゴ糖の製造に有用な新規β-ガラクトシダーゼを提供する。本発明のβ-ガラクトシダーゼは、例えば、直鎖オリゴ糖の含有率が高いガラクトオリゴ糖を製造する目的に有用である。
【0084】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表】