(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-10
(45)【発行日】2022-08-19
(54)【発明の名称】摩擦攪拌接合装置および摩擦攪拌接合方法
(51)【国際特許分類】
B23K 20/12 20060101AFI20220812BHJP
【FI】
B23K20/12 346
B23K20/12 344
B23K20/12 360
B23K20/12 310
(21)【出願番号】P 2019030173
(22)【出願日】2019-02-22
【審査請求日】2021-12-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 豪生
(72)【発明者】
【氏名】吉田 友祐
(72)【発明者】
【氏名】上向 賢一
【審査官】黒石 孝志
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-128177(JP,A)
【文献】特開2013-202629(JP,A)
【文献】特開2007-203326(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第1864747(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一被接合物に対して第二被接合物を立設するように突き合わせた突合せ部の摩擦攪拌接合に用いられ、
前記突合せ部における前記第二被接合物の両側にそれぞれ位置する一対の内隅部のうち、一方の前記内隅部に挿入可能な回転工具と、
他方の前記内隅部を押圧する内隅押圧部と、
前記回転工具および前記内隅押圧部を前記突合せ部の延伸方向に沿って移動させる移動機構と、
を備え、
前記内隅押圧部は、前記移動機構により移動している状態で、転動しながら前記内隅部を押圧する押圧ローラを含むことを特徴とする、
摩擦攪拌接合装置。
【請求項2】
前記回転工具の外周側に位置し、当該回転工具が前記内隅部に挿入されている状態で当該内隅部に当接する固定ショルダをさらに備えていることを特徴とする、
請求項1に記載の摩擦攪拌接合装置。
【請求項3】
前記内隅押圧部における前記押圧ローラの外周面を前記内隅部の踏面としたときに、
前記押圧ローラが前記内隅部に当接した状態では、
第一被接合物および前記第二被接合物の接合によるフィレット部(隅肉部)に前記踏面が当接するか、または、前記踏面と前記内隅部との間に前記フィレット部に対応する空間が形成されることを特徴とする、
請求項1または2に記載の摩擦攪拌接合装置。
【請求項4】
前記押圧ローラの前記踏面の両側には、当該踏面から内周側に向かって形成される一対の傾斜面が形成され、
前記突合せ部における前記第一被接合物の表面を基準面とし、立設する前記第二被接合物の両面を前記基準面に対する立設面としたときに、
前記押圧ローラが前記内隅部に当接した状態では、それぞれの前記傾斜面が前記基準面と一方の前記立設面とに当接するように、当該傾斜面の傾斜角が設定されていることを特徴とする、
請求項3に記載の摩擦攪拌接合装置。
【請求項5】
前記内隅押圧部は、前記押圧ローラを転動可能に支持するローラ支持部を備えており、
当該ローラ支持部は、転動軸方向に沿って前記押圧ローラを遊び移動可能な状態で支持していることを特徴とする、
請求項1から4のいずれか1項に記載の摩擦攪拌接合装置。
【請求項6】
前記押圧ローラの押圧位置は、前記第二被接合物を介して前記回転工具の挿入位置の反対側に対応する位置であるか、または、
前記移動機構による移動方向の後方側にずれた位置であることを特徴とする、
請求項1から5のいずれか1項に記載の摩擦攪拌接合装置。
【請求項7】
第一被接合物に対して第二被接合物を立設するように突き合わせた突合せ部の摩擦攪拌接合に用いられ、
前記突合せ部における前記第二被接合物の両側にそれぞれ位置する一対の内隅部のうち、一方の前記内隅部に回転工具を挿入して、前記突合せ部の延伸方向に沿って移動させるとともに、
他方の前記内隅部を内隅押圧部により押圧しながら、前記回転工具とともに前記突合せ部の延伸方向に沿って移動させ、
前記内隅押圧部における前記内隅部の押圧部材として、移動により転動しながら当該内隅部を押圧する押圧ローラを用いることを特徴とする、
摩擦攪拌接合方法。
【請求項8】
少なくとも前記回転工具と一方の前記内隅部との間には、前記突合せ部の延伸方向に沿って線状部材が配置され、
前記回転工具は、線状部材を軟化させて前記突合せ部に押し込むことにより、前記突合せ部にフィレット部(隅肉部)を形成することを特徴とする、
請求項7に記載の摩擦攪拌接合方法。
【請求項9】
前記第二被接合物における突き合わせ側の縁部には、予めフィレット部(隅肉部)が形成されていることを特徴とする、
請求項7に記載の摩擦攪拌接合方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、第一被接合物に対して第二被接合物を立設するように突き合わせたT字状構造を接合することが可能な摩擦攪拌接合装置および摩擦攪拌接合方法に関する。
【背景技術】
【0002】
摩擦攪拌接合(FSW,Friction Stir Welding)は、金属等で構成される被接合物同士を接合する方法の一つであり、接合位置に回転工具を挿入して摩擦熱により金属等を塑性流動させることにより、これら被接合物を接合する。被接合物同士の接合構造としてはさまざまな種類が存在するが、例えば、任意の被接合物に対して他の被接合物を立設させたT字状構造(T継手)の接合にも摩擦攪拌接合が用いられる。T字状構造の接合では、被接合物同士の突合せ部において、立設する被接合物の「根元」部分となる内隅部を摩擦攪拌接合することになる。
【0003】
摩擦攪拌接合によるT字状構造の接合技術としては、例えば、特許文献1に開示される摩擦攪拌接合装置が知られている。この摩擦攪拌接合装置は、一対の内隅部にそれぞれ当接する固定ショルダと、これら固定ショルダにそれぞれ設けられ、立設部材(立設する被接合物)を挟んでその両側に対向して配置される一対の摩擦攪拌接合用工具と、固定ショルダおよび摩擦攪拌接合用工具を突合せ部に沿って相対移動させる移動機構を備えている。固定ショルダは立設部材を挟んで摩擦攪拌接合用工具に互いに対向する位置にあるが、一対の摩擦攪拌接合用工具の攪拌軸は、その相対移動方向にずらされた位置にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示される摩擦攪拌接合装置では、立設部材の両方から摩擦攪拌接合を行うために一対の回転工具を備えている。それゆえ、それぞれの回転工具を駆動制御する必要があるため、装置構成が複雑化するとともに高コスト化を招くことになる。
【0006】
また、特許文献1では、一方の固定ショルダは、他方の固定ショルダに設けられる摩擦攪拌接合用工具から見れば、内隅部の一方を突合せ部に沿って移動しながら押圧する押圧部材として機能する。このように、摩擦攪拌接合用工具を移動させながら内隅部の一方を接合し、内隅部の他方を移動型の押圧部材で押圧する構成では、被接合物の内隅部に変形が生じることが明らかとなった。
【0007】
具体的には、押圧部材は移動しながら内隅部を押圧することになるため、摩擦攪拌接合により軟化した被接合物の一部が押圧部材の押圧面に凝着しやすくなる。このように被接合物が押圧部材に凝着すると、内隅部の表面(押圧部材による被押圧面)には、かじり、むしれ、ささくれ等の変形(あるいは傷)が生じてしまう。
【0008】
そこで、移動型の押圧部材ではなく、突合せ部に沿って内隅部全体を押圧するような固定型の押圧部材を用いることが想定される。しかしながら、内隅部全体を十分に押圧するためには、押圧部材そのものが長尺化するとともに重量も増大する。さらに、このような固定型の押圧部材を、接合時に位置ずれしないようにするためには、当該押圧部材の両端のみで固定せざるを得ない。そのため、押圧部材が長尺になる(突合せ部が長くなる)ほど固定手段も大掛かりなものとなる。このような理由から、固定型の押圧部材を用いると摩擦攪拌接合装置そのものが大型化してしまう。
【0009】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、被接合物同士の突合せ部を摩擦攪拌接合する際に、装置構成の複雑化、大型化、またはコスト上昇等を抑制できるとともに、突合せ部の内隅部における変形等も有効に回避することが可能な、摩擦攪拌接合装置および摩擦攪拌接合方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る摩擦攪拌接合装置は、前記の課題を解決するために、第一被接合物に対して第二被接合物を立設するように突き合わせた突合せ部の摩擦攪拌接合に用いられ、前記突合せ部における前記第二被接合物の両側にそれぞれ位置する一対の内隅部のうち、一方の前記内隅部に挿入可能な回転工具と、他方の前記内隅部を押圧する内隅押圧部と、前記回転工具および前記内隅押圧部を前記突合せ部の延伸方向に沿って移動させる移動機構と、を備え、前記内隅押圧部は、前記移動機構により移動している状態で、転動しながら前記内隅部を押圧する押圧ローラを含む構成である。
【0011】
前記構成によれば、第一被接合物および第二被接合物の突合せ部における内隅部の一方に回転工具を挿入して、当該突合せ部に沿って回転工具を移動させることにより、突合せ部を摩擦攪拌接合する際に、内隅部の他方を転動する押圧ローラにより押圧することになる。これにより、摩擦攪拌接合により軟化した被接合物の一部が押圧ローラに付着することが有効に抑制または回避されるため、内隅部における変形等を有効に回避することができる。
【0012】
しかも、前記構成によれば、一対の内隅部のうち一方を1つの回転工具で摩擦攪拌接合し、他方を押圧ローラで押圧するだけでよい。そのため、2つの回転工具を対向させて用いたり、大型で非常に重い固定型の押圧部材を用いたりする必要がなく、装置構成の複雑化、大型化、またはコスト上昇等を有効に抑制することができる。
【0013】
前記構成の摩擦攪拌接合装置においては、前記回転工具の外周側に位置し、当該回転工具が前記内隅部に挿入されている状態で当該内隅部に当接する固定ショルダをさらに備えている構成であってもよい。
【0014】
また、前記構成の摩擦攪拌接合装置においては、前記内隅押圧部における前記押圧ローラの外周面を前記内隅部の踏面としたときに、前記押圧ローラが前記内隅部に当接した状態では、第一被接合物および前記第二被接合物の接合によるフィレット部(隅肉部)に前記踏面が当接するか、または、前記踏面と前記内隅部との間に前記フィレット部に対応する空間が形成される構成であってもよい。
【0015】
また、前記構成の摩擦攪拌接合装置においては、前記押圧ローラの前記踏面の両側には、当該踏面から内周側に向かって形成される一対の傾斜面が形成され、前記突合せ部における前記第一被接合物の表面を基準面とし、立設する前記第二被接合物の両面を前記基準面に対する立設面としたときに、前記押圧ローラが前記内隅部に当接した状態では、それぞれの前記傾斜面が前記基準面と一方の前記立設面とに当接するように、当該傾斜面の傾斜角が設定されている構成であってもよい。
【0016】
また、前記構成の摩擦攪拌接合装置においては、前記内隅押圧部は、前記押圧ローラを転動可能に支持するローラ支持部を備えており、当該ローラ支持部は、転動軸方向に沿って前記押圧ローラを遊び移動可能な状態で支持している構成であってもよい。
【0017】
また、前記構成の摩擦攪拌接合装置においては、前記押圧ローラの押圧位置は、前記第二被接合物を介して前記回転工具の挿入位置の反対側に対応する位置であるか、または、前記移動機構による移動方向の後方側にずれた位置である構成であってもよい。
【0018】
本発明に係る摩擦攪拌接合方法は、前記の課題を解決するために、第一被接合物に対して第二被接合物を立設するように突き合わせた突合せ部の摩擦攪拌接合に用いられ、前記突合せ部における前記第二被接合物の両側にそれぞれ位置する一対の内隅部のうち、一方の前記内隅部に回転工具を挿入して、前記突合せ部の延伸方向に沿って移動させるとともに、他方の前記内隅部を内隅押圧部により押圧しながら、前記回転工具とともに前記突合せ部の延伸方向に沿って移動させ、前記内隅押圧部における前記内隅部の押圧部材として、移動により転動しながら当該内隅部を押圧する押圧ローラを用いる構成である。
【0019】
前記構成の摩擦攪拌接合方法においては、少なくとも前記回転工具と一方の前記内隅部との間には、前記突合せ部の延伸方向に沿って線状部材が配置され、前記回転工具は、線状部材を軟化させて前記突合せ部に押し込むことにより、前記突合せ部にフィレット部(隅肉部)を形成する構成であってもよい。
【0020】
また、前記構成の摩擦攪拌接合方法においては、前記第二被接合物における突き合わせ側の縁部には、予めフィレット部(隅肉部)が形成されている構成であってもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明では、以上の構成により、被接合物同士の突合せ部を摩擦攪拌接合する際に、装置構成の複雑化、大型化、またはコスト上昇等を抑制できるとともに、突合せ部の内隅部における変形等も有効に回避することが可能な、摩擦攪拌接合装置および摩擦攪拌接合方法を提供する、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の実施の形態1に係る摩擦攪拌接合装置の構成例を示す模式図である。
【
図2】(A)は、
図1に示す摩擦攪拌装置が備える回転工具の構成例を示す模式図であり、(B)は、(A)に示す回転工具が突合せ部の内隅部に当接した状態の一例を示す模式図である。
【
図3】(A)は、
図1に示す摩擦攪拌接合装置が備える内隅押圧部の押圧ローラの構成例を示す側面図および平面図の対比図であり、(B)は、(A)に示す押圧ローラが突合せ部の内隅部に当接した状態の一例を示す模式図である。
【
図4】(A),(B)は、回転工具が一方の内隅部に挿入し、押圧ローラが他方の内隅部を押圧している状態の位置関係を説明する模式図である。
【
図5】(A)~(C)は、
図1に示す摩擦攪拌接合装置により突合せ部を摩擦攪拌接合してT字状構造物を製造する方法について、代表的な工程の一例を模式的に示す工程図である。
【
図6】(A)~(C)は、
図5(A)~(C)に示すT字状構造物を製造する工程に続く工程を模式的に示す工程図である。
【
図7】(A)~(C)は、
図5(A)~(C)および
図6(A)~(C)に示すT字状構造物を製造する方法において、線状部材を用いる場合の構成例を示す模式図である。
【
図8】
図1に示す摩擦攪拌接合装置に用いられる他の内隅押圧部の構成例を示す側面図の対比図である。
【
図9】本発明の実施の形態2に係る摩擦攪拌接合装置の構成例を示す模式図である。
【
図10】(A),(B)は、本発明の実施の形態3に係る摩擦攪拌接合装置の構成例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の代表的な実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
【0024】
(実施の形態1)
まず、本開示に係る摩擦攪拌接合装置の構成の代表的な一例について、
図1~
図4(B)を参照して具体的に説明する。
【0025】
[摩擦攪拌接合装置の構成]
図1に示すように、本実施の形態1に係る摩擦攪拌接合装置10Aは、第一被接合物31に対して第二被接合物32が立設するように突き合わせた突合せ部33の摩擦攪拌接合に用いられるものであり、回転工具11、固定ショルダ12、回転工具駆動部13、内隅押圧部20、フレーム14、フレーム移動機構15、裏当て部16、制御部17を備えている。
【0026】
回転工具11は、
図2(A)に示すように、先端に攪拌ピン11aを有しており、回転工具駆動部13によって回転工具11が進退移動されるとともに攪拌ピン11aが回転駆動される。回転工具11の攪拌ピン11aが回転して被接合物同士の被接合部位に挿入されて摩擦攪拌が行われ、被接合物同士が接合される。固定ショルダ12は、
図2(A)に示すように、回転工具11の外周側に位置し、当該回転工具11が被接合物に挿入されている状態で当該被接合物の表面に当接する。固定ショルダ12における回転ピン11aの周囲には、傾斜ショルダ面12aが形成されている。
【0027】
本開示においては、例えば水平に配置された第一被接合物31の表面に対して第二被接合物32が立設し、これら被接合物31,32の突合せ部33を回転工具11により摩擦攪拌接合する。突合せ部33における第二被接合物32の両側には、それぞれ内隅部33a,33bが位置する。回転工具11は、この一対の内隅部33a,33bの一方に挿入されて摩擦攪拌接合を行う。内隅押圧部20は、一対の内隅部33a,33bのうち他方すなわち回転工具11で摩擦攪拌されていない側の内隅部を押圧する。
【0028】
なお、説明の便宜上、
図1では右側となる一方の内隅部33aを第一内隅部33aと称し、
図1では左側となる他方の内隅部33bを第二内隅部33bと称する。
図1に示す例では、一対の内隅部33a,33bのうち第一内隅部33aが回転工具11により摩擦攪拌される側(接合側)となり、第二内隅部33bが内隅押圧部20で押圧される側(押圧側)となる。しかしながら、内隅部33a,33bのいずれが接合側または押圧側となるのかについては相対的なものであり、最終的には、後述するように第一内隅部33aおよび第二内隅部33bの双方が摩擦攪拌されることになる。
【0029】
また、
図2(B)に示すように、第一被接合物31の表面を基準面31aとし、立設する第二被接合物32の両面を基準面31aに対する立設面32a,32bとする。さらに、立設面32a,32bのうち第一内隅部33a側を第一立設面32aとし、第二内隅部33b側を第二立設面32bとする。
図2(B)では、第一内隅部33aを回転工具11により摩擦攪拌している状態を示しており、固定ショルダ12の傾斜ショルダ面12aは、第一被接合物31の基準面31aと第二被接合物32の立設面32aとに当接している。
【0030】
図2(B)に示す例では、回転工具11の攪拌ピン11aが第一内隅部33aに挿入され、第一被接合物31および第二被接合物32を摩擦攪拌する。これにより、第一被接合物31の基準面31a側の材料と第二被接合物32の立設面32a側の材料とが摩擦攪拌され、塑性流動部33cが生じる。また、
図2(B)に示す例では、固定ショルダ12の傾斜ショルダ面12aは、一対の内隅部33a,33bのうち摩擦攪拌されている側の内面に当接する。
【0031】
回転工具11は、後述するように、第一内隅部33aの延伸方向に沿って移動しながら当該第一内隅部33aを摩擦攪拌する。このとき、第二被接合物32を介して反対側となる第二内隅部33bにおいては、第一内隅部33aのうち回転工具11により摩擦攪拌されている部位の反対側に対応する部位(反対部位)も、摩擦攪拌に伴って軟化する。そこで、この反対部位またはその近傍は内隅押圧部20により押圧される。また、第一内隅部33aにおいて回転工具11が挿入して摩擦攪拌している部位の周辺(周辺部位)も軟化しているが、この周辺部位は固定ショルダ12により押圧される。
【0032】
本実施の形態1では、回転工具11および内隅押圧部20は、例えばフレーム14により固定されている。フレーム14はフレーム移動機構15により突合せ部33の延伸方向、
図1では紙面に垂直な方向に沿って移動させる。それゆえ、フレーム移動機構15によりフレーム14に固定される回転工具11および固定ショルダ12、並びに、内隅押圧部20も突合せ部33の延伸方向に移動する。
【0033】
これにより、回転工具11は、第一内隅部33aを延伸方向に移動しながら摩擦攪拌接合する。また、内隅押圧部20は、第二内隅部33bを延伸方向に移動しながら押圧する。なお、回転工具11が第二内隅部33bを延伸方向に移動しながら摩擦攪拌接合する場合には、内隅押圧部20が、第一内隅部33aを延伸方向に移動しながら押圧する。
【0034】
第一被接合物31において第二被接合物32が突き合せられる面を「表面」とし、その反対側の面を「裏面」としたときに、裏当て部16は、被接合物31,32のうち第一被接合物31の裏面を支持する。なお、後述するように、第一被接合物31の表面を便宜上「基準面」と称する場合がある。制御部17は、回転工具駆動部13、フレーム移動機構15等を含む摩擦攪拌接合装置10A全体の動作を制御する。
【0035】
摩擦攪拌接合装置10Aの具体的な構成、すなわち、回転工具11、固定ショルダ12、回転工具駆動部13、フレーム14、フレーム移動機構15、裏当て部16、制御部17等の具体的な構成は特に限定されず、摩擦攪拌接合の分野で公知の構成を好適に用いることができる。
【0036】
また、被接合物31,32の具体的な構成も特に限定されない。
図1に示す例では、第一被接合物31は平板状であり、第二被接合物32は、平板状であるものの一方の側縁部(図中上側)がT字状に構成され、他方の側縁部すなわち第一被接合物31に突き合せられている側縁部にはフィレット部34が予め形成されているが、これに限定されない。例えば、第二被接合物32の両側縁部にはT字状構造(T継手)またはフィレット部34が形成されておらず、第一被接合物31と同様に平板状であってもよい。あるいは、被接合物31,32はそれぞれ湾曲してもよい。
【0037】
また、被接合物31,32の材質も特に限定されず、代表的には、公知の金属材料であればよい。具体的な金属の種類も特に限定されないが、アルミニウム、銅、チタン、マグネシウム、あるいはこれらの合金等を挙げることができる。また、金属材料以外の公知の材料であって摩擦攪拌接合が可能なものであってもよい。
【0038】
内隅押圧部20は、前記の通り、一対の内隅部33a,33bのうち摩擦攪拌されない側(
図1に示す例では、第二内隅部33b)を押圧するものであるが、本開示においては摩擦攪拌されない側の内隅部を押圧する押圧部材として、突合せ部33の延伸方向に移動している状態で当該内隅部を転動しながら押圧する押圧ローラ21を備えている。この押圧ローラ21は、転動可能となるようにローラ支持部22により支持されている。
【0039】
押圧ローラ21の具体的な構成は特に限定されず、少なくともその外周面で摩擦攪拌されない側の内隅部を転動しながら押圧できる構成であればよい。本実施の形態では、
図3(A)に示すように、押圧ローラ21の外周形状は、中央部が周縁部よりも突出している形状となっている。押圧ローラ21の外周面を踏面21aとすれば、この踏面21aの両側には、当該踏面21aから押圧ローラ21の内周側に向かって一対の傾斜面21b,21cが形成されている。押圧ローラ21がこのような傾斜面21b,21cを有することにより、押圧ローラ21の外周側は、内隅部33a,33bの形状に対応した立体形状を有することになる。
【0040】
説明の便宜上、傾斜面21b,21cの一方を第一傾斜面21bとし、他方を第二傾斜面21cとする。また、第二被接合物32における突き合わせ側の側縁部には、
図3(B)に示すように、フィレット部34(隅肉部)が形成されているとする。
【0041】
図3(B)に示すように、押圧ローラ21が第二内隅部33bに当接した状態では、踏面21aが第二内隅部33bのフィレット部34に当接し、第一傾斜面21bが第一被接合物31の基準面31aに当接し、第二傾斜面21cが第二被接合物32の第二立設面32bに当接する。
【0042】
したがって、一対の傾斜面21b,21cの傾斜角は、基準面31aとこの基準面31aにつながる第二立設面32b(または第一立設面32a)とにそれぞれの傾斜面21b,21cが当接するように設定されていればよい。代表的には、第二被接合物32は第一被接合物31の基準面31aに対して垂直に立設している例を挙げることができるので、この場合、傾斜面21b,21cの傾斜角は、押圧ローラ21の広がり方向を基準としてそれぞれ45°であればよい。これにより、第一傾斜面21bおよび第二傾斜面21cにより形成される角度が90°となる。
【0043】
このように、本実施の形態における押圧ローラ21の外周部は、内隅部33bの凹部立体形状に対応した凸部立体形状を有していることが好ましい。ただし、押圧ローラ21の具体的な形状はこれに限定されず、前記の通り、摩擦攪拌されない側の内隅部を押圧できる形状であればよい。より具体的には、例えば、押圧ローラ21が第二内隅部33b(または第一内隅部33a)に当接した状態では、フィレット部34(隅肉部)に踏面21aが当接する形状であればよく、傾斜面21b,21cは必ずしも形成されなくてもよい。
【0044】
また、傾斜面21b,21cの傾斜角は、踏面21aがフィレット部34に当接した状態では、前記の通り、基準面31aおよび第二立設面32b(または第一立設面32a)の双方に当接するような角度に設定されることが好ましいが、これに限定されない。例えば、一方の面のみ(基準面31aのみ、または、第二立設面32bもしくは第一立設面32aのみ)に当接するように、傾斜面21b,21cの傾斜角が設定されてもよい。あるいは、傾斜面21b,21cにより形成される角度が、基準面31aおよび第二立設面32b(または第一立設面32a)で形成される角度よりも少し小さくなるように、それぞれの傾斜角が設定されてもよい。
【0045】
図3(B)に示す例では、前記の通り、第二被接合物32の側縁部にはフィレット部34が形成されているため、押圧ローラ21の踏面21aがフィレット部34に当接する。しかしながら、第二被接合物32の側縁部にはフィレット部34が形成されていなくてもよい。この場合、押圧ローラ21が第二内隅部33bに当接した状態では、踏面21aと第二内隅部33b(または第一内隅部33a)との間にフィレット部34に対応する空間が形成されるので、その空間体積に相当する材料を外部から添加するか、または、その空間体積に相当する材料を第二被接合物32に予め付与していればよい。後述するように、回転工具11により第一内隅部33aが摩擦攪拌されると突合せ部33も軟化するため、この材料が塑性流動によりフィレット部34に対応する空間に流動し、これにより第二内隅部33bにフィレット部34を形成することができる。
【0046】
また、本実施の形態では、固定ショルダ12の形状も押圧ローラ21の外周部と同様に、第一内隅部33aの基準面31aと第二被接合物32の第一立設面32aに当接するような傾斜面を有してもよい。例えば、
図1では、固定ショルダ12の先端部は回転工具11が進退可能に設けられているが、当該先端部には、この回転工具11につながるように一対の傾斜面が設けられている。
【0047】
なお、
図3(A)に示すように、押圧ローラ21の中心部には、当該押圧ローラ21を転動可能にローラ支持部22で支持するための支持孔部21dが形成されている。この支持孔部21dには、ローラ支持部22が備える図示しない固定軸が挿入される。これにより、ローラ支持部22の固定軸を中心として押圧ローラ21が転動することになる。
【0048】
ここで、
図4(A)における左図に示すように、押圧ローラ21の押圧位置は、回転工具11の挿入位置に一致していることが好ましい。すなわち、押圧ローラ21による第二内隅部33bの押圧位置と、第一内隅部33aにおける回転工具11の挿入位置とは、第二被接合物32を介して互いに反対側となる位置に実質的に一致していればよい。これにより、回転工具11により軟化した材料を押圧ローラ21により好適に押圧することができる。
【0049】
しかしながら、押圧ローラ21の押圧位置は必ずしも回転工具11の挿入位置に一致していなくてもよい。例えば、
図4(A)における右図に示すように、押圧ローラ21の押圧位置は、回転工具11の挿入位置から見て、移動方向Mの後側にずれた位置(図中Dr)であってもよい。あるいは、
図4(B)に示すように、わずかに移動方向Mの前方にずれた位置(図中Df)であってもよい。
【0050】
押圧ローラ21は、回転工具11による摩擦攪拌に伴って軟化した材料を押圧することになる。そのため、諸条件にもよるが、移動方向Mの前側では、材料の軟化が発生し難いと考えられる。これに対して、軟化した材料は直ちに固化するわけではないため、移動方向Mの後側では、材料が軟化した状態が少しの間継続すると考えられる。それゆえ、移動方向Mの後側にずれた位置を押圧ローラ21で押圧しても、かじり等の変形を抑制しつつ良好な押圧が可能となる。
【0051】
なお、
図1に示すように、回転工具11も押圧ローラ21も内隅部33a,33bに対して傾斜した方向から当接(挿入または押圧)している。しかしながら、
図4(A)および
図4(B)では、挿入位置および押圧位置を説明する便宜上、立設する第二被接合物32に対して、押圧ローラ21および回転工具11が略垂直に当接しているように模式的に図示している。
【0052】
また、
図4(A)および
図4(B)では、回転工具11の回転軸は一点鎖線で図示しており、この回転軸が挿入位置の基準となる。押圧ローラ21の押圧位置は、破線で示しており、
図4(A)における左右の図は、挿入位置すなわち回転工具11の回転軸を一致させた状態で、押圧ローラ21の押圧位置を変えて図示している。また、回転工具11および押圧ローラ21の移動方向(突合せ部33の延伸方向に沿った方向)はブロック矢印Mで図示している。
【0053】
ここで、挿入位置に対する押圧位置の位置ずれの範囲は特に限定されず、突合せ部33を構成する被接合物31,32あるいは回転工具11、固定ショルダ12、押圧ローラ21の具体的な構成、移動速度または押圧力等の諸条件に応じて適宜設定することができる。代表的な一例としては、
図4(A)における後側のずれDrが10mm未満であればよく、
図4(B)における前側のずれDfが1mm未満であればよい。また、回転工具11の挿入位置すなわち回転軸の位置を基準位置として0mmとし、移動方向M側の位置(移動方向Mの前方の位置)を正の位置とし、移動方向Mの反対側の位置(移動方向Mの後方の位置)を負の位置とすれば、押圧ローラ21の押圧位置は、+1mm未満かつ-10mm未満の範囲内であればよい。
【0054】
[摩擦攪拌接合方法]
次に、前記構成の摩擦攪拌接合装置10Aを用いた、本開示に係る摩擦攪拌接合方法の代表的な一例について、
図5(A)~
図8(B)を参照して具体的に説明する。
【0055】
図5(A)に示すように、まず、裏当て部16の支持面に平板状の第一被接合物31を載置し、この第一被接合物31の表面(
図3(B)における基準面31a)に第二被接合物32を立設するように突き合わせる(図中ブロック矢印B参照)。また、回転工具11および固定ショルダ12を第一内隅部33aに対向させるとともに、内隅押圧部20を第二内隅部33bに対向させる。
【0056】
なお、
図5(A)に示す例では、第二被接合物32における突き合わせ側の側縁部(図中下側)には、フィレット部34が予め形成されている。フィレット部34の形成方法は特に限定されず、例えば、公知の成形型を用いた型成形を行えばよい。また、第二被接合物32における突き合わせ側とは反対側の周縁部(図中上側)は、予めT字状構造となっているが、前記の通り、これに限定されない。
【0057】
次に、
図5(B)に示すように、第一被接合物31および第二被接合物32の突合せ部33における一対の内隅部33a,33bのうち一方の第一内隅部33aに対して、回転工具11および固定ショルダ12を当接し、他方の第二内隅部33bに対して、内隅押圧部20の押圧ローラ21を当接する。このとき、
図3(B)に示すように、押圧ローラ21の踏面21aがフィレット部34の表面に当接するとともに、押圧ローラ21の第一傾斜面21bが第一被接合物31の基準面31aに当接し、第二傾斜面21cが第二被接合物32における第二立設面32bに当接する。
【0058】
その後、回転工具11が回転しながら第一内隅部33aに挿入されることにより、当該第一内隅部33aおよびその周辺の材料が摩擦攪拌接合される。このとき、第一内隅部33aにおいては、固定ショルダ12が第一内隅部33aを構成する第一被接合物31の基準面31aと第二被接合物32の第一立設面32aとに当接する。それゆえ、第一内隅部33a側で軟化した材料は固定ショルダ12により支持されるので、第一内隅部33aにおいては、フィレット部34の形状が維持された状態で、第二被接合物32が第一被接合物31に接合される。
【0059】
また、第一内隅部33aが摩擦攪拌されている状態では、第二内隅部33bは摩擦攪拌されていないものの、当該第二内隅部33bを構成する材料は軟化し得る。そのため、従来の移動型の押圧部で第二内隅部33bを押圧しながら延伸方向に移動させると、軟化した材料が従来の押圧部の押圧面に凝着しやすくなり、これに伴って、第二内隅部33bには、かじり、むしれ、ささくれ等の変形が生じてしまう。
【0060】
これ対して、本開示においては、前記の通り、内隅押圧部20が備える押圧ローラ21が第二内隅部33bに当接(押圧)している。これにより、押圧ローラ21は転動しながら第二内隅部33bを押圧するため、当該第二内隅部33b近傍の材料が軟化しても、当該材料が押圧ローラ21の踏面21a等に付着することが有効に抑制または回避される。その結果、第二内隅部33bの表面にかじり等の変形が生じることも有効に抑制または回避され、フィレット部34の形状が維持される。
【0061】
その後、第一内隅部33aの全体の摩擦攪拌接合が終了した状態では、
図5(C)に示すように、突合せ部33における第二被接合物32の第一内隅部33a側の材料は、第一被接合物31の表面に接合されているが、第二被接合物32の第二内隅部33aは未接合であるフィレット部34が第一被接合物31の表面に接した状態となっている。そこで、
図6(A)に示すように、回転工具11(および固定ショルダ12)と内隅押圧部20との位置を入れ換え、回転工具11および固定ショルダ12を第二内隅部33bに対向させるとともに、内隅押圧部20を第一内隅部33aに対向させる。
【0062】
次に、
図6(B)に示すように、第二内隅部33bに対して、回転工具11および固定ショルダ12を当接し、第一内隅部33aに対して、内隅押圧部20の押圧ローラ21を当接する。その後、回転工具11が回転しながら第二内隅部33bに挿入されることにより、当該第二内隅部33bおよびその周辺の材料が摩擦攪拌接合される。第二内隅部33b側で軟化した材料は固定ショルダ12により支持されるので、第二内隅部33bにおいてもフィレット部34の形状が維持される。
【0063】
また、第二内隅部33bが摩擦攪拌されている状態では、接合済みの第一内隅部33aを構成する材料も再び軟化し得る。この第一内隅部33aに対しては、内隅押圧部20が備える押圧ローラ21が転動しながら押圧する。そのため、当該第一内隅部33a近傍の材料が軟化しても、当該材料が押圧ローラ21の踏面21a等に付着することが有効に抑制または回避される。その結果、第一内隅部33aの表面にかじり等の変形が生じることも有効に抑制または回避される。
【0064】
その結果、
図6(C)に示すように、第一被接合物31に第二被接合物32が突き合わせられた突合せ部33が全体的に接合されて突合せ接合部35となり、T字状構造物30が製造される。この状態では、第一内隅部33aおよび第二内隅部33bのいずれもフィレット部34の形状が維持された状態で接合されているが、フィレット部34の表面にはかじり等の変形は実質的に生じていない。
【0065】
ここで、第二被接合物32における突き合わせ側の側縁部にフィレット部34が予め形成されていない場合には、例えば、フィレット部34に相当する材料を補い得る線状部材を用いればよい。このような線状部材は、前述した空間体積に相当する外部から添加される材料に相当する。この線状部材は、被接合物31,32と同一または同様の材料(もしくは、被接合物31,32と摩擦攪拌し得る材料)により構成され、突合せ部33の延伸方向に沿って内隅部33a,33bに配置できるような形状であれば、その具体的な構成は特に限定されない。
【0066】
例えば、
図7(A)に示すように、突合せ部33に沿って内隅部33a,33bの双方に線状部材41を配置し、この線状部材41とともに第二被接合物32および第一被接合物31を摩擦攪拌すればよい。
図7(A)に示す例では、線状部材41は、その横断面がフィレット部34と同形の略直角三角形状であり、直角部分が内隅部33a,33bに当接し、斜辺部分が回転工具11または内隅押圧部20に対向するように配置すればよい。
【0067】
また、
図7(B)に示すように、線状部材42は、内隅部33a,33bの双方に配置されている必要はなく、一方のみに配置されてもよい。
図7(B)に示す例では、線状部材42は、横断面が略円形であり、
図7(A)に示す線状部材41よりも太い(線幅が大きい)ものとなっている。線状部材42は、2本の線状部材41と同程度の重量を有していればよい。
【0068】
このような線状部材42とともに第二被接合物32および第一被接合物31を摩擦攪拌すれば、第一内隅部33aにおいては、摩擦攪拌により第二被接合物32および第一被接合物31が接合されるだけでなく、フィレット部34も形成される。また、摩擦攪拌により軟化した材料は、塑性流動により第二内隅部33b側に流動する。このとき、第二内隅部33bと押圧ローラ21との間には、フィレット部34に対応する空間が形成されているので、第二内隅部33bにもフィレット部34が形成される。
【0069】
第一内隅部33aの全体的な接合が終了した状態では、第二内隅部33bには、フィレット部34が形成されているものの、第二被接合物32および第一被接合物31の接合は完了していない。そこで、前記の通り、回転工具11および内隅押圧部20の位置を入れ換えて、第二内隅部33bを回転工具11により摩擦攪拌すればよい。これにより、第二内隅部33bにおいても、第二被接合物32および第一被接合物31の接合が完了するとともに、フィレット部34の表面にはかじり等の変形の発生が抑制され、良好な品質のT字状構造物30が製造される。
【0070】
なお、線状部材の具体的な形状は、横断面が三角形または円形等に限定されず、例えば、
図7(C)に示すような、横断面が矩形(略正方向)の線状部材43であってもよいし、その他の形状であってもよい。また、
図7(B)に示す構成では、内隅部33a,33bのいずれか一方にのみ追加される線状部材42は、その横断面が略円形であるが、このような2本分の重量を有する線状部材の横断面も特に限定されず、矩形等の他の形状であってもよい。
【0071】
また、
図7(A)または
図7(C)に示すような手法、すなわち、線状部材41または線状部材43を内隅部33a,33bの双方に配置して摩擦攪拌接合する手法は、後述する実施の形態3で説明するような内隅部33a,33bを同時に摩擦攪拌接合する場合(
図10(A),(B)参照)にも好適である。なお、この場合においても線状部材41,43の断面形状は特に限定されない。
【0072】
[変形例]
本実施の形態1に係る摩擦攪拌接合装置10Aでは、
図1に示すように、回転工具11は、固定ショルダ12から進退可能に設けられている構成であるが、本開示に係る摩擦攪拌接合装置はこれに限定されず、固定ショルダ12は備えていなくてもよい。また、内隅押圧部20の具体的な構成も特に限定されず、押圧ローラ21が転動可能に内隅部33a,33bに当接可能であれば、押圧ローラ21以外に他の構成を備えていてもよい。
【0073】
また、内隅押圧部20においては、押圧ローラ21を転動可能に支持するローラ支持部22は、押圧ローラ21の転動軸方向に沿って当該押圧ローラ21を遊び移動可能な状態で支持する構成であってもよい。具体的には、例えば、
図8に示すように、ローラ支持部22がローラ支持軸22aを備えていれば、押圧ローラ21の支持孔部21d(
図3(A)参照)にローラ支持軸22aを挿入することで、当該ローラ支持軸22aの軸中心を転動軸として押圧ローラ21を転動可能に支持することができる。このとき、ローラ支持軸22aの長さが、押圧ローラ21の厚さとほぼ同じであれば、押圧ローラ21は転動軸方向に遊び移動することはない。
【0074】
これに対して、
図8に示すように、ローラ支持軸22aの長さが押圧ローラ21の厚さより大きければ、図中双方向のブロック矢印Sに示すように、押圧ローラ21は、ローラ支持軸22aの延伸方向すなわち転動軸方向にずれるように移動することが可能となる。
図8では、上段の図は、押圧ローラ21の基準位置を示しており、中段の図は、基準位置から押圧ローラ21が図中右側にずれるように移動した状態を示しており、下段の図は、基準位置から図中左側にずれるように移動した状態を示している。また、上段、中段および下段の各図では、基準位置を一点鎖線で示しており、この基準位置が一致するように図示している。
【0075】
このように、内隅押圧部20において、押圧ローラ21がローラ支持軸22aの延伸方向(転動軸方向)にずれるように遊び移動可能に支持されていれば、押圧ローラ21を内隅部33a,33bのいずれかに当接させる際に、押圧ローラ21の踏面21aをフィレット部34の表面、または、フィレット部34に対応する空間を形成する位置に位置合わせさせやすくすることができる。これにより、フィレット部34の形状を精度良く形成することができるので、T字状構造物30の品質を良好なものとすることができる。
【0076】
また、
図5(A)~
図6(C)に示す例では、第二被接合物32における突き合わせ側の縁部には、予めフィレット部34に対応する形状を形成していたが、第二被接合物32の側縁部に形成される形状は、フィレット部34のような横断面が略三角形状の突起に限定されない。例えば、矩形状またはその他の形状の横断面を有する突起が側縁部に形成されてもよい。
【0077】
本実施の形態1に係る摩擦攪拌接合装置10Aまたは本実施の形態1に係る摩擦攪拌接合方法の適用分野は特に限定されず、T字状構造(T継手)を有する部材の製造の広く好適に用いることができる。特に、本開示に係る摩擦攪拌接合装置および摩擦攪拌接合方法は、航空機用の各種部材、例えば、航空機の機体製造に用いられる骨格部材であって、T字状構造(T継手)を有する部材に好適に用いることができる。
【0078】
例えば、航空機の胴体または翼等に用いられるスキン/ストリンガ構造において、ストリンガがスキンに立設した構造(T字状構造)であって、スキンとストリンガとの内隅部を摩擦攪拌接合により結合することを想定する。この場合、突合せ部に沿って内隅部全体を押圧するような固定型の押圧部材を用いると、押圧部材そのものが10mを超えるように長尺化(大型化)するとともに、十分な押圧を実現するためにその重量も増大する。さらに、このような固定型の押圧部材は、位置ずれを回避するためにその両端のみで適切に固定せざるを得ない。
【0079】
そこで、押圧部材の長尺化と重量増大を回避するために、従来の移動型の押圧部材を用いると、前述したように、軟化した材料の一部が押圧部材の押圧面に凝着しやすくなるため、内隅部の表面には、かじり等の変形が生じてしまう。航空機用の各種部材では、かじり等の変形(傷)は許容されない可能性が高い。また、許容されるとしても、変形(傷)はできるだけ少ないことが望ましい。
【0080】
本開示によれば、摩擦攪拌していない側の内隅部を押圧ローラにより押圧することになる。これにより、摩擦攪拌により軟化した被接合物の一部が押圧ローラに付着することが有効に抑制または回避されるため、内隅部における変形(傷)等の発生を有効に回避することができる。
【0081】
しかも、本開示によれば、一対の内隅部のうち一方を1つの回転工具で摩擦攪拌接合し、他方を押圧ローラで押圧するだけでよい。そのため、特許文献1に開示される摩擦攪拌接合装置のように、2つの回転工具を対向させて用いたり、大型で非常に重い固定型の押圧部材を用いたりする必要がなく、装置構成の複雑化、大型化、またはコスト上昇等を有効に抑制することができる。
【0082】
(実施の形態2)
前記実施の形態1に係る摩擦攪拌接合装置10Aは、
図1に示すように、回転工具11および内隅押圧部20がそれぞれフレーム14に取り付けられており、フレーム14をフレーム移動機構15により、被接合物31,32の長手方向(もしくは突合せ部33の延伸方向)に移動させる構成であったが、本開示はこれに限定されない。
【0083】
例えば、
図9に示すように、本実施の形態2に係る摩擦攪拌接合装置10Bは、フレーム14を備えていない。摩擦攪拌接合装置10Bにおいては、回転工具11は、回転工具駆動部13により進退移動および回転移動可能に構成されるとともに、回転工具移動機構18により長手方向に移動可能に構成されている。また、内隅押圧部20は、内隅押圧部移動機構23により突合せ部33の延伸方向に移動可能に構成されている。すなわち、本実施の形態2では、回転工具11(および固定ショルダ12)と、内隅押圧部20とは、それぞれ独立した移動機構によって延伸方向に移動可能に構成されている。
【0084】
このように、本開示に係る摩擦攪拌接合装置は、回転工具11および内隅押圧部20を突合せ部33の延伸方向に沿って移動させる移動機構を備えていればよく、この移動機構の具体的な構成は特に限定されない。それゆえ、前記実施の形態1に示すように、フレーム14のような、回転工具11および内隅押圧部20が取り付けられる工具取付部材を備え、この工具取付部材を延伸方向に移動させる構成であってもよいし、本実施の形態2に示すように、回転工具11を移動させる回転工具移動機構18と、内隅押圧部20を移動させる内隅押圧部移動機構23とを備える構成であってもよい。
【0085】
なお、回転工具移動機構18および内隅押圧部移動機構23は、いずれもフレーム移動機構15と同様に、制御部17により制御されるよう構成されていればよい。また、回転工具移動機構18および内隅押圧部移動機構23は、それぞれ独立して回転工具11および内隅押圧部20を移動させてもよいし、回転工具11および内隅押圧部20を同期させるように移動させてもよい。
【0086】
(実施の形態3)
前記実施の形態1に係る摩擦攪拌接合装置10Aまたは前記実施の形態2に係る摩擦攪拌接合装置10Bは、いずれも回転工具11および内隅押圧部20をそれぞれ1つずつ対向させて備える構成となっている。これに対して、本実施の形態3に係る摩擦攪拌接合装置は、対向する回転工具および内隅押圧部のセットを2つ備えている。
【0087】
図10(A)に示す摩擦攪拌接合装置10Cにおいては、移動方向M(ブロック矢印)の前側に、第一回転工具11Aが位置し、この第一回転工具11Aは、第二被接合物32における第一内隅部33aを摩擦攪拌する。第一回転工具11Aに対向する第一押圧ローラ21Aは、第二被接合物32を介して反対側の第二内隅部33bに当接(押圧)する。第二回転工具11Bは、第一押圧ローラ21Aから見て、移動方向Mの後側に位置し、第二内隅部33bを摩擦攪拌する。第二回転工具11Bに対向する第二押圧ローラ21Bは、第二被接合物32を介して反対側の第一内隅部33aに当接(押圧)する。
【0088】
したがって、第二被接合物32における第一内隅部33aの側には、移動方向Mの前側に第一回転工具11Aが位置し、その後側に第二押圧ローラ21Bが位置する。また、第二被接合物32における第二内隅部33bの側には、移動方向Mの前側に第一押圧ローラ21Aが位置し、その後側に第二回転工具11Bが位置する。
【0089】
なお、図示の便宜上、
図10(A),(B)では、内隅押圧部20の要部である押圧ローラ21A,21Bのみを図示している。また、
図10(A),(B)は、前記実施の形態1で説明した
図4(A),(B)と同様に、立設する第二被接合物32に対して、押圧ローラ21A,21Bおよび回転工具11A,11Bが略垂直に当接しているように模式的に図示している。
【0090】
第一回転工具11Aおよび第一押圧ローラ21A(第一内隅押圧部)のセットを、摩擦攪拌接合装置10Cにおける第一の工具セットとし、第二回転工具11Bおよび第二押圧ローラ21B(第二内隅押圧部)を、摩擦攪拌接合装置10Cにおける第二の工具セットとすれば、第一の工具セットが移動方向Mの前側に位置し、第二の工具セットが移動方向Mの後側に位置し、さらに、それぞれの工具セットにおいて、回転工具11A,11Bの位置と押圧ローラ21A,21Bの位置とが、互い違いになっている。
【0091】
前述した摩擦攪拌接合装置10A,10Bでは、回転工具11および押圧ローラ21(内隅押圧部20)の工具セットが1つであった。それゆえ、これらを用いた摩擦攪拌接合方法においては、
図5(C)~
図6(A)に示すように、一方の第一内隅部33aを摩擦攪拌接合してから回転工具11および押圧ローラ21の位置を入れ換え、他方の第二内隅部33bを摩擦攪拌接合することになる。すなわち、前記実施の形態1または2に係る摩擦攪拌接合方法では、突合せ部33全体を摩擦攪拌接合するために、当該突合せ部33の延伸方向に沿って工具セットを2回移動させる必要がある。
【0092】
これに対して、本実施の形態3に係る摩擦攪拌接合装置10Cでは、前記の通り、回転工具11および押圧ローラ21の位置が入れ違いになっている2つの工具セットを備えている。それゆえ、移動方向Mに移動させながら、回転工具11A,11Bにより内隅部33a,33bの双方を同時に摩擦攪拌接合することができる。その結果、工具セットを1回移動させるだけ、突合せ部33全体を摩擦攪拌接合することができる。
【0093】
また、回転工具11A,11Bのそれぞれに対して、押圧ローラ21A,21B(内隅押圧部)が対向するように設けられており、摩擦攪拌されない側の内隅部を押圧ローラ21A,21Bがそれぞれ押圧することになる。それゆえ、摩擦攪拌により軟化した材料の一部が押圧ローラ21A,21Bに付着することが有効に抑制または回避されるため、内隅部におけるかじり等の変形(傷)の発生を有効に回避することができる。
【0094】
図10(A)に示す摩擦攪拌接合装置10Cでは、
図4(A)における左図に示すように、押圧ローラ21A,21Bの押圧位置(図中破線)は、回転工具11A,11Bの挿入位置(図中一点鎖線)の反対側に実質的に一致する位置となっている。しかしながら、前記実施の形態1で説明したように、押圧ローラ21の押圧位置はこれに限定されず、
図10(B)に示すように、押圧ローラ21A,21Bの押圧位置は、回転工具11A,11Bの挿入位置から見て、移動方向Mの後方側にずれた位置(図中Dr)であってもよい。また、押圧ローラ21A,21Bの押圧位置における後側のずれDrの範囲も特に限定されず、前記実施の形態1で説明した範囲内を挙げることができる。もちろん押圧位置のずれは、
図4(B)に示すような前側のわずかなずれDfであってもよい。
【0095】
本実施の形態3に係る摩擦攪拌接合装置10Cにおいても、押圧ローラ21A,21Bのそれぞれの踏面と内隅部33a,33bとの間にフィレット部34に対応する空間が形成される場合には、
図7(A)または
図7(C)に示すように、その空間体積に相当する材料として、前述した線状部材42を内隅部33a,33bのそれぞれに配置すればよい。なお、
図7(B)に示すように線状部材42を内隅部33a,33bのうちの一方(例えば第一内隅部33a)に配置する場合であっても、内隅部33a,33bの双方を同時に摩擦攪拌接合することは可能である。
【0096】
なお、本発明は前記実施の形態の記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲内で種々の変更が可能であり、異なる実施の形態や複数の変形例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施の形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明は、T字状構造(T継手)を有する構造物を製造する分野に広く好適に用いることができ、特に、航空機用の各種部材であってT字状構造を有するものを製造する分野に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0098】
10A,10B,10C:摩擦攪拌接合装置
11:回転工具
11A:第一回転工具
11B:第二回転工具
12:固定ショルダ
13:回転工具駆動部
14:フレーム
15:フレーム移動機構(移動機構)
16:裏当て部
17:制御部
18:回転工具移動機構(移動機構)
20:内隅押圧部
21:押圧ローラ
21A:第一押圧ローラ
21B:第二押圧ローラ
21a:踏面
21b:第一傾斜面
21c:第二傾斜面
21d:支持孔部
22:ローラ支持部
22a:ローラ支持軸
23:内隅押圧部移動機構(移動機構)
30:T字状構造物
31:第一被接合物
31a:基準面(表面、接合面)
32:第二被接合物
32a:第一立設面
32b:第二立設面
33:突合せ部
33a:第一内隅部
33b:第二内隅部
34:フィレット部
35:突合せ接合部
41~43:線状部材