(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-15
(45)【発行日】2022-08-23
(54)【発明の名称】PGC-1α生合成促進剤および遅筋速筋化抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/744 20150101AFI20220816BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20220816BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220816BHJP
A61K 9/19 20060101ALI20220816BHJP
A23L 33/135 20160101ALN20220816BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20220816BHJP
A23L 2/38 20210101ALN20220816BHJP
A23L 2/52 20060101ALN20220816BHJP
【FI】
A61K35/744
A61P21/00
A61P43/00 111
A61K9/19
A23L33/135
C12N1/20 E
A23L2/38 C
A23L2/00 F
(21)【出願番号】P 2019517617
(86)(22)【出願日】2018-05-07
(86)【国際出願番号】 JP2018017661
(87)【国際公開番号】W WO2018207741
(87)【国際公開日】2018-11-15
【審査請求日】2021-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2017092263
(32)【優先日】2017-05-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年2月9日に、「http://manage.ocs-j.jp/cjpta/papers_search/papers_for_search_view.php?editid1=49011838」で公開された第52回日本理学療法学術大会の抄録集において発表
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-01362
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤野 英己
(72)【発明者】
【氏名】立垣 愛郎
【審査官】六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/021205(WO,A1)
【文献】FASEB Journal,2016年,Vol.30,No.Suppl.1,Abstract Number:729.4.
【文献】Advances in Exercise and Sports Physiology,2016年,Vol.22,No.4,p.87,B-1-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンテロコッカス・フェシウム
(Enterococcus faecium) R30株(NITE BP-01362)を有効成分として含むことを特徴とするPGC-1α生合成促進剤。
【請求項2】
上記R30株が死菌である請求項1に記載のPGC-1α生合成促進剤。
【請求項3】
経口投与するものである請求項1または2に記載のPGC-1α生合成促進剤。
【請求項4】
エンテロコッカス・フェシウム
(Enterococcus faecium) R30株(NITE BP-01362)を有効成分として含むことを特徴とする遅筋速筋化抑制剤。
【請求項5】
上記R30株が死菌である請求項4に記載の遅筋速筋化抑制剤。
【請求項6】
経口投与するものである請求項4または5に記載の遅筋速筋化抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エネルギー生産に関与するPGC-1αの生合成を促進したり、運動不足などによる遅筋速筋化を抑制することができる安全な薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
筋肉の衰えは、高齢者の自立した日常生活動作(ADL)を阻害するため、入院患者のリハビリテーション等で問題となっている。よって、運動不足による筋肉減少、加齢や疾患による筋肉減少(サルコペニア)や、寝たきり等で筋肉を長期間使わないことによる筋肉萎縮(廃用性筋萎縮)への対策が求められている。
【0003】
筋肉には大きく分けて、姿勢の維持や持久力などに使われる遅筋(タイプI筋線維)と瞬間的に大きな力を出す速筋(タイプII筋線維)の2種類がある。筋肉量や筋力向上が望まれるのはいずれのタイプの筋肉においても同様だが、特に日常生活の動作に主として使われる遅筋は、筋肉を使わない場合に速筋化して減少することが知られている。特に高齢者や運動に制限がある対象者の場合には、単に筋肉の総量を維持するだけでなく、遅筋の速筋化を抑制して筋肉の質を維持することが望まれている。これまでに、分岐鎖アミノ酸による腓腹筋の重量減少抑制(非特許文献1)、ヌクレオプロテインによる廃用性筋萎縮に伴う速筋化の予防(非特許文献2)、発酵茶高分子ポリフェノールによる速筋の遅筋化(特許文献1)、果実ポリフェノールによる遅筋の速筋移行抑制(特許文献2)等が報告されている。
【0004】
また、近年の健康志向を背景にして、ヒトや動物に有益な生理活性作用を発揮する有効成分として乳酸菌が注目されている。これまでに、ヒトや動物への経口投与による整腸作用や抗アレルギー作用、コレステロール低減作用、血圧降下作用など様々な生理活性が知られており(非特許文献3)、乳酸菌の筋肉に対する作用については、ラクトバシルス属乳酸菌によるAtrogin-1発現抑制作用と筋肉の分解抑制が報告されている(特許文献3)。また、本願出願人は、疲労改善や血流改善効果を持つ乳酸菌としてエンテロコッカス・フェシウムを報告している(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-037323号公報
【文献】特開2006-328031号公報
【文献】特開2016-216408号公報
【文献】国際公開第2014/021205号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【文献】Shimizu,N.,et al.,Cell Metabolism,2011,13,170
【文献】稲元健太ら,理学療法学,第39巻,Suppl.No.2,Ab1109(2012)
【文献】Fuller,R.,J.Appl.Bacteriol.,1989,66,365
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、遅筋速筋化抑制作用を有する成分は見出されているが、原料の入手や原料からの精製に手間がかかる等の問題があった。一方、乳酸菌は培養により容易に増やすことができる。しかし、例えば特許文献3に記載の乳酸菌は、筋肉の分解抑制作用を有することから筋肉量の維持は期待できるものの、筋肉の質を維持または向上し得る様な遅筋速筋化抑制作用を有する乳酸菌の報告は見当たらない。
そこで本発明は、エネルギー生産に関与するPGC-1αの生合成を促進したり、運動不足などによる遅筋速筋化を抑制したりすることができ、且つ安全な薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、安全な乳酸菌であるエンテロコッカスに属する特定の細菌が、PGC-1α生合成促進作用と遅筋速筋化抑制作用を示すことを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0009】
[1] エンテロコッカス・フェシウム R30株(NITE BP-01362)を有効成分として含むことを特徴とするPGC-1α生合成促進剤。
【0010】
[2] 上記R30株が死菌である上記[1]に記載のPGC-1α生合成促進剤。
【0011】
[3] 経口投与するものである上記[1]または[2]に記載のPGC-1α生合成促進剤。
【0012】
[4] エンテロコッカス・フェシウム R30株(NITE BP-01362)を有効成分として含むことを特徴とする遅筋速筋化抑制剤。
【0013】
[5] 上記R30株が死菌である上記[4]に記載の遅筋速筋化抑制剤。
【0014】
[6] 経口投与するものである上記[4]または[5]に記載の遅筋速筋化抑制剤。
【0015】
[7] 上記[1]~[3]のいずれかに記載のPGC-1α生合成促進剤または上記[4]~[6]のいずれかに記載の遅筋速筋化抑制剤を含むことを特徴とする飲食品。
【0016】
[8] 更にパッケージを含み、当該パッケージに遅筋速筋化抑制機能またはそれに関連する機能が表示されている上記[7]に記載の飲食品。
【0017】
[9] エンテロコッカス・フェシウム R30株(NITE BP-01362)またはその処理物を対象者に投与する工程を含むことを特徴とするPGC-1α生合成の促進方法。
【0018】
[10] 上記R30株が死菌である上記[9]に記載の方法。
【0019】
[11] 上記R30株を経口投与する上記[9]または[10]に記載の方法。
【0020】
[12] 遅筋速筋化を抑制する上記[9]~[11]のいずれかに記載の方法。
【0021】
[13] エンテロコッカス・フェシウム R30株(NITE BP-01362)またはその処理物を対象者に投与する工程を含むことを特徴とする遅筋速筋化の抑制方法。
【0022】
[14] 上記R30株が死菌である上記[13]に記載の方法。
【0023】
[15] 上記R30株を経口投与する上記[13]または[14]に記載の方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係るエンテロコッカス・フェシウム R30株は、乳酸菌の中でも善玉菌であり、長年、食に利用されてきたエンテロコッカス・フェシウム種に分類されるものであり、乳酸菌は腸内にも存在することから、安全なものであるといえる。また、本発明に係るエンテロコッカス・フェシウム R30株は、優れたPGC-1α生合成促進作用と遅筋速筋化抑制作用を示す。しかも、培養により大量生産することも可能である。よって本発明は、疾患、怪我、加齢などを原因とする運動不足から、日常生活に必要な遅筋の減少に陥った病人や高齢者に対して、遅筋の減少を安全に抑制して筋肉の質を維持できるものとして非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】
図1は、廃用性筋萎縮モデルラットへの本発明に係るエンテロコッカス・フェシウム R30株投与によるPGC-1α生合成促進効果を示すグラフである。
【
図2】
図2は、廃用性筋萎縮モデルラットへの本発明に係るエンテロコッカス・フェシウム R30株投与による遅筋速筋化の抑制効果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、廃用性筋萎縮モデルラットへの本発明に係るエンテロコッカス・フェシウム R30株投与による酸化的代謝酵素活性促進効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明に係るPGC-1α生合成促進剤および遅筋速筋化抑制剤は、有効成分として、エンテロコッカス・フェシウム R30株を含有することを特徴とする。以下、エンテロコッカス・フェシウム R30株を単に「R30株」と略記する場合がある。
【0027】
エンテロコッカス・フェシウム R30株は、下記の通り寄託機関に寄託されている。
(i) 寄託機関の名称およびあて名
名称: 独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター
あて名: 日本国 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室
(ii) 国内受託日: 2012年5月16日
(iii) 国際寄託への移管請求受領日: 2013年4月24日
(iv) 受託番号: NITE BP-01362
【0028】
エンテロコッカス・フェシウム R30株は、以下の菌学的性質を有する。
【0029】
【0030】
本発明で用いるR30株の培養方法は、R30株を有効に培養できるものである限り特に制限されない。例えば、試験管培養、フラスコ培養、発酵槽による培養などにより培養することができる。培地についても特に制限されず、R30株を有効に培養できるものである限りいかなる培地を使用してもよく、例えば、乳酸菌培養に一般的に使用されているMRS培地などを用いることができる。
【0031】
本発明で用いるR30株は、生菌であっても死菌であってもよい。ここで生菌とは、生きたままのR30株であり、増殖可能なものの他、増殖しておらず休眠状態のものであっても、水の存在などにより再び増殖できるものも含まれるものとする。
【0032】
死菌とは、加熱、加圧、薬物処理などにより殺菌処理を施した菌体のことである。殺菌処理手段は特に制限されず、例えば、乾熱殺菌、蒸気殺菌、高圧蒸気殺菌、化学的殺菌、超音波殺菌、電磁波殺菌、紫外線殺菌などを挙げることができる。また、殺菌処理は、集菌した菌体を乾燥した後に行ってもよい。また、死菌は、死菌体そのものでも、処理物であってもよい。「処理物」としては、菌の磨砕や破砕、濃縮、ペースト化、乾燥、希釈から選ばれる少なくとも1つの処理を施した処理物が挙げられる。菌の乾燥手段は特に制限されず、スプレードライ、凍結乾燥、真空乾燥、ドラム乾燥などを挙げることができる。
【0033】
本発明に係るPGC-1α生合成促進剤および遅筋速筋化抑制剤の剤形は特に問わない。例えば、R30株の生菌または死菌の乾燥物または懸濁液自体であってもよいが、摂取し易い剤形にすることが好ましい。例えば、本発明剤は主に筋肉に作用するものであるので外用剤とすることも考えられるが、後記の実施例のとおり本発明剤は経口投与で高い効果を示し、また、摂取や服用のし易さからも、経口剤とすることが好ましい。以下、本発明に係る「PGC-1α生合成促進剤および遅筋速筋化抑制剤」を、単に「組成物」という場合がある。
【0034】
剤形としては、特に制限されないが、例えば、錠剤、散剤、カプセル剤、糖衣錠、顆粒剤、エキス剤、エリキシル剤、シロップ剤、チンキ剤、リモナーデ剤などを挙げることができる。本発明に係る組成物には、剤形に合わせ、薬学上許容される添加剤を用いてもよい。かかる添加剤としては、例えば、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、酸化防止剤、香料、調味料、甘味料、着色料、増粘安定剤、発色剤、漂白剤、防かび剤、ガムベース、苦味料、酵素、光沢剤、酸味料、乳化剤、強化剤、製造用剤、結合剤、等張化剤、緩衝剤、溶解補助剤、防腐剤、安定化剤、凝集防止剤、吸収促進剤、凝固剤などを挙げることができる。賦形剤としては、例えば、アラビアガム、ラクトース、微結晶性セルロース、スターチ、ナトリウムスターチグリコレート、燐酸水素カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、タルク、コロイド性二酸化ケイ素などを挙げることができる。本発明に係る組成物は、剤形などに応じて常法により製造することができる。
【0035】
例えば、R30株の生菌を含有するPGC-1α生合成促進剤および遅筋速筋化抑制剤は、常法で培養した培養液中の菌体を集菌し、集菌した菌体に保護剤を溶解した溶液を添加し、乾燥した後、適当な賦形剤と混合することで得ることができる。
【0036】
上記保護剤とは、外的環境から菌体を保護し、生菌数を維持したり或いは生菌数の減少を抑制したりする成分をいう。保護剤としては、例えば、トレハロース、ウシ血清アルブミン、脱脂粉乳、グルタミン酸ナトリウム、L-アスコルビン酸、ヒスチジン、リンゴ酸、ホエー、グルコース、アスパラギン酸、メチオニン、デンプン、デキストリン、ショ糖、乳糖、塩化ナトリウム、リン酸塩など、菌体へ与えるダメージを軽減できる物質であればよい。これらの保護剤は、単独または組み合わせて使用することができる。各保護剤の配合割合は限定されないが、保護剤総量の下限は、乾燥菌体重量に対して1質量%以上が好ましい。上記割合が1質量%以上であれば、菌体が被るダメージをより確実に軽減することができる。一方、上記割合の上限は特に制限されないが、例えば50000質量%以下とすることができる。上記割合としては10質量%以上がより好ましく、50質量%以上がよりさらに好ましく、100質量%以上がよりさらに好ましく、また、20000質量%以下がより好ましく、10000質量%以下がよりさらに好ましい。
【0037】
R30株の死菌を含有する組成物は、例えば、常法で培養した培養液中の菌体を集菌し、集菌した菌体を殺菌処理し、乾燥した後、適当な賦形剤と混合することで得ることができる。
【0038】
後記の実施例の通り、本発明に係る組成物は、経口投与により優れたPGC-1α生合成促進作用や遅筋速筋化抑制作用を示す。よって、本発明に係るPGC-1α生合成促進剤と遅筋速筋化抑制剤は、例えば、飲食品、機能性食品、サプリメント、医薬品、医薬部外品、飼料、ペットフード、動物用医薬品などとして用いることもできる。
【0039】
本発明の組成物は、一般的な飲食品に添加することもできる。飲食品として日常的に摂取する場合、本発明の組成物を含有する飲食品の形態は特に限定されず、例えば、乳飲料、清涼飲料、スポーツドリンク、栄養ドリンク、美容ドリンク、液体栄養剤などの飲料;チューインガム、チョコレート、キャンディー、ゼリー、ケーキ、パイ、クッキー、和菓子、スナック菓子、油菓子、米菓、ビスケット、クラッカーなどの菓子類;アイスクリーム、氷菓などの冷菓類;うどん、中華麺、スパゲティー、即席麺などの麺類;蒲鉾、竹輪、半片などの練り製品;ドレッシング、マヨネーズ、たれ、ソースなどの調味料;パン、ハム、雑炊、米飯、スープ、レトルト食品、冷凍食品、さらに、食用油脂組成物、調理油類、スプレー油類、バター類、マーガリン類、ショートニング類、ホイップクリーム類、濃縮乳類、ホワイトナー類、ドレッシング類、ピックル液類、ベーカリーミックス類、フライ食品類、加工肉製品類、豆腐・こんにゃくなど、その他加工品;ジャム類、発酵乳類、缶詰類など、一般飲食品形態が挙げられる。なお、本発明の乳酸菌を用いて一般飲食品を発酵した発酵物であってもよい。
【0040】
本発明の組成物は、いわゆる健康食品、サプリメント、機能性食品、機能性表示食品、栄養補助食品、特定保健用食品、栄養機能食品、介護食品、スマイルケア食、咀嚼・嚥下補助食品、濃厚流動食品、病者用食品、ダイエタリーサプリメントなどの用途にも用いることができる。また、本発明の組成物は、ペットフードや家畜飼料などへも利用することができる。
【0041】
特定保健用食品、機能性表示食品、ダイエタリーサプリメントの場合には、本発明に係るPGC-1α生合成促進剤または遅筋速筋化抑制剤をパッケージに包み、当該パッケージに、PGC-1α生合成促進や遅筋速筋化抑制に関連する機能を表示してもよい。パッケージとしては、特に制限されないが、例えば、箱、容器、包装フィルム、包装紙などを挙げることができる。また、パッケージに表示する機能としては、PGC-1α生合成促進や遅筋速筋化抑制の他に、それらに関連する機能として、持久的運動能の向上や維持;筋肉や筋力の低下や分解の抑制;筋肉量や質の維持または向上;運動機能、歩行機能、姿勢の改善、維持またはサポート;高齢者の日常生活での動きのサポートといった表現の他、本明細書にPGC-1α生合成促進作用や遅筋速筋化抑制作用の目的や効果として記載されたものが挙げられる。勿論、これらに類する機能であれば、表現は異なっていても差し支えない。
【0042】
本発明に係るPGC-1α生合成促進剤は、優れたPGC-1α生合成促進作用を有する。PGC-1αは、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1αであり、主に骨格筋で生合成され、ミトコンドリアを活性化させる作用を有し、運動により生合成量が増加することが知られている。ミトコンドリアは脂肪や糖などからATPを生産することから、PGC-1αは生体内でのエネルギー生産を向上させるものであるといえる。また、PGC-1αは遅筋であるタイプI筋線維で主に発現していることから、筋線維タイプの決定因子であり、PGC-1αの生合成を促進することで持続的運動能の向上や維持が期待できる。
【0043】
PGC-1α生合成促進効果は、例えば後記の実施例のように、後肢懸垂モデル動物のヒラメ筋のPGC-1α生合成量を、抗PGC-1α抗体を使ったウエスタンブロット法で定量することなどで評価できる。被検物質を投与していないラットと比べ、被検物質を投与したラットのヒラメ筋のPGC-1α生合成量が大きければ、当該被検物質はPGC-1α生合成量促進効果を有すると評価することができる。
【0044】
本発明に係る遅筋速筋化抑制剤は、優れた遅筋速筋化抑制効果を有する。本発明に係る遅筋速筋化抑制剤は、筋肉を動かす機会の少ない高齢者や要介護者、病気などで床に臥す時間の長いヒトなどの対象者に対し、自立した活動の継続や、日常生活動作(ADL)および生活の質(QOL)の維持や回復、改善に有用である。また、遅筋が姿勢保持や歩行に重要な役割を持つことから、リハビリテーションやストレッチ運動などと組合せての健康増進にも有用である。さらに、主に遅筋を使うスポーツであるジョギングやマラソンなど、持久力を必要とする運動と組合わせることも効果的である。
【0045】
「遅筋」は赤筋またはインナーマッスルとも呼ばれることがあり、収縮速度が遅い一方で持久力があり、姿勢の維持や歩行時など日常生活で常に使われている筋肉である。一方、「速筋」は白筋とも呼ばれ、収縮速度が速く瞬発力のある筋肉である。また、筋線維の種類は、ミトコンドリア量が多く主に酸素を使ったエネルギー生産を行う遅筋タイプIと、ミトコンドリア量が少なく主に解糖系によるエネルギー生産を行う速筋タイプIIの2種類に大きく分かれる。遅筋線維および速筋線維は、場合によってはそれぞれ遅筋および速筋と呼ばれることもある。筋肉は、タイプIとタイプIIの筋線維が様々な割合で混在しており、遅筋にはタイプI筋線維が多く、速筋にはタイプII筋線維が多い。遅筋の例としてはヒラメ筋が、速筋の例としては長趾伸筋が知られている。
【0046】
「筋萎縮」とは筋肉がやせ細ることであり、筋力低下の原因となる。筋萎縮は、筋肉自体の疾病による筋原性筋萎縮、運動ニューロンに障害のある神経原性筋萎縮、筋肉を使わないことによる廃用性筋萎縮に分類される。廃用性筋萎縮は、怪我や病気による入院や高齢などで活動が低下した場合に起こりやすい。
【0047】
遅筋の速筋化は筋肉の質的な変化であり、遅筋の筋線維組成において遅筋線維であるタイプI筋線維の割合が減少し、速筋線維であるタイプII筋線維の割合が増加することである。また、タイプI筋線維とタイプII筋線維の含まれる割合をタイプ組成比ということもある。筋萎縮においてタイプI筋線維とタイプII筋線維のいずれも筋線維径が減少するが、廃用性筋萎縮など低活動に起因する場合は、タイプII筋線維よりもタイプI筋線維に顕著な萎縮が認められ、タイプII筋線維の割合が増加することを特徴としている。高齢者の廃用性筋萎縮においては、姿勢保持や歩行に重要な役割を持つ遅筋であるヒラメ筋の筋萎縮が顕著であり、また、宇宙の無重量環境での動物試験においても、遅筋であるヒラメ筋に顕著な萎縮と速筋化が観察されている。
【0048】
廃用性筋萎縮の動物モデルとしては、後肢懸垂モデルや除神経モデルなどがある。他の筋萎縮モデルとしては、デキサメサゾンによるステロイド筋萎縮の動物モデルがあり、速筋線維に特異的な横断面積縮小と、遅筋線維が多いヒラメ筋の重量変化を伴わず、速筋線維が多い腓腹筋の重量減少を特徴とする。
【0049】
本発明に係る遅筋速筋化抑制剤の効果は、例えば後記の実施例のように、後肢懸垂モデル動物のヒラメ筋の横断切片を作製し、ATPase染色やSDH(コハク酸脱水素酵素)染色などにより、タイプI筋線維とタイプII筋線維を区別することでその割合を数値化することにより判定できる。被検物質を投与していない実験動物と比べ、被検物質を投与した実験動物のヒラメ筋のタイプI筋線維組成比が大きければ、当該被検物質は遅筋の速筋化を抑制する効果を有すると評価することができる。
【0050】
本発明の組成物は、優れた酸化的代謝酵素活性促進作用を有する。酸化的代謝とは、ミトコンドリアのTCA回路や電子伝達系により、糖などの炭水化物からエネルギーを得る過程である。酸化的代謝酵素とは、酸化的代謝に関与する酵素のことであり、その中でもTCA回路の律速酵素であるクエン酸合成酵素(CS酵素)や、TCA回路と電子伝達系の複合体IIの両方で働くコハク酸脱水素酵素(SDH酵素)は特に重要な酵素である。また、遅筋線維(タイプI筋線維)は速筋線維(タイプII筋繊維)よりもミトコンドリア量が多く酸化的代謝に依存したエネルギー生産をしている。
【0051】
本発明に係る組成物の酸化的代謝酵素活性促進効果は、例えば後記の実施例のように、後肢懸垂モデル動物のヒラメ筋のクエン酸合成酵素やコハク酸脱水素酵素の活性を測定することで判定できる。被検物質を投与していない実験動物と比べ、被検物質を投与した実験動物のヒラメ筋のクエン酸合成酵素やコハク酸脱水素酵素の活性が大きければ、当該被検物質は酸化的代謝酵素活性促進効果を有すると評価することができる。
【0052】
本発明は、R30株またはその処理物を対象者に投与する工程を含むことを特徴とするPGC-1α生合成の促進方法および遅筋速筋化の抑制方法にも関する。対象者は特に限定されず、遅筋速筋化の抑制が望まれる対象者であればよく、更に好ましくは、筋肉を動かす機会の少ない高齢者や要介護者、病気やけがなどで床に臥す時間の長い患者や長期療養者などが挙げられる。R30株は、上記組成物、即ち本発明に係るPGC-1α生合成促進剤および遅筋速筋化抑制剤の形態で投与すればよい。
【0053】
本発明に係る組成物の投与頻度や投与量は、投与対象者の年齢、性別、状態などに応じて適宜調整すればよい。一日あたりのR30株の投与量は適宜調整すればよいが、例えば、0.001mg/kg体重以上、1000mg/kg体重以下とすることができる。当該投与量としては、0.01mg/kg体重以上が好ましく、0.1mg/kg体重以上がより好ましく、または、500mg/kg体重以下が好ましい。一日あたりの投与回数も適宜調整すればよいが、例えば、1回以上、5回以下とすることができる。投与対象者としては、上記と同じく遅筋速筋化の抑制が求められている対象者であれば特に制限されないが、例えば、疾病、怪我、老化などにより活動量が低下し、筋肉量や筋力が低下している、或いは筋肉量や筋力の低下が予測される対象者を挙げることができる。
【0054】
本発明の組成物は、ヒトに加えて、ヒト以外の動物にも投与可能である。即ち、本発明は、本発明に係る組成物を動物に投与する工程を含むことを特徴とする遅筋速筋化の抑制方法にも関する。ヒト以外の動物としては、例えば、養殖動物、愛玩動物、競技動物などが挙げられる。養殖動物としては特に限定されないが、ウマ、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、ラマなどの家畜;マウス、ラット、モルモット、ウサギなどの実験動物;ニワトリ、アヒル、七面鳥、駝鳥などの家禽;魚類、甲殻類および貝類が挙げられる。愛玩動物としては特に限定されないが、イヌ、ネコなどが挙げられる。競技動物としては特に限定されないが、競走馬などが挙げられる。
【0055】
本発明の組成物は、筋肉量や筋力を増加または維持する効果の向上を目的に、適宜、レジスタンス運動、理学療法、リハビリテーション、ストレッチ、インナーマッスルトレーニングなどと併用することができる。また、日常的な運動と組み合わせて用いることもできる。ここでいう日常的な運動とは、柔軟体操、エステ体操、その他、趣味のスポーツへの参加だけでなく、通勤、仕事や家事などにおける軽作業も含まれる。
【0056】
本発明の組成物は、筋肉量や筋力を増加または維持する効果の向上を目的に、他の医薬品や筋肉増強作用を有する食品などと併用して使用することも可能である。上記筋肉増強作用を有する食品としては特に制限されないが、例えば、乳タンパク、ホエイタンパク、カゼイン、大豆タンパク、大豆ペプチド、小麦タンパク、コラーゲン、ゼラチンなどのタンパク質類;ホエイペプチド、カゼインペプチド、カゼインホスホペプチド、小麦ペプチド、大豆ペプチドなどのペプチド類;バリン、ロイシン、イソロイシン、アルギニン、シトルリン、オルニチン、スレオニン、リジン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンなどのアミノ酸類;ビタミンDやビタミンKなどのビタミン類;グルコサミン、N-アセチルグルコサミン、ヒアルロン酸、コラーゲン、プロテオグリカン、メチルスルフォニルメタン(MSM)、カルシウム、マグネシウム、亜鉛など、関節や骨の維持などに有効といわれている成分;クレアチン、β-ヒドロキシβ-メチル酪酸(HMB)などが挙げられる。また、たまねぎ、ショウガ、唐辛子、にんにく、イチョウ葉、ブラックジンジャー、甘草、それらの抽出物、ケルセチン、ポリフェノール、カプサイシン、カルニチン、アリシンなどのサプリメント素材;ω-3脂肪酸などの不飽和脂肪酸類;乳酸菌や酵母等の微生物類;海藻;食物繊維など、体脂肪燃焼や体を整える効果のある食品や素材類と組み合わせることも可能である。また、他の成分は、栄養強化などを目的とした機能性の成分であってもよい。機能性成分の例としては、ビタミン類、微量金属類、アミノ酸類、コエンザイムQ10、オリゴ糖、食物繊維、コンドロイチン硫酸類、フコイダン、フコキサンチン、アスタキサンチン、カテキン類、不飽和脂肪酸類、ポリフェノール類、セサミン、プラセンタ、酵母エキス、黒酢濃縮物、ニンニク抽出物、イチョウ葉抽出物、ビルベリー抽出物、ブルーベリー抽出物、人参抽出物、マカ抽出物、豆種皮抽出物、セントジョーンズワート抽出物、松樹皮抽出物、アサイー抽出物、ノニ抽出物、卵黄抽出物、はちみつ加工品、黒糖などが挙げられる。アミノ酸類としては、分岐鎖アミノ酸類やオルニチンを挙げることができる。コエンザイムQ10は、還元型であっても酸化型であってもよい。不飽和脂肪酸類としては、例えば、ARA、EPA、DHA、αリノレン酸、オメリノール酸、オレイン酸を挙げることができる。例えば、グラブリジンを有効成分とする甘草疎水性抽出物は、筋肉量を増加する作用を有していることから、本発明のR30株と組み合わせることで、筋肉量の増加または維持だけでなく筋肉の質も維持または改善できる有用な組成物とすることができる。また、他の有用な乳酸菌と組み合わせてもよい。
【0057】
本発明の組成物を飲食品とする場合のR30株の含有量は特に限定されず、適宜調整すればよいが、例えば、食品中の含有量としては0.00001質量%以上、50質量%以下とすることができる。当該割合としては、0.001質量%以上が好ましく、0.01質量%以上がより好ましく、また、30質量%以下が好ましい。
【0058】
本発明の組成物は、カプセル剤や錠剤などのサプリメント形態で、特定保健用食品、栄養機能食品などの保健機能食品や、機能性表示食品、健康食品、栄養補助食品、ダイエタリーサプリメントなどの機能性食品とすることができる。また、R30株は、疲労状態の予防や改善;運動能力や持久力の向上;冷え性、肩こり、肌荒れ、腰痛の予防や改善;便臭の軽減や緩和;成長促進の作用も有していることから、これらの機能や用途のために用いるものであるとの表示をすることもできる。その場合は、本発明の組成物の投与量としては、R30株として、成人一日あたりの下限は、0.01mg/kg体重以上、好ましくは0.1mg/kg体重以上、成人一日あたりの投与量としては、1000mg/kg体重以下、好ましくは300mg/kg体重以下を摂取できるように1回ないし数回に分けて投与すればよい。
【0059】
本発明の組成物を機能性食品またはサプリメントとして用いる場合は、その剤形は特に限定されず、例えばカプセル剤、シロップ剤、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、ドリンク剤、注射剤、輸液、点鼻剤、点眼剤、座薬、貼付剤、噴霧剤などが挙げられる。製剤化においては、薬剤学的に許容されるほかの製剤、例えば、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤、酸化防止剤、着色剤、凝集防止剤、吸収促進剤、溶解補助剤、安定化剤などを適宜添加して調製することができる。
【0060】
また、本発明の組成物を、ペットフード、飼料または動物用医薬品として用いる場合は、R30株を有効成分とする製剤として用いるか、或いは、動物の種類、発育ステージ、地域などの飼育環境に応じて、R30株を一般的な飼料に適宜配合してもよい。一般的な飼料の原料としては、例えば、穀物類または加工穀物類、糟糠類、植物性油粕類、動物性原料、ミネラル類、ビタミン類、アミノ酸、ビール酵母などの酵母類、無機物質の微粉末などが挙げられる。穀物類または加工穀物類としては、とうもろこし、マイロ、大麦、小麦、ライ麦、燕麦、キビ、小麦粉、小麦胚芽粉などが挙げられる。糟糠類としては、ふすま、米糠、コーングルテンフィードなどが挙げられる。植物性油粕類としては、大豆油粕、ごま油粕、綿実油粕、落花生粕、ヒマワリ粕、サフラワー粕などが挙げられる。動物性原料としては、脱脂粉乳、魚粉、肉骨粉などが挙げられる。ミネラル類としては、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、食塩、無水ケイ酸などが挙げられる。ビタミン類としては、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、パントテン酸カルシウム、ニコチン酸アミド、葉酸などが挙げられる。アミノ酸としては、グリシンやメチオニンなどが挙げられる。無機物質の微粉末としては、結晶性セルロース、タルク、シリカ、白雲母、ゼオライトなどが挙げられる。
【0061】
本発明の飼料は、上記の飼料原料に、配合飼料に通常使用される賦形剤、増量剤、結合剤、増粘剤、乳化剤、着色料、香料、食品添加物、調味料などの飼料用添加剤や、所望によりその他の成分を配合してもよい。飼料用添加剤以外の成分としては、抗生物質、殺菌剤、駆虫剤、防腐剤などが挙げられる。
【0062】
本発明の飼料の形態は特に限定されるものではなく、例えば、粉末状、顆粒状、ペースト状、ペレット状、カプセル剤、錠剤などが挙げられる。カプセルは、ハードカプセルでもソフトカプセルでもよい。本発明の飼料の給与対象となる動物は特に限定されるものではないが、例えば、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ等の家畜類;ニワトリ、七面鳥、合鴨などの家禽類;マウス、ラット、モルモット等の実験動物;イヌ、ネコなどのペットなどが挙げられる。ニワトリには、ブロイラーと採卵鶏の両方が含まれる。
【0063】
本願は、2017年5月8日に出願された日本国特許出願第2017-92263号に基づく優先権の利益を主張するものである。2017年5月8日に出願された日本国特許出願第2017-92263号の明細書の全内容が、本願に参考のため援用される。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0065】
実施例1: エンテロコッカス・フェシウムR30株の凍結乾燥菌体の調製
MRSブイヨン(関東化学社製)(0.52g)を水(10mL)に溶解した後、オートクレーブ中、121℃で15分間加熱滅菌することにより、MRS液体培地を調製した。当該培地(10mL)に、エンテロコッカス・フェシウムR30株のグリセロールストック懸濁液(100μL)を植菌し、37℃で24時間培養することにより前培養液を得た。当該前培養液(1mL)を上記MRS液体培地(100mL)に加え、さらに37℃で24時間培養した。培養終了後、8000rpmで10分間遠心分離し、培養液と菌体を分離させた。菌体を滅菌水(100mL)で洗浄後、再度遠心分離することにより、滅菌水と菌体を分離した。菌体に滅菌水(2mL)を加え、90℃で30分加熱殺菌した後、凍結乾燥して、エンテロコッカス・フェシウムR30株の凍結乾燥菌体を得た。
【0066】
実施例2: エンテロコッカス・フェシウムR30株のPGC-1α生合成促進作用確認試験
11週齢の雄性SDラット15匹を、コントロール群(CON群)、後肢非荷重群(HU群)、後肢非荷重+エンテロコッカス・フェシウムR30株投与群(HU+R30群)の3群に任意に5匹ずつ分けた。各群には通常飼料(「CE-2」日本クレア社製)に加えて水を自由摂取させつつ1週間予備飼育した。その後、上記実施例1で調製したエンテロコッカス・フェシウムR30株の凍結乾燥菌体を生理食塩水に分散させ、HU+R30群には当該菌体の投与量が体重1kgあたり500mgになるように、ゾンデを用い、1日1回経口投与した。CON群とHU群には、同様のストレスが付加されるように、同量の生理食塩水を1日1回経口投与した。さらに、HU群とHU+R30群には、Moreyらの変法を用いて尾部懸垂処置を施し、後肢を非荷重の状態とすることにより、廃用性筋萎縮を誘導した。なお、後肢非荷重期間中においてラットは前肢にて飼育ケージ内を移動可能であり、予備飼育と同様に通常飼料と水は自由摂取させた。各群ラットを2週間飼育した後、ペントバルビタール麻酔下で後肢のヒラメ筋を摘出し、液体窒素を用いて急速凍結した。
【0067】
プロテアーゼ阻害剤を追加したHEPESバッファー中で、凍結保存したヒラメ筋をホモジナイズした後、遠心分離することにより上清を回収した。上清中の総タンパク質量を測定し、サンプル間の総タンパク質量が同一となるように濃度を調整した上でSDS-PAGEに供した。電気泳動により展開されたタンパク質をPVDF膜に転写し、ブロッキング後、抗PGC-1α抗体(「sc-13067」Santa Cruz Biotechnology社製)の200倍希釈液または抗GAPDH抗体(「Y3322GAPDH」Biochain Institute社製)の10000倍希釈液を加え、インキュベート後、さらにHRP標識した二次抗体を添加し、HRP用検出試薬(「イージーウエストルミワン」アトー社製)を用いて発色させた。ルミノ・イメージアナライザー(「LAS-1000」富士フィルム社製)で画像を取り込み、画像解析ソフト(「Science Lab」富士フィルム社製)を用いて光学密度を測定することにより、PGC-1αの生合成量を評価した。測定値に関して、一元配置分散分析とTurkey-Kramerの多重比較検定を行った。結果を
図1に示す。
図1中、「*」はCON群との間でp<0.05で有意差があることを示し、「†」はHU群との間でp<0.05で有意差があることを示す。
【0068】
図1に示す結果の通り、HU群においてはおそらく後肢への負荷が無いことによりCON群に比べてPGC-1αの生合成量が有意に減少してしまっていた。それに対して、実施例1のエンテロコッカス・フェシウムR30株を経口投与したHU+R30群では、後肢にも負荷のかかった通常状態にあるCON群と同等程度にPGC-1αが生合成されることが明らかとなった。
【0069】
実施例3: 遅筋速筋化抑制作用確認試験
上記実施例2において得たヒラメ筋試料から、クリオスタットを用いて12μm厚の凍結切片を作製し、スライドグラスに貼り付けした。pH4.3のバルビタール溶液を用いてATPaseを選択的に失活させた後、タイプI線維を染色した。光学顕微鏡を用いて染色切片を観察し、筋繊維全体に対するタイプI繊維の割合を算出した。結果を
図2に示す。
図2中、「*」はCON群との間でp<0.05で有意差があることを示し、「†」はHU群との間でp<0.05で有意差があることを示す。
【0070】
図2に示す結果の通り、後肢への負荷が無いHU群では遅筋に相当するタイプI線維の割合が有意に減少し、速筋の遅筋化が進行していた。それに対してHU+R30群では、CON群と比較してタイプI線維の割合が有意に低下してはいたが、HU群と比較してタイプI線維の割合は有意に改善されていた。以上の結果から、廃用性筋萎縮により遅筋の速筋化が進行するが、本発明に係るエンテロコッカス・フェシウムR30株を経口摂取することにより、遅筋速筋化の進行を有意に抑制できることが実証された。
【0071】
実施例4: 酸化的代謝酵素活性促進作用確認試験
上記実施例2と同様にしてヒラメ筋試料をホモジナイズした上清を回収し、酵素液とした。酵素液にDTNBとアセチルCoAを含む混合液を加え、さらに最終濃度が0.5mMとなるようオキサロ酢酸を添加して反応を開始させた。反応開始から8分間にわたり2分毎に412nmにて吸光度を測定することにより、ヒラメ筋試料における酸化的代謝酵素であるクエン酸シンターゼの活性を測定した。なお、Bradford法により総タンパク質量を測定し、総タンパク質量の値を用いて測定された反応速度を標準化した。結果を
図3に示す。
図2中、「*」はCON群との間でp<0.05で有意差があることを示し、「†」はHU群との間でp<0.05で有意差があることを示し、「CS」はクエン酸シンターゼを示す。
【0072】
図3に示す結果の通り、負荷が付与されていないHU群の後肢では、エネルギー生産に関与するTCAサイクルの重要な酵素であるクエン酸シンターゼの活性が有意に低下しており、エネルギー代謝が低下しているのに対して、HU+R30群では、同じく負荷が付与されていないにも関わらずクエン酸シンターゼの活性が有意に改善されており、エネルギー代謝が維持されていることが実証された。
【0073】
比較例1: ラクトバシラス・アシドフィルスNBRC13951株の凍結乾燥菌体の調製
エンテロコッカス・フェシウムR30の代わりにラクトバシラス・アシドフィルスNBRC13951株を用いた以外は実施例1と同様にして、ラクトバシラス・アシドフィルスNBRC13951株の凍結乾燥菌体を得た。
【0074】
比較例2: エンテロコッカス・フェシウムNBRC100486株の凍結乾燥菌体の調製
エンテロコッカス・フェシウムR30の代わりにエンテロコッカス・フェシウムNBRC100486株を用いた以外は実施例1と同様にして、エンテロコッカス・フェシウムNBRC100486株の凍結乾燥菌体を得た。
【0075】
比較例3: ラクトバシラス・アシドフィルスNBRC13951株およびエンテロコッカス・フェシウムNBRC100486株のPGC-1α生合成促進作用確認試験
SDラットを6匹用い、エンテロコッカス・フェシウムR30株の代わりに上記比較例1で調製したラクトバシラス・アシドフィラスNBRC13951株、または上記比較例2で調製したエンテロコッカス・フェシウムNBRC100486株を用いた以外は上記実施例2と同様にして、PGC-1α生合成促進作用を測定した。結果を
図1に示す。
図1のとおり、NBRC13951株を摂取したHU+NBRC13951群と、NBRC100486株を摂取したHU+NBRC100486群では、HU+R30群と等量の菌体を経口投与したにもかかわらず、HU群と同程度までPGC-1αの生合成量が減少しており、PGC-1α生合成促進作用がR30株特有のものであることが確認された。
【0076】
比較例4: ラクトバシラス・アシドフィルスNBRC13951株およびエンテロコッカス・フェシウムNBRC100486株の遅筋速筋化抑制作用確認試験
上記比較例3において得たヒラメ筋試料から、実施例3と同じ方法で凍結切片を作製し、光学顕微鏡を用いて染色切片を観察した。
その結果、NBRC13951株を摂取したHU+NBRC13951群と、NBRC100486株を摂取したHU+NBRC100486群は、HU+R30群と比較して、等量の乳酸菌を経口投与したにもかかわらずタイプI繊維の割合が低かった。かかる結果より、遅筋速筋化抑制効果がR30株特有のものであることが確認された。