(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-15
(45)【発行日】2022-08-23
(54)【発明の名称】抗ウイルス用組成物または抗ウイルス機能を付与する方法
(51)【国際特許分類】
A01N 25/04 20060101AFI20220816BHJP
A01N 59/16 20060101ALI20220816BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20220816BHJP
C09D 5/14 20060101ALI20220816BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20220816BHJP
C09D 201/00 20060101ALN20220816BHJP
D01F 1/10 20060101ALN20220816BHJP
D04H 13/00 20060101ALN20220816BHJP
【FI】
A01N25/04
A01N59/16 A
A01N59/16 Z
A01P1/00
C09D5/14
C09D7/63
C09D201/00
D01F1/10
D04H13/00
(21)【出願番号】P 2018066909
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2021-03-26
(73)【特許権者】
【識別番号】390000527
【氏名又は名称】住化エンバイロメンタルサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】加藤 義晃
【審査官】阿久津 江梨子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-190808(JP,A)
【文献】特開平6-14979(JP,A)
【文献】特開平8-325844(JP,A)
【文献】特開平11-246213(JP,A)
【文献】特開2009-84174(JP,A)
【文献】特開昭60-231688(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 25/04
A01N 59/16
A01P 1/00
C09D 5/14
C09D 7/63
C09D 201/00
D01F 1/10
D04H 13/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)
Ag
2
MoO
4
からなるモリブデンオキソ化合物の銀塩と、(B)一般式(1)で示される一種以上のベンゾトリアゾール化合物もしくはそのアルカリ金属塩を含有することを特徴とする抗ウイルス用組成物
であって、抗ウイルス機能を付与する対象物が水系塗料である抗ウイルス用組成物。
一般式(1)
(Rは水素、メチル基またはカルボキシル基を表す。)
【請求項2】
(A)
Ag
2
MoO
4
からなるモリブデンオキソ化合物の銀塩1部に対して、(B)一般式(1)で示される一種以上のベンゾトリアゾール化合物もしくはそのアルカリ金属塩を0.03~0.5部の割合で添加することを特徴とする請求項1に記載の抗ウイルス
用組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の抗ウイルス用組成物を添加した抗ウイルス性水系塗料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、壁や床等の内装建材の表面を保護、美装、被覆する塗料や表面処理剤等のコーティング材、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等のプラスチック、または、繊維、不織布に対して、変色の少ない抗ウイルス機能を付与することが可能な組成物に関するものであり、詳しくは、酸化モリブデン銀複塩と、ベンゾトリアゾール化合物もしくはそのアルカリ金属塩を含有する組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウイルスは遺伝子をもつものの、それ単独では生育できない、生物とは異なる非細胞性生物として分類されている。その遺伝子はカプシドと呼ばれる外殻タンパク質の中に保持され、遺伝子がDNAかまたはRNAかによって二種類に大別され、カプシドが脂質二重膜からなるエンベロープで覆われているものとそうでないものとに分類される。具体的には、遺伝子がDNAでエンベロープをもつものとしてヘルペスウイルス等が、遺伝子がDNAでエンベロープをもたないものとしてアデノウイルス等が、遺伝子がRNAでエンベロープをもつものとしてインフルエンザウイルス等が、遺伝子がRNAでエンベロープをもたないものとしてノロウイルス、ポリオウイルス等が挙げられる。
【0003】
ノロウイルスやポリオウイルスのようなエンベロープをもたないウイルスは、一般的に薬剤に対する感受性が低く、厚生労働省の調査によればノロウイルスが原因とされる食中毒症例は近年ではもっとも高い割合を示していることから、ノロウイルスに対して効果を有する抗ウイルス組成物が望まれている。
【0004】
銀をはじめとする無機金属系化合物が抗菌性に優れることもあり、近年ではそれを抗ウイルス組成物として適用する事例も見られる。例えば銀-アミノ酸錯体を含有する組成物が特許文献1に、2価銅化合物および銀化合物が共担持された酸化チタンを含む組成物が特許文献2に、銀、亜鉛および銅から選ばれる一種以上の塩と、モリブデンオキソ化合物のアルカリ塩とを反応させて得られる一種以上の複塩を含む組成物が特許文献3に示されている。しかし銀を含む化合物や錯体の多くは光や温度、水等の影響を受け変色しやすいことが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-195582
【文献】国際特許公報WO2016/42913
【文献】特開2016-190808
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高分子ポリマー組成物である、ウレタンやアクリル、塩化ビニル、酢酸ビニル、エチレン酢酸ビニル、スチレンブタジエンラテックス等の水系エマルションを含有する水系塗料やコーティング材、バインダーに対して、またはポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等のプラスチックに対して、または繊維や不織布等に対して、経時的な変色が少なく、抗ウイルス性を付与することができる組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意種々の研究を実施した結果、酸化モリブデン銀複塩と、一種以上のベンゾトリアゾール化合物またはそのアルカリ金属塩を添加することにより、高い抗ウイルス性と経時的な変色抑制を発揮することを見出し、本発明を完成させた。すなわち本発明は、
(1)(A)酸化モリブデン銀複塩と、(B)一般式(1)で示される一種以上の化合物もしくはそのアルカリ金属塩を含有する抗ウイルス用組成物に関する。
一般式(1)
(Rは水素またはメチル基またはカルボキシル基を表す。)また本発明は、
(2)(A)酸化モリブデン銀複塩1部に対して、(B)一般式(1)で示される一種以上のベンゾトリアゾール化合物もしくはそのアルカリ金属塩を0.03~0.5部の割合で添加する前記(1)に記載の抗ウイルス用組成物に関する。また本発明は、
(3)前記(1)または(2)に記載の抗ウイルス用組成物を添加した抗ウイルス性コーティング材に関する。また本発明は、
(4)前記(1)または(2)に記載の抗ウイルス用組成物を添加した抗ウイルス性プラスチックに関する。また本発明は、
(5)前記(1)または(2)に記載の抗ウイルス用組成物を添加した抗ウイルス性繊維もしくは不織布に関する。また本発明は、
(6)前記(1)または(2)に記載の抗ウイルス用組成物を、高分子ポリマーを含有する組成物に対して添加する抗ウイルス性を付与する方法に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の抗ウイルス機能を付与する組成物により、高分子ポリマーを含有する、ウレタンやアクリル、塩化ビニル、酢酸ビニル、エチレン酢酸ビニル、スチレンブタジエンラテックス等の水系エマルションを含有する水系塗料やコーティング材、バインダーに対して、または、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等のプラスチックに対して、添加時だけでなく経時的な変色が少なく抗ウイルス機能を付与することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の抗ウイルス機能を付与する組成物としては、(A)酸化モリブデン銀複塩と、(B)一般式(1)
(Rは水素またはメチル基またはカルボキシル基を表す。)で示される一種以上の化合物またはそのアルカリ金属塩を含有する抗ウイルス組成物であるが、酸化モリブデン銀複塩としては、酸化銀とモリブデン酸化物を用いることができ、また銀塩と、モリブデンオキソ化合物のアルカリ塩とを反応させて得られる複塩を用いることもできる。この場合の銀塩としては、硝酸銀、酢酸銀、硫酸銀等、モリブデンオキソ化合物のアルカリ塩としては、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウム、モリブデン酸リチウム、モリブデン酸アンモニウム、ポリモリブデン酸ナトリウム、イソポリモリブデン酸ナトリウム等を用いることができる。反応方法は、銀塩の水溶液に、モリブデンオキソ化合物のアルカリ塩水溶液を添加するか、あるいはこの逆でも良い。本発明において得ようとする、銀塩とモリブデンオキソ化合物の複塩の粒子径は反応条件によって変えることが可能であり、粒子径の小さいものを得るにはモリブデンオキソ化合物のアルカリ塩、および銀塩の水溶液の濃度を低く、または撹拌速度を速くすれば良く、任意に粒子径をコントロールすることができる。好ましい粒子径は、抗ウイルス性能を付与する対象物の物性面への影響、または抗ウイルス性能等から10μm以下である。このようにして得られた好ましい粒子径を有する酸化モリブデン銀複塩は、反応液スラリーから水を濾別し、乾燥することにより粉末状で得られる。一般式(1)

(Rは水素またはメチル基またはカルボキシル基を表す。)で示される一種以上の化合物またはそのアルカリ金属塩としては、1,2,3-ベンゾトリアゾール、1,2,3-ベンゾトリアゾールナトリウム、1,2,3-ベンゾトリアゾールカリウム、4-メチルベンゾトリアゾール、5-メチルベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール、カルボキシベンゾトリアゾール等を用いることができ、好ましくはトリルトリアゾールである。酸化モリブデン銀複塩と、一般式(1)で示される一種以上の化合物またはそのアルカリ金属塩を添加する本願発明の抗ウイルス機能を付与する対象物としては、高分子ポリマーを含有するものが好ましく、ポリ塩化ビニルやポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等のプラスチック、ウレタンやアクリル、塩化ビニル、酢酸ビニル、エチレン酢酸ビニル、スチレンブタジエンラテックス等の水系エマルションを含有する水系塗料やコーティング材、バインダー類、ポリエステルや綿等の繊維、ポリプロピレンやポリエチレンテレフタレート等の不織布等を挙げることができる。酸化モリブデン銀複塩と、一般式(1)で示される一種以上の化合物はあらかじめ一剤化したものを対象物に添加することも可能であるし、それぞれ二剤を対象物に直前に添加することも可能である。酸化モリブデン銀複塩と、一般式(1)で示される一種以上の化合物またはそのアルカリ金属塩の比率については、前者1部に対して後者0.03~0.5部の割合が好ましい。本発明に示す酸化モリブデン銀複塩の添加量は0.05~5重量%が好ましく、より好ましくは0.1~1重量%である。添加量が0.05重量%未満では抗ウイルス性能が乏しくなり、5重量%を超えると経済性の点で不利となる。
【0010】
酸化モリブデン銀複塩と、一般式(1)で示される一種以上の化合物またはそのアルカリ金属塩を添加する場合においては、あらかじめ一剤化したものを塗料等に添加することにより抗ウイルス機能を付与することも可能であるし、酸化モリブデン銀複塩と、一般式(1)で示される一種以上の化合物またはそのアルカリ金属塩それぞれを塗料等に添加することにより抗ウイルス機能を付与することも可能である。抗ウイルス機能を付与する組成物においては、これら必須構成成分の他に、さらに必要に応じて無機物の増量剤、界面活性剤等の分散剤を用いて水や有機溶媒等に分散させたもの、これに粘度調整剤や酸化防止剤、防錆剤、金属封鎖剤等を配合することや、他の抗菌組成物等を配合することも可能である。
【実施例】
【0011】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
(酸化モリブデン銀複塩の調製方法)
モリブデン酸ナトリウム二水和物(関東化学(株))6.5gをイオン交換水100mlに溶解し、これに硝酸銀(関東化学(株))9.1gをイオン交換水100mlに溶解した溶液を撹拌しながら30分かけて滴下し沈殿物を得た。これを1時間の撹拌を行った後、濾過しイオン交換水で洗浄し、100℃で十分に乾燥することで黄白色の酸化モリブデン銀複塩約10gを得た。
【0012】
(抗ウイルス用組成物を添加したコーティング材の調製)
コーティング材として、ビニブラン(登録商標)897(日信化学工業(株)、シリコーンアクリル・フッ素アクリル系エマルション)、某社から入手したウレタンエマルション、某社から入手した水系UV塗料それぞれに対し、乳鉢で十分磨り潰した酸化モリブデン銀複塩ないし、一般式(1)に該当する化合物として表1~4に示す濃度で添加し十分混合したものを市販のPPC用紙に60ml/m2となるように塗布し、ビニブラン897とウレタンエマルションは110℃で10分間加熱することで、水性UV塗料は250mW/cm2の光量を照射することでコーティング材塗布試験片を調製した。併せてこれらコーティング材を室内で保管して保管後のエマルションの変色を観察した。
【0013】
(ネコカリシウイルスに対する抗ウイルス用組成物の抗ウイルス試験)
ヒトノロウイルスは、現在細胞培養や小動物での増殖方法が確立していないため、その有効性評価は同じカリシウイルス科に属するネコカリシウイルスで代替試験されることが一般的である。このため本実施例でもノロウイルスに対する抗ウイルス評価として、ネコカリシウイルスF-9株(Feline calicivirus、Strain:F-9 ATCC VR-782)を用い、このウイルスをCRFK細胞(ネコ腎臓由来細胞)で培養することによりウイルス感染価5×107PFU/mlの試験ウイルス懸濁液を得た。滅菌済シャーレに5cm×5cmに切り取った樹脂エマルション塗布試験片を置いて、この試験片の上に上述の試験ウイルス懸濁液を0.4ml接種し、4cm×4cmに切断したポリエチレン製の滅菌フィルムにより被覆した後、試験ウイルス懸濁液がフィルム全体に広がるように軽く押さえつけシャーレの蓋をかぶせた。これらのシャーレを37℃の高湿下で所定時間保管した後、シャーレから試験片を取出し滅菌済ストマッカー袋に入れ牛血清を終濃度10%添加したSCDLP培地10mlを加えてウイルスを洗い流し、プラーク測定法によりウイルス感染価を測定した。抗ウイルス活性値は、薬剤ブランク試料での感染価の対数値から、薬剤添加した試料の感染価の対数値を差し引いた数値として算出した。
【0014】
(インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス用組成物の抗ウイルス試験)
A型インフルエンザウイルス(H3N2、A/Hong Kong/8/68;TC adapted ATCC1679)を用い、このウイルスをMDCK細胞(イヌ腎臓由来細胞)で培養することによりウイルス感染価2×107PFU/mlの試験ウイルス懸濁液を得た。滅菌済シャーレに5cm×5cmに切り取った樹脂エマルション塗布試験片を置いて、この試験片の上に上述の試験ウイルス懸濁液を0.4ml接種し、4cm×4cmに切断したポリエチレン製の滅菌フィルムにより被覆した後、試験ウイルス懸濁液がフィルム全体に広がるように軽く押さえつけシャーレの蓋をかぶせた。これらのシャーレを34℃の高湿下で所定時間保管した後、シャーレから試験片を取出し滅菌済ストマッカー袋に入れ牛血清を終濃度10%添加したSCDLP培地10mlを加えてウイルスを洗い流し、プラーク測定法によりウイルス感染価を測定した。抗ウイルス活性値は、薬剤ブランク試料での感染価の対数値から、薬剤添加した試料の感染価の対数値を差し引いた数値として算出した。
【0015】
コーティング材としての配合、これらコーティング材を1週間保管した後の変色の様子、ネコカリシウイルスおよびインフルエンザウイルスに対する抗ウイルス活性値を表1~4に示す。変色については以下の基準により判定した。
◎:全く変色が認められない
○:ほとんど変色が認められない
×:明らかな変色が認められる
【0016】
【0017】
【0018】
【0019】
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明の抗ウイルス用組成物は、(A)酸化モリブデン銀複塩と、(B)ベンゾトリアゾール化合物を含有することにより、これらを添加したコーティング材、プラスチック、繊維や不織布等の変色が少なく、高い抗ウイルス性を付与することが可能となり、貯蔵安定性の向上による経済性の利点や衛生環境の改善に寄与するものである。