(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-15
(45)【発行日】2022-08-23
(54)【発明の名称】直噴エンジンの制御装置および制御方法
(51)【国際特許分類】
F02D 41/02 20060101AFI20220816BHJP
F02D 15/02 20060101ALI20220816BHJP
F02M 61/14 20060101ALI20220816BHJP
【FI】
F02D41/02
F02D15/02 C
F02M61/14 310S
(21)【出願番号】P 2019524659
(86)(22)【出願日】2017-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2017022128
(87)【国際公開番号】W WO2018229933
(87)【国際公開日】2018-12-20
【審査請求日】2019-11-11
【審判番号】
【審判請求日】2021-07-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】特許業務法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】兒玉 貴義
(72)【発明者】
【氏名】葛西 理晴
(72)【発明者】
【氏名】岩渕 良彦
【合議体】
【審判長】山本 信平
【審判官】水野 治彦
【審判官】鈴木 充
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-292059(JP,A)
【文献】特開2010-37948(JP,A)
【文献】特開2006-57604(JP,A)
【文献】特開2009-293443(JP,A)
【文献】特開2005-214041(JP,A)
【文献】特開2006-70863(JP,A)
【文献】特開2005-344644(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D41/02
F02D41/04
F02D41/34
F02D15/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
点火プラグと、
筒内に燃料を直接噴射可能に設けられた燃料噴射弁と、
を備え、
圧縮比を変更可能に構成されるとともに、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の範囲となる空気過剰率に設定される運転領域を有し、前記運転領域において、前記点火プラグによる火花点火燃焼を行う直噴エンジンの制御方法であって、
前記運転領域のうち、低負荷域である第1領域では、空気過剰率を空燃比換算で28~32の第1所定値とする均質混合気を形成して火花点火燃焼を行う一方、
前記運転領域のうち、前記第1領域よりも高負荷側の第2領域では、
前記第1領域よりも低い圧縮比を設定し、
空気過剰率を空燃比換算で28~32の第2所定値とする成層混合気を形成するとともに、
前記成層混合気を形成するにあたっては、混合気の空気過剰率を前記第2所定値とする燃料の一部を第1時期に噴射し、前記燃料の残りの少なくとも一部を前記第1時期よりも後の第2時期に噴射して、前記点火プラグ近傍に燃料が濃い第1混合気を偏在させ、その周囲に前記第1混合気よりも燃料が薄い第2混合気を分散させ、また、
圧縮行程中に点火時期を設定して火花点火燃焼を行う、
直噴エンジンの制御方法。
【請求項2】
点火プラグと、
筒内に燃料を直接噴射可能に設けられた燃料噴射弁と、
を備え、
圧縮比を変更可能に構成されるとともに、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の範囲となる空気過剰率に設定される運転領域を有し、前記運転領域において、前記点火プラグによる火花点火燃焼を行う直噴エンジンの制御方法であって、
前記運転領域のうち、低負荷域である第1領域では、空気過剰率を空燃比換算で28~32の第1所定値とする均質混合気を形成して火花点火燃焼を行う一方、
前記運転領域のうち、前記第1領域よりも高負荷側の第2領域では、
同一の運転状態のもとで均質混合気を形成して燃焼を行わせた場合にノッキングを抑制可能な圧縮比よりも高い圧縮比に設定し、
空気過剰率を空燃比換算で28~32の第2所定値とする成層混合気を形成するとともに、
前記成層混合気を形成するにあたっては、混合気の空気過剰率を前記第2所定値とする燃料の一部を第1時期に噴射し、前記燃料の残りの少なくとも一部を前記第1時期よりも後の第2時期に噴射して、前記点火プラグ近傍に燃料が濃い第1混合気を偏在させ、その周囲に前記第1混合気よりも燃料が薄い第2混合気を分散させ、また、
圧縮行程中に点火時期を設定して火花点火燃焼を行う、
直噴エンジンの制御方法。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の直噴エンジンの制御方法であって、
前記第1所定値と前記第2所定値とが等しい、
直噴エンジンの制御方法。
【請求項4】
請求項
1又は2に記載の直噴エンジンの制御方法であって、
前記第1時期を吸気行程から圧縮行程前半に設定し、前記第2時期を前記点火プラグの点火時期直前に設定する、
直噴エンジンの制御方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の直噴エンジンの制御方法であって、
前記点火プラグを吸気ポートと排気ポートとの間に配置し、
前記燃料噴射弁を前記吸気ポートと前記点火プラグとの間に配置し、
前記燃料噴射弁の噴射方向を、噴霧の少なくとも一部が前記点火プラグのプラグギャップ近傍を通過するように設定する、
直噴エンジンの制御方法。
【請求項6】
点火プラグと、
筒内に燃料を直接噴射可能に設けられた燃料噴射弁と、
前記点火プラグおよび前記燃料噴射弁の動作を制御するコントローラと、
を備え、
圧縮比を変更可能に構成されるとともに、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の範囲となる空気過剰率に設定される運転領域を有し、前記運転領域において、前記点火プラグによる火花点火燃焼を行う直噴エンジンの制御装置であって、
前記コントローラは、
エンジンの運転状態を検出する運転状態検出部と、
前記エンジンの運転状態をもとに、前記燃料噴射弁の噴射量および噴射時期を設定する燃料噴射制御部と、
前記点火プラグの点火時期を設定する点火制御部と、
を備え、
前記燃料噴射制御部は、
前記エンジンの運転状態が前記運転領域の低負荷域である第1領域にある場合に、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の第1所定値である均質混合気を形成する噴射量および噴射時期を設定するとともに、
前記エンジンの運転状態が前記運転領域のうち、前記第1領域よりも高負荷側の第2領域
であって前記第1領域よりも低い圧縮比が設定される第2領域にある場合に、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の第2所定値である成層混合気を形成する噴射量および噴射時期を設定
するとともに、混合気の空気過剰率を前記第2所定値とする燃料の一部を第1時期に噴射し、前記燃料の残りの少なくとも一部を前記第1時期よりも後の第2時期に噴射して、前記点火プラグ近傍に燃料が濃い第1混合気を偏在させ、その周囲に前記第1混合気よりも燃料が薄い第2混合気を分散させて、前記成層混合気を形成し、
前記点火制御部は、前記エンジンの運転状態が前記第2領域にある場合に、圧縮行程中に点火時期を設定する、
直噴エンジンの制御装置。
【請求項7】
点火プラグと、
筒内に燃料を直接噴射可能に設けられた燃料噴射弁と、
前記点火プラグおよび前記燃料噴射弁の動作を制御するコントローラと、
を備え、
圧縮比を変更可能に構成されるとともに、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の範囲となる空気過剰率に設定される運転領域を有し、前記運転領域において、前記点火プラグによる火花点火燃焼を行う直噴エンジンの制御装置であって、
前記コントローラは、
エンジンの運転状態を検出する運転状態検出部と、
前記エンジンの運転状態をもとに、前記燃料噴射弁の噴射量および噴射時期を設定する燃料噴射制御部と、
前記点火プラグの点火時期を設定する点火制御部と、
を備え、
前記燃料噴射制御部は、
前記エンジンの運転状態が前記運転領域の低負荷域である第1領域にある場合に、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の第1所定値である均質混合気を形成する噴射量および噴射時期を設定するとともに、
前記エンジンの運転状態が前記運転領域のうち、前記第1領域よりも高負荷側の第2領域
であって同一の運転状態のもとで均質混合気を形成して燃焼を行わせた場合にノッキングを抑制可能な圧縮比よりも高い圧縮比が設定される第2領域にある場合に、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の第2所定値である成層混合気を形成する噴射量および噴射時期を設定
するとともに、混合気の空気過剰率を前記第2所定値とする燃料の一部を第1時期に噴射し、前記燃料の残りの少なくとも一部を前記第1時期よりも後の第2時期に噴射して、前記点火プラグ近傍に燃料が濃い第1混合気を偏在させ、その周囲に前記第1混合気よりも燃料が薄い第2混合気を分散させて、前記成層混合気を形成し、
前記点火制御部は、前記エンジンの運転状態が前記第2領域にある場合に、圧縮行程中に点火時期を設定する、
直噴エンジンの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気過剰率が2近傍の希薄混合気により運転する直噴エンジンおよびその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境負荷の更なる低減のため、内燃エンジンの燃費向上に対する要求が高まっている。混合気の希薄化は、内燃エンジンの燃費を向上させるための既に知られた方策である。しかし、希薄混合気による燃焼のもとでも、エンジンの負荷が高く、燃料供給量が多い運転領域では、ノッキングが発生する場合がある。ノッキングを抑制する技術として、点火時期を遅角させることが知られている。
【0003】
JP2010-116876には、高負荷域でのノッキングを抑制するため、点火時期を遅角させることが開示されている。具体的には、エンジンの負荷および回転速度等をもとに熱負荷の高い高負荷域にあるか否かを判定し、高負荷域にあると判定した場合に、点火時期を遅角させる(段落0013)。
【発明の概要】
【0004】
しかし、点火時期を遅角させると、熱効率が低下し、燃費が悪化する。
【0005】
ノッキングを抑制することは、点火時期を遅角させることのほか、圧縮比を低下させることによっても可能である。しかし、圧縮比を低下させると、熱効率が低下するばかりでなく、筒内温度の低下により着火性が悪化し、燃焼が不安定となる。これに対し、混合気の空気過剰率ないし空燃比を下げ、混合気における燃料の量を相対的に増加させることで、着火性を確保することも可能であるが、混合気の希薄化による燃費向上の効果が減殺されるだけでなく、NOx排出量が増加する結果となる。
【0006】
本発明は、混合気の空気過剰率を2近傍とする燃焼を、高い熱効率を維持しながら実現可能とすることを目的とする。
【0007】
本発明は、一形態において、直噴エンジンの制御方法を提供する。
【0008】
本発明の一形態に係る方法は、点火プラグと、筒内に燃料を直接噴射可能に設けられた燃料噴射弁と、を備え、圧縮比を変更可能に構成されるとともに、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の範囲となる空気過剰率に設定される運転領域を有し、当該運転領域において、点火プラグによる火花点火燃焼を行う直噴エンジンの制御方法である。上記運転領域のうち、低負荷側の第1領域では、空気過剰率を空燃比換算で28~32の第1所定値とする均質混合気を形成して火花点火燃焼を行う一方、第1領域よりも高負荷側の第2領域では、第1領域よりも低い圧縮比を設定し、空気過剰率を空燃比換算で28~32の第2所定値とする成層混合気を形成するとともに、当該成層混合気を形成するにあたっては、混合気の空気過剰率を第2所定値とする燃料の一部を第1時期に噴射し、当該燃料の残りの少なくとも一部を第1時期よりも後の第2時期に噴射して、点火プラグ近傍に燃料が濃い第1混合気を偏在させ、その周囲に第1混合気よりも燃料が薄い第2混合気を分散させ、また、圧縮行程中に点火時期を設定して火花点火燃焼を行う。
本発明の別の態様によれば、点火プラグと、筒内に燃料を直接噴射可能に設けられた燃料噴射弁と、を備え、圧縮比を変更可能に構成されるとともに、混合気の空気過剰率が空燃比換算で28~32の範囲となる空気過剰率に設定される運転領域を有し、当該運転領域において、点火プラグによる火花点火燃焼を行う直噴エンジンの制御方法であって、上記運転領域のうち、低負荷域である第1領域では、空気過剰率を空燃比換算で28~32の第1所定値とする均質混合気を形成して火花点火燃焼を行う一方、第1領域よりも高負荷側の第2領域では、同一の運転状態のもとで均質混合気を形成して燃焼を行わせた場合にノッキングを抑制可能な圧縮比よりも高い圧縮比に設定し、空気過剰率を空燃比換算で28~32の第2所定値とする成層混合気を形成するとともに、当該成層混合気を形成するにあたっては、混合気の空気過剰率を第2所定値とする燃料の一部を第1時期に噴射し、当該燃料の残りの少なくとも一部を第1時期よりも後の第2時期に噴射して、点火プラグ近傍に燃料が濃い第1混合気を偏在させ、その周囲に第1混合気よりも燃料が薄い第2混合気を分散させ、また、圧縮行程中に点火時期を設定して火花点火燃焼を行う直噴エンジンの制御方法が提供される。
本発明のさらに別の態様によれば、上記直噴エンジンの制御方法それぞれに対応する直噴エンジンの制御装置それぞれが提供される。
【0009】
本発明は、他の形態において、直噴エンジンの制御装置を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る直噴エンジンの構成図である。
【
図2】
図2は、同上エンジンに備わる可変圧縮比機構の構成図である。
【
図3】
図3は、同上エンジンの運転領域マップの一例を示す説明図である。
【
図4】
図4は、運転領域に応じた燃料噴射時期および点火時期を示す説明図である。
【
図5】
図5は、燃料噴射弁の噴霧ビーム重心線を示す説明図である。
【
図6】
図6は、噴霧と点火プラグとの位置関係を示す説明図である。
【
図7】
図7は、本発明の一実施形態に係る燃焼制御の全体的な流れを示すフローチャートである。
【
図8】
図8は、エンジン負荷に対する空気過剰率、圧縮比および燃料消費率の変化の一例を示す説明図である。
【
図9】
図9は、エンジン負荷に対する圧縮比の変化の変更例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
【0012】
(エンジンの全体構成)
図1は、本発明の一実施形態に係る直噴エンジン(火花点火エンジンであり、以下「エンジン」という)1の構成図である。
【0013】
エンジン1は、シリンダブロック1Aおよびシリンダヘッド1Bによりその本体が形成され、シリンダブロック1Aおよびシリンダヘッド1Bにより包囲された空間としてシリンダまたは気筒が形成される。
図1は、1つの気筒のみを示すが、エンジン1は、複数の気筒を有する多気筒型の直噴エンジンであってもよい。
【0014】
シリンダブロック1Aには、ピストン2が気筒中心軸Axに沿って上下に往復移動可能に挿入され、ピストン2は、コネクティングロッド3を介して図示しないクランクシャフトに連結されている。ピストン2の往復運動がコネクティングロッド3を通じてクランクシャフトに伝達され、クランクシャフトの回転運動に変換される。ピストン2の冠面21には、キャビティ21aが形成されており、吸気ポート4aを通じて筒内に吸入される空気の円滑な流れがピストン冠面21により阻害されるのを抑制する。
【0015】
シリンダヘッド1Bには、ペントルーフ型の燃焼室Chを画定する下面が形成されている。シリンダヘッド1Bの下面とピストン冠面21とにより包囲される空間として燃焼室Chが形成される。シリンダヘッド1Bには、燃焼室Chとエンジン外部とを連通する通路として、気筒中心軸Axの一側に一対の吸気通路4が、他側に一対の排気通路5が形成されている。そして、吸気通路4のポート部(吸気ポート)4aには、吸気弁8が設置され、排気通路5のポート部(排気ポート)5aには、排気弁9が設置されている。エンジン外部から吸気通路4に取り込まれた空気が吸気弁8の開期間中に筒内に吸入され、燃焼後の排気が排気弁9の開期間中に排気通路5に排出される。吸気通路4に図示しないスロットル弁が設置されており、スロットル弁により筒内に吸入される空気の流量が制御される。
【0016】
シリンダヘッド1Bには、さらに、吸気ポート4aおよび排気ポート5aの間で、気筒中心軸Ax上に点火プラグ6が設置され、気筒中心軸Axの一側において、一対の吸気ポート4a、4aの間に燃料噴射弁7が設置されている。燃料噴射弁7は、図示しない高圧燃料ポンプから燃料の供給を受け、筒内に燃料を直接噴射可能に構成されている。燃料噴射弁7は、マルチホール型の燃料噴射弁であり、気筒中心軸Axに対して斜めに交差する方向に燃料が噴射されるように、換言すれば、後に述べる噴霧ビーム重心線AFと気筒中心軸Axとが鋭角に交差するように、気筒中心軸Axの吸気ポート4a側に配置されている。本実施形態では、燃料噴射弁7は、点火プラグ6と吸気ポート4a、4aとに包囲される位置に設けられている。このような配置に限らず、燃料噴射弁7は、吸気ポート4aに対し、点火プラグ6とは反対側に設置することも可能である。
【0017】
吸気通路4には、タンブル制御弁10が設置され、タンブル制御弁10により吸気通路4の開口面積が実質的に狭められ、筒内における空気の流動が強化される。本実施形態では、空気の流動として、吸気ポート4aを通じて筒内に吸入された空気が、気筒中心軸Axに対して吸気ポート4aとは反対側、換言すれば、排気ポート5a側の筒内空間をシリンダヘッド1Bの下面からピストン冠面21に向かう方向に通過するタンブル流動が形成され、タンブル制御弁10により、このタンブル流動が強化される。筒内流動の強化は、タンブル制御弁10を設置することに限らず、吸気通路4の形状を変更することによっても達成することが可能である。例えば、吸気通路4をより直立に近い状態にして、筒内に空気が気筒中心軸Axに対してより緩やかな角度で流入するような形状としたり、吸気通路4の中心軸をより直線に近い状態にして、筒内に空気がより強い勢いをもって流入するような形状としたりすればよい。
【0018】
排気通路5には、排気浄化装置(図示せず)が介装されている。本実施形態では、酸化機能を有する触媒が排気浄化装置に内蔵され、排気通路5に排出された燃焼後の排気は、排気中に残存する酸素により炭化水素(HC)が浄化された後、大気中へ放出される。後に述べるように、本実施形態では、エンジン1の運転領域全体で混合気の空気過剰率λを2近傍として燃焼を行うが、空気過剰率λが理論空燃比相当値よりも高いリーン側の領域では、一酸化炭素(CO)および窒素酸化物(NOx)の排出量が減少する一方、HCが一定の排出量を維持する傾向にある。空気過剰率λを増大させ、理論値よりも大幅に高い空燃比とする運転により、NOxの排出自体を抑えながら、大気中へのHCの放出を抑制することが可能である。
【0019】
(可変圧縮比機構の構成)
図2は、エンジン1に備わる可変圧縮比機構の構成図である。
【0020】
本実施形態では、可変圧縮比機構によりピストン2の上死点位置を変化させて、エンジン1の圧縮比を機械的に変更する。
【0021】
可変圧縮比機構は、ピストン2とクランクシャフト15とをアッパリンク31(コネクティングロッド3)およびロアリンク32を介して連結し、ロアリンク32の姿勢をコントロールリンク33により調整することで、圧縮比を変更する。
【0022】
アッパリンク31は、上端でピストンピン34によりピストン2に接続されている。
【0023】
ロアリンク32は、中央に連結孔を有し、クランクシャフト15のクランクピン15aがこの連結孔に挿入されることで、クランクシャフト15に対し、クランクピン15aを中心として揺動自在に接続されている。ロアリンク32は、一端で連結ピン35によりアッパリンク31の下端と接続され、他端で連結ピン36によりコントロールリンク33の上端と接続されている。
【0024】
クランクシャフト15は、クランクピン15a、クランクジャーナル15bおよびバランスウェイト15cを備え、エンジン本体に対し、クランクジャーナル15bにより支持されている。クランクピン15aは、クランクジャーナル15bに対して偏心させた位置に設けられている。
【0025】
コントロールリンク33は、上端で連結ピン36によりロアリンク32に接続され、下端で連結ピン37によりコントロールシャフト38に接続されている。コントロールシャフト38は、クランクシャフト15と平行に配置され、中心から偏心させた位置に連結ピン37が設けられている。コントロールシャフト38は、外周にギアが形成されている。コントロールシャフト38のギアは、アクチュエータ39により駆動されるピニオン40と係合し、アクチュエータ39によりピニオン40を回転させることで、コントロールシャフト38を回転させ、連結ピン37の移動を通じてロアリンク32の姿勢を変更することが可能である。
【0026】
具体的には、連結ピン37の位置がコントロールシャフト38の中心に対して相対的に低くなるようにコントロールシャフト38を回転させることで、ロアリンク32の姿勢または傾きを、連結ピン35の位置がクランクピン15aの中心に対して相対的に高くなるように変更し(
図2に示す状態で、ロアリンク32を右回りに回転させ)、エンジン1の圧縮比を機械的に増大させることができる。他方で、連結ピン37の位置がコントロールシャフト38の中心に対して相対的に高くなるようにコントロールシャフト38を回転させることで、ロアリンク32の姿勢または傾きを、連結ピン35の位置がクランクピン15aの中心に対して相対的に低くなるように変更し(
図2に示す状態で、ロアリンク32を左回りに回転させ)、エンジン1の圧縮比を機械的に低下させることができる。
【0027】
本実施形態では、可変圧縮比機構により、エンジン負荷の増大に対して圧縮比を低下させる。
【0028】
(制御システムの構成)
エンジン1の運転は、エンジンコントローラ101により制御される。
【0029】
本実施形態において、エンジンコントローラ101は、電子制御ユニットとして構成され、中央演算装置、ROMおよびRAM等の各種記憶装置、入出力インターフェース等を備えるマイクロコンピュータからなる。
【0030】
エンジンコントローラ101へは、アクセルセンサ201、回転速度センサ202および冷却水温度センサ203の検出信号が入力されるほか、図示しないエアフローメータおよび空燃比センサ等の検出信号が入力される。
【0031】
アクセルセンサ201は、運転者によるアクセルペダルの操作量に応じた信号を出力する。アクセルペダルの操作量は、エンジン1に対して要求される負荷の指標となるものである。
【0032】
回転速度センサ202は、エンジン1の回転速度に応じた信号を出力する。回転速度センサ202として、クランク角センサを採用することが可能であり、クランク角センサにより出力される単位クランク角信号または基準クランク角信号を単位時間当たりの回転数(エンジン回転数)に換算することで、回転速度を検出することができる。
【0033】
冷却水温度センサ203は、エンジン冷却水の温度に応じた信号を出力する。エンジン冷却水の温度に代えて、エンジン潤滑油の温度を採用してもよい。
【0034】
エンジンコントローラ101は、エンジン1の負荷、回転速度および冷却水温度等の運転状態に対して燃料噴射量等、エンジン1の各種運転制御パラメータが割り付けられたマップデータを記憶しており、エンジン1の実際の運転時において、エンジン1の運転状態を検出し、これをもとにマップデータを参照して燃料噴射量、燃料噴射時期、点火時期および圧縮比等を設定し、点火プラグ6および燃料噴射弁7の駆動回路に指令信号を出力するとともに、可変圧縮比機構のアクチュエータ39に指令信号を出力する。
【0035】
(燃焼制御の概要)
本実施形態では、混合気の空気過剰率λを2近傍としてエンジン1を運転する。「空気過剰率」とは、空燃比を理論空燃比で除した値であり、空気過剰率が「2近傍」というときは、2およびその近傍の空気過剰率を含み、本実施形態では、空燃比換算で28~32の範囲となる空気過剰率、好ましくは、空燃比換算で30となる空気過剰率を採用する。「混合気の空気過剰率」とは、筒内全体での空気過剰率をいい、具体的には、エンジン1に対して一燃焼サイクル当たりに供給される燃料の燃焼に理論上必要な最小空気量(質量)を基準として、実際に供給される空気量をこの最小空気量で除した値をいう。
【0036】
図3は、本実施形態に係るエンジン1の運転領域マップを示している。
【0037】
本実施形態では、エンジン負荷を問わず、エンジン1を実際に運転する領域全体で混合気の空気過剰率λを2近傍に設定する。空気過剰率λを2近傍として運転する領域は、エンジン1の運転領域全体に限らず、一部の運転領域であってもよい。例えば、運転領域全体のうち低負荷域および中負荷域で空気過剰率λを2近傍とし、高負荷域では、空気過剰率λを切り換え、理論空燃比相当値(=1)に設定することも可能である。
【0038】
空気過剰率λを2近傍に設定する運転領域のうち、本実施形態では、エンジン1の運転領域全体のうち、エンジン負荷が所定値以下である第1領域Rlでは、空気過剰率λを2近傍の第1所定値λ1に設定し、燃料を筒内全体に拡散させた均質混合気を形成して燃焼を行う。他方で、エンジン負荷が所定値よりも高い第2領域Rhでは、空気過剰率λを2近傍の第2所定値λ2に設定し、点火プラグ6近傍に燃料が濃い混合気(第1混合気)を偏在させ、その周囲に第1混合気よりも燃料が薄い混合気(第2混合気)を分散させた成層混合気を形成して燃焼を行う。
【0039】
成層混合気の形成のため、本実施形態では、空気過剰率を第2所定値(λ=λ2)とする燃料を一燃焼サイクルのなかで複数回に分けて噴射する。一燃焼サイクル当たりの燃料の一部を吸気行程から圧縮行程前半の第1時期に噴射し、残りの燃料の少なくとも一部を第1時期よりもクランク角に関して遅い時期、具体的には、圧縮行程後半において、点火プラグ6の点火時期直前の第2時期に噴射する。本実施形態では、点火時期を圧縮行程中に設定することから、第2時期も圧縮行程中の時期となる。
【0040】
図4は、運転領域に応じた燃料噴射時期ITおよび点火時期Igを示している。
【0041】
均質混合気により燃焼を行う第1領域Rl(低負荷域)では、一燃焼サイクル当たりの燃料を吸気行程中に行う1回の噴射動作により供給する。エンジンコントローラ101は、吸気行程中の燃料噴射時期ITlを設定し、燃料噴射時期ITlから燃料噴射量に応じた期間に亘って継続する噴射パルスを燃料噴射弁7に出力する。燃料噴射弁7は、噴射パルスにより開駆動され、燃料を噴射する。第1領域Rlにおいて、点火時期Iglは、圧縮行程中に設定する。
【0042】
これに対し、成層混合気により燃焼を行う第2領域Rh(高負荷域)では、一燃焼サイクル当たりの燃料を吸気行程と圧縮行程との2回に分けて噴射する。1回目の噴射動作により燃料噴射量全体の約90%の燃料を噴射し、2回目の噴射動作により残りの10%の燃料を噴射する。エンジンコントローラ101は、燃料噴射時期として、吸気行程中の第1時期ITh1と、圧縮行程中の第2時期ITh2とを設定し、各回の燃料噴射量に応じた期間に亘って継続する噴射パルスを、燃料噴射弁7に出力する。燃料噴射弁7は、噴射パルスにより開駆動され、第1時期ITh1および第2時期ITh2の夫々で燃料を噴射する。点火時期Ighは、第2領域Rhにおいても圧縮行程中に設定するが、第1領域Rlでの点火時期Iglよりは遅らせて設定する。
【0043】
低負荷側の第1領域Rlで設定される空気過剰率λ(第1所定値λ1)と、高負荷側の第2領域Rhで設定される空気過剰率λ(第2所定値λ2)とは、エンジン1の熱効率を考慮して夫々適切に設定することが可能である。第1所定値λ1と第2所定値λ2とは、互いに異なる値であってもよいが、等しい値であってもよい。本実施形態では、等しい値とする(λ1=λ2)。
【0044】
(燃料噴霧の説明)
図5は、燃料噴射弁7の噴霧ビーム重心線AFを示している。
【0045】
先に述べたように、燃料噴射弁7は、マルチホール型の燃料噴射弁であり、本実施形態では、6つの噴孔を有する。噴霧ビーム重心線AFは、燃料噴射弁7の先端と噴霧ビーム中心CBとを結んだ直線として定義され、燃料噴射弁7の噴射方向は、噴霧ビーム重心線AFに沿った方向として特定される。「噴霧ビーム中心」CBとは、各噴孔から噴射される燃料により噴霧ビームB1~B6が形成されるとして、噴射から一定時間が経過した時点での各噴霧ビームB1~B6の先端を繋いだ仮想上の円の中心をいう。
【0046】
図6は、噴霧(噴霧ビームB1~B6)と点火プラグ6の先端(プラグギャップG)との位置関係を示している。
【0047】
本実施形態では、噴霧ビーム重心線AFを燃料噴射弁7の中心軸に対して傾斜させ、気筒中心軸Axと噴霧ビーム重心線AFとのなす角度を、気筒中心軸Axと燃料噴射弁7の中心軸とのなす角度よりも拡大させている。これにより、噴霧を点火プラグ6に近付け、噴霧ビーム(例えば、噴霧ビームB4)がプラグギャップG近傍を通過するように方向付けることができる。
【0048】
このように、噴霧ビームにプラグギャップG近傍を通過させることで、高負荷側の第2領域Rhにおいて、点火時期Igh直前に噴射された燃料の噴霧が有する運動エネルギにより点火プラグ6近傍の混合気に流動を生じさせ、タンブル流動が減衰しまたは崩壊した後にあっても点火によるプラグ放電チャンネルを充分に伸長させることが可能となり、着火性を確保することができる。「プラグ放電チャンネル」とは、点火時にプラグギャップGに生じるアークをいう。
【0049】
(フローチャートによる説明)
図7は、本実施形態に係る燃焼制御の全体的な流れをフローチャートにより示している。
【0050】
図8は、エンジン負荷に対する空気過剰率λ、圧縮比CRおよび燃料消費率ISFCの変化を示している。
【0051】
図8を適宜に参照しながら、
図7により本実施形態に係る燃焼制御について説明する。エンジンコントローラ101は、
図7に示す制御ルーチンを所定時間毎に実行するようにプログラムされている。
【0052】
本実施形態では、先に述べた均質混合気と成層混合気との切り換えに加え、可変圧縮比機構により、運転領域Rl、Rhに応じてエンジン1の圧縮比CRl、CRhを変更する。
【0053】
S101では、エンジン1の運転状態として、アクセル開度APO、エンジン回転速度Neおよび冷却水温度Tw等を読み込む。アクセル開度APO等の運転状態は、アクセルセンサ201、回転速度センサ202および冷却水温度センサ203等の検出信号をもとに、別途実行される運転状態演算ルーチンにより算出する。
【0054】
S102では、読み込んだ運転状態をもとに、エンジン1の運転領域が低負荷側の第1領域Rlであるか否かを判定する。具体的には、アクセル開度APOがエンジン回転速度Ne毎に定められた所定値以下である場合は、運転領域が第1領域Rlであると判定して、S103へ進み、S103~105の手順に従って均質燃焼によりエンジン1を運転する。他方で、アクセル開度APOが上記エンジン回転速度Ne毎の所定値よりも高い場合は、運転領域が高負荷側の第2領域Rhであると判定して、S106へ進み、S106~108の手順に従って弱成層燃焼によりエンジン1を運転する。
【0055】
S103では、第1領域Rl用の圧縮比CRlを設定する。第1領域Rlでは、圧縮比CRlをノッキングが発生しない範囲で可及的に大きな値に設定する。本実施形態では、
図8に示すように、エンジン負荷の増大に対して低下する傾向を有する目標圧縮比を予め設定し、目標圧縮比に基づき可変圧縮比機構を制御することで、エンジン負荷が高いときほど、圧縮比CRlを低下させることとする。しかし、これに限らず、エンジン1にノックセンサを設置し、一定値として設定された目標圧縮比のもとでノッキングの発生が検出された場合に、可変圧縮比機構により圧縮比CRlを低下させ、ノッキングを抑制するようにしてもよい。
【0056】
S104では、第1領域Rl用の燃料噴射量FQlおよび燃料噴射時期ITlを設定する。具体的には、エンジン1の負荷および回転速度等をもとに燃料噴射量FQlを設定するとともに、燃料噴射時期ITlを設定する。燃料噴射量FQl等の設定は、例えば、次のようである。
【0057】
アクセル開度APOおよびエンジン回転速度Neをもとに基本燃料噴射量FQbaseを算出し、これに冷却水温度Tw等に応じた補正を施すことで、一燃焼サイクル当たりの燃料噴射量FQを算出する。そして、算出された燃料噴射量FQ(=FQl)を次式に代入することで噴射期間ないし噴射パルス幅Δtに換算し、さらに、燃料噴射時期IT1を算出する。基本燃料噴射量FQbaseおよび燃料噴射時期ITlの計算は、実験等を通じた適合により予め定められたマップからの検索により行うことが可能である。
【0058】
FQ=ρ×A×Cd×√{(Pf-Pa)/ρ}×Δt …(1)
上式(1)において、燃料噴射量をFQ、燃料密度をρ、噴射ノズル総面積をA、ノズル流量係数をCd、燃料噴射圧力または燃料圧力をPf、筒内圧力をPaとする。
【0059】
S105では、第1領域R1用の点火時期Iglを設定する。第1領域Rlでは、圧縮行程中の点火時期Iglを設定する。具体的には、点火時期Iglは、MBT(最適点火時期)またはその近傍の時期に設定する。
【0060】
S106では、第2領域Rh用の圧縮比CRhを設定する。第2領域Rhでは、圧縮比CRhを第1領域Rlよりも低い圧縮比に設定する。そして、第1領域Rlにおけると同様に、エンジン負荷の増大に対して低下する傾向を有する目標圧縮比を予め設定し、目標圧縮比に基づき可変圧縮比機構を制御することで、圧縮比CRhを低下させるが、ノックセンサを備える場合は、一定値(第1領域Rlで設定される値よりも低い)として設定された目標圧縮比のもとでノッキングの発生が検出された場合に、可変圧縮比機構により圧縮比CRhを低下させ、ノッキングを抑制するようにしてもよい。
【0061】
ここで、本実施形態では、第2領域Rh用の圧縮比CRhを、同一の運転状態(エンジン負荷)のもとで均質混合気により燃焼を行わせた場合にノッキングを抑制可能な圧縮比よりも高い圧縮比に設定する。
図8は、均質混合気による場合にノッキングを抑制可能な圧縮比を、二点鎖線により示している。このように、本実施形態において、第2領域Rh用の圧縮比CRhは、二点鎖線で示す均質混合気による場合の圧縮比よりも一定値だけ高い圧縮比である。第2領域Rhについて、「圧縮比CRhを第1領域Rlよりも低い圧縮比に設定する」とは、エンジン負荷全体を通じた全体的な傾向として「第1領域Rlよりも低い」ことをいう。
【0062】
さらに、
図8は、空気過剰率λの変化を示している。本実施形態において、空気過剰率λは、エンジン負荷の増大に対し、第1領域Rlでλ=2から減少し、第1領域Rlから第2領域Rhへの移行に際して2よりもやや大きな値にまで増大した後、第2領域Rhでλ=2に向けて減少する。空気過剰率λがエンジン負荷の増大に対して示すこのような挙動は、空気過剰率λ自体を変更するという積極的な設計意図によるものではない。第1領域Rlでの空気過剰率λの減少は、ノッキングの抑制を目的とした圧縮比CRlの低下に対して着火性を確保するための調整、換言すれば、混合気の希薄化による効果を損なわない範囲での燃料の増量補正による。そして、第1領域Rlから第2領域Rhに移行する際の空気過剰率λの増大は、混合気の成層化により着火性が向上し、より高い空気過剰率λのもとで燃焼が可能となることによる調整である。
【0063】
S107では、第2領域Rh用の燃料噴射量FQh1、FQh2および燃料噴射時期ITh1、ITh2を設定する。具体的には、第1領域Rlにおけると同様に、エンジン1の運転状態に応じた基本燃料噴射量FQbaseを算出し、これに冷却水温度Tw等に応じた補正を施すことで、一燃焼サイクル当たりの燃料噴射量FQを算出する。そして、算出された燃料噴射量FQのうち所定の割合(例えば、90%)を吸気行程中の燃料噴射量FQh1に設定し、残りを圧縮行程中の燃料噴射量FQh2に設定する。さらに、燃料噴射量FQh1、FQh2を夫々上式(1)に代入することで噴射期間ないし噴射パルス幅Δt1、Δt2に換算し、吸気行程中の燃料噴射時期ITh1および圧縮行程中の燃料噴射時期ITh2を算出する。燃料噴射量FQh1、FQh2の配分および燃料噴射時期ITh1、ITh2の計算も、基本燃料噴射量FQbaseと同様に、実験等を通じた適合により予め定められたマップからの検索により行うことが可能である。
【0064】
S108では、第2領域Rh用の点火時期Ighを設定する。第2領域Rhでは、燃料噴射時期ITh2に噴射された燃料を火種として筒内全体で燃焼を生じさせ、圧縮上死点をやや過ぎた時期に熱発生のピークを迎えることができるように、点火時期Ighおよび燃料噴射時期ITh2から点火時期Ighまでの間隔を設定する。具体的には、点火時期Ighは、第1領域Rlでの点火時期Iglよりも遅い圧縮行程中の時期、本実施形態では、
図4に示すように、圧縮上死点直前に設定する。
【0065】
本実施形態では、エンジンコントローラ101により「コントローラ」が構成され、点火プラグ6、燃料噴射弁7およびエンジンコントローラ101により「直噴エンジンの制御装置」が構成される。そして、
図7に示すフローチャートのうち、S101の処理により「運転状態検出部」の機能が実現され、S104および107の処理により「燃料噴射制御部」の機能が実現され、S105および108の処理により「点火制御部」の機能が実現される。
【0066】
以上が本実施形態に係る燃焼制御の内容であり、以下、本実施形態により得られる効果をまとめる。
【0067】
(作用効果の説明)
第1に、本実施形態では、混合気の空気過剰率λを2近傍に設定することで、熱効率の高い燃焼を実現し、燃費を削減することが可能である。そして、エンジン1の運転領域のうち、低負荷側の第1領域Rlでは、空気過剰率λを2近傍とする均質混合気を形成して燃焼を行う一方、高負荷側の第2領域Rhでは、燃焼形態を切り換え、空気過剰率λを2近傍とする成層混合気を形成して燃焼を行うことで、均質混合気による燃焼よりも燃焼速度(火炎伝播速度)が高まって、燃焼の耐ノッキング性が向上するため、点火時期の遅角に頼ることなくノッキングを抑制することが可能となる。つまり、本実施形態によれば、特に高負荷域での熱効率の改善を通じて、運転領域全体に亘って高い熱効率を実現することができる。さらに、空気過剰率λを空燃比換算で28~32、特に30前後の値とすることで、熱効率を改善するうえで好適な混合気を形成することができる。
【0068】
第2に、高負荷側の第2領域Rhにおいて、エンジン1に対して一燃焼サイクル当たりに供給すべき燃料の一部を吸気行程に噴射し、残りの燃料の少なくとも一部を点火プラグ6の点火時期Igh直前に噴射することで、点火プラグ6近傍に偏在する燃料ないし第2混合気を火種として良好な着火性を維持し、希薄混合気にあっても安定した燃焼を実現することができる。ここで、点火時期Igh直前に噴射された燃料の噴霧が有する運動エネルギにより点火プラグ6近傍の混合気に流動を生じさせ、乱れが残存しているうちに点火を行うことで、プラグ放電チャンネルを伸長させるとともに、初期火炎の形成を助け、燃焼の更なる安定化が可能である。
【0069】
第3に、点火プラグ6を吸気ポート4aと排気ポート5aとの間に設置し、燃料噴射弁7を点火プラグ6と吸気ポート4a、4aとに包囲される位置に設置することで、換言すれば、燃料噴射弁7を吸気ポート4aよりも点火プラグ6に近付けて配置することで、第2混合気を良好に形成することができる。
【0070】
第4に、エンジン1の圧縮比CRを変更可能とし、高負荷側の第2領域Rhで低負荷側の第1領域Rlよりも圧縮比CR(=CRh)を低下させることで、ノッキングをより確実に抑制することが可能となる。
【0071】
ここで、圧縮比CRを低下させると、熱効率が低下するばかりでなく、筒内温度の低下により着火性が悪化し、燃焼が不安定となる。これに対し、混合気の空気過剰率λを下げ、混合気における燃料の量を相対的に増加させることで、着火性を確保することも可能である。しかし、この場合は、混合気の希薄化による燃費向上の効果が減殺されるだけでなく、NOx排出量が増加する懸念がある。
【0072】
本実施形態では、第2領域Rhで成層混合気を形成して燃焼を行うことで、燃焼の耐ノッキング性が向上することから、均質混合気による場合よりも高い圧縮比でノッキングを抑制することが可能となり、燃料消費率を削減することができる。
図8は、第2領域Rhについて、成層混合気により燃焼を行うことで、均質混合気による場合と比較して燃料消費率ISFCが削減可能であることを示している(均質混合気による場合の燃料消費率を二点鎖線により示す)。そして、混合気の成層化により、空気過剰率λを低下させずに着火性を確保可能であることから、高い熱効率を維持することができる。
【0073】
本実施形態では、
図8に示すように、エンジン負荷の増大に対し、第1領域Rlから第2領域Rhへの移行に際して圧縮比CRを階段状に増大させた(ただし、実際の運転では、可変圧縮比機構の動作に、アクチュエータ39およびリンク機構31、32、33等の特性に応じた遅れが存在する)。第2領域Rh用の圧縮比CRhは、このような設定に限らず、エンジン負荷の増大に対して連続的に変化させてもよい。可変圧縮比機構の動作遅れにもよるが、例えば、
図9に示すように、第2領域Rhにおいて、圧縮比CRhを、エンジン負荷の増大に対し、均質混合気による場合にノッキングを抑制可能な圧縮比(二点鎖線により示す)との差分が増大するように変化させる。
【0074】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は、本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を、上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。上記実施形態に対し、特許請求の範囲に記載した事項の範囲内で様々な変更および修正が可能である。