(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-15
(45)【発行日】2022-08-23
(54)【発明の名称】放射線損傷保護又は緩和、及び肺線維化予防又は治療用途
(51)【国際特許分類】
A61K 31/517 20060101AFI20220816BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220816BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20220816BHJP
A61P 39/00 20060101ALI20220816BHJP
【FI】
A61K31/517
A61P43/00 105
A61P11/00
A61P39/00
(21)【出願番号】P 2020533577
(86)(22)【出願日】2018-12-20
(86)【国際出願番号】 KR2018016365
(87)【国際公開番号】W WO2019125015
(87)【国際公開日】2019-06-27
【審査請求日】2020-07-16
(31)【優先権主張番号】10-2017-0175986
(32)【優先日】2017-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】518123844
【氏名又は名称】コリア インスティテュート オブ ラジオロジカル アンド メディカル サイエンシズ
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】イ ユンジン
(72)【発明者】
【氏名】ソ へンラン
(72)【発明者】
【氏名】イ ヘジュン
(72)【発明者】
【氏名】キム アラム
(72)【発明者】
【氏名】チェ インヒ
(72)【発明者】
【氏名】カン ソンヒ
(72)【発明者】
【氏名】チェ キュジン
【審査官】金子 亜希
(56)【参考文献】
【文献】Rad Oncology,2009年,4:66
【文献】J exp Med,2005年,201(6),925-935
【文献】Am J Respir Crit Care Med,2005年,171,1279-1285
【文献】Expert Opin Pharmacother,2013年,14(2),247-253
【文献】J Clin Oncol,2012年,30(27),3337-3344
【文献】PLOSone,2014年,9(5),e98557
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/517
A61P 43/00
A61P 11/00
A61P 39/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)の化合物、又は薬剤学的に許容されるその塩もしくは溶媒和物を含む肺組織におけるDNA損傷抑制用薬学組成物。
【化1】
【請求項2】
DNA損傷抑制により、放射線誘発損傷に対して、放射線から防護し、又は放射線を緩和する、請求項1に記載の薬学組成物。
【請求項3】
DNA損傷抑制により、肺線維化を予防し、又は治療する、請求項1に記載の薬学組成物。
【請求項4】
前記放射線誘発損傷は、放射線被曝による血管損傷、組織炎症及び組織線維化から選択される少なくとも1つである、請求項2に記載の薬学組成物。
【請求項5】
前記肺線維化は、放射線被曝、又は抗癌治療のための薬物療法により誘発された肺線維化である、請求項3に記載の薬学組成物。
【請求項6】
前記化学式(1)の化合物の薬剤学的に許容される塩は塩酸塩であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の薬学組成物。
【請求項7】
前記薬学組成物は、DNA損傷誘発因子への曝露の前、曝露の後、又は曝露と同時に投与されるように用いられることを特徴とする、請求項1~6のいずれか一項に記載の薬学組成物。
【請求項8】
前記薬学組成物は、DNA損傷誘発因子への曝露の前に投与されるように用いられることを特徴とする、請求項7に記載の薬学組成物。
【請求項9】
前記肺線維化が突発性肺線維化である、請求項3に記載の
薬学組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線防護用又は緩和用薬剤学的組成物に関し、特に放射線被曝により誘発される任意の損傷、例えば血管損傷、皮膚損傷、胃腸管損傷、組織炎症、組織線維化を予防又は治療する薬剤学的組成物に関する。また、本発明は、肺線維化を予防又は治療する薬剤学的組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
放射線を取り扱う産業現場における放射線曝露事故や、放射線治療時に生じる正常組織への副作用など、放射線被曝による生体損傷の事例は様々である。
【0003】
放射線は、主に細胞毒性により細胞及び組織に悪影響を及ぼす。ヒトのイオン化放射線への曝露は、主に抗癌放射線治療により発生し、職業上又は環境曝露により発生することもある。
【0004】
放射線曝露は、職業上の環境で発生することもある。例えば、原子力又は核兵器産業において放射線に曝露(又は潜在的曝露)されることがある。現在、米国には商業的に許可された104カ所の原子力発電所がある。世界的には、計430カ所の原子力発電所が32カ国で作動している。これらの原子力発電所に雇用されている全ての職員は、担当する業務を行う際に放射線に曝露されることがある。1979年3月28日に起こったThree Mile Island原子力発電所事故においては、原子炉棟及び周囲環境で放射能物質が放出され、非常に危険な曝露の潜在性が示された。このような大型事故がなかったとしても、原子力産業に従事する勤務者は、民間人より高いレベルの放射線に曝露される。
【0005】
職業上曝露の他の原因としては、機械部品、プラスチック及び放射性医療品製造時に残った溶媒、煙探知器、緊急合図、並びにその他消費物資が挙げられる。
【0006】
また、放射線被曝による生体損傷は、放射線治療時に慢性副作用として発生することが多く、これは放射線治療の完治率を低下させる。近年、放射線治療技術の発達により放射線治療を受けた癌患者の生存率が上昇しているが、放射線による副作用として発生する生体損傷、特に肺線維化は癌患者の生活の質を低下させる大きな問題として注目されている。近年、放射線治療装置及びソフトウェアの発達、並びに放射線生物学的概念の進化により、1~数回(5回程度)の放射線治療で正常組織を保護しながら癌病巣のみ効果的に制御できる放射線治療技法が開発されているが、癌のステージや発生部位などに応じて制限的に用いられているにすぎない。
【0007】
このような放射線治療技術の発達にもかかわらず放射線治療時に不可避的に発生する肺線維化などの副作用は、胸部放射線治療患者においてよく発生する副作用である。肺癌、乳癌又はホジキンリンパ腫の治療のために胸部に放射線治療を受けた患者の10~15%において、2~3カ月後には放射線肺炎が発生し、6カ月後には慢性副作用である線維化疾患に進行する。このように進行した肺線維化は、2年ほどの期間が過ぎても依然として維持されるので、肺機能が低下し、患者の苦痛と生活の不便を伴う(非特許文献1)。
【0008】
現在、肺線維化症の治療には免疫抑制剤が主に用いられる。ステロイドや細胞毒性薬物などが用いられるが、ステロイドが優先して用いられており、放射線被曝による肺線維化の治療剤としては、現在、ステロイドとアザチオプリン又はシクロホスファミドの併合療法が用いられている(非特許文献2)。しかし、このような治療法が患者の生存率や生活の質を向上させるという明確な根拠はなく、現在まで様々な線維化抑制剤が動物実験及び小規模の患者において試行されたが、明確な効果は立証されていない。
【0009】
よって、放射線による肺線維化をはじめとする、放射線による組織の損傷を予防又は緩和する放射線防護剤又は放射線緩和剤用医薬品の開発が切実に求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】韓国公開特許第10-2014-0076935号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Xie H et.al., Exp Biol Med (Maywood):238(9):1062-8. 2013.
【文献】Ochoa et al., Journal of Medical Case Reports, 6:413.2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明者らは、このような放射線防護剤又は放射線緩和剤用医薬品を開発すべく鋭意努力した結果、上皮細胞成長因子受容体(Epidermal growth factor receptor: EGFR)の抑制剤の一種であるダコミチニブ((2E)-N-{4-[(3-クロロ-4-フルオロフェニル)アミノ]-7-メトキシ-6-キナゾリニル}-4-(1-ピペリジニル)-2-ブテンアミド)がDNA損傷を抑制する効果を有することを見出すと共に、優れた放射線防護又は緩和効果、肺線維化予防及び治療効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、化学式(1)の化合物、又は薬剤学的に許容されるその塩もしくは溶媒和物を含むDNA損傷抑制用薬学組成物を提供することを目的とする。
【0014】
また、本発明は、化学式(1)の化合物、又は薬剤学的に許容されるその塩もしくは溶媒和物を含む、放射線誘発損傷に対する放射線防護又は緩和用薬学組成物を提供することを目的とする。
【0015】
さらに、本発明は、化学式(1)の化合物、又は薬剤学的に許容されるその塩もしくは溶媒和物を含む、肺線維化予防又は治療用薬学組成物を提供することを目的とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の化学式(1)の化合物、又は薬剤学的に許容されるその塩もしくは溶媒和物は、放射線被曝時に現れる血管損傷、皮膚損傷、胃腸管損傷、組織炎症、組織線維化などを含む副作用である放射線誘発損傷を予防又は緩和する優れた効果を有する。
【0017】
また、本発明の化学式(1)の化合物、薬剤学的に許容されるその塩又は溶媒和物は、肺線維化、特に放射線被曝又は抗癌治療のための薬物療法による肺線維化を予防又は治療する優れた効果を有する。よって、本発明の薬学組成物は、放射線被曝又は抗癌治療のための薬物療法により誘発された肺線維化の予防又は治療に効果的に用いられるものと期待される。
【0018】
それだけでなく、本発明の化学式(1)の化合物、薬剤学的に許容されるその塩又は溶媒和物は、DNA損傷を抑制することにより、放射線治療時に現れる生体損傷を効果的に予防又は治療できるという効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1a】マウス動物モデルにおいて、放射線照射1時間前に10mg/kgの濃度のDacomitinibで処理するか又は処理せず、その後肺部位に90Gyの強度で放射線を照射し、次いで組織損傷部位の炎症反応及び線維化をヘマトキシリン・エオシン染色法で確認した結果を撮影した写真である。
【
図1b】
図1aの炎症反応の程度を等級化して統計的に示すグラフである。
【
図2】マウス動物モデルにおいて、胸部に対する放射線照射と共にDacomitinibで処理し、未処理群(IR)と比較した血管壁の厚さの変化を示すグラフである。
【
図3a】マウス動物モデルにおいて、Dacomitinibで処理するか又は処理せず、その後肺部位に放射線を照射し、次いで肺の血管内皮部位のコラーゲンをトリクローム染色法で確認した結果を撮影した写真である。
【
図3b】
図3aの肺線維化関連分子であるコラーゲンの発現の程度をトリクローム染色法で確認して統計的に示すグラフである。
【
図4】マウス動物モデルにおいて、放射線照射1時間前に10mg/kgの濃度のDacomitinibで処理するか又は処理せず、その後肺部位に90Gyの強度で放射線を照射し、次いでDNA損傷をγH2AX免疫染色法で確認した結果を撮影した写真である。
【
図5】マウス動物モデルにおいて、ブレオマイシン注入前に10mg/Kgの濃度のDacomitinibで処理するか又は処理せず、その後肺組織をヘマトキシリン・エオシン染色法及びトリクローム染色法で確認した結果を撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に用いられる全ての用語は、特に断らない限り、本発明の関連分野において通常の技術者が一般に理解するところと同じ意味で用いられる。また、本明細書には好ましい方法や試料などが記載されているが、これと類似又は同等のものも本発明に含まれる。
【0021】
本発明の一態様は、化学式(1)の化合物、又は薬剤学的に許容されるその塩もしくは溶媒和物を含む、DNA損傷抑制用薬学組成物を提供する。
【0022】
【0023】
化学式(1)の化合物の化学名は(2E)-N-{4-[(3-クロロ-4-フルオロフェニル)アミノ]-7-メトキシ-6-キナゾリニル}-4-(1-ピペリジニル)-2-ブテンアミド((2E)-N-{4-[(3-Chloro-4-fluorophenyl)amino]-7-methoxy-6-quinazolinyl}-4-(1-piperidinyl)-2-butenamide)であり、PF-00299804、ダコミチニブ、Dacomitinibともいう。
【0024】
前記「DNA損傷」とは、放射線被曝又は抗癌治療のための薬物療法により誘発されたものであって、DNAの直接的な構造、機能の喪失、又はDNAに間接的に作用する損傷を意味する。前記DNA損傷は、任意の生体損傷の症状を伴うことがあり、具体的には血管損傷、皮膚損傷、胃腸管損傷、組織炎症、組織線維化などの症状が現れることがあり、肺線維化などの症状が現れることがあるが、これらに限定されるものではない。
【0025】
本発明の一具体例によれば、マウスに放射線を照射し、その後放射線照射部位周辺の正常細胞のDNA損傷レベルを測定した結果、本発明の化学式(1)の化合物を投与したマウスは、対照群に比べてDNA損傷が大幅に減少することが確認された。
【0026】
本発明の他の態様は、化学式(1)の化合物、又は薬剤学的に許容されるその塩もしくは溶媒和物を含む、放射線誘発損傷に対する放射線防護又は緩和用薬学組成物を提供する。
【0027】
本発明における「放射線防護(radioprotection)」とは、放射線被曝前に生体に適用し、放射線被曝により誘発される任意の放射線誘発損傷を抑制又は軽減することを意味する。
【0028】
本発明における「放射線緩和(radiomitigation)」とは、放射線被曝の明らかな兆候が現れる前に放射線被曝後短期間で生体に適用し、放射線被曝により誘発される任意の放射線誘発損傷を抑制又は軽減することを意味する。
【0029】
前記「短期間」とは、放射線被曝による明らかな損傷兆候が現れる前に適用し、任意の放射線誘発損傷を抑制又は軽減できる程度の期間を意味する。一具体例において、前記短期間は、放射線照射後36時間以内、24時間以内又は12時間以内であるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
前記「放射線誘発損傷」とは、放射線被曝により誘発される任意の生体損傷を意味し、例えば放射線被曝による血管損傷、皮膚損傷、胃腸管損傷、組織炎症又は組織線維化が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0031】
前記「薬剤学的に許容される塩」には、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、フッ化水素塩、硫酸塩、スルホン酸塩、クエン酸塩、ショウノウ酸塩、マレイン酸塩、酢酸塩、乳酸塩、ニコチン酸塩、硝酸塩、コハク酸塩、リン酸塩、マロン酸塩、リンゴ酸塩、サリチル酸塩、フェニル酢酸塩、ステアリン酸塩、ギ酸塩、フマル酸塩、ウレア、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、リチウム、桂皮酸塩、メチルアミノ、メタンスルホン酸塩、ピクリン酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、ナフタレンスルホン酸塩、酒石酸塩、トリエチルアミノ、ジメチルアミノ、トリ(ヒドロキシメチル)アミノメタンなどの製薬分野で通常用いられる塩が含まれ、具体的には塩酸塩であるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
前記「溶媒和物」又は「薬剤学的に許容される溶媒和物」とは、少なくとも1つの溶媒分子と化学式(1)の化合物の結合により形成された溶媒和物である。溶媒和物には、水和物(例えば、ヘミ水和物、一水和物、二水和物、三水和物、四水和物など)が含まれる。
【0033】
本発明のさらに他の態様は、化学式(1)の化合物、又は薬剤学的に許容されるその塩もしくは溶媒和物を含む、肺線維化予防又は治療用薬学組成物を提供する。
【0034】
前記肺線維化は、様々な原因により発生する肺線維化であり、具体的には放射線被曝、抗癌治療のための薬物療法、喫煙、粉塵の多い作業環境などにより誘発されるものであるが、これらに限定されるものではない。また、前記肺線維化は、癌に対する放射線治療の際に正常組織まで被曝することにより発生した放射線治療副作用、又は抗癌治療のための薬物療法の副作用であってもよいが、これらに限定されるものではない。前記肺線維化を誘発する、癌に対する放射線治療又は薬物療法には、肺癌、乳癌、ホジキンリンパ腫などに対する治療が含まれるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
本発明の化学式(1)の化合物、又は薬剤学的に許容されるその塩もしくは溶媒和物は、放射線によるDNA損傷を抑制することにより、放射線防護もしくは緩和効果、又は肺線維化予防もしくは治療効果を発揮するものであってもよい。
【0036】
本発明における「予防」とは、本発明の組成物を個体に投与することにより、DNA損傷による症状、具体的には放射線損傷及び/又は肺線維化を抑制、軽減又は遅延させるあらゆる行為を意味する。
【0037】
本発明における「治療」とは、本発明の組成物を個体に投与することにより、DNA損傷による症状、具体的には放射線損傷及び/又は肺線維化の症状を好転又は有利に変化させるあらゆる行為を意味する。
【0038】
本発明のさらに他の態様は、前記薬学組成物を投与するステップを含むDNA損傷抑制方法を提供する。
【0039】
本発明のさらに他の態様は、前記薬学組成物を投与するステップを含む、放射線誘発損傷に対する放射線防護又は緩和方法を提供する。
【0040】
本発明のさらに他の態様は、前記薬学組成物を投与するステップを含む、肺線維化予防又は治療方法を提供する。
【0041】
前記放射線誘発損傷、肺線維化、予防及び治療については前述した通りである。
【0042】
本発明における「投与」とは、任意の適切な方法で個体に本発明の組成物を導入することを意味し、投与経路は、標的組織に送達できるものであれば、経口又は非経口の様々な経路で投与することができる。
【0043】
前記薬学組成物は、DNA損傷誘発因子への曝露の前又は後に投与されるものであってもよい。前記DNA損傷誘発因子は、放射線、抗癌治療薬物投与などであってもよいが、これらに限定されるものではない。具体的には、前記薬学組成物は、放射線被曝の前、放射線被曝の後、又は放射線被曝と同時に投与するものであってもよく、抗癌治療のための薬物療法の前、抗癌治療のための薬物療法の後、又は抗癌治療のための薬物療法と同時に投与するものであってもよく、例えば放射線被曝の前に投与するものであってもよいが、これらに限定されるものではない。
【0044】
前記薬学組成物を投与する対象は、ヒトを含むあらゆる動物であってもよい。前記動物は、ヒトだけでなく、それに類似した症状の治療を必要とするウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ラクダ、カモシカ、イヌ、ネコなどの哺乳動物であってもよい。また、ヒトを除く動物を意味することもあるが、これに限定されるものではない。
【0045】
前記本発明による薬学組成物は、放射線防護又は緩和効果を得るために、成人の1日総投与量が化学式(1)の化合物に換算して約0.1~100mg/kgとなるように、任意に数回に分けて投与することができる。前記投与量は、損傷を誘発する放射線の強度、放射線誘発損傷の種類又は進行の程度、投与経路、性別、年齢、体重などに応じて適切に増減される。
【0046】
本発明の一具体例によれば、化学式(1)の化合物が投与されたマウスモデルにおいて、放射線照射による組織損傷、血管損傷及び肺線維化が阻害されることが確認されたので、本発明の化学式(1)の化合物は、放射線防護もしくは緩和、又は肺線維化予防もしくは治療に用いることができる。
【0047】
本発明のさらに他の態様は、化学式(1)の化合物のDNA損傷抑制用途を提供する。
【0048】
本発明のさらに他の態様は、化学式(1)の化合物の放射線誘発損傷に対する放射線防護又は緩和用途を提供する。
【0049】
本発明のさらに他の態様は、化学式(1)の化合物の肺線維化予防又は治療用途を提供する。
【0050】
化学式(1)の化合物、放射線誘発損傷、肺線維化、予防及び治療については前述した通りである。
【0051】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明する。しかし、これらの実施例は本発明を例示するものにすぎず、本発明がこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0052】
実験方法
(1)生体組織に対するヘマトキシリン(hematoxilin)・エオシン(Eosin)染色法(H&E staining)
マウスの組織は、10%の中性ホルマリン(neutral formalin)に1日間固定してパラフィン切片を作製した。組織周辺のパラフィンを除去するために、キシレン(xylene)、95、90、70%エタノール溶液にそれぞれ5分ずつ順に反応させ、ヘマトキシリン溶液に1分間浸漬して核を染色し、流水で10分間洗浄した。次に、エオシン溶液に30秒間浸漬して細胞質を染色し、50、70、90及び95%エタノール溶液、キシレン溶液に順に浸漬し、その後マウンティング溶液(mounting solution)を1滴滴下し、カバースライド(cover slide)を被せて顕微鏡(Carl Zeiss Vision)にて観察した。
【0053】
(2)生体組織に対するトリクローム(Trichrome)染色法
マウスの組織は、10%の中性ホルマリン(neutral formalin)に1日間固定してパラフィン切片を作製した。組織周辺のパラフィンを除去するために、キシレン(xylene)、95、90、70%エタノール溶液にそれぞれ5分ずつ順に反応させ、組織の抗原活性化のために、0.1Mの濃度のクエン酸(pH6.0)溶液に組織を浸漬し、20分間沸騰させた。次に、Bouin’s solutionに1分間、Weigert’s hematoxylinに10分間、Phosphotunstic/phosphomolydic acidに10分間、アニリンブルー(aniline blue)に5分間、1%酢酸に1分間順に反応させ、その後脱水過程を行い、カバーグラスで封入して顕微鏡(Carl Zeiss Vision)にて観察した。
【0054】
(3)γH2AX免疫染色法
マウスの組織は、10%の中性ホルマリン(neutral formalin)に1日間固定してパラフィン切片を作製した。組織周辺のパラフィンを除去するために、キシレン(xylene)及び100、95、90、70%エタノール溶液に順に浸漬した。組織の抗原活性化のために、0.1Mの濃度のクエン酸(pH6.0)溶液に組織を浸漬して30分間沸騰させ、3%過酸化水素に15分間反応させた。PBS(phosphate based saline buffer, 0.1%triton x-100を含む)溶液に1:200の比で希釈したγH2AX(abcam)を4℃で16時間反応させた。PBSで洗浄し、その後ビオチンを結合した二次抗体を1:200の比で希釈し、室温で30分間反応させた。ABC(Avidin biotin complex)に室温で30分間反応させて3,3’-DAB(3,3’-diaminobenzidine)を発色させ、その後ヘマトキシリンで対照染色した。次に、50、70、90、95、100%エタノール溶液、キシレン溶液に順に浸漬し、その後マウンティング溶液(mounting solution)を1滴滴下し、カバースライド(cover slide)を被せて顕微鏡(Carl Zeiss Vision)にて観察した。
【実施例1】
【0055】
Dacomitinibの放射線による組織損傷の阻害試験
マウスの胸部に3mmの大きさで90Gyの放射線を照射したマウス動物モデルの肺組織を10%ホルマリンに固定し、その後パラフィン切片を作製してヘマトキシリン(hematoxylin)・エオシン(eosin)染色法により組織炎症反応及び線維化を確認した。この染色法で組織を染色すると、細胞核は青色に染色され、細胞質はピンク色に染色される。マウス動物モデルに放射線を照射する1時間前にDacomitinibを10mg/kgで腹腔注射投与し、放射線照射2週間後に組織損傷部位の炎症反応、線維化をヘマトキシリン・エオシン染色法で確認した。
【0056】
図1aは、マウス動物モデルにおいて、放射線照射1時間前に10mg/kgの濃度のDacomitinibで処理するか又は処理せず、その後肺部位に90Gyの強度で放射線を照射し、次いで組織損傷部位の炎症反応及び線維化をヘマトキシリン・エオシン染色法で確認した結果を撮影した写真である。
【0057】
図1aから分かるように、ヘマトキシリン・エオシン染色により正常組織(No IR)と比較すると、90Gy放射線照射群(IR)の組織においては炎症細胞が浸潤することが確認される。また、90Gy放射線照射群(IR)の組織においては、正常組織と比較して、損傷した血管の周囲に線維化基質が現れることが分かる。それに対して、Dacomitinibで処理したマウス(IR+Dacomitinib)の組織においては、炎症細胞の浸潤と血管周囲の線維化基質が未処理群(IR)に比べて大幅に減少することが確認された。
【0058】
図1bは、
図1aの炎症反応の程度を等級化して統計的に示すグラフである。
【0059】
図1から分かるように、Dacomitinibでの処理が放射線による組織損傷を大幅に減少させる。
【実施例2】
【0060】
Dacomitinibの放射線による血管損傷のin vivo阻害試験
マウスの胸部に3mmの大きさで90Gyの放射線を照射したマウス動物モデルの肺組織を10%ホルマリンに固定し、その後パラフィン切片を作製してヘマトキシリン(hematoxylin)・エオシン(eosin)染色を行った。この染色法で組織を染色すると、細胞核は青色に染色され、細胞質はピンク色に染色される。マウス動物モデルに放射線を照射する1時間前にDacomitinibを10mg/kgで腹腔注射投与し、放射線照射2週間後に肺組織における血管損傷による血管壁の厚さの変化をヘマトキシリン・エオシン染色法で確認した。その結果を
図2に統計的に示す。
【0061】
図2に示すように、放射線を照射すると、血管損傷により放射線照射群(IR)の血管壁の厚さが正常組織(No IR)に比べて大幅に増加し、Dacomitinibで処理(IR+Dacomitinib)すると、血管壁の厚さが未処理群(IR)に比べて大幅に減少することが観察された。
【0062】
よって、
図2から分かるように、マウスに放射線を照射すると、血管損傷が進行し、Dacomitinibで処理すると、放射線照射による血管損傷が著しく阻害されることが確認された。
【実施例3】
【0063】
実験動物モデルにおける肺線維化現象の抑制試験
放射線治療後に発生する肺線維化症状において血管内皮細胞の肺線維化現象が現れるかを観察するために、C57BL/6マウスの肺部位に90Gyの局所放射線を照射した。マウスから肺を摘出し、肺組織の大動脈断面において、肺血管内皮細胞の線維化により現れるタンパク質であるコラーゲンをトリクローム染色法で確認した。Dacomitinib処理群は放射線照射1時間前に
Dacominitibを10mg/kgの量で腹腔内投与した。その結果を
図3に示す。
【0064】
図3aは、マウス動物モデルにおいて、Dacomitinibで処理するか又は処理せず、その後肺部位に放射線を照射し、次いで肺の血管内皮部位のコラーゲンをトリクローム染色法で確認した結果を撮影した写真である。
【0065】
図3aから分かるように、放射線を照射していない対照群の大動脈内壁においては、コラーゲン染色部位である青色部位がほとんど観察されないが、放射線照射群(IR)の大動脈内壁においては、青色部位が相対的に大幅に増加したことが観察される。よって、マウスの肺部位に放射線を照射すると、肺線維化が進行することが確認された。それに対して、Dacomitinib処理群(IR+Dacomitinib)においては、肺線維化関連タンパク質であるコラーゲンの青色部位が放射線照射群(IR)に比べて大幅に減少した。
【0066】
図3bは、
図3aの肺線維化関連分子であるコラーゲンの発現の程度をトリクローム染色法で確認して統計的に示すグラフである。また、放射線照射により線維化現象が増加した実験群と、増加した線維化現象がDacomitinibで処理することにより減少した実験群間に現れた効果が統計的に有意であることが確認された。
【0067】
図3から分かるように、Dacomitinibが放射線による肺血管内皮細胞の線維化現象を著しく阻害することが確認された。
【実施例4】
【0068】
Dacomitinibの放射線によるDNA損傷の阻害試験
放射線治療後に発生する副作用の1つとして、放射線照射部位周辺の正常細胞のDNA損傷が挙げられる。DNAが損傷を受けると、γH2AXのリン酸化が進行するため、損傷したDNAが認識されて復旧シグナル機序が活性化するので、このタンパク質を染色することによりDNA損傷を確認することができる。よって、DNA損傷の程度を測定するために、マーカーとして知られているγH2AXを染色した。その結果を
図4に示す。
【0069】
図4は、マウス動物モデルにおいて、放射線照射1時間前に10mg/kgの濃度のDacomitinibで処理するか又は処理せず、その後肺部位に90Gyの強度で放射線を照射し、次いでDNA損傷をγH2AX免疫染色法で確認した結果を撮影した写真である。
【0070】
図4に示すように、γH2AX免疫染色により正常組織(No IR)と比較すると、90Gy放射線照射群(IR)の組織においてはDNA損傷が大幅に増加することが確認された。それに対して、Dacomitinibで処理したマウス(IR+Dacomitinib)の組織においては、DNA損傷によるγH2AXの発現が未処理群(IR)に比べて大幅に減少した。
【0071】
図4から分かるように、Dacomitinibでの処理が放射線によるDNA損傷を大幅に減少させる。
【実施例5】
【0072】
Dacomitinibのブレオマイシンによる組織損傷の阻害試験
リンパ種をはじめとする様々な腫瘍の治療剤として通常用いられるブレオマイシン(bleomycin)は、重大な副作用の1つとして肺損傷及び肺線維化を組織に発生させるので、実験動物における急性肺損傷や肺線維化のモデルとして広く用いられる。よって、ブレオマイシン誘導肺線維化モデルを作製し、Dacomitinibの肺損傷及び肺線維化の抑制効果を確認した。
【0073】
1.25U/kgのブレオマイシンを50μLの生理食塩水に混合し、マウスの気道内に注入した。ブレオマイシン注入1時間前に、Dacomitinibを10mg/kgで腹腔注射投与し、ブレオマイシン注入3週間後に肺組織を10%ホルマリンに固定し、その後パラフィン切片を作製してヘマトキシリン(hematoxylin)・エオシン(eosin)染色及びトリクローム染色法で確認した。
【0074】
図5に示すように、ブレオマイシン投与3週間後に、特に気管支周辺をはじめとする組織の広範囲で、炎症細胞の浸潤、コラーゲンの沈着、線維化結節、及びブレオマイシン誘導肺線維化モデルの代表的な特徴である局所的な蜂巣状の間質肥厚が確認された。
【0075】
それに対して、Dacomitinibで処理したマウスの組織においては、炎症細胞の浸潤、線維化結節、間質肥厚などの病理学的特徴が未処理群に比べて著しく阻害されることが確認された。
【0076】
以上の説明から、本発明の属する技術分野の当業者であれば、本発明がその技術的思想や必須の特徴を変更することなく、他の具体的な形態で実施できることを理解するであろう。なお、前記実施例はあくまで例示的なものであり、限定的なものでないことを理解すべきである。本発明には、明細書ではなく請求の範囲の意味及び範囲とその等価概念から導かれるあらゆる変更や変形された形態が含まれるものと解釈すべきである。
【符号の説明】
【0077】
No IR 対照群(放射線非照射群)
IR 放射線照射群
IR+Dacomitinib 放射線照射及びDacomitinib前処理群
No Bleomycin 対照群(ブレオマイシン非注入群)
Bleomycin ブレオマイシン注入群
Bleomycin+Dacomitinib ブレオマイシン注入及びDacomitinib前処理群