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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-15
(45)【発行日】2022-08-23
(54)【発明の名称】焼結歯車、及び焼結歯車の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 5/08 20060101AFI20220816BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20220816BHJP
   F16H 55/06 20060101ALI20220816BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20220816BHJP
   B22F 3/26 20060101ALI20220816BHJP
【FI】
B22F5/08
C22C38/00 304
F16H55/06
C22C33/02 A
C22C33/02 101
B22F3/26 E
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021541961
(86)(22)【出願日】2019-08-30
(86)【国際出願番号】 JP2019034297
(87)【国際公開番号】W WO2021038879
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2021-12-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】593016411
【氏名又は名称】住友電工焼結合金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100116366
【弁理士】
【氏名又は名称】二島 英明
(72)【発明者】
【氏名】伊志嶺 朝之
(72)【発明者】
【氏名】江頭 繁樹
(72)【発明者】
【氏名】嶋内 一誠
(72)【発明者】
【氏名】田代 敬之
【審査官】松岡 徹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/175772(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/021935(WO,A1)
【文献】特開2012-096251(JP,A)
【文献】特開2016-005855(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00- 12/90
C22C 1/04- 1/05
C22C 33/02
F16H 51/00- 55/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状の焼結歯車であって、
金属からなる組成を備え、
表面に複数の気孔を有し、
相対密度が93%以上99.5%以下であり、
歯底に周期的な凹凸形状を有し、
前記凹凸形状の周期の長さが1mm以上である、
焼結歯車。
【請求項2】
歯元において歯面から歯厚方向の内側に向かって凹む箇所を有する、請求項1記載の焼結歯車。
【請求項3】
歯先の外周面に旋盤痕を有する請求項1又は請求項2に記載の焼結歯車。
【請求項4】
任意の断面における気孔の平均断面積が500μm 以下である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の焼結歯車。
【請求項5】
任意の断面における気孔の平均周囲長が100μm以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の焼結歯車。
【請求項6】
任意の断面における気孔の最大径の平均値が5μm以上30μm以下である、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の焼結歯車。
【請求項7】
任意の断面における気孔の最大径の最大値が30μm以下である、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の焼結歯車。
【請求項8】
前記焼結歯車の軸方向の端部に位置する二つの端面のうち、少なくとも一方の前記端面に旋盤痕を有する請求項1から請求項のいずれか1項に記載の焼結歯車。
【請求項9】
前記金属は、鉄基合金である請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の焼結歯車。
【請求項10】
前記鉄基合金は、C,Ni,Mo,Mn及びBからなる群より選択される1種以上の元素を含有する請求項に記載の焼結歯車。
【請求項11】
原料粉末を加圧圧縮することで、相対密度が93%以上99.5%以下である圧粉成形体を作製する第一の工程と、
前記圧粉成形体に歯切加工を含む切削加工を施す第二の工程と、
前記切削加工が施された前記圧粉成形体を焼結する第三の工程とを備え、
前記歯切加工はホブカッタを用いて行い、
前記第三の工程では、焼結温度を液相温度未満の温度とする、
焼結歯車の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、焼結歯車に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、相対密度が93%以上である鉄系の焼結体を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-186625号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示の焼結歯車は、
環状の焼結歯車であって、
金属からなる組成を備え、
表面に複数の気孔を有し、
相対密度が93%以上99.5%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1A図1Aは、実施形態の焼結歯車の一例を示す斜視図である。
図1B図1Bは、図1に示す焼結歯車において、破線円B内を拡大して示す部分拡大図である。
図2図2は、図1に示す焼結歯車において、破線円(II)内を拡大して示す部分斜視図である。
図3図3は、実施形態の焼結歯車において、一つの歯を拡大して示す平面図である。
図4図4は、図2に示す焼結歯車において、破線円(IV)内を拡大して示す部分平面図である。
図5図5は、図2に示す焼結歯車において、破線円(V)内を拡大して示す部分平面図である。
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
焼結体からなる歯車の生産性を向上することが望まれている。
【0007】
そこで、本開示は、生産性に優れる焼結歯車を提供することを目的の一つとする。
【0008】
[本開示の効果]
本開示の焼結歯車は、生産性に優れる。
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の一態様に係る焼結歯車は、
環状の焼結歯車であって、
金属からなる組成を備え、
表面に複数の気孔を有し、
相対密度が93%以上99.5%以下である。
【0010】
本開示の焼結歯車は、以下の理由(A)~(D)により、生産性に優れる。
【0011】
(A)製造過程において、歯切加工等の切削加工の加工時間が短くなり易い。
本開示の焼結歯車では、上記切削加工が、焼結後の焼結材ではなく、焼結前の圧粉成形体に対して行われている。圧粉成形体は、溶製材等よりも切削加工性に優れるため、切削の加工時間が短くなり易い。特に、マシニングセンタではなく、ホブカッタを用いた歯切加工では、加工時間がより短くなり易い。
【0012】
(B)上述の切削加工時に圧粉成形体が欠け難いため、歩留りが高くなり易い。
被削材が圧粉成形体であれば、圧粉成形体の形状を単純な形状にすることができる。そのため、例えば相対密度が93%以上といった緻密な圧粉成形体が得られ易い。圧粉成形体が緻密であれば、切削時に欠け難い。
【0013】
(C)焼結温度を低くできるため、熱エネルギーを低減することができる。
圧粉成形体が緻密であれば、焼結温度が低くても、相対密度が93%以上である緻密な焼結歯車が得られる。
【0014】
(D)焼結温度が低ければ、形状精度や寸法精度に優れる焼結歯車が得られ易い。この点で、歩留りが高くなり易い。
【0015】
更に、本開示の焼結歯車の表面に存在する気孔は、潤滑剤を保持できる。上記気孔に保持される潤滑剤によって、本開示の焼結歯車と相手歯車との焼き付きが低減される。このような本開示の焼結歯車は、耐久性に優れる。また、本開示の焼結歯車は、緻密であるため、強度にも優れる。これらの点から、本開示の焼結歯車は、長期にわたり、良好に利用できる。
【0016】
(2)本開示の焼結歯車の一例として、
前記金属は、鉄基合金である形態が挙げられる。
【0017】
鉄基合金は、一般に、高強度である。そのため、上記形態は、強度に優れる。
【0018】
(3)本開示の焼結歯車の一例として、
歯底に周期的な凹凸形状を有する形態が挙げられる。
【0019】
上記形態における歯底の凹部は潤滑剤を保持できる。そのため、上記形態は、上記凹部に保持される潤滑剤によっても、相手歯車との焼き付きを低減できる。上記周期的な凹凸形状は、代表的には、ホブカッタを用いた歯切加工によって形成されることが挙げられる。ホブカッタを用いると、マシニングセンタを用いる場合に比較して、加工時間が短くなり易い。
【0020】
(4)上記(3)の焼結歯車の一例として、
前記凹凸形状の周期の長さが1mm以上である形態が挙げられる。
【0021】
上記形態における凹凸形状の周期は、代表的には、ホブカッタの送り量に対応した大きさを有する。上記周期の長さが1mm以上であれば、ホブカッタの送り量が大きいといえる。上記送り量が大きければ、歯切加工の加工時間が短くなり易い。また、上記周期の長さが1mm以上と長ければ、歯底は、凹凸に起因する局所的な応力集中を回避し易い。この点で、上記形態は、強度に優れる。
【0022】
(5)本開示の焼結歯車の一例として、
歯元に、歯厚方向の厚さが局所的に小さい箇所を含む段差を有する形態が挙げられる。
【0023】
上記形態における歯元の段差の低段部は潤滑剤を保持できる。そのため、上記形態は、上記段差に保持される潤滑剤によっても、相手歯車との焼き付きを低減できる。上記段差は、代表的には、プロチュバランスが付いた切削工具を用いた歯面の仕上げ加工によって形成されることが挙げられる。歯面に仕上げ加工が施された形態は、相手歯車と良好に噛み合える。
【0024】
(6)本開示の焼結歯車の一例として、
歯先の外周面に旋盤痕を有する形態が挙げられる。
【0025】
上記形態は、歯先の外周面に旋盤痕に基づく微小な凹凸を有する。上記微小な凹凸の凹部は潤滑剤を保持できる。そのため、上記形態は、上記凹部に保持される潤滑剤によっても、相手歯車との焼き付きを低減できる。上記旋盤痕は、代表的には、歯切加工を行う前に、圧粉成形体の外周面に旋盤加工を施すことによって形成されることが挙げられる。この場合、歯切加工を高精度に行えるため、歩留りが高くなり易い。
【0026】
(7)本開示の焼結歯車の一例として、
前記焼結歯車の軸方向の端部に位置する二つの端面のうち、少なくとも一方の前記端面に旋盤痕を有する形態が挙げられる。
【0027】
上記形態は、代表的には、歯切加工を行う前に、圧粉成形体の端面に旋盤加工を施すことによって形成されることが挙げられる。この場合、歯切加工を高精度に行えるため、歩留りが高くなり易い。
【0028】
(8)上記(2)の焼結歯車の一例として、
前記鉄基合金は、C,Ni,Mo,及びBからなる群より選択される1種以上の元素を含有する形態が挙げられる。
【0029】
上記に列挙する元素を含有する鉄基合金、例えばCを含む鉄基合金である鋼等は強度に優れる。従って、上記形態は、強度に優れる。
【0030】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、適宜図面を参照して、本開示の実施形態に係る焼結歯車を具体的に説明する。図中、同一符号は同一名称物を示す。
【0031】
[焼結歯車]
図1図5を適宜参照して、実施形態の焼結歯車1を説明する。
(概要)
実施形態の焼結歯車1は、金属を主体とする焼結材からなる歯車である。焼結歯車1は、貫通孔2hを有する環状体であり、外周側に複数の歯2を備える。各歯2は、歯面21、歯先22を備える。隣り合う歯2の間には、歯底20が設けられる。歯底20は、隣り合う歯2がつくる歯溝の底を構成する。歯先22は、歯2の先端側の領域を構成する。歯面21は、歯底20と歯先22との間をつなぐ面である。代表的には、歯底20及び歯先22は、焼結歯車1の軸と同軸に回転する。焼結歯車1の軸は、代表的には貫通孔2hの軸である。焼結歯車1の基本的な形状は、公知の歯車形状を適用できる。
【0032】
代表的には、貫通孔2hを構成する内周面28は、円筒状に設けられる。また、代表的には、焼結歯車1の軸方向の端部に位置する二つの端面29の少なくとも一部は、平面状に設けられる。図1Aは端面29の全体が一様な平面から構成される場合を例示するが、端面29側の形状は適宜変更できる。例えば、焼結歯車1の厚さが部分的に異なっており、端面29における内周側の領域の厚さが外周側の領域の厚さよりも薄いことが挙げられる。この場合、端面29側の形状は、上記軸方向に高低を有する段差形状である。貫通孔2hは、両端面29を貫通する。
【0033】
図1Aは外歯の平歯車を例示するが、歯車形状は適宜変更できる。歯車形状の一例として、はす歯歯車、かさ歯車、ねじ歯車等が挙げられる。また、焼結歯車1は、外歯でも内歯でもよい。図1Aは、歯面21が平面である場合を例示するが、インボリュート曲面でもよい。
【0034】
実施形態の焼結歯車1は、金属からなる組成を備える。焼結歯車1の相対密度は93%以上99.5%以下である。そして、実施形態の焼結歯車1は、焼結歯車1の表面に複数の気孔11を有する(図1B)。代表的には、焼結歯車1の表面において、金属からなる母相10に複数の気孔11が分散して存在する。
以下、より詳細に説明する。
【0035】
(組成)
実施形態の焼結歯車1を構成する金属は、各種の純金属、又は合金が挙げられる。純金属は、例えば、鉄、ニッケル、チタン、銅、アルミニウム、マグネシウム等が挙げられる。合金は、例えば、鉄基合金、チタン基合金、銅基合金、アルミニウム基合金、マグネシウム基合金等が挙げられる。合金は、一般に、純金属よりも高強度である。そのため、合金からなる組成を備える焼結歯車1は、強度に優れる。特に、鉄基合金は、一般に、高強度である。そのため、鉄基合金からなる母相10を備える焼結歯車1は、強度により優れる。
【0036】
鉄基合金は、添加元素を含み、残部がFe(鉄)及び不純物からなり、Feを最も多く含む合金である。添加元素は、例えば、C(炭素),Ni(ニッケル),Mo(モリブデン),及びB(硼素)からなる群より選択される1種以上の元素が挙げられる。Feに加えて、上記に列挙する元素を含む鉄基合金、例えば鋼等は、高い引張強さを有する等、強度に優れる。そのため、上記添加元素を含む鉄基合金からなる母相10を備える焼結歯車1は、強度に優れる。各元素の含有量が多いほど、強度が高くなり易い。各元素の含有量が多過ぎなければ、靭性の低下や脆化が抑制されて、靭性も高くなり易い。
【0037】
Cを含む鉄基合金、代表的には炭素鋼は、強度に優れる。Cの含有量は、例えば、0.1質量%以上2.0質量%以下が挙げられる。Cの含有量は、0.1質量%以上1.5質量%以下、更に0.1質量%以上1.0質量%以下、0.1質量%以上0.8質量%以下でもよい。なお、各元素の含有量は、鉄基合金を100質量%とする質量割合である。
【0038】
Niは、強度の向上に加え、靭性の向上にも寄与する。Niの含有量は、例えば、0質量%以上5.0質量%以下が挙げられる。Niの含有量は、0.1質量%以上5.0質量%以下、更に0.5質量%以上5.0質量%以下、更には4.0質量%以下、3.0質量%以下でもよい。
【0039】
Mo,Bは、強度の向上に寄与する。特にMoは、強度を高め易い。
Moの含有量は、例えば、0質量%以上2.0質量%以下、更に0.1質量%以上2.0質量%以下、更には1.5質量%以下が挙げられる。
Bの含有量は、例えば、0質量%以上0.1質量%以下、更に0.001質量%以上0.003質量%以下が挙げられる。
【0040】
その他の添加元素として、Mn(マンガン),Cr(クロム),Si(珪素)等が挙げられる。これらの各元素の含有量は、例えば、0.1質量%以上5.0質量%以下が挙げられる。
【0041】
焼結歯車1の全体組成は、例えば、エネルギー分散型X線分析法(EDX又はEDS)、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-OES)等で分析することが挙げられる。
【0042】
(組織)
〈表面組織〉
実施形態の焼結歯車1の表面には複数の気孔11が存在する(図1B)。ここで、焼結歯車1の相対密度が93%以上99.5%以下であるため、気孔11の含有量は0.5%以上7%以下である。この含有範囲であれば、焼結歯車1は気孔11を含むものの、気孔11が少ないといえる。また、気孔11の一部が焼結歯車1の表面に存在し、気孔11の残部が焼結歯車1の内部に存在する。そのため、焼結歯車1の表面に存在する気孔11の合計面積は、ある程度少ないといえる。更に、後述するように実施形態の焼結歯車1では、各気孔11が小さい。気孔11が少なく、かつ各気孔11が小さいため、気孔11が割れの起点になり難い。このような焼結歯車1は強度に優れる。特に、表面に存在する気孔11は、潤滑剤を保持できる。この潤滑剤によって、実施形態の焼結歯車1は、相手歯車との焼き付きを低減できて、耐久性に優れる。また、上記潤滑剤によって、歯面21の摺動性が向上する。この点から、耐久性や伝達効率が向上する。
【0043】
表面に気孔11を有し、相対密度が93%以上である緻密な焼結歯車1を製造する方法として、例えば、以下の製造方法が挙げられる。この製造方法は、相対密度が93%以上といった緻密な圧粉成形体に、歯切加工等の切削加工を施してから焼結する。以下、この製造方法を高密度成形法と呼ぶ。高密度成形法の詳細は、後述する。高密度成形法は、後述するように、実施形態の焼結歯車1を生産性よく製造できる。
【0044】
〈内部組織〉
実施形態の焼結歯車1の一例として、任意の断面において、複数の気孔11を含み、各気孔11が小さい形態が挙げられる。
【0045】
《断面積》
例えば、焼結歯車1の任意の断面において、気孔11の平均断面積が500μm以下が挙げられる。ここでの気孔11の平均断面積は、焼結歯車1から任意の断面をとり、この断面において、複数の気孔11について各気孔11の断面積を求め、求めた複数の断面積を平均した値である。なお、気孔11の断面積、後述する気孔11の周囲長、最大径、相対密度等の測定方法の詳細は、後述する。
【0046】
上記平均断面積が500μm以下であれば、焼結歯車1中の気孔11の多くは、断面積が小さい気孔11であるといえる。上記平均断面積が小さいほど、各気孔11の断面積が小さいといえる。各気孔11が小さければ、割れの起点になり難い。この点で、焼結歯車1は強度に優れる。気孔11に起因する割れの発生を低減する観点から、上記平均断面積は480μm以下、更に450μm以下、特に430μm以下が好ましい。
【0047】
一方、上記平均断面積が例えば20μm以上、更に30μm以上であると、成形圧力を過大にしなくても、緻密な圧粉成形体が得られる。この点で、生産性が高められる。
【0048】
《周囲長》
例えば、焼結歯車1の任意の断面において、気孔11の平均周囲長が100μm以下が挙げられる。ここでの気孔11の平均周囲長は、焼結歯車1から任意の断面をとり、この断面において、複数の気孔11について各気孔11の輪郭の長さを求め、求めた複数の輪郭の長さを平均した値である。
【0049】
上記平均周囲長が100μm以下であれば、焼結歯車1中の気孔11の多くは、周囲長が短い気孔11であるといえる。周囲長が短い気孔11では、断面積も小さい。上記平均周囲長が短いほど、各気孔11の断面積が小さいといえる。各気孔11が小さければ、割れの起点になり難い。気孔11に起因する割れの発生を低減する観点から、上記平均周囲長は90μm以下、更に80μm以下、特に70μm以下が好ましい。
【0050】
上述のように成形圧力が過大になることを防止して、生産性を向上する観点から、上記平均周囲長は、例えば10μm以上、更に15μm以上でもよい。
【0051】
気孔11の平均断面積が500μm以下であり、かつ気孔11の平均周囲長が100μm以下であれば、各気孔11が割れの起点になり難く、より好ましい。
【0052】
《最大径》
更に、焼結歯車1の任意の断面において、気孔11の最大径の平均値も小さいことが好ましい。ここでの気孔11の最大径の平均値は、焼結歯車1から任意の断面をとり、この断面において、複数の気孔11について各気孔11の最大径を求め、求めた複数の最大径を平均した値である。
【0053】
例えば、気孔11の最大径の平均値は5μm以上30μm以下が挙げられる。上記平均値が上記の範囲を満たせば、各気孔11が割れの起点になり難い上に、成形圧力が過大になることを防止できる。気孔11に起因する割れの発生を低減する観点から、上記平均値は28μm以下、更に25μm以下、特に20μm以下が好ましい。成形圧力が過大になることを防止して、生産性を向上する観点から、上記平均値は8μm以上、更に10μm以上でもよい。高強度と良好な生産性とのバランスの観点から、上記平均値は例えば10μm以上25μm以下が挙げられる。
【0054】
更に、気孔11の最大径の最大値も小さいと、各気孔11が割れの起点によりなり難く好ましい。上記最大値は、例えば30μm以下、更に28μm以下、特に25μm以下が好ましい。
【0055】
気孔11の最大径の最小値が例えば3μm以上20μm以下、更に5μm以上18μm以下であると、上述のように生産性の向上の点で好ましい。
【0056】
《形状》
焼結歯車1の断面において、気孔11の形状は、円形や楕円形等といった単純な曲線形状ではなく、代表的には異形状が挙げられる。
【0057】
(相対密度)
実施形態の焼結歯車1の相対密度は93%以上99.5%以下である。上記相対密度が高いほど、気孔11が少ない。そのため、気孔11が割れの起点になり難く、焼結歯車1は強度に優れる。例えば、焼結歯車1は、トランスミッションに用いられる歯車に要求される強度を十分に備える。気孔11に起因する割れの発生を低減する観点から、上記相対密度は94%以上、更に95%以上、96%以上が好ましく、96.5%以上が特に好ましい。上記相対密度は97%以上、98%以上、99%以上でもよい。
【0058】
焼結歯車1の相対密度が99.5%以下であれば、成形圧力が過大になることを防止して、生産性が高められる。生産性を向上する観点から、上記相対密度は99%以下でもよい。
【0059】
高強度と良好な生産性とのバランスの観点から、焼結歯車1の相対密度は、例えば94%以上99%以下が挙げられる。
【0060】
(形状)
実施形態の焼結歯車1の一例として、図2に示すように、歯底20に周期的な凹凸形状を有することが挙げられる。ここでの周期的な凹凸形状とは、実質的に同じ形状及び同じ大きさの複数の湾曲面が連続する形状である。湾曲面同士の接続箇所が最も高い箇所、即ち凸部201を構成する。隣り合う凸部201間に凹部200が存在する。歯底20の各凸部201は、焼結歯車1の一方の端面29側から他方の端面29側に向って、所定の間隔で並ぶ。歯底20が平面ではなく、上記周期的な凹凸形状であれば、歯底20の凹部200は潤滑剤を保持できる。表面の気孔11に加えて、凹部200に保持される潤滑剤によっても、焼結歯車1は、相手歯車、特に歯先との焼き付きを低減できる。
【0061】
なお、図2は、焼結歯車1に備えられる複数の歯2のうち、二つの歯2を拡大して示す。また、図2は、一つの歯底20について部分断面を示す。この断面は、貫通孔2hの軸方向に平行な平面で歯底20を切断した状態を示す。図2は、分かり易いように、凹凸を誇張して示す。また、図2における凸部201及び凹部200の個数は例示である。
【0062】
上述の周期的な凹凸形状は、代表的には、ホブカッタを用いた歯切加工によって形成されることが挙げられる。この場合、ホブカッタによる切削痕が上記周期的な凹凸形状に相当する。ホブカッタを用いる歯切加工は、マシニングセンタを用いる場合に比較して、後述するように加工時間を短くし易い。この点で、焼結歯車1は生産性に優れる。
【0063】
上述の凹凸形状の周期の長さは例えば1mm以上が挙げられる。上記周期の長さは、焼結歯車1の軸方向に沿った距離であって、隣り合う凸部201間の距離である。上記周期的な凹凸形状が上述のホブカッタによる歯切加工に基づくものである場合、上記凹凸形状の周期は、ホブカッタの送り量に対応した大きさを有する。上記周期の長さが1mm以上であれば、ホブカッタの送り量(mm/回転)は、例えば、溶製材にホブカッタで歯切加工を施す場合の送り量に比較して大きいといえる。ホブカッタの送り量が大きければ、歯切加工の加工時間が短くなり易い。また、上記周期の長さが1mm以上と長ければ、上記周期の長さが1mm未満である場合に比較して、歯底20は、凹凸に起因する局所的な応力集中を回避し易い。そのため、歯底20が割れ難い。この点で、焼結歯車1は強度に優れる。
【0064】
上記周期の長さが大きいほど、ホブカッタの送り量が大きいといえる。また、被削材が焼結前の圧粉成形体であれば、ホブカッタの送り量を大きく確保し易い。圧粉成形体は、溶製材や焼結材よりも切削加工性に優れるからである。特に、圧粉成形体が上述のように緻密であれば、切削時に欠け難い。そのため、緻密な圧粉成形体にホブカッタによる歯切加工を施すことは、生産性の向上に寄与する。また、上記周期の長さが大きければ、歯底20は、局所的に応力が集中する箇所を低減できる。この点で、焼結歯車1の強度が向上し易い。生産性の向上、強度の向上の観点から、上記周期の長さは1.5mm以上、更に2.0mm以上、2.5mm以上、3.0mm以上でもよい。
【0065】
実施形態の焼結歯車1の一例として、図3に示すように、歯元に、歯厚方向の厚さが局所的に小さい箇所を含む段差23を有することが挙げられる。歯厚方向は、図3では紙面左右方向である。歯元は、歯底20と、歯面21をこの歯底20側に向って延長させた仮想面との角部である。歯元において、歯面21から歯厚方向の内側に凹む箇所は、段差23の低段部である。歯面21は、段差23の高段部である。段差23の低段部は潤滑剤を保持できる。表面の気孔11に加えて、段差23に保持される潤滑剤によっても、焼結歯車1は、相手歯車との焼き付きを低減できる。
【0066】
段差23の深さdは、例えば、0.1μm以上500μm以下が挙げられる。上記深さdが上記範囲であれば、段差23が潤滑剤を保持できつつ、段差23に起因する歯2の強度の低下が小さくなり易い。段差23の深さd及び後述する段差23の長さhの測定方法は、後述する。
【0067】
段差23の長さhは、例えば、10μm以上100μm以下が挙げられる。上記長さhが上記範囲であれば、段差23が潤滑剤を保持できつつ、歯面21が適切に存在する。
【0068】
上記段差23は、代表的には、プロチュバランスが付いた切削工具を用いて、歯面21に仕上げ加工を行うことによって形成されることが挙げられる。歯面21に仕上げ加工が施された焼結歯車1は、相手歯車と良好に噛み合えて、安定して回転できる。上述の段差23の深さdや幅hは、プロチュバランスの大きさや切削条件等によって調整するとよい。
【0069】
実施形態の焼結歯車1の一例として、歯先22の外周面に旋盤痕を有することが挙げられる。ここでの旋盤痕とは、算術平均粗さRaで0.1μm以上500μm以下を満たす凹凸であって、周期的な凹凸形状を有する。凹凸形状の詳細は上述の通りである。いわば、旋盤痕は、500μm以下の間隔で、複数の凸部が並ぶ微小な凹凸である。
【0070】
旋盤痕を有する歯先22の外周面を焼結歯車1の軸方向に直交する方向から平面視すれば、図4に例示するように、複数の直線状の筋が所定の間隔で並ぶ。代表的には、各筋は、焼結歯車1の軸方向に直交する方向に平行する。また、これらの直線状の筋は、焼結歯車1の軸方向に隣り合って並ぶ。なお、図4の紙面左右方向が焼結歯車1の周方向に相当する。また、図4の紙面上下方向が焼結歯車1の軸方向に相当する。各筋は、凹凸のうち、凸部を構成する。隣り合う凸部間に凹部が存在する。
【0071】
歯先22の外周面に旋盤痕に基づく微小な凹凸を有すれば、この凹凸の凹部は潤滑剤を保持できる。つまり、相手歯車と噛み合う箇所である歯先22において表面の気孔11に加えて、上記微小な凹凸の凹部も、潤滑剤を保持する。ここで、加圧圧縮によって歯車形状に成形した圧粉成形体を焼結し、歯切り加工を行わない場合、旋盤加工も行わない。そのため、歯先に旋盤痕を有さない歯車が得られる。この歯先に旋盤痕を有さない歯車に比較して、歯先22に旋盤痕を有する焼結歯車1は、上述の歯先22において保持される潤滑剤によって、相手歯車、特に歯底20との焼き付きを効果的に低減できる。
【0072】
上述の旋盤痕は、代表的には、歯先加工を行う前の圧粉成形体の外周面に旋盤加工を施すことによって形成されることが挙げられる。即ち、歯先加工は、上記旋盤加工後に行う。この場合、旋盤加工が施された加工面の一部は、歯切加工後に残存して、歯先22の外周面を構成する。歯切加工前に圧粉成形体の外周面に旋盤加工を行う場合、後述するように歯切加工を高精度に行えるため、焼結歯車1は生産性に優れる。
【0073】
実施形態の焼結歯車1の一例として、二つの端面29のうち、少なくとも一方の端面29に旋盤痕を有することが挙げられる。旋盤痕を有する端面29を焼結歯車1の軸方向から平面視すれば、図5に例示するように、貫通孔2h(図1A)の中心軸を中心として、複数の円状の筋が同心円状に所定の間隔で並ぶ。各筋は、上述の微小な凹凸のうち、凸部を構成する。
【0074】
端面29の旋盤痕は、代表的には、歯先加工を行う前の圧粉成形体の端面に旋盤加工を施すことによって形成されることが挙げられる。即ち、歯先加工は、上記旋盤加工後に行う。この場合、旋盤加工が施された加工面は、歯切加工後に残存しており、最終的に焼結歯車1の端面29を構成する。歯切加工前に圧粉成形体の端面に旋盤加工を行う場合、後述するように歯切加工を高精度に行えるため、焼結歯車1は生産性に優れる。歯切加工の加工精度を向上する観点から、両端面29に旋盤痕を有することが好ましい。
【0075】
その他、焼結歯車1は、内周面28の少なくとも一部に旋盤痕を有してもよい。代表的には、内周面28の周方向に沿って延びる複数の円状の筋が焼結歯車1の軸方向に所定の間隔で並ぶ。各筋は、旋盤痕をなす上述の微小な凹凸のうち、凸部を構成する。内周面28の旋盤痕は、代表的には、歯先加工を行う前の圧粉成形体に貫通孔を設けるための旋盤加工によって形成されることが挙げられる。即ち、歯先加工は、上記旋盤加工後に行う。この場合、旋盤加工が施された加工面は、歯切加工後に残存しており、最終的に焼結歯車1の内周面28を構成する。歯切加工前に圧粉成形体に貫通孔を形成する場合、後述するように歯切加工を高精度に行えるため、焼結歯車1は生産性に優れる。
【0076】
(測定方法)
焼結歯車1中の気孔11の大きさは、以下のように求める。
焼結歯車1において、任意の断面をとる。上記断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、上記断面から、少なくとも一つの視野をとる。気孔の大きさの測定は、合計50以上の気孔を抽出して行う。
倍率は、一つの視野に一つ以上の気孔が存在し、かつ気孔の大きさを精度よく測定できるように、気孔の大きさに応じて調整する。例えば、倍率を100倍として上記断面を観察し、気孔の最大径が70μm以下であれば、倍率を300倍に変更して、再度、上記断面を観察する、という操作を行う。合計50以上の気孔が得られるまで、視野数を増やす。
【0077】
上記視野において、気孔を抽出する。SEM像に二値化処理等を行うことで、気孔が抽出される。気孔の抽出や気孔の大きさの測定、後述の相対密度の測定に利用する金属からなる領域の抽出や上記領域の面積の測定等は、市販の画像解析システムや市販のソフトウエア等を用いて行うと容易に行える。
【0078】
〈断面積〉
上述のSEM像から抽出した各気孔の断面積を求める。更に、気孔の断面積の平均値を求める。上記断面積の平均値は、抽出した50以上の気孔の断面積について総和をとり、総和を気孔数で除すことで求める。上記断面積の平均値が平均断面積(μm)である。
【0079】
〈周囲長〉
上述のSEM像から抽出した各気孔の周囲長、つまり輪郭の長さを求める。更に、気孔の周囲長の平均値を求める。上記周囲長の平均値は、抽出した50以上の気孔の周囲長について総和をとり、総和を気孔数で除すことで求める。上記周囲長の平均値が平均周囲長(μm)である。
【0080】
〈最大径〉
上述のSEM像から抽出した各気孔の最大径を求める。更に、最大径の平均値を求める。上記最大径の平均値(μm)は、抽出した50以上の気孔の最大径について総和をとり、総和を気孔数で除すことで求める。各気孔の最大径は、以下のように求める。上記SEM像において、各気孔の外形を2本の平行線によって挟み、これら2本の平行線の間隔を測定する。上記間隔は、上記平行線に直交する方向の距離である。各気孔において、任意の方向の平行線の組を複数とり、上記間隔をそれぞれ測定する。各気孔において、測定した複数の上記間隔のうち、最大値を各気孔の最大径とする。
上述の50以上の気孔の最大径のうち、最大値、最小値をそれぞれ、上記最大径の最大値(μm)、最小値(μm)とする。
【0081】
〈相対密度〉
焼結歯車1の相対密度(%)は、以下のように求める。
焼結歯車1から複数の断面をとる。各断面をSEMや光学顕微鏡等の顕微鏡で観察する。この観察像を画像解析して、金属成分の面積割合を相対密度とみなす。
【0082】
具体的には、焼結歯車1における各端面29側の領域と、焼結歯車1における軸方向に沿った長さの中心近傍の領域とからそれぞれ断面をとる。
【0083】
上記端面29側の領域は、焼結歯車1の上記長さにもよるが、例えば焼結歯車1の表面から内側に向って3mm以内の領域が挙げられる。上記中心近傍の領域は、焼結歯車1の上記長さにもよるが、例えば上記長さの中心から各端面側に向って1mmまでの領域、つまり合計2mmの領域が挙げられる。切断面は、上記軸方向に交差する平面、代表的には直交する平面が挙げられる。
【0084】
各断面から複数、例えば10以上の観察視野をとる。一つの観察視野の面積は、例えば、500μm×600μm=300,000μmが挙げられる。一つの断面から複数の観察視野をとる場合、この断面を均等に分割して、分割した各領域から観察視野をとることが好ましい。
【0085】
各観察視野の観察像に二値化処理といった画像処理を施して、処理画像から、金属からなる領域を抽出する。抽出した金属からなる領域の面積を求める。更に、観察視野の面積に対する金属からなる領域の面積の割合を求める。この面積の割合を各観察視野の相対密度とみなす。求めた複数、例えば合計30以上の観察視野の相対密度を平均する。求めた平均値が焼結歯車1の相対密度(%)である。
【0086】
なお、圧粉成形体の相対密度は、焼結歯車1の相対密度と同様にして求めてもよい。圧粉成形体を一軸加圧によって成形する場合、圧粉成形体の断面は、圧粉成形体における加圧軸方向に沿った長さの中心近傍の領域、加圧軸方向の両端部に位置する端面側の領域からそれぞれとることが挙げられる。切断面は、加圧軸方向に交差する平面、代表的には直交する平面が挙げられる。
【0087】
〈歯元の段差の深さ、長さ〉
焼結歯車1の歯元の段差23の大きさは、以下のように求める。
焼結歯車1の軸方向に直交する平面、即ち端面29に平行な平面を切断面として、歯2の断面をとる。断面をSEMや光学顕微鏡等の顕微鏡で観察する。この観察像を画像解析して、観察像から歯2の周縁を抽出する。
【0088】
抽出した歯2の周縁において、歯元のうち、歯面21から歯厚方向の内側に向かって局所的に凹む箇所、ここでは段差23の下段部を抽出する。歯面21を歯底20側に向かって延長させた仮想面から、段差23の低段部までの最大距離を求める。この最大距離を段差23の深さdとする。
【0089】
抽出した歯2の周縁において、焼結歯車1の外接円の直径方向に沿って、歯底20から歯面21の下端部までの距離を求める。この距離を段差23の長さhとする。上記直径方向は、図3では紙面上下方向である。
【0090】
〈旋盤痕〉
旋盤痕は、JIS B 0601(2001年)に準拠して、算術平均粗さRaを測定する。測定は、市販の表面粗さ形状測定機、例えば株式会社ミツトヨ製SURFCOM 1400D-3DFを利用できる。
【0091】
(用途)
実施形態の焼結歯車1は、動力伝達を行う部品に利用できる。特に、実施形態の焼結歯車1は、緻密で強度に優れる上に、小型にできる。そのため、実施形態の焼結歯車1は、高強度で、小型・軽量化が望まれる歯車、例えば自動車のトランスミッション等に好適に利用できる。
【0092】
(主な効果)
実施形態の焼結歯車1では、相対密度が高く緻密でありながら、表面に気孔11が存在する。このような焼結歯車1は、代表的には、後述する高密度成形法によって製造できるため、生産性に優れる。特に、実施形態の焼結歯車1は、表面の気孔11に保持される潤滑剤によって、相手歯車との焼き付きを低減でき、耐久性に優れる。更に、焼結歯車1は、緻密であるため、強度にも優れる。このような焼結歯車1は、長期にわたり良好に使用できる。
【0093】
[焼結歯車の製造方法]
実施形態の焼結歯車1は、例えば、以下の工程を備える焼結歯車の製造方法、即ち高密度成形法によって製造することが挙げられる。
(第一の工程)原料粉末を加圧圧縮して、相対密度が93%以上99.5%以下である圧粉成形体を作製する。
(第二の工程)圧粉成形体に、歯切加工を含む切削加工を施す。
(第三の工程)圧粉成形体を焼結する。焼結温度は、液相温度未満とする。
【0094】
相対密度が93%以上である緻密な圧粉成形体を用いることで、焼結温度が液相温度未満といった比較的低温であっても、相対密度が93%以上99.5%以下である緻密な焼結材が得られる。この理由は、上記焼結材は、代表的には圧粉成形体の相対密度を維持するからである。また、上記圧粉成形体は、0.5%以上7%以下の範囲で気孔を含む。但し、各気孔は、加圧圧縮によって小さくなっている。表面に存在する各気孔も小さい。小さな気孔を含む緻密な圧粉成形体を上述の比較的低温で焼結すると、気泡が排出されずに残存し易い。しかし、各気孔は小さいままである。そのため、小さな気孔を含む緻密な焼結歯車1が得られる。特に、高密度成形法は、以下に説明するように実施形態の焼結歯車1を生産性よく製造できる。
【0095】
(A)歯切加工等の切削加工の加工時間が短い。
焼結前の圧粉成形体は、溶製材や焼結材よりも切削加工性に優れる。そのため、圧粉成形体に歯切加工等の切削加工を行う場合、例えば溶製材や焼結材に歯切加工を行う場合に比較して、送り量を大きくすることができる。緻密な圧粉成形体は、送り量を大きく設定しても割れ難く、切削加工を良好に施すことができる。送り量が大きければ、歯切加工の加工時間が短くなる。特に、ホブカッタを用いる歯切加工は、マシニングセンタを用いる場合に比較して、送り量を大きくし易かったり、被削材のセッティングを行い易かったりする。そのため、マシニングセンタではなく、ホブカッタを用いる歯切加工では、加工時間がより短くなり易い。
【0096】
(B)圧粉成形体が得られ易い。
被削材が圧粉成形体であれば、圧粉成形体は、例えば円筒体や円柱体等の単純形状の成形体でよい。単純形状であれば、緻密な圧粉成形体が高精度に成形され易い。圧粉成形体が緻密であれば、切削時に欠け難く、歩留りが高くなり易い。また、単純形状であれば、成形圧力を過大にしなくても圧粉成形体を成形できるため、金型の寿命が長くなり易い。更に、単純形状であれば、金型コストも削減される。
【0097】
(C)焼結温度が低くてよいため、熱エネルギーを低減することができる。
【0098】
(D)焼結温度が低くてよいため、熱収縮に起因する形状精度の低下や寸法精度の低下が生じ難い。そのため、形状精度や寸法精度に優れる焼結歯車が得られ易く、歩留りが高くなり易い。
【0099】
ここで、金属からなる歯車の製造方法として、以下の方法が挙げられる。
(1)溶製材に歯切加工を施す。
(2)加圧圧縮によって歯車形状に成形した圧粉成形体を焼結する。
(3)圧粉成形体を焼結した後、鍛造する。
上記(2),(3)の製造方法は歯切加工を行わない。
【0100】
上記(1)の方法で得られた歯車は、相対密度が100%であり、表面に実質的に気孔を有さない。そのため、上述の気孔による潤滑剤の保持が望めない。
【0101】
上記(2)の方法で得られた歯車は、相対密度が93%未満であり、通常90%以下と低い。そのため、この歯車は、表面及び内部に気孔を有するものの、気孔が多過ぎて、強度に劣る。また、この歯車、及び(3)の方法で得られた歯車は、上述の送り量に基づく凹凸や旋盤痕に基づく微小な凹凸を実質的に有さない。そのため、上述の凹部による潤滑剤の保持が望めない。更に、この歯車は、寸法精度も劣る。
【0102】
上記(3)の方法で得られた歯車は、相対密度が100%であり、表面に実質的に気孔を有さない。そのため、上述の気孔による潤滑剤の保持、上述の凹部による潤滑剤の保持が望めない。また、この歯車は、寸法精度も劣る。
【0103】
従って、焼結歯車が表面に気孔を有すること、及び相対密度が93%以上99.5%以下であることは、焼結歯車が高密度成形法で製造されたことを示す指標の一つに利用できるといえる。また、焼結歯車の任意の断面における気孔が小さいことは、上記指標の一つに利用できるといえる。
【0104】
以下、工程ごとに説明する。
(第一の工程)
〈原料粉末の準備〉
原料粉末は、金属粉末を含む。金属粉末は、柔らか過ぎず、かつ硬過ぎない金属からなるものが好ましい。金属粉末が硬過ぎないことで、加圧圧縮によって塑性変形し易い。そのため、相対密度が93%以上である緻密な圧粉成形体が得られ易い。金属粉末が軟らか過ぎないことで、相対密度が99.5%以下である圧粉成形体、即ち気孔を含む圧粉成形体が得られ易い。
【0105】
原料粉末は、焼結材の母相の組成に応じて、適宜な組成の金属粉末を含むとよい。また、金属粉末の硬度は、金属粉末の組成に応じて調整するとよい。金属粉末の硬度を調整するには、上記組成を調整したり、金属粉末に熱処理を施したり、金属粉末の熱処理条件を調整したりすること等が挙げられる。金属粉末の組成は、上述の[焼結歯車]の(組成)の項を参照するとよい。
【0106】
例えば、母相が鉄系材料からなる焼結歯車を製造する場合、原料粉末は、鉄系粉末を含む。鉄系材料は、純鉄、又は鉄基合金である。鉄系材料が特に鉄基合金であれば、上述のように高強度な焼結歯車が得られる。鉄系粉末は、例えば、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法等によって製造できる。
【0107】
母相が鉄基合金からなる焼結歯車を製造する場合、原料粉末は、例えば以下が挙げられる。
(1)原料粉末は、鉄基合金からなる第一合金粉末を含む。第一合金粉末を構成する鉄基合金は、焼結歯車の母相を構成する鉄基合金と同じ組成を有する。
(2)原料粉末は、鉄基合金からなる第二合金粉末と、所定の元素からなる第三粉末とを含む。第二合金粉末を構成する鉄基合金は、焼結歯車の母相を構成する鉄基合金に含まれる添加元素のうち、一部の添加元素を含む。第三粉末を構成する元素は、上記添加元素のうち、残部の添加元素のそれぞれからなる。即ち、第三粉末は元素単体からなる。
(3)原料粉末は、純鉄粉と、上述の第二合金粉末及び第三粉末とを含む。
(4)原料粉末は、純鉄粉と、第三粉末とを含む。この場合、第三粉末は、上記母相の鉄基合金における添加元素のそれぞれからなる。
【0108】
例えば、焼結歯車の母相が、Ni,Mo,及びBからなる群より選択される1種以上の元素と、Cとを含有し、残部がFe及び不純物からなる鉄基合金である場合、第二合金粉末は以下の鉄基合金からなることが挙げられる。鉄基合金は、Cを含有せず、上述の群より選択される1種以上の元素を含有し、残部がFe及び不純物からなる。この鉄基合金の一例として、0.1質量%以上2.0質量%以下のMo及び0.5質量%以上5.0質量%以下のNiの少なくとも一方の元素を含有することが挙げられる。第三粉末は、例えば、カーボン粉や、上述の群より選択される1種の元素からなる粉末が挙げられる。
【0109】
特に、鉄系材料のビッカース硬度Hvは、80以上200以下が挙げられる。ビッカース硬度Hvが80以上である鉄系材料からなる粉末は、柔らか過ぎない。このような鉄系粉末を含む原料粉末を用いれば、上述のように気孔を特定の範囲で含む圧粉成形体が得られる。ビッカース硬度Hvが200以下である鉄系材料からなる粉末は、硬過ぎない。このような鉄系粉末を含む原料を用いれば、上述のように緻密な圧粉成形体が得られる。ビッカース硬さHvは、90以上190以下、更に100以上180以下、110以上150以下でもよい。MoやNiを上述の範囲で含む鉄基合金は、80以上200以下のビッカース硬度Hvを有する組成が多種存在する。
【0110】
原料粉末の大きさは適宜選択できる。上述の合金粉末や純鉄粉の平均粒径は、例えば20μm以上200μm以下、更に50μm以上150μm以下が挙げられる。カーボン粉を除く第三粉末の平均粒径は、例えば1μm以上200μm以下程度が挙げられる。カーボン粉の平均粒径は、例えば1μm以上30μm以下程度が挙げられる。ここでの粉末の平均粒径は、レーザ回折式粒度分布測定装置によって測定した体積粒度分布における累積体積が50%となる粒径(D50)である。
【0111】
〈成形〉
圧粉成形体の相対密度が高いほど、最終的に得られる焼結材の相対密度が高く、気孔が少なくなり易い。また、焼結材中の気孔が小さくなり易い。気孔を低減する観点及び気孔を小さくする観点から、圧粉成形体の相対密度は94%以上、更に95%以上、96%以上、96.5%以上、97%以上、98%以上でもよい。
【0112】
一方、圧粉成形体の相対密度がある程度低ければ、成形圧力が低くてもよい。そのため、金型の寿命が長くなり易い点、金型から圧粉成形体を抜き出し易く、脱型時間が短くなり易い点から、量産性が高められる。良好な量産性の観点から、圧粉成形体の相対密度は99.4%以下、更に99.2%以下でもよい。
【0113】
圧粉成形体の製造には、代表的には一軸加圧が可能な金型を有するプレス装置を利用することが挙げられる。金型の形状は、圧粉成形体の形状に応じて選択するとよい。圧粉成形体の形状は、焼結材の最終形状とは異なり、上述のように円筒状や円柱状といった単純な形状でよい。
【0114】
金型の内周面に潤滑剤が塗布されてもよい。潤滑剤によって、原料粉末が金型に焼付くことが抑制され易い。そのため、形状精度や寸法精度に優れる上に、緻密な圧粉成形体が得られ易い。潤滑剤は、例えば、高級脂肪酸、金属石鹸、脂肪酸アミド、高級脂肪酸アミド等が挙げられる。
【0115】
成形圧力が高いほど、緻密な圧粉成形体が得られ易い。成形圧力は、例えば1560MPa以上が挙げられる。更に、成形圧力は1660MPa以上、1760MPa以上、1860MPa以上、1960MPa以上でもよい。
【0116】
(第二の工程:切削加工)
切削加工は、少なくとも歯切加工を含む。特に、歯切加工は、ホブカッタを用いて行うと、上述のように加工時間を短くできるため好ましい。切削加工は、旋削加工でも転削加工でもよい。
【0117】
歯切加工を行う前に、圧粉成形体の外周面、貫通孔の内周面、及び端面からなる群より選択される少なくとも一つの箇所に切削加工を行うことが好ましい。上記切削加工が施された加工面は、形状精度、寸法精度に優れる。そのため、切削加工後の加工物を歯切装置に高精度に位置決めすることができる。その結果、歯切加工を高精度に行えて、寸法精度や形状精度に優れる歯切加工品が得られる。ひいては、寸法精度、形状精度に優れる焼結歯車が得られる。従って、歩留りが高くなり易い。上述の三つの箇所の全てに切削加工を行うことがより好ましい。
【0118】
上述の歯切加工前の切削加工は、旋盤加工といった旋削加工を利用できる。圧粉成形体の外周面に旋盤加工を施した場合、焼結歯車の歯先の外周面の少なくとも一部は、旋盤痕を有する(図4参照)。圧粉成形体に貫通孔を設けた場合、焼結歯車の内周面の少なくとも一部は、旋盤痕を有する。圧粉成形体の端面に旋盤加工を施した場合、焼結歯車の端面の少なくとも一部は、旋盤痕を有する(図5参照)。
【0119】
(第三の工程:焼結)
焼結温度及び焼結時間は、原料粉末の組成等に応じて調整するとよい。鉄系粉末を用いる場合、焼結温度は1000℃以上1300℃未満が挙げられる。焼結温度が低いほど、熱収縮量が小さくなり易い。そのため、形状精度や寸法精度に優れる焼結材が得られ易い。エネルギーの低減の観点、形状精度や寸法精度の向上の観点から、焼結温度は1250℃以下、更に1200℃未満が好ましい。焼結温度が1050℃以上、更に1100℃以上であれば、焼結時間が短くなり易い。エネルギーの低減及び良好な精度と焼結時間の短縮とのバランスの観点から、焼結温度は、例えば1100℃以上1200℃未満が挙げられる。焼結時間は、例えば10分以上150分以下が挙げられる。
【0120】
焼結時の雰囲気は、例えば窒素雰囲気、真空雰囲気が挙げられる。真空雰囲気の圧力は、例えば10Pa以下が挙げられる。窒素雰囲気や真空雰囲気であれば、雰囲気中の酸素濃度が低く、圧粉成形体や焼結材が酸化し難い。
【0121】
(その他の工程)
上述の鉄系粉末を用いる場合、高密度成形法は、第三の工程で作製された焼結材に熱処理を行う工程を備えてもよい。例えば、上述の鉄系粉末を用いる場合では、上記熱処理は、浸炭処理及び焼入れ焼戻し、浸炭焼入れ及び焼戻し等が挙げられる。上記熱処理の条件は、焼結材の組成に応じて適宜調整するとよい。上記熱処理条件は、公知の条件を参照してもよい。
【0122】
高密度成形法は、第三の工程で作製された焼結材に仕上げ加工を行う工程を備えてもよい。例えば、上述の歯面の仕上げ加工が挙げられる。プロチュバランスが付いた切削工具を用いて、歯面に仕上げ加工を施した場合、焼結歯車は、歯元に上述の段差を有する(図3参照)。その他、仕上げ加工は、例えば研磨等が挙げられる。
【0123】
本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0124】
1 焼結歯車、10 母相、11 気孔
2 歯、2h 貫通孔、20 歯底、21 歯面、22 歯先、23 段差
28 内周面、29 端面、200 凹部、201 凸部
図1A
図1B
図2
図3
図4
図5