(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-16
(45)【発行日】2022-08-24
(54)【発明の名称】摩擦撹拌接合工具
(51)【国際特許分類】
B23K 20/12 20060101AFI20220817BHJP
C22C 19/05 20060101ALI20220817BHJP
【FI】
B23K20/12 344
C22C19/05 L
(21)【出願番号】P 2021513600
(86)(22)【出願日】2020-04-02
(86)【国際出願番号】 JP2020015131
(87)【国際公開番号】W WO2020209168
(87)【国際公開日】2020-10-15
【審査請求日】2021-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2019073212
(32)【優先日】2019-04-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100114074
【氏名又は名称】大谷 嘉一
(72)【発明者】
【氏名】宮本 卓弥
(72)【発明者】
【氏名】中野 貴博
(72)【発明者】
【氏名】船平 伸之
【審査官】黒石 孝志
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-105382(JP,A)
【文献】特開2014-169474(JP,A)
【文献】特開2014-173163(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/12
C22C 19/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端側のプローブと、前記プローブに連続して形成されるホルダと、を有し、
前記プローブおよびホルダはニッケル基合金製であり、
前記ニッケル基合金は、重量%で、Cr:12~26%、W:1~6%、Mo:2~12%を含有し、Ta,Nb,Tiの各元素の総含有量が0.1~4.0%、AlおよびCuの総含有量が2.0~8.0%であり、残部がニッケルおよび不可避不純物からなり、
前記ニッケル基合金の組織中には金属間化合物(Cr,Mo,W)
7Ni
3から構成されるσ相が析出していることを特徴とする摩擦撹拌接合工具。
【請求項3】
前記ニッケル基合金の組織中には前記γ´相およびαCr相から成る粒界が存在することを特徴とする請求項2に記載の摩擦撹拌接合工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転工具の回転摩擦により発生する摩擦熱を用いて金属材料間を接合するのに用いられる摩擦撹拌接合工具に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料間を接合するのに、アーク溶接等の溶融溶接法が用いられている。
溶融溶接法は、同一系統の金属材料の接合は比較的容易であるが、異なる金属材料間の接合の場合には、均一に溶接するのが難しい。
そこで近年は、同種金属材料間のみならず、異種金属材料間でも接合できるFSW(Friction Stir Welding)が検討されている。
FSWは、接合部に挿入されるプローブと、このプローブをショルダーを介して突設したホルダからなる回転工具(摩擦撹拌接合工具)が用いられている。
【0003】
例えば、アルミニウム合金等の同種接合に用いる摩擦撹拌接合工具であれば、比較的に軟化温度が低く、SKD61に代表される金型鋼が採用されている。
しかし、鉄系金属材料間や、アルミニウム基合金と鉄基合金などの異種金属材料間を接合する場合には、高温強度や耐摩耗性に優れる材質からなる工具が求められる。
【0004】
異種金属材料間を接合する場合の摩擦撹拌接合工具としては、例えば特許文献1においてプローブ部分と工具本体(ホルダ)を別部品として構成し、プローブ部品の先端部のみに特定の金属間化合物を析出させた高硬度のニッケル基合金とする技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、摩擦撹拌接合工具は金属材料間の接合部にプローブが挿入され、回転摩擦熱で金属材料を軟化させながら移動するので、プローブ表面に接合される金属材料が付着しやすい。
特にアルミニウム基合金と鉄基合金等の異材接合の場合には、これらの金属間で生じる金属間化合物がプローブやショルダーに凝着しやすくなり、この金属間化合物による摩擦や欠損が問題になる。
【0007】
摩擦撹拌工具は、プローブの回転にて接合される金属材料を軟化した状態で、接合表面部をショルダーで平坦化しながら進行する。
従って、特許文献1のようにプロープとホルダとを別部品にしてもショルダーに金属間化合物が凝着した場合は、プローブのみを交換する意味がない。
【0008】
そこで本発明は、同種金属材料間のみならず、異種金属材料間の接合であっても金属間化合物による摩擦を抑制できる摩擦撹拌接合工具の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の摩擦撹拌接合工具は、先端側のプローブと、前記プローブに連続して形成されるホルダと、を有し、前記プローブおよびホルダはニッケル基合金製であり、前記ニッケル基合金は、以下全て重量%で、Cr:12~26%、W:1~6%、Mo:2~12%を含有し、Ta,Nb,Tiの各元素の総含有量が0.1~4.0%、AlおよびCuの総含有量が2.0~8.0%であり、残部がニッケルおよび不可避不純物からなり、前記ニッケル基合金の組織中には金属間化合物(Cr,Mo,W)7Ni3から構成されるσ相が析出していることを特徴とする。
【0010】
また、ニッケル基合金の母相は、NiおよびCrを含むγ相,金属間化合物であるNi3Alを含むγ´相,αCr相から構成されている組織でも良い。
さらに、ニッケル基合金の組織中にはγ´相およびαCr相から成る粒界が存在している組織でも構わない。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る摩擦撹拌接合工具は、ニッケル基合金であり、NiおよびCrを含むγ相,金属間化合物であるNi3Alを含むγ´相,αCr相を有しているとともに、(Cr,Mo,W)7Ni3から構成されるσ相を析出させている。
そのため、500℃を超える摩擦撹拌接合の環境下であっても、工具の硬さの低下を他の材質に比べて抑制できる。
その結果、鉄基合金とアルミニウム基合金のような異種金属材料間の摩擦撹拌接合であっても金属間化合物による早期の摩耗や欠損を抑制できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】摩擦撹拌接合工具1の先端部分の拡大図を示す。
【符号の説明】
【0013】
1 摩擦撹拌接合工具
2 プローブ
3 ホルダ
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の摩擦撹拌接合工具は、所定量のCrやW等を含有するニッケル基合金製とした上で、その組織中にはγ相やγ´相およびαCr相を母相として、σ相を析出させることを特徴とする。
まず、ニッケル基合金の成分範囲を選定した理由を以下に説明する。
【0015】
ニッケル基合金中のCr(クロム)の含有量は、12~26重量%とする。
Crは、耐酸化性および耐食性を向上するのに不可欠な元素である。
また、所定量のCrを添加した場合は、組織中に針状組織が成長して耐クリープ特性の向上が認められる。
しかし、過剰添加した場合、針状組織が粗大化して性能劣化を招く。
そのため、Cr含有量は12~26重量%の範囲とした。
【0016】
ニッケル基合金中のW(タングステン)の含有量は、1~6重量%とする。
Wは、熱間強度を達成する析出強化相が固溶する温度範囲において、固溶強化により高温強度および高温クリープ特性を向上させる元素である。
1重量%未満の含有量では、高温強度および高温クリープ特性を向上させる効果が発現せず、6重量%を超える含有量では熱間加工性が損なわれる。
本発明の摩擦撹拌接合工具素材においても鍛造加工や圧延加工が困難になるので、W含有量の上限を前述のように限定した。
【0017】
ニッケル基合金中のMo(モリブデン)の含有量は、2~12重量%とする。
Moは、熱間強度を達成する析出強化相が固溶する温度範囲において、固溶強化により高温強度および高温クリープ特性を向上させる元素である。
2重量%未満の含有量では、高温強度および高温クリープ特性を向上させる効果が発現せず、12重量%を超える含有量では熱間加工性が損なわれる。
したがって、本発明の摩擦撹拌接合工具素材においても鍛造加工や圧延加工が困難になるため、Mo含有量の上限を前述のように限定した。
【0018】
ニッケル基合金中のTa(タンタル),Nb(ニオブ),Ti(チタン)の各元素の含有量の総和は、0.1~4.0重量%の範囲とする。
Taは、γ’相を形成して、材料強度および粒界を強化する元素である。
また、NbはNi3(Al、Ti、Nb)などの金属間化合物相を析出し、高温強度を向上する。
また、C(炭素)と結合して炭化物NbCを生成し、高温硬さおよび強度の向上に寄与する。
さらに、TiはNiと結合して金属間化合物γ’相を形成し、オーステナイト相を強化する。
Tiを増量すれば強化相であるγ’相の量は増加し、 高温強度は向上する。
しかし、これらの元素は過剰に添加すると、脆化相の析出をまねき、材料自体を脆化させてしまう。
結果として素材の熱間成形性を阻害し、鍛造加工や圧延加工が困難になるため、これらの各元素の含有量の総和については、0.1~4.0重量%の範囲に限定した。
【0019】
ニッケル基合金中のAl(アルミニウム)とCu(銅)の総含有量は、2.0~8.0%であるが、Al(アルミニウム)の含有量については2.0~6.0重量%の範囲とすることが好ましい。
Alは、Niと結合して金属間化合物γ’相を形成し、オーステナイト相を強化する重要な元素である。
Alを増量すれば強化相であるγ’相の量は増加し、高温強度は向上する。
しかし、Alを過剰に添加すると、強化相が不安定となり脆化相の析出を招く。
そのため、素材の熱間成形性を阻害し、本発明の摩擦撹拌接合工具素材の特徴である鍛造加工や圧延加工が困難となるため、その添加範囲を2.0~6.0重量%に限定する。
【0020】
また、ニッケル基合金中のCu(銅)の含有量については、0.1~2.0重量%とすることが好ましい。
Cuは、熱伝導性の向上による放熱特性の改善を目的として添加する。
過剰に添加した場合は熱間脆化を生じ、鍛造,圧延加工が困難となるため、その含有量を0.1~2.0重量%の範囲に限定する。
【0021】
なお、Ni(ニッケル)の実質的な含有量は上記各元素の含有量の総和を除いた残部となるが、Niは本発明の摩擦撹拌接合工具素材にとってマトリックスであるオーステナイト基地を形成するため不可欠な元素である。
つまり、本ニッケル基合金においては析出強化相であるγ’相を形成し、高温強度を向上させる役割を果たす。
そのため、上記の強化元素を固溶させるために一定量のNiが必要であり、同時に製造原価の上昇を抑制する観点から、その含有量については重量%で45~80%の範囲とすることが好ましい。
【0022】
次に、ニッケル基合金の組織(相)について説明する。
本発明の摩擦撹拌接合工具素材は、上述した成分範囲に規定することで母相であるNiを金属間化合物Ni3Al(γ’相)、 金属間化合物(Cr,Mo,W)7Ni3から構成されるσ相およびαCr相の3つの異相により強化している。
このような構成によって、本発明の摩擦撹拌接合工具は従来にない高温硬さが得られるのみならず、特に高硬度のσ相が比較的大きな粒子として多量に含まれるため、高い耐摩耗性が付与される。
【0023】
なお、σ相の範囲は等価円直径で1~30μmの範囲の粒子を対象として、面積率では1~20%の範囲とする。
加えて、本発明の素材は鋳塊を鍛造、圧延加工できるだけの塑性加工性を有しており、いわゆる鍛錬によって素材の靭性を高めることができる。
その結果、摩擦撹拌接合工具の先端部のチッピングのリスクを低減できる。
【0024】
以上より、本発明の摩擦撹拌接合工具は、Cr:12~26%、W:1~6%、Mo:2~12%として、Ta、Nb、Tiの各元素の総和が0.1~4.0%、AlとCuの総和が2.0~8.0%であり、残部がNiおよび不可避不純物で規定されたNi基合金製とする。
このようなNi基合金の組成とすることで、摩擦攪拌接合時の使用環境が600℃を超える場合でも摩擦撹拌接合工具の高温硬さを維持(例えば700℃で500HV以上)して、耐摩耗性に優れた摩擦撹拌接合工具を提供できる。
特に、接合する2つの被接合材の内、少なくとも一方が、高融点の金属材料(具体的には、Fe、Ti、CuなどAlよりも融点の高い金属)の場合には有用である。
【実施例1】
【0025】
本発明の摩擦撹拌接合工具(実施例1)および化学成分が発明材とは異なる摩擦撹拌接合工具(比較材)を用いた仮想接合試験を行ない、摩擦撹拌接合時に発生する摩擦撹拌接合工具(以下、工具という)の摩耗量を比較した。
その試験結果について図面を参照して説明する。
【0026】
本試験は、実施例1および比較材(2種類)の工具による摩擦撹拌接合を想定した仮想試験であり、所定の回転数および深さで設定された工具を鋼(SS400)製基板上に押し付けた状態で直線的に移動し、試験終了後における工具先端部分の摩耗量を測定した。
本試験で使用した工具(ツール)における各部分の名称を
図1に示す。
【0027】
本試験における試験条件を下記に示す。
また、本試験で使用した実施例1(発明材)および比較材(2種類:いずれも鉄基合金)の化学成分を表1に示す(単位は重量%)。
・工具の回転数:2000rpm
・工具の押し付け深さ:0.2mm
・工具の移動距離:100mm
・工具の移動速度:100mm/min
・工具の移動回数:2回(計200mm)
【0028】
【0029】
本試験では、まず試験前に実施例1および比較材の各工具のプローブ高さh(
図1参照)を測定し、試験終了後に再度各工具のプローブ高さを測定した。
試験前後におけるプローブ高さの変化を以下の式により算出し、本試験におけるプローブの摩耗量を「減耗率(単位は%)」として、これらの値を比較した。
本試験前後における実施例1および比較材(2種類)のプローブ高さの変化を表2に示す。
減耗率(%)=(試験前後のプローブ高さの減少量/試験前のプローブ高さ)×100
【0030】
【0031】
本試験結果より、比較材1は試験終了後にプローブ高さの減耗率が4.6%であり、比較材2のプローブ高さの減耗率は12.1%であった。
これに対して、実施例1は試験前後においてプローブの摩耗は全く認められず、プローブ高さの減耗率は0%であった。
以上の試験結果より、本発明のニッケル基合金製の摩擦撹拌接合工具は、鉄基合金製の摩擦撹拌接合工具に比べて耐摩耗性の点で優れていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明に係る摩擦撹拌接合工具は、耐熱性,耐摩耗性に優れているので、高融点の金属材料を含む各種金属材料間の接合に用いることができる。