(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-16
(45)【発行日】2022-08-24
(54)【発明の名称】湿潤粉体塗工装置制御プログラム、湿潤粉体塗工装置、及び塗工膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
B05C 1/08 20060101AFI20220817BHJP
H01M 4/04 20060101ALI20220817BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20220817BHJP
B05D 3/00 20060101ALI20220817BHJP
B05D 1/28 20060101ALI20220817BHJP
【FI】
B05C1/08
H01M4/04 A
B05D7/24 301E
B05D3/00 D
B05D1/28
(21)【出願番号】P 2019008046
(22)【出願日】2019-01-21
【審査請求日】2021-06-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】草野 巧巳
(72)【発明者】
【氏名】谷 昌明
(72)【発明者】
【氏名】中村 浩
(72)【発明者】
【氏名】田中 佑季子
(72)【発明者】
【氏名】田畑 有梨
【審査官】磯部 洋一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-037198(JP,A)
【文献】特開2018-081822(JP,A)
【文献】特開平10-323596(JP,A)
【文献】特開2013-202438(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05C 1/08
H01M 4/04
B05D 7/24
B05D 3/00
B05D 1/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータに以下の手順を実行させるための湿潤粉体塗工装置制御プログラム。
(A)操作者に、
(a)湿潤粉体の圧縮係数K、内部摩擦角δ、壁面摩擦角φ、及びゆるみかさ密度ρ、
(b)圧縮ロール及び保持ロールで圧縮され、転写ロールにより基材表面に転写される前記湿潤粉体の目付量の目標値W
c、並びに、
(c)前記圧縮ロール及び前記保持ロールの直径D、及び、前記保持ロールのロール速度V
Bに対する前記転写ロールのロール速度V
Cの比r
BC(=V
C/V
B>1)
の入力を求め、入力されたこれらの変数をメモリに記憶させる手順A。
(B)ロール速度比rを、前記圧密ロールのロール速度V
Aに対する前記保持ロールのロール速度V
Bの比(=V
B/V
A>1)とし、ギャップGを、前記圧密ロールと前記保持ロールとの間のギャップとした時に、入力された前記変数に基づいて、与えられた前記ロール速度比r及び前記ギャップGに対応するニップアングルαを算出し、これを前記メモリに記憶させる手順B。
(C)入力された前記変数、及び算出された前記αに基づいて、前記目付量の推定値W
c'を算出し、前記W
c'を前記メモリに記憶させる手順C。
(D)前記W
c'と前記W
cとの間の偏差をε、前記εのしきい値をε
cとした場合において、ε>ε
c又はε≧ε
cである時には、ε≦ε
c又はε<ε
cとなるまで、前記r及び/又は前記Gを変更し、前記手順B及び前記手順Cを繰り返す手順D。
(E)ε≦ε
c又はε<ε
cとなった時には、その時の前記r及び前記Gを、それぞれ、確定ロール速度比r
f及び確定ギャップG
fとし、これらを前記メモリに記憶させる手順E。
【請求項2】
前記手順Bは、
次の式(1)及び式(2)を予め前記メモリに記憶させておき、
与えられた前記ロール速度比r及び前記ギャップGにおいて、前記式(1)及び前記式(2)の交点の座標(θ、dσ/dx)を求め、
前記交点におけるθをニップアングルαとして前記メモリに記憶させるものである
請求項1に記載の湿潤粉体塗工装置制御プログラム。
【数1】
但し、
rは、前記圧密ロールのロール速度V
Aに対する前記保持ロールのロール速度V
Bの比(=V
B/V
A>1)、
Gは、前記圧密ロールと前記保持ロールとの間のギャップ、
σは、前記圧密ロールと前記保持ロールとの間に作用する圧縮応力、
dσ/dxは、前記圧密ロールと前記保持ロールの中心間を結ぶ線に対して垂直方向をx軸とした時の前記σの変化率、
C
0は、任意の定数。
【請求項3】
前記手順Cは、
次の式(3)及び式(4)を予め前記メモリに記憶させておき、
前記αを前記式(3)に代入することにより前記圧縮ロールと前記保持ロールの間を通過する粉体量の推定値W
calc,aを算出し、
前記W
calc,aを前記式(4)に代入することにより、目付量の推定値W
c'を算出し、
前記W
c'を前記メモリに記憶させるものである
請求項2に記載の湿潤粉体塗工装置制御プログラム。
【数2】
但し、
Hは、塗工幅、
ΔLは、微小長さ、
V
αは、前記αの位置において、前記保持ロールがΔLだけ進んだ時に、前記αの位置を通過する前記湿潤粉体の微小体積。
【請求項4】
以下の手順をさらに含む請求項1から3までのいずれか1項に記載の湿潤粉体塗工装置制御プログラム。
(F)前記r及び前記Gのすべての組み合わせについて探査を行ってもなお、ε≦ε
c又はε<ε
cとなる条件を見出すことができなかった場合には、操作者に
(a)前記D、及び/又は、前記r
BCの変更、
(b)前記K、前記δ、前記φ、及び/又は、前記ρの変更、並びに、
(c)前記W
cの変更
からなる群から選ばれるいずれか1以上を求め、変更後の前記変数に基づいて、前記手順B~手順Eを繰り返す手順F。
【請求項5】
以下の構成を備えた湿潤粉体塗工装置。
(1)前記湿潤粉体塗工装置は、
湿潤粉体を圧縮するための圧密ロールと、
圧縮された前記湿潤粉体からなる成形物を保持するための保持ロールと、
前記保持ロールの表面に付着している前記成形物を基材の表面に転写するための転写ロールと、
前記圧密ロール、前記保持ロール、及び前記転写ロールを互いに反対方向に回転させると同時に、ロール間のギャップを調整するための駆動装置と、
前記圧密ロールと前記保持ロールとの間のギャップGに湿潤粉体を供給するための湿潤粉体供給装置と、
前記転写ロールに基材を供給するための基材供給装置と、
前記湿潤粉体塗工装置の動作を制御する制御装置と
を備えている。
(2)前記圧密ロール及び前記保持ロールは、それぞれ、同一の直径Dを持つ。
(3)前記駆動装置は、前記圧密ロールのロール速度をV
A、前記保持ロールのロール速度をV
B、前記転写ロールのロール速度をV
Cとしたときに、V
A<V
B<V
Cとなるように、前記圧密ロール、前記保持ロール、及び前記転写ロールを、それぞれ、非等速で回転させることが可能なものからなる。
(4)前記制御装置のメモリには、請求項1から4までのいずれか1項に記載の湿潤粉体塗工装置制御プログラムが格納されている。
【請求項6】
請求項5に記載の湿潤粉体塗工装置を用いて、基材表面に湿潤粉体を塗工する塗工膜の製造方法。
【請求項7】
前記湿潤粉体は、二次電池用活物質、導電材、バインダー、及び溶媒を含む請求項6に記載の塗工膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿潤粉体塗工装置制御プログラム、湿潤粉体塗工装置、及び塗工膜の製造方法に関し、さらに詳しくは、ロール速度が異なる複数の非等速ロールを用いて湿潤粉体を基材上に塗工する場合において、目標とする目付量を得るための塗工条件を算出することが可能な湿潤粉体塗工装置制御プログラム、このようなプログラムを備えた湿潤粉体塗工装置、及びこのような湿潤粉体塗工装置を用いた塗工膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二次電池用電極は、一般に、導電性基材の表面に活物質が塗布された構造を備えている。このような二次電池用電極を製造する方法としては、
(a)活物質を含む電極ペーストを基材表面に塗布し、乾燥させる方法、
(b)活物質を含む造粒粉体(湿潤粉体)を基材表面に塗工する方法
などが知られている。
これらの中でも、湿潤粉体を塗工する方法は、溶媒の乾燥工程が不要である、活物質の塗工量の制御が容易である、などの利点がある。そのため、このような方法に関し、従来から種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、湿潤粉体を基材表面に塗工する方法ではないが、2本の等速ロールを用いて造粒粉体を圧縮し、板状又はペレット状に加工する場合において、ロール径やギャップなどの塗工条件と内部摩擦角や壁面摩擦角などの粉体特性から、ロール間に作用する圧縮応力を算出する方法が開示されている。
【0004】
特許文献1には、
3本の非等速ロールを用いて集電箔上に溶媒及び活物質を含む湿潤造粒物を塗工し、集電箔上に電極合剤層を形成する湿潤粉体成膜方法において、
使用する溶媒の粘度、活物質の溶媒に対する接触角、及び、湿潤造粒物の固形分の重量割合を所定の範囲内とする方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、集電箔上に厚みが均一な電極合剤層を形成することができる点が記載されている。
【0005】
特許文献2には、
第1ロール及び第2ロールを用いて、活物質を含む湿潤材料を圧延する工程と、
第2ロール及び第3ロールを用いて、金属箔上に活物質材料を転写する工程と
を備えた電極の製造方法において、
(a)転写後の活物質材料の単位面積当たりの重量Wc、
(b)圧延後の第2ロール上の活物質材料の単位面積当たりの重量Wb、
(c)第2ロールの周速Vbに対する第3ロールの周速Vcの比Vr(=Vc/Vb)、
(d)転写後の第3ロール上の活物質材料の密度ρC、
(e)圧延後の第2ロール上の活物質材料の密度ρB、及び
(f)活物質材料の許容最大密度ρM
の間に所定の関係が成り立つように、第2ロールと第3ロールとの間の隙間、及び周速比Vrを決定する方法が開示されている。
同文献には、このような方法により転写不良を抑制できる点が記載されている。
【0006】
さらに、特許文献3には、湿潤粉体を基材表面に塗工する方法ではないが、金属帯を圧延機で圧延する場合において、
(a)複数コイルの圧延中に複数スタンドまたは複数パスの入側板厚、出側板厚、圧延荷重、先進率、および張力の実績データを測定し、
(b)これらの測定値と圧延理論式を用いて圧延ロールと被圧延材との摩擦係数および被圧延材の二次元平均変形抵抗を演算し、
(c)その演算結果および前記測定値を複数コイルの圧延中に一定期間蓄積し、
(d)前記演算結果および前記測定値に基づいて二次元平均変形抵抗式および摩擦係数式を学習し、
(e)前記学習結果に基づきロール間隙の設定を行う
ロール間隙設定方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、板厚精度が向上し、歩留が向上する点、及び、ロール間隙の設定精度が向上する点が記載されている。
【0007】
特許文献1、2に開示されているように、3本の非等速ロールを用いると、導電性基材の表面に造粒粉体を連続的に塗工することができる。また、特許文献2に記載されているように、第2ロールと第3ロールとの間の隙間、及び第2ロールと第3ロールの周速比Vrを制御すると、転写不良を抑制することができる。しかしながら、特許文献2に記載された方法では、基材表面への造粒粉体の目付量を正確に制御するのが難しい。
【0008】
一方、非特許文献1には、等速ロールを用いて造粒粉体を圧縮する際に、造粒粉体に加わる圧縮応力を算出する方法が記載されている。この方法を用いると、等速ロール間に投入すべき造粒粉体の供給量を推定することができる。しかし、非特許文献1に記載の方法は、非等速ロールを用いた造粒粉体の圧縮には適用できない。
同様に、特許文献3には、等速ロールを用いて金属帯を圧延する際のロール間隙を設定する方法が開示されている。しかしながら、特許文献3に記載の方法は、非等速ロールを用いた造粒粉体の圧縮には適用できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2018-113112号公報
【文献】特開2017-091987号公報
【文献】特開平08-090023号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】J. R. Johanson, J. Appl. Mechanics, 32(4), pp. 842-848
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、非等速ロールを用いて湿潤粉体を基材上に塗工する場合において、目標とする目付量を得るための塗工条件を算出することが可能な湿潤粉体塗工装置制御プログラムを提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このようなプログラムを備えた湿潤粉体塗工装置を提供することにある。
さらに、本発明が解決しようとする他の課題は、このような湿潤粉体塗工装置を用いた塗工膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係る湿潤粉体塗工装置制御プログラムは、コンピュータに以下の手順を実行させるためのものからなる。
(A)操作者に、
(a)湿潤粉体の圧縮係数K、内部摩擦角δ、壁面摩擦角φ、及びゆるみかさ密度ρ、
(b)圧縮ロール及び保持ロールで圧縮され、転写ロールにより基材表面に転写される前記湿潤粉体の目付量の目標値Wc、並びに、
(c)前記圧縮ロール及び前記保持ロールの直径D、及び、前記保持ロールのロール速度VBに対する前記転写ロールのロール速度VCの比rBC(=VC/VB>1)
の入力を求め、入力されたこれらの変数をメモリに記憶させる手順A。
(B)ロール速度比rを、前記圧密ロールのロール速度VAに対する前記保持ロールのロール速度VBの比(=VB/VA>1)とし、ギャップGを、前記圧密ロールと前記保持ロールとの間のギャップとした時に、入力された前記変数に基づいて、与えられた前記ロール速度比r及び前記ギャップGに対応するニップアングルαを算出し、これを前記メモリに記憶させる手順B。
(C)入力された前記変数、及び算出された前記αに基づいて、前記目付量の推定値Wc'を算出し、前記Wc'を前記メモリに記憶させる手順C。
(D)前記Wc'と前記Wcとの間の偏差をε、前記εのしきい値をεcとした場合において、ε>εc又はε≧εcである時には、ε≦εc又はε<εcとなるまで、前記r及び/又は前記Gを変更し、前記手順B及び前記手順Cを繰り返す手順D。
(E)ε≦εc又はε<εcとなった時には、その時の前記r及び前記Gを、それぞれ、確定ロール速度比rf及び確定ギャップGfとし、これらを前記メモリに記憶させる手順E。
【0013】
本発明に係る湿潤粉体塗工装置制御プログラムは、以下の手順をさらに含んでいても良い。
(F)前記r及び前記Gのすべての組み合わせについて探査を行ってもなお、ε≦εc又はε<εcとなる条件を見出すことができなかった場合には、操作者に
(a)前記D、及び/又は、前記rBCの変更、
(b)前記K、前記δ、前記φ、及び/又は、前記ρの変更、並びに、
(c)前記Wcの変更
からなる群から選ばれるいずれか1以上を求め、変更後の前記変数に基づいて、前記手順B~手順Eを繰り返す手順F。
【0014】
本発明に係る湿潤粉体塗工装置は、以下の構成を備えている。
(1)前記湿潤粉体塗工装置は、
湿潤粉体を圧縮するための圧密ロールと、
圧縮された前記湿潤粉体からなる成形物を保持するための保持ロールと、
前記保持ロールの表面に付着している前記成形物を基材の表面に転写するための転写ロールと、
前記圧密ロール、前記保持ロール、及び前記転写ロールを互いに反対方向に回転させると同時に、ロール間のギャップを調整するための駆動装置と、
前記圧密ロールと前記保持ロールとの間のギャップGに湿潤粉体を供給するための湿潤粉体供給装置と、
前記転写ロールに基材を供給するための基材供給装置と、
前記湿潤粉体塗工装置の動作を制御する制御装置と
を備えている。
(2)前記圧密ロール及び前記保持ロールは、それぞれ、同一の直径Dを持つ。
(3)前記駆動装置は、前記圧密ロールのロール速度をVA、前記保持ロールのロール速度をVB、前記転写ロールのロール速度をVCとしたときに、VA<VB<VCとなるように、前記圧密ロール、前記保持ロール、及び前記転写ロールを、それぞれ、非等速で回転させることが可能なものからなる。
(4)前記制御装置のメモリには、本発明に係る湿潤粉体塗工装置制御プログラムが格納されている。
【0015】
さらに、本発明に係る塗工膜の製造方法は、本発明に係る湿潤粉体塗工装置を用いて、基材表面に湿潤粉体を塗工することを要旨とする。
【発明の効果】
【0016】
後述する計算式をを用いると、直径が共にDである非等速ロールを用いて湿潤粉体を圧縮する場合において、ロール速度比がrであり、かつ、ギャップがGである時のニップアングルαを求めることができる。また、αが分かると、後述する計算式から、そのαに対応する目付量の推定値Wc'を算出することができる。
そのため、非等速ロールの直径D、ロール速度比rBC、及び湿潤粉体の性状(K、δ、φ、ρ)が与えられている場合において、ロール速度比r及びギャップGを変えて計算を繰り返すと、目付量の推定値Wc'が目付量の目標値Wcに等しくなる最適塗工条件(すなわち、Wcを得るために必要なrとGの組み合わせ)を求めることができる。
【0017】
また、与えられた条件下において、最適塗工条件を見出せなかった場合であっても、D及び/又はrBCを変更し、湿潤粉体の種類を変更(すなわち、K、δ、φ、ρを変更)し、あるいは、Wcを変更して同様の計算を繰り返すと、最適塗工条件を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明に係る湿潤粉体塗工装置の模式図である。
【
図3】本発明に係る湿潤粉体塗工装置制御プログラムのフロー図である。
【
図5】Aロールのロール速度を変化させて作製した塗工電極の外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 湿潤粉体]
[1.1. 組成]
本発明において、「湿潤粉体」とは、
(a)少なくとも粉体と液体(分散媒など)とを含み、
(b)固形分体積分率が50%以上100%未満であり、かつ、
(c)静止状態において流体としての性質を持たない
粉体組成物をいう。
【0020】
湿潤粉体は、粉体及び液体に加えて、さらに添加剤を含んでいるもの(すなわち、粉体/液体/添加剤混合系)でも良い。「添加剤」とは、増粘剤、結着剤などの粉体粒子以外の固体成分をいう。添加剤は、粉体、又は、粉体を溶媒に分散させた分散液として添加される。添加剤の固体成分は粉体粒子に付着して機能を発現させるため、固体成分は粉体の一部とみなせる。但し、分散液の溶媒成分は、液体とみなす。
【0021】
湿潤粉体に含まれる粉体の組成は、特に限定されない。粉体としては、例えば、
(a)二次電池の正極活物質(例えば、リチウムイオン二次電池の正極活物質であるLiCoO2、LiMn2O4、LiNiO2、LiFePO4など)、
(b)二次電池の負極活物質(例えば、リチウムイオン二次電池の負極活物質である黒鉛、Si、Geなど)、
(c)金属粉末、鉱石粉末、高分子ビーズ、デンプン顆粒
などがある。
【0022】
湿潤粉体は、特に、二次電池用活物質、導電材、バインダー、及び溶媒を含むものが好ましい。このような湿潤粉体に対して本発明を適用すると、導電性基材の表面に所定量の活物質を転写する際に、ロール間に供給される粉体量(又は、基材表面への粉体の目付量)を正確に制御することができる。粉体量の制御方法の詳細については、後述する。
【0023】
[1.2. 粒径]
粉体の一次粒子径は、目的に応じて最適な値を選択するのが好ましい。一般に、一次粒子径が小さくなりすぎると、造粒体の作製が困難となる。従って、一次粒子径は、1μm以上が好ましい。一次粒子径は、好ましくは、3μm以上、さらに好ましくは、5μm以上である。
一方、一次粒子径が大きくなりすぎると、表面積が減り、粒子同士の吸着が困難となる。また、薄膜の作製も困難となる。従って、一次粒子径は、100μm以下が好ましい。一次粒子径は、好ましくは、50μm以下、さらに好ましくは、30μm以下である。
【0024】
湿潤粉体の粒径(二次粒子径)は、目的に応じて最適な値を選択するのが好ましい。一般に、二次粒子径が小さくなりすぎると、ロール圧縮による成膜が困難になる。従って、二次粒子径は、50μm以上が好ましい。二次粒子径は、好ましくは、100μm以上、さらに好ましくは、200μm以上である。
一方、二次粒子径が大きくなりすぎると、完成した膜の膜厚や密度がばらつきやすくなる。従って、二次粒子径は、6mm以下が好ましい。二次粒子径は、好ましくは、4mm以下、さらに好ましくは、2mm以下である。
なお、「粒径」とは、レーザー回折・散乱法により測定されたメディアン径(d50)をいう。
【0025】
[2. 湿潤粉体塗工装置]
図1に、本発明に係る湿潤粉体塗工装置の模式図を示す。
図1において、湿潤粉体塗工装置10は、
湿潤粉体を圧縮するための圧密ロール(Aロール)12と、
圧縮された湿潤粉体からなる成形物を保持するための保持ロール(Bロール)14と、
保持ロール14の表面に付着している成形物を基材20の表面に転写するための転写ロール(Cロール)16と、
圧密ロール12、保持ロール14、及び転写ロール16を互いに反対方向に回転させると同時に、ロール間のギャップを調整するための駆動装置(図示せず)と、
圧密ロール12と保持ロール14との間のギャップGに湿潤粉体を供給するための湿潤粉体供給装置(図示せず)と、
転写ロール16に基材20を供給するための基材供給装置(図示せず)と、
湿潤粉体塗工装置10の動作を制御する制御装置(図示せず)と
を備えている。
【0026】
[2.1. 圧密ロール、保持ロール、及び転写ロール]
圧密ロール12、保持ロール14、及び転写ロール16は、この順で水平方向に並んでいる。圧密ロール12と保持ロール14は、所定の間隔を隔てて配置されている。同様に、保持ロール14と転写ロール16は、所定の間隔を隔てて配置されている。圧密ロール12、保持ロール14、及び転写ロールは、それぞれ、駆動装置(図示せず)に接続されており、互いに反対方向に回転するようになっている。
なお、圧密ロール12と保持ロール14は、ギャップGに粉体を均一に供給する必要があるため、水平方向に並んでいる必要がある。一方、転写ロール16は、基材20表面への成形物の転写が可能な位置にあれば良く、必ずしも圧密ロール12及び保持ロール14と同一平面上に配置されている必要はない。
【0027】
圧密ロール12は、湿潤粉体を圧縮するためののものである。保持ロール14は、その表面に、圧縮された湿潤粉体からなる成形物を保持するためのものである。これらは、それぞれ、同一の直径Dを持つ。圧密ロール12及び保持ロール14は、互いにロール速度が異なるロール(一対の非等速ロール)である。
ここで、「直径Dが同一である」とは、圧密ロール12の直径D1に対する保持ロール14の直径D2の比(=D2/D1)が0.99超1.01未満であることを言う。
圧密ロール12の表面と保持ロール14の表面との間の最短距離は、「ギャップG」に該当する。さらに、圧密ロール(低速ロール)12のロール速度VAに対する保持ロール(高速ロール)14のロール速度VBの比(=VB/VA>1)は、「ロール速度比r」に該当する。ギャップG及びロール速度比rは、後述する方法を用いて最適化される。
【0028】
転写ロール16は、保持ロール14の表面に付着している成形物を基材20の表面に転写するためのものである。転写ロール16の直径D’及びロール速度VC、並びに、保持ロール14の表面と転写ロール16の表面との間の最短距離(ギャップG’)は、基材20表面に成形物を均一に転写可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
さらに、保持ロール14のロール速度VBに対する転写ロール16のロール速度VCの比(=VC/VB>1)は、「ロール速度比rBC」に該当する。
【0029】
[2.2. 駆動装置]
駆動装置(図示せず)は、圧密ロール12、保持ロール14、及び転写ロール16を互いに反対方向に回転させると同時に、ロール間のギャップG、G’を調整するためのものである。また、駆動装置は、圧密ロール12のロール速度をVA、保持ロール14のロール速度をVB、転写ロールのロール速度をVCとしたときに、VA<VB<VCとなるように、圧密ロール12、保持ロール14、及び転写ロール16を、それぞれ、非等速で回転させることが可能なものからなる。駆動装置は、各ロールのロール速度VA、VB、VC、ギャップG、G’、及びロール速度比r、rBCを制御可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
【0030】
[2.3. 湿潤粉体供給装置]
湿潤粉体供給装置(図示せず)は、圧密ロール12と保持ロール14との間のギャップGに湿潤粉体を供給するためのものである。湿潤粉体供給装置は、適時に適量の湿潤粉体をギャップGに供給可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
【0031】
[2.4. 基材供給装置]
基材供給装置(図示せず)は、転写ロール16に基材20を供給するためのものである。基材供給装置は、転写ロール16に必要量の基材20を供給可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
【0032】
[2.5. 制御装置]
制御装置(図示せず)は、湿潤粉体塗工装置10の動作を制御するためのものである。制御装置は、湿潤粉体塗工装置10の一般的動作を制御するための機構に加えて、メモリを備えている。メモリには、本発明に係る湿潤粉体塗工装置制御プログラムが格納されている。湿潤粉体塗工装置制御プログラムは、目的とする粉体量(目付量)を得るためのギャップG及びロール速度比rを算出するためのプログラムである。プログラムの詳細については、後述する。
【0033】
[3. 塗工膜の製造方法]
本発明に係る塗工膜の製造方法は、
図1に示す湿潤粉体塗工装置10を用いて、基材表面に湿潤粉体を塗工することを要旨とする。塗工膜の製造は、具体的には、以下のようにして行う。
【0034】
[3.1. 塗工方法]
まず、転写ロール16に基材20を巻き付ける。次いで、圧密ロール12と保持ロール14の間に湿潤粉体を投入する。この状態で圧密ロール12、保持ロール14及び転写ロール16を互いに反対方向に回転させると、湿潤粉体が圧密ロール12と保持ロール14の間で圧縮され、シート状に成形される。
この時、保持ロール14のロール速度VBを圧密ロール12のロール速度VAより大きくすると、シート状の成形物が保持ロール14の表面に付着したまま、転写ロール16まで搬送される。転写ロール16まで搬送された成形物は、保持ロール14と転写ロール16の間で圧縮されながら、基材20の表面に連続的に転写される。
【0035】
[3.2. 塗膜の厚さ]
本発明に係る湿潤粉体塗工装置を用いて湿潤粉体を塗工する場合において、塗膜の厚さは、目的に応じて最適な厚さを選択するのが好ましい。一般に、塗膜が薄くなりすぎると、スケが発生しやすくなる。従って、塗膜の厚さは、5μm以上が好ましい。厚さは、好ましくは、10μm以上、さらに好ましくは、20μm以上である。
一方、塗膜が厚くなりすぎると、ひび割れが発生しやすくなる。従って、塗膜の厚さは、300μm以下が好ましい。厚さは、好ましくは、200μm以下、さらに好ましくは、150μm以下である。
【0036】
[4. ロール速度比及びギャップの算出方法]
[4.1. 用語の定義]
ロール間に供給された粉体は、まず、ロール表面との摩擦によって、粉体がロール表面でスリップしながら圧縮される。その結果、粉体の密度は、徐々に上がっていく。さらに密度が上がると、やがてロール速度と粉体の移動速度がほぼ等しくなる。その結果、粉体がロール表面でスリップすることなく圧縮される。
「スリップ区間」とは、粉体とロールの間でスリップが発生し、粉体がわずかしか圧縮されない区間をいう。
「ニップ区間」とは、粉体がスリップすることなく圧縮される区間をいう。
「ニップアングル」とは、ニップ区間が開始する地点のロールの回転角度をいう。
【0037】
図2に、一対の非等速ロールの断面模式図を示す。
図2において、Aロール及びBロールは、共に直径がDであり、互いに反対方向に回転する非等速ロールである。x軸は、AロールとBロールの中心間を結ぶ線に対して垂直方向の軸である。σは、AロールとBロールの間に作用する圧縮応力を表す。σは、xの関数である。
αは、ニップアングルを表す。αは、具体的には、
(a)AロールとBロールの中心間を結ぶ線と、
(b)Bロールの中心とニップ区間が始まるBロールの表面上の点とを結ぶ線
とのなす角を表す。
【0038】
Gは、AロールとBロールとの間のギャップを表す。rは、Aロール(低速ロール)のロール速度VAに対するBロール(高速ロール)のロール速度VBの比(=VB/VA)を表す。例えば、Bロールが角度αだけ回転する時、Aロールは角度α/rだけ回転する。
Vαは、ニップアングルαの位置において、Bロールが微小長さΔLだけ進んだ時に、ニップアングルαの位置を通過する粉体の微小体積を表す。
Wcalcは、ロール間距離が最小となる位置において、Bロールが微小長さΔLだけ進んだ時に、ロール間距離が最小となる位置(すなわち、ロール間のギャップ)を通過する粉体量を表す。Wcalc,aは、後述する計算により求められた粉体量の推定値を表す。Wcalc,bは、粉体量の目標値を表す。
【0039】
[4.2. ニップアングルの算出]
非等速ロール間を通過する粉体量の推定値Wcalc,a(すなわち、基材表面への粉体の目付量の推定値)を算出するためには、まず、ニップアングルαを知る必要がある。αは、粉体の性状(K:圧縮係数、δ:内部摩擦、φ:壁面摩擦角、ρ:ゆるみかさ密度)、ロールの直径D、ギャップG、及び、ロール速度比rに依存する。
【0040】
粉体に加わる圧縮応力σは、粉体がスリップ区間にあるか、あるいは、ニップ区間にあるかにより異なる。次の式(1)に、粉体がスリップ区間にある時のdσ/dxの一般式を示す。次の式(2)に、粉体がニップ区間にある時のdσ/dxの一般式を表す。
【0041】
【0042】
但し、
rは、低速ロールのロール速度に対する高速ロールのロール速度の比、
Gは、非等速ロール間のギャップ、
σは、非等速ロール間に作用する圧縮応力、
dσ/dxは、非等速ロールの中心間を結ぶ線に対して垂直方向をx軸とした時の前記σの変化率(x軸に対するσの傾き)、
C0は、任意の定数。
【0043】
横軸をθ、縦軸をdσ/dxとして式(1)及び式(2)を描くと、2つの式の交点の座標(θ、dσ/dx)が求められる。この交点におけるθがニップアングルαとなる。
ここで、粉体の圧縮係数Kは、粉体の圧縮試験より求まる、応力と体積の関係より求めることができる。粉体の内部摩擦角δ、及び粉体の壁面摩擦角φは、粉体層せん断試験により求めることができる。さらに、ゆるみかさ密度ρは、周知の方法(例えば、メスシリンダーを用いて測定する方法)により求めることができる。
そのため、粉体性状(K、δ、φ、ρ)、D、r、及びGが与えられると、式(1)及び式(2)の交点から、ニップアングルαを求めることができる。
【0044】
[4.3. 粉体量の推定値Wcalc,a、及び目付量の推定値Wc'の算出]
非等速ロールを用いた粉体の圧縮において、ゆるみかさ密度ρ及び微小体積Vαの積と、粉体量Wcalc,aとが等しいと仮定すると、次の式(3)が導かれる。従って、式(3)にニップアングルαを代入すれば、与えられた条件下における粉体量Wcalc,aが得られる。さらに、Wcalc,aを式(4)に代入すれば、目付量の推定値Wc'が得られる。
なお、式(3)におけるΔLは、粉体量Wcalc,aを算出する際の積分区間の分割数を決定する変数である。ΔLの値が小さいほど正確な粉体量を計算できいるが、小さすぎると計算に時間がかかる。従って、ΔLは、0.05mm<ΔL<0.5mmの範囲で設定するのが好ましい。
【0045】
【0046】
但し、
Hは、塗工幅、
ΔLは、微小長さ。
【0047】
[4.4. 確定ロール速度比及び確定ギャップの算出]
目付量の推定値Wc'が算出された時は、Wc'と目付量の目標値Wcとを対比する。そして、Wc'とWcとの間の偏差をε、εのしいき値をεcとした場合において、ε≦εc又はε<εcである時は、その時のr及びGを、それぞれ、確定ロール速度比rf及び確定ギャップGfとする。なお、εcの大きさは、要求される塗工精度に応じて、最適な値を選択することができる。
【0048】
一方、ε>εc又はε≧εcである時は、ε≦εc又はε<εcとなるまで、ロール速度比r及び/又はギャップGを変えて同様の計算を繰り返す。その結果、ε≦εc又はε<εcとなるrとGの組み合わせが見出された時は、その時のr及びGを、それぞれ、rf及びGfとする。さらに、rf及びGfが算出された時には、この条件で粉体の塗工を行う。これにより、所定の塗工精度で基材表面に粉体を塗工することができる。
【0049】
[4.5. 条件変更]
本発明に係る湿潤粉体塗工装置は、ロール速度比r及びギャップGを変更可能である。しかし、一般に、r及びGの変更可能な範囲は限られている。そのため、取りうるrとGの組み合わせのすべてについて計算を行っても、ε≦εc又はε<εcとなるrとGの組み合わせを見出すことができない場合もあり得る。
【0050】
そのような場合には、
(a)ロールの直径D、及び/又は、ロール速度比rBC、
(b)粉体の性状(すなわち、粉体の圧縮係数K、内部摩擦角δ、壁面摩擦角φ、及び/又は、ゆるみかさ密度ρ)、又は、
(c)目付量の目標値Wc
のいずれか1以上を変更して、同様の計算を繰り返せば良い。
【0051】
条件変更を行う場合、どのパラメータを優先して変更するかは、目的に応じて任意に選択することができる。通常、ロールの直径D及びロール速度比rBCの変更が最も容易であるので、最初にD及び/又はrBCの変更を行うのが好ましい。D及びrBCを変更してもなお、最適条件を見出せない時は、次に粉体の性状を変更するのが好ましい。それでもなお、最適条件を見出せない時は、目付量の目標値Wcを変更するのが好ましい。
【0052】
[4.6. その他の計算方法]
上述したα及びWc'の計算方法は、Johanson法(非特許文献1参照)を改良したものであるが、α及びWc'は、他の方法により算出することもできる。
α及び/又はWc'の他の算出方法としては、例えば、
(a)slab法を用いる方法(参考文献1、2参照)、
(b)FEMやDEMを用いたシミュレーションにより求める方法、
(c)機械学習を用いて統計的に予測する方法、
などがある。
これらの内、slab法は、ニップアングルを実験的に求める必要がある。シミュレーション法は、計算に時間がかかりすぎる。さらに、機械学習法は、大量の実験データが必要となる。これに対し、上述した計算方法は、このような欠点がないので、α及びWc'の計算方法として好適である。
[参考文献1]Katashinskii V.P. and Shtern, M.B., Stress-Strained State of Powder Being Rolled in the Densificatiion Zone. I. Mathematical Model of Rolling in the Densificfation Zone. Poroshkovaya Metallurgiya, 1983, 11(251), pp. 17-21
[参考文献2]Katashinskii V.P. and Shtern, M.B., Stress-Strained State of Powder Being Rolled in the Densification Zone. II Distribution of Density, Longitudinal Strain and Contact Stress in the Densification Zone. Poroshkovaya Metallurgiya, 1983, 12(252), pp. 9-13
【0053】
[5. 湿潤粉体塗工装置制御プログラム]
図3に、本発明に係る湿潤粉体塗工装置制御プログラムのフロー図を示す。
図4に、
図3に示すフロー図の続きを示す。
まず、ステップ1(以下、単に「S1」という)において、操作者に
(a)湿潤粉体の圧縮係数K、内部摩擦角δ、壁面摩擦角φ、及びゆるみかさ密度ρ、
(b)圧縮ロール及び保持ロールで圧縮され、転写ロールにより基材表面に転写される湿潤粉体の目付量の目標値W
c、並びに、
(c)圧縮ロール及び保持ロールの直径D、及び、保持ロールのロール速度V
Bに対する転写ロールのロール速度V
Cの比r
BC(=V
C/V
B>1)
の入力を求め、入力されたこれらの変数をメモリに記憶させる(手順A)。
【0054】
次に、S2において、ギャップGを探査する際に用いられる変数(選択可能なGの数を表す変数)mに初期値「1」を代入する。次に、S3において、ロール速度比rを探査する際に用いられる変数(選択可能なrの数を表す変数)nに初期値「1」を代入する。さらに、S4において、ロール速度比rに、n番目(ここでは、1番目)の数値rnを代入する。同様に、ギャップGに、m番目(ここでは、1番目)の数値Gmを代入する。
【0055】
次に、S5において、入力された変数に基づいて、与えられたロール速度比r及びギャップGに対応するニップアングルαを算出し、これをメモリに記憶させる(手順B)。
αの算出は、具体的には、
(a)上述した式(1)及び式(2)を予めメモリに記憶させておき、
(b)与えられたロール速度比r及びギャップGにおいて、式(1)及び式(2)の交点の座標(θ、dσ/dx)を求め、
(c)交点におけるθをニップアングルαとしてメモリに記憶させる、
ことにより行われる。
αの算出方法の詳細については、上述した通りであるので説明を省略する。
【0056】
次に、S6において、入力された変数、及び算出されたαに基づいて、目付量の推定値Wc'を算出し、Wc'を前記メモリに記憶させる(手順C)。
Wc'の算出は、具体的には、
(a)上述した式(3)及び式(4)を予めメモリに記憶させておき、
(b)αを式(3)に代入することにより粉体量の推定値Wcalc,aを算出し、
(c)Wcalc,aを式(4)に代入することにより、目付量の推定値Wc'を算出し、
(c)算出されたWc'をメモリに記憶させる
ことにより行われる。
Wc'の算出方法の詳細については、上述した通りであるので説明を省略する。
【0057】
次に、S7に進む。S7では、目付量の推定値Wc'と目付量の目標値Wcとの間の偏差をε、εのしきい値をεcとした場合において、ε≦εc(又は、ε<εc)であるか否かが判断される。ε>εc(又は、ε≧εc)である場合(S7:NO)には、ε≦εc(又は、ε<εc)となるまで、r及び/又はGを変更し、αの算出(手順B)及びWc'の算出(手順C)を繰り返す(手順D)。
【0058】
具体的には、ε>εc(又は、ε≧εc)である場合(S7:NO)には、S10に進む。S10では、変数nが最大値nmax未満であるか否かが判断される。nがnmax未満である時(S10:YES)は、選択可能なrが残っていることを意味する。このような場合には、S11に進み、変数nに1を加算する。その後、S4に戻る。そして、新たに選択されたn番目のrnと、メモリに記憶されている他の変数に基づいて、αの算出(S5)及びWc'の算出(S6)を繰り返す。
一方、S10において、nがnmax未満でない時(S10:NO)には、選択可能なrが残っていないことを意味する。このような場合には、S12に進む。
【0059】
S12では、変数mが最大値m
max未満であるか否かが判断される。mがm
max未満であるとき(S12:YES)には、選択可能なGが残っていることを意味する。このような場合には、S13に進み、変数mに1を加算する。その後、S3に戻る。そして、新たに選択されたm番目のG
mと、メモリに記憶されている他の変数に基づいて、αの算出(S5)及びW
c'の算出(S6)を繰り返す。
なお、
図3及び
図4に示す例では、先にrの探査を行い、次いでGの探査を行っているが、探査順序は逆でも良い。
【0060】
ロール直径D、ロール速度比rBC、及び粉体性状(K、δ、φ、ρ)が与えられている場合において、ε≦εc(又は、ε<εc)となるrとGの組み合わせが見出された時には、S8に進み、その時のr及びGを、それぞれ、確定ロール速度比rf及び確定ギャップGfとし、これらをメモリに記憶させる(手順E)。さらに、S9に進み、確定した条件下での塗工を実行する。
一方、r及びGのすべての組み合わせを探査しても、ε≦εc(又は、ε<εc)となる組み合わせを見出すことができなかった時(S10:NO、S12:NO)には、操作者に、
(a)D及び/又はrBCの変更、
(b)粉体性状(K、δ、φ、及び/又は、ρ)の変更、並びに、
(c)Wcの変更
からなる群から選ばれるいずれか1以上を求め、変更後の変数に基づいて、手順B~手順Eを繰り返す(手順F)。
【0061】
具体的には、ε≦εc(又は、ε<εc)となるrとGの組み合わせを見出せなかった時(S10:NO、S12:NO)には、S14に進む。S14では、ロールの直径D及び/又はロール速度比rBCの変更が可能か否かが判断される。D及び/又はrBCの変更が可能である場合(S14:YES)には、S15に進む。S15では、操作者にD及び/又はrBCの再入力を求め、再入力されたD及び/又はrBCがメモリに記憶される。その後、S2に戻る。そして、ε≦εc(又は、ε<εc)となるrとGの組み合わせが見出されるまで、上述したS2~S15の各ステップを繰り返す(手順F1)。
一方、D及びrBCの変更ができない場合、又は、D及びrBCを変更してもなお、ε≦εc(又は、ε<εc)となる組み合わせを見出せなかった場合(S14:NO)には、S16に進む。
【0062】
S16では、粉体性状の変更が可能か否かが判断される。粉体性状の変更が可能である場合(S16:YES)には、S17に進む。S17では、操作者にK、δ、φ、及び/又は、ρの再入力を求め、再入力された粉体性状がメモリに記憶される。その後、S2に戻る。そして、ε≦εc(又は、ε<εc)となるrとGの組み合わせが見出されるまで、上述したS2~S17の各ステップを繰り返す(手順F2)。
一方、粉体性状の変更ができない場合、又は、粉体性状を変更してもなお、ε≦εc(又は、ε<εc)以下となる組み合わせを見出せなかった場合(S16:NO)には、S18に進む。
【0063】
S18では、Wcの変更が可能か否かが判断される。Wcの変更が可能である場合(S18:YES)には、S19に進む。S19では、操作者にWcの再入力を求め、再入力されたWcがメモリに記憶される。その後、S2に戻る。そして、ε≦εc(又は、ε<εc)となるrとGの組み合わせが見出されるまで、上述したS2~S19の各ステップを繰り返す(手順F)。
一方、Wcの変更ができない場合、又は、Wcを変更してもなお、ε≦εc(又は、ε<εc)となる組み合わせを見出せなかった場合(S18:NO)には、塗工条件の変更のみでは、目標を達成できないことを意味する。このような場合には、S20に進み、エラー表示を行い、制御を終了させる。
【0064】
[6. 作用]
3本の非等速ロールを横一列に並べた塗工装置を用いると、基材の表面に造粒粉体を連続的に塗工することができる。しかしながら、従来の塗工装置では、基材表面への造粒粉体の目付量を正確に制御するのが難しい。
【0065】
これに対し、式(1)及び式(2)を用いると、直径が共にDである非等速ロールを用いて湿潤粉体を圧縮する場合において、ロール速度比がrであり、かつ、ギャップがGである時のニップアングルαを求めることができる。また、αが分かると、式(3)及び式(4)から、そのαに対応する目付量の推定値Wc'を算出することができる。
そのため、非等速ロールの直径D、ロール速度比rBC、及び湿潤粉体の性状(K、δ、φ、ρ)が与えられている場合において、ロール速度比r及びギャップGを変えて計算を繰り返すと、Wc'がWcに等しくなる最適塗工条件(すなわち、Wcを得るために必要なrとGの組み合わせ)を求めることができる。
【0066】
また、与えられた条件下において、最適塗工条件を見出せなかった場合であっても、D及び/又はrBCを変更し、湿潤粉体の種類を変更(すなわち、K、δ、φ、ρを変更)し、あるいは、Wcを変更して同様の計算を繰り返すと、最適塗工条件を求めることができる。
【0067】
粉体の物性(内部摩擦角δ、壁面摩擦角φ、圧縮係数K、ゆるみかさ密度ρ)が分かると、その材料でWcを実現するための最適なプロセス条件(ロール速度比r、ギャップG)を理論式より指定することができる。この指定された条件で塗工を行えば、Wcに相当する目付量(単位面積当たりの重量)を持つ電極を作製することができる。従来、非等速ロールを用いて湿潤粉体を塗工する場合において、粉体特性及びプロセス条件から、ロール間に供給される粉体量を計算する方法は知られていない。本発明により、特定の材料をある目付量Wcで塗工するための最適な塗工条件を最短で算出することができる。
【実施例】
【0068】
(実施例1)
[1. 試験方法]
図1に示す湿潤粉体塗工装置10を用いて、基材表面に湿潤粉体の塗工を行った。ニップアングルαを一定とするために、同じ粉体を用いて、Aロールのロール速度のみを変化させて塗工を行った。湿潤粉体には、固形分体積濃度が56vol%であるものを用いた。Bロールのロール速度は、1500mm/minとし、Cロールのロール速度は、4000mm/minとした。基板には、アルミ箔を用いた。Aロール及びBロールの直径Dは、150mmとした。ギャップGは、0.15mmとした。
【0069】
上述した式(1)~式(4)を用いて、目付量の推定値Wc'を算出した。次いで、Aロールのロール速度が600mm/minである時の目付量の推定値Wc'を1として、目付量の推定値の比率(Wc比率)を求めた。
【0070】
実験値の算出に関しては、塗工電極(湿潤粉体が塗工された基材)を5cm×15cmに切り抜き、その際の電極重量(目付量)を測定した。次いで、Aロールのロール速度が600mm/minである時の目付量を1として、目付量比率を求めた。
さらに、目付量比率及びWc比率から、誤差(=|目付量比率-Wc比率|×100/目付量比率)を算出した。
【0071】
[2. 結果]
表1に、結果を示す。
図5に、Aロールのロール速度を変化させて作製した塗工電極の外観写真を示す。表1及び
図5より、以下のことが分かる。
(1)スケ(転写不良)が発生しなかった条件(Aロールのロール速度:300~600mm/min)では、誤差が10%以内であり、目付量比率(実験値)とW
c比率(計算値)がほぼ一致した。
(2)Aロールのロール速度が100mm/minの条件では、実験値が計算値より著しく低くなっており、誤差が大きい。これは、ロール上に電極材料の一部が張り付いてしまったためと考えられる。
図5を見ても、Aロールのロール速度が100mm/minの条件では、塗工できていないことが分かる。
(3)以上の結果から、転写不良が発生しない条件下においては、式(1)~式(4)を用いた計算の妥当性を示すことができた。
【0072】
【0073】
(実施例2)
[1. 試験方法]
湿潤粉体として、ニップアングルαの異なる2種類の材料(材料1、材料2)を用いた。また、Aロール、Bロール、及びCロールのロール速度は、それぞれ、600mm/min、1500mm/min、及び4500mm/minとした。以下、実施例1と同様にして、湿潤粉体の塗工を行った。
さらに、実施例1と同様にして、目付量、目付量比率、Wc比率、及び誤差を算出した。但し、目付量比率及びWc比率の基準には、それぞれ、試料No.11の値を用いた。
【0074】
[2. 結果]
表2に、結果を示す。表2より、以下のことが分かる。
(1)同じ塗工条件で塗工しているため、目付量比率及びWc比率の違いは、ニップアングルαの違いによる。
(2)材料が異なる場合であっても、実験値と計算値の誤差が小さく、計算が妥当であることを確認できた。
【0075】
【0076】
(実施例3)
[1. 試験方法]
Aロール及びBロールの直径Dを100mm又は150mmとした。また、Aロール、Bロール、及びCロールのロール速度は、それぞれ、600mm/min、1500mm/min、及び6000mm/minとした。以下、実施例1と同様にして、湿潤粉体の塗工を行った。
さらに、実施例1と同様にして、φ16目付量、目付量比率、Wc比率、及び誤差を算出した。但し、目付量比率及びWc比率の基準には、試料No.21の値を用いた。
なお、「φ16目付量」とは、直径16mmに打ち抜かれた電極の目付量をいう。
【0077】
[2. 結果]
表3に、結果を示す。表3より、以下のことが分かる。
(1)ロールの直径Dを増加させると、目付量が増加した。これは、材料のニップアングルが同一である場合、直径が大きくなるほど、ロール間の距離が遠いところで噛み込みが始まるためと考えられる。
(2)ロールの直径Dが異なる場合であっても、実験値と計算値の誤差が小さく、計算が妥当であることを確認できた。
【0078】
【0079】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明に係る湿潤粉体塗工装置制御プログラム、湿潤粉体塗工装置、及び塗工膜の製造方法は、リチウム二次電池の電極の製造に使用することができる。