(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-17
(45)【発行日】2022-08-25
(54)【発明の名称】難治性神経疾患治療用組成物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 35/32 20150101AFI20220818BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20220818BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20220818BHJP
C12N 5/0797 20100101ALN20220818BHJP
【FI】
A61K35/32
A61P21/00
A61P25/28
C12N5/0797
(21)【出願番号】P 2022064178
(22)【出願日】2022-04-07
【審査請求日】2022-04-07
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】517280627
【氏名又は名称】株式会社再生医学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100196391
【氏名又は名称】萩森 学
(72)【発明者】
【氏名】上田 実
【審査官】池上 文緒
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/118795(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2009-0008784(KR,A)
【文献】特開2005-334456(JP,A)
【文献】特表2022-502033(JP,A)
【文献】特表2022-502032(JP,A)
【文献】血液事業 (2014) vol.36, no.4, p.841-844
【文献】再生医療 (2013) vol.12, Suppl., p.266(F-1-4)
【文献】J. Endod. (2016) vol.42, no.3, p.425-431
【文献】Biochimie (2013) vol.95, issue 12, p.2271-2285
【文献】J. Immunol. (2016) vol.196, issue 10, p.4164-4171
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/32
C12N 5/0797
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
筋萎縮性側索硬化症(ALS)及びアルツハイマー病の治療用組成物であって、
乳歯歯髄幹細胞を、無血清培地を用い超音波照射下で培養して得られる培養上清を含有
し、
該超音波照射において超音波の周波数が1.5MHz、バースト幅が200μsec、繰り返し周期が10KHz、超音波出力が120mW/cm2
、照射時間が48時間である
ことを特徴とする筋萎縮性側索硬化症(ALS)及びアルツハイマー病の治療用組成物。
【請求項2】
筋萎縮性側索硬化症(ALS)及びアルツハイマー病の治療用組成物の製造方法であって、
乳歯歯髄幹細胞を、無血清培地を用いて超音波照射下で培養して得られる培養上清を該組成物に含有させ、
該超音波照射において超音波の周波数が1.5MHz、バースト幅が200μsec、繰り返し周期が10KHz、超音波出力が120mW/cm2
、照射時間が48時間であることを特徴とする筋萎縮性側索硬化症(ALS)及びアルツハイマー病の治療用組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は 難治性神経疾患治療用組成物およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
難治性神経疾患として、筋萎縮性側索硬化症(ALS:Amyotrophic Lateral Sclerosis)およびアルツハイマー病がある。筋萎縮性側索硬化症(以下ALSとも呼ぶ)は上位および下位運動ニューロンに選択的にかつ系統的な障害をきたす神経変性性疾患である。片側上肢の筋萎縮に始まり、反対側上肢、両下肢へ筋委縮が進行し、その間に言語障害、呼吸困難などと四肢の痙縮によって全身が強直する。人工呼吸器による管理を行わないと、発症後2ないし5年で呼吸不全のために死亡に至る。
ALSの原因は不明であり有効な治療法は存在しない。したがって過去に治療に成功した報告はない。いったん発症すると症状を緩和することも進行を停止することもできないALSは、神経疾患のなかで最も残酷な疾患とされている。
【0003】
世界のアルツハイマー病患者は2030年には7600万人、2050年には1億3500万人に達する。アルツハイマー病では、脳にアミロイドβ蛋白というタンパク質が蓄積し、さらにタウというタンパク質が蓄積して、神経細胞が減少し脳が萎縮していく。脳の中の海馬は記憶の中枢として知られている。アルツハイマー病では、脳の萎縮が海馬付近から始まり拡がっていく。そのため、症状は記憶の障害から始まり、徐々に認知機能全体が低下していく。アルツハイマー病には有効な治療法がなく、大きな社会問題となっている。
【0004】
従来の医療技術では治療困難な疾病に対する汎用的な代替技術として、幹細胞を利用した再生医療が注目されている。幹細胞を用いた再生医療は、全ての難病にとっての新しい臨床プラットフォームにおける有望なツールである。再生医療の適用が可能、あるいは期待される疾病は多く、臨床応用に向けた数多くの研究が行われている。なかでも筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの難治性神経変性性疾患は、再生医療による治療がもっとも期待される疾患の一つである。
【0005】
体性幹細胞をはじめ、ヒト胎児幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、惹起性多能性幹細胞(iPS細胞)など種々の幹細胞が報告されている。体性幹細胞としては骨髄や脂肪由来の幹細胞があるが(非特許文献1)、これらの幹細胞には幾つかの短所、即ち、(1)加齢とともに採取可能な幹細胞数が減少すること、(2)加齢における遺伝子変異の蓄積によって移植幹細胞の安全性が確保しにくいこと、(3)細胞増殖能が低いこと、(4)幹細胞採取には激しい生体侵襲を伴うことなどの短所がある。これらの問題点を解決するために新しい難治性神経疾患治療用の幹細胞リソースの開発が重要である。ヒト胎児やES細胞由来の神経幹細胞を用いた難治性神経疾患の移植治療(特許文献1)が現実性のある研究課題として認識されているが、倫理性や安全性に大きな問題を抱えている。またips細胞の発がん性に対する懸念は払拭されず、これらはいずれも実用的な幹細胞源とはいえない。
【0006】
こうした中、本願発明者らは、幹細胞の培養上清、中でも歯髄幹細胞を無血清培養すことによって得られた幹細胞培養上清を含み、歯髄幹細胞を含まない組成物が、皮膚損傷治癒効果、脳梗塞マウスの運動機能回復効果および梗塞体積減少促進効果、神経系細胞の神経突起伸長誘導効果及びアポプトーシス抑制効果及び脊髄損傷治癒効果を有することを見出した(特許文献2)。
培養上清には、細胞自体は含まれないことから免疫拒絶反応を起こすことはない。このため、他人の幹細胞から作製した培養上清でも拒絶反応を心配することなく使用することができ適用範囲が非常に高いという特徴がある。また、あらかじめ作製した培養上清を保存しておけば、必要な時にすぐに使用することができる等、利便性が高い。
【0007】
培養軟骨細胞に超音波を照射すると、軟骨基質の生合成が高まることが報告されている(非特許文献2)。このような作用をもたらす超音波は、Duarteらにより骨折治療への研究が行われ(特許文献3)、その後米国Exogen社により超音波骨折治療機セーフスTM(SAFHSTM)(登録商標)が開発されている。超音波骨折治療機セーフスTM(SAFHSTM)は、臨床試験において、脛骨幹部骨折(非特許文献3)ならび橈骨遠位端骨折(非特許文献4)などの治癒促進効果が証明されている。また、Pittengerらにより、未分化間葉系細胞をIn vitroで脂肪細胞、軟骨細胞および骨細胞へ分化させ得ることができ、これら3種類の細胞への分化をもたらす培地組成も知られている(非特許文献5、非特許文献6)。さらに、未分化間葉系細胞を骨分化誘導倍地中で培養する際に、超音波骨折治療機セーフスTM(SAFHSTM)による超音波を照射することで骨分化が促進されることも報告されている(非特許文献7)。
【0008】
培養細胞に対する超音波の影響については様々な照射条件が検討され、特に超音照射装置を培養チャンバの底面に設置して、低出力パルスを作用させ細胞の成熟に有効であるとする研究が多い(非特許文献8)。本願発明者らは未分化間葉系細胞を軟骨分化誘導用培地で培養し人工軟骨を製造する時、培養中に超音波を照射することにより未分化間葉細胞の軟骨細胞への分化が顕著に促進されることを見出している(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2002-281962
【文献】特許第6296622号
【文献】米国特許第4,530,360号
【文献】特許第4676679号
【非特許文献】
【0010】
【文献】Atala A. and Lanza R ( 2021-12-31) Handbook of Stem Cells.Academic Press P 452, ISBN 978-0-12-385943-3
【文献】Parvizi et al.: J Orthop. Res., 17(4):488-94, 1999
【文献】Heckman et al.: J Bone and Jiont Surg, 76A: 25-34, 1994
【文献】Kristiansen et al.: J Bone and Joint Surg, 79A: 961-973, 1997
【文献】Pittenger MF et al. : Multilineage potential of adult human mesenchymal stem cell. SCIENCE 284(2): 143-147, 1999
【文献】Pittenger MF et al. : Mesenchymal stem cell : cell biology to clinical progress. nature partner journal(npj)|regenerative medicine . Published:02 Dec. 2019.Open Access
【文献】岡田 他:第4回 日本組織工学会、川崎、7月6-7日、2001
【文献】S.-G.Yan et al.Med.Hypotheses,76:4-7,2011
【文献】Miura et al. SHED: stem cells from human exfoliated deciduous teeth. Proceedings of the National Academy of Sciences (2003)Vol.100, 5807-5812
【文献】Matsubara,K.,et al : Secreted ectodmain of sialic acid-binding Ig-like lectin and monocyte chemoattractant protein-1 promote recovery after rat spinal cord injury by altering macrophage polarity.,J.Neuroscience 35(2015):2452-2464.
【文献】Drago,D.,et al : The stem cell secretome and its role in brain repair.,Biochimie 95.12(2013):2271-2285.
【文献】Shimojima,C. et al.; Conditioned medium from the stem cells of human exfoliated deciduous teeth ameliorates experimental autoimmune encephalomyelitis.,J.Immunol 196(2016):1-8
【文献】Matsubara,K.et al.J.Neurosci.11,2015.35(6):2452-2464)
【文献】臨床神経2011:51:1195-1198
【文献】Pollari,E. etal:In Vivo electropysiological measurement of compound muscle action potential from the forelimbs in models of motor neuron degeneration.Neuroscience,15:2018 doi:10.3791/57741
【文献】Osuchowski,M., et al.: Noninvasive model of sciatic nerve conduction in healthy and septic mice; rehabilitation and normative data . Muscle Nerve. 2009 Oct40(4): 610-6.doi;10.1002/mus.21284
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本願発明が解決しようとする課題は、難治性神経疾患治療用組成物及びその製造方法を提供することである。とりわけ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)およびアルツハイマー病の治療を可能とすることが、本願発明が解決しようとする課題である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者は鋭意検討を重ねた結果、医療廃棄物であるヒト脱落乳歯歯髄幹細胞(stem cells from exfoliated deciduous teeth;以下乳歯歯髄幹細胞あるいはSHEDと呼ぶ)を超音波照射下で無血清培地を用いて培養して得られる培養上清が、筋萎縮性側索硬化症(ALS)およびアルツハイマー病の治療効果を有することを見出した。
【0013】
乳歯歯髄幹細胞は、骨髄幹細胞(Bone marrow stem cell : BMSC)と同様な自己複製能及び多分化能を有する新規な幹細胞集団として同定されている。この細胞は、神経系譜に近い性状を示す神経堤由来の細胞集団であり、神経細胞への分化誘導に高い反応性を示す。また組織幹細胞であるため、移植における安全性が高く、倫理的問題も極めて少ない(非特許文献9)。
【0014】
上記のような幹細胞を培養する際に生成される上澄み液(培養上清)には、数千種類以上のたんぱく質成分が含まれており、そこには、サイトカインやケモカイン、エクソソームタンパク等と呼ばれる細胞活性のカギとなる情報伝達物質が豊富に含まれている。例えば、Epidermal Growth Factor (EGF)、Fibroblast Growth Factor (FGF)、Platelet-Derived Growth Factor (PDGF)、Hepatocyto Growth Factor (HGF)、Transforming growth Factor(TGF)、vascular endothelial growth Factor (VEGF)等の成長因子、MCP-1((Monocyte Chemotactic protein-1、単球走化性タンパク)、Siglec-9 (Sialbinding immunoglobulin-type lectins-9、シアル酸結合Ig様レクチン-9),エクソソーム等が含まれていることが知られている(非特許文献10、11)。そして、このようなサイトカインやケモカイン、エクソソームタンパク等を含む培養上清は、損傷した組織の修復や、組織を保護する機能を有することが様々な研究から実証されている(非特許文献10,11)。
【0015】
上述のように、培養上清には、細胞自体は含まれないことから免疫拒絶反応を起こすことはない。このため、他人の幹細胞から作製した培養上清でも拒絶反応を心配することなく使用することができ適用範囲が非常に高い。また、あらかじめ作製した培養上清を保存しておけば、必要な時にすぐに使用することができる等、利便性が高い。
【0016】
培養上清は、乳歯をはじめ歯髄、骨髄、脂肪、臍帯などの幹細胞を利用して作られるが幹細胞の種類によってその培養上清に含まれる成分は異なる。乳歯歯髄幹細胞(以下SHEDと呼ぶ)から作られた培養上清(乳歯歯髄幹細胞培養上清、以下SHEDCMと呼ぶ)には、特に多くのたんぱく質成分が含まれ、とくに神経再生に有利なサイトカインやケモカイン、エクソソームタンパク等が含まれていることがわかっている(非特許文献11,12)。
SHEDCMは、SHEDを培養して得られる、細胞を含まない培養液と定義される。本願発明に係る組成物は培養上清を有効成分として含むものであるが、細胞は含まない。本願発明に係る組成物は、細胞を含まないという特徴によって、SHED自体は当然のこと、幹細胞を含む各種組成物とは明確に区別される。
【0017】
SHEDCMに含まれているサイトカインとしてMCP-1(単球走化性タンパク)、Siglec-9(シアル酸結合Ig様レクチン-9)およびHGF(肝細胞増殖因子)がある。MCP-1は、76個のアミノ酸からなる塩基性タンパク質であり、免疫細胞である単球に対して特異的な遊走活性を示す。また、MCP-1は、単球表面の接着分子の発現に関与しており、炎症局所への単球の遊走、内皮細胞との接着及び内皮下への浸潤等に関与していると考えられている。そして、MCP-1は、炎症において免疫細胞であるリンパ球の組織浸潤を促進させる(NK細胞やNKT細胞を炎症に集積させる)ことができる(非特許文献12)。
【0018】
Siglec-9はMCP-1と協働して炎症性のマクロファージ(M1マクロファージ)活性を抑制すると同時に抗炎症性・再生型マクロファージ(M2マクロファージ)に極性を変換する(非特許文献13)。
【0019】
HGFは、生体の自然治癒力を支える内因性の組織再生・修復因子である。HGFは、肝細胞の増殖を促進するサイトカインとして発見されたが、肝細胞のみならずc-Met受容体を発現している様々な細胞に作用する。HGFは、抗炎症性、抗酸化、抗線維化、血管新生促進、細胞死抑制作用等の様々な作用を有し、ALSに対しても有用とする報告がある(非特許文献14)。
【0020】
第1の発明は難治性神経疾患治療用組成物であって、乳歯歯髄幹細胞を無血清培地を用い超音波照射下で培養して得られる培養上清を含有することを特徴とするものである。
【0021】
第2の発明は第1の発明に係る難治性神経疾患治療用組成物であって、上記の超音波の周波数が20KHzないし10MHz、バースト幅が10μsecないし1msec,繰り返し周期が5Hzないし10KHz,超音波出力が5ないし120mW/cm2であることを特徴とするものである。
【0022】
第3の発明は第1の発明あるいは第2の発明に係る難治性神経疾患治療用組成物を含有することを特徴とする筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療用組成物である。
【0023】
第4の発明は第1の発明あるいは第2の発明に係る難治性神経疾患治療用組成物を含有することを特徴とするアルツハイマー病治療用組成物である。
【0024】
第5の発明は難治性神経疾患治療用組成物の製造方法であって、乳歯歯髄幹細胞を無血清培地を用いて超音波照射下で培養して得られる培養上清を該組成物に含有させることを特徴とするものである。
【0025】
第6の発明は第5の発明に係る難治性神経疾患治療用組成物の製造方法であって、上記の超音波の周波数が20KHzないし10MHz、バースト幅が10μsecないし1msec,繰り返し周期が5Hzないし10KHz,超音波出力が5ないし120mW/cm2であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0026】
本願発明に係る難治性神経疾患治療用組成物は、難治性神経疾患、とりわけ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)およびアルツハイマー病に対する治療効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】SHED培養中の超音波照射方法を示す図である。
【
図2】培養期間を通じた超音波照射の、培養終了時の培養上清中の3種のサイトカイン濃度に対する効果を示す表である。
【
図3】培養中に照射する超音波の出力と、培養終了時の培養上清中のサイトカインHGFの濃度との関係を示すグラフである。
【
図4】筋萎縮性側索硬化症モデルマウスに対するSHEDCMの効果を調べる実験のプロトコルを示す図である。
【
図5】筋萎縮性側索硬化症モデルマウス及び対照マウスにSHEDCMあるいは生理食塩水を投与した時のマウス各群の複合筋活動電位の推移を示すグラフである。
【
図6】筋萎縮性側索硬化症モデルマウス及び対照マウスにSHEDCMあるいは生理食塩水を投与した時のマウス各群の生存率の推移を示すグラフである。
【
図7】培養フラスコでの培養中の超音波照射方法を示す図である。
【
図9】筋萎縮性側索硬化症患者の運動可動域のSHEDCM治療による改善結果を示す表である。
【
図10】アルツハイマー病患者にSHEDCMを投与した時の投与前と投与8週間後のHDS-Rを示すグラフである。
【
図11】アルツハイマー病患者にSHEDCMを投与した時の治療効果の発現時期を示すグラフである。
【
図12】アルツハイマー病患者にSHEDCMを投与した時の治療効果の持続期間を示すグラフである。
【
図13】H-SHEDCMの大量生産方法である浮遊培養法の概念図である。
【
図14】H-SHEDCM、R-SHEDCM及び3種のサイトカインの混合物のALSマウスの疾患重症度緩和効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
つぎに、本発明の実施形態を説明するが、本発明の技術的範囲を逸脱しない範囲において様々な変更や修正が可能であることは言うまでもない。
【実施例1】
【0029】
乳歯髄由来幹細胞(SHED)の製造
(1)歯髄の採取
脱落したヒトの乳歯から採取した歯髄組織から、SHEDを付着性細胞として選別する。自然に脱落した乳歯の歯牙を、クロロヘキシジン液で消毒した後、歯冠部を分割し歯科用リーマーによって歯髄組織を回収する。クロロヘキシジン液の代わりにポビドンヨード液(イソジン(登録商標)液)を用いてもよい。
(2)酵素処理
(1)で分離・回収して採取した歯髄組織を基本培地(10%ウシ血清・抗生物質含有ダルベッコ変法イーグル培地(Dulbecco’s M odified Eagle’s Medium、以下、「DMEM」とする場合もある))に懸濁し、2mg/mlのコラゲナーゼ及びディスパーゼで37℃、1時間処理する。これを遠心分離(600ないし5000×g、5分間)して、酵素処理後の歯髄組織、歯髄細胞を回収する。
(3)細胞培養
上記のようにして回収した歯髄組織及び歯髄細胞を4ccの5体積%ないし15体積%のウシ血清および50ないし150ユニット/mlの抗生物質を含有するダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)あるいは間葉系幹細胞用培地に懸濁し、付着性細胞培養用ディッシュ、6ウェルへ播種する。
これを5体積%の二酸化炭素(以下、CO2とする場合がある。)雰囲気下、約37℃に調整したインキュベーターで培養する。サブコンフルエント(培養容器の表面の約70面積%を細胞が占める状態を示す。)またはコンフルエントに達したときに細胞を0.05体積%トリプシン・EDTAにて、5分間、37℃で処理する。ディッシュから剥離した歯髄由来幹細胞を直径10cmの付着性細胞培養用ディッシュに播種し、拡大培養を行うようにする。
継代培養は、繰り返し行ってもよく、細胞培養は、継代培養を1ないし15回行い、必要な細胞数(例えば、約1×107個/ml)まで増殖させることが好ましい。以上の培養の後、細胞を回収して保存することもできる。
(4)細胞の回収
トリプシン処理で培養容器から細胞を剥離した後、遠心分離により細胞(付着性細胞)を採取して、SHEDを回収する。遠心分離の条件は600ないし5000×gが好ましく、より好ましくは750ないし5000×gである。
【0030】
乳歯髄由来幹細胞培養上清(SHEDCM)の製造:
次に、SHEDCMの製造の一例を説明する。まず、上記の方法で得られた乳歯髄由来幹細胞(SHED)を培養容器に入れ、基本培地(血清として10体積%のFBS等の動物血清を加えた培地、(上記のDMEM等))を加える。これを5体積%CO2雰囲気下、37℃の条件下に、24ないし48時間培養する。その後、血清を含まないDMEMへ置換し、超音波発生装置(DISCIVER社、SONIC SOAC)の上に置き超音波を照射しながら、さらに24ないし72時間培養を行った後、培養上清を回収する。照射する超音波は、周波数が20KHzないし10MHz、バースト幅が10μsecないし1msec,繰り返し周期が5Hzないし10KHz,出力が5ないし120mW/cm2が好ましい。
回収した培養上清から乳歯髄由来幹細胞を完全に除去するため、回収した培養上清を、600ないし5000×gで3ないし7分間遠心分離処理を行うことにより、乳歯髄由来幹細胞を全く含まない(SHEDを取り除いた)、処理済みのSHEDCMを得る。
SHEDを除去する別の方法としては、SHEDを通過させない分離膜を通過させる等の処理により、SHEDを含まない(乳歯髄由来幹細胞を取り除いた)、処理済みのSHEDCMを得ることができる。
なお、SHEDCMの製造に用いるSHEDの継代数の制限は特にないが、標的組織の改善や予防能力、及び標的となる組織の種類の幅広さという観点から、5ないし15とすることが好ましい。
【実施例2】
【0031】
実施例1の方法で得たSHEDを、2グループに分けて、特定のサイトカインを指標に超音波照射による幹細胞分化誘導能を検証した。第1のグループ(グループ1)は非照射群、第2のグループ(グループ2)は超音波照射群とした。各群の繰り返し回数は5回(n=5)とし、培養は基本培地(DMEM;血清として10体積%のFBS等の動物血清を加えた培地)を用いて37℃、5%CO2下で行い、基本培地は3日ごとに交換した。
【0032】
このように培養したSHEDを24ウェルプレートに入れ上記基本培地を用いて2週間培養し増殖させた。その後、各ウェルの培養上清を除き血清を含まないDMEMへ置換し、グループ2のSHEDを入れた24ウェルプレートについては超音波生成装置(DISCIVER社、SONIC SOAC)の上におき、超音波周波数1.5MHz、バースト幅200μsec、繰り返し周期1.0KHz、超音波出力120mW/cm
2の超音波パルスを48時間照射した(
図1)。グループ1のSHEDは超音波を照射しなかったこと以外はグループ2のSHEDと同じ方法で培養した。
【0033】
その後グループ1及びグループ2の培養上清を回収し、300×gで5分間遠心し、培養上清を0.22mmのシリンジフィルターを用いて濾過してSHEDの培養上清SHEDCMを得た。SHEDの培養上清のMCP-1、Siglec-9及びHGFの濃度をマイクロアレイ法によって測定した。結果を
図2に示す。超音波照射によって得られた培養上清は、非照射培養によって得られた培養上清より高い濃度でMCP-1、HGF及びSiglec-9を含有していた。
【実施例3】
【0034】
実施例1の方法で得たSHEDを、4グループに分け照射する超音波の出力と培養上清中に蓄積するHGF濃度の関係を検証した。各グループの反復回数は5回(n=5)とし、実施例2と同様に培養を行った。超音波の照射方法は実施例2と同じであるが、照射する超音波の出力を、第1のグループでは10mW/cm2、第2のグループでは50mW/cm2、第3のグループでは100mW/cm2、第4のグループでは120mW/cm2とした。
【0035】
実施例2と同様に培養上清の回収を行い、得られた培養上清中のHGFの濃度をマイクロアレイ法によって測定した。結果を
図3に示す。出力が10ないし120mW/cm
2の超音波照射を行った場合、50mW/cm
2の時のHGF濃度と100mW/cm
2および120mW/cm
2の時のHGF濃度との間に有意差が認められ(1%水準、T検定による)、出力120mW/cm
2において最もHGF産生量が高かった。
【実施例4】
【0036】
SHEDCMの筋萎縮性側索硬化症モデルマウスに対する効果を動物実験により検証した。実験に用いたALSモデルマウス(mSOD1)はG93A変異SOD1遺伝子組み換えマウスであり、生後70日(P70)付近で発症し、P150までに死亡するマウスである。本実験ではP50からP150を観察に用いた。実験のプロトコルを
図4に示す。
下記の4群を設けた。R-SHEDCMは超音波の照射無しに作成された培養上清、H-SHEDCMは超音波を照射して作成された培養上清を意味する。nは実験の反復回数である。
対照群1:WT(健常マウス) n=5
対照群2:mSOD1(ALSマウス) n=5
実験群1:非照射群(mSOD1にR-SHEDCMを投与した群) n=5
実験群2:超音波照射群(mSOD1にH-SHEDCMを投与した群) n=5
R-SHEDCM及びH-SHEDCMは、実施例2に記載した方法で調製した。
実験群にはP70 (発症前)からP90 (発症後)まで、ALSマウス(mSOD1)に、R-SHEDCM原液又はH-SHEDCM原液を尾静脈から1日0.5ml、20日間連続投与した。また対照群(WTおよびmSOD1)には同量の生理食塩水を投与した。
P150まで生存状態を観察しP50, P70, P90, P110に針筋電位検査で下肢の複合筋活動電位(CMAP: Compound Muscle Action Potential)を非特許文献15に記載の方法で測定した。
【0037】
実験結果は以下の通りであった。複合筋活動電位(Compound muscle action potential、CMAP)の測定結果を
図5に示す。対照群2(生理食塩水を投与したALSマウス)および実験群1(R-SHEDCMを投与したALSマウス)では複合筋活動電位は連続的に低下し110日目には5mv以下となった。またこの両者に有意差はなかった。一方、対照群1(生理食塩水を投与した健常マウス)と実験群2(H-SHEDCMを投与したALSマウス)の複合筋活動電位は110日目まで10mv以上を維持し、この両者に有意差は無かった。そして、対照群2と実験群1のグループと、対照群1と実験群2のグループの間では、複合筋活動電位に有意差(1パーセント水準、T検定による)が認められた。
マウスの複合活動電位の正常範囲は概略10mV~20mVの範囲にある(非特許文献16)。複合筋活動電位は4つの実験群とも70日目までは正常範囲を維持していたが、その後mSOD1と非照射群では低下し90日目には正常範囲以下となり110日目には5mv以下となった。一方WTと超音波照射群は110日目まで正常範囲を維持した。
【0038】
超音波を照射せずに作成された培養上清(R-SHEDCM)はALSマウスの複合筋活動筋電位の低下を抑制できなかったが、超音波を照射して作成された培養上清(H-SHEDCM)はALSマウスの複合筋活動筋電位の低下を抑制し健常マウスと同等にCMAPを維持した。
【0039】
次に各群のマウスの生存率の推移を
図6に示す。P70では4群ともほぼ100%生存していたが、P110での生存率はWTでは100%、対照群2では0%、実験群1では25%、実験群2では50%であった。ALSマウスの延命効果は、超音波を照射せずに作成された培養上清(R-SHEDCM)にも5%水準の有意差をもって認められたが、超音波を照射して作成された培養上清(H-SHEDCM)は超音波を照射せずに作成された培養上清(R-SHEDCM)を顕著に上回る延命効果が1%水準の有意差をもって認められた。なお有意差検定方法はT検定による。
【実施例5】
【0040】
フラスコを用いたH-SHEDCMの調製
培養フラスコ(Nunc(登録商標)EasYFlask(登録商標)Cell Culture Flask159934、容量70mL、培養面積225Cm
2)に実践例2に記載の基本培地(DMEM)を30mL入れ、これに実施例1の方法で調製したSHEDを、1.0×10
4個/mLとなるように播種し、37℃、5%CO
2下で、培養液を適時に交換しながら2週間培養した。その後、血清を含まないDMEMに交換し、この培養フラスコを超音波生成装置(DISCIVER社、SONIC SOAC)の上におき、超音波周波数1.5MHz、バースト幅200μsec、繰り返し周期1.0KHz、超音波出力:120mW/cm2の超音波パルスを48時間照射した(
図7)。その後、培養液をフラスコから回収し50mL遠心チューブに分注し、遠心分離(2000rpm、3分間)により沈殿物を除去し、培養上清(H-SHEDCM)を得た。なお、R-SHEDCMは、超音波を照射しないこと以外は上記と同じ方法により調製した。
【実施例6】
【0041】
SHEDCMの筋萎縮性側索硬化症に対する治療効果を検証した。現在、治療法の存在しないALSの患者に対し超音波を照射して作成したH-SHEDCMを短期間使用し、病態の進行を停止したのみならず症状の改善に成功した。一方、超音波照射無しに作成したR-SHEDCMでは大きな改善が得られなかった。SHEDCM治療の概要とその治療結果は以下のとおりである。なおR-SHEDCM及びH-SHEDCMは、実施例5に記載した方法で調製した。
【0042】
患者(68歳、男性)は2020年6月にALSと診断された。その後、患者はALSの専門病院に転院し、経過が観察されていたが症状の進行は止まらなかった。そこでこの患者がSHEDCMによる治療を希望したため、2021年1月、発明者を紹介された。
患者にはALSの特徴的症状がみられた。とくに呼吸機能の低下(%肺活量・66・5%(2020年6月)から46.1%(同年8月))は深刻で、また四肢痙縮が著しく、病状が急速に悪化していることを確認した。
【0043】
2021年1月から同年8月の間、R-SHEDCMの点滴投与(240ml/週)を行った。この間、症状に変化はなく, 呼吸機能が低下し(室内気、Spo2<90%)、四肢痙縮が進行した。そこで、同年9月からH-SHEDCMの点滴投与(240ml/週)を開始した。H-SHEDCMの点滴治療開始後1週で、四肢と手指(とくに親指と小指)に痙縮の緩和および自動的な関節可動域の急速な拡大がみられ、その後も自動運動と呼吸機能の改善が続いている。
【0044】
治療開始前(2021年1月)及びH-SHEDCMの点滴投与を3ヶ月行った後(2021年12月)にこの患者の運動可動域を測定した。
図8に運動可動域の測定方法を示す。また
図9にこの患者の治療前とH-SHEDCMの3ヶ月投与後の運動可動域を示す。他動的可動域とは他人が手をそえて動かすことが可能な範囲を意味し、自動的可動域とは患者の意思で動かすことが可能な範囲(随意運動)を意味する。可動域の測定法は関節を軸として回転する四肢あるいは手指を角度として評価する。計測のため関節角度計(角度計(神中氏)松吉医科器械)を用いた。
図9の数字は角度を示す。列「前」の数字は治療前に上記の方法で計測した関節可動域、列「後」はH-SHEDCMを3ヶ月投与後の関節可動域を示す。
「肩の屈曲・伸展」の場合、垂線の位置を0度として前方向が正、後ろ方向が負の数字になる。当該患者の右腕は、治療前は前方向に30度の位置で強直していた。H-SHEDCMの3ヶ月投与後は手を添えれば50度の位置まで動くようになった。
腕の回外・回内については上腕が垂直になった位置(体側に平行)が0度、内方向に回転していればが負の数字で、外方向に曲がっていれば正の数字とする。治療前、患者の右腕は垂直の位置(0度)から内方向に35度回転した位置で強直していた(―35度)。H-SHEDCMの3ヶ月投与後は手を添えれば30度外方向に動かすことができた(-5度)。
測定した全ての項目において、患者の可動域は、H-SHEDCMの3ヶ月投与後は治療前に比べ大きくなった。
また2022年1月においては患者の呼吸機能は室内気、SpO2>97%であり、改善が認められた。
なおこの患者は2022年3月現在もH-SHEDCMの点滴投与を継続しており運動可動域はさらに改善している。
【0045】
H-SHEDCMの効果は明らかである。進行性の呼吸筋の萎縮や四肢の痙縮は運動神経ニューロンの炎症と変性によって生じるALSに特徴的な症状である。発症後は進行を遅らせることはできても進行を停止・回復に成功した例は過去にはない。今回のALS治療で、急速に悪化しつつある呼吸機能を改善し、四肢運動可動域の向上効果が持続していることは、H-SHEDCMの抗炎症および神経再生効果が高いことを示している。
【実施例7】
【0046】
H-SHEDCMのアルツハイマー病に対する治療効果を検証した。女性16名、男性4名、合計20名のアルツハイマー病患者を対象とした。患者の平均年齢は85.5歳であった。これらの患者の無作為に選んだ10名に超音波を照射して作成したH-SHEDCMを、他の10名には超音波照射無しで作成したR-SHEDCMを投与した。投与方法は、H-SHEDCMまたはR-SHEDCMの3倍濃縮液を1回あたり0.5ml点鼻することにより投与した。投与は1日当たり2回行った。これを8週間継続した。なお、R-SHEDCM及びH-SHEDCMは、実施例5に記載した方法で調製した。
【0047】
患者の認知機能を改訂長谷川式認知症スケール(HDS-R)によって評価した。これらの患者の認知機能のデータを以下の3つの群に分ける。
1群は対照群であり、患者全員の治療開始直前の認知機能データである。20名であるから反復回数(n)は20である。
2群は超音波照射無しで作成したSHEDCM(R-SHEDCM)を投与した群である。反復回数は10である。
3群は超音波を照射して作成したSHEDCM(H-SHEDCM)を投与した群である。反復回数は10である
【0048】
治療前と2群、3群の8週後のHDS-Rスコア点数を
図10に示す。1群は17.2、2群は24.5、3群は27.3であった。治療終了時点(治療開始後8週間)におけるアルツハイマー病(AD)患者に対する効果は2群、3群とも治療前にくらべてそれぞれ5%、1%水準(T検定)で有意差が認められた。3群は2群に比べて治療効果が高かった。
【0049】
効果が発現した時期、すなわちHDS-R の改善が確認された時期(日)は、2群で平均は7,5日、3群では平均6.8日で両群間に有意差は認められなかった(
図11)。なお効果が発現した後はSHEDCMの点鼻投与を続ける間は、HDS―R の低下は見られなかった。
【0050】
効果持続期間、すなわち治療終了後に効果が持続した期間(日)は2群では平均3.5か月、3群では平均10.8ヶ月と2群の約3倍であった(
図12)。
【0051】
超音波を照射して作成した培養上清(H-SHEDCM)は超音波照射無しで作成した培養上清(R-SHEDCM)よりもアルツハイマー病に対する治療効果が高く、効果の持続期間も長かった。アルツハイマー病による認知機能の低下は、βアミロイドの沈着による海馬の神経変性が原因と言われている。詳しくは神経変性が生じたことで反応性のアセチルコリン産生量が減少すること(神経機能の低下)により記憶能力が低下すること、および神経細胞数が減少することが原因である。
治療効果は2群(R-SHEDCM群)より、3群(H-SHEDCM群)が高かったが効果発現時期に差がなかったことは、SHEDCMが反応性のアセチルコリンの産生能を改善した可能性を示唆している。一方、効果持続期間で2群、3群間で大きな差がみられたことは超音波を照射して作成した培養上清が神経細胞の数を増加させた可能性が高い。
現在もっとも有望と考えられているアルツハイマー病治療薬「アデュカムマブ」(未承認)は点滴投与が必須である。しかし培養上清治療は在宅での点鼻投与が可能である。在宅治療ができることは患者及び介護者の負担を大幅に軽減できることは特筆すべき長所である。
【実施例8】
【0052】
マイクロキャリアビーズを用いた浮遊培養によるH-SHEDCMの大量生産
実施例1の方法で調製したSHEDを、実践例2に記載の基本培地(DMEM)に1.0×10
4個/mLとなるように播種し、マイクロキャリアビーズ(GEヘルスケア社製、Cytodex(登録商標)3)を1.0×10
3個/mLとなるように加えて、動物細胞培養装置(株式会社バイオット製、BCP-15NP4)を用いて37℃、5%CO
2、攪拌速度15rpmで攪拌しながら、培養液を適時に新鮮培地に交換して2週間培養した(
図13)。培養2週間後に血清を含まないDMEMに交換し,48時間、超音波装置(SHARP(登録商標)・超音波発振器・UT-304N/604N/1204)を用いて、超音波周波数1.5MHz、バースト幅200μsec、繰り返し周期1.0KHz、超音波出力:120mW/cm2の超音波パルスの超音波を照射しつつ培養した。なお、超音波発生装置は培養槽の底部または側面に設置した。その後、培養槽を装置より取り外し、クリーンベンチ内で培養液を50mL遠心分離用チューブに分注し、2000rpmで3分間遠心分離し、マイクロビーズ、細胞及び沈殿物を除去し、培養上清(H-SHEDCM)を得た。なお、培養を2週間経過した時点で、マイクロキャリアビーズに付着したSHEDをトリプシンを用いて剥離し、培養液に懸濁して回収したSHEDの細胞数をセルカウンターで計測した結果、細胞数は1.08×10
8個/mLであった。
【実施例9】
【0053】
ALSモデルマウスを用いたH-SHEDCMと遺伝子組み換えサイトカインの比較
H-SHEDCMと、主要な3種類のサイトカイン、Siglec-9、MCP-1及びHGFの混合物の、ALSモデルマウスのALS重症度に及ぼす影響を比較した。
【0054】
用いたALSモデルマウスは実施例4で用いたモデルマウスと同じものである。H-SHEDCM及びR-SHEDCMは、実施例2に記載した方法で調製した。また用いた3種のサイトカイン、Siglec-9、MCP-1及びHGFは遺伝子組み換えにより製造したものでありコスモ・バイオ株式会社より購入した。
【0055】
9頭の生後90日目のALSマウス(mSOD1)を用い、そのうち3頭にH-SHEDCMを500μL、別の3頭にR-SHEDCMを500μL、また別の3頭には100μgのSiglec-9と500μg のMCP-1と20μgのHGFの混合物を尾静脈に注入することにより投与した。投与後7日目に各マウスの症状を症状重症度スコアで判定した。なお、H-SHEDCMを投与したマウス3頭を1群、R-SHEDCMを投与したマウス3頭を2群、3種のサイトカインの混合物を投与したマウス3頭を3群と呼ぶ。
【0056】
症状重症度スコアは以下のとおりである。
0:疾患なし
1:テール・トーンの喪失
2:後肢の脱力
3:後肢の麻痺
4:後肢麻痺および前肢麻痺
5:瀕死または死亡
【0057】
投与7日目の各群の症状重症度の平均値は、1群は2.0、2群は3.0、3群は3.3であった。T検定により1群と2群の間には5%水準で有意差が、1群と3群の間には1%水準で有意差が認められた(
図14)。
【0058】
実施例2に示すように、Siglec-9、MCP-1及びHGFは、SHEDCM中の主要成分であり、SHED培養において超音波を照射することにより培養上清中の濃度が増加した。しかし、本比較例で示されたように、これら3種のサイトカインの混合物のALSマウスの疾患重症度を緩和する効果はH-SHEDCMに及ばなかった。1群に投与したH-SHEDCM500μL中に含まれているSiglec-9、MCP-1及びHGFの量はそれぞれ、約 600pg、370pg、23pgである。一方3群に投与したSiglec-9, MCP-1,及びHGFの量は それぞれ、100μg、500μg、20μgであり、1群に投与したH-SHEDCM500μL中に含まれているSiglec-9、MCP-1及びHGFの量に比べはるかに多量である。それにも拘らず、3群の疾患重症度は1群の疾患重症度よりもはるかに重かった。すなわちこれら3種の主要サイトカインだけでは、ALSマウスの疾患重症度を緩和する効果は不十分であることが示された。
培養上清中には1000~2000種類のサイトカインが含まれている。これらのサイトカインの培養上清中の濃度に対する超音波刺激の影響を調べることは事実上不可能であるが、培養上清中の主要成分以外の微量のサイトカインの存在が効果発現に重要であると考えられる。そして、培養中に本願発明の方法で超音波を照射することによって、培養上清中にALSマウスの疾患重症度を緩和する効果を発揮する組成が醸成されると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本願発明に係る難治性神経疾患治療用組成物は未だ有効な治療薬が存在しないALSの世界初の治療薬の創出に資するものである。さらに、アルツハイマー病の有効性の高い治療薬の創出にも資する。また、これら2つの疾病以外の難治性神経疾患の治療効果も期待できる。
【要約】
【課題】難治性神経疾患治療用組成物及びその製造方法を提供することにより筋萎縮性側索硬化症(ALS)およびアルツハイマー病の治療を可能とする。
【解決手段】乳歯歯髄幹細胞を、無血清培地を用い超音波照射下で培養して得られる培養上清を含有することを特徴とする難治性神経疾患治療用組成物。該難治性神経疾患治療用組成物を含有することを特徴とする筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療用医薬およびアルツハイマー病治療用医薬。乳歯歯髄幹細胞を、無血清培地を用いて超音波照射下で培養して得られる培養上清を該組成物に含有させることを特徴とする難治性神経疾患治療用組成物の製造方法。
【選択図】
図1