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特許7126077高マンガン鋼鋳片の製造方法、高マンガン鋼鋼片および高マンガン鋼鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-18
(45)【発行日】2022-08-26
(54)【発明の名称】高マンガン鋼鋳片の製造方法、高マンガン鋼鋼片および高マンガン鋼鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 11/00 20060101AFI20220819BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20220819BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20220819BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20220819BHJP
【FI】
B22D11/00 A
C22C38/38
C22C38/58
C22C38/00 302A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020556826
(86)(22)【出願日】2020-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2020012345
(87)【国際公開番号】W WO2020189762
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2020-10-14
(31)【優先権主張番号】P 2019051238
(32)【優先日】2019-03-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 陽一
(72)【発明者】
【氏名】荒牧 則親
(72)【発明者】
【氏名】中島 孝一
(72)【発明者】
【氏名】木津谷 茂樹
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-196703(JP,A)
【文献】特開2016-084529(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/38
C22C 38/58
B22D 11/00
B22D 11/108
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.10%以上1.3%以下、
Si:0.10%以上0.90%以下、
Mn:10%以上35%以下、
P:0.030%以下、
S:0.0070%以下、
Al:0.01%以上0.1%以下、
Cr:2.0%以上10%以下、
Ca:0.0001%以上0.010%以下、
Mg:0.0001%以上0.010%以下、
Ti:0.001%以上0.03%以下、
N:0.0001%以上0.20%以下、
O:0.0100%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有する溶鋼を連続鋳造するにあたり、タンディッシュにおける前記溶鋼のCa、OおよびSの含有量が下記(1)式を満足する、高マンガン鋼鋳片の製造方法。
0.4≦ACR≦0.9・・・(1)
上記(1)式のACRは、下記(2)式で算出される。
ACR={[%Ca]-(0.18+130×[%Ca])×[%O]}/(1.25×[%S])・・・(2)
上記(2)式の[%Ca]は前記溶鋼中のCaの含有量(質量%)であり、[%O]は前記溶鋼中のOの含有量(質量%)であり、[%S]は前記溶鋼中のSの含有量(質量%)である。
【請求項2】
前記タンディッシュにおける前記溶鋼のTi、MgおよびNの含有量がさらに下記(3)式を満足する、請求項1に記載の高マンガン鋼鋳片の製造方法。
[%Ti]×[%N]×[%Mg]≧2.0×10-8・・・(3)
上記(3)式の[%Ti]は前記溶鋼中のTiの含有量(質量%)であり、[%N]は前記溶鋼中のNの含有量(質量%)であり、[%Mg]は前記溶鋼中のMgの含有量(質量%)である。
【請求項3】
さらに質量%で、
Nb:0.001%以上0.01%以下、
V:0.001%以上0.03%以下、
Cu:0.01%以上1.00%以下、
Ni:0.01%以上0.50%以下、
Mo:0.05%以上2.00%以下、
W:0.05%以上2.00%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する成分組成を有する溶鋼を連続鋳造する請求項1または請求項2に記載の高マンガン鋼鋳片の製造方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3の何れか一項に記載の高マンガン鋼鋳片の製造方法で製造された鋳片を熱間圧延して鋼片を製造する、高マンガン鋼鋼片の製造方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3の何れか一項に記載の高マンガン鋼鋳片の製造方法で製造された鋳片を熱間圧延して鋼板を製造する、高マンガン鋼鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核融合施設やリニアモータカー用路盤、核磁気共鳴断層室等の機械構造用部材ならびに液化ガス貯蔵用タンク等の極低温環境で使用される構造用鋼の高マンガン鋼素材となる鋼片や鋼板の製造方法およびこれらの生産に用いられる高マンガン鋼鋳片の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト単相組織で非磁性特性を有する高マンガン鋼は、従来のオーステナイト系ステンレス鋼や、9%ニッケル鋼、5000系アルミニウム合金などの極低温用金属材料に代わる安価な鋼材として要望が高まっている。
【0003】
従来、これら高マンガン鋼の素材となる鋼片は、インゴット法で鋳片を得、これを熱間で分塊圧延して製造することが一般的であったが、最近では生産性向上やコスト低減の観点から、連続鋳造法で得た鋳片からの製造が不可欠となってきている。高マンガン鋼の鋼片や鋼板を連続鋳造法で得た鋳片から製造する場合、連続鋳造時の鋳片の表面割れや、熱間圧延時の鋼片や鋼板の表面割れが多発し、割れ疵除去のための手入れ増大ならびに歩留り低下が問題となる。このため、鋼片または鋼板製造時における表面割れを抑制できる高マンガン鋼鋳片の製造が強く望まれていた。
【0004】
高マンガン鋼の連続鋳造鋳片を、表面割れを発生させずに熱間圧延する技術として、特許文献1には、Mg、Ca、REMの1種または2種以上を合計で0.0002%以上含有し、30C+0.5Mn+Ni+0.8Cr+1.2Si+0.8Mo≧25とO/S≧1とを満足する成分を含有する低温靱性に優れた高Mn鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-196703号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示された高Mn鋼は、上記成分を含有することで、優れた微細結晶粒を達成するものであるが、結晶粒径を決定づける介在物、析出物の種類を目標通りに制御するには不十分である、といった課題があった。
【0007】
本発明は、かかる状況を鑑みてなされたものであり、結晶粒径を決定づける介在物、析出物を制御し、表面傷の発生を抑制できる高マンガン鋼鋼片や鋼板の製造方法およびこれらの生産に用いられる高マンガン鋼鋳片の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような課題を解決するための本発明の特徴は、以下の通りである。
[1]質量%で、C:0.10%以上1.3%以下、Si:0.10%以上0.90%以下、Mn:10%以上35%以下、P:0.030%以下、S:0.0070%以下、Al:0.01%以上0.1%以下、Cr:10%以下、Ca:0.0001%以上0.010%以下、Mg:0.0001%以上0.010%以下、Ti:0.001%以上0.03%以下、N:0.0001%以上0.20%以下、O:0.0100%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有する溶鋼を連続鋳造するにあたり、タンディッシュにおける前記溶鋼のCa、OおよびSの含有量が下記(1)式を満足する、高マンガン鋼鋳片の製造方法。
0.4≦ACR≦1.4・・・(1)
上記(1)式のACRは、下記(2)式で算出される。
ACR={[%Ca]-(0.18+130×[%Ca])×[%O]}/(1.25×[%S])・・・(2)
上記(2)式の[%Ca]は前記溶鋼中のCaの含有量(質量%)であり、[%O]は前記溶鋼中のOの含有量(質量%)であり、[%S]は前記溶鋼中のSの含有量(質量%)である。
[2]前記タンディッシュにおける前記溶鋼のTi、MgおよびNの含有量がさらに下記(3)式を満足する、[1]に記載の高マンガン鋼鋳片の製造方法。
[%Ti]×[%N]×[%Mg]≧2.0×10-8・・・(3)
上記(3)式の[%Ti]は前記溶鋼中のTiの含有量(質量%)であり、[%N]は前記溶鋼中のNの含有量(質量%)であり、[%Mg]は前記溶鋼中のMgの含有量(質量%)である。
[3]さらに質量%で、Nb:0.001%以上0.01%以下、V:0.001%以上0.03%以下、Cu:0.01%以上1.00%以下、Ni:0.01%以上0.50%以下、Mo:0.05%以上2.00%以下、W:0.05%以上2.00%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する成分組成を有する溶鋼を連続鋳造する、[1]または[2]に記載の高マンガン鋼鋳片の製造方法。
[4][1]から[3]の何れか1つに記載の高マンガン鋼鋳片の製造方法で製造された鋳片を熱間圧延して鋼片を製造する、高マンガン鋼鋼片の製造方法。
[5][1]から[3]の何れか1つに記載の高マンガン鋼鋳片の製造方法で製造された鋳片を熱間圧延して鋼板を製造する、高マンガン鋼鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の実施により、表面傷の発生を抑制しながら高マンガン鋼鋳片を製造できる。さらに、当該高マンガン鋼鋳片を鋼片または鋼板に熱間圧延するに際し、圧延時の表面傷の発生を抑制しながら、高マンガン鋼鋼片または鋼板を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、従来例および発明例における溶鋼から凝固過程の高マンガン鋼の介在物および析出物の生成挙動をまとめた図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されない。本実施形態に係る高マンガン鋼は、C:0.10%以上1.3%以下、Si:0.10%以上0.90%以下、Mn:10%以上35%以下、P:0.030%以下、S:0.0070%以下、Al:0.01%以上0.1%以下、Cr:10%以下、Ca:0.0001%以上0.010%以下、Mg:0.0001%以上0.010%以下、Ti:0.001%以上0.03%以下、N:0.0001%以上0.20%以下、O:0.0001%以上0.0100%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有する。上記成分組成は、Nb:0.001%以上0.01%以下、V:0.001%以上0.03%以下、Cu:0.01%以上1.00%以下、Ni:0.01%以上0.50%以下、Mo:0.05%以上2.00%以下およびW:0.05%以上2.00%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有してもよい。成分組成における成分の含有量を表す「%」は、特に断わらない限り「質量%」を意味する。全ての成分の含有量は、溶存量ではなくトータル値である。
【0012】
C:0.10%以上1.3%以下
Cは、オーステナイト相の安定化と強度の向上を目的として添加される。Cの含有量が0.10%未満では必要な強度が得られない。一方、Cの含有量が1.3%を超えると炭化物やセメンタイトの析出量が過大となり靱性が低下する。このため、Cの含有量は0.10%以上1.3%以下である必要があり、0.30%以上0.8%以下であることが好ましい。
【0013】
Si:0.10%以上0.90%以下
Siは、脱酸と固溶強化を目的として添加される。この効果を得るには、Siの含有量が0.10%以上である必要がある。一方、Siは、フェライト安定化元素であり、多量に添加すると高マンガン鋼のオーステナイト組織が不安定になる。このため、Siの含有量は0.90%以下である必要がある。したがって、Siの含有量は0.10%以上0.90%以下である必要があり、0.20%以上0.60%以下であることが好ましい。
【0014】
Mn:10%以上35%以下
Mnは、オーステナイト組織を安定化し、強度の増加をもたらす元素である。特に、Mnの含有量を10%以上とすることによって、オーステナイト鋼に期待される非磁性および低温靱性といった特性が得られる。一方で、一般にオーステナイト鋼は熱間加工性に乏しく、中でも高マンガン鋼は連続鋳造や熱間圧延時の割れの感受性が高い材料として知られている。特に、Mnの含有量が35%を超えると加工性が著しく低下する。従って、Mnの含有量は10%以上35%以下である必要があり、20%以上28%以下であることが好ましい。
【0015】
P:0.030%以下
Pは、鋼中に含まれる不純物元素であり、靱性の低下や熱間脆化を招く。このため、Pの含有量は少ないほどよいが、0.030%までは許容できる。したがって、Pの含有量は、0.030%以下である必要があり、0.015%以下であることが好ましい。
【0016】
S:0.0070%以下
Sは、鋼中に含まれる不純物元素であり、MnS等の硫化物が起点となって靱性を低下させる。このため、Sの含有量は少ないほどよいが、0.0070%までは許容できる。したがって、Sの含有量は、0.0070%以下である必要があり、0.0030%以下であることが好ましい。
【0017】
Al:0.01%以上0.1%以下
Alは、脱酸を目的として添加される。必要な脱酸効果を得るには、Alの含有量が0.01%以上である必要がある。一方、Alの含有量が0.1%を超えるほど添加されても脱酸効果は頭打ちとなると同時に過剰なAlNが生成して熱間加工性が低下する。したがって、Alの含有量は0.01%以上0.1%以下である必要があり、0.02%以上0.05%以下であることが好ましい。
【0018】
Cr:10%以下
Crは、固溶強化を目的として添加される。一方、Crを多量に添加すると高マンガン鋼のオーステナイト組織が不安定になり、脆化の原因となる粗大炭化物が析出する。したがって、Crの含有量は10%以下が必要であり、7%以下であることが好ましい。
【0019】
Ca:0.0001%以上0.010%以下
Caは、適量添加すると微細な酸化物や硫化物を形成し、析出介在物による粒界脆化を抑制する。このため、Caの含有量は0.0001%以上である必要がある。一方、Caの含有量が過剰になると、析出介在物が粗大化し、逆に粒界脆化を促進する。このため、Caの含有量は0.010%以下である必要がある。Caの含有量は、0.0005%以上0.0050%以下であることが好ましい。
【0020】
Mg:0.0001%以上0.010%以下
Mgは、Caと同様でO、S元素と非常に結合しやすく、微細な酸化物や硫化物を形成することから析出介在物による粒界脆化の抑制が期待できる。このため、Mgの含有量は0.0001%以上である必要がある。一方、Mgの含有量が過剰になると、添加時に溶鋼との反応が激しくなって溶鋼清浄を逆に悪化させる懸念を生じさせるだけでなく、析出介在物を粗大化させる懸念もある。このため、Mgの含有量は0.010%以下である必要がある。Mgの含有量は、0.0005%以上0.0020%以下であることが好ましい。
【0021】
Ti:0.001%以上0.03%以下
Tiは、高温条件でC、N元素と結合するので、巨大な炭化物の生成抑制や割れ感受性の高いNb、Vの炭窒化物の析出抑制に有効である。このため、Tiの含有量は0.001%以上である必要がある。一方、Tiを大量に添加すると巨大な炭窒化物を生成することになり、低温靱性の劣化が問題になる。このため、Tiの含有量は0.03%以下である必要がある。Tiの含有量は、0.001%以上0.02%以下であることが好ましい。
【0022】
N:0.0001%以上0.20%以下
Nは、オーステナイト組織を安定化させ、固溶および析出によって強度を増加させる。この効果を狙って、Nの含有量は0.0001%以上である必要がある。一方、Nの含有量が0.20%を超えると熱間加工性が低下する。このため、Nの含有量は0.0001%以上0.20%以下である必要がある。Nの含有量は、0.0050%以上0.10%以下であることが好ましい。
【0023】
O:0.0100%以下
Oの含有量は、溶鋼段階の脱酸ならびに介在物浮上除去の程度により決まる値であり、清浄性の観点からOの含有量はより少ないことが好ましい。ここで、Oの含有量は、酸化物(介在物)としてのOを含むトータルOの含有量である。Oの含有量が多すぎると上述したCa、Mgなどの元素が十分な効果を発生できなくなるばかりでなく、鋳片に巣などの凝固欠陥が多発しやすくなる。このため、Oの含有量は0.0100%以下であることが必要である。Oの含有量は、0.0030%以下であることが好ましい。
【0024】
さらに、本実施形態に係る高マンガン鋼は、必要に応じて以下の元素から選ばれる1種または2種以上を含有してもよい。
【0025】
Nb:0.001%以上0.01%以下、V:0.001%以上0.03%以下
NbおよびVは、いずれも炭窒化物を生成し、生成した炭窒化物が拡散性水素のトラップサイトとして作用するので、応力腐食割れを抑制する効果を有する。この効果を得るには、Nb:0.001%以上0.01%以下、V:0.001%以上0.03%以下で含有することが好ましい。これら成分組成範囲であれば、表面傷の発生を抑制しながら高マンガン鋼鋳片を製造すること、および、当該高マンガン鋼鋳片を鋼片または鋼板に熱間圧延するに際し、圧延時の表面傷の発生を抑制しながら、高マンガン鋼鋼片または鋼板を製造することには影響しない。
【0026】
Cu:0.01%以上1.00%以下、Ni:0.01%以上0.50%以下
CuおよびNiは、オーステナイト組織を安定化し、炭化物の析出抑制に寄与する。これらの効果を得るには、Cu:0.01%以上1.00%以下、Ni:0.01%以上0.50%以下で含有することが好ましい。これら成分組成範囲であれば、表面傷の発生を抑制しながら高マンガン鋼鋳片を製造すること、および、当該高マンガン鋼鋳片を鋼片または鋼板に熱間圧延するに際し、圧延時の表面傷の発生を抑制しながら、高マンガン鋼鋼片または鋼板を製造することには影響しない。
【0027】
Mo:0.05%以上2.00%以下、W:0.05%以上2.00%以下
MoおよびWは、母材強度の向上に寄与する。これらの効果を得るには、Mo:0.05%以上2.00%以下、W:0.05%以上2.00%以下で含有することが好ましい。これら成分組成範囲であれば、表面傷の発生を抑制しながら高マンガン鋼鋳片を製造すること、および、当該高マンガン鋼鋳片を鋼片または鋼板に熱間圧延するに際し、圧延時の表面傷の発生を抑制しながら、高マンガン鋼鋼片または鋼板を製造することには影響しない。
【0028】
上記以外の残部は、鉄および不可避的不純物である。このような成分組成の溶鋼を連続鋳造して得られた鋳片を観察した結果、以下の知見を得た。高マンガン鋼は、オーステナイト単相鋼であるので、大きな結晶粒径のオーステナイト組織が鋳片表面から生成される。オーステナイト粒径が粗大なため、一般鋼に比較して高温延性が低いことに加え、PやS等の不純物元素が結晶粒界に濃化する。この不純物元素の濃化によって結晶粒界が脆弱となり、この脆弱な結晶粒界を伝播する形で表面割れが発生する。
【0029】
さらに、高マンガン鋼は、鋼中のMn濃度が高くSとの反応性が高いのでMnSの生成が一般鋼よりも顕著となる。M23炭化物(M:Mn、Cr、Fe、Mo)も生成する。これらの析出物は、高マンガン鋼の結晶粒界に析出しやすく、粗大な硫化物や炭化物の析出物が結晶粒界に集中して析出した場合にも結晶粒界が脆弱となって表面割れが発生する。
【0030】
したがって、連続鋳造および熱間圧延での表面割れを抑制するには、結晶粒径を微細化し、不純物元素の濃化による結晶粒界の脆弱化を回避することが重要になる。特にオーステナイト単相鋼である高マンガン鋼は、固相線温度直下からオーステナイト組織が急激に発達するので、ピンニング核となる介在物を少なくとも固相線温度までに析出させておくことが重要になる。さらに、割れに対して有害となる粗大な硫化物や炭化物の析出物が結晶粒界に集中して析出することを抑制し、結晶粒内に微細析出させることで粒界に集中する歪を分散させることも重要になる。
【0031】
MnSの生成を抑制する方法として、鋼にCaを添加する方法が知られている。Caの添加によるMnS生成の抑制は、耐サワーラインパイプ用鋼などで行われている。Ca添加の指標としては、Ca/S、ACR指標(原子濃度比指標)が知られている。MnSの生成の抑制には、CaをCa/S>2を満たすように添加することや、下記(4)式を満たすように添加することが有効であることが知られている。
【0032】
1≦ACR<3・・・(4)
上記ACRは、下記(2)式で算出される。
【0033】
ACR={[%Ca]-(0.18+130×[%Ca])×[%O]}/(1.25×[%S])・・・(2)
上記(2)式の[%Ca]はタンディッシュにおける溶鋼中のCaの含有量(質量%)であり、[%O]は、タンディッシュにおける溶鋼中のOの含有量(質量%)であり、[%S]はタンディッシュにおける溶鋼中のSの含有量(質量%)である。
【0034】
Caの添加により、溶鋼中のAl介在物がCaO・Al酸化物に形態制御され、凝固時のMnSの析出がCaSにより抑制される。この考えは高マンガン鋼にも適用できる。しかしながら、上記(4)式を満たすように高マンガン鋼の溶鋼にCaを添加するとCaS-MnSが溶鋼段階で生成する。溶鋼段階で生成したCaS-MnSは、凝集合体しやすく浮上除去されやすい。凝固後に鋳片中に取り込まれた場合にも、結晶粒微細化のピンニング核となりにくい。
【0035】
このため、本発明に係る高マンガン鋼鋳片の製造方法では、高マンガン鋼溶鋼にCaを添加し、タンディッシュにおける高マンガン鋼溶鋼のCa、OおよびSの含有量が下記(1)式を満足するように成分組成を調整する。溶鋼の成分組成は、タンディッシュ内からサンプリングした溶鋼を成分分析して測定できる。
【0036】
0.4≦ACR≦1.4・・・(1)
上記ACRは、上記(2)式で算出される。
【0037】
これにより、CaO・MnO・Al介在物を高マンガン鋼の液相線温度(以後、TLLと記載する)から固相線温度(以後、TSLと記載する)までの間に析出させることができる。TLLからTSLまでの間に析出する介在物は、鋳片内の結晶粒内および結晶粒界に微細分散されて析出する。完全凝固後に析出するMnS、CaSおよびM23は、CaO・MnO・Al析出物の周囲にも析出するので、MnSやM23が微細分散される。これにより、粗大な硫化物や炭化物が結晶粒界に析出することが抑制され、粒界割れに起因する表面割れの発生が大きく抑制される。
【0038】
さらに、結晶粒内に微細分散された上記析出物は、結晶粒微細化のピンニング核としても作用するので、結晶粒径が微細化され、不純物元素の濃化による結晶粒界の脆弱化も回避できる。この結果、結晶粒界割れに起因する表面割れの発生がさらに抑制される。
【0039】
一方、タンディッシュにおける高マンガン鋼溶鋼のCa、OおよびSの含有量がACR<0.4となるようにすると、Caの添加量が少なすぎるため、微細なCaO・MnO・Al介在物が生成されず、MnSは、凝固後の結晶粒界に主に生成する。ACR>1.4の場合には、溶鋼段階でCaSが生成しやすくなるので、結晶粒径微細化のピンニング核として機能せず、結晶粒径を微細化できない。タンディッシュにおける高マンガン鋼溶鋼のCa、OおよびSの含有量は、下記(5)式を満たすことが好ましく、これにより、微細なMnSによるピンニング効果が高められ、結晶粒径をより微細化できる。
【0040】
0.4≦ACR≦0.9・・・(5)
CaO・MnO・Alを析出させる温度は、TLLからTSLまでの間であって、高マンガン鋼溶鋼の固相率が0.3以上となる温度とすることが好ましい。固相率0.3以上は、溶鋼の流動限界固相率に近く、析出した介在物が溶鋼に流されることなく析出した位置に留まるからである。固相率とは、鋼のTLL以上で固相率=0、鋼のTSL以下で固相率=1.0と定義されるものである。
【0041】
さらに、溶鋼にTi、Nを添加して、MgO、TiNを核に析出物を微細分散させてもよい。溶鋼にTi、Nを添加して、1300~1400℃の高温で溶解度積に到達させてTiNを析出させ、当該析出物をピンニング核として結晶粒微細化を図るものである。MgOが存在すると微細なTiNが安定して生成されるので、Ti、Nに加えMgを含有させることが有効である。高マンガン鋼の溶鋼のTi、NおよびMgの含有量を変化させた実験を行い調査した結果、タンディッシュにおける高マンガン鋼の溶鋼のTi、MgおよびNの含有量が下記(3)式を満たす場合に、凝固直後にMgO-TiNが結晶粒内に微細分散して析出することがわかった。
【0042】
[%Ti]×[%N]×[%Mg]≧2.0×10-8・・・(3)
上記(3)式において[%Ti]はタンディッシュにおける溶鋼中のTiの含有量(質量%)であり、[%N]はタンディッシュにおける溶鋼中のNの含有量(質量%)であり、[%Mg]はタンディッシュにおける溶鋼中のMgの含有量(質量%)である。分析下限を考慮し、Tiが無添加の場合であってもTiを0.0001質量%とし、Mgが無添加の場合であってもMgを0.0001質量%とする。
【0043】
MgO-TiNは、CaO・MnO・Al析出物と同様に、その周囲にMnSやCaS-MnSが析出する形態をとる。このため、MgO-TiN析出物を結晶粒内に微細分散させることで粗大なMnS析出物が結晶粒界に析出することを抑制できる。MgO-TiN析出物がピンニング核として機能するので、結晶粒径がさらに微細化される。これにより、粒界割れに起因する表面割れの発生がさらに抑制される。
【0044】
図1は、従来例および発明例における溶鋼から凝固過程の高マンガン鋼の介在物および析出物の生成挙動をまとめた図である。高マンガン鋼の溶鋼中の介在物は、酸化物であるAl-MnO介在物であり、1500~1600℃の溶鋼中に存在している。
【0045】
Caを添加しない従来例(比較例)では、結晶粒径微細化のピンニング核となるCaO・MnO・Al介在物が生成されず結晶粒径の微細化がなされない。さらに、凝固後の結晶粒界にMnSやM23が粗大な析出物となって析出する。この結果、結晶粒界が脆弱となって表面割れが顕著になる。
【0046】
これに対し、本発明例では、Caを添加してタンディッシュにおける高マンガン鋼溶鋼のCa、OおよびSの含有量が上記(1)式を満足するように成分組成を調整する。これにより、Al-MnO介在物は、TLLからTSLの間にCaO・MnO・Al介在物となって結晶粒内および結晶粒界に微細分散されて析出する。
【0047】
さらに、本発明例では、Ti、MgおよびNを添加して、タンディッシュにおける高マンガン鋼溶鋼のTi、MgおよびNの含有量が上記(3)式を満たすように成分組成を調整する。これにより、MgO-TiN介在物は、TLLからTSLの間に結晶粒内および結晶粒界に微細分散されて析出する。
【0048】
その後に析出するMnSおよびCaSやM23は、CaO・MnO・Al析出物およびMgO-TiN析出物の周囲に析出するので、MnS析出物が結晶粒内に分散され、粗大なMnS析出物が結晶粒界に集中して析出することが抑制される。
【0049】
さらに、結晶粒内に分散された微細な析出物は、結晶粒径微細化のピンニング核として機能するので結晶粒径も微細化される。この粗大なMnS析出物の結晶粒界への析出抑制と結晶粒微細化により高マンガン鋼の鋳片製造時の表面割れが抑制され、高マンガン鋼鋳片を連続鋳造する際、および、当該鋳片を熱間圧延して鋼片または鋼板を製造する際の表面割れが抑制される。
【実施例
【0050】
150トン転炉、電極加熱式取鍋精錬炉およびRH真空脱ガス装置を用いて高マンガン鋼を溶製し、溶鋼成分、温度を調整した後に容量30トンのタンディッシュを用い、湾曲半径10.5mRの湾曲連続鋳造機を用いて断面サイズ1250mm幅×250mm厚の鋳片を連続鋳造した。鋳造速度は0.7~0.9m/minの範囲とし、2次冷却水量は0.3~0.6L/kgの範囲とした。その後、鋳片を徐冷により一旦冷片に降ろし、所定の目標温度になるように、所定の時間、加熱炉内に鋳片を装入した後、全圧下率48%で熱間圧延して鋼片を製造した。圧延後の鋼片の表面割れの有無の調査を浸透液試験(PT)により実施した。
【0051】
発明例1~39におけるタンディッシュからサンプリングした溶鋼の成分組成、(1)式および(3)式の計算値および表面割れの調査結果を表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
表1に示すように、(1)式を満足する発明例1~39の高マンガン鋼では、熱間圧延後の鋼片の表面割れは軽微または表面割れ無しであった。さらに、(1)式および(3)式を満足する発明例1、2、5~15、27、29~39の高マンガン鋼では、熱間圧延後の鋼片の表面割れは無しであった。発明例1~39において、鋳造後の鋳片の凝固組織調査を行った所、結晶粒が通常の場合よりも微細化していることが確認された。
【0054】
比較例1~70におけるタンディッシュからサンプリングした溶鋼の成分組成、上記(1)式および(3)式の計算値および表面割れの調査結果を表2と表3に示す。
【0055】
【表2】
【0056】
【表3】
【0057】
表2、3に示すように、上記(1)式を満足しない比較例1~70の高マンガン鋼では、熱間圧延後の鋼片に表面割れが発生し、いずれもグラインダーによる重度な手入れ作業が必要となりコストならびに工程上の負荷が多大であった。
【0058】
これらの結果から、タンディッシュにおける溶鋼の成分組成が上記(1)式を満足することで、熱間圧延後の鋼片の表面割れを抑制できることが確認された。上記確認は鋳片から製造された鋼片によるものであるが、鋳片から製造される鋼板であっても同様に鋼板の表面割れを抑制できる。圧延後の鋼片に表面割れ無しもしくは軽微であったことから、連続鋳造された鋳片においても表面割れ無しもしくは表面割れが軽微であることがわかる。このように、タンディッシュにおける溶鋼の成分組成が上記(1)式および上記(3)式を満足することで、熱間圧延後の鋼片の表面割れをさらに抑制できることが確認された。このように、圧延後の鋼片および鋼板の表面割れを抑制できれば、連続鋳造→加熱炉→本圧延といった直送製造プロセスが可能となり、エネルギーコストの大幅削減が可能となる。
図1