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特許7126080ガスシールドアーク溶接方法、溶接継手および溶接継手の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-18
(45)【発行日】2022-08-26
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接方法、溶接継手および溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/16 20060101AFI20220819BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20220819BHJP
   B23K 37/06 20060101ALI20220819BHJP
   B23K 9/00 20060101ALI20220819BHJP
【FI】
B23K9/16 Z
B23K9/173 D
B23K37/06 R
B23K37/06 F
B23K9/00 330Z
B23K9/16 J
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022528661
(86)(22)【出願日】2022-03-11
(86)【国際出願番号】 JP2022010755
【審査請求日】2022-05-24
(31)【優先権主張番号】P 2021044201
(32)【優先日】2021-03-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 充志
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 高一
(72)【発明者】
【氏名】藤沢 清二
(72)【発明者】
【氏名】石神 篤史
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開昭51-011033(JP,A)
【文献】特開平05-293653(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/16
B23K 9/173
B23K 37/06
B23K 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
狭開先の多層溶接により鋼材を接合するガスシールドアーク溶接方法であって、
鋼材の開先角度θを20°以下の開先とし、該開先の下部の隙間であるルートギャップG(mm)を7~15mmとし、
初層溶接では、セラミック製の裏当て材を用い、
かつ、溶接電流I(A)を250~400Aおよび溶接電圧V(V)を25~45Vとし、溶接入熱Q(kJ/mm)を前記ルートギャップG(mm)で割った値〔Q/G〕が0.32~0.70の範囲として、1パスで行う、
ガスシールドアーク溶接方法。
ここで、前記溶接入熱Qは、Q=I×V/S/1000 であり、
式中に示す、I:溶接電流(A)、V:溶接電圧(V)、S:溶接速度(mm/秒)である。
【請求項2】
接合される前記鋼材の端部外側に鋼製タブを取り付け、該鋼製タブでアークを発生させる、請求項1に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項3】
前記開先の内部のアークの発生部に溶接ワイヤを切断したカットワイヤを散布した後、アークを発生させる、請求項1に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項4】
前記初層溶接では、CO2ガスを20体積%以上と不活性ガスとからなる溶接シールドガスを用いる、請求項1~3のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項5】
前記溶接シールドガスのガス流量は、15~25L/分である、請求項4に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法を用いて初層溶接された、溶接継手。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法の初層溶接を用いた、溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接方法、その方法を用いて得られる溶接継手およびその溶接継手の製造方法に関する。本発明は、特に、鋼材の狭開先ガスシールドアーク溶接の初層溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、建築物や船舶など鉄鋼構造物の大型化に伴い、鋼板が厚肉化される傾向にある。しかしながら、板厚が大きいものほど、開先面積が大きくなるため、溶接パス数が多くなり、溶接施工に労力と時間を要するという問題がある。さらに、労働人口の減少により溶接技能者の確保が困難になってきているという問題もある。これらの理由から、鉄鋼構造物製造における溶接施工能率の向上が望まれている。
【0003】
溶接施工能率を向上させる方法として、狭開先化が挙げられる。狭開先化により開先面積を小さくすることで、溶接パス数を削減し、施工時間の短縮が可能となる。しかしながら、狭開先溶接では、初層溶接部で融合不良が生じやすいため、溶融深さを確保する検討がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1では、狭開先溶接の方法として、初層溶接を2パス以上として各パスを底部開先ギャップの両側に振分け、さらに溶接トーチ先端の給電チップから供給する溶接ワイヤの供給角度を垂線に対して5°以上15°以下の範囲に制御する。これにより、厚鋼材の底部における溶融深さを1.5mm以上確保することが可能となる方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、狭開先溶接の方法として、パルス電圧を繰り返し印加するとともに、溶接進行方向と交差する方向へのトーチの往復動によって、トーチが開先内の両端部に位置するときに、埋もれアークが生じるようにアーク長を制御する。これにより、溶け込み深さを確保する方法が開示されている。
【0006】
上述の特許文献1および特許文献2には、裏当て金を使用した狭開先溶接方法が開示されている。しかしながら、この裏当て金は、継手健全性の観点からは好ましくない場合がある。すなわち、母材と裏当て金との間の形状は鋭い切欠きであり、応力集中部となる。このために、裏当て金を使用した溶接継手では、この切欠き部から疲労亀裂が発生したり、脆性破壊の起点となることがある。したがって、前述のような切欠き部の存在を回避するためには、裏当て金を用いない両面溶接、または、溶接後に取り外すことが可能なセラミック製裏当て材を使用した片面溶接とし、裏波ビードを形成させる溶接方法が好ましいと考えられる。しかし、前者は、溶接継手の反転や裏はつり作業が必要であり、施工能率の観点からは優れた溶接方法とはいえない。また、後者については、狭開先溶接方法が開示された特許文献1および特許文献2の方法で、通電性(導電性)のないセラミック製裏当て材を用いた場合には、溶接時の通電を確保できず、安定した溶接をすることができないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第5861785号公報
【文献】特許第6568622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、鋼材の突合せによるガスシールドアーク溶接方法において、施工性の向上が可能な狭開先溶接と疲労亀裂や脆性破壊の起点となる可能性のある裏当て金のない溶接部とを実現するため、セラミック製裏当て材を使用した狭開先の片面突合せのガスシールドアーク溶接方法を提供することを目的とする。また、この溶接方法を用いた健全性に優れた溶接継手およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、通電性がないセラミック製の裏当て材を適用した場合に、安定な施工が可能な条件を検討した。鋭意検討を重ねた結果、溶接電流および溶接電圧を制御するとともに、ルートギャップに合わせた溶接入熱を選択することで、アーク直下に通電性を確保するための溶融池を形成し、安定な溶接が可能となることを見出した。さらに、初層溶接部にアンダーカットのない健全な裏波ビードを得ることを見出した。
【0010】
また、裏当て材をセラミック製とした場合に、通電性を確保できずにアークスタートでき難い問題に対しては、次の方法を知見した。具体的には、図1および図2に示すようにセラミック製裏当て材を付けた継手の外側に鋼製裏当て材を付けた鋼製タブを取り付け、この鋼製タブ部でアークを発生させるか、または、図3および図4に示すように、開先内部のアーク発生位置に溶接ワイヤを切断したカットワイヤを散布し、これにより通電性を確保し、アークスタートする方法を知見した。
【0011】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものであって、本発明の要旨は、次のとおりである。
〔1〕 狭開先の多層溶接により鋼材を接合するガスシールドアーク溶接方法であって、
鋼材の開先角度θを20°以下の開先とし、該開先の下部の隙間であるルートギャップG(mm)を7~15mmとし、
初層溶接では、セラミック製の裏当て材を用い、
かつ、溶接電流I(A)を250~400Aおよび溶接電圧V(V)を25~45Vとし、溶接入熱Q(kJ/mm)を前記ルートギャップG(mm)で割った値〔Q/G〕が0.32~0.70の範囲として、1パスで行う、
ガスシールドアーク溶接方法。
ここで、前記溶接入熱Qは、Q=I×V/S/1000 であり、
式中に示す、I:溶接電流(A)、V:溶接電圧(V)、S:溶接速度(mm/秒)である。
〔2〕 接合される前記鋼材の端部外側に鋼製タブを取り付け、該鋼製タブでアークを発生させる、〔1〕に記載のガスシールドアーク溶接方法。
〔3〕 前記開先の内部のアークの発生部に溶接ワイヤを切断したカットワイヤを散布した後、アークを発生させる、〔1〕に記載のガスシールドアーク溶接方法。
〔4〕 前記初層溶接では、CO2ガスを20体積%以上と不活性ガスとからなる溶接シールドガスを用いる、〔1〕~〔3〕のいずれか1つに記載のガスシールドアーク溶接方法。
〔5〕 前記溶接シールドガスのガス流量は、15~25L/分である、〔4〕に記載のガスシールドアーク溶接方法。
〔6〕 〔1〕~〔5〕のいずれか1つに記載のガスシールドアーク溶接方法を用いて初層溶接された、溶接継手。
〔7〕 〔1〕~〔5〕のいずれか1つに記載のガスシールドアーク溶接方法の初層溶接を用いた、溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、鋼材の片面突合せによるガスシールドアーク溶接方法において、施工性の向上が可能な狭開先溶接と疲労亀裂や脆性破壊の起点となる可能性のある裏当て金のない溶接部とを実現する。これにより、セラミック製裏当て材を使用した狭開先の片面突合せのガスシールドアーク溶接方法、健全性に優れた溶接継手およびその製造方法を提供することができ、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る鋼製タブを取り付けた溶接継手の模式斜視図である。
図2図2は、図1に示す鋼製タブを取り付けた溶接継手の模式裏面図である。
図3図3は、本発明の他の実施形態に係る、アークスタート方法をカットワイヤ散布とした場合の溶接継手の模式斜視図である。
図4図4は、図3に示すアークスタート方法をカットワイヤ散布とした場合の溶接継手の模式裏面図である。
図5図5は、本発明に係る開先形状の一例を示す模式断面図である。
図6図6は、本発明における溶接入熱QとルートギャップGとの相関関係を示す相関図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、本発明のガスシールドアーク溶接方法の一実施形態について説明する。
【0015】
本発明は、鋼材の片面突合せ溶接を行うガスシールドアーク溶接方法である。この溶接方法では、所定の板厚となる2枚の鋼材を所定の開先となるように突き合わせ、これらの鋼材をガスシールドアーク溶接(以下、単に「溶接」と称する場合もある。)により接合する。本発明は、この溶接方法における初層溶接を施工する際の溶接条件を規定するものである。
具体的には、狭開先の多層溶接により鋼材を接合するガスシールドアーク溶接方法であって、鋼材の開先角度θを20°以下の開先とし、該開先の下部の隙間であるルートギャップGを7~15mmとする。更に、初層溶接では、セラミック製の裏当て材を用い、かつ、溶接電流Iを250~400Aおよび溶接電圧Vを25~45Vとし、溶接入熱Q(kJ/mm)を上記ルートギャップGで割った値〔Q/G〕が0.32~0.70の範囲となるように制御して、1パスで行う。
【0016】
本発明の構成要件に関する実施態様ついて、以下、具体的に説明する。
【0017】
[鋼材]
本発明で適用される鋼材は、建築物や船舶などの鉄鋼構造物に用いられる厚鋼板である。鋼種としては、低炭素鋼であれば、とくに限定する必要は無い。例えば、400MPa級鋼材、490MPa級鋼材、550MPa級鋼材、590MPa級鋼材、780MPa級鋼材などが挙げられる。
【0018】
鋼材の板厚t(mm)は、好ましくは、20~100mmの範囲である。板厚20mm未満であれば、開先形状を従来のレ開先またはV開先としてもルートギャップを小さくすることで、場合によっては、本発明の開先(後述の狭開先)よりも開先面積が小さくなるため本発明の開先(後述の狭開先)のメリットが得られない。なお、一般の圧延鋼材を対象とする場合、板厚は、一般に100mmが上限であるため、本発明で対象とする鋼材の板厚の上限は、100mm以下とすることが好ましい。鋼材の板厚tは、より好ましくは25mm以上である。鋼材の板厚tは、より好ましくは90mm以下であり、さらに好ましくは70mm以下である。
【0019】
[開先角度θ]
図5には、一例として、2枚の鋼材を突き合わせた開先形状の板厚方向断面図を示す。図5に示すように、突き合わせた鋼材1同士の開先面のなす角度が開先角度θ(°)である。本発明においては、開先角度θが20°以下の開先を対象としている。本発明では、この開先角度θが20°以下の開先を「狭開先」と称する。θが20°を超えると、狭開先としての利点である効率化が減殺されるからである。
なお、厚鋼板の開先は小さいほどより高能率な溶接を可能とすることから、開先角度θは0°でも本発明の効果を得られる。開先角度θは、より好ましくは5°以上であり、さらに好ましくは10°以上である。
【0020】
[ルートギャップG]
図5に示すように、本発明では、突き合わせた鋼材1の開先部分の最も狭い下部隙間であるルートギャップを、G(mm)で表わしている。本発明におけるルートギャップGは、7~15mmとする。Gが7mm未満では、開先内に溶接トーチを入れることが困難であり、一方、Gが15mmを超えると狭開先としての利点である効率化が減殺されるからである。したがって、Gは、7~15mmとする。Gは、好ましくは8mm以上であり、好ましくは13mm以下である。
【0021】
[セラミック製の裏当て材]
本発明にかかるガスシールドアーク溶接においては、溶け落ちを防止するための裏当て材として、溶接後に取り外しが可能なセラミック製の裏当て材を使用する。セラミック製の裏当て材としては、溶け落ちを防止し、裏波ビードを形成できるものであれば、特に限定する必要は無い。セラミック製の裏当て材は、例えば、質量%で、SiO2:30~70%、Al23:10~50%、MgO:3~20%、ZrO2:0~10%、NaO、K23およびLi2Oのうちから選択された1種以上:合計で0.3~5%の組成のものが使用できる。
さらに、セラミック製の裏当て材の上にガラス繊維を積層したものも使用することができる。
【0022】
[溶接電流I]
初層溶接の溶接電流I(A)が250Aより低いとアーク圧力が低くなり、開先底部に溶け残りが生じることで、アンダーカットが生じる。一方、初層溶接の溶接電流I(A)が400Aより高いとアーク圧力が強くなり、通導性を確保するための溶融池を押しのけてしまい、アークを維持することができなくなる。そのため、初層溶接の溶接電流I(A)は、250~400Aとする。上記溶接電流I(A)は、好ましくは270A以上であり、より好ましくは280A以上である。また上記溶接電流I(A)は、好ましくは380A以下であり、より好ましくは360A以下であり、さらに好ましくは350A以下である。
【0023】
[溶接電圧V]
また、初層溶接の溶接電圧V(V)が25Vより低いと安定してアークを維持することが出来ず、溶接が不安定になるとともに溶接ビードが凸形状になる。一方、初層溶接の溶接電圧V(V)が45Vより高いとアークが高い位置から発生し、溶融池の熱が開先底部に届きにくくなる。その結果、開先底部に溶け残りが生じ、アンダーカットとなる。そのため、初層溶接の溶接電圧V(V)は、25~45Vとする。上記溶接電圧V(V)は、好ましくは28V以上であり、より好ましくは30V以上である。また上記溶接電圧V(V)は、好ましくは40V以下であり、より好ましくは38V以下である。
【0024】
[溶接速度S]
初層溶接の溶接速度Sの範囲は、1~8mm/秒が好ましい。
溶接速度Sが上記範囲を外れる場合、適正電流と適正電圧であっても、過大な入熱、または過少な入熱となり、その結果、溶接欠陥が生じたり、アークの持続が困難となる。上記溶接速度Sは、より好ましくは1.2mm/秒以上である。上記溶接速度Sは、より好ましくは6mm/秒以下である。
上記溶接速度Sは、溶接電流Iと溶接電圧Vとのバランスにより、この範囲で適宜選定することができる。
【0025】
[溶接入熱Q]
さらに、アーク直下に通電性を確保するための溶融池を確保し、アンダーカットを防止するためには、ルートギャップG(mm)によって溶接入熱Q(kJ/mm)を調整することが必要である。そのため、溶接入熱QをルートギャップGで割った値〔Q/G〕は0.32~0.70の範囲に調整する。
【0026】
なお、溶接入熱Q(kJ/mm)は、I:溶接電流(A)、V:溶接電圧(V)、S:溶接速度(mm/秒)とすると、〔I×V/S/1000〕の式から求めることができる。
【0027】
上記のQ/Gの値が0.32より小さい場合は、通電性を確保するための溶融池が小さく、トーチが溶融池よりも先行してしまうため、アークが維持できずに溶接が不安定となる。一方、上記のQ/Gの値が0.70よりも大きい場合には、溶融池の液面が高くなり、投入熱が開先の下部に届かなくなる。その結果、開先底部に溶け残りが生じ、アンダーカットとなる。そのため、上記のQ/Gの値は、0.32~0.70の範囲に限定した。上記のQ/Gの値は、好ましくは0.40以上であり、より好ましくは0.43以上である。また上記のQ/Gの値は、好ましくは0.67以下であり、より好ましくは0.60以下であり、さらに好ましくは0.58以下である。
【0028】
[溶接時の極性]
初層溶接の溶接時の極性は、正極性(鋼材をプラス極とし、溶接ワイヤをマイナス極として接続すること)および逆極性(鋼材をマイナス極とし、溶接ワイヤをプラス極として接続すること)のいずれも選択することができる。
【0029】
[溶接ワイヤ]
本発明における溶接ワイヤは、種々の規格のワイヤを用いることができる。例えば、JIS Z 3312で分類されるYGW11、YGW18、G59JA1UC3M1T、G78A2UCN4M4T、G49AP3M1T、G59JA1UMC1M1T、G78A4MN5CM3Tなどが挙げられる。ワイヤ径φは、1.0~1.4mmが好ましい。
【0030】
[溶接シールドガス]
溶接シールドガスの組成としては、アークを安定させるために、CO2ガスを20体積%以上、残りをAr等の不活性ガスとして含有する混合ガスを使用することが好ましい。溶接シールドガスのコストを考慮すると、より好ましくは、CO2ガス100体積%である。なお、ガス流量は、アークを安定させたり、溶接欠陥発生を防止する観点から、15~25L/分で行うことが好ましい。
【0031】
[アークスタート方法]
アークスタート時の通電性を確保するために、例えば、次の2通りの方法が挙げられる。1つは、接合される鋼材の溶接線方向の端部(端部外側)に鋼製タブを取り付け、該鋼製タブでアークを発生させる方法である。もう1つは、開先の内部のアークの発生部に溶接ワイヤを切断したカットワイヤを散布した後、アークを発生させる方法である。
【0032】
具体的には、図1および図2に示すように、溶接継手となる鋼材1の一端に配置した、鋼製裏当て材3を使用した鋼製タブ2の位置でアークスタートすることが好ましい。または、図3および図4に示すように、溶接ワイヤを、例えば、長さ3mmに切断したカットワイヤとし、このカットワイヤ2gをアークスタート部に設置することが好ましい。
【0033】
なお、鋼製タブ2とは、鋼材端部でのアーク発生を効果的に行うために、鋼材1の溶接線方向の端部(すなわち、溶接線方向の始端部)に取り付けた鋼製の部材のことである。鋼製裏当て材3とは、その鋼製タブ2の底部側に当設した部材のことである。これらの材質としては、特に限定はされず、一般的な鋼材(SM490等)を使用することができる。
上記の「鋼製タブ2」とは、図1および図2に示す例のように、1つの鋼製裏当て材3の上面に所定間隔を設けて2つの鋼製タブ2を配置する構成とする。2枚の鋼材1の溶接線方向の始端部に鋼製タブ2をそれぞれ配置する。なお、図2に示すように、1対の鋼製タブ2の裏面には、鋼製裏当て材3を配置し、これに隣接してセラミック製の裏当て材4が配置される。
【0034】
また、カットワイヤとは、上述のように、溶接ワイヤを短く切断したもののことである。本発明では、好ましくは、そのカットワイヤを開先の底部に散布することにより、アーク発生を容易に行えるようにしたものである。図3および図4に示す例のように、アークスタート部は、2枚の鋼材1の片面突合せ面と、2枚の鋼材1の底面に重なるように設置したセラミック製の裏当て材4とで形成される領域である。この領域におけるセラミック製の裏当て材4の上面側が、上記の「開先の底部」となる(図3を参照)。
【0035】
[多層溶接]
なお、本発明は、セラミック製の裏当て材を用いた狭開先の初層溶接に適用するものであり、本発明を実施するにあたり、初層溶接以降の後続パスの溶接条件は、適宜設定されるものである。初層溶接に続く2層目以降の溶接の層数については、鋼材の板厚などに拠るが、前述した板厚である20~100mmであれば、3~16層が好ましい。また、初層溶接以降の溶接条件は、例えば、溶接電流:180~400A、溶接電圧:24~45V、溶接速度:1~10mm/秒とすることが好ましい。
【0036】
次に、本発明の溶接継手およびその製造方法の一実施形態について説明する。
【0037】
本発明の溶接継手(ガスシールドアーク溶接継手)は、突き合わせた2枚の鋼材が上述のガスシールドアーク溶接方法を用いて初層溶接された溶接継手である。
本発明の溶接継手の製造方法は、2枚の鋼材の開先面を所定の開先角度θとし、かつ、開先の下部のルートギャップGを所定の距離となるように鋼材を配置して突き合せる工程と、上記の溶接ワイヤを用いて、該鋼材に特定の溶接条件で多層溶接を行い、溶接ビードを形成する溶接工程と、を備える。これにより、突き合わせた2枚の鋼材を接合し、溶接継手を製造する。この製造方法における、溶接工程での多層溶接の初層溶接に、上述のガスシールドアーク溶接方法を適用する。
初層溶接以降の後続パスの溶接条件は、適宜設定されるものであり、例えば初層溶接の溶接条件と同様としてもよいし、あるいは上記多層溶接の項目で説明した溶接条件としてもよい。なお、厚鋼板や溶接条件等の説明は上述の説明と同様であるため、省略する。
【0038】
以上説明したように、上記の初層溶接を有する本発明の溶接方法によれば、施工性の向上が可能な狭開先溶接と、疲労亀裂や脆性破壊の起点となる可能性のある裏当て金のない溶接部とを実現でき、かつ、健全性に優れた溶接継手を得ることができる。本発明において「健全性に優れた」とは、アンダーカットやオーバーラップ、融合不良の溶接欠陥がないことを指す。
【実施例
【0039】
〔実施例1〕
図5に示すように、2枚の厚鋼板(鋼材1)を、突き合わせて開先を形成し、開先底面にセラミック製の裏当て材4を配置し、片面ガスシールドアーク溶接により溶接継手を製造した。溶接シールドガスは、100体積%CO2ガスを用いた。溶接シールドガスの流量は、20L/分とした。
溶接ワイヤは、JIS Z 3312で分類されるYGW11、YGW18、G59JA1UC3M1T、G78A2UCN4M4Tのφ1.2mmのワイヤを用いた。鋼材1の板厚t、開先角度θおよびルートギャップGは、それぞれ表1に示す条件とした。片面ガスシールドアーク溶接の初層溶接は、表1に示す条件で行った。2層目以降の溶接は、溶接電流:250~300A、溶接電圧:28~35V、溶接速度:6~8mm/秒の範囲で実施した。セラミック製の裏当て材4には、上述のとおり、質量%で、SiO2:30~70%、Al23:10~50%、MgO:3~20%、ZrO2:0~10%、NaO、K23およびLi2Oのうちから選択された1種以上:合計で0.3~5%の組成のものを用いた。表1に示す「極性」は溶接時の極性を示し、「ワイヤマイナス」とは上述の正極性であることを指し、「ワイヤプラス」は上述の逆極性であることを指す。
【0040】
試験条件およびその評価方法については、以下のとおりとした。
〔溶接安定性〕
溶接安定性は、次のように評価した。初層溶接(1パス)において、溶接長400mmを途中で停止せずに最後まで溶接できたものは「可」とし、最後まで溶接できなかったものは「不可」とした。
【0041】
〔溶接欠陥〕
また、得られた溶接継手の溶接線方向中央位置から断面マクロを採取し、この断面マクロを用いて初層ビードの溶接欠陥の有無について、光学顕微鏡で観察し、評価した。光学顕微鏡の倍率は10倍とした。初層ビードに溶接欠陥(JIS Z 3001-4:2013を参照)がないものは「無」とし、アンダカットやオーバラップ、融合不良(JIS Z 3001-4:2013を参照)の溶接欠陥があるものは「有」とした。
【0042】
上記の試験条件およびその評価結果をまとめて表1に示した。
なお、表1の継手No.14のアークスタート方法は次の通りとした。具体的には、開先の片側下端部にて280A-32Vでアークを発生させ、1秒保持し、導電性確保のための溶融池を確保し、その後、トーチを開先中央部に移動させ、溶接速度3.0mm/秒で溶接した。
【0043】
【表1】
【0044】
表1の結果を基に、ルートギャップGと溶接入熱Qとの相関関係を図6に示した。この結果から分かるように、初層溶接の溶接電流Iが250~400A、かつ、溶接電圧Vが25~45V、かつ、Q/Gが0.32~0.70の範囲内である本発明例は、いずれも、セラミック製の裏当て材を用いた狭開先においても、溶接安定性に優れ、かつ、溶接欠陥の発生もなかった。
一方、Q/Gが上記範囲内にはあったが、初層溶接の溶接電流Iまたは溶接電圧Vが本発明の範囲を外れる比較例では、溶接安定性に劣るか、溶接欠陥が発生した。
また、Q/Gが上記範囲外となる比較例では、溶接安定性に劣るか、溶接欠陥が発生した。
【0045】
〔実施例2〕
実施例2では、表2に示す板厚tとなる厚鋼板を2枚用い、表2に示す溶接シールドガスおよび条件で片面ガスシールドアーク溶接の初層溶接を行い、溶接継手を製造した。なお、その他の条件および評価方法等は、実施例1と同様のため、説明を省略する。
【0046】
【表2】
【0047】
表2に示すように、本発明例では溶接安定性に優れ、かつ、溶接欠陥の発生もなかった。一方、比較例では、溶接シールドガスの組成に20体積%以上のCO2ガスが混合されていないか、またはガス流量が不足するかに起因して、溶接安定性が劣るか、および/または、溶接欠陥が発生していた。
【符号の説明】
【0048】
1 鋼材
2 鋼製タブ
3 鋼製裏当て材
4 セラミック製の裏当て材
5 カットワイヤ
【要約】
ガスシールドアーク溶接方法、溶接継手およびその製造方法を提供することを目的とする。本発明は、狭開先の多層溶接により鋼材を接合するガスシールドアーク溶接方法であって、鋼材の開先角度θを20°以下の開先とし、該開先の下部のルートギャップG(mm)を7~15mmとし、初層溶接では、セラミック製の裏当て材を用い、かつ、溶接電流I(A)を250~400Aおよび溶接電圧V(V)を25~45Vとし、所定の式で算出される溶接入熱Q(kJ/mm)をルートギャップG(mm)で割った値〔Q/G〕が0.32~0.70の範囲となるように制御して1パスで行う。
図1
図2
図3
図4
図5
図6