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  • 特許-微細繊維状セルロース含有物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-19
(45)【発行日】2022-08-29
(54)【発明の名称】微細繊維状セルロース含有物
(51)【国際特許分類】
   C08B 15/06 20060101AFI20220822BHJP
【FI】
C08B15/06
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019202337
(22)【出願日】2019-11-07
(62)【分割の表示】P 2015193327の分割
【原出願日】2015-09-30
(65)【公開番号】P2020019970
(43)【公開日】2020-02-06
【審査請求日】2019-11-07
【審判番号】
【審判請求日】2021-05-17
【早期審理対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000122298
【氏名又は名称】王子ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】野口 裕一
(72)【発明者】
【氏名】松原 悠介
(72)【発明者】
【氏名】本間 郁絵
【合議体】
【審判長】井上 典之
【審判官】野田 定文
【審判官】冨永 保
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/185505(WO,A1)
【文献】国際公開第2005/042587(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/024876(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/035696(WO,A1)
【文献】特開平9-291101(JP,A)
【文献】特公昭46-10551(JP,B1)
【文献】特表2003-500199(JP,A)
【文献】特許第6613771(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B
D21H
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基と、(B)ウレタン結合を有する基とを有する微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース含有物であって、
前記(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基は、下記式(1)で表される置換基であり、
前記(B)ウレタン結合を有する基は、下記式(2)で表される置換基であり、
前記(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基の含有量C が0.57mmol/g以上であり、
前記(B)ウレタン結合を有する基の含有量(mmol/g)/前記(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基の含有量(mmol/g)×100で算出される値は、%以上である微細繊維状セルロース含有物;
【化1】
式(1)中、a、b、m及びnはそれぞれ独立に整数を表す(ただし、a=b×mである);α(n=1~nの整数)およびα’はそれぞれ独立にR又はORを表す。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基又は芳香族基である;βは有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。
【請求項2】
前記(B)ウレタン結合を有する基の含有量Cが1.0mmol/g以下である請求項に記載の微細繊維状セルロース含有物。
【請求項3】
前記微細繊維状セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量の差が0.5mmol/g以下である請求項1又は2に記載の微細繊維状セルロース含有物。
【請求項4】
前記微細繊維状セルロースの固形分濃度が0.4質量%の溶液であって、前記微細繊維状セルロースの添加後にディスパーザーにて1500rpm、5分の条件で攪拌して得られる溶液の粘度が5000mPa・s以上である請求項1~いずれか1項に記載の微細繊維状セルロース含有物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細繊維状セルロース含有物に関する。具体的には、本発明は、リン酸基と、ウレタン結合を有する基とを有する微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース含有物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油資源の代替及び環境意識の高まりから、再生産可能な天然繊維を利用した材料が着目されている。天然繊維の中でも、繊維径が10~50μmの繊維状セルロース、特に木材由来の繊維状セルロース(パルプ)は、主に紙製品としてこれまで幅広く使用されてきた。
【0003】
繊維状セルロースとしては、繊維径が1μm以下の微細繊維状セルロースも知られている。微細繊維状セルロースを含有するシートや複合体は、繊維同士の接点が著しく増加することから、引張強度が大きく向上する。また、繊維幅が可視光の波長より短くなることで、透明度が大きく向上する。例えば、特許文献1には、温度条件や波長等に影響を受けることなく、高い透明性が維持され、繊維とマトリクス材料との複合化により様々な機能性が付与された繊維強化複合材料が開示されている。また、微細繊維状セルロースは、増粘剤などの用途へ使用できることも知られている。
【0004】
微細繊維状セルロースは、従来のセルロース繊維を機械処理することで製造可能であるが、セルロース繊維同士は水素結合により、強く結合している。したがって、単純に機械処理を行うのみでは、微細繊維状セルロースを得るまでに膨大なエネルギーが必要となる。
【0005】
より小さな機械処理エネルギーで微細繊維状セルロースを製造するためには、機械処理と合わせて、化学処理や生物処理といった前処理を行うことが有効であることは良く知られている。特に、化学処理により、セルロース表面のヒドロキシル基に親水性の官能基(例えば、カルボキシル基、カチオン基、リン酸基など)を導入すると、イオン同士の電気的な反発が生じ、かつイオンが水和することで、特に水系溶媒への分散性が著しく向上する。このため、化学処理を施さない場合に比べて微細化のエネルギー効率が高くなる。
【0006】
例えば、特許文献2には、TEMPO触媒酸化によりセルロースのヒドロキシル基をカルボキシル基まで酸化した後に微細化する方法が開示されている。特許文献3には、4級アンモニウム基とエポキシ基などの反応性官能基を有するカチオン化剤をアルカリ活性化したセルロース繊維と反応させ、ヒドロキシル基を、カチオン性を有するエーテルに変性した後に微細化する方法が開示されている。
【0007】
また、特許文献4~10には、リン酸基がセルロースのヒドロキシル基とエステルを形成した微細繊維状セルロースに関する技術が開示されている。特許文献10では、リン酸基導入工程を尿素の存在下で行うことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2008-24788号公報
【文献】特開2009-263848号公報
【文献】特開2011-162608号公報
【文献】特表平9-509694号公報
【文献】特開2010-186124号公報
【文献】特開2011-001559号公報
【文献】国際公開WO2013/073562号公報
【文献】特開2013-127141号公報
【文献】特開2013-253200号公報
【文献】国際公開WO2014/185505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したようにリン酸基を有する微細繊維状セルロースは知られているが、従来技術におけるリン酸基導入条件を採用して微細繊維状セルロース含有スラリーを作製したところ、得られたスラリーの粘度(溶液粘度)と、微粒子分散性とが十分ではない恐れがあることが本発明者らの検討により明らかとなった。
【0010】
そこで本発明者らは、このような従来技術の課題を解決するために、リン酸基を有する微細繊維状セルロース含有物であって、スラリーとした際の溶液粘度を上昇させることができ、かつ微粒子分散性を良化させ得る微細繊維状セルロース含有物を提供することを目的として検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、リン酸基又はリン酸基に由来する置換基と、ウレタン結合を有する基とを有する微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース含有物において、ウレタン結合を有する基の含有量を所定値以上とすることにより、溶液粘度を上昇させることができ、かつ微粒子分散性を良化させ得ることを見出した。
具体的に、本発明は、以下の構成を有する。
【0012】
[1] (A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基と、(B)ウレタン結合を有する基とを有する微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース含有物であって、(B)ウレタン結合を有する基の含有量Cは、微細繊維状セルロース1gあたり0.05mmol/g以上である微細繊維状セルロース含有物。
[2] (A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基は、下記式(1)で表される置換基であり、(B)ウレタン結合を有する基は、下記式(2)で表される置換基である[1]に記載の微細繊維状セルロース含有物;
【化1】
式(1)中、a、b、m及びnはそれぞれ独立に整数を表す(ただし、a=b×mである);α(n=1~nの整数)およびα’はそれぞれ独立にR又はORを表す。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、又はこれらの誘導基である;βは有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。
[3] (A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基の含有量Cが0.1mmol/g以上である[1]又は[2]に記載の微細繊維状セルロース含有物。
[4] 微細繊維状セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量の差が0.5mmol/g以下である[1]~[3]のいずれかに記載の微細繊維状セルロース含有物。
[5] 微細繊維状セルロースの固形分濃度が0.4質量%の溶液であって、微細繊維状セルロースの添加後にディスパーザーにて1500rpm、5分の条件で攪拌して得られる溶液の粘度が5000mPa・s以上である[1]~[4]のいずれかに記載の微細繊維状セルロース含有物。
[6] (A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基の含有量Cが0.1~2.0mmol/gである[1]~[5]のいずれかに記載の微細繊維状セルロース含有物。
[7] (A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基の含有量Cが1.65~3.80mmol/gである[1]~[5]のいずれかに記載の微細繊維状セルロース含有物。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、溶液粘度を上昇させることができ、かつ微粒子分散性を良化させ得る微細繊維状セルロース含有物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、繊維原料に対するNaOH滴下量と電気伝導度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本願明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
また、セルロース等の繊維の質量に関する値は、特に記載した場合を除き、絶乾質量(固形分)に基づく。「A及び/又はB」は、特に記載した場合を除き、AとBの少なくとも一方であることを指し、Aのみであってもよく、Bのみであってもよく、AとBとの双方であってもよいことを意味する。
【0016】
(微細繊維状セルロース含有物)
本発明は、(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基と、(B)ウレタン結合を有する基、とを有する微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース含有物に関する。微細繊維状セルロースが有する(B)ウレタン結合を有する基の含有量Cは微細繊維状セルロース1g(質量)あたり0.05mmol/g以上である。
【0017】
本発明の微細繊維状セルロース含有物は、上記構成を有するため、微細繊維状セルロース含有物をスラリーとした際の溶液粘度を上昇させることができ、かつ微粒子分散性を良化させることができる。このように、本発明の微細繊維状セルロース含有物は、増粘剤等の分野に好ましく用いられる。
また、本発明の微細繊維状セルロース含有物は、スラリーとした際の分散性にも優れる。このため、微細繊維状セルロース含有物をスラリーとした際にはスラリーが高い透明性を有している。
【0018】
微細繊維状セルロースは、(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基を有する。リン酸基はリン酸からヒドロキシル基を取り除いたものにあたる、2価の官能基である。具体的には-POで表される基である。リン酸基に由来する置換基は、リン酸基が縮重合した基、リン酸基の塩、リン酸エステル基などの置換基が含まれ、イオン性置換基であっても、非イオン性置換基であってもよい。
【0019】
微細繊維状セルロースは、(B)ウレタン結合を有する基を有する。(B)ウレタン結合を有する基は、下記構造式で表される基であることが好ましい。
【0020】
【化2】
【0021】
上記構造式中、Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、又はこれらの誘導基である。
【0022】
本願明細書において、ウレタン結合を有する基は、尿素由来の基であることが好ましく、後述するようなカルバメート基であることが好ましい。
【0023】
本発明では、(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基は、下記式(1)で表される置換基であることが好ましく、(B)ウレタン結合を有する基は、下記式(2)で表される置換基であることが好ましい。
【0024】
【化3】
【0025】
式(1)中、a、b、m及びnはそれぞれ独立に整数を表す(ただし、a=b×mである)。α(n=1~nの整数)およびα’はそれぞれ独立にR又はORを表す。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、又はこれらの誘導基整数である;βは有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。
【0026】
微細繊維状セルロースは、(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基(以下、置換基(A)ということもある)と、(B)ウレタン結合を有する基(以下、置換基(B)ということもある)を有する。ここで、置換基(B)の含有量Cは0.05mmol/g以上であればよく、0.06mmol/g以上であることが好ましく、0.10mmol/g以上であることがより好ましい。また、置換基(B)の含有量Cの上限値は特に限定されないが、例えば1.0mmol/g以下とすることができる。置換基(B)の含有量Cを上記範囲とすることにより、微細繊維状セルロース含有物をスラリーとした際の溶液粘度を上昇させることができ、かつ微粒子分散性を良化させることができる。
【0027】
また、置換基(A)の含有量Cは0.10mmol/g以上であることが好ましい。置換基(A)の含有量Cを上記範囲とすることにより、微細繊維状セルロース含有物をスラリーとした際の溶液粘度を上昇させることができ、かつ微粒子分散性を良化させることができる。さらに、スラリーの透明性を高めることができる。
なお、好ましい一態様として、置換基(A)の含有量Cを0.1~2.0mmol/gとすることができる。これにより、十分な溶液粘度や微粒子分散性を実現しつつ、製造容易性に優れた微細繊維状セルロース含有物を得ることができる。また、好ましい他の一態様として、置換基(A)の含有量Cを1.65~3.80mmol/gとすることができる。これにより、溶液粘度、微粒子分散性、および透明性のバランスにさらに優れたスラリーを提供することが可能となる。置換基(A)の含有量Cはその用途や目的に応じて適宜調整することができる。
【0028】
置換基(A)の導入量に対する置換基(B)の導入量の割合は、特に限定されないが2%以上であることが好ましく、3%以上であることがより好ましく、5%以上であることがさらに好ましく、8%以上であることが特に好ましい。置換基(A)の導入量に対する置換基(B)の導入量の割合の上限値は、25%であることが好ましい。置換基(A)の導入量に対する置換基(B)の導入量の割合は、置換基(B)の含有量(mmol/g)/置換基(A)の含有量(mmol/g)×100で算出することができる。置換基(A)の導入量に対する置換基(B)の導入量の割合を上記範囲内とすることにより、微細繊維状セルロース含有物をスラリーとした際の溶液粘度を上昇させることができ、かつ微粒子分散性を良化させることができる。
【0029】
置換基(A)の導入量は、伝導度滴定法により測定することができる。具体的には、解繊処理工程により微細化を行い、得られた微細繊維状セルロース含有スラリーをイオン交換樹脂で処理した後、水酸化ナトリウム水溶液を加えながら電気伝導度の変化を求めることにより、導入量を測定することができる。
イオン交換樹脂による処理では、0.2質量%微細繊維状セルロース含有スラリーに体積で1/10の強酸性イオン交換樹脂(アンバージェット1024;オルガノ株式会社、コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行う。その後、目開き90μmのメッシュ上に注ぎ、樹脂とスラリーを分離する。アルカリを用いた滴定では、イオン交換後の微細繊維状セルロース含有スラリーに、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えながら、スラリーが示す電気伝導度の値の変化を計測する。
【0030】
伝導度滴定では、アルカリを加えていくと、図1に示した曲線を与える。最初は、急激に電気伝導度が低下する(以下、「第1領域」という)。その後、わずかに伝導度が上昇を始める(以下、「第2領域」という)。さらにその後、伝導度の増分が増加する(以下、「第3領域」という)。すなわち、3つの領域が現れる。このうち、第1領域で必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中の強酸性基量と等しく、第2領域で必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中の弱酸性基量と等しくなる。リン酸基が縮合を起こす場合、見かけ上弱酸性基が失われ、第1領域に必要としたアルカリ量と比較して第2領域に必要としたアルカリ量が少なくなる。一方、強酸性基量は、縮合の有無に関わらずリン原子の量と一致することから、単にリン酸基導入量(またはリン酸基量)、または置換基導入量(または置換基量)と言った場合は、強酸性基量のことを表す。
すなわち、図1に示した曲線の第1領域で必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除して、置換基導入量(mmol/g)とする。
【0031】
置換基(B)の導入量は、セルロースに共有結合した窒素量を測定することで決定する。すなわち、イオン性窒素(アンモニウムイオン)を遊離させた後に、微量窒素分析法により測定する。イオン性窒素(アンモニウムイオン)の遊離は、実質的にセルロースに共有結合した窒素が除かれない条件で行う。例えば、微細化工程前にセルロースを酸またはアルカリで処理する方法、微細化工程後に強酸性イオン交換樹脂等で処理する方法が挙げられる。
微量窒素分析としては、例えば、三菱化学アナリック社の微量全窒素分析装置TN-110を使用することで測定できる。測定前に、低温で乾燥し溶媒を除いた状態で供試する。微細繊維状セルロース単位質量あたりの置換基(B)の導入量(mmol/g)は、微量窒素分析で得られた微細繊維状セルロース単位質量あたりの窒素含有量(g/g)を窒素の原子量で除することで求められる。
【0032】
置換基(A)の含有量及び置換基(B)の含有量は、後述するリン酸基導入工程における、リン酸基を有する化合物及び/又はその塩と、尿素及び/又はその誘導体の添加量を制御することによって調整することができる。特に、リン原子添加量に対する尿素及び/又はその誘導体の添加量を一定以上に調整することが、置換基(B)の含有量に影響を与え得るものとして重要であると推定される。また、置換基(A)の含有量及び置換基(B)の含有量は、リン酸基導入工程における加熱温度等を制御することによっても調整することができる。本発明は、本発明者によるこのような新たな知見に基づいて初めて実現されたものである。
【0033】
本発明の微細繊維状セルロース含有物は、水に分散させてスラリーとした際の溶液粘度が高い点に特徴がある。具体的には、微細繊維状セルロース含有物を、微細繊維状セルロースの固形分濃度が0.4質量%となるようにスラリーを作製した場合において、微細繊維状セルロースの添加後にディスパーザーにて1500rpm、5分の条件で攪拌して得られる溶液(スラリー)の粘度は、5000mPa・s以上であることが好ましい。溶液(スラリー)の粘度は、8000mPa・s以上であることがより好ましく、10000mPa・s以上であることがさらに好ましく、12000mPa・s以上であることがよりさらに好ましく、14000mPa・s以上であることが特に好ましい。なお、上記溶液(スラリー)の粘度は、B型粘度計(BLOOKFIELD社製、アナログ粘度計T-LVT)を用いて、測定条件を、3rpm、25℃の条件として測定をした際の粘度である。
【0034】
本発明の微細繊維状セルロース含有物は、スラリー等の液状物であってもよく、粉粒状物等の固形状物やゲル状物であってもよい。
【0035】
微細繊維状セルロース含有物が液状物である場合、微細繊維状セルロース含有物に含まれる微細繊維状セルロースの含有量は、微細繊維状セルロース含有物の全質量に対して0.1~5.0質量%であることが好ましく、0.3~3.0質量%であることがより好ましく、0.5~3.0質量%であることがさらに好ましい。微細繊維状セルロースの含有量を上記範囲とすることにより、微細繊維状セルロースが有する特性が発揮されやすくなる。
【0036】
微細繊維状セルロース含有物が微細繊維状セルロース含有粉粒物である場合、微細繊維状セルロース含有物は、粉状及び/又は粒状の物質からなる。ここで、粉状物質は、粒状物質よりも小さいものをいう。一般的には、粉状物質は粒子径が1nm以上0.1mm未満の微粒子をいい、粒状物質は、粒子径が0.1~10mmの粒子をいうが、特に限定されない。粉粒物の粒子径はレーザー回折法を用いて測定・算出することができる。具体的には、レーザー回折散乱式粒子径分布測定装置(Microtrac3300EXII、日機装株式会社)を用いて測定した値とする。
【0037】
微細繊維状セルロース含有物が微細繊維状セルロース含有粉粒物である場合、その製造方法は公知の製造方法を採用することができる。例えば、オーブンドライ法や、スプレードライ法を採用することができる。
【0038】
微細繊維状セルロース含有物が固形状物又はゲル状物である場合、微細繊維状セルロース含有物に含まれる微細繊維状セルロースの含有量は、微細繊維状セルロース含有物の全質量に対して5質量%より多いことが好ましく、10質量%以上であることがより好ましく、15質量%以上であることがさらに好ましく、20質量%以上であることが特に好ましい。また、微細繊維状セルロース含有物が固形状物又はゲル状物である場合、微細繊維状セルロース含有物に含まれる微細繊維状セルロースの含有量の上限値は、特に限定されないが、例えば99.5質量%とすることができる。微細繊維状セルロースの含有量を上記範囲とすることにより、よりハンドリング性に優れた微細繊維状セルロース含有物を得ることができる。
【0039】
<他の成分>
微細繊維状セルロース含有物は、微細繊維状セルロースの他に他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、水溶性高分子や界面活性剤を挙げることができる。水溶性高分子としては、合成水溶性高分子(例えば、カルボキシビニルポリマー、ポリビニルアルコール、メタクリル酸アルキル・アクリル酸コポリマー、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリエチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、イソプレングリコール、ヘキシレングリコール、1,3-ブチレングリコール、ポリアクリルアミドなど)、増粘多糖類(例えば、キサンタンガム、グアーガム、タマリンドガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、クインスシード、アルギン酸、プルラン、カラギーナン、ペクチンなど)、セルロース誘導体(例えば、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒロドキシエチルセルロースなど)、カチオン化デンプン、生デンプン、酸化デンプン、エーテル化デンプン、エステル化デンプン、アミロース等のデンプン類、グリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリン等のグリセリン類等、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸の金属塩等を挙げることができる。また、界面活性剤としては、ノニオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤を使用することができる。
【0040】
(微細繊維状セルロース)
微細繊維状セルロースを得るための繊維状セルロース原料としては特に限定されないが、入手しやすく安価である点から、パルプを用いることが好ましい。パルプとしては、木材パルプ、非木材パルプ、脱墨パルプを挙げることができる。木材パルプとしては例えば、広葉樹クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹クラフトパルプ(NBKP)、サルファイトパルプ(SP)、溶解パルプ(DP)、ソーダパルプ(AP)、未晒しクラフトパルプ(UKP)、酸素漂白クラフトパルプ(OKP)等の化学パルプ等が挙げられる。また、セミケミカルパルプ(SCP)、ケミグラウンドウッドパルプ(CGP)等の半化学パルプ、砕木パルプ(GP)、サーモメカニカルパルプ(TMP、BCTMP)等の機械パルプ、等が挙げられるが、特に限定されない。非木材パルプとしてはコットンリンターやコットンリント等の綿系パルプ、麻、麦わら、バガス等の非木材系パルプ、ホヤや海草等から単離されるセルロース、キチン、キトサン等が挙げられるが、特に限定されない。脱墨パルプとしては古紙を原料とする脱墨パルプが挙げられるが、特に限定されない。本実施態様のパルプは上記の1種を単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。上記パルプの中で、入手のしやすさという点で、セルロースを含む木材パルプ、脱墨パルプが好ましい。木材パルプの中でも化学パルプはセルロース比率が大きいため、繊維微細化(解繊)時の微細繊維状セルロースの収率が高く、またパルプ中のセルロースの分解が小さく、軸比の大きい長繊維の微細繊維状セルロースが得られる点で好ましい。中でもクラフトパルプ、サルファイトパルプが最も好ましく選択される。軸比の大きい長繊維の微細繊維状セルロースを含有するシートは高強度が得られる傾向がある。
【0041】
微細繊維状セルロースの平均繊維幅は、電子顕微鏡で観察して、1000nm以下である。平均繊維幅は、好ましくは2~1000nm、より好ましくは2~100nmであり、より好ましくは2~50nmであり、さらに好ましくは2~10nmであるが、特に限定されない。微細繊維状セルロースの平均繊維幅が2nm未満であると、セルロース分子として水に溶解しているため、微細繊維状セルロースとしての物性(強度や剛性、寸法安定性)が発現しにくくなる傾向がある。なお、微細繊維状セルロースは、たとえば繊維幅が1000nm以下である単繊維状のセルロースである。
【0042】
微細繊維状セルロースの電子顕微鏡観察による繊維幅の測定は以下のようにして行う。濃度0.05~0.1質量%の微細繊維状セルロースの水系懸濁液を調製し、この懸濁液を親水化処理したカーボン膜被覆グリッド上にキャストしてTEM観察用試料とする。幅の広い繊維を含む場合には、ガラス上にキャストした表面のSEM像を観察してもよい。構成する繊維の幅に応じて1000倍、5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。但し、試料、観察条件や倍率は下記の条件を満たすように調整する。
【0043】
(1)観察画像内の任意箇所に一本の直線Xを引き、該直線Xに対し、20本以上の繊維が交差する。
(2)同じ画像内で該直線と垂直に交差する直線Yを引き、該直線Yに対し、20本以上の繊維が交差する。
【0044】
上記条件を満足する観察画像に対し、直線X、直線Yと交錯する繊維の幅を目視で読み取る。こうして少なくとも重なっていない表面部分の画像を3組以上観察し、各々の画像に対して、直線X、直線Yと交錯する繊維の幅を読み取る。このように少なくとも20本×2×3=120本の繊維幅を読み取る。微細繊維状セルロースの平均繊維幅(単に、「繊維幅」ということもある。)はこのように読み取った繊維幅の平均値である。
【0045】
微細繊維状セルロースの繊維長は特に限定されないが、0.1~1000μmが好ましく、0.1~800μmがさらに好ましく、0.1~600μmが特に好ましい。繊維長を上記範囲内とすることにより、微細繊維状セルロースの結晶領域の破壊を抑制でき、また微細繊維状セルロースのスラリー粘度を適切な範囲とすることができる。なお、微細繊維状セルロースの繊維長は、TEM、SEM、AFMによる画像解析より求めることができる。
【0046】
微細繊維状セルロースはI型結晶構造を有していることが好ましい。ここで、微細繊維状セルロースがI型結晶構造をとっていることは、グラファイトで単色化したCuKα(λ=1.5418Å)を用いた広角X線回折写真より得られる回折プロファイルにおいて同定できる。具体的には、2θ=14~17°付近と2θ=22~23°付近の2箇所の位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。
微細繊維状セルロースに占めるI型結晶構造の割合は30%以上であることが好ましく、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上である。
【0047】
微細繊維状セルロースが含有する結晶部分の比率は、本発明においては特に限定されないが、X線回折法によって求められる結晶化度が60%以上であるセルロースを使用することが好ましい。結晶化度は、好ましくは65%以上であり、より好ましくは70%以上であり、この場合、耐熱性と低線熱膨張率発現の点でさらに優れた性能が期待できる。結晶化度については、X線回折プロファイルを測定し、そのパターンから常法により求められる(Seagalら、Textile Research Journal、29巻、786ページ、1959年)。
【0048】
<リン酸化処理>
本発明においては、微細繊維状セルロースは、(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基(単にリン酸基ということもある。)と、(B)ウレタン結合を有する基とを有する。(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基と、(B)ウレタン結合を有する基は、後述するリン酸基導入工程を経ることで導入される。
【0049】
<リン酸基導入工程>
リン酸基導入工程は、セルロースを含む繊維原料に対し、リン酸基を有する化合物及び/又はその塩(以下、「化合物A」という。)を反応させることにより行うことができる。この反応は、尿素及び/又はその誘導体(以下、「化合物B」という。)の存在下で行う。これにより、微細繊維状セルロースのヒドロキシル基に、(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基と、(B)ウレタン結合を有する基を導入することができる。本発明では、このようなリン酸基導入方法は、尿素リン酸化法ということもある。
【0050】
リン酸基導入工程は、上記のようにセルロースに置換基(A)及び置換基(B)を導入する工程を必ず含み、所望により、後述するアルカリ処理工程、余剰の試薬を洗浄する工程などを包含してもよい。
【0051】
化合物Aを化合物Bの共存下で繊維原料に作用させる方法の一例としては、乾燥状態または湿潤状態の繊維原料に化合物Aおよび化合物Bの粉末や水溶液を混合する方法が挙げられる。また別の例としては、繊維原料のスラリーに化合物Aおよび化合物Bの粉末や水溶液を添加する方法が挙げられる。これらのうち、反応の均一性が高いことから、乾燥状態の繊維原料に化合物Aおよび化合物Bの水溶液を添加する方法、または湿潤状態の繊維原料に化合物Aおよび化合物Bの粉末や水溶液を添加する方法が好ましい。また、化合物Aと化合物Bは同時に添加してもよいし、別々に添加してもよい。また、初めに反応に供試する化合物Aと化合物Bを水溶液として添加して、圧搾により余剰の薬液を除いてもよい。繊維原料の形態は綿状や薄いシート状であることが好ましいが、特に限定されない。
【0052】
本実施態様で使用する化合物Aは、リン酸基を有する化合物及び/又はその塩である。
リン酸基を有する化合物としては、リン酸、リン酸のリチウム塩、リン酸のナトリウム塩、リン酸のカリウム塩、リン酸のアンモニウム塩などが挙げられるが、特に限定されない。リン酸のリチウム塩としては、リン酸二水素リチウム、リン酸水素二リチウム、リン酸三リチウム、ピロリン酸リチウム、またはポリリン酸リチウムなどが挙げられる。リン酸のナトリウム塩としてはリン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、またはポリリン酸ナトリウムなどが挙げられる。リン酸のカリウム塩としてはリン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、またはポリリン酸カリウムなどが挙げられる。リン酸のアンモニウム塩としては、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、ポリリン酸アンモニウムなどが挙げられる。
【0053】
これらのうち、置換基(A)の導入の効率が高く、後述する解繊工程で解繊効率がより向上しやすく、低コストであり、かつ工業的に適用しやすい観点から、リン酸、リン酸のナトリウム塩、またはリン酸のカリウム塩、リン酸のアンモニウム塩が好ましい。リン酸二水素ナトリウム、またはリン酸水素二ナトリウムがより好ましい。
【0054】
また、反応の均一性が高まり、かつリン酸基導入の効率が高くなることから化合物Aは水溶液として用いることが好ましい。化合物Aの水溶液のpHは特に限定されないが、置換基(A)の導入の効率が高くなることから7以下であることが好ましく、パルプ繊維の加水分解を抑える観点からpH3~7がさらに好ましい。化合物Aの水溶液のpHは例えば、リン酸基を有する化合物のうち、酸性を示すものとアルカリ性を示すものを併用し、その量比を変えて調整してもよい。化合物Aの水溶液のpHは、リン酸基を有する化合物のうち、酸性を示すものに無機アルカリまたは有機アルカリを添加すること等により調整してもよい。
【0055】
繊維原料に対する化合物Aの添加量は特に限定されないが、化合物Aの添加量をリン原子量に換算した場合、繊維原料(絶乾質量)に対するリン原子の添加量は0.5~100質量%が好ましく、1~50質量%がより好ましく、2~30質量%が最も好ましい。繊維原料に対するリン原子の添加量が上記範囲内であれば、微細繊維状セルロースの収率をより向上させることができる。繊維原料に対するリン原子の添加量が100質量%を超えると、収率向上の効果は頭打ちとなり、使用する化合物Aのコストが上昇する。一方、繊維原料に対するリン原子の添加量を上記下限値以上とすることにより、収率を高めることができる。
【0056】
本実施態様で使用する化合物Bとしては、尿素、ビウレット、1-フェニル尿素、1-ベンジル尿素、1-メチル尿素、1-エチル尿素などが挙げられる。この中でも低コストで扱いやすく、置換基(B)の導入の効率が高くなることから尿素が好ましい。
【0057】
化合物Bは化合物Aと同様に水溶液として用いることが好ましい。また、反応の均一性が高まることから化合物Aと化合物Bの両方が溶解した水溶液を用いることが好ましい。繊維原料(絶乾質量)に対する化合物Bの添加量は1~500質量%であることが好ましく、10~400質量%であることがより好ましく、100~350質量%であることがさらに好ましく、150~300質量%であることが特に好ましい。
【0058】
化合物Aと化合物Bの他に、アミド類またはアミン類を反応系に含んでもよい。アミド類としては、ホルムアミド、ジメチルホルムアミド、アセトアミド、ジメチルアセトアミドなどが挙げられる。アミン類としては、メチルアミン、エチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ピリジン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミンなどが挙げられる。これらの中でも、特にトリエチルアミンは良好な反応触媒として働くことが知られている。
【0059】
リン酸基導入工程においては加熱処理を施すことが好ましい。加熱処理温度は、繊維の熱分解や加水分解反応を抑えながら、置換基(A)及び置換基(B)を効率的に導入できる温度を選択することが好ましい。具体的には50~300℃であることが好ましく、100~250℃であることがより好ましく、150~200℃であることがさらに好ましい。また、加熱には減圧乾燥機、赤外線加熱装置、マイクロ波加熱装置を用いてもよい。
【0060】
加熱処理の際、化合物Aを添加した繊維原料スラリーに水が含まれている間において、繊維原料を静置する時間が長くなると、乾燥に伴い水分子と溶存する化合物Aが繊維原料表面に移動する。そのため、繊維原料中の化合物Aの濃度にムラが生じる可能性があり、繊維表面へのリン酸基の導入が均一に進行しない恐れがある。乾燥による繊維原料中の化合物Aの濃度ムラ発生を抑制するためには、ごく薄いシート状の繊維原料を用いるか、ニーダー等で繊維原料と化合物Aを混練または/および攪拌しながら加熱乾燥又は減圧乾燥させる方法を採ればよい。
【0061】
加熱処理に用いる加熱装置としては、スラリーが保持する水分及びリン酸基などの繊維の水酸基への付加反応で生じる水分を常に装置系外に排出できる装置であることが好ましく、例えば送風方式のオーブン等が好ましい。装置系内の水分を常に排出すれば、リン酸エステル化の逆反応であるリン酸エステル結合の加水分解反応を抑制できることに加えて、繊維中の糖鎖の酸加水分解を抑制することもでき、軸比の高い微細繊維を得ることができる。
【0062】
加熱処理の時間は、加熱温度にも影響されるが繊維原料スラリーから実質的に水分が除かれてから1秒~300分間であることが好ましく、1秒~1000秒間であることがより好ましく、10秒~800秒間であることがさらに好ましい。本発明では、加熱温度と加熱時間を適切な範囲とすることにより、上記置換基(A)及び置換基(B)の導入量を好ましい範囲内とすることができる。
【0063】
上述した繊維原料に対するリン原子添加量Aと、繊維原料に対する化合物Bの添加量Aとの比A/Aは、たとえば7.0以上であることが好ましく、10.0以上であることがより好ましく、15.0以上であることが特に好ましい。一方で、A/Aの上限値は、とくに限定されず、たとえば100とすることができる。これにより、置換基(A)および置換基(B)の含有量を所望の範囲とすることがより容易となる。
【0064】
また、本発明では、微細繊維状セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量の差が0.5mmol/g以下であることが好ましく、0.3mmol/g以下であることがより好ましく、0.2mmol/g以下であることがさらに好ましい。すなわち、リン酸基導入工程では、微細繊維状セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量の差が0.5mmol/g以下になるよう反応させることが好ましく、0.3mmol/g以下になるよう反応させることがさらに好ましく、0.2mmol/g以下になるよう反応させることが特に好ましい。強酸性基と弱酸性基の導入量の差を上記範囲とすることにより、高透明な微細繊維状セルロースを得ることができる。
【0065】
リン酸基導入工程は、少なくとも1回行えば良いが、複数回繰り返すこともできる。この場合、より多くの置換基(A)及び置換基(B)が導入されるので好ましい。
【0066】
上述したように本発明の微細繊維状セルロース含有物の製造工程は、リン酸基導入工程を含み、リン酸基導入工程は、尿素及び/又はその誘導体の存在下で、リン酸基を有する化合物及び/又はその塩を反応させる工程である。
リン酸基導入工程は、尿素及び/又はその誘導体の繊維原料に対するリン酸基を有する化合物及び/又はその塩の添加量は0.5~100質量%であり、尿素及び/又はその誘導体の添加量は、1~500質量%であることが好ましい。
また、リン酸基導入工程は、加熱工程を含むことが好ましい。加熱工程における加熱温度及び加熱時間は上述した範囲内であることが好ましい。
【0067】
<アルカリ処理>
微細繊維状セルロースを製造する場合、リン酸基導入工程と、後述する解繊処理工程の間にアルカリ処理を行うことができる。アルカリ処理の方法としては、特に限定されないが、例えば、アルカリ溶液中に、リン酸基導入繊維を浸漬する方法が挙げられる。
アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物は、特に限定されないが、無機アルカリ化合物であってもよいし、有機アルカリ化合物であってもよい。アルカリ溶液における溶媒としては水または有機溶媒のいずれであってもよい。溶媒は、極性溶媒(水、またはアルコール等の極性有機溶媒)が好ましく、少なくとも水を含む水系溶媒がより好ましい。
また、アルカリ溶液のうちでは、汎用性が高いことから、水酸化ナトリウム水溶液、または水酸化カリウム水溶液が特に好ましい。
【0068】
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液の温度は特に限定されないが、5~80℃が好ましく、10~60℃がより好ましい。
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液への浸漬時間は特に限定されないが、5~30分間が好ましく、10~20分間がより好ましい。
アルカリ処理におけるアルカリ溶液の使用量は特に限定されないが、リン酸基導入繊維の絶対乾燥質量に対して100~100000質量%であることが好ましく、1000~10000質量%であることがより好ましい。
【0069】
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液使用量を減らすために、アルカリ処理工程の前に、リン酸基導入繊維を水や有機溶媒により洗浄しても構わない。アルカリ処理後には、取り扱い性を向上させるために、解繊処理工程の前に、アルカリ処理済みリン酸基導入繊維を水や有機溶媒により洗浄することが好ましい。
【0070】
<解繊処理>
置換基(A)及び置換基(B)の導入繊維は、解繊処理工程で解繊処理される。解繊処理工程では、通常、解繊処理装置を用いて、繊維を解繊処理して、微細繊維状セルロース含有スラリーを得るが、処理装置、処理方法は、特に限定されない。
解繊処理装置としては、高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミルなどを使用できる。あるいは、解繊処理装置としては、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、またはビーターなど、湿式粉砕する装置等を使用することもできる。解繊処理装置は、上記に限定されるものではない。好ましい解繊処理方法としては、粉砕メディアの影響が少なく、コンタミの心配が少ない高速解繊機、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザーが挙げられる。
【0071】
解繊処理の際には、繊維原料を水と有機溶媒を単独または組み合わせて希釈してスラリー状にすることが好ましいが、特に限定されない。分散媒としては、水の他に、極性有機溶剤を使用することができる。好ましい極性有機溶剤としては、アルコール類、ケトン類、エーテル類、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、またはジメチルアセトアミド(DMAc)等が挙げられるが、特に限定されない。アルコール類としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、またはt-ブチルアルコール等が挙げられる。ケトン類としては、アセトンまたはメチルエチルケトン(MEK)等が挙げられる。エーテル類としては、ジエチルエーテルまたはテトラヒドロフラン(THF)等が挙げられる。分散媒は1種であってもよいし、2種以上でもよい。また、分散媒中に繊維原料以外の固形分、例えば水素結合性のある尿素などを含んでも構わない。
【0072】
本発明では、微細繊維状セルロースを濃縮、乾燥させた後に解繊処理を行ってもよい。この場合、濃縮、乾燥の方法は特に限定されないが、例えば、微細繊維状セルロースを含有するスラリーに濃縮剤を添加する方法、一般に用いられる脱水機、プレス、乾燥機を用いる方法等が挙げられる。また、公知の方法、例えばWO2014/024876、WO2012/107642、およびWO2013/121086に記載された方法を用いることができる。また、濃縮した微細繊維状セルロースをシート化してもよい。該シートを粉砕して解繊処理を行うこともできる。
【0073】
微細繊維状セルロースを粉砕する際に粉砕に用いる装置としては、高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミル、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、ビーターなど、湿式粉砕する装置等を使用することもできるが特に限定されない。
【0074】
上述した方法で得られた置換基(A)及び置換基(B)を有する微細繊維状セルロース含有物は、微細繊維状セルロース含有スラリーであり、所望の濃度となるように、水で希釈して用いてもよい。すなわち、本発明の微細繊維状セルロース含有物は、微細繊維状セルロース含有スラリーであってもよい。この場合、微細繊維状セルロース含有スラリーに含まれる微細繊維状セルロースの含有量は、微細繊維状セルロース含有物の全質量に対して0.1~5.0質量%であることが好ましく、0.3~3.0質量%であることがより好ましく、0.5~3.0質量%であることがさらに好ましい。
【0075】
(用途)
本発明による微細繊維状セルロース含有物の用途は特に限定されない。一例としては、増粘剤として各種用途(例えば、食品、化粧品、セメント、塗料、インクなどへの添加物など)に使用することができる。この場合、添加対象には、微粒子等が含まれていてもよく、このような場合、微細繊維状セルロース含有物は微粒子を均一分散させることができる。
微細繊維状セルロース含有物を増粘剤に用いる場合は、微細繊維状セルロース含有物を濃縮した形態とすることも好ましい。このような形態としては、濃縮液や粉粒体等の形態を挙げることができる。
【0076】
微細繊維状セルロース含有物の用途の別の例としては、微細繊維状セルロース含有スラリーを用いてシートを形成し、各種フィルムとして使用することができる。微細繊維状セルロース含有シートを製造する場合は、上述した微細繊維状セルロース含有スラリーを基材上に塗工する工程又は、微細繊維状セルロース含有スラリーを抄紙する工程を含むことが好ましい。また、本発明の微細繊維状セルロース含有物は、マトリックス樹脂等と混合して、微細繊維状セルロース含有複合シートとしてもよい。
【0077】
さらに、微細繊維状セルロース含有物は、樹脂やエマルションと混合し補強材としての用途に使用することもできる。
【実施例
【0078】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0079】
(製造例1)
針葉樹クラフトパルプとして、王子製紙製のパルプ(固形分93%、米坪208g/mシート状、離解してJIS P 8121に準じて測定されるカナダ標準濾水度(CSF)700ml)を使用した。上記針葉樹クラフトパルプ(絶乾質量)100質量部に、リン酸二水素アンモニウムと尿素の混合水溶液を含浸し、リン酸二水素アンモニウム45質量部、尿素200質量部となるように圧搾し、薬液含浸パルプを得た。得られた薬液含浸パルプを165℃の熱風乾燥機で200秒間乾燥・加熱処理し、パルプ中のセルロースに置換基を導入した。
【0080】
得られたリン酸化パルプ(絶乾質量)100質量部に対して10000質量部のイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返した。次いで、得られた脱水シートを10000質量部のイオン交換水で希釈し、攪拌しながら、1Nの水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ添加し、pHが12~13のパルプスラリーを得た。その後、このパルプスラリーを脱水し、脱水シートを得た後、10000質量部のイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返して、リン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0081】
(製造例2)
製造例1で得たリン酸化パルプの脱水シートを原料にした以外は、製造例1と同様にして、リン酸基を導入する工程をさらに1回繰り返して(リン酸化回数の合計が2回)、リン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0082】
(製造例3)
製造例2で得たリン酸化パルプの脱水シートを原料にした以外は、製造例2と同様にして、リン酸基を導入する工程をさらに1回繰り返して(リン酸化回数の合計が3回)、リン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0083】
(製造例4)
165℃に加熱した熱風乾燥機での処理時間を150秒間とした以外は製造例1と同様にしてリン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0084】
(製造例5)
針葉樹クラフトパルプ(絶乾質量)100質量部に、リン酸二水素ナトリウムと尿素の混合水溶液を含浸し、リン酸二水素ナトリウム58質量部、尿素100質量部となるように圧搾し、薬液含浸パルプを得た後、熱風乾燥機の温度を140℃、加熱時間を900秒間とした以外は製造例1と同様にして、リン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0085】
(実施例1)
製造例1で得たリン酸化パルプの脱水シートにイオン交換水を添加後、攪拌し、固形分濃度が0.5質量%のスラリーにした。このスラリーを、解繊処理装置(エムテクニック社製、クレアミックス-2.2S)を用いて、21500回転/分の条件で30分間解繊処理し、微細繊維状セルロース含有スラリーを得た。この微細繊維状セルロース含有スラリーの粘度、微粒子分散安定性を下記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量、置換基(B)の含有量を求めた。
【0086】
(実施例2~4)
製造例2~4で得たリン酸化パルプの脱水シートを各々使った以外は、実施例1と同様にして、微細繊維状セルロース含有スラリーを作製した。各微細繊維状セルロース含有スラリーの粘度、微粒子分散安定性を下記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量、置換基(B)の含有量を求めた。
【0087】
(比較例1)
製造例5で得たリン酸化パルプの脱水シートを使った以外は、実施例1と同様にして、微細繊維状セルロース含有スラリーを作製した。微細繊維状セルロース含有スラリーの粘度、微粒子分散安定性を下記方法により測定した。また、セルロースに導入されたリン酸基に由来する強酸性基と弱酸性基の導入量、置換基(B)の含有量を求めた。
【0088】
<置換基(A)の導入量の測定>
置換基(A)の導入量は、伝導度滴定法により測定した。具体的には、解繊処理工程により微細化を行い、得られた微細繊維状セルロース含有スラリーをイオン交換樹脂で処理した後、水酸化ナトリウム水溶液を加えながら電気伝導度の変化を求めることにより、導入量を測定した。
イオン交換樹脂による処理では、0.2質量%微細繊維状セルロース含有スラリーに体積で1/10の強酸性イオン交換樹脂(アンバージェット1024;オルガノ株式会社、コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った。その後、目開き90μmのメッシュ上に注ぎ、樹脂とスラリーを分離した。アルカリを用いた滴定では、イオン交換後の微細繊維状セルロース含有スラリーに、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えながら、スラリーが示す電気伝導度の値の変化を計測した。
そして図1に示した曲線の第1領域で必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除して、置換基導入量(mmol/g)とした。
【0089】
<置換基(B)の導入量の測定(微量窒素分析方法)>
置換基(B)の導入量は、セルロースに共有結合した窒素量を測定することで決定した。具体的には、イオン性窒素(アンモニウムイオン)を遊離および除去させた後に、微量窒素分析法により窒素量を測定した。イオン性窒素(アンモニウムイオン)の遊離は、実質的にセルロースに共有結合した窒素が除かれない条件で行った。遊離したアンモニウムイオンの除去は、置換基(A)の導入量の測定と同様の方法で行った。すなわち、強酸性イオン交換樹脂にアンモニウムイオンを吸着させた。
微量窒素分析は、三菱化学アナリック社の微量全窒素分析装置TN-110を用いて測定した。測定前に、低温(真空乾燥器にて、40℃24時間)で乾燥し溶媒を除いた。
微細繊維状セルロース単位質量あたりの置換基(B)の導入量(mmol/g)は、微量窒素分析で得られた微細繊維状セルロース単位質量あたりの窒素含有量(g/g)を窒素の原子量で除することで求めた。
【0090】
<微細繊維状セルロース含有スラリーの粘度測定方法>
微細繊維状セルロース含有スラリーの粘度は、微細繊維状セルロース含有スラリーの固形分濃度が0.4質量%となるように希釈した後に、ディスパーザーにて1500rpmで5分間攪拌した。得られたスラリーの粘度をB型粘度計(BLOOKFIELD社製、アナログ粘度計T-LVT)を用いて測定した。測定条件は、3rpm、25℃の条件とした。
【0091】
<微粒子分散安定性の評価>
実施例及び比較例にて得た0.5質量%の微細繊維状セルロース含有スラリーに疎水化酸化チタン(STV-455、チタン工業株式会社製)を1.0質量%となるように添加した後、ホモミキサーを用いて回転数4,000rpmで5分間攪拌した。その後30分間静置し、疎水化酸化チタンが水層と分離するか観察した。以下の基準にて評価を行った。
○:全く疎水化酸化チタンが分離せず、均一性を維持している。
△:分離して沈降または水面に存在する疎水化酸化チタンが一部見られるが、全体として
は均一性を維持している。
×:全体として疎水化酸化チタン粒子が沈殿もしくは水面に存在し、水層と分離してい
る。
【0092】
【表1】
【0093】
実施例で得られた微細繊維状セルロース含有スラリーは、溶液粘度が高く、微粒子分散安定性が良好であった。
図1