(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-19
(45)【発行日】2022-08-29
(54)【発明の名称】ペプチド、タンパク質及び他の高分子の電気的検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/00 20060101AFI20220822BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20220822BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
G01N33/68
(21)【出願番号】P 2019520498
(86)(22)【出願日】2017-06-26
(86)【国際出願番号】 FR2017000129
(87)【国際公開番号】W WO2017220875
(87)【国際公開日】2017-12-28
【審査請求日】2020-03-16
(32)【優先日】2016-06-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】518455181
【氏名又は名称】エクシローヌ
(73)【特許権者】
【識別番号】513257719
【氏名又は名称】ユニヴェルシティ ド セルジ-ポントワーズ
(73)【特許権者】
【識別番号】518455192
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ・イブリ・バル・デソンヌ
(73)【特許権者】
【識別番号】509161196
【氏名又は名称】アシスタンス ピュブリック オピトー ドゥ パリ
【氏名又は名称原語表記】ASSISTANCE PUBLIQUE-HOPITAUX DE PARIS
【住所又は居所原語表記】1 Avenue Claude-Vellefaux F-75010 Paris FRANCE
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ペルタ,ジュアン
(72)【発明者】
【氏名】ウハレド,アブデルガニー
(72)【発明者】
【氏名】マニベ,フィリップ
(72)【発明者】
【氏名】ピゲ,ファビアン
(72)【発明者】
【氏名】ウルダリ,ハジェル
(72)【発明者】
【氏名】クルポバー,ズザナ
(72)【発明者】
【氏名】ドフレネ,ピエール
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-516735(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0060276(US,A1)
【文献】欧州特許出願公開第02908128(EP,A1)
【文献】中国特許出願公開第105368938(CN,A)
【文献】WANG et al.,Nanopore Sensing of Botulinum Toxin Type B by Discriminating an Enzymatically Cleaved Peptide from a Synaptic Protein Synaptobrevin 2 Derivative,APPLIED MATERIALS & INTERFACES,2015年,Vol.7/Iss.1,PP.184-192
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00 - G01N 27/10
G01N 27/14 - G01N 27/24
G01N 33/68
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
標本中に存在する少なくともアミノ酸1個が異なる一つ以上のペプチドまたはタンパク質を電気的に検出するためのアエロリジンナノポア又はナノチューブの使用であって、前記ナノポア又はナノチューブを脂質膜に挿入し、少なくとも2Mであり、かつ、6M未満の濃度のアルカリ金属ハロゲン化物電解質溶液を含む反応媒体中で40℃未満の温度にて-160mV超の電位差を前記膜に与え、前記ペプチド
またはタンパク質をその長さとその質量により識別することを目的とする前記使用。
【請求項2】
前記アルカリ金属ハロゲン化物がアルカリ金属塩化物である請求項1に記載のナノポアの使用。
【請求項3】
前記アルカリ金属ハロゲン化物がLiCl、KCl又はNaClに代表される請求項1又は2に記載のナノポアの使用。
【請求項4】
前記電解質溶液の濃度が2M~5Mである請求項1~3のいずれか一項に記載のナノポアの使用。
【請求項5】
前記反応媒体のLiCl濃度が1M又は4Mである請求項4に記載のナノポアの使用。
【請求項6】
前記脂質膜に与える電位差が-80~-10mVである請求項1~5のいずれか一項に記載のナノポアの使用。
【請求項7】
前記脂質膜に与える電位差が-29mVである請求項6に記載のナノポアの使用。
【請求項8】
前記反応媒体の温度が3~33℃である請求項1~7のいずれか一項に記載のナノポアの使用。
【請求項9】
電気的な検出が、ペプチド、タンパク質のサンプルの酵素分解の分解物を決定するために実施される、請求項1~8のいずれか一項に記載のナノポアの使用。
【請求項10】
電気的な検出が、異なる配列のペプチド又はタンパク質を分離するために実施される、請求項1~8のいずれか一項に記載のナノポアの使用。
【請求項11】
電気的な検出が、タンパク質またはペプチドの天然又は合成化学修飾を同定するために実施される、請求項1~8のいずれか一項に記載のナノポアの使用。
【請求項12】
電気的な検出が、単一の原核細胞又は真核細胞中における酵素の酵素活性を定量するために実施される、請求項1~8のいずれか一項に記載のナノポアの使用。
【請求項13】
電気的な検出が、代謝経路又は細胞内シグナル伝達経路からの代謝産物の分子を同定及び定量するために実施される、請求項1~8のいずれか一項に記載のナノポアの使用。
【請求項14】
単一ペプチドが長さおよび質量により検出され、および識別される、請求項1~8のいずれか一項に記載のナノポアの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の技術分野は混合物中の分子の電気的検出の技術分野である。
【背景技術】
【0002】
タンパク質チャネルを構成することができるナノポア又は脂質膜に挿入したナノチューブ又は固体膜に穿孔したナノ細孔に分子を通過させる電気的検出の原理はよく知られている。
【0003】
膜に電位差を与えると、電解質溶液の存在下でナノポアを流れるイオン電流が誘導される。分子がナノポアを通過するか又は分子がナノポアと相互作用すると、測定可能な電流低下を生じる。この電流低下の大きさと持続時間は特に分子のコンフォメーション、寸法、配列及び化学的性質に依存する。
【0004】
超高速DNAシーケンシングを行うためにこの識別能が利用されてきた(Brantonら、2008,Nat.Biotech又はKarlssonら、2015,Scientific reports)。
【0005】
非常に期待できる別の用途は、ナノポアを超高感度電気検出システムに連動させて分子又は分子混合物の寸法又は質量を決定し、したがって、質量分析を行う可能性である。
【0006】
分子鎖寸法毎に電流遮断の電気的シグネチャーに対応させて合成ポリマー混合物を分離する方法が報告されている(Roberstonら、2007,PNAS;Reinerら、2010,PNAS;Baakenら、2011,ACS Nano;Baakenら、2014,ACS Nano)。最近では、純粋なポリデオキシアデノシンのみについて、アエロリジンナノポアを通過させる、単量体2~10個からなるヌクレオチドの分離も観察された(Caoら、2016,Nat.nanotech)。
【0007】
アエロリジンナノポアの使用は周知であり、Wilmsenら、1990はアエロリジンが脂質二重層に電流感受性チャネルを形成することを示した。
【0008】
Stefureacら、2006の文献では、ペプチドをアエロリジン細孔に通過させることが注目されている。種々の長さのペプチドで電流遮断時間の差が認められたが、1アミノ酸レベルの高分解能には達していない。
【0009】
Pastoriza-Gallegoら、JACS 2011及びPayetら、Anal.Chem.2012の文献では、折り畳まれていないタンパク質をアエロリジンナノポアに通過させる際のダイナミクス(コンフォメーション)が注目されている。この研究は、電流遮断時間の差に伴って大きいタンパク質(>370アミノ酸)がアエロリジンとの間で形成するコンフォメーションを決定することを主眼としている。しかし、1アミノ酸しか違わない2種類のペプチド又は2種類のタンパク質を区別するような高分解能は提案されていない。
【0010】
この分野で入手可能な多数の文献を検討すると、小さい又は大きいポリペプチド鎖のいずれかを分離することにおいて難点があり、これは今日まで解決されていない分離の課題である。芳香族エナンチオマー(トリプトファン、フェニルアラニン、チロシン)を可視化するための唯一の高分解能は、α-ヘモリジン細孔の化学修飾後に可能であった(Boersma and Bayley,2012,Angew.Chem.Int.Ed)。
【0011】
そこで、本発明者らはアエロリジンナノポアの高価で複雑な化学修飾に依存せずに数個の単量体からなる短い分子鎖を単離するために、厳密な物理化学的条件下でアエロリジンタンパク質チャネルを使用することを思いついた。
【0012】
ペプチド又はタンパク質については、固体ナノポア(Hanら、2006,APL;Fologeaら、2007,APL;Cressiotら、2011,ACS Nano;Plesaら、2013,NanoLetters;Freedmanら、2013,Scientific reports;Larkinら、2014;BJ,Wadugeら、2017)又はガラスナノキャピラリー(Liら、2013,ACS Nano;Steinbockら、2014,Nanoscale)による輸送時間(電流遮断時間)又は電流遮断深度を利用することによりタンパク質の寸法を巨視的に決定することについて多数の報告が発表されている。これらのアプローチが天然タンパク質をその寸法により分離することができるなら、タンパク質は短い分子鎖で最低4kDaから長い分子鎖では50kDa超まで異なっている必要がある(Liら、2013,ACS Nano;Steinbockら、2014)。
【0013】
今日までのところ、分子鎖へのアミノ酸1個の付加を判別できる分解能をもつアエロリジンナノポアを使用することによりペプチドを寸法と質量により分離する可能性については未だに実証されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【文献】Brantonら、2008,Nat.Biotech
【文献】Karlssonら、2015,Scientific reports
【文献】Roberstonら、2007,PNAS
【文献】Reinerら、2010,PNAS
【文献】Baakenら、2011,ACS Nano
【文献】Baakenら、2014,ACS Nano
【文献】Caoら、2016,Nat.nanotech
【文献】Wilmsenら、1990
【文献】Stefureacら、2006
【文献】Pastoriza-Gallegoら、JACS 2011
【文献】Payetら、Anal.Chem.2012
【文献】Boersma and Bayley,2012,Angew.Chem.Int.Ed
【文献】Hanら、2006,APL
【文献】Fologeaら、2007,APL
【文献】Cressiotら、2011,ACS Nano
【文献】Plesaら、2013,NanoLetters
【文献】Freedmanら、2013,Scientific reports
【文献】Larkinら、2014
【文献】BJ,Wadugeら、2017
【文献】Liら、2013,ACS Nano
【文献】Steinbockら2014,Nanoscale
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
そこで、本発明の目的は、まさにナノポアの使用と、混合物中に存在するペプチド、タンパク質、多糖又は合成ポリマーを同定することができる方法を提案することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
したがって、本発明は標本中に存在する少なくともアミノ酸1個が異なるペプチド、タンパク質、及び多糖や合成ポリマー又は天然ポリマー等の他の高分子を電気的に検出するためのアエロリジンナノポア又はナノチューブに関し、前記ナノポア又はナノチューブを脂質膜に挿入し、6M未満の濃度のアルカリ金属ハロゲン化物電解質溶液を含む反応媒体中で40℃未満の温度にて-160mV超の電位差を前記膜に与えるものであり、前記使用は前記ペプチド、タンパク質及び他の分子をその長さとその質量により識別することを目的とする。
【0017】
本発明の1つの特徴によると、前記アルカリ金属ハロゲン化物はアルカリ金属塩化物であり、LiCl、KCl又はNaClに代表される。
【0018】
本発明の別の特徴によると、前記電解質溶液の濃度は0.5~5Mである。
【0019】
本発明の更に別の特徴によると、前記反応媒体のLiCl濃度は1M又は4Mである。
【0020】
本発明の更に別の特徴によると、前記膜に与える電位差は約-80~-10mVであり、-29mVが有利である。
【0021】
本発明の更に別の特徴によると、前記反応媒体の温度は3~33℃である。
【0022】
本発明の特に有利な使用は分解物の測定によるペプチド、タンパク質、多糖又は合成ポリマーサンプルの酵素分解の特徴決定にある。
【0023】
本発明の更に別の特徴によると、前記使用は異なる配列のペプチド又はタンパク質の分離を目的とする。
【0024】
本発明の特に有利な別の使用はタンパク質、ペプチド、代謝産物、医薬品等の天然分子の天然又は合成化学修飾の特徴決定にある。
【0025】
本発明の特に有利な別の使用は単一の原核細胞又は真核細胞中における酵素の酵素比活性及びモル活性の特徴決定にある。
【0026】
本発明の特に有利な使用は代謝経路又は細胞内シグナル伝達経路に属する「代謝産物」と呼ばれる分子を同定及び定量するための特徴決定にある。
【0027】
本発明は更に、ナノポアを使用することにより得られるペプチド製品であって、ペプチドRR10等の単一ペプチドから構成されるペプチド製品にも関する。
【発明の効果】
【0028】
本発明の第1の利点は単量体1個しか違わない相互に非常によく似た分子を識別できるという技術の高感度と高分解能にある。
【0029】
本発明の使用の別の利点は異なる配列のペプチド又はタンパク質の分離にある。ペプチド、タンパク質、多糖又は合成ポリマーは生体由来の複雑な混合物又は商用の純粋な混合物としての標本中に存在する。
【0030】
したがって、本発明は2分子間でアミノ酸1個、糖1個又は単量体1個の差まで分解することができる。
【0031】
本発明の別の利点はこの高感度により、非常の少量のサンプルから分析を実施できるという点にある。
【0032】
本発明の別の利点はペプチドシーケンシングの実施等の多数の用途があるという点にある。
【0033】
本発明の別の利点はペプチド又は合成分子の純度100%の品質検定を実施できる可能性という点にある。
【0034】
本発明の別の利点は単一細胞で全体液中の医薬品を同定及び定量する可能性という点にある。
【0035】
本発明の更に別の利点は生物医学的診断用にペプチドを同定できるという点にある。
【0036】
本発明の更に別の利点は凍結乾燥により粉末とし、ペプチド又はペプチド混合物又はタンパク質を非常に長期間保存する可能性という点にある。
【0037】
次いで、この粉末をフィルムで保護して挿入し、確実に識別するために標識としての分子コードとして使用し、その原産地又はその独自性(例えば製品の原産地、原産地証明等)を示すことができる。最後に、粉末を緩衝液に入れて検査を行う。溶液の保存期間は周囲温度で数日間から数カ月間であり、例えば4℃では数カ月間であり、-20℃では数年間である。
【0038】
明確に定義されたペプチド混合物とは、例えば10AAのペプチド95%と8AAのペプチド5%を含む混合物を意味する。これらのペプチドのバッチは各々化学修飾(リン酸化、ハロゲン化等)されていてもよく、この混合物は生体由来の複雑な混合物又は商用の純粋な混合物としての標本である。
【0039】
それは、ペプチド混合物を再懸濁し、それを本願に記載する技術により解読することにより読取ることができる、目に見えない、したがって個別の分子コードであろう。
【0040】
本発明の他の特徴、利点及び詳細は添付図面に関する以下の追加の説明から更によく理解されよう。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図1】本発明を実施するための装置の1実施形態を示す。
【
図2】ペプチドの検出に対応する溶出時間の関数として電位差の変動を示す。
【
図5】10アミノ酸長のペプチドサンプルのトリプシンによる酵素分解を示す。
【
図6】電位差の変動の関数としてのペプチドの検出を示す。
【
図7】配列が異なる10アミノ酸長のペプチドの識別を示す。
【
図8】単一の細胞又は小胞からの酵素活性の検出を示す。
【発明を実施するための形態】
【0042】
上記のように、本発明の使用及び方法によると、電気測定により個々のペプチドを検出し、1アミノ酸レベルの分解能で異なる寸法のペプチドを区別することが可能になった。標本中に存在するタンパク質、多糖又は合成ポリマー若しくは天然ポリマー等の非常に多数の分子の検出についても同様である。
【0043】
以下の説明の残りにおいて、純粋なものとして与得られたペプチドRR10を含む市販品の厳密な組成を決定するための実施形態について具体的に説明する。
【0044】
図1は標本中に存在するタンパク質、多糖又は合成ポリマー若しくは天然ポリマーとしての市販品等を配列決定することができる装置1の1実施形態を示す。当然のことながら、操作条件は製品分類毎に調査基準に応じて適応させる。
【0045】
装置1は例えば夫々アエロリジンナノポア又はナノチューブ9、10及び11が挿入された3枚の脂質膜6、7及び8により相互に分離された連続する4区画2、3、4及び5を含む。
【0046】
膜6、7及び8は夫々回路12、13及び14により電流を与えられる。したがって、操作条件に応じた電流レベルを各膜に与えることができる。
【0047】
したがって、本発明の装置1は各区画2~5内の分子の移動をリアルタイムで追跡することができる。
【0048】
当然のことながら、各電気回路12、13又は14は分析対象の製品を含む各分子の通過を表示することができる電気検出器に夫々接続される。この例では、ペプチドサンプルを分析対象としている。図面から明らかなように、例えば、膜6は夫々3種類のピクトグラム15、16及び17を描くことができる。ピクトグラム15では3種類のペプチドに対応する3つのピークを同定することができ、ピクトグラム16は2種類のペプチドの興味深い2つのピークを示し、ピクトグラム17は単一ペプチドの単一ピークを示す。
【0049】
電気回路14を開いて区画5への移動を止め、この区画に存在する純粋なペプチドを採取する。
【0050】
図1に示すピクトグラム15、16及び17は以下に記載する厳密な実験条件下におけるペプチド製品の分析に対応する。当然のことながら、装置1はタンパク質、多糖又は合成ポリマー若しくは天然ポリマーにより構成される製品の分析を行う場合に使用できる。同じく当然のことながら、ピーク数は出発物質の種類により異なる。
【0051】
以下、純度96%の供試用市販品であるペプチドRR10の試験について説明する。その組成と不純物の種類を正確に把握することは、専門家が注目しているヒト用医療で重要な要素である。
【0052】
そこで、これらの不純物の正確な化学的組成を決定するために、一例として、純度96%のペプチドRR10から構成される市販品の分析を以下のように実施した。
【0053】
装置は
図1に示すものと同様であるが、場合によっては2区画に減らす。その場合には、温度5℃で塩化リチウム濃度4Mの反応媒体に脂質膜(例えばアエロリジンナノポア9を含む膜6)を配置し、膜に-29mVの電位差を与える。非常に高感度の電気検出器により、ナノポアを流れる電流を測定する。
【0054】
電位差により、膜の両側(例えば区画2及び3)に電解質からイオンが流れ、測定可能な電流を生じる。分子がナノチューブを通過すると、電流を遮断する。これらの遮断は分子の寸法に比例し、反応媒体の濃度、pH及び温度の条件に応じて変動する。
【0055】
時間の経過に伴って電流Iを常時測定し、イオンが障害なしに流れる出発電流I0と、ナノポアの遮断時の電流Ibを
図2に示す。純粋とされる混合物を構成する種々のペプチドに対応する電流低下を明白に認めることができる。これらの不純物はペプチドRR10の合成の副生物であり、特異的な通過時間と上記のような30pAから68pAまでの特徴的な順次電流低下を示す不完全ペプチドであることが分かる。
【0056】
図2には異なる電流レベルで種々のシグネチャーが認められる。例えば、実験時間203.3秒と電圧25pAでは、ペプチドRR10に対応する電流低下が検出される。実施した測定によると、30pA~68pAの電流値でペプチドRR9、RR8、RR7、RR6及びRR5により構成される不純物の存在が明らかに見てとれる。
【0057】
これらの測定から、単一分子の規模で
図3に示すマススペクトログラムを作成した。分析したサンプルでは、濃度96%の純度のペプチドRR10に複数の他のペプチドも付随していることが認められる。これらはペプチドRR9~RR5であることが分かった。
【0058】
本発明によりナノポアを使用すると、非常に高感度を達成することができ、純度96%の市販サンプル中に定量可能なペプチド断片(検出された合計分子数の約1%即ち数十個の分子)の存在が検出される。今日までのところ、このサンプルの販売業者により提供されている組成の古典的な質量分析とHPLCクロマトグラフィー分析ではこれらの断片を同定することは不可能であった。
【0059】
ペプチド、タンパク質、多糖及び合成ポリマー並びに他の分子の検出レベルを古典的な他の分析技術では不可能であったレベルで達成できるという本発明の利点は一目瞭然である。
【0060】
満足できる分解能及び感度を得るためには、種々の因子を考慮する必要がある。
【0061】
そこで、反応媒体の物理化学的条件である電解質濃度、この電解質の種類、反応媒体の温度及び膜に与える電位差を変化させることにより種々の試験を実施した。その結果、最短のペプチドの検出には電解質濃度を上げると共に温度を下げると好適であり、逆もまた同様であることが見出された。他の分子についても同様である。
【0062】
実際に、
図4の3枚のグラフから明らかなように、寸法の小さいペプチドの分解能は反応混合物の温度低下と電解質濃度上昇に伴って良好になる。温度が20℃であり、電解質濃度が2Mであるグラフ(a)では、寸法が小さいほど分解能が低く、ピークは不鮮明になり、イベントの高密度分散が確認される。グラフ(b)及び(c)では、電解質濃度を大幅に増加させ(4M)、温度を下げている(5℃,グラフ(c))が、Ib/I0値が高いほど、即ちペプチドの寸法が小さいほど解像度は良好になる。イベントは明白に2つの別個のピークに分離される。
【0063】
そこで、
図5には温度と電解質濃度を変化させることにより得られた結果を示した。アエロリジンナノポアのチャネルの遮断時の電流強度であるIbと、ナノポアの同一チャネルの開放時の電流強度であるI0の関数として電流遮断時間を示した。
【0064】
グラフ(d)については、温度は約20℃であり、電解質濃度は2Mである。グラフ(e)では、温度は約20℃であり、電解質濃度は4Mである。下側の曲線では、温度は5℃であり、電解質濃度は4Mである。
【0065】
電解質溶液の濃度は0.5~5Mとすることができ、例えば電解質がLiClのときには1Mの濃度が妥当であることが判明した。
【0066】
例えばLiCl、NaCl、KCl又はKBr、RbCl、CsCl、KF又は塩化アンモニウム、テトラメチルアンモニウムクロリド等の種々の電解質を使用した。得られた結果は電解質の種類に関係なく、概ね同等であった。
【0067】
したがって、電解質濃度が高いと、2アミノ酸程度の低分子量の分子を試験することができ、驚くべきことに、1アミノ酸でも可能である。これらの条件下で、信号雑音比は良好になり、Ib/I0値はスペクトログラムの左寄りに移る。実際に、Ib/I0比が0に近付くにつれ、該当分子は長くなる。このように左寄りに移ることにより、スペクトログラムの右に余白ができ、3アミノ酸長未満のペプチドの検出に有利になる。スペクトログラムの右余白と高い塩濃度の結果、アミノ酸1個の検出が可能になる。
【0068】
温度については、
図4の3つの図の検討により、ペプチドの位置は縦軸において変動し、5℃の温度と4Mの濃度を選択するとより有利であることが示される。その結果、分解能が改善される。一般に、反応媒体の温度は3~33℃とすることができる。
【0069】
アエロリジンナノポア膜に与える電位差は
図4のグラフに現れる線の位置に影響を与えないようである。しかし、例えば-10mVから-80mVに変化させると、平均電流遮断時間はペプチドRR10サンプルでは電圧に依存することが判明した。したがって、電流値の選択は使用者が所望する分解能に依存する。膜に与える電位差を-29mVとすると、優れた分解能を得ることができる。
【0070】
以上の説明では、アエロリジンナノポアを利用したが、当然のことながら他のナノポアも利用できる。例えば、利用条件、即ち温度、塩濃度及び電解質の種類を容易に適応させることにより本発明の方法でシクロデキストリン型のナノポア又はナノチューブも利用できる。
【0071】
電解質の種類とその濃度、反応媒体の温度及びナノポア又はナノチューブに与える電流レベルに関して上記に大まかに記載したペプチドサンプルの分析条件は他のタンパク質サンプルにも適用可能である。当然のことながら、これらの条件はこれらの分子の種類に応じて適応され、タンパク質、オリゴ糖、又は合成ポリマー若しくは天然ポリマーに適用可能な条件を簡単な実験により決定するために必要な要素は当業者に公知である。例えば、該当分子が長いほど、Ib/I0比は0に近付くことが判明した。
【0072】
本発明の別の利点は酵素反応にある。病気の診断又は工業的方法に重要な物質を定量するためには多数の酵素反応が重要であることが知られている。この点では、本発明によると、例えばトリプシンによるペプチドの酵素分解を追跡することができ、反応速度定数は十分に決定されている。当然のことながら、当業者は適応と若干の実験により、タンパク質、多糖、又は合成ポリマー若しくは天然ポリマーの分解を実施することができよう。
【0073】
図5は純度96%のサンプルのチャネル遮断時の電流強度Ibと、同一チャネルの電流強度I0を測定することにより、酵素分解前(グラフd)及び分解後(グラフe)に本発明に従って分析を行うことにより得られた結果を示す。これらの図で一番左の線はペプチドRR10を表し、その他のペプチドは微量形態である。
【0074】
1番目の図によると、分解前にペプチドRR10はサンプルの主成分であることが分かる。トリプシンによる分解後に、ペプチドRR10は減少し、その他のペプチドRR9、RR8、RR7、RR6、RR5は増加していることが分かる。
【0075】
このように、本発明によりナノポア又はナノチューブを使用すると、トリプシンによるペプチドRR10のより短いペプチドであるRR9、RR8、RR7、RR6及びRR5への分解を可視化することができる。したがって、タンパク質、多糖、合成ポリマー若しくは天然ポリマー又は使用者が着目する他の高分子(医薬品、工業製品等)の他の酵素分解過程を追跡するためにこの同一方法を使用することができる。
【0076】
また、ペプチドRR10、RR9、RR8、RR7、RR6及びRR5は明瞭に区別される。したがって、1アミノ酸しか違わないペプチドを識別することができる。本発明のこの特徴により、化学的過程を非常に精密且つ特異的に追跡することが可能になる。
【0077】
10アミノ酸長のペプチドを例に挙げるが、当然のことながら、もっと長い20アミノ酸、50アミノ酸又は100アミノ酸のペプチドや、他の型の高分子(タンパク質、多糖、合成ポリマー又は天然ポリマー)でも本発明を使用することができる。
【0078】
図6には、電圧が種々の長さのアルギニンペプチドの区別に及ぼす影響を示す5枚のヒストグラムを示した。これらのヒストグラムは-25mV(a)、-40mV(b)、-50mV(c)、-60mV(d)及び-80mV(e)で種々の長さ(5アミノ酸、6アミノ酸、7アミノ酸、8アミノ酸、9アミノ酸及び10アミノ酸)のアルギニンペプチドの等モル混合物とアエロリジンナノポアを相互作用させた場合の遮断電流値Ib/I0を示す。測定は4M KCl(pH7.5)溶媒中で20℃にて行う。
【0079】
-50mV未満の電圧では、5~10アミノ酸の6種類の異なるペプチド長に対応する6種類のペプチド集団を区別できることが認められる(グラフf及びg)。一方、-50mV以上の電圧では、点線で示す7番目の集団が確認される(グラフh、i及びj)。
【0080】
このように、本発明の方法はアミノ酸1個の存在しか違わないペプチドを相互に区別することにより、ペプチド等の分子サンプルを精密に分析することができる。更に、検証済みの上記全シーケンシング試験は少量のペプチド又はタンパク質、即ち数十個(例えば20~150個)の分子で実施している。
【0081】
以上の試験は本発明を例証するために特に純度96%のサンプルを特に参照して実施した。しかし、ペプチドサンプルが完全にナノポアに嵌り込み、各単量体(アミノ酸)が電流遮断に寄与する場合には、種々の長さのペプチドの分離が得られる。ペプチドを受け取るナノポアの寸法が調整されるのであれば、ペプチドサンプルの分析に制限はない。
【0082】
図1について説明したように大量の純粋な単一ペプチドを単離するためにクロマトグラフィーで実施した方法と同様の方法に従って種々のペプチド画分を採取すればよい。
【0083】
ペプチドRR10の純粋なサンプルの試験に本発明を適用する例について十分に説明した。当然のことながら、本発明は任意の純粋なペプチドを特徴決定するために実施される。よって、ペプチドRR20、RR50又はRR80等の寸法の大きいペプチドを特徴決定することができた。したがって、これは医療で利用されるサンプルの正確な知識の大きな前進を提示する。
【0084】
また、
図7に示すように、同一長であるが、配列の異なる複数のペプチドを含むサンプルの試験に本発明を適用することもできる。
【0085】
これを行うために、上記と同一のプロトコールに従い、10アミノ酸長(RR10)のアルギニンペプチド(グラフkに示す)と、10アミノ酸長(KK10)のリジンペプチド(グラフlに示す)の高純度(98%超)サンプルを試験した。グラフから明らかなように、確認された大半の集団はIb/I0比の値及び平均遮断時間の両方において相互に異なる。したがって、これにより、本発明は同一長であるが、配列の異なるホモペプチドを識別できることが明らかとなる。
【0086】
更に、リジンアミノ酸5個とアルギニンアミノ酸5個から構成されるヘテロペプチド(KR10)の高純度(98%超)サンプルを試験した(グラフmに示す)。グラフmから明白なように、この配列は2種類の他のペプチドとは持続時間及び強度の点で異なるナノポア遮断プロファイルに対応する。
【0087】
グラフnは時間の経過と共にこれらの3種類のペプチドにより生じる典型的な遮断を示す。
【0088】
したがって、本発明は同一長で異なる配列のペプチド同士を区別することもでき、生物医学分析の新たな展望が開ける。
【0089】
本発明はメタボロミクスと酵素学に特に重要な用途がある。
【0090】
生物医学的診断は目的の細胞若しくは微小胞を数個しか含まない貴重で希少なサンプル又はマウスで採取されるサンプルのように少量のサンプルで実施できるようにするために、今日では進化する必要がある。
【0091】
発光分光法、吸光度又は蛍光を使用する古典的な定量法は、バックグラウンドノイズから区別される十分なシグナルを得るために大量のサンプルを必要とする。例えば、呼吸鎖酵素複合体の活性を定量するためには、最低でも500,000個の白血球が必要である。これらの古典的方法は、例えば血液から単離した循環腫瘍細胞で酵素プロファイルを作成することができない。
【0092】
異なる配列のペプチド又はタンパク質を分離するために本発明によりナノポアを使用することもできる。ペプチドの配列はその物理化学的性質を調整し、これらの性質によりペプチドのナノポア通過が調製される。実際に、アミノ酸の種類はペプチドのコンフォメーションを決定する。種々の形態のタンパク質が異なる速度でナノポアを通過する。同様に、タンパク質の他の特性(電荷、疎水性等)もそのナノポア通過の速度と頻度に影響を与え、延いてはタンパク質により誘導される電流遮断の特徴にも影響を与える。このため、本発明によりナノポアを使用することにより、混合物中に存在する寸法と配列の異なる種々のタンパク質を同定することができる。
【0093】
これを行うためには、分離及び同定しようとするタンパク質の混合物を適当な条件下におき、ナノポアを通過させる。各タンパク質は特異的な電流遮断時間及び電流遮断振幅に関してその特異的なシグネチャーを形成し、したがって、このタンパク質は時間、強度及びモーメントの固有の性質を有する。
【0094】
タンパク質、ペプチド、代謝産物、医薬品等の天然分子の天然又は合成化学修飾を特徴決定するために本発明によりナノポアを使用することも可能である。
【0095】
分子が化学修飾を受けると、分子の寸法、コンフォメーション、電荷、疎水性等の特徴が変化する。上記に既に説明したように、これらの特徴はナノポア通過に影響を与え、延いてはこの通過により生じる電流遮断に影響を与える。
【0096】
本発明で開発されたアエロリジンナノポア技術は工業的方法に従って単一細胞中における少数の酵素コピーの活性を定量することができ、起源細胞の溶解後に放出される少数の酵素分子の酵素活性を定量することが可能になる。
【0097】
タンデム質量分析法等の最新式の方法でも最低50000個の細胞が必要である。このため、本発明者らは単一細胞中における少数の酵素コピーの活性を定量することができる「ナノポア」技術の開発に向かった。
【0098】
図8は起源細胞の溶解後に放出される少数の酵素分子の酵素活性を定量することができる可能な工業的方法の例を示す。したがって、この特異的検出及び定量システムは従来実現できなかった定量を単一細胞で実施することができる。保健衛生におけるこのようなシステムの使用は非常に広い利用分野を開拓し、特にパーソナライズ医療の分野を開拓する。
【0099】
この方法は例えば以下の通りであり、酵素比活性の定量を可能にするマイクロフルイディクスシステムのブロック図である
図8に示す通りであるが、このシステムでは酵素をマイクロフルイディクスガイダンスによって細孔の入口に導く。
【0100】
1では、細胞を従来通りに溶解させてその酵素内容物を放出させる。単一細胞は原核型又は真核型とすることができる。
【0101】
2では、マイクロフルイディクスシステム(10-9~10-18リットルの体積の流体を処理できるシステム)の管への緩衝液の流れにより、溶解した細胞の内容物に由来する目的酵素の分子及び他の分子を反応チャンバーまで導く。
【0102】
3では、反応チャンバー内で抗体、アプタマープローブ、特異的ペプチド等とすることができる特異的プローブにより目的酵素の分子を捕捉し、支持体に固定する。緩衝液の連続流により、拡散現象を免れることができる。他の分子は拡散により除去される。
【0103】
次に、4では、目的酵素の特異的基質を注入し、支持体に固定した目的酵素により捕捉する。これらの酵素は基質を生成物に転換し、転換された生成物は緩衝液中に拡散される。過剰の基質は下流の特異的プローブにより捕捉される。
【0104】
5では、ついに生成物分子が一連のアエロリジンナノポアを通過する。
【0105】
7及び8では、各通過が検出され、各分子を計数して酵素濃度及び活性を求めることができる。酵素濃度は電子システムにより測定される。
【0106】
酵素分子数のこの定量を生成物の定量と組合せると、9で非常に高精度のモル酵素活性を得ることができる。
【0107】
同一方法に従い、代謝経路に属するか又は細胞内シグナル伝達に役割を果たす「代謝産物」と呼ばれる分子を同定及び定量することができる。
【0108】
同様に、細胞溶解液を処理し、その組成を同定する。試験する生物学的方法に固有の酵素基質又はリガンドは該当方法に関与する分子のみを検出することができる。
【0109】
代謝産物と呼ばれるこれらの分子は一般にクレブス回路、ペントースリン酸経路等の細胞生化学経路に属する酵素により生産される。これらの代謝産物は細胞代謝経路で連鎖する酵素反応の基質及び生成物であることが非常に多い。ペントースリン酸経路では、これらの代謝産物は例えばグルコース-6リン酸、6-ホスホグルコン酸又はグリセルアルデヒド-3-リン酸である。クレブス回路では、代謝産物は例えばクエン酸、コハク酸又はαケトグルタル酸である。これらの代謝産物の濃度は細胞恒常性に応じて変動し、より具体的には病気の場合に変動する。単一細胞中にこれらの代謝産物は既存の定量技術では検出できない量で存在する。上記代謝産物以外に、本発明はホルモン、神経媒介物質、神経伝達物質、又は細胞内シグナル伝達経路若しくはメッセンジャー経路に存在する分子(例えばATP、ADP、AMPc、IP3、アラキドン酸)を定量することもできる。
【0110】
図9には、
図8に示したシステムの変形例を示す。過剰の全基質分子を溶出させ、全生成物分子を計数した後に、8における酵素分子の電子検出及び定量システムを5のナノポアに置換えることができる。4でそれらの特異的プローブに捕捉された酵素分子を基質分子及び生成物分子と共に溶出させないように洗浄/リンスサイクルを温和に数回実施する。マイクロキャピラリーをリンスしたら、4で固定した酵素分子の溶出を行う。その後、生成物分子を計数するために先に用いたナノポアにより5でこれらの酵素分子を計数する。
【0111】
5aでは、過剰の基質を緩衝液流でリンスする。ナノポア内を流れる電流を切断する。溶出条件とリンス条件は酵素分子をそれらの特異的プローブに固定させておくことができるように設定する。6aでは、溶出条件をより極端にし、通過電流を復旧させた後に酵素分子がそれらの特異的プローブから離脱し、ナノポアを通って拡散できるようにする。
【0112】
上記
図8及び9は更に代謝産物の定量と任意酵素のモル酵素活性の決定における本発明の原理も示す。
【0113】
図8及び9の方法で酵素タンパク質分子を代謝産物に置換え、酵素捕捉段階を省略して方法を簡略化すればよい。