(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-22
(45)【発行日】2022-08-30
(54)【発明の名称】触媒劣化抑制装置
(51)【国際特許分類】
H01M 8/04 20160101AFI20220823BHJP
H01M 8/04537 20160101ALI20220823BHJP
H01M 8/04313 20160101ALI20220823BHJP
H01M 8/04858 20160101ALI20220823BHJP
H01M 8/04992 20160101ALI20220823BHJP
H01M 8/04492 20160101ALI20220823BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20220823BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20220823BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20220823BHJP
【FI】
H01M8/04 Z
H01M8/04537
H01M8/04313
H01M8/04858
H01M8/04992
H01M8/04492
H01M4/86 Z
H01M4/90 Z
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2020103966
(22)【出願日】2020-06-16
【審査請求日】2021-09-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】日比野 良一
(72)【発明者】
【氏名】深谷 徳宏
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隆男
【審査官】清水 康
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-067434(JP,A)
【文献】特開2013-243047(JP,A)
【文献】特開2009-032418(JP,A)
【文献】特開2013-110019(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0064423(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/04- 8/0668
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池のカソードに含まれる触媒粒子の酸化被膜の被覆率が変化する応答速度(時定数τ)を推定する変数として、前記燃料電池の電圧V(=触媒電圧V
cat)を取得するための第1手段と、
予め作成された、前記電圧Vと前記時定数τとの関係を表すマップAであって、前記触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの前記電圧Vに対応する時定数τ
tを読み出すための第2手段と、
前記τ
tを用いて、連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための第3手段と、
前記F(z、τ)に目標電圧V
rを入力し、補正された目標電圧V
r-filを出力するための第4手段と
を備えた触媒劣化抑制装置。
【請求項2】
前記動的フィルターF(s、τ)は、次の式(4)又は式(6)で表されるものからなる請求項1に記載の触媒劣化抑制装置。
F(s、τ)=(τ・s+1)/(2τ・s+1) …(4)
但し、sは、ラプラス演算子。
F(s、τ)=G
m(s)/G(s、τ) …(6)
但し、G
m(s)は、理想応答モデルの伝達関数、G(s、τ)は、モデルの伝達関数。
【請求項3】
前記第1手段は、
(a)前記燃料電池の端子間電圧V
cell、電流I、及び、抵抗値Rを取得し、V=V
cell+IRから前記電圧Vを算出する手段A、
(b)V
cellを取得し、予め取得したV
cellと前記電圧Vとの関係式:V=f(V
cell)に前記V
cellを代入し、前記電圧Vを推定する手段B、又は、
(c)前記燃料電池のカソード側触媒層にリファレンス電極を設置しておき、前記リファレンス電極とカソード側集電体との電位差を用いて前記電圧Vを実測する手段C、
をさらに含む請求項1又は2に記載の触媒劣化抑制装置。
【請求項4】
前記第1手段は、前記変数として、電圧の減少分ΔVを取得するための手段を含み、
前記第2手段は、予め作成された、前記電圧の減少分ΔVと前記時定数τの補正ゲインkとの関係を表すマップBであって、前記触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの前記電圧の減少分ΔVに対応する補正ゲインk
tを読み出し、前記時定数τに前記補正ゲインk
tを乗じる手段を含み、
前記第3手段は、前記補正ゲインk
tで補正された前記時定数τを用いて、前記連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを前記離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための手段を含む
請求項1から3までのいずれか1項に記載の触媒劣化抑制装置。
【請求項5】
前記第1手段は、前記変数として、前記燃料電池の温度Tを取得するための手段を含み、
前記第2手段は、予め作成された、前記温度Tと前記時定数τの補正ゲインpとの関係を表すマップCであって、前記触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの前記温度Tに対応する補正ゲインp
tを読み出し、前記時定数τに前記補正ゲインp
tを乗じる手段を含み、
前記第3手段は、前記補正ゲインp
tで補正された前記時定数τを用いて、前記連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを前記離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための手段を含む
請求項1から4までのいずれか1項に記載の触媒劣化抑制装置。
【請求項6】
前記第1手段は、前記変数として、前記カソード及び前記燃料電池のアノードにそれぞれ供給されるガスの湿度RHを取得するための手段を含み、
前記第2手段は、予め作成された、前記湿度RHと前記時定数τの補正ゲインrとの関係を表すマップDであって、前記触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの前記湿度RHに対応する補正ゲインr
tを読み出し、前記時定数τに前記補正ゲインr
tを乗じる手段を含み、
前記第3手段は、前記補正ゲインr
tで補正された前記時定数τを用いて、前記連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを前記離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための手段を含む
請求項1から5までのいずれか1項に記載の触媒劣化抑制装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒劣化抑制装置に関し、さらに詳しくは、電圧が急激に変化する過渡状態におけるカソード側の触媒粒子の劣化を抑制するための触媒劣化抑制装置に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒を含む電極が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。電極は、通常、触媒を含む触媒層と、ガス拡散層の二層構造を取る。ガス拡散層は、触媒層に反応ガス及び電子を供給するためのものであり、カーボンペーパー、カーボンクロス等が用いられる。また、触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、白金等の触媒粒子を担持したカーボンと固体高分子電解質(触媒層アイオノマ)との複合体からなる。
MEAの両面には、さらに、ガス流路を備えた集電体(セパレータともいう)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA及び集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子形燃料電池において、電圧が増加するほど、カソード側の触媒粒子の溶解速度は大きくなる。一方、電圧が増加すると、カソード側の触媒粒子の表面が酸化被膜で覆われるために、触媒粒子の溶解が抑制される。しかしながら、電圧が急激に増加した場合、酸化被膜が遅れて形成されるために、急激な電圧変動が繰り返されると触媒粒子の溶出が徐々に進行する。
溶出した触媒成分は、電解質膜内で微粒子として析出したり、あるいは、触媒層内にある別の触媒粒子の表面に析出し、触媒粒子を粗大化させる。触媒層外への触媒成分の溶出、及び/又は、触媒粒子の粗大化は、燃料電池性能を低下させる原因となる。さらに、このような触媒の劣化は、固体高分子形燃料電池以外の燃料電池においても起こりうる。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、燃料電池の目標電圧が変動前の電圧よりも高く、かつ、触媒が溶解する可能性のある溶解開始電圧以上である場合において、
(a)触媒が保護皮膜で被覆される電圧以上である第一段階上昇電圧まで電圧を上昇させ、
(b)電圧が第一段階上昇電圧に到達してから所定時間が経過した後に、電圧を目標電圧まで上昇させる
燃料電池の運転方法が開示されている。
同文献には、触媒が溶解する可能性のあるときに、触媒に保護皮膜が形成されるのを待ってから目標電圧になるように燃料電池の運転を制御すると、触媒金属の劣化を抑制できる点が記載されている。
【0005】
特許文献1に記載の方法を用いると、触媒粒子の溶出及びこれに起因する燃料電池の性能低下をある程度抑制することができる。しかしながら、実際の状況においては、ドライバーからのパワー要求は様々であるため、燃料電池のパワーも様々に変化する。そのため、特許文献1に記載されているように、単に所定時間経過後に目標電圧に上昇させるという方法では、触媒の劣化を抑制することと、様々に変化するドライバーからのパワー要求に応えることとを両立させるのは難しい。
【0006】
さらに、触媒粒子の劣化速度は、燃料電池の電圧だけでなく、触媒粒子の種類、触媒粒子の劣化状態、触媒粒子の使用環境(温度、湿度)などによっても異なる。しかしながら、これらの点を考慮した触媒粒子の劣化の抑制方法が提案された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、電圧が急激に変化する過渡状態におけるカソード側の触媒粒子の劣化を抑制することが可能な触媒劣化抑制装置を提供することにある。
本発明が解決しようとする他の課題は、触媒粒子の種類、触媒粒子の劣化状態、あるいは、触媒粒子の使用環境が異なる場合であっても、カソード側の触媒粒子の劣化を抑制することが可能な触媒劣化抑制装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために本発明に係る触媒劣化抑制装置は、
燃料電池のカソードに含まれる触媒粒子の酸化被膜の被覆率が変化する応答速度(時定数τ)を推定する変数として、前記燃料電池の電圧V(=触媒電圧Vcat)を取得するための第1手段と、
予め作成された、前記電圧Vと前記時定数τとの関係を表すマップAであって、前記触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの前記電圧Vに対応する時定数τtを読み出すための第2手段と、
前記τtを用いて、連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための第3手段と、
前記F(z、τ)に目標電圧Vrを入力し、補正された目標電圧Vr-filを出力するための第4手段と
を備えている。
【発明の効果】
【0010】
燃料電池において、電圧が増加するほど、カソード側の触媒粒子の溶解速度は大きくなる。一方、電圧が増加すると、カソード側の触媒粒子の表面が酸化被膜で覆われるために、触媒粒子の溶解が抑制される。しかしながら、電圧が急激に増加した場合、酸化被膜が遅れて形成されるために、触媒粒子の溶出が進行する。この場合、触媒粒子の酸化被膜の被覆率が変化する応答速度(すなわち、触媒粒子の溶解速度)は、主として、燃料電池の電圧Vの大きさ、及び、電圧Vの変化速度の大きさに応じて変化する。
【0011】
これに対し、
(a)予め作製された電圧Vと応答速度(時定数τ)との関係を表すマップAであって、燃料電池において使用されている触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの電圧Vに対応する時定数τtを読み出し、
(b)これを用いて連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、さらに、
(c)これを用いて電圧Vを補正する(すなわち、実際の電圧の変化速度を、要求された電圧の変化速度よりも遅くする)と、
酸化被膜が遅れて形成されることに起因する触媒粒子の溶出を抑制することができる。
【0012】
さらに、時定数τは、電圧Vだけでなく、電圧の減少分ΔV(すなわち、触媒粒子の劣化の程度)、燃料電池の温度T、並びに、カソード及びアノードにそれぞれ供給されるガスの湿度RHにも依存する。そのため、これらの変数にそれぞれ対応するマップを予め作成しておき、マップの中からこれらの変数に対応する補正ゲインを読み出し、読み出された補正ゲインを用いて時定数τを補正すれば、触媒粒子の溶出をさらに抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】電圧Vがステップ状に変化した時の、触媒粒子の劣化指標m
1の経時変化の模式図である。
【
図2】電圧Vがステップ状に変化した時の、溶解速度F(V)及び被覆率θの経時変化の模式図である。
【
図3】触媒粒子の伝達特性の電圧依存性の模式図である。
【
図4】簡易モデル化された伝達特性の模式図である。
【0014】
【
図5】伝達特性(制御対象)のモデルの模式図である。
【
図6】劣化指標の増加を抑制する方法の模式図である。
【
図7】ベンチ実験による応答速度(時定数τ)の測定方法の模式図である。
【
図8】本発明に係る触媒劣化抑制装置の実装方法の模式図である。
【0015】
【
図10】触媒劣化時の伝達特性の変化の模式図である。
【
図12】温度変化及び/又は湿度変化に対応する方法の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 触媒劣化抑制装置]
本発明に係る触媒劣化抑制装置は、
燃料電池のカソードに含まれる触媒粒子の酸化被膜の被覆率が変化する応答速度(時定数τ)を推定する変数として、前記燃料電池の電圧V(=触媒電圧Vcat)を取得するための第1手段と、
予め作成された、前記電圧Vと前記時定数τとの関係を表すマップAであって、前記触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tにおける前記電圧Vに対応する時定数τtを読み出すための第2手段と、
前記τtを用いて、連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための第3手段と、
前記F(z、τ)に目標電圧Vrを入力し、補正された目標電圧Vr-filを出力するための第4手段と
を備えている。
【0017】
[1.1. 適用対象]
本発明に係る触媒劣化抑制装置は、電圧変動が生じたときに触媒の劣化が生じる可能性があるあらゆる燃料電池に対して適用することができる。本発明が適用される燃料電池としては、例えば、固体高分子形燃料電池、リン酸形燃料電池、固体酸化物形燃料電池、溶融炭酸塩形燃料電池、アルカリ形燃料電池などがある。
【0018】
触媒粒子の組成は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な組成を選択することができる。例えば、固体高分子形燃料電池の場合、触媒粒子としては、
(a)貴金属(Pt、Au、Ag、Pd、Rh、Ir、Ru、Os)、
(b)2種以上の貴金属元素を含む合金、
(c)1種又は2種以上の貴金属元素と、1種又は2種以上の卑金属元素(例えば、Fe、Co、Ni、Cr、V、Tiなど)とを含む合金、
などがある。
【0019】
[1.2. 第1手段]
第1手段は、燃料電池のカソードに含まれる触媒粒子の酸化被膜の被覆率が変化する応答速度(時定数τ)を推定する変数として、燃料電池の電圧V(=触媒電圧Vcat)を取得するための手段を含む。
第1手段は、応答速度(時定数τ)を推定する変数として、
(a)電圧の減少分ΔVを取得するための手段、
(b)燃料電池の温度Tを取得するための手段、及び/又は、
(c)カソード及びアノードにそれぞれ供給されるガスの湿度RHを取得する手段
をさらに含むものでも良い。
【0020】
[1.2.1. 電圧Vの取得]
触媒粒子の溶解速度は、主として、燃料電池の電圧Vの大きさ、及び、電圧Vの変化速度の大きさに応じて変化する。従って、触媒粒子の劣化を抑制するためには、第1手段は、τを推定する変数として、少なくとも燃料電池の電圧Vを取得するための手段を備えている必要がある。
【0021】
燃料電池は、一般に、電解質膜の両面に電極が接合された膜電極接合体(MEA)と、MEAの両面に配置された集電体とを備えた単セルを含む。
本発明において、「電圧V」という時は、特に断らない限り、触媒電圧Vcatをいう。
「触媒電圧Vcat」とは、単セル内のカソード側触媒層に設置したリファレンス電極とカソード側集電体との間の電位差をいう。「端子間電圧Vcell」とは、単セル内のカソード側集電体とアノード側集電体との間の電位差をいう。単セル内を流れる電流をI、単セルの抵抗をRとすると、V(Vcat)=Vcell+IRの関係が成り立つ。
τを推定するための電圧Vには、実測したVcatを用いるのが好ましい。これは、τがVcatに関係するパラメターだからである。Vcellを実測する場合には、後述するように、VcellからVcatを推定する必要があり、その際に推定誤差が生じるおそれがある。
【0022】
電圧V(すなわち、触媒電圧Vcat)を実測又は推定する手段としては、例えば、
(a)燃料電池の端子間電圧Vcell、電流I、及び、抵抗値Rを取得し、V=Vcell+IRから前記電圧Vを算出する手段A、
(b)Vcellを取得し、予め取得したVcellと前記電圧Vとの関係式:V=f(Vcell)にVcellを代入し、前記電圧Vを推定する手段B、
(c)燃料電池のカソード側触媒層にリファレンス電極を設置しておき、リファレンス電極とカソード側集電体との電位差を用いて前記電圧Vを実測する手段C
などがある。
【0023】
手段Aの場合、端子間電圧Vcell以外に、電流I及び抵抗値Rを取得する必要がある。一般に、燃料電池スタックの外表面には集電体が露出しているので、Vcellの取得は比較的容易である。Iは、Vcellを取得する際に取得することができる。Rは、インピーダンス測定により取得することができる。手段Aは、比較的測定が容易なVcell、I、及びRを用いて電圧Vを推定するため、簡便であり、かつ、推定精度が比較的高いという利点がある。
【0024】
手段Bの場合、端子間電圧Vcellのみを取得し、予め取得されたVcellと電圧Vとの関係式から、電圧Vを推定する。手段Bは、手段Aに比べて電圧Vの推定精度は劣るが、手段Aよりもさらに簡便に電圧Vを推定することができる。
手段Cの場合、リファレンス電極を用いて電圧Vを実測する。手段Cは、手段Aよりも正確な電圧Vを取得できるが、燃料電池の構造が複雑になるという欠点がある。
【0025】
[1.2.2. 電圧の減少分ΔVの取得]
第1手段は、τを推定する変数として、電圧の減少分ΔV(すなわち、触媒電圧Vcatの減少分ΔVcat)を取得する手段をさらに含んでいても良い。
ここで、「電圧の減少分ΔV」とは、基準電流I0時における、初期状態の電圧V0とt時間使用後の電圧Vtとの差(=Vt-V0)をいう。基準電流I0は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。
燃料電池に対するパワー要求は様々であるため、通常運転時に、瞬間的に電流Iが基準電流I0となることがある。この時の電圧Vを逐次記憶させておくと、ΔVの経時変化を取得することができる。
【0026】
ΔVは、触媒粒子の劣化の程度を表す指標である。燃料電池の運転中に急激な電圧変動が繰り返されると、粒径の小さな触媒粒子が優先的に溶出し、粒径の大きな触媒粒子表面に析出する現象(すなわち、触媒粒子が粗大化する現象)が起こる。このような現象が起こると、基準電流I0時における電圧Vが低下する。その結果、電圧Vが同一であっても、τが変化する。そのため、電圧Vのみを用いてτを推定すると、τの推定精度が低下する場合がある。これに対し、電圧Vに加えて電圧の減少分ΔVをさらに取得し、ΔVに応じてτを補正すると、触媒粒子の劣化をさらに抑制することができる。
【0027】
[1.2.3. 温度Tの取得]
第1手段は、τを推定する変数として、燃料電池の温度Tを取得する手段をさらに含んでいても良い。
燃料電池の温度は、燃料電池の使用環境やパワー要求に応じて変化する。一方、触媒粒子の溶出反応、あるいは、酸化被膜の形成反応はいずれも化学反応であるため、その反応速度は温度Tに依存する。そのため、電圧Vのみを用いてτを推定すると、τの推定精度が低下する場合がある。これに対し、電圧Vに加えて温度Tをさらに取得し、Tに応じてτを補正すると、触媒粒子の劣化をさらに抑制することができる。
【0028】
[1.2.4. 湿度RHの取得]
第1手段は、τを推定する変数として、カソード及びアノードにそれぞれ供給されるガスの湿度RHを取得する手段をさらに含んでいても良い。
【0029】
例えば、固体高分子形燃料電池のカソード触媒には、Pt微粒子が用いられているが、Pt微粒子は使用中に粗大化することがある。この反応が進行するには水を必要とするため、その反応速度は湿度RHに依存する。そのため、電圧Vのみを用いてτを推定すると、τの推定精度が低下する場合がある。これに対し、電圧Vに加えて湿度RHをさらに取得し、RHに応じてτを補正すると、触媒粒子の劣化をさらに抑制することができる。
【0030】
[1.3. 第2手段]
第2手段は、予め作成された、電圧Vと時定数τとの関係を表すマップAであって、触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの電圧V(以下、これを「電圧Vt」ともいう)に対応する時定数τ(以下、これを「時定数τt」ともいう)を読み出すための手段を含む。
【0031】
第2手段は、
(a)予め作成された、電圧の減少分ΔVと時定数τの補正ゲインkとの関係を表すマップBであって、触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの電圧の減少分ΔV(以下、これを「電圧の減少分ΔVt」ともいう)に対応する補正ゲインk(以下、これを「補正ゲインkt」ともいう)を読み出し、時定数τに補正ゲインktを乗じる手段、
(b)予め作成された、温度Tと時定数τの補正ゲインpとの関係を表すマップCであって、触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの温度T(以下、これを「温度Tt」ともいう)に対応する補正ゲインp(以下、これを「補正ゲインpt」ともいう)を読み出し、時定数τに補正ゲインptを乗じる手段、及び/又は、
(c)予め作成された、湿度RHと時定数τの補正ゲインrとの関係を表すマップDであって、触媒粒子に対応するものの中から、現在の時刻tでの湿度RH(以下、これを「湿度RHt」ともいう)に対応する補正ゲインr(以下、これを「補正ゲインrt」ともいう)を読み出し、時定数τに補正ゲインrtを乗じる手段
をさらに含むものでも良い。
【0032】
[1.3.1. 時定数τtの読み出し]
触媒粒子の劣化の程度や使用条件が同一である場合、ある電圧Vにおける時定数τは、触媒粒子の組成に依存する。そのため、触媒粒子の組成毎に、予めVとτとの関係を表すマップAを作成し、これをメモリに記憶させておく。
メモリには、1種類の触媒粒子に対応するマップAのみが記憶されていても良く、あるいは、2種以上の触媒粒子に対応する複数のマップAが記憶されていても良い。メモリ中に複数のマップAが記憶されている場合、複数のマップAの中から、燃料電池に使用されている触媒粒子に対応する特定のマップAを選択する。
【0033】
次に、第1手段を用いてVtを取得した時には、マップAの中からVtに対応するτtを読み出す。マップAの中にVtに対応するτtがない時は、Vtの近傍にある複数の電圧Vに対応する複数のτtを用いて線形補間すれば良い。読み出されたτtは、後述する第3手段において、動的フィルターF(s、τ)の生成に用いられる。
【0034】
[1.3.2. 電圧の減少分ΔVによるτの補正]
触媒粒子の劣化反応の反応速度は、電圧の減少分ΔV(触媒粒子の劣化の程度)にも依存し、これに応じて時定数τも変化する。この時のτの変化の程度を補正ゲインkとすると、kもまた触媒粒子の組成に依存する。そのため、触媒粒子の組成毎に、予めΔVとkとの関係を表すマップBを作成し、これをメモリに記憶させておくのが好ましい。
メモリには、1種類の触媒粒子に対応するマップBのみが記憶されていても良く、あるいは、2種以上の触媒粒子に対応する複数のマップBが記憶されていても良い。メモリ中に複数のマップBが記憶されている場合、複数のマップBの中から、燃料電池に使用されている触媒粒子に対応する特定のマップBを選択する。
【0035】
次に、第1手段を用いてΔVtを取得した時には、マップBの中からktを読み出す。マップBの中にΔVtに対応するktがない時は、ΔVtの近傍にある複数のΔVに対応する複数のktを用いて線形補間すれば良い。ktを読み出した場合、τ(後述するpt及び/又はrtで補正されたτを含む)にktを乗じる。ktで補正されたτ(=kt×τ)は、後述する第3手段において、動的フィルターF(s、τ)の生成に用いられる。
【0036】
[1.3.3. 温度Tによるτの補正]
触媒粒子の劣化反応の反応速度は、温度Tにも依存し、これに応じて時定数τも変化する。この時のτの変化の程度を補正ゲインpとすると、pもまた触媒粒子の組成に依存する。そのため、触媒粒子の組成毎に、予めTとpとの関係を表すマップCを作成し、これをメモリに記憶させておくのが好ましい。
メモリには、1種類の触媒粒子に対応するマップCのみが記憶されていても良く、あるいは、2種以上の触媒粒子に対応する複数のマップCが記憶されていても良い。メモリ中に複数のマップCが記憶されている場合、複数のマップCの中から、燃料電池に使用されている触媒粒子に対応する特定のマップCを選択する。
【0037】
次に、第1手段を用いてTtを取得した時には、マップCの中からTtに対応するptを読み出す。マップのC中にTtに対応するptがない時は、Ttの近傍にある複数の温度Tに対応する複数のptを用いて線形補間すれば良い。ptを読み出した場合、τ(kt及び/又は後述するrtで補正されたτを含む)にptを乗じる。ptで補正されたτ(=pt×τ)は、後述する第3手段において、動的フィルターF(s、τ)の生成に用いられる。
【0038】
[1.3.4. RHによるτの補正]
触媒粒子の劣化反応の反応速度は、湿度RHにも依存し、これに応じて時定数τも変化する。この時のτの変化の程度を補正ゲインrとすると、rもまた触媒粒子の組成に依存する。そのため、触媒粒子の組成毎に、予めRHとrとの関係を表すマップDを作成し、これをメモリに記憶させておくのが好ましい。
メモリには、1種類の触媒粒子に対応するマップDのみが記憶されていても良く、あるいは、2種以上の触媒粒子に対応する複数のマップDが記憶されていても良い。メモリ中に複数のマップDが記憶されている場合、複数のマップDの中から、燃料電池に使用されている触媒粒子に対応する特定のマップDを選択する。
【0039】
次に、第1手段を用いてRHtを取得した時には、マップDの中からRHtに対応するrtを読み出す。マップDの中にRHtに対応するrtがない時は、RHtの近傍にある複数の湿度RHに対応する複数のrtを用いて線形補間すれば良い。rtを読み出した場合、τ(kt及び/又はptで補正されたτを含む)にrtを乗じる。rtで補正されたτ(=rt×τ)は、後述する第3手段において、動的フィルターF(s、τ)の生成に用いられる。
【0040】
[1.4. 第3手段]
第3手段は、τtを用いて、連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための手段を含む。
第3手段は、
(a)補正ゲインktで補正された時定数τを用いて、連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための手段、
(b)補正ゲインptで補正された時定数τを用いて、連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための手段、及び/又は、
(c)補正ゲインrtで補正された時定数τを用いて、連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を生成させ、これを離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換するための手段
をさらに含むものでも良い。
【0041】
電圧Vが急激に変化した場合、触媒粒子の溶解速度が過渡的に大きくなる(オーバーシュートする)。動的フィルターF(s、τ)は、τ(kt、pt、及びrtのいずれか1以上の補正ゲインで補正されたτを含む)を用いて、このような過渡的な溶解速度の増大を相殺することが可能なものである必要がある。動的フィルターF(s、τ)は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されない。
【0042】
このような動的フィルターF(s、τ)としては、例えば、次の式(4)又は式(6)で表されるものがある。式(4)及び式(6)の詳細については、後述する。
F(s、τ)=(τ・s+1)/(2τ・s+1) …(4)
但し、sは、ラプラス演算子。
F(s、τ)=Gm(s)/G(s、τ) …(6)
但し、Gm(s)は、理想応答モデルの伝達関数、G(s、τ)は、モデルの伝達関数。
【0043】
さらに、連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を離散時間型の動的フィルターF(z、τ)に変換する。F(s、τ)をF(z、τ)に変換する方法は、特に限定されるものではなく、周知の方法を用いることができる。F(s、τ)をF(z、τ)に変換する方法の一例については、後述する。
【0044】
[1.5. 第4手段]
第4手段は、F(z、τ)に目標電圧Vrを入力し、補正された目標電圧Vr-filを出力するための手段を含む。補正された目標電圧Vr-filは、アクチュエータ系コントローラーに送られ、コントローラによって制御対象が制御される。
【0045】
[2. 具体例]
以下に、本発明に係る触媒劣化装置の具体例について説明する。
【0046】
[2.1. 対象とする触媒劣化]
図1に、電圧Vがステップ状に変化した時の、触媒粒子の劣化指標m
1の経時変化の模式図を示す。触媒粒子は、
図1に示すような劣化特性を持つ。
図1の上段は、燃料電池の電圧V(すなわち、触媒電圧V
cat)がステップ状に増加した例を示す。
図1の下段は、上段の電圧Vが入力された結果、触媒粒子の劣化度を表す劣化指標m
1が時間の経過とともに変化する様子を表す。
「劣化指標m
1」とは、ここでは燃料電池に用いられる触媒粒子(例えば、白金粒子)の性能が時間の経過とともに悪化する度合いのことをいう。本発明において、劣化指標は、触媒粒子の溶解速度である。溶解速度は、次の式(1)のように表される。
【0047】
m1=F(V)×(1-θ(V,t)) …(1)
ここで、
m1は劣化指標(溶解速度)、
F(V)は電圧Vに依存した触媒の溶解速度、
θは、被覆率(触媒粒子の表面積に対する、触媒粒子の表面を被覆する酸化被膜の面積の割合、θ=0~1)、
tは時間。
【0048】
図2に、電圧Vがステップ状に変化した時の、溶解速度F(V)及び被覆率θの経時変化の模式図を示す。
図2は、式(1)の右辺のF(V)とθを
図1に対応させて描いた図である。
図2の上段に示すように、電圧Vが増加するほど、触媒の溶解速度F(V)は大きくなる。一方、
図2の下段に示すように、電圧Vが大きくなると、触媒粒子表面において酸化被膜が遅れて形成される。酸化被膜が形成されると、式(1)に示されるように、触媒粒子の溶解、すなわち、劣化が抑制されることになる。
図2及び式(1)より、
図1の下段の波形が得られることがわかる。
【0049】
電圧Vは、効率の観点から、運転条件に応じて高応答に目標値V
rに設定することが求められる。一方で、電圧Vを高応答にする(ステップ状に変化させる)と、
図1の下段に示すように、劣化指標(溶解速度)は一時的に大きくなり、劣化が進むという問題がある。そこで、本発明では、
図1の下段のハッチングで示す過渡的な劣化指標の増大分を、動的フィルターを用いて抑制する。
【0050】
[2.2. 伝達特性の簡易モデル化]
図3に、触媒粒子の伝達特性の電圧依存性の模式図を示す。式(1)の右辺のF(V)とθ(V,t)は、非線形の関数である(例えば、参考文献1参照)。触媒粒子の伝達特性V→m
1(V→F、V→θ)は、
図3に示すように、電圧Vの値(
図1の時刻t
1以降の値)と触媒の材料物性に依存して決まるという知見が得られた。このことは、電圧Vと触媒粒子の材料物性が決まると、
図3の下段に示すように、時系列波形の形(応答パターン)が決まることを意味する。
[参考文献1]Robert M. Darling, and Jeremy P. Meyers, "Kinetic Model of Platinum Dissolution in PEFCs," Journal of The Electrochemical Society, 150(11), A1523-A1525(2003)
【0051】
本発明では、上記の知見を利用して、以下のステップで伝達特性のモデル化を行った。
ステップ1: 触媒の材料物性を決定する。
ステップ2: 電圧V(
図1のt
1以降に相当する電圧)を、使用する範囲内で適当な間隔で決定する。例えば、最低電圧が0.60V、最高電圧が0.90Vならば、電圧V=0.60、0.65、0.70、0.75、0.80、0.85、0.90(V)とする。
ステップ3: ステップ2で決定した各電圧ごとに、伝達特性(V→F、V→θ)の時系列波形を求めて、これをモデル化する。時系列波形は、例えば参考文献1に示されるモデルをシミュレーションして求めることができる。
【0052】
以下に、上記ステップ3の伝達特性のモデル化方法を説明する。
図4に、簡易モデル化された伝達特性の模式図を示す。本発明では、
図1の下段に示す劣化指標m
1の時系列波形を、簡易的な伝達関数でフィッティングする。このため、
図4に示すように、伝達特性を、「過渡特性」と「定常特性」に分けて考える。
【0053】
すなわち、電圧Vが変化した時に過渡的に(一時的に)劣化指標が大きくなる(オーバーシュートする)。この「過渡特性」をハイパスフィルターで近似する。また、
図1の下段に示す劣化指標m
1の時系列波形には、電圧Vに応じて劣化指標がステップ状に変化する「定常特性」も含まれている。これを電圧Vに比例する形で表現する。
結局、劣化指標m
1は、電圧Vを入力すると、「過渡特性」+「定常特性」としてモデル化される。このように、簡易的なモデル表現を用いると、後述するように動的フィルターを容易に求めることができる。
【0054】
図5に、伝達特性(制御対象)のモデルの模式図を示す。
図4の伝達特性(=過渡特性+定常特性)のモデル式は、次の式(2)で表される。式(2)の右辺第1項が過渡特性(ハイパスフィルター)に対応し、第2項が定常特性に対応する。
【0055】
【0056】
但し、
Jは実応答の出力(=劣化指標m1)、
G(s、τ)はモデルの伝達関数、
sはラプラス演算子、
Vは電圧(又は、触媒電圧)、
Kmは電圧に対する劣化指標の定常ゲイン(定常特性)、
τは触媒粒子が酸化被膜で被覆される時の応答速度(時定数)。
【0057】
[2.3. 連続時間型の動的フルターの導出]
[2.3.1. 具体例1]
図6に、劣化指標の増加を抑制する方法の模式図を示す。式(2)の伝達特性(制御対象)のモデルに対して、劣化指標の増加を抑制する方法を
図6で説明する。
図6の上段では、電圧Vの出力側に動的フィルターF(s、τ)を挿入し、その出力電圧値を伝達特性モデル(式(2))に入力して実応答の出力J(=劣化指標m
1)の値を算出する。この動的フィルターの役割は、Jの値の改善、すなわち、Jの時系列波形が望ましいもの(理想波形)になるように、入力の電圧Vの時系列波形を改善して劣化を抑制することである。
【0058】
一例として、この理想波形を
図6の下段に示すように、電圧Vに対して比例的に応答するものとし、この理想の応答波形をJ
mとする。この例では、過渡特性(オーバーシュート)をなくすことを意味するが、過渡特性がなくなれば、劣化指標は小さい値に抑制できることになる。
【0059】
過渡特性をなくすためには
図6の上段の実応答の出力Jと下段の理想応答の出力J
mが等しくなれば良いことから、次の式(3)が導かれる。式(2)と式(3)より、動的フィルターF(s、τ)は、式(4)で表される。
G(s、τ)・F(s、τ)=K
m …(3)
F(s、τ)=(τ・s+1)/(2τ・s+1) …(4)
実際には、τは、電圧Vに応じて変化する。現在の時刻tに対応するτを「τ
t」とすると、現在の時刻tにおける動的フィルターF(s、τ)は、次の式(4’)で表される。
F(s、τ)=(τ
t・s+1)/(2τ
t・s+1) …(4’)
【0060】
式(4)で表される動的フィルターの係数は、被覆の応答速度(時定数τ)のみに依存する。時定数τは、参考文献1のシミュレーションから求めるだけでなく、ベンチ実験から求めることもできる。
図7に、ベンチ実験による応答速度(時定数τ)の測定方法の模式図を示す。まず、
図7の上段に示すように、非発電状態で電圧Vをステップ入力する。次に、
図7の下段に示すように、電圧Vをステップ入力した時の電流値の時系列波形を測定し、この波形から被覆の応答速度(時定数τ)を求める。
【0061】
[2.3.2. 具体例2]
図6では、理想応答モデルを「K
m(比例ゲイン)」として設定している。しかし、理想応答モデルは、「K
m」でなくても、スパイクが抑制されるような伝達特性を持つものであれば、劣化抑制に寄与すると考えられる。
具体的には、理想応答モデルの伝達関数を「G
m(s)」とし、式(3)において「K
m」に代えて「G
m(s)」を用いた場合、次の式(5)が得られる。さらに、式(5)より、次の式(6)が導かれる。
G(s、τ)・F(s、τ)=G
m(s) …(5)
F(s、τ)=G
m(s)/G(s、τ) …(6)
【0062】
Gm(s)としては、例えば、次の式(7.1)又は式(7.2)で表されるものがある。
Gm(s)=Km/(τm・s+1) …(7.1)
但し、τmは、フィルターの時定数(τmは、モデルの時定数τとは異なる)。
Gm(s)=Km・ωm
2/(s2+2ζmωms+ωm
2) …(7.2)
但し、ζm、ωmは、フィルターの定数。
【0063】
式(7.1)は一次遅れフィルターであり、式(7.2)は二次遅れフィルターである。G
m(s)としてK
mを用いた場合、
図6に示すように、理想応答J
mは、実応答Jに等しくなる。一方、G
m(s)として、一次遅れフィルター又は二次遅れフィルターを用いると、理想応答J
mは実応答Jよりも応答が遅れる。しかしながら、一次遅れフィルター又は二次遅れフィルターを用いると、触媒劣化とそれ以外の要求(例えば、燃料消費率、電池劣化)に対する重み付けをすることができる。
【0064】
一般的には、触媒劣化を抑制すると、その背反としてそれ以外の要求が悪化する。このため、設計時には、どの性能を重視するかを設定することが必要となる。G
m(s)は、このような設定を可能にする。式(7.1)又は式(7.2)のフィルターを用いて、J
mの応答波形を
図6のそれより穏やかにすると、触媒劣化をより重視することになる。この場合、触媒劣化が抑制される一方、燃料消費率又は電池の劣化度合いが増加する。
【0065】
[2.4. コントローラへの実装方法]
連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を車載コントローラーへ実装するには、タスティン変換やゼロ時ホールド等を用いて離散時間化し、デジタルフィルター(離散時間型の動的フィルターF(z、τ))の形に変換する。ここで、zは遅延演算子である。
図8に、本発明に係る触媒劣化抑制装置の実装方法の模式図を示す。
図8に示すように、目標電圧V
rの出力側に、離散時間型の動的フィルターF(z、τ)を挿入する。なお、目標電圧V
rは、上流にあるコントローラ(図示せず)によって生成される。F(z、τ)にV
rが入力されると、補正された目標電圧V
r-filが出力される。補正された目標電圧V
r-filは、アクチュエータ系コントローラーに送られ、コントローラによって制御対象が制御される。
【0066】
以下では、連続時間型の動的フィルターF(s、τ)を離散時間型の動的フィルターF(z、τ)へ変換する方法について説明する。変換方法には、幾つかの方法が存在する。ここでは変換方法の一つである、式(8)のタスティン変換について説明する。
タスティン変換:s=(2/dt)・(z-1)/(z+1) …(8)
但し、sはラプラス演算子、zはシフト演算子、dtは離散化のサンプリング時間。
【0067】
式(8)を式(4)に代入して整理すると、式(9)となる。
F(z、τ)=(n1+n0・z-1)/(1+d0・z-1) …(9)
但し、
n1=(2τ+dt)/(4τ+dt)、
n0=(-2τ+dt)/(4τ+dt)、
d0=(-4τ+dt)/(4τ+dt)。
【0068】
結局、
図8の目標電圧V
rとその補正値V
r-filとの関係は、式(10)となる。式(10)は、車載コンピュータ上では、式(11)のように計算できる。
V
r-fil=F(z、τ)V
r=(n
0+n
0・z
-1)×V
r/(1+d
0・z
-1) …(10)
V
r-fil[i]=-d
0・V
r-fil[i-1]+n
0・V
r[i]+n
1・V
r[i-1] …(11)
ここで、iは離散時間を表し、i=1、2、3…である。式(11)の係数d
0、n
1、n
0は、式(9)に示すように時定数τを含むので、後述するマップ(
図9、
図11、
図12)の出力値τに応じて、係数の値を変更することができる。
【0069】
[2.5. 複数の電圧と、触媒材料変更への対応]
式(4)の動的フィルターF(s、τ)は、ステップ2で決めた、ある代表の電圧Vにのみ対応する。そのため、予めステップ2の電圧Vのすべてに対して、式(4)の時定数τを計算して、マップ化しておく。表1に、電圧Vと時定数τのマップ(マップA)の一例を示す。このマップAを使って、目標電圧Vrに応じて、動的フィルターの応答速度(時定数τ)を変更する。
【0070】
【0071】
図9に、複数の電圧に対応する方法の模式図を示す。例えば、ある時刻tにおいてV
rが0.70Vである場合、マップAからτ
3を読み出す。次いで、読み出されたτ
3を用いて動的フィルターF(z、τ)を生成させる。得られたF(z、τ)にV
rが入力されると、V
rに対応する補正された目標電圧V
r-filが出力される。
あるいは、V
rが0.80~0.85Vの間にある場合、マップAからτ
5とτ
6を読み出し、これらを用いてτを線形補間する。次いで、線形補間されたτを用いて動的フィルターF(z、τ)を生成させる。得られたF(z、τ)にV
rが入力されると、V
rに対応する補正された目標電圧V
r-filが出力される。これにより、広い電圧Vに対応することができる。
【0072】
さらに、触媒粒子の材料が変わると、時定数τも変わる。そのため、予め触媒粒子の材料毎に表1に示すようなマップAを作成しておく。触媒粒子の材料を変更した時には、その材料に対応するマップAを用いて、時定数τを変更する。これにより、様々な触媒粒子の材料に対応することができる。
【0073】
[2.6. 触媒劣化への対応]
触媒粒子を電位変動が生じる環境下で使用した場合、時間の経過とともに粒径が小さな粒子の数が減少し、逆に粒径が大きな粒子の数が増加する劣化現象が生じることが知られている。このような劣化が生じると、電圧Vが同一であっても、被覆の応答速度(時定数τ)が変化する。
図10に、触媒劣化時の伝達特性の変化の模式図を示す。
図10に示すように、触媒が新品であるとき(
図10(A))と、触媒が劣化したとき(
図10(B))では、時定数τが異なる。そのため、触媒の劣化を考慮することなく、電圧Vのみで時定数τを推定すると、τの推定精度が低下する。
【0074】
このため、触媒粒子の劣化の程度(すなわち、電圧の減少分ΔV)と、劣化後の応答速度(時定数τ’)との関係を予め求めておく。求めたτ’は、劣化前の時定数τが劣化により定数倍ずれた結果と考えると、τ’=k・τの関係となる。この時の補正ゲインkを計算し、kのマップBを作成しておく。表2に、補正ゲインkのマップBの一例を示す。このマップBに基づいて、動的フィルターの応答速度(時定数τ)を補正する。
【0075】
【0076】
図11に、触媒劣化に対応する方法の模式図を示す。例えば、ある時刻tにおいてΔVが-0.02Vである場合、マップBからk
1を読み出す。次いで、読み出されたk
1を用いてτを補正し、補正されたτを用いて動的フィルターF(z、τ)を生成させる。得られたF(z、τ)にV
rが入力されると、ΔVに対応する補正された目標電圧V
r-filが出力される。
あるいは、ΔVが-0.06~-0.08Vの間にある場合、マップBからk
3とk
4を読み出し、これらを用いてkを線形補間する。次いで、線形補間されたkを用いてτを補正し、補正されたτを用いて動的フィルターF(z、τ)を生成させる。得られたF(z、τ)にV
rが入力されると、ΔVに対応する補正された目標電圧V
r-filが出力される。これにより、触媒劣化に対応することができる。
【0077】
触媒劣化の程度は、例えば、I-V特性の変化として把握することができる。劣化が進むと、同じ電流Iにおいて出力できる電圧Vは減少する。この減少分ΔVと応答速度(時定数τ)の関係をシミュレーション又はベンチ実験で予め把握しておく。表2のマップBを車載コントローラーへ実装する時には、電圧の減少分ΔVは、車載センサーから得られた電圧Vと、電流Iに基づいて計算することができる(
図11参照)。
【0078】
[2.7. 温度、湿度変化への対応]
燃料電池の温度Tが変わると、応答速度(時定数τ)が変化する。そのため、代表的な温度Tと、温度が変化した後の応答速度(時定数τ')との関係を予め求めておく。求めたτ'は、温度変化前の時定数τが定数倍ずれた結果と考えると、τ'=p・τの関係となる。その補正ゲインpを計算し、pのマップCを作成しておく。表3に、補正ゲインpのマップCの一例を示す。表3では、代表温度として、-50、-25、0、30、60、及び、120℃が設定されている。
【0079】
【0080】
湿度についても同様である。すなわち、燃料電池の湿度RHが変わると、応答速度(時定数τ)が変化する。そのため、代表的な湿度RHと、湿度が変化した後の応答速度(時定数τ')との関係を予め求めておく。求めたτ'は、湿度変化前の時定数τが定数倍ずれた結果と考えると、τ'=r・τの関係となる。その補正ゲインrを計算し、rのマップDを作成しておく。表4に、補正ゲインrのマップDの一例を示す。表4では、代表湿度として、0、25、50、75、100%RHが設定されている。
【0081】
【0082】
図12に、温度変化及び/又は湿度変化に対応する方法の模式図を示す。温度Tを計測し、マップCから温度Tに対応する補正ゲインpを読み出す。これに代えて又はこれに加えて、湿度RHを計測し、マップDから湿度RHに対応する補正ゲインrを読み出す。次いで、読み出されたp及び/又はrを用いてτを補正し、補正されたτを用いて動的フィルターF(z、τ)を生成させる。得られたF(z、τ)にV
rが入力されると、ΔVに対応する補正された目標電圧V
r-filが出力される。これにより、広い温度・湿度条件へ対応できる。
【0083】
[3. 作用]
図13に、過渡時における電圧変化の模式図を示す。
図13に示すように、本発明では簡易的に構成された動的フィルターにより、触媒電圧の立ち上がりの変化速度が、従来技術より遅くなる。これにより、
図1に示した劣化指標が一時的に大きくなること(ハッチングの領域)が避けられるので、触媒の劣化を抑制することが可能となる。
一方で、電圧値の遅れは燃費性能の悪化を招くが、本発明では、電圧の遅れが最小限となるように(すなわち、
図1のハッチングの部分だけが抑制されるように)フィルターを構成するので、燃費の悪化が最小限に抑制される。結局、本発明では触媒の劣化を抑制しつつ、燃費の悪化を最小限に抑制される電圧値を生成可能である。
また、ここまでの例では目標電圧がステップ状に変化する例を示してきたが、任意に変化する目標電圧に対して適用することも可能である。
【0084】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明に係る触媒劣化抑制装置は、各種の燃料電池を備えた燃料電池システムの出力制御に使用することができる。