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特許7127798停船距離を短縮する操船方法及び停船距離を短縮する操船装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-22
(45)【発行日】2022-08-30
(54)【発明の名称】停船距離を短縮する操船方法及び停船距離を短縮する操船装置
(51)【国際特許分類】
   B63H 25/06 20060101AFI20220823BHJP
【FI】
B63H25/06
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2018068709
(22)【出願日】2018-03-30
(65)【公開番号】P2019177796
(43)【公開日】2019-10-17
【審査請求日】2021-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】501204525
【氏名又は名称】国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【弁理士】
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194146
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 明
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 大勇
(74)【代理人】
【識別番号】100141324
【弁理士】
【氏名又は名称】小河 卓
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 英樹
【審査官】中川 隆司
(56)【参考文献】
【文献】特開昭54-038097(JP,A)
【文献】実公昭45-013560(JP,Y1)
【文献】実開平02-071096(JP,U)
【文献】特開平07-108995(JP,A)
【文献】特公昭47-042788(JP,B1)
【文献】特開昭50-021495(JP,A)
【文献】特開平02-262496(JP,A)
【文献】特開昭51-097196(JP,A)
【文献】特開平08-080897(JP,A)
【文献】特開昭56-008796(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63H 25/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロペラを正方向に駆動させることによって前方に進行し、操舵角が設定されることにより進行方向を制御する方向舵が設けられた船舶における、停船時の制御を行い停船距離を短縮する操船方法であって、
前記停船時の制御を開始する操船開始タイミングにおいて、
前記プロペラを前記正方向と逆の負方向に駆動する逆転運転を開始すると共に、
通常運行における直進時の状態に前記操舵角が設定された状態で前記船舶が前方に進行しかつ前記プロペラが前記負方向に駆動された際に前記船舶が回頭する側である第1の側に対してのみ、更に前記船舶が回頭するように停船のための前記操舵角を操作する操舵角付与操作を開始し、前記操舵角付与操作を、停船指示を受けてから前記プロペラを駆動する原動機関の前記逆転運転の立ち上がるまでの一定時間の間のみ行うことを特徴とする、停船距離を短縮する操船方法。
【請求項2】
前記停船時の制御において、
前方に進行する前記船舶を減速させるための抵抗を付与する抵抗付与操作を行うことを特徴とする、請求項1に記載の停船距離を短縮する操船方法。
【請求項3】
前記抵抗付与操作において、前記船舶の前後方向に沿った中心軸に対して前記第1の側と反対の第2の側において、前記抵抗を付与することを特徴とする、請求項2に記載の停船距離を短縮する操船方法。
【請求項4】
前記抵抗付与操作において、前記中心軸に対する前記第2の側において、前記船舶に対して後方に向かう力を付与する逆推進操作を行うことを特徴とする、請求項3に記載の停船距離を短縮する操船方法。
【請求項5】
前記一定時間の経過後も前記逆転運転を継続することを特徴とする、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の停船距離を短縮する操船方法。
【請求項6】
前記一定時間の経過後の前記操舵角付与操作の終了後に、前記方向舵に対して前記操舵角付与操作の際と逆向きの、前記操舵角付与操作における前記操舵角よりも舵角の小さい当て舵を付与することを特徴とする、請求項5に記載の停船距離を短縮する操船方法。
【請求項7】
前記原動機の前記逆転運転の立ち上がるまでの前記一定時間は、前記逆転運転において、前記プロペラの回転速度が立ち上がり時間の経過後に一定となるまでの時間であることを特徴とする、請求項5又は6に記載の停船距離を短縮する操船方法。
【請求項8】
プロペラを正方向に駆動させることによって前方に進行し、操舵角が設定されることにより進行方向を制御する方向舵が設けられた船舶における、停船時の制御を行い停船距離を短縮する操船装置であって、
前記プロペラを前記正方向に駆動する状態と、前記正方向と逆の負方向に駆動する状態に切り替えて制御する回転制御手段と、
前記操舵角を制御する操舵角制御手段と、
前記停船時の制御を開始する停船開始タイミングにおいて、
前記プロペラを前記正方向に駆動する状態から前記プロペラを前記負方向に駆動する状態に切り替える逆転運転を前記回転制御手段に行わせると共に、通常運行における直進時の状態に前記操舵角が設定された状態で前記船舶が前方に進行しかつ前記プロペラが前記負方向に駆動された際に前記船舶が回頭する側である第1の側に対してのみ、更に前記船舶が回頭するように停船のための前記操舵角を操作する操舵角付与操作を前記操舵角制御手段により開始させ、
停船指示を受けてから前記プロペラを駆動する原動機関の前記逆転運転の立ち上がるまでの一定時間の間のみ行わせる停船制御手段と、
を具備することを特徴とする、停船距離を短縮する操船装置。
【請求項9】
前方に進行する前記船舶を減速させるための抵抗を付与し、前記船舶の前後方向に沿った中心軸に対して前記第1の側、前記第1の側と反対の第2の側の少なくとも一方に設けられた抵抗付与手段を具備することを特徴とする、請求項に記載の停船距離を短縮する操船装置。
【請求項10】
前記抵抗付与手段において、パラシュートが用いられたことを特徴とする請求項に記載の停船距離を短縮する操船装置。
【請求項11】
前記抵抗付与手段において、前記船舶に対して後方に向かう力を付与する逆推進手段が用いられたことを特徴とする、請求項又は10に記載の停船距離を短縮する操船装置。
【請求項12】
前記停船制御手段は、
前記逆転運転及び前記操舵角付与操作を行わせると共に、前記抵抗付与手段を動作させることを特徴とする、請求項から請求項11までのいずれか1項に記載の停船距離を短縮する操船装置。
【請求項13】
前記停船制御手段は前記一定時間の経過後も前記逆転運転を継続することを特徴とする、請求項から請求項12までのいずれか1項に記載の停船距離を短縮する操船装置。
【請求項14】
前記原動機の前記逆転運転の立ち上がるまでの前記一定時間は、前記逆転運転において、前記プロペラの回転速度が立ち上がり時間の経過後に一定となるまでの時間であることを特徴とする、請求項13に記載の停船距離を短縮する操船装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航行中の船舶を停船させる操作を行う操船方法、操船装置に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶、特に排水量型の船舶は、高効率化のために、通常は、航行に際しての水から受ける抵抗(船体抵抗)が小さくなるような形状とされている。このため、推進力を発生するプロペラ(スクリュー)等の駆動を停止させる、あるいは進行時からスクリューを逆回転させても、短距離あるいは短時間で船舶を停止させることは困難である。
【0003】
このため、緊急停船時において、上記のようにプロペラを逆回転させると共に適用することによって、停船のための制御を開始してから船舶が完全に停止するまでの距離(停船距離)を短縮化する各種の技術が提案されている。特許文献1には、船舶を減速させるために、船尾でパラシュートを開く技術や、前方に向かって海水を噴射する装置を船首側において隔壁内に設け、緊急停船時にはこの隔壁を開く技術が記載されている。特許文献2には、緊急停船時には船側部から流れに抗する板状の制動部材を突出させる技術が記載されている。特許文献3には、この制動部材に加え、プロペラの両側の方向舵を左右両側で進行方向と垂直で互いに逆向きになるようにして、この方向舵も制動部材と同様に機能させる技術が記載されている。特許文献4には、減速時の船体抵抗を増大させるために、減速時において左右の最大操舵角での舵操作を短時間で切り替えて複数サイクル行う技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】公開実用昭和50-80992号公報
【文献】特開昭54-49797号公報
【文献】特開昭52-133697号公報
【文献】特開昭54-38097号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のどの技術によっても、停船距離を十分に短くすることが困難であった。また、例えば特許文献2における海水を噴射する機構や、特許文献2、3における制動部材を十分に大きくすれば、この停船距離を短縮化することが可能であるが、実際にはこうした大型の制動部材を船舶に装着することは困難であった。
【0006】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、大型の部品を追加することなく、緊急停船時における停船距離を短くすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の請求項1に係る操船方法は、プロペラを正方向に駆動させることによって前方に進行し、操舵角が設定されることにより進行方向を制御する方向舵が設けられた船舶における、停船時の制御を行い停船距離を短縮する操船方法であって、前記停船時の制御を開始する操船開始タイミングにおいて、前記プロペラを前記正方向と逆の負方向に駆動する逆転運転を開始すると共に、通常運行における直進時の状態に前記操舵角が設定された状態で前記船舶が前方に進行しかつ前記プロペラが前記負方向に駆動された際に前記船舶が回頭する側である第1の側に対してのみ、更に前記船舶が回頭するように停船のための前記操舵角を操作する操舵角付与操作を開始し、前記操舵角付与操作を、停船指示を受けてから前記プロペラを駆動する原動機関の前記逆転運転の立ち上がるまでの一定時間の間のみ行うことを特徴とする。
この発明においては、船舶の停船時の制御において、プロペラの回転を進行時から逆転させる逆転運転と共に、逆転運転によって船舶が回頭しようとする第1の側に対して更に操舵角を付与する操舵角付与操作が、停船指示を受けてから一定時間の間のみ行われる。
本発明の請求項2に係る操船方法は、前記停船時の制御において、前方に進行する前記船舶を減速させるための抵抗を付与する抵抗付与操作を行うことを特徴とする。
この発明においては、逆転運転、操舵角付与操作に加え、前方に進行する船舶に対して抵抗を付与する抵抗付与操作も行われる。
本発明の請求項3に係る操船方法は、前記抵抗付与操作において、前記船舶の前後方向に沿った中心軸に対して前記第1の側と反対の第2の側において、前記抵抗を付与することを特徴とする。
この発明においては、抵抗の付与は、船舶における第1の側と反対の第2の側において行われる。
【0008】
本発明の請求項4に係る操船方法は、前記抵抗付与操作において、前記中心軸に対する前記第2の側において、前記船舶に対して後方に向かう力を付与する逆推進操作を行うことを特徴とする。
この発明においては、第1の側において逆推進によって船舶を減速させるための力が付与される。
本発明の請求項5に係る停船方法は、前記一定時間の経過後も前記逆転運転を継続することを特徴とする。
この発明においては、逆転運転と操舵角付与操作は停船操作タイミングで同時に開始され、操舵角付与操作は逆転運転よりも早く終了する。
本発明の請求項6に係る操船方法は、前記一定時間の経過後の前記操舵角付与操作の終了後に、前記方向舵に対して前記操舵角付与操作の際と逆向きの、前記操舵角付与操作における前記操舵角よりも舵角の小さい当て舵を付与することを特徴とする。
この発明においては、操舵角付与操作の終了後に、方向舵の操舵角が逆向きに設定される。
本発明の請求項7に係る操船方法は、前記原動機の前記逆転運転の立ち上がるまでの前記一定時間は、前記逆転運転において、前記プロペラの回転速度が立ち上がり時間の経過後に一定となるまでの時間であることを特徴とする。
この発明においては、逆転運転が開始されてから立ち上がり時間の経過前に操舵角付与操作は終了する
【0009】
本発明の請求項に係る操船装置は、プロペラを正方向に駆動させることによって前方に進行し、操舵角が設定されることにより進行方向を制御する方向舵が設けられた船舶における、停船時の制御を行い停船距離を短縮する操船装置であって、前記プロペラを前記正方向に駆動する状態と、前記正方向と逆の負方向に駆動する状態に切り替えて制御する回転制御手段と、前記操舵角を制御する操舵角制御手段と、前記停船時の制御を開始する停船開始タイミングにおいて、前記プロペラを前記正方向に駆動する状態から前記プロペラを前記負方向に駆動する状態に切り替える逆転運転を前記回転制御手段に行わせると共に、通常運行における直進時の状態に前記操舵角が設定された状態で前記船舶が前方に進行しかつ前記プロペラが前記負方向に駆動された際に前記船舶が回頭する側である第1の側に対してのみ、更に前記船舶が回頭するように停船のための前記操舵角を操作する操舵角付与操作を前記操舵角制御手段により開始させ、停船指示を受けてから前記プロペラを駆動する原動機関の前記逆転運転の立ち上がるまでの一定時間の間のみ行わせる停船制御手段と、を具備することを特徴とする。
この発明においては、船舶の停船時の制御を行う停船制御手段は、回転制御手段を用いて逆転運転を、操舵角制御手段を用いて操舵角付与操作を、停船指示を受けてから一定時間の間のみ行わせる。
本発明の請求項に係る操船装置は、前方に進行する前記船舶を減速させるための抵抗を付与し、前記船舶の前後方向に沿った中心軸に対して前記第1の側、前記第1の側と反対の第2の側の少なくとも一方に設けられた抵抗付与手段を具備することを特徴とする。
この発明においては、前方に進行する船舶を減速させるための抵抗付与手段が、左右のうちの少なくとも一方に設けられる。
本発明の請求項10に係る操船装置は、前記抵抗付与手段において、パラシュートが用いられたことを特徴とする。
この発明においては、抵抗付与手段として、パラシュートが用いられる。
本発明の請求項11に係る操船装置は、前記抵抗付与手段において、前記船舶に対して後方に向かう力を付与する逆推進手段が用いられたことを特徴とする。
この発明においては、抵抗付与手段として、船舶に対して後方に向かう力を付与する逆推進手段が用いられる。
【0010】
本発明の請求項12に係る操船装置において、前記停船制御手段は、前記逆転運転及び前記操舵角付与操作を行わせると共に、前記抵抗付与手段を動作させることを特徴とする。
この発明においては、船舶の停船時の制御において、逆転運転及び操舵角付与操作が行われると共に、抵抗付与手段を動作させる。
本発明の請求項13に係る操船装置において、前記停船制御手段は前記一定時間の経過後も前記逆転運転を継続することを特徴とする。
この発明においては、逆転運転と操舵角付与操作は同時に開始され、逆転運転は操舵角付与操作が終了した後も継続する。
本発明の請求項14に係る操船装置において、前記原動機の前記逆転運転の立ち上がるまでの前記一定時間は、前記逆転運転において、前記プロペラの回転速度が立ち上がり時間の経過後に一定となるまでの時間であることを特徴とする。
この発明においては、逆転運転でプロペラが一定の回転速度に達する前に、操舵角付与操作は短時間で終了する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の操船方法、操船装置は以上のように構成されているので、停船のための制御を開始してから船舶が停止するまでの距離(停船距離)を、第1の側に操舵角を付与して船体抵抗を増大させることによって短くすることができる。また、逆転運転と操舵角付与操作は、従来の操船装置に対して実質的には停船制御手段のみを追加することによって行わせることができるため、この操船装置を安価とすることができる。
また、パラシュートや逆推進手段を抵抗付与手段として併用することによって、更に停船距離を短くすることができる。特に、抵抗付与手段を第2の側のみに設けても大きな効果を得ることができる。逆に、抵抗付与手段を第1の側に設けた場合には、停船の操作において変化した船舶の姿勢を容易に修正することができる。また、パラシュートを用いた場合には、機構が単純であるために全体を安価に実現することができる。
また、操舵角付与操作は、停船の制御を開始してから短時間で終了させても十分な効果を得ることができ、操舵角付与操作の時間を短くすることによって、停船時における船舶の姿勢の変化を小さくすることができる。あるいは、操舵角付与操作の終了後に船舶の姿勢の変化を修正することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施例となる操船装置が船舶に組み込まれた際の構成を示す平面図である。
図2】模型船における、(1)逆転運転のみを行った場合、(2)これに加え抵抗付与操作を行った場合、(3)更にこれらに加え操舵角付与操作を行った場合、における船舶の停船までの航跡を示す図である。
図3】模型船における、(1)逆転運転のみを行った場合、(2)これに加え抵抗付与操作を行った場合、(3)更にこれらに加え操舵角付与操作を行った場合、における船速の時間経過を示す図である。
図4】模型船における、(1)逆転運転のみを行った場合、(2)これに加え抵抗付与操作を行った場合、(3)更にこれらに加え操舵角付与操作を行った場合、における斜航角の時間経過を示す図である。
図5】本発明の変形例となる操船装置が船舶に組み込まれた際の構成を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態となる操船装置、操船方法について説明する。図1は、この操船装置1が船舶100に搭載された際の形態を示す上面から見た図である。この船舶100は、通常運行時には船尾(図中下側)において設けられたプロペラ(スクリュウ)51が、エンジン等を用いた原動機関50により、後方から見て右回り(正方向:図中実線矢印)に回転することによって得られる推進力により、前方(図中上側)に進行する。この際の進行方向は、プロペラ51の後方に設けられ紙面垂直方向に延伸する板状の方向舵52が方向舵軸52Aの周りで回動することによって制御される。また、進行中の船舶100を停止させる際には、プロペラ51を前記と逆向きの左回り(負方向:図中点線矢印)に回転させることにより、前記と逆向きの推進力を得ることができる。以上については、従来より知られる一般的な船舶と変わるところがない。
【0014】
上記の制御を行うため、この操船装置1は、プロペラ51の回転(回転速度、回転の向き)を制御する回転制御部(回転制御手段)11と、方向舵52の回動角度(操舵角)を制御する操舵角制御部(操舵角制御手段)12を具備する。
【0015】
また、図1において、左舷側には、緊急の停船時において水中に投入されるパラシュート(抵抗付与手段)60が装着されている。パラシュート60の機能は、特許文献1に記載の技術と同様であり、パラシュート60が投入された(抵抗付与手段がオンとされた)場合において、パラシュート60が水から受ける抵抗により、船舶100を減速させることができる。この動作は、抵抗付与手段制御部(抵抗付与手段制御手段)13によって制御される。パラシュート60は、通常の運行時にはパラシュート収納部61に収納されている(抵抗付与手段がオフとされている)。抵抗付与手段制御部13は、抵抗付与手段のオンとオフを切り替える制御を行い、抵抗付与手段は、船舶100の通常運行時にはオフとされ、緊急の停船時においてのみオンとされる。
【0016】
停船制御部(停船制御手段)10は、上記の構成要素全体を停船のために制御する。特に、停船制御部10は、船舶100が通常の航行をしている(プロペラ51が船舶100を前方に進行させるように回転している)状態において、緊急の停船指示を受けた場合に、上記の構成要素を、船舶100の停船距離が短くなるように制御する。この場合、この動作を開始するタイミング(停船開始タイミング)において、停船制御部10は、回転制御部11を用いてプロペラ51の回転の向きを逆転させる(逆転運転)。同時に、抵抗付与手段制御部13を用いて、パラシュート60を投入する(抵抗付与操作)。これらの動作については、特許文献1等に記載の技術と同様である。
【0017】
ここで、この操船装置1においては、停船制御部10は、上記の操作と共に、操舵角制御部12を制御し、方向舵52の操舵角を制御する。この動作について説明する。
【0018】
前記の通り、船舶100は、通常運行時にはプロペラ51が後方から見て右回り(図1における実線矢印)に回転することにより前方に進行する。この際、船舶100にはプロペラ51を駆動する際の反作用が働き、船舶100の進行方向はこの影響を受ける。このため、一般的には、この反作用の影響を考慮した上で、操舵角が零に近い状態(模型船の場合は、-1~-2°程度の当て舵)で直進をするように、この船舶100は設計されている。すなわち、通常の運行時にこの反作用の影響が補償されるように船舶100は設計されている。
【0019】
ここで、船舶100が前方に進行した状態でプロペラ51を逆回転させる場合には、この反作用は逆向きとなるため、一般的にはこの反作用の影響が船舶100の進行方向に影響を及ぼす。図2における(1)は、模型船(全長3.046m(実船230m相当)、排水量0.1209ton)においてこのようにプロペラ51を逆回転させた場合(逆転運転を行った場合)の軌跡を示す。ここで、初期船速は0.825m/sとしその向きはx軸(縦軸)の正側とされ、縦軸、横軸のスケールはL(船長)で規格化されている。最終的には、(1)で図示された位置で船舶100は停止するが、この際には、前記の理由により、船舶100は右側(第1の側:yが大きくなる側)に移動するものとする。
【0020】
図1の構成において、パラシュート60は、中心軸Xよりも左舷側(左側:第2の側)に投入される。パラシュート60を左右の両舷に設けることも可能であるが、これを一方の側においてのみ設ける場合には、船舶100が前記の(1)のような軌跡をとる場合には、左舷側に設けることが有効である。ここで、(2)は、前記の模型船に直径5cm(実船における4mに相当)のパラシュート60を設け、プロペラ51の逆回転と共にこのパラシュート60を投入した場合の軌跡である。これにより、(1)よりも船舶100の停船距離が短くなっていることが確認できる。
【0021】
ここで、この操船装置1において、この状態での船体抵抗を増加させるために、停船制御部10は、操舵角制御部12を制御し、方向舵52の操舵角を、(1)の軌跡が向く方向(図2における右側:第1の側)、すなわち、逆転運転によって船舶100が向く方向と同じ方向に一定の時間のみ制御する(操舵角付与操作)。図2における(3)は、この場合の軌跡を示す。ここで、操舵角は15°(船舶100が右側に向くような向き)とし、この時間はモータの逆転運転が立ち上がるまでの1.5秒とされている。これにより、停船までにおける船体抵抗を大きくし、これによって停船距離を短くすることができる。この例においては、(1)と比べて、停船距離は17%削減されている。この削減量は、(2)における(1)からの削減量よりも大きい。すなわち、このような操舵角制御を緊急の停船時に用いることにより、停船距離を大幅に短くすることができる。
【0022】
図3は、図2における(1)(2)(3)の場合の船舶100の速度の時間経過を示す。ここで示された速度uは、初期状態の速度u0で規格化されている。この結果から、(3)の場合において、停船距離だけでなく、停船までに要する時間が最も短いことが確認できる。
【0023】
図4は、図2における(1)(2)(3)の場合の船舶100の斜航角(x軸:縦軸とのなす角度)の時間経過を示す。(3)の場合には、この斜航角が大きく設定されることによって、船体抵抗が大きくなったことが確認できる。
【0024】
すなわち、この操船装置1においては、船舶100が前方に進行している際にプロペラ51を逆回転させた場合に船舶100が向く側に操舵角を付与することによって、船体抵抗を増加させ、停船距離を短縮することができる。
【0025】
上記の場合には、操舵角付与操作における方向舵52の操舵角は15°、操舵角付与操作が行われる時間は1.5秒とされた。(実船の場合は1.5秒の数倍、船種によっても異なる)特許文献4に記載の技術においても、停船時に方向舵の操舵角が制御される。しかしながら、この場合には、方向舵の向きは短時間で左右大きな操舵角で切り替わり、例えばこの操舵角が左右で35°と大きく設定されている。一方、この操作による船舶の斜航角は左右で5°と小さくなっている。このため、特許文献4に記載の技術においては、操舵角は大きいものの実質的に船舶の進行方向に対する向きは大きく変動しないように制御されている。
【0026】
これに対して、図2の(3)においては、操舵角が付与された時間は1.5sであり、これは、図3に示された停船までに要した時間よりも大幅に短い。また、この際に付与された操舵角も、特許文献3、4に記載の技術と比べて小さい。このため、上記の(3)において船舶100が受ける抵抗は、この操作によって進行方向との間でなす角度が大きくされた船舶100が受ける船体抵抗が主となる。特許文献4に記載の技術では、進行方向との間でなす角度が常に小さく維持されるため、こうした効果は得られない。このため、(3)においては、特許文献4に記載の技術よりも停船距離を短くすることができる。この際、上記のように小さな操舵角、短い時間で、このように停船距離の短縮に対しての顕著な効果が得られる。
【0027】
船舶100が排水量型のものであれば、一般的に、船舶100の方向(船首と船尾とを結ぶ方向)と進行方向が同一の場合において、船体抵抗が最も小さくなるように船舶100の形状は設計されている。この場合、これらの方向がずれた場合における船体抵抗は急激に大きくなる。このため、上記の操船装置1あるいは操船方法は、船舶100が排水量型である場合において特に有効である。
【0028】
ここで、パラシュート(抵抗付与手段)60及びこれを制御する抵抗付与手段制御部(抵抗付与手段制御手段)13を設けなくとも、停船距離を短くすることができることは明らかである。従来の操船装置においても、プロペラの回転を制御する回転制御部(回転制御手段)と、方向舵の操舵角を制御する操舵角制御部(操舵角制御手段)は通常は同様に設けられているため、上記の発明においては、実際には上記の動作を行わせる停船制御部(停船制御手段10)を設けた点のみが、特に従来の操船装置と異なる。このため、この操船装置10を安価に実現することができる。
【0029】
また、上記のように、操舵角付与操作は、逆転運転よりも短時間で終了させても十分な効果が得られる。これによって、船舶100の向きが停船開始タイミングにおける向きから必要以上に大きく変化することが抑制される。このため、例えば操舵角付与操作において操舵角は上記の例では15°、時間は1.5秒とされたが、これらは上記の効果が得られる範囲で適宜設定することができる。例えば、操舵角は例えば10°以上20°以下の範囲、この時間は0.5秒以上2.5秒以下の範囲とすることができる。この場合、操舵角付与操作における操舵角が大きい、あるいはこの時間が長いと、船舶100の向きの変化が良くなる。操舵角付与操作における操舵角が小さい、あるいはこの時間が短いと、停船距離を短くする度合いが小さくなる。
【0030】
ただし、図2~4に示されたように、操舵角付与操作の時間は、逆転運転あるいは停船までに要する時間より十分に短くとも、十分な効果が得られる。一方、逆転運転は停船開始タイミングから停船まで継続的に行うことが好ましい。一般に、回転制御部11が原動機関50を制御しプロペラ51の回転を逆転させる際には、(1)正方向の回転を停止させる動作、(2)プロペラ51の負方向の回転を開始させる動作、(3)プロペラ51の回転速度を負方向で一定に保つ動作、が順次行われ、実際には停船開始タイミングから(3)負方向で回転速度が一定となるまでの立ち上がり時間を要する。操舵角付与操作による船体抵抗の増加は、船舶100が前方に進行していれば、プロペラ51の回転速度によらずに得られるため、上記の立ち上がり時間の経過前に舵角付与操作を短時間で終了させても、十分な効果を得ることができる。
【0031】
このように短時間の舵角付与操作によって船舶100を急激に減速させた後においては、船舶100は大きく右側(第1の側)に向いている。これを修正する場合には、操舵角付与操作の終了後に船舶100が大きく減速した後で、停船制御手段10が、操舵角制御部12を制御し、操舵角付与操作の際と逆の向き(第2の側)に操舵角を設定する、当て舵操作を行ってもよい。
【0032】
上記の操船装置1の変形例となる操船装置2について説明する。ここでは、上記のパラシュート60の代わりに、同様の機能をもつ他の抵抗付与手段が用いられている。図5は、この操船装置2が船舶100に搭載された構成を図1に対応させて示す図である。この場合には、特許文献2等に記載の技術と同様の板状の制動板(抵抗付与手段)62が左舷側に設けられている。制動板71は制動板駆動部72によって図中左右方向で移動可能とされ、通常航行時には左舷よりも内側に収納されているが、停船操作時にはこの制動板71が左側に突出するように、抵抗付与手段制御部13が制動板駆動部72を制御する。船舶100が制動板71によって受ける力はパラシュート60を用いた場合と同様である。このため、この制動板71を用いた抵抗付与操作と上記と同様の逆転運転、操舵角付与操作とを組み合わせることによって、上記と同様の効果を得ることができる。
【0033】
また、左右の両舷前方には、前方に向けて推力を発生する逆推進部(逆推進手段:抵抗付与手段)73A、73Bがそれぞれ設けられ、これらの制御も抵抗付与手段制御部13によって行われる。これらの構成については、例えば特許文献1に記載されたものと同様であり、逆推進部73A、73Bによって、船舶100に対して後方に向かう力を付与する逆推進操作が行われる。ここで、左側の逆推進部73Aを動作させることによって、上記の制動板71と同様の効果が得られる。右側の逆推進部73Bによっても、前進する船舶100を減速する効果が得られるが、逆推進部73Bによって船舶100が受けるモーメントは操舵角付与操作とは逆向きとなる。このため、右側の逆推進部73Bは、前記の操舵角付与操作の終了後における第2の側への操舵角の操作の場合と同様に、操舵角付与操作の終了後において、船舶100の向きの調整のために使用することが好ましい。この場合、前記の操舵角付与操作の終了後における第2の側への操舵角の操作は、船舶100の停船後に行っても効果が得られないのに対し、逆推進部63Bの動作は停船後に行っても効果が得られる。
【0034】
上記の例では、パラシュート60、制動板71は左舷側のみに設けられたが、図5における逆推進部73A、73Bと同様に、これらを両舷に設けてもよく、これを右舷側のみに設けてもよい。しかしながら、これらを一方の側のみに設ける場合には、図2の(1)に示された航跡において左舷側、すなわち、上記のように通常運行における直進時の状態に操舵角が設定された状態で船舶100が前方に進行しかつプロペラ51が負方向に駆動された際に船舶100が回頭する側である第1の側(右側)と反対側となる第2の側(左側)に設けることが、特に好ましい。ただし、このように逆推進部を両舷に設け、各々の推力を調整することによって、停船距離を短くしつつ船首方向(斜航角)を調整することもできる。
【0035】
また、上記のパラシュート60、制動板71、逆推進部73A、73Bの他にも、上記の逆転運転と同時に作用させることによって前進する船舶を減速させることのできる抵抗付与手段を適宜用いることができる。
【0036】
また、上記の操舵角付与操作は、船舶の姿勢を制御して船体抵抗を増大させるために行われるため、プロペラや方向舵の構成によらず、上記の操船方法、操船装置は有効である。
【産業上の利用可能性】
【0037】
上記の操船装置、操船方法は、排水量型の船舶に対して特に有効である。しかしながら、上記と同様に機能するプロペラや方向舵が設けられる船舶であれば、上記の操船装置、操船方法によって同様の効果が得られる。
【符号の説明】
【0038】
1、2 操船装置
10 停船制御部(停船制御手段)
11 回転制御部(回転制御手段)
12 操舵角制御部(操舵角制御手段)
13 抵抗付与手段制御部(抵抗付与手段制御手段)
50 原動機関
51 プロペラ(スクリュウ)
52 方向舵
52A 方向舵軸
60 パラシュート(抵抗付与手段)
61 パラシュート収納部
71 制動板(抵抗付与手段)
72 制動板駆動部
73A、73B 逆推進部(逆推進手段:抵抗付与手段)
100 船舶
X 中心軸
図1
図2
図3
図4
図5