(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-23
(45)【発行日】2022-08-31
(54)【発明の名称】固体ロケットモータ
(51)【国際特許分類】
F02K 9/10 20060101AFI20220824BHJP
F02K 9/24 20060101ALI20220824BHJP
【FI】
F02K9/10
F02K9/24
(21)【出願番号】P 2018164700
(22)【出願日】2018-09-03
【審査請求日】2021-06-21
(73)【特許権者】
【識別番号】500302552
【氏名又は名称】株式会社IHIエアロスペース
(74)【代理人】
【識別番号】100097515
【氏名又は名称】堀田 実
(74)【代理人】
【識別番号】100136700
【氏名又は名称】野村 俊博
(72)【発明者】
【氏名】高橋 和也
(72)【発明者】
【氏名】國保 章吾
(72)【発明者】
【氏名】長沼 哲史
【審査官】中村 大輔
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第03196735(US,A)
【文献】特開2012-144999(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02K 9/08-9/40
B64D 27/16
B64G 1/00
F42B 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
後方中空孔を有し先行して燃焼する先行推進薬と、該先行推進薬の後に燃焼する後行推進薬と、前記先行推進薬と前記後行推進薬との間に位置し中実に充填された中実領域と、を有する固体推進薬と、
前記後行推進薬の内部に全体が埋め込まれた埋め込み中子
と、を
備え、
前記中実領域は、前記先行推進薬の前記後方中空孔の前端部と前記後行推進薬の内部に埋め込まれた前記埋め込み中子の後端部との間に位置し、
前記埋め込み中子は、前記固体推進薬の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度を有する、固体ロケットモータ。
【請求項2】
前記埋め込み中子は、合成樹脂の発泡材である、請求項
1に記載の固体ロケットモータ。
【請求項3】
前記埋め込み中子は、発泡ポリプロピレンである、請求項
2に記載の固体ロケットモータ。
【請求項4】
前記埋め込み中子は、前記固体推進薬の圧縮硬さと実質的に同等の圧縮硬さを有する、請求項1に記載の固体ロケットモータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロケットに搭載する固体ロケットモータに関する。
【背景技術】
【0002】
地上から打ち上げるロケットの多くは、複数段の固体ロケットモータを有する多段式ロケットである。ロケットは、発射後、1段ずつ固体ロケットモータを切り離し、目的の軌道に到達する。
【0003】
固体ロケットモータは、固体推進薬の燃焼過程において、推力の大きさを相対的に大推力、小推力、中推力の順で変化させることが要求される。
固体推進薬の燃焼過程における第1段階として、固体ロケットモータは、相対的に大きな推力(以下、大推力)を必要とする。固体ロケットモータは、この大推力によって地上に設置されたロケット本体の自重を持ち上げ、上空へ向けて加速する。
【0004】
その後、加速したロケットには、地表近くを占める密度の濃い空気層を通過する間、空気との間で高熱が生じ、ロケットの操舵による揚力や空気抵抗といった大きな荷重(以下、単に荷重)がかかる。そのため、この濃い空気層を通過する間の高熱や荷重を緩和するため、固体ロケットモータは、ロケットが飛翔するのに必要な速度を得た後に推力を小さく抑えることが要求される。以下の説明において、この推力を小さく抑える固体推進薬の燃焼過程を第2段階と呼び、第2段階の小さな推力を小推力と呼ぶ。小推力は、3段階の推力のうちで最も小さく、かつ、大推力から急激に大幅に小さくなるのが理想である。
【0005】
密度の濃い空気層を抜けたロケットが、密度の薄い空気層又は真空内を効率的に加速するために、固体ロケットモータには、小推力よりも大きく、かつ一定時間継続する推力(以下、中推力)が要求される。以下の説明において、この中推力を一定時間持続する固体推進薬の燃焼過程を、第3段階と呼ぶ。
【0006】
このように固体ロケットモータは、初期の第1段階に高い推力を出し(大推力)、ロケットが打ち上がるのに必要な速度を得た後の第2段階に急激に推力を小さくし(小推力)、濃い空気層を抜けた後の第3段階に推力を増加して一定時間維持する(中推力)という推力パターンが理想である。
【0007】
従来の固体ロケットモータは、上述した理想的な緩急のある推力パターンに推力の変化を近づけるため、時間の経過に伴う推進薬の初期燃焼面積と燃焼面積の変化を考慮して複雑な推進薬形状となっていた。例えば従来の固体ロケットモータは、丸穴形状、光芒形状、ラジアルスロット形状等を組み合わせた推進薬形状を有していた。このような固体ロケットモータは、例えば非特許文献1に開示されている。
【0008】
また、このような従来の固体ロケットモータの推進薬の形状は、推進薬の中空孔の形状に成形された金属製の中子を、推進薬が固まった後に引き抜くことで、形成していた。このような中子については、例えば特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】弾道学研究会編、火器弾薬技術ハンドブック、改訂版、財団法人 防衛技術協会刊、2008年4月30日発行、613ページ~615ページ
【特許文献】
【0010】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
図1は、従来の固体ロケットモータ51の断面図である。
図1(A)は機軸断面図、
図1(B)は
図1(A)のA-A断面図、
図1(C)は
図1(A)のB-B断面図である。この図の例の従来の固体ロケットモータ51は、丸穴形状と光芒形状を組み合わせた推進薬形状を有している。
【0012】
一般に、固体ロケットモータは、一度点火すると燃焼をコントロールできない。固体ロケットモータの燃焼ガスの圧力変化や推力パターンは、時間の経過に伴う燃焼面積の変化によってのみ、決定される。
従来の固体ロケットモータ51は、上述した理想的な緩急のある推力パターンに推力変化を近付けるため、この図に示すように様々な推進薬形状を組み合わせて構成されていた。
【0013】
図2は、従来の固体ロケットモータ51の燃焼過程における推進薬形状の変化の説明図である。
図2(A)(B)(C)の順で時間が経過する。
図2(A)は燃焼前、
図2(B)は第1段階、
図2(C)は第3段階の固体ロケットモータ51の断面図を表している。
図2(A)(B)(C)のそれぞれには、固体ロケットモータ51の機軸断面図を左に、そのA-A断面図を中央に、B-B断面図を右に記載している。
この図に示すように、固体推進薬54の燃焼面積は、時間の経過に伴い、初期の推進薬形状から固体推進薬54の表面が後退することにより徐々に変化するため、燃焼途中で推力を急激に変化させることができなかった。
【0014】
図3は、従来の固体ロケットモータ51の推力変化を表したグラフである。このグラフのA,B,Cは、それぞれ、上述した固体推進薬の燃焼過程における第1段階~第3段階の時間を表している。
この図に示すように、従来の固体ロケットモータ51は、固体推進薬の燃焼途中で推力を急激に変化させることができない。従来の固体ロケットモータ51は、特に燃焼過程の第2段階で、大推力の後に一時的に急激に推力を小さくすることができなかった。
そのため、従来のロケットが地表近くを占める密度の濃い空気層をロケットが通過する間に受ける高熱や荷重が大きく、その荷重や高熱に耐えるためにロケットの各種構造体を強固に設計せざるを得なかった。その結果、ロケット本体の質量が大きくならざるを得ず、その分、ロケットの性能が低下してしまっていた。
【0015】
本発明は上述した問題点を解決するために創案されたものである。すなわち本発明の目的は、固体推進薬の燃焼途中で一時的に急激に推力を減少させ、その後再び推力を増加させる固体ロケットモータを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明によれば、固体推進薬の内部に全体が埋め込まれた埋め込み中子を有し、該埋め込み中子は、前記固体推進薬の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度を有する、固体ロケットモータが提供される。
【発明の効果】
【0017】
上述した本発明によれば、埋め込み中子の全体が、固体推進薬の内部に埋め込まれているため、埋め込み中子の後端部の後方には、固体推進薬が中実に充填された中実領域が位置する。埋め込み中子は、固体推進薬の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度を有する。
これにより、本発明の固体ロケットモータは、中実領域が端面燃焼する間、固体推進薬の燃焼ガス圧の圧力荷重を埋め込み中子とその周囲の固体推進薬とで配分するため、固体推進薬だけで荷重を受け持つことが無く、固体推進薬の破壊を防止することができる。その結果、燃焼面が埋め込み中子に到達するまで中実領域の破壊を防止できるため、中実領域が端面燃焼する間の固体ロケットモータの推力を小推力に維持することができる。つまり、固体推進薬の燃焼途中であっても、一時的に推力を減少させることができる。
それにより、従来の固体ロケットモータと比べてロケットが密度の濃い空気層を飛翔する際の推力を小さく設定でき、空気からの高熱や荷重が小さくなる。このためロケットの各種構造体を強固に設計する必要が無く、ロケットの性能を向上させることができる。
【0018】
また燃焼面が埋め込み中子に到達した後は、埋め込み中子が形成する固体推進薬の表面が燃焼面となり、固体推進薬の内面燃焼が開始する。それにより中実領域が端面燃焼していたときよりも燃焼面積が大きくなるため、固体推進薬の燃焼途中で一時的に減少していた推力を再び増加させることができる。
これにより、ロケットが密度の濃い空気層を通り抜けた後に再び推力を増加させて、ロケットを効率的に加速させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図2】従来の固体ロケットモータの燃焼過程における推進薬形状の変化の説明図である。
【
図3】従来の固体ロケットモータの推力変化を表したグラフである。
【
図4】本実施形態の固体ロケットモータの機軸断面図である。
【
図5】本実施形態の固体ロケットモータの推力変化と従来の固体ロケットモータの推力変化を比較したグラフである。
【
図6】本実施形態の固体ロケットモータの燃焼面の変化の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0021】
図4は、本実施形態の固体ロケットモータ1の機軸断面図である。
【0022】
本発明は、ロケットが搭載する固体ロケットモータ1である。以下に、ロケットが有する複数段の固体ロケットモータのうち、ロケットが飛び立つときに最初に点火される1段目の固体ロケットモータ1を例として本実施形態について説明する。なお、本実施形態の固体ロケットモータ1は、ロケットの発射時に最初に点火される固体ロケットモータに限らない。本実施形態の固体ロケットモータ1は、ロケットが搭載する固体ロケットモータであれば、どの固体ロケットモータであってもよい。また、本実施形態の固体ロケットモータ1は、多段式ロケットの一部のロケットだけでなく、1段のみのロケットの固体ロケットモータであってもよい。
この固体ロケットモータ1のモーターケース3の内部には、固体推進薬4が充填されている。固体ロケットモータ1は、モーターケース3の内部で固体推進薬4を燃焼させることにより、高温高圧の燃焼ガスを固体ロケットモータ1の飛翔方向後方へノズル9から噴射し、ロケットに対して推力を与えるものである。
固体ロケットモータ1は、固体推進薬4の内部に全体が埋め込まれた埋め込み中子2を有する。ロケットは、埋め込み中子2が固体推進薬4に埋め込まれたまま、発射する。
【0023】
本実施形態の固体推進薬4は、先行して燃焼する先行推進薬6と、先行推進薬6の後に燃焼する後行推進薬8とを有する。固体ロケットモータ1の点火装置10は、固体ロケットモータ1の後部であって、例えばノズル9に近接する位置に設けられている。先行推進薬6は、固体ロケットモータ1の後方側に配置され、後行推進薬8は、固体ロケットモータ1の前方側に配置されている。
後行推進薬8の内部には、埋め込み中子2の全体が埋め込まれている。
【0024】
先行推進薬6と後行推進薬8は、別の部品で区切られておらず、一体成型されており、明確な境界がないことが好ましい。先行推進薬6と後行推進薬8を隔膜等で区切ると、先行推進薬6を点火する点火装置10とは別の点火装置が後行推進薬8を点火するために必要となる。そのため、この点火装置と隔膜の分、固体ロケットモータ1が重くなり、固体ロケットモータ1の性能が低下するからである。
つまり、本実施形態の先行推進薬6とは、1つの固体推進薬4のうち、ノズル側の後方中空孔11の周辺の固体推進薬4を便宜的に呼ぶ呼び方である。同様に、後行推進薬8とは、1つの固体推進薬4のうち、前方の埋め込み中子2の周辺の固体推進薬4を便宜的に呼ぶ呼び方である。
なお、先行推進薬6の組成と後行推進薬8の組成は、同一でも、異なっていてもよい。
【0025】
上述したように、固体ロケットモータ1は、固体推進薬4の燃焼過程における推力変化の第1段階Aとして、ロケット本体の自重を持ち上げて加速する大推力を必要とする。そのため、広い燃焼面積を確保するために、先行推進薬6には、後方中空孔11が設けられていることが好ましい。先行推進薬6の後方中空孔11の形状は、第1段階Aで必要な大推力の大きさに応じて決定する。
【0026】
この図の例では、先行推進薬6は、後方中空孔11に中子12が埋め込まれていても、いなくてもよい。先行推進薬6の後方中空孔11は、従来の固体ロケットモータ51と同様の方法で製造されてもよい。
先行推進薬6に中子12が埋め込まれている場合、中子12は、燃焼ガスとの接触により短時間に焼失する燃焼特性を有することが好ましい。中子12の材料は、例えば発泡ポリプロピレンや発泡スチロール(発泡ポリスチレン)等の合成樹脂の発泡材であってもよい。
先行推進薬6の後方中空孔11には、溝やフィンが設けられていてもよい。もしくは、光芒形状、ラジアルスロット形状等により、先行推進薬6の後方中空孔11が形成されていてもよい。
【0027】
後行推進薬8にも前方中空孔15が設けられる。後行推進薬8の前方中空孔15の形状は、第3段階Cで必要とする中推力の大きさと中推力を維持する時間に応じて決定される。後行推進薬8に前方中空孔15が設けられることにより、推力変化の第3段階Cで必要となる中推力を一定時間継続して確保することができる。
【0028】
後行推進薬8の前方中空孔15には、埋め込み中子2が埋め込まれている。
埋め込み中子2は、固体推進薬4の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度を有する中子である。具体的には、埋め込み中子2として使用するのに好ましい圧縮強度は、0.1MPa以上10.0MPa未満である。「固体推進薬4の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度」については、
図7を用いて詳しく後述する。
【0029】
また、埋め込み中子2は、燃焼ガスとの接触により短時間に焼失する燃焼特性を有することが好ましい。埋め込み中子2は、理想的には、後行推進薬8の圧力立ち上がり時間内という短時間に焼失することが望ましい。圧力立ち上がり時間とは、燃焼面が埋め込み中子2に到達してから前方中空孔15の全表面から燃焼ガスが継続的にかつ安定的に湧き出る状態になるまでの時間であり、具体的には数十ms~数百ms程度の時間である。しかし、埋め込み中子2が焼失する時間は、これに限らず、後行推進薬8の表面後退と同程度の速度(数~数十cm/s程度)で徐々に焼失してもよい。
【0030】
埋め込み中子2は、例えばプラスチック等の合成樹脂の発泡材によって構成されていることが好ましい。合成樹脂の発泡材は、融点や発火点が低く、着火後瞬時に焼失する「燃焼ガスとの接触により短時間に焼失する燃焼特性」を有するからである。しかし、それに限らず埋め込み中子2は、融点や発火点が低く、燃焼ガスとの接触により短時間に焼失する燃焼特性を有するその他の素材によって構成されていてもよい。
【0031】
合成樹脂の発泡材として、例えば発泡ポリプロピレンや発泡スチロール(発泡ポリスチレン)等が挙げられる。これらは気泡を含ませて成形したポリプロピレンやポリスチレンである。
【0032】
埋め込み中子2の素材として使用するには、発泡ポリプロピレンが特に好ましい。発泡ポリプロピレンは、プラスチック素材の中で最も比重が小さく軽量であり、良好な加工性と燃焼性を有するからである。
しかし埋め込み中子2に使用する合成樹脂の発泡材は、これに限らず、他の合成樹脂の発泡材であってもよい。
【0033】
合成樹脂の発泡材は、気泡の大きさ、気泡の構造(各気泡が独立して存在しているか連結しているか)、又はカサ密度等の発泡度合によって、圧縮硬さが異なる。圧縮硬さが異なることで、発泡材の圧縮強度も変動する。例えば圧縮硬さが2.6kg/cm2のある発泡ポリプロピレンの25%ひずみ時の圧縮強度は、約0.43MPaとなり、圧縮硬さが1.3kg/cm2の別の発泡ポリプロピレンの25%ひずみ時の圧縮強度は、約0.16MPaとなることが知られている。ここで、「25%ひずみ時の圧縮強度」とは、25%のひずみを与えた時の圧縮荷重から算出される応力のことである。
また、圧縮硬さが2.6kg/cm2の発泡ポリプロピレンは、32mm/分の速さで燃焼することが知られている。
【0034】
なお、固体推進薬4の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度を有するのであれば、燃焼ガスとの接触により短時間に焼失する燃焼特性が無くても、埋め込み中子2の素材として使用可能である。例えばゴムは、燃焼ガスとの接触で短時間に焼失する燃焼特性はないが、固体推進薬4の材料特性に近く、固体推進薬4の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度を有するため、埋め込み中子2の素材として使用できる。
【0035】
上述したように、埋め込み中子2の全体が、固体推進薬4の内部に埋め込まれているため、埋め込み中子2の後端部より後方には、固体推進薬4が中実に充填された中実領域13が存在する。先行推進薬6に後方中空孔11がある場合でも、後行推進薬8の前方中空孔15は、先行推進薬6の後方中空孔11に連通しない。この場合、後方中空孔11の前端部と前方中空孔15の後端部との間には、中実領域13が存在する。
端面燃焼時の燃焼面積は、中空孔11,15の表面が燃焼する内面燃焼に比べて減少する。そのため、中実領域13が端面燃焼される間、小推力が実現する。埋め込み中子2は、燃焼によって後退し続ける固体推進薬4の表面が後行推進薬8の前方中空孔15に到達するまで中実領域13を支持しつつ、後行推進薬8の前方中空孔内に存在し続ける。
【0036】
次に、本実施形態の固体ロケットモータ1を燃焼させたときの燃焼面積の変化と燃焼中の固体推進薬4の形状の変化とについて、
図5と
図6を用いて説明する。
図5は、本実施形態の固体ロケットモータ1の推力変化と従来の固体ロケットモータ51の推力変化を比較したグラフである。本実施形態の固体ロケットモータ1の推力変化を実線で示し、従来の固体ロケットモータ51の推力変化を破線で記している。このグラフのA,B,Cは、それぞれ、固体推進薬4の燃焼過程における第1段階~第3段階の時間を表している。また、このグラフのDは、本実施形態の固体ロケットモータ1の先行推進薬6が燃焼している時間(以下、第1次燃焼時間)を表す。このグラフのDのうちのAは先行推進薬6が燃焼しており、Bは中実領域13が燃焼している。このグラフのEは、後行推進薬8が燃焼している時間(以下、第2次燃焼時間)を表す。
【0037】
図6は、本実施形態の固体ロケットモータ1の燃焼面の変化の説明図である。
図6(A)から
図6(D)にかけて時間が経過する。
図6(A)は燃焼前、
図6(B)は先行推進薬6の燃焼時(第1次燃焼時間D)を表している。
図6(C)は、第1次燃焼時間Dが終了する直前を表しており、
図6(D)は、後行推進薬8の燃焼時(第2次燃焼時間E)を表している。
【0038】
(第1段階A)
まず、燃焼前の固体ロケットモータ1(
図6(A))の後部に設けられた点火装置10を点火すると、先行推進薬6の中子12が点火装置10の燃焼ガスと接触し、短時間に焼失する。それにより、先行推進薬6の後方中空孔11の表面が露出して燃焼面となり(
図6(B))、先行推進薬6の内面燃焼が開始する。
先行推進薬6は、後方中空孔11の表面が燃焼するにつれて燃焼面が後退する。先行推進薬6の後方中空孔11が複雑な形状を構成することにより(
図6(B))、より多くの燃焼面積が確保され、その結果、
図5のAに示すように、第1段階Aに必要な大推力を発生させる。それにより、先行推進薬6の後方中空孔11の周囲の固体推進薬4が、比較的早い段階で焼失する(
図6(C))。
【0039】
(第2段階B)
上述したように、先行推進薬6の後方中空孔11の前端部と後行推進薬8の前方中空孔15の後端部との間には、固体推進薬4が中実に充填された中実領域13が存在する。先行推進薬6の半径方向の燃焼面が後退し、モーターケース3の外径に到達すると、燃焼面積が減少し、推力が低下する。この間も機軸方向に燃焼面の表面後退は進み、中実領域13が端面燃焼式によって燃焼する(
図6(C))。これにより、
図5のBに示すように、本実施形態の固体ロケットモータ1は、第2段階Bの推力が大推力から大幅に減少し、第2段階Bで小推力を実現できる。
【0040】
(第3段階C)
次いで、
図6(C)で端面燃焼が中実領域13を前方へ進み、その燃焼面が後行推進薬8の前方中空孔15に到達すると、燃焼ガスと埋め込み中子2が接触することによって埋め込み中子2が短時間に焼失する。それにより、後行推進薬8の前方中空孔15の表面が燃焼ガスに対して露出し、後行推進薬8の内面燃焼が開始する(
図6(D))。これにより、後行推進薬8の表面積に応じた推力が発生する。その結果、
図5のCに示すように第3段階Cとして、推力が再び増加し、濃い空気層を抜けたロケットが効率的に加速するのに必要な推力(中推力)を確保する。中推力は、後行推進薬8の前方中空孔15の周囲の固体推進薬4が焼失するまで所定時間、持続する。
【0041】
このように、本実施形態の固体ロケットモータ1は、先行推進薬6の後方中空孔11と後行推進薬8の前方中空孔15の間に中実領域13を有し、後行推進薬8の前方中空孔15の内部に埋め込み中子2を有する。それにより、固体ロケットモータ1は、推力を大推力から小推力にまで大幅に減少させ、その後再び推力を増加させて中推力に至り、中推力を所定の時間、維持するという推力変化を実現することができる。
【0042】
仮に固体ロケットモータ1が後行推進薬8に埋め込み中子2を有さなかった場合、たとえ先行推進薬6と後行推進薬8の前方中空孔15の形状と配置が
図4の固体ロケットモータ1と同じであったとしても、固体ロケットモータ1は十分に小推力を実現できない。これについて、以下に説明する。
【0043】
図7は、
図6(B)の部分Fの拡大図である。
図7(A)は、埋め込み中子2が後行推進薬8に埋め込まれている場合を示し、
図7(B)は、後行推進薬8の前方中空孔15に埋め込み中子2が無い場合を示す。
【0044】
先行推進薬6の燃焼中、すなわち第1次燃焼時間Dにおいて、高温高圧の燃焼ガスが先行推進薬6の後方中空孔11を満たしている。この燃焼ガスの圧力(以下、燃焼ガス圧)は、先行推進薬6の後方中空孔11を外側に向けて押す。この図では、固体ロケットモータ1の機軸方向に向いた燃焼ガス圧を、左向きの矢印として表している。
【0045】
上述したように発泡材は、様々な圧縮強度を有するが、埋め込み中子2には、固体推進薬4の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度を有する発泡材を使用する。
ここで、固体推進薬4の燃焼時の燃焼ガス圧は、約12MPaである。しかし、固体推進薬4の燃焼ガス圧に耐えるために、埋め込み中子2に、12MPaもの圧縮強度が必要なわけではない。
【0046】
本来、後行推進薬8が前方中空孔15を有さず、全て固体推進薬4が充填されているならば、後行推進薬8の固体推進薬4は、約12MPaもの燃焼ガス圧に耐えることができる。それは、固体推進薬自体の素材が元来、圧縮に対して強い特性があるからである。
すなわち固体推進薬4は、圧縮しない(すなわち体積変化しない)性質をもつゴムのような物質である。例えば拘束が一切ない固体推進薬4の一箇所を押すと、その一箇所以外の箇所が膨らみ、全体の体積は変わらない。固体ロケットモータ1のように固体推進薬4の周りがモーターケース3に拘束されている場合には、固体推進薬4の一箇所を押しても、その箇所以外の箇所が拘束により膨らめない。この場合、固体推進薬4の全体が硬くなり(圧縮硬さが変化し)、体積変化しないようになる。固体推進薬4は、この性質により、空洞を有さずに全て固体推進薬4で充填された場合であれば、高圧の燃焼ガス圧に耐えることができる。
【0047】
しかし、
図7(B)のように内部に空洞(この図の例では前方中空孔15)がある固体推進薬4の一箇所を押すと、その空洞を埋めるように固体推進薬4が変形し、高いひずみ(または応力)が発生し、固体推進薬4が破壊される。空洞の形状により引張、曲げ、せん断等の応力のモードは異なる。例えば
図7(B)に記載した前方中空孔15の形状の場合、曲げの応力が発生する。それにより、後行推進薬8の前方中空孔15の後端部に引張応力が生じ、前方中空孔15と後方中空孔11との間に亀裂14を生じさせ、燃焼面が後行推進薬8の前方中空孔15の後端部に到達する前に中実領域13が破壊されてしまう。その結果、中実領域13を端面燃焼する時間が発生しない、もしくは短くなり、固体ロケットモータ1が十分な小推力を第2段階Bに確保することができなくなる。
【0048】
したがって、固体推進薬4を破壊せずに固体ロケットモータ1を製造するには、固体推進薬4の内部に
図7(B)のような空洞を設けることはできない。固体推進薬4の内部に全体が埋まった前方中空孔15を設けるには、前方中空孔15の内部に変形がきわめて少ない部材(金属など)を入れるか、または固体推進薬4の材料特性(圧縮硬さ)に近い部材を入れることで、固体推進薬4が燃焼ガス圧で変形しない(体積変化しない)ようにすることが必要である。
【0049】
つまり、埋め込み中子2に必要な圧縮強度とは、燃焼ガス圧によって固体推進薬4を変形させない圧縮強度ということになる。
これにより、本実施形態の固体ロケットモータ1は、埋め込み中子2が前方中空孔15に埋め込まれていることで、後行推進薬8の全体が圧縮場となり、後行推進薬8が固体推進薬4の燃焼ガス圧に耐えるようになる。
【0050】
言い換えると、埋め込み中子2に必要な「固体推進薬4の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度」とは、後行推進薬8の全体を圧縮場にするのに必要な圧縮強度を意味することになる。つまり、後行推進薬8の全体を圧縮場とするために埋め込み中子2に必要な圧縮強度は、後行推進薬8の固体推進薬4の圧縮硬さに近い圧縮硬さをもつときの圧縮強度ということになる。
図7(A)に示すように、固体推進薬4と同等又は固体推進薬4に近い圧縮硬さをもつ埋め込み中子2であれば、周囲の固体推進薬4と同じように燃焼ガス圧によって圧縮し、後行推進薬8の固体推進薬4と埋め込み中子2とが圧力荷重を配分する。そのため、前方中空孔15の周囲の固体推進薬4に過剰な応力を生じず、固体推進薬4の破壊を防げるからである。
【0051】
これにより、本実施形態の固体ロケットモータ1は、埋め込み中子2を有することで、燃焼面が後行推進薬8の前方中空孔15の後端部に到達するまで固体推進薬4の破壊を防ぎ、後行推進薬8の前方中空孔15の破壊を防止することができる。それにより、本実施形態の固体ロケットモータ1は、第2段階Bで必要とする所定の時間、小推力を確保することができる。
【0052】
次に、本実施形態の固体ロケットモータ1の製造方法について説明する。
本実施形態の固体ロケットモータ1は、モーターケース3の内部の後行推進薬8の位置に埋め込み中子2を入れ、固体推進薬4を注型して硬化させ、埋め込み中子2を取り除かないままノズル9と点火装置10を組み付けることによって製造する。
【0053】
先行推進薬6には、点火装置10の燃焼ガスとの接触により短時間に焼失する燃焼特性を有する中子12が埋め込まれていてもよい。しかし先行推進薬6の製造方法は、これに限らない。従来の固体ロケットモータ51の製造方法と同様に、金属製の中子を使用し、固体推進薬4の注型と硬化の後に中子を引き抜くことによって先行推進薬6を製造してもよい。
先行推進薬6の組成と後行推進薬8の組成が同一の場合は、後行推進薬8の埋め込み中子2と先行推進薬6の中子を同時にモーターケース3に入れ、モーターケース3の後端部まで固体推進薬4を注型して硬化させる。
【0054】
先行推進薬6の組成と後行推進薬8の組成が異なる場合は、まずモーターケース3に埋め込み中子2を入れ、後行推進薬用の組成の固体推進薬4を注型して硬化させる。次いで、後行推進薬8が硬化した後に、先行推進薬6の中子をモーターケース3に入れ、モーターケース3の後端部まで先行推進薬用の固体推進薬4を注型して硬化させる。
これにより、本実施形態の固体ロケットモータ1を、製造することができる。
【0055】
上述した本発明によれば、埋め込み中子2の全体が、固体推進薬4の内部に埋め込まれているため、埋め込み中子2の後端部の後方には、固体推進薬4が中実に充填された中実領域13が位置する。埋め込み中子2は、固体推進薬4の燃焼ガス圧に耐える圧縮強度を有する。
【0056】
これにより本発明の固体ロケットモータ1は、中実領域13が端面燃焼する間、埋め込み中子2とその周囲の固体推進薬4とで燃焼ガス圧の圧力荷重を配分する。固体推進薬4だけで荷重を受け持つことが無いため、本発明の固体ロケットモータ1は、固体推進薬4の破壊を防止することができる。その結果、燃焼面が埋め込み中子2に到達するまで中実領域13の破壊を防止できるため、中実領域13が端面燃焼する間の固体ロケットモータ1の推力を小推力に維持することができる。それにより、ロケットが密度の濃い空気層を飛翔する際の推力を従来の固体ロケットモータ51より小さく設定でき、空気から受ける荷重や高熱が小さくなる。このためロケットの各種構造体を強固に設計する必要が無く、ロケットの各種構造体を従来の固体ロケットモータ51より軽量に設計することができる。したがって、本発明の固体ロケットモータ1は、従来の固体ロケットモータ51の最大積載量より重いペイロードであっても搭載でき、ロケットの性能を向上させることができる。
また、小推力に維持する時間は、例えば、中実領域13の厚さや固体推進薬4の種類を変えることで調整できる。
【0057】
また燃焼面が埋め込み中子2に到達した後は、埋め込み中子2が形成する固体推進薬4の表面が燃焼面となり、後行推進薬8の内面燃焼が開始する。それにより中実領域13が端面燃焼していたときよりも燃焼面積が大きくなるため、ロケットが密度の濃い空気層を通り抜けた後に再び推力を増加させて、ロケットを効率的に加速させることができる。
【0058】
なお本発明は上述した実施の形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0059】
1 固体ロケットモータ、2 埋め込み中子、3 モーターケース、
4 固体推進薬、6 先行推進薬、8 後行推進薬、
9 ノズル、10 点火装置、11 後方中空孔、
12 中子、13 中実領域、14 亀裂、
15 前方中空孔、
51 固体ロケットモータ、54 固体推進薬、
A 第1段階、B 第2段階、C 第3段階、
D 第1次燃焼時間、E 第2次燃焼時間