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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-24
(45)【発行日】2022-09-01
(54)【発明の名称】磁性体観察方法および磁性体観察装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2252 20180101AFI20220825BHJP
   G01N 23/223 20060101ALI20220825BHJP
   H01J 37/252 20060101ALI20220825BHJP
   H01J 37/244 20060101ALI20220825BHJP
【FI】
G01N23/2252
G01N23/223
H01J37/252 A
H01J37/244
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020507917
(86)(22)【出願日】2019-03-22
(86)【国際出願番号】 JP2019012018
(87)【国際公開番号】W WO2019182097
(87)【国際公開日】2019-09-26
【審査請求日】2021-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2018054701
(32)【優先日】2018-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (その1)平成29年9月27日オンライン公開、「Physical Review Letters PRL.119 p.137203」「Magnetic Circular Dichroism in X―Ray Emission from Ferromagnets」(2017) (その2)平成29年9月28日、株式会社日刊工業新聞社、日刊工業新聞第30面「磁石の向きで振動方向変化、蛍光X線の性質発見」 (その3)平成29年10月6日、株式会社科学新聞社、科学新聞第4面「蛍光X線の円偏光発見、量研機構が実測成功」 (その4)平成29年9月28日、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構ウェブサイト「蛍光X線100年目の真実‐発見!磁石の向きでX線が変化する‐」(http://www.qst.go.jp/information/itemid034‐002790.html) (その5)平成29年9月27日、国立研究開発法人理化学研究所等ウェブサイト「蛍光X線100年目の真実‐発見!磁石の向きでX線が変化する‐」(http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2017/170927/) (その6)平成29年11月30日、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構関西光科学研究所ウェブサイト「放射光科学 蛍光X線100年目の真実‐発見!磁石の向きでX線が変化する‐」(http://www.kansai.qst.go.jp/KPSI_Letter/November_2017.pdf) (その7)平成29年12月21日公開、第31回日本放射光学会年会講演予稿集 10P048 「X線発光における磁気円二色性の観測」 (その8)平成30年3月1日公開、日本物理学会第73回年次大会講演予稿集 25aK402-3 「X線発光における磁気円二色性の観測」 (その9)平成30年3月12日、JAEA-QST放射光科学シンポジウム2018「X線発光における磁気円二色性の観測」
(73)【特許権者】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】稲見 俊哉
(72)【発明者】
【氏名】綿貫 徹
(72)【発明者】
【氏名】上野 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】安田 良
【審査官】清水 靖記
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第97/01862(WO,A1)
【文献】特開平7-198631(JP,A)
【文献】特開2013-83454(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0086104(US,A1)
【文献】特開2012-211771(JP,A)
【文献】国際公開第2016/147320(WO,A1)
【文献】特開平5-45304(JP,A)
【文献】TOSHIYA Inami,Magnetic Circular Dichroism in X―Ray Emission from Ferromagnets,Physical Review Letters,2017年09月27日,119,137203
【文献】DUDA L-C,A helicity resolving soft X-ray emission spectrometer for studying magnetic circular dichroism with laboratory excitation sources,NUCLEAR INSTRUMENTS & METHODS IN PHYSICS RESEARCH Section A,1996年07月01日,volume 376, No. 2,291-297
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - 23/2276
G01R 33/00 - 33/64
H01J 37/00 - 37/36
G21K 1/00 - 1/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体を含む試料における磁化の向き又は磁化の大きさを観察する方法であって、
前記試料に照射されることによって前記磁性体を構成する元素に特性X線を放射させる励起線を前記試料上の一領域に照射する照射工程と、
前記励起線の照射によって前記元素が発した前記特性X線を、円偏光成分の回転方向毎に検出した2つの強度として認識する検出工程と、
前記検出工程において認識された前記2つの強度の差を算出する算出工程と、
を含んでいることを特徴とする磁性体観察方法。
【請求項2】
前記励起線は、電磁波ビームである、
ことを特徴とする請求項1に記載の磁性体観察方法。
【請求項3】
前記励起線は、X線を除く電磁波ビームである、
ことを特徴とする請求項2に記載の磁性体観察方法。
【請求項4】
前記励起線は、荷電粒子線である、
ことを特徴とする請求項1に記載の磁性体観察方法。
【請求項5】
磁性体を含む試料における磁化の向きまたは磁化の大きさを観察する装置であって、
前記試料に照射されることによって前記磁性体を構成する元素に特性X線を放射させる励起線を発する励起線源と、
前記励起線の照射によって前記元素が発した前記特性X線を、円偏光成分の回転方向毎に右円偏光成分または左円偏光成分として検出する検出部と、
前記右円偏光成分の強度と前記左円偏光成分の強度との差に基づいて算出された算出値を出力させるデータ処理部と、
を備えていることを特徴とする磁性体観察装置。
【請求項6】
前記励起線源は、前記試料上の励起線照射位置が掃引されるように前記励起線を前記試料上に照射させ、
前記データ処理部は、前記算出値を前記励起線照射位置の掃引に伴い認識し、前記算出値を前記試料上の前記励起線が照射された領域に対応させて表示した画像として出力させる、
ことを特徴とする請求項5に記載の磁性体観察装置。
【請求項7】
前記検出部は、前記特性X線に対する1/4波長板を具備する、
ことを特徴とする請求項5又は6に記載の磁性体観察装置。
【請求項8】
前記検出部は、前記1/4波長板を透過した、直線偏光成分を含む前記特性X線に対して、偏光方向に対応して異なる強度を付与する偏光子を具備する、
ことを特徴とする請求項7に記載の磁性体観察装置。
【請求項9】
前記励起線は、電磁波ビームである、
ことを特徴とする請求項5~8の何れか1項に記載の磁性体観察装置。
【請求項10】
前記励起線は、X線を除く電磁波ビームである、
ことを特徴とする請求項9に記載の磁性体観察装置。
【請求項11】
前記励起線は、荷電粒子線である、
ことを特徴とする請求項5~8の何れか1項に記載の磁性体観察装置。
【請求項12】
前記励起線は、電子線であり、
走査型電子顕微鏡画像または透過型電子顕微鏡画像である顕微鏡画像を取得する画像取得部をさらに備え、
前記データ処理部は、前記顕微鏡画像と、前記励起線が照射された領域と、を対応させて表示した画像として出力させる、
ことを特徴とする請求項11に記載の磁性体観察装置。
【請求項13】
前記試料と前記検出部との間に前記特性X線を平行化する平行化光学系が設けられている、
ことを特徴とする請求項5~12の何れか1項に記載の磁性体観察装置。
【請求項14】
前記平行化光学系は、モンテル型多層膜ミラーにより構成されている、
ことを特徴とする請求項13に記載の磁性体観察装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体の磁化の向きまたは磁化の大きさを観察する方法、および、磁性体の磁化の向きまたは磁化の大きさを観察する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
物質の表面のミクロな幾何学的構造は、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)で容易に観察することができる。物質の表面における元素組成のミクロな2次元分布も、走査型電子顕微鏡において電子線の照射に伴って発生する特性X線を検出することによって、視覚的に認識することが可能である。例えば、特許文献1に記載されるように、こうした機能を有する走査型電子顕微鏡が広く用いられている。一方、永久磁石、電磁鋼板、磁気記録媒体等、磁性体材料を基にした材料の開発等においては、磁区(磁化の向きが揃った領域)の2次元状の構造(磁区構造)を認識できることも望まれる。
【0003】
磁区構造を観察するための機能を走査型電子線顕微鏡に付与した技術として、例えば、非特許文献1に記載のスピンSEMが挙げられる。電子線照射によって強磁性体から発せられた2次電子のスピン偏極は、磁性体の磁化と関連をもつ。特許文献1に記載のスピンSEMにおいては、このことを利用し、2次電子のスピン偏極を測定することによって、走査型電子線顕微鏡における通常の2次電子画像と共に磁化の2次元構造(2次元状磁区構造)を画像化して表示している。
【0004】
また、特許文献2には、磁区構造が画像として認識できる磁気力顕微鏡が記載されている。特許文献2に記載の磁気力顕微鏡においては、原子間力顕微鏡において用いられるカンチレバーに磁性膜を付与することにより、試料からの漏洩磁場のマッピングが可能とされ、これによって磁区構造画像として認識している。また、特許文献3には、試料に対してスピン流注入部材を接合した上で電圧を印加し、試料の熱画像(赤外線画像)を取得することによって磁区構造を画像化して認識することのできる観察装置が記載されている。
【0005】
また、磁区構造を観察する手法として、磁気光学カー効果顕微鏡を用いた観察方法が知られている。この方法は、可視光或いは紫外光を磁性体試料面に照射し、反射光の偏光の変化を計測する手法である。この方法においては、磁気光学カー効果によって測定対象の磁化の向きおよび磁化の大きさに応じて反射光の偏光が変化することを利用して磁区構造を観察する。
【0006】
また、磁区構造を観察する別の手法として、X線磁気円二色性(XMCD)顕微鏡を用いた観察方法も公知である。この方法においては、円偏光のX線を磁性体試料に照射した際に試料に吸収されるX線の割合が円偏光の左右回転方向により異なるという性質(MCD)を利用し、円偏光の左右回転方向の吸収率の差分から、試料の磁化の向きおよび磁化の大きさを計測する。XMCD顕微鏡を用いた磁区観察は、測定試料中の特定元素の吸収端を利用するため、目的の元素を選択的に測定する(元素選択的測定)ことができる。
【0007】
上記XMCD顕微鏡は、照射するX線のエネルギーに応じて軟X線MCD顕微鏡と硬X線MCD顕微鏡とに分類できる。軟X線MCD顕微鏡としては、透過型、電子収量型、転換イオン収量型などが例示される。硬X線MCD顕微鏡としては、透過型、蛍光収量型などが例示される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】「スピン偏極走査電子顕微鏡(スピンSEM)」、孝橋照生、顕微鏡、第48巻、第1号、15頁(2013年)
【文献】日本国公開特許公報「特開2017-44557号」
【文献】日本国公開特許公報「特開2012-233845号」
【文献】日本国公開特許公報「特開2017-191066号」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
永久磁石、電磁鋼板、または磁気記録媒体などの磁性材料は、電気モーター、変圧器、またはハードディスクドライブなどの装置で広く利用されており、磁性材料の性能向上は、産業界における重要な課題である。磁性材料の磁区構造の観察は、磁性材料の材料開発で重要であり、その観察のために、上述のとおり様々な試みがなされている。しかし、これらの従来技術による磁区構造の観察は、一般的に試料表面の磁区構造を観察する技術であり、試料内部の磁区構造を観察することは困難であった。
【0010】
例えば、非特許文献1に記載の技術のように2次電子に関する測定を行う場合には、試料に対する2次電子の透過性が低いために、測定深度が1nm程度に限定されてしまう。このため、磁性体の内部(例えば、深度が数μm程度以上の領域)の磁区構造を観察することはできない。よって、このような磁区観察方法で磁性体内部の磁区構造を観察するためには、試料の薄片化や表面研磨などの事前の試料処理を施さなければならなかった。
【0011】
XMCD顕微鏡は、励起線が放射光X線に限定される。また、硬X線MCDは、磁性材料を構成する代表的な元素として知られる3d遷移金属元素(Fe、Co、Niなど)に対して二色性が小さい(感度が低い)ため、磁性材料の磁区構造の観察に汎用的に利用し難かった。
【0012】
特に透過型のXMCD顕微鏡は、照射X線が透過可能な厚みの試料でなければ、磁区構造の観察は不可能であった。このため、一般的に、透過型のXMCD顕微鏡で磁区構造を観察する場合には、照射X線が透過可能な試料厚みとなるように、事前に試料を薄片化する必要があった。透過型以外のMCD顕微鏡であれば試料の薄片化は必須でないが、電子収量型の軟X線MCD顕微鏡または転換イオン収量型の軟X線MCD顕微鏡の検出深度は電子の脱出深度に依存するため、やはり測定深度が数nm程度に限定された。
【0013】
上記磁気光学カー効果顕微鏡は、上述のとおり反射光を用いて磁区構造を観察する手法であるため、観察前に試料表面を鏡面研磨(ダイヤモンドもしくはアルミナ研磨剤等による機械研磨、または、酸もしくはアルカリによる化学研磨など)を行う必要があった。また、表面処理条件が観察結果に影響を及ぼす場合があった。
【0014】
また、永久磁石、電磁鋼板、または磁気記録媒体などの磁性試料の表面は、被膜処理されている場合、又は、酸化膜等の不可避の被膜が形成されている場合がある。従来の磁区構造観察方法においては、一般的に測定深度が上記被膜の厚みよりも短いため、当該被膜を除去することなく磁性体試料の磁区構造を直接観察することが困難であった。よって、被膜が形成された試料の磁区構造を観察するためには、当該被膜を除去する事前の試料処理を施さなければならなかった。
【0015】
また、上記試料処理(試料の薄片化、または被膜除去など)に起因して磁区構造が変化する場合があることが報告されている。即ち、上記試料処理により試料表面に露出した露出面の磁区構造は、試料処理前の磁区構造(磁性体の内部に存在したときの磁区構造)とは異なる場合がある。このため、磁性体の内部の磁区構造の観察は困難であった。
【0016】
以上のように、従来の磁区構造観察方法は、測定深度が限定されること、試料表面の平坦化や試料の薄片化といった事前の試料処理が必要不可欠であること、といった制約が多く、磁性体観察技術の普及および利用の足枷となっていた。このため、試料に対する制限が緩く、かつ、磁化の向きまたは磁化の大きさの精密な測定が可能である磁性体観察技術が望まれた。
【0017】
本発明の一態様は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、試料に対する制限が緩く、かつ、磁化の向きまたは磁化の大きさの精密な測定が可能な磁性体観察技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
発明者らは、磁性体に励起線を照射したときに生じる特性X線に着目し、鋭意検討したところ、当該特性X線が相当量(容易に計測可能な量)の円偏光成分を含み、磁化の向きに応じて当該円偏光成分の回転方向が変化する(特性X線中に含まれる右円偏光成分と左円偏光成分の割合が変化する)ことを初めて発見した。そして、かかる特性X線の円偏光を計測することで磁性体の磁化の向き又は磁化の大きさを観察し得ることを見出し、本発明を完成した。なお、本明細書において「磁化の向き又は磁化の大きさを観察する」という規定には、(1)磁化の向きのみを観察する態様と、(2)磁化の大きさのみを観察する態様と、(3)磁化の向き及び磁化の大きさの両方を観察する態様とが含まれる。
【0019】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
【0020】
本発明の一態様に係る磁性体観察方法は、磁性体を含む試料における磁化の向き又は磁化の大きさを観察する方法であって、前記試料に照射されることによって前記磁性体を構成する元素に特性X線を放射させる励起線を前記試料上の一領域に照射する照射工程と、前記励起線の照射によって前記元素が発した前記特性X線を、円偏光成分の回転方向毎に検出した2つの強度として認識する検出工程と、前記検出工程において認識された前記2つの強度の差を算出する算出工程と、を含んでいる。
【0021】
本発明の一態様に係る磁性体観察装置は、磁性体を含む試料における磁化の向き又は磁化の大きさを観察する装置であって、前記試料に照射されることによって前記磁性体を構成する元素に特性X線を放射させる励起線を発する励起線源と、前記励起線の照射によって前記元素が発した前記特性X線を、円偏光成分の回転方向毎に右円偏光成分または左円偏光成分として検出する検出部と、前記右円偏光成分の強度と前記左円偏光成分の強度との差に基づいて算出された算出値を出力させるデータ処理部と、を備えている。
【発明の効果】
【0022】
本発明の一態様によれば、試料に対する制限が緩く、かつ、磁化の向きまたは磁化の大きさの精密な測定が可能な磁性体観察技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の実施の形態に係る磁性体観察装置の構成を示す図である。
図2】磁化と特性X線における円偏光成分の回転方向の関係について調べた実験における構成を示す図である。
図3】磁化が一様な場合において、Feの特性X線に含まれる右円偏光成分および左円偏光成分のスペクトルを示す図である。
図4】Feの特性X線の円偏光成分の回転方向毎に検出された強度の差分のスペクトルを、磁化の向きを反転させて測定した結果である。
図5】試料上の磁区構造を模式的に示す図である。
図6】本発明の実施の形態に係る磁性体観察方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
〔用語の定義〕
本明細書において、「磁性体」とは、磁性を帯び得る物質を意味する。換言すると、磁性体は、それを構成する原子が磁気モーメントを有し得る物質である。本明細書においては、磁性体として、各原子の磁気モーメントの向きが互いに揃い全体として磁化を持つ状態を実現し得る物質(所謂、強磁性体およびフェリ磁性体)を想定する。磁性体は、しばしば、鉄やコバルトなどの磁性元素を含む。
【0025】
本明細書において、「磁区」とは、磁性体において磁化の向きが揃った領域を意味する。本明細書において、「磁区構造」とは、磁性体中の磁区の空間分布を指し、各磁区における磁化の向きまたは磁化の大きさについての情報を含む。換言すると、磁区構造は、磁性体における磁区の配置を表す情報と、各磁区における磁化の向きおよび/または磁化の大きさを表す情報と、を含む。なお、磁区構造は、これらの情報以外の情報、を含み得る。例えば、磁区構造は、各磁区における磁化の向き及び/又は大きさに関連する情報を含み得る。或いは、磁区構造は、磁区の境界(磁壁)内部における磁化の向きや大きさの分布についての情報を含み得る。
【0026】
本明細書において、「反転比」とは、強度を求めるなんらかの測定を行う際に、条件1での測定強度をIとし、条件2での測定強度をIとするとき、これらの測定強度の差をこれらの測定強度の和で割った量(I-I)/(I+I)を意味する。
【0027】
円偏光には、右偏光と左偏光とがある。右偏光は、遠ざかる光を固定点において観測したときに、その固定点における電場ベクトルが時間経過と共に右回り(時計回り)に回転する円偏光であり、左偏光は、遠ざかる光を固定点において観測したときに、その固定点における電場ベクトルが時間経過と共に左回り(反時計回り)に回転する円偏光である。本明細書において、「円偏光の回転方向」は、この電場ベクトルの回転方向のことを指し、「右回り」または「左回り」の何れかである。
【0028】
本明細書において、「円偏光度」とは、全光束に対する右円偏光成分の割合と左円偏光成分の割合の差を指す。
【0029】
本明細書において、「特性X線」とは、原子の内殻準位に空孔を生成した際に、脱励起過程において発生するX線をいう。かかる特性X線は、内殻準位間に相当するほぼ決まったエネルギーを持つ。原子の内殻準位に空孔を生成する方法は限定されない。
【0030】
本明細書においては、右円偏光成分の強度をIと表記し、左円偏光成分の強度をIと表記する。
【0031】
〔磁性体観察の原理〕
以下、まず、ここで開示する磁性体観察(方法および装置)の原理について、適宜図面を参照して説明する。
【0032】
磁性体に励起線を照射すると、当該磁性体を構成する元素から特性X線が放射される。かかる特性X線に円偏光成分が含まれることを本発明者らが初めて確認した。当該円偏光成分は、右円偏光成分と左円偏光成分とに区別される。
【0033】
そして、励起線照射部位(磁性体において励起線を照射された部位)の磁化の向きまたは磁化の大きさに応じて、特性X線に含まれる右円偏光成分と左円偏光成分の割合が変化することを本発明者らが初めて発見した。ここで開示する磁性体観察方法は、かかる知見に基づき、特性X線に含まれる右円偏光成分と左円偏光成分との割合を計測することで、励起線照射部位の磁化の向きまたは磁化の大きさ(典型的には磁区構造)を観察する。
【0034】
以下、磁性体として鉄を用い、励起線として放射光X線を用いた場合を例として、磁性体観察方法の原理について説明する。なお、ここでは、磁性体の表面及び内部に磁性体の表面(の接平面)と平行な方向の磁場を印加し、磁性体の磁化の向きを強制的に一方向に揃えた試料を測定対象として用いた。
【0035】
図3は、特性X線の円偏光成分について、右円偏光成分と左円偏光成分とを区別して測定し、それぞれの成分の強度(それぞれの成分に対応する光子が単位時間あたりに検出される頻度)を特性X線のエネルギー毎にプロットした図である。同図において、白丸は右円偏光成分の強度を示し、黒丸は左円偏光成分の強度を示す。同図によれば、特性X線のエネルギーが特定の範囲(図3の例では、6.404±0.004keV)に含まるときには、上記右円偏光成分の強度と左円偏光成分の強度との間に有意な差が存在することが解る。
【0036】
なお、特性X線には、円偏光として検出される偏光成分と、それ以外の偏光成分(以下、「非円偏光成分」という)とが含まれる。非円偏光成分は、直線偏光、45°直線偏光、及び無偏光により構成される。このため、右円偏光成分を検出する際、および、左円偏光成分を検出する際には、それぞれ、円偏光成分と同時に非円偏光成分が検出される。したがって、厳密に言うと、図3に右円偏光成分としてプロットした強度は、右円偏光成分の真の強度と非偏光成分の強度との和であり、図3に左円偏光成分としてプロットした強度は、左円偏光成分の真の強度と非偏光成分の強度との和である。ただし、右円偏光成分と同時に検出される非円偏光成分の強度と、左円偏光成分と同時に検出される非円偏光成分の強度とは、どちらも特性X線に含まれる非円偏光成分の強度の半分であり、互いに等しい。このため、図3に右円偏光成分および左円偏光成分としてプロットした強度は、円偏光成分と同時に検出した非円偏光成分の強度分だけ縦軸方向にシフトすることによって、それぞれ、右円偏光成分および左円偏光成分の真の強度に一致する。また、図3に右円偏光成分としてプロットした強度と図3に左円偏光成分としてプロットした強度との差分は、右円偏光成分の真の強度と左円偏光成分の真の強度との差分に一致する。
【0037】
図4は、上記図3で示す右円偏光成分の強度と左円偏光成分の強度とについて差分を算出し、その差分を特性X線のエネルギー毎にプロットした図である。磁化の向きが所定の向きとなるように磁場を印加した場合の上記右円偏光成分の強度と左円偏光成分の強度との差分を黒丸で示し、磁化の向きが上記所定の向きと逆向きとなるように磁場を印加した場合の上記差分を白丸で示す。図4より、磁化の向きを反転させると、右円偏光強度と左円偏光強度との差分が反転することが解る。
【0038】
このように、エネルギーが特定の範囲に含まれる特性X線の円偏光度を測定することで、励起線照射部の磁化の向きや磁化の大きさを観察することができる。
【0039】
さらに、上記特性X線として、試料を透過する性質(以下、透過力という)が高い硬X線を用いることができる。かかる硬X線領域の特性X線を測定対象とすることで、試料内部から放出された特性X線の円偏光成分を検出することができる。即ち、特性X線が放出された深さの磁区構造を観察することができる。換言すると、励起線および特性X線を選択することで、これらが透過し得る深さの試料内部の磁区構造を、事前の試料処理(薄片化、被膜除去など)をすることなく直接観察することができる。
【0040】
また、一般的に、磁区毎に磁化の向きが異なり、磁区の境界(磁壁)で磁化の向きが急激に変化することが知られている。このため、試料上の励起線の照射位置を掃引し、当該励起線の照射位置に応じて磁化の向きを特定することで、磁区構造をマッピングすることができる。例えば、当該磁区構造をマッピングした情報を試料の撮像画像に重ねて表示することで、磁区構造を可視化し認識し易くなる。
【0041】
また、掃引測定によるマッピングのみでなく、励起線の照射方向に沿う方向(深さ方向)の磁区構造を観察することも可能である。例えば、励起線のエネルギーを変化させて、励起線が材料内に到達する深さを変化させて計測する、或いは、受光光学系の見込む箇所を、試料位置を上下させることなどによって、深さ方向に変化させて計測することで、深さ方向の磁区構造を観察できる。上記掃引測定による励起線の照射方向に対して垂直な表面(水平面)の磁区構造観察と、上記深さ方向の磁区構造の観察とを組み合わせれば、磁区構造の3次元観察も実現可能である。
【0042】
また、磁性体を構成する元素によって、特性X線のエネルギーが異なることが知られている。このため、特性X線のエネルギースペクトルを測定することで、磁性体を構成する元素のマッピングも可能である。なお、かかる元素マッピングと上記磁区構造の観察とは同時に実現可能である。
【0043】
〔磁性体観察方法〕
以下、ここで開示する磁性体観察方法について、適宜図面を参照して説明する。図6は、この磁性体観察方法を示すフローチャートである。ここで開示する磁性体観察方法は、試料に励起線を照射する照射工程(S10)と、特性X線に含まれる円偏光成分を検出する検出工程(S20)と、検出した円偏光に含まれる右円偏光成分と左円偏光成分の差を算出する算出工程(S30)と、を包含する。
【0044】
上記照射工程(S10)は、磁性体を含む試料に励起線を照射し、当該磁性体を構成する元素から特性X線を放射させる工程である。
【0045】
観察対象である磁性体試料は、磁性体を含む限り特に限定されない。磁性体とは、磁性を帯び得る物質であり、例えば、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、ネオジウム(Nd)、サマリウム(Sm)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)などの磁性元素を含む。
【0046】
例えば、鉄(Fe)は代表的な磁性元素である。かかる鉄(Fe)から放出される特性X線は硬X線(例えばFeKα)を含む。かかる特性X線(FeKα)を測定対象とすることで、鉄からなる試料(実質的に鉄の含有量が100%である試料)は、試料内部の磁化の向き又は磁化の大きさを観察することができる。ここで、試料内部は、試料表面からの深さが数μm以上(例えば5μm以上)の領域、より好ましくは試料表面からの深さが10μm以上の領域であり、例えば、試料表面からの深さが40μm程度の領域である。
【0047】
なお、観察対象の試料に含まれる磁性体(典型的には磁性元素)の含有量は特に制限されない。換言すれば、観察対象の試料に磁化されている部分(典型的には、試料中で磁性体が存在する領域、あるいは試料中で磁性元素が存在する領域)が存在すれば、かかる磁化された部分の磁化の向きまたは磁化の大きさを観察する目的にここで開示する技術を利用できる。
【0048】
例えば、磁性元素の含有量が多い(例えば90質量%以上、より好ましくは実質的に100質量%)試料に対して、ここで開示する方法を適用できる。或いはまた、磁性元素の含有量が少ない(例えば1ppm程度以下)場合であっても、観察対象試料中で磁化されている部分(例えば当該磁性元素が存在する領域)の大きさが検出可能なサイズ以上であれば、当該磁化されている部分の観察にここで開示する技術を適用可能である。例えば、試料中に極微量に存在する磁性元素(磁性体)の混入確認およびその磁化の向きまたは磁化の大きさの観察に、ここで開示する技術を利用してもよい。
【0049】
上記励起線は、磁性体を構成する元素から特性X線を放射させることが可能であれば、特に限定されない。
【0050】
特性X線を発生させるためには、特性X線の種類毎に決まっているエネルギー閾値以上の励起線を照射する必要がある。このエネルギー閾値は、磁性体を構成する元素によっておおよそ決まっており、励起線の種類には強く依存しない。
【0051】
上記特性X線としては、FeKα、CoKα、NiKα、MnKα、などが例示される。これらの特性X線のエネルギーと、励起線がX線の場合の励起エネルギーのエネルギー閾値との関係を表1に示す。例えば、磁性体を構成する元素がFeの場合、7.11keV以上の励起線を照射すると、6.404keVの特性X線が放射される(eV=電子ボルト)。特性X線のエネルギーが大きいほど、当該特性X線は試料から脱出し易い。即ち、エネルギーの大きな特性X線を測定対象とすることで、大きな測定深度を得られる、即ち、試料深部(試料内部)の磁化の向きまたは磁化の大きさを観察することができる。
【0052】
なお、表中の特性X線は表中の磁性元素から放出される代表的な特性X線を例示したに過ぎず、表中の各磁性元素は、表中に例示していない特性X線も放出し得る。例えば、Feは、FeKα、FeKα、FeKβなどの種々の特性X線を放出し得る。
【0053】
【表1】
なお、特に限定することを意味するものでは無いが、本明細書において「硬X線」とは、後述の検出工程(S20)において円偏光成分の回転方向を区別可能であれば特に限定されない。例えば3keV以上のエネルギーのX線を本明細書における「硬X線」とすればよい。
【0054】
即ち、上記励起線は、磁性元素を励起させ得る(すなわち、脱励起過程において磁性元素から特性X線を放出させ得る)エネルギー以上のエネルギーを有するものであればよく、X線に限定されない。X線以外の励起線、例えば、ガンマ線などのX線以外の電磁波ビーム、または、電子線、イオンビーム、陽電子線、陽子線、もしくはμ粒子線などの荷電粒子線等を用いてもよい。試料内部の磁区構造を観察する観点では、試料への透過力の高い励起線を選択することが好ましい。
【0055】
例えば、X線は、試料への透過力が高い傾向がある。特に、軟X線と比較して、硬X線(高エネルギーのX線)は透過力が高いため、励起線として好ましい。
【0056】
例えば、主な構成元素が鉄である磁性体(例えば電磁鋼板や永久磁石)であれば、硬X線を励起線として用いることによって、例えば1μm以上(好ましくは10μm以上、例えば40μm程度)の深さまで観察することができる。
【0057】
また、表面に被膜が形成された試料であっても、当該被膜を除去することなく、被膜下の磁性体の磁化の向きまたは磁化の大きさを観察することができる。例えば、(1)構成元素が軽元素であるエポキシ製の被膜であるときには、被膜の厚みが1mm程度以下であれば、また、(2)軽金属であるアルミニウム製の被膜であるときには、被膜の厚みが100μm程度以下であれば、磁性体が被膜で被覆された状態であっても、当該被膜を除去することなく、当該被膜下の磁性体の磁化の向きまたは磁化の大きさを観察することができる。
【0058】
或いはまた、励起線として電子線を用いる場合、主な構成元素が鉄である磁性体(例えば電磁鋼板や永久磁石)であれば、0.1μm以上(例えば2μm程度)の深さまで磁化の向きまたは磁化の大きさを観察することができる。また、励起線として用いる電子線の加速電圧が通常のTEMの加速電圧(300kV)と同程度であれば、励起線としてX線を用いる場合と同程度の深さ(例えば1μm以上、好ましくは10μm以上、例えば20μm程度)まで磁化の向きまたは磁化の大きさを観察することが可能である。
【0059】
また、励起線として電子線を用いる場合においても、表面に被膜が形成された試料であっても、当該被膜を除去することなく、被膜下の磁性体の磁化の向きまたは磁化の大きさを観察することができる。励起線として用いる電子線の加速電圧が通常のSEMの加速電圧(30kV)である場合、エポキシ製またはアルミニウム製の被膜であれば、実用的な厚みの被膜(例えば、厚みが5μm~10μm程度の被膜)が形成された状態であっても、当該被膜を除去することなく、当該被膜下の磁性体の磁化の向きまたは磁化の大きさを観察することができる。また、励起線として用いる電子線の加速電圧が通常のTEMの加速電圧(300kV)である場合、(1)エポキシ製の被膜であるときには、被膜の厚みが400μm程度以下であれば、また、(2)アルミニウム製の被膜であるときには、被膜の厚みが100μm程度以下であれば、磁性体が被膜で被覆された状態であっても、当該被膜を除去することなく、当該被膜下の磁性体の磁化の向きまたは磁化の大きさを観察することができる。
【0060】
なお、電子線は、ビームサイズが小さくなるよう集光し易い。ビームサイズが小さな電子線は、高い空間分解能での観察に適する。このため、電子線は、微細な磁区構造(微細な領域における磁化の向きまたは磁化の大きさ)を観察するための励起線として好ましい。
【0061】
励起線が電子線の場合、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)やSEMなどの電子顕微鏡に搭載される電子銃を励起線源として利用することができる。SEMレベル(たとえば1nm以上1μm以下、典型的には3nm以上300nm以下)に集光した電子線を励起線として利用することで、汎用性の高い観察を実現できる。或いはまた、TEMレベル(例えば0.3nm以上30nm以下)に集光した電子線を励起線として用いれば、より高い空間分解能での観察を実現できる。
【0062】
或いはまた、励起線が放射光X線の場合、励起線を50μm以下(例えば10μm程度)に集光することが可能であり、より高度な集光技術を用いれば、1μm以下(例えば200nm~300nm程度)に集光することも可能である。これら集光ビーム(集光した放射光X線)を試料に照射すれば、高い空間分解能での観察を実現できる。
【0063】
上記励起線の照射範囲は特に限定されない。例えば、励起線を直径0.1nm以上1mm以下(典型的には1nm以上100μm以下)程度に集光して、集光した励起線を試料に照射すればよい。
【0064】
また、励起線の照射位置を試料上で掃引することで、磁区構造を観察することができる。かかる掃引の方法は特に限定されず、例えば、励起線の光源を移動する、または試料を移動することによって、励起線の照射位置を調整することができる。
【0065】
上記検出工程(S20)は、上記照射工程(S10)にて試料から放射された特性X線を検出する工程である。典型的には、特性X線の円偏光成分を回転方向毎に区別して検出する。即ち、上記特性X線の検出方法は、右円偏光成分と左円偏光成分とを区別して検出可能な方法を好適に採用できる。
【0066】
かかる検出工程(S20)は、右円偏光成分と左円偏光成分とを区別して検出できるように、右円偏光成分と左円偏光成分とを分別する円偏光分別工程(S21)と、当該円偏光分別工程(S21)により分別された各円偏光成分(右円偏光成分および左円偏光成分)の強度を検出する強度検出工程(S22)とを具備してもよい。
【0067】
円偏光分別工程(S21)は、例えば、(1)特性X線に含まれる右円偏光成分および左円偏光成分の一方を、第1の偏光方向を有する直線偏光成分に変換すると共に、他方を、第1の偏光方向と異なる第2の偏光方向を有する直線偏光成分に変換する変換工程と、(2)変換工程にて得られた第1の偏光方向を有する直線偏光成分および第2の偏光方向を有する直線偏光成分の両方を含む特性X線から、第1の偏光方向を有する直線偏光成分または第2の偏光方向を有する直線偏光成分の何れか一方を抽出する抽出工程と、により構成することができる。例えば、(1)変換工程において、右円偏光成分が第1の偏光方向を有する直線偏光成分に変換され、(2)抽出工程にて、第1の偏光方向を有する直線偏光成分が抽出される場合、この円偏光分別工程(S21)によって、右円偏光成分が分別されることになる。なお、円偏光分別工程(S21)において、右円偏光成分を分別するか左円偏光成分を分別するかは、例えば、以下の2つの方法の何れかにより切り替えることができる。第1の方法は、変換工程において、特性X線に含まれる右円偏光成分を第1の直線偏光成分に変換するか(この場合、左円偏光成分は第2の直線偏光成分に変換される)、特性X線に含まれる右円偏光成分を第2の直線偏光成分に変換するか(この場合、左円偏光成分は第1の直線偏光成分に変化される)、を切り替える方法である。第2の方法は、抽出工程において、特線X線から第1の直線偏光成分を分離するか、特性X線から第2の直線偏光成分を分離するか、を切り替える方法である。
【0068】
上記円偏光分別工程(S21)の変換工程は、例えば、1/4波長板(λ/4板)等の波長板を用いて実現することができる。かかる1/4波長板は、従来公知のものを特に制限なく使用可能であり、特性X線の波長に応じて選択すればよい。例えば、ダイヤモンド単結晶の波長板、シリコン(Si)製の波長板、ゲルマニウム(Ge)製の波長板等がある。特に、ダイヤモンド単結晶の波長板(軽元素材料の波長板)は、X線の吸収が少ないため最適である。
【0069】
かかる波長板を用いた円偏光成分の分別方法は特に限定されず、従来公知の方法を採用すればよい。以下、波長板としてダイヤモンド単結晶を用いる場合を例として好適な実施態様の一例を説明する。
【0070】
まず、波長板(ダイヤモンド単結晶)を、受光光学系の光軸上に配置する。この際、波長板の向きは、ブラッグ反射条件を満たして波長板が試料から放射された特性X線をブラッグ反射するように設定する。以下、このときの波長板の位置を、基本位置(0°位置)という。次に、波長板を、受光光学系の光軸に直交する軸を回転軸として、基本位置から所定の回転角だけ回転させる。この回転角は、回転後の波長板が+1/4波長板として機能するように、すなわち、回転後の波長板によって右円偏光成分が縦に偏光する直線偏光に変換され、左円偏光成分が横に偏光する直線偏光に変換されるように決められている。以下、この回転角を、A°といい、このときの波長板の位置を、+A°位置という。
【0071】
ここで、直線偏光の偏光方向としての「縦」「横」とは、受光光学系の光軸に直交する面内で適宜設定される2軸(X軸、Y軸)をいい、これらX軸とY軸とは前記面内で直交する。ここでは「横」をX軸とし、「縦」をY軸として説明する。
【0072】
一方で、波長板(ダイヤモンド単結晶)を、受光光学系の光軸に直交する軸を回転軸として、上記+1/4波長板として使用する場合とは逆方向に0°位置からA°回転させると(ここでは-A°位置という)、波長板によって、右円偏光成分が横に偏光する直線偏光に変換され、左円偏光成分が縦に偏光する直線偏光に変換される。換言すると、1/4波長板を通過する前の円偏光成分の回転方向に応じて直線偏光の偏光方向が90°異なる。即ち、右円偏光成分が波長板を通過した場合の直線偏光と左円偏光成分が波長板を通過した場合の直線偏光とは偏光方向が直交する。
【0073】
このように、ダイヤモンド単結晶は1/4波長板(λ/4板)として機能する。即ち、波長板および/または後述の偏光子の位置を切り替える(例えば、波長板の位置を上記+A°位置と-A°位置とを切り替える)ことで特性X線に含まれる円偏光成分を回転方向毎に区別することができる。
【0074】
ここで、上記回転軸は特性X線の進行方向に直交する方向であれば特に限定されない。好ましくは、後述の偏光子(アナライザー)の縦横に対して45°傾いた方向と一致するように回転軸を設定するのが好ましい。
【0075】
また、上記波長板の回転角度(A°)は適宜設定すれば良い。例えば、A°=0.01°程度の回転(位置の切り替え)で、1/4波長板として機能し得る。このため、例えば0<A°≦90°の範囲で適宜設定すればよい。
【0076】
上記円偏光分別工程(S21)の抽出工程は、例えば、直線偏光子(アナライザー)を用いて実現することができる。かかる直線偏光子は、従来公知のものを特に制限なく使用可能であり、特性X線の波長に応じて選択すればよい。抽出工程に利用可能な直線偏光子としては、例えば、シリコン製の直線偏光子、ゲルマニウム製の直線偏光子等が挙げられる。
【0077】
かかる直線偏光子を用いた直線偏光成分の分離方法は特に限定されず、従来公知の方法を採用すればよい。以下、直線偏光子としてゲルマニウム単結晶を用いる場合を例として一例を説明する。
【0078】
まず、直線偏光子を、受光光学系の光軸上に配置する。この際、直線偏光子の向きは、ブラッグ条件を満足して直線偏光子が波長板を透過した特性X線をブラッグ反射するように設定する。ブラッグ反射の角度(直線偏光子の反射面と受光光学系の光軸との成す角)は45°に近いことが望ましく、好適には45°±5°、より好適には45°±3°に収まることが望まれる。特性X線のエネルギーに応じて、このようなブラッグ反射を生じる単結晶を選択する。単結晶は、この状態で、直線偏光子の回転軸に対して平行(縦)な偏光方向を持つ直線偏光を、直線偏光子の回転軸に対して垂直(横)な偏光方向を持つ直線偏光とは区別して選択的にブラッグ反射する、所謂直線偏光子として機能する。このように特性X線に含まれる直線偏光成分を、直線偏光子の回転軸に対する縦横毎に区別することができる。
【0079】
特性X線には、実際には異なる元素、異なる脱励起過程の発光(Kα線、Kβ線、Lα線、など)に対応した複数の特性X線が含まれる。このため、特性X線のスペクトルにおいては、複数のピークが存在する。即ち、試料Sから発せられる特性X線は、単色ではない。このため、上記偏光子は、特定のエネルギー帯域のX線を選択的に検出することが好ましい。即ち、上記偏光子は、特性X線のエネルギー分解(X線のエネルギーの検出)も行うことが好ましい。
【0080】
例えば、偏光子の設定により、特定の特性X線(例えばFeのKα線)に対応した狭いエネルギー帯域に属する特性X線を後述のX線検出器にて検出可能となる。
【0081】
上記偏光子としては、偏光方向を選択する、またはエネルギー帯域を選択する、といった所望の効果を発揮し得るものを適宜選択して用いればよい。例えば、対象試料が鉄(Fe)であれば、Geの単結晶で構成された偏光子を好適に使用し得る。
【0082】
通常、上記特性X線は、円偏光の他に直線偏光などの非円偏光成分を包含する。右円偏光成分と左円偏光成分とを区別して検出する、とは、特性X線から右円偏光成分または左円偏光成分のみを検出することに限られない。すなわち、一方の円偏光成分を検出する際に他方の円偏光成分が同時に検出されなければよく、各円偏光成分を検出する際に非円偏光成分が同時に検出されても構わない。例えば、上記1/4波長板の位置を切り替えて各円偏光成分を検出する場合、右円偏光成分検出時と左円偏光成分検出時で、非円偏光成分が検出結果に等分に包含される。
【0083】
上記円偏光分別工程(S21)は、特性X線の進行方向を揃える手段をさらに備えても良い。通常、励起線により発生する特性X線の進行方向(放射方向)は放射状であり平行でない。一方で、円偏光の分別は平行光を用いることが好ましい。このため、円偏光を分別する前に、特性X線が平行光となるよう、適宜平行化(コリメート)を行うことが好ましい。このため、好ましくは、特性X線を平行光とするための平行化光学系を上記円偏光分別手段(例えば波長板)の前に備える。
【0084】
上記強度検出工程(S22)は、特性X線に含まれる各円偏光成分の強度を検出する工程である。例えば、単位時間内に円偏光成分を構成する光子が検出される頻度を、円偏光成分の強度として検出すればよい。例えば、特性X線に含まれる右円偏光成分および左円偏光成分の割合を、各円偏光成分の強度を表す指標として検出することができる。
【0085】
例えば、上記円偏光分別工程(S21)にて円偏光の回転方向に応じて分別された特性X線を、従来公知のX線検出器でそれぞれ検出すればよい。例えば、特許文献1に記載の技術と同様に、このエネルギーのX線を高感度で検出できる半導体検出器(例えばシリコンドリフト検出器)を用いることができる。
【0086】
磁性体を構成する元素により、特性X線のエネルギーが異なることが知られている。例えば、磁性元素がFeの場合、FeKα線(ピークエネルギー=6.404keV)、Coの場合はCoKα線(ピークエネルギー=6.930keV)、Niの場合はNiKα(ピークエネルギー=7.478keV)、Mnの場合はMnKα(ピークエネルギー=5.899keV)といった、ピークエネルギーが異なる複数の特性X線が放出される。図4より、かかる特性X線のピークエネルギー(図4では6.404keV)を挟んだ2つのエネルギー領域において、右円偏光成分と左円偏光成分の強度(図4中のIとI)には有意な差異が見られ、中心エネルギーを境にIとIの大小関係は逆転する。また、これらの関係は、印加磁場の方向(磁化の方向)が逆転した場合には、反転する。このため、中心エネルギー近傍で中心エネルギー以外のある1点のエネルギー(例えば6.405keV)での右円偏光成分の強度(I)、左円偏光成分の強度(I)を測定することによって、試料中の磁化の向きを観察することができる。
【0087】
ここで、本明細書において中心エネルギーとは、上記右円偏光成分の強度(I)と左円偏光成分の強度(I)の大小関係が逆転するエネルギーをいう。例えば、上記特性X線がKαの場合には、上記右円偏光成分の強度(I)と左円偏光成分の強度(I)の大小関係は上記の各特性X線のピークエネルギーを境として逆転する。よって、この場合には、各特性X線のピークエネルギーを、中心エネルギー(典型的には、特性X線のピークエネルギー±0.002keVの範囲内の所定のエネルギー)と見做せばよい。
【0088】
上記算出工程(S30)は、上記検出工程(S20)で検出した右円偏光成分の強度と、左円偏光成分の強度とを比較する。典型的には、右円偏光成分の強度と左円偏光成分の強度との差分を算出する。かかる差分の符号は、磁化の向きを表す。したがって、かかる差分を算出することは、磁化の向きを特定することに相当する。また、かかる差分の大きさは、磁化の大きさと相関する。したがって、かかる差分を算出することは、磁化の大きさを特定することに繋がる。
【0089】
好適な一態様では、上記右円偏光成分の強度(I)と上記左円偏光成分の強度(I)との差分(I-I)を規格化する。例えば、上記差分(I-I)を検出された円偏光成分の強度の和(I+I)で除し、これを「反転比」として算出する。かかる反転比の符号に基づき、磁化の向きを特定可能であり、また、かかる反転比の大きさに基づき、磁化の大きさを特定可能である。規格化の手法は特に限定されず、適宜選択すればよい。即ち、上記のような差分I-I、比率(I-I)/(I+I)等だけでなく、I、Iの差を高いS/N比で反映するような量を適宜設定することができる。
【0090】
上記反転比は、上記差分が強調され、円偏光の回転方向を認識し易くなるため磁区観察の指標として好適である。
【0091】
また、試料表面の形状(典型的には凹凸)により特性X線の強度が変化する場合がある。このため、試料表面の形状が上記右円偏光成分の強度と左円偏光成分の強度の差分の大小に影響してしまい、磁区構造の観察精度が低下する場合がある。一方、上記反転比は、上記差分そのものよりも試料表面の形状の影響を受け難い。このため、当該反転比を磁区構造観察の指標として採用することで、磁区構造観察の精度を向上し得る。
【0092】
特性X線を一方向からのみ検出する場合は、磁化(ベクトル)の受光軸方向への射影成分の向きおよび大きさに対応する情報が得られる。このため、磁化の向きをベクトルとして観察する場合、受光軸方向の異なる測定系を用いて試料からの特性X線を検出することによって、磁化ベクトルの各受光軸方向への射影成分を個別に計測する必要がある。このような場合であっても、反転比を用いれば、検出結果を受光軸毎に校正することなく、各受光軸に対応する計測値を直接比較することができるので、好ましい。
【0093】
上記右円偏光成分の強度と上記左円偏光成分の強度との差分の符号および絶対値は、それぞれ、磁化(ベクトル)の受光軸方向への射影成分の向きおよび大きさに対応する。このため、特性X線を異なる複数の方向から検出することにより、磁化をベクトルとして認識することもできる。
【0094】
具体的には、上記特性X線を異なる検出方向から検出するように複数の検出器を配置し、各検出器の検出結果に基づいて算出された上記反転比を比較することで、磁化をベクトル測定することができる。例えば、2つの検出器を、特性X線の検出方向が90°異なる位置に配置して試料を観察することで、面内方向(平面)の磁化を2次元のベクトルとして測定できる。或いはまた、3つの検出器を、特性X線の検出方向が直交3方向に異なる位置に配置して試料を観察することで、磁化を3次元のベクトルとして測定できる。
【0095】
例えば、受光軸方向が可変な測定装置を用いて、特性Xを異なる複数の方向から順次計測することにより2次元或いは3次元ベクトルとして計測することも可能である。また、試料台を回転させるなど、試料の受光光軸に対する向きを変えることにより、特性X線を異なる複数の方向から順次計測することも可能である。これらにおいて、複数の方向からの計測において掃引をそれぞれ独立に行い、得られた結果を画像認識によって、互いのデータにおける同一試料位置からのデータを導出し、これらを重ね合わせることにより、ベクトルのマッピングを得ることも可能である。
【0096】
一方で、永久磁石材料、方向性電磁鋼板、または磁気メモリ材料などでは、磁化の向きが決まっている場合が多く、その向きおよび大きさの計測として、検出方向が一方向のみで十分である場合も多い。
【0097】
〔磁性体観察装置〕
以下、本発明の実施の形態に係る磁性体観察装置について説明する。図1は、この磁性体観察装置1の構成を示す図である。ここでは、試料Sの表面(図1における上側の面)の各点における磁化の向きまたは磁化の大きさが認識される。或いはまた、試料Sの内部の磁化の向きまたは磁化の大きさを認識することもできる。これによって、磁化の向きが揃った領域(磁区)の分布を認識することができる。
【0098】
この磁性体観察装置1は、従来より知られる走査型電子顕微鏡と同様の構成の部分を具備する。まず、図1において、磁性体観察装置1の最上部には、電子源(電子銃)11が設けられている。電子源11は、電子線(励起線)E1を、図中下側に向けて発する。電子光学系12には、試料台13上に固定された試料S上で電子線E1のエネルギー、ビームサイズ、ビーム形状、および強度が適正となるように、電子線E1を成形するためのコイルおよび/または電極が含まれている。また、電子光学系12には、試料S上で電子線E1を掃引するための偏向コイルも設けられていてもよい。この場合、試料Sの表面を2次元的に走査するように、あるいは、試料Sの内部を3次元的に走査するように、電子線E1の進行方向を変化させることができる。すなわち、電子源11と電子光学系12とは、電子線(励起線)E1を試料S上で走査するための励起線源10として機能する。
【0099】
また、試料Sの上面側には、試料Sの表面に電子線E1が照射されることによって発生した2次電子E2を検出する電子検出器20が設けられる。なお、電子検出器20で検出される電子には、2次電子E2の他に、反射電子等も含まれ得る。制御部21は、上記の構成を制御し、電子線E1の掃引に伴う電子検出器20の検出強度を2次元画像として表示部(ディスプレイ)22で表示させるデータ処理部としても機能する。この二次元画像において、電子検出器20の検出強度は、例えば、試料Sにおける電子線E1の照射箇所に対応させて示される。この二次元画像が試料Sの表面の電子線画像となる。上記の構成は、従来より知られる走査型電子顕微鏡(SEM)と同様である。このため、この磁性体観察装置1は、通常の走査型電子顕微鏡としても機能する。なお、試料Sを固定して電子線E1を掃引する代わりに、電子線E1は固定し試料Sを面内方向で移動させてもよい。
【0100】
ここでは、この磁性体観察装置1においては、上記のように2次電子や反射電子を測定する構成に加え、電子線E1の照射によって試料Sの表面において、磁性材料となる元素が発する特性X線を測定するための構成が用いられる。この元素としては、磁性元素であるFe、Co、Ni、Mn、Nd、Sm、Gd、Tb、Dy等があり、これらの特性X線のエネルギーは周知である。例えば、以下の例では、この特性X線として磁性体元素であるFeのKα線(6.404keV)が用いられる。特許文献1に記載されるように、従来より知られるX線マイクロアナライザにおいても、試料から発せられるX線のスペクトルにおいて特性X線を認識することによってこの特性X線を発した元素が特定され、試料の組成分析が行われる。これに対して、この磁性体観察装置1においては、特性X線に含まれる右円偏光成分及び左円偏光成分の強度をそれぞれ測定することによって、磁化についての情報が得られる。
【0101】
このため、ここでは、特性X線の右円偏光成分及び左円偏光成分の強度をそれぞれ検出するための検出部30が設けられる。検出部30では、まず、試料Sにおいて電子線E1で照射された箇所から発散して発せられるX線X1を平行光とする(平行化する)ための平行化光学系31が用いられる。X線X1には、実際には異なる元素、異なる脱励起過程の発光(Kα線、Kβ線、Lα線、など)に対応した複数の特性X線および特性X線ではない連続X線なども含まれるため、X線X1のスペクトルにおいては、複数のピークが存在する。その後、このX線X1は、測定対象となる特性X線のエネルギーに対応する波長板32を通過する。波長板32は、測定対象とする特性X線のエネルギー(波長)に対応した1/4波長板(λ/4板)である。また、受光光学系の光軸に直交した軸の周りの波長板32の位置(角度)は、制御部21によって、後述するように2種類に切り替え可能とされる。
【0102】
上述のとおり、各円偏光成分は、波長板32を通過すると、所定の方向に偏光した直線偏光となる。即ち、波長板32を通過する前の円偏光成分の回転方向(右回り、左回り)に応じて、波長板32を通過した後の直線偏光の偏光方向は90°変化する。換言すると、波長板32を通過した円偏光成分は、縦(垂直)に偏光する直線偏光、または横(水平)に偏光する直線偏光となる。特性X線として後述するFeのKα線(6.404keV)を想定する場合、λ/4板として機能する波長板32は、例えばダイヤモンド等を用いて構成することができる。
【0103】
波長板32を通過した後のX線X2は、特定の偏光方向の成分のみを選択的にブラッグ反射させる反射型の偏光子33で反射され、X線X3となる。このX線X3は,X線検出器34で検出され、電気信号として出力される。また、偏光子33は、例えばGeの単結晶で構成され、上記のような特定の偏光方向の成分だけでなく、特定のエネルギーのX線のみを狭い帯域で選択的に回折させる。このため、試料Sから発せられるX線X1は上記のように単色ではないが、偏光子33の設定によって、特定の特性X線(例えばFeのKα線)に対応した狭いエネルギー帯域のX線X3としてX線検出器34で検出することができる。X線検出器34としては、特許文献1に記載の技術と同様に、このエネルギーのX線を高感度で検出できる半導体検出器(例えばシリコンドリフト検出器)を用いることができる。
【0104】
ここで、例えば特性X線に含まれる左円偏光成分が波長板32を通過した後の偏光方向が偏光子33で選択的に回折(ブラッグ反射)される方向と等しくなるように波長板32の配置を設定した(例えば、波長板32を上記-A°位置とする)場合、特性X線に含まれる左円偏光成分がX線検出器34で検出される。この場合、特性X線に含まれる右円偏光成分が波長板32を通過した後の偏光方向は、特性X線に含まれる左円偏光成分が波長板32を通過した後の偏光方向と直交する。したがって、この場合、特性X線に含まれる右円偏光成分は、X線検出器34で検出されない。一方、波長板32を回転させた場合(例えば、波長板を上記+A°位置とする)には、波長板32を通過する特性X線の偏光方向が90°変化するため、逆に、右円偏光成分がX線検出器34で検出され、左円偏光成分はX線検出器34はX線検出器34で検出されない。なお、同様に円偏光成分の回転方向毎の特性X線の強度がX線検出器34で得られる限りにおいて、波長板32の上記のような配置(光軸に直交した軸の周りの位置)の設定は適宜行われる。
【0105】
このため、制御部21は、X線X1が発せられる際に、波長板32を上記のように光軸周りにおける2種類の位置に切り替えて検出器34の出力を得ることによって、円偏光の回転方向毎の特性X線の強度を認識することができる。ここで、この円偏光の回転方向毎の特性X線の強度の差分、すなわち、右円偏光成分と左円偏光成分との強度の差分は、以下に説明するように、試料Sにおける表面或いは内部の磁化の向きまたは磁化の大きさを反映する。
【0106】
磁性体(Fe)から発せられる特性X線の偏光状態と磁化の向きおよび磁化の大きさの関係について実際に調べた結果について説明する。円偏光したX線に対する強磁性体の透過率が磁化の向きに応じて変化することは、XMCD(X-ray Magnetic Circular Dichroism:X線磁気円二色性)として周知である。これに対して、本願発明では、Fe原子が発する特性X線自身に円偏光成分が含まれ、この円偏光成分における各回転方向の成分(右円偏光成分および左円偏光成分)の比率が、磁化によって変化することを利用している。
【0107】
試料SとしてFeで構成された板を用い、磁化と特性X線における上記の円偏光の特性について調べた。図2は、この測定の際の構成を示す図である。図1の構成では、試料Sにおける磁性元素に対して特性X線を放射させるための励起線として電子線E1が用いられるものとしたが、ここでは、7.13keVに単色化された高強度のシンクロトロン放射光X線(放射光X線R)が代わりに用いられた。また、試料Sにおける磁化を飽和状態にできる程度の強い外部磁場Hが極性を反転できるようにして試料Sの主面の面内方向に印加された。スリット41を通過した放射光X線Rを試料Sの主面と垂直に試料Sに入射させた。その結果、磁化(外部磁場H)の方向と放射光X線Sの方向とに平行な面内において出射角が45°となるように試料Sから放射されたX線X1が、スリット42を介して前記と同様の波長板32、偏光子33、およびX線検出器34を用いて検知された。なお、本実施態様では上記特性X線(X線X1)の出射角を45°としたが、当該出射角はこれに限定されない。また、ここでは平行化光学系31を用いずに観察を行ったが、上記電子線を励起線に用いる場合と同様に、当該放射光X線を励起線に用いた場合であっても、平行化光学系31を波長板32よりも上流に配置してもよい。
【0108】
図3は、上記のように波長板32における2種類の状態を切り替えてX線検出器34で検出した検出結果(エネルギースペクトル)である。ここで検出された特性X線はFeのKα線に対応する。上記の2種類の状態での出力が混合した状態(偏光状態を区別しないでX線検出器34が検出した場合)でのピークは6.404keVとなる。図3においては、上記の2種類の状態の各々におけるX線検出器34の出力(600秒当たりのカウント数)が、それぞれ強度I図3における白丸)、強度I図3における黒丸)としてエラーバー付きで示されている。前記のとおり、強度I、Iは、回転方向が互いに逆向きの円偏光成分の強度に対応する。ただし、試料Sから放射される特性X線には、円偏光以外の非円偏光成分も多く含まれる。このため、強度I、Iは、円偏光成分の強度と、波長板32、偏光子33等では弁別できない非円偏光成分の強度との和を示すことになる。なお、強度Iとしてカウントされる非円偏光成分の強度、及び、強度Iとしてカウントされる非円偏光成分の強度は、それぞれ、特性X線に含まれる非円偏光成分の強度の1/2になる。
【0109】
図3の特性より、強度I、Iの差は、FeのKα線のピークである6.404keVの周りで有意に異なっている。この差は、特性X線(FeのKα線)における右円偏光成分と左円偏光成分との強度の違いを反映している。印加する外部磁場Hの向きを反転させることによって、試料Sの磁化の向きを反転させることができる。外部磁場Hの向きを反転させる前および後のそれぞれについて、(I-I)/(I+I)をプロットしたグラフを図4に示す。外部磁場Hを反転させる前および後の試料Sの状態は、それぞれ、水平方向における磁化が試料Sにおいて全ての磁区で一様に第1の向きに揃った状態と、水平方向における磁化が試料Sにおいて全ての磁区で一様に第2の向き(第1の向きと反対向き)に揃った状態とに対応する。差I-Iは、波長板32の切り替えを行った際の検出器34の出力の差に相当する。図4では、外部磁場Hの向きを反転させる前の結果を+H(黒丸)、外部磁場Hの向きを反転させた後の結果を‐H(白丸)として、それぞれエラーバー付きで示されている。図中の曲線は、eye guideとしての近似曲線である。なお、ここでは、規格化因子として(I+I)の代わりに[(I)+(I)]peak(図3の黒丸と白丸のスペクトルの和のピーク値を使用)を採用した。
【0110】
図4より、中心エネルギー(6.404keV)を挟んだ2つのエネルギー領域において、強度Iと強度Iには有意な差異が見られ、中心エネルギーを境に強度Iと強度Iの大小関係は逆転する。また、この大小関係は、外部磁場Hの向きの反転に伴い、試料Sの磁化の向きが逆転した場合には、反転する。このため、中心エネルギー近傍で中心エネルギー以外のある1点のエネルギー(例えば6.405keV)での強度I、Iを測定することによって、少なくとも試料Sの主面と平行な方向(磁場の印加された方向)中の磁化の向きを判定することができる。また、あるいは、中心エネルギーよりも低エネルギー側における差分I-Iの積分値と、中心エネルギーよりも高エネルギー側における差分I-Iの積分値とを用いることによって、より誤差を少なくして、この判定を行うことが可能である。また、差分I-I、比率(I-I)/(I+I)、あるいは上記のような差分I-Iの積分値等の絶対値は、試料Sの磁化の大きさに対応し、その磁化が零の場合には零となる。より具体的には、磁化のうち受光軸方向への射影成分についてその向きと大きさに対応する情報が得られる。
【0111】
図3、4においては、強い外部磁場Hを印加することによって磁化が飽和し試料Sにおける磁化の向きおよび磁化の大きさが一様に揃った状態について測定がされた。しかしながら、磁性体観察装置1によれば、強い外部磁場Hが印加されていない状態の試料S、すなわち、磁化が一様に揃っていない状態の試料Sについても、磁化の向きまたは磁化の大きさの分布を観察することが可能である。外部磁場Hが印加されない状態での磁性体における磁区の構造を模式的に図5に示す。ここで、矢印の向きおよび矢印の大きさは、それぞれ、磁化の向きおよび磁化の大きさを示す。こうした状態においては、(1)磁化の向きまたは磁化の大きさは各磁区毎に異なり、(2)各磁区内では磁化は一様となり、(3)磁区の境界(磁壁)で磁化の向きはまたは磁化の大きさ急激に変化する。このため、図3、4と同様の測定結果を試料S上の各点で入手した場合には、上記の差分I-I等の算出値は、1つの磁区内では一様であり、磁区の境界で急激に変化する。なお、高い空間分解能の観察であれば、磁区の境界(磁壁)内部における磁化の向きや大きさの分布についての情報を取得することも可能である。
【0112】
このため、図2において励起線として用いられた放射光X線Rを掃引し、その試料S上の各照射位置に対応する差分I-I、比率(I-I)/(I+I)等の値を算出すれば、その試料における磁化の向きまたは磁化の大きさの分布が得られる。また、各画素が試料S上の各照射位置に対応する2次元画像であって、各画素の画素値(濃淡または色)がその画素に対応する照射位置に励起線を照射したときの差分I-I、比率(I-I)/(I+I)等の値に対応する2次元画像を表示部22で2次元表示すれば、図5に示されるような磁区構造を可視的に表示することができる。
【0113】
図3、4の例では、励起線として放射光X線Rが用いられたが、図1の構成のように電子線E1を用いた場合でも、原理は同様である。この場合、上記のような放射光X線Rを用いる場合と比べて、励起線源10及びこの磁性体観察装置1をより小型、安価とすることができる。また、平行化光学系31を用いることによって、検出器34における検出強度を高めることができ、効率よく強度I、Iを得ることができる。これによって、上記のように磁区構造を表示部22で表示させることができる。すなわち、図1の構成における磁性体観察装置1において実行される磁性体観察方法は、電子線E1を試料S上の一領域に照射する照射工程、これによって発した特性X線に対応するX線を円偏光成分の異なる2つの回転方向毎に検出した2つの強度として認識する検出工程、をこの一領域が試料S上で移動するように電子線E1を掃引しつつ複数回行う。その後、検出工程において認識された2つの強度の差に基づいて算出された算出値を上記のように画像化して表示部22で表示させる表示工程を行う。
【0114】
また、前記のように、図1の構成は走査型電子顕微鏡としても機能し、表示部22で試料Sの通常の電子線画像を表示させることもできる。この際、この電子線画像と共に上記のような強度I、Iに基づいた磁区構造の画像を表示させることができる。これによって、磁区構造を試料Sの表面の微細構造等と対応して認識することが容易となる。すなわち、走査型電子顕微鏡画像(顕微鏡画像)を取得する画像取得部をさらに設け、この顕微鏡画像と、電子線が照射された領域と、を対応させて表示した画像として出力させてもよい。同様に、図1の構成を透過型電子顕微鏡の構成に置き換えて使用することもできる。
【0115】
一般的に、磁性体で構成された試料表面には自然酸化膜などの被膜が形成される場合が多い。従来の磁区構造観察方法では、当該被膜存在下での測定が困難であったため、これを排除するための事前の試料処理が必要だった。
【0116】
X線を励起光として用いることで被膜下の磁性体まで励起光を到達させることができる。また、電子線E1を用いた場合には同等エネルギーの放射光X線Rを用いた場合と比べて物質透過性は低いものの、電子光学系12を用いて電子線E1を試料Sの表面の被膜を透過させる程度のエネルギーとすることは容易である。即ち、図1における電子光学系12によって電子線E1のエネルギーを高くすることによって、電子線E1がこうした被膜を透過するように、あるいは試料Sにおける1μm以上の一定の深さ(例えば5μm以上、好ましくは10μm以上)まで電子線E1が到達するようにすることは可能である。
【0117】
さらに、上記の構成において直接測定されるのは特性X線であり、そのエネルギーは上記のように、例えばFeKαにおいては6.404keVである。このような硬エネルギー領域のX線は物質透過率が高い。このため、試料表面からの深さが数μm程度以上である領域から発せられる特性X線を検出することができる。また、かかる特性X線は非磁性体で構成される被膜に対する物質透過率が高い。このため、このような被膜が試料S上に存在しても、強度I、I等の測定に対する影響は小さい。即ち、ここで開示する構成によると、上記試料表面に形成される非磁性体で構成された被膜を排除する事前処理を必要としないだけでなく、深部の磁区構造の測定が可能となる。例えば、前述のスピンSEMを用いた場合と比べて3桁以上深い部分の磁区構造を測定することができる。
【0118】
また、図1の構成において、通常の走査型電子顕微鏡と比べて追加された構成要素として主となるものは、検出部30であり、制御部21については、上記のようなデータ処理部としての機能のみが追加されている。このため、実質的には従来の走査型電子顕微鏡に検出部30を追加することでこの磁性体観察装置1を得ることができる。すなわち、この磁性体観察装置1を単純な構成とすることができる。この際、平行化光学系31、波長板32、偏光子33、X線検出器34からなる検出部30の構成は単純である。なお、検出される特性X線の強度が十分高ければ、平行化光学系31は不要である。また、X線マイクロアナライザが走査型電子顕微鏡に設けられている場合には、X線検出器34はX線マイクロアナライザと共通とすることもできる。
【0119】
また、上記のように、この磁性体観察装置1においては、試料Sが発した特性X線に含まれる各円偏光成分の強度を検出することができれば十分であるため、特許文献3に記載の技術のように他の部材を試料Sに接合する等の特殊な加工を試料Sに対して施すことは不要であり、この点については、従来のX線マイクロアナライザ等と同様である。このため、試料Sにおける磁区構造の観察を容易に行うことができる。
【0120】
なお、以上の説明では、励起線として電子線E1又は放射光X線R(X線)を用いる構成を例示したが、試料Sを構成する磁性元素から特性X線を放射させることができる限りにおいて、他の励起線を用いることもできる。例えば、X線以外の電磁波ビーム、又は、電子線以外の荷電粒子線を励起線として利用することができる。励起線として利用することが可能な、X線以外の電磁波ビームとしては、例えば、ガンマ線が挙げられる。また、励起線として利用することが可能な、電子線以外の荷電粒子線としては、例えば、陽電子線、陽子線、μ粒子線、イオンビームが挙げられる。
【0121】
なお、ここで開示する技術によると、特性X線が試料から脱出可能な深さまで深部計測を行うことができる。このため、上記試料Sの深部計測を行う場合(試料内部を計測する場合)には、試料に対する励起線の侵入深さ(D1)が、特性X線が試料を脱出可能な深さ(D2)以上となるように(D1≧D2)、上記励起線のエネルギーを設定することが好ましい。
【0122】
また、以上の説明では、測定対象とされた特性X線をFeのKα線とする構成を例示したが、同様に特性X線における円偏光の回転方向を弁別して検出することが可能である限りにおいて、他の脱励起過程の発光(Kα線、Kβ線、Lα線、など)を用いることもできる。また、こうした特性X線を発する元素としては、Feの他に、磁性体元素であるCo、Ni、Mn、Nd、Sm、Gd、Tb、Dyなどがある。どの元素を測定対象としても、その特性X線のエネルギーはkeVレベルであるため、前記のスピンSEMで測定されるような2次電子よりも物質透過率が高く、前記のような被膜等が測定に及ぼす影響は小さい。また、試料Sが上記の元素を含む合金である場合には、その合金を構成する上記の元素のうちの一つにおけるある1種の特性X線を適宜選択してX線検出器34の検出対象とすることができる。
【0123】
なお、上述したように、強度I、Iの差に基づく算出値を画像化することによって磁区の境界における磁化の急激な変化を認識することができ、これによって詳細な磁区構造を視覚的に認識することができる。この際、この算出値としては、上記のような差分I-I、比率(I-I)/(I+I)等だけでなく、強度I、Iの差を高いS/N比で反映するような量を適宜設定することができる。
【0124】
また、以上の説明においては、特性X線に含まれる円偏光成分を円偏光の回転方向毎に検出するために、波長板32と偏光子33を組み合わせて用いる構成を例示した。しかしながら、同様に特性X線における円偏光成分を円偏光の回転方向毎に検出することができる限りにおいて、他の構成を用いることもできる。例えば、波長板を用いて偏光方向の異なる2種類の直線偏光成分を含む特性X線を得た上で、偏光子33を用いずにX線検出器側で偏光方向毎の強度が検出できるような構成としてもよい。
【0125】
また、上記の例においては、磁区構造を視覚的に認識することを目的としたために、図1の構成によって容易に検出可能な強度I、Iを用いた。この場合には、図5における磁区の構造(分布)は認識できる一方で、図5における磁化のベクトルとしての大きさ、向きは正確には検出されない。しかしながら、図1における検出部30の位置(電子線E1が照射される箇所からみた検出部30の方向)等を可変とすることにより、ベクトルとして磁化をより正確に計測することも可能である。或いはまた、前述のように、受光光軸の方向を可変として、複数の方向から計測することにより2次元或いは3次元ベクトルとして計測することも可能である。また、試料台を回転させるなどで試料の受光光軸に対する向きを変えることにより複数の方向から計測することも可能である。これらにおいて、複数の方向からの計測において掃引をそれぞれ独立に行い、得られた結果を画像認識によって、互いのデータにおける同一試料位置からのデータを導出し、これらを重ね合わせることにより、ベクトルのマッピングを得ることも可能である。
【0126】
〔平行化光学系に関する補足〕
なお、図2に示すように、試料Sから発せられる特性X線のうち、スリット42を透過した特定X線をX線検出器34に入射させる構成では、試料Sから発せられる特性X線のうちスリット42を通過しない特性X線(典型的には試料Sから発せられる特性X線の大部分)はX線検出器34に入射することなく損失となる。一方、図1に示すように、試料Sから発せられる特性Xを、平行化光学系31を用いて平行化してX線検出器34に入射させる構成では、試料Sから発せられる特性X線をX線検出器34に格段に多く入射させることができる。したがって、試料Sから発せられる特性Xを、平行化光学系31を用いて平行化してX線検出器34に入射させる構成の方が、試料Sから発せられる特性X線の利用効率において優れている。
【0127】
平行化光学系31としては、試料Sから発せられる特性X線を2次元的に平行化することが可能な平行化光学系を用いることが好ましい。試料Sから発せられる特性X線の受光角(X線検出器34に入射する出射角の範囲)が1次元あたりa倍になると、試料Sから発せられる特性X線の利用効率がa倍になるからである。
【0128】
このような平行化光学系は、例えば、モンテル型多層膜ミラーにより構成することができる。発明者らが行った実験によれば、平行化光学系31としてモンテル型多層膜ミラーにより構成された平行化光学系を用いることによって、試料Sから発せられる特性X線の受光角が1次元あたり約170倍になり、試料Sから発せられる特性X線の利用効率(上記モンテル型多層膜ミラーの反射率=75%を考慮した利用効率)が約2万倍になることが確認された。
【0129】
〔まとめ〕
本実施形態は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
【0130】
本実施形態の磁性体観察方法は、磁性体を含む試料における磁化の向き又は磁化の大きさを観察する方法であって、前記試料に照射されることによって前記磁性体を構成する元素に特性X線を放射させる励起線を前記試料上の一領域に照射する照射工程と、前記励起線の照射によって前記元素が発した前記特性X線を、円偏光成分の回転方向毎に検出した2つの強度として認識する検出工程と、前記検出工程において認識された前記2つの強度の差を算出する算出工程と、を具備することを特徴とする。
【0131】
本実施形態の磁性体観察方法において、前記励起線は、電磁波ビーム、および、荷電粒子線のいずれかであることを特徴とする。
【0132】
本実施形態の磁性体観察装置は、磁性体を含む試料における磁化の向きまたは磁化の大きさを観察する装置であって、前記試料に照射されることによって前記磁性体を構成する元素に特性X線を放射させる励起線を発する励起線源と、前記励起線の照射によって前記元素が発した前記特性X線を、円偏光成分の回転方向毎に右円偏光成分または左円偏光成分として検出する検出部と、前記右円偏光成分の強度と前記左円偏光成分の強度との差に基づいて算出された算出値を出力させるデータ処理部と、を具備することを特徴とする。
【0133】
本実施形態の磁性体観察装置において、前記励起線源は、前記試料上の励起線照射位置が掃引されるように前記励起線を前記試料上に照射させ、前記データ処理部は、前記算出値を前記励起線照射位置の掃引に伴い認識し、前記算出値を前記試料上の前記励起線が照射された領域に対応させて表示した画像として出力させることを特徴とする。
【0134】
本実施形態における磁性体観察装置は、前記特性X線に対する1/4波長板を具備することを特徴とする。
【0135】
本実施形態における磁性体観察装置において、前記検出部は、前記波長板を透過した後に直線偏光とされた前記特性X線に対して、偏光方向に対応して異なる強度を付与する偏光子を具備することを特徴とする。
【0136】
本実施形態における磁性体観察装置において、前記励起線は、電磁波ビーム、および、荷電粒子線のいずれかであることを特徴とする。
【0137】
本実施形態における磁性体観察装置において、前記励起線は電子線であり、走査型電子顕微鏡画像または透過型電子顕微鏡画像である顕微鏡画像を取得する画像取得部をさらに具備し、前記データ処理部は、前記顕微鏡画像と、前記励起線が照射された領域と、を対応させて表示した画像として出力させることを特徴とする。
【0138】
本実施形態は、特性X線の円偏光成分を計測することで磁区構造を観察する、新規の磁区構造観察方法に関する。特性X線には透過性の高い硬X線領域のX線が含まれるため、当該硬X線領域のX線の円偏光を計測対象とすれば、従来は測定困難であった試料表面から数μm程度の深さの磁区構造の観察も実現可能である。このため、磁性体を観察する際に、試料に対する制限が緩く、かつ精密な測定が可能となる。
【0139】
〔付記事項〕
本発明は、上述した各実施形態に限定されるものでなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0140】
1 磁性体観察装置
10 励起線源
11 電子源(電子銃)
12 電子光学系
13 試料台
20 電子検出器
21 制御部(データ処理部)
22 表示部
30 検出部
31 平行化光学系
32 波長板
33 偏光子
34 X線検出器
41、42 スリット
E1 電子線(励起線)
E2 2次電子
H 磁場
R 放射光X線(シンクロトロン放射光X線:励起線)
S 試料
X1、X2、X3 X線
図1
図2
図3
図4
図5
図6