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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-25
(45)【発行日】2022-09-02
(54)【発明の名称】耐放射線性無機材料及びその繊維
(51)【国際特許分類】
   C03C 3/087 20060101AFI20220826BHJP
   C03C 3/062 20060101ALI20220826BHJP
   C03C 13/06 20060101ALI20220826BHJP
   G21F 1/06 20060101ALI20220826BHJP
   G21F 3/00 20060101ALI20220826BHJP
【FI】
C03C3/087
C03C3/062
C03C13/06
G21F1/06
G21F3/00 F
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2021516169
(86)(22)【出願日】2020-04-22
(86)【国際出願番号】 JP2020017362
(87)【国際公開番号】W WO2020218356
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2022-06-06
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2019/039911
(32)【優先日】2019-10-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019083950
(32)【優先日】2019-04-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】518050171
【氏名又は名称】新日本繊維株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100171974
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 弘昭
(72)【発明者】
【氏名】深澤 裕
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-231440(JP,A)
【文献】特開平10-167754(JP,A)
【文献】PEREZ Maximina Romeo et al.,"Magnetic properties of glasses with high iron oxide content",Materials Research Bulletin,2001年,vol.36,pp.1513-1520
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C1/00-14/00
C04B35/00-35/84
INTERGLAD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiO2,Al2O3,CaO,及びFe2O3を成分として含む、放射線被照射部用の無機材料であって、
前記無機材料中の上記成分の酸化物換算での質量百分率が、
i)SiO2及びAl2O3の合計の含有量は40質量%以上70質量%以下であり、
ii) Al2O3 /(SiO2+Al2O3)(質量比)は0.15~0.40の範囲であり、
iii)Fe2O3の含有量は16質量%以上25質量%以下であり、
iv)CaOの含有量は5~30質量%である、耐放射線性の無機材料。
【請求項2】
請求項に記載の無機材料よりなる繊維。
【請求項3】
請求項に記載の繊維にて補強された、繊維強化複合材料。
【請求項4】
繊維強化樹脂である、請求項に記載の繊維強化複合材料。
【請求項5】
繊維強化セメントである、請求項に記載の繊維強化複合材料。
【請求項6】
シリカ源、アルミナ源、酸化カルシウム源、及び酸化鉄源の混合物を溶融紡糸する、放射線被照射部用の無機繊維の製造方法であって、
前記混合物中のSiO2,Al2O3,CaO,及びFe2O3の酸化物換算での質量百分率が、
i)SiO2及びAl2O3の合計の含有量は40質量%以上70質量%以下であり、
ii) Al2O3 /(SiO2+Al2O3)(質量比)は0.15~0.40の範囲であり、
iii)Fe2O3の含有量は16質量%以上25質量%以下であり、
iv)CaOの含有量は5~30質量%である、耐放射線性無機繊維の製造方法。
【請求項7】
シリカ源又はアルミナ源としてフライアッシュを使用する請求項に記載の無機繊維の製造方法。
【請求項8】
酸化鉄源が銅スラグである請求項に記載の無機繊維を製造する方法。
【請求項9】
酸化カルシウム源が鉄鋼スラグである請求項に記載の無機繊維を製造する方法。
【請求項10】
シリカ源又はアルミナ源が、玄武岩又は安山岩である請求項に記載の無機繊維の製造方法。
【請求項11】
酸化鉄源が銅スラグである請求項10に記載の無機材料を製造する方法。
【請求項12】
酸化カルシウム源が鉄鋼スラグである請求項11に記載の無機材料を製造する方法。
【請求項13】
SiO2,Al2O3,CaO,及びFe2O3を成分として含む無機材料の放射線被照射部へ使用であって、
前記無機材料中の上記成分の酸化物換算での質量百分率が、
i)SiO2及びAl2O3の合計の含有量は40質量%以上70質量%以下であり、
ii) Al2O3 /(SiO2+Al2O3)(質量比)は0.15~0.40の範囲であり、
iii)Fe2O3の含有量は16質量%以上25質量%以下であり、
iv)CaOの含有量は5~30質量%である、無機材料の放射線被照射部への使用。
【請求項14】
前記放射線被照射部は、
a)原子炉建屋、原子炉格納容器、原子炉施設内配管、廃炉処理用ロボット
b)宇宙基地建屋、宇宙ステーション、人工衛星、惑星探査衛星、宇宙服
c)粒子線利用の医療装置、のいずれかである請求項13に記載の、無機材料の放射線被照射部への使用。
【請求項15】
放射線被照射部を構成する繊維強化複合材料の放射線劣化を抑止する方法において、
前記繊維を、SiO2,Al2O3,CaO,及びFe2O3を成分として含む無機繊維とし、
さらに、前記無機繊維中の上記成分の酸化物換算での質量百分率が、
i)SiO2及びAl2O3の合計の含有量は40質量%以上70質量%以下とし、
ii) Al2O3 /(SiO2+Al2O3)(質量比)は0.15~0.40の範囲とし、
iii)Fe2O3の含有量は16質量%以上25質量%以下とし、
iv)CaOの含有量は5~30質量%とする、
放射線被照射部の繊維強化複合材料の、放射線劣化を抑止する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐放射線性に優れた新規な無機材料及びその繊維に関する。さらに詳しくは、溶融紡糸性に優れた耐放射線性の無機材料及びその繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
2011年3月に東日本を襲った大地震(東日本大震災)によって原子力発電所が被災し、廃炉処理、放射性廃棄物処理に多大な労力・資源の投入を余儀なくされている。
【0003】
一方、東日本大震災の後、原子炉に対する安全規制が強化された結果、多くの原子力発電所が停止され、火力発電の割合が増している。火力発電の燃料としては石炭が多用されるが、その際多量のフライアッシュが発生する。従来、フライアッシュは廃棄物として処分されてきたが、近年はコンクリート混和材としての利用が進んだ結果、廃棄される量は減少してきている。しかし、その利用の大部分をセメント分野に依存しており、セメント需要が停滞すれば廃棄処分されるフライアッシュが再び増加に転じると懸念される。このため、フライアッシュの新たな用途の開拓が喫緊の課題となっている。なお、フライアッシュの組成は、原料の石炭、発生地(発電所、国)によりその組成にばらつきがある。
【0004】
フライアッシュの高度な利用例として、例えば、特開平6-316815(以下、特許文献1)は、20~40%のAl2O3,35~50%のSiO2,15~35%のCaO,3~12%のFe2O3及び2~5%のMgOを含有することを特徴とするフライアッシュファイバーを開示している。同文献には、「フライアッシュファイバー中にも含有されるFe2O3含有量は、3~12%である。この含有量は、出来るだけ少ない方が望ましい。またFe2O3含有量が増加すると、フライアッシュファイバーの着色度合いが高まり好ましくない。これらのことから12%以上のFe2O3含有量では問題が多くあり、避けなければならない。」と記載されている(同文献、段落[0054])。
フライアッシュファイバー以外に、例えばミネラルファイバーに関し、特表2018-531204(以下、特許文献2)は、Al2O3,SiO2,CaO,MgO,及びFe2O3を成分として含むミネラルファイバーであって、Fe2O3含有量が5~15%であることを特徴とするミネラルファイバーを開示している。同文献には「鉄含有分の増加は、ミネラルファイバーを着色する傾向があり、特にミネラルファイバーが可視状態を保つ用途には望ましくない」と記載されている(同文献、段落[0005])。
特許文献1及び特許文献2はともにAl2O3,SiO2,CaO,及びFe2O3を必須成分とする点で共通し、かつFe2O3の含有量は、所定量以下(特許文献1では12%以下、特許文献2では15%以下)に制限しなければならない旨述べている。
この他、特開昭60-231440(以下、特許文献3)、特開平10-167754(以下、特許文献4)には、Al2O3,SiO2,CaO,及びFe2O3を必須成分とし、かつ各々の酸化物成分の含有量が特定範囲にあることを特徴とするガラス、ガラス化材が開示されている。
この他、マテリアルズ リサーチ ビュレティン [Materials Research Bulletin]36(2001)1513-1520(以下、非特許文献2)には、ゲータイト(goethite, FeOOH)産業廃棄物を試料とした酸化鉄(Fe2O3)含量と磁性の関係が記載されている。
なお、特許文献1,2,3,4,及び非特許文献2のいずれも耐放射線性について何ら言及していない。
ところで、先にも述べたように、被災原子力発電設備の処理、および放射線汚染廃棄物や放射線汚染残土の処理や放射性廃棄物処理には、耐放射線性材料が不可欠である。
耐放射線性材料として、玄武岩(バサルト)を原料とするバサルトファイバーが注目されているが、発明者が知る限り、その組成と耐放射線性との関係を論じた文献は見られない。なお、理科年表(以下、非特許文献1)には、玄武岩の種類と組成が下記のように紹介されている(表1)。
【0005】
【表1】
この他、バサルトファイバーの総説記事(インターナショナル ジャーナル オブ サイエンス[International Journal of Textile Science] 2012, 1(4):19-28,非特許文献3)には、玄武岩の代表組成としてSiO2:52.8%, Al2O3:17.5, Fe2O3:10.3, CaO:8.59%と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平6-316815
【文献】特表2018-531204
【文献】特開昭60-231440
【文献】特開平10-167754
【非特許文献】
【0007】
【文献】理科年表2019年版(国立天文台編)
【文献】マテリアルズ リサーチ ビュレティン [Materials Research Bulletin]36(2001)1513-1520
【文献】インターナショナル ジャーナル オブ サイエンス[International Journal of Textile Science] 2012, 1(4):19-28
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上のように、SiO2,Al2O3, 及びFe2O3を主要成分として含む無機材料につき、耐放射線性の向上を目的とした検討は本発明者の知る限り見当たらない。
そこで、本発明者は、耐放射線性の向上を目的として、SiO2,Al2O3, 及びFe2O3を主要成分として含む無機材料の耐放射線性の改良、特に溶融紡糸性に優れた耐放射線性の無機材料の開発に取り組んだ。
【課題を解決するための手段】
【0009】
その結果、SiO2及びAl2O3を主要成分とする無機材料において、SiO2及びAl2O3の合計が特定範囲にあり、SiO2とAl2O3の合計に占めるAl2O3の比率が特定範囲にあり、さらにFe2O3とCaOの各々を特定量含有するものが、耐放射線性及び溶融紡糸性に優れることを見出し、結果、放射線被照射部用に好適な材料を完成するに至った。
すなわち、本発明は、SiO2,Al2O3,CaO,及びFe2O3を成分として含む無機材料であって、
その無機材料中の各成分の酸化物換算での質量百分率が、
i)SiO2とAl2O3の合計の含有量は40質量%以上70質量%以下であり、
ii) SiO2とAl2O3の合計に占めるAl2O3の割合(質量比)は0.15~0.40の範囲であり、
iii)Fe2O3の含有量は16質量%以上25質量%以下であり、
iv)CaOの含有量は5質量%以上30質量%以下である、放射線被照射部用に好適な無機材料である。
以後、上記i)~iv)を、「組成に係る本発明の4要件」と略記することがある。
本発明の無機材料が用いられる放射線被照射部の具体例は後に述べる。
【0010】
なお、本発明において、各原料の配合混合物中の成分比と、当該混合物を溶融した後の材料中の成分比に実質的な差は見られない。よって、配合混合物中の成分比をもって材料成分比とすることができる。
本発明の無機材料は、成分中のSiO2,Al2O3,Fe2O3,及びCaOの割合が、上記範囲に収まるよう、原料の配合割合を調整したのち、溶融され、最終的な無機材料となる。
以下に述べるように、原料を上記範囲に収まるように配合すれば、原料は高くなり過ぎない温度で溶融し、かつ溶融物は適度な粘性を有するため、溶融紡糸性に優れる。また、得られる無機材料は耐放射線性に非常に優れたものとなる。
【0011】
本発明の無機材料中のSiO2及びAl2O3の合計の含有量は40質量%以上70質量%以下である。なお、以下の説明にて、SiO2をS成分と略称し、SiO2の含有量を[S]と表示する場合がある。同様に、Al2O3をA成分と略称し、Al2O3の含有量を[A]と表示する場合が有る。[S]及び[A]の合計が、上記範囲外、すなわち40質量%未満、又は70質量%超のいずれの場合にも、材料はその溶融温度が高くなるか、溶融物の粘度が高くなるか、又は逆に溶融粘度が低くなり過ぎて、溶融紡糸性が劣ったものとなる。
【0012】
本発明の無機材料において、SiO2とAl2O3の合計に占めるAl2O3の割合([A]/([A]+[S]))(質量比)は0.15~0.40の範囲であることが必要である。本要件についても、上記範囲外、すなわち0.15未満、又は0.40超のいずれの場合も、材料は溶融紡糸性が劣ったものとなる。
【0013】
本発明の無機材料において、Fe2O3の含有量は16質量%以上25質量%以下であることが必要である。Fe2O3の含有量が16質量%未満であると、材料の耐放射線性が劣る。他方その含有量が25質量%を超えると、溶融物の粘性が低すぎ、糸を形成しなくなる。以後、Fe2O3をF成分と略称し、Fe2O3の含有量を[F]と表示することがある。
【0014】
本発明の無機材料において、CaOの含有量は5質量%以上30質量%以下であることが好ましい。CaOの含有量が5質量%未満であると、材料の溶融開始温度が高くなってしまい、省エネルギーの観点から好ましくない。CaOの含有量は、好ましくは10質量%以上である。他方、その含有量が30質量%超であると溶融物の粘性が低すぎ、糸を形成し難くなる。以後、CaOをC成分と略称し、CaOの含有量を[C]と表示することがある。
【0015】
本発明の無機材料を得るに際しては、SiO2,Al2O3,Fe2O3,及びCaOの割合が、上記範囲に収まるのであれば、原料に制約はない。
したがって、SiO2,Al2O3,Fe2O3,及びCaOの各々単独の化合物を調合して出発原料としても良いが、SiO2含量に富むシリカ源、Al2O3含量に富むアルミナ源、Fe2O3含量に富む酸化鉄源、CaO含量に富む酸化カルシム源を配合して、出発原料とするのが原料コストの面から好ましい。
シリカ源としては、非晶質シリカ、珪砂、フュームドシリカ、火山灰を挙げることができるが、これらに限定されない。
アルミナ源としては、アルミナのほか、ムライトその他の鉱石が挙げられるが、これらに限定されない。
シリカ源かつアルミナ源(シリカアルミナ源)となり得るものとして、カオリナイト、モンモリロナイト、長石、ゼオライトが挙げられるがこれらに限定されない。
酸化鉄源としては、酸化鉄、水酸化鉄、鉄鉱石が挙げられるが、これらに限定されない。
酸化カルシウム源としては、炭酸カルシウムのほか、方解石、ドロマイトその他の鉱石が挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
以上の他、火力発電廃棄物や金属精錬廃棄物も、シリカ源、アルミナ源、酸化鉄源、または酸化カルシウム源の一つとして有効利用できる。
上記火力発電廃棄物として、フライアッシュやクリンカアッシュを使用できる。フライアッシュやクリンカアッシュは、SiO2,Al2O3を豊富に含んでいるため、シリカアルミナ源として好適である。もっとも、フライアッシュ、クリンカアッシュは、Fe2O3含量が少ないため、それのみにて本発明の無機材料を得ることが困難である。しかし、適量の酸化鉄源を追加配合することにより、低コストで本発明の無機材料を得ることができる。なお、石炭ガス化複合発電(IGCC, Integrated coal Gasification Combined Cycle)の廃棄物として産生される石炭ガス化スラグ(CGS:Coal Gasification Slag)も、フライアッシュとほぼ同等の化学組成であるため、シリカアルミナ源となり得る。石炭ガス化スラグは、顆粒状であるため、ハンドリング性に優れる利点がある。
先に挙げた金属精錬廃棄物としては、鉄鋼スラグや銅スラグを挙げることができる。
鉄鋼スラグはCaO含量が高いため、酸化カルシウム源として使用できる。鉄鋼スラグには高炉スラグ、転炉スラグ、還元スラグが含まれる。
銅スラグは、Fe2O3含量が高いため、酸化鉄源として使用できる。
したがい、適宜、シリカアルミナ源としてフライアッシュ、クリンカアッシュ、又は石炭ガス化スラグを用い、酸化鉄源として銅スラグを用い、酸化カルシウム源として鉄鋼スラグを使用できる。好ましい態様においては、シリカアルミナ源、酸化鉄源、及び酸化カルシウム源の大部分を産業廃棄物で賄うことができる。
このほか、玄武岩、安山岩に代表される火山岩もシリカアルミナ源として利用できる。
【0017】
本発明の無機材料は、原料中に含まれる不可避的な不純物の混入を排除するものではない。そのような不純物として、MgO, Na2O, K2O, TiO2, CrO2などを例示できる。
【0018】
本発明の無機材料は、非晶性に富むので、溶融紡糸加工した繊維には、結晶相/非晶質相界面の剥離に起因する強度低下がほとんどなく、高強度の繊維が得られる。
ここで、非晶性の尺度たる非晶化度はX線回折(XRD)スペクトラムにより、下記数式(1)にて算出される。
非晶化度(%)=〔Ia/(Ic+Ia)〕×100 (1)
(数式(1)中、Icは前記無機材料についてX線回折分析を行ったときの結晶質ピークの散乱強度の積分値の和であり、Iaは非晶質ハローの散乱強度の積分値の和である。)
本発明の無機材料の非晶化度は、その組成にもよるが、通常90%以上の値を示す。非晶化度は高い場合には95%以上にも達し、最も高い場合には、繊維は実質的に非晶質相のみからなるものとなる。ここで、実質的に非晶質相のみからなるとは、X線回折スペクトラムには非晶質ハローのみが認められ、結晶相のピークが認められないことをいう。
【0019】
本発明の無機材料よりなる材料の耐放射線性は、その材料の放射線照射前後のビッカース硬度を比較することにより知ることが出来る。この他、放射線照射前後の、引っ張り強度、材料内空孔率を比較することによっても耐放射線性の評価が可能である。材料内空孔率の測定には陽電子消滅法を採用することができる。
【発明の効果】
【0020】
SiO2,Al2O3,CaO,及びFe2O3を成分として含む既存の無機材料に対し、本発明の無機材料は、SiO2とAl2O3の合計と、SiO2とAl2O3の合計に占めるAl2O3の割合と、Fe2O3の含有量と、CaOの含有量とが特定の範囲にあるため、耐放射線性に優れ、かつ溶融紡糸性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の無機材料の溶融紡糸性の評価試験の概要を、溶融紡糸繊維の拡大図とともに示す概略説明図である。
図2】実施例1の無機材料の溶融紡糸繊維の放射線照射前後の各々のXRDスペクトラムである。
図3】無機材料中の酸化鉄含量と耐放射線性の関係を示す図である。
図4】実施例、比較例の無機繊維のXRDスペクトラムの数例を示す図である。
図5】実施例、比較例の無機繊維の示差熱分析によるDTA曲線の数例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、試験例にて本発明の内容を具体的に説明する。
なお、以下の試験例(実施例、比較例)においては、シリカ源、アルミナ源、シリカアルミナ源、酸化鉄源、酸化カルシウム源として、下記を使用した。
<シリカ源>
・二酸化ケイ素:試薬(以下の表6~9にて、SiO2(試薬)と表示する)
<アルミナ源>
・酸化アルミニウム:試薬(以下の表6~9にて、Al2O3(試薬)と表示する)
<酸化鉄源>
・酸化鉄(III):試薬(以下の表6~9にて、Fe2O3(試薬)と表示する)
・銅スラグ:日本国内の銅精錬所で産生の銅スラグ(下記表3にてFA(10)で表示する)
<酸化カルシウム源>
・酸化カルシウム:試薬(以下の表6~9にて、CaO(試薬))と表示する)
・高炉スラグ:日本国内の製鉄所で産生の高炉スラグ(下記表3においてFA(13)と表示する)
・還元スラグ:日本国内の製鉄所で産生の還元スラグ(下記表3においてFA(14)と表示する)
<シリカアルミナ源>
・フライアッシュ:日本国内の火力発電所より排出されたサンプル12種(下記表2及び3においてFA(1)からFA(9)、FA(12)で表示する)
・石炭ガス化スラグ:日本国内の石炭ガス化複合発電所より排出のサンプル(下記表3においてFA(11)と表示する)
・火山岩:秋田県及び福井県で採取の特異的に酸化鉄含量の高い玄武岩系岩石(下記表4においてBA(1), BA(2)と表示する)
【0023】
上記FA(1)からFA(14), BA(1), BA(2)の組成を表2,3,4に示す。なお、成分分析は蛍光X線分析法に拠った。
【0024】
【表2】
【0025】
【表3】
【0026】
【表4】
【0027】
<粉末原料の調整>
以下の試験例では、シリカ源、アルミナ源、酸化鉄源、酸化カルシウム源の各々を微粉砕し、SiO2,Al2O3,Fe2O3,及びCaOが所定の割合となるよう調合し、試験に供する。
【0028】
<溶融紡糸性の評価>
また、配合物の溶融紡糸性の評価は、電気炉を用いた溶融紡糸試験に依った。試験の概略を図1に示す。図1において、電気炉(1)は、高さ(H)60cm、外径(D)50cmであり、その中央に径(d)10cmの開口部(4)を備えている。他方、内径(φ)2.1cm、長さ10cmのタンマン管(2)に配合物30gが仕込まれる。なお、タンマン管(2)の底部中央には径2mmの穴が開いている。溶融試験中、タンマン管(2)は吊り棒(3)にて電気炉の開口部(4)内の所定位置に保持される。
加熱により、配合物が溶融すると、自重によりタンマン管の底部より流動落下し、外気に触れて固化され、繊維となる。
電気炉は所定の昇温プログラムにより昇温され、炉内温度の最高到達温度が1350℃に設定してある。このとき、タンマン管内部(溶融物)の温度は炉内温度よりほぼ50℃低い温度で追随することをあらかじめ確認してある。
本発明では、溶融紡糸性の評価の指標として、炉内温度が1350℃に達するまでに溶融物が流動落下し糸を形成すること、つまり試料の溶融温度が1300℃以下であり、かつ溶融物が糸を形成するに適正な溶融粘性を有することを許容レベルとした。試料の溶融挙動は、下記のAよりDに示すグループに大別される。
<評価ランク>
A:糸になる。
B:タンマン管底部より溶融軟化した試料が出かかったものの、粘度が高く自重のみでは落下するに至らず、糸にならない。
C:試料の溶融が始まらないか、または溶融が不十分なため、タンマン管底部より何も出ない。
D:試料は溶融するが、溶融物の溶融粘度が低すぎ、液滴となって滴下するのみで、糸が形成されない。
<耐熱性試験>
本発明の材料よりなる無機繊維は耐熱性にも優れる。耐熱性の評価のため、示差熱分析(DTA)を行った。
【0029】
[先行試験]
シリカ源、アルミナ源、酸化鉄源、酸化カルシウム源を適宜配合したのち、SiO2,Al2O3,Fe2O3,CaO含量の異なる試料4種を調合し、溶融紡糸試験に供した。試料3,4は、先に述べた本発明の要件のすべてを満たしているが、試料1,2は、Fe2O3含量に関する要件iii)を欠くものである(表5)。
いずれの試料も良好な溶融紡糸性を示した。得られた繊維試料につき、コバルト60を線源にガンマ線照射量50kGyの条件にて放射線照射試験を行い、照射前後の引張強度を測定し、その保持率を求めた。
結果を表5に示す。図3は、試料中の酸化鉄(Fe2O3)含量と放射線照射後の繊維強度保持率の関係をプロットしたものである。これより、材料中の酸化鉄(Fe2O3)含量が15%以上になると放射線照射後の引張強度の保持率が著しく高くなることが明らかである。
【0030】
【表5】
【0031】
[実施例1]
FA(1)30質量部、BA(1)70質量部を配合した。本試料は、上記先行試験にて用いた試料3と同一組成のものである。本試料の成分比は、[S]+[A]:60質量%、[A]/([S]+[A]):0.20、[F]:16質量%、[C]:17質量%である(表6)。
溶融紡糸試験の結果、炉内温度が1350℃に達した後の5時間以内に、径50μm以下の極細の繊維(ミネラルファイバー)が得られた。得られた繊維は手で引っ張ってみても容易には切れない強度を備えていた。本繊維試料を下記の条件にて放射線照射した。
<高放射線照射試験>
上記の繊維試料をベルギー国モル研究所に設置の原子炉(熱中性子炉,BR2)を使用して、超高線量の放射線照射試験を実施した。ガンマ線照射量は5.85GGyであった。この照射量は、一般の高レベル放射性廃棄物が約1000年間に放出する放射線量に匹敵するものである。
【0032】
放射線照射後の繊維試料を、放射線照射をしていない繊維試料とともに、下記のXRD解析とビッカース硬度試験を実施した。
<XRD解析>
放射線照射前及び後の繊維試料のXRDスペクトラムを図2に示す(照射前:左図、照射後:右図、縦軸は回折強度を任意単位(arbitrary unit, a.u.)で表示)。なお、放射線照射後のサンプルは放射線を発する可能性があるため、その場合に限り、開口部を制限したドーム型シールドカバーを試料支持台に設けた。放射線照射後サンプルのスペクトラムデータ(図2右図)の測定入射角の範囲が狭くなっているのはこのためである。
放射線照射前の繊維試料と放射線照射後の繊維試料のXRDスペクトラムはともに、非晶質ハローのみが認められ、結晶相のピークが認められなかった。すなわち、放射線照射前後ともに実質的に非晶質相のみからなっており、放射線照射によっても、非晶性が維持されていることが分かった。
【0033】
<ビッカース硬度試験>
放射線照射前の繊維試料と放射線照射後の繊維試料につき、ビッカース硬度試験を行った。
使用試験機器は、Reichert-Jung Microduromat 4000EとLeica Telatom 3光学顕微鏡である。繊維試料の幅が20μm前後であることを考慮し、試料表面に加える力を10gF(0.098N)とした。
放射線照射前後の試料各々について17点の測定を行った結果、放射線照射前は723±24kgF/mm,放射線照射後は647±19kgF/mmであった。照射後のビッカース硬度保持率は89%となり、ガンマ線照射量が5.85GGyであることを考慮すると極めて高い値であると言える。以上、材料は耐放射線性に非常に優れる。比較のため、本試験による保持率(89%)の値を先に示した図3にプロットした。強度保持率の測定方法が異なるものの、酸化鉄含量16%の試料が先に述べた先行試験のおよそ10万倍の超高線量の照射を浴びても、なお、強度保持率として90%近い保持率を保つというのは注目に値する。
【0034】
[実施例2]
表6中実施例2として示す原料配合比にて試料を調整した。本試料の成分比は、[S]+[A]:60質量%、[A]/([S]+[A]):0.25、[F]:19質量%、[C]:13質量%である(表6)。
溶融紡糸試験の結果、炉内温度が1350℃に達した後の5時間以内に試料は溶融落下し、径50μm以下の極細の繊維(ミネラルファイバー)が得られた。
得られた繊維試料は、実施例1と同様に、実質的に非晶質相のみからなっており、手で引っ張ってみても容易には切れなかった。そして、放射線照射によってもその非晶性は保持され、ビッカース硬度保持率も実施例1と同水準である。以上、本材料は耐放射線性に非常に優れる。
【0035】
[実施例3]
表6中実施例3として示す原料配合比にて試料を調整した。本試料の成分比は、[S]+[A]:56質量%、[A]/([S]+[A]):0.20、[F]:18質量%、[C]:25質量%である(表6)。
溶融紡糸試験の結果、炉内温度が1350℃に達した後の5時間以内に試料は溶融落下し、径50μm以下の極細繊維(ミネラルファイバー)が得られた。
得られた繊維試料は、実施例1と同様に、実質的に非晶質相のみからなっており、手で引っ張ってみても容易には切れなかった。放射線照射によってもその非晶性は保持され、ビッカース硬度保持率も実施例1と同水準である。以上、本材料は耐放射線性に非常に優れる。
【0036】
[比較例1~比較例8]
表6中比較例1~8として示す原料配合比にて試料を調整した。いずれも、「組成に係る本発明の4要件」のいずれかを欠くものである。
結果、いずれの試料も、炉内温度が1350℃に達した後の5時間以内に、繊維化しなかった(表6)。
【0037】
【表6】
【0038】
[実施例4~11]
シリカアルミナ源としてフライアッシュFA(7)を選択し、「組成に係る本発明の4要件」を満たすよう、必要に応じ試薬SiO2(S),Al2O3(A),Fe2O3(F),CaO(C)を追加配合し、試験を行った(表7、実施例4から11)。いずれも、溶融紡糸性に優れていた。耐放射線性も実施例1と同様に非常に優れるものである。
【表7】
【0039】
シリカアルミナ源としてフライアッシュFA(7)を選択し、試薬SiO2(S),Al2O3(A),Fe2O3(F),CaO(C)を追加配合し、試験を行った(表8、比較例9~16)。比較例9~16は、いずれも、「組成に係る本発明の4要件」のうち、いずれか一つを欠くものである。
[S]+[A]の値が要件i)の下限に満たないと溶融物の粘性が低すぎる結果、糸を形成し得ない(比較例9)。他方、[S]+[A]の値が要件i)の上限を超えると溶融物の粘性が高すぎるため、糸形成の前提条件である、重力による落下挙動を示さず、糸を形成し得ない(比較例10)。
[A]/([S]+[A])の値が要件ii)の下限に満たない場合も、溶融物の粘性が低すぎる結果、糸を形成し得ない(比較例11)。他方、[A]/([S]+[A])の値が要件ii)の上限を超える場合も、溶融物の粘性が高すぎるため、糸形成の前提条件である、重力による落下挙動を示さない(比較例12)。
X線回折(XRD)スペクトラムの結果、比較例12においては、Al2O3リッチ相に起因すると思われる結晶相の形成が認められた(図4)。
[F]の値が要件iii)の下限に満たない場合、耐放射線性が劣る(比較例13)。他方、[F]の値が要件iii) の上限を超えると、溶融物の粘性が低すぎる結果、糸を形成し得ない(比較例14)。
[C]の値が要件iv)の下限に満たない場合、溶融物の粘性が低すぎる結果、糸を形成し得ない(比較例15)。他方、[C]の値が要件iv)の上限を超えると溶融物の粘性が高すぎるため、糸を形成し得ない(比較例16)。
【0040】
【表8】
【0041】
次に、シリカアルミナ源、酸化鉄源、及び酸化カルシウム源の大部分を火力発電廃棄物(フライアッシュ、クリンカアッシュ)や金属精錬廃棄物(鉄鋼スラグ、銅スラグ)、又は天然資源たる火山岩で構成する処方を試みた(表9、実施例12~18)。
いずれも、「組成に係る本発明の4要件」を満たしており、溶融紡糸性に優れていた。耐放射線性も非常に優れる。
【0042】
【表9】
【0043】
図4に、一連の溶融試料のXRDスペクトラムを示す。
[A]/([S]+[A])の値が本発明の要件ii)の上限を超えない試料(比較例11、実施例6)は、非晶質であるが、要件ii)の上限を超える比較例12においては、Al2O3リッチ相に起因すると思われる結晶相の形成が認められる。
また、[F]の値が本発明の要件iii)の上限近傍の範囲まで変化しても、材料は非晶質であった(比較例13、実施例8,9、比較例14)。
図5に一連の試験にて得られた無機繊維の示差熱分析によるサーモグラム(DTA曲線)を示す。
本発明の無機繊維は、約800℃まで(少なくとも700℃近い温度)でも、熱的に安定であり、溶融温度は1200℃以上である。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の無機材料は耐放射線性に優れるため、原子力分野、宇宙航空分野、医療分野へ利用できる。
これらの分野での設備・機器・部材の放射線被照射部に使用することにより、当該放射線被照射部の放射線劣化を抑止できる。
原子力分野の設備・機器・部材として、
・原子力発電用の設備・機器・部材、
・ウラン鉱石の採掘・処理用の設備・機器・部材、
・核燃料の二次加工処理(同燃料の転換・濃縮・再転換・成形加工・MOX製造を含む)用の設備・機器・部材、
・使用済み核燃料の貯蔵・処理・再処理用の設備・機器・部材、
・放射線廃棄物の貯蔵・処理・処分用の設備・機器・部材、
・ウラン鉱石、核燃料二次加工品、使用済み核燃料、又は放射線廃棄物の輸送機器・部材、
・その他の核関連の設備・機器・部材、が挙げられる。
上記原子力発電用の設備・機器・部材のより具体的な例としては、原子炉建屋(研究炉及び試験炉を含む)、原子炉格納容器、原子炉施設内配管、廃炉処理用ロボットが挙げられる。
宇宙航空分野の設備・機器・部材として、
・宇宙基地建屋、宇宙ステーション、人工衛星、惑星探査衛星、宇宙服などが挙げられる。
医療分野の設備・機器・部材としては、
・粒子線利用の医療装置、を挙げることができる。
本発明の無機材料は、溶融紡糸性に優れるので、繊維強化複合材料用の無機繊維に適する。用途に応じ、さらにロービング、チョップドストランド、織物、プリプレグ、不織布等に加工できる。上記複合材料の基体材料(繊維強化される材料)としては、樹脂、セメントが挙げられる。樹脂として、公知の熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂を使用できる。
本発明の無機材料の他の使用例としては、三次元印刷用材料としての使用である。すなわち、本発明の無機材料の粉末と、ワックス、樹脂その他のキャリアーとの混錬物を三次元印刷用材料として使用すれば、耐放射線性に優れる部材を、形状の制約を受けることなく作成することが可能となる。
以上の使用例は本発明の有用性を示す目的で例示するものであり、本発明の範囲を制約するものではない。
【符号の説明】
【0045】
1 電気炉
2 タンマン管
3 吊り棒
4 開口部
5 繊維
D 電気炉外径
H 電気炉高さ
d 電気炉開口部径

図1
図2
図3
図4
図5