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特許7129751炭素シート、ガス拡散電極基材、および燃料電池
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  • 特許-炭素シート、ガス拡散電極基材、および燃料電池 図1
  • 特許-炭素シート、ガス拡散電極基材、および燃料電池 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-25
(45)【発行日】2022-09-02
(54)【発明の名称】炭素シート、ガス拡散電極基材、および燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/96 20060101AFI20220826BHJP
   C01B 32/20 20170101ALN20220826BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20220826BHJP
【FI】
H01M4/96 H
H01M4/96 M
C01B32/20
H01M8/10
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2015552703
(86)(22)【出願日】2015-10-07
(86)【国際出願番号】 JP2015078494
(87)【国際公開番号】W WO2016060045
(87)【国際公開日】2016-04-21
【審査請求日】2018-08-09
【審判番号】
【審判請求日】2020-09-01
(31)【優先権主張番号】P 2014212422
(32)【優先日】2014-10-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】宇都宮 将道
(72)【発明者】
【氏名】岨手 勝也
(72)【発明者】
【氏名】橋本 勝
(72)【発明者】
【氏名】釜江 俊也
【合議体】
【審判長】原 賢一
【審判官】関根 崇
【審判官】後藤 政博
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-511119(JP,A)
【文献】特開2005-190702(JP,A)
【文献】国際公開第2014/030553(WO,A1)
【文献】特開2006-120506(JP,A)
【文献】特開2014-232691(JP,A)
【文献】Handbook of Fuel Cells-Fundamentals,Technology and Applications,Volume3:Fuel Cell Technology and Applications,2013,Chapter46,pp.1-21
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M4/86-98
H01M8/00-0297,8/08-2495
C01B32/00-991
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維および結着材を含む多孔質の炭素シートにマイクロポーラス層を有するガス拡散電極基材であって、
前記炭素シートの一方の表面に最も近い50%平均フッ素強度を有する面から、他方の表面に最も近い50%平均フッ素強度を有する面までの区間において、前記区間を前記炭素シートの面直方向に3等分して得られる層について、一方の表面に近い層と他方の表面に近い層のうち、層の平均フッ素強度がより大きい層を層X、より小さい層を層Yとし、層Xと層Yの間の層を層Zとすると、層の平均フッ素強度が、層X、層Y、層Zの順に小さくなり、
前記炭素シートを面直方向に、前記区間と、前記区間の両側に隣接する2つの外側部分とに分けたときに、前記2つの外側部分におけるフッ素強度が50%平均フッ素強度未満であり、
層Xに最も近い炭素シートの表面を面Xとしたときに、前記炭素シートの面X側に前記マイクロポーラス層を有する、ガス拡散電極基材
【請求項2】
層Yの平均フッ素強度を1としたときに、層Xの平均フッ素強度が1.30~9.00である、請求項1に記載のガス拡散電極基材
【請求項3】
層Yの平均フッ素強度を1としたときに、層Zの平均フッ素強度が0.10~0.90である、請求項1または2に記載のガス拡散電極基材
【請求項4】
層Yに最も近い表面を面Yとしたときに、
面Yにおける水の滑落角が40度以下である、請求項1~3のいずれかに記載のガス拡散電極基材
【請求項5】
炭素シートが撥水材を含み、
前記撥水材の融点が、200~320℃の範囲内である、請求項1~4のいずれかに記載のガス拡散電極基材
【請求項6】
前記撥水材が、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)および/またはテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)を含む、請求項5に記載のガス拡散電極基材
【請求項7】
厚さが50~230μmである、請求項1~6のいずれかに記載のガス拡散電極基材
【請求項8】
炭素シートが結着材としてフッ素系のポリマーを含む、請求項1~7のいずれかに記載のガス拡散電極基材。
【請求項9】
前記マイクロポーラス層が炭素粉末を含み、前記炭素粉末がアスペクト比30~5000の線状カーボンを含む、請求項1~のいずれかに記載のガス拡散電極基材。
【請求項10】
請求項1~のいずれかに記載のガス拡散電極基材を含む、燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池、特に固体高分子型燃料電池に好適に用いられる炭素シート、さらにマイクロポーラス層を含むガス拡散電極基材、および該ガス拡散電極基材を含む燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水素を含む燃料ガスをアノードに供給し、酸素を含む酸化ガスをカソードに供給して、両極で起こる電気化学反応によって起電力を得る固体高分子型燃料電池は、一般的に、セパレータ、ガス拡散電極基材、触媒層、電解質膜、触媒層、ガス拡散電極基材、およびセパレータを、この順に積層して構成されている。上記のガス拡散電極基材には、セパレータから供給されるガスを触媒層へと拡散するための高いガス拡散性と、電気化学反応に伴って生成する水をセパレータへ排出するための高い排水性、および発生した電流を取り出すための高い導電性が必要であり、そのため炭素繊維などからなる炭素シートを基材としてその表面にマイクロポーラス層を形成したガス拡散電極基材が広く用いられている。
【0003】
しかしながら、このようなガス拡散電極基材の課題として、例えば、固体高分子型燃料電池を70℃未満の比較的低い温度かつ高電流密度領域において作動させる場合、大量に生成する水でガス拡散電極基材が閉塞し、ガスの供給が不足する結果、発電性能が低下する問題(以下、フラッディングと記載することがある。)が知られている。また、低温だけでなく高温においても高電流密度領域においては大量の水が生成する。そのため、ガス拡散電極基材には、より高い排水性が求められる。
【0004】
そこで、撥水性の異なるマイクロポーラス層を重ね塗りし、触媒層側ほど撥水性が高くなるように撥水性に傾斜を設けたガス拡散電極基材が提案されている(特許文献1参照)。
【0005】
また、粒子サイズの異なる少なくとも2種の撥水材をガス拡散電極基材の、触媒層を形成しようとする面側から塗布し、ガス拡散電極基材の撥水性が触媒層に接する側ほど高くなるようにする方法が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平07-134993号公報
【文献】特開2005-116338号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、2に記載の発明においては、撥水性に傾斜を設けることによりガス拡散電極基材の触媒層を形成する面から反対側の面まで、生成した水を速やかに移動させることができる。しかしながら、特許文献1、2に記載の発明をもってしても十分にフラッディングを抑制できず、発電性能は依然として不十分であった。
【0008】
本発明の目的は、上記従来技術の背景に鑑み、従来困難であった耐フラッディング性に優れ、ガス拡散電極基材に好適に用いられる炭素シートを提供することにある。
【0009】
さらに本発明の他の目的は、上記炭素シートを基材として用いてなるガス拡散電極基材、該ガス拡散電極基材を含む燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者らは鋭意検討を重ね、特許文献1、2に記載の発明においても十分にフラッディングを抑制できない原因は、前記反対側の面における撥水性が低いことから、生成した水がガス拡散電極基材内部を速やかに移動した後、前記反対側の面、特にセパレータリブ部に接する部分に溜まるためであることを見出した。
【0011】
前記の課題を解決するため、本発明は以下の構成を有する。
【0012】
炭素繊維および結着材を含む多孔質の炭素シートであって、
一方の表面に最も近い50%平均フッ素強度を有する面から、他方の表面に最も近い50%平均フッ素強度を有する面までの区間において、前記区間を前記炭素シートの面直方向に3等分して得られる層について、一方の表面に近い層と他方の表面に近い層のうち、層の平均フッ素強度がより大きい層を層X、より小さい層を層Yとし、層Xと層Yの間の層を層Zとすると、層の平均フッ素強度が、層X、層Y、層Zの順に小さくなることを特徴とする、炭素シート。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来困難であった耐フラッディング性に優れた炭素シートを得ることができる。本発明の炭素シートは、特に低温での発電性能を向上させることが可能であり、ガス拡散電極基材に好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の炭素シートの構成を説明するための模式断面図である。
図2】本発明の炭素シートのフッ素強度の求め方を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の炭素シートは、炭素繊維および結着材を含む多孔質の炭素シートであって、一方の表面に最も近い50%平均フッ素強度を有する面から、他方の表面に最も近い50%平均フッ素強度を有する面までの区間において、前記区間を前記炭素シートの面直方向に3等分して得られる層について、一方の表面に近い層と他方の表面に最も近い層のうち、層の平均フッ素強度がより大きい層を層X、より小さい層を層Yとし、層Xと層Yの間の層を層Zとすると、層の平均フッ素強度が、層X、層Y、層Zの順に小さくなることを特徴とする、炭素シートである。ここで50%平均フッ素強度とは、炭素シートの一方の表面から他方の表面に向かう、炭素シートの面直方向の直線に沿って測定したフッ素強度の平均値の50%の値をいう。また、「一方の表面に最も近い50%平均フッ素強度を有する面」とは、上述の測定における炭素シートの面直方向の直線上の一方の表面に最も近い50%平均フッ素強度を示す点の集合を含み、炭素シートの表面と略平行の、仮想の面を表し、炭素シート内で実際に連続面になっていることを要しない。「層の平均フッ素強度が、層X、層Y、層Zの順に小さくなる」とは、各層の平均フッ素強度が層X>層Y>層Zの関係であることをいう。
【0016】
以下、本発明の炭素シート、ガス拡散電極基材、および燃料電池について詳細に説明する。
【0017】
まず、本発明における炭素シートの構成を、図面を用いて説明する。図1は、本発明の1つの実施形態にかかる炭素シートを例示説明するための模式断面図である。
【0018】
図1において、一方の表面(面X(2))に最も近い50%平均フッ素強度を有する面(面XX(5))から、他方の表面(面Y(3))に最も近い50%平均フッ素強度を有する面(面YY(6))までの区間(10)において、前記炭素シートを面直方向に3等分して得られる層について、一方の表面(面X(2))に近く層の平均フッ素強度が最も大きい層を層X、他方の表面(面Y(3))に近く層の平均フッ素強度が層Xよりも小さい層を層Y、層Xと層Yの間に位置する層を層Zとすると、層の平均フッ素強度が、層X、層Y、層Zの順に小さくなっている。このように、本発明の炭素シート(1)は、層X(7)、層Y(9)、層Z(8)、および50%平均フッ素強度未満の層(4)とで構成されている。
【0019】
[炭素シート]
本発明の炭素シートは、例えば、後述する炭素繊維を含む多孔体の作製、樹脂組成物の含浸、必要に応じて行われる貼り合わせと熱処理、炭化および必要に応じて撥水加工する工程により作製することができる。本発明の炭素シートは、炭素繊維および結着材を含む多孔質のものをいい、必要に応じて撥水加工することもできる。
【0020】
本発明の炭素シートは、多孔質であることが重要である。炭素シートが多孔質であることにより、優れたガス拡散性と排水性を両立することができる。炭素シートを多孔質とするためには、炭素シートを作製するために用いる材料として多孔体を用いることが好ましい。
【0021】
本発明の炭素シートは、上述の優れたガス拡散性と排水性の両立に加えて、発生した電流を取り出すための高い導電性を有することが好ましい。そのような炭素シートを得るためには、炭素シートを作製するために用いる材料として導電性を有する多孔体を用いることが好ましい。より具体的には、炭素繊維織物、カーボンペーパーおよび炭素繊維不織布などの炭素繊維を含む多孔体、および炭素質の発泡多孔体を用いることが好ましい様態である。中でも、耐腐食性が優れていることから、炭素繊維を含む多孔体を用いることがより好ましい態様であり、電解質膜の面直方向の寸法変化を吸収する特性、すなわち「ばね性」に優れていることから、炭素繊維抄紙体を炭化物(結着材)で結合してなるカーボンペーパーを用いることがさらに好ましい態様である。
【0022】
本発明の炭素シートは、層Zの平均フッ素強度が層Xの平均フッ素強度より小さいため、発電により発生する生成水が層Xから層Zへ速やかに移動する。また、層Yの平均フッ素強度が層Zより大きいため、生成水が層Yのセパレータリブ部に接する部分に溜まりにくくなり、フラッディングが抑制される。また、セパレータ流路内を流れる生成水が炭素シートに戻りにくくなる。このように層の平均フッ素強度が層X、層Y、層Zの順に小さくなるように各層を配置することにより、層X>層Z>層Yである場合などと比較して、耐フラッディング性を向上することが可能となる。
【0023】
本発明の炭素シートの層Xの平均フッ素強度は、層Yの平均フッ素強度を1としたときに、1.30~9.00であることが好ましく、1.40~8.00であることがより好ましく、1.50~7.00であることがさらに好ましい。層Yの平均フッ素強度に対する層Xの平均フッ素強度が1.30以上、より好ましくは1.40以上、さらに好ましくは1.50以上であることにより、生成水が層X側から層Y側に排出されやすくなる。また、層Yの平均フッ素強度を1としたときの、層Xの平均フッ素強度が9.00以下、より好ましくは8.00以下、さらに好ましくは7.00以下であることにより、相対的に層Yの平均フッ素強度が高まる。その場合、層Yは一定以上の平均フッ素強度を有すると考えられることから、一定以上の撥水性を有する。その結果、生成水が層Yのセパレータリブ部に接する部分に溜まりにくくなり、フラッディングが抑制される。
【0024】
本発明の炭素シートの層Zの平均フッ素強度は、層Yの平均フッ素強度を1としたときに、0.10~0.90であることが好ましく、0.30~0.80であることがより好ましく、0.50~0.70であることがさらに好ましい。層Yの平均フッ素強度を1としたときの、層Zの平均フッ素強度が0.90以下、より好ましくは0.80以下、さらに好ましくは0.70以下であることにより、本発明の炭素シートの平均フッ素強度が層X>層Y>層Zの関係を有することから、層Zの層Xに対する平均フッ素強度の比を小さくすることができる。それにより、層Xと層Zの平均フッ素強度の差が大きくなることから、発電により発生する生成水が層Xから層Zへ速やかに移動しやすくなる。その結果、層Xからの生成水の排水速度が顕著に向上し、発電性能が向上しやすくなる。また、層Yの平均フッ素強度に対する層Zの平均フッ素強度が0.10以上、より好ましくは0.30以上、さらに好ましくは0.50以上であることにより、相対的に層Zの撥水性が高まることから、生成水が層Zに溜まりにくくなり、フラッディングが抑制される。
【0025】
また、本発明の炭素シートの厚さは50~230μmであることが好ましく、70~180μmであることがより好ましく、90~130μmであることがさらに好ましい。炭素シートの厚さが230μm以下、より好ましくは180μm以下、さらに好ましくは130μm以下であることにより、ガスの拡散性が大きくなりやすく、また生成水も排出されやすくなる。さらに、燃料電池全体としてサイズも小さくしやすくなる。一方、炭素シートの厚さが50μm以上、より好ましくは70μm以上、さらに好ましくは90μm以上であることにより、炭素シート内部の面内方向のガス拡散が効率よく行われ、発電性能が向上しやすくなる。
【0026】
なお、本発明の炭素シートの厚さは、以下の方法で求める。すなわち、炭素シートおよびガス拡散電極基材を平滑な定盤にのせ、圧力0.15MPaをかけた状態での測定物がある場合からない場合の高さの差を測定する。異なる部位にて10箇所サンプリングを行い、高さの差の測定値を平均したものを厚さとする。
【0027】
本発明において、炭素シートの密度は0.20~0.40g/cmの範囲内であることが好ましく、0.22~0.35g/cmの範囲内であることがより好ましく、0.24~0.30g/cmの範囲内であることがさらに好ましい。密度が0.20g/cm以上、より好ましくは0.22g/cm以上、さらに好ましくは0.24g/cm以上であると、炭素シートの機械特性が向上し、電解質膜と触媒層を支えやすくなる。加えて、導電性が高く発電性能が向上しやすくなる。一方、密度が0.40g/cm以下、より好ましくは0.35g/cm以下、さらに好ましくは0.30g/cm以下であると、排水性が向上し、フラッディングを抑制しやすくなる。
【0028】
このような密度を有する炭素シートは、後述する炭素シートの製法において説明するように、炭素繊維の目付、炭素繊維に対する樹脂成分の付着量、および、炭素シートの厚さを制御することにより得られる。ここで、炭素シートの密度は、電子天秤を用いて秤量した炭素シートの目付(単位面積当たりの質量)を、面圧0.15MPaで加圧した際の炭素シートの厚さで除して求めることができる。
【0029】
本発明において、結着材とは炭素シート中の炭素繊維以外の成分を表す。結着材には、炭素繊維同士を結合させる役割を果たす材料である樹脂組成物またはその炭化物が含まれる。また、本発明の炭素シートに撥水材を用いた場合には、撥水材は結着材に含まれる。なお、本発明において、「樹脂組成物」は便宜上、樹脂組成物を表す場合、樹脂組成物およびその炭化物を表す場合、樹脂組成物の炭化物を表す場合がある。また、樹脂組成物の炭化物とは、樹脂組成物中の樹脂成分が炭化したものである。
【0030】
層の平均フッ素強度を層X、層Y、層Zの順に小さくした本発明の炭素シートは、炭素シートを構成する炭素繊維の繊維径や密度、結着材の分布を面直方向で制御することによって得られるが、結着材の分布を制御することがより好ましい。
【0031】
結着材の分布を面直方向に制御する方法としては、後述の方法によって作製される炭素繊維抄紙体などの多孔体に樹脂組成物を含浸させた予備含浸体において、樹脂組成物の含浸量の異なる3枚の予備含浸体を用意し、これらを積層成型して炭化することで得ることや、炭素繊維抄紙体などの多孔体に樹脂組成物を含浸する際に樹脂組成物の付着量に分布が形成される樹脂付与方法を用いることで樹脂付着量に分布を持つ1枚の予備含浸体を用意し、積層せず成型し炭化することで得ても良いが、樹脂組成物の含浸量の異なる予備含浸体を積層することにより得る場合、積層界面でフッ素強度の急激な変化が生じ、生成水がスムーズに排出されず界面に滞留し易い場合があることから、急激な変化が生じない1枚の予備含浸体から作製されることが好ましい。また、複数の予備含浸体を積層するのではなく、1枚の予備含浸体から作製することは、得られる炭素シートの厚さを小さくすることが容易であるため、厚さを前記の好ましい範囲にするためにも好適である。
【0032】
また、本発明において、1~100μmの範囲に径を有する細孔の容積の和を100%としたときに、50~100μmの範囲に径を有する細孔の容積の和が17~50%であると、排水性が特に向上し、高い耐フラッディング性を示すため好ましい。50~100μmの範囲に径を有する細孔は、発電時の水や水蒸気の制御に重要な役割を有している。また、この範囲にある大きな細孔の割合は、地合ムラなどの炭素シートの均一性にも関与している。1~100μmの範囲に径を有する細孔の容積の和を100%としたときに、50~100μmの範囲に径を有する細孔の容積の和が17%以上であれば、排水性が向上しフラッディングを抑制することができる。また、50%以下であれば、抄紙などからなる炭素シートに地合ムラなどがなく均一に作製できるため、引張強度などの機械特性を向上させることができる。
【0033】
また本発明の炭素シートは1~100μmの範囲に径を有する細孔の径のピークが30~50μmの範囲内にあることが好ましく、35~45μmの範囲内にあることがさらに好ましい。1~100μmの範囲に径を有する細孔の径のピークが30~50μmの範囲であれば、より効果的にフラッディングの抑制と機械特性の向上を発現することができる。
【0034】
次に、本発明の炭素シートを作製するに好適な方法を以下、炭素繊維抄紙体を多孔体として用いるカーボンペーパーを代表例に具体的に説明する。
【0035】
<炭素繊維を含む多孔体の作製>
多孔質の炭素シートを作製するために用いる多孔体について説明する。本発明の多孔質の炭素シートは、セパレータから供給されるガスを触媒層へと拡散するための高いガス拡散性と、電気化学反応に伴って生成する水をセパレータへ排出するための高い排水性、および発生した電流を取り出すための高い導電性を有することが好ましい。このため多孔質の炭素シートを得るためには、導電性を有する多孔体を用いることが好ましい。より具体的には、多孔質の炭素シートを得るために用いる多孔体は、例えば、炭素繊維抄紙体、炭素繊維織物およびフェルトタイプの炭素繊維不織布などの炭素繊維を含む多孔体を用いることが好ましい態様である。中でも、多孔体を多孔質の炭素シートとした際に、電解質膜の面直方向の寸法変化を吸収する特性、すなわち「ばね性」に優れていることから炭素繊維抄紙体を多孔体として用いることが好ましい。以下、炭素繊維抄紙体を代表例として説明する。
【0036】
本発明の炭素シートおよびそれを得るために用いる多孔体中の炭素繊維としては、ポリアクリロニトリル(PAN)系、ピッチ系およびレーヨン系などの炭素繊維が挙げられる。中でも、機械強度に優れていることから、PAN系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維が好ましく用いられる。
【0037】
本発明の炭素シートおよびそれを得るために用いる多孔体中の炭素繊維は、単繊維の平均直径(以下、炭素繊維径という)が3~20μmの範囲内であることが好ましく、5~10μmの範囲内であることがより好ましい。炭素繊維径が3μm以上、より好ましくは5μm以上であると、細孔の径が大きくなり排水性が向上し、フラッディングを抑制しやすくなる。一方、炭素繊維径が20μm以下、より好ましくは10μm以下であると、厚さムラが小さくなり、後述の好ましい炭素シートの厚さ範囲に制御することが容易となる。 ここで、炭素繊維径は、走査型電子顕微鏡などの顕微鏡で、炭素繊維を1000倍に拡大して写真撮影を行い、無作為に異なる30本の単繊維を選び、その直径を計測し、その平均値を求めたものである。走査型電子顕微鏡としては、(株)日立製作所製S-4800あるいはその同等品を用いることができる。
【0038】
本発明で用いられる炭素繊維は、単繊維の平均長さ(以下、炭素繊維長という)が3~20mmの範囲内であることが好ましく、5~15mmの範囲内であることがより好ましい。炭素繊維長が3mm以上、より好ましくは5mm以上であると、炭素シートが機械強度、導電性および熱伝導性が優れたものとなりやすい。一方、炭素繊維長が20mm以下、より好ましくは15mm以下であると、抄紙の際の炭素繊維の分散性に優れ、均質な炭素シートが得られやすくなる。このような炭素繊維長を有する炭素繊維は、連続した炭素繊維を所望の長さにカットする方法などにより得られる。
【0039】
炭素繊維の単繊維の平均長さ(炭素繊維長)は、走査型電子顕微鏡などの顕微鏡で、炭素繊維を50倍に拡大して写真撮影を行い、無作為に異なる30本の単繊維を選び、その長さを計測し、その平均値を求めたものである。走査型電子顕微鏡としては、(株)日立製作所S-4800あるいはその同等品を用いることができる。
【0040】
炭素繊維径や炭素繊維長は、通常、原料となる炭素繊維についてその炭素繊維を直接観察して測定されるが、炭素シートを観察して測定することもできる。
【0041】
炭素シートを得るために用いる多孔体の一形態である、抄紙により形成された炭素繊維抄紙体は、炭素シートとした際に面内の導電性と熱伝導性を等方的に保つという目的で、炭素繊維が二次元平面内にランダムに分散したシート状であることが好ましい。炭素繊維抄紙体を得る際の炭素繊維の抄紙は、一回のみ行なっても、複数回積層して行なうこともできる。
【0042】
本発明において、炭素繊維抄紙体は、炭素繊維の目付が10~50g/mの範囲内にあることが好ましく、15~35g/mの範囲内であることがより好ましく、20~30g/mの範囲内であることがさらに好ましい。炭素繊維抄紙体における炭素繊維の目付が10g/m以上、より好ましくは15g/m以上、さらに好ましくは20g/m以上であると、該炭素繊維抄紙体から得られる炭素シートが機械強度の優れたものとなりやすい。また、炭素繊維抄紙体における炭素繊維の目付が50g/m以下、より好ましくは35g/m以下、さらに好ましくは30g/m以下であると、該炭素繊維抄紙体から得られる炭素シートが面内方向のガス拡散性と排水性に優れたものとなりやすい。抄紙体を複数枚貼り合わせることで炭素繊維抄紙体とする場合は、貼り合わせ後の炭素繊維抄紙体の炭素繊維の目付が10~50g/mの範囲内であることが好ましい。
【0043】
ここで、炭素シートにおける炭素繊維の目付は、10cm四方に切り取った炭素繊維抄紙体を、窒素雰囲気下、温度450℃の電気炉内に15分間保持し、有機物を除去して得た残瑳の質量を、炭素繊維抄紙体の面積(0.01m)で除して求めることができる。
【0044】
<樹脂組成物の含浸>
本発明の炭素シートを得る際においては、炭素繊維抄紙体などの炭素繊維を含む多孔体に、結着材となる樹脂組成物が含浸される。
【0045】
本発明において、炭素シート中の結着材は、炭素シート中の炭素繊維以外の成分を指し、主に炭素繊維同士を結着させる役割を果たす。炭素繊維同士を結着させる役割を果たす材料として、多孔体に含浸される樹脂組成物またはその炭化物が挙げられる。なお以下においては、炭素繊維を含む多孔体に、結着材となる樹脂組成物を含浸したものを「予備含浸体」と記載することがある。
【0046】
炭素繊維を含む多孔体に、結着材となる樹脂組成物を含浸する方法としては、溶媒を添加した樹脂組成物に多孔体を浸漬する方法、溶媒を添加した樹脂組成物を多孔体に塗布する方法、および樹脂組成物からなる層を有するフィルム中の前記層を、多孔体に転写する方法などが用いられる。中でも、生産性が優れることから、溶媒を添加した樹脂組成物に多孔体を浸漬する方法が特に好ましく用いられる。
【0047】
本発明の炭素シートは、層の平均フッ素強度が、層X、層Y、層Zの順に小さくなることが特徴である。各層の平均フッ素強度を調整する方法としては特に限定されるものではないが、後述の撥水加工が好ましく用いられる。
【0048】
以下、撥水加工を用いる場合について説明する。フッ素原子を含む撥水材を用いて撥水加工を行なう場合、前記撥水材は炭素繊維の表面よりも結着材の表面、特に樹脂成分が炭化した結着材の表面により多く付着する傾向がある。したがって、前記平均フッ素強度が層X、層Y、層Zの順に小さくなる炭素シートは、樹脂組成物を多孔体に含浸させる際に、樹脂組成物の量を層X、層Y、層Zの順に小さくさせることにより得ることができる。樹脂組成物の分布を制御する方法として、炭素繊維抄紙体に、結着材となる樹脂組成物を浸漬等により全体に均一に含浸させて予備含浸体を得た後、乾燥前に片面から過剰に付着している樹脂組成物を除去することにより、炭素シートの面直方向の樹脂組成物またはその炭化物の量を制御し分布させる方法が考えられる。
【0049】
各層の樹脂組成物および平均フッ素強度の分布を制御する方法の一例として、以下の方法が挙げられる。炭素繊維抄紙体を、樹脂組成物を含んだ溶液に浸漬させ予備含浸体を得た後、乾燥させる前に一方の表面から樹脂組成物を含んだ溶液を吸い取ることにより、あるいは炭素繊維抄紙体の一方の表面のみに絞りロールを押し当てることにより、面Y近傍の付着量を面Xの近傍の付着量に対して減らすことができる。一方で、樹脂組成物は乾燥工程において溶剤が表面から揮発するために、予備含浸体の内部よりも表面に樹脂組成物を多く分布させることができる。その結果、予備含浸体において、結着材となる樹脂組成物の量が層X、層Y、層Zの順に小さくなるように変化させることができ、これを炭化、撥水加工することにより平均フッ素強度を層X、層Y、層Zの順に小さくなるように制御できる。
【0050】
また、各層の樹脂組成物および平均フッ素強度の分布を制御する方法の他の一例として、炭素繊維抄紙体を、樹脂組成物を含んだ溶液に浸漬させて予備含浸体を得た後、該炭素繊維抄紙体の一方の表面にのみ追加で樹脂組成物をスプレーやグラビアロールなどで塗布し、炭化、撥水加工することによって、平均フッ素強度を炭素シートの層X、層Y、層Zの順に小さくなるように制御する方法を挙げることができる。
【0051】
<予備含浸体を作製する際に用いる樹脂組成物>
予備含浸体を作製する際に用いる樹脂組成物は、樹脂成分に溶媒などを必要に応じて添加したものである。ここで、樹脂成分とは、熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂などの樹脂を含み、さらに、必要に応じて炭素粉末や界面活性剤などの添加物を含むものである。
【0052】
前記樹脂組成物に含まれる樹脂成分の炭化収率は40質量%以上であることが好ましい。炭化収率が40質量%以上であると、炭素シートが機械特性、導電性および熱伝導性に優れたものとなりやすい。樹脂組成物に含まれる樹脂成分の炭化収率には特に上限はないが、通常60質量%程度である。
【0053】
前記樹脂組成物中の樹脂成分を構成する樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂およびフラン樹脂などの熱硬化性樹脂などが挙げられる。中でも、炭化収率が高いことから、フェノール樹脂が好ましく用いられる。
【0054】
また、前記樹脂組成物中の樹脂成分として、必要に応じて添加される添加物としては、炭素シートの機械特性、導電性および熱伝導性を向上させる目的で、炭素粉末を用いることができる。ここで、炭素粉末としては、ファーネスブラック、アセチレンブラック、ランプブラックおよびサーマルブラックなどのカーボンブラック、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、土状黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛および薄片グラファイトなどのグラファイト、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、炭素繊維のミルドファイバーなどを用いることができる。
【0055】
前記樹脂組成物は、前述の樹脂成分をそのまま使用することもできるし、必要に応じて、炭素繊維抄紙体などの多孔体への含浸性を高める目的で、各種溶媒を含むことができる。ここで、溶媒としては、メタノール、エタノールおよびイソプロピルアルコールなどを用いることができる。
【0056】
前記樹脂組成物は、25℃、0.1MPaの状態で液状であることが好ましい。樹脂組成物が液状であると炭素繊維抄紙体などの多孔体への含浸性が優れ、得られる炭素シートが機械特性、導電性および熱伝導性に優れたものとなる。
【0057】
含浸する際には、予備含浸体中の炭素繊維100質量部に対して、樹脂成分が30~400質量部となるように前記樹脂組成物を含浸することが好ましく、50~300質量部となるように含浸することがより好ましい。予備含浸体中の炭素繊維100質量部に対する、樹脂成分の含浸量が30質量部以上、より好ましくは50質量部以上であると、炭素シートが機械特性、導電性および熱伝導性の優れたものとなる。一方、予備含浸体中の炭素繊維100質量部に対する、樹脂成分の含浸量が400質量部以下、より好ましくは300質量部以下であると、炭素シートがガス拡散性の優れたものとなる。
【0058】
<貼り合わせと熱処理>
本発明においては、炭素繊維抄紙体などの多孔体に樹脂組成物を含浸した予備含浸体を形成した後、炭化を行なうに先立って、予備含浸体を貼り合わせたり、予備含浸体に熱処理を行なったりすることができる。
【0059】
本発明において、炭素シートを所定の厚さにする目的で、予備含浸体を複数枚貼り合わせることができる。この場合、同一の性状を有する予備含浸体を複数枚貼り合わせることもできるし、異なる性状を有する予備含浸体を複数枚貼り合わせることもできる。具体的には、炭素繊維径や炭素繊維長、予備含浸体を得る際に用いる炭素繊維抄紙体などの多孔体の炭素繊維の目付、および樹脂成分の含浸量などが異なる複数の予備含浸体を貼り合わせることもできる。
【0060】
一方、貼り合わせることにより面直方向に不連続な面が形成されることになり、排水性が低下することがあるので、本発明では炭素繊維抄紙体などの多孔体を貼り合わせずに一枚のみで用い、これに熱処理を行なうことが好ましい。
【0061】
また、予備含浸体中の樹脂組成物を増粘および硬化させる目的で、予備含浸体を熱処理することができる。熱処理する方法としては、熱風を吹き付ける方法、プレス装置などの熱板に挟んで加熱する方法、および連続ベルトに挟んで加熱する方法などを用いることができる。
【0062】
<炭化>
本発明において、炭素繊維抄紙体などの多孔体に樹脂組成物を含浸して予備含浸体とした後、樹脂成分を炭化するために、不活性雰囲気下で焼成を行なう。この焼成は、バッチ式の加熱炉を用いることもできるし、連続式の加熱炉を用いることもできる。また、不活性雰囲気は、炉内に窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガスを流すことにより得ることができる。
【0063】
焼成の最高温度は1300~3000℃の範囲内であることが好ましく、より好ましくは1700~3000℃の範囲内であり、さらに好ましくは1900~3000℃の範囲内である。最高温度が1300℃以上であると、予備含浸体中の樹脂成分の炭化が進み、炭素シートが導電性と熱伝導性に優れたものとなる。一方、最高温度が3000℃以下であると、加熱炉の運転コストが低くなる。
【0064】
<撥水加工>
本発明において、排水性を向上させる目的で、炭素繊維焼成体に撥水加工を施すことが好ましい。撥水加工は、例えば、炭素繊維焼成体に撥水材を塗布し熱処理することにより行なうことができる。なお、撥水材を用いて撥水加工した場合、前記撥水材は結着材として炭素シートに含まれる。
【0065】
本発明の炭素シートは、面Yにおける水の滑落角が40度以下であることが好ましい。本発明の炭素シートの面X側にマイクロポーラス層を形成することで、本発明のガス拡散電極基材とすることができるが、このガス拡散電極基材を燃料電池として用いる場合、炭素シートの面Y側がセパレータ側となる。この面Yの滑落角を40度以下とすることにより、セパレータ流路部を流れる生成水が面Yに付着することなく、円滑に排水され、耐フラッディング性を向上することが可能となる。面Yの滑落角は低いほど好ましく、1度で最も良好な排水性を得ることができる。
【0066】
面Yの滑落角を40度以下に制御する方法としては、撥水加工工程における熱処理の際に、撥水材を溶融させ低粘度にする方法が挙げられる。撥水材を溶融させることで、撥水材が炭素シート内の炭素繊維表面に均一に拡がり、水の滑落角を40度以下とすることができ、耐フラッディング性を向上することが可能となる。ここで面Yにおける水の滑落角とは、炭素シートの面Yの側から測定して得られる滑落角を意味する。
【0067】
撥水加工において使用する撥水材の融点は、200~320℃の範囲内であることが好ましく、230~310℃の範囲内であることがより好ましく、250~300℃の範囲内であることがさらに好ましい。撥水材の融点が320℃以下、より好ましくは310℃以下、さらに好ましくは300℃以下であることで、撥水加工工程における熱処理の際に、撥水材が溶融しやすく、撥水材が炭素シート内の炭素繊維表面に均一に拡がり、撥水性の高い炭素シートを得ることができ、耐フラッディング性を向上することが可能となる。また、撥水材の融点が200℃以上、より好ましくは230℃以上、さらに好ましくは250℃以上であることで、撥水加工工程における熱処理の際に、撥水材が熱分解しにくく、撥水性の高い炭素シートを得ることができ、耐フラッディング性を向上することが可能となる。
【0068】
撥水加工において使用する撥水材の種類としては、耐腐食性に優れていることから、フッ素系のポリマーを用いることが好ましい。フッ素系のポリマーとしては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)および/またはテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などが挙げられる。中でも、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)および/またはテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)を用いることがより好ましい。撥水加工において使用する撥水材としてテトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)および/またはテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)を用いることで、撥水材が溶融しやすく、撥水材が炭素シート内の炭素繊維表面に均一に拡がり、撥水性の高い炭素シートを得ることができる。また、撥水材が炭素シート内の炭素繊維表面に均一に拡がることで、炭素繊維表面の撥水材が薄くなるため、セパレータと炭素シートの接触抵抗が小さくなり好ましい。撥水材としてこれらの材料を用いることにより、面Yの水の滑落角を40度以下とすることができることから、炭素シートの排水性を格段に大きくすることができ、撥水処理された炭素シート内部での水の蓄積を低減できるために、ガスの拡散性も大きく改善することができる。このため、大幅な発電性能の向上につながる。
【0069】
撥水加工の際の撥水材の付着量は、炭素繊維焼成体100質量部に対して1~50質量部であることが好ましく、2~40質量部がより好ましい。撥水材の付着量が、炭素繊維焼成体100質量部に対して1質量部以上、より好ましくは2質量部以上であると、炭素シートが排水性に優れたものとなる。一方、撥水材の付着量が、炭素繊維焼成体100質量部に対して50質量部以下、より好ましくは40質量部以下であると、炭素シートが導電性の優れたものとなる。
【0070】
本発明において、炭素シートのフッ素強度は、次のようにして求める。以下、図2を用いて説明する。まず、炭素シート(1)の一方の表面を面X(2)、他方の表面を面Y(3)と仮決めした後、鋭利な刃物により無作為に炭素シート(1)の面直方向の断面観察用サンプルを50個作製する。前記50個の炭素シート(1)の断面に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)-エネルギー分散型X線分析(EDX)装置を用いて、炭素シート(1)の面直方向にラインスキャンを行い、フッ素強度(フッ素のシグナル強度)の分布(11)を求める。フッ素強度の測定は加速電圧7kV、拡大倍率300倍、ライン幅20μmの条件とする。炭素シート(1)の一方の表面から他方の表面に向かう、炭素シートの面直方向の直線に沿って測定したフッ素強度の平均値(12)の50%の値(13)を求め、仮決めした面X(2)に最も近い50%平均フッ素強度を有する面(面XX(5))から、仮決めした面Y(3)に最も近い50%平均フッ素強度を有する面(面YY(6))までの区間(10)において、前記炭素シートを面直方向に3等分して得られる層について、面XX(5)を含む層を層X(7)と仮決めし、面YY(6)を含む層を層Y(9)と仮決めし、層X(7)と層Y(9)に挟まれる中央の層を層Z(8)とする。
【0071】
前記50個の炭素シートそれぞれの層Xにおけるフッ素強度の平均値を算出し、50個の「層Xにおけるフッ素強度の平均値」を得る。得られた50個の「層Xにおけるフッ素強度の平均値」の平均値を層Xの平均フッ素強度とする。層Y、層Zについても同様の方法で平均フッ素強度を算出する。仮決めした層X、層Yのうち、平均フッ素強度がより大きい層を層X、より小さい層を層Yとし、炭素シートの層X側の表面を面X、層Y側の表面を面Yとする。
【0072】
本発明において、炭素繊維焼成体は「炭素シート」に当たる。上述のとおり、炭素繊維焼成体は、必要に応じて、撥水加工が施されるが、本発明では、撥水加工が施された炭素繊維焼成体も「炭素シート」に当たるものとする。撥水加工が施されない炭素繊維焼成体は、当然に「炭素シート」に当たる。
【0073】
[ガス拡散電極基材]
次に、本発明のガス拡散電極基材について説明する。
【0074】
本発明のガス拡散電極基材は、上述の炭素シートに、後述のマイクロポーラス層を形成することにより作製することができる。
【0075】
<マイクロポーラス層の形成>
本発明の炭素シートは、一方の表面にマイクロポーラス層を形成することで、ガス拡散電極基材として用いることができる。そして本発明のガス拡散電極基材は、炭素シートの面Xの側にマイクロポーラス層を有することが好ましい。面Xの側にマイクロポーラス層を有することによって、マイクロポーラス層を形成するためのフィラー含有塗液が炭素シートによりしみ込みにくくなり、面Yへのフィラー含有塗液のしみ出しがより抑制される。その結果、炭素シートの面内方向のガス拡散性がより向上し、燃料電池の発電性能がより向上する。また、フィラー含有塗液が炭素シートによりしみ込みにくくなり、炭素シートの表層にマイクロポーラス層がより好ましい厚さで形成されるため、生成水の逆拡散により、電解質膜の乾燥がより抑制される。
【0076】
マイクロポーラス層の目付は特に限定されないが、10~35g/mの範囲内であることが好ましく、14~30g/mがより好ましく、16~25g/mがさらに好ましい。
【0077】
マイクロポーラス層の目付が10g/m以上、より好ましくは14g/m以上、さらに好ましくは16g/m以上であると、炭素シートの一方の表面をマイクロポーラス層によって覆うことができ、生成水の逆拡散がより促進され、電解質膜の乾燥をより抑制することができる。また、マイクロポーラス層の目付が35g/m以下、より好ましくは30g/m以下、さらに好ましくは25g/m以下であると、排水性がより向上し、フラッディングをより抑制することができる。
【0078】
マイクロポーラス層は、フィラーを含むことが好ましい。フィラーとしては、炭素粉末が好ましい。炭素粉末としては、ファーネスブラック、アセチレンブラック、ランプブラックおよびサーマルブラックなどのカーボンブラック、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、土状黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛、および薄片グラファイトなどのグラファイト、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、炭素繊維のミルドファイバーなどが挙げられる。それらの中でもフィラーである炭素粉末としては、カーボンブラックがより好ましく用いられ、不純物が少ないことからアセチレンブラックが最も好ましく用いられる。
【0079】
本発明において、導電性と排水性を向上するという観点から、マイクロポーラス層には線状カーボンと撥水材を含む多孔体を用いることもできる。
【0080】
本発明において、マイクロポーラス層が炭素粉末を含み、当該炭素粉末が線状カーボンであり、その線状カーボンのアスペクト比を30~5000とすることにより、マイクロポーラス層の前駆体であるフィラー含有塗液の炭素シートへのしみ込みを適度に抑制し、面内方向のガス拡散性と排水性を改善させることができるため、フラッディングを抑制することができ、さらには、炭素シート表層に十分な厚さを有するマイクロポーラス層が形成され、生成水の逆拡散が促進されるため、電解質膜の乾燥を抑制することができる。
【0081】
本発明において、排水を促進するとの観点から、マイクロポーラス層には撥水材を含むことが好ましい態様である。中でも、耐腐食性に優れていることから、撥水材としてはフッ素系のポリマーを用いることが好ましい。フッ素系のポリマーとしては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、およびテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などが挙げられる。
【0082】
フィラー含有塗液は、水や有機溶媒などの分散媒を含んでも良く、界面活性剤などの分散助剤を含有させることもできる。分散媒としては水が好ましく、分散助剤にはノニオン性の界面活性剤を用いることが好ましい。また、前記したような、各種炭素粉末などのフィラーや撥水材を含有させることもできる。
【0083】
マイクロポーラス層は、炭素シートの片面、好ましくは炭素シートの面X側に、前述のフィラーを含む塗液(フィラー含有塗液)を塗布することによって形成することができる。炭素シートの両面にマイクロポーラス層を形成すると、炭素シートよりも小さい細孔径を有するマイクロポーラス層がガス拡散電極基材からセパレータへの排水およびガスの拡散を阻害するため、炭素シートの片面にマイクロポーラス層を形成することが好ましい。
【0084】
マイクロポーラス層は、前述のフィラーを含む塗液(フィラー含有塗液)を複数回塗布することにより形成されることが好ましい。複数回塗布することで層Xの平均フッ素強度が大きくなり、層Xと層Zの平均フッ素強度の差が大きくなることから、発電により発生する生成水が層Xから層Zへ速やかに移動しやすくなる。その結果、層Xからの生成水の排水速度が顕著に向上し、発電性能が向上しやすくなるためである。
【0085】
フィラー含有塗液の炭素シートへの塗布は、市販されている各種の塗布装置を用いて行なうことができる。塗布方式としては、スクリーン印刷、ロータリースクリーン印刷、スプレー噴霧、凹版印刷、グラビア印刷、ダイコーター塗布、バー塗布、およびブレード塗布などの塗布方式を使用することができる。上に例示した塗布方法はあくまでも例示であり、必ずしもこれらに限定されるものではない。
【0086】
フィラー含有塗液の炭素シートへの塗布後、80~180℃の温度で塗液を乾かすことが好ましい。すなわち、塗布物を、80~180℃の温度に設定した乾燥器に投入し、5~30分の範囲で乾燥する。乾燥風量は適宜決めることができるが、急激な乾燥は、表面の微小クラックを誘発する場合がある。塗布物を乾燥した後、マッフル炉や焼成炉または高温型の乾燥機に投入し、好ましくは300~380℃の温度で5~20分間加熱して、撥水材を溶融し、炭素粉末などのフィラー同士のバインダーにしてマイクロポーラス層を形成することが好ましい。
【0087】
[膜電極接合体]
本発明において、前記したガス拡散電極基材を、両面に触媒層を有する固体高分子電解質膜の少なくとも片面に接合することにより、膜電極接合体を形成することができる。その際、触媒層側にガス拡散電極基材のマイクロポーラス層を配置することにより、より生成水の逆拡散が起こりやすくなることに加え、触媒層とガス拡散電極基材の接触面積が増大し、接触電気抵抗を低減させることができる。
【0088】
[燃料電池]
本発明の燃料電池は、本発明のガス拡散電極基材を含むものであり、つまり上述の膜電極接合体の両側にセパレータを有するものである。すなわち、上述の膜電極接合体の両側にセパレータを配することにより燃料電池を構成する。通常、このような膜電極接合体の両側にガスケットを介してセパレータで挟んだものを複数個積層することによって固体高分子型燃料電池を構成する。触媒層は、固体高分子電解質と触媒担持炭素を含む層からなる。触媒としては、通常、白金が用いられる。アノード側に一酸化炭素を含む改質ガスが供給される燃料電池にあっては、アノード側の触媒としては白金およびルテニウムを用いることが好ましい。固体高分子電解質は、プロトン伝導性、耐酸化性および耐熱性の高い、パーフルオロスルホン酸系の高分子材料を用いることが好ましい。このような燃料電池ユニットや燃料電池の構成自体は、よく知られているところである。
【実施例
【0089】
次に、実施例によって、本発明の炭素シートとガス拡散電極基材について具体的に説明する。実施例で用いた材料、炭素シートおよびガス拡散電極基材の作製方法と燃料電池の電池性能評価方法を、次に示した。
【0090】
<炭素シートの作製>
・厚さ220μmの炭素シートの作製
炭素繊維径7μm、炭素繊維長12mmの東レ(株)製ポリアクリルニトリル系炭素繊維“トレカ”(登録商標)T300を、水中に分散させて湿式抄紙法により連続的に抄紙した。さらに、バインダーとしてポリビニルアルコールの10質量%水溶液を当該抄紙に塗布して乾燥させ、炭素繊維の目付が44.0g/mの炭素繊維抄紙体を作製した。ポリビニルアルコールの付着量は、炭素繊維抄紙体100質量部に対して22質量部であった。
【0091】
次に、熱硬化性樹脂としてレゾール型フェノール樹脂とノボラック型フェノール樹脂を1:1の質量比で混合した樹脂と、炭素粉末として鱗片状黒鉛(平均粒径5μm)と、溶媒としてメタノールを用い、熱硬化性樹脂/炭素粉末/溶媒=10質量部/5質量部/85質量部の配合比でこれらを混合し、超音波分散装置を用いて1分間撹拌を行い、均一に分散した樹脂組成物を得た。
【0092】
次に、15cm×12.5cmにカットした炭素繊維抄紙体をアルミバットに満たした樹脂組成物に水平に浸漬した後に、水平に配置した2本のロールで挟んで絞った。この際、炭素繊維抄紙体に対する樹脂成分の付着量は水平に配置した2本のロール間のクリアランスを変えることで調整した。また、2本のうちの一方のロールはドクターブレードで余分な樹脂を取り除くことができる構造を持つ平滑な金属ロールで、他方のロールは凹凸のついたグラビアロールという構成のロールを用いた。炭素繊維抄紙体の一方の表面側を金属ロールで、他方の表面側をグラビアロールで挟み、樹脂組成物の含浸液を絞ることで、炭素繊維抄紙体の一方の表面と他方の表面の樹脂成分の付着量に差を付けた。含浸させた後、100℃の温度で5分間加熱して乾燥させ、予備含浸体を作製した。次に、平板プレスで加圧しながら、180℃の温度で5分間熱処理を行った。加圧の際に平板プレスにスペーサーを配置して、上下プレス面板の間隔を調整した。
【0093】
この予備含浸体を熱処理した基材を、加熱炉において、窒素ガス雰囲気に保たれた最高温度が2400℃の加熱炉に導入し、炭素繊維焼成体からなる、厚さが220μmの炭素シートを得た。
【0094】
・厚さ150μmの炭素シートの作製
炭素繊維の目付を30.0g/mとし、平板プレスでの熱処理において上下プレス面板の間隔を調整したこと以外は、上記した厚さ220μmの炭素シートの作製に記載した方法に従って、厚さが150μmの炭素シートを作製した。
【0095】
・厚さ100μmの炭素シートの作製
炭素繊維の目付を22.0g/mとし、平板プレスでの熱処理において上下プレス面板の間隔を調整したこと以外は、上記した厚さ220μmの炭素シートの作製に記載した方法に従って、厚さが100μmの炭素シートを作製した。
【0096】
<撥水加工>
上記にて作製した炭素シートを、撥水材として、PTFE樹脂(“ポリフロン”(登録商標)PTFEディスパージョンD-1E(ダイキン工業(株)製))の水分散液、ないしはFEP樹脂(“ネオフロン”(登録商標)FEPディスパージョンND-110(ダイキン工業(株)製)の水分散液に浸漬することにより、炭素繊維焼成体に撥水材を含浸した。その後、温度が100℃の乾燥機炉内で5分間加熱して乾燥し、撥水加工された炭素シートを作製した。なお、乾燥する際は、炭素シートを垂直に配置し、1分毎に上下方向を変更した。また、撥水材の水分散液は、乾燥後で炭素シート95質量部に対し、撥水材が5質量部付与されるように適切な濃度に希釈して使用した。
【0097】
<ガス拡散電極基材の作製>
<材料>
・炭素粉末A:アセチレンブラック“デンカ ブラック”(登録商標)(電気化学工業(株)製)
・炭素粉末B:線状カーボン:気相成長炭素繊維 “VGCF”(登録商標)(昭和電工(株)製)アスペクト比70
・材料C:撥水材:PTFE樹脂(PTFE樹脂を60質量部含む水分散液である“ポリフロン”(登録商標)PTFEディスパージョンD-1E(ダイキン工業(株)製)を使用)
・材料D:界面活性剤“TRITON”(登録商標)X-100(ナカライテスク(株)製)
上記の各材料を、分散機を用いて混合し、フィラー含有塗液を作製した。このフィラー含有塗液を、スリットダイコーターを用いて、撥水加工された炭素シートの一方の表面上に面状に塗布した後、120℃の温度で10分間、380℃の温度で10分間加熱した。このようにして、撥水加工された炭素シート上にマイクロポーラス層を形成して、ガス拡散電極基材を作製した。ここで用いたフィラー含有塗液には、炭素粉末、撥水材、界面活性剤および精製水を用い、表に示す、配合量を質量部で記載したフィラー含有塗液の組成となるように調整したものを用いた。表に示した材料C(PTFE樹脂)の配合量は、PTFE樹脂の水分散液の配合量ではなく、PTFE樹脂自体の配合量を表す。
【0098】
<固体高分子型燃料電池の発電性能評価>
白金担持炭素(田中貴金属工業(株)製、白金担持量:50質量%)1.00gと、精製水1.00g、“Nafion”(登録商標)溶液(Aldrich社製“Nafion”(登録商標)5.0質量%)8.00gと、イソプロピルアルコール(ナカライテスク社製)18.00gとを順に加えることにより、触媒液を作製した。
【0099】
次に、5cm×5cmにカットした“ナフロン”(登録商標)PTFEテープ“TOMBO”(登録商標)No.9001(ニチアス(株)製)に、触媒液をスプレーで塗布し、常温で乾燥させ、白金量が0.3mg/cmの触媒層付きPTFEシートを作製した。続いて、8cm×8cmにカットした固体高分子電解質膜“Nafion”(登録商標)NRE-211CS(DuPont社製)を、2枚の触媒層付きPTFEシートで挟み、平板プレスで5MPaに加圧しながら130℃の温度で5分間プレスし、固体高分子電解質膜に触媒層を転写した。プレス後、PTFEシートを剥がし、触媒層付き固体高分子電解質膜を作製した。
【0100】
次に、触媒層付き固体高分子電解質膜を、5cm×5cmにカットした2枚のガス拡散電極基材で挟み、平板プレスで3MPaに加圧しながら130℃の温度で5分間プレスし、膜電極接合体を作製した。ガス拡散電極基材は、マイクロポーラス層を有する面が触媒層側と接するように配置した。
【0101】
得られた膜電極接合体を燃料電池評価用単セルに組み込み、電流密度を変化させた際の電圧を測定した。ここで、セパレータとしては、溝幅、溝深さ、リブ幅がいずれも1.0mmの一本流路のサーペンタイン型セパレータを用いた。また、アノード側には無加圧の水素を、カソード側には無加圧の空気を供給し、評価を行った。
【0102】
耐フラッディング性の確認のためには、水素と空気はともに40℃の温度に設定した加湿ポットにより加湿を行った。このときの湿度は、100%であった。また、水素と空気中の酸素の利用率は、それぞれ70mol%、40mol%とした。電流密度1.5A/cmの出力電圧を測定し、耐フラッディング性の指標として用いた。
【0103】
<目付の測定>
炭素シートおよびガス拡散電極基材の目付は、10cm四方に切り取ったサンプルの質量を、サンプルの面積(0.01m)で除して求めた。
【0104】
<厚さの測定>
炭素シートおよびガス拡散電極基材を平滑な定盤にのせ、圧力0.15MPaをかけた状態での測定物がある場合からない場合の高さの差を測定した。異なる部位にて10箇所サンプリングを行い、高さの差の測定値を平均したものを厚さとした。
【0105】
<滑落角の測定>
撥水加工された炭素シートの滑落角は、自動接触角計を用いた滑落法により求めた。装置としては、協和界面科学(株)製の自動接触角計DM-501を用いた。撥水加工された炭素シートの面Yを上側(測定側)にして装置ステージに固定し、イオン交換水10μLの液滴を炭素シートの面Yに着滴させ、1秒間待機させた後、装置ステージとともに撥水加工された炭素シートを傾斜させ、液滴が炭素シート表面を滑落し始めたときの装置ステージの傾斜角度を滑落角とした。
【0106】
<撥水材の融点の測定>
本発明において、撥水材の融点は示差走査熱量測定により行った。装置はセイコーインスツル株式会社(SII社)製DSC6220を用いて、窒素中にて昇温速度2℃/分で、30℃から400℃の温度まで変化させ、その際の吸発熱ピークを観察し、150℃以上の温度での吸熱ピークを撥水材の融点とした。
【0107】
<フッ素強度の測定>
炭素シートのフッ素強度は、次のようにして求めた。以下、図2を用いて説明する。まず、炭素シート(1)の一方の表面を面X(2)、他方の表面を面Y(3)と仮決めした後、鋭利な刃物により無作為に炭素シート(1)の面直方向断面観察用サンプルを50個作製した。前記50個の炭素シート(1)の断面に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)-エネルギー分散型X線分析(EDX)装置を用いて、炭素シート(1)の面直方向にラインスキャンを行い、フッ素強度(フッ素のシグナル強度)の分布(11)を求めた。フッ素強度の測定は加速電圧7kV、拡大倍率300倍、ライン幅20μmの条件で行った。炭素シート(1)の一方の表面から他方の表面に向かう、炭素シートの面直方向の直線に沿って測定したフッ素強度の平均値(12)の50%の値(13)を求め、仮決めした面X(2)に最も近い50%平均フッ素強度を有する面(面XX(5))から、仮決めした面Y(3)に最も近い50%平均フッ素強度を有する面(面YY(6))までの区間(10)において、前記炭素シート(1)を面直方向に3等分して得られる層について、面XX(5)を含む層を層X(7)と仮決めし、面YY(6)を含む層を層Y(9)と仮決めし、層X(7)と層Y(9)に挟まれる中央の層を層Z(8)とした。
【0108】
前記50個の炭素シートそれぞれの層Xにおけるフッ素強度の平均値を算出し、50個の「層Xにおけるフッ素強度の平均値」を得た。得られた50個の「層Xにおけるフッ素強度の平均値」の平均値を層Xの平均フッ素強度とした。層Y、層Zについても同様の方法で平均フッ素強度を算出した。仮決めした層X、層Yのうち、平均フッ素強度がより大きい層を層X、より小さい層を層Yとし、炭素シートの層X側の表面を面X、層Y側の表面を面Yとした。
【0109】
なお、炭素シート単体が入手できない等の理由により、炭素シートにおける平均フッ素強度が求められない場合は、ガス拡散電極基材中の炭素シート、あるいは膜電極接合体中の炭素シートの面直方向の断面観察用サンプルを用い、上述する方法により平均フッ素強度を求めることができる。特に、ガス拡散電極基材中の炭素シートの厚さ方向の断面観察用サンプルを用い、上述する方法により平均フッ素強度を求めることが好ましい。
【0110】
また、例えば格子状の内側部分やドット状など、撥水加工が不連続な面状に行われている場合でも、上述の方法では無作為に作製した50個のサンプルの平均を取ることから不連続な部分も含めて平均化されるため、平均フッ素強度を求めることができる。
【0111】
走査型電子顕微鏡としては、(株)日立製作所製S-3500Nを用い、エネルギー分散型X線分析装置としては、(株)堀場製作所EX-370を用いた。
【0112】
(実施例1)
上記の<炭素シートの作製>、<撥水加工>および<ガス拡散電極基材の作製>に記載した方法に従って、表1に示す、層の平均フッ素強度が、層X、層Y、層Zの順に小さくなる多孔質の炭素シートを用いたガス拡散電極基材を得た。
【0113】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4V以上であり、極めて良好であった。結果を表1に示す。
【0114】
(実施例2)
表1に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。
【0115】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4V以上であり、極めて良好であった。結果を表1に示す。
【0116】
(実施例3)
表1に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。
【0117】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4V以上であり、極めて良好であった。結果を表1に示す。
【0118】
(実施例4)
表1に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。この際、層Yから結着材を多く取り除くことによって層Xと層Yの平均フッ素強度の差が実施例2に対して大きくなるように変更した。
【0119】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4V以上であり、極めて良好であった。これは、層Xのフッ素強度が層Yに比べて大きく、排水性能が大きくなったためと考えられる。結果を表1に示す。
【0120】
(実施例5)
表1に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。この際、全体の樹脂組成物付着量を実施例2に対して大きくなるように変更した。
【0121】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4V以上であり、極めて良好であった。結果を表1に示す。
【0122】
(実施例6)
表1に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。この際、全体の樹脂組成物付着量を多くしつつ、層Yから結着材を多く取り除くことによって層Xと層Yの平均フッ素強度の差が実施例5に対して大きくなるように変更した。
【0123】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4Vには及ばないものの0.35V以上で良好な結果であった。結果を表1に示す。
【0124】
(実施例7)
表1に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。この際、炭素シートの撥水加工に用いる撥水材の種類をテトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)に変更することで面Yの滑落角が40度以下となるようにした。
【0125】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4Vを大きく上回り、極めて良好であった。結果を表1に示す。
【0126】
【表1】
【0127】
(実施例8)
表2に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。
【0128】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4Vを大きく上回り、極めて良好であった。結果を表2に示す。
【0129】
(実施例9)
ポリアクリロニトリルの長繊維を200℃の温度で10分間の耐炎化処理を行い、水流交絡処理により不織布を作製し、ロールプレスを行った。次いで2000℃の温度の加熱炉に導入し炭化処理することで、厚さ150μmの不織布の炭素繊維焼成体からなる炭素シートを得た。
次に、結着材となる撥水材として、上記の<撥水加工>で用いたPTFE樹脂と、<ガス拡散電極基材の作製>で用いた炭素粉末Aとを、固形分の質量比が1:1となるように混合し、撥水材の水分散液を作製した(撥水材の水分散液の濃度は、乾燥後で炭素シート95質量部に対し、撥水材が5質量部付与されるように調整した)。次に、不織布の炭素繊維焼成体からなる炭素シートを、アルミバットに満たした撥水材の水分散液に浸漬し、一定のクリアランスをあけて水平に2本配置したロール(2本のうちの一方のロールはドクターブレードを有する平滑な金属ロール、他方のロールは凹凸のついたグラビアロール)に挟んで絞り、炭素シートの一方の表面と他方の表面の撥水材の付着量に差を付けた。その後、380℃の温度で10分間加熱して乾燥した。このようにして、表2に示す、層の平均フッ素強度が、層X、層Y、層Zの順に小さくなる撥水加工された炭素シートを作製した。
【0130】
続いて、上記の<ガス拡散電極基材の作製>に記載した方法に従って、表2に示す構成にて、ガス拡散電極基材を得た。
【0131】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4Vを大きく上回り、極めて良好であった。結果を表2に示す。
【0132】
(実施例10)
表2に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。この際、層Yから結着材を少量取り除くことによって層Xと層Yの平均フッ素強度の差が実施例2に対して小さくなるように変更した。
【0133】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.4Vには及ばないものの0.35V以上で良好な結果であった。結果を表2に示す。
【0134】
(比較例1)
上記の<炭素シートの作製>に記載した方法において、炭素繊維抄紙体から樹脂組成物の含浸液を2本のロールに挟んで絞る工程において、2本とも同じ形状の金属ロールを用いたこと以外は、表2に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。これにより、両面とも近い結着材量が付着することによって、層Xと層Yの平均フッ素強度が同じ値となった。
【0135】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.35Vを下回り、不十分な性能であった。結果を表2に示す。
【0136】
(比較例2)
上記の<炭素シートの作製>に記載した方法において、炭素繊維抄紙体に樹脂組成物を含浸させる際に、一方の表面側からグラビア塗布により樹脂組成物を付着させたこと以外は、表2に示す構成にて、実施例1と同様にして炭素シートおよびガス拡散電極基材を得た。
【0137】
このガス拡散電極基材の発電性能を評価した結果、耐フラッディング性は出力電圧0.35Vを下回り、不十分な性能であった。結果を表2に示す。
【0138】
【表2】
【符号の説明】
【0139】
1:炭素シート
2:面X
3:面Y
4:50%平均フッ素強度未満の層
5:面XX
6:面YY
7:層X
8:層Z
9:層Y
10:区間
11:フッ素強度の分布
12:フッ素強度の平均値
13:フッ素強度の平均値の50%の値
図1
図2