(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-25
(45)【発行日】2022-09-02
(54)【発明の名称】眼鏡用レンズ及び眼鏡
(51)【国際特許分類】
G02C 7/00 20060101AFI20220826BHJP
G02B 1/115 20150101ALI20220826BHJP
【FI】
G02C7/00
G02B1/115
(21)【出願番号】P 2018010477
(22)【出願日】2018-01-25
【審査請求日】2020-12-29
(73)【特許権者】
【識別番号】503124632
【氏名又は名称】株式会社乾レンズ
(73)【特許権者】
【識別番号】596167055
【氏名又は名称】株式会社エツミ光学
(74)【代理人】
【識別番号】100100376
【氏名又は名称】野中 誠一
(74)【代理人】
【識別番号】100143199
【氏名又は名称】磯邉 毅
(72)【発明者】
【氏名】諸井 晴彦
(72)【発明者】
【氏名】小林 和宏
【審査官】小久保 州洋
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-007695(JP,A)
【文献】特開平01-180501(JP,A)
【文献】特開2001-330807(JP,A)
【文献】特開2001-021846(JP,A)
【文献】特開2000-199801(JP,A)
【文献】特開平10-311903(JP,A)
【文献】特開2004-334012(JP,A)
【文献】特開2002-031701(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0241602(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 7/00
G02B 1/115
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼球に対面するレンズ基材の背面側に設ける蒸着膜として、
波長550nmにおける屈折率が1.6~2.5である高屈折材料で形成された第1層と、
波長550nmにおける屈折率が1.3~1.5である低屈折材料で形成された第2層と、
クロムCr、前記クロムCrの酸化物、又は前記クロムCrの合金から選択される一種又は複数
種の金属材料で形成された第3層と、
波長550nmにおける屈折率が1.3~1.5である低屈折材料で形成された第4層と、をこの順番に設けることで、
JIS Z8722で規定する反射物体の測定方法(a)において、入射角5°の背面入射光に対する反射率を、波長280nm~380nmにおいて10%未満に抑制したことを特徴とする眼鏡用レンズ。
【請求項2】
入射角5°の背面入射光に対する反射率が、波長380nm~800nmにおいて12%未満である請求項1に記載の眼鏡用レンズ。
【請求項3】
前記第3層の膜厚は、0.3nm~1.0nmである請求項1
又は2に記載の眼鏡用レンズ。
【請求項4】
前記第1層の膜厚は、
前記第3層の膜厚の10倍以上である請求項1~
3の何れかに記載の眼鏡用レンズ。
【請求項5】
前記第1層の膜厚は、10nm~30nmである請求項
4に記載の眼鏡用レンズ。
【請求項6】
前記第2層及び
前記第4層の膜厚は、
前記第1層の膜厚の2倍以上である請求項1~
5の何れかに記載の眼鏡用レンズ。
【請求項7】
前記第2層及び
前記第4層の膜厚は、60nm~90nmである請求項
6に記載の眼鏡用レンズ。
【請求項8】
前記第1層は、ジルコニアZrO2,五酸化タンタルTa2O5,酸化チタンTiO2,酸化ハフニウムHfO2,酸化イットリウムY2O3,酸化亜鉛ZnO,五酸化ニオブNb2O5,酸化クロムCr2O3,酸化アルミニウムAl2O3から選択される一種又は複数の組み合わせで構成される請求項1~
7の何れかに記載の眼鏡用レンズ。
【請求項9】
前記第2層及び
前記第4層は、二酸化ケイ素SiO2,フッ化マグネシウムMgF2,フッ化バリウムBaF2から選択される一種又は複数の組み合わせで構成される請求項1~
8の何れかに記載の眼鏡用レンズ。
【請求項10】
前記レンズ基材は、UVカット機能を有している請求項1~
9の何れかに記載の眼鏡用レンズ。
【請求項11】
前記レンズ基材の背面は、カーブ番号8未満に形成されている請求項1~
10の何れかに記載の眼鏡用レンズ。
【請求項12】
請求項1~請求項1
1の何れかのレンズを使用した眼鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡前方からの可視域及び紫外域の透過光を最適に制御すると共に、背面からの反射光を抑制する眼鏡用レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
出願人は、既に、可視域の短波長側の透過率を抑制することで、眩しさを抑制する眼鏡用レンズを提案しており(特許文献1)、サングラス用レンズなどとして好評を博している。この発明では、レンズ裏面の全体に、クロム及びクロム酸化物の混合物を蒸着させることで(以下、クロム層という)、人体に影響が大きいと言われている可視域の短波長側の透過率を低減化している。そして、紫外線吸収(UVカット)効果のあるレンズ基材と組み合わせることで、人体への悪影響を最小化したサングラスを実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記した発明では、レンズ裏面全体にクロム層を設けた関係から、裏面側の反射率が増大することになり、レンズ背面からの反射光が人体に影響を与えるおそれがあった。例えば、眼鏡前方からの紫外線であれば、UVカット効果のあるレンズ基材を使用すれば足りるが、一方、背面側から入射する紫外線には、レンズ基材のUVカット効果が全く機能しない。
【0005】
ここで、波長域315~380nmの紫外線A波と、波長域280~315nmの紫外線B波のうち、地球に到達する紫外線の90%強を占める紫外線A波は、細胞の物質交代の進行に関係しており、例えば、シミやシワなどの美容上の問題だけでなく、白内障を引き起こす要因にもなるとも言われている。
【0006】
したがって、眼鏡前方からの透過光だけでなく背面反射光についても、波長域280~380nmの近紫外線を適切に抑制すべきところ、本発明者の実験によれば、レンズ基材にクロム層を設けた場合の裏面反射率は、波長域280~380nmにおいて、クロム層を設けないレンズ基材の反射率の3.5倍~5.2倍に達することが確認された。
【0007】
レンズ裏面側の曲率半径が小さい8カーブや9カーブのレンズであれば、反射光が眼に至る可能性が殆どないものの、一方、曲率半径が大きい6カーブから0カーブの場合には、反射光が眼に至る可能性が生じる。なお、レンズの曲率半径R[mm]と、屈折率Nと、カーブ番号Cには以下の関係式(1)が成立する。R=(N-1)*1000/C ・・・(式1)
【0008】
そのため、例えば、屈折率1.523のレンズ基材の場合、第4カーブの曲率半径Rは、(1.523-1)*1000/4=130.75mm、第8カーブの曲率半径Rは、(1.523-1)*1000/8=65.375mmとなる。
【0009】
図4(b)は、入射光とレンズ裏面との関係を図示したものであり、入射角5°~45°程度の入射光が、レンズのカーブによっては、レンズ裏面で反射して、眼に至る可能性があることを示している。
【0010】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであって、レンズ背面からの反射光を適切に抑制することができる眼鏡用レンズ及び眼鏡を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するため、本発明に係る眼鏡用レンズは、眼球に対面するレンズ基材の背面側に設ける蒸着膜として、波長550nmにおける屈折率が1.6~2.5である高屈折材料で形成された第1層と、波長550nmにおける屈折率が1.3~1.5である低屈折材料で形成された第2層と、クロムCr、前記クロムCrの酸化物、又は前記クロムCrの合金から選択される一種又は複数種の金属材料で形成された第3層と、波長550nmにおける屈折率が1.3~1.5である低屈折材料で形成された第4層と、をこの順番に設けることで、JISZ8722で規定する反射物体の測定方法(a)において、入射角5°の背面入射光に対する反射率を、波長280nm~380nmにおいて10%未満に抑制したことを特徴とする。
【0012】
本発明は、
図4(a)に示す通り、高屈折材料と、低屈折材料と、金属材料と、低屈折材料を、この順番にレンズ基材に真空蒸着させたことを特徴とする。本発明は、眼鏡用のレンズであり、鏡面仕上げされたレンズ基材の裏面に、蒸着膜が形成されることでレンズ裏面が鏡面状態となる。したがって、「JIS Z8722」で規定する「5.3反射物体の測定方法」における、二光路の分光測光器を用いて置換方法による反射率測定法(a)において、レンズ裏面での散乱は問題にならない。
【0013】
なお、本発明では、高屈折材料、及び、低高屈折材料が、各々の屈折率で特定されるが、屈折率は波長依存性を有するので、便宜上、波長550nmにおける屈折率で特定している。
【0015】
そのため、実施例の金属材料は、クロムおよびクロム酸化物の混合物であり、クロム酸化物として、CrO3、及び、Cr2O3を使用している。
【0016】
本発明では、上記した第1層~第4層の蒸着膜を、この順番に設けることで、入射角5°の背面入射光に対する反射率が、波長280nm~380nmにおいて10%未満に抑制される。
【0017】
なお、レンズ基材としてガラス材やプラスチック材を使用する限り、それらの屈折率は何れも1.5前後であって殆ど差異が無いので、レンズ基材の組成や物性に拘わらず、上記の反射率に差異が生じない。また、眼鏡用レンズとしての透過率と、数ミリ程度の板厚である限り、レンズ基材の板厚も上記の反射率に関係しない。
【0018】
但し、眼鏡前方からの紫外線の透過を阻止するためには、UVカット機能を付加したレンズ基材を使用するべきである。プラスチックレンズの素材としては、何ら限定されず、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂などの熱可塑性樹脂や、アリルジグリコールカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリチオウレタン樹脂などの熱硬化性樹脂が使用される。このうち、CR-39などとも称されているアリルジグリコールカーボネート樹脂が特に好適である。
【0019】
また、本発明の眼鏡レンズは、度付きであっても良いし、度付きなしでも良い。但し、何れのレンズであっても、本発明は、裏面の曲率半径が大きいレンズに好適に適用され、カーブ番号と、曲率半径Rと、屈折率Nとの関係において、前記した関係式(1)から算出されるカーブ番号8未満が好適である。
【0020】
波長550nmにおける屈折率が1.6~2.5である高屈折材料として、好適には、ジルコニアZrO2,五酸化タンタルTa2O5,酸化チタンTiO2,酸化ハフニウムHfO2,酸化イットリウムY2O3,酸化亜鉛ZnO,五酸化ニオブNb2O5,酸化クロムCr2O3,酸化アルミニウムAl2O3から選択される一種又は複数の組み合わされたものが使用される。
【0021】
このうち、相対的に屈折率が高いジルコニアZrO2、酸化チタンTiO2、五酸化ニオブNb2O5が特に好適である。
【0022】
波長550nmにおける屈折率が1.3~1.5である低屈折材料として、好適には、二酸化ケイ素SiO2,フッ化マグネシウムMgF2,フッ化バリウムBaF2から選択される一種又は複数の組み合わせたものが使用される。このうち、二酸化ケイ素SiO2が特に好適である。
【0023】
特に限定されないが、好適には、金属層である第3層の膜厚は、0.3nm~1.0nm、より好適には、0.3nm~0.8nmとすべきである。
【0024】
この膜厚に対応して、第1層の膜厚は、第3層の膜厚の10倍以上であるのが好適であり、より好適には20倍以上、更に好適には、10~30nmとすべきである。
【0025】
第2層と第4層の膜厚は、第1層の膜厚の2倍以上であるのが好適であり、より好適には4倍以上、更に好適には、60nm~90nmとすべきである。
【0026】
何れにしても、第1層~第4層の全体として、150nm~200nmとするのが好適である。
【発明の効果】
【0027】
上記した本発明によれば、眼鏡レンズの曲率半径に拘わらず、レンズ背面からの反射光を適切に抑制することができるので、眼に優しい眼鏡を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】供試サンプルと対比サンプルの透過率を示す図面である。
【
図2】供試サンプルと対比サンプルの裏面反射率を入射角5°について示す図面である。
【
図3】供試サンプルと対比サンプルの裏面反射率を入射角45°について示す図面である。
【
図4】反射防止膜の構成、及び、入射光とレンズ裏面との関係を図示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、実施例について更に詳細に説明する。但し、具体的な記載内容は、特に本発明を限定するものではない。
【0030】
レンズ基材として、板厚1.9mmのCR-39のプラスチックレンズにUVカット機能を付加したものを使用し、これに以下の4層を真空蒸着させた。なお、レンズ基材は、表裏面とも0カーブの平坦面である。
【0031】
上記のレンズ基材に、第1層:ZrO2 13nm、第2層:SiO2 77nm、第3層:Cr 0.5nm、第4層目:SiO2 77nmを設けてUV反射防止膜を設けた供試サンプルとした。
【0032】
また、同じレンズ基材に、Cr 0.5nmを設けて対比サンプルとした。なお、供試サンプル及び対比サンプルにおいて、Crとは、クロムおよびクロム酸化物の混合物を意味し、クロム酸化物として、CrO3、及び、Cr2O3を使用している。
【0033】
上記の4層を設けた眼鏡レンズ用の供試サンプルについて、JIS Z8722に基づいて、分光反射率係数と、分光透過率係数を測定した。測定機は、紫外可視近赤外分光光度計U-4100(日立ハイテクサイエンス製)である。
【0034】
供試サンプルと、対比サンプルについて、各々、分光透過率と、入射角5°及び入射角45°の分光反射率を計測した。なお、入射角45°の場合には、偏光子を使用して、S偏光とP偏光の反射率を別々に計測して、その平均値を反射率とした。
【0035】
図1は、入射角5°におけるレンズ基材の前面から背面への透過率を示している。図示の通り、供試サンプルは、UV反射防止膜を設けたことで、可視域における透過率がやや低下するが、可視域400~800nmにおいて、透過率64%~77%程度となっておりサングラス用のレンズ基材としての仕様を満足する。
【0036】
しかも、供試サンプルは、対比サンプルと同様に、可視域の短波長域において、波長に対応して透過率が低下しており、眼へのストレスを効果的に緩和している。すなわち、光のエネルギーEは、波長λに逆比例するところ(E=h・c/λ)、波長に対応して透過率が低下することで、眼への悪影響を解消している。なお、供試サンプル及び対比サンプルは、レンズ基材のUVカット機能によって、近紫外線域での透過率は、10%以下となっている。
【0037】
図2は、入射角5°におけるレンズ基材の背面からの反射率を示している。図示の通り、供試サンプルの背面反射率は、UV反射防止膜を設けたことで、対比サンプルと比較して、波長520nm以下で有意に反射率が下回っている。
【0038】
供試サンプルは、特に、波長380nm以下の近紫外線域で6%以下の反射率を維持しており、反射率が15%以上となる対比サンプルと顕著に相違する。なお、別の実験により、レンズ基材そのものの反射率を測定したが、供試サンプルの背面反射率は、近紫外線域(波長280~380nm)において、レンズ基材の反射率を下回っていた。
【0039】
図3は、入射角45°におけるレンズ基材の背面からの反射率を示している。図示の通り、供試サンプルは、入射角45°の光に対して、波長280nm~380nmにおいて、7%以下の反射率を維持しており、11%以上となる対比サンプルと顕著に相違する。
【0040】
以上、UVカット機能を付加したプラスチックレンズについての実験結果を示したが、UVカット機能を付加しない場合には、波長280nm~380nmにおいて反射率がごく僅か増加する。これは、レンズ裏面からレンズ基材に進入したUV光が、レンズ表面で4%程度反射するためと思われるが、本発明の反射防止膜のUV抑制機能も相まって、反射率への影響は1%未満であり、
図1~
図3に示す反射防止膜の効果を左右するものではない。
【0041】
また、プラスチックレンズの素材を変えたり、或いは、ガラスレンズを使用しても、各レンズ基材の屈折率が1.5前後であって大差がないので、レンズ裏面からレンズ基材に進入したUV光が、レンズ表面で反射することの影響は、事実上、皆無である。この点は、眼鏡用レンズにおいて、その素材の板厚を変えた場合も同様である。