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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-25
(45)【発行日】2022-09-02
(54)【発明の名称】慢性疾患の治療及び予防用医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 48/00 20060101AFI20220826BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 31/713 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 31/711 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 45/06 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 31/60 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 31/56 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 31/52 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 31/706 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 38/13 20060101ALI20220826BHJP
   A61P 1/04 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 9/20 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 47/36 20060101ALI20220826BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220826BHJP
   A61K 31/4425 20060101ALI20220826BHJP
   C12N 15/113 20100101ALN20220826BHJP
   C12N 15/85 20060101ALN20220826BHJP
【FI】
A61K48/00
A61K45/00
A61K31/713
A61K31/711
A61K31/7105
A61K39/395 N
A61K45/06
A61K31/60
A61K31/56
A61K31/52
A61K31/706
A61K38/13
A61P1/04
A61K9/20
A61K47/36
A61P43/00 121
A61P43/00 111
A61K31/4425
C12N15/113 130Z
C12N15/85 Z ZNA
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018555067
(86)(22)【出願日】2017-12-07
(86)【国際出願番号】 JP2017044090
(87)【国際公開番号】W WO2018105708
(87)【国際公開日】2018-06-14
【審査請求日】2020-12-02
(31)【優先権主張番号】62/431,014
(32)【優先日】2016-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】505156709
【氏名又は名称】株式会社ステリック再生医科学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】米山 博之
【審査官】植原 克典
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/013535(WO,A1)
【文献】特表2014-515018(JP,A)
【文献】特表2014-523906(JP,A)
【文献】特表2012-519708(JP,A)
【文献】国際公開第2016/057424(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第02397123(EP,A1)
【文献】Curr. Gastroenterol. Rep., 2015, 17:21
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 48/00
BIOSIS/MEDLINE/EMBASE/CAPlus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤及び/又は炎症性サイトカインを阻害する生物製剤と併用するための潰瘍性大腸炎の治療及び/又は予防用医薬組成物であって、
(i)配列番号:3に記載の塩基配列からなるRNAと、該RNAと相補的な配列番号:4に記載の塩基配列からなるRNAとがハイブリダイズし、末端において2個の核酸がオーバーハングした構造を有するsiRNA、
または
(ii)(i)のsiRNAを発現し得るDNAベクターを有効成分として含む、医薬組成物
【請求項2】
前記白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤は、循環血中のリンパ球表面のインテグリン及び/又はケモカインレセプターと、血管内皮細胞表面の接着分子とからなるグループから選択される少なくとも1つの分子の機能を阻害する、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤は、ETROLIZUMAB、VEDOLIZUMAB、NATALIZUMAB、PF-00547659及びVERCIRNONからなるグループから選択される少なくとも1つである、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記炎症性サイトカインを阻害する生物製剤は、TNF-α、IL-17及びIL-23からなるグループから選択される少なくとも1つの分子の機能を阻害する、請求項1ないしのいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
5-アミノサリチル酸製剤と、ステロイド製剤と、チオプリン製剤と、タクロリムス及びシクロスポリンを含む免疫抑制剤からなるグループから選択される少なくとも1つをさらに併用する、請求項1ないしのいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
患者の血管内皮細胞表面にL-セレクチンリガンドのシアリル-6-スルフォ・ルイスXが発現している、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項7】
全身投与又は局所投与される、請求項1ないしのいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
記局所投与は患者の腸管粘膜下への投与である、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記全身投与は経口投与及び/又は静脈注射である、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項10】
前記有効成分は、(i)配列番号:に記載の塩基配列を含むRNAと、該RNAと相補的な配列番号:に記載の塩基配列からなるRNAとがハイブリダイズし末端において2個の核酸がオーバーハングした構造を有するsiRNAであり、
該有効成分とN-アセチル化キトサンとを含む複合体が経口投与される、請求項に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、siRNA及び該siRNAを発現し得るDNAベクターを有効成分として含む医薬組成物、具体的には、ヒトCHST15の発現を阻害するに関し、siRNA及び該siRNAを発現し得るDNAベクターを有効成分として含む医薬組成物と、その用途及び投与方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
慢性疾患の多くは自己免疫疾患で、慢性的な炎症を伴う。近年これらの慢性疾患の新しい治療ターゲットとして、炎症に関与する白血球の組織浸潤が注目を集めている。血液循環中の白血球が炎症組織に浸潤するには以下の4つの段階がある。すなわち、(1)炎症部位周辺の血管内皮細胞と白血球との第1の相互作用により白血球の流速が低下し(ローリング)、(2)ローリング中の白血球が活性化し、(3)前記活性化白血球が前記血管内皮細胞との第2の相互作用により前記血管内皮細胞に強固に接着し、(4)最終的に前記活性化白血球は血管内皮細胞の間から血管をすり抜けて組織内に遊走浸潤する。このうち、第1段階のローリングには、白血球表面のL-セレクチンと、血管内皮細胞表面のL-セレクチンリガンドのシアリル-6-スルフォ・ルイスX糖鎖末端との結合が関与することが知られている。このシアリル-6-スルフォ・ルイスX糖鎖を炎症部位特異的に合成するのに関与する酵素として、N-アセチルグルコサミン-6-硫酸転移酵素が知られており、従来、ヒトCHST2及びCHST4遺伝子にコード化される硫酸転移酵素が血液循環中の白血球が炎症組織に浸潤するのに関与すると考えられてきた。しかし、ノックアウトマウスの研究から、CHST2及びCHST4遺伝子をともに欠失するマウスでも血液循環中の白血球が炎症組織に浸潤するが、その理由は明かではなかった(非特許文献1)。
【0003】
本発明の発明者らは、これまで、CHST2及び4とは別の硫酸転移酵素CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNAを用いて、潰瘍、炎症及び線維化の抑制を含めた治療効果を報告してきた(特許文献1~3及び非特許文献1及び2)。特に、近年第2a相治験をヒトクローン病患者について行い、患者の大腸粘膜下に前記siRNAを投与すると、内視鏡的な粘膜治癒又は内視鏡的な潰瘍治癒を達成できることを実証した。
その過程で、従来のクローン病の生物製剤療法と比較してCHST15のsiRNA療法のほうが治療成績が優れていることから、血液循環中の白血球が炎症組織に浸潤する第1段階をCHST15のsiRNAが阻害することを発見し、本発明を完成するに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第WO 2009/004995号
【文献】国際公開第WO 2009/084232号
【文献】国際公開第WO 2014/013535号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Patnode, M.Lら、Glycobiology, 23:381-394 (2013)
【文献】Kiryu Hら、Bioinformatics. 27: 1788-1797 (2011)
【文献】Suzuki Kら、Su1078 Gastroenterology 2014: (suppl).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来療法では不奏効又は効果が低い慢性疾患に対する新規療法を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
CHST15の発現を阻害するsiRNAが、炎症部位の血管内皮細胞のL-セレクチンリガンドのシアリル-6-スルフォ・ルイスXの発現を阻害することから、前記siRNAにより従来療法と併用できる新規の慢性疾患の技術を開発した。
【0008】
本発明は、白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤及び/又は炎症性サイトカインを阻害する生物製剤と併用する、炎症性慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物を提供する。本発明の医薬組成物は、
(i)配列番号:1に記載の塩基配列を含むRNAと、該RNAと相補的な配列番号:2に記載の塩基配列を含むRNAとがハイブリダイズした構造を含む、CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNA、
(ii)末端において1もしくは複数の核酸がオーバーハングした構造を有する(i)のsiRNA、
または
(iii)(i)もしくは(ii)のsiRNAを発現し得るDNAベクターを有効成分として含む。
【0009】
本発明の医薬組成物において、前記(i)のsiRNAは、配列番号:1に記載の塩基配列からなるRNAと、該RNAと相補的な配列番号:2に記載の塩基配列からなるRNAとがハイブリダイズした構造の場合がある。
【0010】
本発明の医薬組成物において、前記(ii)のsiRNAは、配列番号:3に記載の塩基配列からなるRNAと、該RNAと相補的な配列番号:4に記載の塩基配列からなるRNAとがハイブリダイズした構造の場合がある。
【0011】
本発明の医薬組成物において、白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤は、循環血中のリンパ球表面のインテグリン及び/又はケモカインレセプターと、血管内皮細胞表面の接着分子とからなるグループから選択される少なくとも1つの分子の機能を阻害する場合がある。
【0012】
本発明の医薬組成物において、前記白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤は、ETROLIZUMAB、VEDOLIZUMAB、NATALIZUMAB、PF-00547659及びVERCIRNONからなるグループから選択される少なくとも1つの場合がある。
【0013】
本発明の医薬組成物において、前記炎症性サイトカインを阻害する生物製剤は、TNF-α、IL-17及びIL-23からなるグループから選択される少なくとも1つの分子の機能を阻害する場合がある。
【0014】
本発明の医薬組成物は、5-アミノサリチル酸製剤と、ステロイド製剤と、チオプリン製剤と、タクロリムス及びシクロスポリンを含む免疫抑制剤とからなるグループから選択される少なくとも1つをさらに併用する場合がある。
【0015】
本発明は、患者の血管内皮細胞表面にL-セレクチンリガンドのシアリル-6-スルフォ・ルイスXが発現する慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物を提供する。本発明の医薬組成物は、(i)配列番号:1に記載の塩基配列を含むRNAと、該RNAと相補的な配列番号:2に記載の塩基配列を含むRNAとがハイブリダイズした構造を含む、CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNA、
(ii)末端において1もしくは複数の核酸がオーバーハングした構造を有する(i)のsiRNA、
または
(iii)(i)もしくは(ii)のsiRNAを発現し得るDNAベクターを有効成分として含む。
【0016】
本発明の医薬組成物において、前記(i)のsiRNAは、配列番号:1に記載の塩基配列からなるRNAと、該RNAと相補的な配列番号:2に記載の塩基配列からなるRNAとがハイブリダイズした構造の場合がある。
【0017】
本発明の医薬組成物において、前記(ii)のsiRNAは、配列番号:3に記載の塩基配列からなるRNAと、該RNAと相補的な配列番号:4に記載の塩基配列からなるRNAとがハイブリダイズした構造の場合がある。
【0018】
本発明の全ての医薬組成物において、前記慢性疾患は自己免疫疾患の場合がある。
【0019】
本発明の医薬組成物において、前記自己免疫疾患は、炎症性腸疾患、クローン病、潰瘍性大腸炎、自己免疫性膵炎、慢性関節リウマチ、気管支喘息、慢性間質肺炎、バセドウ病、橋本病、慢性甲状腺炎及びアトピー性皮膚炎からなるグループから選択される少なくとも1つの場合がある。
【0020】
本発明の医薬組成物は、全身投与又は局所投与される場合がある。
【0021】
本発明の医薬組成物において、前記自己免疫疾患は、炎症性腸疾患、クローン病及び潰瘍性大腸炎からなるグループから選択され、前記局所投与は患者の腸管粘膜下への投与の場合がある。
【0022】
本発明の医薬組成物において、前記全身投与は経口投与及び/又は静脈注射の場合がある。
【0023】
本発明の医薬組成物において、(i)配列番号:1に記載の塩基配列を含むRNAと、該RNAと相補的な配列番号:2に記載の塩基配列を含むRNAとがハイブリダイズした構造を含む、CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNA、又は
(ii)末端において1もしくは複数の核酸がオーバーハングした構造を有する(i)のsiRNAであり、
該有効成分とN-アセチル化キトサンとを含む複合体が経口投与される場合がある。
【0024】
本発明は、本発明の医薬組成物を白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤及び/又は炎症性サイトカインを阻害する生物製剤と併用することを含む、炎症性慢性疾患の治療及び/又は予防方法を提供する。ここで本発明の医薬組成物は、
(i)配列番号:1に記載の塩基配列を含むRNAと、該RNAと相補的な配列番号:2に記載の塩基配列を含むRNAとがハイブリダイズした構造を含む、CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNA、
(ii)末端において1もしくは複数の核酸がオーバーハングした構造を有する(i)のsiRNA、
または
(iii)(i)もしくは(ii)のsiRNAを発現し得るDNAベクターを有効成分として含む。
【0025】
本発明の炎症性慢性疾患の治療及び/又は予防方法において、前記(i)のsiRNAは、配列番号:1に記載の塩基配列からなるRNAと、該RNAと相補的な配列番号:2に記載の塩基配列からなるRNAとがハイブリダイズした構造の場合がある。
【0026】
本発明の炎症性慢性疾患の治療及び/又は予防方法において、前記(ii)のsiRNAは、配列番号:3に記載の塩基配列からなるRNAと、該RNAと相補的な配列番号:4に記載の塩基配列からなるRNAとがハイブリダイズした構造の場合がある。
【0027】
本発明の炎症性慢性疾患の治療及び/又は予防方法において、白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤は、循環血中のリンパ球表面のインテグリン及び/又はケモカインレセプターと、血管内皮細胞表面の接着分子とからなるグループから選択される少なくとも1つの分子の機能を阻害する場合がある。
【0028】
本発明の炎症性慢性疾患の治療及び/又は予防方法において、前記白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤は、ETROLIZUMAB、VEDOLIZUMAB、NATALIZUMAB、PF-00547659及びVERCIRNONからなるグループから選択される少なくとも1つの場合がある。
【0029】
本発明の炎症性慢性疾患の治療及び/又は予防方法において、前記炎症性サイトカインを阻害する生物製剤は、TNF-α、IL-17及びIL-23からなるグループから選択される少なくとも1つの分子の機能を阻害する場合がある。
【0030】
本発明の炎症性慢性疾患の治療及び/又は予防方法は、5-アミノサリチル酸製剤、ステロイド製剤、チオプリン製剤及びタクロリムスからなるグループから選択される少なくとも1つの抗炎症剤、免疫調整薬又は免疫抑制剤をさらに併用することを含む場合がある。
【0031】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】本発明の医薬組成物の潰瘍性大腸炎第2a相治験デザインの模式図。
図2】本発明の医薬組成物の潰瘍性大腸炎第2a相治験の一次評価項目(粘膜治癒)の結果を表すデータ。
図3】本発明の医薬組成物の潰瘍性大腸炎第2a相治験で得られたL-セレクチンリガンドの硫酸化低下を示すデータ。
図4】本発明の医薬組成物の潰瘍性大腸炎第2a相治験で得られたリンパ球の浸潤の減少を示すデータ。
図5】本発明の医薬組成物と既存の慢性炎症疾患の治療薬との白血球の組織内浸潤における作用点を示す模式図。
図6】本発明の医薬組成物の作用点が既存の慢性炎症疾患の治療薬の作用点の上流であることを示す模式図。
図7】本発明の医薬組成物の複数回反復投与の医師主導臨床研究の試験デザインを説明する模式図。
図8】本発明の医薬組成物の複数回反復投与の医師主導臨床研究の一次評価項目(粘膜治癒)及び二次評価項目(全身臨床応答)の結果を表すデータ。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明において、RNAi分子は、CHST15遺伝子の発現を抑制することができる。本明細書において「RNAi分子」とは、生体内においてRNAi(RNA干渉; RNA inteference)を誘導し、標的遺伝子(本発明ではCHST15)の転写産物の分解などを介してその遺伝子の発現を抑制(サイレンシング)することができるRNA分子をいう(Fire A. et al., Nature 391, 806-811 (1998))。RNAi分子の具体例としては、siRNA、shRNAなどが挙げられる。「siRNA」は、標的遺伝子のmRNA配列の一部に相補的な配列を含むアンチセンス鎖と、該アンチセンス鎖に相補的(標的遺伝子の配列の一部と相同)な配列を含むセンス鎖とがハイブリダイズして形成される二本鎖RNAである。「shRNA」は、適当な配列を有する短いスペーサー配列によって前記siRNAのセンス鎖及びアンチセンス鎖が連結された一本鎖RNAをいう。つまり、shRNAは、一分子内でセンス領域とアンチセンス領域が互いに塩基対合してステム構造を形成し、同時に前記スペーサー配列がループ構造を形成ことによって、分子全体としてヘアピン型のステム-ループ構造を形成している。
【0034】
本明細書において、標的遺伝子発現の抑制は、標的遺伝子の発現をその遺伝子のmRNA又はタンパク質の発現量を指標に判定した場合に、RNAi分子を導入しない場合又は無関係な対照RNAi分子を導入した場合に対して、100%抑制される場合のみならず、75%以上、50%以上又は20%以上抑制されることも意味する。mRNA発現量は、例えばノザンハイブリダイゼーション又はリアルタイムPCRにより測定することができ、タンパク質発現量は、例えばウエスタンブロッティング、ELISA又はタンパク質の活性測定により、当業者であれば適宜測定することができる。遺伝子発現量の具体的な測定方法は、Green, MR and Sambrook, J, (2012) Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkにも記載されている。
【0035】
本明細書において「相補的」とは、2つの塩基間で(例えばワトソン・クリック型の)塩基対合をし得る関係を意味し、例えば、アデニンとチミン又はウラシルとの関係、並びにシトシンとグアニンとの関係をいう。本明細書において相補的とは、完全に相補的であることが好ましいが、完全に相補的である必要はなく、siRNA分子が標的遺伝子発現を抑制する能力を保持する限り、1個以上(例えば1~5個又は1~3個)のミスマッチを含んでいてもよい。ミスマッチとは、アデニンとチミン又はウラシルとの関係並びにシトシンとグアニンとの関係以外の関係を指す。
【0036】
siRNAなどのRNAi分子は、末端に数個(例えば、2~5個)のヌクレオチドの一本鎖部分(オーバーハング)を有する場合にRNAi活性が高いことが一般に知られている。そのため、本発明で用いるsiRNA分子は、末端に数個のデオキシリボヌクレオチド又はリボヌクレオチドのオーバーハングを有することが好ましい。例えば、本発明で用いるsiRNA分子は、2ヌクレオチドの3'オーバーハングを有し得る。具体的には、本発明で用いるsiRNA分子は、2個のリボヌクレオチド(例えばAU(アデニン-ウラシル・ジリボヌクレオチド)又はAG(アデニン-グアニン・ジリボヌクレオチド))からなる3'オーバーハングを有していてもよい。
【0037】
本発明で用いるsiRNA分子を構成するセンス鎖及びアンチセンス鎖は、それぞれ、例えば20~50個、20~40個又は20~30個の塩基長であってよいが、特に限定されず、互いに同じ長さでも異なる長さでもよい。本発明で用いるsiRNA分子は、好ましくは、センス鎖及びアンチセンス鎖は、それぞれ25~29個、例えば27個の塩基長であってよい。
【0038】
より具体的には、本発明で用いるsiRNA分子のアンチセンス鎖は、配列番号3に示される塩基配列からなってよく、これは、配列番号1に示される塩基配列の3'末端にリボヌクレオチドAU(アデニン-ウラシル・ジリボヌクレオチド)が付加した配列である。本発明で用いるsiRNA分子のセンス鎖は、配列番号4に示される塩基配列からなってよく、これは、配列番号2に示される塩基配列の3'末端にリボヌクレオチドAG(アデニン-グアニン・ジリボヌクレオチド)が付加した配列である。
【0039】
本発明で用いるsiRNA分子のヌクレオチドは、全てがリボヌクレオチドである場合の他に、数個(例えば1~5個、1~3個又は1~2個)がデオキシリボヌクレオチドの場合もある。本発明で用いるsiRNA分子のヌクレオチドはまた、天然のヌクレオチドに加えて、例えばsiRNA分子の安定性を向上させるために、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、メチル、カルボキシメチル又はチオ基などの基を有する修飾ヌクレオチドであってもよい。
【0040】
本発明で用いるsiRNA分子を構成するセンス鎖及びアンチセンス鎖は、市販の核酸合成機を用いて適宜製造することができる。製造されたセンス鎖及びアンチセンス鎖は、好ましくは等モル比で混合して、互いにハイブリダイズさせ、本発明で用いるsiRNA分子を製造する場合がある。また、メーカー(例えば、BioSpring、タカラバイオ、Sigma-Aldrichなど)の受託製造サービスを利用してsiRNA分子を製造することもできる。
【0041】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物に含まれる、CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNAは、配列番号1に示されるヌクレオチド配列を有するアンチセンスRNA鎖と、配列番号2に示されるヌクレオチド配列を有するセンスRNA鎖ととがハイブリダイズした構造を含む、又は、該構造からなる。配列番号1に示されるヌクレオチド配列は、配列番号2に示されるヌクレオチド配列と相補性がある。本願明細書の実施例においてSTNM01と命名されるsiRNAは、配列番号3に示されるヌクレオチド配列を有するアンチセンスRNA鎖と、配列番号4に示されるヌクレオチド配列を有するセンスRNA鎖とがハイブリダイズした構造からなる。配列番号3に示されるヌクレオチド配列は、配列番号4に示されるヌクレオチド配列と相補性がある。配列番号3に示されるヌクレオチド配列を有するRNAは、配列番号1に示されるヌクレオチド配列を有するリボヌクレオチドの3’末端にジリボヌクレオチドAUが結合する。配列番号4に示されるヌクレオチド配列を有するRNAは、配列番号2に示されるヌクレオチド配列を有するリボヌクレオチドの3’末端にジリボヌクレオチドAGが結合する。配列番号2のヌクレオチド配列は、配列番号5に示されるヒトCHST15のcDNAセンス鎖デオキシリボヌクレオチド配列の部分配列である。配列番号5は、GenBankアクセッション番号NM_015892(バージョン:NM_015892.4)として入手可能である。
【0042】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物は、製剤分野において通常使用される任意の製剤補助剤を含む場合がある。製剤補助剤としては、製薬上許容される、担体(固体又は液体担体)、賦形剤、安定化剤、乳化剤、界面活性剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、矯臭剤、溶解補助剤、懸濁剤、コーティング剤、着色剤、矯味剤、保存剤、緩衝剤などの、様々な薬物担体又は添加剤を用いる場合がある。具体的には、製剤補助剤としては、水、生理食塩水、他の水性溶媒、製薬上許容される有機溶媒、マンニトール、微結晶セルロース、デンプン、ブドウ糖、カルシウム、ポリビニルアルコール、コラーゲン、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、水溶性デキストリン、カルボキシメチルスターチナトリウム、アラビアゴム、ペクチン、キサンタンガム、カゼイン、ゼラチン、寒天、プロピレングリコール、グリセリン、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ソルビトール、ラクトースなどが挙げられる。製剤補助剤は、製剤の剤形に応じて適宜又は組み合わせて選択される場合がある。
【0043】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物は、経口投与又は非経口投与(例えば、経直腸投与、経粘膜投与、静脈内投与、動脈内投与、若しくは経皮投与)の場合があるが、特に経口投与及び経直腸投与の場合がある。
【0044】
経口投与に適した剤形としては、例えば、固形剤(錠剤、丸剤、舌下剤、カプセル剤、トローチ剤、ドロップ剤を含む)、顆粒剤、散剤、粉剤、液剤などを挙げることができる。固形剤は、当該分野で公知の剤皮を施した剤形、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶錠、フィルムコーティング錠、二重錠又は多層錠としてもよい。このような剤皮は、例えば、身体における目的の場所で有効成分を放出させること又は有効成分の吸収性を高めることを目的とする場合がある。
【0045】
非経口投与では、それぞれの投与方法に適した剤形を適宜用いることができるが、非経口投与に適した剤形としては、例えば、坐剤、注射剤、点滴剤、塗布剤、点眼剤、点鼻剤、吸入剤、懸濁剤、乳剤、クリーム剤、ペースト剤、ゲル剤、軟膏剤、硬膏剤などを挙げることができる。
【0046】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物は、目的とする疾患の治療又は予防のために製薬上有効な量で生体に投与することができる。本明細書において「製薬上有効な量」とは、本発明の医薬組成物に含まれるsiRNA分子が、対象とする疾患を治療又は予防する上で必要な用量であって、かつ投与する生体に対して有害な副作用がほとんどないか又は全くない用量をいう。具体的な投与量は、個々の被験体に応じて、病気の進行度若しくは重症度、全身の健康状態、年齢、性別、体重及び処置に対する耐性などに基づき、例えば医師の判断により決定される。例えば、本発明の医薬組成物を経口的に投与する場合、CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNA分子の重量で、通常は0.001~1000mg/体重kg/日、例えば0.01~100mg/体重kg/日又は0.1~10mg/体重kg/日となる量で投与してもよい。本発明の医薬組成物は、例えば医師が決定した治療計画に基づいて、単回投与することができるが、一定の時間間隔、例えば、1日、2日、3日、4日、5日、6日、1週間、2週間、3週間、1ヶ月、2ヶ月、6ヶ月又は1年などの間隔で、被験体に対して、数回又は数十回に分けて投与することもできる。
【0047】
本発明において「治療」とは疾患若しくは症状を治癒、軽減、又は改善することを意味し、「予防」とは疾患若しくは症状の発症を阻止、抑制、又は遅延することを意味する。
【0048】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物の作用機序が、白血球の血行性組織内浸潤の第1段階であるローリングの阻害であることから、第1段階より下流の段階を阻害する作用機序、又は、白血球血行性組織内浸潤とは独立の作用機序で慢性疾患に有効な医薬と本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物とを併用することでより高い薬効が得られる。
【0049】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物と併用が可能な、白血球の血行性組織浸潤を阻害する生物製剤は、白血球血行性組織内浸潤の第1段階より下流の段階の阻害を作用機序とすることを条件として、いかなるものでも構わない。前記生物製剤は、例えば、白血球血行性組織内浸潤の第2段階であるケモカイン刺激、第3段階のインテグリンによる強固な接着及び/又は第4段階の血管外遊走の少なくとも1つの段階を阻害することを作用機序とする場合がある。白血球血行性組織内浸潤の第2段階であるケモカイン刺激を阻害する生物製剤は、例えば、CCR9を含むが、これに限定されない、ケモカインレセプターの機能を阻害することにより白血球の血行性組織浸潤を低減又は抑制する。白血球血行性組織内浸潤の第3段階であるインテグリンによる強固な接着を阻害する生物製剤は、例えば、α4β7及びαEβ7インテグリンのβ7サブユニット、α4β7インテグリン(LPAM-1)及び/又はインテグリンα4サブユニットを含むが、これらに限定されない、循環血中のリンパ球表面のインテグリンの機能を阻害することにより白血球の血行性組織浸潤を低減又は抑制する。血球血行性組織内浸潤の第4段階である血管外遊走を阻害する生物製剤は、例えば、MAdCAMを含むが、これに限定されない血管内皮細胞表面の接着分子の機能を阻害することにより白血球の血行性組織浸潤を低減又は抑制する。
【0050】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物と併用が可能な、炎症性サイトカインを阻害する生物製剤は、慢性疾患に関与する少なくとも1つの炎症性サイトカインの機能を阻害する場合がある。前記炎症性サイトカインは、TNF-α、IL-1β、IL-17、IL-18、IL-23及びGM-CSFを含むが、これらに限定されない。前記炎症性サイトカインは、TNF-α、IL-17及びIL-23の少なくとも1つの場合がある。前記炎症性サイトカインを阻害する生物製剤は、前記炎症性サイトカインを阻害する抗体、抗体断片、単一ドメイン抗体等の前記炎症性サイトカインに対する特異的結合パートナーの場合がある。
【0051】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物が併用される抗炎症剤、免疫調整薬又は免疫抑制剤は、ペンタサ、サラゾピリン、アサコール及びリアルダのような5-アミノサリチル酸製剤、リンデロン及びプレドネマのようなステロイド製剤、アザチオプリン及び6-MPのようなチオプリン製剤、タクロリムス及びシクロスポリンのような免疫抑制剤を含むが、これらに限定されない。
【0052】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物の有効成分のsiRNAと、N-アセチル化キトサンとを含む複合体を経口投与すると、該複合体が、消化管に効率的に送達され、CHST15遺伝子発現を抑制すること、また、消化管の炎症、特に、慢性炎症に対して治療効果を奏することは、本願の発明者によるWO2017/078054に開示される。前記複合体の調製方法もWO2017/078054に開示される。
【0053】
簡潔には、キトサンは、グルコサミンと少量のN-アセチルグルコサミンとが重合した構造を有する高分子多糖類である。キトサンは、カニ、エビなど甲殻類の殻から得ることができるキチンを、濃アルカリ溶液と加熱して脱アセチル化することによって得ることができる。キトサンは、様々なアセチル化度及び分子量で、例えばCarbosynth社又はフナコシ社などで市販されている。本明細書においてキトサンのアセチル化度は、通常0~30%、例えば20%以下、10%以下又は5%以下であり得る。本明細書においてキトサンの分子量は、特に限定されず、低分子量キトサン(例えば、分子量2000Da~100kDa)であっても、高分子量キトサン(例えば、分子量100kDa~10,000kDa又はそれ以上)であっても、又は様々な分子量の混合物であってもよい。
【0054】
N-アセチル化キトサンは、上記キトサンのアミノ基の一部又は全部がアセチル化された高分子多糖類である。本明細書においてN-アセチル化キトサンのアセチル化度は、通常70~100%、例えば80%以上、90%以上、95%以上、98%以上又は99%以上であってよい。キトサン及びN-アセチル化キトサンのアセチル化度は、コロイド滴定、赤外吸収スペクトル、核磁気共鳴スペクトル(NMR)、元素分析などによって決定することができる。
【0055】
本発明の慢性疾患の治療及び/又は予防用医薬組成物の有効成分のsiRNAと、N-アセチル化キトサンとを含む複合体中のsiRNA分子とN-アセチル化キトサンとの結合の様式は特に限定しないが、RNAi分子はアニオン性ポリマーであり、N-アセチル化キトサンはカチオン性ポリマーであるため、両者は静電的相互作用で複合体を形成することが想定される。上記複合体において、RNAi分子と、N-アセチル化キトサンを構成しているグルコサミン単位との比(モル比)は、1:200~1:5、1:100~1:5、又は1:50~1:10であってよい。前記複合体は、特別なドラッグデリバリーシステムを必要とせずに、低侵襲的な投与方法、例えば経口投与によって、RNAi分子を細胞に送達することができる。
【0056】
本発明において、「併用して投与する」とは、白血球の血行性組織浸潤を阻害する生物製剤及び/又は炎症性サイトカインを阻害する生物製剤と、場合により、抗炎症剤、免疫調整薬又は免疫抑制剤である、5-アミノサリチル酸製剤と、ステロイド製剤と、チオプリン製剤と、タクロリムス及びシクロスポリンを含む免疫抑制剤とからなるグループから選択される少なくとも1つと、本発明の医薬組成物とを同時に、連続して、あるいは、一方を先に投与した後、時間をおいて投与してもよい。白血球の血行性組織浸潤を阻害する生物製剤及び/又は炎症性サイトカインを阻害する生物製剤と、場合により、抗炎症剤、免疫調整薬又は免疫抑制剤である、5-アミノサリチル酸製剤と、ステロイド製剤と、チオプリン製剤と、タクロリムス及びシクロスポリンを含む免疫抑制剤とからなるグループから選択される少なくとも1つと、本発明の医薬組成物とを投与する場合、本発明の医薬組成物の投与期間と前記生物製剤のいずれかの投与期間とが重複するか、前記生物製剤の投与期間の終了後、該生物製剤の投与間隔の少なくとも20%の期間内に本発明の医薬組成物の投与を開始することは、「併用して投与する」ことに含まれる。本発明の医薬組成物の投与量は、投与対象の体重、年齢、症状等により適宜調整することが可能であるが、例えば生物製剤が抗体である場合の投与量は、例えば、0.1~100mg/kg/週又はこれと同等の血中濃度を示す投与量であり、好ましくは1~50mg/kg/週又はこれと同等の血中濃度を示す投与量であり、更に好ましくは5~10mg/kg/週又はこれと同等の血中濃度を示す投与量である。また、例えば前記抗炎症剤、免疫調整薬又は免疫抑制剤の投与量は、例えば、10~10000mg/m2/週又はこれと同等の血中濃度を示す投与量であり、好ましくは100~5000mg/m2/週又はこれと同等の血中濃度を示す投与量であり、更に好ましくは500~1500mg/m2/週又はこれと同等の血中濃度を示す投与量である。
【0057】
上記投与方法、投与間隔、投与量は、本発明の効果同様の治療効果を示す投与方法、投与間隔、投与量を適宜選択することができる。たとえば白血球の血行性組織浸潤を阻害する生物製剤及び/又は炎症性サイトカインを阻害する生物製剤と、場合により、抗炎症剤、免疫調整薬又は免疫抑制剤である、5-アミノサリチル酸製剤と、ステロイド製剤と、チオプリン製剤と、タクロリムス及びシクロスポリンを含む免疫抑制剤とからなるグループから選択される少なくとも1つと、本発明の医薬組成物との血中濃度を測定することにより上記好ましい例と同様の効果を示す投与方法、投与間隔、投与量を選択することが可能であり、上記例と同等の血中濃度を達成する投与方法、投与間隔、投与量も本発明に含まれる。
【0058】
本明細書において、本発明の医薬組成物が治療又は予防に用いられる疾患は、ギラン・バレー症候群、重症筋無力症、慢性胃炎、慢性萎縮性胃炎、自己免疫性肝炎、原発性胆汁性胆管炎、炎症性腸疾患、クローン病、潰瘍性大腸炎、自己免疫性膵炎、高安動脈炎、グッドパスチャー症候群、急速進行性糸球体腎炎、バセドウ病、橋本病、原発性甲状腺機能低下症、特発性アジソン病、1型糖尿病、慢性円板状エリテマトーデス、限局性強皮症、天疱瘡、膿疱性乾癬、尋常性乾癬、天性表皮水疱症、自己免疫性視神経症、慢性関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、強皮症、多発性筋炎、皮膚筋炎、血管炎症候群、混合性結合組織病、気管支喘息、慢性甲状腺炎及びアトピー性皮膚炎を含むが、これらに限定されない。
【0059】
本発明の詳しい説明と、その実施例とは、本願の提出書類に含まれる以下の資料と、これらに引用される文献とによっても説明される。
【0060】
とくに、Suzawa, K.ら、Am J Gastroenterol 2007;102:1499-1509、Yeh, J.-C.ら、Cell, 2001; 105:957-969、Kobayashi, M.ら、Biol Pharm Bull. 2009; 32: 774-779、A. van Zante及びS.D. Rosen、Biochemical Society Transactions 2003; 31: 313-317の文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0061】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除および置換を行うことができる。
【0062】
以下では、生物製剤休薬中の潰瘍性大腸炎患者に本発明の医薬組成物を粘膜下注射で単回投与する第2a相試験の結果を実施例1で説明し、生物製剤投与中の潰瘍性大腸炎患者に本発明の医薬組成物を粘膜下注射で複数回投与する医師主導臨床研究の結果を実施例2で説明する。
【実施例1】
【0063】
以下に、STNM01の第2a相試験計画書の第8章及び第9章に基づいて、本発明の医薬組成物の治験について説明する。なお下記では、試験計画については「だろう」などの未来形の記載で説明されるが、実際には本願優先日までに治験は終了している。
【0064】
治験計画書第8章 治験デザイン及び計画されたサンプルサイズ
8.1 治験デザイン
これは、1回量の粘膜下注射によるSTNM01の無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間試験である。
【0065】
凍結乾燥させたSTNM01は生理食塩水を用いて希釈されるだろう。試験薬は、内視鏡を使用して直腸S状部の粘膜下に投与されるだろう。患者は、STNM01(25nM及び250nMの濃度で)又はプラセボのいずれかを受けるように無作為化されるだろう。適格被験者は治験施設に入院し、そして1回量の試験薬を1日目に受けるだろう。2日目に安全性の懸念が全くないと確認された後に被験者は退院するだろう。被験者は、投与から14日後及び28日後に経過観察の検査のために治験施設に戻るだろう。表1は、用量(濃度)、投薬計画、及び被験者数を示す。
【0066】
【表1】
【0067】
<理論的根拠>
完全無作為化二重盲検プラセボ対照第1相臨床試験におけるSTNM01(25nM及び250nMを含む)の局所投与は、一般的に良好な耐容性を示した。それ故、この時点で提案された並行群間第2a相臨床試験の実施を妨げるであろう安全性の懸念は全くない。第1相試験の主な目的は安全性を評価することであったので、第1相試験で観察された粘膜治癒効力は意外であった。したがって、計画された第2a相試験は、第1相試験において観察された効力を確認すること、並びに効力パラメーター及び実施される予定のより大きな次の対照試験に使用される用量に関するより多くの情報を得ることを目的とする。これは並行群間比較デザインであるが、患者の安全性は緻密にモニタリングされ、そして第2評価項目として評価されるだろう。
【0068】
8.2 試験の中止又は中断
現在の工程において1人以上の被験者に、試験薬以外の要因、例えば試験手順によって引き起こされたと考えられる深刻な又は重篤な有害事象が起こった場合、又は、現在の工程において被験者の半分以上に、試験薬以外の要因によって引き起こされたと考えられる医学的介入を必要とする中程度の有害事象が起こった場合、スポンサーは一時的に試験を中止し、そして主任治験者の意見を参考にして試験の継続を審査する。
【0069】
8.3 計画されたサンプルサイズ
0.050の両側有意水準を有する2つの群のカイ二乗検定は、各群におけるサンブルサイズが8である場合(離脱率は15%であると想定)、有効な処置とプラセボの間の差(89%対11%)を検出するのに80%の検出力を有するだろう。それ故、1群あたり8人の被験者(STM01 25nMに8人、STNM01 250nMに8人、プラセボに8人)、すなわち合計して24人の被験者が包含されるだろう。
【0070】
8.4 計画された試験期間
2013年5月から2016年5月
【0071】
8.5 治験デザインの考察及び対照群の選択
これは、1回量のSTNM01の安全性及び効力を調べるための第2a相試験である。治験デザインはこの種類の試験にとって適切であると思われる。
【0072】
9.被験者の選択及び中止/離脱
治験への参加は、選択基準及び除外基準に従って適格であり、かつ参加施設の患者であるかは又は参加施設に照会され、かつ治験担当者に提示された、全ての患者に勧められる。
【0073】
9.1 適応症
内視鏡的活動性病変(群)を有する潰瘍性大腸炎の患者。
【0074】
9.2 選択基準及び除外基準
9.2.1 選択基準
被験者の適格性は、以下の基準に従って決定される:
1)男性/女性
2)被験者は、活動性病変(群)を有する潰瘍性大腸炎患者である。
3)被験者は、スクリーニング試験の2カ月以上前に、潰瘍性大腸炎を処置するために一般的に使用される慣用的な薬物(群)[例えば、5-アミノサリチル酸剤、ステロイド、免疫調節剤、生物製剤(例えば抗TNF抗体又はベドリズマブは、4週間の休薬期間を必要とする)]により処置されている。主治医の意見では被験者に、現在の慣用的な処置選択肢の1つに対して不十分な応答又は耐性が起こった。現在の処置に対する被験者の不十分な応答又は耐性はまた、内視鏡検査、診察、及び臨床検査をはじめとするスクリーニング検査に基づいて、この試験の主任治験担当者によって確認される。被験者の経験する「不十分な応答又は耐性」は、主治医及び主任治験担当者の判断で評価され得るが;しかしながら、1つの処方された薬物療法の使用及び現在の薬物療法(群)による不十分な治療効果は、被験者のカルテに記録されるべきである。
4)被験者は、内視鏡の挿入にほとんど困難は生じない、例えば、被験者はほとんど狭窄がないか、又はあるとしても、狭窄した病変の直径は14mm以下である。
5)スクリーニング時のMayo内視鏡スコアは1であるか又は1を超えなければならない。
6)被験者の年齢は、インフォームドコンセント時に18歳以上かつ65歳以下である。
7)被験者は試験に参加するために書面によるインフォームドコンセントに署名し日付を記載する。
【0075】
<理論的根拠>
2)潰瘍性大腸炎の内視鏡的重症度は中程度から重度であるべきである。なぜなら、試験は、試験薬を用いての入院患者の処置及び外来患者の来診を必要とするからである。
3)これは、慣用的な処置と併用投与された場合の試験薬の効力及び安全性を調べるためのものである。
4、5)これは、プロトコールを遵守して治験を実施するためのものである。
6)これはGCPを遵守するためである。
【0076】
9.2.2.除外基準
以下のいずれかの基準を満たす任意の被験者は、試験に参加する資格がないだろう:
1)被験者が、重篤な心疾患、血液学的疾患、又は肺疾患を有するか又はその病歴を有し、そして治験担当者が試験への参加は不適切との見解を示す。
2)被験者が、潰瘍性大腸炎のための大腸完全切除術の病歴を有する。
3)被験者が、重度の出血又は他の臓器への腸管癒着などの潰瘍性大腸炎の合併症を有し、そして治験担当者が試験への参加は不適切との見解を示す。
4)被験者が、排便頻度に影響を及ぼす肛門狭窄症、又は発熱を伴う肛門周囲膿瘍を有する。しかしながら、被験者は、腸の運動がシートン法によって改善される場合、適格である。
5)被験者の全身状態が明らかに低下している。
6)大腸の大部分が罹患している被験者(全大腸炎)。
7)試験参加中に結腸切除術を要する症状を呈することが予想される被験者。
8)被験者が、現在、完全非経口栄養を受けている。
9)被験者が肝障害又は腎障害を有し、そして治験担当者が試験への参加は不適切との見解を示す。
10)被験者が、過去5年間以内に悪性腫瘍を有するか又はその病歴を有する。
11)被験者が腸結核を有するか又はその病歴を有する。
12)被験者が、入院を必要とする深刻な感染の合併症を有する。
13)被験者が生物製剤(例えば抗TNF-α抗体又はベドリズマブ)を用いて現在処置されているならば除外されるべきである。
14)被験者が局所投与による併用薬物療法[例えば5-アミノサリチル酸剤、ステロイド、免疫調節剤]を用いて処置されているならば除外されるべきである。
15)被験者が、臨床的に深刻なアレルギー症状の病歴を有する。「深刻な」は、特定の抗原又は薬物に曝された場合の、全身蕁麻疹、アナフィラキシー、又は入院を必要とするショックを引き起こすアレルギー症状を意味する。
16)被験者が、HBV、HCV、及び/又はHIV感染の病歴を有する。
17)被験者が、アルコール又は薬物依存である。
18)潰瘍性大腸炎に対する被験者の慣用的な処置は、治療計画のその「質」(薬物のクラス)が変更されるか、又は新規な処置が追加される:事前の3か月にはチオプリンは全く導入されず、試験薬の投与前の14日間は5-ASA又は副腎皮質ステロイドの投薬の変更はない。
19)被験者はが、この試験の経過中に別の臨床試験に現在参加しているか、あるいは参加する計画がある。
20)被験者が、この試験のインフォームドコンセント前の6カ月間以内に任意の他の治験薬製剤の投与を受けた。
21)被験者が、任意の精神障害又は神経障害を有し、そして治験担当者が試験への参加は不適切との見解を示す。
22)被験者が、プロトコールにより指令される検査又は手順を行えないか、あるいは制限されている。
23)被験者が、任意の他の理由から、治験担当者によって、この試験への参加は不適切であると判断される。
24)確実で許容可能な避妊法を使用したくない及び使用できない(パール指数が1未満)。被験者又はその性的パートナーは、それぞれ、試験薬の投与の6週間前から3週間後までこれらの確実な方法の少なくとも1つを使用しなければならない。
25)女性について:妊娠又は授乳。
26)治験担当者の同僚、学生、親戚、又は配偶者。
【0077】
<理論的根拠>
1)から20)これらは被験者の安全を確保し、そして試験薬の安全性及び効力の評価に対する影響を排除するためである。
21)これらの疾患状態は除外される。なぜなら、薬効の評価は、精神障害又は神経系障害によって妨害され得る被験者の主観的な症状の報告を必要とするからである。
22)これは、プロトコールを遵守して試験を実施するためである。
23)これは、1)ないし21)に記載のもの以外の理由のために試験への参加が医学的に又は倫理的に不適切であると判断された個体を除外するものである。
【0078】
9.3 事前及び併用の薬物療法及び治療法
1)全身併用薬物療法のみが許可される。局所投与されるバックグラウンド療法の使用は禁止される(例えば5-ASA、ステロイド、免疫調節剤、生物製剤(例えば抗TNF-α抗体又はベドリズマブは、4週間の休薬期間を必要とする)。
2)試験薬以外の、試験薬の投与の2か月前から試験の終了時までの間に使用された全ての薬物療法を症例報告書に記録すべきである(薬物の名称、目的、1日量、投薬計画、投与経路、及び開始/停止日を含む)。
3)潰瘍性大腸炎を処置するための薬物療法については、上記の1)に記載の期間より前に使用された薬物療法は、可能であれば同じように記録されるだろう。
4)薬物療法以外の全ての療法が、可能であれば、症例報告書に記録されるだろう(療法、目的、開始/停止日を含む)。
5)この試験の最後の観察/検査の終了前に使用された有害事象を処置するための全ての薬物療法及び治療法が症例報告書に記録されるべきである。緊急のための薬物療法及び治療法の使用はプロトコールの逸脱として取り扱われるだろう。
【0079】
<理論的根拠>
この試験においてSTNM01を用いての事前薬物療法及び治療法の併用は正当化され得る。なぜなら、非常に僅かな毒性所見しか認められず、そして薬物はSTNM01の非臨床試験での投与後急速に血液から消失し、したがって、我々は、未知の有害薬物反応の発生、又は事前の薬物療法の有害な薬物反応の重症度の上昇は起こらないだろうと推測するからである。
【0080】
9.4 試験中の制約
被験者は、以下の指示に従うように指導されなければならない。被験者は入院中に治験担当者の医学的監督下に留まるだろう。
【0081】
9.4.1 食物、飲料、喫煙、及び運動
被験者は、0日目の夕食後から1日目の試験薬投与の4時間後までの断食するだろう。被験者はまた、経過観察の検査の前日の夕食後からその完了日まで断食するだろう。
【0082】
アルコール及びカフェインを含有している食物及び飲料は入院中禁止されるだろう。退院後、過剰な飲水は、最終検査/観察の終了まで禁止されるだろう。アルコール飲料は、経過観察検査の前日からその完了日まで許可されないだろう。
【0083】
治験施設で提供されるもの以外の食物及び飲料は、入院中は許可されないだろう。被験者は、退院後から最終検査/観察終了時まで過剰な食事及び飲水を控えるように指導されなければならない。
【0084】
喫煙は入院中は禁止されるだろう。喫煙は、経過観察の検査の前日の就寝時からその完了日まで許可されないだろう。
【0085】
身体運動は、被験者が試験施設にいる間、並びに、経過観察の検査の前日からその完了日まで禁止されるだろう。
【0086】
9.4.2 退院後の被験者との接触
施設管理組織は、経過観察する必要のある治験手順に関して(例えば退院後の過剰な摂食及び飲水に関する制限)計画された来診の前に適時に被験者に接触するだろう。
【0087】
9.5 被験者の中止又は離脱の基準
以下の状況のいずれかが発生する場合、治験担当者は、被験者への試験薬投与を直ちに中止し、被験者に適切な処置を提供し、そしてできるだけ多く退院時に計画された検査/観察を実施しなければならない。試験から中途で離脱した被験者は交替してもよい。治験担当者は、中止の日付及び理由、中止後に投与された処置、並びにその後の臨床経過を症例報告書(これは遅れずにスポンサーに提出しなければならない)に記録するだろう。計画された検査/観察が中止時に実施されなかった場合、理由を症例報告書に記録しなければならない。
1)被験者が同意を撤回した。
2)被験者がプロトコールの参加基準を満たさなかった。
3)主任治験担当者が、被験者が試験への参加を継続すれば損失を被るだろうと判断した。(例えば、試験の終了を必要とする有害事象の発生、基礎疾患の悪化。)
4)プロトコールからの大きな逸脱があった。
5)スポンサーが試験を中途で終了した。
6)主任治験担当者が、上記以外の理由から試験から被験者を除外する必要があることが分かった。
【0088】
<理論的根拠>
1)これは、インフォームドコンセントを得るための必要条件の1つである。
2)適切な評価がなされ得ない被験者は、試験から除外されるべきである。
3)これは、安全性及び倫理を考慮するためである。
4)プロトコールからの大きな逸脱は優良臨床試験基準の違反である。
5)これは、スポンサーが全研究を中途で終了又は中断すると決定した場合に適用されるだろう。
6)これは、主任治験担当者が上記以外の理由から必要であると判断した場合に試験から被験者を除外するためである。
【0089】
1.内視鏡的及び組織病理的な治療効果の評価
第2a相試験計画書の第8章及び第9章に基づいてスクリーニングされた被験者に、250nM又は25nMのSTNM01か、プラセボかを表1のとおり腸管粘膜下に内視鏡穿刺針で注射することにより単回投与した。投与時と、その2週目及び4週目に病変部分を内視鏡で検討を行った。内視鏡検討の結果はMayo内視鏡サブスコア(Colombel JF et al.、Gastroenterology 2011;141:1194-201)により評価した。各投与群の被験者の数は表1に示すとおりいずれも8名であった。また、また投与直前と、投与4週目とに被験者の病変部分の生検組織片サンプルを採取し、ヘマトキシリン・エオジン染色組織標本を調製し、組織病理学的な検査を行った。これらの結果を図2の内視鏡写真及び組織標本の光学顕微鏡写真に示す。さらに、各群の被験者のMayo内視鏡サブスコアの変化を図2右側のグラフに示す。
【0090】
図2上の内視鏡写真及び図2下の組織標本の光学顕微鏡写真に示す被験者は、生物製剤を投薬されているにもかかわらず、投与時には抗体製剤抵抗性の深い潰瘍が内視鏡で観察され、組織病理学的な検査でも、びまん性白血球浸潤及び繊維症が観察された。しかし、2週目の内視鏡観察では潰瘍が消失し、4週目の組織病理学検査でも、炎症像は消失していた。図2右側のグラフに示すとおり、250nMのSTNM01投与群は、25nMのSTNM01又はプラセボ投与群よりMayo内視鏡サブスコアが有意に低下した。以上の図2の結果から、250nMのSTNM01の投与は治療効果が高いことが証明された。
【0091】
2.L-セレクチンリガンドの硫酸化への影響の評価
硫酸化したL-セレクチンリガンドを特異的に検出するMECA-79抗体による免疫組織化学染色は以下のとおり実施された(Yeh,J.-C. et al. Cell. 2001, 105; 957 - 969)。各投与群の被験者の数は表1に示すとおりいずれも8名であった。全員から回収した腸生検組織サンプルをパラフィン包埋して薄切し、切片を脱パラ後0.03%Hに5分間浸漬して内在性ペロキシダーゼ活性を阻害した。その後、免疫実験用ブロッキング剤ブロックエース(DSファーマバイオメディカル株式会社)に10分間インキュベーションした。切片は、その後MECA-79抗体(R&D Systems、米国)の200倍希釈液と終夜4°Cでインキュベーションした。2次抗体(HRP標識抗ヤギIgG)とインキュベーション後、3,3’-ジアミノベンジジン/H溶液を用いて酵素発色反応を行った。定量的な解析には、MECA-79染色切片の明視野像が200倍の倍率でデジタルカメラで撮影された。切片あたり4個の視野の陽性部分の面積がImage Jソフトウェア(NIH、米国)を用いて測定された。各投与群の腸生検組織標本の陽性部分の面積の百分率の平均及び標準偏差を図3右のグラフに示す。
【0092】
図3左のMECA-79抗体による免疫組織化学染色の光学顕微鏡写真に示す被験者は、生物製剤を投薬されているにもかかわらず、STNM01投与時(0週目)にはMECA-79陽性血管が検出された。しかし、STNM01投与後4週目にはMECA-79陽性血管は検出されなかった。図3右のグラフに示すとおり、250nMのSTNM01投与群は、プラセボ投与群より陽性部分の面積の百分率が有意に低下した。以上の図3の結果から、250nMのSTNM01投与はL-セレクチンリガンドの硫酸化を低下させることが証明された。
【0093】
3.リンパ球の組織浸潤への影響の評価
リンパ球の組織浸潤への影響を評価するために、各投与群の被験者の数8名全員から回収した腸生検組織サンプルをパラフィン包埋して薄切し、切片を脱パラ後、ヘマトキシリン・エオジン染色を行った。この明視野像を前節のMECA-79染色切片の明視野像と同様に、200倍の倍率でデジタルカメラで撮影された。切片あたり4個の視野の陽性部分の面積がImage Jソフトウェア(NIH、米国)を用いて測定された。100μmあたりの基底膜リンパ球の数の平均及び標準偏差を図4のグラフに示す。
【0094】
図4のグラフに示すとおり、250nMのSTNM01投与群は、プラセボ投与群より基底膜リンパ球の数が有意に低下した。以上の図4の結果から、250nMのSTNM01投与はリンパ球の組織浸潤を低下させることが証明された。
【0095】
既存の慢性炎症疾患の治療薬の作用機序は、組織内へのリンパ球の浸潤過程の阻害と、組織内に浸潤したリンパ球によって惹起された炎症反応の阻害とに大別される。第1世代の慢性炎症疾患の治療薬(Infliximab、Adalimunab、Certolizumab pegol、Golimumab、Usteknumab及びMEDI2070)の作用機序は、組織内での炎症反応に関与するTNF及びサイトカインの阻害である。これに対し、図5に示すとおり、第2世代の慢性炎症疾患の治療薬(Vercirnon、Vedolizumab、Natalizumab、Etrolizumab及びPF-00547659)は、組織内へのリンパ球の浸潤の過程のおける、リンパ球の活性化と、活性化リンパ球の血管内皮細胞との強固な接着と、血管内皮細胞の間から組織内への侵入とを阻害する。今回の治験データの解析結果から、本発明の医薬組成物は、L-セレクチンリガンドの硫酸化を低下させ、かつ、リンパ球の組織浸潤を低下させることが明らかになった。図6に示すとおり、本発明の医薬組成物は、リンパ球の組織内浸潤におけるL-セレクチンリガンドの硫酸化を低下させ、リンパ球の血管内でのローリングを阻害する。これは、リンパ球の組織内浸潤の過程で最も上流の段階である。つまり本発明の医薬組成物の作用点は、第1世代及び第2世代の慢性炎症疾患治療薬の作用点より上流である。そこで、本発明の医薬組成物は、第1世代及び第2世代の慢性炎症疾患の治療薬と併用することにより、これらよりも高い薬効を奏することが予想された。
【実施例2】
【0096】
本実施例では、生物製剤(Infliximab及び/又はAdalimunab)抵抗性の潰瘍性大腸炎(UC)患者に本発明の医薬組成物(STNM01)を反復投与した医師主導臨床研究(IIT)の結果を説明する。
【0097】
図7は本実施例の医師主導臨床研究の試験デザインの模式図である。スクリーニングで生物製剤(Infliximab及び/又はAdalimunab)抵抗性であると認められた被検者合計5名は、基線(0週目)、2週目及び4週目の合計3回、250nMのSTNM01を内視鏡を用いた粘膜下注射で投与される。実施例1の試験では生物製剤を投与されていた被検者は1月間生物製剤を投与しない休薬期間の後にSTNM01が投与された。しかし実施例2の試験では、生物製剤の投与は継続しながらSTNM01が投与された。評価項目は実施例1の試験と同様である。
【0098】
図8に本実施例の医師主導臨床研究の結果のハイライトを示す。図8左上の内視鏡写真は、完全寛解に達した被検者の基線及び6週目の患部を示す。6週目で粘膜治癒が認められた。図8左下の内視鏡写真は、出血を伴う大潰瘍を有する重症の被検者の基線及び6週目の患部を示す。この患者は潰瘍の完全寛解には至らなかったが、責任医師のコメントでは、外科手術を回避することができた。図8右上は、本実施例の医師主導臨床研究被検者5名のMayo内視鏡サブスコア(MES)の経時変化を示すグラフである。最終的に粘膜治癒率は80%であった。図8右下は、本実施例の医師主導臨床研究被検者5名のMayoスコア(Colombel JF et al.、Gastroenterology 2011;141:1194-201)の経時変化を示すグラフである。図9に示すとおり、生物製剤抵抗性の重症潰瘍性大腸炎患者にSTNM01を複数回投与することにより、全身及び局所症状の改善が見られた。最終的に臨床反応率は100%、臨床寛解率は40%であった。
【0099】
この他の医師主導臨床研究の結果の要約は以下のとおりである。
病理学的には、炎症細胞浸潤の減少、杯細胞の増加の誘導が認められた。被検者5名とも、少なくとも8ヶ月は臨床的再燃を示すことなく、経過は良好であった。被検者のうち1名は9ヶ月目、もう1名は11ヶ月目に直腸出血を示したが、残り3名は9ヶ月以降も寛解状態である。特に重症の1名は、外科手術直前の最終手段として切迫した状況でSTNM01が投与されたが、2週間以内に臨床効果が現れたため手術を実施せずに経過観察されることになり、結果的に外科手術を回避できた(試験責任医師コメント)。ステロイド依存の難治症例が5名中3名であったが、3名とも、ステロイドフリー寛解を少なくとも6ヶ月以上維持できた。
【0100】
以上のとおり、本実施例のSTNM01の治療導入期の複数回投与は、生物製剤抵抗性の難治性潰瘍性大腸炎患者に対して、迅速な臨床反応ならびに粘膜治癒導入効果を有し、しかも、その効果は、新たな全身投与薬剤の追加を実施せずとも半年以上(本試験では8ヶ月以上)のスパンで維持されることが示された。
【0101】
以上の実施例から、本発明の医薬組成物は、白血球の組織浸潤を阻害する生物製剤及び/又は炎症性サイトカインを阻害する生物製剤と併用することにより、より高い薬効を奏することが証明された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
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