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特許7130110セスキテルペン酸素付加体の製造方法、化合物および組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-25
(45)【発行日】2022-09-02
(54)【発明の名称】セスキテルペン酸素付加体の製造方法、化合物および組成物
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/26 20060101AFI20220826BHJP
   C12N 15/53 20060101ALI20220826BHJP
   C07C 49/557 20060101ALI20220826BHJP
   C12N 9/02 20060101ALN20220826BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20220826BHJP
【FI】
C12P7/26 ZNA
C12N15/53
C07C49/557 CSP
C12N9/02
C12N1/20 A
【請求項の数】 21
(21)【出願番号】P 2021503971
(86)(22)【出願日】2020-02-21
(86)【国際出願番号】 JP2020007082
(87)【国際公開番号】W WO2020179503
(87)【国際公開日】2020-09-10
【審査請求日】2021-01-27
(31)【優先権主張番号】P 2019037136
(32)【優先日】2019-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000214537
【氏名又は名称】長谷川香料株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】梅澤 覚
(72)【発明者】
【氏名】小西 俊介
(72)【発明者】
【氏名】木野 邦器
【審査官】市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-008031(JP,A)
【文献】特表2015-512880(JP,A)
【文献】特開2013-227284(JP,A)
【文献】特表2007-505040(JP,A)
【文献】特開2013-245213(JP,A)
【文献】国際公開第2019/110493(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/110299(WO,A1)
【文献】J. Agric. Food Chem.,2014年,Vol.62,pp.10809-10815
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄還元手段を含む系を用意する工程と、
3価の鉄化合物を前記系に添加する工程と、
前記鉄還元手段および前記3価の鉄化合物を含む前記系において、セスキテルペンに酸素付加する酸素付加工程を含み、
前記鉄還元手段が下記(a)~(c)から選択される少なくとも1種類の鉄還元酵素であり、
前記セスキテルペンがα-グアイエン、ロタンドール、(+)-バレンセン、β-カリオフィレンまたは(+)-ロンギフォレンである、セスキテルペン酸素付加体の製造方法。
(a)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列を有するタンパク質;
(b)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列から1個以上のアミノ酸が保存的置換され該アミノ酸配列との配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質。
【請求項2】
前記酸素付加工程が、前記セスキテルペンのアリル位または二重結合に選択的に酸素付加する工程である、請求項1に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項3】
記セスキテルペン酸素付加体として(-)-ロタンドンを含む、請求項1または2に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項4】
前記酸素付加工程が、前記セスキテルペンのアリル位に選択的に脱メチル化および酸素付加する工程である、請求項1~のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項5】
記セスキテルペン酸素付加体として(-)-ロタンドンおよび脱メチル異性体を含み、
前記脱メチル異性体が下記式(1)で表される化合物である、請求項1~のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【化1】
【請求項6】
界面活性剤を前記酸素付加工程またはその前に添加する、請求項1~のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項7】
シクロデキストリンを前記酸素付加工程またはその前に添加し、
前記シクロデキストリンとして2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリンを含む、請求項1~のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項8】
シクロデキストリンを前記酸素付加工程またはその前に添加し、
前記シクロデキストリンとしてα-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリンおよび2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンのうち少なくとも1種類を含む、請求項1~のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項9】
前記酸素付加工程を菌体反応で行い、
前記鉄還元酵素が前記菌体由来の鉄還元酵素である、請求項1~のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項10】
前記セスキテルペンを添加する前に、前記3価の鉄化合物を前記系に添加する工程を行う、請求項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項11】
前記菌体の培養工程をさらに含み、
前記3価の鉄化合物を前記培養工程で添加して前記菌体に前記3価の鉄化合物を含有させる、請求項または10に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項12】
前記3価の鉄化合物を、培養終了の6時間前から培養終了までに添加する、請求項11に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項13】
前記3価の鉄化合物を前記培養工程で0.7~50mM添加する、請求項11または12に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項14】
前記菌体が遺伝子非組換え大腸菌である、請求項13のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項15】
前記菌体が前記鉄還元酵素を高発現する組換え体である、請求項13のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項16】
前記酸素付加を菌体外反応で行う、請求項1~のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項17】
前記酸素付加を、前記鉄還元酵素の精製酵素を用いて行う、請求項16に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項18】
前記3価の鉄化合物を前記酸素付加工程で添加する、請求項16または17に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項19】
前記鉄還元酵素が下記(b)および(c)から選択される少なくとも1種類である、請求項16~18のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法
b)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列から1個以上のアミノ酸が保存的置換され該アミノ酸配列との配列同一性が90%以上であるアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質。
【請求項20】
前記鉄還元酵素の補酵素を前記酸素付加工程で添加する、請求項19のいずれか一項に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【請求項21】
前記補酵素の再生系を前記酸素付加工程で添加して前記補酵素を再生する、請求項20に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セスキテルペン酸素付加体の製造方法、ならびに、この製造方法で製造される化合物および組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
セスキテルペンは香料化合物として使用できることが知られており、さらにセスキテルペンの酸化物も香料化合物として用いることが可能と知られている(特許文献1~3参照)。
【0003】
例えば、特許文献1には、α-グアイエンの酸素付加体である天然型の(-)-ロタンドン(Rotundone、(-)-(3S,5R,8S)-3,8-dimethyl-5-(prop-1-en-2-yl)-3,4,5,6,7,8-hexahydroazulen-1(2H)-one、以下単に「ロタンドン」とも称する)は、シラー種のブドウ、黒コショウおよび白コショウなどに含まれており、また、ロタンドールと組合せて香料組成物として使用できることが記載されている。特許文献1には、ロタンドンを高収率および高純度で製造するために、(1)シトクロムP450をα-グアイエンに作用させ、α-グアイエンの3位のメチレンをカルボニルに酸化するステップ;および/または(2)シトクロムP450を、シトクロムP450への電子伝達活性を有する電子伝達タンパク質の共存下でα-グアイエンに作用させ、α-グアイエンの3位のメチレンをカルボニルに酸化するステップを含む、α-グアイエンからロタンドンを製造する方法が記載されている。
【0004】
特許文献2には、酸素源の存在下で、ラッカーゼと、α-グアイエンおよび/またはα-ブルネセンを含む材料(パチョリ油など)とを反応させることにより、これらの水酸基付加体(ロタンドンの1位のカルボニル基がアルコールとなったロタンドールなど)を製造する方法が記載されている。さらに特許文献2には、その際の副生成物としてロタンドンを含む多数のα-グアイエン酸化物の混合物(例3、例4、例5参照)が得られることや、この混合物がフローラル、ウッディなにおいを保有することが記載されている。
【0005】
特許文献3には、グアイエンリッチな原料油等の蒸留、加熱還流、再蒸留等を経てロタンドンを含む多数のグアイエン酸化物を得ることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-216974号公報
【文献】特表2013-534927号公報
【文献】国際公開第2018/153499号
【文献】特表2016-530264号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の実施例に記載の方法は、シトクロムP450を高発現する組換え大腸菌を用いた17時間の菌体反応により5mMのα-グアイエンから0.41mMのロタンドンに変換しており、収率および反応速度をより向上させることが求められる方法であった。なお、特許文献1にはコントロールとして空ベクターを導入した組換え大腸菌を用いた30℃で17時間の菌体反応では、5mMのα-グアイエンからロタンドンを検出できなかったことが記載されている。
特許文献2および3に記載の方法は、本来セスキテルペン酸素付加体の製造を目的としたものではなく、様々な副生成物を生じるため、セスキテルペン酸素付加体の収率および純度を向上させることが求められる方法であった。
なお、特許文献4には、モノテルペンであるα-ピネンを異性化および脱水素してp-シメンに変換することが記載されているが、セスキテルペンへの応用や、脱水素の代わりに酸素付加するまで酸化することは記載されていなかった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、セスキテルペン酸素付加体を効率よく製造できる新規な方法である、セスキテルペン酸素付加体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために本発明者らが鋭意検討した結果、鉄還元手段を含む系内に積極的に3価の鉄化合物(酸化数+3であり、Fe(III)、第二鉄ともいわれる)を添加する工程を行うことにより、セスキテルペン酸素付加体を効率よく製造できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0010】
上記課題を解決するための具体的な手段である本発明の構成と、本発明の好ましい構成を以下に記載する。
【0011】
[1] 鉄還元手段を含む系を用意する工程と、
3価の鉄化合物を系に添加する工程と、
鉄還元手段および3価の鉄化合物を含む系において、セスキテルペンに酸素付加する酸素付加工程を含む、
セスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[2] 鉄還元手段が鉄還元酵素である、[1]に記載の方法。
[3] 酸素付加工程が、セスキテルペンのアリル位または二重結合に選択的に酸素付加する工程である、[1]または[2]に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[4] セスキテルペンがα-グアイエンであり、
セスキテルペン酸素付加体として(-)-ロタンドンを含む、[1]~[3]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[5] 酸素付加工程が、セスキテルペンのアリル位に選択的に脱メチル化および酸素付加する工程である、[1]~[4]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[6] セスキテルペンがα-グアイエンであり、
セスキテルペン酸素付加体として(-)-ロタンドンおよび脱メチル異性体を含み、
脱メチル異性体が下記式(1)で表される化合物である、[1]~[5]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
【化1】
[7] 界面活性剤を酸素付加工程またはその前に添加する、[1]~[6]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[8] シクロデキストリンを酸素付加工程またはその前に添加し、
シクロデキストリンとして2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリンを含む、[1]~[7]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[9] シクロデキストリンを酸素付加工程またはその前に添加し、
シクロデキストリンとしてα-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリンおよび2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンのうち少なくとも1種類を含む、[1]~[7]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[10] 酸素付加工程を菌体反応で行い、
鉄還元手段が菌体由来の鉄還元酵素である、[1]~[9]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[11] セスキテルペンを添加する前に、3価の鉄化合物を系に添加する工程を行う、[10]に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[12] 菌体の培養工程をさらに含み、
3価の鉄化合物を培養工程で添加して菌体に3価の鉄化合物を含有させる、[10]または[11]に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[13] 3価の鉄化合物を、培養終了の6時間前から培養終了までに添加する、[12]に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[14] 3価の鉄化合物を培養工程で0.7~50mM添加する、[12]または[13]に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[15] 菌体が遺伝子非組換え大腸菌である、[10]~[14]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[16] 菌体が下記(a)~(c)から選択される少なくとも1種類を高発現する組換え体である、[10]~[14]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法;
(a)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列を有するタンパク質;
(b)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列から1個以上のアミノ酸が保存的置換され該アミノ酸配列との配列同一性が80%以上であるアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質。
[17] 酸素付加を菌体外反応で行う、[1]~[9]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[18] 鉄還元手段が鉄還元酵素であり、酸素付加を、鉄還元酵素の精製酵素を用いて行う、[17]に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[19] 3価の鉄化合物を酸素付加工程で添加する、[17]または[18]に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[20] 鉄還元酵素が下記(a)~(c)から選択される少なくとも1種類である、[18]、[19]のいずれかに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法;
(a)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列を有するタンパク質;
(b)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列から1個以上のアミノ酸が保存的置換され該アミノ酸配列との配列同一性が80%以上であるアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質。
[21] 鉄還元酵素の補酵素を酸素付加工程で添加する、[2]~[20]のいずれか一つに記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[22] 補酵素の再生系を酸素付加工程で添加して補酵素を再生する、[21]に記載のセスキテルペン酸素付加体の製造方法。
[23] 下記式(1)で表される化合物。
【化2】
[24] (-)-ロタンドンおよび[23]に記載の化合物を含む組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、セスキテルペン酸素付加体を効率よく製造できる新規な方法である、セスキテルペン酸素付加体の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、実施例1~6および比較例1~3の大腸菌を用いた菌体反応で得られた反応液抽出物のロタンドンおよび脱メチル異性体の濃度を示したグラフである。
図2図2は、比較例2のGC/MS分析で得られたクロマトグラムである。
図3図3は、実施例4のGC/MS分析で得られたクロマトグラムである。
図4図4は、実施例101~104の精製酵素反応で得られた反応液抽出物のロタンドンおよび脱メチル異性体の濃度を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0015】
[セスキテルペン酸素付加体の製造方法]
本発明のセスキテルペン酸素付加体の製造方法は、鉄還元手段を含む系を用意する工程と、3価の鉄化合物を系に添加する工程と、鉄還元手段および3価の鉄化合物を含む系において、セスキテルペンに酸素付加する酸素付加工程を含む。
この構成により、セスキテルペン酸素付加体を効率よく製造できる。
以下、本発明の好ましい態様を説明する。
【0016】
<鉄還元手段を含む系を用意する工程>
鉄還元手段としては、3価の鉄化合物を還元し2価の鉄化合物を生成できるものであれば任意である。例えば、3価の鉄化合物を還元可能な電極であってもよいし、鉄還元酵素であってもよい。鉄還元手段を含む系は、これらが鉄還元能を発揮する環境であればよい。
(鉄還元用電極)
鉄還元手段が電極である場合には、3価の鉄化合物を還元する電極は例えば白金で構成されるものであってよい。そして、鉄還元手段を含む系は、水槽、3価の鉄イオンなどの電解質を含む水溶液、参照電極、作用極(鉄還元を行う極)、対極、陰イオン交換膜などを含むものであってよく、例えば、「電力中央研究所報告 電気による微生物の制御(その1)-鉄イオンを電子運搬体として用いた鉄参加最近の培養- 研究報告:U95003」(電力中央研究所、平成7年6月)などを参照して構築してよい。鉄還元手段が鉄還元用電極の場合には、後述の菌体外反応に用いても、菌体反応に用いてもよい。
(鉄還元酵素)
-活性-
鉄還元酵素としては、3価の鉄化合物を還元する活性(3価の鉄化合物の還元活性)を有すること以外は特に制限はないが、中でも有機鉄化合物である鉄キレート錯体の還元活性を有することが好ましく、その還元鉄、例えば2価の鉄化合物が、位置選択的に酸素付加する活性を有することが好ましい。例えば、セスキテルペンのアリル位、および/または二重結合(二重結合位、好ましくは二重結合を構成する両方の炭素)に選択的に酸素付加する活性を有することが好ましい。鉄還元酵素は、3価の鉄化合物を還元し、その還元鉄がセスキテルペンのアリル位に選択的に酸素付加する活性を有することが好ましい。
セスキテルペン1分子あたりに酸素付加する個数は特に限定されないが、セスキテルペン1分子あたりに1個酸素付加することが好ましい。
酸素付加工程では、セスキテルペンに対して直接酸素付加をしてもよく、セスキテルペンに対して他の反応をさせてから酸素付加をしてもよい。他の反応としては、脱メチル化を挙げることができる。すなわち、鉄還元酵素は、上述の通り還元鉄を生成し、その還元鉄がセスキテルペンを脱メチル化する活性も有することが好ましい。本発明の好ましい態様の一例では、酸素付加工程が、セスキテルペンのアリル位に選択的に脱メチル化および酸素付加する工程であることが好ましい。
【0017】
-鉄還元酵素の種類-
鉄還元酵素は、野生型の鉄還元酵素を用いてもよく、野生型の鉄還元酵素が有するアミノ酸配列(野生型アミノ酸配列)を含む鉄還元酵素であってよい。
野生型の鉄還元酵素の具体例として、Fre(Escherichia coli BL21(DE3): ECD_03735;配列番号1)、YqjH(Escherichia coli BL21(DE3): ECD_02939;配列番号2)、Fpr(Escherichia coli BL21(DE3): ECD_03809;配列番号3)、NfsB(Escherichia coli BL21(DE3): ECD_00539;配列番号4)が挙げられるが、これらに限定されない。
この内、FreはNAD(P)H flavin reductaseであり、補酵素である遊離フラビンを還元する活性を有し、還元された遊離フラビンが3価の鉄化合物を還元する。従って、Freを用いる場合、反応系にはフラビンを添加する必要がある。これに対してYqjH、Fpr、NfsBはNAD(P)H ferric-chelate reductaseであり、フラビンを酵素内に含有する為、フラビン添加は必要なく、3価の鉄化合物またはそのキレート錯体を直接還元する。YqjH、Fpr、NfsBを用いる場合、3価の鉄化合物としてFe(III)-EDTAまたはFe(III)-ジシトレートなどの有機鉄化合物(キレート錯体)を組み合わせて用いることが好ましい。
本発明に用いられる鉄還元酵素のアミノ酸配列は、3価の鉄化合物の還元活性を失わない限り、上記野生型アミノ酸配列から1個以上のアミノ酸が変異(すなわち、欠失、置換、および/または付加)したアミノ酸配列を含んでいてもよい。変異による効果は任意であるが、例えば、3価の鉄化合物の還元活性を調節する、すなわち向上させるまたは低下させるものであってもよい。そして、この調節によって得られた還元鉄によるセスキテルペンの酸素付加活性が調節されるものであってよい。
【0018】
本発明では、鉄還元酵素が下記(a)~(c)から選択される少なくとも1種類であることが好ましい。
(a)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列を有するタンパク質;
(b)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列から1個以上のアミノ酸が保存的置換され該アミノ酸配列との配列同一性が80%以上であるアミノ酸配列を有し、かつ3価の鉄化合物の還元活性を有するタンパク質。
以下、(b)および(c)の詳細について説明する。
【0019】
アミノ酸変異の数は、1個以上の任意の数でよいが、例えば30個以下、20個以下、15個以下、10個以下、または数個以下である。数個とは、2、3、4、5、6、7、8、または9個を意味する。
【0020】
好ましいアミノ酸変異の例として、保存的置換が挙げられる。保存的置換とは、あるアミノ酸残基を類似の物理化学的性質および/または構造を有する残基で置き換えることである。どのような置換が保存的置換になるかは、アミノ酸毎に当該技術分野において公知であるが、例を挙げると、同じ極性(塩基性、酸性、または中性)、荷電、親水性、および/または疎水性を有するアミノ酸同士や、芳香族アミノ酸同士または脂肪族アミノ酸同士の置換などが該当する。より具体的には、例えば、AlaからSerまたはThrへの置換、ArgからGln、HisまたはLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、HisまたはAspへの置換、AspからAsn、GluまたはGlnへの置換、CysからSerまたはAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、AspまたはArgへの置換、GluからAsn、Gln、LysまたはAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、ArgまたはTyrへの置換、IleからLeu、Met、ValまたはPheへの置換、LeuからIle、Met、ValまたはPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、HisまたはArgへの置換、MetからIle、Leu、ValまたはPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、IleまたはLeuへの置換、SerからThrまたはAlaへの置換、ThrからSerまたはAlaへの置換、TrpからPheまたはTyrへの置換、TyrからHis、PheまたはTrpへの置換、および、ValからMet、IleまたはLeuへの置換が挙げられるが、これらに限定されない。
【0021】
アミノ酸変異の位置は、3価の鉄化合物の還元活性を失わない限り任意であり、例えば変異対象の鉄還元酵素の三次元構造に基づいて検討することができる。
【0022】
鉄還元酵素のアミノ酸配列は、上記野生型アミノ酸配列、例えば配列番号1、2、3または4に示すアミノ酸配列に対して、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上、または99%以上の配列同一性を有することが好ましい。アミノ酸配列の同一性が一定以上であれば、変異前と同様の活性および基質特異性を有する蓋然性が高くなるのは当該技術分野でよく知られている通りである。
【0023】
アミノ酸変異が保存的変異である場合は、アミノ酸配列の同一性が比較的低くても変異前と同様の活性を保持しやすいため、保存的変異の場合は、上記野生型アミノ酸配列、例えば配列番号1、2、3または4に示すアミノ酸配列に対する配列同一性は、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、または90%以上でよい。
【0024】
アミノ酸配列同一性の確認は、当該技術分野で公知の方法で行うことができ、具体例として、FASTA、BLAST、BLASTX、Smith-Waterman〔Meth. Enzym., 164, 765(1988)〕などの同一性検索ソフトウェアを用いて、デフォルト(初期設定)のパラメーターを用いて計算する方法が挙げられる。
【0025】
鉄還元酵素の、3価の鉄化合物の還元活性の強さは任意である。例えば、実施例に記載の鉄還元酵素のいずれかの活性に対し、5%以上、10%以上、30%以上、50%以上、70%以上、90%以上、100%以上、120%以上、または150%以上の活性を有してよい。活性の強さの決定方法は任意であるが、例えばロタンドンなどのセスキテルペン酸素付加体の収量を実施例に記載の特定の鉄還元酵素を用いた場合の収量と比較することで決定することができる。
【0026】
-鉄還元酵素を含む系を用意する工程の態様-
鉄還元酵素を産生する生物もしくは細胞またはこれらの破砕物もしくはホモジネートを用いて、鉄還元酵素を含む系を用意することができる。一方、鉄還元酵素の精製酵素を用いて、鉄還元酵素を含む系を用意することができる。精製酵素は、商業的に入手してもよく、鉄還元酵素を産生する生物もしくは細胞またはこれらの破砕物もしくはホモジネートから後述の方法で精製酵素を採取してもよい。
鉄還元酵素を産生する生物もしくは細胞は、適宜、培養を行って、鉄還元酵素を産生させることができる。培養の際は、少量の培地で菌体量を増やすための前培養を行ってから、培地の量を増やして鉄還元酵素を十分に産生させるための培養を行ってもよい。
鉄還元酵素を産生する生物もしくは細胞は、鉄還元酵素を発現できる生物または細胞であれば任意である。生来鉄還元酵素を産生するものであってもよく、生来産生はしないが遺伝子改変技術などによって産生するように改変されたものであってもよい。例えば、本発明の製造方法には、野生型の3価の鉄化合物還元酵素やこれまで例示したアミノ酸配列改変された3価の鉄化合物還元酵素を発現する微生物などの細胞を用いてもよく、その際、遺伝子組換え技術、RNA干渉技術、ゲノム編集技術、エピゲノム編集技術などによって遺伝子発現を調整することによって鉄還元酵素遺伝子を高発現させた細胞を用いてもよい。
例として、細菌類(大腸菌、乳酸菌、放線菌、枯草菌)、酵母、真菌、植物、植物細胞、動物細胞、昆虫細胞などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明では、鉄還元酵素を産生する生物もしくは細胞の中でも菌体を用いることが好ましい。
【0027】
<3価の鉄化合物を系に添加する工程>
添加する3価の鉄化合物の種類としては特に制限はない。また、3価の鉄化合物には3価の鉄イオンを含む錯体も含まれる。3価の鉄化合物としては、例えば、FeClなどの無機鉄化合物や、有機鉄化合物を挙げることができる。3価の鉄化合物は、有機鉄化合物であることが好ましい。有機鉄化合物としては錯体が好ましく、例として、Fe(III)-ジシトレート、Fe(III)-トリカテコール、Fe(III)-トリドーパ、Fe(III)-EDTA、Fe(III)-NTA、Fe(III)-HEDTA、Fe(III)-DTPA、Fe(III)-トリオルトフェナントロリン、Fe(III)-TPAが挙げられる。なお、EDTAはエチレンジアミン四酢酸、NTAはニトリロ三酢酸(nitrilotriacetic acid)、HEDTAはヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸((2-hydroxyethyl)ethylenediaminetriacetic acid)、DTPAはジエチレントリアミン五酢酸(diethylenetriaminepentaacetic acid)、TPAはトリス(2-ピリジルメチル)アミン(tris(2-pyridylmethyl)amine)である。
配位子が2個以上であるキレート錯体がより好ましく、配位座数が4個または5個であるキレート錯体がより好ましい。また、配位原子も特に制限はなく、例えば、配位原子が酸素原子であっても、酸素原子および窒素原子であっても、窒素原子であってもよいが、酸素原子および窒素原子、または窒素原子であることが好ましい。
特に、Fe(III)-EDTA、Fe(III)-NTA、Fe(III)-HEDTA、Fe(III)-DTPA、Fe(III)-トリオルトフェナントロリン、またはFe(III)-TPAを用いることが好ましい。
【0028】
3価の鉄化合物を系に添加する工程のタイミングは特に制限はない。例えば、3価の鉄化合物を系に添加する工程を、酸素付加工程よりも前に行ってもよく、酸素付加工程の開始時または開始後に行ってもよい。
酸素付加(酸素付加反応)を後述の菌体反応で行う場合は、3価の鉄化合物を系に添加する工程を、酸素付加工程よりも前に行うことが好ましい。この場合の詳細については、後述の菌体反応の説明に記載する。
一方、酸素付加を後述の菌体外反応で行う場合は、3価の鉄化合物を系に添加する工程を酸素付加工程の開始時および/または開始後に行うことが好ましい。
【0029】
<酸素付加工程>
酸素付加工程では、鉄還元手段および3価の鉄化合物を含む系、例えば鉄還元酵素を含む系内に3価の鉄化合物を添加して得た反応系において、セスキテルペンに酸素付加する。
【0030】
(セスキテルペン)
セスキテルペンとしては、α-グアイエン、α-ブルネセン、ロタンドール、バレンセン、セドレン、カリオフィレン、ロンギフォレン、ジンギベレン、カジネン、フムレン、ファルネソール、パチョロール、α-ビサボレン、β-ビサボレン、またはこれらの2種以上の混合物などを挙げることができる。
セスキテルペンが、α-グアイエン、ロタンドール、(+)-バレンセン、β-カリオフィレン、(+)-ロンギフォレンであることが好ましく、α-グアイエンであることがより好ましい。
これらのセスキテルペンの入手方法は特に制限はなく、植物から抽出、蒸留などにより得て適宜精製したものを使用してもよく、市販品として入手したものを使用してもよい。例えば、下記式(2)で表されるα-グアイエン[(-)-(1S,4S,7R)-1,4-dimethyl-7-(prop-1-en-2-yl)-1,2,3,4,5,6,7,8-octahydroazulene]は、グアヤックウッドなどの植物から抽出、蒸留などにより得て適宜精製したものを使用してもよく、市販品として入手したものを使用してもよい。
【化3】
【0031】
(セスキテルペンの酸素付加体)
セスキテルペンの酸素付加体としては、α-グアイエン、ロタンドール、(+)-バレンセン、β-カリオフィレンおよび(+)-ロンギフォレン、α-ビサボレン、β-ビサボレンの酸素付加体であることが好ましく、α-グアイエン、ロタンドール、(+)-バレンセン、β-カリオフィレンおよび(+)-ロンギフォレンの酸素付加体であることがより好ましい。
β-カリオフィレンおよび(+)-ロンギフォレンについては、これらの二重結合の酸素付加体であることが特に好ましく、これらの二重結合に酸素付加されて環化したエポキシドであることがより特に好ましい。α-グアイエン、ロタンドール、(+)-バレンセン、α-ビサボレン、β-ビサボレンについては、これらのアリル位の酸素付加体であることが特に好ましく、α-グアイエンのアリル位(3位のメチレン)の酸素付加体であることがより特に好ましい。
α-グアイエンのアリル位の酸素付加体は、下記式(3)で表されるロタンドンを含むことが好ましく、ロタンドンおよびその脱メチル異性体であることがより好ましい。脱メチル異性体は、下記式(1)で表される化合物であることが好ましい。
【化4】
【0032】
式(3)で表されるロタンドンは、黒胡椒の重要香気成分で、シラー種ワインのスパイシーな香りを特徴づける香料化合物である。ロタンドンは、その香気の閾値が天然化合物中で最も低い水準にある。さらにロタンドンは、様々な種類の果実の香味または香気を増強する効果が知られている化合物であり、香料化合物として有用である。しかし、ロタンドンは天然物中の含量が非常に低いことに加え、その効率的な合成法は未だ確立されておらず、空気酸化等によって多数ある副生成物の一つとしての合成であったり、遺伝子改変体(例えば、遺伝子組換え微生物)を用いたものであったり、収率も低いものであった。なお、「遺伝子改変」とは、積極的に遺伝子を操作することを意味する。例えば、外来遺伝子を導入する狭義の遺伝子組換え(トランスジェニック)や、それ以外のナチュラルオカレンスやシスジェネシス(セルフクローニングを含む)などを含む広義の遺伝子組換え、ポイントミューテーションなどの変異導入、ゲノム上で任意の標的遺伝子の配列を編集するゲノム編集、ゲノム上で任意の標的遺伝子の修飾状態を編集するエピゲノム編集などが含まれる。
本発明によれば、ロタンドンを効率よく製造できる。さらに、本発明の好ましい態様の一例によれば、ロタンドンを遺伝子非組換え体(具体的には、少なくとも外来遺伝子を導入していない、非組換え大腸菌)を用いて高収率、高純度および速い反応速度で製造できる。ロタンドンは原料として入手しやすいα-グアイエンを出発物質として使用するため、工業生産に向いており経済的にも有利である。
一方、式(1)で表される化合物は、新規化合物であり、詳細は後述する。
【0033】
-酸素付加工程の態様-
酸素付加工程では、鉄還元酵素を産生する生物もしくは細胞またはこれらの破砕物もしくはホモジネートを、3価の鉄化合物およびセスキテルペンと混合または共存させることで鉄還元酵素に3価の鉄化合物を還元させ、その還元鉄(2価の鉄化合物)をセスキテルペンに作用させて酸素付加してもよく、精製した鉄還元酵素に3価の鉄化合物を還元させ、その還元鉄(2価の鉄化合物)をセスキテルペンに作用させて酸素付加してもよい。作用させる条件は、目的の酵素活性を有する生物もしくは細胞それ自体、またはこれらの単離細胞もしくは調製物(破砕物、ホモジネート)などを用いて一定の基質を生物学的変換体へ変換する方法で常用されている条件に準ずることができる。例えば、鉄還元酵素を発現する生細胞(または生菌体)、またはこれらのタンパク質を担持する生細胞(または生菌体)を用いる場合には、これらの細胞などを培養できる培地中に、3価の鉄化合物およびセスキテルペンを共存させ、これらの細胞などに悪影響を及ぼさない環境、例えば、生理学的な温度で一定時間インキュベーションすることができる。一方、鉄還元酵素(精製酵素でもよい)を含む反応系、または鉄還元酵素を有する単離細胞もしくは調製物(破砕物、ホモジネート)などを用いる場合には、必要により生理学的に許与される緩衝剤により緩衝化された水性液中で、鉄還元酵素、3価の鉄化合物およびセスキテルペンを混合または共存させ、一定時間インキュベーションすることができる。インキュベーション時間は、必要により、反応混合物のアリコートを継時的にサンプリングし、後述する方法により求めることのできるセスキテルペンから変換されたセスキテルペン酸素付加体の量などを参照に、決定することができる。
【0034】
酸素付加工程では、鉄還元酵素を産生する生物もしくは細胞として、菌体を用いることが好ましい。
菌体を用いる場合、酸素付加工程の反応系としては特に制限は無く、鉄還元酵素を用いる酸素付加工程を菌体反応で行ってもよく、菌体外反応で行ってもよい。
以下、鉄還元酵素を用いる酸素付加工程を菌体反応で行う場合と、菌体外反応で行う場合に分けて、順に説明する。
【0035】
(1)菌体反応
酸素付加工程を菌体反応で行う場合(in vivo)について説明する。
鉄還元手段、セスキテルペン、および菌体が共存した状態で、かつ菌体が増殖可能な状態で酸素付加工程を行えばよい。
鉄還元手段が電極の場合は、上述のように、水槽、電解質を含む培養液、参照電極、作用極(鉄還元を行う極、白金など)、対極、陰イオン交換膜などを含み、かつ、そこで増殖可能な菌体を含む系において実施してよい。
鉄還元手段が鉄還元酵素の場合、鉄還元酵素が菌体由来であることが好ましい。菌体反応は、休止菌体反応であることが好ましい。休止菌体反応とは、菌体を培養後、菌体の増殖を実質的に止めた後に基質(本発明ではセスキテルペン)を添加する反応のことを言う。
菌体としては、遺伝子改変体を用いてもよく、遺伝子非改変体(遺伝子改変されていない菌体。例えば、野生型や、その突然変異体)を用いてもよい。遺伝子改変は、鉄還元酵素遺伝子に対して行われたものでもよく、鉄還元酵素遺伝子の発現機構に関与する遺伝子や塩基に対する改変であってもよい。
【0036】
本発明では、遺伝子非組換え体(以下、単に非組換え体ともいう)を用いることが好ましい。すなわち、鉄還元酵素を発現する菌体または動植物細胞の非組換え体を用いることが好ましい。例えば、非組換え体として、(A)外来遺伝子を導入していないが、ナチュラルオカレンスやシスジェネシス、変異導入、ゲノム編集またはエピゲノム編集をしていてもよい狭義の非組換え体を用いてもよく;(B)外来遺伝子を導入しておらず、かつ、ナチュラルオカレンスやシスジェネシスもしていないが、変異導入、ゲノム編集またはエピゲノム編集をしていてもよい広義の非組換え体を用いてもよい。
この場合、鉄還元酵素のうち、鉄錯体還元酵素(ferric-chelete reductase)を発現し、2価鉄の錯体を生成可能な菌体または動植物細胞の非組換え体を用いることが好ましい。このような菌体または動植物細胞としては特に制限はないが、菌体であれば細菌類が好ましく、大腸菌(Escherichia coli)、酵母(Saccharomyces cerevisiae)、脱窒素菌(Paracoccus denitrificans)などが例示でき、大腸菌が特に好ましい。動植物細胞であれば、植物細胞が好ましく、シロイヌナズナ、ラッカセイ、ビート、オオムギ、イネ、トマトなどが例示できる。
本発明では、非組換え体の中でも、(C)積極的に遺伝子を操作していない遺伝子非改変体を用いてもよい。遺伝子非改変体としては、例えば、外来遺伝子を導入しておらず、ナチュラルオカレンスやシスジェネシス、変異導入およびゲノム編集またはエピゲノム編集をいずれもしていないものを挙げられる。遺伝子非改変体の中では、野生型を用いてもよく、突然変異体を用いてもよい。
さらに、遺伝子非改変体や非組換え体の中でも、RNA干渉技術による発現の操作をしていないものを用いてもよい。例えば、RNA干渉を起こすためのRNAを発現させるためのベクターや、RNA干渉を起こすためのRNAとタンパク質の複合体などを、導入していないものを挙げられる。
【0037】
菌体の組換え体を用いる場合、菌体に制限はない。鉄還元酵素を高発現する組換え体の作出方法は任意であるが、例えば、あるベクターに鉄還元酵素の遺伝子を発現可能に挿入してベクターを作製し、そのベクターを菌体に導入して作出することができる。具体的な方法としては、特に制限は無く公知の方法を用いることができる。菌体の種類、組換え体の作出方法としては、例えば、特開2017-216974号公報の[0082]~[0091]に記載の方法をそのまま、または適宜改変して用いることができ、この公報の内容は参照して本明細書に組み込まれる。
鉄還元酵素およびその遺伝子としては、野生型の鉄還元酵素およびその遺伝子を好ましく用いることができる。
菌体の組換え体を用いる場合、菌体がFre、YqjH、FprまたはNfsBを高発現する組換え体であることが好ましく、YqjH、FprまたはNfsBを高発現する組換え体であることがより好ましく、YqjHまたはFprを高発現する組換え体であることが特に好ましい。
【0038】
酸素付加工程を菌体反応で行う場合、セスキテルペンを添加する前に、3価の鉄化合物を系に添加する工程を行うことが好ましい。具体的には、酸素付加工程の前に菌体の培養工程をさらに含み、3価の鉄化合物を培養工程で添加して菌体に3価の鉄化合物を含有させ、酸素付加工程でセスキテルペンを添加することがより好ましい。菌体の培養時に3価の鉄化合物(好ましくは3価の鉄キレート錯体)を添加することで菌体の細胞内にこれを蓄積させ、酸素付加の反応時には3価の鉄化合物添加をしないことが好ましい。ただし、菌体の培養工程、セスキテルペンの添加の後に、3価の鉄化合物を系に添加する工程および酸素付加工程を行ってもよい。
3価の鉄化合物を培養工程で添加する場合、3価の鉄化合物を、培養終了の6時間前から培養終了まで(培養後期ともいう)に添加することが、セスキテルペン酸素付加体の収率を高める観点から好ましい。
また、3価の鉄化合物を培養工程で添加するタイミングを制御することにより、得られる反応混合物に含まれる複数のセスキテルペン酸素付加体の生成比率を調整することができる。例えば、セスキテルペンの酸素付加体として非脱メチル異性体および脱メチル異性体の反応混合物を得る場合、3価の鉄化合物を、培養開始から培養終了の6時間よりも前まで(培養前期ともいう)に添加することにより、非脱メチル異性体の生成比率を高めることができる。この場合、3価の鉄化合物を、培養後期に添加することにより、非脱メチル異性体および脱メチル異性体の生成比率を同程度にすることができる。
3価の鉄化合物を培養後期に添加する場合、培養終了の4時間前から培養終了までに添加することが好ましく、培養終了の3時間前から培養終了までに添加することがより好ましい。具体的には、例えば培養時間が16時間であれば、培養開始から13時間、すなわち培養終了の3時間前ごろに添加することが好ましい。
【0039】
3価の鉄化合物の反応系中の濃度は特に制限はなく、菌体が生育可能な範囲で、菌体量、基質量などに応じて決定してよい。例えば、3価の鉄化合物を培養工程で(最終濃度として)0.7~50mM添加することが好ましく、1~30mM添加することがより好ましく、1~15mM添加することが特に好ましく、3~10mM添加することが特に好ましい。
【0040】
酸素付加工程を菌体反応で行う場合、酸素付加工程の反応系に添加してもよいその他の成分としては、グルコースなどの炭素源、緩衝液、エタノールなどを挙げることができる。
【0041】
酸素付加工程を菌体反応で行う場合、反応温度は15~35℃であることが好ましく、20~30℃であることが好ましく、25~30℃であることが特に好ましい。
酸素付加工程を菌体反応で行う場合、反応時間は任意であり、所望の製造量などに応じて決定可能であって、例えば、2~16時間、4~10時間、5~8時間でもセスキテルペン酸素付加体を製造することができるが、24時間以上反応を行ってもよい。
【0042】
(2)菌体外反応
酸素付加工程を菌体外反応で行う場合(in vitro)について説明する。
鉄還元手段が電極の場合は、上述のように、水槽、電解質を含む培養液、参照電極、作用極(鉄還元を行う極、白金など)、対極、陰イオン交換膜などを含む系において実施してよい。
鉄還元手段が鉄還元酵素の場合、酸素付加の反応を、鉄還元酵素の精製酵素を用いて行うことが好ましい。鉄還元酵素の精製酵素を採取する方法としては、特に制限は無く公知の方法を用いることができる。例えば、上述した鉄還元酵素を高発現する組換え体の作出方法の方法で得られた、組換え体の培養物(培養上清および/または培養された組換え体を含む)中に存在する鉄還元酵素を公知の方法で抽出し、精製すればよい。例えば、溶媒抽出法、塩析法、溶媒沈殿法、透析法、限外濾過法、ゲル電気泳動法、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどを単独で、あるいは適宜組み合わせて、目的の鉄還元酵素を得ることができる。
鉄還元酵素としては、Fre、YqjH、FprまたはNfsBであることが好ましく、YqjH、FprまたはNfsBであることがより好ましく、YqjHまたはFprであることが特に好ましい。
【0043】
酸素付加工程を菌体外反応で行う場合、3価の鉄化合物を酸素付加工程で添加することが好ましい。
3価の鉄化合物を酸素付加工程の反応系に添加する場合、3価の鉄化合物の反応系中の濃度は特に制限はなく、基質量などに応じて決定してよい。例えば、3価の鉄化合物を(最終濃度として)0.7~50mM添加することが好ましく、1~30mM添加することがより好ましく、1~15mM添加することが特に好ましく、3~10mM添加することが特に好ましい。
【0044】
酸素付加工程を菌体外反応で行う場合、酸素付加工程の反応系に添加してもよいその他の成分としては、緩衝液、エタノールなどを挙げることができる。
【0045】
酸素付加工程を菌体外反応で行う場合、反応温度は15~35℃であることが好ましく、20~30℃であることが好ましい。
酸素付加工程を菌体外反応で行う場合、反応時間は任意であり、所望の製造量などに応じて決定可能であって、例えば、1~16時間、2~10時間、2~8時間でもセスキテルペン酸素付加体を製造可能であるが、24時間以上反応させてもよい。
【0046】
(鉄還元酵素の補酵素およびその再生系)
菌体反応、菌体外反応のどちらの場合においても、酸素付加工程において、鉄還元酵素の補酵素を反応系に存在させておいてもよい。鉄還元酵素の補酵素を酸素付加工程で添加することが好ましい。補酵素としては、NADH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)、NADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)などが例示できるが、これらに限定されない。補酵素の系への添加タイミングは特に制限はなく、本発明の製造方法のいずれの工程でもよく、酸素付加工程の前でも最中でもよい。補酵素の系中の濃度は特に制限はないが、0.1~20mM、または1~10mMの範囲内であってよい。
この場合、さらに、酸素付加工程における反応系に、上記補酵素の再生系を構成する化合物を存在させておいてもよい。補酵素の再生系を酸素付加工程で添加して補酵素を再生することが好ましい。本明細書において、補酵素の再生系とは、補酵素の再生に関与する成分を含むものとする。そのような成分の代表的な例として、グルコースおよびグルコースデヒドロゲナーゼ、グリセロールおよびグリセロールデヒドロゲナーゼ、ギ酸およびギ酸デヒドロゲナーゼなどが挙げられる。グルコースおよびグルコースデヒドロゲナーゼを酸素付加工程で添加してNADHまたはNADPHを再生することが好ましい。
特に、菌体外反応の場合には、当該補酵素を反応系に存在させておくことが好ましく、補酵素および当該補酵素の再生系を反応系に存在させておくことがより好ましい。菌体反応の場合には、使用する菌の特性や所望の収率などに応じて、補酵素や当該補酵素の再生系を酸素付加工程における反応系に存在させても存在させなくてもよい。補酵素の再生系の、反応系中の濃度は補酵素濃度などに応じて決定してよいが、例えば、0.01~10U/mlとすることができる。
【0047】
(界面活性剤)
菌体反応または菌体外反応において、界面活性剤を、酸素付加工程における反応系に存在させてもよい。界面活性剤を酸素付加工程またはその前に添加することが好ましい。界面活性剤の系への添加タイミングは任意であり、鉄還元酵素を含む系を用意する工程、鉄還元酵素の添加工程、酸素付加工程のいずれのタイミングでも、これらの間でもよい。界面活性剤は、セスキテルペン酸素付加体の収率、すなわち生成量を向上させる観点から、酸素付加工程で反応系に有効量添加することが好ましい。
界面活性剤の使用濃度は、反応系の体積に対して0.01~1.0体積%(v/v)であることが好ましく、0.1~0.7体積%であることがより好ましい。
界面活性剤の種類としては、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、両イオン性界面活性剤または非イオン性界面活性剤のいずれでもよい。所望のタンパク質の可溶化程度に応じて任意に選択することができる。比較的タンパク質を変性させ難い非イオン性界面活性剤または両イオン性界面活性剤を使用することが好ましい。
カチオン性界面活性剤の具体例としては、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を挙げられる。
アニオン性界面活性剤の具体例としては、臭化セチルトリメチルアンモニウム(Cetyl Trimethyl Ammonium Bromide;CTAB)を挙げられる。
両イオン性界面活性剤の具体例としては、CHAPS(3-[(3-Cholamidopropyl)dimethylammonio]propanesulfonate)、CHAPSO(3-[(3-Cholamidopropyl)dimethylammonio]-2-hydroxypropanesulfonate)を挙げられる。
非イオン性界面活性剤の具体例としては、Tween(登録商標) 20、Tween(登録商標) 40、Tween(登録商標) 80、PLURONICS(商標) F-127、ポリエチレングリコール(PEG)、Triton X-100、Triton X-114、Brij-35、Brij-58を挙げられる。
【0048】
(シクロデキストリン)
菌体反応または菌体外反応において、シクロデキストリンを反応系に添加してもよい。シクロデキストリンを酸素付加工程またはその前に添加することが好ましい。シクロデキストリンの系への添加タイミングは任意であり、鉄還元酵素を含む系を用意する工程、鉄還元酵素の添加工程、酸素付加工程のいずれのタイミングでも、これらの間でもよい。いかなる理論に拘泥するものでもないが、シクロデキストリンの基質可溶化効果により、セスキテルペン酸素付加体の収率、すなわち生成量を向上できる。
シクロデキストリンとしては、α-シクロデキストリン(α-CD)、β-シクロデキストリン(β-CD)、γ-シクロデキストリン(γ-CD)、2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(HP-β-CD)および2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン(HP-γ-CD)を挙げることができる。これらの中でもβ-CD、γ-CD、HP-β-CDおよびHP-γ-CDが好ましく、β-CD、HP-β-CDおよびHP-γ-CDがより好ましく、HP-β-CDおよびHP-γ-CDが特に好ましい。シクロデキストリンは、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。2種以上併用する場合は、上述したシクロデキストリンの2種以上の任意の組み合わせであってよいが、β-CD、γ-CD、HP-β-CDおよびHP-γ-CDから選択される2種以上であることが好ましく、β-CD、HP-β-CDおよびHP-γ-CDから選択される2種以上であることが好ましく、HP-β-CDおよびHP-γ-CDの2種併用が特に好ましい。
シクロデキストリンの濃度については目的の効果を得られる程度の量を用いればよく、特に限定されないが、例えば以下の数値が例示できる。
1種類のシクロデキストリンを単独で使用する場合は、0.1%(w/v)以上、1%(w/v)以上、2%(w/v)以上、5%(w/v)以上、6%(w/v)以上、8%(w/v)以上、10%(w/v)以上、12%(w/v)以上、15%(w/v)以上、18%(w/v)以上、20%(w/v)以上、25%(w/v)以上、30%(w/v)以上でよい。好ましくは1%(w/v)以上、より好ましくは2%(w/v)以上、さらに好ましくは5%(w/v)以上、さらにより好ましくは10%(w/v)以上である。上限は、50%(w/v)、40%(w/v)、または30%(w/v)でよい。
2種類以上のシクロデキストリンを併用する場合は、複数種類のシクロデキストリンの合計量として、例えば、0.1%(w/v)以上、1%(w/v)以上、2%(w/v)以上、5%(w/v)以上、6%(w/v)以上、8%(w/v)以上、10%(w/v)以上、12%(w/v)以上、15%(w/v)以上、18%(w/v)以上、20%(w/v)以上、24%(w/v)以上、27%(w/v)以上、30%(w/v)以上、または40%(w/v)以上であってよい。好ましくは、1%(w/v)以上、より好ましくは2%(w/v)以上、さらに好ましくは6%(w/v)以上、さらにより好ましくは10%(w/v)以上、さらに特に好ましくは20%(w/v)以上でよい。上限は50%(w/v)、45%(w/v)、40%(w/v)、35%(w/v)、または30%(w/v)でよい。
2種類以上のシクロデキストリンを併用する場合、各シクロデキストリンの質量比は任意であり、所望の効果が得られるように適宜決定してよい。例として、HP-β-CDとHP-γ-CDの2種類を併用し、これらの質量比が、5:1~1:5の範囲内、より好ましくは4:1~1:4の範囲内、さらに好ましくは3:1~1:3の範囲内、さらにより好ましくは2:1~1:2の範囲内であり、例えば、1:1であってよい。
【0049】
<精製、単離工程>
本発明のセスキテルペン酸素付加体の製造方法は、複数のセスキテルペン酸素付加体を含む反応混合物を得た場合、反応混合物から各セスキテルペン酸素付加体を精製、単離する工程を含んでいてもよい。
精製、単離工程としては特に制限はなく、公知の方法を用いることができる。例えば抽出、蒸留、クロマトグラフィー、結晶化、分配抽出などにより、精製、単離できる。
【0050】
[式(1)で表される化合物]
本発明は、下記式(1)で表される化合物にも関する。
【化5】
【0051】
式(1)で表される化合物は、香気を呈する化合物である。式(1)で表される化合物は、それ自体マスティ(musty)および/またはアーシー(earthy)な香りを呈し、適量を、それ自体またはそれを含む香料組成物として、飲食品、香粧品、その他嗜好品などの各種物品に配合することで、渋さ、さわやかな苦味、粉感などの特徴的な香味または香気を付与し得るものである。式(1)で表される化合物の用途としては、例えば、コーヒー、ゴボウ、ニンジンを含む飲食品またはこれらの風味を呈する飲食品や香粧品に賦香する用途が挙げられるが、これらに制限されない。
本発明のセスキテルペン酸素付加体の製造方法で製造される式(1)で表される化合物は、適宜公知の技術、例えばシリカゲルクロマトグラフィーや蒸留によってロタンドンと分離し精製してもよい。
【0052】
[組成物]
本発明の組成物は、ロタンドンおよび式(1)で表される化合物を含む。
本発明の組成物は、本発明のセスキテルペン酸素付加体の製造方法で製造された、複数のセスキテルペン酸素付加体を含む反応混合物であってもよい。
本発明の組成物は、各種物品(例えば、飲食品、香粧品、その他嗜好品など)に配合することで、ロタンドンおよび式(1)で表される化合物を含むことによって、両者またはどちらか一方の付与し得る香味または香気を当該物品に付与し得るもの、すなわち香料組成物として使用してよい。
例えば、本発明の組成物は、ロタンドンおよび式(1)で表される化合物の濃度比率を調整してよい。例えば、ロタンドンの比率が高い場合には、フレッシュ感や果汁感がよりシャープに増強され、式(1)で表される化合物の比率が高い場合にはマスティ(musty)および/またはアーシー(earthy)な香味または香気がよりシャープに増強される。なお、ロタンドンの濃度が高い場合には、スパイス様、コショウ様および/またはウッディな香味または香気も強調され得る。
【0053】
本発明の製造方法によってセスキテルペン酸素付加体の製造方法で製造されたセスキテルペン酸素付加体のうち、ロタンドンおよび式(1)で表される化合物を含む組成物は、そのまま飲食品や香粧品などの消費財、その他嗜好品などの各種物品に任意の量配合し、ロタンドンと式(1)で表される化合物の濃度比率などに応じて様々な香味または香気を付与または増強することができる。例えば果実の香味または香気を増強することができる。特に、フレッシュ感や果汁感を増強することができる。また、ロタンドンおよび式(1)で表される化合物を含む組成物を他の成分と混合して香料組成物を調製し、この香料組成物を用いて飲食品や香粧品などの消費財や、その他嗜好品などに例えば果実の香味または香気、特に、フレッシュ感や果汁感を増強することもできる。
【0054】
[香料組成物]
<ロタンドンおよび/または式(1)で表される化合物と併用可能な成分>
ロタンドン、式(1)で表される化合物、またはこれら両方を含む本発明の組成物は、上述の通り、それ自体またはそれを含む香料組成物とすることができる。この香料組成物を各種物品に配合することで、各種香味または香気の付与に使用できる。
このような香料組成物に配合し得る成分として、以下のようなものが例示できる。
他の香料成分としては「特許庁、周知慣用技術集(香料)第II部食品香料、頁8-87、平成12年1月14日発行」に記載されている合成香料、天然精油、天然香料、動植物エキスなどを挙げることができる。
【0055】
香料組成物は、必要に応じて、香料組成物において通常使用されている、水、エタノールなどの溶剤、エチレングリコール、1,2-プロピレングリコール、グリセリン、ベンジルベンゾエート、トリエチルシトレート、ハーコリン、脂肪酸トリグリセライド、脂肪酸ジグリセリドなどの香料保留剤を含有することができる。
【0056】
また、香料組成物にグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、レシチン、キラヤサポニン、カゼインナトリウムなどの乳化剤を用いた乳化香料として、また、アラビアガムやデキストリンを添加し乾燥させた粉末香料とすることができる。
【0057】
香料組成物は、各種の飲食品や香粧品などの消費財や、その他嗜好品などに任意の量添加することができる。
【0058】
より具体的な例として、香粧品であれば、オーデコロン、オードトワレ、オードパルファム、パルファムなどの香水類;シャンプー、リンス、整髪料(ヘアクリーム、ポマードなど)などのヘアケア製品;ファンデーション、口紅、リップクリーム、リップグロス、化粧水、化粧用乳液、化粧用クリーム、化粧用ゲル、美容液、パック剤などの化粧品類;制汗スプレー、デオドラントシート、デオドラントクリーム、デオドラントスティックなどのデオドラント製品;無機塩類系、清涼系、炭酸ガス系、スキンケア系、酵素系、生薬系などの入浴剤;サンタン製品、サンスクリーン製品などの日焼け化粧品類;フェイス用石鹸や洗顔クリームなどの洗顔料、ボディー用石鹸やボディソープ、洗濯用石鹸、洗濯用洗剤、消毒用洗剤、防臭洗剤、柔軟剤、台所用洗剤、清掃用洗剤などの洗浄剤類;歯みがき、ティッシュペーパー、トイレットペーパーなどの保健・衛生材料類;室内や車内などの空間のための空間用芳香消臭剤、日用品や家具などのための各種物品用芳香消臭剤、ルームフレグランスなどの芳香剤;虫除け剤、防虫剤、殺虫剤などの有害動物忌避殺虫剤;などを挙げることができるが、これらに限定されない。特に、布、皮膚、毛髪などの物品に対して香料組成物を付着可能な使用形態の消費財が好ましい。ここでいう物品としては、表面に繊維状構造を有する物品が好ましく、タオル類、手ぬぐい、布巾、寝具、カーテン、敷物、衣類などの各種繊維製品が好適な例として挙げられる。
飲食品であれば、せんべい、餅などの米菓、餡を含む菓子、ういろう、羊かん、ゼリー、カステラ、ビスケット、クッキー、パイ、ケーキ、チップスなどの焼きまたは揚げ菓子、プリン、クリーム、チョコレート、ガム、キャラメル、キャンディー、ディップ、スプレッド、ペーストなどの菓子類;パン類;うどん、そば、拉麺などの麺類;すし、五目飯、チャーハン、ピラフなどの米飯類;餃子、シューマイ、春巻などの中華食品類;お好み焼き、たこ焼きなど粉物類;漬物類および漬物の素;魚介類の加工飲食物類;畜肉を用いた加工飲食物類;塩、調味塩、醤油類、味噌類、ふりかけ、お茶漬けの素、マーガリン、マヨネーズ、ドレッシング、酢類、つゆ類、ソース、ケチャップ、タレ類、カレールー、シチューの素、スープの素、だしの素、複合調味料、新みりん、ミックス粉などの調味料類;チーズ、ヨーグルト、バターなどの乳製品;野菜煮物、おでん、鍋物などの煮物類;持ち帰り弁当の具や惣菜類;果物の果汁、果汁飲料または果汁入り清涼飲料、果物の果肉や果粒入り果実飲料;野菜類を含む飲料、スープなどの野菜含有飲食品;スポーツドリンク、ハチミツ飲料、栄養補助飲料、乳酸菌飲料、コーヒー飲料、ココア飲料、緑茶、紅茶、烏龍茶、清涼飲料、コーラ飲料、果汁飲料、乳飲料、ビールテイスト飲料等の嗜好飲料品;生薬やハーブを含む飲料;ワイン、ビール、チューハイ、カクテルドリンク、発泡酒、果実酒、薬味酒、いわゆる「第三のビール」などのその他醸造酒(発泡性)またはリキュール(発泡性)などのアルコール飲料類;などが挙げられるが、これらに限定されない。
その他嗜好品としては、たばこ、電子タバコなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0059】
<香料組成物中のロタンドンおよび式(1)で表される化合物>
ロタンドンは、それ自体で、各種物品にスパイス様、コショウ様、および/またはウッディな香味または香気を付与し得る。ロタンドンは濃度によって付与し得る香味または香気を変えることができ、物品に微量使用する場合には、柑橘類を含む果実類のフレッシュ感、果汁感などを付与または増強できる。ロタンドンの香料組成物中の含有量は、特に制限はなく、混合される他の香料などの成分により異なり一概にはいえないが、通常、該香料組成物の重量を基準として0.5ppt~0.5ppm、好ましくは1ppt~0.2ppmの濃度範囲とすることができる。
【0060】
果実の香味または香気、特に、フレッシュ感や果汁感を増強する際の上記した各種の飲食品、香粧品などの消費財へのロタンドンの含有量は、消費財の種類や形態に応じて異なり一概にはいえないが、飲食品であれば、通常、飲食品の重量を基準として0.005ppt~5ppt、好ましくは0.01ppt~2pptの濃度範囲とすることができる。香粧品であれば、香粧品の重量を基準として0.05ppt~0.5ppt、好ましくは0.1ppt~20pptの濃度範囲とすることができる。ロタンドンの好ましい用途については、飲食品であれば、例えば、特開2016-198025号公報や特開2016-198026号公報を参照することもできる。
【0061】
式(1)で表される化合物は、それ自体で、各種物品にマスティ(musty)および/またはアーシー(earthy)な香味または香気を付与し得る。式(1)で表される化合物の香料組成物中の濃度は特に制限はなく、混合される他の香料などの成分により異なり一概にはいえないが、通常、該香料組成物の重量を基準として0.01ppt~100ppm、好ましくは0.1ppb~1ppmの濃度範囲とすることができる。
【0062】
式(1)で表される化合物の各種物品への使用量は、ロタンドンと同様に一概に決定できず特に制限はないが、飲食品であれば、通常、該飲食品の重量を基準として0.0001ppt~100ppb、好ましくは0.001ppt~100pptの濃度範囲とすることができる。香粧品であれば、通常、該香粧品の重量を基準として0.001ppt~1ppm、好ましくは0.01ppt~10ppbの濃度範囲とすることができる。
【実施例
【0063】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0064】
[実施例1~6、比較例1~3]:非組換え大腸菌を用いた菌体反応
<前培養、培養、菌体の緩衝液の調製>
非組換え大腸菌を5mlスケールのLB培地(1%(w/v)のトリプトン、0.5%(w/v)のイーストエクストラクト、1%(w/v)のNaClを含む。pH7.0)に植菌し、37℃で8時間、前培養した。
次いで、1mlの前培養液を100mlスケールのLB培地に植え継ぎ、37℃で16時間、培養した。下記いずれかの条件で、培養時のFe(III)-EDTAの添加を行った。
培養条件1.Fe(III)-EDTAの添加無し。
培養条件2.培養終了の12時間前(植え継ぎ後の培養開始から4時間経過した時)に、最終濃度1mMとなるようにFe(III)-EDTAを添加。最終濃度とは、培地への添加濃度を意味する。
培養条件3.培養終了の12時間前に、最終濃度5mMとなるようにFe(III)-EDTAを添加。
培養条件4.培養終了の3時間前(植え継ぎ後の培養開始から13時間経過した時)に、最終濃度1mMとなるようにFe(III)-EDTAを添加。
培養条件5.培養終了の3時間前に、最終濃度5mMとなるようにFe(III)-EDTAを添加。
培養条件6.培養終了の3時間前に、最終濃度10mMとなるようにFe(III)-EDTAを添加。
培養条件7.培養終了の3時間前に、最終濃度20mMとなるようにFe(III)-EDTAを添加。
【0065】
培養後、遠心分離によって大腸菌を集菌し、集菌した大腸菌をリン酸カリウム緩衝液(50mM、pH7.5)に懸濁し、大腸菌のリン酸カリウム緩衝液を得た。
また、特開2017-216974号公報の[0119]に記載の空ベクター、すなわち何も遺伝子を挿入していないpET21aプラスミドおよびpMW218プラスミド保持大腸菌(以下、特開2017-216974記載の空ベクター保持大腸菌)も比較対照として調製した。調製方法は特開2017-216974号公報の実施例[0116]に従い、集菌した大腸菌をリン酸カリウム緩衝液に懸濁し、大腸菌のリン酸カリウム緩衝液を得た。
【0066】
<菌体反応>
実施例1~6では、5mMのα-グアイエン、5%(v/v)のエタノール、50mMのグルコース、界面活性剤として0.5%(v/v)のTween(登録商標) 80、1%(w/v)のHP-β-CD、および培養条件2~7の大腸菌のリン酸カリウム緩衝液(50mM、pH7.5、OD600として30となる)を含む反応液500μlを調製し、30℃で6時間振とうして、反応を行った。
比較例1では、培養条件2~7の大腸菌のリン酸カリウム緩衝液の代わりに特開2017-216974記載の空ベクター保持大腸菌のリン酸カリウム緩衝液を用い、界面活性剤を添加しなかった以外は実施例1~6と同様にして反応を行った。
比較例2では、培養条件2~7の大腸菌のリン酸カリウム緩衝液の代わりに培養条件1の大腸菌のリン酸カリウム緩衝液(Fe(III)-EDTA添加無し)を用い、界面活性剤を添加しなかった以外は実施例1~6と同様にして反応を行った。
比較例3では、培養条件2~7の大腸菌のリン酸カリウム緩衝液の代わりに培養条件1の大腸菌のリン酸カリウム緩衝液(Fe(III)-EDTA添加無し)を用いた以外は実施例1~6と同様にして反応を行った。
【0067】
<菌体反応の結果>
反応後は1mlの酢酸エチルを添加して抽出を行い、この抽出液を高速液体クロマトグラフ(HPLC)分析およびガスクロマトグラフィー-質量分析法(GC/MS分析)に供した。この時、HPLC分析は生成物の定量、GC/MS分析は反応物全体の挙動を把握するために用いた。生成物として、ロタンドンに加え、ロタンドンと同時に生成していた脱メチル異性体の濃度も確認した。
HPLC分析にはSHIMADZU PROMINENCE SERIES(SHIMADZU製)およびWakosil-II 5C18 HG/HPLCカラム(富士フイルム和光純薬製)を用い、サンプル注入量を10μl、溶離液をA(超純水)、B(アセトニトリル)として、1ml/minの送液速度で0分時(A50%B50%)→10分時(A0%B100%)→13分時(A0%B100%)→14分時(A50%B50%)→20分時(A50%B50%)のグラジエントプログラムを設定して分析を行った。また、カラム温度を40℃に設定し、α-グアイエンを220nm、ロタンドンおよび脱メチル異性体を240nmの波長で検出した。
GC/MS分析には、Agilent 7890 Series GC System、5977B Network Mass Selective DetectorおよびHP-5ms Ultra Inert/GCカラム(以上、Agilent Technologies製)を用い、サンプル注入量を1μl、スプリット比を10:1、キャリアガスをHe(1ml/min)、注入口温度を250℃、オーブン初期温度を40℃、初期時間を1min、昇温速度を15℃/min、最終温度を300℃として、分析を行った。
【0068】
(HPLC分析の結果)
HPLC分析の結果を図1に示す。図1は、左から1~3列目がそれぞれ比較例1~3に相当し、左から4~9列目がそれぞれ実施例1~6に相当する。なお、図1のFe(III)-EDTAの欄には、紙面上部に「(前培養液の)植え継ぎ後の培養開始からFe(III)-EDTAまでの期間(単位:h、すなわち時間)」を記載し、紙面下部に「Fe(III)-EDTAの最終濃度」を記載した。
図1より、特開2017-216974記載の空ベクター保持大腸菌を用いて、3価の鉄化合物を添加しなかった比較例1(左から1列目)では、ロタンドンの濃度は約0.01mMであり、脱メチル異性体は検出されなかった。
非組換え大腸菌を用いて、3価の鉄化合物を添加しなかった比較例2(左から2列目)では、ロタンドンの濃度は約0.01mMであり、脱メチル異性体は検出されなかった。
一方、非組換え大腸菌を用いて、界面活性剤を用いた系列では、3価の鉄化合物を添加しなかった比較例3(左から3列目)と比較して、3価の鉄化合物を添加した実施例1~6(左から4~9列目)ではロタンドンおよび脱メチル異性体の濃度が顕著に向上することがわかった。
以上より、セスキテルペンに対して、3価の鉄化合物を添加して培養された非組換え大腸菌内に含まれる3価の鉄化合物の存在下で、非組換え大腸菌由来の鉄還元酵素を作用させる菌体反応により、ロタンドンおよび脱メチル異性体の合成反応が顕著に促進され、セスキテルペン酸素付加体を高収率および高純度で製造できたと言える。
また、実施例1~6の間における、培養の前期と後期の3価の鉄化合物(Fe(III)-EDTA)添加の比較では、培養後期(培養終了の3時間前、すなわち植え継ぎ後の培養開始から13時間経過した時)に5mM添加の条件の実施例3~6で最もロタンドンの濃度が多く、加えて、脱メチル異性体の濃度も向上していた。これは、培養前期の3価の鉄化合物添加では、3価の鉄イオンとEDTAのキレート構造がその後の培養中に一部分解されてしまうが、培養後期に3価の鉄化合物を添加することで、3価の鉄イオンとEDTAのキレート構造が集菌後の反応時まで維持されたためと推測される。一方、脱メチル異性体は、脱メチル化の後に酸素付加される必要があり、合成され難いため、培養前期の3価の鉄化合物添加ではその濃度が少なくなると推測される。
なお、図1における各生成物の具体的な濃度を以下に記す。以下のとおり、最もロタンドンの濃度の高かった実施例4(培養条件5.培養終了の3時間前、すなわち植え継ぎ後の培養開始から13時間経過した時に、最終濃度5mMとなるようにFe(III)-EDTAを添加)の条件では、比較例1または2の条件と比較して、約50倍の生成量向上効果が認められた。
比較例1では、ロタンドン:0.01mM、脱メチル異性体:検出なし。
比較例2では、ロタンドン:0.01mM、脱メチル異性体:検出なし。
比較例3では、ロタンドン:0.09mM、脱メチル異性体:0.02mM。
実施例1では、ロタンドン:0.34mM、脱メチル異性体:0.13mM。
実施例2では、ロタンドン:0.33mM、脱メチル異性体:0.11mM。
実施例3では、ロタンドン:0.46mM、脱メチル異性体:0.48mM。
実施例4では、ロタンドン:0.52mM、脱メチル異性体:0.53mM。
実施例5では、ロタンドン:0.37mM、脱メチル異性体:0.36mM。
実施例6では、ロタンドン:0.22mM、脱メチル異性体:0.24mM。
【0069】
(GC/MS分析の結果)
GC/MS分析の結果を図2および図3に示す。
図2は、3価の鉄化合物を添加しなかった(界面活性剤も添加無し)比較例2のGC/MS分析で得られたクロマトグラムを表す。図2においては、α-グアイエンのピークはピーク1である。
図3は、実施例4(培養条件5.培養終了の3時間前、すなわち植え継ぎ後の培養開始から13時間経過した時に、最終濃度5mMとなるようにFe(III)-EDTAを添加)のGC/MS分析で得られたクロマトグラムを表す。図3においては、α-グアイエンのピークはピーク1であり、ロタンドンのピークはピーク2(保持時間14.0分)であり、新規ピークはピーク3(保持時間14.3分)である。
【0070】
<新規ピークの化合物の同定>
図3で得られた新規ピークである、ピーク3の化合物の同定を行った。
実施例4で得られた反応液に対して、シリカゲル薄層クロマトグラフィーによるかきとり精製を4回行い(ヘキサン/酢酸エチル=8:1)、ロタンドン52mgおよびピーク3の化合物49mg(淡黄色油状物、UV吸収あり)をそれぞれ単離した。
単離したピーク3の化合物について、H NMRおよび13C NMR解析、ならびにGC/MS分析を行った。得られたNMRデータおよびGC/MSデータを以下に示す。
H NMR (400 MHz, C): δ=0.81 (3H, d, J= 7.2 Hz), 1.27 (1H, m), 1.38 (1H, ddd, J= 4.0, 4.0, 9.6 Hz), 1.45 (1H, m), 1.64 (3H, s), 1.63-1.69 (2H, m), 1.82 (1H, m), 1.98 (1H, m), 2.03-2.07 (3H, m), 2.11 (1H, m), 2.97 (1H, d, J= 14.8 Hz), 4.75 (2H, d, J= 15.6 Hz).
13C NMR (100 MHz, C): δ=16.78, 20.70, 28.40, 29.87, 31.21, 32.42, 34.18, 36.72, 45.48, 109.20, 139.24, 150.68, 177.44, 207.23.
MS (EI, 70 eV), m/z (%): 204(M+, 31), 189(42), 161(28), 148(100), 133(90), 119(31), 105(35), 91(28), 79(24).
以上の結果から、図3で得られた新規ピークの化合物は、式(1)で表される化合物((4S,7R)-7-isopropenyl-4-methyl-3,4,5,6,7,8-hexahydro-1(2H)-azulenone;ロタンドンの脱メチル異性体)と同定された。
【化6】
【0071】
[実施例101~104、比較例101~104]:精製した鉄還元酵素を用いた菌体外反応
実施例101~104では、精製した鉄還元酵素を用いたin vitroにおけるロタンドン合成試験を行った。用いた鉄還元酵素は、実施例101ではYqjH、実施例102ではFpr、実施例103ではNfsB、実施例104ではFreである。
【0072】
<鉄還元酵素の精製>
常法に従い、各酵素の遺伝子は、大腸菌(Escherichia coli)BL21(DE3)のゲノムを鋳型としてPCRによる増幅、制限消化を経て、yqjHおよびfreはNovagen社製のベクターpET-21aに、fprおよびnfsBはNovagen社製のベクターpET-28aにそれぞれ組み込んでプラスミドベクターを作製した。作製したプラスミドベクターを用いてE.coli BL21(DE3)を形質転換し、LB培地を用いた培養およびIPTGを用いた目的酵素の誘導発現を行った後に、遠心分離によって集菌した。集菌後に菌体の超音波破砕を行い、再度遠心分離によって無細胞抽出液を調製した後に、ニッケルアフィニティークロマトグラフィーによって各鉄還元酵素の精製酵素を調製した。
【0073】
<精製酵素反応>
実施例101では、5mMのα-グアイエン、5%(v/v)のエタノール、5mMのNADPH、5mMのFe(III)-EDTA、1%(v/v)のTween80および0.3mg/mlのYqjH精製酵素と、HEPES-KOH緩衝液(50mM、pH7.0)を含む反応液500μlを調製し、30℃で2時間振とうし、反応を行った。なお、HEPESは、4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acidである。
実施例102または103では、0.3mg/mlのYqjH精製酵素の代わりに、それぞれ0.1mg/mlのFpr精製酵素またはNfsB精製酵素を用いた以外は実施例101と同様にして、反応を行った。
実施例104では、0.3mg/mlのYqjH精製酵素の代わりに、0.5mg/mlのFre精製酵素を用い、さらに1mMのFMN(フラビンモノヌクレオチド)を添加した以外は実施例101と同様にして、反応を行った。
比較例101~104では、それぞれFe(III)-EDTAを添加しなかった以外は実施例101~104と同様にして、反応を行った。
【0074】
<精製酵素反応の結果>
反応後、実施例1~6と同様にして、酢酸エチル抽出ならびにHPLCおよびGC/MS分析を行った。
実施例101~104のHPLC分析の結果を図4に示す。図4は、左から1~4列目がそれぞれ実施例101~104に相当する。
図4より、濃度(生成量)に差はあるが、いずれの酵素を用いた場合においてもロタンドンおよび脱メチル異性体が生成したことがわかった。各精製酵素によって補酵素(NADPHなど)依存的なFe3+キレートの還元が起き、それに引き続きα-グアイエンのロタンドンおよび脱メチル異性体への酸化が起きたと推測される。
一方、反応系からFe(III)-EDTAを除いた比較例101~104ではロタンドンおよび脱メチル異性体が生成しなかった。
なお、図4における各生成物の具体的な濃度を以下に記す。
実施例101(YqjH使用)ではロタンドン:0.60mM、脱メチル異性体:0.59mM。
実施例102(Fpr使用)ではロタンドン:0.69mM、脱メチル異性体:0.65mM。
実施例103(NfsB使用)ではロタンドン:0.41mM、脱メチル異性体:0.38mM。
実施例104(Fre使用)ではロタンドン:0.19mM、脱メチル異性体:0.20mM。
【0075】
[実施例111~112]:CDの影響
実施例111では、HEPES-KOH緩衝液を50mMから20mMに変更し、反応液の量を500μlから1mlに変更し、反応時間を20時間とした以外は実施例101と同様にして、反応を行った。
実施例112では、さらに1%(w/v)のHP-β-CDを添加した以外は実施例111と同様にして、反応を行った。
2時間、4時間、6時間および20時間反応を行った後の反応液について、それぞれ反応後、実施例1~6と同様にして、酢酸エチル抽出ならびにHPLCおよびGC/MS分析を行った。その結果、実施例111では、4~20時間反応後の反応液のロタンドンの濃度は約0.62mMであった。一方、HP-β-CDを添加した実施例112では、4時間反応後の反応液のロタンドンの濃度は0.6mMを超える程度であったが、6時間反応後の反応液のロタンドンの濃度は約0.7mMであり、20時間反応後の反応液のロタンドンの濃度は0.91mMであった。
以上より、実施例112では、CDを用いた包接により、α-グアイエン損失を低減でき、実施例111よりも変換率およびロタンドンの濃度(生成量)が向上したと推測される。
【0076】
[実施例113~114]:HP-γ-CDの影響
実施例113では、さらに1%(w/v)のHP-γ-CDを添加した以外は実施例111と同様にして、反応を行った。
実施例114では、さらに1%(w/v)のHP-β-CDおよび1%(w/v)のHP-γ-CDを添加した以外は実施例111と同様にして、反応を行った。
その結果、実施例113ではHP-β-CDの単独添加であった実施例112に比べ約6%、実施例114では実施例112に比べて約13%ロタンドンの濃度(生成量)が増加した。
【0077】
[実施例121]:精製酵素を用いた反応の補酵素再生系の影響
実施例121では、5mMのα-グアイエン、5%(v/v)のエタノール、1mMのNAD、5mMのFe(III)-EDTA、1%(v/v)のTween80、1%(w/v)のHP-β-CD、100mMのグルコース、0.1U/mlのGlcDHおよび0.3mg/mlのYqjH精製酵素と、HEPES-KOH緩衝液(50mM、pH7.0)を含む反応液1mlを調製し、30℃で反応を行った。なお、GlcDHは、Bacillus sp.由来のグルコースデヒドロゲナーゼであり、1U(ユニット)とは1分間当たり1μmolのNADHの生成を触媒する酵素量を意味する。
2時間、4時間、6時間および20時間反応を行った後の反応液について、それぞれ実施例1~6と同様にして、酢酸エチル抽出ならびにHPLCおよびGC/MS分析を行った。2時間反応後の反応液のロタンドンの濃度は約0.9mMであり、4~20時間反応後の反応液のロタンドンの濃度は約0.99mMであった。
HP-β-CDを添加した実施例112と実施例121との比較から、NADH再生系共役により、ロタンドン生成速度が向上することがわかった。
【0078】
[実施例131~133]:Fre精製酵素を用いた反応のFe3+イオン種類の影響
実施例131では、5mMのα-グアイエン、5%(v/v)のエタノール、5mMのNADPH、5mMのFeCl、1%(v/v)のTween80、1mMのFMNおよび1.2mg/mlのFre精製酵素と、KHPO-KHPO緩衝液(20mM、pH7.5)を含む反応液500μlを調製し、20℃で6時間反応を行った。
実施例132および133では、FeClの代わりに、それぞれFe(III)-EDTAまたはFe(III)-ジシトレートを用いた以外は実施例131と同様にして、反応を行った。
反応後、実施例1~6と同様にして、酢酸エチル抽出ならびにHPLCおよびGC/MS分析を行った。
その結果、実施例131~133ではいずれもロタンドンの濃度(生成量)は約0.20mMであった。すなわち、Fre精製酵素を用いた反応ではFe3+イオン種類の影響によるロタンドン生成量に有意な差は無かった。遊離フラビンがFe3+還元に介在するためと推測される。
【0079】
[実施例141~143]:YqjH精製酵素を用いた反応のFe3+イオン種類の影響
実施例141では、5mMのα-グアイエン、5%(v/v)のエタノール、5mMのNADPH、5mMのFeCl、1%(v/v)のTween80および0.4mg/mlのYqjH精製酵素と、KHPO-KHPO緩衝液(20mM、pH7.5)を含む反応液500μlを調製し、20℃で6時間反応を行った。
実施例142および143では、FeClの代わりに、それぞれFe(III)-EDTAまたはFe(III)-ジシトレートを用いた以外は実施例141と同様にして、反応を行った。
反応後、実施例1~6と同様にして、酢酸エチル抽出ならびにHPLCおよびGC/MS分析を行った。
その結果、ロタンドンの濃度(生成量)は実施例141では約0.05mMであり、実施例142では約0.58mMであり、実施例143では約0.36mMであった。よって、YqjH精製酵素を用いた反応では、FeCl、Fe(III)-ジシトレート、Fe(III)-EDTAの順に、ロタンドン生成量が増加することがわかった。
Fre精製酵素を用いた実施例131~133の結果と比較すると、YqjH精製酵素を用いた実施例141~143の結果は予想外の結果であり、YqjHの基質特異性が影響したためと推測される。
【0080】
[実施例151~153]:HP-β-CDの添加濃度の影響
実施例151~153では、実施例112においてHP-β-CDの添加濃度をそれぞれ2%(w/v)、6%(w/v)、または12%(w/v)と変更した以外は実施例112と同様にして、α-グアイエンをロタンドンに変換した。その結果、実施例151~153はいずれも、HP-β-CDの添加濃度が1%(w/v)であった実施例112と比べてロタンドン濃度(生成量)が増加し、当該生成量は、実施例112を100%としたとき、実施例151では約117%、実施例152では約140%、実施例153では約164%であった。
【0081】
[実施例154~156]:HP-γ-CDの添加濃度の影響
実施例154~156では、実施例113においてHP-γ-CDの添加濃度をそれぞれ2%(w/v)、6%(w/v)、または12%(w/v)と変更した以外は実施例113と同様にして、α-グアイエンをロタンドンに変換した。その結果、実施例154~156はいずれも、HP-γ-CDの添加濃度が1%(w/v)であった実施例113よりもロタンドン濃度(生成量)が増加し、当該生成量は、実施例113を100%としたとき、実施例154では約113%、実施例155では約144%、実施例156では約165%であった。
【0082】
[実施例157]:HP-β-CDおよびHP-γ-CDの添加濃度の影響
実施例157では、実施例114においてHP-β-CDおよびHP-γ-CDの添加濃度をそれぞれ12%(w/v)に変更した以外は実施例114と同様にして、α-グアイエンをロタンドンに変換した。その結果、実施例157は、HP-β-CDおよびHP-γ-CDの添加濃度がそれぞれ1%(w/v)であった実施例114よりもロタンドン濃度(生成量)が増加し、当該生成量は、実施例114を100%としたとき、実施例157では約136%であった。
【0083】
[実施例201~204]:精製酵素を用いた反応のセスキテルペンの種類
実施例201~204では、α-グアイエンの代わりに、それぞれロタンドール、(+)-バレンセン、β-カリオフィレンまたは(+)-ロンギフォレンを用いた以外は実施例101と同様にして、反応を行った。
反応後、実施例1~6と同様にして、酢酸エチル抽出ならびにHPLCおよびGC/MS分析を行った。
その結果、ロタンドール、(+)-バレンセン、β-カリオフィレンおよび(+)-ロンギフォレンの酸素付加体の生成が確認された。なお、ロタンドール、(+)-バレンセンについてはアリル位に酸素付加された酸素付加体が得られ、β-カリオフィレンおよび(+)-ロンギフォレンについては二重結合に酸素付加されエポキシドが得られた。
【0084】
[実施例301~306]:3価の鉄化合物種類
3価の鉄化合物として、鉄錯体であるFe(III)-EDTA(実施例301)、Fe(III)-NTA(実施例302)、Fe(III)-HEDTA(実施例303)、Fe(III)-DTPA(実施例304)、Fe(III)-トリオルトフェナントロリン(実施例305)、およびFe(III)-TPA(実施例306)を使用し、HEPES-KOH緩衝液の濃度を200mMに変更した以外は実施例101と同様にして、鉄還元酵素としてYqjHを用いて、α-グアイエンに酸素付加してロタンドンを製造した。
その結果、各実施例におけるロタンドンの濃度(生成量)は、実施例301では約0.42mM、実施例302では約0.52mM、実施例303では約0.53mM、実施例304では約0.4mM、実施例305では約0.65mM、実施例306では約1.18mMであった。なお、これらの鉄錯体は、配位原子が酸素および窒素、または窒素であり、そのような錯体ではロタンドンを効率よく製造できることが確認された。
【0085】
以上の実施例から、本発明のセスキテルペン酸素付加体の製造方法は、セスキテルペン酸素付加体を効率よく製造でき、特に従来の製造方法と比べて高収率、高純度および早い反応速度が得られるという効果があることがわかった。
【符号の説明】
【0086】
1 α-グアイエンのピーク
2 ロタンドンのピーク
3 式(1)で表される化合物のピーク
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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