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特許7130223電荷の遷移差を利用した抗原抗体反応検出装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-26
(45)【発行日】2022-09-05
(54)【発明の名称】電荷の遷移差を利用した抗原抗体反応検出装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/28 20060101AFI20220829BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20220829BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20220829BHJP
   G01N 27/00 20060101ALI20220829BHJP
   G01N 27/327 20060101ALI20220829BHJP
   G01N 27/414 20060101ALI20220829BHJP
【FI】
G01N27/28 M
G01N33/53 D
G01N33/543 541A
G01N27/00 J
G01N27/28 321F
G01N27/327
G01N27/414 301N
G01N27/414 301U
G01N33/543 593
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2017201831
(22)【出願日】2017-10-18
(65)【公開番号】P2019074461
(43)【公開日】2019-05-16
【審査請求日】2020-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】516089522
【氏名又は名称】株式会社PROVIGATE
(74)【代理人】
【識別番号】100113376
【弁理士】
【氏名又は名称】南条 雅裕
(74)【代理人】
【識別番号】100179394
【弁理士】
【氏名又は名称】瀬田 あや子
(74)【代理人】
【識別番号】100137811
【弁理士】
【氏名又は名称】原 秀貢人
(74)【代理人】
【識別番号】100185384
【弁理士】
【氏名又は名称】伊波 興一朗
(72)【発明者】
【氏名】宮澤 雄弥
(72)【発明者】
【氏名】柳本 吉之
【審査官】櫃本 研太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-246060(JP,A)
【文献】国際公開第2017/033922(WO,A1)
【文献】特開2014-232032(JP,A)
【文献】特開2009-133800(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0106338(US,A1)
【文献】特開2018-040580(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26-27/49
G01N 27/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験試料中の特定の抗原を電気的に測定するための装置であって、
前記装置は、
電極、
測定液提供手段、
試料液提供装置、および、
前記電極に電気的に接続された測定手段を備え、
前記試料液提供装置は、
磁性粒子と、
前記磁性粒子に結合した、前記特定の当該抗原を特異的に認識する抗体と、
前記抗体に特異的に認識され、前記抗体と抗原抗体複合体を形成した、被験試料中の前記抗原とを含む試料液を、前記電極の表面に載置させ、
前記測定液提供手段は、前記試料液より低いイオン濃度を有する測定液を、前記電極の表面に提供し、前記試料液を少なくとも部分的に前記測定液によって置換し、前記抗原抗体複合体を不安定化させ、
前記測定手段は、前記抗原抗体複合体の不安定化による前記電極の電位の変化を経時的に測定する、
装置。
【請求項2】
請求項1に記載の装置であって、
前記装置はさらに磁力源を備え、
前記磁力源は、前記試料液中の磁性粒子を前記電極表面に、磁力によって引き寄せることができるように設けられる
ことを特徴とする、
装置。
【請求項3】
請求項2に記載の装置であって、
前記磁力源は、常磁性磁石または電磁石であることを特徴とする、
装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の装置であって、
前記測定液提供手段による前記測定液の提供は、継続的または一時的に行われる
ことを特徴とする、
装置。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の装置であって、
前記測定液提供手段はポンプを備え、
前記測定液提供手段による前記測定液の提供は前記ポンプによって行われる
ことを特徴とする、
装置。
【請求項6】
請求項5に記載の装置であって、
前記装置は、さらに流路を備え、
前記電極は、前記流路に存在し、
前記測定液提供手段によって提供される前記測定液は前記流路を介して、前記電極の表面を経由することを特徴とする、
装置。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の装置であって、
前記測定液は、比抵抗が50kΩcm以上の溶液である
ことを特徴とする、
装置。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載の装置であって、
前記測定液は、濃度が少なくとも100倍以上希釈された、前記試料液の溶媒と同じ溶液である
ことを特徴とする、
装置。
【請求項9】
請求項1から7のいずれか一項に記載の装置であって、
前記測定液が1μM~100μMのリン酸緩衝液またはグッド緩衝液であり、
前記試料液の溶媒が10mM~500mMのリン酸緩衝液またはグッド緩衝液である
ことを特徴とする、
装置。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか一項に記載の装置であって、
前記測定手段は、電界効果トランジスタまたは信号増幅器を含むことを特徴とする、
装置。
【請求項11】
請求項10に記載の装置であって、
前記電極の電位の変化は、前記電界効果トランジスタのゲート電極の電位の変化、またはドレインとソースの間に流れる電流の変化として測定される、
装置。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか一項に記載の装置であって、
前記試料液を用いた場合の測定結果を、前記試料液の代わりにあらかじめ前記抗原の濃度が既知の1または複数の対照液を用いた場合の測定結果と比較することにより、
前記試料液中の前記抗原の濃度を測定し、または、前記試料液中の前記抗原の存在を検出する
ことを特徴とする、
装置。
【請求項13】
請求項12に記載の装置であって、
前記1または複数の対照液には、前記抗原の濃度が0のものが含まれる
ことを特徴とする、
装置。
【請求項14】
請求項13に記載の装置であって、
前記比較される測定結果は、所定の時間における電位または電流、所定の電位または電流に至る時間、または、所定の時間範囲における電位または電流×時間の積分値である
ことを特徴とする、
装置。
【請求項15】
請求項1から14のいずれか一項に記載の装置であって、
前記電極が並列化または集積化されている
ことを特徴とする、
装置。
【請求項16】
請求項1から15のいずれか一項に記載の装置であって、
前記抗原が、生体内に存在し得る分子である
ことを特徴とする、
装置。
【請求項17】
請求項3に記載の装置であって、
前記電極表面は、前記磁性粒子の配置を制御するための立体構造をさらに備える、および/または、前記磁性粒子の配置を制御するための表面修飾がなされていることを特徴とする、
装置。
【請求項18】
請求項17に記載の装置であって、
前記立体構造は、穴、溝、柱、または壁構造であり、
前記表面修飾は、親水性処理または疎水性処理であることを特徴とする、
装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験試料中の目的物質(目的抗原)の存在を電気的に検出または測定するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体分子の検出に向け様々な手法がこれまで開発されているが、そのほとんどは検出対象に対して特異的反応を示す物質を何らかの手段(例えば、蛍光、酵素、放射性同位体)で標識するものである。また近年では、水晶振動子(QCM)、表面プラズモン(SPR)等を用いて、標識という手段を取らず検出しようという方法も開発されている。
【0003】
しかしながら、蛍光やSPRを用いる方法は光学系の装置が必要となるため装置の小型化が難しく、コスト面で問題がある。また、酵素や放射性同位体を用いる方法については専用の試薬・測定装置が必要な上、取り扱いに注意が必要となる。さらにQCMを用いる方法は、センサー表面への物質の付着を質量変化として検出するため標識試薬が不要ではあるが、その検出感度が低いことが課題となっている。
【0004】
これらの課題に対し、電解効果トランジスタ(FET)を用いて、生体分子の存在を電気的に検出する方法が提案されている(例えば、特許文献1)。FETを用いる方法は、対象が持つ電荷を電気的に検出するため光学的な装置が不要であり、装置面のコストダウンや小型化が見込める。しかし、FETを用いる方法においては、センシング部表面に存在する検出領域(デバイ長)の制約という、特有の問題点がある。検出対象である生体分子がこのデバイ長を超えて位置している場合、溶液中のカウンターイオンが対象の電荷を打ち消してしまい検出ができなくなる。特に、抗原抗体反応を検出しようとする場合には、この問題が顕著に生じる。抗体の典型的な大きさは約10nmであるのに対し、生理学的塩溶液中でのゲート絶縁膜表面におけるデバイ長は約1nmであるため、抗原と抗体を構成するタンパク質の立体構造により、抗原が抗体と結合する部分(抗原結合部位)がセンシング部表面のデバイ長を超えてしまう場合があり、安定した検出が困難であった。
【0005】
上記の問題に対し、本発明者らは、抗原抗体反応を電気的に検出するためのFETセンサにおいて、測定溶媒として純水を用いることにより、センシング部表面のデバイ長を広げ、検出感度を飛躍的に上昇させることを提案している(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-133800
【文献】WO2017/033922
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2に記載の発明は、目的物質の検出限界濃度が極めて低く、また、検出感度も従来技術と比較して極めて高い点において、有用な技術である。しかし、本発明者らは、特許文献2に記載の方法をさらに検討したところ、特許文献2に記載の方法は、測定溶媒として純水(あるいは低イオン溶液)を用いるため、測定溶媒として一般的な緩衝液を用いる場合と比較して、測定対象である抗原抗体複合体が不安定化するというさらなる問題が存在することを見出した。
【0008】
一般的に、デバイ長は測定溶液中のイオン強度(濃度)に反比例することが知られており、デバイ長を広げて感度を上げるには、測定溶液のイオン強度(濃度)を下げることになる。しかし、タンパク質の立体構造は溶液のイオン電荷により保たれているため、イオン強度(濃度)の低下はタンパク質の立体構造を崩すことになる。特に、抗原抗体反応に関わる結合は周囲のイオン強度(濃度)の影響を強く受ける非共有性結合のため、デバイ長を広げようとイオン強度(濃度)を低下させると抗体の立体構造が変化し、結果として抗原‐抗体間の結合が崩れ、検出対象である抗原が抗体から外れてしまう。
【0009】
すなわち、特許文献2に記載の発明は、測定溶媒として純水(低イオン溶液)を用いることにより、低い検出限界濃度と高い検出感度を達成するが、一方で測定溶媒として純水を用いることに起因して、測定対象である抗原抗体複合体が不安定化するという技術上のジレンマを有していた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、低い検出限界濃度と高い検出感度を達成しながら、上記の技術上のジレンマを解消する方法について鋭意検討を重ねた。その結果、本発明者らは、低イオン溶液中における抗原抗体複合体の不安定化自体に着目し、低イオン溶液中における抗原抗体複合体の表面電荷を継時的に測定することにより、対象における抗原‐抗体反応の有無を判別できることを見出し、本発明を完成させるに到った。
【0011】
すなわち本発明は、一実施形態において、被験試料中の特定の抗原を電気的に測定するための装置であって、
前記装置は、電極、測定液提供手段、測定手段を備え、
前記電極は、前記測定手段と電気的に接続されており、
前記電極は、その表面に、被験試料を含む試料液を載置させることができ、ここで、前記被験試料が抗原を含む場合には、当該抗原の少なくとも一部は当該抗原を特異的に認識する抗体または抗体断片と結合されており、
前記測定液提供手段は、測定液を含んでおり、
前記測定液提供手段は、前記電極に載置された前記試料液を少なくとも部分的に前記測定液によって置換することができるように、前記測定液を前記電極の表面に提供することができ、
前記測定手段は前記置換における前記電極の電位または電流の変化を経時的に測定する
ことを特徴とする。
【0012】
また、本発明の一実施形態においては、前記抗体が、前記試料液中において、磁性粒子と結合していることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の一実施形態においては、前記装置はさらに磁力源を備え、前記磁力源は、前記試料液中の磁性粒子を前記電極表面に、磁力によって引き寄せることができるように設けられることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の一実施形態においては、前記磁力源は、常磁性磁石または電磁石であることを特徴とする。
【0015】
また、本発明の一実施形態においては、前記抗体は、前記電極の表面に直接に結合していることを特徴とする。
【0016】
また、本発明の一実施形態においては、前記測定液提供手段による前記測定液の提供は、継続的または一時的に行われることを特徴とする。
【0017】
また、本発明の一実施形態においては、前記測定液提供手段はさらにポンプを備え、前記測定液提供手段による前記測定液の提供は前記ポンプによって行われることを特徴とする。
【0018】
また、本発明の一実施形態においては、前記装置は、さらに流路を備え、前記電極は、前記流路に存在し、前記測定液提供手段によって提供される前記測定液は前記流路を介して、前記電極の表面を経由することを特徴とする。
【0019】
また、本発明の一実施形態においては、前記測定液は、比抵抗が50kΩcm以上の溶液であることを特徴とする。
【0020】
また、本発明の一実施形態においては、前記測定液は、濃度が少なくとも100倍以上希釈された、前記試料液の溶媒と同じ溶液であることを特徴とする。
【0021】
また、本発明の一実施形態においては、前記測定液が1μM~100μMのリン酸緩衝液またはグッド緩衝液であり、前記試料液の溶媒が10mM~500mMのリン酸緩衝液またはグッド緩衝液であることを特徴とする。
【0022】
また、本発明の一実施形態においては、前記装置は、さらに、試料液提供装置を備え、
前記試料液提供装置は、前記試料液を前記電極の表面上に載置させることができる
ことを特徴とする。
【0023】
また、本発明の一実施形態においては、前記試料液を用いた場合の測定結果を、前記試料液の代わりにあらかじめ前記抗原の濃度が既知の1または複数の対照液を用いた場合の測定結果と比較することにより、前記試料液中の前記抗原の濃度を測定し、または、前記試料液中の前記抗原の存在を検出することを特徴とする。
【0024】
また、本発明の一実施形態においては、前記1または複数の対照液には、前記抗原の濃度が0のものが含まれることを特徴とする。
【0025】
また、本発明の一実施形態においては、前記比較される測定結果は、所定の時間における電位または電流、所定の電位または電流に至る時間、または、所定の時間範囲における電位または電流×時間の積分値であることを特徴とする。
【0026】
また、本発明の一実施形態においては、前記電極が並列化または集積化されていることを特徴とする。
【0027】
また、本発明の一実施形態においては、前記抗原が、生体内に存在し得る分子であることを特徴とする。
【0028】
また、本発明の一実施形態においては、前記電極表面は、前記磁性粒子の配置を制御するための立体構造をさらに備える、および/または、前記磁性粒子の配置を制御するための表面修飾がなされていることを特徴とする。
【0029】
また、本発明の一実施形態においては、前記立体構造は、穴、溝、柱、または壁構造であり、前記表面修飾は、親水性処理または疎水性処理であることを特徴とする。
【0030】
また、本発明の一実施形態においては、前記測定手段は、電界効果トランジスタまたは信号増幅器を含むことを特徴とする。
【0031】
なお、上記に挙げた本発明の一または複数の特徴を任意に組み合わせた発明も本発明の範囲に含まれる。
【発明の効果】
【0032】
特許文献2に記載の発明と比較すると、本発明は、測定溶媒として低イオン溶液を用いることによる高感度の測定を実現しながらも、安定的な測定が可能である点で有利である。
また、本発明による目的物質の測定には、目的物質の標識(放射性同位体、酵素、蛍光・発光試薬、等)が不要である。放射性同位体(RI)を用いた対象物質の検出方法と比較すると、本発明は、取り扱いが簡便であり、使用後の処理も容易である。また、酵素・蛍光・発光試薬等を用いた測定方法と比較すると、測定に大型の光学系装置が不要である点で有利である。
さらに、水晶振動子(QCM)や表面プラズモン(SPR)を用いた方法と比較しても、本発明は、大型の光学系装置が不要であり、また、電極表面への特別な事前処理が不要である点で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1図1は、本発明の装置(全体)の模式図である。
図2図2は、本発明の装置の測定デバイス部分の模式図である。
図3図3は、本発明の装置を用いてサンプルを載置したゲート電極の表面電位を継時的に測定した結果を示す。
図4図4は、図3のグラフの250秒時点におけるゲート表面電位の変化量を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明は、抗原抗体複合体が高イオン環境下において安定であり、低イオン環境下において不安定であるという物理化学的な状態の違いを利用して、被験試料中の特定の抗原を測定することを基本的な原理とする発明である。
そのため、本発明における「測定液」は低イオン溶液であることが好ましい。本発明の測定液として用いる低イオン溶液は、抗原抗体複合体を不安定化させるイオン濃度を有する溶液であれば限定されないが、例えば比抵抗が50kΩcm以上、100kΩcm以上、200kΩcm以上、300kΩcm以上、400kΩcm以上、500kΩcm以上、600kΩcm以上、700kΩcm以上、800kΩcm以上、900kΩcm以上、1MΩcm以上の溶液を用いてよい。
【0035】
また、例えば、本発明を用いた測定前に被験試料が保存される試料液の溶媒(通常、緩衝液)を少なくとも100倍以上希釈したものを、本発明における「測定液」として使用してもよい。具体的には、本発明における「被験試料を含む試料液」の溶媒は、10mM~500mMの緩衝液(例えば、10mM、20mM、30mM、40mM、50mM、60mM、70mM、80mM、90mM、100mM、150mM、200mM、250mM、300mM、350mM、400mM、450mM、500mMの緩衝液)であってよく、本発明における「測定液」は、1μM~100μMの緩衝液(例えば、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、20μM、30μM、40μM、50μM、60μM、70μM、80μM、90μM、100μMの緩衝液)であってよい。また、本発明における「被験試料を含む試料液」の溶媒と、本発明における「測定液」は、好ましくはリン酸緩衝液またはグッド緩衝液であってよく、両者は異なる種類の溶液(あるいは異なる種類の緩衝液)であってもよい。なお、一般的に、「比抵抗」という用語は、「電気抵抗率」という用語で用いられることもある。
【0036】
本発明においては、測定対象である特定の抗原に対する抗体または抗体断片を用いて、当該抗原を検出する。当該抗体または抗体断片は、本発明の装置を用いた方法に用い得る限り、どのような態様で用いてもよい。例えば、本願の実施例において示されるように、特定の抗原に対する抗体を表面に結合させた磁性粒子を、磁力によってゲート電極表面に密着させることにより、磁性粒子の表面における抗原抗体複合体の変化に起因する電位の変化(または電流の変化)を測定することができる。このような手法は、例えばWO2017/033922を参照することができる。また、例えば、特定の抗原に対する抗体を本発明のゲート電極表面に直接結合させることによっても、同様の測定を行い得る。
【0037】
本発明において磁性粒子を用いる場合、磁性粒子の素材は、様々な種類のものを使用可能である。例えば、マグネタイト(Fe)、各種フェライト(XFe、X=Mn、Co、Ni、Mg、Cu、Li0.5、Fe0.5など)、三酸化二鉄(Fe)などから選択することができる。また、磁性粒子を引き寄せるための磁力源の種類も限定されないが、例えば常磁性磁石または電磁石であってよい。
【0038】
本発明の装置を用いることにより、抗体によって検出可能な様々な微量物質の検出を行うことができる。例えば、本発明の装置を用いて、生体由来の物質、環境中の物質、または、食品中の物質を検出することができる。特に、本発明は、被験試料中の検出対象物質の濃度が極めて薄くても検出可能であるため、例えば体液(血液、リンパ液、組織液、体腔液、消化液、汗、涙、鼻汁、唾液、尿、精液、膣液、羊水、乳汁など)中の物質の検出に好適に利用することができる。体液中の物質の例示としては、例えば、体液成分(例えば、アルカリフォスファターゼ、AST、ALT、乳酸脱水素酵素、ロイシンアミノペプチダーゼ、γ-GTP、クレアチンキナーゼ、コリンエステラーゼ、ビリルビン、胆汁酸、アルブミン、尿素窒素、クレアチニン、尿酸、HDLコレステロール、LDLコレステロール、中性脂肪、グルコース、アミラーゼ、リパーゼ、ナトリウム、カリウム、クロール、カルシウム、無機リン、マグネシウム、亜鉛、鉄、フェリチン、C反応性蛋白、β2-マイクログロブリン、ヘモグロビンA1C、グリコアルブミン、アンモニア、各種ホルモン、各種神経伝達物質(例えば、カテコールアミン、セロトニン、メラトニン、ヒスタミン等のモノアミン類;アスパラギン酸、グルタミン酸、γ―アミノ酪酸、グリシン、タウリン等のアミノ酸;アセチルコリン、各種ホルモン等の神経ペプチド類)等の一般的な血液生化学検査の検査項目となる成分)、疾患関連バイオマーカー(例えば、腫瘍マーカー、自己免疫疾患マーカー、中枢神経疾患マーカー、心疾患バイオマーカー、等)、病原体(例えば、ウイルス、細菌、真菌、寄生虫、等)およびその関連因子、事前に投与された薬剤の薬剤分子、が挙げられる。
【0039】
なお、本発明において用いられる抗体または抗体断片は、市販の抗体または抗体断片を用いてもよく、自作の抗体または抗体断片を用いてもよいが、抗体作製のコストおよび結果の信頼性の観点から、測定対象の抗原に結合することが知られている市販の抗体または抗体断片を使用することが好ましい。
【0040】
本発明の装置における測定手段は、測定対象の電気的な変化を電位の変化または電流の変化として測定可能なものであれば限定されないが、例えば、電界効果トランジスタ(FET)を含むものであってよい。電界効果トランジスタは、p型半導体上にn型半導体でドレインとソースを形成し、p型半導体のチャネル上をケイ素酸化物で絶縁してゲートを形成したもので、金属酸化半導体(Metal Oxide Semiconductor, MOS)構造を持ったトランジスタの一種である。FETは、ゲートに与える電位によってチャネルに電子空乏層を生じ、ドレインとソースの間に流れる電流を変化させることができる。本発明において用いる電解効果トランジスタは、例えばIon Sensitive Field Effect Transistor (ISFET)であってよい。
【0041】
本発明の一実施態様においては、測定手段の一部としてIon Sensitive FETを用いることができる。Ion Sensitive FETでは、その測定原理の前提として、ゲート電極表面にイオンの層が形成される必要がある。そして、ゲート電極表面に形成されたイオンの層に対して(荷電粒子を有する)物質が接触することにより、ゲート電極表面において電気的な変化が生じる。ゲート電極表面において生じる電気的な変化は、接触する物質の電気的な状態(例えば、他の物質との結合の有無)によって異なるため、測定対象物において測定された値と、その測定対象物について電気的な状態の変化が起こる前のもの(すなわち、コントロール)において測定された値とを比較することにより、その物質の電気的な状態の変化の有無を検出することができる。
【0042】
本発明の測定手段の一部として電界効果トランジスタを用いる場合、ゲート電極表面は、本発明の方法に使用可能なものである限りどのように加工されたものであってもよいが、例えば、電極表面が溶液中(例えば、水中、緩衝液中)において表面官能基を生じるように表面処理されているものを好適に用いることができる。そのような表面処理の例としては、酸化物または窒化物(より具体的には、金属酸化物または金属窒化物)による表面コーティングを挙げることができ、より好ましくは、酸化タンタル、酸化アルミニウム、窒化ケイ素、酸化チタン、または、酸化ケイ素による表面コーティングを用いることができる。
【0043】
また、一般的に電解効果トランジスタのゲート表面として用いられる金属のうち、溶液中で表面官能基を実質的に生じないもの(例えば、金、白金等)を用いる場合であっても、水酸基、カルボキシル基等の官能基によって表面をさらに修飾することによって、あるいは、溶液中で表面官能基を生じる物質(例えば、酸化物、窒化物、ポリマー等の有機物)をさらにコーティングすることによって、本発明に用いることができる。金属表面への官能基の修飾方法は特に限定されず、当業者が公知の方法を用いて適宜行うことができる。
【0044】
また、例えば、測定対象の電気的な変化するための電極を、信号増幅器(例えば、真空管、トランジスタ、オペアンプ、等)に接続することによっても本発明の目的とする測定を行うことができる。
【0045】
より高精度の測定を行うため、本発明の装置に用いられる電極は、並列化または集積化されていてよい。また、特定の抗原の検出のために、当該抗原に対する抗体を表面に結合させた磁性粒子を用いる場合には、本発明の装置に用いられる電極表面において、当該磁性粒子の配置を制御するための立体構造が設けられていてよく、また、当該磁性粒子の配置を制御するための表面修飾がなされていてもよい。電極表面において磁性粒子の配置を制御するための立体構造の例としては、穴、溝、柱、または壁構造が挙げられる。また、電極表面において磁性粒子の配置を制御するための表面修飾の例としては、親水性処理や疎水性処理が挙げられる。
【0046】
本明細書において用いられる用語は、特に定義されたものを除き、特定の実施態様を説明するために用いられるのであり、発明を限定する意図ではない。
【0047】
また、本明細書において用いられる「含む」との用語は、文脈上明らかに異なる理解をすべき場合を除き、記述された事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを意図するものであり、それ以外の事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを排除しない。
【0048】
異なる定義が無い限り、ここに用いられるすべての用語(技術用語及び科学用語を含む。)は、本発明が属する技術の当業者によって広く理解されるのと同じ意味を有する。ここに用いられる用語は、異なる定義が明示されていない限り、本明細書及び関連技術分野における意味と整合的な意味を有するものとして解釈されるべきであり、理想化され、又は、過度に形式的な意味において解釈されるべきではない。
【0049】
以下において、本発明を、実施例を参照してより詳細に説明する。しかしながら、本発明はいろいろな態様により具現化することができ、ここに記載される実施例に限定されるものとして解釈されてはならない。
【実施例
【0050】
BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)抗原抗体反応の電気的検出
【0051】
(1)本発明の測定装置
本実施例で行った測定の概念図を図1に示し、本発明の一実施態様である測定装置の測定デバイス部分の模式図を図2に示す。なお、図1および図2には、測定手段の一部としてイオン感応性電解効果トランジスタ(ISFET)を用いた装置の例を示している。
【0052】
図1図2に示した装置は、測定対象の電荷を測定するためのゲート電極(114)、測定液提供手段(測定液槽(102)、送液チューブ(106)、ポンプ(101))、および、測定手段を構成するISFET(113)と電位測定器(111)を備え、ゲート電極(114)は、ISFET(113)および電位測定器(111)と電気的に接続されている。ゲート電極(114)の表面は、サンプル投入口(120)から投入される被験試料を含む試料液を載置させることができるように構成される。
【0053】
後述するとおり、本実施例において検出対象とした抗原はBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)であり、磁性粒子表面に抗BNP抗体をコートした「抗BNP抗体コート磁性粒子」とBNPとを反応させ、これを磁性粒子サンプル(108)として試験に用いた。装置における電極(114)の下方には磁石(115)が設置されており、電極(114)上に磁性粒子サンプル(108)が載置されると、磁力によって電極表面にサンプル(108)が引きつけられる。
【0054】
測定液槽(102)は低イオン溶液である測定液(103)を含んでおり、測定液(103)はポンプ(101)によって装置の測定溶液Inlet(121)に適用される。測定溶液Inlet(121)に適用された測定液(103)は、装置の測定用流路治具(118)上に形成された流路を通って、測定溶液Outlet(122)から排出される。なお、前記流路は、電極(114)上を通過するように構成される。
【0055】
装置を上記のように構成することにより、電極(114)上に載置された被験試料を含む試料液の溶媒(通常、高イオン溶液である緩衝液)を、低イオン溶液である測定液(103)に置換しながら、測定対象の電荷を継時的に測定することができる。
【0056】
(2)抗BNP抗体コート磁性粒子の調製
本実施例で使用した磁性粒子はDynabeads MyOne Tosylactivated(Φ1μm、100mg beads/mL、株式会社ベリタス)を用い、以下の方法によりその表面に抗BNP抗体を修飾させた。
1.製品プロトコールに従い、元のバイアル瓶から分注した75μLに対し洗浄作業を行った。
2.洗浄した磁性粒子に対し、透析処理済の抗BNP抗体(ab20984,abcam)100μgを加え、37℃で24時間、ゆっくり回転撹拌させることで反応させた。
3.反応後は磁石を使って上澄み液のみを破棄し、ブロッキング緩衝液(PBS pH7.4 with 0.5% BSA and 0.05% Tween20)を加え、さらに37℃で一晩、回転撹拌させることでブロッキング反応を行った。
4.上澄み液を破棄して、洗浄緩衝液(PBS pH7.4 with 0.1% BSA and 0.05% Tween20)で3回洗浄した。
5.洗浄した磁性粒子は150μLの保管緩衝液(PBS pH7.4 with 0.1% BSA, 0.05% Tween20 and 0.02% アジ化ナトリウム)中で分散させ、ストック用の抗BNP抗体コート磁性粒子(50mg beads/mL)として4℃で保管した。
【0057】
(3)BNP抗原抗体反応を行った磁性粒子の調製
本実施例で使用した抗原はBrain natriuretic peptide((1-32)、human、3522,TOCRIS)を用い、抗原抗体反応は以下の手順で行った。
1.ストック用の抗BNPコート磁性粒子から、抗原検出用/Control用にそれぞれ1μLずつ別々のエッペンチューブに取り分けた後、PBS(-)を使い3回良く洗浄した。
2.上澄み液を破棄した後、下記の表に従い、それぞれの磁性粒子に対して反応溶液を加えた。
【表1】
3.良く分散させた後、30℃で1時間、回転撹拌することで反応を行った。
4.反応後、上澄み液のみを破棄しPBS(-)で3回良く洗浄した。
5.洗浄されたそれぞれの磁性粒子を5μLのPBS(-)でよく分散した後、1μLずつ小分けにして測定まで4℃で保管した。
【0058】
高イオン環境であるPBS(-)中において、磁性粒子表面における抗原‐抗体複合体は安定である。
【0059】
(4)検出電極の洗浄
測定に使用した検出電極はISFET(アイスフエトコム株式会社)を用い、測定毎に下記の洗浄を行うことでセンサー表面の均一化を図った。
1.センサー部分に70%エタノールを勢い良く吹き掛けた後、超純水の流水で濯いだ。
2.アセトン、メタノール、超純水でそれぞれ10秒間、40kHzの超音波洗浄を行った。この際、センサーを各液に抜き差しすることで効率よく洗浄できる。
3.ブロアーで水気を取り除いた後、UV/O3洗浄改質装置(SKB2001N-01、サンエナジー株式会社)にて2分間のUV照射を行った。
4.超純水中に浸し、測定までこの状態を保持した。
【0060】
(5)BNP抗原抗体反応の電気的検出
BNP抗原抗体反応の電気的検出は、ISFETのゲート表面電位を測定できる電位測定器(Direct Ion Voltage Detection;DIVolD)(111)を組み込んだ測定系(図1に示す)を使い、リアルタイム測定で行った。測定条件は、Vref:2.5V、Is:100μAとし、測定用流路治具(118)中を流れる測定液(103)は10μMリン酸緩衝液(低イオン溶液)、流速は約275μL/分に設定した。
1.電位測定器(111)から得られる測定電位のドリフトが収まったことを確認した後、ポンプ(101)を停止させ、流路中を流れる測定液の動きを止めた。
2.上記(3)で調製し4℃で保管していた磁性粒子を良く分散させ、オートピペットマンを使って磁性粒子サンプル投入口(120)からISFETのゲート部分(114)へ添加した。
3.10~15秒後にポンプ(101)を再起動させ、流路内に測定液の流れを生じさせることで添加した磁性粒子を取り巻くPBS(-)を洗い流しつつ電位測定を行った。
【0061】
以上の測定を、用意した磁性粒子サンプルおよびControlサンプル全てに対して行い、得られた電位測定結果を比較することで、BNP抗原抗体反応の有無をゲート表面電位の推移の違いとして電気的に見分けた。
【0062】
測定実験の結果を図3に示す。縦軸は、添加した磁性粒子によるISFETのゲート表面の電位変化量(mV)を示し、横軸は測定時間(sec)を示している。また、BNP抗原抗体反応を行った磁性粒子による結果は「BNP」、Controlサンプルの結果は「No-BNP」で示されている。
【0063】
図3に示すように、BNP抗原抗体反応を行った磁性粒子の結果と、抗原抗体反応を行わなかった磁性粒子の結果との間で、ゲート表面電位の推移に明確な差異が確認された。
【0064】
また、上記グラフ250秒(上記の評価時間)におけるゲート表面電位の変化量をN=5で平均したものを図4に示す。縦軸は添加した磁性粒子によるISFETのゲート表面の電位変化量(mV)を示し、横軸は測定に使用した磁性粒子の内、BNP抗原抗体反応を行ったものは「BNP」、Controlは「No-BNP」で示している。
【0065】
図4に示すように、1μg/mLのBNP抗原を使った抗原抗体反応の有無を、約80mVという電気的差異として明確に確認することができた。
【0066】
以上のとおり、本発明の装置を用いることにより、測定液として低イオン溶液を用いながら、抗原抗体反応を安定的かつ高感度に測定できることが示された。
【符号の説明】
【0067】
100:測定デバイス部分
101:ポンプ
102:測定液槽
103:測定液
104:廃液槽
105:廃液
106:送液チューブ
107:導線
108:磁性粒子サンプル
109:ノイズカットシールドケース
110:配線
111:電位測定器
112:測定ソフト入りPC
113:ISFET
114:ISFETのゲート部分
115:磁石
116:ISFET固定用治具
117:シリコンゴム
118:測定用流路治具
119:参照電極
120:磁性粒子サンプル投入口
121:測定溶液Inlet
122:測定溶液Outlet
123:治具固定用ネジ


図1
図2
図3
図4