IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社斜面対策研究所の特許一覧

<>
  • 特許-斜面安定化構造 図1
  • 特許-斜面安定化構造 図2
  • 特許-斜面安定化構造 図3
  • 特許-斜面安定化構造 図4
  • 特許-斜面安定化構造 図5
  • 特許-斜面安定化構造 図6
  • 特許-斜面安定化構造 図7
  • 特許-斜面安定化構造 図8
  • 特許-斜面安定化構造 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-26
(45)【発行日】2022-09-05
(54)【発明の名称】斜面安定化構造
(51)【国際特許分類】
   E02D 17/20 20060101AFI20220829BHJP
【FI】
E02D17/20 103F
E02D17/20 106
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019184355
(22)【出願日】2019-10-07
(65)【公開番号】P2021059889
(43)【公開日】2021-04-15
【審査請求日】2021-05-11
(73)【特許権者】
【識別番号】312002222
【氏名又は名称】株式会社斜面対策研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100081673
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100141483
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 生吾
(72)【発明者】
【氏名】瀬崎 茂
【審査官】松本 泰典
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-112928(JP,A)
【文献】特開2016-014249(JP,A)
【文献】特開平11-181777(JP,A)
【文献】特開2005-048469(JP,A)
【文献】米国特許第04610568(US,A)
【文献】特開2010-174598(JP,A)
【文献】特開2011-012539(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02D 17/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
傾斜地盤(3)の表層0.5m以下の不安定層(2)の表面側にネット(4)を被覆し、該ネット(4)を上端にフランジ状の支圧板(8)を取付けた多数のアンカー(6)により基盤(1)に張設固定する斜面安定化構造であって、上記アンカー(6)を略正方形の頂点位置に配置するとともに、上記正方形の一方の対角線を不安定層(2)の滑り方向に沿わせることにより4本のアンカー(6)で囲まれるエリアを滑動単位(11)として周辺エリアと縁切りし、前記各頂点間を3m以下の滑動単位(11)の幅(W,W)とし、基盤(1)表面の不安定層(2)の滑り面に対し、アンカー(6)のヘッド側を下降方向に向けた交角(θ )が60°~70°を形成させることにより、アンカー(6)を連結する連結部材を用いることなく、上記ネット(4)とアンカー(6)のみで傾斜地盤面の地滑りを防止する斜面安定化構造。
【請求項2】
アンカー(6)のアンカー孔への挿入端側にアンカー(6)の引抜方向への引張力の作用により、周面がアンカー孔内の周壁側を押圧して引抜き抵抗を生じさせるくさび形の締着体(7)を設けてなる請求項に記載の斜面安定化構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は法面等の傾斜地盤面の特に層厚の薄い表層の地滑りを防止するための斜面安定化構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来上記のような傾斜面の地滑りや崩落を防止する斜面の安定化構造としては、特許文献1,2に示すように斜面表層に金網等のネットを被せ、ネット表面に2辺が地滑り方向に沿う多数の正方形を形成し又は一対の短軸側の対角線が地滑り方向に沿った多数の菱形を形成するようにワイヤ等の連結部材を交差させて張設し、上記連結部材の各交点を支圧板付のアンカーで、基礎地盤(基板)に固定するものが公知である。
【0003】
このうち特許文献1のものは、ワイヤからなる連結部材が滑り方向に沿った正方形に形成されているため、4つの頂点を止めるアンカーがすべて地滑り方向と平行に配置されるので、その平線に沿う地滑りが防止し難い欠点がある。これに対し特許文献2では連結部材が、短軸を地滑り方向に沿わせた菱形に交差しているため、上記欠点が改良されたものとなるという特徴を備えている。
【0004】
また上記アンカーは、特許文献1,2ではいずれも基盤面に対して略直角方向に挿入して締着して、岩盤からなる基盤(不動層)に対する表層(移動層)の連結効果を高め、摩擦抵抗による固定力(滑り抵抗)を高めようとするものである。
【0005】
しかしこの安定化構造では、アンカーによる地滑り防止の主な抵抗成分は、基盤面付近のアンカー自体の剪断抵抗と移動層と不動層の摩擦抵抗からなるため、表層地盤が変化してルーズ化している場合等にはアンカーによる連結効果が乏しくなり、又はルーズ化により表層がアンカー間をすり抜ける欠点がある。
【0006】
また、アンカー鉄筋が滑り方向の荷重により曲げ変形し、移動層の撹乱(破壊)が生じるという問題がある。このため特許文献3に示すように、基盤面に対しアンカーの打込み角度を地滑り方向に対して下降傾斜させ、移動層に対する引止め効果をもたせる構造が本発明者により提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第2829825号公報
【文献】特開2002-88769号公報
【文献】特許第5283014号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし上記特許文献2のアンカーを菱形に配置するものは、短軸方向を地滑り方向に沿わせているため、アンカーの上下間隔も短く菱形中央の頂点部分(特に下側)のアンカーによる地滑り防止効果は高いものの、左右両側の頂点部分が鋭角になるため、地滑り方向の力が作用すると菱形エリアの左右両端からの地崩れ(地滑り)が生じ易く、全体として表層の引止め効果が悪くなる欠点がある。
【0009】
また特許文献3のアンカー角度を滑り面(基盤面)に対し、直角より下降傾斜させるものは、表層の移動層厚が1~2mのよう厚い(深い)ものでは、大きい安定効果を発揮するものの、同文献の図1図2に示すように特殊形状の分散プレート(8)や大型サイズの支圧板を必要とし、また基盤面に対する傾斜度が大きいため、アンカー孔を深くする必要があり、労力面でもコスト面でも難点がある。
【0010】
特に同文献3の安定化工法は、既述のように移動層厚が厚い斜面の安定化には大きい効果を発揮するものの、例えば50cm以下の薄い移動層には高コストとなるため必ずしも適さないという問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本発明の安定化構造は、第1に傾斜地盤3の表層0.5m以下の不安定層2の表面側にネット4を被覆し、該ネット4を上端にフランジ状の支圧板8を取付けた多数のアンカー6により基盤1に張設固定する斜面安定化構造であって、上記アンカー6を略正方形の頂点位置に配置するとともに、上記正方形の一方の対角線を不安定層2の滑り方向に沿わせることにより4本のアンカー6で囲まれるエリアを滑動単位11として周辺エリアと縁切りし、前記各頂点間を3m以下の滑動単位11の幅W,Wとし、基盤1表面の不安定層2の滑り面に対し、アンカー6のヘッド側を下降方向に向けた交角θ が60°~70°を形成させることにより、アンカー6を連結する連結部材を用いることなく、上記ネット4とアンカー6のみで傾斜地盤面の地滑りを防止することを特徴としている。
【0012】
に、アンカー6のアンカー孔への挿入端側にアンカー6の引抜方向への引張力の作用により、周面がアンカー孔内の周壁側を押圧して引抜き抵抗を生じさせるくさび形の締着体7を設けてなることを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
以上のように構成される本発明の斜面安定化構造によれば、基盤表面の移動層の厚層が50cm以下の薄いものでの安定化に特に適しており、一方の対角線を地滑り方向に沿わせた正方形の各頂点位置にアンカーを設置してその内部を滑動単位を形成し、その周辺と縁切りするため、それぞれの滑動単位が独立的に強化されるとともに、正方形の各頂点が略直角なので各滑動単位自体が滑り方向の力に対して強化され、全体の安定化に資する。
【0014】
また上記のような浅い表層の安定化であれば、正方形配置のアンカー効果により滑動単位を形成させて周囲の縁切りを行い、滑動単位幅を3m以下に設定することにより、ワイヤ等の連結部材を用いることなく、ネットのみで傾斜地盤の安定化が低コストで実現できる他、アンカーの打込み時の交角を60°~70°に設定することにより、より浅いアンカー孔で有効な地滑り防止が低コストで実現できる利点がある。
【0015】
これらを要するに、本発明によれば、現状における覆式落石防護網工を改良することで、そのメンテナンス費を抑制できる他,ネットとアンカー(長さ1m程度)のみによるシンプルな構造とすることで施工性の改善を図ることができる。特に、アンカー材の設置を引止効果が発揮できるようにすることで地盤変位を抑止するほか、アンカーの定着をくさび式とすることで、長期耐久性の向上や定着長(削孔長)の削減を図るなど、斜面災害(表層浸食,落石等)をより確実,かつ安価に防止できる工法として幅広く利用できる。
【0016】
本発明に関するのその他の効果は、実施形態の説明及び後の検証の説明中において詳述する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の斜面安定化構造を実施した斜面の表面のネットとアンカーの配置平面図である。
図2】本発明を実施した斜面の断面図である。
図3】従来の金網敷設を伴う客土吹工法による斜面安定化工法の施工例と表層地滑りの実例を示す写真である。
図4】アンカー配置間隔と地滑りの関係を確認する実験状態を示す斜視図である。
図5】滑り面深度(表層厚)と地滑り幅の関係を示すグラフである。
図6】移動層厚(表層厚)0.5mとした場合の安定計算モデル図である。
図7】表層厚0.5mにおける滑動幅と安定率の関係を示すグラフである。
図8】アンカーの設置角度と削孔深さ(削孔長)の関係を示すグラフである。
図9】金網(ネット)による跳ね上げ滑りの防止構造を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1図2は本発明の1実施形態を示し、この例では岩盤からなる平均斜度θが約35°程度の基盤1上に表層厚Dが50cm以下の土砂等からなる表層(活動層)2が形成されている傾斜地盤3を対象としている。該傾斜地盤3の表層2の表面には、例えば線径3~4mmの線材を50mm幅程度に編成した金網等からなるネット4を被覆し、多数のアンカー6を基盤1に打込んで張設固定することにより、表層2を基盤面に固定している。
【0019】
アンカー6は、例えば本発明者の提案による特開2007-179837号公報に示され、基盤1側に穿設したアンカー孔(図示しない)に挿入される先端側にくさび形の締着体8を備えた公知のものが使用されている。この締着体7は、上記公知文献に示されるように、アンカー6内に挿通されるPC鋼線等からなる直径20mm程度の緊張材(テンドン・・・図示せず)を介して、アンカー6の先端側に取付けられる最大径38mm程度の円錐形周面を備えたくさび形をなし、アンカー孔に注入されたグラウト固化後にアンカー6を緊締することにより、外周側の固化グラウト(図示しない)を介してアンカー孔内に位置決め圧接されて、アンカー6の引止め反力(引抜き抵抗)を得る構造となっている。
このアンカーは公知技術であるため、ここでは詳細な機構や機能の説明は割愛する。
【0020】
アンカー6の上端(ヘッド側)には締付機構を備えたネット押え用のフランジ状の支圧板8が取付けられ、支圧板8とネット4との間にはネット4と表層面との不陸を整合させるワッシャー状の不陸整正マット9が介設されており、支圧板8はナット等(図示しない)により締着固定される。
【0021】
またアンカー6は基盤面1aに対して交角θ(大小2つの角の小さい角)が60°~70°の範囲となるように差込孔及び基盤1に対するアンカー孔を穿設する。後述するように交角θがこの範囲を越えると地滑り防止効果が低下し、これ以下にすると、アンカー孔が深く且つアンカー長が長くなり、工事効率及びコスト面で難点がある。本例では基盤1に対するアンカー孔深さを後述するように約30cm程度以下に納めることができる。
【0022】
さらに本発明では、アンカー6の打設配置は、図1に示すようにそれぞれ正方形の頂点位置で且つこの正方形の一方の対角線を、地滑り方向(斜面の最大傾斜方向)aに沿わせるように配置することにより、左右のアンカー6の中心位置に他方の対角のアンカー6が配置される構造となっている。
【0023】
この配置により、表層1の滑動部分が左右のアンカー6の間の下方中心部で支持され、アンカー配置単位となる正方形自体が滑動単位11となって、その周辺の表層と縁切りされ、滑動時に周辺の滑動の影響を受け難く且つ周辺に影響を与え難くなるという効果がある。
【0024】
これは、正方形内の左右のアンカー6と上下の中間に配置された他のアンカー6との表層2の引止め(滑り止め)効果が連携的に作用するほか、このエリアに滑り方向の力が作用した時、正方形のいずれの頂角も約90°に保たれ、いずれかの頂角が鋭角に形成された場合に比して、全体的にこのエリアの崩れ防止効果を発揮するためである。
【0025】
後述するように、表層厚D=50cm以下の場合の上記滑動単位エリアの左右幅W、上下幅W2は、共に最大3m以下(本例では2.5m以下とした)とすることが、滑動単位の縁切り効果(単位毎の地崩れ防止効果)を保つ上で最も望ましい。これは土留めのためのアンカー間隔は可能な限り狭いことが望ましいが、表層厚Dが50cm以下では上記アンカー間隔(ピッチ)で十分実用に耐え得ることを意味している。
【0026】
尚、図2における矢印bは、表層(地滑り層)2内における跳ね上げ滑りの方向を示し、この跳ね上げ滑りに関しては図9の説明で後述するが、アンカー6の支圧板8によって受け止められる表層2の受け止め位置と、基盤1の表面の該受け止めによって変化した地滑り開始位置とを結ぶ線(跳ね上げ地滑り面2a)によって表される。
【0027】
次に本発明の斜面安定化構造を提案するに当り、発明者が行った表層の浅い法面の地滑りの表層部分の挙動と、効果的なアンカーの配置構造の検討内容について説明する。
【0028】
[法面の表層地滑りとアンカー配置構造の検証について]
1.客土吹付工法により形成された法面の表層滑り
島根県内において崩壊法面の表層地盤浸食防止用として設置された鉄筋(地山に垂直に設置)の具体的被災例として、図3に示すものがある。当事例は、金網をアンカー(地山に直交方向に設置)で地山に固定し、その上から緑化材を吹き付けることで、法面の浸食防止を図ろうとしたものである。
主な抑止力はアンカーにより発揮され、その標準仕様は、主アンカー16mm径×400mm(設置密度0.3本以上/m),補助アンカー9mm径×200mm,1.5本以上/mである。これらの被災要因として、以下のように考えられる。
【0029】
(1)崩壊法面の表層部(厚さ数十センチ程度)は、気象等の影響で徐々に緩みを生じてくる。この場合、層厚の薄い滑りほど重力に伴う表層部の変位(移動)が大きい。
(2)鉄筋は地山に直交する方向に設置されており、上記地盤変位により徐々に曲げ変形が進行した。
(3)緩み層厚が数十センチと薄いこと、鉄筋径が16mm程度と細いことなどから、部分的なすり抜け状態も発生しやすく、鉄筋による抑止機能を発揮する前に、移動層の攪乱(破壊)を生じた。
(4)一方、アンカーは地山への打ち込み式(地山とアンカーとの摩擦抵抗による引抜耐力を確保)であり、十分な引抜耐力が得られなかった。
(5)あるいは,前述したように、表層土の滑動により、アンカー材が曲げ変位することで定着地盤表層部を破壊し、引抜抵抗の低下を助長せしめた。
【0030】
2.表層厚の薄い不安定斜面の適正な縁切り幅
上記のような地滑り要因の内、アンカー打設幅がどのように影響するかにつき検討した。
(1)薄い表層斜面の縁切り幅
図4は箱内サイズが57×75×10(cm)の箱21の底板に、箱深さと略同寸の高さとなる釘22を、釘列幅P~Pで順次4列平行に、上部より釘間隔約5cmで釘22を打ち立て、下端を約10cm空けたものに、川砂を摺り切りで収納したものを上端側より矢印c方向に順次引起して傾斜させ、砂の摺り落ち挙動を観察した図である。この例では各釘列間の幅P~Pはそれぞれ3cm,7cm,12cm,20cmとした。
図4では傾斜に伴って釘列幅P~P2の列の砂が残り、同Pの列の砂が略滑り落ちた状態を示している。
【0031】
この実験結果によれば、箱内で崩壊した砂の上部の残存する線Sで示すように、砂は釘列によって縁切りされ、且つ釘列幅が広い程砂の崩壊が早いことが分かる。換言すれば、表層(地滑り層)の安定性を高めるには、可能な限り細かく縁切りすることが望ましく、図3に関する検討結果を併せると、ルーズ化した表層地盤は、限られた範囲で個々に滑動しているため、縁切りは少なくとも望ましい滑動単位幅以下にすることが適当であり、アンカー等による適正な抑止力を求める上でも合理的である。
【0032】
(2)表層厚D=0.5mを前提とした滑動範囲と縁切り幅
図5は実際の地滑り地において、滑り面深度(表層厚)Dと地滑り幅Wの関係を調べたものであり、平均的にD/W=1/6の関係にある。
【0033】
このように、移動層厚と滑動幅に相関性が認められることから、表層厚D=0.5mとした場合の滑動幅を図6のモデル図を用いて試算すれば図7のようになる。
【0034】
尚、図6は動層厚(表層厚)D=0.5mの場合の安定計算モデル図を示し、同図における表層厚Dと地滑り幅Wは、次の関係式によって求められる。
・移動層の幅=奥行き=A,移動層厚0.5m,滑り面傾斜θ=45°
・滑り面の内部摩擦角φ=35°,粘着力c’=5kN/m
・移動層の単位体積重量γ=18kN/m
・移動層の重量W=0.5・A・γ
・安全率F={Wcosθ・tanφ’+[A+2・(0.5m・A)]・c }/Wsinθ
【0035】
図7は、図6のように移動層の層厚(0.5m),滑り面傾斜,滑り面の内部摩擦角および粘着力を一定とし、移動層の幅(=奥行き)を変化させた場合の、移動層の相対的安全率との関係を求めたものである。なお、粘着力による抵抗成分{A+2(0.5・A)}c’は、移動層の底面および側面の面積に比例するものとしている。
【0036】
図7によれば、滑動幅2.5m付近を境に、これより滑動幅が小さくなるほど相対的安全率が高まり、滑動し難くなることが分かる。一方で滑動幅が広くなるほど徐々に一層不安定化するが、実際には多様な不連続面(不動岩盤等)が出現する確率が高まるため、概略移動層厚D=0.5mの場合の滑動範囲はW=2.5mと見なすことができる(D/W=1/5)。これは、図5に示した表層厚10m以下の浅い地滑りにおける関係(現場実態)ともほぼ一致する。
以上より、縁切り幅(アンカー間隔)W1,W2は3m程度あれば足りるが、2.5m以下が最も望ましい。
【0037】
3.アンカーの配置
縦断方向への縁切り効果を高めるには、図1のように、アンカーを対角線の一方を地滑り方向に沿わせた正菱形状(正方形)に配置することが最も適当である。その理由は、既述のように滑動単位11となる正菱形状の各頂点が鋭角にならず、外圧に対して変形崩壊し難いためである。さらに、合理的な設計に資するよう、アンカー縦列を斜面の最大傾斜方向(地滑り)に沿う形とし、当該斜面で最も危険な断面(設計モデル断面)に容易に対処できるようにすることが望ましい。
【0038】
4.アンカーに求める抑止機能と設置角度
図3に示したように、露岩斜面(道路法面)でも、気象等により表層部が緩み、そのまま放置すれば崩壊する。したがって、鉄筋等により地山を固定する場合、例えば緊張力を与えても設置地盤の緩み等による荷重低下は避けられない。したがって、前述したアンカーの抑止機能のうち引止効果のみを期待し、締付効果は無視しても差し支えないものと考えられる。
【0039】
引止効果を高めるには、アンカー材と滑り面とのなす角θをできるだけ小さくすることが効果的であるが、一方でアンカー削孔長が長くなり不経済となる。
【0040】
その関係は図8で示され、アンカー材と滑り面とのなす交角θを65°~70°とした場合に削孔長が最も短くなり適当である。ただし、交角θが大きくなるほど所要引張力Pが大きくなり、マサ土地盤等の強度の低い地盤では,設計不能となりかねない。したがって、図2に関して説明したように交角はθ≦60°~70°を最も望ましい目安とする.
【0041】
なお、引止効果が主体的に働くよう、アンカー材の交角θを小さくすることで、アンカー材に働く曲げ力は抑制され、既述のようにアンカー材の変形による定着地盤表層部の剥離等も防ぐことができる。
【0042】
5.アンカーの定着方式と効果について
(1)適正なアンカー形式
従来の摩擦型アンカーでは、定着部が引張側より徐々に剥離し、引き抜けやすいため、図2に示すようにアンカー材の先端部にくさび形の拘束具を設け、地上でのアンカー力が定着地盤の深層部に直接伝わるようにする。この場合、アンカー力はくさび(定着体)により孔壁方向に作用するため,孔壁地盤の反力が確保される限り引き抜けることはない。
【0043】
(2)削孔長の削減効果
くさび式アンカーは、拘束度の高いアンカー体側方地盤の支圧強度を利用することから、地盤強度qu≧10MPaであれば、定着長10cmで100kN以上の支持力が得られ、定着長(削孔長)を大幅に削減できる。具体的には
削孔長=移動層0.7m(斜長)+定着体埋設深さ0.2m+定着長0.1m=1.0m
となり、小規模設備による施工(削岩機による人力施工)が可能となる。
【0044】
(3)支圧板の取り付け
図2に示すように、地盤変位とともにアンカー6による抑止力がただちに発揮できるように、アンカー6の頭部は不陸整正マット9を取り付けた後、支圧板を兼ねたキャップで固定する。
【0045】
6.金網等のネットによる抑止機能
上記のようなアンカー6で抑止された不安定土塊は、図9に示すようにアンカー位置で跳ね上げることが想定され、これを面的に敷設するネット4で固定する。
ネット4の所要強度は、跳ね上げ滑りの破断面角αを、滑り面を荷重軸とした主働破壊面(α=45°+φ/2)とし、その跳ね上げる力Trによってもたらされる斜面方向への引張力Pnを負担できるものとする。
【0046】
7.アンカー配置構造の検証結果
(1)金網等のネットと長さ1m程度のアンカーによるシンプルな構造で、道路法面等における表層0.5m厚程度以下の不安定層を固定する工法において、不安定斜面全体をその滑動単位幅以下に縁切りするよう、斜面最大傾斜方向を基準に、縦・横断方向にアンカーを正菱形状に配置することで、以下に述べるように合理的な抑止工を計画することができることが明らかになった。
【0047】
イ.斜面上の不安定土塊の安定度を高めるには、アンカー等でできるだけ細かく縁切りすることが効果的であり、少なくとも個々の滑動ブロックの範囲内に縁切りすることで、その規模が特定され,任意斜面における合理的な抑止工の設計が可能となる。
【0048】
ロ.具体的には、不安定土塊の滑動範囲は移動層厚の5倍程度であり、移動層厚を0.5mとすれば、その滑動範囲は2.5m程度となる。縁切り範囲(固定単位)をこれ以下とし、当該斜面で最も規模の大きいブロックを対象に設計すれば、設計が容易となり、斜面全体の安定も確保しやすい。
【0049】
ハ.アンカーの配置を、斜面最大傾斜方向を基準軸に正菱形状(2.5~3.0mピッチ以下)とすることで、斜面縦断方向での滑りを縁切りすることができる。
【0050】
二.アンカー群のうち、隣接する4本で囲まれた枠内の土塊を,最下端のアンカー(1本)で固定できるよう、縁切り範囲(不安定土塊の規模)を調整することもできる。
【0051】
ホ.最下端のアンカーを乗り越える表層滑りを、面的に敷設するネット(金網等)で固定することで、当該斜面全体の安定化を図ることができる。
【0052】
(2)不安定土塊に対する引止効果をより効果的に発揮できるよう、アンカー材を滑り面(基岩面)に対して上向き方向(斜交)に設置することで、地盤変位の進行を確実に抑止することができる。
【0053】
(3)アンカーの定着をくさび方式とすることで、摩擦型アンカーのような,引張側からの定着部剥離進行を防ぐことができる。
【0054】
(4)くさび式アンカーは、アンカー孔壁(拘束地盤)の支圧強度を利用するため、短い定着長で高い支持力が得られる。摩擦型アンカーに比べ定着長が短くなり、全体の削孔長を削減することができる。
【0055】
(5)アンカーとネットのみによる固定方法が可能であり、施工が容易(工事費削減)となる。
【0056】
8.具体的な実施方法
次に上記検討結果に基いて本発明の斜面安定化構造を具体的に実施する方法につき、以下に補足説明する。
(1)設計
図上において、対象斜面を、斜面最大傾斜方向を基準に、正菱形状に配置するアンカーで縁切り(ブロック化)し、抑止力が最大となるブロックを抽出するとともに、上記最大部ブロックに対し、所要アンカー力およびネットの強度等を求め、全体に当てはめる。
【0057】
(2)施工
イ.対象斜面の整理(伐採等)、アンカー地点の選出
等高線沿いに、例えば滑り方向に対して左右方向に2.5mピッチでアンカー地点をマークし、これを基準に、その中間地点を通る斜面縦断方向にも2.5mピッチ(斜距離,千鳥配置)でマークする。この時斜面の向き(最大傾斜方向)によってすり付け部が生ずるが、その場合、アンカー間の許容最大間隔3.0mを保持する。
【0058】
ロ.アンカーの設置
アンカー予定地点を削孔し、アンカー材を設置(定着)する。この場合、地山斜面をネットで密着状に固定するには、アンカー地点はできるだけ凹部が適当であり、予定地点より0.5m程度の範囲内にずらすこともできる(ただし、アンカー間隔は最大3.0m以下とする)。さらに、図2に示すように引止効果を発揮できるよう、アンカーは滑り面(基岩面)に対して上向き方向(斜交)とし、アンカー材と滑り面との交角はθ≦60°~70°を目安とする。
【0059】
ハ.金網等のネット敷設
斜面頭部より、地山の凹凸に沿ってネットを敷設し、ネットは、上記固定用アンカーおよびラスピン等で、地山に密着状態となるように固定する。
【0060】
ニ.アンカー頭部の支圧版(キャップ)の取り付け
アンカーによる抑止力が地盤変位とともに即座に発揮できるよう、アンカー材頭部を不陸整正マットで整形したのち支圧板(キャップ)で固定する。
【符号の説明】
【0061】
1 基盤(岩盤,不動層)
1a 基盤面(滑り面)
2 不安定層(表層,移動層,滑動層)
2a 跳ね上り地滑り面
3 傾斜地盤
4 ネット(金網)
6 アンカー
7 定着体
8 支圧板
9 不陸整正マット
11 滑動単位
a 滑り方向
D 表層厚(移動層厚)
,W 滑動単位幅
θ 地盤傾斜
θ 交角
α 手働破壊角
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9