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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-29
(45)【発行日】2022-09-06
(54)【発明の名称】音響出力装置
(51)【国際特許分類】
   H04R 1/10 20060101AFI20220830BHJP
   H04R 3/00 20060101ALI20220830BHJP
   G10K 11/178 20060101ALI20220830BHJP
【FI】
H04R1/10 101B
H04R1/10 104E
H04R3/00 310
G10K11/178 110
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018056811
(22)【出願日】2018-03-23
(65)【公開番号】P2019169871
(43)【公開日】2019-10-03
【審査請求日】2021-01-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000004075
【氏名又は名称】ヤマハ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125689
【弁理士】
【氏名又は名称】大林 章
(74)【代理人】
【識別番号】100128598
【弁理士】
【氏名又は名称】高田 聖一
(74)【代理人】
【識別番号】100121108
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 太朗
(72)【発明者】
【氏名】小長井 裕介
【審査官】渡邊 正宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-015585(JP,A)
【文献】特表2017-511025(JP,A)
【文献】特表2015-537465(JP,A)
【文献】特開2011-035560(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10K 11/00-13/00
H04R 1/10
H04R 3/00- 3/14
H04R 25/00-25/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号に第1信号処理を施す第1信号処理部と、
前記第1信号処理が施された信号に基づいてスピーカーから出力された音を内部マイクで収音するとともに、収音により得られた信号と、前記入力信号とを解析して、その解析結果に基づいて前記第1信号処理を制御する解析部と、
を含み、
前記解析部は、前記入力信号における特定の周波数帯域のレベルが予め定められた閾値未満である場合に、前記解析を実行しない
音響出力装置。
【請求項2】
前記解析部は、
前記レベルが予め定められた閾値以上となった期間の累積期間が閾値期間に達した場合に、前記第1信号処理を制御する
請求項1に記載の音響出力装置。
【請求項3】
前記解析部は、
2以上の異なる周波数帯域のレベルがそれぞれに定められた閾値以上となった場合に、前記解析を実行し、
前記閾値以上となった期間の累積期間が閾値期間に達した場合に、前記第1信号処理を制御する
請求項1または2に記載の音響出力装置。
【請求項4】
前記内部マイクで収音した信号の逆相信号、または、リスナーの周辺音を外部マイクで収音した信号の逆相信号、
の少なくとも一方を前記第1信号処理が施された信号に加算する加算部を、含む
請求項1または2に記載の音響出力装置。
【請求項5】
リスナーの周辺音を外部マイクで収音した信号に第2信号処理が施された信号と、前記第1信号処理が施された信号とを加算する加算部を、含み、
前記解析部は、前記解析結果に基づいて前記第2信号処理を制御する
請求項1または2に記載の音響出力装置。
【請求項6】
前記解析部は、
前記外部マイクで収音して得られた信号のレベルが所定値未満である場合に、前記解析を実行する
請求項4または5に記載の音響出力装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば音響出力装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘッドホンやイヤホンなどの音響出力装置では、リスナーの装用状態によって音響特性が変化してしまうことがある。近年では、デザイン性を重視した形状のイヤーパッドや、圧迫感に配慮した低側圧タイプのイヤーパッドなどが用いられる傾向がある。このようなイヤーパッドを用いた音響出力装置を、リスナーが正しく装用しないと、設計通りの音響特性を付与することができなくなる。また、ヘッドホンの装用状態に限らず、リスナーの頭部形状や、耳の大きさ、メガネの有無などのリスナーの身体的な要因によって、設計通りの音響特性を付与することができないこともある。
【0003】
このような、リスナーの装用状態や身体的要因などの相違によらずに、設計通りの音響特性を付与するための技術としては、例えば次のような技術が挙げられる。詳細には、入力信号による再生目標特性と、該音声信号に対する信号処理が施された信号に基づいて出力された音をヘッドホンの内側に設けられるマイクで収音して得られる特性との差分を算出し、算出した差分に基づいて信号処理を入力信号に施す技術が挙げられる(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-15585号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記技術では、入力信号における周波数のうち、ある特定の帯域のレベルが不十分である場合、差分に基づく信号処理を正確に実行できないという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明の一態様に係る音響出力装置は、入力信号に第1信号処理を施す第1信号処理部と、前記第1信号処理が施された信号に基づいてスピーカーから出力された音を内部マイクで収音するとともに、収音により得られた信号と、前記入力信号とを解析して、その解析結果に基づいて前記第1信号処理を制御する解析部と、を含み、前記解析部は、前記入力信号における特定の周波数帯域のレベルが予め定められた閾値以上となった場合に、前記解析および前記第1信号処理の制御を実行する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】第1実施形態に係るヘッドホンを示す図である。
図2】ヘッドホンの構成を示すブロック図である。
図3】ヘッドホンの動作を説明するためのフローチャートである。
図4】ヘッドホンの動作を説明するための図である。
図5】ヘッドホンの装用状態による周波数応答の相違を説明するための図である。
図6】第2実施形態に係るヘッドホンを示す図である。
図7】ヘッドホンの構成を示すブロック図である。
図8】第3実施形態に係るイヤホンの構造を示す図である。
図9】イヤホンの装用状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の実施形態に係る音響出力装置について図面を参照して説明する。音響出力装置は、典型的には、上述したようにヘッドホンおよびイヤホンである。そこでまず、音響出力装置としてヘッドホンを例にとって説明する。
【0009】
<第1実施形態>
図1は、第1実施形態に係る音響出力装置の一例であるヘッドホン1aの構成を示す図であり、図2は、ヘッドホン1aにおける2チャンネルのうち、1チャンネル分の構成を示すブロック図である。
図1に示されるように、ヘッドホン1aは、ヘッドホンユニット10L、10Rと、ヘッドバンド3と、アーム4Lおよび4Rと、を含む。ヘッドバンド3は、弾力性を有する金属または樹脂などにより、長手方向に円弧を描く形状となっている。ヘッドバンド3の両端のうち、一端側(図において左側)には、アーム4Lを介して、左耳用のヘッドホンユニット10Lが取り付けられ、他端側(図において右側)には、アーム4Rを介して、右耳用のヘッドホンユニット10Rが取り付けられている。
【0010】
ヘッドホンユニット10Lは、略円筒形状のハウジング170と、該ハウジング170に取り付けられたイヤーパッド182とを有する。
イヤーパッド182は、リスナーの耳を覆うための円環形状の緩衝部材である。イヤーパッド182が取り付けられるハウジング170の面のうち、円環形状のイヤーパッド182のほぼ中心には、スピーカー(ドライバー)140が設けられる。ヘッドホンユニット10Lにおけるスピーカー140は、ステレオのLチャンネルの信号を音に変換して出力する。
また、イヤーパッド182が取り付けられるハウジング170の面のうち、スピーカー140の近傍には、マイク150が設けられる。マイク150は、ヘッドホン1aがリスナーに装用された場合に、イヤーパッド182で密閉された外耳道を含む空間においてスピーカー140から出力された音を収音する。
ヘッドホンユニット10Rについても、ヘッドホンユニット10Lと同様に、ハウジング170とイヤーパッド182とを有し、イヤーパッド182が取り付けられるハウジング170の面には、スピーカー140およびマイク150が設けられる。
【0011】
ヘッドホンユニット10Lにおける左耳用の電気回路と、ヘッドホンユニット10Rにおける右耳用の電気回路とは、互いにほぼ同一である。このため、電気回路については、左耳用のヘッドホンユニット10Lを例にとって説明する。
【0012】
図2に示されるように、ヘッドホンユニット10Lは、IF122、信号処理部16a、DAC132、アンプ134、152、スピーカー140、マイク150、ADC154を含む。
IF(InterFace)122は、外部端末200から、例えば無線によりデジタルで信号を受信するインターフェイスである。IF122が受信する信号は、外部端末200で再生されてリスナーに聴かせるコンテンツのオーディオ信号であり、信号Sa(すなわち入力信号)として信号処理部16aに供給される。
【0013】
なお、IF122は、無線ではなく有線で信号を受信しても良いし、デジタルではなくアナログで受信しても良い。アナログの信号を受信する場合には、後段の信号処理のために、図示省略されたAD変換器によりデジタルに変換される。
また、IF122は、外部端末200から、コンテンツ以外の信号を受信する場合もある。例えばIF122は、外部端末200においてヘッドホン1aの制御するためのアプリケーションプログラムが実行された場合に、該アプリケーションでなされた各種の指示信号を受信する。各種の指示信号は、図示省略された経路で制御部160に供給される。
【0014】
信号処理部16aは、例えばDSP(Digital Signal Processor)であり、各部を制御する制御部160と、解析処理を実行する解析部161と、信号Saに信号処理を施す音色調整部164とを有する。このうち、制御部160は、各種データおよびプログラムを記憶する記憶部や、時間を計測するためのカウンタなどを内蔵し、記憶部に記憶されたプログラムにしたがって信号処理部16aの各部を後述するように制御する。また、解析部161は、比較部162と補正係数供給部163とを含む。
なお、信号処理部16aは、DSPではなく、マイクロコンピュータによって実現しても良い。また、信号処理部16aの一部については、外部端末200などのヘッドホン1a以外の機器において、ソフトウェア処理により実現しても良い。すなわち、信号処理部16aの一部または全部の処理については、DSPやマイクロコンピュータなどで区分することなく、実現することが可能である。
【0015】
音色調整部164は、ヘッドホン1aに設計された音響特性を信号Saに付与するイコライザーである。なお、音色調整部164が付与する音響特性については、補正係数供給部163から供給される補正係数にしたがって補正されることがある。また、音色調整部164により音響特性が付与される処理を第1信号処理と呼ぶ場合がある。この場合に、第1信号処理は、後述するように解析部161による信号Saと信号Sfとの解析結果に基づいて制御されることになる。
DAC(Digital
to Analog Converter)132は、音色調整部164によって第1信号処理が施された信号をアナログに変換し、アンプ134は、DAC132により変換された信号を増幅する。スピーカー140は、アンプ134により増幅された信号を空気の振動、すなわち音に変換して出力する。
【0016】
マイク150(内部マイク)は、ヘッドホン1aがリスナーに装用された場合に、スピーカー140の出力面から鼓膜に至るまで、イヤーパッド182によって密閉された空間において、スピーカー140から出力された音を収音する。アンプ152は、マイク150により収音された信号を増幅し、ADC(Analog to Digital Converter)154は、アンプ152により増幅された信号をデジタルの信号Sfに変換する。
【0017】
比較部162は、次のような機能を有する。詳細には、比較部162は、第1に、信号Saにおける周波数のうち、帯域1(100以上200Hz未満の周波数帯域)のレベルが閾値Th1以上であるか否かを判別する機能、および、帯域2(1k以上2kHz未満の周波数帯域)のレベルが閾値Th2以上であるか否かを判別する機能と、第2に、信号Saと信号Sfとを比較し、信号Saに対する信号Sfの差分を示す情報を出力する機能とを、それぞれ有する。
なお、帯域1および帯域2の意義については後述する。また、信号Saに対する信号Sfの差分を示す情報とは、典型的には、信号Saに対する信号Sfのレベルの差を周波数にわたって規定する情報である。このため、差分を示す情報を、差分特性と表現する場合もある。また、比較の例としては、信号Saと信号Sfとをそれぞれ高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform)した上で、両信号の例えばクロススペクトルを求める方法などが挙げられる。
補正係数供給部163は、信号Saに対する信号Sfの差分特性が設計された音響特性に近づく方向となるような補正係数を出力する。この補正係数により、音色調整部164で付与される音響特性が補正される。
次に、信号処理部16aの動作の詳細について説明する。
【0018】
図3は、信号処理部16aの動作を説明するためのフローチャートである。
なお、この動作は、信号Saが入力されたとき(例えば、信号Saの振幅が一定期間にわたってゼロの状態から閾値以上に変化したとき)や、リスナーから指示があったとき(例えば、外部端末200でアプリケーションプログラムが実行されている場合に、特定の操作があったとき)、図示省略されたスイッチが操作されたときなど、を契機として実行される。
【0019】
まず、制御部160は、各種の初期設定の処理を実行する(ステップS12)。
ここで、各種の初期設定とは、具体的には制御部160に内蔵されるカウンタをゼロにリセットする処理や、前回の計測において記憶部に記憶した補正係数を補正係数供給部163に供給し、該補正係数を補正係数供給部163が音色調整部164に転送する処理などである。したがって、音色調整部164は、初期状態では、前回の動作により補正された音響特性を信号Saに付与することになる。
【0020】
カウンタは、信号Saのうち、帯域1のレベルが閾値Th1以上であって、かつ、帯域2のレベルが閾値Th2以上となる時間を計測する。カウンタでは、以前の計測結果が残存しているので、この初期設定によりゼロにリセットにされる。
【0021】
初期設定の後、制御部160は、比較部162に、信号Saにおける帯域1のレベルが閾値Th1以上であるか否かを判別させる(ステップS14)。帯域1のレベルが閾値Th1以上であるという判別結果を比較部162から受けとった場合(ステップS14の判別結果が「Yes」である場合)、次に制御部160は、比較部162に、信号Saにおける帯域2のレベルが閾値Th2以上であるか否かを判別させる(ステップS16)。帯域2のレベルが閾値Th2以上であるという判別結果を比較部162から受けとった場合(ステップS16の判別結果が「Yes」である場合)、すなわち、計測条件を充足する場合、制御部160は、カウンタによる時間計測を開始する(ステップS18)。
【0022】
なお、帯域1および帯域2におけるレベルの判別については、比較部162が制御部160による指示にしたがって例えば信号Saを高速フーリエ変換し、帯域1のレベルが閾値Th1以上であって、かつ、帯域2のレベルが閾値Th2以上となったか否かの判別結果を制御部160に通知する構成で可能である。ただし、この構成では、比較部162が、常時、高速フーリエ変換することが前提となるので、消費電力の観点からいえば不利である。このため、比較部162が、帯域1を通過域とするバンドパスフィルターで信号Saをフィルタリングし、このフィルタリング後における信号のレベルを判別して、該判別結果を制御部160に通知する構成が好ましい。帯域2におけるレベルの判別についても同様である。
【0023】
カウンタによる時間計測の開始後、制御部160は、比較部162に対し、信号Saに対する信号Sfの差分特性(瞬時値)の出力を指示して、該差分特性を取得する(ステップS20)。なお、制御部160は、取得した差分特性を時間平均化のために積算させる。
【0024】
ステップS20の後、制御部160は、カウンタで計測した時間が閾値期間に達したか否かを判別する(ステップS22)。
カウンタで計測された時間が閾値期間に達していなければ(ステップS22の判別結果が「No」であれば)、処理手順をステップS14に戻す。
一方、ステップS14またはS16の判別結果が「No」であれば、制御部160は、カウンタによる時間計測を一旦停止させて(ステップS24)、処理手順をステップS14に戻す。
このようなステップS14~S22の繰り返し処理において、計測条件を充足しない状態では、カウンタによる時間計測が停止する。逆にいえば、計測条件を充足する場合に限り、計測条件を充足した時間がカウンタにより累積的に計測されて、取得した差分特性が積算されることになる。
【0025】
制御部160は、カウンタで計測した時間が閾値期間に達していれば(ステップS22の判別結果が「Yes」であれば)、ステップS26において次のような処理を実行する。詳細には、制御部160は、第1に、積算した差分特性を閾値期間に相当する時間で除して、差分特性の時間で平均化した特性を求め、第2に、求めた差分の平均化特性を補正係数供給部163に供給し、第3に、補正係数供給部163に対し、信号Saに対する信号Sfの差分特性が設計された音響特性となるような補正係数を、差分の平均化特性に基づいて出力させる旨を指示する。
【0026】
この指示により、補正係数供給部163は、補正係数を生成して、制御部160および音色調整部164に供給する。
この補正係数により、音色調整部164による音響特性が補正される。
なお、音響特性の補正に際し、例えばAという音響特性からBという音響特性に一気に切り替わると、その差が耳につきやすい。このため、音響特性Aから音響特性Bへの変更については例えば1秒以上かけて、緩やかに変更される構成が好ましい。
【0027】
制御部160は、音色調整部164から補正係数が供給されると、該補正係数を内部の記憶部に記憶させて(ステップS28)、この動作を終了させる。
なお、記憶部に記憶された補正係数は、次回、信号Saが再度入力されたときや、リスナーから指示があったとき等において読み出されて、ステップS12における初期設定に用いられることになる。
【0028】
図4は、カウンタによる時間計測を説明するための図である。
図4における上段は、帯域1のレベルが、タイミングT1からT2までの期間、タイミングT3からT4までの期間、および、タイミングT5からT6までの期間にわたって閾値Th1以上となっている状態を示し、図4における下段は、帯域2のレベルが、タイミングT11からT12までの期間、および、タイミングT15以降の期間において閾値Th2以上となっている状態を示している。この状態において計測条件を充足する期間は、図4においてハッチングが施されたタイミングT1からT2までの期間、および、タイミングT5からT6までの期間であり、これらの期間にわたって、信号Saと信号Sfとの比較結果に基づいた差分特性が積算される。そして、計測条件を充足した期間の累積期間が閾値期間に達すれば、積算した差分特性の時間で平均化した特性が求められて、この平均化特性に基づいて音響特性が補正される。
【0029】
図5は、ヘッドホン1aの装用状態によってリスナーの鼓膜に到達する周波数特性がどのように相違するのかを説明するための図である。
図5における実線は、設計通りの音響特性を付与したときの周波数特性(目的特性)を示す図である。また、同図における破線は、特定のリスナーが装用した時の周波数特性(実際特性)を示す図である。
【0030】
図5において、実際特性が目的特性から変動している理由は、ヘッドホンの装用状態が正しくないためや、リスナーの身体的要因などのため、など様々である。この変動が、帯域1で代表される数百Hz以下の低域と、数kHz以上の高域(以下「帯域3」と称する)とで発生している理由は、次のように考えられる。
音響特性のうち、低域側の特性は、イヤーパッドによりリスナーの耳を塞いだときの密閉度の影響を受けやすいためである。例えばヘッドホンの装用において、イヤーパッドによる耳の密閉が不十分であると、低域側が不足する傾向が現れる。一方、高域における音の指向性は、低中域における音の指向性よりも強いので、ヘッドホンの装用によってスピーカーの放音方向がずれると、高域側のレベルが変動しやすくなるためである。
低音および高音と比較して、他の帯域2で代表される1~2kHz付近の中域では、実際特性が目的特性から、あまり変動していない。したがって、中域では、ヘッドホンの装用状態やリスナーの身体的要因などの影響を受けにくい、と言うことができる。
【0031】
このため、目的特性に対する実際特性(信号Sfの周波数特性)を、変動の小さい帯域2を基準として正規化すれば、信号Sfの周波数特性のうち、帯域1および帯域3における変動量を精度良く推定できる。
換言すれば、信号Saに対する信号Sfの差分特性が設計された音響特性となるように補正する場合に、信号Saにおいて帯域2のレベルが十分でないと、音響特性を精度良く補正できないと考えられる。極端にいえば、信号Saにおいて帯域2のレベルがゼロであれば、上記正規化ができないので、音響特性の補正は不正確になると考えられる。そこでまず、本実施形態では、帯域2のレベルが閾値Th2以上である場合を、計測条件を充足する場合の第1条件としている。
【0032】
次に、実施形態では、帯域1のレベルが閾値Th1以上である場合を、計測条件を充足する場合の第2条件としている。
このように、本実施形態では、帯域2のレベルが閾値Th2以上であるという第1条件を充足し、かつ、帯域1のレベルが閾値Th1以上であるという第2条件を充足している場合を計測条件を充足している場合としている。本実施形態では、計測条件を充足している場合に、差分情報を積算し、計測条件を充足する期間の累算期間が閾値期間となったときに、差分情報の積算値から平均特性を求めて、当該平均特性から音響特性を補正している。
したがって、本実施形態に係るヘッドホン1aによれば、リスナーの装用状態や身体的要因などの相違によらずに、設計通りの音響特性を精度良く付与することが可能となる。
【0033】
なお、帯域1に代えて帯域3について補正する場合には、帯域3のレベルが図示省略された閾値Th3以上である場合が、計測条件を充足する場合の第2条件となる。具体的には、帯域1に代えて帯域3について補正する場合、ステップS14において、制御部160は、比較部162に、信号Saにおける帯域3のレベルが閾値Th3以上であるか否かを判別させ、この判別結果が「Yes」であれば、ステップS16の処理を実行すれば良い。さらに、ステップS22の判別によりカウンタで計測した時間が閾値期間に達していれば、制御部160は、ステップS26、S28の処理を実行すれば良い。
【0034】
また、帯域1に加えて帯域3を補正する場合には、帯域1のレベルが閾値Th1以上である場合であって、かつ、帯域3のレベルが閾値Th3以上である場合が、計測条件を充足する場合の第2条件となる。具体的には、帯域1に加えて帯域3について補正する場合、ステップS14において、制御部160は、比較部162に、帯域1のレベルが閾値Th1以上である場合であって、かつ、帯域3のレベルが閾値Th3以上である否かを判別させ、この判別結果が「Yes」であれば、ステップS16の処理を実行すれば良い。さらに、ステップS22の判別によりカウンタで計測した時間が閾値期間に達していれば、制御部160は、ステップS26、S28の処理を実行すれば良い。
なお、第1条件を充足していれば、帯域1または/および帯域3の変動量が推定できるので、第2条件については、計測条件から外しても良い。
【0035】
また、本実施形態に係るヘッドホン1aによれば、計測条件を充足する期間の累算期間が閾値期間に達すると、音響特性が補正されて動作が終了するので、以降については、無駄な電力消費を抑えることができる。
本実施形態では、測定に特化した特殊なトーン信号を用いずに、リスナーに聴かせるコンテンツの信号を用いて音響特性を測定し補正する。すなわち、本実施形態によれば、コンテンツの音を聴取している状態のバックグラウンドで音響特性が補正されるので、リスナーに、音響特性が補正されていることを意識させないで済むし、また、不愉快なトーン信号を聴かせないことができる。
【0036】
なお、帯域1における閾値Th1と、帯域2における閾値Th2とは同じであっても良いし、異なっていても良い。
【0037】
<第2実施形態>
次に、第1実施形態に係るヘッドホン1aに、ヒアスルー機能およびノイズキャンセリンリング機能を追加した第2実施形態について説明する。
【0038】
図6は、第2実施形態に係るヘッドホン1bの構成を示す図であり、図7は、ヘッドホン1bにおける1チャンネル分の構成を示すブロック図である。
図6に示されるように、ヘッドホン1bでは、ヘッドホン1a(図1参照)と比較して、例えば左右のハウジング170の各々にマイク110(外部マイク)が設けられている。マイク110は、ヘッドホン1bを装用するリスナーの周辺音を収音する。
【0039】
図7に示されるように、ヘッドホン1bは、ヘッドホン1a(図2参照)と比較して、マイク110、アンプ112、ADC114を含み、信号処理部16aとは異なる信号処理部16bを有する。
アンプ112は、マイク110により収音された信号を増幅し、ADC114は、アンプ112により増幅された信号をデジタルの信号Sbに変換する。
信号処理部16bは、信号処理部16aと比較して、さらに、逆相信号生成部165と、音色調整部166と、逆相信号生成部167と、加算部169とを有する。
【0040】
逆相信号生成部165は、フィードフォワードノイズキャンセル機能のために、信号Sbに対し、広い周波数帯域にわたって振幅がほぼ等しく、かつ、位相が反転した関係にある逆相信号を生成する。したがって、信号Sbの逆相信号に基づく音をスピーカー140から出力すれば、リスナーの周辺音が抑圧されるはずである。ただし、スピーカー140から出力される音は、リスナーの外耳道を経由して鼓膜に至る。すなわち、スピーカー140から出力される音は、リスナーの外耳道を経由して鼓膜に至るまでの空間を伝達する。このため、周辺音を抑圧するために信号Sbの逆相信号を生成するにあたっては、上記空間の伝達特性を考慮する必要がある。
【0041】
ただし、上記空間の伝達特性については、特定のリスナーではなく、代表的なリスナーを想定して設計されるので、逆相信号生成部165において補正なしの逆相信号では、必ずしも、周辺音に対する抑圧が十分でない場合が生じ得る。このため、逆相信号生成部165で生成される逆相信号の特性が、補正係数供給部163から供給される補正係数で補正される構成となっている。詳細には、逆相信号生成部165で生成される逆相信号の特性は、信号Saに対する信号Sfの差分特性が設計された音響特性となるように、補正される。
【0042】
音色調整部166は、信号Sbに所定の音響特性を付与して、周辺音のうち会話やアナウンスなどの音声を(密閉によってこもった音でなく)自然な感じで聴かせるというヒアスルー機能のために設けられる。音色調整部166の音響特性についても、スピーカー140からリスナーの鼓膜に至るまでの空間の伝達特性を考慮する必要があるので、補正係数供給部163から供給される補正係数によって補正される構成となっている。
また、音色調整部166により音響特性が付与される処理を第2信号処理と呼ぶ場合がある。この場合に、第2信号処理は、解析部161による信号Saと信号Sfとの解析結果に基づいて制御されることになる。
【0043】
逆相信号生成部167は、フィードバックノイズキャンセル機能のために、信号Sfの逆相信号を生成する。逆相信号生成部167で生成される逆相信号の特性についても、スピーカー140からリスナーの鼓膜に至るまでの空間の伝達特性を考慮する必要があるので、補正係数供給部163から供給される補正係数によって補正される構成となっている。
【0044】
加算部169は、音色調整部164により音響特性が補正された信号、逆相信号生成部165により生成された逆相信号、音色調整部166により音響特性が補正された信号、および、逆相信号生成部167により生成された逆相信号を加算して、該加算信号をDAC132に供給する。
したがって、ヘッドホン1bにおいてスピーカー140は、該加算信号に基づく音を出力することになる。
【0045】
第2実施形態に係るヘッドホン1bによれば、第1実施形態に係るヘッドホン1aと同様な効果にくわえて、騒音としての周辺音を精度良く抑圧することができるとともに、情報としての周辺音である会話やアナウンスなどの音声を自然な感じでリスナーに聴かせることができる。
【0046】
ヘッドホン1bでは、ヘッドホン1aと同様に、リスナーに聴かせるコンテンツの信号Saを用いて、該信号Saに付与する音響特性を補正することができる。一方、ヘッドホン1bでは、ヘッドホン1aとは異なり、マイク110により周辺音を収音できる構成となっているので、測定に対して雑音となる周囲音のレベルを正確に知ることができる。そこで、信号Saに基づく音以外の暗騒音が、すなわち、マイク110により収音された周辺音のレベルが閾値未満となっている条件を、計測条件に加重して、信号Saに対する信号Sfの差分特性を示す情報を積算する構成としても良い。
なお、マイク110により収音された周辺音のレベルについては、特定の1以上帯域のレベルで判別しても良い。
【0047】
また、ヘッドホン1bにあっては、フィードフォワードノイズキャンセル機能およびフィードバックノイズキャンセル機能については、リスナーからの指示により(例えば、外部端末200に対して特定の操作があって、該特定の操作についてIF122を介して制御部160が受信したとき)個別にまたは一括してオンオフさせる構成としても良い。
すなわち、マイク150で収音した信号の逆相信号、または、マイク110で収音した信号の逆相信号の少なくとも一方を、もしくは、双方を、音色調整部164により第1信号処理が施された信号に、加算部169により加算する構成としても良い。
この構成において、音色調整部164、166における音響特性の補正については、ノイズキャンセル機能がオンとなっている場合に限り実行する構成としても良い。
【0048】
<第3実施形態>
上述した第1実施形態および第2実施形態では、音響出力装置としてヘッドホン1a、1bを例示したが、イヤホンとしても適用可能である。
【0049】
図8は、第3実施形態に係る音響出力装置の一例であるイヤホン20の構造を示す図である。
この図に示されるようにイヤホン20は、カナル型であり、ハウジング270およびイヤーピース282を含む。
ハウジング270は、概略筒状である。ハウジング270の内部空間には、スピーカー140およびマイク150が設けられる。詳細には、ハウジング270の内部空間を区画するように、スピーカー140の放音面が外耳道に向かう方向に取り付けられる。マイク150は、ハウジング270の内部空間においてスピーカー140で区画される空間のうち、外耳道側(図において右側)の空間に取り付けられる。
なお、ハウジング270には、装用時において、スピーカー140で区画される内部空間のうち、外耳道寄り空間において、外部と通気させる通気孔278が1または複数設けられる。
【0050】
イヤーピース282は、ポリビニルやスポンジなどの弾力性を有する素材により、開口部286で開口する中空の砲弾形に成形されて、ハウジング270の外耳道側に対し着脱自在となっている。イヤーピース282がハウジング270に取り付けられた状態では、開口部286がハウジング270の内部空間に連通する。
【0051】
なお、イヤホン20の電気的な構成については、例えば図2に示されるヘッドホン1aの構成と同一である。
すなわち、イヤホン20は、IF122、信号処理部16a、DAC132、アンプ134、152、スピーカー140、マイク150、ADC154を含み、このうち、スピーカー140およびマイク150以外の要素については、図8においては省略されているが、ハウジング270の内部空間においてスピーカー140で区画される空間のうち、外耳道とは反対側(図において左側)の空間に取り付けられる。
【0052】
図9は、イヤホン20の装用状態を示す図であり、詳細には、イヤホン20がリスナーWの右耳に装用された状態を示す図である。この図に示されるように、イヤホン20のイヤーピース282が外耳道314に挿入される。詳細には、開口部286が鼓膜312に向かう方向に、イヤーピース282が外耳道314に挿入される一方で、ハウジング270の一部が外耳道314から露出した状態となる。
なお、図示が省略されているが、左耳用のイヤホンについても、右耳用のイヤホン20と同様である。
【0053】
図9は、イヤホン20が正しく装用された状態を示している。ただし、ハウジング270が傾いた状態で装用されたり、また、外耳道314の大きさや形状の個人差によりイヤーピース282の密閉状況が異なったりすると、音響特性の補正なしでは、設計通りの音響特性を付与できなくなる。イヤホン20によれば、ヘッドホン1aと同様に、装用状態やリスナーの身体的要因などによらずに、設計通りの(または設計に近い)音響特性を付与することができる。
【0054】
<応用例>
上述した第1実施形態、第2実施形態および第3実施形態(以下、実施形態等と呼ぶ)は、多様に変形され得る。具体的な変形の態様を以下に例示する。以下の例示から任意に選択された2以上の態様を併合することも可能である。
【0055】
上述した実施形態等では、マイク150が、イヤーパッド182により密閉された空間での音を収音するので、例えばリスナーによる身体運動したときなど、コンテンツとは全く無関係な音(例えば擦れ音など)を収音する可能性がある。そこで、比較部162は、信号Saと信号Sfとの相関性が著しく低い場合(例えば相関性を示すパラメータが閾値よりも小さい場合)であれば、計測条件を充足していても、信号Saと信号Sfとを比較しない構成としても良い。
【0056】
また例えば、低域と中域とを比較したときに、中域の特定には、比較的短期間で済むのに対し、低域の特定には比較長期間要する。このため、信号Saにおける帯域1のレベルが閾値Th1以上であるか否かの判別と、帯域2のレベルが閾値Th2以上となるか否かの判別とを別々に実行し、閾値Th1以上となる累積期間の閾値期間を、帯域2のレベルが閾値Th2以上となる累積期間の閾値期間よりも長く設定して、低域側の精度を確保する構成としても良い。
【0057】
上述した実施形態等では、計測条件を充足する場合として、信号Saにおける帯域2のレベルが閾値Th2以上である第1条件を充足し、かつ、帯域1のレベルが閾値Th1以上である第2条件を充足する場合を例にとって説明したが、この計測条件は、上述したように第1条件だけでも良い。
また、ヘッドホン1a、1bでは、装用状態によって低域側が変動しやすいので、帯域1のレベルが閾値Th1以上である場合を第2条件としたが、イヤホン20では、装用状態の傾きなどによって、低域よりも高域が変動しやすい場合があるので、帯域1に代えて第3のレベルが所定の閾値以上である場合を、第2条件としても良い。
また、帯域1、帯域2および帯域3のレベルがすべて閾値以上であれば、計測条件が充足されたと判別する構成としても良い。また、レベルを判別する帯域については、4以上としても良い。
【0058】
実施形態等では、帯域1を100~200Hzとし、帯域2を1k~2kHzとし、帯域3を数kHz以上として説明したが、その理由は、この周波数帯域の判別が有効であるために過ぎないので、具体的な周波数帯域については上記に限定されない。
【0059】
<付記>
上述した実施形態等から、例えば以下のような態様が把握される。
【0060】
<態様1>
本発明の好適な態様1に係る音響出力装置は、入力信号に第1信号処理を施す第1信号処理部と、前記第1信号処理が施された信号に基づいてスピーカーから出力された音を内部マイクで収音するとともに、収音により得られた信号と、前記入力信号とを解析して、その解析結果に基づいて前記第1信号処理を制御する解析部と、を含み、前記解析部は、前記入力信号における特定の周波数帯域のレベルが予め定められた閾値以上となった場合に、前記解析を実行する。
態様1によれば、装用状態やリスナーの身体的要因などによらずに、第1信号処理により入力信号に付与する音響特性の精度を高めることができる。
【0061】
<態様2>
態様2に係る音響出力装置は、上記態様1に係る音響出力装置おいて、前記解析部は、前記レベルが予め定められた閾値以上となった期間の累積期間が閾値期間に達した場合に、前記第1信号処理を制御する。
態様2によれば、例えば平均化などにより音響特性の精度を高めることができる。
【0062】
<態様3>
態様3に係る音響出力装置は、上記態様1または態様2係る音響出力装置おいて、前記解析部は、2以上の異なる周波数帯域のレベルがそれぞれに定められた閾値以上となった場合に、前記解析を実行し、前記閾値以上となった期間の累積期間が閾値期間に達した場合に、前記第1信号処理を制御する。
態様3によれば、複数帯域のレベルを判別することにより音響特性の精度を高めることができる。
【0063】
<態様4>
態様4に係る音響出力装置は、上記態様1または態様2に係る音響出力装置おいて、前記内部マイクで収音した信号の逆相信号、または、リスナーの周辺音を外部マイクで収音した信号の逆相信号、の少なくとも一方を前記第1信号処理が施された信号に加算する加算部を、含む。
態様4によれば、周辺音を抑圧することが可能となる。
【0064】
<態様5>
態様5に係る音響出力装置は、上記態様1または態様2に係る音響出力装置おいて、リスナーの周辺音を外部マイクで収音した信号に第2信号処理が施された信号と、前記第1信号処理が施された信号とを加算する加算部を、含み、前記解析部は、前記解析結果に基づいて前記第2信号処理を制御する。
態様5によれば、周辺音のうち会話やアナウンスなどの音声を自然な感じでリスナーに聴かせることができる。
【0065】
<態様6>
態様6に係る音響出力装置は、上記態様4または態様5に係る音響出力装置おいて、前記解析部は、前記外部マイクで収音して得られた信号のレベルが所定値未満である場合に、前記解析を実行する。
態様6によれば、入力信号に基づく音以外の暗騒音による影響を小さく抑えることができる。
【符号の説明】
【0066】
1a、1b…ヘッドホン、20…イヤホン、16a、16b…信号処理部、110、150…マイク、140…スピーカー、160…制御部、162…比較部、163…補正係数供給部、164、166…音色調整部、169…加算部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9