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特許7131745深さ方向組成分析方法およびそれを具備する分析装置
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  • 特許-深さ方向組成分析方法およびそれを具備する分析装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-29
(45)【発行日】2022-09-06
(54)【発明の名称】深さ方向組成分析方法およびそれを具備する分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/203 20060101AFI20220830BHJP
   G01N 23/2255 20180101ALI20220830BHJP
【FI】
G01N23/203
G01N23/2255
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018048823
(22)【出願日】2018-03-16
(65)【公開番号】P2019158783
(43)【公開日】2019-09-19
【審査請求日】2020-12-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 展示日 平成29年9月24日、9月28日 展示会名 表面・界面分析に関する国際会議(European Conference on Applications of Surface and Interface Analysis(ECASIA 2017)) 開催場所 LE CORUM-Montpellier Congress Centre,Esplanade Charles de Gaulle,34000 Montpellier,France 〔刊行物等〕 展示日 平成29年10月8日、10月9日 展示会名 第23回イオンビーム分析に関する国際会議(The 23rd International Conference on Ion Beam Analysis(IBA 2017)) 開催場所 Fudan University,220 HandanRoad,Yangpu District,Shanghai(200433),China
(73)【特許権者】
【識別番号】000151243
【氏名又は名称】株式会社東レリサーチセンター
(74)【代理人】
【識別番号】100186484
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 満
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 正裕
【審査官】小野寺 麻美子
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-234194(JP,A)
【文献】永田 晋二,外1名,高速イオンビームによる材料のキャラクタリゼーション ,まてりあ,1997年,第36巻 第6号,pp.609-615
【文献】藤田奈津子,外2名,20aTC-9ガラスキャピラリを用いたイオンビーム物質分析法の開発III,日本物理学会講演概要集 (日本物理学会年次大会講演概要集),2010年,65.1.2巻,p.162,https://doi.org/10.11316/jpsgaiyo.65.1.2.0_162_1
【文献】藤野 豊,イオンビームを用いる軽元素の深さ分析,応用物理,51巻,9号,1982年,pp. 1047-1053,https://doi.org/10.11470/oubutsu1932.51.1047
【文献】齋藤正裕,高速イオンを用いた大気圧環境における表面分析,東レリサーチセンター 先端分析技術シンポジウム2017、[online],2017年11月20日,URL :https://www3.toray-research.co.jp/trc_symposium_2017?_ga=2.21349819.1242876191.1631680106-185036984.1631680106&_ebx=gelswdc27.1608776606.7hulocx,[2021年9月15日検索]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
G01T 1/00 - G01T 1/16
G01T 1/167 - G01T 7/12
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高速イオン取出しノズル、検出器を真空中に保持するノズルを用いる深さ方向組成分析方法であって、試料周辺の圧力が0.1MPa以上1MPa以下の雰囲気下で、試料に、エネルギーが8.0×10-14J~8.0×10-13Jの水素イオンである入射イオンを照射し、後方散乱イオンを検出するとともに、試料前方へ散乱された入射イオン、および、入射イオンにより反跳された試料中の水素を同時検出し、試料の水素を含めた深さ方向の組成分析をすることを特徴とする深さ方向組成分析方法。
【請求項2】
2個のCERDA用検出器ノズルのそれぞれに、下記(1)または(2)のCERDA用検出器窓を用いる請求項1に記載の深さ方向組成分析方法。
(1)自立型シリコン窒化膜
(2)自立型ダイアモンド膜
【請求項3】
請求項1または2に記載の深さ方向組成分析方法に用いる分析装置であって、前記雰囲気下で前記試料に前記入射イオンを照射する高速イオン取出しノズル、検出器を真空中に保持するノズルを具備する分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気圧環境下で、試料に高速イオンを照射し、弾性散乱により後方に散乱された入射イオンのエネルギースペクトルを分析し、深さ方向の組成分析をする方法と同時に、前記入射イオンにより反跳された試料中水素のエネルギースペクトルを分析し、水素の深さ方向の分析をする分析方法およびそれを具備する分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
真空雰囲気で高速イオン(加速イオン束)を試料表面に照射すると、試料中にイオンが注入されるが、一部が試料を構成する原子と散乱を起こす。弾性散乱により後方に散乱されたイオンのエネルギースペクトルを分析する分析方法は、ラザフォード後方散乱分光法(Rutherford Backscattering Spectrometry; RBS)と呼ばれ(非特許文献1)、固体表面近傍の組成分析として広く使われている。RBSでは入射イオンより質量の大きい原子のみ検出可能であり、一般的に炭素より質量の大きい元素の組成分析に用いられる。一方、試料中水素の分析については、入射イオンにより前方に反跳された水素のエネルギースペクトルを取得することで、深さ方向の水素分布の情報を得ることができる。試料中の水素分析法の一つが同時計数弾性反跳粒子検出法(Coincidence Elastic Recoil Detection Analysis; CERDA)(非特許文献2)であり、水素イオンを試料に照射し、前方に散乱された入射水素イオン、及び前記入射イオンにより反跳された試料中水素を同時検出することで、試料中水素の深さ方向の情報を得る手法である。一般的な条件では、CERDAによる水素の検出下限は0.1 atomic%である。
【0003】
RBSおよびCERDAは、入射イオン、散乱イオンのエネルギーの広がりを抑えるため、真空雰囲気で実施される。分析試料は真空チャンバー内に配置され、加速器により生成された高速イオンを試料に照射する。散乱されたイオンは同じく真空チャンバー内に配置された、表面障壁型検出器(Surface Barrier Detector; SBD)により検出し、エネルギースペクトルを得る。このエネルギースペクトルを、標準試料のエネルギースペクトルと比較、あるいは理論計算によるフィッティングを行うことで、試料の深さ方向の組成情報を得る。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】日本表面科学会「第62回 表面科学基礎講座 表面・界面分析の基礎と応用」、イオン散乱分光法 (2016).
【文献】M.F.C. Willemsen, A.M.L. Theunissen, A.E.T. Kuiper, Nucl. Instr. and Meth. B 1986, 15, 492-494.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、RBS、CERDAは真空雰囲気で実施されるため、これまで水分を含む湿潤試料、含水試料の分析は不可能であった。
【0006】
本発明は、高速イオン取出しノズル、検出器を真空中に保持するノズルを用いて、大気圧環境でRBS、CERDAスペクトルを、同時に取得する分析手法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち課題を解決するため、本発明は以下の特徴を有する。
【0008】
試料周辺の圧力が1 MPa以下の雰囲気下で、試料に、エネルギーが8.0×10-14 J~8.0×10-13 Jの水素イオンである入射イオンを照射し、後方散乱イオンを検出するとともに、試料前方へ散乱された入射イオン、および、入射イオンにより反跳された試料中の水素を同時検出し、試料の水素を含めた深さ方向組成分析をすることを特徴とする深さ方向組成分析方法およびそれを具備する分析装置である。検出器ノズルを試料背面に配置することにより、大気圧環境においても、試料前方へ散乱された入射イオン、および、入射イオンにより反跳された試料中の水素を同時検出することが可能となった。
【発明の効果】
【0009】
本発明の分析方法および分析装置によれば、真空雰囲気下でない1 MPa以下の雰囲気下において、試料中の水素を含めた、深さ方向の組成分析、つまり、大気圧環境でRBS、CERDAスペクトルを、同時に取得することが可能となる。特に、水分を含む湿潤試料、含水試料の分析が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の装置である大気圧環境RBS/CERDA分析装置の概略図である。
図2】本発明の装置である大気圧環境RBS/CERDA分析装置の概略図(分析試料周辺の拡大図)である。
図3】大気圧環境RBSによるスペクトル(ポリイミドフィルム)である。
図4】大気圧環境CERDAによるスペクトル(ポリイミドフィルム)である。
図5】大気圧環境CERDAによるスペクトル(ポリビニルアルコールフィルム、室温、相対湿度90%の環境で0、10、50分間吸湿)である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の装置および分析方法の概要を図1図2を用いて説明する。
【0012】
本発明の装置は、加速器ビームラインから高速イオンを取り出すイオン取出しノズルC2、RBS用検出器ノズルC3、RBS用表面障壁型検出器C4、CERDA用検出器ノズルC8、CERDA用表面障壁型検出器C9、測定対象試料C7を有しており、それらを保持する保持機構C1から構成される。試料環境圧力調整用ガス入口C5よりガスを注入することで、測定対象試料周辺の圧力を大気圧とする。このガスは試料環境圧力調整用ガス出口C6より排出される。入射水素イオンは加速器ビームラインからイオン取出し窓C11より大気圧環境に引き出され、試料に照射される。後方散乱された水素イオンをRBS用検出器窓C12を介してRBS用表面障壁型検出器C4へ導入して分析を行う。試料中水素については、前方に散乱された入射水素イオン、及びそれにより反跳された試料中水素を、CERDA用検出器窓C13を介して、2個のCERDA用表面障壁型検出器C9へ導入して分析を行う。同時計数回路を用いて、2個のC9により同時に検出された水素のみを記録する。
【0013】
本発明の装置におけるイオン取出しノズル内の真空度は、1×10-3 Pa以下であることが好ましい。さらに好ましくは、1×10-4 Pa以下である。真空度を下げることにより、後方散乱イオン及び前方散乱、反跳水素のエネルギーのばらつきを低減させる効果が得られ、加速器における放電リスクも低減できる。
【0014】
本発明の装置におけるRBS用検出器ノズル、CERDA用検出器ノズル内の真空度は、1×10 Pa以下であることが好ましい。そうすることで、散乱イオン、散乱、反跳水素のエネルギーのばらつきを低減させる効果が得られ、得られるエネルギースペクトルのエネルギー分解能が向上する。その結果、深さ方向分解能が向上する。
【0015】
本発明の装置における2個のCERDA用表面障壁型検出器C9は、同種類であることが好ましい。検出器の空乏層厚、有効面積などが異なる場合、水素の同時検出が困難となるおそれがある。なおRBS用表面障壁型検出器C4とCERDA用表面障壁型検出器C9は、必ずしも同種類である必要は無い。
【0016】
イオン取出し窓C11、RBS用検出器窓C12、CERDA用検出器窓C13は、様々な方式があり、ポリイミドフィルム、自立型チタンフィルム、自立型ダイアモンド膜、自立型シリコン窒化膜などが挙げられる。入射イオンのイオン取出し窓C11通過後のエネルギー分解能は、イオンとイオン取出し窓との相互作用により決定されるため、イオン取出し窓C11の膜厚はなるべく薄く、また軽元素から構成されることが好ましい。膜厚が薄いほどイオン取出し窓C11の機械的強度は低下するため、用いるイオンビームの径によりイオン取出し窓C11の面積、膜厚を調整することが必要である。
【0017】
測定対象試料C7周辺の圧力は、1 MPa以下であることが好ましく、さらに好ましくは0.3 MPa以下である。ただし、0.1 MPa以上が好適に用いられる。測定対象試料C7周辺の圧力は、イオン取出し窓C11、RBS用検出器窓C12、CERDA用検出器窓C13の面積、膜厚により調整することが必要である。例えば自立型シリコン窒化膜 200 nmを用いて、イオン取出し窓C11、RBS用検出器窓C12、CERDA用検出器窓C13の窓面積を12.6 mmとした場合、測定対象試料C7周辺の圧力は最大0.34 MPaまで上昇可能である。窓面積を小さくすることで、より圧力の高い環境で測定が可能である。
【0018】
本発明に用いられる入射水素イオンのエネルギーは、8.0×10-14 J~8.0×10-13 Jの範囲であることが望ましい。なお、測定対象の膜厚や注目深さにより、入射エネルギーを調整することが好ましい。
【0019】
本発明の装置において、イオン取出し窓C11と測定対象試料C7の距離は、30 mm以下とすることが好ましい。またRBS用検出器窓C12及びCERDA用検出器窓C13と測定対象試料C7の距離も30 mm以下とすることが好ましい。これらの距離を短くすることで、得られるエネルギースペクトルの分解能低下を抑えることができる。
【実施例
【0020】
以下、実施例を挙げて本発明の効果をさらに説明する。
【0021】
(実施例1)大気圧環境における高分子フィルムの組成分析
タンデム型加速器であるNEC社製5SDHを用いた。イオン取出しノズルから引き出した4.58×10-13 J 水素イオンビームの電流は、ターゲット上で3 nAであった。イオン取出し窓から5 mmの位置に試料を設置した。水素イオン入射方向に対して、160°の位置にRBS用検出器ノズルを配置した。さらに入射方向に対して対称に、反跳角45°の位置にCERDA用検出器ノズルを2個配置した。試料からRBS用検出器窓、及びCERDA用検出器窓までの距離はおよそ7 mmであった。試料はHeフロー環境に配置され、環境の圧力は0.1 MPaであった。
【0022】
RBSスペクトルは、SBDで後方散乱イオンを検出後、プリアンプ、アンプにて信号増幅を行い、波高分布をマルチチャンネルアナライザにて記録した。CERDAスペクトルは、散乱を受けた入射水素、反跳水素をSBDで検出後、プリアンプ、アンプにて信号増幅を行い、コインシデンス回路を用いて、同時検出された信号のみ、波高分布をマルチチャンネルアナライザにて記録した。
【0023】
評価試料には、厚さ7.5 mmのポリイミドフィルムを供した。構造式は(C22H10ONn、 密度は1.43g/cmである。
【0024】
得られたRBSスペクトルを図3、CERDAスペクトルを図4に示す。RBSではポリイミド中C、O、N由来の信号に加え、雰囲気中の雰囲気ガス由来の信号が検出されている。一方CERDAスペクトルではポリイミド中水素の信号が検出されている。得られた2つのスペクトルを解析することにより、ポリイミドの組成としてC22。0H9.8O4.9N1.9が得られ、大気圧環境においても極めて確度の高い組成定量値が得られており、本手法の有効性を確認できた。
(実施例2)ハイドロゲルの湿潤状態における水素量評価
実施例1と同様の装置構成において、以下の試料の評価を行った。ポリビニルアルコールフィルムを用いて、室温、相対湿度90%の環境で0、10、50分吸湿させた試料であり、膜厚は25 mmである。
【0025】
各試料のCERDAスペクトルを重ねて描画した結果を図5に示す。吸湿時間が増加するに従って、信号強度が増加していることが確認できる。この事から、吸湿時間の増加に伴い、ポリビニルアルコール中水素濃度が上昇していることがわかった。大気圧環境での測定により、これまで真空雰囲気下では不可能であった、試料中水分由来の水素を正しく評価することができる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の装置である大気圧環境RBS/CERDA測定用デバイス、および大気圧環境RBS/CERDA測定用デバイスを用いた分析方法は、分析機器の産業のみならず、高分子、生体適合材料等の分野等で、実際の使用環境における製品の状態について解析することができ、品質向上や特性改善に貢献することができる。
【符号の説明】
【0027】
C1:イオン取出しノズル、検出器ノズル保持機構
C2:イオン取出しノズル
C3:RBS用検出器ノズル
C4:RBS用表面障壁型検出器
C5:試料環境圧力調整用ガス入口
C6:試料環境圧力調整用ガス出口
C7:試料
C8:CERDA用検出器ノズル
C9:CERDA用表面障壁型検出器
C10:真空排気口
C11:イオン取出し窓
C12:RBS用検出器窓
C13:CERDA用検出器窓
図1
図2
図3
図4
図5