(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-29
(45)【発行日】2022-09-06
(54)【発明の名称】化学結合法及び接合構造体
(51)【国際特許分類】
H01L 21/02 20060101AFI20220830BHJP
B23K 20/00 20060101ALI20220830BHJP
【FI】
H01L21/02 B
B23K20/00 310L
(21)【出願番号】P 2020098031
(22)【出願日】2020-06-04
【審査請求日】2021-12-21
(31)【優先権主張番号】P 2019162065
(32)【優先日】2019-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】593076769
【氏名又は名称】株式会社ムサシノエンジニアリング
(73)【特許権者】
【識別番号】000227294
【氏名又は名称】キヤノンアネルバ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002398
【氏名又は名称】特許業務法人小倉特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】島津 武仁
(72)【発明者】
【氏名】魚本 幸
(72)【発明者】
【氏名】宮本 和夫
(72)【発明者】
【氏名】宮本 嘉和
(72)【発明者】
【氏名】加藤 延彦
(72)【発明者】
【氏名】森脇 崇行
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 孝之
【審査官】堀江 義隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/027871(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/020780(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/02
B23K 20/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器内において,平滑面を有する2つの基体それぞれの前記平滑面に
化学量論的な組成に比較して欠陥が多く原子が移動し易いアモルファス酸化物薄膜を形成すると共に,前記2つの基体に形成された前記アモルファス酸化物薄膜同士が接触するように前記2つの基体を重ね合わせることにより,前記アモルファス酸化物薄膜の接合界面に化学結合を生じさせて前記2つの基体を接合することを特徴とする化学結合法。
【請求項2】
真空容器内において,一方の基体の平滑面に
化学量論的な組成に比較して欠陥が多く原子が移動し易いアモルファス酸化物薄膜を形成すると共に,少なくとも表面が酸化物薄膜を有する平滑面を備えた他方の基体の平滑面に前記一方の基体に形成された前記アモルファス酸化物薄膜が接触するように前記一方,他方の2つの基体を重ね合わせることにより,前記アモルファス酸化物薄膜と前記他方の基体の前記平滑面との接合界面に化学結合を生じさせることにより前記2つの基体を接合することを特徴とする化学結合法。
【請求項3】
真空容器内において,一方の基体の平滑面に
化学量論的な組成に比較して欠陥が多く原子が移動し易いアモルファス酸化物薄膜を形成すると共に,活性化処理した平滑面を備えた他方の基体の平滑面に前記一方の基体に形成された前記アモルファス酸化物薄膜が接触するように前記一方,他方の2つの基体を重ね合わせることにより,前記アモルファス酸化物薄膜と前記他方の基体の前記平滑面との接合界面に化学結合を生じさせることにより前記2つの基体を接合することを特徴とする化学結合法。
【請求項4】
前記化学結合が,接合界面における原子拡散を伴うことを特徴とする請求項1~3いずれか1項記載の化学結合法。
【請求項5】
前記アモルファス酸化物薄膜の表面の算術平均粗さが0.5nm以下であることを特徴とする請求項1~4いずれか1項記載の化学結合法。
【請求項6】
前記アモルファス酸化物薄膜を,前記基体の平滑面上における原料原子の急冷を伴った方法により形成することを特徴とする請求項1~5いずれか1項記載の化学結合法。
【請求項7】
前記基体の重ね合わせを,前記基体を加熱することなく行うことを特徴とする請求項1~
6いずれか1項記載の化学結合法。
【請求項8】
前記基体を重ね合わせる際の前記基体温度を室温以上400℃以下の範囲で加熱して前記化学結合を促進させることを特徴とする請求項1~
6いずれか1項記載の化学結合法。
【請求項9】
到達真空圧力が1×10
-3Pa~1×10
-8Paの真空容器内で前記アモルファス酸化物薄膜の形成及び前記基体の重ね合わせを行うことを特徴とする請求項1~
8いずれか1項記載の化学結合法。
【請求項10】
前記アモルファス酸化物薄膜の形成と,前記基体の重ね合わせを同一真空中で行うことを特徴とする請求項1~
9いずれか1項記載の化学結合法。
【請求項11】
前記アモルファス酸化物薄膜を構成する酸素を除く元素の内の一つ以上の元素と酸素との電気陰性度の差が1.4以上,又は次式で規定するイオン性が40%以上であることを特徴とする請求項1~
10いずれか1項記載の化学結合法。
イオン性(%)=〔1-exp{-0.25(B-A)
2}〕×100
ここで,Aは,前記アモルファス酸化物薄膜を構成する酸素を除く元素の内の一つ以上の元素の電気陰性度,Bは,酸素の電気陰性度。
【請求項12】
前記アモルファス酸化物薄膜が,Be,Mg,Al,Sc,Ti,V,Cr,Mn,Zn,Y,Zr,Nb,Hf,Ta,Li,Na,K,Ca,Rh,Sr,Cs,Ba,Fe,Co,Ni,Cu,Ag,Ge,Ga,In,Sn,B,Siの元素群より選択された1つ以上の元素を含むことを特徴とする請求項1~
11いずれか1項記載の化学結合法。
【請求項13】
前記アモルファス酸化物薄膜の膜厚を0.3nm~5μmとしたことを特徴とする請求項1~
12いずれか1項記載の化学結合法。
【請求項14】
第1基体と,
前記第1基体と対向配置された第2基体と,
前記第1基体と前記第2基体との間に設けられ,前記第1基体に積層された第1酸化物薄膜と,前記第2基体に積層された第2酸化物薄膜で構成された中間層を備え,
前記中間層の前記第1酸化物薄膜と前記第2酸化物薄膜のいずれか一方又は双方が
,化学量論的な組成に比較して欠陥
が多い酸化物薄膜により形成され,前記第1酸化物薄膜と前記第2酸化物薄膜の界面が,化学結合によって接合されていると共に,該界面に,当該2つの酸化物薄膜の密度よりも低い低密度部を備えた接合構造体。
【請求項15】
第1基体と,
前記第1基体と対向配置された第2基体と,
前記第1基体と前記第2基体との間に設けられ,前記第1基体に積層された
,化学量論的な組成に比較して欠陥が多い酸化物薄膜で構成された中間層を備え,
前記中間層の前記酸化物薄膜と前記第2基体との界面が化学結合によって接合されていると共に,該接合部分の前記酸化物薄膜に,該酸化物薄膜の密度よりも低い低密度部を備えたことを特徴とする接合構造体。
【請求項16】
前記中間層の前記第1酸化物薄膜と前記第2酸化物薄膜の界面が,原子拡散を伴う化学結合によって接合されていることを特徴とする請求項
14記載の接合構造体。
【請求項17】
前記中間層の酸化物薄膜と前記第2基体との界面が,原子拡散を伴う化学結合によって接合されていることを特徴とする請求項
15記載の接合構造体。
【請求項18】
前記中間層の酸化物薄膜を構成する材料が,前記第1基体あるいは前記第2基体を構成する材料と異なることを特徴とする請求項
14~17いずれか1項記載の接合構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は化学結合法及び化学結合法によって接合された接合部を有する接合構造体に関し,より詳細には,接合の対象とする一方の基体の接合面に真空容器中で形成した金属や半金属の薄膜を,他方の基体に形成された金属や半金属の薄膜,又は他方の基体の接合面に重ね合わせることにより接合する原子拡散接合法の改良と,この改良された化学結合法によって接合された接合部を有する接合構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
2つ以上の被接合材を貼り合わせる接合技術が各種の分野において利用されており,例えば電子部品の分野において,ウエハのボンディング,パッケージの封止等においてこのような接合技術が利用されている。
【0003】
一例として,前述のウエハボンディング技術を例にとり説明すれば,従来の一般的なウエハボンディング技術では,重ね合わせたウエハ間に高圧,高熱を加えて接合する方法が一般的である。
【0004】
しかし,この方法による接合では,熱や圧力に弱い電子デバイス等が設けられている基板の接合や集積化を行うことができず,そのため,熱や圧力等の物理的なダメージを与えることなく接合対象とする基体相互を接合する技術が要望されている。
【0005】
このような接合技術の一つとして,「原子拡散接合」と呼ばれる接合法が提案されている。
【0006】
この原子拡散接合は,接合対象とするウエハやチップ,基板やパッケージ,その他各種の被接合材(以下,「基体」という。)のうちの一方の平滑面に,スパッタリングやイオンプレーティング等の真空成膜方法によりナノオーダーの厚さで金属や半金属の微結晶薄膜(以下,「接合膜」という。)を形成し,同様の方法で他方の基体の平滑面に形成された接合膜や,微結晶構造を有する基体の平滑面に,接合膜を形成したと同一真空中,あるいは大気圧中で重ね合わせることにより,接合界面や結晶粒界における原子拡散を伴う接合を可能とするものである(特許文献1,特許文献2参照)。
【0007】
この原子拡散接合では,真空中で前述の接合膜を形成することができるものであれば被接合材の材質を問わずに接合することが可能で,半導体やセラミクスのウエハだけでなく,金属やセラミクスのブロック(基体),ポリマー等,各種材質の被接合材を接合対象とすることができると共に,同種材料同士の接合の他,異種材料同士の接合も加熱することなく,好ましくは室温(あるいは低温)で接合することができる。
【0008】
ここで,固相の金属の原子は,室温ではほとんど動くことはできないが,原子拡散接合では,前述したように真空容器中で成膜された接合膜が有する大きな表面エネルギーを接合の駆動力として用い,接合膜の表面における大きな原子拡散性能と接触界面における原子再配列現象を利用して室温で接合膜を構成する物質の原子を移動させることで接合を行っている。
【0009】
このような表面における原子拡散や原子再配列現象は,表面及び接合界面における原子の欠陥(空孔)が低エネルギーで高速に動く現象であり,これを利用して室温で金属原子を移動させて接合させることができる。
【0010】
原子拡散接合では,あらゆる金属の接合膜を用いた室温での接合が可能であるが,特に,Ti,Au等の原子の自己拡散係数が大きな材料ほど,接合界面で原子が動き易く,原子再配列も生じ易く,高い接合性能が得られる。
【0011】
このような原子拡散接合のうち,接合面に形成する接合膜として,数オングストローム(接合膜同士を接合させる場合には片側数オングストローム)程度の薄い金属薄膜を用いた真空中での接合では,透明で電導性もほとんど無い接合界面が得られることから,光学部品や新機能デバイスの接合への利用も検討されている。
【0012】
しかし,接合界面に存在する接合膜が,片側数オングストローム程度の薄い金属薄膜であっても,この薄膜が金属に近い特性を有していることで,接合界面で1~2%程度の光が吸収され,且つ,僅かな電気導電性も残存し,このように僅かに残存する光吸収性や導電性は,高輝度デバイスや電子デバイスの形成では問題になる場合がある。
【0013】
このような問題を解消するために,原子拡散接合による接合を行った後に,接合界面に存在する金属製の接合膜を酸化させることによって導電性を失わせることで,高周波信号が金属製の接合膜に漏れることによる特性劣化の防止を図った弾性波デバイスの製造方法が提案されている(特許文献3)。
【0014】
具体的には,特許文献3には,圧電体の薄膜と支持基板を張り合わせて行う弾性波デバイスの製造方法において,まず,双方の接合面にそれぞれ酸化物の下地層を形成し,その上に,金属製の接合膜をそれぞれ形成し,接合膜同士を重ね合わせて原子拡散接合を行った後,熱処理を行い,この熱処理の際に酸化下地層から乖離する酸素によって接合膜を酸化させて酸化金属の膜とすることで,接合界面に金属製の接合膜が存在することにより生じる弾性波デバイスの特性劣化等を解消している(特許文献3の段落[0012]~[0018],[0028]参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特許第5401661号公報
【文献】特許第5569964号公報
【文献】特開2015-222970号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
前掲の特許文献3に記載の弾性波デバイスの製造方法で採用する圧電体と支持基板の接合方法では,原子拡散接合を行った後の熱処理によって,接合界面に存在する金属製の接合膜を酸化させることで,接合界面に金属製の接合膜が存在することによる特性劣化を好適に解消することができるものとなっている。
【0017】
しかし,この接合方法では,数Å程度の非常に薄い金属製の接合膜を成膜するための膜厚管理が必要なだけでなく,酸化下地膜を形成する工程を新たに設ける必要があると共に,原子拡散接合を行った後の,酸化のための熱処理,該熱処理において酸化下地膜からの乖離酸素量を安定して接合膜に供給するための制御等が必要となり,量産する上で管理すべきパラメータが多くなり,これらが生産性を高める際の障害となる。
【0018】
ここで,酸化下地層の形成や,原子拡散接合後の熱処理工程を新たに設けると共に,熱処理等に際して複雑なパラメータ管理等が必要となるのは,いずれも,原子拡散接合を行った後に,接合界面に存在する金属製の接合膜を事後的に酸化させるためであり,当初より,酸化物によって形成した接合膜によって原子拡散接合を行うことができれば,事後的に接合膜を酸化させる必要がなくなるため,酸化下地層を形成する工程も,酸化のための熱処理,及び熱処理の際のパラメータ管理等の煩雑な作業がいずれも不要となる。
【0019】
このように,酸化物薄膜を接合膜として原子拡散接合を行うためには,酸化物薄膜の表面で原子が動き回り,他方の酸化物薄膜(あるいは基体)の表面との間で化学結合を生じる必要がある。
【0020】
しかし,前掲の特許文献1や特許文献2に記載の原子拡散接合は,接合面に形成する接合膜を,金属又は半金属により形成することを前提としており,酸化物によって接合膜を形成することも,また,酸化物の薄膜では,原子拡散接合を行うことができないことを示唆しているだけでなく,このような酸化物によって形成された接合膜によって,原子拡散接合が可能であることのいずれも開示も示唆もしていない。
【0021】
すなわち,原子拡散接合では,前述したように接合膜の表面における大きな原子拡散性能と接触界面における原子再配列現象を利用して室温で金属原子を移動させて接合を行うものであるため,接合面に形成する接合膜は,原子の拡散が生じ易いものであることが必要で,このような原子の拡散のし易さを示す表面拡散係数が高ければ高い程,接合し易く,表面拡散係数が小さくなると室温では接合できなくなると考えられていた。
【0022】
そのため,前掲の特許文献1及び特許文献2では,接合膜の材料である金属や半金属の表面拡散係数Dsに応じて接合条件を規定しており,室温における表面拡散係数Dsが低い金属や半金属の接合膜を使用して接合を行う場合には,加熱によって表面拡散係数を上昇させることが好ましいことや(特許文献1の請求項4),表面拡散係数の低下と共に接合時における加熱温度条件を上昇させるべきことを記載する(特許文献2の段落[0070]~[0073])。
【0023】
このように,前掲の特許文献1や特許文献2では,酸化していない金属や半金属から成る接合膜を使用して接合を行う場合であっても,表面拡散係数が小さい材質で接合膜を形成する場合には,常温では接合できない場合があることを示唆している。
【0024】
これに対し,金属や半金属の表面拡散係数Dsに対し,これらの酸化物の表面拡散係数は著しく低く,一例として下記の表1に示すように,鉄(Fe)に対し,その酸化物である酸化鉄(Fe2O3)の個体表面における原子の表面拡散係数Dsは,高温相のγ構造と,室温近傍で安定なα構造のいずれの構造との比較においても,大幅に低く,γ構造との比較において11桁,α構造との比較において13桁も小さな値となっている。
【0025】
【0026】
上記の表1は,実験的に評価が可能な高温における表面拡散係数Dsを示したものであるが,室温においても,酸化鉄(Fe2O3)の表面拡散係数Dsが,鉄(Fe)の表面拡散係数Dsに比較して桁違いに小さい点に変わりはなく,この関係は,鉄と酸化鉄に限らず,他の金属や半金属とこれらの酸化物との間においても同様に当てはまる。
【0027】
そのため,金属や半金属の酸化物によって形成した接合膜同士を重ね合わせたとしても,原子の移動が起こらず,従って,原子拡散接合を行うことができないというのが,本発明の発明者らを含めた当業者における認識であり,このような認識の下,前掲の特許文献3として紹介したように,原子拡散接合において接合界面に存在する接合膜を酸化物によって形成しようとした場合,接合が完了した後に,事後的に接合膜を酸化させる以外の方法が存在しないとの前提の下で開発が進められてきた。
【0028】
しかし,本発明の発明者らが鋭意研究を重ねた結果,以上のような当業者の認識に反し,所定の条件下では,接合膜を当初より酸化物で形成した場合であっても化学結合を行うことができるという,予想に反した結果が得られることが判明した。
【0029】
本発明は,発明者らによる研究の結果得られた上記知見に基づき成されたものであり,酸化物薄膜による接合を可能とした化学結合法を提供することにより,酸化下地層の形成や,接合後の酸化のための熱処理等を行うことなく,また,酸化のための熱処理に伴う複雑なパラメータ管理等を行うことなしに,接合界面が酸化物薄膜を介して接合された接合構造体を得られるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0030】
上記目的を達成するために,本発明の化学結合法は,
真空容器内において,平滑面を有する2つの基体それぞれの前記平滑面に化学量論的な組成に比較して欠陥が多く原子が移動し易いアモルファス酸化物薄膜を形成すると共に,前記2つの基体に形成された前記アモルファス酸化物薄膜同士が接触するように前記2つの基体を重ね合わせることにより,前記アモルファス酸化物薄膜の接合界面に化学結合を生じさせて前記2つの基体を接合することを特徴とする(請求項1)。
【0031】
なお,成膜直後にアモルファス酸化物薄膜の内部に部分的に微細な結晶が形成されることがあるが,このような部分的に存在する微細な結晶は,化学結合を阻害するものでなく,このような微細な結晶を一部に含む薄膜も,本願におけるアモルファス酸化物薄膜に含む。
【0032】
また,本発明の別の化学結合法は,
真空容器内において,一方の基体の平滑面に化学量論的な組成に比較して欠陥が多く原子が移動し易いアモルファス酸化物薄膜を形成すると共に,少なくとも表面が酸化物薄膜を有する平滑面を備えた他方の基体の平滑面に前記一方の基体に形成された前記アモルファス酸化物薄膜が接触するように前記一方,他方の2つの基体を重ね合わせることにより,前記アモルファス酸化物薄膜と前記他方の基体の前記平滑面との接合界面に化学結合を生じさせることにより前記2つの基体を接合することを特徴とする(請求項2)。
【0033】
また,本発明の更に別の化学結合法は,
真空容器内において,一方の基体の平滑面に化学量論的な組成に比較して欠陥が多く原子が移動し易いアモルファス酸化物薄膜を形成すると共に,活性化処理した平滑面を備えた他方の基体の平滑面に前記一方の基体に形成された前記アモルファス酸化物薄膜が接触するように前記一方,他方の2つの基体を重ね合わせることにより,前記アモルファス酸化物薄膜と前記他方の基体の前記平滑面との接合界面に化学結合を生じさせることにより前記2つの基体を接合することを特徴とする(請求項3)。
【0034】
上記いずれの化学結合法においても,前記化学結合は,接合界面における原子拡散を伴うことが好ましい(請求項4)。
【0035】
また,上記いずれの化学結合法においても,前記アモルファス酸化物薄膜の表面の算術平均粗さを0.5nm以下とすることが好ましい(請求項5)。
【0036】
また,前記アモルファス酸化物薄膜の形成は,スパッタリング等の前記基体の平滑面上における原料原子の急冷を伴った方法により行うことが好ましく(請求項6),
更には,前記基体の平滑面上に,欠陥が多い前記アモルファス酸化物薄膜を形成して接合を行うことが好ましく,このような欠陥の多いアモルファス酸化物薄膜では,表面の化学結合の状態が安定化しておらず,いわば,化学結合の手が切れた状態が多数あるため,もう片方のアモルファス酸化物薄膜(あるいは活性化した基体)の表面との間で,化学結合を生じ易い。
【0037】
前記基体の重ね合わせは,前記基体を加熱することなく行うものとしても良く(請求項7),又は,
前記基体を重ね合わせる際の前記基体温度を室温以上400℃以下の範囲で加熱して前記化学結合を促進させるものとしても良い(請求項8)。
【0038】
更に,前記アモルファス酸化物薄膜の形成及び前記基体の重ね合わせは,到達真空圧力が1×10-3Pa~1×10-8Paの真空容器内で行うことが好ましく(請求項9),更には,
前記アモルファス酸化物薄膜の形成と,前記基体の重ね合わせを同一真空中で行うことが好ましい(請求項10)。
【0039】
前記アモルファス酸化物薄膜を構成する酸素を除く元素の内の一つ以上の元素と酸素との電気陰性度の差が1.4以上,又は次式で規定するイオン性が40%以上であることが好ましく,ここで,
イオン性(%)=〔1-exp{-0.25(B-A)2}〕×100であり,Aは,前記アモルファス酸化物薄膜を構成する,酸素を除く元素の内の一つ以上の元素の電気陰性度,Bは,酸素の電気陰性度である(請求項11)。
【0040】
前記アモルファス酸化物薄膜は,Be,Mg,Al,Sc,Ti,V,Cr,Mn,Zn,Y,Zr,Nb,Hf,Ta,Li,Na,K,Ca,Rh,Sr,Cs,Ba,Fe,Co,Ni,Cu,Ag,Ge,Ga,In,Sn,B,Siの元素群より選択された1つ以上の元素を含むものとすることができる(請求項12)。
【0041】
また,前記アモルファス酸化物薄膜の膜厚は,好ましくは0.3nm~5μmであり,より好ましくは0.5nm~1μmである(請求項13)。
【0042】
また,本発明の接合構造体は,
第1基体と,
前記第1基体と対向配置された第2基体と,
前記第1基体と前記第2基体との間に設けられ,前記第1基体に積層された第1酸化物薄膜と,前記第2基体に積層された第2酸化物薄膜で構成された中間層を備え,
前記中間層の前記第1酸化物薄膜と前記第2酸化物薄膜のいずれか一方又は双方が,化学量論的な組成に比較して欠陥が多い酸化物薄膜により形成され,前記第1酸化物薄膜と前記第2酸化物薄膜の界面が,化学結合によって接合されていると共に,該界面に,当該2つの酸化物薄膜の密度よりも低い低密度部を備えたことを特徴とする(請求項14)。
【0043】
また,本発明の別の接合構造体は,
第1基体と,
前記第1基体と対向配置された第2基体と,
前記第1基体と前記第2基体との間に設けられ,前記第1基体に積層された,化学量論的な組成に比較して欠陥が多い酸化物薄膜で構成された中間層を備え,
前記中間層の前記酸化物薄膜と前記第2基体との界面が化学結合によって接合されていると共に,該接合部分の前記酸化物薄膜に,該酸化物薄膜の密度よりも低い低密度部を備えたことを特徴とする(請求項15)。
【0044】
さらに,前記中間層の前記第1酸化物薄膜と前記第2酸化物薄膜の界面が,原子拡散を伴う化学結合によって,室温での接合が実現されることが好ましい(請求項16)。
【0045】
前記中間層の酸化物薄膜と前記第2基体との界面が,原子拡散を伴う化学結合によって接合されていても良い(請求項17)。
【0046】
上記接合構造体において,前記中間層の酸化物薄膜を構成する材料は,前記第1基体あるいは前記第2基体を構成する材料と異なるものとすることができる(請求項18)。
【発明の効果】
【0047】
以上で説明した本発明の構成により,本発明の化学結合法によれば,基体の平滑面に形成する接合膜を,真空容器中で形成したアモルファス酸化物薄膜としたことで,表面拡散係数が低く,化学結合を行うことができないと考えられていた酸化物薄膜によっても非加熱で化学結合を行うことができた。
【0048】
その結果,酸化物下地層や,接合後の熱処理,熱処理時における煩雑なパラメータ管理等を行うことなく,接合界面に酸化物薄膜が形成された接合構造体を得ることができた。
【0049】
このように,接合界面に存在する薄膜を酸化物薄膜とすることが可能となったことで,光吸収や導電性の無い酸化物薄膜によって接合界面が形成されることで,接合界面における光の吸収や導電性が機能低下等をもたらす高輝度デバイスや光学デバイス,電子デバイス等に対しても化学結合による原子拡散接合の適用範囲を拡大することができた。
【0050】
ここで,アモルファス酸化物薄膜によって化学結合が行われるためには,接触した酸化物薄膜の表面で原子が動き易く,他方の酸化物薄膜(あるいは基体)の表面との間で,イオン結合や共有結合等の化学結合が生じる必要があることは既に述べた通りである。
【0051】
そして,アモルファス構造であれ,結晶質構造であれ,酸化物薄膜は,酸化物を形成する金属等の元素と酸素の価数により化学量論的に決まる組成が最も安定であり,この安定した組成では原子は動き難く,従って,化学結合も生じ難い。
【0052】
しかし,スパッタ法等のようにターゲット表面からスパッタされた高温の原料原子が基体表面で急冷されることにより形成されるアモルファス酸化物薄膜では,前述した化学量論的な組成よりも酸素が欠損あるいは過飽和に入り込んだ状態となる等,原子の欠陥が多い薄膜が形成される。
【0053】
このような欠陥の多い薄膜では,金属等の元素のイオンと酸素の結合状態に大きな揺らぎが生じており,薄膜表面において原子の移動が生じ易く,従って化学結合が起こり易い状態となっていることで,酸化物薄膜を使用したものでありながら接合界面において原子が移動して安定した化学結合が得られたことにより,2つの基体を強固に接合できたものと考えられる。
【0054】
特に接合界面において原子拡散が生じている場合には,化学結合をより広範囲にわたって安定化させることで接合強度を向上させることができた。
【0055】
なお,酸化物では,金属や半金属の元素と酸素の結合エネルギーが大きいため,拡散した原子は,近くにある異種原子に直ぐにトラップされてしまうことで移動できる範囲は非常に短く,離れた位置にある異種原子とは結合し難い。
【0056】
そのため,アモルファス酸化物薄膜の表面が粗い状態となっており,接合界面に僅かでも隙間が生じていると,この部分では化学結合が生じないため接合できたとしても接合力が低下する。
【0057】
しかし,前記アモルファス酸化物薄膜の表面の算術平均粗さを0.5nm以下とした構成では,接合時に原子レベルで膜表面を全域に亘って接触させることができ,強固な化学結合を行うことができた。
【0058】
なお,本発明の化学結合方法では,接合後に熱処理を行わない場合においても接合を行うことができるが,接合後に400℃以下の熱処理を行うことにより,接合界面の化学結合をより一層高めることで,更に強固な接合を行うことができた。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【
図1】アモルファス酸化物薄膜(TiO
2薄膜)の膜厚と表面粗さ(算術平均高さSa)の相関図。
【
図2】アモルファス酸化物薄膜(TiO
2薄膜)の膜厚と接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの相関図。
【
図3】アモルファス酸化物薄膜としてTiO
2薄膜を使用して接合したSiウエハ-Siウエハ(接合後,300℃で5分間熱処理したもの)の断面電子顕微鏡写真(TEM)。
【
図4】アモルファス酸化物薄膜としてY
2O
3-ZrO
2薄膜を使用して接合したSiウエハ-Siウエハ(未加熱)の断面電子顕微鏡写真(TEM)。
【
図5】アモルファス酸化物薄膜としてY
2O
3-ZrO
2薄膜を使用して接合したSiウエハ-Siウエハ(接合後,300℃で5分間熱処理したもの)の断面電子顕微鏡写真(TEM)。
【
図6】アモルファス酸化物薄膜としてY
2O
3薄膜を使用して接合したSiウエハ-Siウエハ(接合後,未加熱のもの)の断面電子顕微鏡写真(TEM)。
【
図7】Nb
2O
5薄膜を使用して接合した石英基板-石英基板の,膜厚の変化に対する接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの変化を示した相関図。
【
図8】石英基板上に成膜した,Nb
2O
5薄膜の膜厚の変化に対する表面粗さSaの変化を示した相関図。
【
図9】アモルファス酸化物薄膜としてNb
2O
5薄膜を使用して接合したSiウエハ-Siウエハ(接合後,300℃で5分間熱処理したもの)の断面電子顕微鏡写真(TEM)。
【
図10】Al
2O
3薄膜を使用して接合した石英基板-石英基板の,膜厚の変化に対する接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの変化を示した相関図。
【
図11】石英基板上に成膜した,Al
2O
3薄膜の膜厚の変化に対する表面粗さSaの変化を示した相関図。
【
図12】アモルファス酸化物薄膜としてAl
2O
3薄膜を使用して接合したSiウエハ-Siウエハ(接合後,300℃で5分間熱処理したもの)の断面電子顕微鏡写真(TEM)。
【
図13】ITO薄膜を使用して接合した石英基板-石英基板の,膜厚の変化に対する接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの変化を示した相関図。
【
図14】石英基板上に成膜した,ITO薄膜の膜厚の変化に対する表面粗さSaの変化を示した相関図。
【
図15】アモルファス酸化物薄膜としてITO薄膜を使用して接合したSiウエハ-Siウエハ(接合後,300℃で5分間熱処理したもの)の断面電子顕微鏡写真(TEM)。
【
図16】Ga
2O
3薄膜を使用して接合した石英基板-石英基板の,膜厚の変化に対する接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの変化を示した相関図。
【
図17】石英基板上に成膜した,Ga
2O
3薄膜の膜厚の変化に対する表面粗さSaの変化を示した相関図。
【
図18】アモルファス酸化物薄膜としてGa
2O
3薄膜を使用して接合したSiウエハ-Siウエハ(接合後,300℃で5分間熱処理したもの)の断面電子顕微鏡写真(TEM)。
【
図19】GeO
2薄膜を使用して接合した石英基板-石英基板の,膜厚の変化に対する接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの変化を示した相関図。
【
図20】アモルファス酸化物薄膜としてGeO
2薄膜を使用して接合したSiウエハ-Siウエハ(接合後,300℃で5分間熱処理したもの)の断面電子顕微鏡写真(TEM)。
【
図21】アモルファス酸化物薄膜(いずれも膜厚2nm)の酸化物形成元素の電気陰性度と接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの相関図であり,(A)は接合後未加熱の場合,(B)は接合後300℃で5分間熱処理した場合。
【
図22】アモルファス酸化物薄膜(いずれも膜厚2nm)の酸化物形成元素のイオン性(%)と接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの相関図であり,(A)は接合後未加熱の場合,(B)は接合後300℃で5分間熱処理した場合。
【
図23】接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの測定に用いた「ブレード法」の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0060】
以下に,本発明の化学結合法について説明する。
【0061】
〔接合方法概略〕
本発明の化学結合法では,真空容器内においてスパッタリングやイオンプレーティング等の真空製膜により形成したアモルファス酸化物薄膜を使用して化学結合を行うもので,接合対象とする2つの基体それぞれの平滑面上に形成されたアモルファス酸化物薄膜同士を重ね合わせることにより,又は,
接合対象とする一方の基体の平滑面上に形成されたアモルファス酸化物薄膜(第1酸化物薄膜)を,他方の基体に形成された酸化物薄膜(第2酸化物薄膜)を有する平滑面に重ね合わせることにより,更には,
接合対象とする一方の基体の平滑面上に形成されたアモルファス酸化物薄膜を,活性化処理した平滑面を備えた他方の基体の平滑面に重ね合わせることにより,接合界面において化学結合,好ましくは原子拡散を伴った化学結合を生じさせて,両基体の接合を行うものである。
【0062】
〔基体(被接合材)〕
(1)材質
本発明の化学結合法による接合対象とする基体としては,スパッタリングやイオンプレーティング等,一例として到達真空度が1×10-3~1×10-8Pa,好ましくは1×10-4~1×10-8Paの高真空度である真空容器を用いた高真空度雰囲気における真空成膜により前述したアモルファス酸化物薄膜を形成可能な材質であれば如何なるものも対象とすることができ,各種の純金属,合金の他,Siウエハ,SiO2基板等の半導体,ガラス,セラミックス,樹脂,酸化物等であって前記方法による真空成膜が可能なものであれば本発明における基体(被接合材)とすることができる。
【0063】
なお,基体は,例えば金属同士の接合のように同一材質間の接合のみならず,金属とセラミックス等のように,異種材質間での接合を行うことも可能である。
【0064】
(2)接合面の状態等
基体の形状は特に限定されず,例えば平板状のものから各種の複雑な立体形状のもの迄,その用途,目的に応じて各種の形状のものを対象とすることができるが,他方の基体との接合が行われる部分(接合面)については所定の精度で平滑に形成された平滑面を備えていることが必要である。
【0065】
なお,他の基体との接合が行われるこの平滑面は,1つの基体に複数設けることにより,1つの基体に対して複数の基体を接合するものとしても良い。
【0066】
この平滑面の表面粗さは,この平滑面に後述するアモルファス酸化物薄膜を形成する場合には,形成されたアモルファス酸化物薄膜の表面粗さを算術平均高さSa(ISO 4287)で0.5nm以下とすることができる平滑面に形成し,また,表面活性化処理して前述のアモルファス酸化物薄膜と重ね合わせる場合には,基体の平滑面自体を,算術平均高さSaで0.5nm以下に形成する。
【0067】
基体の平滑面は,アモルファス酸化物薄膜を形成する前に表面のガス吸着層や自然酸化層等の変質層が除去されていることが好ましく,例えば薬液による洗浄等による既知のウェットプロセスによって前述の変質層を除去し,また,前記変質層の除去後,再度のガス吸着等を防止するために水素終端化等が行われた基体を好適に使用することができる。
【0068】
また,変質層の除去は前述のウェットプロセスに限定されず,ドライプロセスによって行うこともでき,真空容器中における希ガスイオンのボンバード等によりガス吸着層や自然酸化層などの変質層を逆スパッタリング等によって除去することもできる。
【0069】
特に,前述のようなドライプロセスによって変質層を除去する場合,変質層を除去した後,後述のアモルファス酸化物薄膜を形成する迄の間に,基体表面にガス吸着や酸化が生じることを防止できるために,このような変質層の除去を,後述するアモルファス酸化物薄膜を形成すると同一の真空中において行うと共に,変質層の除去に続けてアモルファス酸化物薄膜を形成することが好ましく,より好ましくは,変質層の除去を超高純度の不活性ガスを使用して行い,変質層の除去後に酸化層等が再形成されることを防止する。
【0070】
なお,基体は,単結晶,多結晶,アモルファス,ガラス状態等,その構造は特に限定されず各種構造のものを接合対象とすることが可能であるが,2つの基体の一方に対してのみ後述するアモルファス酸化物薄膜を形成し,他方の基体に対してアモルファス酸化物薄膜の形成を行うことなく両者の接合を行う場合には,この薄膜の形成を行わない他方の基体の接合面には,化学結合が生じるよう酸化物薄膜を形成するか,又は,化学結合が生じ易くするために,真空容器外で表面を親水化処理した基体を真空容器内に投入することにより,又は,アモルファス酸化物薄膜の形成と同一真空中で,基体表面の酸化層や汚染層をドライエッチングにより除去することで活性化させる必要がある。
【0071】
〔アモルファス酸化物薄膜〕
(1)材質一般
接合に用いるアモルファス酸化物薄膜は,真空中及び大気中で安定に存在する酸化物であれば,その材質に限定はなく,各種の酸化物によって形成したアモルファス酸化物薄膜を使用することができる。
【0072】
(2)電気陰性度又はイオン性に基づく材質の選択
酸化物薄膜の化学結合は共有結合性とイオン結合性が共存した状態であるが,共有結合性が高いアモルファス酸化物薄膜では,表面の原子は相互に二次元的に共有結合することでエネルギー状態を安定化させてしまうため,他のアモルファス酸化物薄膜や基体の表面と接触しても,接触界面で化学結合を生じ難くなる。
【0073】
そのため,イオン結合性が高いアモルファス酸化物薄膜を接合に用いるほど,接合性能(接合強度)は高くなり,一般に,アモルファス酸化物薄膜の酸化物を形成する酸素以外の元素(酸化物形成元素)の電気陰性度が,酸素の電気陰性度(3.44)よりも小さく,両者の差が大きいほどイオン結合性が大きくなる。
【0074】
前述の酸化物形成元素の電気陰性度をA,酸素の電気陰性度をBとすると,その間に生じるイオン結合性の度合い(本発明において「イオン性」という。)は,次式,
イオン性(%)=〔1-exp{-0.25(B-A)2}〕×100
で示すことができる。
【0075】
本発明の化学結合では,酸素の電気陰性度Bと,酸化物形成元素の電気陰性度Aの差(B-A)が1.4以上,又は,イオン性が40%以上のアモルファス酸化物薄膜を形成して接合を行うことが好ましい。
【0076】
特に,高い接合強度を必要とする場合には,好ましくは,酸素の電気陰性度Bと酸化物形成元素の電気陰性度Aの差(B-A)が1.67以上,又は,イオン性が50%以上のアモルファス酸化物薄膜を形成して接合を行う。
【0077】
このような,酸素の電気陰性度Bとの差(B-A)が1.67以上,又は,イオン性が50%以上の酸化物形成元素としては,Be,Mg,Al,Sc,Ti,V,Cr,Mn,Zn,Y,Zr,Nb,Hf,Ta等を挙げることができる。
【0078】
また,酸素の電気陰性度Bとの差(B-A)が1.4以上,又は,イオン性が40%以上の酸化物形成元素としては,上記で挙げた酸化物形成元素の他に,更に,Fe,Co,Ni,Cu,Ag,Ge,Ga,In,Sn,B,Si等が挙げられる。
【0079】
また,イオン結合性が極めて高いアルカリ金属や,アルカリ土類金属,ランタノイドを含む酸化物であれば,イオン性が更に増すため,更に優れた接合性能が期待できる。このような元素としては,Li,Na,K,Ca,Rh,Sr,Cs,Ba,La,Ce,Pr,Nd,Yb等が挙げられる。
【0080】
また,アモルファス酸化物薄膜を形成する元素の組成は,膜厚方向あるいは面内方向で変化させた組成変調膜であっても良く,特に,薄膜表面の数原子層のみをイオン結合性の高い組成に組成変調させたものであっても良い。
【0081】
また,イオン結合性の高いアモルファス酸化物薄膜を表面に形成した多層構造としても良い。
【0082】
さらに,アモルファスは結晶質のように空間的な原子位置が明確ではないので,接触界面で化学結合させることができれば,異種材料のアモルファス酸化物薄膜の間でも化学接合させることができることから,一方の基体の平滑面と,他方の基体の平滑面のそれぞれにアモルファス酸化物薄膜を形成して接合を行う構成では,一方の基体の平滑面に形成するアモルファス酸化物薄膜(第1酸化物薄膜)と,他方の基体の平滑面(第2酸化物薄膜)に形成するアモルファス酸化物薄膜を,それぞれ異なる酸化物形成元素から成る酸化物により形成するものとしても良い。
【0083】
また,一方の基体にのみアモルファス酸化物薄膜を形成し,活性化させた他方の基体の平滑面に一方の基体に形成したアモルファス酸化物薄膜を重ね合わせて接合を行う構成では,活性化により表面を化学結合し易い状態にできる基体であれば,基体の材質は酸化物であってもSi等の半導体であっても良く,その材質は特に限定されない。
【0084】
なお,既に述べたように,酸化物の原子の表面拡散係数は非常に小さいため,接合したアモルファス酸化物薄膜の接合界面には,接合に用いたアモルファス酸化物薄膜の密度よりも低い部分(低密度部)が生じ得るが,このような低密度部の発生によっても接合できていることから応用上の問題はない。
【0085】
(3)酸化物の物性(光学特性,電気機械的特性)等による選択
なお,以上の説明では,アモルファス酸化物薄膜の選択を,接合性能の観点から,電気陰性度又はイオン性を基準に選択する場合を例に挙げて説明したが,好ましい酸化物形成元素の選択は,前述した電気陰性度又はイオン性に基づく選択に代えて,又は,電気陰性度又はイオン性に基づく選択と共に,工学的な応用上の観点(接屈折率,電気機械係数など)を考慮して選択するものとしても良い。
【0086】
一例として,光を透過させる光学部品の基体の間の接合であれば,適切な光の屈折率や透過率等を持つアモルファス酸化物薄膜を選択し,また,電波,超音波等を応用した電子デバイスの接合を行う場合には,適切な密度や電気機械係数等を持つアモルファス酸化物薄膜を選択する。
【0087】
(4)アモルファス酸化物薄膜の表面粗さ
強固な接合を実現するためには,アモルファス酸化物薄膜同士(第1-第2酸化物薄膜)の接合界面や,アモルファス酸化物薄膜と他方の基体の平滑面とが,より広い範囲で接合されている必要がある。
【0088】
しかし,アモルファス酸化物薄膜の表面に凹凸が生じていると,凸部同士の接触部分のみが点接触状態で接合されることとなるため,接合範囲が狭く,接合できても接合強度が低くなる。
【0089】
しかも,酸化物では,酸化物形成元素である金属や半金属の元素と酸素との結合エネルギーが大きいため,移動した原子は,近くにある異種原子に直ぐにトラップされてしまうことで原子の移動距離は非常に短く,接合界面に僅かな隙間が生じただけで,この部分では同一薄膜表面の前記異種原子にトラップされてしまい,他の酸化膜(あるいは基体)の異種原子との接合界面では化学結合が生じ難くなる。
【0090】
アモルファス酸化物薄膜は,アモルファス構造であるため結晶質構造の薄膜とは異なり原子がランダムに存在したものとなっているが,安定な結晶質の酸化物と同様に,化学量論に基づく組成がアモルファス構造でも安定である場合が多く,原子の移動が生じ難いことには変わりがない。
【0091】
そのため,アモルファス酸化物薄膜の表面は,接合界面の広い範囲で原子が移動して十分な強度で接合することができるように,接合時に原子レベルで膜表面を全域に亘って接触させることができるようにすることが好ましい。
【0092】
このような原子レベルでの接触は,アモルファス酸化物薄膜の表面粗さ(算術平均高さSa)を,該アモルファス酸化物薄膜を構成する酸化物が結晶質である場合の単位胞と同程度の大きさとすることにより実現することができる。
【0093】
下記の表2に,代表的な酸化物の結晶構造と格子定数を示す。
【0094】
表2より明らかなように,以下に示した代表的な酸化物の格子定数は0.3~0.5nmであり,アモルファス酸化物薄膜の表面粗さを,酸化物の単位胞と同程度の大きさとするには,表面粗さを,上記格子定数の数値範囲の上限である0.5nm以下,好ましくは,0.5nmよりも十分に小さなものとし,更に好ましくは上記格子定数の数値範囲の下限である0.3nm以下とすることで,接合界面を原子レベルで接触させることが可能となる。
【0095】
【0096】
(5)成膜方法
アモルファス酸化物薄膜の成膜方法は,真空中で基体の平滑面にアモルファス構造の酸化物の薄膜を形成することができる真空成膜法であれば特に限定されず,既知の各種の方法で成膜可能である。
【0097】
このような真空成膜法で成膜されたアモルファス酸化物薄膜は,成膜の際に高温の気相や液相原子が基体の平滑面上に到達して急速に冷却(クエンチ)されることで膜内部に多くの構造欠陥を有することで原子が移動し易く,従って,接合界面において化学結合を生じ易いものとなっている。
【0098】
特に,酸素欠損や過飽和酸素を多く取り込むことが可能であり,これらを制御し易いスパッタリング法や,酸素プラズマ(酸素ラジカル)を併用した蒸着法等が,本発明におけるアモルファス酸化物薄膜の成膜に好適に利用可能である。
【0099】
スパッタリング法や,酸素プラズマ(酸素ラジカル)を併用した蒸着法等によってアモルファス酸化物薄膜を形成する場合には,酸化物ターゲットをスパッタし,又は,酸化物の固体を蒸発させて蒸着させる等,成膜用の出発原料自体を酸化物とするものとしても良く,あるいは,真空容器内で酸化物形成元素と酸素を反応させることで生成した酸化物を基体の平滑面上に堆積させてアモルファス酸化物薄膜を得る,反応性スパッタ法等の方法で成膜するものとしても良い。
【0100】
また,酸素欠損や過飽和酸素を制御することで膜内部の欠損を増やして原子移動度を高めることで接合性能を高めるものとしても良く,アモルファス酸化物薄膜の表層の数原子層だけをこのような欠陥の多い状態となるような条件で成膜するものとしても良い。
【0101】
一般に,アモルファス酸化物薄膜は,膜厚を増やすと表面粗さが増大することから,比較的厚いアモルファス酸化物薄膜を形成する必要がある場合には,前述した表面粗さ(算術平均高さSa)のアモルファス酸化物薄膜を得ることができるよう,スパッタリングによる成膜とイオンエッチングを同時に行うエネルギー・トリートメント・スパッタ法(ETS法)を用いて成膜を行うものとしても良く,このETS法では,表面粗さが小さな状態を維持しながら厚いアモルファス酸化物薄膜の形成が可能である。
【0102】
また,このETS法を用いた場合には,基体の表面粗さが比較的大きなものである場合であっても,表面粗さが小さな厚い酸化物薄膜を形成することができ,基体の表面を高精度に研磨する必要がなくなる等,工業的な利点も大きい。
【0103】
(6)真空度
真空容器内に残存する酸素や水,炭素などの不純物ガスは,形成するアモルファス酸化物薄膜の内部に取り込まれ,酸化物薄膜の物性を劣化させる。
【0104】
また,形成されたアモルファス酸化物薄膜の表面に,真空容器内の酸素や水,炭素などの不純物ガスが吸着されると,表面の化学状態を安定化させてしまい,接合界面におけるアモルファス酸化物薄膜の化学結合が阻害される。
【0105】
そのため,真空容器の到達真空度は,残留気体の平均自由工程が真空容器の大きさと同程度となる10-1Paよりも百分の1以下の大きさである10-3Paよりも優れていることが必要である。
【0106】
また,アモルファス酸化物薄膜の表面へのガス吸着を抑制するためには,1ラングミアに相当する10-4Paよりも優れている方が更に良い。
【0107】
また,10-6Pa以下の超高真空環境において,酸素などの添加ガスの純度を維持しながら薄膜形成と接合を行う方が,更に良く,理想的である。
【0108】
(7)形成するアモルファス酸化物薄膜の膜厚
アモルファス酸化物薄膜としての物性を有するためには,最低でも形成するアモルファス酸化物薄膜を構成する酸化物が結晶質であるときの格子定数(前掲の表2より0.3~0.5nm)と同等以上の膜厚であることが必要で,その下限値は0.3nm,好ましくは0.5nmである。
【0109】
一方,アモルファス酸化物薄膜に絶縁性を求める場合等では,破壊電圧の観点等から厚い薄膜が要求される場合もある。また,アモルファス酸化物薄膜に光学特性を求める場合では,波長との観点から一定以上の厚みの薄膜が要求される場合もある。しかし,一般の成膜手法では膜厚を増加させると表面粗さが増大し,接合性能を劣化させてしまう。
【0110】
この点に関し,前述のETS法によれば,厚さを増大しつつ,表面粗さが小さなアモルファス酸化物薄膜を形成することも可能であるが,5μm以上のアモルファス酸化物薄膜を堆積させるためには非常に長い成膜時間が必要となり,工業的には形成することが難しくなることから,アモルファス酸化物薄膜の厚みの上限は5μm,このましくは1μmである。
【0111】
従って,アモルファス酸化物薄膜の膜厚は,好ましくは0.3nm~5μm,より好ましくは0.5nm~1μmの範囲である。
【0112】
(8)その他
なお,本発明の化学結合法では,接合する一方の基体の平滑面にのみアモルファス酸化物薄膜を形成し,他方の基体の平滑面は,表面を活性化して化学結合し易い状態とし,これにアモルファス酸化物薄膜が形成された一方の基体の平滑面を重ね合わせることによっても接合することができる。
【0113】
このような接合方法において,他方の基体の平滑面の活性化は,真空容器の外で平滑面を親水化処理した基体を真空容器内に投入することによって行うものであっても良く,また,アモルファス酸化物薄膜を形成するのと同一真空中で,他方の基体の平滑面に生じている酸化層や汚染層をドライエッチング等で除去することにより行うものであっても良い。
【0114】
また,活性化することで表面が化学結合し易い状態にできる基体であれば,他方の基体の材質は,酸化物であってもSi等の半導体であっても良く,その材質は限定されない。
【0115】
このように,一方の基体の平滑面にのみアモルファス酸化物薄膜を形成する接合方法を用いることで,アモルファス酸化物薄膜を,接合する基体間の電気的絶縁や,基体間の光学的な特性の調整のために使用することもできる。
【実施例】
【0116】
以下に,本発明の化学結合方法による接合試験について説明する。
【0117】
(1)試験例1(TiO2アモルファス薄膜を使用した接合)
(1-1) 試験の概要
基体の平滑面にアモルファス酸化物薄膜としてアモルファス構造のTiO2薄膜(以下,「TiO2薄膜」という。)を形成し,形成するTiO2薄膜の膜厚の変化に対する表面粗さの変化を確認した。
【0118】
また,TiO2薄膜を使用して,下記の三種類の基体(いずれも直径2インチ)を接合し,接合状態を確認すると共に,接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを測定した。
接合対象とした基体
基体組合せ1:石英基板-石英基板
基体組合せ2:サファイア基板-サファイア基板
基体組合せ3:Siウエハ-Siウエハ
【0119】
なお,TiO2薄膜の酸化物形成元素であるチタン(Ti)の電気陰性度は,1.54で,酸素(O)の電気陰性度(3.44)と,チタン(Ti)の電気陰性度(1.54)の差は,1.9で,イオン性は59.4%である。
【0120】
(1-2) 接合方法
各基体(2枚)を,到達真空度が1×10-6Pa以下の真空容器内にセットし,RFマグネトロンスパッタ法で2つの基体それぞれの平滑面にTiO2薄膜を形成した。
【0121】
TiO2薄膜の形成に続き,TiO2薄膜を形成したと同一の真空中で,2枚の基体のそれぞれの平滑面に形成されたTiO2薄膜同士を重ね合わせ,基体を加熱することなく,約1MPaの圧力で10秒間加圧して接合した。
【0122】
接合後,未加熱の状態のもの,100℃,200℃,300℃の各温度で5分間,大気中で熱処理を行ったものをそれぞれサンプルとして作成した。
【0123】
なお,上記基体中,基体1の石英基板-石英基板の接合では,両基体の接合面に形成するTiO2薄膜の膜厚を,片側あたりの膜厚を2nm,5nm,10nm,20nmと変化させて,それぞれの厚さのTiO2薄膜を使用して接合したサンプルを作成した。
【0124】
また,基体2のサファイア基板-サファイア基板の接合と,基体3のSiウエハ-Siウエハの接合は,片面あたりの膜厚を5nmとして接合を行った。
【0125】
(1-3) 測定方法
(1-3-1) 表面粗さの測定
TiO2薄膜の膜厚の変化に対する,TiO2薄膜(接合前)の表面粗さの変化を測定した。
【0126】
表面粗さとして,算術平均高さSa(ISO 4287)を測定し,測定は,原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)を使用して,2μm角の領域に対し行った。
【0127】
(1-3-2) 接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの測定
上記各接合条件で接合した基体の接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの大きさを,「ブレード法」で測定した。
【0128】
ここで,「ブレード法」は,
図23に示すように,2枚の基体の接合界面にブレードを挿入したときのブレードの先端からの剥離長Lに基づいて接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを評価するもので,接合強度γは,次式で表される〔M.P. Maszara. G. Goetz. A. Cavigila and J. B. McKitterick : J. Appl. Phys. 64 (1988) 4943〕。
γ=3/8×Et
3y
2/L
4
ここで,Eはウエハのヤング率,tはウエハの厚さ,yはブレードの厚さの1/2である。
【0129】
(1-4) 試験結果
(1-4-1) 表面粗さ
図1に,TiO
2薄膜の膜厚の変化に対する,TiO
2薄膜(接合前)の表面粗さ(算術平均高さSa)の変化を示す。
【0130】
算術平均高さSaは,膜厚2nmにおいて0.18nmと最も小さく,膜厚の増加により僅かに増加するものの,膜厚20nmにおいても0.23nmであった。
【0131】
このように,本実施例において使用したTiO2薄膜の表面粗さは,いずれも0.5nm以下であり,TiO2の格子定数(a=0.459,c=0.296:表2参照)よりも十分に小さなものとなっている。
【0132】
(1-4-2) 接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γ
図2に,TiO
2薄膜を用いて接合した石英基板-石英基板の接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの大きさと,接合に使用したTiO
2薄膜(2,5,10,20nm)の変化の関係を,加熱条件(未加熱,100℃,200℃,300℃)毎に示す。
【0133】
接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γは,接合後,未加熱のものでも1.0~0.62J/m2の値であり,熱処理温度が高くなるに従い接合強度γは増加し,300℃の熱処理後には,いずれの膜厚のTiO2薄膜を使用して接合したサンプルにおいても,接合強度γは2J/m2を超える値に達しており,最も大きな接合強度γは,2.9J/m2(膜厚5nm,熱処理温度300℃)にまで達していた。
【0134】
また,膜厚5nmのTiO2薄膜を用いて接合したサファイア基板-サファイア基板,及び,Siウエハ-Siウエハの接合でも,石英基板-石英基板の接合の場合とほぼ同様の接合強度γが得られることが確認された。
【0135】
なお,Siウエハ-Siウエハの接合では,300℃での熱処理後にはブレード法により評価できない(ブレードが接合界面に入らず,無理に挿入するとSiウエハが破断する)程の大きな接合強度γが得られ,Siウエハの破断強度以上の接合強度γで接合されていることが確認された。
【0136】
よって,TiO2薄膜を使用した接合では,いずれの材質の基体,いずれの膜厚,接合後の熱処理の有無及び熱処理温度によっても工業上,利用可能な強度での接合を行うことができることが確認できた。
【0137】
(1-4-3) 接合状態
図3に,膜厚5nm(片側)のTiO
2薄膜を用いてSiウエハ-Siウエハを接合した後,300℃の熱処理を施したサンプル断面の透過型子顕微鏡(TEM : Transmission Electron Microscope)写真を示す。
【0138】
SiウエハとTiO2薄膜の間に白く見える層は,Siウエハ表面に存在しているSiの自然酸化層である。TiO2薄膜同士(第1-第2酸化物薄膜)の接合界面は,隙間なく接合されている。
【0139】
TiO2薄膜同士の接合界面部分に明るく見えている箇所が僅かに存在しており,接合界面の部分において,接合界面付近にTiO2薄膜の密度が僅かに低下した部分(低密度部)が生じていることが確認されている。
【0140】
(2)試験例2(8mol%Y2O3-ZrO2アモルファス薄膜を使用した接合)
(2-1) 試験の概要
アモルファス酸化物薄膜として,Y2O3を8mol%含む,アモルファス構造のY2O3-ZrO2薄膜(以下,「Y2O3-ZrO2薄膜」という。)を形成し,形成する膜厚の変化に対する表面粗さの変化を測定した。
【0141】
また,Y2O3-ZrO2薄膜を使用して,直径2インチの2枚の石英基板の接合を行い,接合状態を確認すると共に,接合強度を測定した。
【0142】
ここで,Y2O3-ZrO2は,「安定化ジルコニア」と呼ばれるもので,純粋なジルコニア(ZrO2)は高温変化に伴う相転移による体積変化が大きく,冷却の際に材料にき裂が生じてしまう等,焼結が難しいことから,安定化剤としてイットリア(Y2O3)を微量添加したものである。
【0143】
なお,Y2O3-ZrO2薄膜の酸化物形成元素中,ジルコニウム(Zr)の電気陰性度は1.33で,酸素(O)の電気陰性度(3.44)とジルコニウム(Zr)の電気陰性度(1.33)の差は2.11であり,イオン性は67.1%である。
【0144】
また,イットリウム(Y)の電気陰性度は1.22で,酸素(O)の電気陰性度(3.44)とイットリウム(Y)の電気陰性度(1.22)の差は2.22であり,イオン性は70.8%である。
【0145】
(2-2) 接合方法
2枚の石英基板を,到達真空度が1×10-6Pa以下の真空容器内にセットし,RFマグネトロンスパッタ法で2枚の石英基板それぞれの接合面にY2O3-ZrO2薄膜を形成した。
【0146】
Y2O3-ZrO2薄膜の形成に続き,Y2O3-ZrO2薄膜を形成したと同一の真空中で,2枚の石英基板のそれぞれの接合面に形成したY2O3-ZrO2薄膜同士を重ね合わせ,石英基板を加熱することなく,約1MPaの圧力で10秒間加圧して接合を行った。
【0147】
石英基板の接合面に形成するY2O3-ZrO2薄膜の膜厚を,片側あたりの膜厚で2nm,5nm,10nm,20nmと変化させ,それぞれの膜厚におけるY2O3-ZrO2薄膜の接合前の状態における表面粗さ(算術平均高さSa)を,前述したTiO2薄膜と同様にして原子間力顕微鏡(AFM)により測定すると共に,各厚さに形成したY2O3-ZrO2薄膜を使用して接合を行った。
【0148】
また,上記各膜厚で接合された石英基板に対し,未加熱,100℃,200℃,300℃の各温度で5分間,大気中で熱処理を行ったものをそれぞれ用意し,それぞれの接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを,前述した「ブレード法」により測定した。
【0149】
(2-3) 試験結果
(2-3-1) 表面粗さSa及び接合強度γ
Y2O3-ZrO2薄膜の表面粗さSaと,各条件で接合された石英基板の接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを測定した結果を,下記の表3に示す。
【0150】
【0151】
表面粗さSaは,膜厚の増加にともない少しずつ増加したが,膜厚20nmにおいても0.27nmであり,最大値においても0.5nmに対し十分に小さな値であると共に,主成分であるZrO2の格子定数(a=0.515nm:表2参照)に対しても十分に小さな値であった。
【0152】
また,接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの測定結果において,表3中の「測定できず」とは,接合界面にブレードを挿入することができない(無理にブレードを挿入すると石英基板が破断する)程の強い接合強度で付着していることを示している(以下,同様)。
【0153】
厚さ2nmのY2O3-ZrO2薄膜を使用して接合した石英基板では,未加熱の状態で既にブレード法では測定できない,石英基板の破断強度を超える大きな接合強度が得られていることが確認されている。
【0154】
また,厚さ5nmのY2O3-ZrO2薄膜を使用して接合した石英基板では,接合直後において1.43J/m2の接合強度γが得られており,接合強度は熱処理温度の増加にともない増大し,300℃での熱処理後にはブレード法により評価できない程の強固な接合が得られた。
【0155】
接合強度γは,接合に使用したY2O3-ZrO2薄膜の膜厚が厚くなるに従い低下し,膜厚20nmでは,接合直後の接合強度γは0.21J/m2程度となり,300℃での熱処理後でも,0.38J/m2程度に留まっている。
【0156】
このように,膜厚の増加に伴う接合強度γの低下は,膜厚の増大に伴ってY2O3-ZrO2薄膜の表面粗さが増大することが主な原因であると考えられるが,最大膜厚においても工業的に利用可能な接合強度γが得られており,いずれのサンプルにおいても強固な接合を行うことができることが確認された。
【0157】
なお,膜厚を2nm及び5nmとした場合には,Y2O3-ZrO2薄膜を使用した接合の方が,先に挙げたTiO2薄膜を用いた接合(実施例1)に比較して,大幅に大きな接合強度γが得られている。
【0158】
一方,膜厚を10nm及び20nmとした場合には,Y2O3-ZrO2薄膜を使用した接合に比較して,TiO2薄膜を使用した接合の方が,接合強度が高くなっている。
【0159】
このような結果は,膜厚が2nm及び5nmの場合には,Y2O3-ZrO2薄膜とTiO2薄膜とで,表面粗さSaが略同一の値を示しており,その結果,電気陰性度が低い(イオン性が高い)Y2O3-ZrO2薄膜においてより高い接合強度が得られたものと考えられる。
【0160】
一方,膜厚が10nm及び20nmの場合には,Y2O3-ZrO2薄膜の表面粗さSaは,TiO2薄膜の表面粗さSaよりも大きな値となっており,その結果,TiO2薄膜を使用した方が大きな接合強度γが得られたものと考えられる。
【0161】
従って,酸化物形成元素の電気陰性度が小さい(イオン性が高い)程,また,アモルファス酸化物薄膜の表面粗さSaが小さい程,強固に接合することができることが確認された。
【0162】
(2-3-2) 接合状態
図4及び
図5に,膜厚5nm(片側)のY
2O
3-ZrO
2薄膜を用いてSiウエハ-Siウエハを接合したサンプルの断面透過電子顕微鏡(TEM)写真を示す。
【0163】
なお,
図4は,接合後,未加熱の状態のサンプル,
図5は,接合後,大気中で300℃,5分間の熱処理を施したサンプルである。
【0164】
いずれのサンプルともに,SiウエハとY2O3-ZrO2薄膜の間に白く見える層は基板表面に形成されたSi酸化物である。
【0165】
また,いずれのサンプル共に,Y2O3-ZrO2薄膜同士の接合界面は隙間なく接合されている。
【0166】
Y2O3-ZrO2薄膜同士の接合界面部分に明るく見えている箇所が僅かに存在しており,接合界面の部分において,接合界面付近にY2O3-ZrO2薄膜の密度が僅かに低下した部分(低密度部)が生じていることが確認されている。
【0167】
なお,熱処理を行っていないサンプル(
図4)において,Y
2O
3-ZrO
2薄膜内には,わずかに微結晶化した部分が見られる。
【0168】
このような微結晶は,成膜直後に生じたものであるが,このような僅かな微結晶の存在によっても問題なく接合することができており,形成するアモルファス酸化物薄膜は,必ずしも完全なアモルファス構造である必要はなく,アモルファス中に僅かに結晶質を含むものであっても接合上,問題ないことが確認されている。
【0169】
また,Y2O3-ZrO2薄膜を使用した接合サンプルでは,アモルファス中に存在する微結晶の格子像が接合界面を超えて連続的に観察されており,このことから,本接合法では,接合界面で原子拡散が生じ,原子再配列が生じていること,従って,上記接合が,接合界面における原子拡散を伴ったものであることが確認されており,このような原子拡散の発生が,接合界面に隙間のない,高強度の接合に寄与しているものと考えられる。
【0170】
前掲のTiO2薄膜は,完全なアモルファス構造であり結晶粒が存在しないためにTEM像によっては原子拡散の発生を確認することができないが,同様に接合界面が隙間なく接合されていると共に,高強度の接合が得られていることから,前掲のTiO2薄膜を使用した接合や,後述の他のアモルファス酸化物薄膜を使用した接合においても,少なからず接合界面における原子拡散が生じているものと考えられる。
【0171】
更に,接合後に300℃で熱処理を行ったサンプル(
図5)では,熱処理によってY
2O
3-ZrO
2薄膜内部で結晶化が進んでおり,殆ど結晶質の薄膜に変化しているが,接合前の状態においてアモルファスであれば化学結合を行うことができ,接合後に結晶化していることは,接合を行う上で何ら問題となるものでもない。
【0172】
(3)試験例3(Y2O3アモルファス薄膜を使用した接合)
(3-1) 試験の概要
アモルファス酸化物薄膜として,アモルファス構造のY2O3薄膜(以下,「Y2O3薄膜」という。)を形成し,形成する膜厚の変化に対する表面粗さの変化を測定した。
【0173】
また,Y2O3薄膜を使用して,直径2インチの2枚の石英基板の接合を行い,接合状態を確認すると共に,接合強度を測定した。
【0174】
なお,Y2O3薄膜の酸化物形成元素であるイットリウム(Y)の電気陰性度は本願の実施例で使用した材料中で最小の1.22であり,酸素(O)の電気陰性度(3.44)とイットリウム(Y)の電気陰性度(1.22)の差は2.22であり,イオン性は70.8%である。
【0175】
(3-2) 接合方法
前掲のY2O3-ZrO2薄膜による接合(試験例2)の場合と同様の方法で2枚の石英基板のそれぞれの接合面に形成したY2O3薄膜同士を重ね合わせ,石英基板を加熱することなく約1MPaの圧力で10秒間加圧して接合を行った。
【0176】
石英基板の接合面に形成するY2O3薄膜の膜厚を,片側あたりの膜厚で2nm,5nm,10nm,20nmと変化させ,それぞれの膜厚におけるY2O3薄膜の接合前の状態における表面粗さ(算術平均高さSa)を原子間力顕微鏡(AFM)により測定すると共に,各厚さに形成したY2O3薄膜を使用して接合を行った。
【0177】
また,上記各膜厚で接合された石英基板に対し,未加熱,100℃,200℃,300℃の各温度で5分間,大気中で熱処理を行ったものをそれぞれ用意し,それぞれの接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを,前述した「ブレード法」により測定した。
【0178】
(3-3) 試験結果
(3-3-1) 表面粗さSa及び接合強度γ
Y2O3薄膜の表面粗さSaと,各条件で接合された石英基板の接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを測定した結果を,下記の表4に示す。
【0179】
【0180】
表面粗さSaは,膜厚の増加にともない少しずつ増加したが,膜厚20nmにおいても0.20nmであり,最大値においても0.5nmに対し十分に小さな値であった。
【0181】
接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γの測定結果において,膜厚2nm及び5nmでは,接合直後(未加熱)において既に石英の破断強度を超える大きな接合強度が得られていた。
【0182】
また,膜厚10nmでも,接合直後(未加熱)において1.8J/m2の接合強度が得られ,熱処理温度の増加にともない接合強度γは増大し,300℃の熱処理後には2.3J/m2に達した。
【0183】
膜厚20nmでは,接合直後(未加熱)の接合強度γは0.024J/m2程度となっているが,300℃熱処理後では0.95J/m2までに増加した。このような膜厚によるγの違いは,主に表面粗さの違いにある。
【0184】
このように,Y2O3薄膜を用いた接合では,他の材料よりも優れた接合性能が得られた。
【0185】
(3-3-2) 接合状態
図6に,膜厚5nm(片側)のY
2O
3薄膜を用いてSiウエハ-Siウエハを接合したサンプルの断面透過電子顕微鏡(TEM)写真を示す。
【0186】
なお,
図6は,接合後,未加熱の状態のサンプルである。
【0187】
SiウエハとY2O3薄膜の間に白く見える層は基板表面に形成されたSi酸化物の層である。
【0188】
Y2O3薄膜の接合界面は消失しており,優れた接合性能を有することがわかる。
【0189】
なお,Y2O3薄膜は,所々に非常に短範囲な格子縞が観察されており,微結晶を含むアモルファス層であることが判り,形成するアモルファス酸化物薄膜は,必ずしも完全なアモルファス構造である必要はなく,アモルファス中に僅かに結晶質を含むものであっても接合上,問題ないことが確認されている。
【0190】
(4)試験例4(Nb2O5アモルファス薄膜を使用した接合)
(4-1) 試験の概要
アモルファス酸化物薄膜として,アモルファス構造のNb2O5薄膜(以下,「Nb2O5薄膜」という。)を形成し,形成する膜厚の変化に対する表面粗さの変化を測定した。
【0191】
また,Nb2O5薄膜を使用して,直径2インチの2枚の石英基板の接合を行い,接合状態を確認すると共に,接合強度を測定した。
【0192】
なお,Nb2O5薄膜の酸化物形成元素であるニオブ(Nb)の電気陰性度は1.6であり,酸素(O)の電気陰性度(3.44)とニオブ(Nb)の電気陰性度(1.6)の差は1.84であり,イオン性は57.1%である。
【0193】
(4-2) 接合方法
前掲のY2O3-ZrO2薄膜による接合(試験例2)の場合と同様の方法で2枚の石英基板のそれぞれの接合面に形成したNb2O5薄膜同士を重ね合わせ,石英基板を加熱することなく約1MPaの圧力で10秒間加圧して接合を行った。
【0194】
石英基板の接合面に形成するNb2O5薄膜の膜厚を,片側あたりの膜厚で2nm,5nm,10nm,20nm,30nm,50nm,75nm,100nmと変化させ,それぞれの膜厚におけるNb2O5薄膜の接合前の状態における表面粗さ(算術平均高さSa)を原子間力顕微鏡(AFM)により測定すると共に,各厚さに形成したNb2O5薄膜を使用して接合を行った。
【0195】
また,上記各膜厚で接合された石英基板に対し,未加熱,100℃,200℃,300℃の各温度で5分間,大気中で熱処理を行ったものをそれぞれ用意し,それぞれの接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを,前述した「ブレード法」により測定した。
【0196】
(4-3) 試験結果
(4-3-1) 表面粗さSa及び接合強度γ
Nb2O5薄膜の表面粗さSaと,各条件で接合された石英基板の接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを測定した結果を,下記の表5に示す。
【0197】
【0198】
なお,
図7はNb
2O
5薄膜の膜厚と接合強度γの関係を,
図8はNb
2O
5薄膜の膜厚と表面粗さSaの関係をそれぞれ表すグラフである。
【0199】
表面粗さSaは,膜厚が2nmから100nmの範囲でほとんど変化せず約0.17nmであり,最大値においても0.5nmに対し十分に小さな値であった。
【0200】
また,接合強度γの測定結果では,接合直後(未加熱)では0.34~0.54J/m2の値であったが,熱処理温度の増加により接合強度γは増加し,300℃熱処理後には約1J/m2を超える値に達しており,最も大きな接合強度γは1.37J/m2(膜厚5nm)となった。膜厚に対する接合強度γの変化が小さいが,これは,膜厚に対して表面粗さSaがほとんど変化しないためである.
【0201】
なお,膜厚5nmのNb2O5薄膜を用いてSiウエハを接合した場合についても,石英基板を接合した場合と同程度の接合強度γが得られた。
【0202】
(4-3-2) 接合状態
図9に,膜厚5nmのNb
2O
5薄膜を用いてSiウエハを接合した後に300℃で熱処理を行ったサンプルの断面TEM写真を示した。
【0203】
SiウエハとNb2O5薄膜の間に白く見える層は基板表面に形成されたSi酸化物の層である。
【0204】
Nb2O5薄膜の内部に比べて接合界面の所々に僅かに明るく見える部分があり,接合界面の密度が薄膜内部よりも僅かに低いことを示しているものの,Nb2O5薄膜の接合界面は隙間なく接合できている。
【0205】
(5)試験例5(Al2O3アモルファス薄膜を使用した接合)
(5-1) 試験の概要
アモルファス酸化物薄膜として,アモルファス構造のAl2O3薄膜(以下,「Al2O3薄膜」という。)を形成し,形成する膜厚の変化に対する表面粗さの変化を測定した。
【0206】
また,Al2O3薄膜を使用して,直径2インチの2枚の石英基板の接合を行い,接合状態を確認すると共に,接合強度を測定した。
【0207】
なお,Al2O3薄膜の酸化物形成元素であるアルミニウム(Al)の電気陰性度は1.61であり,酸素(O)の電気陰性度(3.44)とアルミニウム(Al)の電気陰性度(1.61)の差は1.83であり,イオン性は56.7%である。
【0208】
(5-2) 接合方法
前掲のY2O3-ZrO2薄膜による接合(試験例2)の場合と同様の方法で2枚の石英基板のそれぞれの接合面に形成したAl2O3薄膜同士を重ね合わせ,石英基板を加熱することなく約1MPaの圧力で10秒間加圧して接合を行った。
【0209】
石英基板の接合面に形成するAl2O3薄膜の膜厚を,片側あたりの膜厚で1nm,2nm,5nm,10nmと変化させ,それぞれの膜厚におけるAl2O3薄膜の接合前の状態における表面粗さ(算術平均高さSa)を原子間力顕微鏡(AFM)により測定すると共に,各厚さに形成したAl2O3薄膜を使用して接合を行った。
【0210】
また,上記各膜厚で接合された石英基板に対し,未加熱,100℃,200℃,300℃の各温度で5分間,大気中で熱処理を行ったものを用意し,それぞれの接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを,前述した「ブレード法」により測定した。
【0211】
(5-3) 試験結果
(5-3-1) 表面粗さSa及び接合強度γ
Al2O3薄膜の表面粗さSaと,各条件で接合された石英基板の接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを測定した結果を,下記の表6に示す。
【0212】
【0213】
なお,
図10はAl
2O
3薄膜の膜厚と接合強度γの関係を,
図11はAl
2O
3薄膜の膜厚と表面粗さSaの関係をそれぞれ表すグラフである。
【0214】
表面粗さSaは,膜厚の増加にともない僅かな増加が見られたが,膜厚10nmにおいても0.17nmであり,最大値においても0.5nmに対し十分に小さな値であった。
【0215】
また,接合強度γの測定結果では,接合直後(未加熱)では0.34~0.50J/m2の値であったが,熱処理温度の増加により接合強度γは増加し,300℃熱処理後には1J/m2を超える値に達しており,最も大きな接合強度γは1.48J/m2(膜厚2nm)となった。
【0216】
なお,膜厚5nmの結果を見ると,熱処理をしていないもの,300℃で加熱したもののいずれともに,石英基板を接合した場合よりもSiウエハを接合したものの方が接合強度γが高くなっており,Siウエハの接合の場合,300℃の熱処理後では2.45J/m2に達していた。
【0217】
(5-3-2) 接合状態
図12に,膜厚5nmのAl
2O
3薄膜を用いてSiウエハを接合した後に300℃で熱処理を行ったサンプルの断面TEM写真を示した。
【0218】
SiウエハとAl2O3薄膜の間に白く見える層は基板表面に形成されたSi酸化物の層である。
【0219】
Al2O3薄膜の内部に比べて接合界面が全体的に明るく見えており,接合界面の密度が薄膜内部よりも僅かに低いことを示しているものの,Al2O3薄膜の接合界面は隙間なく接合できている。
【0220】
(6)試験例6(9.7wt%SnO2-In2O3アモルファス薄膜を使用した接合)
(6-1) 試験の概要
アモルファス酸化物薄膜として,アモルファス構造の9.7wt%SnO2-In2O3(以下,Indium Tin Oxideの頭文字をとり「ITO」と略称する)の薄膜(以下,「ITO薄膜」という。)を形成し,形成する膜厚の変化に対する表面粗さの変化を測定した。
【0221】
また,ITO薄膜を使用して,直径2インチの2枚の石英基板の接合を行い,接合状態を確認すると共に,接合強度を測定した。
【0222】
なお,ITO薄膜の酸化物形成元素であるインジウム(In)とスズ(Sn)の電気陰性度は,それぞれ1.78と1.96であり,SnO2とIn2O3の組成比から,ITO薄膜の酸化物形成元素の電気陰性度は1.81と考えることができる。酸素(O)の電気陰性度(3.44)とITO薄膜の酸化物形成元素の電気陰性度(1.81)の差は1.63であり,イオン性は48.5%である。
【0223】
また,インジウム(In)の電気陰性度は1.78であり,酸素(O)の電気陰性度(3.44)とインジウム(In)の電気陰性度(1.78)の差は1.66であり,イオン性は49.8%である。
【0224】
(6-2) 接合方法
前掲のY2O3-ZrO2薄膜による接合(試験例2)の場合と同様の方法で2枚の石英基板のそれぞれの接合面に形成したITO薄膜同士を重ね合わせ,石英基板を加熱することなく約1MPaの圧力で10秒間加圧して接合を行った。
【0225】
石英基板の接合面に形成するITO薄膜の膜厚を,片側あたりの膜厚で2nm,5nm,10nmと変化させ,それぞれの膜厚におけるITO薄膜の接合前の状態における表面粗さ(算術平均高さSa)を原子間力顕微鏡(AFM)により測定した。
【0226】
また,ITO薄膜を,それぞれ片側あたりの膜厚で1nm,2nm,5nm,10nm,20nmで形成して接合した石英基板に対し,未加熱,100℃,200℃,300℃の各温度で5分間,大気中で熱処理を行ったものをそれぞれ用意し,それぞれの接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを,前述した「ブレード法」により測定した。
【0227】
(6-3) 試験結果
(6-3-1) 表面粗さSa及び接合強度γ
ITO薄膜の表面粗さSaと,各条件で接合された石英基板の接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを測定した結果を,下記の表7に示す。
【0228】
【0229】
なお,
図13はITO薄膜の膜厚と接合強度γの関係を,
図14はITO薄膜の膜厚と表面粗さSaの関係をそれぞれ表すグラフである。
【0230】
表面粗さSaは,膜厚の増加にともない僅かな増加が見られたが,膜厚10nmにおいても0.16nmであり,最大値においても0.5nmに対し十分に小さな値であった。
【0231】
また,接合強度γの測定結果では,接合直後(未加熱)では0.43~0.74J/m2の値であったが,熱処理温度の増加により接合強度γは増加し,300℃熱処理後には1J/m2を超える値に達しており,最も大きな接合強度γは1.73J/m2(膜厚5nm)となった。
【0232】
なお,膜厚5nm(片側)のITO薄膜を用いてサファイア基板同士,及びSiウエハ同士の接合を行った結果,石英基板同士を接合した場合と略同程度の接合強度γが得られることが確認された。
【0233】
(6-3-2) 接合状態
図15に,膜厚5nmのITO薄膜を用いてSiウエハを接合した後に300℃で熱処理を行ったサンプルの断面TEM写真を示した。
【0234】
SiウエハとITO薄膜の間に白く見える層は基板表面に形成されたSi酸化物の層である。
【0235】
ITO薄膜の内部に比べて接合界面が全体的に明るく見えており,接合界面の密度が薄膜内部よりも僅かに低いことを示しているものの,ITO薄膜の接合界面は隙間なく接合できている。
【0236】
なお,ITO薄膜は,所々に非常に短範囲な格子縞が観察され,微結晶を含むアモルファス層であった。
【0237】
(7)試験例7(Ga2O3アモルファス薄膜を使用した接合)
(7-1) 試験の概要
アモルファス酸化物薄膜として,アモルファス構造のGa2O3薄膜(以下,「Ga2O3薄膜」という。)を形成し,形成する膜厚の変化に対する表面粗さの変化を測定した。
【0238】
また,Ga2O3薄膜を使用して,直径2インチの2枚の石英基板の接合を行い,接合状態を確認すると共に,接合強度を測定した。
【0239】
なお,Ga2O3薄膜の酸化物形成元素であるガリウム(Ga)の電気陰性度は1.81であり,酸素(O)の電気陰性度(3.44)とガリウム(Ga)の電気陰性度(1.81)の差は1.63であり,イオン性は48.5%である。
【0240】
(7-2) 接合方法
前掲のY2O3-ZrO2薄膜による接合(試験例2)の場合と同様の方法で2枚の石英基板のそれぞれの接合面に形成したGa2O3薄膜同士を重ね合わせ,石英基板を加熱することなく約1MPaの圧力で10秒間加圧して接合を行った。
【0241】
石英基板の接合面に形成するGa2O3薄膜の膜厚を,片側あたりの膜厚で1nm,2nm,5nmと変化させ,それぞれの膜厚におけるGa2O3薄膜の接合前の状態における表面粗さ(算術平均高さSa)を原子間力顕微鏡(AFM)により測定すると共に,各厚さに形成したGa2O3薄膜を使用して接合を行った。
【0242】
また,前述した各膜厚のGa2O3薄膜を使用して接合された石英基板に対し,未加熱,100℃,200℃,300℃の各温度で5分間,大気中で熱処理を行ったものをそれぞれ用意し,それぞれの接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを,前述した「ブレード法」により測定した。
【0243】
(7-3) 試験結果
(7-3-1) 表面粗さSa及び接合強度γ
Ga2O3薄膜の表面粗さSaと,各条件で接合された石英基板の接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを測定した結果を,下記の表8に示す。
【0244】
【0245】
なお,
図16はGa
2O
3薄膜の膜厚と接合強度γの関係を,
図17はGa
2O
3薄膜の膜厚と表面粗さSaの関係をそれぞれ表すグラフである。
【0246】
表面粗さSaは,膜厚の増加にともない僅かな増加が見られたが,膜厚5nmにおいて0.18nmであり,0.5nmに対し十分に小さな値であった。
【0247】
また,接合強度γの測定結果では,接合直後(未加熱)では0.82~0.18J/m2の値であったが,熱処理温度の増加により接合強度γは増加し,300℃熱処理後には約2J/m2に達しており,最も大きな接合強度γは2.22J/m2(膜厚5nm)となった。
【0248】
なお,膜厚5nmの結果を見ると,熱処理をしていないもの,300℃で加熱したもののいずれともに,石英基板を接合した場合よりもSiウエハを接合したものの方が接合強度γが高くなっており,Siウエハの接合の場合,300℃の熱処理後では2.77J/m2に達していた。
【0249】
(7-3-2) 接合状態
図18に,膜厚5nmのGa
2O
3薄膜を用いてSiウエハを接合した後に300℃で熱処理を行ったサンプルの断面TEM写真を示した。
【0250】
SiウエハとGa2O3薄膜の間に白く見える層は基板表面に形成されたSi酸化物の層である。
【0251】
Ga2O3薄膜の内部に比べて接合界面が全体的に明るく見えており,接合界面の密度が薄膜内部よりも僅かに低いことを示しているものの,Ga2O3薄膜の接合界面は隙間なく接合できている。
【0252】
(8)試験例8(GeO2アモルファス薄膜を使用した接合)
(8-1) 試験の概要
アモルファス酸化物薄膜として,アモルファス構造のGeO2薄膜(以下,「GeO2薄膜」という。)を形成し,直径2インチの2枚の石英基板の接合を行い,接合状態を確認すると共に,形成する膜厚の変化に対する接合強度γの変化を前述した「ブレード法」測定した。
【0253】
ここで,GeO2薄膜の酸化物形成元素であるゲルマニウム(Ge)の電気陰性度は2.01であり,酸素(O)の電気陰性度(3.44)とゲルマニウム(Ge)の電気陰性度(2.01)の差は1.43であり,イオン性は40%である。
【0254】
(8-2) 接合方法
前掲のY2O3-ZrO2薄膜による接合(試験例2)の場合と同様の方法で2枚の石英基板のそれぞれの接合面に形成したGeO2薄膜同士を重ね合わせ,石英基板を加熱することなく約1MPaの圧力で10秒間加圧して接合を行った。
【0255】
石英基板の接合面に形成するGeO2薄膜の膜厚を,片側あたりの膜厚で1nm,2nm,3nm,5nmと変化させ,それぞれの膜厚におけるGeO2薄膜の接合前の状態における表面粗さ(算術平均高さSa)を原子間力顕微鏡(AFM)により測定すると共に,各厚さに形成したGeO2薄膜を使用して接合を行った。
【0256】
また,前述した各膜厚のGeO2薄膜を使用して接合された石英基板に対し,未加熱,100℃,200℃,300℃の各温度で5分間,大気中で熱処理を行ったものをそれぞれ用意し,それぞれの接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを,前述した「ブレード法」により測定した。
【0257】
なお,GeO2薄膜は,大気中の水分と反応して表面が凝集してしまうため表面粗さSaを測定することができず,本試験例では表面粗さSaの測定は行っていない。
【0258】
(8-3) 試験結果
(8-3-1) 表面粗さSa及び接合強度γ
GeO2薄膜の膜厚の変化に対する石英基板の接合強度(接合界面の表面自由エネルギー)γを測定した結果を,下記の表9に示す。
【0259】
【0260】
なお,
図19はGeO
2薄膜の膜厚と接合強度γの関係を表すグラフである。
【0261】
接合強度γは,接合直後(未加熱)では0.08~0.14J/m2の値であり,熱処理温度の増加により接合強度γは増加し,300℃熱処理後には膜厚1~3nmの範囲で1J/m2を超えたが,最も大きな接合強度γでも1.21J/m2(膜厚2nm)程度にとどまった。
【0262】
もっとも,いずれの膜厚で接合を行ったサンプルにあっても,石英基板同士の接合は行われていた。
【0263】
また,膜厚3nm(片側)のGeO2薄膜を用いてSiウエハ同士の接合を行った結果,300℃の熱処理後において1.47J/m2となり,石英基板同士を接合した場合よりも僅かに大きい程度に止まったが,この構成においてもSiウエハ同士の接合はされていた。
【0264】
GeO2薄膜の酸化物形成元素であるゲルマニウムは,実験で使用したアモルファス酸化物薄膜の酸化物形成元素中,電気陰性度が2.01と最も大きく(酸素の電気陰性度との差が1.43と最も小さく),イオン性が40.0%と最小値を示すことから,GeO2薄膜による接合の成功例から,酸素の電気陰性度との差が約1.4,イオン性が約40%の酸化物形成元素を含むアモルファス酸化物薄膜を使用して接合を行うことができることが確認された。
【0265】
(8-3-2) 接合状態
図20に,膜厚2nmのGeO
2薄膜を用いてSiウエハを接合した後に300℃で熱処理を行ったサンプルの断面TEM写真を示した。
【0266】
SiウエハとGeO2薄膜の間に白く見える層は基板表面に形成されたSi酸化物の層である。
【0267】
300℃で加熱した後のサンプルでは,GeO2薄膜同士の接合界面が消失しており,強固な接合が得られていることが確認された。このような接合状態は,GeO2薄膜を使用して接合したサンプルでは,未加熱のものに比較して300℃の加熱を行ったものでは接合強度が9.3倍と大幅な上昇を示していることとも一致するものであった。これは,GeO2薄膜の融点が1115℃と(他の酸化物に比べて)低いため,300℃の熱処理によって接合界面における原子拡散を促進する効果が,他の酸化物薄膜に比較して相対的に大きいためである。
【0268】
(9)試験例9(アモルファス酸化物薄膜の種類と接合強度の比較)
(9-1) 試験の概要
アモルファス酸化物薄膜として,試験例1~8で使用したアモルファス酸化物薄膜の他に,更に,アモルファス構造のSiO2薄膜(以下,「SiO2薄膜」という。)を形成し,前掲の試験例1,2と同様の方法で各薄膜の表面粗さSaを測定すると共に,比較した。
【0269】
また,各薄膜を使用して接合した石英基板-石英基板(直径2インチ,いずれも接合時には加熱を行っていない)の,未加熱時,及び接合後,大気中において300℃で5分間,熱処理した後の接合強度γを,それぞれ前述した「ブレード法」によって測定すると共に比較した。
【0270】
(9-2) 試験結果
(9-2-1) 測定結果
各薄膜の表面粗さSaと,各薄膜を使用して接合した石英基板-石英基板の接合強度γを下記の表10に示す。
【0271】
【0272】
いずれの材質のアモルファス酸化物薄膜においても,表面粗さSaは0.2nm以下の小さな値であった。
【0273】
熱処理を行っていないサンプル及び熱処理を行ったサンプルのいずれ共に,アモルファス酸化物薄膜の酸化物形成元素の電気陰性度が小さいほど,接合強度γが増加することが確認されている。
【0274】
接合後,未加熱のサンプルを比較すると,アモルファス酸化物薄膜の酸化物形成元素の電気陰性度が小さくなる(酸素の電気陰性度との差が大きくなる)ほど,接合強度γが増加する傾向にあることが判る。
【0275】
特に,電気陰性度が最も小さい(酸素の電気陰性度との差が最も大きい)Y2O3薄膜では,未加熱の状態でもブレード法で評価できない(石英基板の破壊強度を超える)ほど接合強度γが大きなものとなっている。
【0276】
また,SiO2薄膜を除き,いずれのサンプル共に熱処理を施すことで接合強度γが増加しており,Y2O3-ZrO2薄膜を使用したサンプルでは,300℃の熱処理を施すことにより,ブレード法で評価できないほどに接合強度が増大していた。
【0277】
なお,SiO2薄膜を使用して接合したサンプルは,他のアモルファス酸化物薄膜を使用して接合したサンプルに比較して接合強度γは低いものとなっていたが,接合はできていた。
【0278】
(9-2-2) 電気陰性度及びイオン性と接合強度γの関係
図21に,接合に用いたアモルファス酸化物薄膜の酸化物形成元素の電気陰性度と接合強度γの関係を示す。
【0279】
なお,
図21(A)は室温で接合した後,未加熱状態のもの,
図21(B)は,室温で接合した後,300℃で5分間熱処理した後のサンプルの電気陰性度と接合強度γの関係をそれぞれ示したものである。
【0280】
また,
図21(A),(B)のいずれも石英ウエハを膜厚2nm(片側)のアモルファス酸化物薄膜を使用して接合した際の接合強度γの値を示したものである。
【0281】
図21より,電気陰性度が小さくなる(酸素の電気陰性度との差が大きくなる)ほど接合強度γが増加しており,特に,実施例中でも電気陰性度が小さい(酸素の電気陰性度との差が大きい)Y
2O
3及びY
2O
3-ZrO
2の接合強度はいずれも膜厚2nmにおいて未加熱,300℃加熱時のいずれにおいても石英の破断強度を超えており,接合強度γを測定することができなかった(但し,膜厚5nmではY
2O
3-ZrO
2の接合強度は300℃加熱時のみ測定不能:表10参照)。
【0282】
このうち,電気陰性度が最小(酸素の電気陰性度との差が最大)であるY
2O
3薄膜を用いた接合では,
図6を参照して説明したように接合直後(未加熱)の状態でも接合界面が消失しており,優れた接合性能を有している。
【0283】
一方,電気陰性度が大きくなる(酸素の電気陰性度との差が小さくなる)と接合強度γは小さくなるが,イオン結晶性が40%に相当する電気陰性度が2.01(酸素との電気陰性度の差が約1.43)のGeO2膜でも,接合後に未加熱,300℃の加熱のいずれのものでも接合することができており,電気陰性度が2以下(酸素との電気陰性度の差が約1.4以上)の範囲であれば接合できることがわかる。
【0284】
図21(B)を見ると,300℃の熱処理により接合強度γが増加しているが,電気陰性度が大きくなると接合強度γが小さくなる傾向は,
図21(A)に示した未加熱の場合と同様である。
【0285】
なお,GeO
2やITO等の電気陰性度が大きな材料では,300℃の加熱により,未加熱の場合に比較して接合強度がGeO
2で9.3倍,ITOで3.3倍と,接合強度が大幅に増大しており,特に,GeO
2では,
図20を参照して説明したように,接合界面が消失する程の原子拡散を伴った接合が行われていることが確認されている。
【0286】
このように,300℃の熱処理により電気陰性度が大きな材料の接合強度γが増加する原因は,電気陰性度が大きな材料ほど融点が低くなる傾向にあるためであると考えられる。
【0287】
即ち,同じ300℃の熱処理を施した場合であっても,融点が低いほど(即ち,電気陰性度が大きな材料ほど),接合界面において原子拡散を促進させる効果が相対的に大きく,接合強度の増加率が大きくなるためであると考えられる。
【0288】
一例として熱処理による接合強度γの増加率が大きかったGeO2の融点と,ITOの融点は,それぞれGeO2で1115℃,ITOで約900℃であり,実施例中,電気陰性度が最も小さいY2O3の融点(2425℃)の半分以下である。
【0289】
また,
図22に,接合に用いたアモルファス酸化物薄膜の酸化物形成元素のイオン性と接合強度γの関係を示す。
【0290】
なお,
図22(A)は室温で接合した後,未加熱状態のもの,
図22(B)は,室温で接合した後,300℃で5分間熱処理した後のサンプルのイオン性と接合強度γの関係をそれぞれ示したものである。
【0291】
また,
図22(A),(B)のいずれも石英ウエハを膜厚2nm(片側)のアモルファス酸化物薄膜を使用して接合した際の接合強度γの値を示したものである。
【0292】
図22より明らかなように,イオン性が大きくなるほど接合強度γが増加しており,特に実施例中でもイオン性が大きなY
2O
3及びY
2O
3-ZrO
2の接合強度はいずれも膜厚2nmにおいて未加熱,300℃加熱時のいずれにおいても石英の破断強度を超えており,接合強度γを測定することができなかった(但し,膜厚5nmではY
2O
3-ZrO
2接合強度は300℃加熱時のみ測定不能:表10参照)。
【0293】
このうち,イオン性が70.8%と最大値を示したY
2O
3薄膜を用いた接合では,
図6を参照して説明したように接合直後(未加熱)の状態でも接合界面が消失しており,優れた接合性能を有している。
【0294】
一方,イオン性が小さくなると接合強度γは低下しているが,GeO2薄膜を使用した接合例(試験例8)より,イオン性が約40%の範囲までは接合できることが確認されている。
【0295】
図22(B)を見ると,300℃の熱処理により接合強度γが増加しているイオン性が小さくなると接合強度γが小さくなる傾向は,
図22(A)に示した未加熱の場合と同様である。
【0296】
なお,GeO2やITO等のイオン性が小さな材料では,300℃の加熱により,未加熱の場合に比較して大幅な接合強度γの増大が得られているが,このような接合強度γの大幅な増大は,イオン性が小さな材料ほど融点が低くなる傾向にあるためであると考えられ,同じ300℃の熱処理を施した場合であっても,融点が低いほど(即ち,イオン性が小さな材料ほど),接合界面において原子拡散を促進させる効果が相対的に大きく,接合強度の増加率が大きくなるためであると考えられる。
【0297】
また,Ga2O3薄膜を使用した接合では,SiO2薄膜を使用した接合に対し,未加熱状態で約14倍,300℃の熱処理を施したもので約50倍の接合強度γが得られており,また,GeO2薄膜を使用した接合に対しても,未加熱状態で約6.4倍,300℃の熱処理を施したものでも約1.6倍の接合強度γが得られており,電気陰性度がGaの電気陰性度1.81より低いか(酸素との電気陰性度の差が1.63より高いか),又は,イオン性が48.5%(≒50%)よりも高くなると,接合強度γの大幅な向上が得られることが判る。