(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-29
(45)【発行日】2022-09-06
(54)【発明の名称】Gb3蓄積起因性疾患の予防又は治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4706 20060101AFI20220830BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20220830BHJP
A61P 9/06 20060101ALI20220830BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220830BHJP
【FI】
A61K31/4706
A61P9/00
A61P9/06
A61P43/00 111
(21)【出願番号】P 2018093883
(22)【出願日】2018-05-15
【審査請求日】2021-04-01
(73)【特許権者】
【識別番号】502437894
【氏名又は名称】学校法人大阪医科薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】朝日 通雄
(72)【発明者】
【氏名】友田 紀一郎
(72)【発明者】
【氏名】森原 啓文
【審査官】井上 能宏
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0151347(US,A1)
【文献】特表2018-509415(JP,A)
【文献】国際公開第2012/147933(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/154675(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/114729(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/058381(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0210861(US,A1)
【文献】大阪医科大学 研究支援センター年報,2018年08月31日,第17号,p.42-47
【文献】BMC Nephrology,2017年,Vol.18, Article:157,p.1-7,doi:10.1186/s12882-017-0571-0
【文献】日本内科学会雑誌,Vol.103, No.2,2014年,p.293-298
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシクロロキンを含有する、Gb3蓄積起因性疾患の予防又は治療剤。
【請求項2】
前記Gb3蓄積起因性疾患が、ファブリー病、及び
Gb3蓄積起因性心臓病からなる群より選択される少なくとも1種の疾患である、請求項1に記載の予防又は治療剤。
【請求項3】
前記Gb3蓄積起因性疾患が、ファブリー病である、請求項1又は2に記載の予防又は治療剤。
【請求項4】
前記Gb3蓄積起因性疾患が
Gb3蓄積起因性心臓拍動異常を伴う疾患である、請求項1~3のいずれかに記載の予防又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Gb3蓄積起因性疾患の予防又は治療剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
グロボトリアオシルセラミド(Gb3)の体内における蓄積により、各種疾患が発症することが知られている。例えば、ファブリー病は、Gb3を分解する酵素(α-ガラクトシダーゼ(GLA))の遺伝子欠損や活性の低下によりGb3が体内に蓄積することにより引き起こされる、心機能障害、腎機能障害等の種々の異常を伴う疾患である。また、GLA遺伝子変異がなくとも血中Gb3濃度が上昇する場合があること、及び該上昇と心臓病とが関連することが報告されている。
【0003】
ファブリー病の治療薬としては、ファブリザイム等のGLA組み換えタンパク質が知られている。しかし、これは組み換えタンパク質であるが故に、1)高価である点、2)連続投与により抗GLA抗体が出現し治療効果が低下する点、及び3)病態が進行した患者に対して治療効果が低い点、等の問題点が指摘されている。
【0004】
クロロキンやその誘導体(ヒドロキシクロロキン等)は、マラリアや全身性エリテマトーデスの治療効果を有することが知られている(特許文献1)。しかし、これらがファブリー病等のGb3蓄積起因性疾患の治療効果を有することは、知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、低分子化合物を有効成分とする、Gb3蓄積起因性疾患の予防又は治療剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題に鑑みて鋭意研究を進めた結果、クロロキン及びクロロキン誘導体がGb3蓄積起因性疾患の予防又は治療に有効であることを見出した。この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明を完成させた。
【0008】
即ち、本発明は、下記の態様を包含する:
項1. クロロキン及びクロロキン誘導体からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、Gb3蓄積起因性疾患の予防又は治療剤.
項2. 前記クロロキン誘導体がヒドロキシクロロキンである、項1に記載の予防又は治療剤.
項3. 前記Gb3蓄積起因性疾患が、ファブリー病、及び心臓病からなる群より選択される少なくとも1種の疾患である、項1又は2に記載の予防又は治療剤.
項4. 前記Gb3蓄積起因性疾患が、ファブリー病である、項1~3のいずれかに記載の予防又は治療剤.
項5. 前記Gb3蓄積起因性疾患が心臓拍動異常を伴う疾患である、項1~4のいずれかに記載の予防又は治療剤.
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、低分子化合物を有効成分とする、Gb3蓄積起因性疾患の予防又は治療剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】(a)ファブリー病モデル心筋細胞の免疫染色(実施例1)の結果を示す。LAMP1はリソソームマーカー(LAMP1)の染色画像を示し、mTORはmTORの染色画像を示し、Mergeは両画像を重ねた画像を示す。-DOX/+DOXはファブリー病モデルiPSC(参考例2)をDOX存在下(+DOX)又は非存在下(-DOX)で培養し、心筋分化(参考例3)させて得られた心筋細胞を用いた場合を示し、HCQはヒドロキシクロロキンを培地に添加した場合を示す。(b)ファブリー病モデル心筋細胞の拍動評価(参考例4、実施例1)の結果を示す。縦軸は、弛緩持続時間(Relaxation Duration)を示す。横軸中、-D/+Dはファブリー病モデルiPSC(参考例2)をDOX存在下(+D)又は非存在下(-D)で培養し、心筋分化(参考例3)させて得られた心筋細胞を用いた場合を示し、HCQはヒドロキシクロロキンを培地に添加した場合を示し、Fzはファブリザイムを培地に添加した場合を示し、Mockは薬剤を添加しなかった場合を示す。(c)ファブリー病モデル心筋細胞の細胞面積測定(参考例4、実施例1)の結果を示す。縦軸は、細胞面積を示す。横軸中、-D/+Dはファブリー病モデルiPSC(参考例2)をDOX存在下(+D)又は非存在下(-D)で培養し、心筋分化(参考例3)させて得られた心筋細胞を用いた場合を示し、HCQはヒドロキシクロロキンを培地に添加した場合を示し、Mockは薬剤を添加しなかった場合を示す。(d)ファブリー病患者由来心筋細胞の拍動評価(実施例1)の結果を示す。縦軸は、弛緩持続時間(Relaxation Duration)を示す。横軸中、HCQはヒドロキシクロロキンを培地に添加した場合(数値は培地中濃度(単位μM))を示し、Fzはファブリザイムを培地に添加した場合を示し、Mockは薬剤を添加しなかった場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0012】
本発明は、その一態様において、クロロキン及びクロロキン誘導体からなる群より選択される少なくとも1種(本明細書において、「本発明の有効成分」と示すこともある。)を含有する、Gb3蓄積起因性疾患の予防又は治療剤(本明細書において、「本発明の薬剤」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0013】
1.有効成分
クロロキンは、下記式で表される化合物である。
【0014】
【0015】
クロロキン誘導体としては、特に制限されず、公知のものを採用することができる。クロロキン誘導体の中でも、好ましくはクロロキンのジアルキル(ジエチル)アミノ基におけるアルキル基が同一又は異なって炭素数1~4のアルキル基である誘導体(誘導体1)、クロロキン及び誘導体1のジアルキルアミノ基における1つ又は2つのアルキル基がヒドロキシ基で置換されてなる誘導体(誘導体2)が挙げられ、より好ましくは誘導体2が挙げられ、さらに好ましくはヒドロキシクロロキン:
【0016】
【0017】
が挙げられる。
【0018】
本発明の有効成分としては、好ましくはクロロキン、ヒドロキシクロロキン等が挙げられ、より好ましくはヒドロキシクロロキンが挙げられる。
【0019】
本発明の有効成分には塩の形態も包含される。塩は、薬学的に許容される塩である限り特に限定されず、酸性塩、塩基性塩のいずれも採用することができる。例えば酸性塩の例としては、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩; 酢酸塩、プロピオン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩、クエン酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩等の有機酸塩; アスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等のアミノ酸塩等が挙げられる。また、塩基性塩の例として、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩; カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩等が挙げられる。塩としては、酸性塩が好ましく、無機酸塩がより好ましく、硫酸塩、リン酸塩、塩酸塩等がさらに好ましい。
【0020】
本発明の有効成分には溶媒和物の形態も包含される。溶媒は、薬学的に許容されるものであれば特に限定されず、例えば水、エタノール、グリセロール、酢酸等が挙げられる。
【0021】
本発明の有効成分は、1種段毒であってもよいし、2種以上の組み合わせであってもよい。
【0022】
2.用途
本発明の有効成分は、Gb3蓄積起因性疾患の予防又は治療剤として有効である。
【0023】
Gb3蓄積起因性疾患としては、例えばGLA遺伝子変異によりGb3が蓄積することに起因するファブリー病(好ましくは心疾患を伴うファブリー病)が挙げられる。また、GLA遺伝子変異がなくとも血中Gb3濃度が上昇する場合があること、及び該上昇と心臓病とが関連することが報告されているところ、Gb3蓄積起因性疾患にはこのような心臓病も包含される。Gb3蓄積起因性疾患は、心臓拍動異常を伴う疾患であることが好ましい。
【0024】
本発明の薬剤は、本発明の有効成分を含有する限りにおいて特に制限されず、本発明の有効成分のみからなるものであってもよいし、必要に応じてさらに他の成分を含むものであってもよい。他の成分としては、薬学的に許容される成分であれば特に限定されるものではない。他の成分としては、薬理作用を有する成分のほか、添加剤も含まれる。添加剤としては、例えば基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤等が挙げられる。
【0025】
本発明の薬剤の適用対象は特に限定されないが、哺乳動物では、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカ等が挙げられる。
【0026】
本発明の薬剤は、任意の剤形、例えば錠剤(口腔内側崩壊錠、咀嚼可能錠、発泡錠、トローチ剤、ゼリー状ドロップ剤などを含む)、丸剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、ドライシロップ剤、液剤(ドリンク剤、懸濁剤、シロップ剤を含む)、ゼリー剤などの経口製剤形態や、注射用製剤(例えば、点滴注射剤(例えば点滴静注用製剤等)、静脈注射剤、筋肉注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤)、外用剤(例えば、軟膏剤、パップ剤、ローション剤)、坐剤吸入剤、眼剤、眼軟膏剤、点鼻剤、点耳剤、リポソーム剤等の非経口製剤形態を採ることができる。
【0027】
本発明の薬剤の投与経路としては、所望の効果が得られる限り特に制限されず、経口投与、経管栄養、注腸投与等の経腸投与、経静脈投与、経動脈投与、筋肉内投与、心臓内投与、皮下投与、皮内投与、腹腔内投与等の非経口投与等が挙げられる。
【0028】
本発明の薬剤中の有効成分の含有量は、使用態様、適用対象、適用対象の状態等に左右されるものであり、限定はされないが、例えば0.0001~100重量%、好ましくは0.001~50重量%とすることができる。
【0029】
本発明の薬剤を動物に投与する場合の投与量は、薬効を発現する有効量であれば特に限定されず、通常は、有効成分の重量として、一般に経口投与の場合には一日あたり0.1~1000 mg/kg体重、好ましくは一日あたり0.5~500 mg/kg体重であり、非経口投与の場合には一日あたり0.01~100 mg/kg体重、好ましくは0.05~50 mg/kg体重である。上記投与量は、年齢、病態、症状により適宜増減することもできる。
【実施例】
【0030】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0031】
参考例1.AFD患者からのiPSCの作製
ファブリー病(Anderson-Fabry Disease:AFD)患者から採取された血液中の細胞を、造血サイトカイン(10 ng / ml IL-3(R&Dシステム)、100 ng / ml IL-6(R&Dシステム)、300 ng / ml SCF(R&Dシステム)、300ng / ml TPO(R&Dシステム)、300ng / mlのFlt3L(308-FK、R&D))を含有する培地StemSpan ACF(Stem Cell Technologies)で1週間培養することにより、選別し、増殖させた。続いて、培養した細胞を、フィーダーフリーの条件で、エピソームベクターを用いてiPS細胞(iPSC)に再プログラミングした。具体的には、Epstein-Barr nuclear antigen 1(EBNA1)およびヒトOCT4、SOX2、KLF4、LIN28、L-MYCおよびp53に対するshRNAをコードする4つのpCXLEエピソーム非組込みプラスミドを、50万個の細胞にヌクレオフェクトした(ヒトCD34細胞Nucleofectorキット、プログラムU-08、Lonza)。ヌクレオフェクトされた細胞を、iMatrix-511 silk(1ウェル1.5ml培地あたり5μl)(Nippi、Tokyo、Japan)で被覆した6ウェルプレートのウェル上に播種した。この際、培地として、Y-27632(10μM)(WAKO Pure Chemical Industries)を含有する造血培地を使用した。ヌクレオフェクションの後、1.5mlのStemFit AK02N(味の素)を2日おきに培養物に2回加えた。その後、iPSCコロニーが出現するまで、すべての培地に新鮮なStemFit AK02Nを1日おきに補充した。安定した細胞株を樹立するために、10個のコロニーを採取し、解析前に10継代以上培養した。患者特異的iPSCにおけるGLA変異は、変異を含むゲノム領域のPCRによる増幅、続いてサンガー配列決定によって確認した。
【0032】
参考例2.ファブリー病モデルiPSCの作製
ヒト iPSCに対して CRISPR interference (CRISPRi) というゲノム編集システムを用いた。このシステムは、ヌクレアーゼ活性を欠損させた dead Cas9 (dCas9) と、転写抑制ドメインである KRAB の融合タンパク質を、標的遺伝子の転写開始領域へ誘導を行う single guided RNA (gRNA) を用いて標的遺伝子上に局在させ、標的遺伝子の転写発現を特異的に抑制するシステムである。この dCas9-KRAB をドキシサイクリン(DOX)依存的に発現抑制できるヒト iPSC株(CRIPSRi iPSC系統)を用いて、そこへGLA遺伝子を標的としたgRNAを導入し、DOX 添加依存的にGLA遺伝子の発現を抑制することができる細胞を作製した。具体的には以下のようにして行った。
【0033】
<参考例2-1.ヒトiPSC培養>
iPSCは、iMatrix-511 silk(Nippi、Tokyo、Japan)でコーティングしたプレート上のStemFit AK02N(味の素)培地で維持し、Accutase(Innovative Cell Technologies)を使用して5~7日ごとに継代した。各継代後24時間は、ROCK阻害剤Y-27632(10μM)(和光純薬工業)を培地に添加した。
【0034】
<参考例2-2.gRNAの設計とgRNA発現ベクターへのクローニング>
GLA遺伝子の転写開始部位(TSS)の上流200bp付近を、sgRNAの設計領域とした。 TSSの位置は、UCSCゲノムブラウザ(https://genome.ucsc.edu)を用いて決定した。 gRNAオリゴは、CRISPRデザインウェブサイト(http://crispr.mit.edu)を用いて設計し、アニーリングし、gRNA発現ベクターpB-U6-CNKBにクローニングした。
【0035】
<参考例2-3.gRNAヌクレオフェクションおよびstable CRISPRiクローンの選択>
sgRNA発現ベクターを、正常な核型を有し、インビトロおよび奇形腫において3つの胚葉に分化する、よく特徴付けられたCRIPSRi iPSC系統にトランスフェクションし、続いてトランスフェクトされたiPSCをDOXで処理した。 DOX処理の開始から5~6日後、RNAを細胞から回収し、RT-qPCRによりGLA発現を調べた。得られた発現量に基づいて、GLAをDOX依存的に効率的に発現抑制することができる細胞株(GLA CRISPRi iPSC系統)を樹立した。
【0036】
参考例3.iPSCからの心筋分化と心筋純化精製
Y-27632とiMatrix-511 silk を含んだStemFit AK02Nを、12wellプレートに1wellあたり1mlまき、そこに4万から12万個の細胞数でiPSCを播種した。その後、3-4日間培養し、70-80%の細胞密度になるまで培養を行った。その後、6-12μM のCHIR99021で24時間処置し、心筋分化を開始させた。CHIR99021で処置後、48時間で5μMのIWP2で2日間処置を行った。基礎培地としては、分化6日目まではRPMI1640培地にインシュリンを含まないものを用い、それ以降の15日まではインシュリンを含んだRPMI1640培地を用いた。分化15日目で、心筋へ分化した細胞を0.25%のトリプシンではがした。10%FBSと4.5g/Lのグルコースを含んだDMEM培地で細胞懸濁を行った後、この培地で3日間培養した。iPSCから分化させた心筋は、乳酸培地を用いて、純化精製を行った。グルコースフリーDMEM培地に、4mMの乳酸とGlutamax、非必須アミノ酸を加え、乳酸培地とした。培地は、1日おきに5日間交換を行い、心筋の純化精製を行った。
【0037】
参考例4.ファブリー病モデル心筋細胞の評価
ファブリー病モデルiPSC(参考例2)をDOX存在下で培養し、心筋分化(参考例3)させて得られたファブリー病モデル心筋細胞について、心筋細胞の拍動検出と動きの定量化を行った。具体的には、以下のようにして行った。
【0038】
心筋の拍動は、Sony SI8000というビデオ顕微鏡を用いて測定を行った。ヒトiPSC由来心筋拍動のビデオイメージは、150fpsのフレーム率で、2048x2048 ピクセルの解像度で、10倍のレンズを用いて10秒間撮影した。Sony SI8000 解析ソフトでは、10秒間にとらえられた全ての心筋収縮運動から得られたベクトルを解析後、単位時間でのベクトル長の平均を時間-動き速度の図に変換することによって、機能的パラメーター(収縮速度、弛緩速度、収縮持続時間、弛緩持続時間、収縮距離、弛緩距離、収縮弛緩持続時間)を解析した。
【0039】
その結果、DOX 誘導性にGLA の発現を抑制することによりGb3が蓄積した心筋細胞(ファブリー病モデル心筋細胞)において、心筋細胞の収縮・弛緩において異常が見られることが確認された(
図1b)。
【0040】
さらに得られた細胞を心筋特異的に発現するアクチニンに対する抗体を用いて蛍光染色した後、蛍光顕微鏡を用いて観察した。プレート上には複数の心筋細胞が集まって塊となっているところと、塊から解離して単独で存在する心筋細胞が存在した。画像解析ソフト、イメージJにより単独で存在する心筋細胞の細胞面積を解析した。その結果、GLA発現抑制により心筋の面積が拡大することを明らかにした(
図1c)。
【0041】
実施例1.Gb3蓄積起因性の異常の治療作用の評価
心筋細胞におけるGb3蓄積起因性の異常に対して、ヒドロキシクロロキンが与える影響を調べた。具体的には以下のようにして行った。
【0042】
<実施例1-1.免疫染色>
ファブリー病モデルiPSC(参考例2)をDOX存在下又は非存在下で培養し、心筋分化(参考例3)させて得られた心筋細胞の培地にヒドロキシクロロキンを添加(培地中濃度:0.3 μM)して4から5日間経過後に、リソソームマーカー(LAMP1)及びmTORを免疫染色した。具体的には次のようにして行った。心筋細胞を冷4%パラホルムアルデヒドで10分間固定し、リン酸緩衝食塩水(PBS)中の0.1%Triton X-100で10分間透過処理し、PBS中の2.5%スキムミルクで、室温で30分間ブロッキングした。細胞を、抗LAMP1抗体及び抗mTOR抗体と反応させた。PBSで2回洗浄した後、細胞をPBS中2.5%スキムミルクと共に短時間インキュベートした。次に、二次抗体で細胞を染色した。
【0043】
<実施例1-2.ファブリー病モデル心筋細胞の拍動評価>
ファブリー病モデルiPSC(参考例2)をDOX非存在下で培養し心筋分化(参考例3)させて得られた心筋細胞の拍動、及びファブリー病モデルiPSC(参考例2)をDOX存在下で培養し心筋分化させて得られた心筋細胞に対してヒドロキシクロロキン又はファブリザイムを添加(培地中濃度:ヒドロキシクロロキン0.3 μM、ファブリザイム5μg/ml)して4から5日間経過後の拍動を、参考例4と同様にして測定した。
【0044】
<実施例1-3.ファブリー病モデル心筋細胞の細胞面積>
ファブリー病モデルiPSC(参考例2)をDOX非存在下で培養し心筋分化(参考例3)させて得られた心筋細胞の細胞面積、及びファブリー病モデルiPSC(参考例2)をDOX存在下で培養し心筋分化させて得られた心筋細胞に対してヒドロキシクロロキンを添加(培地中濃度:ヒドロキシクロロキン0.3 μM)して5日間経過後の心筋の細胞面積を、参考例4と同様にして測定した。
【0045】
<実施例1-4.ファブリー病患者由来心筋細胞の拍動評価>
ファブリー病患者由来iPSC(参考例1)を心筋分化(参考例3)させて得られた心筋細胞に対してヒドロキシクロロキン又はファブリザイムを添加(培地中濃度:ヒドロキシクロロキン 0.1 から1μM、ファブリザイム 5μg/ml)して4から5日間経過後の拍動を、参考例4と同様にして測定した。
【0046】
<実施例1-5.結果>
免疫染色の結果を
図1aに示し、細胞面積測定の結果を
図1cに示し、拍動評価の結果を
図1b及び
図1dに示す。GLA を DOX 誘導性に抑制した心筋細胞では、免疫染色の結果、ライソソームにおける mTOR の局在が減少していたが、ヒドロキシクロロキン処置によって、これらの共局在が増加していた(
図1a)。また、ファブリー病モデルiPSC(参考例2)を心筋分化させた場合及びファブリー病患者由来iPSC(参考例1)を心筋分化させた場合のいずれの場合も、拍動異常(Relaxation Durationの増加)が、ヒドロキシクロロキンにより改善した(
図1b及び
図1d)。この改善の程度は、既存の治療薬であるファブリザイムと同程度であった。さらにGLA発現抑制依存的に心筋は肥大化した。この肥大化はヒドロキシクロロキン処理により抑えられた(
図1c)。