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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-29
(45)【発行日】2022-09-06
(54)【発明の名称】アルミニウム板材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21B 3/00 20060101AFI20220830BHJP
   B21B 1/38 20060101ALI20220830BHJP
   C10M 125/04 20060101ALI20220830BHJP
   C10M 101/02 20060101ALI20220830BHJP
   C10M 129/40 20060101ALI20220830BHJP
   C10M 169/04 20060101ALI20220830BHJP
   B21B 45/02 20060101ALI20220830BHJP
   C10N 10/06 20060101ALN20220830BHJP
   C10N 40/24 20060101ALN20220830BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20220830BHJP
   C10N 20/06 20060101ALN20220830BHJP
【FI】
B21B3/00 J
B21B1/38 Z
C10M125/04
C10M101/02
C10M129/40
C10M169/04
B21B45/02 310
C10N10:06
C10N40:24 A
C10N30:06
C10N20:06 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018002155
(22)【出願日】2018-01-10
(65)【公開番号】P2019118947
(43)【公開日】2019-07-22
【審査請求日】2020-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】野瀬 健二
(72)【発明者】
【氏名】山田 隆太
(72)【発明者】
【氏名】村岡 佑樹
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-150390(JP,A)
【文献】特開2008-088428(JP,A)
【文献】特開2007-009005(JP,A)
【文献】特開平08-291297(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 3/00
B21B 1/38
C10M 125/04
C10M 101/02
C10M 129/40
C10M 169/04
B21B 45/02
C10N 10/06
C10N 20/06
C10N 30/06
C10N 40/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム鋳塊を準備する工程と、
鉱油及び高級脂肪酸を含有する熱間圧延油を用いて、前記熱間圧延油中の油分100質量部に対して平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子が0.08~1.2質量部となるように前記アルミニウム鋳塊の熱間圧延処理を行うことにより、前記アルミニウム微粒子と高級脂肪酸とを表面に含有しかつ前記アルミニウム微粒子の含量が0.08~5.0mg/mであるアルミニウム板材を得る工程と、
を有するアルミニウム板材の製造方法。
【請求項2】
前記高級脂肪酸は、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸、エイコセン酸、ベヘン酸、及びエルカ酸からなる群から選択された少なくとも一種の脂肪酸である、請求項に記載のアルミニウム板材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム板材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
厚さが5mm以上の比較的、厚いアルミニウム板材は、アルミニウム地金を鋳造後に熱間圧延処理を行うことにより、高い生産性で生産することが出来る。このアルミニウム板材は、圧延したままの状態、および潤滑性や防錆性を高めるための油が塗油された状態にあり、一次製品となる。このため、熱間圧延処理後のアルミニウム板材には更に、曲げ加工処理、切削加工処理などの処理が行われる。これらの処理においてアルミニウム板材の成形性を良好にするために潤滑油が使用される。しかし、多くの金属加工は境界潤滑および固相潤滑条件で行われる。従って、潤滑油自体の性能に加えて、アルミニウム板材の表面自体にも加工に適した滑り性が求められる。滑り性が良好なアルミニウム板材を用いた場合、アルミニウム板材の加工工程における工具・金型の減耗を低減すると共に、加工エネルギーを低減することが可能となる。これによりアルミニウム板材の加工工具や金型寿命を延長することが可能となる。また、プレスや打ち抜き後の荒れや傷といった表面品質改善の観点においても、滑り性が良好なアルミニウム板材は好ましい。
【0003】
この一方で、アルミニウム板材は、搬送ロールにより工程間を輸送されることが多いため、表面の滑り性が高すぎる場合にはロールがスリップして正常に搬送されない問題を生じることがある。従って、アルミニウム板材表面の滑り性(摩擦係数)を好適な範囲に制御することが重要となる。
【0004】
しかしながら、従来技術においては、アルミニウム板材表面の滑り性の制御手法は、該表面へ潤滑油を塗布する方法に限られていた。アルミニウム板材表面に潤滑油を塗布して流体潤滑状態とした場合、アルミニウム板材表面の摩擦係数は0.01程度以下まで下がってしまい、過潤滑となっていた。他方、アルミニウム板材表面に潤滑油を塗布して境界潤滑状態とした場合、潤滑油中の油性剤の調整などによりアルミニウム板材表面の摩擦係数を制御することは可能であるが、高コストとなっていた。
【0005】
従来から圧延処理や加工時における潤滑性の検討が行われている。特許文献1(特開平6-136380号公報)は、ステンレス鋼の熱間圧延処理において水酸化鉄Fe(OH)微粒子を分散させた潤滑油を用いることで圧延潤滑性を向上させる方法を開示する。また、特許文献2(特開2003-275679号公報)には、飲料缶用のアルミニウム塗装板において0.05mg/m以上の含量のアルミニウム微粒子が存在すると、金型への凝着を生じさせることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平6-136380号公報
【文献】特開2003-275679号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1は熱間圧延処理時における板材の圧延潤滑性に着目したものであった。また、特許文献2は単にアルミニウム表面のアルミニウム微粒子の含量が小さくなると金型がより長期間、使用可能になることが記載されるに過ぎなかった。従って、引用文献1及び2では、熱間圧延処理後のアルミニウム板材表面の滑り性について全く検討されていなかった。
【0008】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明者は、高級脂肪酸と、特定粒径および特定含量のアルミニウム微粒子とをアルミニウム板材の表面に分散させることで、アルミニウム板材のトライボロジー界面に高級脂肪酸およびアルミニウム微粒子を介在させることが可能となり、該表面の滑り性を制御できることを発見した。すなわち、本発明は、表面の滑り性を制御したアルミニウム板材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本願発明は以下の各実施態様を有する。
[1]平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子と、高級脂肪酸とを表面に含有し、前記アルミニウム微粒子の含量が0.08~5.0mg/mである、アルミニウム板材。
[2]前記高級脂肪酸は、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸、エイコセン酸、ベヘン酸、及びエルカ酸からなる群から選択された少なくとも一種の脂肪酸である、[1]に記載のアルミニウム板材。
[3]アルミニウム鋳塊を準備する工程と、
鉱油及び高級脂肪酸を含有する熱間圧延油を用いて、前記熱間圧延油中の油分100質量部に対して平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子が0.08~1.2質量部となるように前記アルミニウム鋳塊の熱間圧延処理を行うことにより、前記アルミニウム微粒子と高級脂肪酸とを表面に含有しかつ前記アルミニウム微粒子の含量が0.08~5.0mg/mであるアルミニウム板材を得る工程と、
を有するアルミニウム板材の製造方法。
[4]前記高級脂肪酸は、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸、エイコセン酸、ベヘン酸、及びエルカ酸からなる群から選択された少なくとも一種の脂肪酸である、[3]に記載のアルミニウム板材の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
表面の滑り性を制御したアルミニウム板材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明のアルミニウム板材の表面に存在する高級脂肪酸およびアルミニウム微粒子が、アルミニウム板材表面の滑り性を制御するメカニズムを説明する図である。
図2】アルミニウム板材表面の電子顕微鏡写真である。
図3】アルミニウム板材表面のアルミニウム微粒子の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(アルミニウム板材)
一実施形態のアルミニウム板材は、アルミニウム地金を鋳造後に得られたアルミニウム鋳塊に対して熱間圧延処理を行うことにより得られるものである。一実施形態のアルミニウム板材は、平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子と、高級脂肪酸とを表面に含有し、アルミニウム微粒子の含量が0.08~5.0mg/mである。
本明細書において、「表面に含有」とはアルミニウム板材の表面の少なくとも一部に、アルミニウム微粒子と高級脂肪酸が吸着している状態を意味する。吸着の形態は特に限定されず物理吸着、化学吸着の何れであってもよく、アルミニウム微粒子および高級脂肪酸がアルミニウム板材の表面に結合している状態であればよい。すなわち、表面に含有されている状態には、高級脂肪酸分子中のカルボキシル基がアルミニウム板材やアルミニウム微粒子に結合している状態も含む。アルミニウム微粒子は、アルミニウム板材の表面と直接、結合していてもよいし、高級脂肪酸と結合した状態(例えば、高級脂肪酸のアルミニウム塩となった状態)でアルミニウム板材の表面に存在してもよい。結合の種類は、共有結合、配位結合、イオン結合、水素結合、ファンデルワールス結合、金属結合など、いずれの結合であってもよい。高級脂肪酸の場合にはイオン結合が好ましく、アルミニウム微粒子の場合にはファンデルワールス結合が好ましい。
【0013】
図1を参照して、一実施形態のアルミニウム板材の作用効果を説明する。図1に示すように、アルミニウム板材1の表面には、平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子3が存在する。このアルミニウム微粒子3の表面上には高級脂肪酸4が存在する。一部の高級脂肪酸4は、アルミニウム板材1の表面に直接、結合している。なお、図1は、アルミニウム微粒子3の表面上に高級脂肪酸4が存在する形態を模式的に示したものである。アルミニウム微粒子3の表面上に高級脂肪酸4が存在する形態としては、アルミニウム微粒子3の表面への高級脂肪酸4の直接的な結合や、アルミニウム微粒子3を構成するアルミニウムと高級脂肪酸4とが反応した高級脂肪酸のアルミニウム塩となりアルミニウム板材の表面に存在する状態などを挙げることができる。
【0014】
このようにアルミニウム板材の表面に、微細なアルミニウム微粒子3と高級脂肪酸4とが存在することにより、単にアルミニウム板材1の表面に高級脂肪酸4を存在させた場合と比べて、ミクロレベルまで均一にアルミニウム板材1の表面に高級脂肪酸4を分布させることができる。従って、アルミニウム板材1表面の滑り性を好適に所望の範囲に制御することができる。そして、アルミニウム板材1と、加工具や搬送具等の他の材料2との間に、固相凝着を妨げるアルミニウム微粒子3が介在することにより一定の好適な滑り性を得ることができ、アルミニウム板材1の搬送性、加工性、板面汚れ性、及び生産性を両立させることができる。ここで「滑り性」とは、熱間圧延処理後のアルミニウム板材表面の潤滑性能を示す指標である。アルミニウム板材の「滑り性」は、アルミニウム板材の表面破壊応力、搬送性(ロールなどのアルミニウム板材を輸送する機械による、アルミニウム板材の輸送性能)、加工性(アルミニウム板材を所望の厚さ・形状に成形する成形容易性)、板面汚れ性、生産性等に関係する特性である。一実施形態では、アルミニウム板材表面の滑り性が所望の範囲に制御されているため、アルミニウム板材は優れた搬送性、加工性、板面汚れ性、生産性等を有することができる。
【0015】
また、アルミニウム板材表面の滑り性を制御することで、固相潤滑を抑制し、高い面圧や厳しい加工条件においても境界潤滑を保ち、ミクロな焼き付きを抑制することができる。なお、アルミニウム板材の一般的な加工においては、通常の潤滑油を使用した場合においても、焼き付き防止等の効果を発揮する。しかし、一実施形態によれば、無潤滑においても焼き付き防止等の効果が得られる点において従来技術よりも優位である。
【0016】
アルミニウム板材中のアルミニウム微粒子の平均粒径は0.1~2μmである。アルミニウム微粒子の平均粒径が0.1μm未満の場合、アルミニウム板材の表面粗さ(Ra=0.1~10μm程度)に対してアルミニウム微粒子の平均粒径が小さすぎるため、アルミニウム板材表面の滑り性を向上させることが困難である。また、アルミニウム微粒子の平均粒径が2μmを超えると、アルミニウム板材の表面粗さの増大や摩耗の増大といった悪影響が現れるため好ましくない。アルミニウム微粒子の平均粒径は、0.1~1.5μmが好ましく、0.15~1.0μmがより好ましく、0.2~0.5μmが更に好ましい。
【0017】
アルミニウム板材表面のアルミニウム微粒子の含量はアルミニウム板材表面の単位面積当たりに存在するアルミニウム微粒子の量を表し、該アルミニウム微粒子の含量は0.08~5.0mg/mである。アルミニウム微粒子の含量が0.08mg/m未満の場合、アルミニウム板材表面のアルミニウム微粒子の量が少なすぎるため、アルミニウム板材表面の滑り性を向上させることが困難である。また、アルミニウム微粒子の含量が5.0mg/mを超えると、アルミニウム板材の汚れが発生するため、好ましくない。なお、上記の「アルミニウム微粒子の含量」のアルミニウム微粒子には、アルミニウム微粒子に結合した高級脂肪酸の質量は含まれない。アルミニウム微粒子の含量は0.1~4.0mg/mが好ましく、0.2~3.0mg/mがより好ましく、0.3~2.0mg/mがさらに好ましい。
【0018】
高級脂肪酸としては飽和脂肪酸であってもよいし、不飽和脂肪酸であってもよい。また、これらの脂肪酸における炭化水素鎖の構造は、直鎖構造、分岐鎖構造または環状構造のいずれであってもよい。高級脂肪酸は、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸、エイコセン酸、ベヘン酸、及びエルカ酸からなる群から選択された少なくとも一種の脂肪酸であることが好ましい。これらの高級脂肪酸はアルミニウム板材の表面への吸着性に優れるため、アルミニウム板材表面の滑り性を好適に制御することができる。
【0019】
アルミニウム板材を構成するアルミニウム材の種類は特に限定されず、例えば、純Al系合金、Al-Mg系合金、Al-Mg-Mn系合金、Al-Mg-Si系合金などのアルミニウム合金を使用することができる。
【0020】
(アルミニウム板材の製造方法)
一実施形態は、アルミニウム微粒子と、高級脂肪酸とをアルミニウム板材の表面に含有し、アルミニウム微粒子の含量が0.08~5.0mg/mである、アルミニウム板材の製造方法である。このアルミニウム板材の製造方法は、
アルミニウム鋳塊を準備する工程と、
鉱油及び高級脂肪酸を含有する熱間圧延油を用いて、熱間圧延油中の油分100質量部に対して平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子が0.08~1.2質量部となるようにアルミニウム鋳塊の熱間圧延処理を行うことにより、アルミニウム微粒子の含量が0.08~5.0mg/mであるアルミニウム板材を得る工程と、
を有する。
なお、本明細書における「熱間圧延油中の油分」とは水を主体とするエマルションである熱間圧延油を120℃において10分間加熱させ、熱間圧延油から水分を除去した残渣として定義され、鉱油および潤滑成分、乳化剤成分等の成分を含むものである。
【0021】
一実施形態のアルミニウム板材の製造方法では、アルミニウム鋳塊を準備する。アルミニウム鋳塊は、アルミニウム地金に溶解、脱ガス、介在物除去、鋳造などの処理を行うことにより得られたものであってもよいし、既に製造したアルミニウム鋳塊を入手してもよい。
【0022】
次に、熱間圧延油中の油分100質量部に対して平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子が0.08~1.2質量部となるように調整した後、該熱間圧延油を用いてアルミニウム鋳塊の熱間圧延処理を行う。従って、追加の特別な工程を設ける必要がなく、高い生産性を維持することができる。なお、熱間圧延処理は一段階の工程であってもよいし、多段階の工程であってもよい。多段階の熱間圧延処理を行う場合には、熱間粗圧延処理を行った後、一以上の段階の熱間仕上圧延処理により段階的にアルミニウム鋳塊の厚さを薄くする処理を挙げることができる。アルミニウム微粒子は例えば、一又は二以上の段階の熱間圧延処理中に発生するものであるが、コスト削減のため熱間圧延油は循環利用される。このため、熱間圧延油中のアルミニウム微粒子には、一実施形態の製造方法の一工程(アルミニウム微粒子の含量が0.08~5.0mg/mであるアルミニウム板材を得るための熱間圧延処理)で発生したアルミニウム微粒子と、当該熱間圧延処理よりも前の圧延処理で発生し熱間圧延油中に残留していたアルミニウム微粒子が含まれる。事前の調査により、各熱間圧延処理中に発生するアルミニウム微粒子の量、および熱間圧延処理条件と発生するアルミニウム微粒子の量の関係は既知である。このため、必要に応じて、熱間圧延油の追加やアルミニウム微粒子のろ過などの処理を行うことにより、熱間圧延処理中に、熱間圧延油中の油分100質量部に対して平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子が0.08~1.2質量部の含量とすることができる。
また、熱間圧延油中のアルミニウム微粒子の平均粒径および含量は、熱間圧延処理前、熱間圧延処理中、および熱間圧延処理後の熱間圧延油をサンプリングし、該熱間圧延油中のアルミニウム微粒子を測定することにより確認することができる。一実施形態のアルミニウム板材の製造方法では、少なくとも一以上の熱間圧延処理の段階で、熱間圧延油中の油分100質量部に対して平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子が0.08~1.2質量部となっていればよい。
【0023】
一実施形態のアルミニウム板材の製造方法では例えば、熱間圧延処理時に、熱間圧延油中の高級脂肪酸と、該熱間圧延処理時に発生したアルミニウム微粒子を構成するアルミニウムとが反応して高級脂肪酸のアルミニウム塩を形成したり、高級脂肪酸やアルミニウム微粒子がアルミニウム板材の表面に結合する。また、循環して利用される熱間圧延油中において、熱間圧延処理時にも、高級脂肪酸とアルミニウム微粒子が反応し、高級脂肪酸のアルミニウム塩を形成したり、高級脂肪酸やアルミニウム微粒子がアルミニウム板材の表面に結合する。一例では、これによりアルミニウム板材またはアルミニウム微粒子の表面上に高級脂肪酸が存在することとなる。なお、この際、熱間圧延油中のアルミニウム微粒子の含量を、熱間圧延油の油分100質量部に対して0.08~1.2質量部とすることで、得られたアルミニウム板材表面のアルミニウム微粒子の含量を0.08~5.0mg/mとすることができる。熱間圧延処理工程における熱間圧延油中のアルミニウム微粒子の含量は、油分100質量部に対して0.1~1.0質量部が好ましく、0.15~0.8質量部がより好ましく、0.2~0.6質量部が更に好ましい。
【0024】
熱間圧延処理前又は熱間圧延処理中の熱間圧延油は少なくとも鉱油、高級脂肪酸、及び平均粒径が0.1~2μmのアルミニウム微粒子を含有する。熱間圧延油は上記成分以外にも、潤滑と乳化のために油脂、合成エステル、ワックス、ポリマー、極圧剤、有機金属塩等を含有することができる。
【0025】
一実施形態のアルミニウム板材の製造方法で使用する高級脂肪酸は、飽和脂肪酸であってもよいし、不飽和脂肪酸であってもよい。また、これらの脂肪酸における炭化水素鎖の構造は、直鎖構造、分岐鎖構造または環状構造のいずれであってもよい。高級脂肪酸は、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸、エイコセン酸、ベヘン酸、及びエルカ酸からなる群から選択された少なくとも一種の脂肪酸であることが好ましい。これらの高級脂肪酸を用いることによって、アルミニウム板材表面の滑り性を好適に制御することができる。
【実施例
【0026】
以下では、本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜、その構成を変更することができる。
【0027】
(実施例1~8、比較例1~12)
JIS 5052 アルミニウム合金地金(Mg含量2.5質量%)を鋳造後、複数段階の熱間圧延処理を行い、厚さ10mmのアルミニウム板材を得た。熱間圧延処理は、以下のように行った。まず、熱間粗圧延処理において、厚さ500mmのアルミニウムスラブ(鋳塊)を厚さ30mmまで圧延した。この後、熱間仕上圧延処理において、4段階の圧延処理を行い、厚さを30mmから順次、22mm、17mm、13mm、10mmと減少させて、アルミニウム板材を製造した。なお、熱間圧延油は、50cStの鉱油、濃度20質量%のカルボン酸と多価アルコールからなる合成エステル、高級脂肪酸として濃度12質量%のオレイン酸、濃度1.5質量%のエタノールアミン、および濃度2.0質量%のポリオキシエチレン脂肪酸エステルを含む。熱間圧延油は水に対して油成分を濃度5質量%としたエマルションであるものを使用した。熱間仕上圧延処理において、熱間圧延油中のアルミニウム微粒子の含量は、下記表1に示す通りであった。
【0028】
より具体的には、熱間仕上圧延処理における熱間圧延油を、アルミニウム微粒子を含まない熱間圧延油で希釈することで、熱間圧延油中のアルミニウム微粒子濃度を油分100質量部に対して0.08~1.2質量部となるように調整した。実際の運用においては、アルミニウム微粒子を含む熱間圧延油の排出量の調整により、熱間圧延油中のアルミニウム微粒子濃度を所望の範囲に実現可能である。他方、熱間圧延油中のアルミニウム微粒子の平均粒径はペーパーフィルターにより制御した。具体的には、アルミニウム微粒子の平均粒径は熱間仕上圧延処理用のロール粗さと、熱間圧延油中の高級脂肪酸濃度の影響を受け、ロール粗さRa=約1.5μm、オレイン酸濃度12質量%においてペーパーフィルターなしの状態でアルミニウム微粒子の平均粒径を2μm程度に維持した。この後、ペーパーフィルターの使用時間を1日のうち2時間から12時間の範囲で増加させることにより、アルミニウム微粒子の平均粒径を徐々に小さくして、熱間圧延処理を行った。
【0029】
(評価方法)
実施例1~8、比較例1~12で作成したアルミニウム板材について、下記の方法により、アルミニウム微粒子の平均粒径及びアルミニウム板材表面に含有される量、熱間圧延油中に含有される量、アルミニウム板材表面の摩擦係数、及び表面破壊効力を測定した。
【0030】
(1)アルミニウム微粒子の平均粒径
アルミニウム板材の表面を、SEM(Carl Zeiss Ultra plus)により1万倍により観察して撮像画像を得た。撮像画像中のアルミニウム微粒子の代表的な10点を計測し、その平均値をアルミニウム微粒子の平均粒径として求めた。
【0031】
(2)熱間圧延油中に含まれるアルミニウム微粒子の量
熱間圧延油100ccに対して王水10ccを混合し、固体成分を溶解させる。前溶液中のアルミニウム量をICP(誘導結合プラズマ)発光分光測定法により測定した。また、熱間圧延油中に直接、王水を混合するのではなく、ロータリーエバポレーターによって水分を蒸発させ、得られたニート油をメンブレンフィルター(0.1μm)でろ過することによって、固形分を得ることも可能である。得られた固形分を塩酸で溶解することで、粒子状のアルミニウム微粒子の量を定量することができるが、この量は上記の直接混合による方法と有意な違いがなく、熱間圧延油中の水相にイオンとして存在するアルミニウム量は少なく無視できた。
(3)アルミニウム板材表面に含有されるアルミニウム微粒子の量
アルミニウム板材表面の10×10cm分の面積をヘキサン浸漬のベムコットンにて5回拭き取った後、ベムコットンを王水50ccに浸漬させ、金属成分を溶解させた後、王水溶液中のアルミニウム量をICP(誘導結合プラズマ)発光分光測定法により測定した。面積当たりのアルミニウム微粒子の量は、アルミニウムの重量を拭き取り面積で除することで算出した。
(4)アルミニウム板材表面に含有される高級脂肪酸の同定
アルミニウム板材を3×3cmに切り出し、ステンレスバットの上でヘキサン洗浄した。これにより、エッジからの切粉などの、コンタミとなりうる粗大なアルミニウムを除去した。次に、剥離液(ネオリバーS-801,三彩化工株式会社製)中へ板を浸漬し、10分間超音波洗浄することで、アルミニウム板材表面のオレイン酸およびオレイン酸アルミを抽出した。100℃にて、剥離液を蒸発させた後に、FT-IR(Horiba FT-720)により、1580cm-1付近(オレイン酸アルミのCOO-逆対称伸縮振動)および1710cm-1付近(オレイン酸の二量体構造に起因するC=O伸縮振動)を測定し、アルミニウム板材表面への高級脂肪酸の吸着を同定した。
【0032】
(5)アルミニウム板材表面の摩擦係数および表面破壊応力
対象材として鋼球(3/16インチ)を用い、潤滑油(JXTGエネルギー、ユニロール NAR-3)を潤滑条件下で、摩擦摩耗試験器(トライボギア、新東科学株式会社製)を用いて摩擦係数を測定した。この際、垂直荷重は20から800gfとした。摩擦係数測定時の水平引っ張り力を垂直応力で除することで摩擦係数を算出した。
また、垂直応力を大きくしながら摩擦試験を行い、固相潤滑が始まることでアルミニウム板材表面が機械的に破壊される応力を算出し、表面破壊応力とした。
アルミニウム微粒子の平均粒径及び含量、アルミニウム板材表面の摩擦係数及び表面破壊応力の測定結果を下記表1に示す。
また、図2の(1)Al=800ppm、(2)Al=200ppm、(3)Al=170ppm、および(4)Al=40ppmはそれぞれ、実施例11、1、2、および3のアルミニウム板材の表面の電子顕微鏡写真である。また、図3は、実施例3のアルミニウム板材の別の表面の電子顕微鏡写真である。図2および3に示されるように、アルミニウム板材の表面にアルミニウム微粒子が分布していることが分かる。
【0033】
【表1】
【0034】
また、上記表1の結果に基づき、実施例1~8、比較例1~12で作成したアルミニウム板材の搬送性、加工性、板面汚れ性、生産性及び総合評価の評価を行った。結果を下記表2に示す。
【0035】
【表2】
【0036】
なお、「搬送性」については、摩擦係数が0.12以下である場合には潤滑過多となりロールによる搬送が困難となるため「×」とした。摩擦係数が0.12超である場合には問題が起こらないため「○」とした。
「加工性」については、表面破壊応力が200MPa未満の場合は、室温におけるアルミニウム合金の耐力(0.2%)を下回ることが多いため、塑性加工の際にはアルミニウム板材の表面が損なわれるので「×」とし、表面破壊応力が200MPa以上の場合にはこのような問題が起こらないため「○」とした。
「板面汚れ性」については、アルミニウム板材表面のAl微粒子量が5.0mg/m超の場合に「×」とし、5.0mg/m以下の場合に「○」とした。
「生産性」については、熱間圧延油中の油分100質量部に対するAl微粒子の含量(質量部)が0.08質量部未満の場合には、多量の油を排出し、新油の割合を高く保つことが必要となるため「×」とし、0.08質量部以上の場合には「○」とした。
「総合評価」については、上記の搬送性、加工性、板面汚れ性、生産性の全てが〇の場合に「〇」とし、一つでも×の場合には大量生産品として不適となるため「×」とした。
【0037】
表1及び2の結果より、表面に存在するアルミニウム微粒子の平均粒径が0.1~2μmであるアルミニウム板材は、搬送性及び加工性が共に「○」であった。一方、アルミニウム微粒子の平均粒径が0.1μm未満のとき、アルミニウム微粒子による潤滑性向上が認められず、表面破壊応力が120MPa以下となり、加工性が「×」であった(比較例1、2、10及び12)。アルミニウム微粒子の平均粒径が2μmを超えるときも、表面破壊応力が低くなり加工性が「×」となる場合があった(比較例5及び6)。
【0038】
また、アルミニウム板材の表面におけるアルミニウム微粒子の含量が0.08~5.0mg/mであるアルミニウム板材は、搬送性及び加工性が共に「○」であった。すなわち、アルミニウム板材表面のアルミニウム微粒子の含量が0.08~5.0mg/mであるアルミニウム板材の表面破壊応力は200MPa以上であり、その表面を損なうことなく塑性加工が可能であることが分かった。これに対して、アルミニウム微粒子の含量が0.08mg/m未満のアルミニウム板材は、表面のアルミニウム微粒子の分布がまばらになることで滑り性に与える影響が弱くなり、表面破壊応力が30~120MPaとなり加工性は「×」であった(比較例1、及び3~5)。また、アルミニウム微粒子の含量が5.0mg/mを超える場合、搬送性が「×」となる場合があり(比較例8)、アルミニウム板材表面の拭き取り布が黒く汚れており、板面汚れ性が「×」であった(比較例8~11)。
【0039】
(参考例1)
熱間圧延油中のアルミニウム微粒子の含量と、得られたアルミニウム板材の表面に存在するアルミニウム微粒子の含量との関係を調べた。結果を下記表3に示す。
【0040】
【表3】
【0041】
上記表3に示されるように、熱間圧延油中のアルミニウム微粒子の含量(油分100質量部に対するアルミニウム微粒子の質量部)と、アルミニウム板材表面のアルミニウム微粒子の含量との間には比例関係があることが分かる。このため、熱間圧延油中のアルミニウム微粒子の含量を調節することにより、熱間圧延処理後のアルミニウム板材の表面に存在するアルミニウム微粒子の含量を制御することが可能であることが分かる。
【符号の説明】
【0042】
1 アルミニウム板材
2 他の材料
3 アルミニウム微粒子
4 高級脂肪酸
図1
図2
図3