(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-30
(45)【発行日】2022-09-07
(54)【発明の名称】患者の脳のてんかん原性を変調する方法
(51)【国際特許分類】
A61B 34/10 20160101AFI20220831BHJP
A61B 5/055 20060101ALI20220831BHJP
【FI】
A61B34/10
A61B5/055 380
(21)【出願番号】P 2019503484
(86)(22)【出願日】2016-07-18
(86)【国際出願番号】 IB2016001164
(87)【国際公開番号】W WO2018015778
(87)【国際公開日】2018-01-25
【審査請求日】2019-07-12
(73)【特許権者】
【識別番号】519018886
【氏名又は名称】ユニバーシティ ド エクス‐マルセイユ(エーエムユー)
(73)【特許権者】
【識別番号】519018897
【氏名又は名称】センター ナショナル デ リシェルシェ サイエンティフィック(シーエヌアールエス)
(73)【特許権者】
【識別番号】519018901
【氏名又は名称】アシスタンス パブリック-オピトークス ド マルセイユ(エーピー-エイチエム)
(73)【特許権者】
【識別番号】505347628
【氏名又は名称】インスティテュート ナショナル デ ラ サンテ エ デ ラ ルシェルシェ メディカル (インサーム)
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100202751
【氏名又は名称】岩堀 明代
(74)【代理人】
【識別番号】100191086
【氏名又は名称】高橋 香元
(72)【発明者】
【氏名】ジルサ,ビクター
(72)【発明者】
【氏名】バーナード,クリストフ
(72)【発明者】
【氏名】バルトロメイ,ファブリス
(72)【発明者】
【氏名】ギイ,マキシム
【審査官】山口 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-522283(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0222738(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0183828(US,A1)
【文献】Viktor Jirsa,Seizurespread in virtual epileptic patient,IWSP7:Seventh International Workshop on Seizure Prediction,米国,2015年12月03日,URL:https://www.youtube.com/watch?v=Pw0VMmRmMEo
【文献】Viktor K Jirsa,Indivisualstructual connecctivity defines propagation networkus in partial epilepsy,Modeling seizure propagation,米国,2016年04月28日,5-16,URL:https://arxiv.org/ftp/arxiv/paperes/1604/1604.08508.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 34/10
A61B 5/055
A61B 5/372
G16H 50/00
G06N 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
てんかん患者の脳のてんかん原性を
変調する装置であって:
コンピュータ化されたプラットフォームであって、仮想脳を用意することにより、ヒトの脳
における帯またはノード
をモデリングし、かつ前記帯間または前記ノード間の接続性を
モデリングするようにコンピュータ化されたプラットフォーム;
てんかん誘発帯のモデル、および前記てんかん誘発帯からてんかん伝搬帯へのてんかん性放電の伝搬のモデルであって、前記モデルは前記仮想脳にロードされることによって仮想てんかん脳を作成する、モデル
、
を備え、前記装置は以下の処理をするように構成される:
前記てんかん患者の前記脳の構造的データおよび機能的データを取得す
る;
前記データにおいて少なくとも1つの可能性あるてんかん誘発帯の位置を識別す
る;
前記仮想てんかん脳の前記少なくとも1つの可能性のあるてんかん誘発帯を、てんかん誘発帯としてパラメータ化す
る;
前記仮想てんかん脳を前記てんかん患者から取得した前記機能的データにフィッティングす
る;
および
前記仮想てんかん脳内で患者の脳の臨床介入を模擬するネットワーク
変調の効果をシミュレートす
る、
ことを特徴とする、装置。
【請求項2】
前記てんかん誘発帯のモデルが、前記帯でのてんかん性放電の起始、時間経過、及び終末を記述する数学的モデルである、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記てんかん誘発帯の数学的モデルが、放電におけるスパイク及びウェーブイベントを定義する高速放電を記述する状態変数と、低速誘電率変数である変数と、微分方程式により定義される、請求項2に記載の装置。
【請求項4】
前記構造的データが、磁気共鳴画像法のデータを含む、請求項1~3のうちのいずれか一項に記載の装置。
【請求項5】
前記機能的データは脳波データを含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の装置。
【請求項6】
前記装置は、更に、前記仮想脳において
前記患者の脳を再構成する
ように構成される、請求項1~5のいずれか一項に記載の装置。
【請求項7】
前記取得した患者の脳のデータにおいて異常を識別し、前記異常を前記仮想脳に組み込むように構成される、請求項1~6のいずれか一項に記載の装置。
【請求項8】
1つ又は複数の可能性ある伝搬帯の位置を識別し、前記可能性ある伝搬帯を前記仮想脳において伝搬帯としてパラメータ化する、請求項1~7のいずれか一項に記載の装置。
【請求項9】
前記可能性あるてんかん誘発帯のパラメータ化のために、てんかん誘発帯の興奮性の度合いを特徴づける興奮性パラメータが用いられる、請求項1~8のいずれか一項に記載の装置。
【請求項10】
前記可能性ある伝搬帯のパラメータ化のために、前記帯の興奮性の度合いを特徴づける興奮性パラメータが用いられる、請求項8または9に記載の装置。
【請求項11】
前記てんかん誘発帯及び前記伝搬帯におけるてんかん原性の度合いを識別するために、前記興奮性パラメータが機能的患者データに当てはめられる、請求項9又は請求項10に記載の装置。
【請求項12】
請求項11の識別によって、複数の可能性あるてんかん誘発帯に関する複数のシミュレーションが実行される、請求項11に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、患者の脳のてんかん原性を変調する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
個別化医療は、個々の患者に合った医療判断、医療活動、及び医療製品による健康管理のカスタマイゼーションを提案する。個人差は、治療アプローチへの反応性に対する明らかな影響を有する。したがって、患者の遺伝的内容又は他の分子解析及び細胞解析の状況に基づいて適切な最適な治療法を選択するべく診断テストがしばしば採用される。歴史的に、個別化医療は、遺伝情報をよく用いるが、システムレベルでの実行可能性を益々見出している。構造的及び機能的ニューロイメージングは、重要な役割を果たしており、てんかんの術前評価又は昏睡状態の鑑別診断などの神経学にほとんど限定されてはいるが既に貢献している具体的な診断ツールを有する。精神医学などの他の分野は、ルーチン臨床診療のための診断ツールの欠如に悩まされている。
【0003】
この問題への1つの解決策は、ニューロイメージング信号の解釈を計算脳モデルに結びつけることである。これまでは、モデリングは、脳領域間の機能的に活性なリンクの組を再現することに焦点をあてていたが、モデルを検証するために適用されるほとんどの接続性に基づくメトリクスの定常性によって阻まれている。実際には、神経科学でのほとんどの意味のある状況及びタスクは、安静状態並びに認知及び運動行動を含む非定常プロセスとして提起される。同じことが病理的行動にも当てはまり、てんかんでの発作の漸増がその一例である。
【0004】
部分てんかんでは、発作は、他の脳領域、いわゆる伝搬帯(PZ)を漸増する前に、局所ネットワーク、いわゆるてんかん誘発帯(EZ)で発生する。EZを適正に描写することは、例えば、切除手術としての介入の成功に不可欠である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、てんかん患者の脳のEZを識別し、前記患者の脳のてんかん原性を変調する必要性があり、これは前記患者の介入の成功を可能にするであろう。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、てんかん患者の脳のてんかん原性を変調する方法であって、仮想脳を用意するステップと、てんかん誘発帯及び伝搬帯のモデルを用意し、仮想てんかん脳を作成するべく前記モデルを仮想脳にロードするステップと、てんかん患者の脳のデータを取得するステップと、前記データにおいて少なくとも1つの可能性あるてんかん誘発帯の位置を識別するステップと、仮想てんかん脳をてんかん患者から取得したデータにフィッティングし、前記てんかん誘発帯の少なくとも1つの可能性あるサブセットを仮想てんかん脳においててんかん誘発帯としてパラメータ化するステップと、仮想てんかん脳内で患者の脳の臨床介入を模擬するネットワーク変調の効果をシミュレートするステップとを含む、方法に関する。
【0007】
優先的に、仮想脳は、霊長類脳の種々の帯又はノード及び前記帯又はノード間の接続性をモデリングするコンピュータ化されたプラットフォームであり、てんかん誘発帯のモデルは、前記帯でのてんかん性放電の起始、時間経過、及び終末を記述する数学的モデルであり、てんかん誘発帯の数学的モデルは、放電におけるスパイク及びウェーブイベントを定義する高速放電を記述する状態変数と、低速誘電率変数である変数と、微分方程式により定義され、構造的データは、患者の脳の磁気共鳴画像法、拡散強調磁気共鳴画像法、核磁気共鳴画像法、及び/又は磁気共鳴断層撮影法の画像データを含み、方法は、仮想脳において患者の脳を再構成するステップをさらに含み、方法は、取得した患者の脳の構造的データにおいて異常を識別し、前記異常を仮想脳に組み込むステップをさらに含み、方法は、1つ又は複数の可能性ある伝搬帯及び1つ又は複数の可能性ある他の帯を識別し、前記可能性ある伝搬帯及び他の帯を仮想脳において伝搬帯及び他の帯としてパラメータ化するステップをさらに含み、可能性あるてんかん誘発帯、伝搬帯、及び他の帯のパラメータ化のために、てんかん原性の度合いを特徴づける興奮性パラメータが用いられ、てんかん誘発帯及び伝搬帯のてんかん原性の度合いの識別のために、興奮性パラメータが機能的患者データに当てはめられ、複数の可能性あるてんかん誘発帯、興奮性パラメータの分布、並びに切除及び刺激を含む他のネットワーク変調に関する、臨床介入の効果を模擬する、複数のシミュレーションが実行される。
【0008】
本発明の他の特徴及び態様は、以下の説明及び添付図から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明に係る方法の実施のための仮想脳ネットワークにおけるてんかん原性の空間分布マップを表す図である。
【
図2A】本発明に係る方法の実施のためにてんかん患者に関して記録されている単純てんかん発作を示す図である。
【
図2B】本発明に係る方法の実施のためにてんかん患者に関して記録されている複雑てんかん発作を示す図である。
【
図3A】本発明の方法に係るてんかん性放電のシミュレーションから提供される、左視床に関係するナビゲーションチャートを示す図である。
【
図3B】本発明の方法に係るてんかん性放電のシミュレーションから提供される、左視床下部に関係するナビゲーションチャートを示す図である。
【
図3C】本発明の方法に係るてんかん性放電のシミュレーションから提供される、左紡錘状皮質に関係するナビゲーションチャートを示す図である。
【
図4】
図2A及び
図2Bの真のSEEG記録と比して、同様の領域で単純発作と複雑発作が漸増した図である。
【
図5A】本発明の方法に係る、患者の脳のてんかん誘発帯及び伝搬帯の臨床医の予測を示す画像である。
【
図5B】本発明の方法に係る、仮想脳におけるこのような帯の第1のシミュレーションを示す画像である。
【
図5C】本発明の方法に係る、事前データフィッティングを用いて得られる前記仮想脳におけるこのような帯の第2のシミュレーションを示す画像である。
【
図6A】てんかん発作の伝搬を止めることを可能にし得る最小限に侵襲的なアプローチを識別するために本発明に係る方法の能力を実証するグラフである。
【
図6B】てんかん発作の伝搬を止めることを可能にし得る最小限に侵襲的なアプローチを識別するために本発明に係る方法の能力を実証するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、てんかん誘発帯を識別及び変調することにより患者の脳のてんかん原性を低減する方法に関する。
【0011】
てんかんは、てんかん発作によって特徴づけられる神経疾患の一群である。てんかん発作は、短時間のほとんど検出できないものから長期間の激しい振戦に至るものまでであり得る発作である。てんかんでは、発作は繰り返す傾向があり、直接の基礎原因をもたない。てんかんのほとんどのケースの原因は不明であるが、一部の人々は、脳損傷、卒中、脳腫瘍、脳の感染、及び先天異常の結果として、てんかんを起こす。公知の遺伝子突然変異が、ごく一部のケースに直接結びつけられる。てんかん発作は、脳の皮質での過度の異常な神経細胞活動の結果である。てんかんは、脳波(EEG)でしばしば確認することができる。部分てんかんでは、発作は、てんかん誘発帯(EZ)と呼ばれる局在性の領域又はネットワークから生じる。それらは、部分発作と呼ばれる。部分発作は、無症候性であることがあり、下流の脳領域へのそれらの拡延は、認知機能障害及び意識消失を含む臨床症状の出現にしばしば結びけられる。発作の伝搬中にどのようにして脳領域が漸増されるかはよく分かっていない。脳神経外科の薬剤抵抗性の患者候補者でのEZを描写するのに頭蓋内深部又は定位的脳波(SEEG)がよく用いられる。臨床診療では、てんかん原性領域を突き止め、それらのてんかん原性の度合いを評価するのに、頭蓋内電極による脳領域の直接刺激が用いられる。発作の漸増の時間遅延も、てんかん原性の強度の指標と考えられているが、同じ患者内にでさえも伝搬の大幅な空間的及び時間的バリエーションがあるため、議論の余地を残している。てんかん誘発帯から隣接する帯への発作の伝搬は、実験的に観察されている。
【0012】
本発明の第1のステップによれば、仮想脳が用意される。
【0013】
仮想脳は、霊長類脳の種々の帯又はノード及び前記帯又はノード間の接続性をモデリングするコンピュータ化されたプラットフォームである。仮想脳の例は、引用により本明細書に組み込まれる公開文書”The virtual brain: a simulator of primate brain network dynamics”, Paula Sanz Leon et al.,11 June 2013で開示される。この文書では、仮想脳は、生物学的に現実的な接続性を用いる全脳ネットワークシミュレーションのための神経情報科学プラットフォームとして開示される。このシミュレーション環境は、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)、EEG、及び脳磁図法(MEG)を含む巨視的ニューロイメージング信号の生成の根底にある異なる脳スケールにわたる神経生理学的機構のモデルベースの推論を可能にする。これは、個々の被検者データを用いることにより脳の個別化された構成の再現及び評価を可能にする。
【0014】
本発明のさらなるステップによれば、てんかん誘発帯(EZ)のモデルと、EZから伝搬帯(PZ)へのてんかん性放電の伝搬のモデルが用意され、仮想脳にロードされる。
【0015】
てんかん誘発帯のモデルは、前記帯でのてんかん性放電の起始、時間経過、及び終末を記述する数学的モデルである。このようなモデルは、例えば、引用により本明細書に組み込まれる公開文書”On the nature of seizure dynamics”,Jirsa et al.,Brain 2014,137,2210-2230で開示される。このモデルはEpileptorという名称である。これは、3つの異なる時間スケールで作用する5つの状態変数を含む。最も速い時間スケールで、状態変数x
1及びy
1は、発作中の高速放電を考慮に入れる。最も遅い時間スケールで、誘電率状態変数zは、細胞外イオン濃度、エネルギー消費、及び組織の酸素化の変動などの低速プロセスを考慮に入れる。システムは、変数x
1及びy
1を通じて発作状態中に速い動揺を呈する。発作間欠状態と発作状態との自律的切替えは、それぞれ発作の起始及び終末に関するサドルノード及びホモクリニック分岐機構を通じて誘電率変数zにより実現される。切替えは、インビトロ及びインビボで記録されている直流(DC)シフトを伴う。中間的な時間スケールで、状態変数x
2及びy
2は、発作中に観察されるスパイク及びウェーブのエレクトログラフィパターン、並びに結合g(x
1)を介して最も速いシステムにより興奮されたときの発作間欠期スパイク及び発作前スパイクを記述する。モデルの式は、以下のように読まれる:
【数1】
ここで、
【数2】
であり、x
0=-1.6、τ
0=2857、τ
2=10、I
1=3.1、I
2=0.45、γ=0.01である。パラメータx
0は、組織興奮性を制御し、x
0が臨界値x
0c=-2.05よりも大きい場合、発作を自律的にトリガするてんかん原性であり、他の場合には、組織は健康である。I
1及びI
2は、モデルの動作点を設定する受動電流である。
【0016】
伝搬帯のモデルは、EZのモデルと同一であるが、臨界値x
0c=-2.05を下回る興奮性パラメータを有する。すべての他の脳領域は、引用により本明細書に組み込まれるPaula Sanz Leon et al.,11 June 2013で開示される、閾値からかけ離れている興奮性値を有するEpileptors、又は同等に標準的な神経細胞集団モデルによりモデル化され得る。脳領域間の結合は、引用により本明細書に組み込まれる公開文書”Permittivity Coupling across Brain Regions Determines Seizure Recruitment in Partial Epilepsy”, Timothee Proix et al.,The Journal of Neuroscience,November 5,2014,34(5):15009-15021で開示される数学的モデルに従う。誘電率結合は、領域iの局所低速誘電率変数に対する遠隔領域jのニューロン高速放電x
1jの影響を定量化する。イオンホメオスタシスの変化は、発作間欠安定状態からの偏差を同期多様体に垂直な外乱として定量化する線形差分結合関数により、局所ニューロン放電と遠隔ニューロン放電との両方により影響される。線形性は、同期解のあたりのテイラー展開の一次近似として正当化される。誘電率結合は、コネクトームC
ij、スケーリングファクタGをさらに含み、これらは両方ともK
ij=GC
ijに吸収される。領域jから領域iへの誘電率結合は、以下のように読まれ、
【数3】
ここで、τ
ijは、信号伝達遅延を表す。
【0017】
てんかん誘発帯(EZ)及び伝搬帯(PZ)のモデルを仮想脳にロードするときに、同期効果は考慮されず、むしろ、誘電率結合の低速ダイナミクスにより決定されるてんかん拡延のみが考慮されるので、信号伝達時間遅延はここでは無視される。数学的に、仮想脳は、この場合、以下の式に対応する:
【数4】
【0018】
本発明のさらなるステップによれば、てんかん患者の脳の構造的データ及び機能的データが取得される。構造的データは、例えば、磁気共鳴画像法(MRI)、拡散強調磁気共鳴画像法(DW-MRI)、核磁気共鳴画像法(NMRI)、又は磁気共鳴断層撮影法(MRT)を用いて取得した患者の脳の画像データである。機能的データは、例えば、EEG又はSEEG技術を通じて取得した患者の脳の脳波信号である。
【0019】
本発明のさらなるステップによれば、前記患者の脳に関して取得した構造的データを用いて、仮想脳で患者の脳の構造的再構成が実行される。
【0020】
実際は、MRI及びdMRIを用いる非侵襲的構造的ニューロイメージングは、仮想脳の3D物理空間内で患者の個々の脳ネットワークトポグラフィ及び接続トポロジーの再構成を可能にする。
【0021】
優先的に、患者の脳の構造的データにおいて識別される構造異常が仮想脳へ組み込まれる。
【0022】
実際に、構造的ネットワークのトポロジーを変化させる、したがって、発作の漸増の動的特性を変える異常により、劇的な構造変化が生じる。
【0023】
構造異常は、例えば、悪性脳腫瘍、又は過誤腫、卒中、脳回肥厚を含む非悪性脳腫瘍である。
【0024】
それらは一般に、MRI画像に白色又は暗色スポットとして現れる。
【0025】
本発明のさらなるステップによれば、1つ又は複数の可能性あるてんかん誘発帯、1つ又は複数の可能性ある伝搬帯、及び1つ又は複数の可能性ある他の帯の位置が、患者の脳の機能的データにおいて最初に識別され、対応する帯が仮想脳においててんかん誘発帯、伝搬帯、又は他の帯としてパラメータ化される。この最初のパラメータ設定は、後続のデータフィッティング手順のための事前分布として役立つ。
【0026】
実際に、非侵襲的機能的ニューロイメージングは、熟練した臨床医にてんかん発作の進行を通知し、EZの位置、すなわち、てんかん活動の起点及び早期構築を担う脳の仮説的領域についての仮説の設定を可能にする。PZは、発作の進行中に漸増されるがそれら自体はてんかん原性ではない領域を含む。EZについての仮説に従う仮想脳ネットワークモデルにおいてパラメータが最初に設定される。実際には、
図1に示すように、てんかん原性の空間マップが仮想脳において定義される。このマップでは、各ノードは、帯のモデルの発作をトリガする能力を定量化する興奮性値x
0によって特徴づけられる。孤立した帯に関して、G=0であり、モデルは、x
0>x
0cの場合に発作を自律的にトリガすることができ、てんかん原性と呼ばれる。逆に、x
0<x
0cの場合、モデルは、発作を自律的にトリガせず、てんかん原性ではない。てんかん原性の空間マップは、EZ、PZ、及びすべての他の帯の興奮性値を含む。もちろん、仮想脳に埋め込まれている状態でEZでのノードだけが自律的に放電する。
【0027】
したがって、後続のデータフィッティングが実行され、前記データフィッティングの対象は、自動のアプローチを用いて推定される、興奮性パラメータx0である。利用可能な機能的データを与えるネットワークモデルのパラメータのこのような推定を得ることは、フィッティングのためのreduced Epileptorモデル及び低減した機能的データセットを用いてベイズのフレームワーク内で行われる。SEEGデータが、それらのスペクトル密度の経時的推定を得るべくウィンドウ化され、フーリエ変換される。次いで、高速活動の時間的変化を取り込むべく、10Hzを上回るSEEGパワーが総和される。これらの時系列は、発作前のベースラインに修正され、対数変換され、発作を包含する時間窓にわたって線形トレンドを除去される。
【0028】
ベイズのモデリングでの隠れ状態は、直接観察できない生成モデルの状態を表す。無情報事前分布が隠れ状態の初期条件でとられ、一方、それらの進行は、線形加算正規分布ノイズを有する対応する確率的微分方程式のEuler-Maruyamaの離散化に従う。無情報事前分布は、ノードx0あたりの興奮性パラメータ、観察ベースラインパワー、スケール、及びノイズでとられる。最後に、発作の長さを、所与の記録された発作の長さとマッチするように自由に変えることもできる。構造的接続性は、生成法で用いられる接続性のガンマ事前分布を指定する。このモデルは、生成的微分確率モデルに関するHamiltonian Monte-Carloアルゴリズムと自動変分推論アルゴリズムとの両方を実装する、ベイズの推論に関するソフトウェアを用いて実装される。このアプローチは、確率的勾配上昇法により最適化された真の事後分布の近似代理分布を構成する変分アルゴリズムの効率を利用する。
【0029】
本発明のさらなるステップによれば、前記可能性あるてんかん誘発帯から他の帯へのてんかん性放電の伝搬のシミュレーションが、モデルパラメータの系統的なバリエーションの下で仮想脳において実行される。これらのパラメータのバリエーションは、異なる脳領域での発作数への逆の効果を有し得るネットワーク変調に対応し、したがって、自明ではない。これらの変調効果の系統的なシミュレーション及び定量化は、仮想脳での発作の数及び発作の伝搬の広がりを示すパラメータ空間を提供する。パラメータの変化は、治療的ネットワーク介入に直接結びつけられるが、ネットワークパラメータのバリエーションは臨床診療での異なる実現を見出し得るので、結びつけは常に明白ではない。例えば、ネットワークノードモデルでの脳領域の興奮性は、興奮と抑制のバランス、局所シナプス効力、細胞外イオン濃度、又はグリア活動などの変数に生理学的に結びつけられる重要なパラメータである。これらの変数の変更は、結果的に、組織の興奮性の、したがって、仮想脳モデルにより予測される所望のネットワーク効果の変化を生じることになる。
【0030】
実際には、患者の脳ネットワークモデルは、シミュレーション、データフィッティング、及び数学的解析により評価される。これは、データフィッティングを通じて個別化されたパラメータセットを識別することにより個々の患者の脳を「フィンガープリント」するのに用いられる。系統的な計算シミュレーションは、発作の帯及び発作の自由度を概説するパラメータマップをさらに生成する。これらのマップは、モデルパラメータをどのようにして調整するかのガイダンスを与えることになる。この評価の結果は、患者の脳を通じて最も起こりそうな伝搬パターンを予測し、脳介入戦略の探究を可能にする。
【0031】
本発明に係る方法は、手術結果を改善する。第1に、非侵襲的EEG/MEG及び侵襲的SEEGの探究に続いて、EZ仮説がデータにあてはめられ、改善される。第2に、系統的なネットワーク変調が臨床介入戦略を模擬し、新規治療戦略を識別するのに用いることができる。変調は、刺激パラダイム、ネットワークリンクの変性(lesioning)、脳領域の切除、及び興奮性などの局所脳領域パラメータの変化を含む。例えば、手術戦略が仮想脳内でテストされる。これまでは、伝統的な手術のアプローチは、医学上難治性のてんかんは究極的には限局性疾患であるという教義的概念に基づいて仮説を立てたEZで或る焦点切除術又はアブレーションを適用する。大規模なてんかんネットワークを変調するように設計される可能性ある切除又は熱変性のサイズ、数、及び特異的な解剖学的位置の多くは未知のままである。本発明は、焦点切除のサイズをパラメトリックに変えるだけでなく、異なる位置での複数の変性を採用することも可能にし、したがって、仮想てんかん脳モデルのネットワーク性をフル活用する。技術的に、これは現在では可能であり、例えば、定位支援レーザ技術は、以前にマップしたてんかんネットワークの重要なコンポーネントに複数の変性を配置することを可能にすることにより、大規模ネットワークの変調を可能にする。
実施例-両耳側てんかんであると診断された患者の脳におけるてんかん誘発帯の識別
【0032】
右利きの41歳の女性患者は、病歴、神経学的検査、神経心理学的検査、構造的及び拡散MRIスキャン、ビデオモニタリングを伴うEEG及びSEEG記録を含む総合術前評価を受けて、両耳側てんかんであると最初に診断された。術前評価に基づく重要領域に9個のSEEG電極を配置した。SEEG電極は、10~15のコンタクトを備えるものであった。各コンタクトは、長さ2mm、直径0.8mmであり、他のコンタクトから1.5mm離れていた。128チャネルのDeltamed(商標)システムを用いて脳信号を記録した(サンプリングレート:512Hz、ハードウェアバンドパスフィルタリング:0.16から97Hzの間)。Siemens(商標)Magnetom(商標)Verio(商標)3Tスキャナで構造的及び拡散MRIを取得した。MPRAGEシーケンスでT1強調画像を取得した(TR=1900ms、TE=2.19ms、ボクセルサイズ=1×1×1mm3、208スライス)。拡散の取得にはDTI-MRシーケンスを用いた(64方向の角度勾配セット、TR=10.7s、TE=95ms、70スライス、ボクセルサイズ=2×2×2mm3、b値=1000s/mm2)。
【0033】
次いで、構造的再構成を実行した。仮想脳に合わせた処理パイプラインであるSCRIPTS(商標)を用いて大規模な接続性及び患者の皮質表面を再構成した。脳は、接続性及び遅延マトリックスを生み出すべく全脳トラクトグラフィーのために用いられるパーセル化テンプレートに従って、いくつかの領域に分割される。皮質表面及び皮質下表面は、対応する領域ラベルへの頂点のマッピングと併せて、再構成され、ダウンサンプリングされる。すべての処理されたデータは、仮想脳へのインポートを容易にするためにフォーマットされる。
【0034】
MRI検査は、視床下部過誤腫を明らかにした。表面EEG記録は、発作間欠期スパイクを明らかにし、左半球へのバイアスを示した。術前評価に基づいて、7つのSEEG電極を左半球に、2つを右半球に埋め込んだ。1つの電極を視床下部過誤腫に埋め込んだ。
図2A及び
図2Bは、左の列に埋め込みスキームを示す。2週間の連続的なSEEG記録中に、右海馬に局在した6つの単純発作と、右海馬で始まって左海馬、左側頭葉、及び視床下部過誤腫を漸増する2つの複雑発作を記録した。代表的な発作の伝搬パターンを
図2A及び
図2Bに示す。
【0035】
この構造異常をモデルへ組み込んだ。ここでは、視床下部過誤腫を、視床下部の局所接続性Kij=GhypCijの修正により組み込んだ。この過誤腫は、MRIスキャンで描写された。これは、局所接続性を再構成するために関心シード領域として用いた。その局所接続トポロジーを変化させずに過誤腫の影響を定量化するべく、局所接続性の強度をスカラーファクタGhypによりパラメトリックにスケールアップした。
【0036】
仮想脳ネットワークの各ノードにEpileptorモデルをロードした。ノードは、誘電率結合により接続され、これは、遅い時間スケールで作用し、EZではない領域を漸増することによりネットワークを通じた発作の拡延を可能にする。(i)発作に関係した領域、(ii)発作の長さ、(iii)他の領域の漸増の前の時間遅延の長さ、(iv)各領域での発作頻度を含む臨床的基準に従って、EZ、PZ、及びすべての他の領域に関する興奮性パラメータを設定した。興奮性の空間分布は、この場合、ネットワークにわたって不均一であり、EZでの領域に関して興奮性の高値(x
0>x
0c+0.4)を有し、PZでの領域に関してより小さい興奮性値(x
0c+0.4>x
0≧x
0c)を有し、他のノードはてんかん原性ではなかった(x
0<x
0c)。EZ及びPZが定義されると、以下のパラメータ:(i)スカラーファクタ×全接続性マトリックスである、大域結合強度G、(ii)スカラーファクタ×接続性マトリックスへの視床下部の寄与である、視床下部の局所結合強度G
hyp、(iii)右海馬の興奮性値x
0
右海馬、(iv)伝搬帯での漸増されない領域の興奮性値x
0
他の領域、を変えることによりパラメータ空間の探究を用いて系統的なネットワーク変調を行った。EZ及びPZでの他の領域の興奮性値は、以下の表1のように定められ、ここで、x
0=x
0c+Δx
0であった。
【表1】
【0037】
したがって、4次元パラメータ空間で仮想脳ネットワーク挙動を記述するために、発作の定量化のための臨床的基準i)~iv)を用いた。
図3A~
図3Cは、4つのパラメータG、G
hyp、x
0
右海馬、及びx
0
他の領域の関数としての一定のシミュレーション時間にわたる発作の3つの異なる領域に関する漸増の頻度である、これらの量指定子のうちの1つを示す。それらは系統的なパラメータ空間の探究の結果を例示する。これらのナビゲーションチャートは、意思決定及び仮説の構築のためのツールを臨床医に与える。例えば、図面は、この特定の患者に関して、EZ領域での興奮性の変化がVEP脳モデルでの発作の数に対するかなり小さい影響を示し、一方、EZ/PZ領域外の興奮性の低減は、左視床及び視床下部での発作の減少に、及び左海馬傍回でのより小さい広がりに結びつけられることを実証する(
図3A及び
図3B)。左視床下部接続性の減少は、左視床下部での発作の増加を常に引き起こすことになるが、左視床では引き起こさない。左視床での発作の可能性を増加させる唯一の手段は、視床下部接続性の高値を維持しながら、大域結合Gのスケーリングを増加させることである(
図3A)。上記のシナリオのすべてに関して、左海馬傍回は、1つの例外で、すなわち、高い視床下部接続性及び大域結合Gの低い全体強度で、かなり高い発作数を示す(
図3C)。
【0038】
臨床的基準i)~iv)に関して患者の発作をマッチングする
図3A~
図3Cでのドットに対応する、パラメータの代表的な組(G=10、G
hyp=10、Δx
0
右海馬=1.3、Δx
0
他の領域=-0.2)を選択した。仮想脳ネットワークモデルを20発作の期間にわたってシミュレートし、SEEG電極に関する前向き解を計算した。単純発作と複雑発作が、
図2A及び
図2Bの真のSEEG記録に比べて漸増された同様の領域で発生した。これらの発作を
図4A及び
図4Bに示す。
【0039】
図5Aは、例えば熟練した臨床医により推定されるEZ及びPZの空間的広がりを示す。
図5Bは、臨界値x
0c=-2.05からのその偏差Δx
0により例示されるx
0=x
0c+Δx
0のパラメータ分布を通じて表現される興奮性帯の空間的広がりを示す。
図5Cは、モデルをSEEGデータにフィッティングすることにより見出される興奮性の分布の比較を示す。これらの図面では、EZは、明るいクリアな帯で表される。データフィッティングは、両側内側側頭葉EZの識別を可能にするように見え、結果は臨床的な解釈とよく一致する。
【0040】
図6A及び
図6Bは、てんかん誘発帯の関数としての発作の伝搬を止めるべく最小限に侵襲的なアプローチを識別するための本発明の能力を実証する。
図6Aでは、色コード(黒/白)は、発作を伝搬する(白)又は伝搬しない(黒)ことを示す。
図6Bでは、伝搬帯のサイズが、てんかん誘発帯の関数としてプロットされる。仮想てんかん脳に関して、少数の変性が、
図6Aに現れるように最高6変性が、発作の伝搬を止めるのに十分である。PZは、5~6変性後に、0、1、又は2つの領域に減少する。仮想脳のPZが0~2の領域からなる場合、ネットワークは、どのような他の領域も漸増することはできない。