IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社UACJの特許一覧

<>
  • 特許-アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法 図1
  • 特許-アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法 図2
  • 特許-アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法 図3
  • 特許-アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法 図4
  • 特許-アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法 図5
  • 特許-アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法 図6
  • 特許-アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-30
(45)【発行日】2022-09-07
(54)【発明の名称】アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/242 20140101AFI20220831BHJP
【FI】
B23K26/242
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018213414
(22)【出願日】2018-11-14
(65)【公開番号】P2020078819
(43)【公開日】2020-05-28
【審査請求日】2021-09-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池田 剛司
(72)【発明者】
【氏名】江崎 宏樹
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-200915(JP,A)
【文献】特開2018-158350(JP,A)
【文献】米国特許第5595670(US,A)
【文献】米国特許第5603853(US,A)
【文献】中国特許出願公開第104858535(CN,A)
【文献】特開2014-100724(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/242
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法であって、
ガルバノスキャナによってレーザ光の照射目標位置を溶接ラインに沿って移動させながら、上記レーザ光を照射する照射期間と該照射を中断する中断期間とを交互に繰り返し、
上記照射期間では、上記溶接ラインに沿って35mm以下の長さ走査して溶接ビードを形成し、
上記中断期間では、上記照射期間の1/3以上に相当する時間にわたって上記照射を中断する、アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法。
【請求項2】
上記照射期間では、上記レーザ光をウォブリングさせながら上記溶接ラインに沿って走査する、請求項1に記載のアルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法。
【請求項3】
上記照射期間では、上記レーザ光が照射される被照射面と反対側の裏面まで溶接対象部位を溶融させる、請求項1又は2に記載のアルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アルミニウム合金板の接合において、レーザ光を照射して重ね隅肉溶接することが行われている。重ね隅肉溶接では、2枚の板をずらして重ねて、上板の端部と下板の主面との間を溶接することができる。例えば、特許文献1には、溶接のビード幅を広げるために、ガルバノスキャナを利用してレーザ光を、円を描くように照射するいわゆるウォブリング照射を行う構成が開示されている。そして、当該構成では、レーザ光の軌跡の重なり具合を適宜設定することにより溶接部にポロシティが発生することを抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開WO2016/194322号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、レーザ光の照射によりアルミニウム合金板を重ね隅肉溶接すると、下板の端部から溶接ビードに向かって下板に割れが生じる場合がある。かかる割れは、レーザ光の照射による熱の発生に起因するものであることが分かった。すなわち、レーザ溶接直後の溶接ビード部分が熱収縮することにより、下板に大きな引張応力が発生する。特に溶接の後半になるほど溶接対象への入熱量が増加するため、溶接ビードの近傍は高温となる。そして、下板のフランジ部に結晶粒界に成分偏析や共晶等が生じていると、局部的に融解して開口し、これが起点となって下板先端部から亀裂が発生する。当該亀裂は、下板の結晶粒界に沿って伝搬して一部が溶接ビード内に達する。このような割れは溶接部の品質の低下を招く。
【0005】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、割れの発生が防止されるアルミニウム合金板の隅肉溶接方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法であって、
ガルバノスキャナによってレーザ光の照射目標位置を溶接ラインに沿って移動させながら、上記レーザ光を照射する照射期間と該照射を中断する中断期間とを交互に繰り返し、
上記照射期間では、上記溶接ラインに沿って35mm以下の長さ走査して溶接ビードを形成し、
上記中断期間では、上記照射期間の1/3以上に相当する時間にわたって上記照射を中断する、アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法にある。
【発明の効果】
【0007】
上記アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法においては、照射期間では走査長さが35mm以下となるようにレーザ光を走査する。これにより、照射期間において溶接対象部位への入熱量が適度に抑制される。さらに、中断期間では、照射期間の1/3以上に相当する時間にわたって上記照射を中断するため、溶接対象部位において放熱が促される。さらに、中断期間では上記照射は中断されるが、ガルバノスキャナによるレーザ光の照射目標位置の移動は継続される。すなわち、照射期間と中断期間と交互に繰り返されてなる全期間にわたって、ガルバノスキャナによるレーザ光の照射目標位置の移動が継続される。その結果、中断期間を設けずに全期間にわたってレーザ光の照射を連続的に行って走査し続けた場合と同じ時間で溶接作業を終了することができる。これにより、作業時間が長くなることを抑制することができる。
【0008】
以上のように、上記アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法によれば、照射期間と中断期間とが交互に繰り返されることにより、連続して行われるレーザ光の走査が短い時間となるため、溶接対象部位が過度に加熱されることが防止されて溶接対象部位やその近辺において熱収縮に起因する割れが発生することが防止されるとともに、全期間にわたってガルバノスキャナによるレーザ光の照射目標位置の移動が継続されるため、作業時間が長くなることを抑制できる。
【0009】
以上のごとく、本発明によれば、割れの発生が防止されるアルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1における、溶接システムの構成を示す概念図。
図2】実施例1における、溶接態様を示す概念図。
図3】実施例1における、レーザ光の焦点の軌跡を示す概念図。
図4】実施例1における、溶接態様を示す断面概念図。
図5】(a)試験例1、(b)試験例1及び(c)比較例2における照射期間と中断期間の態様を説明する概念図。
図6】(a)試験例2及び(b)試験例3における照射期間と中断期間の態様を説明する概念図。
図7】(a)比較例1及び(b)試験例1における溶接ビードの例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
上記照射期間において、上記レーザ光を一定速度で走査することが好ましい。この場合には、照射期間において溶接対象部位に安定的に入熱されるため、溶接状態を良好とすることができる。
【0012】
上記照射期間において、上記レーザ光をウォブリングさせながら上記溶接ラインに沿って走査することが好ましい。この場合は、レーザ光のスポット径を大きくすることなく、溶接ビードの幅を大きくすることができる。その結果、溶接状態を一層良好にすることができる。
【0013】
また、上記照射期間において、上記レーザ光が照射される被照射面と反対側の裏面まで溶接対象部位を溶融させることが好ましい。この場合には、下板の溶接側端部に生じやすい割れの発生を効果的に抑制すことができる。この場合は、溶接対象部位が確実に溶融されて溶接状態を一層良好にすることができる。
【実施例
【0014】
(実施例1)
アルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法の実施例について、図1図6を用いて説明する。
本実施例のアルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法では、図1に示すガルバノスキャナ20によってレーザ光Qの照射目標位置Qfを溶接ラインGに沿って移動させながら、図5(a)、図5(b)に示すように、レーザ光Qを照射する照射期間S1と該照射を中断する中断期間S2とを交互に繰り返す。
そして、照射期間S1では、溶接ラインGに沿って35mm以下の長さ走査して溶接ビードを形成する。
中断期間S2では、照射期間S1の1/3以上に相当する時間にわたってレーザ光Qの照射を中断する。
【0015】
本実施例の重ね隅肉溶接方法では、図1に示す、溶接システム100を使用した。溶接システム100は、レーザ発振器60、ガルバノスキャナ20、出力制御部30、走査制御部40、載置台50を備える。レーザ発振器60は、レーザ光Qを出力するように構成されている。レーザ発振器60の出力は出力制御部30により調整される。ガルバノスキャナ20は、モータ21、22、ミラー23及び集光レンズ24を備える。
【0016】
ガルバノスキャナ20は、レーザ光Qを、集光レンズ24を透過させて、ミラー23で反射させてその軌道を変更し、載置台50に載置したアルミニウム合金板10の溶接対象部位Aに向けて照射する。ミラー23はモータ21、22に接続されて回転可能に構成されており、走査制御部40によって所望の状態に駆動制御されている。集光レンズ24はレーザ光Qの焦点となる照射目標位置Qfを溶接対象部位Aに合わせるように構成されている。これにより、ガルバノスキャナ20は、図3に示すように、レーザ光Qの照射目標位置Qfを所定の態様で移動可能となっている。なお、本実施例では、レーザ発振器60として、トルンプ社製、型番TruDisk6002を使用した。また、ガルバノスキャナ20として、ワイ・イー・データ社製、型番8MC39A-3C4C8Aを使用した。
【0017】
溶接対象となるアルミニウム合金板10としては、所望の組成のものを用いることができる。例えば、アルミニウム合金板10として、1000系~6000系アルミニウム合金からなる板材を使用することができる。なお、アルミニウム合金板10には純アルミニウムからなる板材を含むものとする。使用するアルミニウム合金板10の厚さや形状は特に限定されない。
【0018】
照射期間S1の前の準備工程として、図2及び図4(a)に示すように、溶接対象となる2枚のアルミニウム合金板10を重ねて、一方のアルミニウム合金板10である上板11の一方の端部である溶接側端部111が、他方のアルミニウム合金板である下板12の板面の上に位置するように互いにずらした状態とする。これにより、下板12は、上板11と重ならずに表出したフランジ部121を有する。図2図3に示すように、フランジ部121の幅Fは、2.0mm~5.0mmとすることができ、本実施例では、3.0mmとしている。
【0019】
上述のごとく重ね合わせた2枚のアルミニウム合金板10において、上板11には、上板11の溶接側端部111から、上板11の一方の板面である被照射面114の内方へ所定距離離れた位置に、溶接ラインGを設定する。本例では、図2に示すように、溶接ラインGは溶接側端部111から1.5mm離れ、溶接側端部111に平行な直線としている。ガルバノスキャナ20による、レーザ光の照射目標位置Qfの移動は、溶接方向X1に向けて溶接ラインGに沿って行う。
【0020】
図3に示すように、ガルバノスキャナ20によるレーザ光Qの照射目標位置Qfの移動は、照射期間S1及び中断期間S2を通じて全期間にわたって行う。すなわち、図3において破線で示すように、照射期間S1では、照射目標位置Qfが移動するとともに実線Qfaで示した照射目標位置Qfの軌跡の通りにレーザ光Qが照射されるが、中断期間S2ではガルバノスキャナ20による照射目標位置Qfの移動は継続しているが、レーザ光Qは照射されない。
【0021】
ガルバノスキャナ20によるレーザ光Qの照射目標位置Qfの移動態様は、限定されないが、照射期間S1においてレーザ光Qをウォブリングするような移動態様とすることができ、例えば、照射目標位置Qfの移動態様が螺旋状、波線状などとなるような態様とすることができる。本例では、レーザ光Qの照射目標位置Qfは、図3に示すように、円を描くように移動させつつ、溶接ラインGに平行に移動させることにより、レーザ光Qの照射目標位置Qfが螺旋を描くようにしている。そして、レーザ光Qの焦点の軌跡を動かす際の円の半径は適宜設定することができ、本例では、図3に示すように、溶接ラインGと溶接側端部111であるルート面との距離Sを1.5mmに設定している。これにより、ウォブリング幅Rは3.0mmとしている。なお、ウォブリングにおける円移動の周波数は適宜設定することができ、溶接方向に平行な方向への移動速度も適宜設定できる。本例では、ウォブリングにおける円移動の周波数を50Hzとし、溶接方向X1に平行な方向への移動速度を33.3mm/sとしている。
【0022】
図3に示すように、照射期間S1において、走査長さLは35mm以下であって、好ましくは1~30mm、より好ましくは2~20mmとすることができ、本実施例では、5mm、2.5mm又は1.0mmとしている。繰り返し行われる照射期間S1において、すべての走査長さLが同じであってもよいし、35mm以下の範囲内で、走査長さLが異なるものが含まれていてもよい。なお、走査長さLとは図3に示すように、レーザ光Qが照射された領域の溶接方向X1の長さをいう。
【0023】
照射期間S1において、図4(b)に示すように、溶接対象部位Aにレーザ光Qを照射して、レーザ光Qが照射される被照射面114と反対側の裏面124まで溶接対象部位Aを溶融させる。これにより、溶接ビード70を形成する。本例では、レーザ光Qの照射により、溶接対象部位Aを反対側の裏面124まで溶融させて、反対側の裏面124に裏ビード82を表出させている。
【0024】
図3及び図5(a)に示すように、照射期間S1の終了後に中断期間S2が到来する。中断期間S2では、レーザ光Qの照射を停止する。中断期間S2の継続時間は、上述の通り、照射期間S1におけるレーザ光Qの照射時間の1/3以上に相当する時間であって、照射期間S1におけるレーザ光Qの照射時間の40%以上、50%以上、60%以上としてもよい。上述のごとく、中断期間S2では、レーザ光Qの照射を停止した状態で、ガルバノスキャナ20によるレーザ光Qの照射目標位置Qfの移動は継続されている。すなわち、中断期間S2では、レーザ光Qは照射されないが、ガルバノスキャナ20においてモータ22は照射期間S1と同様に駆動されて、ミラー23が変位している。
【0025】
(評価試験)
次に、実施例1のアルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法において、割れの発生の有無に関する評価試験を行った。
照射期間S1と中断期間S2とを一回ずつ行うことを1サイクルとした。1サイクル中の照射期間S1の継続時間を照射時間(ms/cycle)とし、1サイクル中の中断期間S2の継続時間を照射中断時間(ms/cycle)とし、図3に示す1サイクル中の照射期間S1における走査長さL(mm/cycle)等を含む試験条件を表1に示した。
【表1】
【0026】
表1に示すように、いずれの試験例、比較例においても、レーザ出力を3kW、溶接速度(溶接方向X1への照射目標位置Qfの移動速度)を33.3mm/sとし、溶接方向X1における溶接ビード全体の長さを50mmとした。なお、図4(b)に示すように、上板11の被照射面114におけるレーザ光Qのスポット径Tを0.6mmとした。
【0027】
比較例1では表1及び図5(b)に示すように、照射中断時間を0msとして中断期間S2を設けずに、50mmの溶接ビード全体を一度に形成した。照射時間は1500msであった。
【0028】
そして、試験例1では、表1及び図5(a)に示すように、1サイクル当たりの走査長さを5mm、1サイクル当たりの照射時間を150msとするとともに、1サイクル当たりの照射中断時間を50msとして、7サイクル行った後、最終の照射期間として合計の走査長さ50mmとなるまで照射し、全溶接作業を終了した。これにより、表1に示すように、試験例1における1サイクル当たりの照射中断時間は、照射期間S1におけるレーザ光Qの照射時間の33.3%であった。
【0029】
一方、比較例2では、表1及び図5(c)に示すように、1サイクル当たりの停止時間を25msとし、その他の条件を試験例1と同一とした。これにより、比較例2における1サイクル当たりの照射中断時間は、照射期間S1におけるレーザ光Qの照射時間の16.7%であった。
【0030】
次に、試験例2では、表1及び図6(a)に示すように、1サイクル当たりの走査長さを2.5mm、1サイクル当たりの照射時間を75msとするとともに、1サイクル当たりの照射中断時間を25msとして、15サイクル行った。これにより、表1に示すように、試験例2における1サイクル当たりの照射中断時間は、照射期間S1におけるレーザ光Qの照射時間の33.3%であった。
【0031】
そして、試験例3では、表1及び図6(b)に示すように、1サイクル当たりの走査長さを1.0mm、1サイクル当たりの照射時間を30msとするとともに、1サイクル当たりの照射中断時間を10msとして、37サイクル行った後、最終の照射期間として合計の走査長さが50mmとなるまで照射し、全溶接作業を終了した。これにより、表1に示すように、試験例3における1サイクル当たりの照射中断時間は、照射期間S1におけるレーザ光Qの照射時間の33.3%であった。
【0032】
各試験例及び各比較例における評価結果は以下の通りである。
まず、比較例1では、図7(a)に示すように、上記方法により溶接方向X1の長さ50mmの溶接ビード70が形成された。そして、溶接開始点71から溶接方向X1に40mmの位置に、下板12の溶接側端部111から溶接ビード70に向かって下板12に割れ113が生じた。図示しないが溶接ビード70の内部に到達する割れも存在した。
【0033】
また、比較例2では、中断期間S2ではレーザ光Qの照射が中断されるが、その前後の照射期間S1においてそれぞれ形成された溶接ビード片が延出して互いにつながることにより、全体として一繋がりの溶接ビードが形成された。そして、図示しないが、比較例2においても、比較例1の場合と同様に、下板12に割れ113が生じた。
【0034】
一方、試験例1では、図7(b)に示すように、上記方法により溶接方向X1の長さ50mmの溶接ビードが形成された。中断期間S2では、レーザ光Qの照射が中断されるが、その前後の照射期間S1においてそれぞれ形成された溶接ビード片が延出して互いにつながることにより、溶接ビード80は全体として一繋がりとなっていた。また、試験例2及び試験例3においても、図示しないが、試験例1の場合と同様に上記方法により溶接方向X1の長さ50mmの一繋がりの溶接ビードが形成された。試験例1~3では、いずれの場合も溶接ビード80の形成にあたって、下板12に割れは生じていなかった。
【0035】
以上のように、試験例1~3の結果が示すように、1サイクル当たりの照射中断時間が照射時間の33.3%である場合に、溶接ビード80の形成にあたって、下板12に割れが生じないことが確認できた。
【0036】
比較例1において、下板12の溶接側端部122を観察したところ、融解割れ(溶接割れ)が生じたと考えられる粒状の破面が多く観察された。一方、溶接側端部122よりもフランジ部121の中央側の領域における破面は脆性的であり結晶粒界に沿って進展する亀裂が確認された。これらに基づき、レーザ溶接によるフランジ部の割れの発生原因は、次のように推察される。すなわち、レーザ溶接直後の溶接ビード部分が熱収縮することで、下板に大きな引張応力が発生する。比較例1では、照射中断期間を設けないため、溶接の後半になるほど入熱量が増加して、フランジ部121は高温になる。この場合、フランジ部121内の結晶粒界に成分偏析や共晶等が生じていると局部的に溶解して開口し、これが起点となって下板の溶接側端部122から亀裂が発生し、その亀裂が結晶粒界に沿って伝搬して一部は溶接ビード70内にまで到達する。
【0037】
一方、試験例1~3では、中断期間S2においてレーザ光Qの照射を中断する十分な時間が確保されるため、フランジ部121の熱が放出され、フランジ部121が高温となることが防止される。これにより、下板12の溶接側端部122が低温状態に維持されるため、溶接側端部122に局部的な融解が抑制され、下板12における割れの発生が抑制される。
【0038】
しかしながら、比較例2では、中断期間S2が設けられているものの、比較例1の場合と同様に、下板12に割れ113が生じていた。これは、比較例2では、1サイクル当たりの照射中断時間が照射時間の16.7%であって、その照射中断時間が比較的短いため、中断期間S2における放熱が十分に行われず、フランジ部121が高温の状態が維持された結果、上述の割れ113が生じたものと推察される。
【0039】
そして、中断期間S2が長くなるほどフランジ部121の放熱に有利であるため、1サイクル当たりの照射中断時間が照射期間S1におけるレーザ光Qの照射時間の1/3以上である場合に、下板12における割れの発生が抑制されることが推認された。
【0040】
本実施例におけるアルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法の作用効果について、以下に詳述する。
本例のアルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法においては、照射期間S1では走査長さが35mm以下となるようにレーザ光を走査する。これにより、照射期間S1において溶接対象部位Aへの入熱量が適度に抑制される。さらに、中断期間S2では、照射期間S1の1/3以上に相当する時間にわたってレーザ光Qの照射を中断するため、溶接対象部位Aにおいて放熱が促される。さらに、中断期間S2では上記照射は中断されるが、ガルバノスキャナ20によるレーザ光Qの照射目標位置Qfの移動は継続される。すなわち、照射期間S1と中断期間S2と交互に繰り返されてなる全期間にわたって、ガルバノスキャナ20によるレーザ光Qの照射目標位置Qfの移動が継続される。その結果、中断期間S2を設けずに全期間にわたってレーザ光Qの照射を連続的に行って走査し続けた場合と同じ時間で溶接作業を終了することができる。これにより、作業時間が長くなることを抑制することができる。
【0041】
以上のように、本例のアルミニウム合金板の重ね隅肉溶接方法によれば、照射期間S1と中断期間S2とが交互に繰り返されることにより、連続して行われるレーザ光Qの走査が短い時間となるため、溶接対象部位Aが過度に加熱されることが防止されて溶接対象部位Aやその近辺において熱収縮に起因する割れが発生することが防止されるとともに、全期間にわたってガルバノスキャナ20によるレーザ光Qの照射目標位置Qfの移動が継続されるため、作業時間が長くなることを抑制できる。
【0042】
さらに、本例では、照射期間S1において、レーザ光Qを一定速度で走査するこれにより、形成される溶接ビード80を所定の範囲の大きさとすることができ、信頼性が向上するとともに、外観もよくなる。
【0043】
また、本例では、照射期間S1において、レーザ光Qをウォブリングさせながら溶接ラインGに沿って走査する。これにより、照射されるレーザ光Qのスポット径Tを大きくすることなく、形成される溶接ビード80の幅を大きくすることができ、溶接状態を良好にすることができる。
【0044】
また、本例では、照射期間S1において、溶接対象部位Aにレーザ光Qを照射して、レーザ光Qが照射される被照射面114と反対側の裏面124まで溶接対象部位Aを溶融させる。これにより、溶接対象部位Aが確実に溶融されて上板11と下板12との接合状態を良好にすることができる。
【0045】
また、本例では、照射期間S1において、溶接対象部位Aにレーザ光Qを照射して、レーザ光Qが照射される被照射面114と反対側の裏面124まで溶接対象部位Aを溶融させる。これにより、下板12の溶接側端部122に生じやすい割れの発生を効果的に抑制すことができる。その結果、溶接対象部位が確実に溶融されて溶接状態を一層良好にすることができる。
【0046】
以上のごとく、本例によれば、割れの発生が防止されるアルミニウム合金板の隅肉溶接方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0047】
10 アルミニウム合金板
11 上板
111 溶接側端部
114 被照射面
12 下板
121 フランジ部
122 溶接側端部
124 裏面
20 ガルバノスキャナ
60レーザ発振器
80 溶接ビード
82 裏ビード
100 溶接システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7