(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-31
(45)【発行日】2022-09-08
(54)【発明の名称】アシルステリルグルコシド、アシルステリルグルコシドの製造方法、組成物、抗酸化剤、血中脂質低下剤、抗肥満剤、抗腫瘍剤及びアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤
(51)【国際特許分類】
C07J 9/00 20060101AFI20220901BHJP
C12P 19/00 20060101ALI20220901BHJP
C12N 1/14 20060101ALI20220901BHJP
A23L 31/00 20160101ALI20220901BHJP
A61P 39/06 20060101ALI20220901BHJP
A61P 3/06 20060101ALI20220901BHJP
A61P 3/04 20060101ALI20220901BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20220901BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20220901BHJP
A61K 8/63 20060101ALI20220901BHJP
A61Q 19/00 20060101ALI20220901BHJP
A61K 31/704 20060101ALI20220901BHJP
C12P 1/02 20060101ALN20220901BHJP
C12P 7/62 20220101ALN20220901BHJP
【FI】
C07J9/00
C12P19/00
C12N1/14 A
A23L31/00
A61P39/06
A61P3/06
A61P3/04
A61P35/00
A61P9/10
A61K8/63
A61Q19/00
A61K31/704
C12P1/02
C12P7/62
(21)【出願番号】P 2017231961
(22)【出願日】2017-12-01
【審査請求日】2020-11-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年6月3日、第19回マリンバイオテクノロジー学会仙台大会ホームページ
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年6月3日、第19回マリンバイオテクノロジー学会仙台大会 講演要旨集 番号PA-12の掲載内容
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年6月3日、第19回マリンバイオテクノロジー学会仙台大会 PA-12ポスター
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年7月8日、第4回ラビリンチュラ・シンポジウム ホームページ
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年7月8日、第4回ラビリンチュラ・シンポジウム プログラム
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年7月8日、第4回ラビリンチュラ・シンポジウム P11 ポスター
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】506141225
【氏名又は名称】株式会社ユーグレナ
(74)【代理人】
【識別番号】100088580
【氏名又は名称】秋山 敦
(74)【代理人】
【識別番号】100111109
【氏名又は名称】城田 百合子
(73)【特許権者】
【識別番号】000157887
【氏名又は名称】KISCO株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088580
【氏名又は名称】秋山 敦
(72)【発明者】
【氏名】伊東 信
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 昂
(72)【発明者】
【氏名】植村 涼
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健吾
(72)【発明者】
【氏名】杉本 良太
(72)【発明者】
【氏名】林 雅弘
【審査官】小路 杏
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-070885(JP,A)
【文献】特開平07-101835(JP,A)
【文献】特開平07-118159(JP,A)
【文献】特開平07-107939(JP,A)
【文献】特開2000-026495(JP,A)
【文献】Paczkowski, Cezary et al.,Lipase-catalyzed regioselective synthesis of steryl (6'-O-acyl)glucosides,Biotechnology Letters,2007年,Vol.29, No.9,p.1403-1408,10.1007/s10529-007-9400-z
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07J
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表されるアシルステリルグルコシド。
【化1】
【化2】
【化3】
【請求項2】
ラビリンチュラを用意するラビリンチュラ用意工程と、
前記ラビリンチュラからアシルステリルグルコシドを含有するアシルステリルグルコシド画分を分離する分離工程と、
前記分離工程で分離した前記アシルステリルグルコシド画分から前記アシルステリルグルコシドを精製する精製工程と、
を行
い、
前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であることを特徴とするアシルステリルグルコシドの製造方法。
【化4】
【化5】
【化6】
【請求項3】
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを含有し、
前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であり、
食品組成物、医薬組成物、化粧料組成物から選択される組成物であることを特徴とする組成物。
【化7】
【化8】
【化9】
【請求項4】
前記組成物が、食品組成物であることを特徴とする請求項
3に記載の組成物。
【請求項5】
前記組成物が、医薬組成物であることを特徴とする請求項
3に記載の組成物。
【請求項6】
前記組成物が、化粧料組成物であることを特徴とする請求項
3に記載の組成物。
【請求項7】
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、
前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上である抗酸化剤。
【化10】
【化11】
【化12】
【請求項8】
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、
前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上である血中脂質低下剤。
【化13】
【化14】
【化15】
【請求項9】
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、
前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上である抗肥満剤。
【化16】
【化17】
【化18】
【請求項10】
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、
前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上である抗腫瘍剤。
【化19】
【化20】
【化21】
【請求項11】
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、
前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であるアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤。
【化22】
【化23】
【化24】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アシルステリルグルコシド、アシルステリルグルコシドの製造方法、組成物、抗酸化剤、血中脂質低下剤、抗肥満剤、抗腫瘍剤及びアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ラビリンチュラ類は、海洋に生息する真核性微生物であり、葉緑体を持たず、海洋の有機物を分解、吸収する従属性の単細胞生物である。ラビリンチュラ類は、分類学的には、原生生物に属し、卵菌類などとともにストラメノバイル類と呼ばれる一大系統群を構成している。ラビリンチュラ類は、狭義のラビリンチュラ科とヤブレツボカビ科から構成され、前者はラビリンチュラ属1属、後者はオーランチオキトリウム属、スラウストキトリウム属、パエリティキトリウム属等の11属に分類されている。
【0003】
ラビリンチュラ類は、DHA等の高度不飽和脂肪酸、パルミチン酸等の飽和脂肪酸、スクアレン等の炭化水素、スフィンゴ脂質等の脂質の生産力に優れ、それらを細胞内の油球(油滴)に大量に蓄積することができる。そのため、医薬品、機能性食品、バイオエネルギーの生産源として産業的にも深い関心が寄せられている(特許文献1)。
【0004】
例えば、ラビリンチュラ類の1種であるオーランチオキトリウムは、石油を作る藻として注目されており、青魚から工業的に生産されているn-3高度不飽和脂肪酸の代替生産源としても開発が進められている。
【0005】
ラビリンチュラ類に含まれる糖脂質として、ステロールにグルコースが結合したステリルグルコシド(SG)が同定されている。例えば、沖縄県波照間島の沿岸海水から分離したA. limacinum mh0186株において、ステリルグルコシドとして4つの物質が同定されている。具体的には、GL-A(3-O-b-D-glucopyranosyl-stigmasta-5,7,22-triene)とGL-B(3-O-b-D-glucopyranosyl-4-a-methyl-stigmasta-7,22-diene)という2種のステリルグルコシド(SG)が二次元NMRによって構造決定され、更に高速液体クロマトグラフィー-質量分析計(LC-MS)解析によってGL-C(3-O-b-D-glucopyranosyl-stigmasta-7,22-diene)とコレステリルグルコシド(CG)の存在が示されている(
図1)。
【0006】
ステリルグルコシド(ステロール配糖体)やアシルステリルグルコシド(ステロール配糖体エステル)は、天然油脂成分として油脂中に含有されており、その用途として、例えば、発毛・育毛(特許文献2)、血中脂質の低下(特許文献3)、肥満予防(特許文献4)などの種々の用途が報告されている。
【0007】
ステリルグルコシドやアシルステリルグルコシドは、需要が高い有用成分であるが、自然界では希少であり、その供給源は限られている。また、従来、ラビリンチュラ類にアシルステリルグルコシドが含まれることは知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2010-200690号公報
【文献】特開平7-101835号公報
【文献】特開平7-118159号公報
【文献】特開平7-107939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、ラビリンチュラ類を原料として用いる新奇アシルステリルグルコシドの製造方法を提供することにある。
また、本発明の別の目的は、ラビリンチュラ類由来のアシルステリルグルコシドを含有する食品組成物、医薬組成物、化粧料組成物などの組成物を提供することにある。
また、本発明の更に別の目的は、ラビリンチュラ類由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有する抗酸化剤、血中脂質低下剤、抗肥満剤、抗腫瘍剤及びアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、ラビリンチュラ類にステリルグルコシド以外に、構造未知の糖脂質が含まれることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
従って、前記課題は、本発明によれば、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表されるアシルステリルグルコシドにより解決される。
【化1】
【化2】
【化3】
【0012】
また、前記課題は、本発明によれば、ラビリンチュラを用意するラビリンチュラ用意工程と、前記ラビリンチュラからアシルステリルグルコシドを含有するアシルステリルグルコシド画分を分離する分離工程と、前記分離工程で分離した前記アシルステリルグルコシド画分から前記アシルステリルグルコシドを精製する精製工程と、を行うことを特徴とするアシルステリルグルコシドの製造方法により解決される
。
このとき、前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であるであるとよい。
【化4】
【化5】
【化6】
【0013】
また、前記課題は、本発明によれば、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを含有し、食品組成物、医薬組成物、化粧料組成物から選択される組成物により解決される
。
このとき、前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であるとよい。
【化7】
【化8】
【化9】
【0014】
このとき、前記組成物が、食品組成物であるとよい。
このとき、前記組成物が、医薬組成物であるとよい。
このとき、前記組成物が、化粧料組成物であるとよい。
【0015】
また、前記課題は、本発明の抗酸化剤によれば、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であることにより解決される
。
また、前記課題は、本発明の血中脂質低下剤によれば、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であることにより解決される。
また、前記課題は、本発明の抗肥満剤によれば、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であることにより解決される。
また、前記課題は、本発明の抗腫瘍剤によれば、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であることにより解決される。
また、前記課題は、本発明のアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤によれば、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有
し、前記アシルステリルグルコシドは、下記構造式(I)、構造式(II)又は構造式(III)で表される1種以上であることにより解決される。
【化10】
【化11】
【化12】
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、新奇なアシルステリルグルコシドを提供することができる。
本発明のアシルステリルグルコシドの製造方法によれば、大量培養が可能な藻類バイオマスであるラビリンチュラ類を利用して、有用物質であるアシルステリルグルコシドを製造することが可能となる。
また、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを食品組成物、医薬組成物、化粧料組成物などの組成物として利用することが可能である。
また、本発明によれば、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有する抗酸化剤、発毛又は育毛剤、血中脂質低下剤、抗肥満剤、抗腫瘍剤やアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】A. limacinum mh0186株に含まれるステリルグルコシドを示す図である。
【
図2】本実施形態のアシルステリルグルコシドの製造方法を示すフロー図である。
【
図3】試験1における薄層クロマトグラフィー(TLC)の結果を示す写真である。未知糖脂質を矢印で示す。標品にはシトステリルグルコシド、アシルステリルグルコシドを使用し、1レーンに2mgの乾燥細胞から抽出した脂質を供試した。展開溶媒にはクロロホルム/メタノール/水=65/25/4を用い、オルシノール硫酸でバンドを検出した。
【
図4A】試験2における高速液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)の結果である。
【
図4B】試験2において特定されたアシルステリルグルコシドの構造を示す図である(DHA-GL-A、構造式(I))。
【
図5A】試験2における高速液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)の結果である。
【
図5B】試験2において特定されたアシルステリルグルコシドの構造を示す図である(DHA-CG、構造式(II))。
【
図6】試験3においてアシルステリルグルコシド(ASG)に結合している脂肪酸の組成をガスクロマトグラフィー(GC)で解析した結果を示すグラフである。
【
図7】試験4においてアシルステリルグルコシド(ASG)におけるステリルグルコシド(SG)と脂肪酸の組み合わせを高速液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)で解析した結果を示すグラフである。
【
図8】試験5で行った結合解析(弱アルアリ分解とβグルコシダーゼ(EGCrP2)処理)の流れを示す説明図である。
【
図9】試験5におけるASGの脂肪酸と糖の結合解析の結果を示す薄層クロマトグラフィー(TLC)の写真である。
【
図10】試験6におけるA.limacinum mh0186の細胞の増殖曲線を示すグラフである。
【
図11】試験6における培養液に含まれるグルコース濃度の経時変化を示すグラフである。
【
図12】試験6において検討を行ったA.limacinum mh0186の細胞に含まれるステリルグルコシド(SG)量の経時変化を示すグラフである。
【
図13】試験6において検討を行ったA.limacinum mh0186の細胞に含まれるアシルステリルグルコシド(ASG)量の経時変化を示すグラフである。
【
図14】推定されるASG合成過程を示す説明図である。(a)仮説1:TGリパーゼが脂肪酸をSGに転移する。(b)仮説2:ホスホリパーゼが脂肪酸をSGに転移する。
【
図15】オレイン酸添加によるSGとASG量の変化。(a)EG(エルゴステリルグルコシド)の量、(b)AEG(アシルエルゴステリルグルコシド)の量、(c)総AEG量。Mean±SE(n=3)、n.dはnot detectedを意味する。
【
図16】試験1乃至6から同定されたラビリンチュラに含まれる新奇なアシルステリルグルコシド(ASG)の構造の説明図である。
【
図17】ラビリンチュラにおいてアシルステリルグルコシド(ASG)、中性脂質、リン脂質がDHA蓄積のリザーバーとして働いていることを示す図である。
【
図18】試験8で測定を行った薄層クロマトグラフィー(TLC)の結果を示す写真である。
【
図19】試験8で測定を行った高速液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)の結果を示すグラフであるである。
【
図20】試験9で検討を行ったDHA-SGとDHAの酸化測定の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態(本実施形態)について、
図1乃至20を参照しながら説明する。
本実施形態は、アシルステリルグルコシド、アシルステリルグルコシドの製造方法、組成物、抗酸化剤、発毛又は育毛剤、血中脂質低下剤、抗肥満剤、抗腫瘍剤及びアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤に関するものである。
【0019】
本明細書において用いる略語は、以下のとおりである。
ASG:アシルステリルグルコシド(acyl steryl gluoside)
DCW:乾燥細胞重量(dry cell weight)
DHA:ドコサヘキサエン酸(docosahexaenoic acid)
EG:エルゴステリルグルコシド(ergosteryl glucoside)
LC-MS:液体クロマトグラフィー-質量分析(liquid chromatography mass spectrometry)
LPC:リゾフォスファチジルコリン(lysophosphatidyl choline)
LPE:リゾフォスファチジルエタノールアミン(lysophosphatidyl ethanolamine)
PC:フォスファチジルコリン(phosphatidyl choline)
PE:フォスファチジルエタノールアミン(phosphatidyl ethanolamine)
SE:ステロールエステル(sterol ester)
SG:ステリルグルコシド(steryl glucoside)
TG:トリアシルグリセロール(triacylglycerol)
TLC:薄層クロマトグラフィー(thin layer chromatography)
【0020】
<ラビリンチュラ>
本実施形態のアシルステリルグルコシドは、海洋性真核微生物であるラビリンチュラ類を培養し分離、精製することにより得ることができる。
本実施形態において、「ラビリンチュラ」とは、動物学や植物学の分類でラビリンチュラ類に分類される微生物、その変種、その変異種のすべてを含む。
【0021】
ラビリンチュラ類としては、ラビリンチュラ属(Labyrinthula)、アルトルニア属(Althornia)、アプラノキトリウム属(Aplanochytrium)、イァポノキトリウム属(Japonochytrium)、ラビリンチュロイデス属(Labyrinthuloides)、シゾキトリウム属(Schizochytrium)、ヤブレツボカビ属(Thraustochytrium)、オブロンギチトリウム属(Oblongichytrium)、パリエチキトリウム属(Parietichytrium)、又はウルケニア属(Ulkenia)、オーランチオキトリウム属(Aurantiochytrium)が挙げられ、好ましくはオーランチオキトリウム属に属する微生物であり、特に好ましくはオーランチオキトリウム・リマシナム(Aurantiochytrium limacinum)が挙げられる。これらは保存機関から分譲された菌株、あるいはその継代培養菌株であってもよく、例えば、A.limacinum mh0186株が例示される。
【0022】
ラビリンチュラ類A.limacinum mh0186株(受託番号FERM P-19755)、は、沖縄県波照間島沿岸で単離され、培養温度が10~35℃と幅広い温度で生育可能であるため、本実施形態のアシルステリルグルコシドの製造方法に好適に用いることができる。
【0023】
ラビリンチュラ類は、海洋、特に沿岸域の海水域や、河口などの汽水域に広く分布しており、これらから分離して使用しても良く、また、既に単離されている任意のラビリンチュラ類を使用してもよい。
ラビリンチュラ類は、その全ての変異株を包含する。また、これらの変異株の中には、遺伝的方法、たとえば組換え、形質導入、形質転換等により得られたものも含有される。
【0024】
ラビリンチュラ類の培養は、通常用いられる固体培地あるいは液体培地等で、常法により培養する。この時、用いられる培地としては、例えば炭素源としてグルコース、フルクトース、サッカロース、デンプン、グリセリン等、また窒素源として酵母エキス、コーンスティープリカー、ポリペプトン、グルタミン酸ナトリウム、尿素、酢酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム等、また無機塩としてリン酸カリウム等、その他必要な成分を適宜組み合わせた培地であり、ラビリンチュラ類を培養するために通常用いられるものであれば特に限定されないが、特に好ましくは酵母エキス・グルコース培地(GY培地)が用いられる。培地は調製後、pHを3.0~8.0の範囲内に調整した後、オートクレーブ等により殺菌して用いる。培養は、10~40℃、好ましくは15~35℃にて、1~14日間、通気撹拌培養、振とう培養、あるいは静置培養で行えば良い。
【0025】
ラビリンチュラ類の培養は、光を照射することなく行うことができるが、太陽光を直接利用するオープンポンド方式、集光装置で集光した太陽光を光ファイバー等で送り、培養槽で照射させ光合成に利用する集光方式等により行っても良い。
また、ラビリンチュラ類の培養は、例えば供給バッチ法を用いて行われ得るが、フラスコ培養や発酵槽を用いた培養、回分培養法、半回分培養法(流加培養法)、連続培養法(灌流培養法)等、いずれの液体培養法により行っても良い。
ラビリンチュラ類の分離は、例えば培養液の遠心分離,濾過又は単純な沈降によって行われる。
【0026】
<ステリルグルコシド及びアシルステリルグルコシド>
(ステリルグルコシド)
ステリルグルコシド(SG)は、糖脂質の1種であり、ステロール骨格にグルコースがα-又はβ-グルコシド結合した構造をとる。ステリルグルコシドは細胞分化やストレス応答における脂質性メディエーターとして機能する可能性が示唆されている。また、ステリルグルコシドは、例えば、ウイルス感染及び細菌感染の治療剤、発毛剤、育毛剤、血中脂質低下剤、抗肥満剤、抗ストレス剤、栄養成分吸収促進剤などの有効成分として知られている。
【0027】
(アシルステリルグルコシド)
アシルステリルグルコシド(ASG)とは、ステリルグルコシド(SG)に脂肪酸がエステル結合した物質の総称である。
ここで、本実施形態のアシルステリルグルコシドは、ステリルグルコシド(SG)にドコサヘキサエン酸(DHA)やパルミチン酸がエステル結合している。
【0028】
本実施形態のアシルステリルグルコシドは、ステリルグルコシド(SG)にDHAがエステル結合した下記構造式(I)(DHA-GL-A)、構造式(II)(DHA-CG)又は構造式(III)(DHA-GL-C)で表されるものである。
【化10】
【化11】
【化12】
【0029】
アシルステリルグルコシド(ASG)の機能性として、ヒト乳がん細胞株(MCF7)をステリルグルコシド(SG)よりも良く殺すこと(Wimmerova et al, Improved enzyme-mediated synthesis and supramolecular self-assembly of naturally occurring conjugates of β-sitosterol, Steroids 117 (2017) 38-43)、上昇したLDLコレステロールを減少させること(Ito et al, Rice bran extract containing acylated steryl glucoside fraction decreases elevated blood LDL cholesterol level in obese Japanese men, The Journal of Medical Investigation, 62 (2015) 80-84)、アテローム性動脈硬化症リスクを低減させること(Nhung et al, Rice Bran Extract Reduces the Risk of Atherosclerosis in Post-Menopausal Vietnamese Women., Journal of Nutritional Science and Vitaminology, 62 (2016) 295-302)などが報告されている。
【0030】
<アシルステリルグルコシドの製造方法>
本実施形態のアシルステリルグルコシドの製造方法は、ラビリンチュラを用意するラビリンチュラ用意工程と、前記ラビリンチュラからアシルステリルグルコシドを含有するアシルステリルグルコシド画分を分離する分離工程と、前記分離工程で分離した前記アシルステリルグルコシド画分から前記アシルステリルグルコシドを精製する精製工程と、を行うことを特徴とする。
以下、各工程について、
図2を参照して詳細に説明する。
【0031】
(ラビリンチュラ用意工程)
ラビリンチュラ用意工程では、アシルステリルグルコシドの原料となるラビリンチュラ類を用意する(ステップS1)。
原料となるラビリンチュラとしては、アシルステリルグルコシドの分離・精製の観点からラビリンチュラ細胞の乾燥品を用いることが好ましいが、これに限定されるものではない。本実施形態において、ラビリンチュラ生細胞を凍結乾燥処理やスプレー乾燥処理して得たラビリンチュラの乾燥体を原料として用いると好適である。
【0032】
また、培養後に、遠心分離,濾過又は沈降等によって回収したラビリンチュラ生細胞を原料とすることもできる。ラビリンチュラ生細胞は、培養槽から収穫後そのままの状態で使用することもできるが、水若しくは生理食塩水で洗浄するのが好ましい。また、ラビリンチュラ藻体が培養液や水などの液体に分散した分散液の状態で用いてもよい。
更に、ラビリンチュラ細胞を超音波照射処理や、ホモゲナイズ等の機械処理を行うことにより得た藻体の機械的処理物を原料としてもよい。また、機械的処理物に乾燥処理を施した機械的処理物乾燥物を原料としてもよい。
【0033】
(分離工程)
分離工程では、ラビリンチュラ用意工程で用意したラビリンチュラからアシルステリルグルコシドを含有するアシルステリルグルコシド画分を分離する(ステップS2)。
アシルステリルグルコシド画分を分離することができれば、分離(分画)の方法は特に限定されるものではないが、例えば、適当な分離手段(例えば、分配抽出、ゲル濾過法、シリカゲルクロマト法、逆相若しくは順相の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)など)によりアシルステリルグルコシド含有量の高い画分を分画して得る方法や、粉砕されたラビリンチュラ及びアシルステリルグルコシドを含む抽出物の抽出混合物をろ過し、抽出液と残渣に分離し、抽出液を濃縮して液体クロマトググラフィーにより分画する方法が挙げられる。
【0034】
ラビリンチュラ用意工程で、培養したラビリンチュラを含む培養液を用意した場合、培養液の遠心分離または単純な沈降、膜濾過等の公知の方法によってラビリンチュラ藻体を回収して、ラビリンチュラ藻体を洗浄後、公知の乾燥方法(真空凍結乾燥、噴霧乾燥、加熱真空乾燥等)で乾燥することによりラビリンチュラの藻体乾燥物を分離工程で用いてもよい。
【0035】
また、ラビリンチュラ用意工程で用意したラビリンチュラを、超音波破砕機等の公知の粉砕方法で粉砕してもよい。
【0036】
分離工程で用いる抽出溶媒は、アシルステリルグルコシドを抽出することができ、その後の精製が容易に行える溶媒であれば特に限定はされないが、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、プロピレングリコール、ブチレングリコール等のアルコール類、酢酸メチル、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、トルエン、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン等を単独あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
特に、クロロホルム/メタノール混合溶媒を用いてアシルステリルグルコシドを抽出することが好ましい。この時、溶媒の混合比は任意に設定すれば良いが、クロロホルム:メタノール=50vol%:50vol%~90vol%:10vol%の溶媒を用いることが好ましく、クロロホルム:メタノール=60vol%:40vol%~70vol%:30vol%の溶媒を用いることがより好ましく、Folch分配、即ちクロロホルム:メタノール=2:1(体積比)の溶媒を用いることが特に好ましい。
【0037】
(精製工程)
精製工程では、前記分離工程で分離した前記アシルステリルグルコシド画分から前記アシルステリルグルコシドを精製する(ステップS3)。
目的とするアシルステリルグルコシドを精製することができれば、精製の方法は特に限定されるものではないが、例えば、適切な分離カラムや再結晶によってアシルステリルグルコシドを精製する方法が挙げられる。
【0038】
<用途>
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、他のステリルグルコシド(SG)やアシルステリルグルコシド(ASG)と同様に、その機能性を利用して、各種用途に用いることが可能である。
【0039】
(抗酸化剤)
ドコサヘキサエン酸(DHA)等の多価不飽和脂肪酸は、抗酸化作用を有しており、ステリルグルコシド(SG)にドコサヘキサエン酸(DHA)がエステル結合したラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、抗酸化剤として用いることが可能である。
【0040】
(発毛剤、育毛剤)
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、発毛剤や育毛剤として用いることが可能である(特開平7-101835号公報)。
【0041】
(血中脂質低下剤)
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、血中におけるコレステロール、中性脂質、リン脂質などの脂質を低下させるために用いられる血中脂質低下剤として用いることが可能である(特開平7-118159号公報、Ito et al, The Journal of Medical Investigation, 62 (2015) 80-84)。
【0042】
(抗肥満剤)
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、肥満の治療や予防のために用いられる抗肥満剤として用いることが可能である(特開平7-107939号公報)。
【0043】
(抗腫瘍剤)
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、癌細胞を殺す作用を有しており、腫瘍の増殖を抑制して癌を治療するための抗腫瘍剤(抗乳癌剤))として用いることが可能である(Wimmerova et al, Steroids 117 (2017) 38-43)。
【0044】
(アテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤)
ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、アテローム性動脈硬化症リスクを低減させる作用を有しており、アテローム性動脈硬化症を予防又は治療するためのアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤として用いることが可能である(Nhung et al, Journal of Nutritional Science and Vitaminology, 62 (2016) 295-302)。
【0045】
<組成物>
本実施形態に係るラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを有効成分として含有する抗酸化剤、発毛又は育毛剤、血中脂質低下剤、抗肥満剤、抗腫瘍剤及びアテローム性動脈硬化症の予防又は治療剤は、健康食品等の食品組成物、医薬組成物、化粧料組成物として構成されて生体に投与される。
【0046】
(食品組成物)
本実施形態のラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、食品にも用いることが可能である。
本実施形態の食品組成物は、食品の分野では、各種作用を有効に発揮できる有効な量のラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを食品素材として、各種食品に配合することにより、当該作用を有する食品組成物を提供することができる。
また、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドを、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品、病院患者用食品、サプリメント等と組み合わせて食品組成物を提供することも可能である。
当該食品組成物としては、例えば、調味料、畜肉加工品、農産加工品、飲料(清涼飲料、アルコール飲料、炭酸飲料、乳飲料、果汁飲料、茶、コーヒー、栄養ドリンク等)、粉末飲料(粉末ジュース、粉末スープ等)、濃縮飲料、菓子類(キャンディ(のど飴)、クッキー、ビスケット、ガム、グミ、チョコレート等)、パン、シリアル等が挙げられる。また、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品等の場合、カプセル、トローチ、シロップ、顆粒、粉末等の形状であっても良い。
【0047】
ここで特定保健用食品とは、生理学的機能等に影響を与える保健機能成分を含む食品であって、消費者庁長官の許可を得て特定の保健の用途に適する旨を表示可能なものである。
【0048】
また栄養機能食品とは、栄養成分(ビタミン、ミネラル)の補給のために利用される食品であって、栄養成分の機能を表示するものである。栄養機能食品として販売するためには、一日当たりの摂取目安量に含まれる栄養成分量が定められた上限値、下限値の範囲内にある必要があり、栄養機能表示だけでなく注意喚起表示等もする必要がある。
また機能性表示食品とは、事業者の責任において、科学的根拠に基づいた機能性を表示した食品である。販売前に安全性及び機能性の根拠に関する情報などが消費者庁長官へ届け出られたものである。
【0049】
本実施形態に係る食品組成物には、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドに加え、通常食品組成物に用いることができる成分を、1種または2種以上自由に選択して配合することが可能である。例えば、各種調味料、保存剤、乳化剤、安定剤、香料、着色剤、防腐剤、pH調整剤などの、食品分野で通常使用し得る全ての添加剤を含有させることができる。
【0050】
本実施形態に係る食品組成物には、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドに、各種作用があることが知られているその他の物質を1種以上添加することも可能である。
【0051】
(医薬組成物)
本実施形態のラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、医薬組成物として利用することができる。
本実施形態の医薬組成物は、各種作用を有効に発揮できる量のラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドと共に、薬学的に許容される担体や添加剤を配合することにより、当該作用を有する医薬組成物が提供される。当該医薬組成物は、医薬品であっても医薬部外品であってもよい。
当該医薬組成物は、外用的に適用されても、また内用的に適用されても良い。従って、当該医薬組成物は、内服剤、皮下注射、静脈注射、皮内注射、筋肉注射及び/又は腹腔内注射等の注射剤、経粘膜適用剤、経皮適用剤等の製剤形態で使用することができる。
当該医薬組成物の剤型としては、適用の形態により、適当に設定できるが、例えば、液剤、懸濁剤などの液状製剤、軟膏剤、またはゲル剤等の半固形剤、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、粉末剤、散剤などの固形製剤が挙げられる。
【0052】
本実施形態に係る医薬組成物には、薬学的に許容される添加剤を1種または2種以上自由に選択して含有させることができる。
例えば、本実施形態に係る医薬組成物を経口剤に適用させる場合、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、保存剤、着色剤、矯味剤、香料、安定化剤、防腐剤、酸化防止剤等の、医薬製剤の分野で通常使用し得る全ての添加剤を含有させることができる。また、ドラックデリバリーシステム(DDS)を利用して、徐放性製剤等にすることもできる。
【0053】
本実施形態に係る医薬組成物には、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシド以外に、各種作用があることが知られているその他の物質を1種以上添加することも可能である。
【0054】
(化粧料組成物)
本実施形態のラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドは、各種作用を利用して、化粧料組成物に好適に用いることができる。
該化粧料組成物は、あらゆる形態の化粧料に適用することができる。例えば、ローション、乳液、クリーム、美容液などのスキンケア化粧料、ファンデーション、コンシーラー、化粧下地、口紅、頬紅、アイシャドウ、アイライナーなどのメイクアップ化粧料、日焼け止め化粧料などに適用することができる。
【0055】
本実施形態に係る化粧料組成物には、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドに加え、通常化粧料組成物に用いることができる成分を、1種または2種以上自由に選択して配合することが可能である。
例えば、基材、保存剤、乳化剤、着色剤、防腐剤、界面活性剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、保湿剤、紫外線吸収剤、香料、防腐防黴剤、体質顔料、着色顔料、アルコール、水などの、化粧品分野で通常使用し得る全ての添加剤を含有させることができる。
【0056】
本実施形態に係る化粧料組成物において、ラビリンチュラ由来のアシルステリルグルコシドの含有量は特に限定されず、目的に応じて自由に設定することが可能である。
【実施例】
【0057】
以下、具体的実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
以下の実施例ではラビリンチュラ類であるAurantiochytrium limacinum mh0186株の総脂質画分から、Sep-pak plus silicaカラムを用いて未知糖脂質を単離し、質量分析計、弱アルカリ分解、βグルコシダーゼ処理により構造を解析した。また、糖脂質は液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)で定量した。
【0058】
<材料>
SGとASGはMatreya LCCから購入した。TG(12:0/12:0/12:0)、PC(11:0/11:0)、LPC(13:0)、PE(12:0/12:0)、LPE(13:0)、SE(16:0-d7 cholesterol)、d7 cholesterolはAvanti Polar Lipidsから購入した。人工海水(SEALIFE)は日本海水から購入した。LC-MS解析に用いた有機溶媒は和光純薬から購入した。
【0059】
<試験1 未知糖脂質の単離・精製>
(A. limacinum mh0186 の培養)
ラビリンチュラとして、A. limacinum mh0186株を用いた。3mlの0.1% vitamin mixture、0.2% element solution含有GY培地(3.1%(w/v)D-glucose、1.0%(w/v)Yeast Extract、1.75%(w/v) SEALIFE)で前培養した細胞のうち100μlを、100mlのGY培地(300ml容三角フラスコ、0.1% vitamin mixture、0.2% element solution含有)に加えて3日間振とう培養した(150 rpm、25℃)。ここで、vitamin mixtureの組成は、0.2% (w/v) vitamin B1、0.001% (w/v) vitamin B2、0.001% (w/v) vitamin B12である。element solutionの組成は、3% (w/v) EDTA do-sodium、0.145% (w/v) FeCl3・6H2O、3.42% (w/v) H3BO3、0.43% (w/v) MnCl2・4H2O、0.1355% (w/v) ZnSO4・7H2O、0.013% (w/v) CoCl2・6H2O、0.01% (w/v) CuSO4・5H2Oである。
【0060】
(脂質抽出)
3日間培養した100mlの培養液を遠心分離(4℃、3,000×g,5min)して上清を除去した。1.75% SEA LIFEで洗浄後再度遠心分離して細胞を回収し、凍結乾燥により乾燥細胞を得た。得た乾燥細胞の重量を測定し、等量の水と200倍量のchloroform(C)/methanol(M)=2/1を加えて超音波で脂質を抽出した。濃縮乾固し、C/M/water(W)=8/4/3を加えて遠心分離(600×g,5min)し、下層を回収、乾固したものを総脂質とした。
【0061】
(未知糖脂質の単離・精製)
Sep-Pak plus silica cartridge(Waters社製)にメタノール、アセトン、クロロホルムを順に流してコンディショニングした。回収した総脂質を3mlのクロロホルムに溶解し、全量をSep-Pak plus silicaカラムへ供試した。10mlのクロロホルムによって中性脂質を溶出した後、C/acetone(A)=80:20(vol%)で溶出した。
【0062】
(薄層クロマトグラフィー(TLC)解析)
Sep-Pak plus silicaカラムで分取した溶出液を乾固した後、C/M=2/1に溶解して、2mg DCW分の脂質をTLCプレート(TLC Silica Gel 60, Merck)に負荷した。
C/M/W=65/25/4(v/v/v)を展開溶媒とし、オルシノール硫酸(0.2%オルシノール、11.4%硫酸)で発色した。
【0063】
(試験1の結果)
A. limacinum mh0186の総脂質をTLCで検出すると、未知糖脂質のバンドは中性脂質のバンドと非常に移動度が近く、中性脂質が多すぎるために、バンドが見えなくなった。そのためSep-Pak plus silicaカラムを用いて、A. limacinum mh0186の総脂質から中性脂質、糖脂質、リン脂質を分離した。その結果、SGと共にアセトン画分で検出された。次にSep-Pak plus silicaカラムを用いてSGを含まない未知糖脂質の単離方法を検討した結果、クロロホルム/アセトン=80/20で溶出すると未知糖脂質が単離できた(
図3)。また、このバンドは標品のASGのRf値と一致していた。
【0064】
<試験2 未知糖脂質のLC-MS解析>
(未知糖脂質のシリカからの掻き取り)
未知糖脂質をTLCプレートにアプライ(2mg DCW分×7レーン)し、試験1と同様の条件で展開、バンドを検出した。検出したバンドをスパチュラーで掻き取った。
【0065】
(スピンカラムを用いたシリカの除去)
掻き取ったシリカに C/M/W=65/25/4(v/v/v)を加えて超音波処理によって脂質を抽出した。遠心分離(600×g、5min)した後、上清を回収して乾固した。400μlのC/M=1/2と800μlのM/0.45% NaCl=1/1を加えて懸濁し、MonoSpin C18 FF(GL Sciences社製)に供試した。遠心分離(1,000×g、1min)して廃液を除去し、この操作を3回行った。カラムに200 μlの超純水を添加して遠心分離(1,000×g、1min)し、廃液を除去した。カラムに100μlのメタノールを添加して遠心分離(1,000×g、1min)し、溶出液を得た。
【0066】
(LC-MS解析)
未知糖脂質はLC-MS(3200 Q TRAP、AB SCIEX社製)によって構造を解析した。流速200μl/minで流し、カラムにInertSustain C18(2.1×150mm、5μl、GL Science社製)を用いてリン脂質、中性脂質と糖脂質を分離した。溶離液はA (Acetonitrile/Methanol/H2O=19/19/2(v/v/v)、0.1% Formic acid、0.028% Ammonia)とbuffer B(IPA、0.1% Formic acid、0.028% Ammonia)を使用した。クラジエント条件は、3分間3%Bの後、21分間かけて40%B、1分間で70%Bにして、70%Bを7分間維持し、最後に3%Bに戻して7分間維持した。A:100%、B:0%(3min)→A:60%、B:40%(21min)→A:30%、B:70%(1min)→A:30%、B:70%(7min)に設定した。
【0067】
(試験2の結果)
結果を
図4A及び
図5Aに示す。未知糖脂質は、どちらもステロール骨格部分の質量数と一致する値が検出された。更にMS/MS/MS解析した結果、それぞれのステロール骨格に特徴的な部分の質量数と一致する値が検出された。これらの結果から、A. limacinum mh0186にはGL-A(3-O-b-D-glucopyranosyl-stigmasta-5,7,22-triene)やCG(コレステリルグルコシド)にDHAが付加したアシルステリルグルコシド(ASG)が存在することが明らかになった(
図4B、
図5B)。具体的には、GL-AにDHAが付加したDHA-GL-A(
図4B、構造式(I))と、CGにDHAが付加したDHA-CG(
図5B、構造式(II))が存在することがわかった。
【0068】
<試験3 ASGの脂肪酸のガスクロマトグラフィー(GC)解析>
アシルステリルグルコシド(ASG)に結合している脂肪酸の組成をガスクロマトグラフィー(GC)で解析した。
【0069】
(試験3の結果)
結果を
図6に示す。未知糖脂質には、DHA(C22:6)やパルミチン酸(C16:0)が多く存在することがわかった。
【0070】
<試験4 ASGの分子種解析>
アシルステリルグルコシド(ASG)におけるステリルグルコシド(SG)と脂肪酸の組み合わせをLC-MSで解析した。
【0071】
(試験4の結果)
結果を
図7に示す。DHAが付加したASGが最も多く特に、DHA-CG(
図5B)、DHA-GL-A(
図4B)が多く存在していた。また、DHA-GL-C(構造式(III))も存在していた。なお、SGはGL-A、GL-B、GL-C、CGの順に多く存在していた。
DHAが付加したアシルステリルグルコシド(ASG)は、これまでに報告のない新奇な構造であった。
【0072】
<試験5 ASGの脂肪酸と糖の結合解析>
LC-MSの解析結果より、未知糖脂質はSGに脂肪酸が結合したアシルステリルグルコシド(ASG)であると考えられた。植物ではASGはグルコース6位の炭素に脂肪酸がエステル結合した構造が報告されている。そこで、A. limacinum mh0186のASGも同様にSGに脂肪酸がエステル結合した構造であるかどうかを明らかにするために弱アルカリ分解とβグルコシダーゼ(EGCrP2)で処理をした(
図8)。
【0073】
(弱アルカリ分解)
精製した未知糖脂質(4mg凍結乾燥細胞重量)に90μlのC/M=1/2と10μlのNaOHを加え、37℃でインキュベートした。2時間後、常温に戻して6μlのメタノールで10倍希釈した酢酸を加えて中和した後窒素乾固した。
【0074】
(未知糖脂質の精製)
乾固した反応後の未知糖脂質を、200μlのC/M=1/2に溶解し、試験2と同様の方法で脱塩した。抽出液を窒素乾固した。
【0075】
(βグルコシダーゼ処理)
弱アルカリ分解した未知糖脂質に、全量20μlになるように50mMのAcetate buffer(pH5.0)、0.025% Sodium Cholateと500ngのリコンビナントEGCrP2を加えて、37℃で24時間反応させた。ネガティブコントロールとして、煮沸したEGCrP2を加えたものも用意し、同様の条件で反応させた。反応終了後、蒸発乾固した。
【0076】
(TLC解析)
乾固した脂質を、5μlのC/M=2/1に溶解して、全量をTLCプレートにアプライした。C/M/W=65/25/4を展開溶媒として展開し、オルシノール硫酸で発色した。
【0077】
(試験5の結果)
弱アルカリ分解とβグルコシダーゼ処理の結果、未知糖脂質はEGCrP2に耐性であるが、弱アルカリ分解することで、EGCrP2によって分解された(
図9)。本試験の結果から、未知糖脂質がステリルグルコシド(SG)に脂肪酸がエステル結合したアシルステリルグルコシド(ASG)であることが分かった。
【0078】
<試験6 培養時期におけるSG・ASG量の比較>
試験6では、A. limacinum mh0186の培養時期におけるSGとASG量の変化をLC-MSで解析した。
【0079】
(A. limacinum mh0186 の培養と増殖曲線の作製)
3mlのGY培地(0.1% vitamin mixture、0.2% element solution)で前培養した細胞を、初期濃度がOD600=0.02となるように100mlのGY培地(300ml容三角フラスコ、0.1% vitamin mixture、0.2% element solution含有)に加えて振とう培養した(150rpm、25℃)。24時間毎にOD600を測定した。
【0080】
(グルコース濃度の測定)
1mlの培養液を24時間毎に回収し、遠心分離(4℃、3,000× g、5 min)して上清を回収した。超純水で、培養1日目の上清を100倍、2日目、3日目の上清を50倍、4日目の上清を10倍、5~9日目の上清を5 倍に希釈した。また、検量線作成のためにグルコース標準液(200 mg/dL)の2倍希釈系列を作製し、10μlずつ分注した。
96穴プレートの各ウェルに、10μlの希釈済み培養液と発色試薬(グルコースCIIテスト、Wako)を加え、室温で15分間インキュベートした後、MULTISKAN FC(Thermo SCIENTIFIC社製)でOD492を測定した。
【0081】
(細胞の回収と脂質抽出)
1mlの培養培地を24時間毎に回収し、遠心分離(4℃、3,000×g、5min)して上清を除去した。1.75% SEALIFEで洗浄後、凍結乾燥細胞を得た。4mgの乾燥細胞を測り取り、300μlのインターナルスタンダード(20 μM EG, 10μM ASG(18:0-sitosteryl glucoside)、TG(12:0/12:0/12:0)、PC(11:0/11:0)、LPC(13:0)、PE(12:0/12:0)、LPE(13:0)、SE(16:0-d7 cholesterol)、d7 cholesterol)含有C/M=2/1を加え、10分間超音波で脂質を抽出した。遠心分離(4℃、15,000rpm、5 min)し、上清を回収した後、75μlの超純水を加えて遠心分離(4℃、15,000rpm、5 min)し、下層を回収した。
【0082】
(LC-MS解析)
回収した下層のうち100μlを、900μlの2-プロパノールを入れたオートサンプラーバイアルに加え、5μlをLC-MSに供試した。LC-MS条件は試験2と同様である。
【0083】
(試験6の結果)
結果を
図10乃至13に示す。
図10は細胞の増殖曲線であり、
図11は培養液に含まれるグルコース濃度の経時変化、
図12はステリルグルコシド(SG)量の経時変化、
図13はアシルステリルグルコシド(ASG)量の経時変化を示す。
【0084】
アシルステリルグルコシド(ASG)は対数増殖期に増加し、定常期以降で減少したが、ステリルグルコシド(SG)は定常期以降に増加傾向にあった。
これらの結果から、炭素源が十分にある時にはDHAはSGに結合して体内に蓄積されるが、グルコースが枯渇して栄養がなくなると、SGに結合していたDHAが遊離し、エネルギー源となることが考えられた。したがって、アシルステリルグルコシド(ASG)がステリルグルコシド(SG)のリザーバーとして働いている可能性が示唆された。
【0085】
<試験7 出芽酵母におけるASG合成酵素の探索>
ASG合成酵素に関して、TGリパーゼが脂肪酸をSGに転移する(仮説1、
図14(a))、またはホスホリパーゼが脂肪酸をSGに転移する(仮説2、
図14(b))、という2つの仮説を考えた。2つの仮説のうち仮説1を、出芽酵母を用いて検証した。
【0086】
(出芽酵母におけるオレイン酸添加によるSGとASG量の比較)
出芽酵母は、培地にオレイン酸を添加することで大きな油滴を作る。そこで、培地にオレイン酸を添加し、大きな油滴を作らせることによって出芽酵母の持つTG量を増加させ、SGとASG量の変化をLC-MSで解析した。また、出芽酵母野生株はSGをほとんど持っていないため、本試験では、出芽酵母の主要ステロールであるエルゴステロールにUDP-GlcからGlcを転移し、エルゴステリルグルコシド(EG)を合成するUgt51を過剰発現させたEG過剰蓄積株を用いた。
(出芽酵母UGT51OE/egh1KO株の培養)
UGT51OE/egh1KO株を用い、3mlのYPD培地(2.0% (w/v) D-glucose、1.0% (w/v) Polypeptone、1.0%(w/v) Yeast Extract)で前培養した細胞を、初期濃度OD600=0.2となるように3mlのYPD培地に加えた。YPD培地に、エタノールに溶解した3μlの1μg/μlオレイン酸を添加し、24時間振とう培養した(150 rpm、30℃)。ネガティブコントロールとして3μlのエタノールのみを添加したものも用意し、同様の条件で培養した。
【0087】
(細胞の回収と脂質抽出)
24時間培養した3mlの培養培地を遠心分離(4℃、3,000×g、5 min)して上清を除去した。PBS溶液で洗浄後、再度遠心して細胞を回収し、凍結乾燥により乾燥細胞を得た。4mgの乾燥細胞を測り取り、300μlのインターナルスタンダード(20μM CG、10μM ASG(18:0-sitosteryl glucoside)、TG(12:0/12:0/12:0)、PC(11:0/11:0)、LPC(13:0)、PE(12:0/12:0)、LPE(13:0)、SE(16:0-d7 cholesterol)、d7 cholesterol)含有C/M=2/1を加え、10分間超音波で破砕した。遠心分離(
4℃、15,000rpm、5 min)して上清を回収した。75μlの超純水を加えて遠心分離(4℃、15,000rpm、5min)し、下層を回収した。
【0088】
(LC-MS解析によるSG・ASG量の測定)
回収した全量の下層をオートサンプラーバイアルに入れ、5μlをLC-MSに供試した。LC-MS条件は試験2と同様である。
【0089】
(TGリパーゼ(tgl3, 4, 5)欠損株のSG・ASG量の測定)
TGリパーゼ(tgl3、tgl4、tgl5)欠損株を用いた。3mlのYPD培地で前培養した細胞を、初期濃度OD600=0.02となるように3mlのYPD培地に加え、24時間振とう培養した(150rpm、30℃)。前述の方法で脂質抽出をしてLC-MSによってSG・ASGの含有量を解析した。
【0090】
(TGリパーゼ欠損株におけるAEG量解析)
TGリパーゼがAEG合成酵素であれば、TGリパーゼを欠損することでAEG量が減少すると考えた。そこで、出芽酵母は主要なTGリパーゼとして Tgl3, Tgl4,Tgl5を持つので、tgl3、tgl4、tgl5欠損株における ASG 量を測定した。
【0091】
(試験7の結果)
結果を
図15に示す。LC-MS解析の結果、EGと、EGに脂肪酸が付加したアシルEG(AEG)は野生株では検出されなかったが、EG過剰蓄積株ではEGとAEGが共に検出された(
図15(a))。AEGの脂肪酸の種類は、16:0、16:1、18:0、18:1であった(
図15(b))。また、EG過剰蓄積株では、オレイン酸の有無によってEGはほとんど変化しなかったが(
図15(a))、AEGはオレイン酸添加によって増加傾向にあった(
図15(b))。これらの結果より、出芽酵母においてTGの量が増えることがAEG量の増加と関係していること、また、出芽酵母がAEG合成酵素を持っていることが示唆された。
【0092】
また、LC-MS解析の結果、tgl3、tgl4、tgl5を欠損するとAEG量は減少傾向にあった(
図15(c))。この結果はTGリパーゼが脂肪酸をSGに転移するという仮説1を支持していた。
【0093】
<試験1~7のまとめ>
(1.未知糖脂質の構造決定)
未知糖脂質は、クロロホルム:アセトン=80:20で溶出した。
未知糖脂質をLC-MS、弱アルカリ分解、βグルコシダーゼ処理で解析した結果、未知糖脂質はステリルグルコシド(SG)のグルコースにDHAかパルミチン酸などの脂肪酸がエステル結合したアシルステリルグルコシド(ASG)であった。
DHAがステリルグルコシド(SG)に付加したアシルステリルグルコシド(ASG)は新奇な構造であった(
図16)。
【0094】
(2.培養時期におけるSG・ASG量の比較)
アシルステリルグルコシド(ASG)は対数増殖期に増加し定常期以降で減少した。一方、ステリルグルコシド(SG)はグルコース枯渇後、増加傾向にあった。
アシルステリルグルコシド(ASG)が中性脂質やリン脂質と同様に、DHA蓄積のリザーバーとして働いている可能性が示唆された(
図17)。
【0095】
<試験の考察>
ラビリンチュラ類の糖脂質に関して、SGについては構造決定と生物機能の解明が進んでいる。しかし、ラビリンチュラ類にはSGとは別に、構造の不明な未知糖脂質が存在しており、本研究ではこの未知糖脂質の構造決定と合成酵素の解明を目的とした。
【0096】
未知糖脂質の構造決定の結果、未知糖脂質はDHAやパルミチン酸がSGに付加したASGであった(
図4B、
図5B、
図6、
図7)。ASGはこれまでラビリンチュラ類において報告はなく、またDHAの付加した構造はこれまでに他生物においても報告のない新奇な構造であった。
【0097】
ラビリンチュラ類はDHAなどの高度不飽和脂肪酸をTGやSEとして油滴に蓄積する特徴がある。本試験において培養時期におけるSGとASG量を測定した結果、SG量は培養時期による変化がほとんど見られなかったのに対し、ASGは対数増殖期に増加し、定常期に入った後に減少していた(
図12、
図13)。このことから、ASGがTGやSEと同様にDHAのリザーバーとして働いている可能性がある。
【0098】
DHAには抗炎症効果などがあることが知られているが、米ぬか抽出油に含まれるASGには、上昇した血中LDL-コレステロールを低下させる役割があることが報告されていることから、DHAが結合したASGはDHAの機能性だけでなくASGとしての機能性の両方を生かして、健康食品やサプリメントとしてヒトに応用可能である。
【0099】
ラビリンチュラ類のSGは少なくとも4種類存在する(
図1)。これまで、真菌類やヒト線維芽細胞でSGは、熱ストレスで増加することが報告されている。ラビリンチュラ類においてもSGが熱ストレスによって増加することから、ラビリンチュラ類の持つ環境適応機構の発達にSGが重要な役割を持つことが示唆されており、ASGも同様に環境適応機構に関連した機能を持つ可能性が考えられる。
【0100】
<試験8 A. limacinum由来DHA-GL-Cのリパーゼによる分解>
(試験8の方法)
DHA-GL-Cと25Uの豚膵臓リパーゼを混合し、サーモミキサーで37℃、750rpmで反応させ、C/M=2:1を加えて反応を停止させた。
(A)28時間リパーゼと反応させた分解物をTLCに載せ、C/M/W=65/16/2で展開し、硫酸銅試薬(3%硫酸銅を15%リン酸溶液に溶解)で発色させた(
図18において四角で囲ったレーン)。比較対照としてトリアシルグリセロール(TG)を同量のリパーゼで分解した(右2つのレーン)。
(B)反応の時間経過後、反応物をLC-MSで定量した。
【0101】
(試験8の結果)
結果を
図18及び19に示す。
(A)DHA-GL-Cはリパーゼによって分解を受け、DHAとSG(GL-C)が遊離した(
図18、+はリパーゼ添加、-は無添加)。
(B)DHA-GL-Cのリパーゼによる分解は反応時間に依存し、反応時間の経過とともにDHA-GL-Cが減少し、遊離SG(GL-C)が増加した(
図19)。
【0102】
<試験9 A. limacinum由来DHA-GL-CとDHAの酸化測定>
(試験9の方法)
1mg乾燥細胞重量から精製したDHA-GL-CまたはDHA(5nmol)に100μlの50mMリン酸バッファーpH7.3を加え、容器のフタを開けた状態でUV照射(254nm、51μW/cm2、ランプからサンプルまで35cm、23℃)。
照射終了後、200μlのC/M=2/1を加えて脂質を抽出、LC-MSでDHA-GL-CとDHAを定量した。
【0103】
(試験9の結果)
結果を
図20に示す。DHAはUV照射1時間で約50%が酸化されたが、DHA-GL-Cは照射3時間でも全く酸化されなかった。したがって、DHA-GL-Cの方がDHAよりも酸化されにくいことが示された。
【0104】
UV照射による酸化試験の結果、DHAがエステル結合しているASGは体内で安定な形で存在し、リパーゼで分解されると遊離DHAと同様にレゾルビン、プロテクチン等の機能性代謝物に変換される可能性があることがわかった。