(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-31
(45)【発行日】2022-09-08
(54)【発明の名称】強磁性積層膜および強磁性積層膜の製造方法ならびに電磁誘導性電子部品
(51)【国際特許分類】
H01F 10/16 20060101AFI20220901BHJP
H01F 41/18 20060101ALI20220901BHJP
H01L 21/822 20060101ALI20220901BHJP
H01L 27/04 20060101ALI20220901BHJP
【FI】
H01F10/16
H01F41/18
H01L27/04 L
(21)【出願番号】P 2018154102
(22)【出願日】2018-08-20
【審査請求日】2021-06-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000173795
【氏名又は名称】公益財団法人電磁材料研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】特許業務法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】直江 正幸
【審査官】森岡 俊行
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-158486(JP,A)
【文献】特開2006-351563(JP,A)
【文献】特開2003-141719(JP,A)
【文献】特開2017-041599(JP,A)
【文献】特開2005-190538(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 10/16
H01F 41/18
H01L 21/822
C23C 14/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対をなす強磁性層の間に絶縁層が挟まれるように複数の前記強磁性層および少なくとも1つの前記絶縁層が積層されている構造を有する強磁性積層膜であって、
前記強磁性層が、一般式L
1-a-bM
aF
b(L:Fe、CoおよびNiから選択される1種以上の元素(但しNiの単独は除く)、または、Fe、CoおよびNiから選択される1種以上の強磁性元素と、PdおよびPtから選択される1種以上の貴金属元素との合金(当該合金における貴金属元素の原子比率は0.50以下である)、M:Li、Mg、Al、Ca、Sr、Ba、GdおよびYから選択される1種以上の元素、F:フッ素、0.03≦a≦0.07、0.06≦b≦0.18、0.10≦a+b≦0.24)により表わされる組成を有し、かつ、Lで表わされる平均粒径1~20nmの磁性粒子がMのフッ化物からなる絶縁性マトリックスに均一に分布したナノグラニュラー構造を有し、
前記絶縁層が、一般式M
cF
d(1≦c≦2、1≦d≦3)により表わされる組成を有し
、かつ、2~50nmの範囲に含まれる厚さを有していることを特徴とする強磁性積層膜。
【請求項2】
請求項1に記載の強磁性積層膜において、
前記一般式L
1-a-b
M
a
F
b
におけるLが、CoPd合金であることを特徴とする強磁性積層膜。
【請求項3】
請求項1記載の強磁性積層膜において、前記複数の強磁性層のそれぞれの厚さが10~2000nmの範囲に含まれていることを特徴とする強磁性積層膜。
【請求項4】
請求項
3記載の強磁性積層膜において、前記複数の強磁性層のそれぞれの厚さが10~1000nmの範囲に含まれていることを特徴とする強磁性積層膜。
【請求項5】
請求項1~
4のうちいずれか1項に記載の強磁性積層膜を備えていることを特徴とする電磁誘導性電子部品。
【請求項6】
対をなす強磁性層の間に絶縁層が挟まれるように複数の前記強磁性層および少なくとも1つの前記絶縁層が積層されている構造を有する強磁性積層膜を製造する方法であって、
前記強磁性層を作製する工程と、
2~50nmの範囲に含まれる厚さを有している前記絶縁層を作製する工程と、を含み、
前記強磁性層を作製する工程は、
Fe、NiおよびCoから選択される1種以上の元素(但しNiの単独は除く)であるLからなる、あるいは、Fe、CoおよびNiから選択される1種以上の強磁性元素と、
PdおよびPtから選択される1種以上の貴金属元素と、を含む第1カソード、およびLi、Mg、Al、Ca、Sr、Ba、GdおよびYから選択される1種以上の元素であるMのフッ化物からなる第2カソードのそれぞれに対する供給電力を独立に制御することにより、前記第1カソードおよび前記第2カソードのそれぞれからスパッタ粒子を発生させる工程と、
アノードを回転させることにより、前記アノードに支持された基板を、前記第1カソードおよび前記第2カソードのそれぞれから発せられるスパッタ粒子が入射する位置に周期的に通過させる工程と、を含み、
前記絶縁層を作製する工程は、
前記第2カソードに対する供給電力を制御することにより、前記第2カソードからスパッタ粒子を発生させる工程と、
前記アノードの回転角度を制御することにより、前記基板を、前記第2カソードから発せられるスパッタ粒子が入射する位置に配置させる工程と、を含むことを特徴とする強磁性積層膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強磁性層が中間に絶縁層を挟むように積層された構造を有する強磁性積層膜に関し、その特性が一層あたりの磁性層の厚みを変化させるだけで制御できることを特徴とする。
【背景技術】
【0002】
第5世代移動体通信がSHF帯(3~30GHz)を用いるにあたり、それに適したインダクタ用材料やノイズ抑制材料が産業界で求められている。例えば、大面積膜の高周波でのノイズ抑制効果は、渦電流損失が支配的であると言われているが、空気の透磁率以上の透磁率μを有する磁性膜の、周波数fの電磁波の表皮深さdは、当該磁性膜の比抵抗ρを用いて関係式(1)により表わされる。関係式(1)から明らかなように、比透磁率μが高くなるほど表皮深さdは小さくなる。
【0003】
d=(ρ/πfμ)1/2 ‥(1)。
【0004】
厚さtを有する磁性膜に磁束密度Bの磁界が印加された際の渦電流損失Peは関係式(2)により表わされる。磁性膜の比抵抗ρは、通常は金属膜より高いが、関係式(2)から明らかなように、比抵抗ρが大きくなるほど、渦電流損失Peは小さくなる。
【0005】
Pe=(πtfB)2/6ρ ‥(2)。
【0006】
表皮深さdと渦電流損失Peには、比抵抗ρに関してトレードオフの関係があるが、いずれも周波数fが高くなると、dは薄く、Peは大きくなり、損失としては厳しい条件となる。さらには、膜厚tが表皮深さdを超える場合、渦電流損失Peの影響が顕著になる。インダクタ用に低損失に用いるためには、tはdの3分の1以下が理想とされている。一方、電気的なノイズ抑制効果には、透磁率μによる磁性損失の効果も加わる。このため、比抵抗ρが金属より高いが、透磁率μが高い磁性膜の渦電流損失によるノイズ抑制効果は、一般的には金属よりも高く、周波数選択性があるとされる。
【0007】
渦電流損失も磁性損失も、複素透磁率μ(=μ’-jμ”)の周波数特性に依存する。ここで、膜面内に一軸異方性があり、その磁化困難方向の高周波透磁率の計算結果が
図15Aおよび
図15Bに示されている。
図15Aに示されている計算結果によれば、異方性の分散が小さく、複素透磁率の虚部(損失)μ”(破線)が最大となる磁気共鳴周波数を中心に急峻に立ち上がっている。
図15Bに示されている計算結果によれば、異方性の分散が大きく、複素透磁率の虚部μ”が最大となる磁気共鳴周波数を中心になだらかに変化している。複素透磁率の実部μ’(実線)を用いたインダクタなどの電磁誘導部品、特定周波数のノイズを吸収するためのフィルタは、いずれも透磁率虚部μ”の立ち上がりが鋭く、対象外の周波数帯での損失が高くないほうがよい。
【0008】
ノイズ抑制材料には、磁束が磁性体を通じて過度に遠くまで伝搬しないよう、透磁率μが過度に高くないこと、比抵抗ρが過度に高いまたは低くないこと、および、磁気共鳴周波数が高いほど効果が高周波数帯域で起きる、という特徴がある(例えば、特許文献1参照)。デバイスのインピーダンスZの内、損失になる交流抵抗R(Z=R+jX)は磁率の虚数項μ”(μ=μ’-jμ”)に、関係式(3)のように関係することにも因る。Sはデバイスの磁路断面積、Nはコイルの巻き数に相当、lはデバイスの磁路長である。
R=μ”SN/l‥(3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
図2には、基板Sの上にタンデム法(後述する)により成膜された、(Co
0.69Pd
0.31)
52(Ca
0.33F
0.67)
48の組成を有するナノグラニュラー薄膜10の断面STEM(走査型透過電子顕微鏡)観察画像が示されている。基板Sとの界面付近の初期層(基板からの距離が、例えば100 nm以内にある層)のナノ構造(
図2の枠R1内の拡大画像(右下段)参照)と、初期層よりも基板Sから離間している主層のナノ構造とは相違している(
図2の枠R2内の拡大画像(右上段)参照)。
【0011】
膜組成において磁性粒子(L)が増え、強磁性になってくる領域では、グラニュールの形状は、球から回転楕円体状に変化してくる。この長手方向が結晶学的な磁化容易方向に相当する。主層においては、グラニュールの長手方向が膜厚方向から膜面内方向に傾き、さらに結晶配向が見られる(グラニュールが傾く方向が偏っている)ことから、従来の静止対向スパッタで成膜されたナノグラニュラー構造を有する強磁性膜(以下「従来膜」という。)よりも面内一軸異方性が得られやすくなり、損失が少なくなることで異方性磁界が大きくなり、高周波帯域における特性の向上が図られる。
【0012】
初期層においては、グラニュールの長手方向が膜厚方向に向いており、従来膜の構造に類似しているため、従来膜と同様に、(1)軟磁性がよい(保磁力は低い傾向)、(2)異方性磁界が低く、磁界中成膜でなければそれは付与されにくい、という特徴を有すると考えられる。
【0013】
よって、膜厚を薄くすれば初期層の影響が大きくなり、かつ、そもそもナノグラニュラー薄膜は比抵抗が高いために、実用的な膜厚の範囲では、厚くても渦電流損失の影響を受けていないので、 (1)高透磁率化(渦電流損失の劣化回復ではない) 、(2)低周波化(渦電流損失の劣化回復ではない) 、(3)低保磁力化(金属磁性膜と同じ効果)、(4)異方性分散低減(金属磁性膜と同じ効果) 、というように、一部、均質な金属磁性薄膜とは異なる効果が得られると考えられる。
【0014】
そこで、ナノグラニュラー構造を有する強磁性薄膜が奏する高透磁率化等の効果の増進を図りうる強磁性薄膜等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の強磁性積層膜は、
対をなす強磁性層の間に絶縁層が挟まれるように複数の前記強磁性層および少なくとも1つの前記絶縁層が積層されている構造を有する強磁性積層膜であって、
前記強磁性層が、一般式L1-a-bMaFb(L:Fe、CoおよびNiから選択される1種以上の元素(但しNiの単独は除く)、または、Fe、CoおよびNiから選択される1種以上の強磁性元素と、PdおよびPtから選択される1種以上の貴金属元素との合金(当該合金における貴金属元素の原子比率は0.50以下である)、M:Li、Mg、Al、Ca、Sr、Ba、GdおよびYから選択される1種以上の元素、F:フッ素、0.03≦a≦0.07、0.06≦b≦0.18、0.10≦a+b≦0.24)により表わされる組成を有し、かつ、Lで表わされる平均粒径1~20nmの磁性粒子がMのフッ化物からなる絶縁性マトリックスに均一に分布したナノグラニュラー構造を有し、
前記絶縁層が、一般式McFd(1≦c≦2、1≦d≦3)により表わされる組成を有し、かつ、2~50nmの範囲に含まれる厚さを有していることを特徴とする。
【0016】
本発明の強磁性積層膜の製造方法は、
対をなす強磁性層の間に絶縁層が挟まれるように複数の前記強磁性層および少なくとも1つの前記絶縁層が積層されている構造を有する強磁性積層膜を製造する方法であって、
前記強磁性層を作製する工程と、2~50nmの範囲に含まれる厚さを有している前記絶縁層を作製する工程と、を含み、
前記強磁性層を作製する工程は、
Fe、NiおよびCoから選択される1種以上の元素(但しNiの単独は除く)であるLからなる、あるいは、Fe、CoおよびNiから選択される1種以上の強磁性元素と、
PdおよびPtから選択される1種以上の貴金属元素と、を含む第1カソード、およびLi、Mg、Al、Ca、Sr、Ba、GdおよびYから選択される1種以上の元素であるMのフッ化物からなる第2カソードのそれぞれに対する供給電力を独立に制御することにより、前記第1カソードおよび前記第2カソードのそれぞれからスパッタ粒子を発生させる工程と、
アノードを回転させることにより、前記アノードに支持された基板を、前記第1カソードおよび前記第2カソードのそれぞれから発せられるスパッタ粒子が入射する位置に周期的に通過させる工程と、を含み、
前記絶縁層を作製する工程は、
前記第2カソードに対する供給電力を制御することにより、前記第2カソードからスパッタ粒子を発生させる工程と、
前記アノードの回転角度を制御することにより、前記基板を、前記第2カソードから発せられるスパッタ粒子が入射する位置に配置させる工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の強磁性積層膜によれば、ナノグラニュラー構造を有する強磁性層の厚さが初期層(グラニュールの長手方向が膜厚方向に向いている層)の影響が大きくなるように調節されることにより、(1)高透磁率化(渦電流損失の劣化回復ではない) 、(2)低周波化(渦電流損失の劣化回復ではない) 、(3)低保磁力化(金属磁性膜と同じ効果)、(4)異方性分散低減(金属磁性膜と同じ効果) 、というように、一部、均質な金属磁性薄膜とは異なる効果が得られると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施形態としての強磁性積層膜の構成説明図。
【
図2】強磁性積層膜を構成する強磁性層のナノ構造に関する説明図。
【
図3】本発明の一実施形態としての強磁性積層膜の製造方法に関する説明図。
【
図4】強磁性積層膜の面内静磁化曲線(磁化容易方向のみ)に関する説明図。
【
図5】
図5Aは、目標膜厚で積層膜になっていることを示す透過電顕観察結果に関する説明図。
図5Bは、
図5Aで中間絶縁層の膜厚を測定した結果に関する説明図。
【
図6】強磁性積層膜の複素透磁率(虚部)の周波数依存性に関する説明図
【
図7】強磁性積層膜の見かけのギルバートダンピング係数の膜厚依存性に関する説明図。
【
図8】強磁性積層膜の異方性磁界の膜厚依存性に関する説明図。
【
図9】強磁性積層膜の保磁力の膜厚依存性に関する説明図。
【
図11】強磁性積層膜の伝導ノイズ抑制(P
loss/P
in)に関する説明図。
【
図12】強磁性積層膜の近端クロストーク(S
31)に関する説明図。
【
図13】強磁性積層膜の遠端クロストーク(S
41)に関する説明図。
【
図14】P
loss/P
inについて、本発明の磁性積層膜と常磁性金属膜の比較に関する説明図。
【
図15】
図15Aは、膜面内に一軸異方性があり、その磁化困難方向の高周波透磁率の計算結果(異方性分散が小さい場合)。
図15Bは、膜面内に一軸異方性があり、その磁化困難方向の高周波透磁率の計算結果(異方性分散が大きい場合)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(強磁性積層膜の構造)
図1に示されている本発明の一実施形態としての強磁性積層膜は、第1の強磁性層11および第2の強磁性層12が、中間に絶縁層21を挟むように積層された3層構造を有している。第nの強磁性層(n≧2)および第(n+1)の強磁性層が、中間に絶縁層を挟むように積層されることにより、(2n+1)層構造を有する強磁性積層膜が構成されてもよい。
【0020】
強磁性層11、12は、一般式L1-a-bMaFbにより表わされる組成を有している。「L」は、Fe、CoおよびNiから選択される1種以上の元素(但しNiの単独は除く)、または、Fe、CoおよびNiから選択される1種以上の強磁性元素と、PdおよびPtから選択される1種以上の貴金属元素との合金(当該合金における貴金属元素の原子比率は0.50以下である。)である。「M」は、Li、Mg、Al、Ca、Sr、Ba、GdおよびYから選択される1種以上の元素である。「F」はフッ素である。原子比率aおよびbは、0.03≦a≦0.07、0.06≦b≦0.18、かつ、0.10≦a+b≦0.24である。
【0021】
強磁性層11、12の成分Lのうち、Niは飽和磁化が低いので、これらの金属単独はLから除かれる。したがって、Lとしては、Co単独、Fe単独、Co-Fe、Co-Ni、Co-Ni-Feなどが用いられる。aが0.03より小さい場合および/またはbが0.06より小さい場合、強磁性層11、12の比抵抗ρが過度に小さく(例えば、1.0×102μΩ・cm以下に)なる。aが0.07より大きい場合および/またはbが0.18より大きい場合、強磁性層11、12の飽和磁化および異方性磁界が共に低下し、1000nm程度の単層膜で、GHz帯域(例えば7GHz以上)の強磁性共鳴周波数を得ることが困難となる。
【0022】
具体的には、L-M-Fにおいて、MとFとの合計原子比率(a+b)が0.25以上の場合は、金属Lからなるグラニュールの接触が減少し、比抵抗は大きくなる(例えば、1×103μΩ・cm以上に達する)が、グラニュールの間の磁気結合が減少し、結晶磁気異方性の長距離浸透性が低下するために異方性磁界も低下する。単純に磁性体の空間占有率減少によって磁化が希釈される。さらにMとFの合計原子比率が増加して0.60を超える組成領域では、金属Lからなるグラニュール間の距離が大きくなることで磁気的に結合するグラニュールがほぼ無くなり、膜の強磁性が失われる(超常磁性)。「強磁性」とは、ナノグラニュラー膜のグラニュール密度が低下して強磁性ではなくなったことを意味する「超常磁性」を包含しておらず、可能な範囲で磁性金属グラニュールは高密度に充填される必要がある。
【0023】
よって、強磁性層11、12において、MとFとの合計の原子比率(a+b)が0.24以下、言い換えればLの原子比率(1-(a+b))が0.76以上の組成範囲において、特に異方性磁界と飽和磁化が高くなる。しかし、Lの原子比率が0.90を超え、あるいはMとFとの合計原子比率が0.10になると、強磁性層11、12の磁気特性は向上するものの、比抵抗が著しく低下し(例えば、1.0×102μΩ・cmを下回り)、従来の金属材料と渦電流損失の観点では差が無くなる。磁化が小さい場合(例えば、3.5kGより小さい場合)に異方性磁界のみが高くなると、静的透磁率が3を下回り、デバイス応用において空気との区別が付きにくくなる。また、磁化が大きすぎる場合(例えば、21.5kGを超える場合)、強磁性層11、12の比抵抗ρが低くなる(例えば、1.0×102μΩ・cmを下回る)。
【0024】
強磁性層11、12は、Lで表わされる平均粒径1~20nmの磁性粒子(グラニュール)がMのフッ化物からなる絶縁性マトリックスに均一に分布したナノグラニュラー構造を有している。グラニュールの間隔が交換相互作用を生ずる程度に近い、または、接触していることが必要とされる。グラニュール同士が接触すると磁気的にも結合するが、相対的に割合が多いグラニュール同士が直接接触するために比抵抗が大幅に減少してしまう。そのため、マクロ的にナノグラニュラー膜を通過する電流経路が絶縁体である程度電気的に分断されている必要がある。グラニュールの間隔が1 nm程度より狭い場合、グラニュール間の磁気的な相互作用、および、量子効果による絶縁体を介しての電子のトンネル伝導の両方が同時に起こる。トンネル伝導による電気伝導を呈する物質の比抵抗は、金属伝導のそれよりも大きい。但し、絶縁体固有の絶縁性は大幅に損なわれることになるので、この固有の絶縁性が特に優れる材料の選択が重要となる。フッ化物絶縁体は、後述する理由により、磁気的結合を生じる1nm程度以下の距離におけるトンネル伝導、もしくは接触による金属電導の条件下においても、電流経路を制限するために、高い比抵抗を達成することができる。
【0025】
グラニュール同士が磁気的に結合するためには、グラニュールの体積総量、言い換えればグラニュールの充填密度を高くする必要があるため、薄膜中の金属量が多くなる。この場合、強磁性は高まり、高い強磁性共鳴周波数が達成できるようになるが、相対的に絶縁体量が減少するために、比抵抗は低下してしまう。この比抵抗の低下が従来の金属系材料以下に及ばないように、以下に考察するフッ化物絶縁体をグラニュールのマトリックス材料に使用することにより解消することができる。
【0026】
ナノ構造磁性体が実効的な結晶磁気異方性の低下が生じて軟磁性を生ずる機構(ランダム異方性)においては、軟磁性を示す一方で異方性磁界が低下することとなる。しかし、ナノグラニュラー材料は、一般的なナノ構造軟磁性体とは異なって一定の結晶配向を持つことができる。つまり、結晶磁気異方性の高い磁性金属をグラニュールに用いることが有効である。
【0027】
フッ化物結晶を含むナノグラニュラー構造は、高い比抵抗を有している。この理由は、MgF2、CaF2等のフッ化物は、Al2O3等の酸化物に比べてエネルギーバンドギャップが大きいので(CaF2:12.1eV、MgF2:11.8eV、Al2O3:9eV、いずれも単結晶での値)、比抵抗が高くなることである。フッ化物を用いたナノグラニュラー構造膜において特長的なのは、窒化物や酸化物を用いた場合とは異なり、フッ化物が結晶構造をなすことである。結晶構造であるということは、組成も化学量論組成近くに安定したものであり、アモルファス構造の材料とは異なってバンドギャップの低下がなく、さらには材料製造時におけるグラニュールを構成する金属とフッ化物の混合が抑制されるため、従来と比較して高電気抵抗化を非常に高い次元で達成することが可能である。また、こうような絶縁体を用いれば、グラニュール同士の接触が増加して比抵抗が低下しているような領域の金属量の材料においても、従来の酸化物や窒化物をマトリックス材料とする従来のナノグラニュラー強磁性膜と比べて相対的に比抵抗は高くなる。
【0028】
Coは、単体でも106erg/cm3台と、結晶磁気異方性定数が高い材料である。FeおよびNiも、Coよりは弱いものの105erg/cm3台の結晶異方性を有している。ただし、CoにFeやNiを固溶させてゆくと単純に異方性が弱くなるのではなく、むしろ強くなる組み合わせがあるのは周知の事実である。また、貴金属であるPtおよびPdを上記磁性金属に固溶させると、中には飛躍的に高くなった107erg/cm3台の異方性が得られることも知られている。このように、異方性の高いグラニュールの金属組成を選択することで、結晶配向を有するナノグラニュラー膜の異方性磁界を高めることができる。
【0029】
磁性金属グラニュールを、化学的に極めて安定なPdまたはPtの貴金属を含む合金とすることによって、磁性金属グラニュールの抗フッ化性を高め、フッ化物マトリックスとの相分離を促進することができる。磁性金属グラニュールを構成するLの元素がFと結合してしまうと、膜の飽和磁化が減少するが、Pd、Ptはこれを最小限に抑制する効果がある。さらに、Pd、Ptは異方性磁界を著しく大きくする効果を有しているために、Ni単独も使用することができる。しかしながら、Pd、Ptは非磁性金属であるため、その原子比率が50 %を超えると、異方性は強くなるものの飽和磁化が減少し、その結果異方性磁界も低下するので、強磁性共鳴が7 GHzを超える高性能を維持できなくなることに加えて、磁歪定数も著しく増加するので、好ましくない。
【0030】
第1の強磁性層11の厚さt
11および第1の強磁性層12の厚さt
12のそれぞれは10~2000nmの範囲、さらに好ましくは10~1000nmの範囲に含まれるように設計されている。第1の強磁性層11の厚さt
11および第1の強磁性層12の厚さt
12は同一になるように設計されていてもよいが、相違するように設計されていてもよい。強磁性層11、12の厚さが前述の初期層と同程度に設計されることにより、初期層と同様のナノ構造(
図2の枠R1内の拡大画像(右下段)参照)を有する部分の影響が(主層のナノ構造(
図2の枠R2内の拡大画像(右上段)参照)よりも)大きくなる。
【0031】
絶縁層21は、一般式McFd(1≦c≦2、1≦d≦3)により表わされる組成を有している。絶縁層21の厚さt21は、2~50 nmの範囲に含まれるように設計されている。これは、絶縁層21が破れることなく、第1強磁性層11および第2強磁性層12を、絶縁層21を介して厚さ方向には交換結合させず、強磁性層11および12のそれぞれの端部において結合させるためである。
【0032】
(強磁性積層膜の製造方法)
本発明の一実施形態としての強磁性積層膜(
図1参照)の製造方法は、(1)第1の強磁性層11を作製する工程と、(2)絶縁層21を作製する工程と、(3)第2の強磁性層12を作製する工程と、を含んでいる。
【0033】
(1)第1の強磁性層11を作製する工程は、(1-1)チャンバ40に配置された第1カソード41および第2カソード42のそれぞれに対する供給電力を独立に制御することにより、第1カソード41および第2カソード42のそれぞれからスパッタ粒子を発生させる工程と、(1-2)アノード44を回転させることにより、アノード44に支持された基板Sを、第1カソード41および第2カソード42のそれぞれから発せられるスパッタ粒子が入射する位置に周期的に通過させる工程と、を含んでいる。
【0034】
基板Sとしては、例えば約0.2mm厚のショット社製D263(ショット社の商品名)ガラス、約0.3mm厚のコーニング社製イーグルXG(コーニング社の商品名)ガラス、0.5mm厚で表面を熱酸化したSiウエハ、0.5mm厚の石英ガラス、もしくは同様に約0.5mm厚のMgOとサファイアなどが用いられる。
【0035】
(3)第2の強磁性層12を作製する工程は、前記工程(1-1)および前記工程(1-2)のそれぞれと同様の工程(3-1)および(3-2)を含んでいる。
【0036】
第1カソード41は、Fe、NiおよびCoから選択される1種以上の元素(但しNiの単独は除く)であるLからなる。そのほか、第1カソード41は、Fe、CoおよびNiから選択される1種以上の強磁性元素と、PdおよびPtから選択される1種以上の貴金属元素と、を含んでいてもよい。第2カソード42は、Li、Mg、Al、Ca、Sr、Ba、GdおよびYから選択される1種以上の元素であるMのフッ化物からなる。
【0037】
(2)絶縁層を作製する工程は、(2-1)第2カソード42に対する供給電力を制御することにより、第2カソード42からスパッタ粒子を発生させる工程と、(2-2)アノード44の回転角度を制御することにより、基板Sを、第2カソード42から発せられるスパッタ粒子が入射する位置に配置させる工程と、を含んでいる。
【0038】
図3では、第1カソード41および第2カソード42が下向きに保持され、アノード44が上向きに保持されることで、カソード41、42およびアノード44が対向配置されている。そのほか、第1カソード41および第2カソード42が上向きに保持され、アノード44が下向きに保持されることで、カソード41、42およびアノード44が対向配置されていてもよい。第1カソード41および第2カソード42が横向きに保持され、アノード44が横向きに保持されることで、カソード41、42およびアノード44が対向配置されていてもよい。カソード41、42およびアノード44が非対向配置されていてもよい。
【0039】
第1カソード41および第2カソード42のそれぞれを構成する物質がスパッタされ、部分的にフリーラジカル化したスパッタ粒子が各カソード41、42から飛び出す。負の電荷を有するスパッタ粒子がアノード44に電気的に吸引され、基板Sの上に第1の強磁性層11、絶縁層21および第2の強磁性層12が順に積層されるように作製される。
【0040】
第1カソード41および第2カソード42に投入される電力は、各カソード41、42の物質が層の組成に対応するように、第1電力供給装置410および第2電力供給装置420のそれぞれにより独立して制御される。第1カソード41および第2カソード42から同時にスパッタされたスパッタ粒子がアノード44に支持された基板Sに到達し、所望の組成の層が作製される。基板Sが周期的に第1カソードおよび第2カソードの近傍位置を通過することにより所望の組成をもつ膜が成膜される。スパッタ粒子の入射角を制御するために、膜構造に由来する磁気異方性が保たれる範囲で、カソード41、42または基板Sに任意の角度を付け、カソード41、42およびアノード44の対向配置の関係が制御されてもよい。同様に非対向配置の場合も、基板Sがスパッタ粒子と接触する位置を周期的に通過することにより所望の組成をもつ膜が形成される。
【0041】
アノード44は、例えば1~200rpmの範囲に含まれる回転数で一定もしくは変速回転で回転駆動され、基板Sの面内にこの回転数に応じた周速(回転力)が加えられることにより、スパッタリング中に磁界が印加されなくても、強磁性層11、12において一軸配向が起こる。アノード44の回転によって異方性が付与される方向に100~500Oeの範囲の磁界が基板Sに印加する場合もあり、強磁性層11、12の異方性はさらに強化される。
【0042】
スパッタガスとしては、例えば純Arガスが用いられる。基板Sの雰囲気を構成するArガス圧力は1~20mTorrの圧力範囲に制御される。第1電力供給装置410および第2電力供給装置420のそれぞれによるスパッタ電力は10~1000Wに制御される。層の厚さは成膜時間の長短により調節される。基板Sは間接水冷あるいは100~800℃の温度範囲に含まれる所定温度に制御される。また、基板ホルダーに一対の永久磁石を配置し、基板Sに100~500Oeの静磁界が印加されてもよい。
【0043】
前記工程(1)~(3)または少なくとも前記工程(1)および前記(3)は、静磁場中あるいは無磁場中で実行される。基板Sは、ヒータ(図示略)により100~800℃の温度範囲に含まれる所定温度で加熱されてもよい。第1の強磁性層11および第2の強磁性層12のそれぞれは作製中および作製後のうち少なくとも一方において、例えば静磁界中および回転磁界中、あるいは無磁場中で、100~800℃の温度範囲に含まれる所定温度で、例えば5分~5時間の時間範囲に含まれる所定時間にわたって保持されることで熱処理される。このような各強磁性層11、12の作製工程および熱処理工程のいずれによっても、各強磁性層11、12に膜面内一軸異方性が付与される。300Oe~10kOeの静磁界中もしくは回転磁界における熱処理によって、各強磁性層11、12における異方性磁界の制御が可能である。熱処理温度が100℃より低温である場合、各層作製時の発熱との差がほとんどなくなるので効果はなく、熱処理温度が800℃の上限は、あくまでも、基板や装置の耐熱を考慮してのものである。
【0044】
基板Sの近傍に電磁石や永久磁石を配置するなど、成膜中に静磁界が印加されることによって磁気異方性を誘導し、さらには、基板Sを回転させることで一軸異方性を強化することにより、所望の磁気特性の薄膜が得られる。
【0045】
(強磁性積層膜の評価)
図4には、第1実施形態の強磁性積層膜の磁化容易方向の面内静磁化曲線が示されている。第1実施形態では、第1の強磁性層11および第2の強磁性層12のそれぞれが(Co
0.84Pd
0.16)
0.82-(Ca
0.33F
0.67)
0.18で表わされる組成を有している。中間層21がCaF
2で表わされる組成を有している。第1の強磁性層11および第2の強磁性層12のそれぞれの厚さt
11およびt
12はともに500nmであり、中間層21の厚さt
21は10nmである。
【0046】
図4から、x軸を境として、磁化が正の領域の磁化曲線と、負の領域の磁化曲線が段差を伴って左右に移動していることがわかる。これは、上下の特性が異なる磁性膜が、膜内で中間層を介して膜厚方向に交換結合せず、膜端部で結合している場合に見られるものであり、これにより、作製された強磁性積層膜が積層構造を有していることが確認された(
図1参照)。
【0047】
磁化曲線からの積層構造の確認に加え、透過電顕を用いて強磁性層11が200nm、中間層21が10nmとなり、強磁性層11が5層となるように成膜した積層膜の断面を観察した結果が
図5Aおよび
図5Bに示されている。
図5Aから、200nmの強磁性層11が5層あることがわかる。
図5Bからは、中間層21が10nmであり、途中で膜が破れていないことも確認できる。
【0048】
CaF
2単相は、通常濡れ性が悪く、ガラス基板に単層膜を成膜すると、表面粗さが著しく悪いが、フッ化物を含むナノグラニュラー層の上に順次成膜していくため濡れ性が改善され、中間絶縁層として機能していることを示唆している。ちなみに、中間層を介して膜内で上下膜が交換結合している場合には、斜め磁化や垂直磁化になり、角形性が悪化する。
図6Aには、表1に示されている構成を有する実施例1~4の強磁性積層膜、および、比較例1~6のうち比較例5~6の強磁性単層膜(強磁性層が1つであり、中間層が存在しない膜)のそれぞれの複素透磁率スペクトル(虚部のみ)の膜厚依存性が示されている。複素透磁率スペクトルは、短絡されたシールド型マイクロストリップラインの短絡端に、2×5mmに切り出された試料を挿入し、SパラメータS
11を測定、ここから透磁率を導出する市販の方法(短絡マイクロストリップライン法)で測定された。
【0049】
【0050】
図6Bには、表2に示されている構成を有する実施例5~8の強磁性積層膜および比較例7~12のうち比較例11~12の強磁性単層膜のそれぞれの強磁性積層膜の複素透磁率スペクトル(虚部のみ)の膜厚依存性が示されている。比較例13は、Cuの単層膜である。
【0051】
【0052】
図6Aおよび
図6Bから、特に強磁性層の一層あたりの厚さが約100nm以下である場合、強磁性積層膜のGHz帯域における複素透磁率の虚部μ”が、強磁性単層膜のそれと比較して著しく大きく、鋭いことがわかる。100nmは、前述の初期層(
図2参照)の厚みと同程度であり、従来膜に類似したナノ構造により、高透磁率化および低周波化が図られ、積層化によってこれらの効果が増進されたことが示唆されている。
図6Bから、実施例5の強磁性積層膜について、5GHz付近のメインピークと共に、500MHz付近にも共鳴ピークが重畳していることがわかる。これは、膜のMs(0.8T)から鑑みれば、Hkは0.1kA/m程度のほぼ異方性が付いていない成分であり、初期層に異方性が付きにくいことに対し、磁界中成膜していないことが影響しているものと考えられる。
【0053】
図7Aには、実施例1~4の強磁性積層膜および比較例1~6の強磁性単層膜のそれぞれのギルバートダンピング係数αの測定結果が示されている。
図7Bには、実施例5~8の強磁性積層膜および比較例7~12の強磁性単層膜のそれぞれのギルバートダンピング係数αの測定結果が示されている。見かけのギルバートダンピング係数αは、複素透磁率の虚部について、LLG方程式に基づいたフィッティング計算を行うことにより求められた。
【0054】
図8Aには、実施例1~4の強磁性積層膜および比較例1~5の強磁性単層膜のそれぞれの異方性磁界H
kの測定結果が示されている。
図8Bには、実施例5~8の強磁性積層膜および比較例6~10の強磁性単層膜のそれぞれの異方性磁界Hkの測定結果が示されている。異方性磁界H
kも、複素透磁率の虚部について、LLG方程式に基づいたフィッティング計算を行うことにより求められた。
【0055】
図7A、
図7B、
図8Aおよび
図8Bのそれぞれにおいて、横軸は、実施例の強磁性積層膜については1つの強磁性層の厚さを表わし、比較例の強磁性単層膜については膜厚を表わしている。厚さが200nm以下の範囲で、強磁性積層膜(実施例1~3、5~7)と強磁性単層膜(比較例1~3、7~9参照)との測定結果が乖離しており、特に100nm以下の範囲で強磁性積層薄膜の見かけのギルバートダンピング係数αおよび異方性磁界H
kが著しく低くなっていることがわかる。
【0056】
図9Aには、実施例1~4の強磁性積層膜および比較例1~5の強磁性単層膜のそれぞれの保磁力の測定結果が示されている。
図9Bには、実施例5~8の強磁性積層膜および比較例6~10の強磁性単層膜のそれぞれの保磁力の測定結果が示されている。保磁力は、面内磁化容易方向の静磁化曲線から得られた。
【0057】
CoPd合金は、軟磁性材料というよりも、むしろ半硬磁性材料という方が適当な材料であり、異方性が強い代わりに保磁力がそもそも大きい。
図9Aから、強磁性単層膜((Co
0.84Pd
0.16)
82-(Ca
0.33F
0.67)
18膜)については、膜厚が厚いと保磁力が15kA/m程度であまり変化がないが、200nm以下になると保磁力が増加する一方(比較例1~3参照)、強磁性積層膜では逆に保磁力が低下していることがわかる(実施例1~3参照)。
図9Bから、強磁性単層膜((Co
0.72Pd
0.28)
82-(Ca
0.33F
0.67)
18膜)については、膜厚に対する保磁力の変化がさほどない一方、強磁性薄膜については、強磁性層の一層あたりの膜厚が500nmであっても、保磁力の低下が起きている。
以上のように、タンデム法で作製したナノグラニュラー膜を積層すると、通常の金属単相膜の積層とは異なる結果が得られることがわかった。
【0058】
以上の磁気特性から示唆された100nmの初期層を透過電顕で確認した結果が
図10Aおよび
図10Bに示されている。
図5Aおよび
図5Bと同じく、一層200nmの磁性層が、中間絶縁層を介して5層積まれた試料である(実施例3)。
【0059】
一層の磁性層が基板界面から厚み方向に100nmの範囲は、長細いナノ粒子が厚み方向に揃い、柱状であるのに対し、それよりも基板界面から離れた方向は、ナノ粒子が斜めに傾いていることがわかる。
図1の前提および磁気特性の厚み依存性との整合性が得られる結果である。透過電顕画像の解釈は、表面のみならず、内部にあるナノ粒子も透けているため、干渉効果があり、解釈には慎重さを要するが、専門家からも、このナノ構造差は間違いないとの意見を得ている。
【0060】
(強磁性積層膜のノイズ抑制効果)
各実施例の強磁性積層膜および各比較例の強磁性単層膜のそれぞれが、線路長10mm、特性インピーダンス50Ω、およびラインとスペースとのそれぞれが95μmおよび50μmのそれぞれである2線路平行型マイクロストリップライン上に無加重で載せられたうえで、4ポートネットワークアナライザを用いて、S11(主線路の反射)、S21(主線路の透過)、S31(主線路と副線路間の近端クロストーク)およびS41(主線路と副線路間の遠端クロストーク)が測定された。試料の寸法は、8mm角である。
【0061】
図11A~
図13Aのそれぞれには、実施例1~4の強磁性積層膜および比較例5~6の強磁性単層膜のそれぞれの伝導ノイズ抑制P
loss/P
in(=1-(|S
11|
2+|S
21|
2))、近端クロストークS
31、および遠端クロストークS
41の測定結果が示されている。
図11B~
図13Bのそれぞれには、実施例5~8の強磁性積層膜および比較例11~12の強磁性単層膜のそれぞれのP
loss/P
in、S
31、およびS
41の測定結果が示されている。いずれの実施例・比較例も、MHz帯では、試料無装荷(Without Sample)および基板のみと大差が無いが、GHz帯ではP
loss/P
inは増大し、S
31およびS
41では信号が大きく減衰している。特に、透磁率が大きく共鳴周波が低い実施例1~2、5~6の強磁性積層膜(一層あたりの磁性層厚が薄い)と、比較例6および12の厚い単層膜では、若干低い周波数から効果が大きく見られ、磁気共鳴に対応した変曲点も顕著に見られる。磁化容易方向と磁化困難方向との比較については、磁化困難方向の方がいずれも高い周波数で推移した。また、強力な磁石を近づけ、磁性膜の磁化状態を変化させると、ディップの位置は変化した。よって、磁性膜の特性に応じて周波数選択性が得られていることがわかる。しかし、膜組成による違いについては、磁気共鳴周波数の変化ほどの差は見られなかった。これは、試料が8mm角と大きいため、前述のように、渦電流損失が支配的であるからである。
【0062】
渦電流損失が支配的であるということは、常磁性の金属膜との比較が重要となる。
図14には、P
loss/P
inについて、実施例1、比較例13、および試料無装荷のデータを重ねて示したものである。比較例13のCu膜は、他者とは大きく異なっており、MHz帯ではほぼ1で、GHz帯に入ると0.6にまで低下する。これもある意味、弱い周波数選択性のように見えるが、P
loss/P
inを決定づけるS
11の周波数特性を見ると、比較例13では電力が透過せずに反射しているため、P
loss/P
inが大きく見えているだけであった。また、S
41からは、伝送線路のキャパシタンスが非常に大きくなっていることがわかった。電力が反射する原因は、キャパシタンスが大きくなり、特性インピーダンスが、測定周波数範囲全域で、10~20Ωにまで低下しているためである。約8GHzで電気的な共振が起きていることも、キャパシタンスの増加の証拠となる。このように、Cuを装荷した場合は、全域で高周波伝送線路として成り立っておらず、周波数選択性があるとは言えない。一方で、磁性膜では、MHz帯の低周波では試料無装荷と変わらず、GHz帯のみで、電力の吸収が起こる。よって、第五世代移動体通信にとっては、磁性膜を用いることが適していることを意味し、この高周波磁気特性を、磁性層の厚みで制御できるのは効果的である。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の強磁性積層膜は、電子機器の電磁誘導性電子デバイスに使用される、膜面内に一軸磁気異方性を有する超高周波磁性薄膜に関するものである。近年、電子機器における情報処理・伝送の高速化が急速に進展しており、それらの動作周波数が、従来の高周波帯域(1GHz以下)から、例えば無線LAN規格の2.4GHz帯のように、準マイクロ波(~3GHz)にまで高まっている。
【0064】
今後は、通信速度を高めるためにさらに高いSHF帯(3GHz~)で、例えば5.2GHz規格の無線LANなどが主流となってくるであろう。また、近年の電子機器は多機能化および小型化されているので、内部容積の大部分を占める電子デバイス、例えばインダクタ、カプラ、バラン、ノイズフィルター等の電磁誘導性高周波磁気デバイスの小型化および集積化への要求が強い。
【0065】
このためには、従来の空芯磁気デバイスに磁性体を導入し、磁気回路のリラクタンスを低下させることや、磁界を磁性体内に留め、時には吸収させることが非常に有効である。以上のためには、低くとも1GHz以上まで透磁率μ’が一定を保つ磁性材料、言い換えれば、透磁率μ”による磁気共鳴周波数が3GHz以上と極めて高い材料が望まれ、これがノイズ抑制の効果ももたらす。さらには、最近の電子デバイスの動向として、薄膜デバイス化、および半導体ICとの一体化への検討が活発であり、磁性体は薄膜材料としての期待が持たれる。
【0066】
磁性体の高周波特性を、積層膜の膜厚制御のみで、あたかも組成制御を行ったかのような範囲にまで変化させることが出来る技術は、低コスト化に寄与し、工業的な利点が大きい。
【符号の説明】
【0067】
11‥第1の強磁性層、12‥第2の強磁性層、21‥絶縁層、41‥第1カソード、42‥第2カソード、44‥アノード、S‥基板。