(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-31
(45)【発行日】2022-09-08
(54)【発明の名称】落雷電流波形推定方法および落雷電流波形推定装置
(51)【国際特許分類】
G01W 1/00 20060101AFI20220901BHJP
G01R 29/08 20060101ALI20220901BHJP
G01R 29/00 20060101ALI20220901BHJP
G01W 1/16 20060101ALI20220901BHJP
【FI】
G01W1/00 Z
G01R29/08 E
G01R29/00 Z
G01W1/16 A
(21)【出願番号】P 2018212208
(22)【出願日】2018-11-12
【審査請求日】2021-10-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000242644
【氏名又は名称】北陸電力株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002712
【氏名又は名称】特許業務法人みなみ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新庄 一雄
(72)【発明者】
【氏名】川村 裕直
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/077337(WO,A1)
【文献】特開平06-284566(JP,A)
【文献】特開平11-295365(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0095763(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01W 1/00
G01R 29/08
G01R 29/00
G01W 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
落雷による放射磁界の磁界波形または放射電界の電界波形の測定値の離散データから落雷電流波形を推定する方法であって、
マクスウェルの方程式による、落雷の電流から発生する磁界波形または電界波形の遠方の観測点における値の計算式において、電流の時間偏微分項を差分の式に置き換え、電流の積分項から時間的に最も早い離散データ項を分離して、高さ方向についての積分項を含む落雷電流波形を求める基本式を得て、
該基本式において、測定された磁界波形または電界波形の離散データの先頭データから高さ方向について順次積分を進めて、落雷電流波形を求めることを特徴とする落雷電流波形推定方法。
【請求項2】
前記基本式において、前記離散データにより、高さ方向について地表から雷雲の高さの全範囲で積分することを特徴とする請求項1記載の落雷電流波形推定方法。
【請求項3】
前記基本式において、前記離散データにより、高さ方向について地表から雷雲の高さの一部の範囲で積分することを特徴とする請求項1記載の落雷電流波形推定方法。
【請求項4】
請求項3記載の落雷電流波形推定方法において高さ方向について1回だけ積分する場合における前記基本式から得られる式(1)に基づく回路を備えることを特徴とする落雷電流波形推定装置。
【数1】
ただし、Iは電流、Xは磁界または電界、tは時間、K1、K2およびK3は所定の係数を表す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、落雷による放射磁界または放射電界の測定値に基づく落雷電流波形推定方法および落雷電流波形推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、落雷により電力設備が損傷する事故が発生しており、送配電線への雷害対策が進んだ現在においても、依然、落雷が事故原因の最も大きな比率を占めている。また、そのような雷害対策が進んだことにより、更なる対策のコストパフォーマンスは従来よりも低下しており、対策の追加で得られる効果を高い精度で予測することが求められている。
【0003】
落雷による電力設備事故の発生には、雷撃の頻度とその電流波形が大きく影響する。よって、これらについての詳細な情報が得られれば、雷害対策の効果の予測に資することとなる。このうち雷撃の頻度については、落雷位置標定システム(LLS)によって観測が行われている。LLSは、たとえば特許文献1に示すものであり、落雷により発生する電磁波を複数のセンサで測定し、これを解析することによって、落雷の時刻や位置を算出するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このようなLLSは、落雷の電流波形に関する詳細な情報が得られるものではなかった。また、その他にも落雷による電磁波に基づいて落雷電流の波高値や電荷量を推定する試みは行われているが、落雷の電流波形自体を高い精度で推定する方法は存在していなかった。
【0006】
本発明は、このような事情を鑑みたものであり、落雷による放射磁界または放射電界の測定値に基づく、高精度な落雷電流波形推定方法および落雷電流波形推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のうち請求項1の発明は、落雷による放射磁界の磁界波形または放射電界の電界波形の測定値の離散データから落雷電流波形を推定する方法であって、マクスウェルの方程式による、落雷の電流から発生する磁界波形または電界波形の遠方の観測点における値の計算式において、電流の時間偏微分項を差分の式に置き換え、電流の積分項から時間的に最も早い離散データ項を分離して、高さ方向についての積分項を含む落雷電流波形を求める基本式を得て、該基本式において、測定された磁界波形または電界波形の離散データの先頭データから高さ方向について順次積分を進めて、落雷電流波形を求めることを特徴とする。なお、マクスウェルの方程式による計算式自体は、既知のものであって、平地への落雷を想定する一般的な幾何学モデルに対応するものであり、「垂直アンテナを流れる電流から発生する磁界波形または電界波形の遠方の観測点における値の計算式」とも言い換えられる。ただし、磁界波形の値の式の場合と電界波形の値の式の場合とで、異なる式となり、それぞれから得られる基本式も異なる式となる。また、積分の方向は、落雷の電流波が伝搬する向きによって決まるものであり、すなわち、電流波が地表から雷雲へ上向きに伝搬することを前提とする場合、積分の方向も地表から上向きとなり、電流波が雷雲から地表へ下向きに伝搬することを前提とする場合、積分の方向も雷雲の高さから下向きとなる。そして、積分の方向、すなわち落雷の電流波の伝搬方向が上向きの場合と下向きの場合とで、基本式は異なる式となる。
【0008】
本発明のうち請求項2の発明は、前記基本式において、前記離散データにより、高さ方向について地表から雷雲の高さの全範囲で積分することを特徴とする。すなわち、電流波が上向きに伝搬する場合、地表から雷雲の高さまで積分することとなり、電流波が下向きに伝搬する場合、雷雲の高さから地表まで積分することとなる。
【0009】
本発明のうち請求項3の発明は、前記基本式において、前記離散データにより、高さ方向について地表から雷雲の高さの一部の範囲で積分することを特徴とする。
【0010】
本発明のうち請求項4の発明は、請求項3記載の落雷電流波形推定方法において高さ方向について1回だけ積分する場合における前記基本式から得られる式(1)に基づく回路を備えることを特徴とする。
【数1】
ただし、Iは電流、Xは磁界または電界、tは時間、K1、K2およびK3は所定の係数を表す。式(1)は、積分の回数を1回とした場合の上記基本式を変形して得られるものである。基本式は、放射磁界の式の場合と放射電界の式の場合、また落雷の電流波の伝搬方向が上向きの場合と下向きの場合とでそれぞれ式が異なるが、何れの式からも式(1)が得られる。ただし、K1、K2およびK3の値は、それぞれの場合で異なる。
【発明の効果】
【0011】
本発明のうち請求項1の発明によれば、マクスウェルの方程式による計算式から、離散データを前提とする式変形により基本式を得ることで、この基本式により、落雷による放射磁界の磁界波形または放射電界の電界波形の測定値の離散データから、高い精度で落雷電流波形を推定することができる。
【0012】
本発明のうち請求項2の発明によれば、実際に電流波が伝搬する放電路の高さの範囲について積分を行うことで、より高い精度で落雷電流波形を推定することができる。
【0013】
本発明のうち請求項3の発明によれば、積分の範囲を一部のみにすることで計算の繰り返し回数が少なくなるので、計算誤差が積み重なって計算結果が発散することを防ぐことができるものであり、計算結果、すなわち落雷電流波形の推定結果は、十分な精度で得られるものである。
【0014】
本発明のうち請求項4の発明によれば、この装置に、測定された磁界波形または電界波形を入力するだけで、落雷電流波形が出力されるので、容易に落雷電流波形を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の落雷電流波形推定方法の前提となる落雷の幾何学モデルを示す説明図である。
【
図2】雷放電モデルの概念図であり、(a)は電流波が地表から上向きに伝搬する場合、(b)は電流波が雷雲から下向きに伝搬する場合を示す。
【
図3】落雷電流波形推定方法の評価に用いる模擬落雷電流波形を示すグラフである。
【
図4】模擬落雷電流波形を用いた落雷電流波形の推定結果を示すグラフであり、(a)はTLモデル、(b)はMTLEモデル、(c)はMTLDモデルを用いた場合である。
【
図5】実測落雷電流波形を用いた落雷電流波形の推定結果を示すグラフである。
【
図6】実測磁界波形を用いた落雷電流波形の推定結果を示すグラフであり、(a)はTLモデル、(b)はMTLEモデル、(c)はMTLDモデルを用いた場合である。
【
図7】本発明の落雷電流波形推定装置が備える回路を表すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の落雷電流波形推定方法および落雷電流波形推定装置の具体的な内容について説明する。本発明の方法は、落雷による磁界波形または電界波形に基づき落雷電流波形を推定するものであり、また落雷には電流波の伝搬方向が上向きの場合と下向きの場合があるが、ここではまず、磁界波形に基づくものであって、電流波の伝搬方向が上向きの場合について示す。
【0017】
図1に示すのは、落雷電流波形推定方法の前提となる落雷の幾何学モデルである。ここでは高低差のない平地を想定し、落雷の電流波が伝搬する雷放電路DP(Discharge Path)は、地表から上空の雷雲TC(Thunder Cloud)まで垂直向きに延びるものとする。雷放電路DPの下端(地表の雷撃位置)を点Oとし、点Oを原点として上方向を正のz方向とし、雷雲TCの高さをhとする。また、点Oから十分に離れた遠方の観測点を点Pとし、OP間の距離をD(D>>h)、点Pと雷放電路DP上の高さzの点(dzの高さを有する領域)との間の距離をRとする。このとき、点Pと雷放電路DP上の高さzの点とを結ぶ線分と、垂直向きの雷放電路とがなす角(線分の上側に形成される角)をθとする。さらに、点Oの垂直下方向の高さ-zの位置に電気影像EI(Electric Image)を仮想する。点Pと高さ-zの点(電気影像EI)との間の距離もRとなる。そして、雷放電路DPを伝搬する電流をI(z,t)、電流の伝搬速度をv、点Pにおいて観測される落雷による放射磁界の磁界波形をH(R,t)とする。ただし、tは時間である。
【0018】
このような前提に基づいたとき、落雷の電流I(z,t)から発生する磁界波形H(R,t)の遠方の観測点Pにおける値の計算式として、マクスウェルの方程式に基づく以下の式(2)が既知となっている。
【数2】
ただし、cは光速である。この式は、垂直アンテナを流れる電流から発生する磁界波形の遠方の観測点における値の計算式とも言い換えられる。
【0019】
また、本発明の落雷電流波形推定方法の評価に用いる雷撃モデルについても言及する。既知の雷撃モデルとして、伝送線路型モデルがあり、
図2にその概念図を示す。
図2(a)は、落雷の電流波が地表から上向きに雷雲TCへと速度vで伝搬する場合であり、
図2(b)は、落雷の電流波が雷雲TCから下向きに地表へと速度vで伝搬する場合である。ここでは、
図2(a)の上向きの場合を前提とする。この伝送線路型モデルは、電流の減衰や変歪の考慮の有無によって、TLモデル(Transmission Line model)、MTLEモデル(Modified TL model with Exponential current decay)、MTLDモデル(Modified TL model with current Distortion)に分類される。ここで用いられる伝送線路型モデルは、帰還雷撃を想定したモデルであり、それらの元となっているTLモデルは、雷放電路を電流が減衰や変歪をせずに伝搬するモデルである。また、MTLEモデルは、TLモデルにおいて、雷放電路上における電流の指数関数に従う減衰を考慮したモデルである。さらに、MTLDモデルは、線形な減衰に加えて変歪をも考慮したモデルである。これら3つのモデルは、雷放電路上での電流波の減衰特性を、それぞれ異なる関数で表現している。
【0020】
式(2)は、落雷の電流から磁界波形を求める式であるから、これを変形して、測定された磁界波形の離散データから落雷電流波形(同じ時間間隔の離散データ)を求めるための基本式を得る。
【0021】
そのためには、まず、式(2)の右辺における、磁界の放射成分を求める積分項(2つ目の積分項)の中の、電流の時間偏微分項を、電流波形の連続する2つの離散データの差から求められる差分の式に置き換える。これにより、式(2)から以下の式(3)に変形される。
【数3】
ただし、離散データに基づくので、dtは所定の数値(秒数)である。また、Rはzの関数R(z)である。さらに、sinθ=D/Rである。
【0022】
続いて、式(3)から以下の式(4)に変形される。
【数4】
【0023】
ここで、式(4)の右辺の2つの積分項のうち、電流波形の離散データの時間的に最も早い部分(雷放電路の下端の電流波形データに相当)、すなわち1つ目の積分項の0からdzまでの積分に相当する部分を、積分項から分離することで、式(4)から以下の式(5)に変形される。
【数5】
【0024】
そして、式(5)から以下の式(6)に変形される。
【数6】
【0025】
この式(6)が、落雷電流波形を求めるための基本式となる。式(6)により、磁界波形H(R,t)から落雷の電流波形I(0,t-Rdz/c)が得られるが、計算においては、電流波形データの時間的に最も早い部分から順に求めていく必要がある。実際には、磁界波形の離散データの先頭データから順次波形を求めていくことになる。式(6)は、左辺と右辺の両方に電流項が存在するが、右辺の電流項で用いる値は、その時点の計算ステップの前に必要なものが全て求められている。すなわち、高さz方向へと順次積分を進める際に用いられる電流波形データは、上に行くほど時間的に前の電流波形データを用いることになるからである。こうして、測定された磁界波形の離散データにより、高さ方向について、地表から雷雲の高さまでの全範囲で順次積分を進めて、落雷電流波形が求められる。
【0026】
このように、式(6)によれば、求めた電流値をそれ以後の計算ステップで順次用いるフィードバック型の計算を行っていることになる。以下、このような計算方法をFB法(Feed Back method)とよび、特に式(6)に従う計算方法をSFB法(Standard FB method)とよぶ。
【0027】
このSFB法による、落雷電流波形の推定結果の詳細については後述するが、種々の条件(雷雲の高さhや雷撃位置から観測点までの距離D等)の下で磁界波形の離散データから落雷電流波形を計算したところ、計算結果が発散する場合が確認された。これは、計算過程において先に求めた電流値を後の計算に用いるため、計算誤差が積み重なって次第に増大することによるものである。
【0028】
そこで、SFB法とは異なる計算方法として、上記の基本式(式(6))において、高さz方向の積分を、地表から雷雲の高さhまでの全範囲で行うのではなく、地表から雷雲の高さhの一部の範囲で行う、すなわち地表から上向きにn(nは1以上の整数)回まででやめる方法が考えられる。この計算方法を、MFB法(Modified FB method)とよぶ。これを式で表したのが、以下の式(7)~式(9)である。
【数7】
【数8】
【数9】
式(7)は、式(6)における積分の範囲の上限を、hからn・dzに替えたものであり、n回積分することを表している(ただし、h>n・dzである)。式(8)は、MFB法における雷撃モデルの一般式である。伝送線路型モデルを想定しており、G(z)は減衰項であって、TLモデルにおいてはG(z)=1、MTLEモデルにおいてはG(z)=exp(-z/λ)(λは電流の指数関数的な減衰を表すパラメータ)、MTLDモデルにおいてはG(z)=1-z/H
p(H
pは電流の線形的な減衰を表すパラメータ)となる。また、P(z,t)は変歪項であって、減衰項であるG(z)からは切り離せるものとしており、MTLDモデルにおいてのみ規定されている。式(9)は、積分をn回でやめた計算値(式(7))を、積分を全ての範囲(0からhまで)で行った場合に得られる値に近づけるための振幅補正式である。積分をn回でやめるということは、積分を全ての範囲で行った場合に比べて、雷放電路を短く想定することになる。その分、電流の振幅が大きな値で算出されるので、それを補正するものである。
【0029】
さらに、以下の式(10)は、式(7)において、n=1としたものである。
【数10】
これはすなわち、高さ方向の積分を1回だけにしたものである。この場合、積分項はなくなり、式はより単純な形になる。式(10)を補正する式は、式(9)と同じである(ただし、右辺の分子は積分ではなくなる)。
【0030】
次に、このような本発明の落雷電流波形推定方法(SFB法およびMFB法)について、模擬落雷電流波形を用いて評価する。評価方法は、模擬落雷電流波形から、式(2)により磁界波形を計算し、その磁界波形から、本発明の推定方法により落雷電流波形を推定計算するものである。模擬落雷電流波形は、
図3に示すものであり、波高値100kA、波頭長10μs、最大波高点から150μsで電流の値が0に至る三角波で、0.1μs間隔の離散データとした。以下において、この電流波形をtIと記す。
【0031】
そして、上記のSFB法(式(6))およびMFB法(n=1、式(10))により、
図3に示す模擬落雷電流波形を用いて計算した結果を、
図4に示す。雷撃モデルとしては、TLモデル、MTLEモデル、MTLDモデルを用いた。また、計算に用いるパラメータ値は、雷放電路の高さh=1000m、雷撃位置と観測点間の距離D=10000m、落雷電流波の伝搬速度v=100m/μsとし、全モデルで共通とした。
【0032】
図4(a)~(c)は、それぞれTLモデル、MTLEモデル、MTLDモデルを用いた場合の計算結果を示すものであり、各グラフには、模擬落雷電流波形tI、tIを用いて計算した磁界波形cHt、cHtを用いてSFB法で求めた電流波形Icht1およびcHtを用いてMFB法で求めた電流波形Icht2を示した。各グラフのcHtは、用いたモデルの特性に応じた減衰等が表れている。これらのcHtから推定計算を行った電流波形(Icht1、Icht2)は、どのモデルの場合においても、グラフ上でtIと一致している。
【0033】
より詳しくは、SFB法により推定計算した電流波形Icht1は、模擬落雷電流波形tIと完全に一致した。ただし、雷放電路の高さh、雷撃位置と観測点間の距離D、落雷電流波の伝搬速度vを上記以外の種々の値の組み合わせとして計算したところ、計算結果が発散した場合もあった(発散しなかった場合については、全てIcht1がtIと完全に一致した)。
【0034】
一方、MFB法により推定計算した電流波形Icht2は、模擬落雷電流波形tIと若干の差異はあるものの、
図4のグラフ上では識別できない程度であった。そして、SFB法の場合と同様に、h、D、vを種々の値の組み合わせとして計算したところ、高さ方向の積分回数n=1とした場合が、最も安定して推定結果を得ることができた。また、nを1より大きくしても、必ずしも電流波形の再現性が高まるものではなかった。
【0035】
次に、このような本発明の落雷電流波形推定方法(SFB法およびMFB法)について、実測した落雷電流波形を用いて評価する。評価方法は、実測した落雷電流波形から、式(2)により磁界波形を計算し、その磁界波形から、本発明の推定方法により落雷電流波形を推定計算するものと、実測した磁界波形から、本発明の推定方法により落雷電流波形を推定計算するものである。以下において、この実測落雷電流波形をmIと記す。
【0036】
まず、mIから式(2)により計算した磁界波形cHを用いて、上記のSFB法(式(6))およびMFB法(n=1、式(10))で計算した結果を、
図5に示す。雷撃モデルとしては、TLモデルを用いた。また、計算に用いるパラメータ値(雷放電路の高さh、雷撃位置と観測点間の距離D)は、cHが実測磁界波形mHに最も近い形状となったと判断した値とした。
【0037】
図5のグラフには、実測落雷電流波形mI、cHによりSFB法で求めた電流波形Ich1、cHによりMFB法で求めた電流波形Ich2を示した。cHから推定計算を行った電流波形(Ich1、Ich2)は、グラフ上でmIと一致している。
【0038】
より詳しくは、
図5のグラフに示した以外の例も含めて、SFB法による電流波形Ich1は、計算結果が発散しなかった全ての場合において、完全にmIを再現できた。また、MFB法による電流波形Ich2は、全ての場合において、計算結果が発散することなく、完全に近い形でmIを再現できた。この結果から、SFB法は、計算結果が発散する場合を除いて最も精度が高いこと、MFB法は、計算結果が発散せず結果が確実に得られ、SFB法に略近い精度を有していることが確認された。
【0039】
さらに、実測磁界波形mHを用いて、上記のMFB法(n=1、式(10))で計算した結果を、
図6に示す。雷撃モデルとしては、TLモデル、MTLEモデル、MTLDモデルを用いた。また、計算に用いるパラメータ値(雷放電路の高さh、雷撃位置と観測点間の距離D)は、
図5の場合と同様に、cHがmHに最も近い形状となったと判断した値とした。
【0040】
図6(a)~(c)は、それぞれTLモデル、MTLEモデル、MTLDモデルを用いた場合の計算結果を示すものであり、各グラフには、実測落雷電流波形mI、cHによりMFB法で求めた電流波形Ich2、mHによりMFB法で求めた電流波形Imh2を示した。このうち、cHから推定計算を行った電流波形Ich2は、どのモデルの場合においても、グラフ上でmIと一致している。模擬落雷電流波形を用いて確認された結果が、実測波形を用いた場合でも確認できた。
【0041】
一方、実測磁界波形mHから推定計算を行った電流波形Imh2は、パルス前後の比較的変動が小さい電流部分で誤差が生じており、特にパルス以後の誤差が大きくなっている。これは、mHを測定したシステムの周波数特性により、低周波成分のゲインが低下したことによるものと考えられる。しかしながら、この誤差は、実用上は問題ない程度のものであり、実測磁界波形から十分に高い精度で落雷電流波形が再現できたといえる。
【0042】
このように、本発明の落雷電流波形推定方法のSFB法によれば、マクスウェルの方程式による計算式(式(1))から、離散データを前提とする式変形により基本式(式(6))を得ることで、この基本式により、落雷による放射磁界の磁界波形の測定値の離散データから落雷電流波形を推定することができる。この際、実際に電流波が伝搬する放電路の高さの範囲について積分を行っているので、発散しない場合であれば、最も高い精度の推定結果が得られる。
【0043】
また、SFB法では、地表から実際の雷雲の高さまでの全範囲で積分することで、計算誤差が積み重なって計算結果が発散する場合があったところ、本発明の落雷電流波形推定方法のMFB法によれば、地表から雷雲の高さの一部の範囲で積分する、すなわち積分を高さ方向の途中(n回)まででやめてしまうことで、計算結果の発散を防ぐことができるものであり、計算結果、すなわち落雷電流波形の推定結果は、十分な精度で得られるものである。そして特にn=1とすることで、基本式は積分項(繰り返し計算)がない形となるので、より簡単に計算できるものであり、その場合でも、計算結果の発散を防ぎ、かつ十分な精度の結果が得られる。
【0044】
次に、落雷による磁界波形に基づくものであって、電流波が雷雲から下向きに伝搬することを想定した場合(
図2(b)に示す場合)における、落雷電流波形の推定方法(式群)を示す。求められる電流波形は、雷放電路の最下端の雷撃電流に相当する波形である。以下において、各式は、上記の電流波が上向きに伝搬することを想定した場合の式に対応する。すなわち、式(11)は式(6)に対応し(SFB法)、式(12)~式(14)は式(7)~(9)に対応し(MFB法)、式(15)は式(10)に対応する(MFB法でn=1の場合)。そして、説明のない文字は、上記の対応する式のものと同じである。
【数11】
【数12】
【数13】
【数14】
【数15】
【0045】
電流波が下向きに伝搬する場合の基本的な考え方は、上記の電流波が上向きに伝搬する場合と同じである。ただし、雷放電路上の電流の減衰を規定する関数G(z)は、雷放電路最下端の電流が0にならないように設定する必要がある。
【0046】
そして、落雷による磁界波形に基づくものであって、電流波が下向きに伝搬する場合の落雷電流波形の推定方法は、上記の電流波が上向きに伝搬する場合の推定方法と同様の作用効果を奏するものである。
【0047】
次に、落雷による電界波形に基づくものであって、電流波が地表から上向きに伝搬することを想定した場合における、落雷電流波形の推定方法(式群)を示す。落雷電流とそれに伴う電界の関係式は、磁界のそれと類似するものであるから、落雷電流波形の推定についても、上記の磁界波形に基づく場合と同様の考え方が適用できる。
【0048】
まず、
図1に示す落雷の幾何学モデルにおいて、点Pで、落雷による放射磁界の磁界波形H(R,t)に替えて、落雷による放射電界の電界波形E(R,t)が観測されるものとする。このような前提に基づいたとき、落雷の電流I(z,t)から発生する電界波形E(R,t)の遠方の観測点Pにおける値の計算式として、マクスウェルの方程式に基づく以下の式(16)が既知となっている。
【数16】
【0049】
そして、上記の式(2)から式(3)~式(5)を経て式(6)へと変形したのと同様の考え方により、式(16)から以下の式(17)に変形される。
【数17】
【0050】
この式(17)が、落雷による電界波形に基づくものであって、電流波が地表から上向きに伝搬することを想定した場合における、落雷電流波形を求めるための基本式(SFB法)となる。
【0051】
また、上記の基本式(式(17))において、高さz方向の積分を、地表から上向きにn(nは1以上の整数)回まででやめた場合の式(MFB法)が、以下の式(18)である。
【数18】
【0052】
さらに、以下の式(19)は、式(18)において、n=1としたものである。
【数19】
なお、MFB法(式(18)および式(19))における補正式は、上記の式(8)および式(9)と同じである。
【0053】
次に、落雷による電界波形に基づくものであって、電流波が雷雲から下向きに伝搬することを想定した場合における、落雷電流波形の推定方法(式群)を示す。求められる電流波形は、雷放電路の最下端の雷撃電流に相当する波形である。以下において、各式は、上記の電流波が上向きに伝搬することを想定した場合の式に対応する。すなわち、式(20)は式(17)に対応し(SFB法)、式(21)は式(18)に対応し(MFB法)、式(22)は式(19)に対応する(MFB法でn=1の場合)。そして、説明のない文字は、上記の対応する式のものと同じである。
【数20】
【数21】
【数22】
【0054】
このように、落雷による電界波形に基づくものであって、電流波が上向きに伝搬する場合および下向きに伝搬する場合の落雷電流波形の推定方法は、上記の磁界波形に基づく場合の推定方法と同様の作用効果を奏するものである。
【0055】
さらに、以下においては、本発明の落雷電流波形推定方法に基づいて実際に推定を行うために用いられる落雷電流波形推定装置について説明する。この推定装置は、推定方法が磁界波形または電界波形の何れに基づくものか、また落雷の電流波の伝搬方向が上向きか下向きかを問わず、どの場合でも適用できるものであるが、ここでは、推定方法が磁界波形に基づくものであって、電流波の伝搬方向が上向きの場合を前提として説明する。
【0056】
MFB法でn=1とした場合の式(10)において、測定する落雷電流は、雷放電路の下端である地表の雷撃電流を前提とするため、R
dz≒Dとすることができる。また、電磁波がアンテナに到達するまでの時間遅れを考慮する必要はないため、式(10)から以下の式(23)に変形される。
【数23】
さらに、式(23)において、係数を置き換えて簡略化すると、以下の式(24)に変形される。ただし、dz=v・dtである。
【数24】
式(24)は、上記の式(1)と同じ形であるが、式(1)における磁界または電界X(t)を、磁界H(t)としたものである。そして、この場合のK1、K2およびK3の値は、以下の式(25)のとおりとなる。ただし、R=R
dz≒Dである。
【数25】
【0057】
この式(24)をブロック図で表すと、
図7のようになる。このブロック図に基づいて構成された回路は、測定された落雷による磁界波形信号を入力して、落雷電流波形信号を再現して出力するものとなる。よって、この回路を備える装置に、測定された磁界波形を入力するだけで、落雷電流波形が出力されるので、容易に落雷電流波形を推定することができる。
【0058】
ここで、推定の例を示す。雷撃モデルとしては、TLモデルを用いた。雷撃位置と観測点間の距離D=10000m、落雷電流波の伝搬速度v=150m/μs、サンプリング間隔dt=0.1μsとした場合、式(24)の各係数の値は、K1≒199246259、K2≒0.0006283、K3≒5.003×10^-9となる。さらに、雷放電路の高さh=1000mとすると、式(9)による振幅補正値は、約0.015倍となり、式(24)のI(t)を0.015倍することで、落雷電流波形の推定値が得られる。これらの各数値は一例であるが、実際の回路においては、観測設備等の各パラメータに応じてK1、K2およびK3の値を定めてもよいし、値を可変としてもよい。
【0059】
なお、上記のとおり、この推定装置は、推定方法が磁界波形または電界波形の何れに基づくものか、また落雷の電流波の伝搬方向が上向きか下向きかを問わず、どの場合でも適用できるものであり、何れの場合においても、式(24)の形は同じである。ただし、電界波形に基づく場合、磁界Hに替えて電界Eとなる。また、各場合において、K1、K2およびK3の値は異なる。
【0060】
推定方法が磁界波形に基づくものであって、電流波の伝搬方向が下向きの場合、K1、K2およびK3の値は、上記の式(25)のとおりとなる。ただし、R=Rhである。
【0061】
推定方法が電界波形に基づくものであって、電流波の伝搬方向が上向きの場合、K1、K2およびK3の値は、以下の式(26)のとおりとなる。ただし、R=R
dz≒Dである。
【数26】
【0062】
推定方法が電界波形に基づくものであって、電流波の伝搬方向が下向きの場合、K1、K2およびK3の値は、上記の式(26)のとおりとなる。ただし、R=Rhである。
【0063】
なお、上記のブロック図に基づく回路は、回路素子を組み合わせて構成されたハードウェアであってもよいし、パーソナルコンピュータやPLC等において動作するソフトウェアであってもよい。
【0064】
ここで、回路がパーソナルコンピュータにおいて動作するソフトウェアである場合について、より詳しく説明する。この場合、コンピュータが落雷電流波形推定装置となり、コンピュータにおいて、落雷電流波形推定プログラムが実行される。
【0065】
コンピュータは、キーボードやマウス等からなる入力装置、ディスプレイ等からなる出力装置、プログラムの命令を順番に実行するCPU、プログラムやプログラムの実行に必要なデータおよび計算結果等を保存しておく記憶装置を構成要素とする標準的なものである。
【0066】
以下、落雷電流波形推定方法が、落雷による磁界波形に基づくものであって、電流波が上向きに伝搬する場合のものであることを前提として説明するが、それ以外の場合でも、式やパラメータが異なるだけである。落雷電流波形推定プログラムをコンピュータに実行させた場合、コンピュータが各種の手段(測定値入力手段、演算手段、結果出力手段)として機能し、CPUからの指令によって、測定値入力手段が測定値入力ステップを実行し、演算手段が演算ステップを実行し、結果出力手段が結果出力ステップを実行することで、落雷電流波形を推定する。
【0067】
このプログラムを実行すると、まず測定値入力手段が機能して、測定値入力ステップが実行される。測定値入力ステップでは、落雷による放射磁界の磁界波形の測定値の入力を受け付ける。この際、測定値を所定の間隔dtでサンプリングし、その結果を記憶装置に保存する。併せて、この後の演算に必要となる各パラメータの値(雷撃位置と観測点間の距離D、落雷電流波の伝搬速度v等であって、たとえばLLSにより算出される)についても入力を受け付けて、記憶装置に保存する。
【0068】
次に、演算手段が機能して、演算ステップが実行される。演算ステップでは、記憶装置に保存されている式(24)、式(25)、磁界波形の測定値およびその他の各パラメータの値(測定値入力ステップで入力されたものおよび観測設備等に応じて予め入力され記憶装置に保存されていたもの)を読み込む。そして、式に各値を代入して電流波形を算出する。
【0069】
次に、結果出力手段が機能して、結果出力ステップが実行される。結果出力ステップでは、演算ステップにおいて算出した電流波形を出力し、記憶装置に保存するとともに、必要に応じて電流波形をグラフ等の形式で出力装置に表示する。以上で、プログラムが終了する。
【0070】
なお、この落雷電流波形推定プログラムは、落雷があった際に自動的に実行されるものであってもよいし、作業者が任意に実行させるものであってもよいし、別のプログラムやシステムの要請に基づいて実行されるものであってもよい。また、この落雷電流波形推定プログラムは、専用のソフトウェアとして実行されるものであってもよいし、汎用の表計算ソフトウェア等の上で実行されるものであってもよいし、別のプログラムやシステムに組み込まれたものであってもよい。
【0071】
さらに、上記の演算ステップにおいて、式(24)、式(25)に替えて、上記のSFB法の式(式(6)、式(11)、式(17)、式(20))、MFB法の式(式(7)~式(9)、式(12)~式(14)、式(18)、式(21))またはMFB法でn=1の場合の式(式(10)、式(15)、式(19)、式(22))を用いることで、パーソナルコンピュータ等によって、本発明の落雷電流波形推定方法を実行してもよい。
【0072】
本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、発明の趣旨の範囲内で適宜変更できる。たとえば、MFB法は、n=1の場合に限られず、複数回積分を行ってもよい。その場合であっても、計算の繰り返し回数が少なくなることで計算結果が発散することを抑えられる。
【0073】
そして、本発明の落雷電流波形推定方法および落雷電流波形推定装置は、送電線、配電線、変電所、風力発電設備、無線鉄塔、鉄道、ビル等の高構造物等、様々な設備の雷害対策の具体的な検討に活用可能である。